ぶらぶら散歩。時のままに見た通りダラダラと記す。
日曜の昼、今日が最終日の「梅まつり」を見に、北にある公園へ行こうと家を出たものの、位置が間逆の「調布飛行場」へ足を向けることにした。ほんの気紛れ、実は、真っ青な空に<飛行機雲>が走っているのが見えたからだ。それも、白く細長い雲の筋を残して天空を西へ横切っていた。
(本ブログ関連:”調布飛行場”)
調布飛行場へ行く途中にある公園のベンチでしばらく日向ぼっこする。陽射しが穏やかで、風も爽やか、余りに気持ちよくて一瞬まどろみかけた。そうもいかず、公園を貫く小川に沿って下流へ向かう。橋を渡って、隣接する別の公園に入り、小道を南に抜ける。
公園を出て少し進むと、調布飛行場の滑走路が現れる。「ドルニエ228」の3機が駐機していた。そのうち1機が目の前を北にタキシングし、滑走路に入るやすぐに南へ滑走、離陸した。その後も南の空へ機体が飛び立った。(Youtube映像で、いったん北へ離陸し、南に反転するものもあるが・・・)
日曜日に、こんなに続けてドルニエ機が離陸する様子を見たことがない。多分、時間帯によるのだろうけれど。
飛行場南側には、スポーツ競技場が何面も整備されている。競技場は広く、野球場、サッカー場、テニスコートなど多様である。野球やサッカーは主に少年(小学生くらい)たちが試合をしていた。女子(中高生くらい)サッカーの試合もあった。
(少年の試合には、母親たちが多数応援に来ていて・・・微笑ましくあり可笑しな思いがした)
調布飛行場の周遊(周辺巡り)の終盤、Uターンした道で、「味の素スタジアム」に出くわした。本格的サッカー競技場を間近に見たのは初めて。脇を通りながら巨大施設の全体を目にすることはできない。サッカー競技場がこんなに大きなものとは知らなかった。
帰り道、再び、西に飛翔する飛行機雲を見た。何だかとても懐かしい思いをした。
荒井由美(松任谷由美)の「ひこうき雲」(1973年)には、しみじみとします。
(Youtubeに登録のhigh_note Music Loungeに感謝)
2017年2月19日日曜日
2017年2月18日土曜日
suomen kieli
先週に引き続き、近隣の街の公民館で催されたフィンランド紹介のイベントに出かけた。講師は、テレビでおなじみの坂根シルック氏(東京農工大特任准教授)。話しぶりが、柔和で丁寧、温和な人柄を感じさせた。配布のプロフィールから、日本との縁が長く深いようだ。後で話題にされたことだが、日本人とフィンランド人は共に寡黙で、気質が似ているという。
以下は、わたしが関心のあった内容。その他に、地誌(地勢)、自然(四季、気象)、国民性(宗教、平和で平等意識が強い)、学制、および現在の社会的課題(社会福祉、格差)などについて語られたが・・・詳細は別の機会に記したい。
フィンランド史
「スウェーデン時代(1150年~1809年)」*、「ロシア時代(1809年~1917年)」**、「フィンランド時代(1917年12月6日~)」の3分類されるという。(実は、スウェーデン時代以前の宗教、言語について知りたかったが・・・)
(*)1155年:スウェーデンによる北方十字軍の支配下になる
(**)1917年:ロシア革命に乗じてロシアより独立
海に囲まれた日本人の国境感覚と違って、国家が地続きで隣接する場合、国境は川や丘の向こうにある。シルック氏の父方の故郷である「カレリア」***地方は、フィンランドとロアシア・ソ連との間で割譲が繰り返された。同地の争いを含めて、次のような戦が続く。「冬戦争(1939年~1940年:対露)」、「接続戦争(1941年~1944年:対露)」、「ラップランド戦争(1944年~1945年:対独)」
(***)カレリア:スプートニクス(The Spotnicks)の「霧のカレリア(karelia)」(1965)を思い出す。
(ブログ「澎湖島のニガウリ日誌」に感謝)
フィンランド語
フィンランド語は、1922年に第2母国語となったが、現在の話者は、フィンランド語:90%、スウェーデン語:5%、サーミ語:数パーセントとのこと。
Suomi kieli : フィンランドのことば(名詞+名詞)
suomen kieli : フィンランド語(形容詞+名詞)
フィンランド語の簡単な挨拶について、15語ほど紹介された。その中で日本人に好まれている言葉として、「kiitos」が紹介された。確かに街中で見たことがありますね。
(実は、フィンランド語の膠着語らしさについて聞いてみたかったが・・・。現在、「フィンランド語のしくみ」(吉田欣吾)を読んでいるものの、まだ Tuo on sinun kirjasi. の段階で、膠着語がどうだこうだを知るレベルで全く!無くて・・・)
フィンランド人の好み
・コーヒー
・アイスクリーム
・キャンドル(蝋燭)
ちなみに、数駅先の町にあるベーカリーに、シルック氏推奨の(フィンランド風)ライ麦パンがあるという。このパンは、まるで日本人にとって米のようなものらしい。近々食してみたい。
以下は、わたしが関心のあった内容。その他に、地誌(地勢)、自然(四季、気象)、国民性(宗教、平和で平等意識が強い)、学制、および現在の社会的課題(社会福祉、格差)などについて語られたが・・・詳細は別の機会に記したい。
フィンランド史
「スウェーデン時代(1150年~1809年)」*、「ロシア時代(1809年~1917年)」**、「フィンランド時代(1917年12月6日~)」の3分類されるという。(実は、スウェーデン時代以前の宗教、言語について知りたかったが・・・)
(*)1155年:スウェーデンによる北方十字軍の支配下になる
(**)1917年:ロシア革命に乗じてロシアより独立
海に囲まれた日本人の国境感覚と違って、国家が地続きで隣接する場合、国境は川や丘の向こうにある。シルック氏の父方の故郷である「カレリア」***地方は、フィンランドとロアシア・ソ連との間で割譲が繰り返された。同地の争いを含めて、次のような戦が続く。「冬戦争(1939年~1940年:対露)」、「接続戦争(1941年~1944年:対露)」、「ラップランド戦争(1944年~1945年:対独)」
(***)カレリア:スプートニクス(The Spotnicks)の「霧のカレリア(karelia)」(1965)を思い出す。
(ブログ「澎湖島のニガウリ日誌」に感謝)
フィンランド語
フィンランド語は、1922年に第2母国語となったが、現在の話者は、フィンランド語:90%、スウェーデン語:5%、サーミ語:数パーセントとのこと。
Suomi kieli : フィンランドのことば(名詞+名詞)
suomen kieli : フィンランド語(形容詞+名詞)
フィンランド語の簡単な挨拶について、15語ほど紹介された。その中で日本人に好まれている言葉として、「kiitos」が紹介された。確かに街中で見たことがありますね。
(実は、フィンランド語の膠着語らしさについて聞いてみたかったが・・・。現在、「フィンランド語のしくみ」(吉田欣吾)を読んでいるものの、まだ Tuo on sinun kirjasi. の段階で、膠着語がどうだこうだを知るレベルで全く!無くて・・・)
フィンランド人の好み
・コーヒー
・アイスクリーム
・キャンドル(蝋燭)
ちなみに、数駅先の町にあるベーカリーに、シルック氏推奨の(フィンランド風)ライ麦パンがあるという。このパンは、まるで日本人にとって米のようなものらしい。近々食してみたい。
2017年2月17日金曜日
春一番 2017
朝からせわしく風が吹き窓を揺する。南の風だから温むはずなのに、最初にしたことはストーブに火をつけることだった。気分は、いまだ冬から脱していない。今年最初の「春一番」が吹いた。都心の気温は、9時現在で何と16℃だそうだ。
(本ブログ関連:”春一番”)
朝日新聞(デジタル)の記事「関東と北陸で春一番 各地で気温上昇、強風に注意」(2/17、10時48分」は、春一番の模様を次のように報告している。(抜粋)
-----------------------------------------
気象庁は(本日)17日、北陸と関東地方で「春一番」が吹いたと発表した。・・・関東、北陸の昨年の春一番は2月14日だった。(本日)17日午前10時までの最大瞬間風速は東京都心で18.0メートル・・・各地で気温も上昇し、東京都心や横浜市では17日午前9時現在で16度となった。
-----------------------------------------
ちなみに、気象庁の「風向に関する用語」で、「春一番」について次のように解説している。(風速の基準はいかに?)
