韓国では、携帯ラジオ+デジタル・プレイヤー機能を合わせ持つ、安価な「(親)孝行ラジオ」と呼ばれるものが流行っている。孝行の名が示す通り、親へのちょっとしたプレゼント品として、もらった老人たちにとってもアウトドアで楽しむ便利な音楽ツールになっている。
デジタル・プレイヤーに使う、MP3音源を収録したSD(TF)カード販売が大きな問題になっている。実は、1枚のカードに収められた500~5,000曲が、CDと比べると驚くほど安く販売されているのだ。
音源(トロット曲)を制作、発売する音楽業界にとって影響が大き過ぎたため、今回その違法性に対して、ついに実刑が科せられることになった。ニューシスの記事「『孝行ラジオ』違法です、SDカード流通業者実刑」(7/23、イ・ジェフン記者)は、孝行ラジオの実態と影響、判決内容を次の通り報じている。
(本ブログ関連:”「孝行ラジオ」”)
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「孝行ラジオ」に挿入されているマイクロSDカードに大量の音源を不法に複製、販売した流通業者に実刑が宣告された。
韓国音盤(レコード)産業協会によれば、最近、ソウル中央地裁刑事15単独裁判部は、SDカードに音源を不法複製して販売した流通業者に懲役8ヶ月・執行猶予1年、社会奉仕命令120時間を宣告した。
孝行ラジオはラジオ形態のプレーヤーだ。数千曲が不法複製されたSDカードを挿入すれば、きりなく聴取することができる。
裁判所は、不法SDカードを大量に市中に流通した流通業者Lに、「創作の成果に対する権利を保護して著作物の公正な利用を図ろうとする著作権法の趣旨に照らして罪質が良くない」とし、「犯行規模が大きく、一切の反省をしない点」などを理由に、このように宣告した。
一方、音産協は、今回の事件と関連して2012年から証拠収集などをしてきた。昨年11月、文化体育観光部の著作権保護課と特別事業警察官は、家宅捜索を通じて不法SDカード流通会社4ヶ所を刑事立件した。
協会関係者は、「孝行ラジオの主消費層である老齢層の、購買行為よりも、コンテンツに対する接近性(アクセス)が容易にできない点を悪用した流通業者の悪意的な行動(の方)が問題」としながら、「営利を目的に不法音源を専門的に流通する事業者によって、残っていた成人歌謡市場は完全に崩壊してしまった」と話した。
「最近では、トロット曲だけでなく、海外ポップソング、著作権がある賛美歌など、多様なジャンルの音源が数千曲ずつ侵害されるなど、その被害が深刻な水準」と付け加えた。
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2014年7月31日木曜日
2014年7月19日土曜日
「孝行ラジオ」
最近、韓国の巷に流行るもの、親孝行のプレゼント品として知られる「孝行ラジオ(효도 라디오)」がある。
プレゼントされた年配者は、これをハイキングに携えるという。ラジオ機能以外に、デジタル・オーディオプレイヤー機能が付いていて、韓国歌謡のトロットを収録した「TF(ミニSD)カード」を装着して、山歩きにもっぱらこれ楽しんでいるようだ。
(本ブログ関連:”孝行ラジオ”)
(本ブログ関連:”孝行ラジオ”)
ラジオ本体の価格もそうだが、トロットが500曲~5000曲入ったTFカードも恐ろしく安価なのだ。このことが問題になっている。孝行ラジオの出現によって、歌謡界の売り上げが大幅に落ち込んでいるというのだ。
なおラジオ本体は、韓国ネット通販に公開されており、ほぼ中国製だ。一方、トロットの音源については未確認? 電気街や市場の屋台などで、TF(ミニSD)カードをチューインガム・ケースのようなものに隠し置いている映像を見たような気がする・・・じゃなくて、KBSの「뉴스9」で放送していた。
(資料)KBS WORLD「クリックK」の「孝行ラジオ」(2013年12月10日)より、抜粋。
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・孝行ラジオが発売されてから1~2年の間で、トロットのアルバム売上額は70%以上減少。音楽が利益を生み出すのが難しい時代になったという・・・
(資料)スポーツ・トゥデイ「孝行ラジオ」に泣く歌謡界、解決策を問う」(7/3)より、抜粋。
