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2019年10月26日土曜日

俳句知らず

俳句知らずが句会について語る言葉などあるはずないけれど、古い新書の「俳句という遊び - 句会の空間」(小林恭二、岩波新書)に、句会の様子がドキュメント風に紹介されている。

(本ブログ関連:”俳句”)

第一日の句会の選評に、参加者の誰がどう発言したのか直接触れず、著者の感想なのかどうかもはっきりしない風に語られている。けっこう辛らつで、それもご愛嬌。
(途中に参加者の作品紹介、また第二日の句会選評では参加者間によるコメントがある)

参加者互選で最高点句から得点順に選ばれるのだが、面白いことに「逆選」というものがあって、マイナス点が与えられるという。選に漏れたら当然0点だが、プラス得点とマイナス点で相殺して0点ということもある。
この「逆選」という仕組み、いろいろな場面で使い道があるのではと思う。

実際の句会に参加した経験などないので、テレビ番組で見るかぎり、NHKの俳句番組「NHK俳句」の場合、選者を中心にきわめて予定調和的に互いをたてあう。司会者の存在を含めて、いい意味で俳句を身近に感じさせてくれる。

それに対して、MBSの「プレバト!!」は見て楽しく、聞い役立つ <言葉の配置の妙> を教えてくれる。選者の解説(評や添削)に、俳句知らずは納得するばかり・・・問題は、その指摘を我が身にしみこむ(受容する)力が乏しいことか。

2026年7月2日木曜日

(資料)季語:成立・季節ごとに代表的なもの、半夏生 2026

俳諧(俳句)の「季語」について、① その成立過程と、➁ 現在の「歳時記」で多く取り上げられる代表的なものを、Gemini に問い、一覧表にしてもらった。

ちなみに、きょうは <雑節> の「半夏生(はんげしょう)」である。この時期、ドクダミ科の多年草「ハンゲショウ」の葉の一部が、粉を塗(まぶ)したように白く変色する。凡人には、花魁のうなじの白化粧を想像してしまうのだが・・・。

(本ブログ関連:”半夏生”)

■ Gemini ①

季語の成立と定義の歴史
時代・時期主な出来事と季語の定義・役割
平安〜室町時代和歌・連歌の時代【本歌取り・本意(ほんい)の形成】
和歌の時代から、特定の言葉(「桜」=春など)に季節のイメージを固定する「本意」が育まれます。これがのちの連歌に受け継がれ、複数の人で歌を詠み繋ぐ(連句)ための共通ルール(寄合・しきたり)として、季節の言葉の基礎が作られました
江戸時代前期
貞門・談林派
【季語の必須化と大衆化】
庶民の文芸として「俳諧の連歌」が流行。松永貞徳(貞門派)らによって、俳諧のルール(式目)が厳格化され、**「発句(最初の5・7・5)には必ず季の詞を入れる」**という決まりが明文化されました。日常の言葉や俗語(諧謔)も季語として取り入れられ始めます。
江戸時代中期
蕉風の確立
【芸術性・内面の重視】
松尾芭蕉(蕉風)により、単なる言葉遊びから高い芸術性へと昇華。芭蕉は季語を単なる記号ではなく、**「自然の生命(いのち)や季節の移り変わりと、人間の内面を響き合わせるもの」**として深く定義し直しました
江戸時代後期
歳時記の発展
【分類と整理の時代】
与謝蕪村や小林一茶らが活躍する中、季語を網羅して分類・解説した「歳時記(俳諧歳時記など)」が数多く出版されます。これにより、どの言葉がどの季節に属するかが、一般の地本(出版物)として広く固定化・共有されました。
明治時代〜現代近代俳句の成立【「季題」の提唱と「季語」の定着】
正岡子規による俳句革新運動の中で、連歌から独立した「俳句」が確立。子規や高浜虚子は**「季題(のちに季語)」**という言葉を強く意識し、伝統的な「有季定型(季語を入れて5・7・5で詠む)」を俳句の本質として 定義しました。現代では、時代に合わせた「新季語(バレンタイン、冷房など)」も次々に生まれています。