-----------------------------------------
冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南よりの強い風。
(備考)気象庁では立春から春分までの間に、広い範囲(地方予報区くらい)で初めて吹く、暖かく(やや)強い南よりの風としている。
-----------------------------------------
「春一番」といえば、キャンディーズの「もうすぐ春ですね 恋をしてみませんか」の歌詞が浮かんでくる。春風に押し出される恋の芽吹きというものか、1975/6年の《ちょっと気取ってみませんか》と呼びかける可愛らしい歌だ。
(本ブログ関連:”春一番”)
朝日新聞(デジタル)の記事「関東と北陸で春一番 各地で気温上昇、強風に注意」(2/17、10時48分」は、春一番の模様を次のように報告している。(抜粋)
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気象庁は(本日)17日、北陸と関東地方で「春一番」が吹いたと発表した。・・・関東、北陸の昨年の春一番は2月14日だった。(本日)17日午前10時までの最大瞬間風速は東京都心で18.0メートル・・・各地で気温も上昇し、東京都心や横浜市では17日午前9時現在で16度となった。
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ちなみに、気象庁の「風向に関する用語」で、「春一番」について次のように解説している。(風速の基準はいかに?)
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冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南よりの強い風。
(備考)気象庁では立春から春分までの間に、広い範囲(地方予報区くらい)で初めて吹く、暖かく(やや)強い南よりの風としている。
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「春一番」といえば、キャンディーズの「もうすぐ春ですね 恋をしてみませんか」の歌詞が浮かんでくる。春風に押し出される恋の芽吹きというものか、1975/6年の《ちょっと気取ってみませんか》と呼びかける可愛らしい歌だ。
2017年2月16日木曜日
観梅
今日の都心の最高気温は、13.7℃(12:46)だった。その頃に、「梅」の開花の様子を見たく公園に出かけた。春一番も近いという。かまえた防寒着が何となく重く感じたが、この暖かさは明日までらしい。とはいえ、陽射しはのんびり穏やかで、平日ながら人出もある。日光に温もろうという、おじさん、おばさんたちばかりだが・・・。
今年は「梅まつり」単独の開催でなく、「四季の花まつり<冬>」との併催のようで、それも18(土)、19(日)に開かれるという。だが、梅林の方はすでに9割方花開き、一部の梅花は萎れ始めている。公園併設の建物園前の広場には、それを見越してだろうか、早々に屋台テントが並んでいるのだが・・・。

梅の賑やかさに押されるように、梅林の縁にひっそりと「蝋梅」が美しい黄金色の花を咲かせている。微風のせいで薄まった、ほどよい香りがあたりに漂う。例年、観梅に合わせて蝋梅の花に近寄って、その香気を確かめている。
今年は「梅まつり」単独の開催でなく、「四季の花まつり<冬>」との併催のようで、それも18(土)、19(日)に開かれるという。だが、梅林の方はすでに9割方花開き、一部の梅花は萎れ始めている。公園併設の建物園前の広場には、それを見越してだろうか、早々に屋台テントが並んでいるのだが・・・。
梅の賑やかさに押されるように、梅林の縁にひっそりと「蝋梅」が美しい黄金色の花を咲かせている。微風のせいで薄まった、ほどよい香りがあたりに漂う。例年、観梅に合わせて蝋梅の花に近寄って、その香気を確かめている。
2017年2月15日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 島歌
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、島歌に関連した3曲を紹介した。
始めに、全羅道地域の島「可居島(가거도)」の歌を楽しむ「山台(산다이)」について次のように紹介された。
・三面海に囲まれた国土は島が多く、概ね3,000ほどある。西海岸と南海岸、中でも、全羅道地域に集中する。全羅道の莞島、麗水地域の清青色の海辺に、まるで田畑のように、海産物の海苔やカキの養殖場が広がる。その合間に並ぶ島々は、野に立つ山にも見える。島嶼と陸とは往来が難しく、島ならではの文化が伝承した。そのひとつに、「山台」という島民が集い歌う楽しみがある。語源は不明だが、仮面をつけて踊る「山台」遊びに由来する説もある。
・西南海岸地方の島遊びの「山台」は、主に節句や葬儀に、魚市場で行われた。子供たちが山に行って遊ぶ「山遊び山台」などへ進展した。「可居島山台」は、みなで繰り返すのではなく、一人ずつ歌うのが特徴。
▼ 可居島地域の歌「可居島山台」を聴く。可居島の生活に根ざした歌か、素朴なフレーズを次々手渡して歌う。
次に、全羅南道の「巨文島(거문도)」の「舟歌(뱃노래)」について次のように紹介された。
・人々は、昔から歌がとても好きで、仕事にも歌は欠かせなかった。農作はもちろん、漁労にも歌は必須だった。海の仕事も一人でできることは余りなく、みなで力を合わせ、呼吸を合わせるのに歌は最も適していた。櫓を漕ぐ音(歌)、網を引く声(歌)、魚を釣り揚げるとき出す声(歌)など、多様な声(歌)が伝わっている。海の男が海に対して歌う声は、力強いのが特徴。
▼ 全羅南道無形文化財の舟歌「巨文島舟歌(거문도 뱃노래)」を聴く。波頭を漕ぎ分け進む男たちが勇壮に歌うよう。
最後に、済州島民謡「ソウジェソリ(서우제소리)」について次のように紹介された。
・済州島は、石と風と女性の三つが多い「三多島」と呼ばれる。男が海で亡くなることが多く、比較的女性が多いからだろう。一方、社会活動する女性が多いという意味でもある。済州島では、女性が今も家計を管理をする場合が多い。田がなく畑仕事を中心にする。また、海の仕事で家族の生活を担った伝統がある。海女が海の中で歌った曲も伝わる。
・巫女がクッ(굿、祭祀)を行うとき歌った歌から始まり、海女が安全と裕福を祈った歌「ソウジェソリ」は、その後人々が遊ぶ時にも歌う民謡となったという。
▼ 人々が遊ぶ時にも歌う済州島の民謡「ソウジェソリ」を聴く。洗練された響きになって・・・。
始めに、全羅道地域の島「可居島(가거도)」の歌を楽しむ「山台(산다이)」について次のように紹介された。
・三面海に囲まれた国土は島が多く、概ね3,000ほどある。西海岸と南海岸、中でも、全羅道地域に集中する。全羅道の莞島、麗水地域の清青色の海辺に、まるで田畑のように、海産物の海苔やカキの養殖場が広がる。その合間に並ぶ島々は、野に立つ山にも見える。島嶼と陸とは往来が難しく、島ならではの文化が伝承した。そのひとつに、「山台」という島民が集い歌う楽しみがある。語源は不明だが、仮面をつけて踊る「山台」遊びに由来する説もある。
・西南海岸地方の島遊びの「山台」は、主に節句や葬儀に、魚市場で行われた。子供たちが山に行って遊ぶ「山遊び山台」などへ進展した。「可居島山台」は、みなで繰り返すのではなく、一人ずつ歌うのが特徴。
▼ 可居島地域の歌「可居島山台」を聴く。可居島の生活に根ざした歌か、素朴なフレーズを次々手渡して歌う。
次に、全羅南道の「巨文島(거문도)」の「舟歌(뱃노래)」について次のように紹介された。
・人々は、昔から歌がとても好きで、仕事にも歌は欠かせなかった。農作はもちろん、漁労にも歌は必須だった。海の仕事も一人でできることは余りなく、みなで力を合わせ、呼吸を合わせるのに歌は最も適していた。櫓を漕ぐ音(歌)、網を引く声(歌)、魚を釣り揚げるとき出す声(歌)など、多様な声(歌)が伝わっている。海の男が海に対して歌う声は、力強いのが特徴。
▼ 全羅南道無形文化財の舟歌「巨文島舟歌(거문도 뱃노래)」を聴く。波頭を漕ぎ分け進む男たちが勇壮に歌うよう。
最後に、済州島民謡「ソウジェソリ(서우제소리)」について次のように紹介された。
・済州島は、石と風と女性の三つが多い「三多島」と呼ばれる。男が海で亡くなることが多く、比較的女性が多いからだろう。一方、社会活動する女性が多いという意味でもある。済州島では、女性が今も家計を管理をする場合が多い。田がなく畑仕事を中心にする。また、海の仕事で家族の生活を担った伝統がある。海女が海の中で歌った曲も伝わる。
・巫女がクッ(굿、祭祀)を行うとき歌った歌から始まり、海女が安全と裕福を祈った歌「ソウジェソリ」は、その後人々が遊ぶ時にも歌う民謡となったという。
