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2011年10月10日月曜日

「カンホンの歌手列伝」 イ・ソンヒ

東亜日報(donga.com)の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(10/10)には、大衆音楽評論家のカンホンが言葉をたくみに駆使して、イ・ソンヒの全貌を次のようにまとめている。

・(発声が)爆発的であると同時に魅力あふれる叙情性を兼ね備えた、当代のボーカリスト、イ・ソンヒは、1984年の江辺歌謡祭に「Jへ」でシンデレラの夢をかなえた後、2005年に13番目の正規アルバム「四春期」(現在14集「愛よ...(사랑아)」:2009年)に至るまで、チョー・ヨンピルの対称点に​​立って、韓国の主流大衆音楽の栄光を謳歌してきた。「思い出のページをめくれば」が収録された6集(1990年)を境に絶頂期を過ぎたというが、彼女が1990年代と2000年代に発表した7枚のアルバムは、"スター"イ・ソンヒから"音楽家"イ・ソンヒに成熟して行く意味深い足取りの片鱗を惜しみなく見せる。

・チョー・ヨンピルとキム・ヒョンシク、そしてイ・ムンセがそうであったように、イ・ソンヒに1980年代は絶頂の時代であった。・・・若い女性ミュージシャンを輩出した音楽の登竜門だった江辺歌謡祭が、やぼったいパーマ頭で背の低い(しかし大賞を受賞した)ボーカリストに驚きを禁じえない視線を送った1984年のその年に、イ・ソンヒは、すぐに頂上圏のスーパースターへと急上昇する。

・作曲家ソン・ジュホが全曲を担当し、「ああ!昔よ」と「葛藤」のようなヒット曲を放った彼女のソロ・デビューアルバムは、・・・若さの躍動とさっぱりしたテンポがいきいきする、当時の10代の感情を端的に代弁するアルバムに浮上した。

・「お姉さん部隊」と呼ばれた10代の受容層が、韓国の大衆音楽市場のヘゲモニーを掌握していった1980年代半ばに、少女ファンたちからの持続的な熱狂を受けることができたほぼ唯一無二の存在だったイ・ソンヒの武器は、平凡で身近な隣のお姉さんのようなボーイッシュなイメージの中に潜んでいるカリスマ濃厚なボーカルだった。1986年が暮れていった冬に発表した3集と、2年後の四番目のアルバムは、解放感とほのかな懐かしさを同時に描写することができるイ・ソンヒのボーカルの圧倒的な余韻をそのまま見せてくれる、彼女の初期の決定版だ。彼女は伝統的に韓国の女性ヴォーカリストたちが駆使してきた豊かな感情移入の歌唱法をもとに、バラードへ躍動する新しい時代の息吹を吹き込んだし、「ヨン」と「美しい江山」のリメークで示したように、ビートのあるロックンロールのシャウティング唱法まで効果的に駆使する。

・作詞作曲の名コンビであるヤン・インジャ - キム・ヒガプによって誕生した、「分かりたいです」という無駄のない簡潔な楽譜の行間で、幼い淑女が少女漫画のように抱いていた切ない感情をこのように切実に訴えるボーカルは、その前後(の時代)に見つけるのは難しいだろう。このパターンは、洗練された音楽のドラマツルギー(Dramaturgie、劇的構成法)を持つ「愛が散るこの場所」と「私はいつもあなたを」などの名曲を作曲したソン・シヒョンをともなって、絶頂の花を咲かせる。

・イ・ソンヒのボーカルは、暖かいながらも、強靭な女性のエネルギーを抱いており、西欧的な発声の中でも、東洋的な静寂美が流れる。彼女のディスコグラフィーで最も挑戦的だった8集でキム・ヨンドンの「小船」や「ハンネの別れ」をリメイクしたファン・チョンウォンの詩にキム・ヨンドンが曲を付けた「あなたに会いたい時は」や、キム・ジハの詩の「あるおばあちゃんの極楽」、そしてどのような愛の歌よりも美しく、親しみやすい「いつも愛してる」を歌った時のイ・ソンヒは、ブラウン管とコンサートのスーパースターの枠組みから抜け出して、より深く広い音楽の世界に飛翔する。

・イ・ソンヒという名前は、栄光と絶望が交差する韓国女性ミュージシャンの歴史の巨大な注釈点のようだ。1994年9集の興行惨敗は、彼女の音楽履歴で最も危機だったにもかかわらず、彼女は決して挫折しないで、「因縁」と「バラ」という傑作を作ったシンガーソングライターとして、そして、成熟した女性に衣替えした2005年の傑作「四春期」(13集)のアルバムを、私たちの手に抱かせてくれた。

・イソンヒ、彼女は歌手だ。いつかインタビューで言ったように、彼女は専門的な音楽人になる遥か前から、話よりも歌を通じて歌を歌って自分を表現し伝達することがより楽だと思っていたような人だ。彼女は言った。「同じ歌を歌っても、私には何か悲しい力のようなものがあった。」 かすかだが強力な悲しみの力。それがイ・ソンヒ音楽の要約だ。

