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2016年8月3日水曜日

夏休み2016 イディッシュ語 3日目

あっという間に最終日。<挨拶会話>を中心にした講座だった。イディッシュ語に関心を持たせることに主眼を置かれたようだ。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

最終日の今日、今度は<活字体>例文を使って、簡単な自己紹介練習をした。後々、自習できるための配慮だろう。

また、イディッシュ語復興に関わった人々の紹介を、先生の現地インタビューなどの成果を含めて紹介された。
スマフォを巧みに使って大型の液晶画面に、インターネット掲載のイディッシュ語のプロジェクトの紹介、Youtubeに登録のイディッシュ語研究者の発言などの紹介、イディッシュ語を母語とする作家の作品(バーナード・マラマッドの「天使レヴィーン」)の紹介、最後に、日本でのイディッシュ語の集い(イスラエル人による)の紹介など多様であった。

今後、イディッシュ語を深めるに、やる気さえあれば如何ようにもチャンスがあり、選択肢も多様であるという、先生の配慮である。

上記に紹介されたものは、基本的に英語を使って学ぶスタイルだ。イディッシュ語を本格的に学びたい若い人には大変有意義だろう。一方、楽しみだけで続けるとしたら、市販テキスト(日本人著書)でこつこつ進めるのが穏当だろうか・・・私の場合は。

2016年8月2日火曜日

夏休み2016 イディッシュ語 2日目

早朝の天気予報では、昼の快晴を伝えた。とはいえ、突然の土砂降りに注意怠りないようにとのこと。心構えして、イディッシュ語講座の2日目に出かけたが、全くの真夏、思わず日影を探したほど。

イディッシュ語で簡単な「挨拶表現」の復習と会話練習、イスラエルにおけるイデッシュ語の継承と普及の現況、映画「屋根の上のバイオリン弾き(Fiddler on the Roof)」(1971年)から長女の結婚にまつわる場面を視聴した。受講者たちのさまざまな質問に、丁寧に対応いただいた。

講座の帰り道、道筋にある公園に寄って木陰で小休止。日向と違い、木立の隙間を通り抜ける風は気持ちよく、頬をかすめる・・・何~にも考えなくても、自然は受けとめてくれる、ありがたいことだ。

(Youtubeに登録のRazvan Lupescuに感謝)

2016年8月1日月曜日

夏休み2016 イディッシュ語 1日目

今日から8月。今年に入ってすでに7ヶ月経過したことになる。一年の半分以上を、しかも1ヶ月超。今年は、あと5ヶ月しか残っていないのだ。果たして、この5ヶ月で挽回できることとは・・・何?

そうだ、今年最大の成果となるべく、9月にイ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」に行く。このことがなければ、あれよあれよという間に、一年が終わってしまう。歳とるように、歳月の経方が加速する。光陰矢のごとし。

ところで、もうひとつチャレンジしたいことがある。膠着語の世界に安住すると、頭が硬直するような気がしてくる(←駄洒落のつもり)。今日から3日間だが、「イディッシュ語(ייִדיש)」(講師、鴨志田聡子氏)の講習に出かけることにした。暑い夏、冷や汗をかくこと間違いないが、新鮮な言葉(の触りだけでも)を観察してみたいと思った次第。事前に、図書館でイディッシュ語テキストの頭部分にある、ヘブライ文字(活字体)とドイツ語に似た表現を、少しだけ齧(かじ)った。あたって砕けろのつもりで。

講義初日の洗礼は、ヘブライ文字の「筆記体」から始まった。「活字体」とは思いっきり違って見える・・・これは厳しいことになりそう。とはいえ、頭の硬直が少しでもほぐれればと期待している。残り2日間を大切に聴講しよう。

2016年7月31日日曜日

新宿「コリアプラザ」最終日

(「都知事選挙」の投票をした後、新大久保に出かけた)

残念だが、新宿職安通りにあった、韓国CD・書籍関連のショップ「コリアプラザ」が今日で閉店する。午前11時半ごろ、新大久保の町を歩いた。JR駅前の人だかりとは別に、大久保通りやその脇道が思いのほか閑散としているのに驚く。昼食前のせいかも知れないけれど、ちょっと異様な感じがした。

(本ブログ関連:”コリアプラザ”)