▼ 人々が遊ぶ時にも歌う済州島の民謡「ソウジェソリ」を聴く。洗練された響きになって・・・。
2017年2月14日火曜日
イ・ソンヒの「さようなら」
恋人たちの別れを暗示する冷たいティーカップの前の二人を歌った、イ・ソンヒの2集収録の「恋人のなみだ」について、昨日のブログで触れた。その続きとして、彼女の4集収録の「さようなら(안녕)」(1988年、作詞イ・ギョンエ、作曲キム・イラン)を聴いてみたい。2集の「恋人のなみだ」から、4集の「さようなら」に至るに従い、別れの場面での女性像がはっきりしてくる気がする。
(本ブログ関連:”恋人のなみだ”、”さようなら”)
とはいえ、次のYoutube映像のイ・ソンヒときたら、まるで風呂上りのような風貌で、力強く歌う。1990年に訪れた、モントリオール室内楽団と共演した一場面で、26歳のときの頃、どこか未分化なボーイッシュな風情すらする。
(本ブログ関連:”モントリオール室内楽団”)
美し過ぎた思い出にふけりながら
あなたの寝顔を見つめて
あなたの額に口づけして
静かにささやいたわ
さようなら
ドアを、ドアを開けしなに心残りして
もう一度、あなたを見つめて
遠くから聞こえる夜明けの鐘に
静かにもう一度
さようなら
別れは、本当につらい
愛とは、ただあなた
けれど、去らねばならない私を引き止めないで
ああ、引き止めないでください
愛しています
ドアの、ドアの外に出たら、冷たい夜は明け
コートの襟を上げて、口笛吹いて
白(しら)露なのか涙なのか、私の目もとに流れ
静かにささやいたわ
さようなら
静かに、もう一度
さようなら、さようなら
(Youtubeに登録のKoreanMusicSubsに感謝)
(本ブログ関連:”恋人のなみだ”、”さようなら”)
とはいえ、次のYoutube映像のイ・ソンヒときたら、まるで風呂上りのような風貌で、力強く歌う。1990年に訪れた、モントリオール室内楽団と共演した一場面で、26歳のときの頃、どこか未分化なボーイッシュな風情すらする。
(本ブログ関連:”モントリオール室内楽団”)
美し過ぎた思い出にふけりながら
あなたの寝顔を見つめて
あなたの額に口づけして
静かにささやいたわ
さようなら
ドアを、ドアを開けしなに心残りして
もう一度、あなたを見つめて
遠くから聞こえる夜明けの鐘に
静かにもう一度
さようなら
別れは、本当につらい
愛とは、ただあなた
けれど、去らねばならない私を引き止めないで
ああ、引き止めないでください
愛しています
ドアの、ドアの外に出たら、冷たい夜は明け
コートの襟を上げて、口笛吹いて
白(しら)露なのか涙なのか、私の目もとに流れ
静かにささやいたわ
さようなら
静かに、もう一度
さようなら、さようなら
(Youtubeに登録のKoreanMusicSubsに感謝)
2017年2月13日月曜日
イ・ソンヒの「恋人のなみだ」
イ・ソンヒのアルバム第2集に収録の「恋人のなみだ(연인의 눈물)」(歌詞)(1985年、作詞チョン・ウニ、作曲ナム・ククイン)は、予告なく出会い、限りなく愛を語った二人の別れを歌う。
(本ブログ関連:”恋人のなみだ”)
そのとき、目の前のティーカップを黙って見つめるだけ・・・。静かな別れの場面にティーカップはいいかもしれない。日本のペドロ&カプリシャスの「別れの朝」(1971年)もそうだったし。ガラスコップでは修羅場の跡のようで様にならない・・・。それにしても、二人がティーカップを見つめる場面は、韓国の歌によく見かける。
ここでは、イ・ソンヒの澄みわたる歌唱力に酔いしれたい。
(Youtubeに登録のdove2727に感謝)
(本ブログ関連:”恋人のなみだ”)
そのとき、目の前のティーカップを黙って見つめるだけ・・・。静かな別れの場面にティーカップはいいかもしれない。日本のペドロ&カプリシャスの「別れの朝」(1971年)もそうだったし。ガラスコップでは修羅場の跡のようで様にならない・・・。それにしても、二人がティーカップを見つめる場面は、韓国の歌によく見かける。
ここでは、イ・ソンヒの澄みわたる歌唱力に酔いしれたい。
(Youtubeに登録のdove2727に感謝)
2017年2月12日日曜日
(資料) 韓国の宗教人口 :「2015人口住宅総調査」 より
昨年(2016年)末に発表のデータだが、韓国統計庁の報道資料(プレスリリース)「2015人口住宅総調査の標本集計結果(人口、世帯、住宅基本特性項目)」(2016年12月19日)の中で、<1995年から10年周期で実施調査である>宗教分野について、(2015年の10年前の2005年と比べて)無宗教と答えた人の割合が初めて半数を超え、仏教が2位に落ち、プロテスタントが1位にのし上がったと報告された。
今回の2015年調査は、2005年までの全数調査に対して、<宗教分野>の調査は次のような標本/直接調査の2種で構成されている。
・インターネット調査 : 2015年10月24日~10月31日(8日間)
・本調査(訪問面接調査): 2015年11月1日~11月15日(15日間)
苦難の歴史的背景を持ち、檀家制度のない韓国仏教は独特な位置にある。また、キリスト教人口は日本と比べて極端に多い。特にプロテスタントについては、韓国特有の宗教ベースの事情が語られることがある。
ちなみに、イ・ソンヒ(家族)と仏教の深い関係については、本ブログで何度も触れている。
(本ブログ関連:韓国の”宗教人口”、”仏教宗派”)
朝鮮日報(日本語版)「韓国の信徒数1位はプロテスタント19.7%、無宗教は56%」(2016年12月30日、金翰秀(キム・ハンス宗教専門記者 , ソン・ジンソク記者)は、次のように報じている。(改行随時、抜粋)
-----------------------------------------------------
10年に1度ずつ統計庁が実施する宗教分布調査で、2015年の信徒数が最も多かった宗教団体はプロテスタントであることが分かった。(2016年12月)19日に統計庁が発表した「2015人口住宅総調査」によると、
・韓国国民のうち宗教に入っている国民は43.9%、入っていない国民(無宗教)は56.1%だった。1995年から10年周期で実施された同調査で無宗教と答えた人の割合が初めて半数を超えた。全回答者のうち、
・プロテスタントを信じる人が19.7%(967万人)で、
・仏教を信じる人が15.5%(761万人)だった。
・カトリックは7.9%(389万人)だった。
宗教に入っていると答えた国民の実に98.3%がこの3団体の一つに属していることが分かった。円仏教、儒教、天道教などがこれに続いた。
注目すべきことは、1995年と2005年の調査で
・常に1位を守ってきた仏教が2位に落ちて、
・これまで2位だったプロテスタントが1位にのし上がったことだ。
仏教は全回答者のうち1995年に23.2%、2005年に22.8%と、95年に19.4%、05年に18.2%だったプロテスタントよりも信徒数が多かったが、今回の調査で順位が入れ替わった。
無宗教と答えた人の割合は、若者の間で高かった。20代は64.9%、10代は62%が無宗教と回答したが、年齢の高まりとともに宗教に入っている人の割合が高まり、60代は57.7%、70代以上は58.2%が宗教に入っていると答えた。地域別には、慶尚道は仏教、全羅道はプロテスタントの信徒が相対的に多かった。
今回の調査をめぐり、信頼性に問題があるとの指摘もある。最近はどの宗教団体であろうが、信徒数が減少する傾向にあるという点では同意するものの、わずか10年で仏教信徒とカトリック信徒の減少幅が非常に大きくなったのに対し、プロテスタントだけが特に増加したという点は、一般の感覚とは開きがあるというのだ。
(2)
また今年は統計調査の方法が変更された点を問題として指摘する人もいる。5年周期で実施される人口住宅総調査(宗教は10年ごとに調査)は、2010年までは「全数調査」だったが、15年の調査では宗教分布の場合、「標本調査」に変更された。宗教分布の調査標本は1000万人だった。直接訪問が51.4%、ネット上のアンケートが48.6%だった。
こうした(統計調査)方法について、
・(仏教の)曹渓宗の関係者は「インターネットに慣れていない高齢者信徒が多い仏教の立場からすれば、こうした調査方法は不合理と思われる。・・・
・カトリック司教会の関係者も「カトリックは毎年末司教会のレベルで全国の信徒数を厳密に調査しているが、・・・統計庁の数値(389万人)との開きが大き過ぎる」と話す。
・プロテスタント界の世論調査統計の専門家・・・は「プロテスタントの信徒が他の宗教団体の信徒に比べて宗教的なアイデンティティーがより強かったため、積極的に回答したものと思われる」とコメントした。
このような指摘について、統計庁の関係者は「通常2万-3万人の標本でも国家統計を作成することを思えば、(今回の宗教調査は)標本が1000万人に上る大規模な調査であるだけに正確と判断できるほか、統計的にも全く問題がない」と説明している。