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・2000曲以上の不法音源が入っているSDカードを装着したポータブル・オーディオ(ラジオ兼用)をいう。主に登山道、高速道路の休憩所、清渓川の屋台通りなどで3万〜5万ウォンで取引される。
ところで先日、ソウル土産にこれをお願いしたところ・・・。
ところで先日、ソウル土産にこれをお願いしたところ・・・。
2018年4月15日日曜日
(資料)韓国歌謡100年、一番使われたキーワード
久し振りに「孝行ラジオ」で、キム・ジョンホ(김정호、1952年~1985年)の代表曲「見知らぬ少女(이름모를 소녀)」(1973年)を楽しんだ。
(本ブログ関連:”孝行ラジオ”、”見知らぬ少女”)
「孝行ラジオ」といっても放送番組ではない。5000曲近くの歌謡曲を収録したマイクロSDカードを差し込んだ(ラジオにもなる)携帯音楽再生プレイヤーである。中高年が山歩きや散策の途中、ながらで次々聞き流すそうだ。ところが、マイクロSDカードの歌謡曲は海賊版で問題となった。現在の流通はどうなっているだろうか。
歌謡曲に対する支持は底堅く、圧倒的な伝統を作っている。そんな数々の歌謡曲の歌詞を基に、語彙分析などすることで、大衆がどのような言葉に関心を持つか(感応するか)がうかがえるだろう。今まで、メディアに語られたそんな情報をブログに記してきた。
(本ブログ関連:”韓国歌謡曲の語彙”、”韓国歌謡曲”)
今回、朝鮮日報(日本語版)に掲載の記事「韓国歌謡100年、一番使われたキーワードは『愛』」(4/15、ユ・ソクジェ記者)は、< 韓国歌謡曲100年間の約2万曲 > について、「語彙」調査した結果を次のように報じている。勝手ながら、資料として全文掲載させていただく。(感謝)
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(1)
1926年にユン・シムドクは「お金も名誉も愛も全て嫌だ」と歌い、2009年にバービー・キムは「愛というやつ、そいつの前でいつも私は空虚な存在だった」と歌った。「韓国歌謡100年」を貫いたキーワードは「恨」ではなく「愛」だった。
最近著書『歌の言語(노래의 언어)』(アクロス 어크로스刊)を出版した仁荷大学韓国語文学科のハン・ソンウ教授(50)は「韓国の約2万曲に至る歌謡のうち『愛』は曲名に1608回、歌詞に4万3583回それぞれ登場しており、名詞の中でも圧倒的首位を占めた」と説明する。「日常言語における登場回数では104位にとどまっている『愛』という単語が、実は歌謡で脚光を浴びていたのです」
国語学者であるハン教授は「希望的な歌」から防弾少年団のKポップに至るまで、1世紀にわたって発表された韓国の大衆歌謡の歌詞に対する人文学的な分析を試みた。「一般大衆が好んで使う言葉の中で、生きている言語について研究しようと思いました。人の感情と時代の流れをそっくりそのまま盛り込んでいるという点で、ヒット曲をしのぐものがあるでしょうか」
資料集めから始めた。「国民が実際に歌っている歌」という基準を立てて、カラオケの歌詞を全てダウンロードし、『韓国歌謡全集』という本に掲載されていない歌謡を補った後、分かち書きなどの校正を行った。その結果、2万6250曲、原稿用紙にして7万5000枚分の資料が集まった。当代のヒット曲の歌詞を集大成したという点で、まるで新羅郷歌集『三代目』*の編さんをほうふつさせる作業と言える。
(*)三代目: この郷歌集は後世に伝わっていない。
その結果、歌詞は時代の変化を盛り込んでいた。「愛」という言葉が使われた歌は、1950年代までは全体の2.19%にすぎなかったが、2000年代以降は「ラブ」までを含めると実に65.22%に急増する。「素直に心を開いて自分のことを表現する世代が登場した証拠です」。女性が愛する対象を表現する際の二人称は、以前はほとんどが「先生」だったが、今では「お兄さん」に変わった。海外旅行が禁止されていた時代には「マドロス」という職業が歌詞に数多く登場していたが、今ではほぼ消え去った。1968年のパールシスターズ(펄시스터즈)の歌に登場する「喫茶店のコーヒー(커피한잔)」は、2010年に10㎝の歌を通じて「アメリカーノ」という単語に変身するものの、酒は時代を超えて常に人々の喜怒哀楽を表現してきた。
(2)
