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2024年7月24日水曜日

土用の丑の日(第1日)/ 新幹線500系の2027年運行終了

昼過ぎ、雨音とともに雷鳴が遠近にとどろいた。例年の夏と比べて、雷が多い気がする(「ゲリラ雷雨」というのかな)。

今年は「土用の丑(うし)の日」が2回あって、きょうは「一の丑」にあたり、「二の丑」は 8/5 となる。その間(およそ一週間)に、「うなぎの蒲焼」を食わねばならぬという観念にとらわれる。源内先生の、うなぎの効用宣伝にすっかりのせられているわけだ。

(本ブログ関連:”土用の丑”)

丑(うし)の日なのに、うなぎとは。牛食は、明治の開化期に欧風にあわせた若者が、頭をポンとたたきながら食ったもの。それ以前の江戸期に、魚類のうなぎを食ったからといって珍しいことではない。

芭蕉が「奥の細道」の旅に出立した千住大橋のたもとを見に、日光街道の歩道を北へ進んだとき、路上に煙がもうもうと立ち込めていた。うなぎの蒲焼を売るだけを商いにした店舗から漂っていたのだ。食べる場所なんて置いていない。蒲焼に専念した職人気質が実に小気味よかった。

都下のこの街に探せば、うなぎ専門店を数軒見つけることができる。ただし、店構えが古めかしくて、主が気にかけていないのではと推測する。数年前、隣り町にあった人気店も閉まっているし、商売として実は厳しいものがあるのかも知れない。けっきょく、都心寄りの小じゃれた店へ、年中行事のように行くことになるのだが。


(付記)
■ 読売TV
「【速報】新幹線『500系』2027年めどに『引退』JR西日本が正式発表 営業時速300キロ達成 現在は『こだま』として運行」(2024年7月24日 14:00)
https://news.ntv.co.jp/n/ytv/category/society/ytb6b7135bc8274d50ae3a7fb7c5fc5547
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・JR西日本は、山陽新幹線の「こだま」として運行している「500系」車両について、2027年をめどに運行を終了すると発表しました。
・JR西日本によりますと、「500系」車両は、現在6編成が運行していますが、このうち4編成については2026年度末をめどに、残りの2編成についても2027年をめどに「引退」し、すべての車両の運行を終了するということです。
・~運行終了の時期については「未定」としていました。
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むかし、大阪出張の際、東京駅の早朝6時発の500系に乗車した。先頭車両は、他と比べて群を抜いて優美であり、子ども心に戻してくれた。そして必ず、パンタグラフの形状を何度も確認した。500系は、いまだに未来感がある。松本零士の「銀河鉄道999」のメーテルがダブってくる。

(本ブログ関連:”新幹線500系”)

2024年7月22日月曜日

大暑 2024

きょうは、二十四節気の「大暑(たいしょ)」で、快晴が続き、気温が上がる真夏のころ。確かに外に出ると熱気にどっぷり浸かって、まるで温泉の湯に投げ込まれたような気がする。思わず「暑過ぎるだろ!」と口走りそう。

(本ブログ関連:”大暑”)

今月に入って暑い日が続く。最高気温が 35℃以上の「猛暑日」*について見ると、月半ばに梅雨の雨天が続いて気温が降下したものの、「梅雨明け」(7/18)にともない盛り返してきた。
7月 4日:35.5℃、5日:36.1℃、6日:35.5℃、7日:37.0℃、8日:39.2℃、・・・
    19日:36.3℃、20日:38.0℃、、21日:35.6℃、22日:37.9℃(13:35)
(*)気象庁: 夏日、真夏日、猛暑日、熱帯夜などの用語
        ・夏日   :日最高気温が25℃以上の日。
        ・真夏日:日最高気温が30℃以上の日。
        ・猛暑日:日最高気温が35℃以上の日。
        ・熱帯夜:夜間の最低気温が25℃以上のこと。(気象庁の統計種目にはない)

