宮﨑駿(みやざき はやお、1941年1月5日~)監督のアニメ作品を映画館で見たのは唯一「紅の豚」(1992年)だけだが、他の作品についてもテレビ放送されたものをいくつか見た。それらの中に、天翔る飛行機の雄姿を夢見た少年時代を経験したものに感応できるものがあった。
ところで、中学時代のこと、技術・家庭科の男子向け授業の終わりに、教師が黒板にチョークで、しっかりしたぶれのない線で飛行機の三面図を描いてくれた。生徒たちに、設計投影図に少しでも関心を持たせたかったのだろう。地味な感じだが誠実な教師の記憶が今も残っている。
当時、少年漫画雑誌に太平洋戦争を背景にした少年パイロットの物語が連載されていた。宮崎監督が今回題材にされた「零戦」だけでなく、「紫電改」などいろいろな機種が登場した。
普段からそんな漫画に接していた少年たちにとって、教師が黒板に飛行機の絵を描いたからといって、決して突飛なことではなかった。
今日、宮﨑駿監督の引退の記者会見があった。時代に対するいさぎよさを感じる。
監督は、飛行機つまりメカが大好きなようで、今回話題の作品「風立ちぬ」は、その集大成なのだろう。同作品未見のため、詳しく存じないが、飛行機の設計者のはなしのようだ。近々必ず映画館で見たいと思っている。
因みに、わたしの好きな飛行機は、いろいろな用途、輸送機や旅客機に使われた双発の星型レシプロエンジン(P&H製)の、あのスタート音がたまならないダグラスDC3だ。後年、ハワイ飛行中のコックピット内でのやりとりが録音されたカセットテープ(「DC3 Nostalgic Flight in Hawaii」1981年、KSZ5288)を入手して、ヘッドホンで大音響にして何度も聞いたことを思い出す。
(参考)「【航空100年】DC-3特集 DC-3コックピットの録音」に感謝。録音のいきさつ・・・そうだったのですか。
2013年9月6日金曜日
2013年9月5日木曜日
大雨警報
今日の日付に変わった午前2時頃、強烈な土砂降りの音に目が覚めた。外が明るければ、雨脚の様子も確認できたろうけれど、真夜中では屋根を打つ雨音の激しさだけだ。九州に上陸した台風17号は、温帯低気圧に変わった後も、影響を残している。
ネットを見れば、気象庁から東京地方の「大雨と雷及び突風気象情報」が次のように出ている。
---------------------------------------
[気象状況]
北日本から東日本に前線が停滞しています。この前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込んでいるため、関東甲信地方では大気の状態が非常に不安定となっています。
[防災事項]
東京地方では、5日明け方にかけて1時間に60ミリの非常に激しい雨の降る所があるでしょう。
低い土地や地下施設への浸水、河川の増水、はん濫、土砂災害に警戒してください。 (以下略)
---------------------------------------
東京都に大雨警報が発令されたようだ。
10分も続かないが、気分は1時間100mmの豪雨が繰り返しやって来て・・・次第に遠のいていった。
ウェザーニュースの雨雲レーダーによる解説では、伊豆半島-神奈川-東京に至るライン状の雨雲がずっと居座り続けているとのこと。そして、午前3時過ぎた今も、小振りながら雷鳴を混じえた豪雨が、忘れたようにやって来る。
ネットを見れば、気象庁から東京地方の「大雨と雷及び突風気象情報」が次のように出ている。
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[気象状況]
北日本から東日本に前線が停滞しています。この前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込んでいるため、関東甲信地方では大気の状態が非常に不安定となっています。
[防災事項]
東京地方では、5日明け方にかけて1時間に60ミリの非常に激しい雨の降る所があるでしょう。
低い土地や地下施設への浸水、河川の増水、はん濫、土砂災害に警戒してください。 (以下略)
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東京都に大雨警報が発令されたようだ。
10分も続かないが、気分は1時間100mmの豪雨が繰り返しやって来て・・・次第に遠のいていった。
ウェザーニュースの雨雲レーダーによる解説では、伊豆半島-神奈川-東京に至るライン状の雨雲がずっと居座り続けているとのこと。そして、午前3時過ぎた今も、小振りながら雷鳴を混じえた豪雨が、忘れたようにやって来る。
2013年9月4日水曜日
釜山アジアド主競技場 公演
メトロ新聞(9/4)によると、イ・ソンヒが、27日、朝鮮戦争停戦60周年に当たり、釜山「UN記念公園」で韓国仏教界による開催予定の「韓半島平和大会」(午前10時から)に続いて行われる、「釜山アジアド主競技場」での公演(午後2時から)に出ると、次のように報じられている。(抜粋)
(本ブログ関連:”仏教信者”、”韓国仏教”)
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・韓国仏教界が停戦60周年を迎えて、韓半島と世界の平和を祈る「韓半島平和大会」を27日開催する。
・記念公演は、キム・ヨンドン総監督の指揮で国楽人ファン・ビョンギと歌手イン・スニ、イ・ソンヒ、ポール・ポッツ、ボビー・キム、イ・エジュ伝統舞踏会、釜山市立国楽管弦楽団など舞台を飾る。
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(本ブログ関連:”仏教信者”、”韓国仏教”)
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・韓国仏教界が停戦60周年を迎えて、韓半島と世界の平和を祈る「韓半島平和大会」を27日開催する。
・記念公演は、キム・ヨンドン総監督の指揮で国楽人ファン・ビョンギと歌手イン・スニ、イ・ソンヒ、ポール・ポッツ、ボビー・キム、イ・エジュ伝統舞踏会、釜山市立国楽管弦楽団など舞台を飾る。