それでも、最終日と知って集まった客たちで、「コリアプラザ」店内は溢れていた。1階のCDは従来通り陳列されていたが、書籍中心の2階につながる階段は閉鎖されていて、語学教材などわずかを1階に移して並べていた。まさに店仕舞いの雰囲気だ。CDについては、今様のK-POP歌手たちの陳列の変化を感知できなかったが、歌謡曲(トロット)関連はすっかり売り切れたようだ。目ざとい中年おじさん・おばさんたちが襲ったのかもしれない。

何より気にしていたのがイ・ソンヒのCDだ。第2集アルバムのリマスター版が1枚だけ残っていた。このままにしておくわけにはいかないといった<妙な心理>が働いて、同じものを既に持っていながら購入してしまった。

今後は、韓国から直接購入する方法を考えねばならないだろう。9月のイ・ソンヒのコンサートに行く機会に、いろいろ(CD・書籍を)探したいと思案している。

2016年7月30日土曜日

イ・ソンヒの「Because Of You」

イ・ソンヒの12集所収の「Because Of You」(作詞・作曲ユ・ヨンソク、2001年)は、忘れようとしても忘れられない心のうねりを描く。いつまでも耳に残る、ドラマチックで美しい響きが溢れる。ここで、物語の主人公の心象を解釈する必要はない・・・ただ曲に酔いしれればよい。

(本ブログ関連:”Because Of You”)

12集アルバムを手元に持ち合わせてないせいか、ついついこのアルバムに肩入れしがち。同アルバムには、「これよりもっと いいことはないでしょう(이 보다 더 좋을순 없죠)」の可愛らしい曲もある。「Because Of You」と同じく、作詞・作曲はユ・ヨンソクだ。

もっと、もっと広く受け入れられて欲しいと思う次第。


私の心なのに、思い通りにできない
過ぎたことは忘れるというけれど、何度も
涙ばかり流して

ばかみたいでしょ、つらい振りができないの
苦しめばもっと思い出す、あなたの
暖かだった微笑み

全てはみなそのままなのに、あなただけがいないのに
これ以上壊れることができないほど、
これほど悲しみに疲れ果てるのか

cause you only cause of you
私は何も考えられなくて

胸の中には説明できない悲しみだけが
私はばかみたい
                 _______

全てはみなそのままなのに、あなただけがいないのに
これ以上壊れることができないほど、
これほど悲しみに疲れ果てるのか

cause you only cause of you
もう懐かしさだけで

生きていかなければならないのに、本当にそうなのに

cause you only cause of you
私は何も考えられなくて

胸の中には説明できない悲しみだけが

cause you only cause of you

cause you only cause of you



(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2016年7月29日金曜日

イ・ソンヒの「少女の祈り」

イ・ソンヒの初めてのアルバムに所収の、「少女の祈り(소녀의 기도)」(1985年)は、2011年の世宗文化会館のコンサートでも、彼女のイメージそのままに新鮮で、声質は少女のようで愛らしい。ちょっといい過ぎかも知れないけれど。特に、高音で醸し出す独特の雰囲気は、ファンにとって引き込まれる部分だろう。

(本ブログ関連:”少女の祈り”)

歌詞の舞台は秋のようだが、「梅雨明け」の暑い夏でも、夜とはなれば少しヒンヤリする。その気になって聴けば酔いしれるというもの。近々の彼女のコンサート(9月4日)で、きっと歌われるだろうことを期待する、美しい名曲だ。楽しみだ。


風吹けば散る、寂しい落葉が みな
おぼろな露のよう、揺らぎます
その声耳にして   空しく歩く うつろな心は

*離れた人 なつかしむ、切ない心だけれど
一人残り 守ればならぬ、 孤独なわたしを泣かすよ

引き留められぬ 未練さに
落葉の季節に わたしを埋めて
春がまた訪れを 祈ります、この夜が明けたら

(*以下繰り返し)

この夜が明けたら

(Youtubeに登録のKwiYeol Parkに感謝)

2016年7月28日木曜日

梅雨明け 2016

ついに「梅雨明け」した。日本経済新聞(7/28)によれば、「気象庁は28日、関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表した。平年より7日、昨年より18日遅い。梅雨がない北海道を除き、梅雨明けしていないのは東北だけとなった」。今日の当地近在の最高気温は、26.6℃で、真夏日(30℃以上)には至らず、日向と日影の温度差を感じる。まだまだ、逃げ場がないほどでない。