■ Gemini ➁

季節ごとの代表的な季語(トップ3)
ー 鳥の代表として「ほととぎす」が入っている。
季節季語読み解説・背景
新年
初春 / 新春はつはる / しんしゅん新年の始まりそのものを祝う、歳時記の筆頭に来る時候の季語です。
初日の出はつひので元旦の日の出。新しい年の希望や祈りを象徴する非常に人気の高い季語です。
門松かどまつ正月に神様を迎えるために家の前に立てる飾り。新年の代表的な生活・行事の季語です。
桜 / 花さくら / はな歳時記で単に「花」といえば桜を指します。春を象徴する圧倒的な主役です。
かえる冬眠から目覚めて鳴き出す蛙は、春の訪れ(動物)を生き生きと表現します。
朧月おぼろづき春の夜の、水分を含んだ空気でほのかにかすんだ美しい月を指します。
ほととぎすほととぎす夏の到来を告げる鳥。古来より和歌や俳句で最も愛されてきた夏の主役です。
ほたる初夏の夜を彩る光。はかなさと夏の情緒を象徴する代表的な天文・動物の季語です。
夕立ゆうだち夏の午後に激しく降る雨。現代でも非常になじみ深い夏の気候を表す言葉です。
つき歳時記で単に「月」といえば、一年で最も美しいとされる「秋の月(名月)」を指します。
紅葉もみじ / こうよう秋の山々が赤や黄に染まる様子。春の桜と並び、日本の四季を代表する美しさです。
蜻蛉とんぼ / あきつ秋の空を飛ぶ赤とんぼなど、秋の訪れと寂しさを感じさせる代表的な虫です。
ゆき冬の美しさを象徴する言葉。歳時記では「暮の雪」や「新雪」など多くの派生季語があります。
寒椿かんつばき冬の厳しい寒さの中で、鮮やかな赤い花を咲かせる力強い冬の植物です。
枯木かれき葉を落とし、冬の寒空に立つ木々。冬の静けさや寂寥感(せきりょうかん)を表現します。

2026年2月1日日曜日

自然観察園、ロウバイ(蝋梅:俳句では臘梅)

きょうから2月。毎月初に、家じゅうの壁掛けカレンダーを新しい月に更新する。昔は、色刷りで自然の景色、飛行機、列車などの写真付きのカレンダーを吊るしていた。けっこう高価なものだった。それが近年になって、100均ショップで、日付だけ印刷した各種サイズのカレンダーを見つけて乗り替えた。安価なので部屋ごとに掛けている。

今月の初日が日曜日とは、始まりがよい。 快晴の昼過ぎ(13:00ころ)、気温も10℃と穏やかななか、公園併設の自然観察園へ出かけた。落葉低木の「ロウバイ蝋梅)」の黄色の花を見るためだ。(このところの晴天のせいで、公園を流れる小川の水は枯れて、川底のごつごつした石が露わになっていた)

月日ごと記した歳時記「日々の歳時記」(広瀬一朗、東京新聞出版局)の2月1日のテーマは「臘梅」で、「<ろうばい>。寒の内から、半透明の黄色の小花を下向きにいっぱいつけ、春に先立って周囲を明るくする」と始まる。末尾に、俳句では「蝋梅」ではなく「臘梅」と記述すると解説がある。(:ワックスのロウ、:下記に説明)
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臘月*(陰暦十二月)に咲くからこの名と思うのは間違いだと古書もいう。だったら「臘梅」でなく「蝋梅」とすべきだが、俳句はなぜか臘梅とばかり書く。
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(*)臘月: 陰暦十二月の異称、1年を締めくくる冬の季節を表す言葉(検索 Labs)


セツブンソウ(写真左)、ウメ(写真中央)、ソシンロウバイ(写真右)
・あさって(2/3)は「節分」、よいタイミングで、地面に小柄な白い花の「セツブンソウ」が群生していた。カメラを地面に置いて撮影しているひともいた。日本固有種とのこと。
・陽射し背に受けて眩しい「ウメ」の白い花をながめる。菅原道真公が詠んだ「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ梅の花 主(あるじ)なしとて 春な忘れそ」を思い浮かべる。
・観察園の東奥に「ロウバイ」と「ソシンロウバイ」があると掲示板に表示されていたが、きょう見た限りでは、花の真ん中も黄色いソシンロウバイだけだった・・・香りも薄い。