意外な結果も見受けられた。歌詞に最も多く登場する季節は秋ではないかと思われがちだが、実は春(1572回)、冬(1281回)、夏(1001回)に次いで最下位(秋、541回)だった。「『秋の手紙(가을 편지)』『落ち葉とともに去っていった愛(낙엽 따라 가버린 사랑)』のように感情の響きの大きい歌が人々の記憶により多く刻まれただけのこと」との分析だ。「愛することの痛みや流れ行く歳月に対する恨が韓国歌謡の中に多いのは、悲しみに浸り、痛みを感じる過程を通じて妙な快感を覚えるからです。辛い食べ物を食べるときと同じですね」
草稿に1980-90年代の歌謡が非常に多く登場することから、編集者とよく言い争いになったというハン教授は「『若い時は最近の歌が、年を取ってからは昔の歌が好きになる』という通念を破る必要性がある」と話す。「どんな時代でも、歌の『標準語』は青年たちの言語です。だからどの年齢層でも自分が若かった頃の歌が好きになるんです」。そんなハン教授も、防弾少年団の「八道江山」*を初めて聞いた時は、大きなひらめきがあったという。「地域ごとに存在する独特の方言が全て通じるのが韓国語なんだ、という悟りが背後に見え隠れしています。方言を研究する私が常に学生たちに話していることです」
(*)Youtube「八道江山」: 韓国方言を全く存じませんが登録者(JPN sub)の日本語訳に感謝
数多くの歌謡の中で、ハン教授を最も感動させた歌詞は何だろうか。「カン・サンエ(강산에)の『…ですね(…라구요)』です。過去と現在、歴史と情緒を全て網羅している珍しい歌謡です。カラオケで歌ってみたいのはチェ・ペクホ(최백호)の『浪漫について(낭만에 대하여)』です。あ、ただ私は音痴なので、なんとなく口をパクパクさせるだけですが」
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(チェ・ペクホ「浪漫について」1995年:いろいろと凝縮された詞、歌にエネルギーも要るよう・・・おじさんには)
(Youtubeに登録のwit008007に感謝)
(本ブログ関連:”孝行ラジオ”、”見知らぬ少女”)
「孝行ラジオ」といっても放送番組ではない。5000曲近くの歌謡曲を収録したマイクロSDカードを差し込んだ(ラジオにもなる)携帯音楽再生プレイヤーである。中高年が山歩きや散策の途中、ながらで次々聞き流すそうだ。ところが、マイクロSDカードの歌謡曲は海賊版で問題となった。現在の流通はどうなっているだろうか。
歌謡曲に対する支持は底堅く、圧倒的な伝統を作っている。そんな数々の歌謡曲の歌詞を基に、語彙分析などすることで、大衆がどのような言葉に関心を持つか(感応するか)がうかがえるだろう。今まで、メディアに語られたそんな情報をブログに記してきた。
(本ブログ関連:”韓国歌謡曲の語彙”、”韓国歌謡曲”)
今回、朝鮮日報(日本語版)に掲載の記事「韓国歌謡100年、一番使われたキーワードは『愛』」(4/15、ユ・ソクジェ記者)は、< 韓国歌謡曲100年間の約2万曲 > について、「語彙」調査した結果を次のように報じている。勝手ながら、資料として全文掲載させていただく。(感謝)
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(1)
1926年にユン・シムドクは「お金も名誉も愛も全て嫌だ」と歌い、2009年にバービー・キムは「愛というやつ、そいつの前でいつも私は空虚な存在だった」と歌った。「韓国歌謡100年」を貫いたキーワードは「恨」ではなく「愛」だった。
最近著書『歌の言語(노래의 언어)』(アクロス 어크로스刊)を出版した仁荷大学韓国語文学科のハン・ソンウ教授(50)は「韓国の約2万曲に至る歌謡のうち『愛』は曲名に1608回、歌詞に4万3583回それぞれ登場しており、名詞の中でも圧倒的首位を占めた」と説明する。「日常言語における登場回数では104位にとどまっている『愛』という単語が、実は歌謡で脚光を浴びていたのです」
国語学者であるハン教授は「希望的な歌」から防弾少年団のKポップに至るまで、1世紀にわたって発表された韓国の大衆歌謡の歌詞に対する人文学的な分析を試みた。「一般大衆が好んで使う言葉の中で、生きている言語について研究しようと思いました。人の感情と時代の流れをそっくりそのまま盛り込んでいるという点で、ヒット曲をしのぐものがあるでしょうか」