-----------------------------------------------------
(参考)「仏教新聞」は仏教徒人口の割合の減少について警鐘している。
今回の2015年調査は、2005年までの全数調査に対して、<宗教分野>の調査は次のような標本/直接調査の2種で構成されている。
・インターネット調査 : 2015年10月24日~10月31日(8日間)
・本調査(訪問面接調査): 2015年11月1日~11月15日(15日間)
苦難の歴史的背景を持ち、檀家制度のない韓国仏教は独特な位置にある。また、キリスト教人口は日本と比べて極端に多い。特にプロテスタントについては、韓国特有の宗教ベースの事情が語られることがある。
ちなみに、イ・ソンヒ(家族)と仏教の深い関係については、本ブログで何度も触れている。
(本ブログ関連:韓国の”宗教人口”、”仏教宗派”)
朝鮮日報(日本語版)「韓国の信徒数1位はプロテスタント19.7%、無宗教は56%」(2016年12月30日、金翰秀(キム・ハンス宗教専門記者 , ソン・ジンソク記者)は、次のように報じている。(改行随時、抜粋)
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10年に1度ずつ統計庁が実施する宗教分布調査で、2015年の信徒数が最も多かった宗教団体はプロテスタントであることが分かった。(2016年12月)19日に統計庁が発表した「2015人口住宅総調査」によると、
・韓国国民のうち宗教に入っている国民は43.9%、入っていない国民(無宗教)は56.1%だった。1995年から10年周期で実施された同調査で無宗教と答えた人の割合が初めて半数を超えた。全回答者のうち、
・プロテスタントを信じる人が19.7%(967万人)で、
・仏教を信じる人が15.5%(761万人)だった。
・カトリックは7.9%(389万人)だった。
宗教に入っていると答えた国民の実に98.3%がこの3団体の一つに属していることが分かった。円仏教、儒教、天道教などがこれに続いた。
注目すべきことは、1995年と2005年の調査で
・常に1位を守ってきた仏教が2位に落ちて、
・これまで2位だったプロテスタントが1位にのし上がったことだ。
仏教は全回答者のうち1995年に23.2%、2005年に22.8%と、95年に19.4%、05年に18.2%だったプロテスタントよりも信徒数が多かったが、今回の調査で順位が入れ替わった。
無宗教と答えた人の割合は、若者の間で高かった。20代は64.9%、10代は62%が無宗教と回答したが、年齢の高まりとともに宗教に入っている人の割合が高まり、60代は57.7%、70代以上は58.2%が宗教に入っていると答えた。地域別には、慶尚道は仏教、全羅道はプロテスタントの信徒が相対的に多かった。
今回の調査をめぐり、信頼性に問題があるとの指摘もある。最近はどの宗教団体であろうが、信徒数が減少する傾向にあるという点では同意するものの、わずか10年で仏教信徒とカトリック信徒の減少幅が非常に大きくなったのに対し、プロテスタントだけが特に増加したという点は、一般の感覚とは開きがあるというのだ。
(2)
また今年は統計調査の方法が変更された点を問題として指摘する人もいる。5年周期で実施される人口住宅総調査(宗教は10年ごとに調査)は、2010年までは「全数調査」だったが、15年の調査では宗教分布の場合、「標本調査」に変更された。宗教分布の調査標本は1000万人だった。直接訪問が51.4%、ネット上のアンケートが48.6%だった。
こうした(統計調査)方法について、
・(仏教の)曹渓宗の関係者は「インターネットに慣れていない高齢者信徒が多い仏教の立場からすれば、こうした調査方法は不合理と思われる。・・・
・カトリック司教会の関係者も「カトリックは毎年末司教会のレベルで全国の信徒数を厳密に調査しているが、・・・統計庁の数値(389万人)との開きが大き過ぎる」と話す。
・プロテスタント界の世論調査統計の専門家・・・は「プロテスタントの信徒が他の宗教団体の信徒に比べて宗教的なアイデンティティーがより強かったため、積極的に回答したものと思われる」とコメントした。
このような指摘について、統計庁の関係者は「通常2万-3万人の標本でも国家統計を作成することを思えば、(今回の宗教調査は)標本が1000万人に上る大規模な調査であるだけに正確と判断できるほか、統計的にも全く問題がない」と説明している。
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(参考)「仏教新聞」は仏教徒人口の割合の減少について警鐘している。
2017年2月11日土曜日
カンテレ
今日は祝日「建国記念の日」、土曜日に重なって勿体無い思いをした人もいるかもしれない。わたしは、いつでもOKだが。朝から日当たりもよく、寒さを気にならなかったものの、都心の最高気温は、10.1℃と暖かくもなかった。10℃は微妙な境界のようだ。
(本ブログ関連:”建国記念の日”)
近隣の公民館で、フィンランドを知るイベントがあって、3回に分けて、①民俗楽器の演奏、②歴史・文化と言語の紹介、さらに ③料理作りまであるというので申し込んでみた。少し早めに出かけて、公民館の横にある文化財センターで歴史資料を見学。名勝の桜についての絵巻冊子を入手。貴重な古文書や絵葉書の写真が満載。
さて、フィンランドを知るイベントの第1回は、フィンランド民族撥弦楽器「カンテレ(kantele)」について、北海道在住の音楽家あらひろこ氏が、その起源をフィンランド民族叙事詩「カレワラ」に描写の部分を朗読・解説して、実際に演奏された。カンテレは、木製の底の空いた胴に5弦が張られたものが基本形で、小型ながら美しく共鳴する。カンテレを複数台用意していただき、参加者全員に順に触らせ、簡単な演奏を試させてくれた。演奏を聴き、楽器にチャレンジするという、貴重な経験をしたことになる。感謝。
カンテレ演奏の真似ごとをした曲は、「Rykälinnun laulu(鳥の歌)」で、白樺林の奥でゆったりと鳴く鳥のような指使いになったが、ネットで確認したところ、結構早いテンポで演奏していた。もしかしたら、ぴょんぴょん飛び回る小鳥のさえずりといったところだろうか。素人演奏は指が追いつかない。
次回は、フィンランドの歴史・文化と言語の紹介で、テレビで拝見したことのある坂根シルック氏(東京農工大特任准教授)のお話しという。実は、今日の最初に挨拶があり、日本語とフィンランド語、ハンガリー語との縁(膠着語)について語られたりした。
(本ブログ関連:”建国記念の日”)
近隣の公民館で、フィンランドを知るイベントがあって、3回に分けて、①民俗楽器の演奏、②歴史・文化と言語の紹介、さらに ③料理作りまであるというので申し込んでみた。少し早めに出かけて、公民館の横にある文化財センターで歴史資料を見学。名勝の桜についての絵巻冊子を入手。貴重な古文書や絵葉書の写真が満載。
さて、フィンランドを知るイベントの第1回は、フィンランド民族撥弦楽器「カンテレ(kantele)」について、北海道在住の音楽家あらひろこ氏が、その起源をフィンランド民族叙事詩「カレワラ」に描写の部分を朗読・解説して、実際に演奏された。カンテレは、木製の底の空いた胴に5弦が張られたものが基本形で、小型ながら美しく共鳴する。カンテレを複数台用意していただき、参加者全員に順に触らせ、簡単な演奏を試させてくれた。演奏を聴き、楽器にチャレンジするという、貴重な経験をしたことになる。感謝。
カンテレ演奏の真似ごとをした曲は、「Rykälinnun laulu(鳥の歌)」で、白樺林の奥でゆったりと鳴く鳥のような指使いになったが、ネットで確認したところ、結構早いテンポで演奏していた。もしかしたら、ぴょんぴょん飛び回る小鳥のさえずりといったところだろうか。素人演奏は指が追いつかない。
次回は、フィンランドの歴史・文化と言語の紹介で、テレビで拝見したことのある坂根シルック氏(東京農工大特任准教授)のお話しという。実は、今日の最初に挨拶があり、日本語とフィンランド語、ハンガリー語との縁(膠着語)について語られたりした。
2017年2月10日金曜日
雪降り
訪問先から外に出ると、どんより空の下、雪が舞っていた。まるで行方の定まらぬ花吹雪のよう、風に任せてあちこちへ散った。地面に積もるほどでもない。東京の雪は、今シーズンで5回目だそうだ。
子どもは雪が大好きだ。初めての雪にはしゃぐさまに、懐かしい驚きと興奮を呼び覚ませてくれる。そんな純粋な振る舞いの数々を、Youtubeで見ることができる。よちよち歩きの幼子が、ふっくら積もった雪に、ころり転ぶのに笑ってしまう。
帰り道にも、楽しい場面に遭遇した。ある医院から母親に付いて出てきた小学生の男の子が、空からの雪によろこび、口を大きく開けて感蝕を確かめようとしていた。はたして満足できるほど口に入ったのか。母親は、それをたしなめるでなく、帰りの自転車の準備に忙しそう。