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2013年9月3日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 酒
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/28)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第21回として、「酒(술)」について紹介された。
まず酒にまつわる詩人の解説から次のように始まった。
・韓国の代表的な酒には、相性の良いつまみも決まっていて、マッコリにはチヂミ、焼酎には海鮮もの、ビールにはチキンがある。ところで、今も昔も酒席が重視され、朝鮮時代のカサ(歌辞、가사)文学で知られる松江鄭澈(송강정철、1536年~1593年)は、政治に力があったが、風流もこよなく愛した人物と知られる。松江鄭澈が残したシジョ(時調、시조)に、酒をモチーフにしたものが残されている。
「ソン・グォンノン*の家に酒が出来上がったという話を昨日聞き、牛に乗って駆けつけた。
おぉ、グォンノンはいるか、私が来たと伝えてくれ。」
(*)ソン・グォンノン(성궐롱)は、鄭澈と親しいソン・フンと言われる。
▼南道民謡「フンタリョン(흥타령)」を聴く。菊酒を月明かりに照らされて飲みあかそうか・・・ゆたりと時間が流れるよう。
伝統の酒について次のように紹介された。
・昔、酒は、よき人々と共に心酔うものと考えられ、名節や節気など先祖の祭祀を捧げるため、家々で作った酒を「家醸酒(가양주)」と呼んだ。家門、酒作りの腕、さらには地域によって多種多様な味と香りを醸し出した。名のある家門の酒は上等を表す「名家銘酒」といわれ、客も、先祖のための祭祀(제사)も多かった。自然、酒を造る頻度も多くなり腕が上がった。
今も各地に伝統酒が残されていて、慶州の法酒(ポプジュ)/全州の梨薑酒(イガンジュ)/京畿道のムンベ酒/済州島のオメガ酒/忠清南道沔川の杜鵑酒(トゥギョンジュ)/韓山の素穀酒(ソゴクジュ)/珍島の紅酒(ホンジュ)などがある。
▼朴木月(박목월、1916年~1978年)の詩、チャン・サイク(장사익、1949年~)が歌う「旅人(나그네)」を聴く。酒の香り引き寄せられ、漂う雲のように、いや月のように・・・酔っているかな。
高麗時代の文人と、仕掛けのある酒器について次のように語られた。
・高麗時代の文人李奎報(이규보、1168年~1241年)は、詩とコムンゴ、そして酒を楽しむことを日課とした。酒がないと詩を書くこともできず、「酒でほろ酔い気分となり、体の力が抜けると心が活発となり、踊りも踊り歌も歌う。これは全て酒がさせたことだ」といった。
昔の人も酒の良し悪しを知っていて、教訓を込めた「戒盈杯(계영배)」が残されている。この杯は、70%以上酒が注がれると、自動的に全ての酒が下へ流れ落ちる仕掛けになっている。
▼「倡夫打令(창부타령)」を聴く。まるで言葉を旋律のように、するすると入り込んでくるような、軽快さと摩訶不思議な・・・(俺は)酔っているのかなという感じ。
まず酒にまつわる詩人の解説から次のように始まった。
・韓国の代表的な酒には、相性の良いつまみも決まっていて、マッコリにはチヂミ、焼酎には海鮮もの、ビールにはチキンがある。ところで、今も昔も酒席が重視され、朝鮮時代のカサ(歌辞、가사)文学で知られる松江鄭澈(송강정철、1536年~1593年)は、政治に力があったが、風流もこよなく愛した人物と知られる。松江鄭澈が残したシジョ(時調、시조)に、酒をモチーフにしたものが残されている。
「ソン・グォンノン*の家に酒が出来上がったという話を昨日聞き、牛に乗って駆けつけた。
おぉ、グォンノンはいるか、私が来たと伝えてくれ。」
(*)ソン・グォンノン(성궐롱)は、鄭澈と親しいソン・フンと言われる。
▼南道民謡「フンタリョン(흥타령)」を聴く。菊酒を月明かりに照らされて飲みあかそうか・・・ゆたりと時間が流れるよう。
伝統の酒について次のように紹介された。
・昔、酒は、よき人々と共に心酔うものと考えられ、名節や節気など先祖の祭祀を捧げるため、家々で作った酒を「家醸酒(가양주)」と呼んだ。家門、酒作りの腕、さらには地域によって多種多様な味と香りを醸し出した。名のある家門の酒は上等を表す「名家銘酒」といわれ、客も、先祖のための祭祀(제사)も多かった。自然、酒を造る頻度も多くなり腕が上がった。
今も各地に伝統酒が残されていて、慶州の法酒(ポプジュ)/全州の梨薑酒(イガンジュ)/京畿道のムンベ酒/済州島のオメガ酒/忠清南道沔川の杜鵑酒(トゥギョンジュ)/韓山の素穀酒(ソゴクジュ)/珍島の紅酒(ホンジュ)などがある。
▼朴木月(박목월、1916年~1978年)の詩、チャン・サイク(장사익、1949年~)が歌う「旅人(나그네)」を聴く。酒の香り引き寄せられ、漂う雲のように、いや月のように・・・酔っているかな。
高麗時代の文人と、仕掛けのある酒器について次のように語られた。
・高麗時代の文人李奎報(이규보、1168年~1241年)は、詩とコムンゴ、そして酒を楽しむことを日課とした。酒がないと詩を書くこともできず、「酒でほろ酔い気分となり、体の力が抜けると心が活発となり、踊りも踊り歌も歌う。これは全て酒がさせたことだ」といった。
昔の人も酒の良し悪しを知っていて、教訓を込めた「戒盈杯(계영배)」が残されている。この杯は、70%以上酒が注がれると、自動的に全ての酒が下へ流れ落ちる仕掛けになっている。
▼「倡夫打令(창부타령)」を聴く。まるで言葉を旋律のように、するすると入り込んでくるような、軽快さと摩訶不思議な・・・(俺は)酔っているのかなという感じ。
昨日の竜巻
昨日、夏の陽射しを思わせる暑い晴れた昼過ぎ、遠く北西の空に真っ白な巨大な雲が浮かんでいるのが見えた。それは、一般的な積乱雲の説明にあるような柱状のものではなく、どちらかといえば玉子を横向きにしたような巨大な形状だった。
同じ時間帯だったと思うが、YOMIURI ONLINE(9/3、01時39分)によれば、「(昨日の)2日午後2時過ぎ、埼玉県越谷市など同県東部と千葉県野田市で突風が発生」し、「気象庁によると、巨大な積乱雲『スーパーセル』が発生していた可能性が高いという。」ことだ。