とはいえ、暑いに違いなく、近所のスーパーで購入した素麺を涼しく食した。この時期は蕎麦よりも素麺にかぎる。ヒンヤリ、するりとして喉越しがいい。とうとう、鰻よりも素麺が美味い歳になった。

ちなみに、今年の「梅雨入り」は平年より3日早く、昨年より2日遅かった。

(本ブログ関連:”梅雨明け”、”梅雨入り”)










■  平成28年の梅雨明け

平成28年 平年差 昨年差 平年 昨年

沖縄 6月16日頃 7日早い 8日遅い 6月23日頃 6月 8日

奄美 6月18日 11日早い 18日早い 6月29日 7月 6日

九州南部 7月18日 4日遅い 4日遅い 7月14日 7月14日

九州北部 7月18日 1日早い 11日早い 7月19日 7月29日

四国 7月18日 同じ 6日早い 7月18日 7月24日

中国 7月18日 3日早い 6日早い 7月21日7月24日

近畿 7月18日 3日早い 6日早い 7月21日 7月24日

東海 7月18日 3日早い 6日早い 7月21日 7月24日

関東甲信 7月28日 7日遅い 18日遅い 7月21日 7月10日

北陸 7月22日 2日早い 3日早い 7月24日 7月25日

東北南部


7月25日 7月26日

東北北部


7月28日7月29日








2016年7月27日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 郷歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「郷歌향가)」*に関連した3曲を紹介した。

(*)「古代朝鮮語解読のさわり」(趙義成 東京外国語大学大学院准教授): 「(現存20数種)数が圧倒的に少ないため、解読自体がままならないし、ここから判別される単語の数も微々たるものである。郷歌は全て漢字で表記されているが、表記法は漢字の音と訓を複雑に組み合わせている」・・・言葉の専門家が言語+漢文+歴史など総動員して・・・

始めに、古く歌われた固有の歌「郷歌」について次のように紹介された。
・朝鮮の民は、古い中国の記録に、何かにつけ歌と踊りを夜通し楽しんだとあるほどまでに好きだったようだ。昔の歌には、歴史に記録のない人々の多様な物語が盛り込まれている。「郷歌」は、統一新羅時代に歌われた。当時も外来の歌が入ってきたが、それとは違った、代々歌われた固有のものだ。

▼ 悪鬼を追い払う人物「処容(처용)」の郷歌「処容歌(처용가)」を聴く。雰囲気漂わせた今様の響きをする。

次に、郷歌の歴史と残存する数、例として「処容歌」、「献花(헌화가)」について次のように解説された。
・郷歌は一定の形式を有する歌だが、当時の民謡まで含んでいない。統一新羅時代の歌集に「三代目(삼대목)」がある。今残る郷歌は、高麗時代の11、新羅時代の14だけだ。リズムは忘れられたが、独特な歌詞は残っており、昔の音楽を感じることができる。上記「処容歌」では、龍王の息子「処容」は、自分の妻を奪おうとした疫病神を赦す広い心があり、かつ悪鬼を追い払う霊力ある存在だった。また、他の郷歌に「献花(헌화가)」がある。水路(수로)夫人が絶壁に咲くツツジの花を欲しがると、一人の年寄りが現れてその花を差し出したという内容だ。

▼ 「献花」の歌を童謡にした「赤い花、赤い心(붉은 꽃 붉은 마음)」を聴く。子どものたち声が愛らしい。今様である。

最後に、郷歌「薯童謡(서동요)」の薯童(서동)と善化(선화)姫の物語について次のように紹介された。
・人々は歌に特別な力を信じた。みなが心ひとつに歌うと、いつかそれが現実になるという力だ。そこで、その力を利用したのが、歌「薯童謡」を作った薯童だ。百済の貧しい青年薯童は、新羅の美しい善化姫の噂を聞き、彼女と結婚するため、歌を作り子どもたちに歌わせた。善化姫が毎晩薯童に会いに行くというのだ。この歌が広がると、二人の関係は大きく話題になり、嘘であっても、結局結婚することになった。薯童は姫と結婚した後、百済王となる。南部に彌勒寺(미륵사)を建立した百済第30代武王(무왕)だ。最近、この寺の石塔解体中に発見の資料から、武王の妻は善化姫でなく、他の女性と明らかになった。物語がどこまで真実なのか研究が期待される。