また、小学校の脇道を、傘を広げた低学年のランドセルが横並びしてふさいでいた。雪降りが止んだといっては大騒ぎ、小降りになったといっては傘を振り回す。集団を通り抜けた背後から、「雪だ!」、「雪だ!」と言い合っているのが聞こえてきた。一体、真っ直ぐ家に帰る気はあるのだろうか。
子どもは雪が大好きだ。初めての雪にはしゃぐさまに、懐かしい驚きと興奮を呼び覚ませてくれる。そんな純粋な振る舞いの数々を、Youtubeで見ることができる。よちよち歩きの幼子が、ふっくら積もった雪に、ころり転ぶのに笑ってしまう。
帰り道にも、楽しい場面に遭遇した。ある医院から母親に付いて出てきた小学生の男の子が、空からの雪によろこび、口を大きく開けて感蝕を確かめようとしていた。はたして満足できるほど口に入ったのか。母親は、それをたしなめるでなく、帰りの自転車の準備に忙しそう。
また、小学校の脇道を、傘を広げた低学年のランドセルが横並びしてふさいでいた。雪降りが止んだといっては大騒ぎ、小降りになったといっては傘を振り回す。集団を通り抜けた背後から、「雪だ!」、「雪だ!」と言い合っているのが聞こえてきた。一体、真っ直ぐ家に帰る気はあるのだろうか。
2017年2月9日木曜日
童謡「たきび」
昔は、家の庭で焚き火をしたりした。あるときは庭の落ち葉を掻き集めて山盛りし、焚き火と一緒に焼き芋を作った。また、あるときは庭に穴を掘って、家庭の可燃ゴミを燃やしたこともある。子どもにとって日常のひとこまだった。
それが今では、発ガン物質が出るとかで、屋外で物を燃やすことは禁じられている。まして路上で、子どもがすれば、火遊びと誤解されかねない。当たり前だったことが、当り前でなくなった。
童謡「たきび」(1941年、作詞巽聖歌、作曲渡辺茂)は、日常の歌だった。歌詞にある<しもやけ(霜焼け)>もなつかしい。冬の寒さに冷えて炎症した手足の指先が無性に痒くなる、特にこどもは。しもやけは普通なことと思っていた。
何よりなつかしいのは、焚き火の<炎>だろう。子どものやることだから、燃え上がるような真似はしない。炎が小さく揺れる程度だったが、まわりを囲む子どもたちの顔がやがて赤らみ暖まる。まるで仲良しの印のようだった。
(Youtubeに登録のf3113663eeeに感謝)
それが今では、発ガン物質が出るとかで、屋外で物を燃やすことは禁じられている。まして路上で、子どもがすれば、火遊びと誤解されかねない。当たり前だったことが、当り前でなくなった。
童謡「たきび」(1941年、作詞巽聖歌、作曲渡辺茂)は、日常の歌だった。歌詞にある<しもやけ(霜焼け)>もなつかしい。冬の寒さに冷えて炎症した手足の指先が無性に痒くなる、特にこどもは。しもやけは普通なことと思っていた。
何よりなつかしいのは、焚き火の<炎>だろう。子どものやることだから、燃え上がるような真似はしない。炎が小さく揺れる程度だったが、まわりを囲む子どもたちの顔がやがて赤らみ暖まる。まるで仲良しの印のようだった。
(Youtubeに登録のf3113663eeeに感謝)
2017年2月8日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 立春
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「立春(입춘)」に関連した3曲を紹介した。
始めに、陰暦の昔に、太陽の動きに合わせた「二十四節気」の登場について次のように紹介された。
・昔の暦は、現在の「陽暦」と違って、「陰暦」を使った。太陽でなく、月の動きを基準にした、一年十二月を見図った。それなり長所はあったが、太陽の動きに合わせて種撒きし、刈り取りする農作業で、適切な時期に合わせるのが難しかった。その短所を補ったのが「二十四節気」だ。一年を24等分し、四季を予測できるようにした。二十四節気は、春の「立春」に始まる(今年は陽暦の2/4)。長い冬もそろそろ終わりに近づいた。
▼ ビバルディ「四季」から、第1楽章「春」を撥弦楽器の伽耶琴(カヤグム、가야금)演奏で聴く。ツィターを想わせる。
次に、立春を一年の始まりとして、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習について次のように紹介された。
・昔の冬は、今より寒いものだった。現代のような暖房設備もなく、良い素材の服もなかった。人々は、全身で寒さに打ち勝たねばならなかった。食糧は十分でなく、心も荒れただろう。そんな中でも、やがて春が訪れると思えば、嬉しかっただろう。春に種を撒き、その後穀物を収穫できるからだ。立春は、一年の始め、まさに春の始まりを知らせる日でもあった。今年の干支は酉。韓国では、立春に一年が始まる。この時、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習がある。文字を書けない人も能筆者に頼み貼り付けた。また、立春に、巫女が捧げる儀式より、札を貼る方が効能あるという。その年に悪災があれば、立春の札がまずかったという。他の風習が消えても、今だに立春に札を貼り付ける人が多い。
▼ 演奏「Spring Dance」(그림)を聴く。なんだか、観光招致のような明るくて元気な春・・・今様で。
最後に、立春に新鮮な野菜料理をしたり、豊作の占いをする風習について次のように紹介された。
・立春に、昔の宮中では「五辛飯(오신반)」*を食べた。野菜をからしで和えた料理だ。冬に新鮮な野菜が乏しく、ビタミンを補うためのもの。一般は、雪下に生える青菜を和えた「細生菜(세생채)」を食べた。今年の立春(2/4)に食べたい。
(*)五辛飯:「韓国民族文化大百科事典」によれば、「東国歳時記」(1849年)の頃にすでに定着したと推測される。
・また、五穀の種を窯で炒め、最も先に飛び出た穀物が豊作という風習もある。この占いを迷信とするより、昔の人々がそれだけ豊作を切に願ったことに心を寄せたい。
▼ 竹笛の短簫(タンソ、단소)などの演奏、「哨所の春(초소의 봄)」(1965年)を聴く。今様の軽快さ。
始めに、陰暦の昔に、太陽の動きに合わせた「二十四節気」の登場について次のように紹介された。
・昔の暦は、現在の「陽暦」と違って、「陰暦」を使った。太陽でなく、月の動きを基準にした、一年十二月を見図った。それなり長所はあったが、太陽の動きに合わせて種撒きし、刈り取りする農作業で、適切な時期に合わせるのが難しかった。その短所を補ったのが「二十四節気」だ。一年を24等分し、四季を予測できるようにした。二十四節気は、春の「立春」に始まる(今年は陽暦の2/4)。長い冬もそろそろ終わりに近づいた。
▼ ビバルディ「四季」から、第1楽章「春」を撥弦楽器の伽耶琴(カヤグム、가야금)演奏で聴く。ツィターを想わせる。
次に、立春を一年の始まりとして、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習について次のように紹介された。
・昔の冬は、今より寒いものだった。現代のような暖房設備もなく、良い素材の服もなかった。人々は、全身で寒さに打ち勝たねばならなかった。食糧は十分でなく、心も荒れただろう。そんな中でも、やがて春が訪れると思えば、嬉しかっただろう。春に種を撒き、その後穀物を収穫できるからだ。立春は、一年の始め、まさに春の始まりを知らせる日でもあった。今年の干支は酉。韓国では、立春に一年が始まる。この時、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習がある。文字を書けない人も能筆者に頼み貼り付けた。また、立春に、巫女が捧げる儀式より、札を貼る方が効能あるという。その年に悪災があれば、立春の札がまずかったという。他の風習が消えても、今だに立春に札を貼り付ける人が多い。
▼ 演奏「Spring Dance」(그림)を聴く。なんだか、観光招致のような明るくて元気な春・・・今様で。
最後に、立春に新鮮な野菜料理をしたり、豊作の占いをする風習について次のように紹介された。
・立春に、昔の宮中では「五辛飯(오신반)」*を食べた。野菜をからしで和えた料理だ。冬に新鮮な野菜が乏しく、ビタミンを補うためのもの。一般は、雪下に生える青菜を和えた「細生菜(세생채)」を食べた。今年の立春(2/4)に食べたい。
(*)五辛飯:「韓国民族文化大百科事典」によれば、「東国歳時記」(1849年)の頃にすでに定着したと推測される。
・また、五穀の種を窯で炒め、最も先に飛び出た穀物が豊作という風習もある。この占いを迷信とするより、昔の人々がそれだけ豊作を切に願ったことに心を寄せたい。
▼ 竹笛の短簫(タンソ、단소)などの演奏、「哨所の春(초소의 봄)」(1965年)を聴く。今様の軽快さ。
2017年2月7日火曜日
(雑談)飛行機