高温、ゲリラ豪雨を伴う亜熱帯化が進んでいるかと思えば、北米のような竜巻まで例年化してきている。この辺りも、台風の強風で家が軋んだこともある。
気象、地震、そういえば「地震、カミナリ、火事、親父」か。冷や水のままであればいのだが。
同じ時間帯だったと思うが、YOMIURI ONLINE(9/3、01時39分)によれば、「(昨日の)2日午後2時過ぎ、埼玉県越谷市など同県東部と千葉県野田市で突風が発生」し、「気象庁によると、巨大な積乱雲『スーパーセル』が発生していた可能性が高いという。」ことだ。
高温、ゲリラ豪雨を伴う亜熱帯化が進んでいるかと思えば、北米のような竜巻まで例年化してきている。この辺りも、台風の強風で家が軋んだこともある。
気象、地震、そういえば「地震、カミナリ、火事、親父」か。冷や水のままであればいのだが。
2013年9月2日月曜日
イ・ソンヒのカバー「その時 その人」
イ・ソンヒが、全国ツアー中の2009年7月5(日)、「清州芸術の殿堂」のステージで、シム・スボンの「その時 その人(그때 그 사람)」をカバーしている珍しい映像がYoutubeにある。それは、1978年の第2回「MBC大学歌謡祭」で、当時、明知大学校経営学科在学中のシム・スボンが作詞作曲したトロットにジャズ風味のスタイルで歌った、後の彼女の代表的な曲のひとつだ。
K-Wikpediaによれば、「シム・スボンは、参加した歌謡祭で入賞をすることはできなかったが、大学歌謡祭で初めてトロット・ジャンルで出場した異色な経歴に大衆に注目されるという、自身が学んだジャズ音楽でないトロットで初めて歌謡界に足を踏み入れた。」ことになる。
(本ブログ関連:”シム・スボン”)
まずは、イ・ソンヒの選曲に会場がわいた後、客席と一緒に歌う「その時 その人」を聴いてみよう。
(Youtubeに登録のleesunheetownに感謝)
K-Wikpediaによれば、「シム・スボンは、参加した歌謡祭で入賞をすることはできなかったが、大学歌謡祭で初めてトロット・ジャンルで出場した異色な経歴に大衆に注目されるという、自身が学んだジャズ音楽でないトロットで初めて歌謡界に足を踏み入れた。」ことになる。
(本ブログ関連:”シム・スボン”)
まずは、イ・ソンヒの選曲に会場がわいた後、客席と一緒に歌う「その時 その人」を聴いてみよう。
(Youtubeに登録のleesunheetownに感謝)
2013年9月1日日曜日
超小型電気自動車
これからは二輪の自転車より、四輪車の方がむしろ安全だよと、親類との電話で知らされた。市内を巡るのに、両隣り駅以上行動するには電車を利用するしかないが、両隣り駅までの範囲内なら自転車が便利だ。日頃、公園や図書館へ通うのに、自転車が重宝している。
自転車は、自身の転倒や事故と遭遇の危険性を考えると、周りを剛体で囲んだ乗り物(四輪者)の方がもっと安全というわけだ。そこで生活圏での利用車である、正式名称「環境対応車(超小型モビリティをはじめとする電気自動車等)」、いわゆる「超小型電気自動車」はどうだろうか・・・と話題になった。
超小型電気自動車については詳細を知らないが、Youtubeやネット記事などを見ると、ちょっと魅かれるものがある。できれば、一回充電(2時間位いで)で航続距離200Kmなんて・・・無理だろうか。
自転車の場合、駐輪は容易だが、超小型車とはいえ自動車であるだけに、高齢化時代に台数が増えれば、特に近距離利用を目的にしているため、身近な駐車スペースの確保が問題になるだろう。
ちょっと(超小型電気自動車に)乗ってみたい気がする・・・今は、ど派手なデザインに見えるけど。
(参考)
Diamond Onlineの記事「ホンダ参入でもガラパゴス化『超小型モビリティ』の危機」(8/6)
自転車は、自身の転倒や事故と遭遇の危険性を考えると、周りを剛体で囲んだ乗り物(四輪者)の方がもっと安全というわけだ。そこで生活圏での利用車である、正式名称「環境対応車(超小型モビリティをはじめとする電気自動車等)」、いわゆる「超小型電気自動車」はどうだろうか・・・と話題になった。
超小型電気自動車については詳細を知らないが、Youtubeやネット記事などを見ると、ちょっと魅かれるものがある。できれば、一回充電(2時間位いで)で航続距離200Kmなんて・・・無理だろうか。
自転車の場合、駐輪は容易だが、超小型車とはいえ自動車であるだけに、高齢化時代に台数が増えれば、特に近距離利用を目的にしているため、身近な駐車スペースの確保が問題になるだろう。
ちょっと(超小型電気自動車に)乗ってみたい気がする・・・今は、ど派手なデザインに見えるけど。
(参考)
Diamond Onlineの記事「ホンダ参入でもガラパゴス化『超小型モビリティ』の危機」(8/6)
2013年8月31日土曜日
カレンダー
一般に、年末になると翌年のカレンダー、手帳そして日記を、企業宣伝用に貰ったり、ギフトや自分用に購入することがある。さらに最近では、4月の新年度を起点にスタートできるようにした手帳や日記なども店頭で見ることができる。
ところで先日、文具店に、来年度用の綺麗な表紙の手帳が並んでいた。今頃どうして、というのが率直な感想だ。そんなに早く、来年の予定が埋まっているのだろうか、そんなに忙しいのだろうか・・・不思議だ。それより、この夏のスケジュールはどうだったのかな?
ニール・セダカ(Neil Sedaka, 1939年3月13日~)の「カレンダー・ガール(Calendar Girl)」(1960年)は、青春真っ盛りだ。9月には、歌の主人公の少年も16歳なのか、恋人がスウィート・シクスティーンになる。もしかしたら、カレンダーに載るモデルに仮託しているのかもしれない。暑い夏はもうじき終わりだ。そして想いを次々カレンダーに書き込もう。
(本ブログ関連:”ニール・セダカ”)
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(Youtubeに登録のdogatokosite2に感謝)
ところで先日、文具店に、来年度用の綺麗な表紙の手帳が並んでいた。今頃どうして、というのが率直な感想だ。そんなに早く、来年の予定が埋まっているのだろうか、そんなに忙しいのだろうか・・・不思議だ。それより、この夏のスケジュールはどうだったのかな?