イ・ソンヒの写真解説:
デビュー時からカリスマと柔らかさを同時に抱えたイ・ソンヒは、1980年代の"お姉さん部隊'を導いた、ほぼ唯一の歌手であった。彼女の声は、暖かいながらも、強靭なエネルギーが感じられるという評価を聞く。 東亜日報DB


(追記)
山中湖の湖畔南東側で地震が発生した。気象庁発表の【震源・震度に関する情報】(平成23年10月10日3時4分)によれば次の通り。(なんと、富士山の麓だ!)
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きょう10日03時00分ころ地震がありました。
震源地は、山梨県東部・富士五湖(北緯35.4度、統計138.9度)で、震源の深さは約10km、
地震の規模(マグニチュード)は3.3と推定されます。
[震度3以上が観測された地域] 震度3 山梨県東部・富士五湖
[震度3以上が観測された市町村] 震度3 山中湖村
この地震による津波の心配はありません。
情報第1号
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2011年10月9日日曜日

寒露 2011

今日(旧暦9/13)は、二十四節気の17番目にあたる「寒露」だ。寒露といえば、甘~い「カンロ飴」を思い出すが、ネーミングに関係があるのだろうか・・・(多分、「甘露」だろうな)
Wikipediaによれば、寒露は、旧暦8月後半~9月前の節気で、「露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀(こおろぎ)などが鳴き止むころ。」だそうだ。冬の到来を徐々に感じるころをいうのだろうけど、ここ数日の暖かさに、それも忘れてしまう。そういえば、好天に恵まれて、地元小学校では町内会の運動会が開かれていた。

国立駅南側の大学通りにある、たばこ専門店に行く。先日、石仲間と石談義したとき、彼がパイプで甘い香りのベルベット・レッドを吸っていた。学生時代に真似事したことを思い出し、遊び半分で入門用のパイプを購入した。たばこは、昔ながらのアンホーラ・フル・アロマテックにした。結構時間をかけて吸ってみた。久し振りの喫煙に体が・・・。
新しいことをするというより、若い頃やったことをもう一度なぞってみるに過ぎない。全く未知なことに手を出すつもりもないし。遊び半分ぐらいがちょうどよいのかもしれない。


(孫たちが、地元の田無神社のお祭りに出かけたとのメールが届いた)
★★★★★ 孫が、神社の祭りの屋台で買ってもらった仮面をつけた写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、綺麗で可愛らしい真赤な飾りを頭につけている写真が届いた ★★★★★

2011年10月8日土曜日

孫と運動会

孫たちに会いたい会いたい症候群が再発して、写真を催促したところ、ちょうど孫(お兄ちゃん)の保育園の運動会が終わって帰り道だったようで、家族の写真が送られてきた。3枚の写真に映っている孫は、母親に抱かれたり、父親に抱かれたり背に乗ったりしている。つまり、歩いていないのだ。運動会で疲れたのだろうか、ちょっとうつむき加減だし。
ところで、孫娘(妹)の目には、お兄ちゃんの活躍がどのように見えたのだろうか。まだ、7ヶ月と2日だもんな、見えたのやら、見えなかったのやら・・・。わたしにしてみれば早く、孫たち二人が、一緒に草原を駆けているところを見たいものだ。

2011年10月7日金曜日

東京の放射性セシウム汚染マップ

① 産経新聞(zakzak)の記事「東京・多摩地区で高濃度セシウム!“チェルノブイリ基準”上回る」 (10/7)は、福島原発事故による東京ほかの高濃度セシウム汚染について、次のように報じている。(全文掲載させていただく)
・福島第1原発事故を受け、文部科学省が県単位で公表を続ける土壌に蓄積された放射性セシウムの汚染マップ。国内で人口トップ2の東京都、神奈川県分が6日、初めて発表された。都内は葛飾区柴又などで高い数値が出たほか、多摩地区ではチェルノブイリ原発事故で「汚染地域」とされる基準を上回るなど、深刻な事態が浮き彫りとなった。
・調査によると、セシウム134と137の合計蓄積量は、東京都の大半は土壌1平方メートルあたり1万ベクレル以下だった。しかし、
  奥多摩町など多摩地区で10万~30万ベクレル。
  23区内では葛飾区柴又、東金町、水元公園や江戸川区北小岩の一部で3万~6万ベクレルと、周囲より高い地域があった。
  神奈川県でもほとんどの地域は1万ベクレル以下ながら、山北町など県西部の一部で6万~10万ベクレルが検出された。
・汚染マップ上には2本の帯がみてとれる。福島から栃木、群馬に流れたものと、茨城から千葉北西部を経て都内に至る2本だ。文科省は、風の影響で原発から北西方向に広がった放射性物質が、福島市西部の山間部で南西に方向を変え、群馬県西部まで汚染が広がったと分析。原発の南方では茨城県北部で風がいったん海側に向きを変えた後、再び陸地側に方向を変え、葛飾区まで到達したとみている。
・セシウムは体内に入ると筋肉などにたまり、がんなどの原因になる。
・半減期は、セシウム134が2年、137が30年。チェルノブイリ原発事故では影響が長期間にわたる137について、3万7000ベクレル以上が「汚染地域」とされた。
・今回の調査で137は葛飾区周辺では1万~3万ベクレルだったものの、奥多摩町北部の山間部では6万~10万ベクレルと、(チェルノブイリの)「汚染地域」基準を上回っている。ただ、強制避難の基準となる55万ベクレルは大幅に下回った。
・結果を受け、都は奥多摩町などの農水産物に関する緊急調査をする。奥多摩の森林は大都市の水源となる“緑のダム”。都は「水道水への影響はない」と説明するが、心配は尽きない。