▼ 笙簧(センファン、생황)、短簫(タンソ、단소)、伽耶琴(カヤグム、가야금)演奏で「薯童謡」を聴く。古代をイメージした今様。

2016年7月26日火曜日

ナット・キング・コールの「夕陽に赤い帆」

夏の夕暮れになると、EPレコードで聞いたサキソフォーンの軽快な旋律で始まる、ビリー・ヴォーン オーケストラの「夕陽に赤い帆(Red Sails In The Sunset)」を思い出す。ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn、1919年4月12日~1991年9月26日)は、既に亡くなっているというに、彼の名を冠したオーケストラが、ベンチャーズ(The Ventures) と同様に、しばしば来日している。去年もそうだったが、今年はどうだろう。

(本ブログ関連:”ビリー・ヴォーン”)

その「夕陽に赤い帆」を、ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919年3月17日~1965年2月15日)が歌うと、洒落ていて今なお美しさがくもることはない。ナット・キング・コールの歌は、誰もが素直に聞き入れる、かしこく中庸である。(彼に対して歌以上の思い入れをする者に、歌だけに思い留まらせようと優美に拒絶しているようだ)

(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)

彼の歌に、昔もそうだったが、いまなお同様に親和する。紅い夕陽が染める海面を見ながら、恋人を待ち続ける渚をちょっとだけ、さすらってみようか。

(Youtubeに登録のMir11Mirに感謝)

2016年7月25日月曜日

江戸時代の寺子屋

近隣の公共施設で、先週と今週の2回に分けて、江戸時代の寺子屋(ほぼ幼稚園から小学校に相当)について講演があった。「江戸時代の庶民教育と現代 - 『寺子屋の学び』から学ぶ -」のタイトルで、江戸東京博物館学芸員の市川寛明氏のお話しを聴講した。① 江戸時代に来訪した外国人を通して見た児童教育。② 史実としての寺子屋教育の実体。③ 寺子屋教育の考え方が、明治に入って継承されたかどうかという話題だ。以下、素人耳の理解である。

① 江戸時代に訪れた外国人の目に映った日本の児童教育のスタイルが、子どもを鞭で打って躾けるヨーロッパのスタイルと大いに違い、江戸庶民は子どもたちに対して厳しい体罰をしなかったと記している(C.P.シュンベリー)。多くの外国人の紀行文書に、日本人のあらゆる階級の男女、子どもまでもが読み書きできることに驚いている(ラナルド・マクドナルド)。

② 寺子屋でも同様で、基本的にマン・ツー・マン指導をしながら、他の子どもたちの行動は自由放任したようだ。一斉教育でない、子どもひとりひとりにカリキュラムを持った寺子屋教育は、朱子学的性善説(徳を磨く)に根ざしている。しかし、結果として教育の成果は、士農工商の範囲に留まり、それを突破するには明治時代の教育制度を待たねばならなかった。なお、寺子屋の数は、16,500ヵ所(その10~30倍との推計もある)、使用された教科書は、「往来物」で300~500版種あった。

③ 江戸時代の寺子屋は、階層を度外視した教育制度であるが、あくまで手習い所(読み書き主体)であった。それは近代化を支える教育の高さ、底力に通じた。しかしながら、国民国家となった明治期の教育は、寺子屋教育の緩さとは反対に、能力主義であり国民教育だった。

江戸時代の寺子屋教育と明治時代の国民教育が、それぞれの特性を左右に揺らしながら日本の教育制度を進展してきたように見える。江戸以来の庶民の子育てや教育観の層の厚さが、この揺れの支点となるだけの確かさを持ち合わせているようだ。日本人の教育観に、大袈裟にいえば、通底するするものがあるようだ。


(付記)
時代を解釈するのに、現在から見るのは当然だろうけれど、大きな節目や変転があったとき、それ以前を説明する或る意志が働いていることに、気付かずにいるかもしれない。江戸期を見るに、明治維新政府の意図が大いにあったろうし、明治から太平洋戦争までを見るに、戦後に投入勃興した解釈を無視できないだろう。だからこそ、時代の底を通じて流れるものを見つけるのも必要な気がする。