ニール・セダカ(Neil Sedaka, 1939年3月13日~)の「カレンダー・ガール(Calendar Girl)」(1960年)は、青春真っ盛りだ。9月には、歌の主人公の少年も16歳なのか、恋人がスウィート・シクスティーンになる。もしかしたら、カレンダーに載るモデルに仮託しているのかもしれない。暑い夏はもうじき終わりだ。そして想いを次々カレンダーに書き込もう。
(本ブログ関連:”ニール・セダカ”)
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2013年8月30日金曜日
イ・ソンヒに似ている
あいにく、韓国の若手女優ハン・ヒョジュについてはよく知らぬのですが、ネットのニュース記事に、彼女がシンガポールの映画祭に出かけるため、仁川空港で見かけた姿が、イ・ソンヒのようという話がありまして、他にもブログ「SUMMER IS UPON US」に、そのときのスナップ写真が多数並んでいます・・・。感謝。
ブログの写真を見れば、まさにそっくり。「80年代のイ・ソンヒじゃない?」とか、「髪(ヘヤー)スタイルひとつで90年代っぽく」とか・・・お洒落について分かりませんが、よく似ています。つまり、イ・ソンヒの持つ清潔感を、この若い女優さんも受け入れたく、表現したく気に入っているのかも知れません。
そう思いませんか。
ブログの写真を見れば、まさにそっくり。「80年代のイ・ソンヒじゃない?」とか、「髪(ヘヤー)スタイルひとつで90年代っぽく」とか・・・お洒落について分かりませんが、よく似ています。つまり、イ・ソンヒの持つ清潔感を、この若い女優さんも受け入れたく、表現したく気に入っているのかも知れません。
そう思いませんか。
2013年8月29日木曜日
イ・ソンヒのトロット・メドレー みたび
イ・ソンヒの幅広いレパートリーと歌唱力については、何度も何度も触れて来たが、百聞は一見に如かず、Youtubeで彼女のトロット・メドレーの映像に接すれば・・・それで、十分だろう。
彼女がここで歌う3曲については、次の(本ブログ関連)リンクで紹介しているが、・・・<いつでも>うろ覚えのため、ナフナ(羅勲児)の歌に”アムロ”という曲はなかったかなあと思い浮かべたけれど・・・それじゃ、安室奈美恵のアムロでしょ・・・てな具合で・・・頓珍漢にも程がある、ああ、記憶の悪さに針の筵(ムシロ)だ。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒのトロット・メドレー”)
(Toutubeに登録の013picに感謝)
彼女がここで歌う3曲については、次の(本ブログ関連)リンクで紹介しているが、・・・<いつでも>うろ覚えのため、ナフナ(羅勲児)の歌に”アムロ”という曲はなかったかなあと思い浮かべたけれど・・・それじゃ、安室奈美恵のアムロでしょ・・・てな具合で・・・頓珍漢にも程がある、ああ、記憶の悪さに針の筵(ムシロ)だ。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒのトロット・メドレー”)
(Toutubeに登録の013picに感謝)
2013年8月28日水曜日
夏に戻る
昼過ぎに出かけた体操教室は、先々週の盆休みと、先週の別件で欠席のため、2回分を空けての出席となった。久し振りという感じで始まったが、随所で運動にミスがあった。いつも完全ではないし、まっ、そんなものだろうけれど、最後までやり通せたのだから善しとしよう。
昼間の陽射しはヒリヒリするほど、まるで夏に戻ったよう。おまけに空気も透き通って、街並みの景色がすっきり見えて気持ちよい。このまま晴天が続けば・・・と思っても、週末の土日は台風15号の影響でくずれるそうだ。
夏の気分を持続するには、榊原郁恵ちゃんの「夏のお嬢さん」を聞きましょうか・・・な。今も、彼女がTVに登場すると、「郁恵ちゃん」と呼んでしまうよ。
秋もいいけど、やっぱり夏がいい。
(Youtubeに登録のH19782334に感謝)
昼間の陽射しはヒリヒリするほど、まるで夏に戻ったよう。おまけに空気も透き通って、街並みの景色がすっきり見えて気持ちよい。このまま晴天が続けば・・・と思っても、週末の土日は台風15号の影響でくずれるそうだ。
夏の気分を持続するには、榊原郁恵ちゃんの「夏のお嬢さん」を聞きましょうか・・・な。今も、彼女がTVに登場すると、「郁恵ちゃん」と呼んでしまうよ。
秋もいいけど、やっぱり夏がいい。
(Youtubeに登録のH19782334に感謝)
2013年8月27日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 桐の木
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/21)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第20回として、「桐(오동)の木」について紹介された。
まず桐の木にまつわる、鳳凰の伝承について次のような紹介から始まった。
・韓国の花の王は牡丹、百獣の王は虎であり、鳥の王は鳳凰と言われる。鳳凰は、一度姿を現すと天下が平安、泰平の象徴となる想像上の動物だ。松の実のみ口にし、桐の木だけに止まる。そこで、身分の高いソンビは居間(사랑방)の周辺に、桐や青桐を植え、鳳凰が来るのを待った。
ところで、桐の木のせいで意外なことも起こった。桐の木にまつわる時調(시조)を紹介する。
「窓に影が見え隠れするので、恋しいあの方がいらしたのだと急いで外に出てみると、あの方はおらず、月が明るく光っている。桐の木の濡れた葉に鳳凰が来て、長い首を曲げて、羽をつくろっている影だった。夜だったからよかったものを、昼であったら誰かが見かけて恥をかくところだった」
(参考)「コ・ヒョサン ブログ(Blog)」に上記曲の紹介がある。感謝。
▼男唱歌曲、言楽(언락)時調 「碧紗窓が(벽사창이)」を聴く。ゆったりとして、(上記歌詞から)恋よりも鳳凰の幻想が主ではと思うのだが・・・女性の心情と違って、男の論理かな。
▼楽器コムンゴによる(歌曲)「掃葉山房(소엽산방)」の演奏を聴く。雨音が人の心を乱すというには、こちらも、ゆたりとして・・・どこか新しさを感じて気になれば、作曲者は黄秉冀(ファン・ビョンギ、황병기)(1936年5月31日~)で・・・現代の作曲である。
高級部材として楽器や家具に使われる桐の木の素晴らしさを次のように解説された。
・高級材として、軽くゆがみが少ないという特性が重宝される桐は、楽器や家具に広く使われた。昔、娘が生まれると、庭に桐の木を植え、その成長が早いため、娘が嫁ぐときに桐で箪笥を作って持たせたという。