② ホームページ「子どもを守ろう savechild」は、汚染マップを蓄積掲示している。
(資料:文部科学省による東京都及び神奈川県の航空機モニタリングの測定結果について)


(資料:追記)
上記ニュースは、土壌1平方メートルあたりのベクレル値である。一方、飲食物の摂取制限について、Kgあたりの放射性セシウムに特化してベクレル値を、原子力安全委員会「原子力施設等の防災対策について」(平成22 年8月改訂版)より転記する。

(3) 飲食物の摂取制限に関する指標
飲食物摂取制限に関する放射性元素として、放射性プルームに起因するヨウ素、ウラン及びプルトニウムを選定するとともに、旧ソ連チェルノブイル事故時の経験を踏まえてセシウムを選定した。そして、これらの核種による被ばくを低減するとの観点から実測による放射性物質の濃度として表3のとおり飲食物摂取制限に関する指標を提案する。
なお、この指標は災害対策本部等が飲食物の摂取制限措置を講ずることが適切であるか否かの検討を開始するめやすを示すものである。
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表3 飲食物摂取制限に関する指標
<対象> 放射性セシウム
・飲料水、牛乳・乳製品: 200ベクレル/kg 以上
・野菜類、穀類、肉・卵・魚・その他: 500ベクレル/kg 以上
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2011年10月6日木曜日

図書館の立ち読み

地元図書館で立ち読みをした。著者は、一巻全て読むことを要求しているのだろうが、通りすがりの者は、ついつい拾い読みしてしまう。

一冊目は、「日本フルート物語」(近藤滋昭、音楽の友社)である。
日本のフルート関係者について書かれたもので、その中に楽器製作者の村松孝一について、次の話題が触れられている。
・村松孝一(1989年:明治31年~1960年)は、1924年(大正13年)に6ヶ月(1000時間)をかけて日本で最初のフルートを製作した。当時、輸入のフルートが230円であったが、55円で販売している。
  ※販売価格を現在に換算(インターネット情報により、1,500~2,000倍)すると、約80,000~110,000円か。
・フルート製作のきっかけは、1917年に陸軍戸山学校に入学し、軍楽隊にいて楽器修理に興味を持ったことによるようだ。6年後除隊して楽器製作に関わることになる。
  ※除隊したのが1923年なら、その翌年の1924年に最初のフルートを製作販売したことになる。

二冊目は、「昭和ジャズ喫茶伝説」(平岡正明、平凡社)である。
都内にあった昭和のジャズ喫茶の思い出語りで、話は喫茶店だけに終わらない。むしろ、外延話に面白さがあるようだが。先日、石仲間との会話で、吉祥寺のジャズ喫茶が話題になったので拾い読みした。
・吉祥寺のジャズ喫茶といえば、「ファンキー」(野口伊織)、「メグ」(寺島靖国)、「A&F」(大西米寛)があった。
  ※学生時代の「ファンキー」しか知らない。店の地下室に降りると、真っ黒壁に背をもたれて下を向いたままタバコをふかしている客(学生だろう)がずらりいた。当時のジャズ喫茶は、そんな独特の雰囲気があった。
・その他に、「吉祥寺三人組」といわれた(そんなこと初めて知ったが)、当時の(古い表現でいえば)文壇・論壇の、いわゆる知識人についても・・・。

イ・ソンヒのヒットソング・メドレー

頬がふっくらしてまるで童顔そのままの若かりしイ・ソンヒが、自分のものも含めて歌うヒットソング・メドレー映像がYoutubeに登録されている。さて、どこかぎこちない微笑ましい映像はいつ頃のものだろうか。

・「つばめのように(제비처럼)」(ユン・スンヒ:윤승희)
  龍仁自然農園(용인자연농원:現エバーランド)でのダンス映像まである。
・(民謡)「花打令(꽃타령)」
・(新民謡)「アリラン ランラン(아리랑 랑랑)」
・「春雨(봄비)」(パク・インス:박인수)(歌詞)
・「つばめ(제비)」(チョ・ヨンナム:조영남)(歌詞)
・「ああ!昔よ(아! 엿날이여)」(イ・ソンヒ)
・「Jへ(J에게)」(イ・ソンヒ)
・「ケンチャナ(괜찮아)」(イ・ソンヒ)

(Youtubeに登録の526apollo、chadbabo、calfclubに感謝)

