二十四節気「小雪」の早朝、寝ぼけながら小さな横揺れに気付いた。小きざみの振動が止まらないのだ。つけっ放しにしていたテレビから「緊急地震速報」報知音が聞こえた。いつもの地震と様子が違う気がした。脳裏を「東日本大震災」(2011.3.11)の記憶が走った。次に何が来るか不安になる。幸い、長々感じた振動は強さを増すことなく終わった。
(本ブログ関連:”小雪”、”地震”)
明晩、東京に初雪が予想され、時候はまさに「小雪」である。二十四節気は旧暦に即しているが、カレンダーとピッタリの二十四節気に合点がいく。こうでなくっちゃ。
なんて思っていたら、早朝のテレビが一斉に、太平洋側の東北・関東各県に対して津波警報・注意報を流した。ただごとでない。気をもんだけれど、幸い大事に至らずに終わった(ようだ)。
気象庁は「地震情報」を次のように報じた。最大震度<5弱>で、マグニチュード<7.3>という。まだ余震が続いているようだ。当地の震度は<3>だったが、横になっていたせいか体感で<2+>位いだったし、余震は感じない。
気象庁発表
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22日05時59分頃地震がありました。
震源地は、福島県沖(北緯37.3度、東経141.6度、いわきの東北東60km付近)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は7.3と推定されます。
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気象庁によれば、今回の地震は、東日本大震災地震の余震に当たるようだ。
2016年11月22日火曜日
2016年11月21日月曜日
君の名は
「君の名は」(菊田一夫 脚本)は、子どもの頃におぼろに知ったラジオドラマだ。Wikipediaによれば <昭和27年(1952)4月10日~昭和29年(1954)4月8日、毎週木曜8時~9時までの30分放送> とのこと。番組が始まると、主な聴取者である主婦たちがラジオに耳をむけるため、夜の銭湯がガラガラになったという。子どもは当然ながら、大人向けドラマに関心はないし、銭湯の女湯がどうだったか知るはずもない(子どもにとって銭湯は、湯船を潜る遊び場だった)。
戦後、一大ブームを巻き起こしたメロドラマだったようだが、母親たちがどれほど熱中していたか知るよしもない。大人と子どもは別世界にいたのだから。それでも、子どもながらに覚えていることがある。ドラマ主題曲の始まりの詞「君の名はとたずねし人あり」、主人公の名前である「真知子(映画:岸恵子)」と「春樹(映画:佐田啓二)」、ストールの巻き方である「真知子巻き」、そして主人公が再会を約束した「数寄屋橋」だろう。そのくらいでしかないけれど(子どもの遊びのネタになるようなものは何もない)。
戦争を直接体験した者が聴いたラジオ番組だった。彼ら世代より後の1.5世代から、戦争体験を別の視点で語るようになる。当事者は経験を語り、そんな中でも物語を作りあげた。一方、その1.5世代後から、(理念に基づく)現在視点で問いかけを始めた。1.5世代以降の者にとっては、このドラマは過去に埋没すべきものだったに違いなく、今、顧みられることはない。歴史は常に現在でしかない。(番組ナレーションの「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」もよく知られる)
(きれいな昭和のことばで演じられる)
(Youtubeに登録の山本嗣信に感謝)
戦争の後に、ロンドンの橋で再会を約束した米映画「哀愁(Waterloo Bridge)」がある。こちらは、「君の名は」のオリジナルに当たるだそうだが、なんだか主人公の思い出作りの気がしてならない。空襲を体験したイギリス人だったら、こうは作らないのではないかと思ったりする。
(Youtubeに登録のDarkLadyUK”に感謝)
戦後、一大ブームを巻き起こしたメロドラマだったようだが、母親たちがどれほど熱中していたか知るよしもない。大人と子どもは別世界にいたのだから。それでも、子どもながらに覚えていることがある。ドラマ主題曲の始まりの詞「君の名はとたずねし人あり」、主人公の名前である「真知子(映画:岸恵子)」と「春樹(映画:佐田啓二)」、ストールの巻き方である「真知子巻き」、そして主人公が再会を約束した「数寄屋橋」だろう。そのくらいでしかないけれど(子どもの遊びのネタになるようなものは何もない)。
戦争を直接体験した者が聴いたラジオ番組だった。彼ら世代より後の1.5世代から、戦争体験を別の視点で語るようになる。当事者は経験を語り、そんな中でも物語を作りあげた。一方、その1.5世代後から、(理念に基づく)現在視点で問いかけを始めた。1.5世代以降の者にとっては、このドラマは過去に埋没すべきものだったに違いなく、今、顧みられることはない。歴史は常に現在でしかない。(番組ナレーションの「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」もよく知られる)
(きれいな昭和のことばで演じられる)
(Youtubeに登録の山本嗣信に感謝)
戦争の後に、ロンドンの橋で再会を約束した米映画「哀愁(Waterloo Bridge)」がある。こちらは、「君の名は」のオリジナルに当たるだそうだが、なんだか主人公の思い出作りの気がしてならない。空襲を体験したイギリス人だったら、こうは作らないのではないかと思ったりする。
(Youtubeに登録のDarkLadyUK”に感謝)
2016年11月20日日曜日
語劇「怪しい彼女」
地元大学の「第94回 外語祭」に出かけた。去年と同様、学生たちの演劇を見るためと、円形広場のプロムナードに並んだ各国の飲食模擬店を楽しむためだ。日曜日もあって家族連れや、受験志望の高校生たちであふれ大盛況だった。
言語専攻別に、学生たちによる演劇を「語劇」と呼んでいるようだ。語劇は「外語祭」期間中、連日プログラムされていて、その中から、今日最初に演じられる韓国語(専攻の正式名は朝鮮語)語劇、「怪しい彼女(수상한 그녀)」を観劇した。韓国映画の「怪しい彼女(수상한 그녀)」(2014年)を舞台化したもので、配役が一部変更されているものの大筋原作に従っている。
(本ブログ関連:”怪しい彼女”)
芝居の最後に、身を挺して孫を救おうとする祖母(おばあちゃん)に対して、大学教授になった祖母の息子が<自由になって欲しい>と、身を削って育ててくれた母親に感謝の言葉を述べ説得するところがある。客席で、隣の席の夫婦から鼻を啜る音がした。やはり、この物語は<全ての母親に捧げる>ものと実感する。芝居の暗転が気になったが、学生らしさを感じられる楽しい時間をもらった。
模擬店で、アラビアの「バスブーサ」(柑橘系の爽やかな風味を感じるしっとりした菓子)、トルコの「バクラヴァ」(シロップがたっぶり沁み込んだ更にしっとりした菓子)を食べた。実は、語劇「怪しい彼女」を見終わってすぐに、ホール隣接の売店で「ダブルブルーベリケーキ」も食ったばかりというのに・・・。甘い大学祭巡りだった。
(追記)
「外語祭」の帰路、小川の流れる公園に寄って散策する。イチョウの樹下に黄色に染まった葉の絨毯ができ、モミジは文字通り紅葉していた。公園の売店で、甘~い「甘酒」(ノンアルコール)を求める・・・どこまで甘いもの漬けになるやら。
次に、公園そばの美術館でイギリス絵画展「風景への視線」を鑑賞する。展示趣旨に「ピクチュアレスク」とある。ロマン主義的な感性といった評価にぴったりで、風景までもどこか芝居じみた(ドラマチックな)雰囲気がする作品が並ぶ。
どうやら死語になった「泰西名画」の言葉を思い出す。子どものころ見た海外の風景画は、(印刷技術も鈍く)くすんだ色した木立が重々しく覆いかぶさるような絵ばかりだった。でも、表立って好きだといえない隠れファンがいることは間違いない。
言語専攻別に、学生たちによる演劇を「語劇」と呼んでいるようだ。語劇は「外語祭」期間中、連日プログラムされていて、その中から、今日最初に演じられる韓国語(専攻の正式名は朝鮮語)語劇、「怪しい彼女(수상한 그녀)」を観劇した。韓国映画の「怪しい彼女(수상한 그녀)」(2014年)を舞台化したもので、配役が一部変更されているものの大筋原作に従っている。
(本ブログ関連:”怪しい彼女”)