桐は、楽器コムンゴやカヤグム製作の重要な部材のひとつだ。桐は寿命が長く千年を経ても、常にメロディーを奏でるという。楽器であれ、家具であれ、丁寧に加工し、丹精をこめて作り上げれば、使い手も、こうした一生物の家具や楽器に愛着を持って接することができる。そのとき、桐の木のすばらしさを実感できるのではないだろうか。
▼楽器カヤグムによる「知恵の香り(슬향)」の演奏を聴く。・・・若手演奏家による、旋律、リズムともに今様である。
まず桐の木にまつわる、鳳凰の伝承について次のような紹介から始まった。
・韓国の花の王は牡丹、百獣の王は虎であり、鳥の王は鳳凰と言われる。鳳凰は、一度姿を現すと天下が平安、泰平の象徴となる想像上の動物だ。松の実のみ口にし、桐の木だけに止まる。そこで、身分の高いソンビは居間(사랑방)の周辺に、桐や青桐を植え、鳳凰が来るのを待った。
ところで、桐の木のせいで意外なことも起こった。桐の木にまつわる時調(시조)を紹介する。
「窓に影が見え隠れするので、恋しいあの方がいらしたのだと急いで外に出てみると、あの方はおらず、月が明るく光っている。桐の木の濡れた葉に鳳凰が来て、長い首を曲げて、羽をつくろっている影だった。夜だったからよかったものを、昼であったら誰かが見かけて恥をかくところだった」
(参考)「コ・ヒョサン ブログ(Blog)」に上記曲の紹介がある。感謝。
▼男唱歌曲、言楽(언락)時調 「碧紗窓が(벽사창이)」を聴く。ゆったりとして、(上記歌詞から)恋よりも鳳凰の幻想が主ではと思うのだが・・・女性の心情と違って、男の論理かな。
▼楽器コムンゴによる(歌曲)「掃葉山房(소엽산방)」の演奏を聴く。雨音が人の心を乱すというには、こちらも、ゆたりとして・・・どこか新しさを感じて気になれば、作曲者は黄秉冀(ファン・ビョンギ、황병기)(1936年5月31日~)で・・・現代の作曲である。
高級部材として楽器や家具に使われる桐の木の素晴らしさを次のように解説された。
・高級材として、軽くゆがみが少ないという特性が重宝される桐は、楽器や家具に広く使われた。昔、娘が生まれると、庭に桐の木を植え、その成長が早いため、娘が嫁ぐときに桐で箪笥を作って持たせたという。
桐は、楽器コムンゴやカヤグム製作の重要な部材のひとつだ。桐は寿命が長く千年を経ても、常にメロディーを奏でるという。楽器であれ、家具であれ、丁寧に加工し、丹精をこめて作り上げれば、使い手も、こうした一生物の家具や楽器に愛着を持って接することができる。そのとき、桐の木のすばらしさを実感できるのではないだろうか。
▼楽器カヤグムによる「知恵の香り(슬향)」の演奏を聴く。・・・若手演奏家による、旋律、リズムともに今様である。
2013年8月26日月曜日
イ・ソンヒの「夜が来れば」
このごろの陽の落ち方に、秋の気配を感じるようになった。以前は、翳った後にも残る熱暑のために、一日の終わりを遅く感じたものだ。この熱気がさめて、気付けばしんみりした秋の夜になっている・・・季節感は先回りできない。予感できないものだ。
西山に陽は沈み、後に熱い想いだけが残る・・・民謡の言葉をかりて歌う、4集所収の「夜が来れば(밤이 찾아 오면)」(1988年)は、この時期に合うかもしれない。
イ・ソンヒが支持されつづけるのは、そのベースに大衆歌謡があることだ。Youtubeで、トロットや民謡を次々に歌いこなす彼女の姿を見ることができる。
初期らしく、張り上げるようにして歌う、彼女の声は若々しい。
(本ブログ関連:”夜が来れば”)
<Youtube削除済み>
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)
西山に陽は沈み、後に熱い想いだけが残る・・・民謡の言葉をかりて歌う、4集所収の「夜が来れば(밤이 찾아 오면)」(1988年)は、この時期に合うかもしれない。
イ・ソンヒが支持されつづけるのは、そのベースに大衆歌謡があることだ。Youtubeで、トロットや民謡を次々に歌いこなす彼女の姿を見ることができる。
初期らしく、張り上げるようにして歌う、彼女の声は若々しい。
(本ブログ関連:”夜が来れば”)
<Youtube削除済み>
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2013年8月25日日曜日
百日紅(サルスベリ)
百日も咲くことから百日紅(ヒャクジツコウ、Lagerstroemia indica)といわれる、サルスベリの花がこの時期目に付く。丈を高く育てる植木園のものはもちろんだが、民家の小ぶりの百日紅までが通り道に枝先を伸ばし、花咲きを誇っている。多く桃色だが一部白色もある。小さな花弁が密集して、みずから覆うように飾る。
独特な幹の形状と、花の色合は、まさに中国の古い絵画を思い出させる。考えてみるに、桃色の透明感が、桜花とは違うようだ。百日紅は小花が集まり、花弁を光が透過しにくいため、表面の色合いを眺めることになる。それは、絹布に描いた絵のように、反射を頼りに色彩を楽しむことになる。
原産が中国南部とのこと・・・この花に馴染むとき、自然と中国風の色彩を感じているのだろう。
(本ブログ関連:”百日紅”)
(付記)
図書館の帰り道、裏通りで若い父親と小学校の低学年らしい坊やが、サッカーごっこをしていた。わたしがその脇を通り抜けるため、しばらく小休止する間、父親はしゃがんで自宅の塀の下に生えた雑草を抜き始めた。
そのとき、サッカーボールを手にした坊やが、父親に言った。「もう、遊ばないよ」と。ちゃんと相手してくれないなら、遊んであげないよということのようだ。坊やは、いつのまにか、父親を相手に遊んであげているのだと思っている。
わたしは心の中で、その父親に代わってつぶやいた、「このおじさんが行ったら、ちゃんと相手するから・・・」と。
独特な幹の形状と、花の色合は、まさに中国の古い絵画を思い出させる。考えてみるに、桃色の透明感が、桜花とは違うようだ。百日紅は小花が集まり、花弁を光が透過しにくいため、表面の色合いを眺めることになる。それは、絹布に描いた絵のように、反射を頼りに色彩を楽しむことになる。
原産が中国南部とのこと・・・この花に馴染むとき、自然と中国風の色彩を感じているのだろう。
(本ブログ関連:”百日紅”)
(付記)
図書館の帰り道、裏通りで若い父親と小学校の低学年らしい坊やが、サッカーごっこをしていた。わたしがその脇を通り抜けるため、しばらく小休止する間、父親はしゃがんで自宅の塀の下に生えた雑草を抜き始めた。