2011年10月5日水曜日

重陽の節句

重陽の節句の今日(旧暦の9月9日)、朝から雨は止まず、寒々とした一日だった。
昼過ぎ、地元の運動センターの健康体操コースに通った、その後、重陽の節句に韓国で食された伝統の「菊花煎(국화전)」を探しに新大久保に行く予定だったが、この冷雨のため断念した。

ところで、昨日、黄色の菊の花とモチ米で作る「菊花煎」にぴったり?な菊が、小金井公園に咲いているのを見つけた。ヤナギバヒマワリという名の菊の花だ。
ヤナギのように細い葉と、ひまわりに似た多数の花弁というが、菊の花に違いはない。明るい陽ざしのもと、黄色の花がまぶしく輝いている。

雨が降らなければ、そして冷えなければ、「菊花煎」がどんな味をするのか新大久保で試してみたかったけれど・・・。ちなみに、以前読んだ新聞記事によれば、韓国の幼稚園の子どもたちが手作りの「菊花煎」について、苦かったという感想があったことを思い出す。これも大人のための、風流の味なのかもしれない。
(本ブログ関連:"菊花煎")

2011年10月4日火曜日

冬哀傷(3)

日毎、秋一番の冷え込みが伝えられる。このまま冬に滑り込んでしまうのではないかとさえ思う。
毎日jpによれば、「冬型の気圧配置になった影響で、3日朝の(北海道)道内は各地で冷え込みが強まり、北海道旭川市では1888(明治21)年の観測開始以来2番目に早い初雪が観測された。」(10/4)という。今年は全国的に冬の到来が、例年に比べて早いのだろうか。

イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(歌詞)は、静まりかえった冬の世界、青い月の光と青く凍った心を美しい旋律にのせて歌っている。それは、月明かりに照らされて静かに立つ彫像を見るようでもある。美しい曲だ。
「冬哀傷」は今も親しまれる名曲で、Youtubeにいくつもの登録がある。次の映像は彼女のいつ頃のものだろうか。



(Youtubeに登録のyokosuka30に感謝)

(本ブログ関連:"冬哀傷")


★★★★★ 孫が、変身ベルトを腰に巻き、右手を高く突き上げて得意そうな顔をしている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、ビニールおもちゃの飛行機の翼を口にくわえ、メルちゃん人形と遊ぶ写真が届いた ★★★★★

2011年10月3日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 パンソリ

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/28)に、韓国の代表的な庶民音楽(国楽の代表選手!)の「パンソリ(판소리)について紹介があった。(まさに真打の出番といったところですね)

ところで、パンソリの名を聞いたことがあっても、具体的にイメージしたのは、映画「風の丘を越えて/西便制」(1993年)を見てからだろうか。また、NHKテレビで放送された歌謡ドキュメントで、歌手チョー・ヨンピルが、一転不遇の時代に、山にこもってパンソリを学び(血を吐くようにして)喉を鍛えたということを知った。

<パンソリの特徴>
パンソリの特徴についての解説から番組は始まった。
・「説話的なある物語を、ソリックン(소리꾼)といわれる一人の歌い手が、歌、語り、そして身振り手振りを使って表現する、演劇的な音楽」で、「コス(고수)と呼ばれるたたき手が、(プクという太鼓を使って)チャンダンを叩き歌にリズムを与えます。」とのこと。

▼イム・バンウルによる「春香歌」の中から「スクテモリ(쑥대머리)」を聴く。横恋慕の代官に抗して投獄された春香の切々たる思い。「垢にまみれし襤褸(ぼろ)まとい、蓬(よもぎ)と見紛う乱れ髪(쑥대머리)、顔は鬼神のごとくして、わびしき獄(ひとや)に独り坐し、思うは君のことのみぞ。会いたし、見たし、いとしきわが君。」(申在孝、東洋文庫)
他の方のパンソリをYoutubeで聴いてみれば、また印象が違って・・・。

<パンソリの構成>
パンソリの構成について、次の解説があった。
・歌い手ソリックンの歌を盛り上げるための、(たたき手コスによる)かけ声をチュイムセ(추임새)という。
・ソリックンからよい歌を引き出すには、コスだけではなく、観客も一緒に声を出して、場を盛り上げていかなくてはならない。
・パンソリでは、一に聴衆、二にコス、三に名唱といわれるほど。
・パンソリは、一般庶民の間で広く親しまれた芸能であるため、その歌には庶民の願いが込められているものが多い。

▼コン・デイルによる「フンボカ(흥보가:興甫歌)」の中から「トンタリョン(돈타령)」を聴く。起伏に富んだ独り芝居といった軽快な感じだ。声が次長課長の河本準一に似て・・・。

<パンソリの歴史>
パンソリの歴史について、次の解説があった。
・およそ300年から400年ほど前に誕生したと言われている。
・当初は男性のみがソリックンを担当してたが、現在ではむしろ・・・多くの女性ソリックンが活躍している。
・以前あったとされる12の曲目のうち、現在まで残っているのは 興甫歌(흥보가)、沈清歌(심청가)、春香歌(춘향가)、赤壁歌(적벽가)、水宮歌(수궁가)の5つだけとなってしまった。