2016年7月24日日曜日

イ・ソンヒの「思い出の中を歩くよ」

イ・ソンヒの11集所収の「思い出の中を歩くよ(추억속을 걷네)」(1991年、作詞・作曲キム・ジンリョン)は、少々彼女らしからぬ喧騒がある。珠玉の名曲、「あなたが私を愛されるなら」、「恋文」の美しい旋律を産んだ同じ作曲家のものとは驚きだ。

イ・ソンヒは、< とり残された淋しさのために、私はひとり思い出の中を歩くよ >と歌う、それも思いっきりダンスミュージック風にして。もちろん、時代に合わせてのことだろう。ダンスミュージック・ブームの頃だ。そんな映像が残っている。

ダンス曲風に編曲を加えてのこと、イ・ソンヒは一生懸命に体を動かし歌っている。でも、ダンサーの身のこなしとはだいぶ違うよう。最近だって、彼女は、ワンダーガールの真似ごとをコンサートステージ上でやったことがある・・・そのときに似て、健康そのもの、体操授業の中でやっているような感じなのだ。

それがイ・ソンヒらしくて、なんとも安心してしまうのはどうしてだろう。(昔の映像だが、音量を落として聴いてみよう)

(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)

2016年7月23日土曜日

エルヴィス・プレスリー「好きにならずにいられない」

イ・ソンヒは、2006年、「22周年コンサート」(世宗文化会館)のステージで、愛弟子イ・スンギと「好きにならずにいられない」をデュエットした。イ・ソンヒらしい清澄な声質は、バラードの美しさを引き出し、聴くものを美しい思い出に引き込む。(もしかしたら、記憶のロンダリングの誘惑にかられるかもしれないけれど)

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「好きにならずにいられない」”)

原曲は、エルヴィス・プレスリーの「好きにならずにいられない(Can't Help Falling In Love)」(1961年)だ。ロック歌手の作品であるが、やはり思い出に残るのはバラードになる。当時の親世代のイメージしたであろうものと違って、ぐっと声太で男らしい。そのギャップがいい。ハワイの(元祖)若大将はちょっと違う。(さらに原曲は、フランスの”Plaisir d'amour”とのこと・・・シュヴァルツコップの歌で)

イ・ソンヒのデュエットをもとに、この曲をブログに何度か記したが、今日は原曲を聴いてみよう。私が、ロックを、エルヴィス・プレスリーまでで止まってしまっているのがお分かりだろう。

(Youtubeに登録のElvisPresleyVEVO、In Fernem Landに感謝)

2016年7月22日金曜日

大暑2016、ところで・・・

二十四節気の「大暑」だとは。受け入れ難い梅雨冷えだ。今日の最高気温は、都心で22.7℃、近在で21.9℃だった。湿気と小雨の気配で、関東外縁に点在する渇水のダム湖を潤してくれるといいのだが。

(本ブログ関連:”大暑”)

といいながらも、平野部の梅雨明けを知りたがる。そろそろいい頃合じゃないかと。WeatherNewsの週間天気予報では、「雲が広がりやすく、スッキリしない天気が続きます。大気の状態が不安定で、急な雨や雷雨に注意が必要。ムシッと感じる日が多くなりそうです」とのこと。からりと晴れた夏はもう少し待つようだ。

天気の先行きはいかがだろう。AccuWeatherによれば、9月初旬のソウルは晴れのようだ(9/4: Max.29℃、Min.18℃)。イ・ソンヒの”THE GREAT CONCERT”が開催される、9月2日~4日の天気は心配はないようだ。

(本ブログ関連:”THE GREAT CONCERT”)

9月から年末まで開催の、このコンサート(ツアー)を成功に導くにあたって、イ・ソンヒは、① 4月開始したSBS「ファンタスティック・デュオ」で連勝して、歌唱力とよき指導者であることを再認識させた。② 彼女の社会性、特に慈善行為を、セブランス病院への寄付を通じて表出した。彼女の歌の力と人柄をアピールしたことになる。③として、9月までに期待するのは、新曲発表だろうか。もし発表されるなら、8月にリリースして欲しい・・・コンサート会場でCDを入手できればと妄想が膨らむ。