そのとき、サッカーボールを手にした坊やが、父親に言った。「もう、遊ばないよ」と。ちゃんと相手してくれないなら、遊んであげないよということのようだ。坊やは、いつのまにか、父親を相手に遊んであげているのだと思っている。
わたしは心の中で、その父親に代わってつぶやいた、「このおじさんが行ったら、ちゃんと相手するから・・・」と。
2013年8月24日土曜日
セスジツユムシ
今までの猛暑はどこへやら、今日の朝夕、すっかり秋の気配になった。そして夜、なんと虫の声がするではないか。もしかすると、今年初めて庭先に聞く虫の音かもしれない。
どうやら一匹の虫が擦音を響かせて、「チーチーチーチー ~」に始まり、「チチッチーチーチッチーチーチッチ~ チーチーチー」と鳴き続ける。この組み合わせを何度も繰り返すのだ。
コオロギでない、はて何の虫かと調べれば、どうやら鳴き声のパターンから「セスジツユムシ(Ducetia japonica)」(写真)のようだ。もちろん、夜の庭に出て固体を確認したわけではない・・・が。
庭のドクダミ草のかげで鳴いているのだろうか。朝夕の気温が落ち着き、虫の音も加わって、これで秋らしい秋になった。
あれほど(30分ほど)鳴いていたセスジツユムシが静かになった。鳴き場所を変えたようだ。・・・おやおや10分ほどして、また鳴きはじめた。そうだ、セスジツユムシはいる。命を鳴かせている。
どうやら一匹の虫が擦音を響かせて、「チーチーチーチー ~」に始まり、「チチッチーチーチッチーチーチッチ~ チーチーチー」と鳴き続ける。この組み合わせを何度も繰り返すのだ。
コオロギでない、はて何の虫かと調べれば、どうやら鳴き声のパターンから「セスジツユムシ(Ducetia japonica)」(写真)のようだ。もちろん、夜の庭に出て固体を確認したわけではない・・・が。
庭のドクダミ草のかげで鳴いているのだろうか。朝夕の気温が落ち着き、虫の音も加わって、これで秋らしい秋になった。
あれほど(30分ほど)鳴いていたセスジツユムシが静かになった。鳴き場所を変えたようだ。・・・おやおや10分ほどして、また鳴きはじめた。そうだ、セスジツユムシはいる。命を鳴かせている。
2013年8月23日金曜日
処暑 2013
夏を惜しむ・・・そんな、時季がやってきた。うるさかった陽射しが懐かしいほどに、朝夕に秋の気配を深める。寒さが苦手なわたしは、これからの気候の変化にとまどう。
今日は、二十四節気の立春から数えて十四番目の「処暑」。立秋と白露の間にあり、次の白露を過ぎれば秋分になる。季節は循環するといっても、今は気温の下り坂だ。
子どもの頃、夏休みの終わりといえば、遊び疲れて、ひんやりした畳の感触が心地よくて寝てしまい、やがて差し込んできた燈色の夕陽に照らされて辺りをうかがうと、庭先で鳴くツクツクボウシの声、台所で夕食の用意をしている母親が、食材をコトコト切っている音が聞こえてきた。子どもながらに、夏の終わりは私的なものだった。
夏の終わりといえば、歌や小説の題材に合うようだ。いささか手垢の付いた表現だが、毎年どこからか聞こえてくる。ちょっとセンチメンタル、酷寒が迫るほど瀬戸際でないのが都合いいのだろう。
今日は、二十四節気の立春から数えて十四番目の「処暑」。立秋と白露の間にあり、次の白露を過ぎれば秋分になる。季節は循環するといっても、今は気温の下り坂だ。
子どもの頃、夏休みの終わりといえば、遊び疲れて、ひんやりした畳の感触が心地よくて寝てしまい、やがて差し込んできた燈色の夕陽に照らされて辺りをうかがうと、庭先で鳴くツクツクボウシの声、台所で夕食の用意をしている母親が、食材をコトコト切っている音が聞こえてきた。子どもながらに、夏の終わりは私的なものだった。
夏の終わりといえば、歌や小説の題材に合うようだ。いささか手垢の付いた表現だが、毎年どこからか聞こえてくる。ちょっとセンチメンタル、酷寒が迫るほど瀬戸際でないのが都合いいのだろう。
2013年8月22日木曜日
イ・ソンヒの「いつも愛してる」
今日は昼から夜の入り口まで長時間、久し振りの仲間たちと、たっぷり(勉強)具合について話しを咲かせた。いろんなヒントをもらったといった方が正しい。そして、あっという間に時間が過ぎた。
ミーティングも終わった帰り道、昼間の暑さがまだ残っていた。玄関のドアを開けると、逃げ場を失った熱気が出口を求めて殺到した。
こんなときには、爽やかに心響くものが欲しい。イ・ソンヒの8集所収の「いつも愛してる(언제나 사랑해)」を聴いて、くつろごう。光の風がキラキラ揺れて愛を運ぶ・・・若い想いがうらやましい。
(本ブログ関連:”いつも愛してる”)
(Youtubeに登録のlys2187に感謝)
ミーティングも終わった帰り道、昼間の暑さがまだ残っていた。玄関のドアを開けると、逃げ場を失った熱気が出口を求めて殺到した。
こんなときには、爽やかに心響くものが欲しい。イ・ソンヒの8集所収の「いつも愛してる(언제나 사랑해)」を聴いて、くつろごう。光の風がキラキラ揺れて愛を運ぶ・・・若い想いがうらやましい。
(本ブログ関連:”いつも愛してる”)
(Youtubeに登録のlys2187に感謝)
2013年8月21日水曜日
海
そういえば、今年は海に縁がないらしい。たまたま日本海に面した道の駅で、温泉につかったり、あわびを食ったりしたことはあるが、鉱物採集に行く道すがらのできごとであり、遠く広がる水平線を眺めたり、あるいは水浴びするといった目的で寄ったわけではない。
秋の気配が感じられると、この夏に大事なことをし忘れたように思うのは・・・勝手なこと。もし、真夏に海に行くことがあったら、(くそ)暑いのになぜ出かけるんだと口にしたに決まっている。忘れ物は、後になって気付くもの。
波寄せる海辺、明るい愛の歌といえば、シャルル・トレネ(Charles Trenet)の甘い声がする「ラ・メール(La mer)」(1943年)やパット・ブーン(Pat Boone)が優等生的な律儀な声でカバー(1957年)した「砂に書いたラブレター(Love Letters in the Sand)」を思い出す。
(Youtubeに登録のDonhaUrraca、catman916に感謝)
シャルル・トレネの「ラ・メール」を、フィリオ・イグレシアス(Julio Iglesias)が歌ったものが、映画「裏切りのサーカス(Tinker Tailor Soldier Spy)」のラストに流れたのが印象的だった。内部の「もぐら(モール)」をあぶり出すという重苦しくしんどいストーリーだが、その解決の結果、次のステップへ進むというのだろうか、妙に力強く明るい。果たして、選曲の意図は何だったのだろうか。
(本ブログ関連:”恵方巻きって何?”)