▼アン・スクソン(歌)、オルプガンプスィニック(サックスフォン)、キム・チョンマン(チャング)による「フンボがチョアラゴ」を聴く。現代風になると・・・身の置き処がなくて、いささか、もじもじしてしまう。

番組の最後に、「パンソリは、韓国の重要無形文化財第5号に指定されていて、2003年にはユネスコの世界無形文化遺産にも登録されました。」と語られた。

(Youtubeに登録のosinineに感謝)

(参考)
・パンソリの物語の他に、語源(パン:場、ソリ:自然の音+声)について、「パンソリ」(申在孝、東洋文庫)の解説で知った。
・パンソリの歴史資料について、「韓国の伝統音楽」(張師勛、成甲書房)で知った。
・その他インターネットの情報をリンクした。

2011年10月2日日曜日

キンモクセイ

街を歩けば、家々の塀越しにキンモクセイ(金木犀)の香りが漂う。春の訪れに伴う沈丁花の香りもそうだが、正直それらの甘い独特な香りが苦手だった。それが、今では香りを楽しんでいる。花と香りが結びついてきたのだ。
季節の節目節目に、存在を示し生き続けるかれらに、目を向けるようになったのは、こちらに余裕ができたからといようり、生きるもの、生をつぐものに謙虚になったためだろう。それは、孫が誕生してからといってよい。

うす曇りの小金井公園に行ってきた。金木犀が林立する公園東側のユーカリ広場に、オレンジ色のキンモクセイの小さな花が咲き、あたりに芳香を放っていた。そこは、小さな子どもたちの広場でもあり、キャーキャーという元気な声が、キンモクセイの香りと色に重なった。

(本ブログ:"金木犀"、"沈丁花")


(先週金曜日から、お嫁さんの親類のお祝いに遠出した孫たちが帰宅した)
★★★★★ 孫が、従兄弟たちと夜の神戸タワーの前で、おばあちゃんに抱えられている写真が届いた ★★★★★

2011年10月1日土曜日

イ・ソンヒ「水仙」

イ・ソンヒの5集アルバム(1989年)所収の「水仙(수선화)」(歌詞)は、モノローグだけで構成されている、彼女には珍しい曲で、強気の少女の心情といったところだろうか。けれど根底に、自己愛にすがって、虚勢を張っているようで、どこか自信なさも見えてくる。
人生は嫌っというほど長いんだから、片意地を張らずに・・・そう、美しい水仙の花を散らさないでおこう。「それが、何!」って言わずに。

ところで、怖いもの見たさのような、長いモノローグで始まる、中島みゆきの歌「元気ですか」のドロドロぶり(この辺になると、最早おじさんには理解を超えている)と比べれば・・・。

(Youtubeに登録のKnightmareSM、daytriper07に感謝)

(本ブログ関連:"スイセン"、"水仙"、"中島みゆき")

(追記1)
気になることがある。中央日報の記事「心弱いイ・ソンヒ "偉大なる誕生" 不公正の是非」(10/1)によれば、オーディション番組「偉大なる誕生」でのイ・ソンヒに、他審査員の意見に揺れるところがあるようで、映像では情にほだされる彼女の姿が浮き彫りにされたという。優しさが裏目に出たのだろうか。(大手マスコミに初めて見たネガティブ記事)

(追記2)
イ・ソンヒの審査評について、上記(追記1)とは違う視点で擁護するものもある。ブログMyStoryは、「"偉誕(偉大なる誕生)2"イ・ソンヒの驚くべき審査評、キム・テウォンに匹敵したメンター(指導者)である理由」(10/1)で、「偉大なる誕生」シーズン1を成功に牽引したメンターのキム・テウォンに比するとして、「物静かながら緊張感を誘発する」ありのままのイ・ソンヒこそ、シーズン2の最高のメンターと賞賛している。

2011年9月30日金曜日

どうしよう、今度はドイツの人工衛星が落下だって

天から落ちるのはNASAのUARSだけではない。なにしろ、昔はイカロスも落下したのだから。

Jiji.comの記事「今度はドイツの衛星落下へ=10月下旬~11月上旬」(9/28、16:03)によれば、ドイツの人工衛星ROSATが落ちてくるという。
・ドイツ航空宇宙センターの人工衛星(エックス線観測衛星)「ROSAT」(重さ約2.4トン)が10月下旬から11月上旬にも大気圏に突入し、地球に落下する見通しであることが28日、分かった。米主要メディアが報じた。
・大気圏突入後も燃え尽きずに地上に落下する可能性があるROSATの破片は最大30個(計約1.6トン)。今月24日(日本時間)に太平洋に落下したとみられる米航空宇宙局(NASA)の大気観測衛星「UARS」の破片26個(計約540キロ)より多い。