2026年1月2日金曜日

季語: 元日、二日、三日、四日、五日、六日、七日

1月のカレンダーで、元日(一日)、二日、三日、四日、五日、六日、七日まで、新年の季語という。(「日々の歳時記」 広瀬一朗著、東京新聞出版局)

他の歳時記「写真 俳句歳時記」(横田正知編、教養文庫)も確認したが、三日までは季語の目次にあるが、四日以降は取り上げてない。たしかに、元旦から三日までは正月気分の「三が日」でもあるし・・・。

(本ブログ関連:”俳句”)

上記の両歳時記に、新年二日のこととして、高浜虚子(1874年[明治7年]~ 1959年[昭和34年])の次の句が載っている。
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    老しずかなるは二日も同じこと
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同句は、虚子の「五百五十句」(昭和十一年 ~ 昭和十五年)の <昭和十四年> に収められている。

■ 青空文庫
「五百五十句」高浜虚子
    ー https://www.aozora.gr.jp/cards/001310/files/51838_59542.html
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 さきに『ホトトギス』五百号を記念するために改造社から『五百句』という書物を出した。これは私が俳句を作りはじめた明治二十四、五年頃ごろから昭和十年までの中から五百句を選んだものであった。先頃桜井書店から何か私の書物を出版したいとの事であったので、『ホトトギス』が五百五十号になった記念に、その後の私の句の中から五百五十句を選み出してそれを出版して見ようかと思い立った。
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佐藤愛子さんなら「なにがめでたい」と啖呵を切りそうだけど、虚子は60代前半にして斯様に自覚的だったのだろう。どちらも納得してしまう。

2025年12月29日月曜日

我が寝たを首あげて見る寒さかな(小西来山)

朝寝が好きでモゾモゾしているうちに、9時に起床した。実は寒い5時ころ目覚めたが、布団の暖かさに負けて、二度寝してしまった。

起床すればあっけない。あっという間に、昼になってしまった。ほぼ一週間ぶりに気温が反転して、最高気温が 13.6℃(14:46)になった・・・気温が少し高まったというだけで何となく穏やかに感じる。

ところで、テレビで <俳句> を扱う番組やコーナーをときどき見る。投句された作品の解説を聞くたび、なるほどと鑑賞したりするが、句作については一向にダメで想像すらできない。チャレンジなんて初めっからあきらめている。

「続 折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、元禄の大阪の俳人(俳諧師)小西来山(1654年[承応3年] ~ 1716年[享保元年])の遺稿句集「いましがた」*(1734年[享保19年] 刊)におさめられた次の句がある。
(*)来山没の18年後、「彼の門弟たち(主に子の其雫ら)によって編纂」(生成AI Gemini)
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    我が寝たを首上げて見る寒さ哉
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布団にくるまって寝床の様子を、首をあげて再確認し、やっぱり寒いと感じる場面か。可笑しくもあるし、誰もが共感する冬の寒さだ。

また、俳句(俳諧)の芸術性を深めようとした芭蕉(1644年[寛永21年] ~ 1694年[元禄7年])と、庶民の笑いを作風にした来山との対面があったそうだ。(Gemini)
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1694年(元禄7年)の面会
芭蕉が亡くなる直前、最後の上洛・大坂入りの際に、来山は芭蕉を見舞っています。
・面会の様子: 大坂の宿(花屋仁左衛門宅)で病床にあった芭蕉を、来山が訪ねました。
・芭蕉の評価: 芭蕉は来山について <「風雅のまことある人(俳諧の真実を理解している人)」> と高く評価し、彼の誠実な人柄を愛したと伝えられています。
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(本ブログ関連:”俳句”)