芝居の最後に、身を挺して孫を救おうとする祖母(おばあちゃん)に対して、大学教授になった祖母の息子が<自由になって欲しい>と、身を削って育ててくれた母親に感謝の言葉を述べ説得するところがある。客席で、隣の席の夫婦から鼻を啜る音がした。やはり、この物語は<全ての母親に捧げる>ものと実感する。芝居の暗転が気になったが、学生らしさを感じられる楽しい時間をもらった。
模擬店で、アラビアの「バスブーサ」(柑橘系の爽やかな風味を感じるしっとりした菓子)、トルコの「バクラヴァ」(シロップがたっぶり沁み込んだ更にしっとりした菓子)を食べた。実は、語劇「怪しい彼女」を見終わってすぐに、ホール隣接の売店で「ダブルブルーベリケーキ」も食ったばかりというのに・・・。甘い大学祭巡りだった。
(追記)
「外語祭」の帰路、小川の流れる公園に寄って散策する。イチョウの樹下に黄色に染まった葉の絨毯ができ、モミジは文字通り紅葉していた。公園の売店で、甘~い「甘酒」(ノンアルコール)を求める・・・どこまで甘いもの漬けになるやら。
次に、公園そばの美術館でイギリス絵画展「風景への視線」を鑑賞する。展示趣旨に「ピクチュアレスク」とある。ロマン主義的な感性といった評価にぴったりで、風景までもどこか芝居じみた(ドラマチックな)雰囲気がする作品が並ぶ。
どうやら死語になった「泰西名画」の言葉を思い出す。子どものころ見た海外の風景画は、(印刷技術も鈍く)くすんだ色した木立が重々しく覆いかぶさるような絵ばかりだった。でも、表立って好きだといえない隠れファンがいることは間違いない。
2016年11月19日土曜日
イ・ソンヒの「歳月は流れても」
去年の今頃、聴いていたのはイ・ソンヒの4集収録の「歳月は流れても(세월은 흘러도)」(作詞・作曲ユン・テヨン、1988年)だった。どちらかといえばトロットの香りするものの、イ・ソンヒは巧みに彼女らしい世界に昇華させた。女性ならではの相転移といったところか。
(本ブログ関連:”歳月は流れても”)
まるでアルバム写真を見るように歌う。男が歌えばみじめったらしいことだが、女性となれば歌詞と裏腹にさらりとする。女性の距離感というか、時間・空間認識を感じる。まさに「逞しさ」だ。それは言い過ぎとしたら、心の陰で見つめるもう一人の自分がいるといった冷静さだろう。喧騒の翌年、相反するものに敏感な女高生ファン心理にピッタリだったのかもしれない。
歳月は流れても 私たちの心は
忘れられたその街に 残っています
歳月は流れても 私たちの愛は
散ったその時間に 残っているわよ
*
その昔の記憶を たどってみましょう
忘れられたその街を 歩いてみましょう
その昔は夢のように 散ってしまった
その時間はどこにあるのか 探してみましょう
歳月は流れても 思い出は残っている
忘れようとすればするほど 思い出します
(*以下繰り返し)
忘れようとすればするほど 思い出します
(Youtubeに登録のJ-GODに感謝)
(本ブログ関連:”歳月は流れても”)
まるでアルバム写真を見るように歌う。男が歌えばみじめったらしいことだが、女性となれば歌詞と裏腹にさらりとする。女性の距離感というか、時間・空間認識を感じる。まさに「逞しさ」だ。それは言い過ぎとしたら、心の陰で見つめるもう一人の自分がいるといった冷静さだろう。喧騒の翌年、相反するものに敏感な女高生ファン心理にピッタリだったのかもしれない。
歳月は流れても 私たちの心は
忘れられたその街に 残っています
歳月は流れても 私たちの愛は
散ったその時間に 残っているわよ
*
その昔の記憶を たどってみましょう
忘れられたその街を 歩いてみましょう
その昔は夢のように 散ってしまった
その時間はどこにあるのか 探してみましょう
歳月は流れても 思い出は残っている
忘れようとすればするほど 思い出します
(*以下繰り返し)
忘れようとすればするほど 思い出します
(Youtubeに登録のJ-GODに感謝)
2016年11月18日金曜日
(雑談)自動車運転免許証
最近、高齢者の自動車運転による死傷事故がしばしばテレビで報道される。80歳以上の老人が起したした結果が主だが。高齢化社会になれば、高齢者の母数が増えるわけで、このような事故が増大するのは必至。
報道される高齢者の車運転事故は、都市部で発生している。車が無ければ生活に支障をきたす農村部の話ではない。市街の狭い道を走って事故を起こせば、歩道の通行人をすぐに巻き込むことになる。
私は将来を考えて、昨年自動車運転免許証を返納した。理由は二つある。一つ目は、鉱物採集に行くとき、仲間の車に同乗させてもらっている。助手席で、運転の様子を見ながら、自分が運転したらどうなるかと脳内シミュレーションするが、<車線変更>や<右折>のときタイミングに戸惑うことがあった。二つ目は、こちらが決定的だが、Youtubeの自動車事故画面を見ると事故の余りのあっけなさ、不可避さに恐ろしさがつのる。
(本ブログ関連:”(雑談) 自動車運転免許証”)
昔、自動車免許取得のために、今なら考えられない講習があった。凄惨な自動車事故現場(白黒)映像を投影したのだ。Youtubeでも見られない、ある意味ショック療法?を目論んだのだろう。時代が変わって今はそんなことはないようだが・・・。
自動車運転免許証を適切に、早めに返納する自覚を忘れないためにも、納得のいく方法がないだろうか。
ところで、イ・ソンヒの愛用車は、「ポルシェ 911ターボS」だそうだ。まだ50歳少しの彼女には無縁のことだろう。
報道される高齢者の車運転事故は、都市部で発生している。車が無ければ生活に支障をきたす農村部の話ではない。市街の狭い道を走って事故を起こせば、歩道の通行人をすぐに巻き込むことになる。
私は将来を考えて、昨年自動車運転免許証を返納した。理由は二つある。一つ目は、鉱物採集に行くとき、仲間の車に同乗させてもらっている。助手席で、運転の様子を見ながら、自分が運転したらどうなるかと脳内シミュレーションするが、<車線変更>や<右折>のときタイミングに戸惑うことがあった。二つ目は、こちらが決定的だが、Youtubeの自動車事故画面を見ると事故の余りのあっけなさ、不可避さに恐ろしさがつのる。
(本ブログ関連:”(雑談) 自動車運転免許証”)
昔、自動車免許取得のために、今なら考えられない講習があった。凄惨な自動車事故現場(白黒)映像を投影したのだ。Youtubeでも見られない、ある意味ショック療法?を目論んだのだろう。時代が変わって今はそんなことはないようだが・・・。
自動車運転免許証を適切に、早めに返納する自覚を忘れないためにも、納得のいく方法がないだろうか。
ところで、イ・ソンヒの愛用車は、「ポルシェ 911ターボS」だそうだ。まだ50歳少しの彼女には無縁のことだろう。
2016年11月17日木曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 海
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/9)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<海>に関連した3曲を紹介した。
始めに、平安道民謡「ペタラギ(배따라기)」と、朝鮮後期の朴趾源(박지원、1737年~1805年)について次のように紹介された。
・朝鮮半島北部の平安道民謡に、「ペタラギ(排打羅其、배따라기)」があって、海辺で船が出る悲しい別れを歌ったものだ。漢字で「船離」、または「離船」とも言った。使臣として中国に向かった実学者、朴趾源も、「ベタラギ」について記録を残している。「ベタラギ」は、妓生が船に乗り、実際に旅立つように演じながら歌うものだ。朴趾源は、これほど悲しい歌はないと言った。海辺の人々にとって、船出は日常の生活のこと、どうであれ行かなねばならない。しばしの別れが、永遠の別れになるかもしれなかった。
▼ 西道地域(黄海道、平安道地方)の雑歌で海の別れの歌「ベタラギ」を聴く。なぜか読経の雰囲気がする。
次に、海浜の女性の労働と慰労、仁川地域の歌「ナナニ打令(나나니타령)」について次のように紹介された。
・男が船出する間、女性は干潟に行き、カニや貝、海藻などを採り、ざるに入れて持ち帰えった。陸の女性が機織りをする様に、海辺の女性は干潟に出た。女性が集まると、夫や家族の話で盛りあがり、ご馳走と酒を飲食して楽しんだりした。誰かが歌い出すと、みな声を合わせる。水汲みの壺にふたをして、それを楽器にして叩きリズムをとった。そんなとき歌ったのが、ソウル近郊の仁川地域の浜辺の歌、「ナナニ打令」だ。仁川は島が多い地域で、ソウルを横切る漢江下流にも近いため、人口密度が高い。それだけ歌も多く伝わっている。
▼ 浜の女性を歌った<風刺的な歌詞と比喩の内容が楽しい歌>「ナナニ打令」を聴く。海洋性の庶民は明るいのだろう。