Yomiuri onlineの記事「今度はドイツの衛星が落下へ…10月下旬から」(9/29、14時01分)によれば、人に当たる確率は次の通り。(ワシントン=山田哲朗)
・燃え尽きずに地表へ到達する破片は30個と予想され、地球上の人間の誰かに当たる確率は2000分の1という。一人一人にとっては、当たる確率は14兆分の1と非常に低くなる。24日に南太平洋に落ちた米国の大気観測衛星(UARS)は、人間に当たる確率が3200分の1だった。(かつ、一人一人にとっては、20兆分の1)

ROSATは、NASAのUARSよりも落下時に人に当たる確率が高くなっている。14兆分の1って、人が地面に等間隔で存在しているとでもいうのだろうか・・・よくわからない。隕石が落ちてくる程度の確率と鼻で笑っていたのは、一体いつのことだったろう。もう、確率で恐怖を希釈されたくないけれど、防ぎようもないし・・・。
わたしたちは何分の1までの確率なら、恐怖に耐えられるのだろうか。そう、確率数値じゃないことは知っている。一人でも当れば、確率ではなんて呑気なことをいっていられない。誰だって、自動車事故を確率で語ることはないのだから。
栗林で、栗のイガが落ちてくるなんてもんじゃない。いきなりドスンと落ちてくるのはご免だ。
それにしても、UARSから"yours"、つまり「あなたの落下物」を、そしてROSATにはレントゲンというよりも、赤い火の玉のRosa Lをイメージしてしまう。

(本ブログ関連:"UARS")

2011年9月29日木曜日

机上鉱物採集

栃木の鉱物の会でお世話になっているйосиба氏から誘いがあり、ファミリーレストランのテーブルで、昼食をとりながら机上鉱物採集をさせてもらった。次の通り、同氏が採集した国内各所の美味しい鉱物をいただく。ついつい雑談がひろがり、昔懐かしい思い出話に楽しいひと時を過ごさせてもらった。

・蛇紋岩:北海道様似町
・石炭:北海道夕張市栗山
・黄鉄鉱:青森県佐井鉱山
・ベンガラ(酸化第二鉄):青森 錆が浜
・水晶:秋田県荒川鉱山
・硫砒鉄鉱:茨城県錫高野
・錫石:茨城県錫高野
・白雲母:茨城県妙見山
・イネス鉱:静岡県下田河津鉱山大沢坑
・デュモルチ石:栃木県百村
・ロードナイト:群馬県茂倉沢
・クロム透輝石:山梨県上佐野
・ベスブ石:長野県川上村甲武信鉱山
・磁鉄鉱:長野県川上村甲武信鉱山
・曹長石:新潟県青海金山谷
・あられ石+セラドン石:石川県恋路海岸
・パイロクスマンガン鉱:愛知県設楽町田口鉱山
・トパーズ:岐阜県中津川市関戸川
・黒水晶:岐阜県蛭川村
・大隅石:鹿児島県
・輝水鉛鉱+サーラ輝石:(岩手県大川根鉱山?)


(机上鉱物採集の途中、明日から旅する孫の様子を伝えるメールを受信した)
★★★★★ 孫が、従兄弟と一緒に楽しそうに大声で、旅の決意表明をする動画が届いた ★★★★★

2011年9月28日水曜日

一輪菊

今日は旧暦9月2日、すっかり秋の気配だ。旧暦9月9日の重陽の節句(新暦10/5)は、Wikipediaによれば「菊の節句」ともいわれ、菊に縁があるようだ。菊の花びらを酒に浮かべたもの、あるいは菊の花を酒に漬けたもの(菊酒)を飲むという風習があるそうだが、そのような優雅で高尚な経験したことも聞いたこともない。今年は真似事でもしてみようか。

イ・ソンヒの9集アルバム(1994年3月31日)のタイトル曲「一輪菊(한송이 국화)」(歌詞)は、この時期に合って、一輪菊の素朴な姿にひとを想う可愛らしい歌だが、実はロックスタイルの元気な曲だ。国楽の8集アルバムの次にチャレンジしたのがこの9集アルバムだったわけだ。彼女は、高校時代にハードロックにこっていた。

黄色の菊の花とモチ米で作る「菊花煎(국화전)」も、時期ともになれば、新大久保で見ることができるかもしれない。この風流も味わってみたい。

(本ブログ関連:"一輪菊"、"菊花煎")

2011年9月27日火曜日

メンター(指導者)イ・ソンヒについて

10Asiaの記事「イ・ソンヒさん、もう一度違うイ・スンギをじきに発見するでしょう」(9/27)に、MBC「偉大なる誕生2」にメンター(指導者)として登場したイ・ソンヒについて、コラムニストのチョン・ソクヒ(정석희)が次のように語っている。

<メンターになる前のイ・ソンヒについて>
・(オーディション番組が多様化して)ときには参加者より審査員が更に話題になる、主客転倒が起きたりするもんですが、現在3回放送されたMBCの「偉大なる誕生2」が、まさにそのような状況と言えるでしょう。
・(経験ある他の審査員たちの中で)80年代以降最高のディーバ(歌姫)で通じるイ・ソンヒさんが、どんなスタイルの審査をするのか、初めは全く見当がつかなかったです。・・・中年ながらも初々しい純粋なイメージを大事に維持してきたことだし、母の気持ちで参加者たちと一緒になるのか、でなければ意外に開き直って毒舌を飛ばすのか、まったく推察をすることはできなかったです。

