11月になると、樹々の紅葉が鮮やかになる。春に花見(観桜)があるように、秋に紅葉狩がある。高尾山のケーブルカーの沿線につづくモミジ(オオモミジやイロハモミジ)のトンネルは見ものだ。野鳥観察の公園のイチョウやカエデが、本格的に色づくのが待ち遠しい。
(本ブログ関連:”公園の紅葉”)
そういえば、随分以前にバスツアーで、千葉県夷隅郡大多喜町にある養老渓谷へ紅葉狩に行ったことがある。岩場を走る川筋のモミジやカエデを眺めた・・・岩肌が滑りやすくて苦労した思い出がある。
(本ブログ関連:”養老渓谷”)
久し振りに覗いた「俳句歳時記 生活 秋冬」(楠本健吉編、カラーブックス・保育社)で、紅葉狩りを探すと、最初に江戸時代中期の俳諧師 上島鬼貫*(うえじま おにつら、万治4年/寛文元年[1661年] ~ 元文3年[1738年])の次の句が載っていた。
(*)摂津国の伊丹(現在の兵庫県伊丹市)の出身・拠点とし、大阪に没す。
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目を覚ませ後知らぬ世の紅葉狩 (鬼貫)
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鬼貫の句は、上記の能の物語もあるが、誰れの身にも通じる、夢うつつに時を過ごすことの無いようとした呼びかけでもあるようだ。
そこで、ChatGPT に、鬼貫の俳諧についてたずねた結果を次に記す。
■ ChatGPT
Q.「目を覚ませ後知らぬ世の紅葉狩」の作者 鬼貫について教えてください。
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A.「目を覚ませ後知らぬ世の紅葉狩」の作者、上島鬼貫(うえしま おにつら)は、江戸時代中期に活躍した俳人で、松尾芭蕉とほぼ同時代を生きた人物です。「東の芭蕉、西の鬼貫」**と称されるほどの俳人でした。
(**)なぜか正岡子規は、それほど評価していない…鬼貫は、自然観察を重視したのだが。
鬼貫の俳句を理解するうえで大切なのは、彼が生涯にわたって追求した 「まこと」(誠)という考え方です。
1. 鬼貫の生涯
伊丹の裕福な酒造家に生まれ、幼いころから俳諧に親しみ、16歳ごろから西山宗因に学びました。青年期には大坂に出て、俳諧の修業を重ねました。1738年、大坂で78歳の生涯を閉じました。
当時の俳諧には、言葉遊びや技巧を凝らした作風も盛んでしたが、鬼貫は技巧だけに頼らず、人間や自然の真実を表現することを重視しました。
2. 鬼貫の俳諧思想「まこと」
鬼貫を語るとき、欠かせない言葉が、「まことの外に俳諧なし」です。これは、俳句は単に言葉を巧みに並べたり、珍しい表現を考えたりするものではない、という考え方です。
・自然をよく観察する。
・自分の心に感じたことを大切にする。
・見せかけや技巧に走らない。
・心から感じた真実を言葉にする。
この姿勢は、芭蕉の俳諧観とも通じるところがあります。
3. 「目をさませ後知らぬ世の紅葉狩」の句について
上島鬼貫『鬼貫句選』所収とされる句で、現代語に近づけると、「目を覚ましなさい。この先どうなるかも分からない、無常の世の中なのだから、今この秋の紅葉狩を楽しみなさい」という意味に解釈できます。
この句には、人生の先行きは誰にも分からないのだから、今という時間を大切にしなさい、という人生観が感じられます。
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