最後に、江華島の漢江を行来する船「シソンベ(시선배)」と、それにまつわる歌について次のように紹介された。
・仁川に江華島がある。韓国で四番目に大きな島だ。同島に、「シソンベ」という独特な形の船がある。海釣りの船ではなく、漢江を行来する運搬船だ。先が広く、底部は平らなため、浅い川底でもよく進み、渡し場に止まるのも便利だった。シソンベは、江華島からソウル(漢陽)まで、魚や焚き物を、戻りには色々な生活用品を積んだ。江華島は人口が少なく、シソンベに乗る人も限られていた。いつもの仲間で、歌を歌いながら働いた。この歌は、先に音頭を取り、残りの人がそれについて歌う。労働しながら歌うため、歌詞とリズムが整い、洗練する歌と評される。
▼ 運搬船の歌、「シソンベの歌(시선뱃노래)」を聴く。漢江の流れが速いのか、勢いよくて元気だ。今様の風味もする。
始めに、平安道民謡「ペタラギ(배따라기)」と、朝鮮後期の朴趾源(박지원、1737年~1805年)について次のように紹介された。
・朝鮮半島北部の平安道民謡に、「ペタラギ(排打羅其、배따라기)」があって、海辺で船が出る悲しい別れを歌ったものだ。漢字で「船離」、または「離船」とも言った。使臣として中国に向かった実学者、朴趾源も、「ベタラギ」について記録を残している。「ベタラギ」は、妓生が船に乗り、実際に旅立つように演じながら歌うものだ。朴趾源は、これほど悲しい歌はないと言った。海辺の人々にとって、船出は日常の生活のこと、どうであれ行かなねばならない。しばしの別れが、永遠の別れになるかもしれなかった。
▼ 西道地域(黄海道、平安道地方)の雑歌で海の別れの歌「ベタラギ」を聴く。なぜか読経の雰囲気がする。
次に、海浜の女性の労働と慰労、仁川地域の歌「ナナニ打令(나나니타령)」について次のように紹介された。
・男が船出する間、女性は干潟に行き、カニや貝、海藻などを採り、ざるに入れて持ち帰えった。陸の女性が機織りをする様に、海辺の女性は干潟に出た。女性が集まると、夫や家族の話で盛りあがり、ご馳走と酒を飲食して楽しんだりした。誰かが歌い出すと、みな声を合わせる。水汲みの壺にふたをして、それを楽器にして叩きリズムをとった。そんなとき歌ったのが、ソウル近郊の仁川地域の浜辺の歌、「ナナニ打令」だ。仁川は島が多い地域で、ソウルを横切る漢江下流にも近いため、人口密度が高い。それだけ歌も多く伝わっている。
▼ 浜の女性を歌った<風刺的な歌詞と比喩の内容が楽しい歌>「ナナニ打令」を聴く。海洋性の庶民は明るいのだろう。
最後に、江華島の漢江を行来する船「シソンベ(시선배)」と、それにまつわる歌について次のように紹介された。
・仁川に江華島がある。韓国で四番目に大きな島だ。同島に、「シソンベ」という独特な形の船がある。海釣りの船ではなく、漢江を行来する運搬船だ。先が広く、底部は平らなため、浅い川底でもよく進み、渡し場に止まるのも便利だった。シソンベは、江華島からソウル(漢陽)まで、魚や焚き物を、戻りには色々な生活用品を積んだ。江華島は人口が少なく、シソンベに乗る人も限られていた。いつもの仲間で、歌を歌いながら働いた。この歌は、先に音頭を取り、残りの人がそれについて歌う。労働しながら歌うため、歌詞とリズムが整い、洗練する歌と評される。
▼ 運搬船の歌、「シソンベの歌(시선뱃노래)」を聴く。漢江の流れが速いのか、勢いよくて元気だ。今様の風味もする。
2016年11月16日水曜日
長谷川時雨 「春宵戲語」
イ・ソンヒが歌った、テレビドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」のOST以来、狐にからめた話題を渉猟している。
(本ブログ関連:”狐”、”僕のガールフレンドは九尾狐”)
長谷川 時雨(はせがわ しぐれ、1879年[明治12年]10月1日~1941年[昭和16年]8月22日)の掌編に「春宵戲語」があって、狐の伝説が縷縷綴られている。信田(しのだ)の森の<葛の葉狐の傳説>、陽光がさしていながら薄い雨が降る<狐の嫁入り>、「霊異記」の<来つ寝=きつね>とその後日談、中国の金時代の<樹を伐る狐>などの伝説について、幼時の思い出を含めて随想している。
特に興味深いのは、「霊異記」の<来つ寝>の後日談で、心に沁みる悲しい別れをした夫婦に残された子(岐都禰=きつね)の末裔が、なんと間逆の存在になっていて、成敗される部分を抜書きする。安易な同情心は、いずれかなわぬこと。そして自問のない正義の軽さと危うさを考えてみたくなる。歴史は正義の奪い合いかもしれない。
-------------------------------------------------
■ 信田の森の<葛の葉狐伝説>
■ 陽光がさしていながら薄い雨が降る<狐の嫁入り>
■ 「霊異記」の<来つ寝>
(この伝説に後日談があり、狐に戻って去った妻との間にできた子の末裔が悪さをして懲らしめられる話しだ)
・・・そこで、この野干(≒狐)の生んだ子を岐都禰(きつね)といふ名にし、姓を狐の直(あたひ)とした。其の子が大變な力持で、走ることの疾さは鳥の飛ぶごとしとある。そして三野國(=美濃国)の狐の直らが根本はこれなりとあるが、これは諸書にも引かれてゐるであらうから かなり知られてゐるかもしれない。ただ面白いのは、この後日談があることだ。
それはこの、力者(ちからもち)の狐直(きつねのあたひ)の四世の孫にあたる、大力女の、力くらべの話で、しかも、この狐の子孫の方が、一方の、まじりなし人間種(だね)の力持ち女に負けた話なのである。わたしが子供のころ、イツチヤイツチヤ、イツチヤナ、とか唱へながら角力をした、女力者の見世ものがあつたが、どうして一三八〇年位も前の、この二女力士のすさまじさに競べやうもない。なにしろ、負けた方のが百人力といふのだから話は大きい。上野動物園のお花さんいどころではない。
聖武天皇の御代に、三野の國 片縣(かたあがた)の郡、少川の市(まち)に住んでゐた、百人力女が、前の犬に追はれた岐都禰の末裔だが、おのが力をたのんで、往還の商人の物品を盜む。そのことをきいて憤慨したのが、尾張の國愛知郡、片輪の里の一女流力者 ・・・・ ちよつとここではさんでおくのは、前の狐女末裔は大女、この正義の女史は小女です。この小女力者、大女力者を試すのに、蛤(はまぐり)五十斛を捕つて、船に載せてゆき、少川の市に泊つた。よし來たとばかりに奪とりにいつたのが大女、昔から女でも總身に智惠がまはらなかつたと見えて、小女女史が豫備に熊の葛練りの鞭を二十段も隱し持つのを知らなかつた。
狐氏の大女は蛤を盜つて賣らしてしまつてから、何處から來たといつた。蛤主不答。四度目にはじめて答へたが、來しかたを不知(しらず)とやつたので、狐氏の大女が、不禮者とばかり蛤小女を打つた。一つぶたせて二の手を待つて、待つてゐましたとばかりその手を捉へ、熊葛鞭(くまくずむち)でピシリとやつた。鞭に肉が附いてきたといふその勢ひで、もひとつ、もひとつ、もひとつ、十段の鞭、打つに隨つてみな肉着くといふのだから、狐氏の大女も音をあげて服也(ふくすなり)、犯也(おかせしなり)、惶也(をそるるなり)、とあやまつてしまつた。蛤小女その時昂然として、自今 此市(このまち)に強て住まば、終に打殺さん也と威(おど)したところ、狐氏大女も殺されては堪らぬと逃げたので、彼市(まち)の人總て皆悦んだといふ。
■ 中国の金の時代の<樹を伐る狐>
※ 岡本綺堂
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(本ブログ関連:”狐”、”僕のガールフレンドは九尾狐”)
長谷川 時雨(はせがわ しぐれ、1879年[明治12年]10月1日~1941年[昭和16年]8月22日)の掌編に「春宵戲語」があって、狐の伝説が縷縷綴られている。信田(しのだ)の森の<葛の葉狐の傳説>、陽光がさしていながら薄い雨が降る<狐の嫁入り>、「霊異記」の<来つ寝=きつね>とその後日談、中国の金時代の<樹を伐る狐>などの伝説について、幼時の思い出を含めて随想している。
特に興味深いのは、「霊異記」の<来つ寝>の後日談で、心に沁みる悲しい別れをした夫婦に残された子(岐都禰=きつね)の末裔が、なんと間逆の存在になっていて、成敗される部分を抜書きする。安易な同情心は、いずれかなわぬこと。そして自問のない正義の軽さと危うさを考えてみたくなる。歴史は正義の奪い合いかもしれない。
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■ 信田の森の<葛の葉狐伝説>