資料集めから始めた。「国民が実際に歌っている歌」という基準を立てて、カラオケの歌詞を全てダウンロードし、『韓国歌謡全集』という本に掲載されていない歌謡を補った後、分かち書きなどの校正を行った。その結果、2万6250曲、原稿用紙にして7万5000枚分の資料が集まった。当代のヒット曲の歌詞を集大成したという点で、まるで新羅郷歌集『三代目』*の編さんをほうふつさせる作業と言える。
(*)三代目: この郷歌集は後世に伝わっていない。
その結果、歌詞は時代の変化を盛り込んでいた。「愛」という言葉が使われた歌は、1950年代までは全体の2.19%にすぎなかったが、2000年代以降は「ラブ」までを含めると実に65.22%に急増する。「素直に心を開いて自分のことを表現する世代が登場した証拠です」。女性が愛する対象を表現する際の二人称は、以前はほとんどが「先生」だったが、今では「お兄さん」に変わった。海外旅行が禁止されていた時代には「マドロス」という職業が歌詞に数多く登場していたが、今ではほぼ消え去った。1968年のパールシスターズ(펄시스터즈)の歌に登場する「喫茶店のコーヒー(커피한잔)」は、2010年に10㎝の歌を通じて「アメリカーノ」という単語に変身するものの、酒は時代を超えて常に人々の喜怒哀楽を表現してきた。
(2)
意外な結果も見受けられた。歌詞に最も多く登場する季節は秋ではないかと思われがちだが、実は春(1572回)、冬(1281回)、夏(1001回)に次いで最下位(秋、541回)だった。「『秋の手紙(가을 편지)』『落ち葉とともに去っていった愛(낙엽 따라 가버린 사랑)』のように感情の響きの大きい歌が人々の記憶により多く刻まれただけのこと」との分析だ。「愛することの痛みや流れ行く歳月に対する恨が韓国歌謡の中に多いのは、悲しみに浸り、痛みを感じる過程を通じて妙な快感を覚えるからです。辛い食べ物を食べるときと同じですね」
草稿に1980-90年代の歌謡が非常に多く登場することから、編集者とよく言い争いになったというハン教授は「『若い時は最近の歌が、年を取ってからは昔の歌が好きになる』という通念を破る必要性がある」と話す。「どんな時代でも、歌の『標準語』は青年たちの言語です。だからどの年齢層でも自分が若かった頃の歌が好きになるんです」。そんなハン教授も、防弾少年団の「八道江山」*を初めて聞いた時は、大きなひらめきがあったという。「地域ごとに存在する独特の方言が全て通じるのが韓国語なんだ、という悟りが背後に見え隠れしています。方言を研究する私が常に学生たちに話していることです」
(*)Youtube「八道江山」: 韓国方言を全く存じませんが登録者(JPN sub)の日本語訳に感謝
数多くの歌謡の中で、ハン教授を最も感動させた歌詞は何だろうか。「カン・サンエ(강산에)の『…ですね(…라구요)』です。過去と現在、歴史と情緒を全て網羅している珍しい歌謡です。カラオケで歌ってみたいのはチェ・ペクホ(최백호)の『浪漫について(낭만에 대하여)』です。あ、ただ私は音痴なので、なんとなく口をパクパクさせるだけですが」
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(チェ・ペクホ「浪漫について」1995年:いろいろと凝縮された詞、歌にエネルギーも要るよう・・・おじさんには)
(Youtubeに登録のwit008007に感謝)
2015年7月8日水曜日
(雑談) 歌詞カード
昔、流行り歌のLPレコード盤は、歌詞カードと一緒にジャケットに入り、曲解説はジャケットの裏に印刷されていた。LPはサイズ(31.5×31.5cm)があるので、充分大きな歌詞カードや解説ができた。また、(ミサ曲のような)重厚なクラシック音楽の場合、レコード盤が複数枚となり、箱型ケースに解説冊子と共に収まったりした。CDになってからは、その習慣がサイズに合わせて簡略化される傾向にあるようだ。
(本ブログ関連:”LPレコード”、”歌詞カード”)
余談だが、中学時代、友人の家で見たクラシック(それもオペラの)の古びたSPレコード盤が、山のように積まれていたのを思い出す。そのとき、(クラシック総譜冊子)スコアを初めて見た・・・各パートのポイントにマーキングまでしていたので驚いた。
ところで、韓国では歌謡曲歌手の全集CDに、歌詞カードが付いていないことがある。安価のせいもあるが、若者たちにはダウンロード販売が主流のようだし、中高年には孝行ラジオという数千曲をSDカードに収めたミニラジオが売られたりした。ダウンロード時代に、歌詞カード無しという習慣が定着しているようだ。