2026年7月13日月曜日

(資料)連歌と連句

おとつい(7/11)、図書館で「杞憂に終わる連句入門」(鈴木千恵子、文学通信)*を借りたが、手も足も出ない。杞憂のままなので、ネットの力を借りて、「連歌」と「連句」について、基礎知識を習得中(教科書的な整理)。
(*)同書の「発句」の定義に、「芭蕉は生涯にどれだけの句を詠んだか? という問いを立てた人がいるが、答えは強いて言えば、芭蕉は俳句は詠んでいない、である、発句をそれだけで創作鑑賞されるようになったものを地発句(じほっく)といい、正岡子規が俳句と名づけたのである。」

(本ブログ関連:”連歌”、”連句”)

■ Gemini より

①「連歌」と「連句」の特徴
項目連歌(れんが)連句(れんく)
主な時代鎌倉時代 〜 室町時代江戸時代 〜 現代
言葉遣い

雅語
(和歌に使う美しく伝統的な言葉)
俗語・漢語・流行語
(日常の言葉)
表現のトーン優雅、格調高い、精神的な美滑稽(おかしみ)、庶民的、人間味
代表的な形式百韻(100句つなげる)歌仙(36句つなげる)
担い手貴族、武士、僧侶俳人、一般庶民
代表的な人物宗祇(そうぎ)、二条良基松尾芭蕉、与謝蕪村
後世への影響和歌の伝統を継承最初の句(発句)が「俳句」へ発展


➁「連歌」と「連句」のルール(式目)例
句の順番連歌連句
発句 (1句目)切れ字(~かな)で言い切る。当季の季語。客への強烈な挨拶・言祝ぎ。切れ字、当季の季語は共通。ただし、言葉づかいが日常語になり、より軽妙な挨拶になる。
脇句 (2句目)体言止め(名詞止め)が絶対原則。 発句と同季。体言止めが好まれるが、絶対ではなくなる。 動詞で終わってもOK。発句と同季。
第三 (3句目)「〜て」などの接続助詞(て止め)が絶対原則。「〜て」で終わらなくてもOK。 連歌よりも早い段階からガラリと場面を転換させることが多い。

(付記)
連歌・連句で、「一つ前に提示されたお題 = 前句」に対して、「自分が今から添えるアンサー = 付句」という、ペアを指す言葉が使われた。
→  本ブログ: 7月9日「魂がないと此世は面白し(武玉川)」に追記。


■ Google検索(Labs)、他より
「連歌と連句、代表作例」
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1. 「連歌」:『水無瀬三吟百韻(みなせさんぎんひゃくいん)』 より冒頭3句

● 発句(5-7-5:宗祇)
     雪ながら 山もと霞む 夕(ゆふ)べかな
(まだ雪が残っているのに、山のふもとは春の霧でかすんでいる、そんな美しい夕暮れだ)

● 脇句(7-7:肖柏) 
    行く水遠(とほ)く 梅匂(にほ)ふ里
(かすみの先を流れる川の水は遠くまで続き、梅の香りをのせた風が吹いてくる)

● 第三(5-7-5:宗長)  
    川風に 一むら柳 春見えて
(その川風に吹かれて、一塊の柳の木が芽吹き、いよいよ春の訪れを感じさせる)


2. 「連句」歌仙:『初木枯の巻(はつこがらしのまき)』 より冒頭3句

● 発句(5-7-5:冬、芭蕉) 
    狂句 こがらしの 身は竹斎に 似たる哉   ←「狂句」:破調としてある
 (木枯らしの中を旅する我が身は、まるで仮名草子にある旅の藪医「竹斎」のようだ)

● 脇句(7-7:冬、野水) 
    たそやとばしる かさの山茶花  
(枯らしに飛び散る山茶花(さざんか)を、旅笠にいっぱい着けて到着した人は一体誰)

● 第三(5-7-5:秋、荷兮)
     有明の 主水に酒屋 つくらせて 
 (主水(もんど:水を司る役)の屋敷近くに酒屋を作らせた、という風流な景物へ展開)

参考
■ 山梨県立大学
「冬の日脚注(1/5)」
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/huyunohi00.htm
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2026年4月13日月曜日

鶯の啼くや小さき口あいて(蕪村)