■ 陽光がさしていながら薄い雨が降る<狐の嫁入り>
■ 「霊異記」の<来つ寝>
(この伝説に後日談があり、狐に戻って去った妻との間にできた子の末裔が悪さをして懲らしめられる話しだ)
・・・そこで、この野干(≒狐)の生んだ子を岐都禰(きつね)といふ名にし、姓を狐の直(あたひ)とした。其の子が大變な力持で、走ることの疾さは鳥の飛ぶごとしとある。そして三野國(=美濃国)の狐の直らが根本はこれなりとあるが、これは諸書にも引かれてゐるであらうから かなり知られてゐるかもしれない。ただ面白いのは、この後日談があることだ。
それはこの、力者(ちからもち)の狐直(きつねのあたひ)の四世の孫にあたる、大力女の、力くらべの話で、しかも、この狐の子孫の方が、一方の、まじりなし人間種(だね)の力持ち女に負けた話なのである。わたしが子供のころ、イツチヤイツチヤ、イツチヤナ、とか唱へながら角力をした、女力者の見世ものがあつたが、どうして一三八〇年位も前の、この二女力士のすさまじさに競べやうもない。なにしろ、負けた方のが百人力といふのだから話は大きい。上野動物園のお花さんいどころではない。
聖武天皇の御代に、三野の國 片縣(かたあがた)の郡、少川の市(まち)に住んでゐた、百人力女が、前の犬に追はれた岐都禰の末裔だが、おのが力をたのんで、往還の商人の物品を盜む。そのことをきいて憤慨したのが、尾張の國愛知郡、片輪の里の一女流力者 ・・・・ ちよつとここではさんでおくのは、前の狐女末裔は大女、この正義の女史は小女です。この小女力者、大女力者を試すのに、蛤(はまぐり)五十斛を捕つて、船に載せてゆき、少川の市に泊つた。よし來たとばかりに奪とりにいつたのが大女、昔から女でも總身に智惠がまはらなかつたと見えて、小女女史が豫備に熊の葛練りの鞭を二十段も隱し持つのを知らなかつた。
狐氏の大女は蛤を盜つて賣らしてしまつてから、何處から來たといつた。蛤主不答。四度目にはじめて答へたが、來しかたを不知(しらず)とやつたので、狐氏の大女が、不禮者とばかり蛤小女を打つた。一つぶたせて二の手を待つて、待つてゐましたとばかりその手を捉へ、熊葛鞭(くまくずむち)でピシリとやつた。鞭に肉が附いてきたといふその勢ひで、もひとつ、もひとつ、もひとつ、十段の鞭、打つに隨つてみな肉着くといふのだから、狐氏の大女も音をあげて服也(ふくすなり)、犯也(おかせしなり)、惶也(をそるるなり)、とあやまつてしまつた。蛤小女その時昂然として、自今 此市(このまち)に強て住まば、終に打殺さん也と威(おど)したところ、狐氏大女も殺されては堪らぬと逃げたので、彼市(まち)の人總て皆悦んだといふ。
■ 中国の金の時代の<樹を伐る狐>
※ 岡本綺堂
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2016年11月15日火曜日
大久保の変遷
東京のコリアタウンの代表である(新)大久保一帯が変化しつつある。その中でも大きな出来事は、新宿職安通りに面した「コリアプラザ」の閉店だろう。一時期、CD・書籍以外に工芸品も合わせて販売していた。それが韓流ブームにのって、工芸品だけ別店にしたが、ブームの退潮に従い工芸品店を閉じたし、今年7月31日には、CD・書籍販売の牙城であった「コリアプラザ」本体も撤退した。
(本ブログ関連:”コリアプラザ”)
朝日新聞デジタルの記事、「『韓流の聖地』大久保、脱韓流の動き? 進む多国籍化」(11/15、清水大輔記者)は、変遷を続ける大久保のコリアタウンを次のように報じている。(抜粋、箇条書きに並べる)
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・韓国料理店や韓流スターのグッズ店が立ち並ぶ東京・大久保(新宿区)。「韓流の聖地」とも呼ばれるが、街の韓国人に最近、「脱韓流」の動きがあるという。
・新宿韓国商人連合会によると、12年春に500超だった韓国系の店舗は今年8月現在で320と4年で4割減だ。・・・代わりに増えてきたのが他のアジア料理店。・・・
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今は、テレビドラマの「冬のソナタ」を知らない世代に交代している。何もかも欲しいというファンではなくなっているのではないだろうか。関心も多様化して選択肢も増え、その中の一つに落ち着いたのかもしれない。そもそも、私はイ・ソンヒさん以外何も知らない。
(本ブログ関連:”コリアプラザ”)
朝日新聞デジタルの記事、「『韓流の聖地』大久保、脱韓流の動き? 進む多国籍化」(11/15、清水大輔記者)は、変遷を続ける大久保のコリアタウンを次のように報じている。(抜粋、箇条書きに並べる)
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・韓国料理店や韓流スターのグッズ店が立ち並ぶ東京・大久保(新宿区)。「韓流の聖地」とも呼ばれるが、街の韓国人に最近、「脱韓流」の動きがあるという。
・新宿韓国商人連合会によると、12年春に500超だった韓国系の店舗は今年8月現在で320と4年で4割減だ。・・・代わりに増えてきたのが他のアジア料理店。・・・
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今は、テレビドラマの「冬のソナタ」を知らない世代に交代している。何もかも欲しいというファンではなくなっているのではないだろうか。関心も多様化して選択肢も増え、その中の一つに落ち着いたのかもしれない。そもそも、私はイ・ソンヒさん以外何も知らない。
2016年11月14日月曜日
イ・ソンヒの「分かりたいです」
イ・ソンヒの代表曲である、3集収録の「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)は、月夜に愛を確かめたくて問いかける歌だ。月に惑わされたのか、それとも自問なのか、切望するイメージはあらたに伝説となって、漢詩の世界へと擬似化されたりもした。
(本ブログ関連:”分かりたいです”)
満月の今晩、「スーパームーン」を期待して、青い月明かりの庭を想像したが、残念なことに小雨となってしまった。でも、お月様は雨雲の上でいつものように煌々と輝いていることだろう。
ところで、教室でこんなことがあった。懐かしいテレビドラマ、「冬のソナタ」を知っている人が貴重になってしまった。世代は変わったようだ。(韓国では、ワン・オブ・ゼムでしかなかったそうだが)
月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか
深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか
私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
____
一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか
雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか
私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください
(Youtubeに登録のhyunmi kimに感謝)
(本ブログ関連:”分かりたいです”)
満月の今晩、「スーパームーン」を期待して、青い月明かりの庭を想像したが、残念なことに小雨となってしまった。でも、お月様は雨雲の上でいつものように煌々と輝いていることだろう。
ところで、教室でこんなことがあった。懐かしいテレビドラマ、「冬のソナタ」を知っている人が貴重になってしまった。世代は変わったようだ。(韓国では、ワン・オブ・ゼムでしかなかったそうだが)
月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか
深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか
私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
____
一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか
雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか
私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください
(Youtubeに登録のhyunmi kimに感謝)
2016年11月13日日曜日
ユリノキが黄に染まる
近くの公園の木々は、桜の木が葉を落としているが総じて紅葉の気配に乏しい。そんな中、公園中央の広場を二分する南北通路の片側に、高木モクレン科のユリノキが木立を作っている。そんなユリノキが、葉を黄色に染めた。
ユリノキの集団は、日本離れした景色をつくる。まるでヨーロッパの公園にありそうな・・・もちろん行ったことはないのだが。Wikipediaによれば、ユリノキは北アメリカ原産だそうだ。想像と違った植生のようで、ひいきの引き倒しだったかもしれない。
春過ぎに、ユリノキは大きな筒状の白い花弁の花を作る。頭上高く咲くため目に付きにくいが、やがて落下する。それは風情のあるものでない。いってみれば、ドサッと落ちて地上に転がる。公園の樹木観察会で目にした光景だ。
(本ブログ関連:”ユリノキ”)
とはいえ、この時期になると葉を染めるユリノキの姿を見ることができる。しばらく異国へワープした気分を味わえる。素晴らしい、お気に入りの場所だ。
(付記)
公園からの帰り、諸事を済ませて外に出れば、昨日ブログに記した月が東の空に明るく浮かんでいる。そうだ、「スーパームーン」ではないか。
読売オンラインの記事、「14日に『スーパームーン』 … 68年ぶりの近さ」(11/11)によれば、「今月14日夜、月が今年1番大きく見える満月「スーパームーン」になる。地球と月の距離は、満月としては68年ぶりとなる距離まで近づく。/今年最小に見えた4月22日の満月と比べ、見た目の直径は1.14倍になり、3割ほど明るく見えるという。」そうだ。
明日14日の夕方の6時頃まで<晴れ>のようだ。その後雲行きが怪しくなるため、日没(東京16:35)時にお月さまを眺めてみたいと思っている。
![]() |
| ユリノキの木立 |
春過ぎに、ユリノキは大きな筒状の白い花弁の花を作る。頭上高く咲くため目に付きにくいが、やがて落下する。それは風情のあるものでない。いってみれば、ドサッと落ちて地上に転がる。公園の樹木観察会で目にした光景だ。
(本ブログ関連:”ユリノキ”)
とはいえ、この時期になると葉を染めるユリノキの姿を見ることができる。しばらく異国へワープした気分を味わえる。素晴らしい、お気に入りの場所だ。
(付記)
公園からの帰り、諸事を済ませて外に出れば、昨日ブログに記した月が東の空に明るく浮かんでいる。そうだ、「スーパームーン」ではないか。
読売オンラインの記事、「14日に『スーパームーン』 … 68年ぶりの近さ」(11/11)によれば、「今月14日夜、月が今年1番大きく見える満月「スーパームーン」になる。地球と月の距離は、満月としては68年ぶりとなる距離まで近づく。/今年最小に見えた4月22日の満月と比べ、見た目の直径は1.14倍になり、3割ほど明るく見えるという。」そうだ。
明日14日の夕方の6時頃まで<晴れ>のようだ。その後雲行きが怪しくなるため、日没(東京16:35)時にお月さまを眺めてみたいと思っている。
2016年11月12日土曜日
遠廻りして帰ろう
昨日の氷雨とうって変わって、今朝から空は晴れ渡り、気温は久し振りに緩んで心地よい。夕方になると、月齢12.4の月が青い明りを残した東の空に浮かんでいる。心が浮き浮きしてくるのはどうしてだろう。月の力は不思議だ。
帰宅道、頭によぎったのは、菅原都々子の「月がとっても青いから」(1955年、作詞:清水みのる、作曲:陸奥明)の歌だった。古い歌だが、といっても戦前のものではない。子ども心にしみついたのだろうか、「月がとっても青いから/遠廻りして帰ろう」のフレーズが自然と出て口ずさむ。今見る月は、このまま帰るのが惜しいような、遠廻りしても眺めたい月だった。(歌の方は、決して別れがたい二人の口実なのだろうけれど)
(Youtubeに登録のtachibana213に感謝)
帰宅道、頭によぎったのは、菅原都々子の「月がとっても青いから」(1955年、作詞:清水みのる、作曲:陸奥明)の歌だった。古い歌だが、といっても戦前のものではない。子ども心にしみついたのだろうか、「月がとっても青いから/遠廻りして帰ろう」のフレーズが自然と出て口ずさむ。今見る月は、このまま帰るのが惜しいような、遠廻りしても眺めたい月だった。(歌の方は、決して別れがたい二人の口実なのだろうけれど)
(Youtubeに登録のtachibana213に感謝)
2016年11月11日金曜日
(雑談) 週刊誌は中吊り広告で
以前、勤め帰りの電車で手持ち無沙汰にならぬよう、駅売店で週刊誌を買い求めた。週刊文春、新潮、朝日、ときに現代やニューズウィークだ。それらは、血や肉になるわけもないが、通勤時間を過ごすのに役立だった。世間の噂話しの情報源でもあった。
最近、電車内で週刊誌や新聞を読むより、スマホを見ている人が多い。駅売りの週刊誌や新聞の売り上げはどれくらい減っているのだろうか。相当落ち込んでいるという話しを聞いたことがある。コンビニも同じではないだろうか。
ところで、コンビニの中には、雑誌コーナーの週刊誌類に、立ち読み防止用のシールを貼るようになった。本の小口に、ビニールシールを2箇所ほど貼って開けられぬようにしているのだ。大型書店や駅の売店では見かけぬ光景だが。コンビニで書籍売り上げの貢献が低くなった結果だろうか。
このところ公立図書館は、雑誌類を充実させている。週刊誌についても、文春、新潮、朝日、ニューズウィークが書棚に並ぶようになった。いつも、誰かが読んでいるらしく、棚にそのまま置かれているのを見たことがない。そんな環境の図書館であっても、週刊誌を進んで読もうという気がしない。センセーショナルな話題があるとしても同じこと、わざわざ手を出すまでもないといった気分だ。
週刊誌は、電車の中吊り広告を見れば充分。世間のゴシップ騒ぎに感度が鈍っているかもしれないが。週刊文春や新潮の中吊り広告は、ネットで見られるので、それで80%判ったような気になる。
最近、電車内で週刊誌や新聞を読むより、スマホを見ている人が多い。駅売りの週刊誌や新聞の売り上げはどれくらい減っているのだろうか。相当落ち込んでいるという話しを聞いたことがある。コンビニも同じではないだろうか。
ところで、コンビニの中には、雑誌コーナーの週刊誌類に、立ち読み防止用のシールを貼るようになった。本の小口に、ビニールシールを2箇所ほど貼って開けられぬようにしているのだ。大型書店や駅の売店では見かけぬ光景だが。コンビニで書籍売り上げの貢献が低くなった結果だろうか。
このところ公立図書館は、雑誌類を充実させている。週刊誌についても、文春、新潮、朝日、ニューズウィークが書棚に並ぶようになった。いつも、誰かが読んでいるらしく、棚にそのまま置かれているのを見たことがない。そんな環境の図書館であっても、週刊誌を進んで読もうという気がしない。センセーショナルな話題があるとしても同じこと、わざわざ手を出すまでもないといった気分だ。
週刊誌は、電車の中吊り広告を見れば充分。世間のゴシップ騒ぎに感度が鈍っているかもしれないが。週刊文春や新潮の中吊り広告は、ネットで見られるので、それで80%判ったような気になる。
2016年11月10日木曜日
子鹿物語
小学校に畳敷きの大広間があって、女子の家庭科の裁縫室に使われていた。テレビもない時代のこと、視聴覚教育として映画鑑賞にも利用された。落ち着きない子どもたちが、畳に座ればおとなしく見るだろうということだったのかもしれない。
文部省推薦のいわゆる教育映画が中心だったが、ディズニー・アニメも組み合わせて映写してくれた。当時、アニメなんて言葉はなかったが、子どもたちを大いに楽しませてくれた。ミッキーマウスたちを見たくてわくわくした。
16ミリフィルムの映写機だったと思う。部屋が暗くなると騒いでいた子ともたちは一斉にスクリーンに集中した。カラカラ音をたてながら投影する映写機の音は、全く気にならなかった。数クラスの生徒が共有する貴重な時間だった。
いつだったか低学年の頃、「子鹿物語(The Yearling)」(1946年制作)を見た。カラーだったこと、子鹿がいたこと、主人公が泣きながら鹿を撃ったこと、今となってはそれくらいで、ストーリーはおぼろだ。ただ、いつも見せられた説教的な白黒の教育映画と違い、別種の物語りがあった。そんな経験でしかなかったけれど、その後アメリカ映画との距離をぐっと近づけることになる。
(Youtubeに登録のMovieclips Trailer Vaultに感謝)