気象庁の用語にないが、最高気温 40℃以上が目前で、日本気象協会の提案した「酷暑日」が用語に取り入れられるかも知れない。ここ数日、濡れタオルを首に巻いてしのいでみたが、すぐに乾いてしまい、クーラーが復活した。薄手からやや厚手に着替えることになり、実に変な話だ。

(本ブログ関連:”酷暑日”)

ところで、この時期に「土用の丑の日」(今年は7月24日、8月5日)があって、それに因んでスーパーなどでは「うなぎの蒲焼」パックがたくさん並んでいる。本格的な「うなぎ屋」で喰ってみたい気もするが・・・。

(本ブログ関連:”土用の丑”)

大暑をさらに分けた、七十二候には次の三候がある。
・初候: 桐始結花(きり はじめて はなをむすぶ) : 桐の実が生り(実を結び)始める
・次候: 土潤溽暑(つち うるおいて むしあつし) : 土が湿って蒸し暑くなる
・末候: 大雨時行(たいう ときどきふる) : 時として大雨が降る

七十二候では夏の気配満々だが、考えてみると、この大暑も次は「立秋」になる。暑さに閉口したのに、秋がもう待ち構えている。暑気から涼しさへと文字上納得して、心がまえする必要性を気付く。一年の後半が、すでに待っていると。

2019年8月3日土曜日

鰻の蒲焼

先週の「土用の丑の日」(7/27)に果たせなかった鰻の蒲焼を食しに近隣の街へ出かけた。昔から(江戸以来?)の夏バテ防止の習慣。これで猛暑の夏場を乗り越えられるだろう。

今日の東京都心の最高気温は、33.7℃(13:50)で、一昨日、昨日の「猛暑日」とはならず、「真夏日」に終わった。たしかに、家を出たとき、真綿でくるまれたような逃げ場のない暑さほどではなかった。この後、(明日の予報を別にして)これから先は真夏日が続くという。一段落か。

ところで、今日利用した鰻の蒲焼屋は、この時期でない限り寄りがたい店だが、昼には客であふれていた。「土曜の丑」の日近傍ならではのことか。庶民にとっては通過儀礼(儀式)のようなもの。そう思えば、確かに美味かった。

先日の台風6号は本土上陸して、岐阜あたりで熱帯低気圧になった。その後の7号は、今ごろベトナムにあるという。そして、台風8号が南の海に発生し、8/5過ぎには九州横断との予報がある。鰻のように、にょろにょろ動くことなく、北西に直進するという。スパコンの神託や如何に。

2019年7月27日土曜日

土用の丑の日

今日は「土用の丑(うし)」の日。ちなみに、「土用」は、四季の始まる「四立(立春、立夏、立秋、立冬)」の直前の約18日間をさす。そして、土用の中で今日は、昨日が「甲子(きのえね)」だったので、次の「子(ね)」⇒  「丑(うし)」となる。

(本ブログ関連:”土用の丑”)

そろそろ「立秋」(8/8)。夏の暑さで中だるみだろうから元気を付けようと、コピーライターの平賀源内は「鰻の蒲焼」を歌い文句にした。美味い香りに条件反射して、一種強迫観念におちてしまい、この時期だれもが鰻の蒲焼屋を訪ねることになる。

(本ブログ関連:”蒲焼”)

それにしても暑い。天気予報で今日の東京は、台風の影響で不安定さをいわれていた・・・と思っていたが、どうやら明日にずれ込んだようだ。結果、月曜から本格的な熱暑が続き、「梅雨明け」になるようだ。

来週末、鰻の蒲焼を食いに行こうかと思っている。

2018年7月20日金曜日

土用入り 2018

今日は夏の「土用の入り」(土用の丑の日)。Wikipediaによれば、「土用は雑節で、四立(立夏・立秋・立冬・立春)の直前約18日間ずつである」とのこと。そして、今日が夏の土用の初日(入り)にあたる・・・まさに猛暑真っ只中であるが、実は今日から18日後に「立秋」(8/7)を迎えるわけで、そろそろ「秋」のことも考え合わせろということなのだろう。

(本ブログ関連:”土用”)