中学生の頃、飛行機に興味を持ち始め、地元の小さな本屋へ行って、うろ覚えの航空雑誌をたずねた。「飛行ファン」といったところ、主人は怪訝な顔をして、「航空ファン」を紹介してくれた。中学の職業技術の時間に、教師が大戦中の日本の飛行機を黒板に書いてくれた。当時の少年雑誌には、今と違って、そんな航空機を題材にした熱血漫画が連載されたものだ。
(本ブログ関連:”飛行機”、”飛行場”)
お気に入りの飛行機は、海軍偵察機の「彩雲」だった。切れ長の胴体が美しく、特に逆光のシルエット写真にうっとりしたものだ。3人搭乗の長い風防もすがすがしい。
その頃、遠縁の大学生が「航空情報」を片手に持って、わが家へ遊びに来ていた。航空学科にいるから、そんな雑誌を読むのだと思った。「航空情報」は、マニア向け「航空ファン」より少し技術寄りだった。
社会人になり、会社の仲間の関係で、調布飛行場にある航空会社所有の「パイパーチェロキー」に、子どもと一緒に乗せてもらったことがある。都内上空を駆け足で飛んだが、旋回時に機体を斜めにしたのが怖かったのだろうか、子どもの関心を引き起こすことに成功しなかった。
ときどき、航空雑誌を購入したが、次に気に入ったのは米ノースロップ社の練習機「タロン」だ。ベースになったフリーダムファイター、タイガーもあるが、純白に塗装したNASAで使用の「タロン」は格別だ。まさに、空の女王だ。
子どもの手前、軍用機を避けて、主に旅客機に関心を向けた。レシプロエンジンの真髄というべき「DC3」は、鉄道マニアにおける蒸気機関車のようなもの。エンジン音・排気音に生命力を感じた。ハワイ上空の実況版カセットをウォークマンで聞きながら通勤した。
あるとき、千歳-女満別間のラストフライトの情報を聞きつけて、その一日前だが、「YS-11」に搭乗した。そのまま足を延ばして、知床硫黄山で硫黄を採集したりした。
子どもに気兼ねなくなってから、久し振りに美しい飛行機を探した。昔のソ連の飛行機は折り紙のようなデザインが多かったが、そんなとき、「Su-27」の機影にびっくりした。機首部分の曲線の何と優雅なこと。競争相手(設計局)の MiG機まで似てきているのだから。
ステルス機の極端なヒラメのようなデザイン以降、(新幹線700系の鼻先に似た)「ドルニエ228」ののんびりした小さな旅客機もいいものだと思うようになった。日帰りの飛行機旅に、ドルニエ228はいいと思うよ。
(本ブログ関連:”飛行機”、”飛行場”)
お気に入りの飛行機は、海軍偵察機の「彩雲」だった。切れ長の胴体が美しく、特に逆光のシルエット写真にうっとりしたものだ。3人搭乗の長い風防もすがすがしい。
その頃、遠縁の大学生が「航空情報」を片手に持って、わが家へ遊びに来ていた。航空学科にいるから、そんな雑誌を読むのだと思った。「航空情報」は、マニア向け「航空ファン」より少し技術寄りだった。
社会人になり、会社の仲間の関係で、調布飛行場にある航空会社所有の「パイパーチェロキー」に、子どもと一緒に乗せてもらったことがある。都内上空を駆け足で飛んだが、旋回時に機体を斜めにしたのが怖かったのだろうか、子どもの関心を引き起こすことに成功しなかった。
ときどき、航空雑誌を購入したが、次に気に入ったのは米ノースロップ社の練習機「タロン」だ。ベースになったフリーダムファイター、タイガーもあるが、純白に塗装したNASAで使用の「タロン」は格別だ。まさに、空の女王だ。
子どもの手前、軍用機を避けて、主に旅客機に関心を向けた。レシプロエンジンの真髄というべき「DC3」は、鉄道マニアにおける蒸気機関車のようなもの。エンジン音・排気音に生命力を感じた。ハワイ上空の実況版カセットをウォークマンで聞きながら通勤した。
あるとき、千歳-女満別間のラストフライトの情報を聞きつけて、その一日前だが、「YS-11」に搭乗した。そのまま足を延ばして、知床硫黄山で硫黄を採集したりした。
子どもに気兼ねなくなってから、久し振りに美しい飛行機を探した。昔のソ連の飛行機は折り紙のようなデザインが多かったが、そんなとき、「Su-27」の機影にびっくりした。機首部分の曲線の何と優雅なこと。競争相手(設計局)の MiG機まで似てきているのだから。
ステルス機の極端なヒラメのようなデザイン以降、(新幹線700系の鼻先に似た)「ドルニエ228」ののんびりした小さな旅客機もいいものだと思うようになった。日帰りの飛行機旅に、ドルニエ228はいいと思うよ。
2017年2月6日月曜日
「青い海の伝説」CD到着
先日予約した、SBSドラマ 「青い海の伝説(푸른 바다의 전설)」のOSTのCD(ASIN: B01NAUERFB)が届いた。未視聴なドラマのOSTを先に求めたのは、イ・ソンヒがこの中で「風花(바람꽃)」を歌っているからだ。(ドラマ視聴については、DVDのレンタルが開始されたらゆっくり見させていただくつもり)
(本ブログ関連:”青い海の伝説”)
このアルバムは2CDセットだが、まるで<書籍スタイル>で、CDが付録のような構成だ。ドラマの主人公二人を中心にしたカラー写真と、OSTの歌詞の見開きページが大部を占めている。こんな形式のアルバムは初めてで、ちょっとした驚きだ。
次のOST一覧(Music Korea)の歌が、どんな場面で歌われたか不明だが、いずれレンタルDVDで確認することにしよう。
Disc1
1 : Sound Of Ocean - 吉俣 良
2 : どこかでいつか - ソン・シギョン
3 : あなたという世界 - ユン・ミレ
4 : きみに傾いて - チョン・ヨプ
5 : Love Story - LYn
6 : ときめく少年のように - ハ・ヒョヌ(GUCKKASTE)
7 : 風花 - イ・ソンヒ
8 : ばかだよ - ケン(VIXX)
9 : 万にひとつ - セジョン(Gugudan)
10 : 一日に一つずつ - パク・ユンナ
11 : ぼくはどうして - コーヒー少年
12 : Memories - 吉俣 良
13 : The Last Time - 吉俣 良
Disc2
1 : 隠された話(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
2 : 私の名前(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
3 : 次のこの時に - 二番目の月
4 : あなたを訪ねていく道 - 二番目の月
5 : 人魚の海1 - 二番目の月
6 : 人魚の海2 - 二番目の月
7 : 人魚の海3 - 二番目の月
8 : 消えた記憶(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
9 : 甘い待ち侘び - 二番目の月
10 : 一緒なのでよくて - 二番目の月
11 : あなたが立っているところ - 二番目の月
12 : 期待するよ! - 二番目の月
13 : 灯台 - 二番目の月
14 : 夢の中で(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
15 : 消えた記憶reprise - 二番目の月
16 : 心が見えて - 二番目の月
17 : 真珠の真心 - 二番目の月
18 : Agent Blue - 二番目の月
19 : 私が住んでいたところには、 - 二番目の月
20 : 私の名前reprise - 二番目の月
21 : また会うことができるだろうか - 二番目の月
(Youtubeに登録のVEMに感謝)
(本ブログ関連:”青い海の伝説”)
このアルバムは2CDセットだが、まるで<書籍スタイル>で、CDが付録のような構成だ。ドラマの主人公二人を中心にしたカラー写真と、OSTの歌詞の見開きページが大部を占めている。こんな形式のアルバムは初めてで、ちょっとした驚きだ。
次のOST一覧(Music Korea)の歌が、どんな場面で歌われたか不明だが、いずれレンタルDVDで確認することにしよう。
Disc1
1 : Sound Of Ocean - 吉俣 良
2 : どこかでいつか - ソン・シギョン
3 : あなたという世界 - ユン・ミレ
4 : きみに傾いて - チョン・ヨプ
5 : Love Story - LYn
6 : ときめく少年のように - ハ・ヒョヌ(GUCKKASTE)
7 : 風花 - イ・ソンヒ
8 : ばかだよ - ケン(VIXX)
9 : 万にひとつ - セジョン(Gugudan)
10 : 一日に一つずつ - パク・ユンナ
11 : ぼくはどうして - コーヒー少年
12 : Memories - 吉俣 良
13 : The Last Time - 吉俣 良
Disc2
1 : 隠された話(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
2 : 私の名前(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
3 : 次のこの時に - 二番目の月