<「偉大なる誕生2」のイ・ソンヒについて>
・(ジェスチャーだけの参加者に対して)楽しんで、ぜひ歌も上手にとお願いした瞬間、優しさを感じました。期待以下の歌の実力を見せると、すぐに「才能が(標準を)上回るのだから、呼吸方法や、発声方法を初めからまた学んだら良いでしょう」と、血となり肉となる助言をしながら、きっぱりと「Sorry」を押す瞬間の決断力を知りました。何より、いくら下手な歌だとしても、真剣に聞き入って最善を尽くして助けようと思う正直なところが感じられて良かったです。しかも、オーディション全般に渡って流れを主導する姿が驚くべきだったですね。

<デビュー当時のイ・ソンヒ>
・(イ・ソンヒが登場した1984年の夏)冷房も十分でなかった時期、引き付ける歌詞と気さくな容貌のイ・ソンヒさんは、清凉剤のように新鮮に大衆に近づいたようです。・・・当時、イ・ソンヒさんがわずか二十代初めだったから、他の追従を許さないスター誕生といえるでしょう。

<記憶に残るイ・ソンヒの審査評>
・(同番組未見のため、個々の出場者に対するコメント省略)

<メンター、イ・ソンヒへの期待>
・「私がしたい音楽と、私の中の別の強みを教えることができるメンティー(助言を受ける人、出場者)を選ぶ。私を驚かせる友人たちに会いたい。」という、出師表(王朝時代に出兵に先立って、その旨王に奏上した文)のままに、もう一度違うイ・スンギを近い将来捜し出されるだろうと信じます。今度は、笑いをおさめてカリスマを見せてくれますね? 期待されます。

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2011年9月26日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 風流音楽

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/21)に、民謡から一転して、「悠々自適な生活を送っていた、風流を楽しむ学者、ソンビ(선비)たちの音楽、“風流音楽”」を紹介した。
案内役の岸さんは、日本向けに理解しやすく解説されている。感謝。

「ソンビたちは学問の合間合間に、コムンゴ(玄琴)の演奏を楽しんでいた」そうで、今の若者がギターを片手に爪弾く感じだろうか。ただし、「スーパースターK2」のチャン・ジェインのように自由なスタイルで楽しむというわけにはいかなかったようで、「(コムンゴを演奏する際に)守るべき規則、つまり心得のようなものがあった」という。つぎの通り紹介された。
その一、テンポが速く、騒がしい音楽はコムンゴでは弾かない。
その二、教養のない人や、卑しい身分の人の前では弾かない。
その三、市場などの道端では弾かない。
その四、正しい姿勢で座り、弾かなくてはならない。
その五、整った身なりでなければ弾いてはならない。

▼チョン・テソク(コムンゴ)、ファン・ギュイル(テグム)による「トドゥリ (還入:도드리)」を聴く。以前(7/10)に聴いた煌(きら)びやかな演奏と比べると、ずっと地味というか端正である。

ソンビの生活スタイルというか行動律について紹介があった。まさに士大夫といったところか。

▼イ・ドンギュによるナムチャン歌曲「羽調言楽"ピョクサチャンイ(벽사창이)"」(歌詞)を聴く。自分の狼狽振りを(他者に)歌って聞かせるわけだから、その落差にユーモアが漂う気がして・・・。

最後に、「風流」の語釈から、風流音楽の起源が語られた。

▼ホン・ジョンジン(テグム)、ムン・ジェスク(カヤグム)、キム・ジョンス(チャング)によるキム・ジュクパ伝承、民間風流の中から「ケミョン、クルゲヤンチョン」を聴く。なんだか浮き浮きしてくる・・・垣根がとれると何事も楽しくなるものですね。

ところで、ソンビが登場(誕生)した時代、その概念が体系化(成立)した時代、あるいは彼らの日々生活の実態はどんなものだったのだろう。

2011年9月25日日曜日

錫高野#15

栃木県の鉱物の会は、東日本大震災などの事情もあって延期していた鉱物採集を、今年初めて実施した。採集場所は、茨城県の錫高野である。わたしとしては、通算15回目の現地訪問になる。

早朝、家を出たとき、外気はいくぶんひんやりしていて、東の空は晴れ渡っているのに対して、西の空は鈍色の雲に覆わていた。この後の空模様を心配したが、錫高野は好天恵まれ、 無事鉱物採集できた。

いつもお世話になっているхаякава氏の車に同乗して、早めに仏国寺前の駐車場に着き、鉱物の会のメンバー到着を待つ。総勢8名が集い、定刻に出発する。
仏国寺側の急坂は、台風の余波か、いつもは涸いた沢に水が流れていた。採集場所への林道には、台風の大雨のせいだろう、水流に抉(えぐ)られて溝が続いていた。今までに見たことない光景だ。