文部省推薦のいわゆる教育映画が中心だったが、ディズニー・アニメも組み合わせて映写してくれた。当時、アニメなんて言葉はなかったが、子どもたちを大いに楽しませてくれた。ミッキーマウスたちを見たくてわくわくした。
16ミリフィルムの映写機だったと思う。部屋が暗くなると騒いでいた子ともたちは一斉にスクリーンに集中した。カラカラ音をたてながら投影する映写機の音は、全く気にならなかった。数クラスの生徒が共有する貴重な時間だった。
いつだったか低学年の頃、「子鹿物語(The Yearling)」(1946年制作)を見た。カラーだったこと、子鹿がいたこと、主人公が泣きながら鹿を撃ったこと、今となってはそれくらいで、ストーリーはおぼろだ。ただ、いつも見せられた説教的な白黒の教育映画と違い、別種の物語りがあった。そんな経験でしかなかったけれど、その後アメリカ映画との距離をぐっと近づけることになる。
(Youtubeに登録のMovieclips Trailer Vaultに感謝)
2016年11月9日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 菊
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/2)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<菊>に関連した3曲を紹介した。
始めに、「四君子(사군자)」のひとつの「菊」について朝鮮後期の文人李鼎輔(이정보、1693年~1766年)が作った「菊[花]よ(국화야)」の曲について次のように紹介された。
・学識と徳を備えた人を「君子」と言う。君子は、学者(ソンビ)にとって理想の姿だが、世に君子と呼ばれる人はいても、清い香りする人は多くない。そのため、梅、蘭、菊、竹を指して、「四君子」と言う。四君子の、①梅は、雪が溶ける前の春、最も先に花を咲かせる。②蘭は、深い山の中でほのかな香りを漂わせる。③竹は、四季を通して青く、まっすぐ伸びる。最後の、④菊は、霜が降りるまで咲くため、見習うべき対象とされる。
・昔の詩歌に、四君子をテーマにしたものが多い。「平時調(평시조)」という定型詩で、霜にもめげずに耐える菊の様子を歌った「菊よ」という曲がある。朝鮮後期の文人李鼎輔が作ったといわれる。彼は、普段は厳しく強直で、言うべきことは言う性格のため、何度も官職から罷免された。正しいことには、自分の意志を曲げなかった。混乱した世に染まらず、自分の意志を貫く、菊のようなソンビだった。
▼ 平時調で「菊よ」の曲を聴く。孤高に晩秋に咲く菊の花を、穏やかに歌いあげる。
次に、現代の作曲家黄秉冀(황병기、1936年5月31日~)が、徐廷柱(서정주、雅号「未堂」、1915年~2000年)の詩を基に作曲した「菊の傍らで(국화 옆에서)」について次のように紹介された。
・黄秉冀の曲「菊の傍らで」は、詩人徐廷柱が1947年に発表した詩「菊の傍らで」を基にした曲だ。<一輪の菊を咲かせるため、ホトトギスは春から鳴いていた/雷が黒雲の中で泣いていたのも、菊を咲かせるためだった/・・・>といい、菊を<姉のような花>と表現している。
▼ 徐廷柱詩、黄秉冀作曲、「菊の傍で」を歌と弦楽器のコムンゴとカヤグム演奏で聴く。現代感覚する、独白のよう歌う。
最後に、南部地域の南道の(長い民謡調の唱)雑歌「興打令(흥타령)」について次のように紹介された。
・昔のソンビは、秋に菊が咲くと、親しい人々を招いて夜に風流を楽しんだ。四方を塞いだ部屋に明かりを灯し、その前に菊鉢を置いた。すると、壁に花模様の影ができ、水墨画のように影が映ったはず。明かりの位置により影も動いた。南部地域の道雑歌「興打令」は<窓の外に菊を植えて、菊の下に酒を醸しておく>という歌で、<酒が発酵し、菊が咲くと、友が来て、月も明るい。コムンゴなど、夜通しで楽しもう>という内容で、恋しい気持を主題にしている。美しい季節の秋、一輪の菊など見つめながら友が恋しくなる頃でもある。
▼ 南道雑歌「興打令」を聴く。大衆歌謡を思い出させる、情感たっぷりに聞かせてくれる。
始めに、「四君子(사군자)」のひとつの「菊」について朝鮮後期の文人李鼎輔(이정보、1693年~1766年)が作った「菊[花]よ(국화야)」の曲について次のように紹介された。
・学識と徳を備えた人を「君子」と言う。君子は、学者(ソンビ)にとって理想の姿だが、世に君子と呼ばれる人はいても、清い香りする人は多くない。そのため、梅、蘭、菊、竹を指して、「四君子」と言う。四君子の、①梅は、雪が溶ける前の春、最も先に花を咲かせる。②蘭は、深い山の中でほのかな香りを漂わせる。③竹は、四季を通して青く、まっすぐ伸びる。最後の、④菊は、霜が降りるまで咲くため、見習うべき対象とされる。
・昔の詩歌に、四君子をテーマにしたものが多い。「平時調(평시조)」という定型詩で、霜にもめげずに耐える菊の様子を歌った「菊よ」という曲がある。朝鮮後期の文人李鼎輔が作ったといわれる。彼は、普段は厳しく強直で、言うべきことは言う性格のため、何度も官職から罷免された。正しいことには、自分の意志を曲げなかった。混乱した世に染まらず、自分の意志を貫く、菊のようなソンビだった。
次に、現代の作曲家黄秉冀(황병기、1936年5月31日~)が、徐廷柱(서정주、雅号「未堂」、1915年~2000年)の詩を基に作曲した「菊の傍らで(국화 옆에서)」について次のように紹介された。
・黄秉冀の曲「菊の傍らで」は、詩人徐廷柱が1947年に発表した詩「菊の傍らで」を基にした曲だ。<一輪の菊を咲かせるため、ホトトギスは春から鳴いていた/雷が黒雲の中で泣いていたのも、菊を咲かせるためだった/・・・>といい、菊を<姉のような花>と表現している。
▼ 徐廷柱詩、黄秉冀作曲、「菊の傍で」を歌と弦楽器のコムンゴとカヤグム演奏で聴く。現代感覚する、独白のよう歌う。
最後に、南部地域の南道の(長い民謡調の唱)雑歌「興打令(흥타령)」について次のように紹介された。
・昔のソンビは、秋に菊が咲くと、親しい人々を招いて夜に風流を楽しんだ。四方を塞いだ部屋に明かりを灯し、その前に菊鉢を置いた。すると、壁に花模様の影ができ、水墨画のように影が映ったはず。明かりの位置により影も動いた。南部地域の道雑歌「興打令」は<窓の外に菊を植えて、菊の下に酒を醸しておく>という歌で、<酒が発酵し、菊が咲くと、友が来て、月も明るい。コムンゴなど、夜通しで楽しもう>という内容で、恋しい気持を主題にしている。美しい季節の秋、一輪の菊など見つめながら友が恋しくなる頃でもある。
▼ 南道雑歌「興打令」を聴く。大衆歌謡を思い出させる、情感たっぷりに聞かせてくれる。
2016年11月8日火曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
一日中寒かった。それが理由ではないが、上野の国立西洋美術館で開催中の絵画展へ出かけるのをあきらめた。北方ルネッサンスのピーター・ブリューゲルと同時代のルーカス・クラナッハの作品展だ。躍動的な広がりが特徴なブリューゲルと比べて、どちらかといえば静的な絵柄が印象的だ。特にクラナッハらしい描き方の、「ヴィーナス」*(1532年、シュテーデル美術館蔵)の釣り目がちな視線がいい。北方ルネッサンスの女性像は、イタリア・ルネッサンスのふくよかさと比べて、独特な繊細さがある。
(*) 「ヴィーナス」:リンク先のYoutubeで語られているドイツ語は分かりませんが。音声ガイドか?
(本ブログ関連:”北方ルネッサンス”)
ちなみに、「芸術新潮」今月(11月)号はクラナッハ特集をしている(同誌では「クラーナハ」と呼ぶ)。後日、美術展にうかがい実見したら、あらためて感想を記したい。
そんなわけで、寒さをいいわけにするのではないが、冬らしい曲を聴きたい。イ・ソンヒの5集所収の「冬哀傷(겨울애상)」(1989年)は、冬の夜に月明かりする庭のように冷え冷えした心象を歌う。ちょっと漢詩的な雰囲気もする。創作のきっかけはユニーク。
(本ブログ関連:”冬哀傷”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
次のYoutube映像は、慶尚南道昌寧郡の洛東江が流れる近くにある「牛浦沼(うぽぬま、우포늪)」だそうだが、墨絵のような光景が美しい。(資料:”Koreana”(日本語版)AUTUMN 2009 VOL.16 NO.2)
(Youtubeに登録のLinon Medien、ksj25374110に感謝)
(*) 「ヴィーナス」:リンク先のYoutubeで語られているドイツ語は分かりませんが。音声ガイドか?