4 : あなたを訪ねていく道 - 二番目の月
5 : 人魚の海1 - 二番目の月
6 : 人魚の海2 - 二番目の月
7 : 人魚の海3 - 二番目の月
8 : 消えた記憶(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
9 : 甘い待ち侘び - 二番目の月
10 : 一緒なのでよくて - 二番目の月
11 : あなたが立っているところ - 二番目の月
12 : 期待するよ! - 二番目の月
13 : 灯台 - 二番目の月
14 : 夢の中で(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
15 : 消えた記憶reprise - 二番目の月
16 : 心が見えて - 二番目の月
17 : 真珠の真心 - 二番目の月
18 : Agent Blue - 二番目の月
19 : 私が住んでいたところには、 - 二番目の月
20 : 私の名前reprise - 二番目の月
21 : また会うことができるだろうか - 二番目の月
(Youtubeに登録のVEMに感謝)
2017年2月5日日曜日
「大変な結婚」
以前、レンタル店で借りたことがある、映画「家門シリーズ」の第1作「家門の栄光(가문의 영광)」(2002年)の邦題版DVD「大変な結婚」を再び見た。というのも、レンタル店で償却済みとして売られていたのを先日入手したからだ。肩がこらず、小難しい問題意識も必要としない、気楽に鑑賞?できるもってこいの映画だ。必要なのは笑い声だけ。(時間[プロット]を行ったり来たりするような映画ではない)
(本ブログ関連:”家門シリーズ”)
ソウル大法学部卒業のエリート青年実業家と、暴力団の親分が溺愛する末っ子の一人娘とが、ディスコで飲んだ酒に酔いつぶれた後、結婚にいたるまでの喜劇だ。笑いの展開やツボは、いずこも同じ。ちょっと古くて、下品さも持ち合わせたギャグが連発する。
この映画で歌われる、イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」について、先日(2/2)、このブログで触れたが、映画のYoutube映像を関連付けしなかった。そこで同日の記述に、Youtube映像を埋め込んだ。
暴力団親分の末っ子の娘役、女優キム・ジョンウンのかまとと振り(お嬢さん振り)が、中々どうにいって面白くて可笑しい。ありえない設定、ありえない展開、見知らぬ二人がゴールにいたる「大変な結婚」だ。
(本ブログ関連:”家門シリーズ”)
ソウル大法学部卒業のエリート青年実業家と、暴力団の親分が溺愛する末っ子の一人娘とが、ディスコで飲んだ酒に酔いつぶれた後、結婚にいたるまでの喜劇だ。笑いの展開やツボは、いずこも同じ。ちょっと古くて、下品さも持ち合わせたギャグが連発する。
この映画で歌われる、イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」について、先日(2/2)、このブログで触れたが、映画のYoutube映像を関連付けしなかった。そこで同日の記述に、Youtube映像を埋め込んだ。
暴力団親分の末っ子の娘役、女優キム・ジョンウンのかまとと振り(お嬢さん振り)が、中々どうにいって面白くて可笑しい。ありえない設定、ありえない展開、見知らぬ二人がゴールにいたる「大変な結婚」だ。
2017年2月4日土曜日
立春2017
今日は二十四節気の「立春」。春夏秋冬、春は1年の始まり。冬寒に耐えた木々が芽吹き、新しい命が育まれ、あるいは再生する。身近に春を感じるのは、日の出が少し早まり、空気が温んできたことかな。
(本ブログ関連:”立春”)
それに、春眠の朝寝坊だけでなく、最近は、図書館の窓辺の日なた席に座ったりすると、うつらうつらして実に心地よい。
それにしても、年年歳歳、一年が短くなり、季節の巡りが早まる。苦手な冬もこのまま終れば幸いというもの。
先日、調布飛行場に行ったとき、日帰りでもいい、ドルニエ228に乗って大島まで飛ぶ空想にふけった。遠くに富士山、眼下に相模湾をながめながら、宮城道雄の「春の海」の調べにふけってみたい。(ターボプロップのエンジン音に負けそうだが)
(Youtubeに登録のいいら伊豆に感謝)
(本ブログ関連:”立春”)
それに、春眠の朝寝坊だけでなく、最近は、図書館の窓辺の日なた席に座ったりすると、うつらうつらして実に心地よい。
それにしても、年年歳歳、一年が短くなり、季節の巡りが早まる。苦手な冬もこのまま終れば幸いというもの。
先日、調布飛行場に行ったとき、日帰りでもいい、ドルニエ228に乗って大島まで飛ぶ空想にふけった。遠くに富士山、眼下に相模湾をながめながら、宮城道雄の「春の海」の調べにふけってみたい。(ターボプロップのエンジン音に負けそうだが)
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2017年2月3日金曜日
小林信彦「60年代ポップ少年の嘘」
「週刊文春」に連載の小林信彦の「本音を申せば」は、あたかもタイムマシンで往来したように昔のさまざまな話題を引き出してくれる。記憶力の強靭さに驚くばかり。同誌の少し前の号に書かれたものだが、「60年代ポップ少年の嘘」(2016.11.17号)はおもしろい。
<記憶>を遡り、当り前のように繰り返し語るうちに、自身その気になってしまうことがある。その時よりも、今を優先することでやってしまう無自覚な嘘だ。しかも、共犯関係になろうとする。青春の饒舌には、そんな嘘が隠されていたりする。
さて本題、「60年代ポップ少年の嘘」の中に次のような話題がある。
-----------------------------------------------------
大滝(詠一)さんはよく言っていた。
「ビートルズをリアルタイムで聞いていたという奴は嘘つきです。舟木一夫を聞いていたのが、せいぜいですよ」
それは何かというと、ビートルズを持ち出す同世代者への批判だった。
「そうでしょう」
日本テレビで仕事をしていたぼくは、そういう(世代)というのがよくわかった。まったく同感といってよかった。
亀和田武さんの「60年代ポップ少年」(小学館)にも同じような台詞がある。
ビートルズの登場によって耳触りのよいアメリカとイギリスのポップスは一夜にして”懐メロ”と化した。三十代の半ばになって、「ねえ、カメちゃん。あのころはビートルズをよく聴いたよな。オレたち、やっぱりビートルズ世代なんだよね」
というまったくの歴史の捏造を口にする友人に対して、亀和田さんは
「オマエが休み時間に毎日、楽しそうに歌っていたのは、三田明の『美しい十代』と、舟木一夫の『高校三年生』じゃないか」
とひそかに言いかえす。
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<記憶>を遡り、当り前のように繰り返し語るうちに、自身その気になってしまうことがある。その時よりも、今を優先することでやってしまう無自覚な嘘だ。しかも、共犯関係になろうとする。青春の饒舌には、そんな嘘が隠されていたりする。
さて本題、「60年代ポップ少年の嘘」の中に次のような話題がある。
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大滝(詠一)さんはよく言っていた。
「ビートルズをリアルタイムで聞いていたという奴は嘘つきです。舟木一夫を聞いていたのが、せいぜいですよ」
それは何かというと、ビートルズを持ち出す同世代者への批判だった。
「そうでしょう」
日本テレビで仕事をしていたぼくは、そういう(世代)というのがよくわかった。まったく同感といってよかった。
亀和田武さんの「60年代ポップ少年」(小学館)にも同じような台詞がある。
ビートルズの登場によって耳触りのよいアメリカとイギリスのポップスは一夜にして”懐メロ”と化した。三十代の半ばになって、「ねえ、カメちゃん。あのころはビートルズをよく聴いたよな。オレたち、やっぱりビートルズ世代なんだよね」
というまったくの歴史の捏造を口にする友人に対して、亀和田さんは
「オマエが休み時間に毎日、楽しそうに歌っていたのは、三田明の『美しい十代』と、舟木一夫の『高校三年生』じゃないか」
とひそかに言いかえす。
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□ Youtube削除される
(Youtubeに登録の8823 terminalに感謝)
ビートルズの神話性に、軽やかに乗っかってしまう初期世代に、相容れない違和感を感じることがある。後の世代に秘匿して、なぜそんなに時代を脚色したがるのかと。私の場合、ラジオから流れるエルヴィス・プレスリーが主で、映画は「ブルーハワイ」だったが、もしかするとそれも記憶を違った色に塗り重ねただけかもしれない・・・自信がなくなる。