(追記)
北の丸公園にある科学技術館で開催中の企画展に行ってきた。親類が関わっている「キッチンの科学」催事が目当てだったのだが、昼過ぎの休憩ためか関係者不在で、展示物を見学するに終わったのは残念。
実は、最初からいろいろなことがあった。出発駅のホームで電車を待っていると、隣り駅で人身事故があったため到着が遅れるというのだ。やがて現れた電車の運転席を見ると、何とガラス窓が割れてへこんでいるではないか。当然、車両変更のため乗客は全員降ろされ、われわれと一緒に次の電車を待つことになった。それにしても生々しい光景だ。
しかも、帰りの電車が地元駅に到着する直前、土砂降りになってしまい、しばらく構内で雨宿りしたりした。今日はノイズの多い一日だった。
秋の気配が感じられると、この夏に大事なことをし忘れたように思うのは・・・勝手なこと。もし、真夏に海に行くことがあったら、(くそ)暑いのになぜ出かけるんだと口にしたに決まっている。忘れ物は、後になって気付くもの。
波寄せる海辺、明るい愛の歌といえば、シャルル・トレネ(Charles Trenet)の甘い声がする「ラ・メール(La mer)」(1943年)やパット・ブーン(Pat Boone)が優等生的な律儀な声でカバー(1957年)した「砂に書いたラブレター(Love Letters in the Sand)」を思い出す。
(Youtubeに登録のDonhaUrraca、catman916に感謝)
シャルル・トレネの「ラ・メール」を、フィリオ・イグレシアス(Julio Iglesias)が歌ったものが、映画「裏切りのサーカス(Tinker Tailor Soldier Spy)」のラストに流れたのが印象的だった。内部の「もぐら(モール)」をあぶり出すという重苦しくしんどいストーリーだが、その解決の結果、次のステップへ進むというのだろうか、妙に力強く明るい。果たして、選曲の意図は何だったのだろうか。
(本ブログ関連:”恵方巻きって何?”)
(追記)
北の丸公園にある科学技術館で開催中の企画展に行ってきた。親類が関わっている「キッチンの科学」催事が目当てだったのだが、昼過ぎの休憩ためか関係者不在で、展示物を見学するに終わったのは残念。
実は、最初からいろいろなことがあった。出発駅のホームで電車を待っていると、隣り駅で人身事故があったため到着が遅れるというのだ。やがて現れた電車の運転席を見ると、何とガラス窓が割れてへこんでいるではないか。当然、車両変更のため乗客は全員降ろされ、われわれと一緒に次の電車を待つことになった。それにしても生々しい光景だ。
しかも、帰りの電車が地元駅に到着する直前、土砂降りになってしまい、しばらく構内で雨宿りしたりした。今日はノイズの多い一日だった。
2013年8月20日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 アリラン
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/15)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第19回として、朝鮮半島に伝わる民謡「アリラン(아리랑)」について紹介された。
まず、或るアメリカ人によるアリランと次のような出会いの紹介から始まった。
・1937年、米国女性記者ニム・ウェールズ(Nim Wales:エドガー・スノーの最初の妻、本名Helen Foster Snow)は、中国の延安で朝鮮人青年キム・サン(本名張志楽、中国共産党により反革命罪とスパイ罪で翌年粛清される)と出会う。後年、彼とのインタビュー記録「アリランの歌(Song of Ariran)」を出版。その中に次の一節がある。「私の人生は失敗の連続だった。わが国の歴史もまた失敗の連続だった。私はただひとつ、私自身に対してのみ勝利しただけだった。しかし、前進し続ける自信を得るに当たっては、このわずかな勝利だけでも十分だった。」 アリランは、他国で命を落とした朝鮮青年たちの生き様が込められた歌でもある。
8月15日の「光復節(광복절)」にちなんで、逆境にも負けず、再び立ち上がる韓国の象徴的な民謡「アリラン」を紹介する。
▼「江原道アリラン(강원도 아리랑)」を聴く。まるで清く澄んだ水の中で聞くよう・・・今様である。
⇒ Youtube:「나윤선」(登録者の종숙 유に感謝)
流転のなかにも、「アリラン」が歌われた話を次のように紹介された。
・アリランは、いつ、どこで始まったのか、その意味は何か今も謎であるが、韓国人はアリランを歌い、ひとつに団結してきた。旧ソ連のスターリン時代に中央アジアへ強制移住された「高麗人」も、植民地支配に命をかけて海外で活動した人たちもアリランを歌った。
先日、慶尚北道聞慶においてアリラン展「道の上の歌、峠の声:アリラン」が開かれ、1916年にドイツで録音されたアリランの音源が公開された。キム・グレゴリー、アン・ステファン、ユ・ニコライ(?)たち青年が残したと伝えられる。彼らは、第一次世界大戦時、ロシア軍に徴兵され、ドイツ軍の捕虜となった。音声学者のヴィルヘルム・デーゲン(Wilhelm Albert Doegen、当時215民族の音声などを収集)により、この歌が収録された。捕虜となり、祖国を遠く離れ、見知らぬ人々の前でアリランを歌わねばならなかった彼らの心情は、いかばかりだったろう。
▼「尚州アリラン(상주 아리랑)」を聴く。金素姫(김소희)名唱(명창)の本格的な歌だ。
現代のアリランについて次のような解説があった。
・昨年、ユネスコの人類の無形遺産にアリランが登録され、「多様な社会的背景の中で、継続して歌われ、ひとつの共同体のアイデンティティの証であり、社会的団結力を高めるものだ」と理由説明された。
外国人にもアリランは、韓国の代表的音楽である。小説「大地(The Good Earth)」の作家パール・バック(Pearl Sydenstricker Buck)も1963年、韓国を舞台とした小説「生きる葦(The Living Reed)」の表紙にアリランの文字で飾ったという。
また、今年は朝鮮戦争休戦60周年を迎える。1953年の休戦協定調印式の席(李承晩は欠席)で、韓国と北朝鮮が同時にアリランの演奏を行った記録がある。(・・・どのようなタイミングだったのか?)