2016年7月21日木曜日

イ・ソンヒの所属事務所と寄付行為

イ・ソンヒ、イ・ソジン、イ・スンギが所属する事務所「フックエンターテインメント」が、セブランス病院に5千万ウォン(X0.09=450万円)を寄付したと、MBN(毎日放送)ニュースの記事、「イ・ソンヒ、イ・スンギの所属事務所代表、セブランス リハビリ病院に5,000万ウォン寄付」(7/20、シン・チャンオク記者)は、以下のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”フックエンターテインメント”、”セブランス病院”)

イ・ソンヒの社会性について、ネット情報でフォローしているのが、その先頭には常に慈善行為がある。彼女と縁の深い所属事務所が、歴史ある病院への昨年の慈善コンサトーにつづき、今回寄付をした。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒと慈善行為”)

収益の一つの柱でもあるイ・スンギが軍務についている現在、同事務所は慈善活動を継続している。基金の捻出を、「(9月から始まる)イ・ソンヒのコンサート収益金の一部として策定」したという。彼女のコンサートへの意気込みも分かるというもの。

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・クォン・ジンヨン「フックエンターテインメント」代表が、20日、セブランス リハビリ病院の発展基金として5千万ウォンを寄付した。クォン代表は、「国内最高のリハビリ医療を提供するセブランス リハビリ病院の発展を期待して、シン・ジチョル院長とリハビリ病院すべての医療スタッフに感謝の気持ちを伝える」と述べた。
フックエンターテインメントは、歌手イ・ソンヒとイ・スンギ、俳優イ・ソジンなどが所属する企画会社(芸能事務所)で、クォン代表は、昨年にも、セブランス リハビリ病院と子供病院に寄付したことがある。
今回の寄付金は、9月2日から4日まで、世宗文化会館大劇場で予定されるフックエンターテインメント所属の歌手イ・ソンヒのコンサート収益金の一部として策定された。

・所属事務所を代表して、この日の伝達式に共に参加したイ・ソンヒは、「9月2日の世宗文化会館大劇場を始め、全国ツアーコンサートを控えて意義深い席に参加できてうれしい」として、「リハビリ病院の発展と厳しいリハビリ治療を受ける患者の方々が一日も早く健康を取り戻すことを望む」と述べた。
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2016年7月20日水曜日

地震が連続すること

この数日、地震が続いている。今朝(7時25分頃)も揺れた。当地の震度は2だったが、頻発するといやなものだ。一昨昨日(17日)のときは震度3に終わったが、地震動がさらに続くのではと慌てさせた。

今朝も横揺れが続いた。東日本大震災以降、揺れの続き具合が気になる。さらに、震源が近いことも気になる。ここ一週間、「茨城県南部」を震源とするケースが多いようだ。茨城県南部の地を震源にした場合、多少離れているはずの当地でも揺れが大きい気がしてならない。果たして地下の構造、プレート、地震の巣の関係はどうなっているのだろうか。

(本ブログ関連:”茨城県南部の地震”)


【7月の地震: 東京近辺を震源とするケース】

     検知日時             震央地名        マグニチュード 最大震度
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20日21時10分頃   茨城県南部        M2.8      震度1
20日11時38分頃   茨城県南部        M3.5      震度2
20日10時29分頃   茨城県南部        M3.0      震度2
20日08時16分頃 茨城県南部        M3.0     震度1
20日07時25分頃 茨城県南部        M5.0     震度4
19日23時55分頃 茨城県南部        M3.6 震度2
19日16時28分頃 茨城県沖           M4.1 震度3
19日12時57分頃 千葉県東方沖     M5.2 震度4
17日13時24分頃 茨城県南部        M5.0  震度4
16日17時40分頃 茨城県沖           M3.8 震度1
14日19時13分頃 千葉県北東部     M2.9 震度1
13日19時45分頃 栃木県北部        M2.8 震度1

KBS WORLD「国楽の世界へ」 大監ノリ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/13)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、儀式「大監ノリ(대감놀이)」ほか関連した3曲を紹介した。

始めに、巫堂(무당)の儀式「クッ(グッ、굿)」から、家の敷地を守る儀式「大監ノリ」について次のように紹介された。
・巫堂(巫女、即ち”シャーマン”)が神に祈りを捧げる儀式を「クッ」と言う。この儀式には、歌や楽器演奏、踊りもある。時には神の能力を示す不思議な見せ物を披露する。テレビや映画のない昔、静かな田舎で行われた儀式は最高の見せ物で、人々が集まる一種の祭りのようなものだった。一時、迷信と言われ、なくすべきものとされたが、今は民族の貴重な文化遺産とされる。色々な神々の中でも、家の敷地を管掌する神を「大監」と呼び、家の敷地を守る儀式「大監ノリ」がある。