この土用の入りに、遠く源内先生(享保13年:1728年~安永8年:1780年)にいわれて鰻を食うようになった。「丑」の日なので、牛肉でもいいのではと思うのは、文明開化を経験した後の考え・・・そういえば、牛丼屋のメニューに「鰻と牛のセット」がある。

鰻の蒲焼といっても、本物は高価で、学生向けに<鰻の蒲焼のタレ>を混ぜただけの飯があるそうだ。若者に通じる「ジョーク飯」だろう。他方、安価な外国産の養殖鰻があるが、こちらは成長ホルモン剤や抗生物質など気になる。遠慮したいところだ。結局、国産の鰻に行き着くのだが、ちょっとした鰻屋の暖簾をくぐらねばならない。それはそれで足が重くなる。

結局、暑さのせいにして、鰻を食いに出かけることもなく、いつものように終わってしまいそう。

2015年7月20日月曜日

土用の入り、海の日 2015

今日は、「土用の入り」、今週土曜日の「丑」の日まで後6日間ある。土用の丑といえば鰻だが、年々<鰻重>への関心が薄らいでいる。暑い日が続けばなおさらだ。

土用の丑の日に、鰻を食べるキャンペーンをしたのが平賀源内という。よほどにタフな人だろう、秩父鉱山まで足を運び鉱山開発したり、秋田藩に出かけて蘭画の指導をしたり、方々におもむいている。実感するのは、秩父鉱山へつづく中津川沿いをたどっていた途中、江戸市中からここまでよくぞ歩いて来たものだということだ。

(本ブログ関連:”平賀源内”)

もちろん、泊まりなくずっと歩き通したわけではなかろうが、よほど信念がなければこんな手間は選ばない。源内のエネルギーの源に、もしかしたら本当に鰻があったのではと思えなくもない。

源内の一族は信濃の出とのこと。彼は、近くに小豆島をながめる、讃岐の志度湾沿いに生まれた。出自の自負か、海への進展に関心は薄かったように思われる。むしろ、細部に真実が宿るといった考えの持主だったのかもしれない。

今日は「海の日」なれど、源内と結びつくのは、日本の南の海で産れた<鰻>くらいしかないようだ。

2012年7月27日金曜日

土用の丑そして鰻の蒲焼

以前口にしたけど今では高騰してしまい、気安く食すものでなくなったのが鰻の蒲焼だろう。かといって、スーパーでパッケージして陳列されているものを見ると、どうせタレを効かせているのだろうと気乗りしない。しかも決していい値段ではないのだから。

今日は土用の丑。暑さに閉口している。江戸の博学奇才平賀源内(1728年~1780年)の名コピー「本日土用の丑の日、鰻食うべし」に誘われて、鰻の蒲焼でも・・・と思ったが、さて源内は「蒲焼」を推奨していたのだろうか。このこと江戸期の流行と時系列はどうなのだろうか。
キリン食文化研究所のホームページに、次のように解説している。感謝。

・江戸期においては、江戸の名物や名所を記したガイドブック『江戸鹿子(えどかのこ)』(藤田理兵衛著・1687年刊)内で鰻の蒲焼屋について触れていることから、この頃には鰻は蒲焼という形でも広く食されていたと考えられる。そして源内も、この鰻の蒲焼きをこよなく愛した。

ふむふむ、源内存命の頃には、すでに蒲焼はあったようだが、さて今と同じく開いて、甘醤油で味付けして焼いたのだろうか。

以前、TVで紹介されたロンドンの下町料理に「ウナギのゼリー寄せ」を見た。鰻をぶつ切りにした料理で、姿からしていまいちで・・・食わずにいうのは失礼だが。

インターネットに蒲焼について様々な文面を探すと、鰻のぶつ切りを串刺しして焼いたから、蒲浦(がまほ)に似て蒲焼だという説があったり、味付けは関東での濃い口醤油の発明・普及と関連されるなどと・・・研究者のきちんとした文献があればいわれが整理できるだろうけど。

ともあれ鰻の蒲焼、口にしなければ話にならない。