▼「新アリラン(신아리랑)」を聴く。子どもの声は和む、いいなあ・・・普通の小学校の普通の子どもの歌なんですよね。それを見守る家族のやさしい眼差しすら感じてくるよ。この子たちが未来へ歌い継ぐ。
まず、或るアメリカ人によるアリランと次のような出会いの紹介から始まった。
・1937年、米国女性記者ニム・ウェールズ(Nim Wales:エドガー・スノーの最初の妻、本名Helen Foster Snow)は、中国の延安で朝鮮人青年キム・サン(本名張志楽、中国共産党により反革命罪とスパイ罪で翌年粛清される)と出会う。後年、彼とのインタビュー記録「アリランの歌(Song of Ariran)」を出版。その中に次の一節がある。「私の人生は失敗の連続だった。わが国の歴史もまた失敗の連続だった。私はただひとつ、私自身に対してのみ勝利しただけだった。しかし、前進し続ける自信を得るに当たっては、このわずかな勝利だけでも十分だった。」 アリランは、他国で命を落とした朝鮮青年たちの生き様が込められた歌でもある。
8月15日の「光復節(광복절)」にちなんで、逆境にも負けず、再び立ち上がる韓国の象徴的な民謡「アリラン」を紹介する。
▼「江原道アリラン(강원도 아리랑)」を聴く。まるで清く澄んだ水の中で聞くよう・・・今様である。
⇒ Youtube:「나윤선」(登録者の종숙 유に感謝)
流転のなかにも、「アリラン」が歌われた話を次のように紹介された。
・アリランは、いつ、どこで始まったのか、その意味は何か今も謎であるが、韓国人はアリランを歌い、ひとつに団結してきた。旧ソ連のスターリン時代に中央アジアへ強制移住された「高麗人」も、植民地支配に命をかけて海外で活動した人たちもアリランを歌った。
先日、慶尚北道聞慶においてアリラン展「道の上の歌、峠の声:アリラン」が開かれ、1916年にドイツで録音されたアリランの音源が公開された。キム・グレゴリー、アン・ステファン、ユ・ニコライ(?)たち青年が残したと伝えられる。彼らは、第一次世界大戦時、ロシア軍に徴兵され、ドイツ軍の捕虜となった。音声学者のヴィルヘルム・デーゲン(Wilhelm Albert Doegen、当時215民族の音声などを収集)により、この歌が収録された。捕虜となり、祖国を遠く離れ、見知らぬ人々の前でアリランを歌わねばならなかった彼らの心情は、いかばかりだったろう。
▼「尚州アリラン(상주 아리랑)」を聴く。金素姫(김소희)名唱(명창)の本格的な歌だ。
現代のアリランについて次のような解説があった。
・昨年、ユネスコの人類の無形遺産にアリランが登録され、「多様な社会的背景の中で、継続して歌われ、ひとつの共同体のアイデンティティの証であり、社会的団結力を高めるものだ」と理由説明された。
外国人にもアリランは、韓国の代表的音楽である。小説「大地(The Good Earth)」の作家パール・バック(Pearl Sydenstricker Buck)も1963年、韓国を舞台とした小説「生きる葦(The Living Reed)」の表紙にアリランの文字で飾ったという。
また、今年は朝鮮戦争休戦60周年を迎える。1953年の休戦協定調印式の席(李承晩は欠席)で、韓国と北朝鮮が同時にアリランの演奏を行った記録がある。(・・・どのようなタイミングだったのか?)
▼「新アリラン(신아리랑)」を聴く。子どもの声は和む、いいなあ・・・普通の小学校の普通の子どもの歌なんですよね。それを見守る家族のやさしい眼差しすら感じてくるよ。この子たちが未来へ歌い継ぐ。
2013年8月19日月曜日
イ・ソンヒの「分かりたいです」
「知りたい」と「分かりたい」という言葉の(求め方の)違いは・・・
(Youtubeに登録のpops8090に感謝)
対象を物質にすると、
・「自動車を知りたい」は、自動車の外観、スペック(諸元)、性能などを知りたい・・・ことになるが、
・「自動車を分かりたい」となると、スペックなど以上のもの(製作者の設計思想、自分との親和性などまで)を求めることになる。
対象を「あなた」にすると、
・「あなたを知りたい」は、相手の生い立ちなども含めて属性(人となり)を知りたい・・・ことになるが、
・「あなたをわかりたい」となると、属性以上の心的な共有(つまり自分をどう思っているのかまで)を求めることになる。
「知りたい」と言われたら応えられることも、「分かりたい」と言われると重くなってしまう。そんなにしてまで、実は自分の想いを相手に伝えたいという「分かりたいです」は、重なりと密度の大きい、とても切なく愛しい言葉だ。
心に浮かぶ相手に問いを重ねる、イ・ソンヒの3集所収の「分かりたいです(알고 싶어요)」(1986年)をYoutubeで聴いてみよう。
心に浮かぶ相手に問いを重ねる、イ・ソンヒの3集所収の「分かりたいです(알고 싶어요)」(1986年)をYoutubeで聴いてみよう。
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