▼ ソウル地域のクッの「大監ノリ」の歌を聴く。掛け合いも楽しく、元気溌剌の明るさを感じる。

次に、クッの儀式に歌われた民謡「倡夫打令(창부타령)」について次のように紹介された。
・クッの儀式に、村人は心ひとつに参加する。その過程でそれぞれの恨みも晴らし、疎遠な関係とも互いに心を確認する。特別な神が人々の間で力を発揮するわけではないが、クッはそれなりの役割をした。儀式の日に、濁酒(マッコリ)と一緒に、歌を披露する年寄りも目立つ。代表的な歌に、京畿地域の民謡「倡夫打令」がある。「倡夫」とは、儀式で演奏する楽師を指す。彼らを見守る神を「倡夫神」と言う。クッには色々手順があるが、中に倡夫神をもてなす順がある。このとき巫堂が歌ったものが、人々の合間に広まった「倡夫打令」だ。

▼ 歌い手が洗練された形に直した「倡夫打令」の歌を聴く。繰り返し納得するように聞かせ歌う。

最後に、パンソリ「水宮歌(수궁가)」から宴会の様子について次尿に紹介された。
・パンソリ「水宮歌(수궁가)」は、カメが、竜王の薬として、ウサギの肝を入手しようと孤軍奮闘する。またウサギも生き残るため、あらゆる知恵を働かせる。カメが初めて上陸したとき、山では動物たちが集まって宴会を開いていた。誰が上座に座るかで争う場面がある。宴会かと思ったら、動物たちが喧嘩をしていたのだ。また、やっとウサギと出会い、竜王のところに連れてきたときも宴会が開かれる。薬を探したカメのために開いた宴会ではなく、ウサギに騙された竜王が、ウサギを陸地に見送る前に開いた宴会だった。カメとしては悔しいことだ。この宴会にも音楽は欠かせない。中国の有名な楽師の名をあげる歌詞が続く。

▼ 「水宮歌」から海中の王宮での宴で、風流の様子を歌う「水宮風流(수궁풍류)」を聴く。パンソリの語りで風流音楽ではない。

2016年7月19日火曜日

夏土用入り 2016

「夏土用入り」を迎えて、鰻料理の話題が増えてきた。「土用の丑の日」(7月30日)まで、あと10日あるというに、鰻丼、鰻重、ひつまぶし、吸い物・・・すぐに浮かんでくる。

以前、下町にいた頃、通りに面した店先を大きく開けた鰻屋があった。焼いて売るだけの店で、食を楽しむ場所はない。いかにも合理的、焼きに徹した店だった。煙と一緒に、鰻の焼ける香りが、風通しのよい歩道辺りに充満する。歩む体が思わず店側に重心を傾けそうになる。それほど食欲を誘った。

近頃、隣り町にあった鰻屋を訪れたが見当たらない。結構繁盛していたのにどうしたことだろう。街角を幾度も往来したがだめだった。記憶力が心配になる。見つからないと思う心と焦りに、食欲が増す。

どうしたわけか、牛丼屋でも鰻丼を出すようになった。大量廉価販売のファストフードのメニューに、絶滅危惧種といわれる鰻の料理が載るなんて、どんなカラクリがあるのだろう。不思議でならない。スーパーでもパック詰めのものが売られているが、どうしても手が出ない。鰻は鰻屋で食うに限るようだ。

とはいえ、このところ鰻はさっぱりだ。昼食にひつまむしを食った後、半日胃がもたれたことがある。以来、美味そうだから食う段階は過ぎたようだ。今では食って美味しいものに限る。歳とともに食が細るに通じるようで、ちょっと淋しい気もする。

2016年7月18日月曜日

海の日2016

今日は、祝日「海の日」だが、海と関係ない一日を過ごした。近隣の公共施設で「江戸時代の寺子屋」について講演があり聴講した。次回につづくため、感想はこの後にしたい。

(本ブログ関連:”海の日”)