きのう、ベテランの方から配信いただいた写真の中に「ウグイス(鶯)」の姿があった。とてもポピュラーな鳥だが、写真のように眼前で見たことがない・・・樹間の奥で鳴く「ホーホケキョ」の声を耳にするだけだ。

ウグイスについて、「野鳥歳時記」(山谷春潮、冨山房百貨文庫:子息による改訂版)に次のように記されている。① 「杜鵑(ホトトギス)」とともに一番俳人たちに親しまれた鳥。➁ 「駒鳥(コマドリ)」、「大瑠璃(オオルリ)」とともに三鳴鳥と呼ばれている。③ 鶯といえばきまりきったものとなりやすい俳句法から、新しい眼のつけどころを発見することは大切。・・・と記されている。

たしかに、鳴き声からいろいろ詩的にイメージを膨らますことは自由で、それを亡き人への思いと重ねるといった解釈もあるそうだが、そこまでに行きつく想像をしたことはないが。なにしろ、しろうと野鳥趣味者にとっては、その姿をぜひまなこに収めたいだけなのだから。

(本ブログ関連:”俳句”)

折々のうた
今度は第三巻、「第三  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、与謝野蕪村(享保元年(1716年)~ 天明3年(1784年))の <鶯> の句がある。大岡信氏は、「古来だれもが見知っているはずの情景である。しかし、古来だれも鶯という鳥を『啼くや小さき口あいて』とは詠まなかった。」とし、「聞くもの」から「見つめるもの」へと、「伝統を新しくした」と解説。なるほど、文人にとって大転換だったのだろう。

(本ブログ関連:”折々のうた”、”蕪村”)

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鶯の啼(な)くや小さき口あいて   (蕪村)
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もしかして、画人としての視点もあったのだろうか。野鳥趣味のしろうとには及びもせぬ世界観なのだろうけれど。
ともあれ、きのう配信いただいた写真と上掲句はぴったり合う。

(本ブログ関連:”ウグイス”)

2026年6月1日月曜日

衣更えの日、長持ちへ春ぞくれ行く更衣(西鶴)

きょうから6月、気象庁の季節区分で「夏」(6~8月)の始まりである。季節の変わり目に家庭ですることに「衣更え」がある*。薄手のセーター類を奥に引っ込めたり、長袖シャツと半袖シャツを交替したりする(まだまだ色々あるだろうけれど)。
(*)衣更えは、古来年中行事として、旧暦の四月一日(今年は5/17)、十月一日(今年は11/9)に行なわれた。明治政府により、新暦の6月1日、10月1日と制定された。

だから、<語源紹介> や、季語をともなう <俳句解説> の夏のはじめに衣更えの話が出てくる。
手元の書籍を見ると:

①  「ことばの歳時記」(金田一春彦、新潮文庫)の <6月1日> のタイトルは「衣がえ」で、それについて蘊蓄を楽しめる。
・ひとつめに、学校で宿題や提出物を日ごろ忘れる子も、コロモガエの方は決して忘れないという。
・ふたつめに、古くコロモガエについて、源氏物語の冒頭に出てくる「いずれの御時にか、女御・更衣(こうい)あまたさぶらひ給ひけるなかに・・・」にある <更衣> にさかのぼれば、更衣は、旧暦の四月一日に行なわれる、天皇のコロモガエをつかさどる女官の呼び名だったそうだ。

➁  そこで、<更衣**> の文字をそのまま使って <ころもがえ> と呼ぶわけで、「四季の俳句」(関森勝夫、楼風車社)の <夏> の項の最初に、江戸時代前期元禄の世に上方で活躍した俳諧師・浄瑠璃作者である井原西鶴(寛永19年⁅1642年] ~ 元禄6年⁅1693年])の俳諧が紹介されている。
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長持ちへ春ぞくれ行く***更衣(ころもがえ)    (西鶴)← 句集『落花集』に西鶴と記載
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(**)いってみれば、「更衣」に「レ点」を付ければよいのだが。
(***)くれ行く(暮れいく)は、(季節や年などが)終わりに近づく。夕暮れ、年の暮れに使うけど、この場合、妙に明るい くれ行き だ。