何度もチャレンジしてきた採集場所から、なんと綺麗(頭が付いて透明)な水晶が見つかった。もちろん他メンバーの成果である・・・うらやましい。
今回、台風の大雨のおかげで、採集地にかぶさっていた異物が流されていて、幸い新鮮な採集をすることができた。

わたしの収集結果は、例によっていただきもの中心だが次の通りである。
・黄鉄鉱、珪孔雀石?、鉄マンガン重石、蛍石、水晶
・鉄マンガン重石の酸化物(銅藍にあらず)、黄鉄鉱の酸化皮膜(斑銅鉱に似て?)
・からみ(精錬の残り)

(本ブログ関連:"錫高野")

2011年9月24日土曜日

上層大気調査衛星「UARS」 ようやく落下

YOMIURI ONLINEの記事「NASAの衛星は太平洋に落下か」(9/24、ワシントン=山田哲朗)によれば、NASA上層大気調査衛星「UARS」はようやく地表に落下したと、次のように報じている。
・米航空宇宙局(NASA)は24日未明(日本時間24日午後)、寿命を終えて地球を回っていた大気観測衛星(UARS)が、米東部時間23日午後11時23分から、24日午前1時9分(日本時間24日午後0時23分から午後2時9分)の間に大気圏に再突入したと発表した。
・正確な落下場所は不明。この時間帯の軌道はカナダやアフリカ上空が含まれるが、太平洋上に落下した可能性が高いとみられる。

祈りが通じたのか、UARSは幸い人のいない太平洋に落下した可能性が高いとみられている。これで一安心。ただし、残念なことに、宇宙に漂う多数の宇宙ゴミ(スペースデブリ)の中には、これからも大気圏で燃えきれず地上に落下するものがあるだろう。
後始末を考えない技術は他にもある。技術は、時代と社会の産物で、それを超えることができないのだろうか。

少女の祈り

イ・ソンヒの声の魅力は、押し出すような力強さとか透き通るような高音と語られることが多い。さらに、独特な若々しい声質がある。少女のような初々しい響きが聞こえてくることがあるからだ。

イ・ソンヒのデビューアルバムの第1集に収められた「少女の祈り(소녀의 기도)」(歌詞、1985年)は、秋に、失った悲しみを埋め合わせることのできない寂しさを想いながらも、いつか春の訪れを待つという(可愛らしい)少女の歌だ。彼女は、デビュー時に、女子中高生に大いに迎え入れられている。

次のYoutubeの音源は、もしかしたら2004年の20周年記念コンサートのものだろうか。いつまでも変わらぬ、あどけない声が聞こえてくるような気がする。



(Youtubeに登録のseony7676に感謝)

(本ブログ関連:”少女の祈り”)


★★★★★ 孫たちが、日よけテントを用意して、公園で両親と一緒に遊んでいる写真が届いた ★★★★★

2011年9月23日金曜日

Skysweeper(スカイスウィーパー)

子どものころにプラモデルといえば、国産よりアメリカ製のものにあこがれていた。その中でも、箱に描かれた絵が素晴らしいレベル(Revell)社のものは、製品もよくできていて欲しくてたまらなかった。二番手でいえば、モノグラム(Monogram)社のものだろう。こちらは、細部を強調して、見た目には面白かったが・・・。

西荻窪にあった模型店だった思うが、高価で珍しいものがガラスケースの中にあった。当時としてもマニアックなものだったが、「Skysweeper」(高射砲)のプラモデル(*)だ。レベル社でも、モノグラム社でもない、どこのメーカーだったのかとインターネットで調べたところ、どうやらRenwal社だ。プラモデルに付属の解説資料の写真を見て、Renwal社製であったことを確信した。
(*)「Vintage Plamo Chronicle」に感謝

Skysweeperは、空から飛んでくるものを打ち落とすために、レーダーが装備されていて、子どもながらに凄いなと感心した。Skysweeperの名の通り、本体に、箒(ほうき)で空を掃除する魔女マスコットが描かれている。Youtubeで実物を見ると、思いのほか小型だったことに驚く。

さて、空でなくて宇宙から落ちてくるやっかいなしろものを掃除してくれる、Spacesweeperと名づけてよいものはないのだろうか。魔女が出てきて、落下中の上層大気調査衛星「UARS」をさっさと掃き清めて欲しいものだ。

Yomiurionlineの記事「破片落下の衛星、24日3時半に中部上空を通過」(9月23日21時15分)によれば、UARS落下範囲に日本も含まれる可能性があると次のように報じている。
・文部科学省によると、米航空宇宙局(NASA)の情報を基に宇宙航空研究開発機構が衛星の軌道を計算したところ、24日午前2時に北方領土付近、同3時半に愛知、岐阜、福井県など中部地方付近、同5時に沖縄本島の南側の上空を通過すると見込まれているという。

(Youtubeに登録のjaglavaksoldierに感謝)


★★★★★ 孫娘が、父親の胸の上に乗ってニコニコ顔で、マイクを持って歌っている?写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、店内のアンパンマンのカートに乗って、真剣な眼差しで運転している写真が届いた ★★★★★