考えてみれば、このところずっと海から離れている。海そのものを楽しむ機会がなくなったようだ。とはいえ、海の思い出はある。子どものころ、親父と一緒に乗った船で、地元の湾を出て沖合いで釣りをしたこと。富津の臨海学校で溺れそうになったこと。夏休みに、仲間たちと神津島まで東海汽船のフェリーに乗ったこと。三崎の浜で海浜生物採集の合宿をしたこと。職場の同僚と相模湾で沖釣りしたこと。まだまだあるけれど。

ところで、石採りが趣味で山に向かうことが多いが、海岸線での鉱物採集がないでもない。静岡県河津町浜の、石ころだらけの「菖蒲沢海岸」で自然金を、同じく垂直の岩肌を見せる崖の「やんだ」で沸石を採集したことはある。他に、鉱物採集へ向かう道すがら、海の家に寄って飯を食い一風呂浴びたこともあるけれど、総じて石採りと海は似つかわしくない。

今となっては、海は唱歌の「」(作詞:林柳波作詞、作曲井上武士、1941年)のように、なつかしい思い出にあるようだ。


(Youtubeに登録のf3113663eeeに感謝)

2016年7月17日日曜日

歌手ブランド7月調査 イ・ソンヒ14位

最近よく耳にする<ビッグデータ>を使った、歌手のブランド評価が発表された。

韓国企業評判研究所(한국기업평판연구소)は、2016年6月16日~2016年7月17日までの、歌手のブランド・ビッグデータ 94,953,290個を分析した結果を発表した。消費者の行動分析をして、「参加指数」、「メディア指数」、「疎通(コミュニケーション)指数」を加味した、「ブランド評判指数」により、歌手の順位付けをした。

ビッグデータの単位、および各指数の算出方法についてよく理解できていないが・・・。そして、なぜ「ブランド」を使うのかも。

同所のリリース記事、「【ブランド評判】 歌手ブランド・ビッグデータ 7月調査。1位 ワンダーガールズ、2位 テヨン」(7/17)によれば、若手が競う音楽業界のランクのなかで、イ・ソンヒは14位をキープしている。彼女の場合、「参加指数」が特に高い傾向にあるようだ。


(追記) 地震発生

昼過ぎ、携帯電話にメールを打ち込んでいたとき、突然小刻みの揺れが始まり、次第に振幅を増した。家がダダダッと揺れる。なんとも嫌な予感がした。これ以上の振動がくるのかと思ったら急に止んだ。体感は震度<3+>といったところだ。気象庁の地震情報では、当地の震度は3だった。またしても、震源が「茨城県南部」だった。

気象庁の「地震情報」(平成28年07月17日13時28分 発表)
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17日13時24分頃地震がありました。
震源地は茨城県南部(北緯36.1度、東経139.9度)で、震源の深さは約40km、地震の規模(マグニチュード)は5.0と推定されます。
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2016年7月16日土曜日

キム・ワンソン、 カン・スジ

一昨日、OBS NEWSの連続記事 「伝説のスター イ・ソンヒ、キム・ワンソン」から、イ・ソンヒを中心にブログに記したが、タイトルにある「キム・ワンソン(金元萱、김완선)」(1969年 5月16日~)については、本ブログ内のリンクにとどめた。

1980年代のステージを、イ・ソンヒ、カン・スジを交えて3人で競ったキム・ワンソンの射すくめるような目つきは強烈だ。(正直言うと、当時の私の頭の中には、「カン・スジ(姜修智、강수지)」(1967年5月20日~)すなわち、スージー・カンが占めていた・・・ごめんなさい)

イ・ソンヒがバラードで躍進した後を襲ったのが、ダンス・ミュージックだった。キム・ワンソンはその流れを進めたといわれている。そんな彼女の珍しい、NHKの番組(「歌謡パレード」1988年*5月31日放送?)で、ダンスを交えて歌った(「リズムの中のその踊りを(리듬속의 그 춤을)」1987年)映像がある。
(* ソウルオリンピックの年)

放送当時、次週にチョー・ヨンピルが出演することが不思議ではなかった。

(Youtubeに登録の证贤真に感謝)

やっぱり、スージー・カンの映像も合わせて見たいものだ。彼女の日本でビューは1995年である。

(Youtubeに登録のseptember0421に感謝)