音楽をネットで購入したことがない。調べてみると、ダウンロードでは歌詞カードが、当然?ながら付いていない・・・ツールを使えば補うことができるというが、どんなものだろう。
それより、歌詞カードがなくていいのか、なぜ活字で歌詞を読まないのか気になる。文字を通して、或いはその行間に、イメージをふくらませることができるというのに。例えば、こんな経験がある。中島みゆきの歌詞集の単行本を読んでいたら、紙の上にある歌詞が、いつもの歌とは違って、独立した世界を作るのに気付いた・・・文字世界に入り込んでしまったといっていいかもしれない。
最近のPOP作品は、音作りが先で、後から歌詞を付けることが多いそうだ。そのため、言葉が楽器化しているといわれる。それぞれの言語が持つ固有のスタイルに合わせてこそ、音楽空間の共有が深く厚くなるのではないかと、おじさんはため息つく。
(参考: オリコン記事 「音楽における『歌詞』の重要性が低下? メロディとの親和性や語感を重要視」(4/24))
そういえば、遠に吟遊詩人も門付けもいない。
(本ブログ関連:”LPレコード”、”歌詞カード”)
余談だが、中学時代、友人の家で見たクラシック(それもオペラの)の古びたSPレコード盤が、山のように積まれていたのを思い出す。そのとき、(クラシック総譜冊子)スコアを初めて見た・・・各パートのポイントにマーキングまでしていたので驚いた。
ところで、韓国では歌謡曲歌手の全集CDに、歌詞カードが付いていないことがある。安価のせいもあるが、若者たちにはダウンロード販売が主流のようだし、中高年には孝行ラジオという数千曲をSDカードに収めたミニラジオが売られたりした。ダウンロード時代に、歌詞カード無しという習慣が定着しているようだ。
音楽をネットで購入したことがない。調べてみると、ダウンロードでは歌詞カードが、当然?ながら付いていない・・・ツールを使えば補うことができるというが、どんなものだろう。
それより、歌詞カードがなくていいのか、なぜ活字で歌詞を読まないのか気になる。文字を通して、或いはその行間に、イメージをふくらませることができるというのに。例えば、こんな経験がある。中島みゆきの歌詞集の単行本を読んでいたら、紙の上にある歌詞が、いつもの歌とは違って、独立した世界を作るのに気付いた・・・文字世界に入り込んでしまったといっていいかもしれない。
最近のPOP作品は、音作りが先で、後から歌詞を付けることが多いそうだ。そのため、言葉が楽器化しているといわれる。それぞれの言語が持つ固有のスタイルに合わせてこそ、音楽空間の共有が深く厚くなるのではないかと、おじさんはため息つく。
(参考: オリコン記事 「音楽における『歌詞』の重要性が低下? メロディとの親和性や語感を重要視」(4/24))
そういえば、遠に吟遊詩人も門付けもいない。
2018年4月16日月曜日
キム・ジョンホ「見知らぬ少女」
昨日のブログに、歌手キム・ジョンホ(김정호)の代表曲「見知らぬ少女(이름모를 소녀)」(1973年)を「孝行ラジオ」で聞いたと記した。彼は、 肺病におかされて33歳(1952年〜1985年)の若さで去った。シン・ジュンヒョンに代表される若手音楽家たちによる、1975年の「大麻草波動」事件に連座した・・・そうだ。
(本ブログ関連:”見知らぬ少女”、”シン・ジュンヒョン”)
この曲は、ケイ・ウンスクのコンサートビデオに収録されていて、三佳令二の日本語歌詞(原歌詞)字幕で歌われた。現在、韓国歌手によるカバーもあるが、ケイ・ウンスク*のステージ映像の、自然に染み入る日本語歌詞を見てしまうと、他に置き換えられない。
(* ケイ・ウンスク: ところでケイ・ウンスクの韓国帰国の理由も、薬物汚染に関係ある)
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(本ブログ関連:”見知らぬ少女”、”シン・ジュンヒョン”)
この曲は、ケイ・ウンスクのコンサートビデオに収録されていて、三佳令二の日本語歌詞(原歌詞)字幕で歌われた。現在、韓国歌手によるカバーもあるが、ケイ・ウンスク*のステージ映像の、自然に染み入る日本語歌詞を見てしまうと、他に置き換えられない。
(* ケイ・ウンスク: ところでケイ・ウンスクの韓国帰国の理由も、薬物汚染に関係ある)
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