(本ブログ関連:”北方ルネッサンス”)
ちなみに、「芸術新潮」今月(11月)号はクラナッハ特集をしている(同誌では「クラーナハ」と呼ぶ)。後日、美術展にうかがい実見したら、あらためて感想を記したい。
そんなわけで、寒さをいいわけにするのではないが、冬らしい曲を聴きたい。イ・ソンヒの5集所収の「冬哀傷(겨울애상)」(1989年)は、冬の夜に月明かりする庭のように冷え冷えした心象を歌う。ちょっと漢詩的な雰囲気もする。創作のきっかけはユニーク。
(本ブログ関連:”冬哀傷”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
次のYoutube映像は、慶尚南道昌寧郡の洛東江が流れる近くにある「牛浦沼(うぽぬま、우포늪)」だそうだが、墨絵のような光景が美しい。(資料:”Koreana”(日本語版)AUTUMN 2009 VOL.16 NO.2)
(Youtubeに登録のLinon Medien、ksj25374110に感謝)
2016年11月7日月曜日
立冬 2016
今日は冬のスタート、二十四節気の「立冬」だ。立冬の「立」の文字に、厳しい冬への出で立ちを予感させるが、そうは言っても直前の秋が夏と仕切りがつかぬままだったし、こちらの気持ちも定まらぬ。でも、気温は次第に低まるという。
(本ブログ関連:”立冬”)
昼間は、日向と日影に温度差があるものの、風が吹けばそれどころでない。夜ともなれば冬かと思うばかり。教室へ向かう途中、余りの寒さに手袋を買ってしまった。そんな寒さのせいではないが、授業はグダグダ、萎えて帰り道は一層凍える。
そこで楽しく行こうじゃないか。去年の立冬に、Dean Martinの「Winter Wonderland」(1934年、作詞Richard B. Smith、作曲Felix Bernard)を聴いたので、今年は我が青春のシンボル、Elvis Presleyのロック調でどうだろうか。一足早く、不思議の銀世界で子どもに戻ってみよう。
(Youtubeに登録のAnton van Dijkenに感謝)
(本ブログ関連:”立冬”)
昼間は、日向と日影に温度差があるものの、風が吹けばそれどころでない。夜ともなれば冬かと思うばかり。教室へ向かう途中、余りの寒さに手袋を買ってしまった。そんな寒さのせいではないが、授業はグダグダ、萎えて帰り道は一層凍える。
そこで楽しく行こうじゃないか。去年の立冬に、Dean Martinの「Winter Wonderland」(1934年、作詞Richard B. Smith、作曲Felix Bernard)を聴いたので、今年は我が青春のシンボル、Elvis Presleyのロック調でどうだろうか。一足早く、不思議の銀世界で子どもに戻ってみよう。
(Youtubeに登録のAnton van Dijkenに感謝)
2016年11月6日日曜日
イ・ソンヒ 「The Great Concert」今年に続き来年初も開催
イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」は、今年の9月2日にソウル世宗文化会館での公演をかわきりに、大邸から昌原へ全国ツアーを実施することになっていて、12月で完了と思っていた。ところが、インターパークのコンサート案内を見ると、次の通り来年初1月に水原、2月に議政府での開催が予定されている。
(本風ブログ関連:”The Great Concert”)
下記(参考)の通り、全国ツアーの規模も従前と同じになった。この情報、だいぶ前から周知のことで、気付くのが遅かっただけかもしれない。
2016 コンサ-ト ”The Great Concert”9/2-4
------------------------------------------------------
・ソウル09.02-04:「世宗文化会館」 ★9.4レポート
・大邱 09.24-25:「EXCO5階コンベンションホール」
・全州 10.07-08:「韓国音(ソリ)文化の殿堂」野外音楽堂
・光州 10.22:「光州女子大学」ユニバーシアード体育館
・大田 11.05-06:「大田貿易展示館」
・釜山 11.19-20:
・仁川 12.03:
・高陽 12.17:
・昌原 12.31:
・水原 ’17.01.21-22:
・議政府 ’17.02.04-05:
------------------------------------------------------
(参考)
イ・ソンヒの最近2009年、2011年、2014年の世宗文化会館および全国ツアー開催都市は次の通り。
2014 コンサート”歌うイ・ソンヒ”4/18-20
・ソウル 04.18-20:「世宗文化会館」 ★4.19レポート
・大邱 05.10-11:「大邱エクスコ・コンベンションホール」
・蔚山 05.24-25:「蔚山東川体育館」
・光州 06.07-08:「金大中コンベンションセンター」
・城南 06.14-15:「城南アートセンターオペラハウス」
・釜山 06.28-29:「KBSホール」
・富川 07.12-13:「富川室内体育館」
・全州 08.30-31:「韓国ソリ文化の殿堂 モアク堂」
・安養 09.13-14:「安養室内体育館」
・大田 10.04-05:「忠南大正心華国際文化会館正心華ホール」
・昌原 10.17-18:「昌原城山アートホール大劇場」
・高揚 11.01-02:「高揚アラムヌリ アラム劇場」
・水原 11.15-16:「水原室内体育館」(予)
2011 コンサート"5月の陽ざし"5/21-22
(海外)
・ニューヨーク 02.03(木):「カーネギーホール(Stern/Perelman)」
(国内)
・ソウル 05.21(土)-22(日):「世宗文化会館」 ★5.21レポート
・水原 07.02(土)-03(日):文化の殿堂 幸せ劇場
・高陽 07.09(土)-10(日):高陽アラムヌリ アラム劇場
・大田 07.16(土)-17(日):忠南大 チョンシムファホール
・釜山 09.03(土)-04(日):KBS釜山ホール
・全州 09.17(土)-18(日):全北大 三星文化会館
・仁川 10.08(土):サムサン・ワールド体育館
・光州 11.05(土)-06(日):光州文化芸術会館 大劇場
・大邱 11.12(土)-13(日):大邱EXCO本館 5階
・晋州 11.19(土)-20(日):慶南文化芸術会館
2009 コンサート"招待" 4/1-4/5
・ソウル(서울) 04.01-05:「COEXオーディトリウム」 ★4.2レポート
・仁川 05.16(土):「仁川サムサンワールド体育館」
・全州 06.27(土):「韓国音文化の殿堂モアクダン」
・清州 07.05(日):「清州芸術の殿堂大公演会場」
・水原 07.11(土):「京畿道文化の殿堂大ホール」
・城南 08.15(土):「城南アートセンターオペラハウス」
・高揚 09.05(土):「高揚アラムヌリ アラム劇場」
・大邱 09.12(土):「大邱市民会館大劇場」
・釜山 10.24(土):「KBS釜山ホール」
・大田 11.01(日):「忠南大 チョンシムファホール」
(本風ブログ関連:”The Great Concert”)
下記(参考)の通り、全国ツアーの規模も従前と同じになった。この情報、だいぶ前から周知のことで、気付くのが遅かっただけかもしれない。
2016 コンサ-ト ”The Great Concert”9/2-4
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・ソウル09.02-04:「世宗文化会館」 ★9.4レポート
・大邱 09.24-25:「EXCO5階コンベンションホール」
・全州 10.07-08:「韓国音(ソリ)文化の殿堂」野外音楽堂
・光州 10.22:「光州女子大学」ユニバーシアード体育館
・大田 11.05-06:「大田貿易展示館」
・釜山 11.19-20:
・仁川 12.03:
・高陽 12.17:
・昌原 12.31:
・水原 ’17.01.21-22:
・議政府 ’17.02.04-05:
------------------------------------------------------
(参考)
イ・ソンヒの最近2009年、2011年、2014年の世宗文化会館および全国ツアー開催都市は次の通り。
2014 コンサート”歌うイ・ソンヒ”4/18-20
・ソウル 04.18-20:「世宗文化会館」 ★4.19レポート
・大邱 05.10-11:「大邱エクスコ・コンベンションホール」
・蔚山 05.24-25:「蔚山東川体育館」
・光州 06.07-08:「金大中コンベンションセンター」
・城南 06.14-15:「城南アートセンターオペラハウス」
・釜山 06.28-29:「KBSホール」
・富川 07.12-13:「富川室内体育館」
・全州 08.30-31:「韓国ソリ文化の殿堂 モアク堂」
・安養 09.13-14:「安養室内体育館」
・大田 10.04-05:「忠南大正心華国際文化会館正心華ホール」
・昌原 10.17-18:「昌原城山アートホール大劇場」
・高揚 11.01-02:「高揚アラムヌリ アラム劇場」
・水原 11.15-16:「水原室内体育館」(予)
2011 コンサート"5月の陽ざし"5/21-22
(海外)
・ニューヨーク 02.03(木):「カーネギーホール(Stern/Perelman)」
(国内)
・ソウル 05.21(土)-22(日):「世宗文化会館」 ★5.21レポート
・水原 07.02(土)-03(日):文化の殿堂 幸せ劇場
・高陽 07.09(土)-10(日):高陽アラムヌリ アラム劇場
・大田 07.16(土)-17(日):忠南大 チョンシムファホール