(付記)
上記に「夕暮れ」と書いてすぐ後、Youtubeで夕陽に目を向ける赤ちゃんの姿に出会った。本当に、人間って素晴らしいと感動をいただいた。

■ Youtube(登録: 花をそっと)
「夕暮れと赤ちゃん」(2022/07/28)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=n1JdY4-CGMo

2026年3月31日火曜日

3月の終わり、今年の四分の一が過ぎる

きょう(3/31)で3月が終わる(旧暦 2/13)。今年も、あっという間に3ヵ月間(年間の四分の一)が過ぎた。気象庁の季節区分で「春」(3月~5月)の最初の月を経過した。

外は小雨(といっても、とびとびの時間に降る)、強い風(といっても、南の風)、夕方(17:00)になって気温は 17℃ へ上向きに・・・それでも、冬の気分から抜け出せず、ストーブを点けている。

テレビの天気予報で、桜が咲くころの雨「桜雨(さくらあめ)」が紹介された。馴染みの桜並木の花はどうなっているだろうか気掛かり。

■ Weather News
「催花雨や桜雨などなど  言葉で楽しむ桜の世界」
    ー https://weathernews.jp/s/topics/201702/280165/

■ 桜雨の言葉がいつごから使われ始めたのか、ChatGPTに問うた。
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「桜雨」という言葉自体は古くから和歌的な表現としての素地はありますが、<俳諧・俳句の季語として定着するのは主に近代(明治以降)> とされています。
江戸期の俳諧では、「花の雨」という表現が主流。
・「桜雨」は、より叙情的・文学的な語として、近代俳句で広まる
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※ ChatGPT、Gemini 、Google検索などで、「桜雨」を使った例句(作例)を探したが、良いものが見つからない。


夜になれば、家のあちこちに吊るした壁掛けカレンダーから3月を剥がし4月にかえる。

なにより、春になると一日ねむたい。鼻水、くしゃみ、鼻や目の痒みなどないが、どうやら花粉症の影響らしい・・・。

2026年1月25日日曜日

水鳥を水の上とやよそに見む我れも浮きたる世を過ぐしつつ(紫式部)

水鳥は、観察すれば、てんでバラバラに行動することもあるのだが、いつも群れて水面に浮かび、飛ぶように見える。彼らの集団には、ムクドリのような単純さや、カラスのような狡猾さがない。一方、どこか人間に似た(定まらぬ)隙だらけの無防備さを感じる。

今度は第五巻、「第五  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、「紫式部集」に所収(「紫式部日記」に初出)の次の歌を載せている。「私だとて水に浮く鳥同様、華やかに浮いた宮中の生活を営みながら、水面下の水鳥のあがきのように憂き日々を送っている身分なのだ」と平安女流の複雑な心境を歌っていると解説している。
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水鳥を 水の上とや よそに見む 我れも浮きたる 世を過ぐしつつ
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(本ブログ関連:”折々のうた”)

水鳥について、先日(1/18)、「第四  折々のうた」に採り上げられた、柴田白葉女の「水鳥の静かに己(おの)が身を流す」の句と対比されそう。紫式部は自身の複雑な心情・立場と照らし合わせて他人(よそ)事でないというのに対して、白葉女はもう少し冷徹に対象化しているように感じる。素人目には、短歌と俳句の違いと言ってしまいそうだが。

この歌の前後で、道長による促しと返歌について語られることがあることから妄想が広がりそう・・・。

(本ブログ関連:”俳句”)

2026年3月10日火曜日

雪、冬に逆戻り、 野烏(のがらす)の腹に蹴(け)て行く春の水(稲津祇空)

PCばかり見ていたため、雪が降っていたのに気付かなかった。

朝方、電話があって、きょう予定していた訪問に雪道は大変だろうということで、スケジュールを延期していただくことになった。

いそいで家の前の通りを覗いたところ、雪が積もっているではないか・・・これからも降るかもしれないと思った。まさに、寒の戻り・・・冬へ逆戻りだ。
ー きょうの日付にかわってなお、気温は下がり続けた。(3/9:24時 5.4℃ → 3/10:08時 0.6℃