(本ブログ関連:”ビートルズ”、”エルヴィス・プレスリー”)
ビートルズの神話性に、軽やかに乗っかってしまう初期世代に、相容れない違和感を感じることがある。後の世代に秘匿して、なぜそんなに時代を脚色したがるのかと。私の場合、ラジオから流れるエルヴィス・プレスリーが主で、映画は「ブルーハワイ」だったが、もしかするとそれも記憶を違った色に塗り重ねただけかもしれない・・・自信がなくなる。
(本ブログ関連:”ビートルズ”、”エルヴィス・プレスリー”)
2017年2月2日木曜日
イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」
イ・ソンヒの4集所収の「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年、キム・ミンジョン作詞、ソン・シヒョン作曲)は、私のカラオケ曲のひとつであるが、カラオケの編曲が演歌調でイメージが少しずれてしまう。
(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”)
とはいえ、この歌は、映画「家門シリーズ」の第1作「家門の栄光」(2002年)で、女優キム・ジョンウンによって歌われていて、彼女の役柄が暴力団の親分の大事な末っ子であり、とびっきりうぶな娘ときて、まんざら演歌と無縁でもなさそうな・・・。
(本ブログ関連:”家門シリーズ”)
先日、DVDレンタル店で、償却済みの「家門の栄光」が売られていた。邦題「大変な結婚」と書かれていて、若い女性を意識してかピンク色したパッケージが少々照れくさかったが、購入したのはいうまでもない。キム・ジョンウンがピアノを弾きながら、「私はいつもあなたを」を歌う場面が楽しみだ。
いつもあなたを、慕っているのに
思うようにはいけない
今日も、セピア色した写真の中に
あなたの姿しのぶわ
*
いつもあなたに、会いたいのに
あなたは何処へ立ったの
優しいその姿、涙で染めるわ
あなた、私に戻ってよ
戻ってきて、私のところへ
すべて、あなただけなのよ(Oh~~)
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(*以下繰り返し)
(戻ってきて・・・)
あなた、戻ってきてよ
すべて、あなただけなのよ
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(Youtubeに登録のpops8090、pariah1200に感謝)
(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”)
とはいえ、この歌は、映画「家門シリーズ」の第1作「家門の栄光」(2002年)で、女優キム・ジョンウンによって歌われていて、彼女の役柄が暴力団の親分の大事な末っ子であり、とびっきりうぶな娘ときて、まんざら演歌と無縁でもなさそうな・・・。
(本ブログ関連:”家門シリーズ”)
先日、DVDレンタル店で、償却済みの「家門の栄光」が売られていた。邦題「大変な結婚」と書かれていて、若い女性を意識してかピンク色したパッケージが少々照れくさかったが、購入したのはいうまでもない。キム・ジョンウンがピアノを弾きながら、「私はいつもあなたを」を歌う場面が楽しみだ。
いつもあなたを、慕っているのに
思うようにはいけない
今日も、セピア色した写真の中に
あなたの姿しのぶわ
*
いつもあなたに、会いたいのに
あなたは何処へ立ったの
優しいその姿、涙で染めるわ
あなた、私に戻ってよ
戻ってきて、私のところへ
すべて、あなただけなのよ(Oh~~)
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(*以下繰り返し)
(戻ってきて・・・)
あなた、戻ってきてよ
すべて、あなただけなのよ
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
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2017年2月1日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 梅
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/25)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、梅(매화)に関連した3曲を紹介した。
始めに、朝鮮時代を代表する学者の一人、退渓李滉(이황、1501年~1570年)と梅について次のように紹介された。
・南部の地は、もう梅が咲き始める頃。朝鮮時代の儒学者、李滉は、千ウォン紙幣に描かれていて、その中央に花を咲かせた梅の枝が見える。彼が大事にした梅だ。遺言も「梅に水をやってくれ」だった。それには特別な逸話がある。彼が丹陽郡主に赴任したとき、官庁所属の妓生、杜香(두향)と出会う。李滉48歳、杜香18歳のときだ。彼が妻と息子を相次いで亡くした後のこと。詩才のあった杜香は、彼の心を慰め、梅の木を贈った。以来、彼は梅を大事にしたという。丹陽を去る時も梅の木を携え、後日、書院に植え替えたという。
・李滉が丹陽で別れて以来、69歳でこの世を去るまで、二人は二度と会うことはなかったという。杜香がくれた梅に花が咲くたび、李滉の枯れた心にも愛が咲いたことだろう。
▼ 歌辞(가사)という詩歌「梅歌(매화가)」を聴く。人生いかであれ、決まって春季は梅に訪れ来るもの。
次に、李滉亡き後、杜香のその後について次のように紹介された。
・李滉の訃報を聞いた杜香は、4日間彷徨し、安東の地まで行ったという。そして、丹陽に戻り、川に身を投じた。
▼ 恋人を懐かしむ想いを明るく演奏した「梅が良いな(좋구나 매화로다)」を聴く。どこか西域アジアの香りする。
最後に、梅の花を一番最初に咲かす巨濟島の舊助羅(구조라)小学校(廃校)について次のように紹介された。
・冬は終わる頃、梅の花を咲かせる。冷たい風と雪にもかかわらず、華やかに花を開き、ほのかな香りを漂わす。学者ソンビは、梅を「四君子(사군자)」の一つとして大事にした。ところで、普通の梅より早く、旧正月前の旧暦12月に花開く梅がある。2月初めから中旬に咲く、慶尚南道の南海岸にある巨濟島、舊助羅小学校にある白梅のことだ。また、その次に花を咲かす梅は、全羅南道の紅梅で、もともと違う場所にあったが枯れかかり、枝を植え替えたという。
▼ 京畿民謡の「梅打令(매화타령)」を聴く。<男女間の切ない愛の物語を楽しく歌う歌>という。
キム・ボエさんの声とともに穏やかな春風が吹いてきます。
始めに、朝鮮時代を代表する学者の一人、退渓李滉(이황、1501年~1570年)と梅について次のように紹介された。
・南部の地は、もう梅が咲き始める頃。朝鮮時代の儒学者、李滉は、千ウォン紙幣に描かれていて、その中央に花を咲かせた梅の枝が見える。彼が大事にした梅だ。遺言も「梅に水をやってくれ」だった。それには特別な逸話がある。彼が丹陽郡主に赴任したとき、官庁所属の妓生、杜香(두향)と出会う。李滉48歳、杜香18歳のときだ。彼が妻と息子を相次いで亡くした後のこと。詩才のあった杜香は、彼の心を慰め、梅の木を贈った。以来、彼は梅を大事にしたという。丹陽を去る時も梅の木を携え、後日、書院に植え替えたという。
・李滉が丹陽で別れて以来、69歳でこの世を去るまで、二人は二度と会うことはなかったという。杜香がくれた梅に花が咲くたび、李滉の枯れた心にも愛が咲いたことだろう。
▼ 歌辞(가사)という詩歌「梅歌(매화가)」を聴く。人生いかであれ、決まって春季は梅に訪れ来るもの。
次に、李滉亡き後、杜香のその後について次のように紹介された。
・李滉の訃報を聞いた杜香は、4日間彷徨し、安東の地まで行ったという。そして、丹陽に戻り、川に身を投じた。
▼ 恋人を懐かしむ想いを明るく演奏した「梅が良いな(좋구나 매화로다)」を聴く。どこか西域アジアの香りする。
最後に、梅の花を一番最初に咲かす巨濟島の舊助羅(구조라)小学校(廃校)について次のように紹介された。
・冬は終わる頃、梅の花を咲かせる。冷たい風と雪にもかかわらず、華やかに花を開き、ほのかな香りを漂わす。学者ソンビは、梅を「四君子(사군자)」の一つとして大事にした。ところで、普通の梅より早く、旧正月前の旧暦12月に花開く梅がある。2月初めから中旬に咲く、慶尚南道の南海岸にある巨濟島、舊助羅小学校にある白梅のことだ。また、その次に花を咲かす梅は、全羅南道の紅梅で、もともと違う場所にあったが枯れかかり、枝を植え替えたという。
▼ 京畿民謡の「梅打令(매화타령)」を聴く。<男女間の切ない愛の物語を楽しく歌う歌>という。
キム・ボエさんの声とともに穏やかな春風が吹いてきます。
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