・釜山 09.03(土)-04(日):KBS釜山ホール
・全州 09.17(土)-18(日):全北大 三星文化会館
・仁川 10.08(土):サムサン・ワールド体育館
・光州 11.05(土)-06(日):光州文化芸術会館 大劇場
・大邱 11.12(土)-13(日):大邱EXCO本館 5階
・晋州 11.19(土)-20(日):慶南文化芸術会館
2009 コンサート"招待" 4/1-4/5
・ソウル(서울) 04.01-05:「COEXオーディトリウム」 ★4.2レポート
・仁川 05.16(土):「仁川サムサンワールド体育館」
・全州 06.27(土):「韓国音文化の殿堂モアクダン」
・清州 07.05(日):「清州芸術の殿堂大公演会場」
・水原 07.11(土):「京畿道文化の殿堂大ホール」
・城南 08.15(土):「城南アートセンターオペラハウス」
・高揚 09.05(土):「高揚アラムヌリ アラム劇場」
・大邱 09.12(土):「大邱市民会館大劇場」
・釜山 10.24(土):「KBS釜山ホール」
・大田 11.01(日):「忠南大 チョンシムファホール」
2016年11月5日土曜日
イ・ソンヒの「あなたが私を愛されるなら」
イ・ソンヒの7集所収の「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」(1991年、作詞キム・ミソン、作曲キム・ジンリョン)は、バラード中のバラードといってよく、ファンにとても愛される曲だ。そして美しい。
それが証拠に、最近の彼女のコンサートで、前回の「歌うイ・ソンヒ」(2014/4/19、世宗文化会館)だけでなく、今年9月のコンサート「The Great Concert」(9/4、世宗文化会館)でも歌われた。ファンは待ち望んでいる。
(本ブログ関連:”あなたが私を愛されるなら”)
この曲ほど、多くのファンが思い入れたっぷりに、様々な画像を駆使してYoutubeに登録しているのものはない。ファンにとって、感傷に酔い、恋情に溺れるための旋律かもしれない。果たして通好みかどうか知らないが、「愛」が全能であるファンには充分過ぎる曲だ。
あなた本当に 私を愛してるなら
今のようにだけ 私を愛してください
あなた本当に 私を望まれるなら
心の中だけで 私を愛してください
*あなたの目に映った私が、余りに痛々しく見えて
その痛みを和らげようと、私に来るのなら
目の前に私が見えなくて振り返ると
しだいに遠のく心、私に来るのなら
あなた本当に 私を愛してるなら
あなた本当に 私を望まれるなら
(*以下繰り返し)
あなた本当に 私を愛してるなら
あなた本当に 私を望まれるなら
(Youtubeに登録のJung Sook Kimに感謝)
それが証拠に、最近の彼女のコンサートで、前回の「歌うイ・ソンヒ」(2014/4/19、世宗文化会館)だけでなく、今年9月のコンサート「The Great Concert」(9/4、世宗文化会館)でも歌われた。ファンは待ち望んでいる。
(本ブログ関連:”あなたが私を愛されるなら”)
この曲ほど、多くのファンが思い入れたっぷりに、様々な画像を駆使してYoutubeに登録しているのものはない。ファンにとって、感傷に酔い、恋情に溺れるための旋律かもしれない。果たして通好みかどうか知らないが、「愛」が全能であるファンには充分過ぎる曲だ。
あなた本当に 私を愛してるなら
今のようにだけ 私を愛してください
あなた本当に 私を望まれるなら
心の中だけで 私を愛してください
*あなたの目に映った私が、余りに痛々しく見えて
その痛みを和らげようと、私に来るのなら
目の前に私が見えなくて振り返ると
しだいに遠のく心、私に来るのなら
あなた本当に 私を愛してるなら
あなた本当に 私を望まれるなら
(*以下繰り返し)
あなた本当に 私を愛してるなら
あなた本当に 私を望まれるなら
(Youtubeに登録のJung Sook Kimに感謝)
2016年11月4日金曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 人の本分を悟らせる曲
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/26)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<人の本分を悟らせる曲>に関連した3曲を紹介した。
始めに、パンソリ「春香歌(춘향가)」で、朝鮮後期、「暗行御史(암행어사)」として働く李夢龍(이몽룡)を次のように紹介された。
・パンソリ「春香歌」は、妓生の娘春香と李夢龍の愛を歌う。李夢龍は、国王直属の「暗行御史」という官吏となり、密かに地方の民情や、行政の不備を探った。暗行御史となった彼は、一番先に春香を訪ねた。南原(全羅北道の南東)の地方官は、仕事せず、むやみに宴会を開き、民を苦しめていたし、罪のない春香をいじめた。李夢龍は、貧しい姿で地方官の宴会に行き、上流の両斑をからかったが、追い出されそうになって詩を歌う。<高級な器と美味い酒は民の血と涙>という内容だ。
▼ 「春香歌」から「官吏が現れる場面(어사출도 대목)」を聴く。怨嗟吐き出すような力強さみなぎる。
金樽美酒千人血
玉盤佳肴万姓膏
燭漏落時民漏落
歌声高処怨声高
次に、ソンビの申光洙(신광수、1712年~1775年)の詩唱(시창)、「關山戎馬(관산융마)」について次のように紹介された。
・パンソリは、詞を漢詩文にして権威づけて歌う。朝鮮時代の学識者ソンビらは、自ら心を詩で表現した。彼らには、詩作が日常だった。役人任用試験の「科挙」でも、与えられたテーマに合わせて詩作したものだ。中には、人々に広く伝わり、今では歌として歌われているものもある。代表的な歌に、漢詩にリズムをつけた詩唱の「關山戎馬」の曲がある。ソンビの申光洙が科挙試験で作った詩で、秋のわびしい情緒のリズムが今でも親しまれている。楼閣に上って、關山の戦いが終わらないことを嘆く意の題名で、国中が騒がしく、民が安らかでない様子を表した歌だ。
・ところで、申光洙は、後日平壌で妓生の牧丹(모란)と舟遊びを楽しんだ。牧丹がこの歌を歌うと、空の雲も止まってしまったという。川の上で聞いた曲が、なんと美しかったことか。
▼ <秋の川はわびしく、魚も寒さを感じるだろうに、人は西風に当たって楼閣にいる>で始まる詩唱「關山戎馬」を聴く。余韻深く。
秋江寂寞魚竜冷
人在西風仲宣楼
梅花万国聴暮笛
桃竹残年随白鴎
最後に、科挙試験で作詩されたものを基にした「竹枝詞(죽지사)」について次のように紹介された。
・ソンビが科挙試験で作詩したのを基にした歌「竹枝詞」がある。竹枝詞は、まっすぐ育つ竹に例えて、人の堅固な意志を歌った。<天と地は老いることがなく、月はいつまでも浮いているのに/ひっそりとした川と山はやっと百年が経った/・・・>という。人間がどれだけ小さい存在かを、そして宇宙時間で見れば限りなく短い人間の人生を語っており、どう生きるべきか、考えさせる歌詞だ。
▼ 歌「竹枝詞」を聴く。宇宙の無限と比べて「自省」する・・・そんな気にさせる、アウレリウスもさぞや。
乾坤不老月長在
寂寞江山今百年・・・
始めに、パンソリ「春香歌(춘향가)」で、朝鮮後期、「暗行御史(암행어사)」として働く李夢龍(이몽룡)を次のように紹介された。
・パンソリ「春香歌」は、妓生の娘春香と李夢龍の愛を歌う。李夢龍は、国王直属の「暗行御史」という官吏となり、密かに地方の民情や、行政の不備を探った。暗行御史となった彼は、一番先に春香を訪ねた。南原(全羅北道の南東)の地方官は、仕事せず、むやみに宴会を開き、民を苦しめていたし、罪のない春香をいじめた。李夢龍は、貧しい姿で地方官の宴会に行き、上流の両斑をからかったが、追い出されそうになって詩を歌う。<高級な器と美味い酒は民の血と涙>という内容だ。
金樽美酒千人血
玉盤佳肴万姓膏
燭漏落時民漏落
歌声高処怨声高
次に、ソンビの申光洙(신광수、1712年~1775年)の詩唱(시창)、「關山戎馬(관산융마)」について次のように紹介された。
・パンソリは、詞を漢詩文にして権威づけて歌う。朝鮮時代の学識者ソンビらは、自ら心を詩で表現した。彼らには、詩作が日常だった。役人任用試験の「科挙」でも、与えられたテーマに合わせて詩作したものだ。中には、人々に広く伝わり、今では歌として歌われているものもある。代表的な歌に、漢詩にリズムをつけた詩唱の「關山戎馬」の曲がある。ソンビの申光洙が科挙試験で作った詩で、秋のわびしい情緒のリズムが今でも親しまれている。楼閣に上って、關山の戦いが終わらないことを嘆く意の題名で、国中が騒がしく、民が安らかでない様子を表した歌だ。
・ところで、申光洙は、後日平壌で妓生の牧丹(모란)と舟遊びを楽しんだ。牧丹がこの歌を歌うと、空の雲も止まってしまったという。川の上で聞いた曲が、なんと美しかったことか。
▼ <秋の川はわびしく、魚も寒さを感じるだろうに、人は西風に当たって楼閣にいる>で始まる詩唱「關山戎馬」を聴く。余韻深く。
秋江寂寞魚竜冷
人在西風仲宣楼
梅花万国聴暮笛
桃竹残年随白鴎
最後に、科挙試験で作詩されたものを基にした「竹枝詞(죽지사)」について次のように紹介された。
・ソンビが科挙試験で作詩したのを基にした歌「竹枝詞」がある。竹枝詞は、まっすぐ育つ竹に例えて、人の堅固な意志を歌った。<天と地は老いることがなく、月はいつまでも浮いているのに/ひっそりとした川と山はやっと百年が経った/・・・>という。人間がどれだけ小さい存在かを、そして宇宙時間で見れば限りなく短い人間の人生を語っており、どう生きるべきか、考えさせる歌詞だ。
▼ 歌「竹枝詞」を聴く。宇宙の無限と比べて「自省」する・・・そんな気にさせる、アウレリウスもさぞや。
乾坤不老月長在
寂寞江山今百年・・・
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