とはいえ、いずれ雪がとけ、崖線の湧水となって公園の小川に注がれるだろう。

ところで、公園には、「カラス」が多くいて、ある意味 傍若無人である。春先の繁殖期には気性もあらあらしくなる。そんなわけで、対策としてトラップが設けられているほど。
そんなカラスは、小川の水が温むと水浴びする。

今度は第十巻、「第十  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、江戸前期の俳人、稲津祇空(いなづ ぎくう、寛文3年:1663年 ~ 享保18年:1733年)の句が載っている。談林派から、やがて其角の門人となり、先師芭蕉の蕉風に傾倒し、作風を固めたとのこと・・・新書「 折々のうた」で、著者は <静かに物象を見つめてその内懐に入る作風を一人追及した>と。まるで、俳諧史をたどるよう。

(本ブログ関連:”折々のうた”)
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野烏(のがらす)の腹に蹴(け)て行く春の水
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ー 雪どけの水かさが増す「春の水」の小川のなか、カラスの腹を蹴るように、キラキラ水しぶきが反射している・・・そんな光景を想像する(公園の小川は、見下ろす位置にあり、水面がいつも輝いて見えるので)


生成AIの ChatGPT は、この句のなかの其角と芭蕉らしさを次のように区分けしている。
      要素                         出所
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・蹴て行く(発想)        | 其角的 |
・写生の情景                 | 芭蕉的 |
・余計な技巧の少なさ     | 芭蕉的 |
・軽い滑稽                  | 其角的 |
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(参考: Google Labs)
時代主な流派・動向特徴・キーワード中心人物
室町時代連歌(575-77の連句) 滑稽・娯楽性を取り入れる飯尾宗祇
江戸前期貞門派和歌・連歌の規律を重視。言葉遊びや滑稽さを追求松永貞徳
江戸前期談林派貞門の制約から自由な発想、軽口、遊戯性へ。日常語西山宗因
江戸前期蕉風談林の軽薄を正し「さび」「しおり」の芸術性確立松尾芭蕉
江戸前期蕉門十哲芭蕉の弟子たち(其角、嵐雪、去来など)芭蕉門下
江戸中期美濃派蕉門十哲の一つ(全国的に最も広まった派)各務支考
江戸後期与謝蕪村・新風芭蕉復帰を掲げ、絵画的な美を追求与謝蕪村
江戸末期小林一茶人間味、生活感、擬人化小林一茶
明治初期明治俳諧(停滞期)形式化し、俗物化-
明治中期俳句改革(子規)「俳諧」から「俳句」へ。写生正岡子規

2026年1月18日日曜日

水鳥の静かに己(おの)が身を流す(柴田 白葉女)

野鳥撮影のベテラン方々から、この季節に水鳥(水辺の鳥)の写真を多数配信いただいく。公園を横断する小川でよく見かける「カルガモ」、「マガモ」、「アオサギ」、「ダイサギ」、「コサギ」などは、わたしもよく目にするが、すこし遠くにある<修景池>へ足を運べば、さまざまな水鳥がいて、野鳥図鑑を片手に観察すればよいのだろうけれど、なかなか出かける自信がない。

ところで、撮影場所の情報に<修景池>とあるが、その名をあちこちで聞く。どうやら固有名詞というより、公園開設に合わせて造成した池というようだ*。
(*)修景池: 「『景観を整えるための池』という意味で、特定の池の名前というよりは公園の施設の一種として、日本各地の公園で見られるものです 」(検索AI Labs)とのこと。

さて、水鳥はよく水面にゆたりと浮かんでいるように見られるが、実は水中でせわしく足を掻き動かしていると、テレビの映像などで紹介される。渡りの際、空中をエネルギー消費を避けて滑空するさまと対比して、ある意味愉快でもある。

今度は第四巻だが、「第四  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、柴田白葉女(しばた はくようじょ、1906年 ~ 1984年)**の水鳥(冬の季語)の句がある。
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水鳥の静かに己(おの)が身を流す
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(**)東北帝大国文科を出た関係で、同大学独文科教授の小宮豊隆の句会に参加、後に父の俳句の師である飯田蛇笏に師事したとのこと・・・すごいな。

大岡信の上記本に「情感をほしいままに流露させるような行き方ではない。自然界を見つめることがたえず自己内面を見つめることに転じてゆく作風といえようか。流れのままに流されゆくかに見えて、水鳥はしずかに自分を流しているものである」と解説されている。

(本ブログ関連:”俳句”)

2018年7月2日月曜日

半夏生 2018

雑節の「半夏生(はんげしょう)」である。2012年以降、これについて4回ほど記したが毎回とまどうばかり。いかにも俳句の季語らしく、関心ある人にはこの時期に似つかわしい言葉だろうけれど、現実に半夏生の姿を見ることはない。

(本ブログ関連:”半夏生”)

Googleニュースで「半夏生」を検索すると「俳句」につながる記事もあるが、どうやら一般受けしないのか、メデイアの最後の手段の食べ物ネタと絡めている。半夏生とサバ(鯖)の丸焼き、タコの天ぷらなどが代表的で、中には半夏生とうどんといった組み合わせもある。

半夏生のこの日について、Wikipediaに「この日までに『畑仕事を終える』、『水稲の田植えを終える』目安で、この日から5日間は休みとする」といった風習があるそうだ。この地は、かつて武蔵野の台地、(麦)畑と栗林の歴史を持つが今は住宅地でしかなく、ところどころに面影を残すのみとなっている。したがって、農事の風習に根ざした伝承もない。目安となる実感がないのだ。

とはいえ、農作業から一休憩する昔の農家を思い浮かべてみるのも悪くない。深夜を無事にのりきれば、もしかしたら明るい朝を迎えられるかもしれないからだ。

2024年10月23日水曜日

霜降 2024

きょう(旧暦 9/21)は、二十四節気の「霜降(そうこう)」。朝夕冷え込んで、露が霜になるころをいう。きのうよりきょうは冷えるが、例年と比べればまだ穏やかである。

(本ブログ関連:”霜降”)

寒さが増すとダラリとした気分があらたまり、心情に遠近が定まるよう。「端唄」の先に「短歌」があり、さらにその奥に「俳句」がある。「江戸端唄集」(倉田喜弘辺、岩波文庫)を片手に眺め、もう片方で「折々のうた」(大岡信、岩波新書)に掲載の短歌や俳句を見比べて気付く。端唄より短歌はズ~ッと真面目である。

旧暦九月の端唄から。紅黄葉の景色を歎美するのもよいけれど、世間で人の心は中だるみして、便りのない相手に焦がれることもなく、ちょいと軽い文(ふみ)でも送ってよと溜息をつく。もしかしたら、相手は紅葉に染まって浮名を流しているかもしれないのに・・・。

■「江戸端唄集」(倉田喜弘辺、岩波文庫)
「とっちりとん」の「十二ヶ月」の(旧暦)「九月」より
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ぬしのたよりを わしや菊月(きくづき)の 月より心は うはのそら とんとこのごろ 蘭菊(らんぎく)の おまえはわたしを 捨菊(すてぎく)や そふいふき菊と しら菊の ほかのつまをば かさねぎく まだ秋はてる ころでなし 月にばつかり うかれずと 雁(かり)にもたよりを しやしやんせ

秋はてる  秋が果てる。九月は旧暦で秋最後の月。飽きてしまう意をかける。  
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(付記)
霜降の期間を三つに分けた、七十二候は次の通り。
・初候: 始降(しも はじめて ふる) が降り始める
・次候: 時施(こさめ ときどき ほどこす) 時雨(しぐれ)がしとしと降る
・末候: 楓蔦黄(もみじ つた きなり) もみじ(つた)が黄葉する

2022年12月7日水曜日

大雪 2022

きょうは、二十四節気の「大雪(たいせつ)」、いよいよ本格的な降雪が始まるころをいう。暦上ここまでに、冬になり(立冬)、雪が降り始め(小雪)、そして激しく雪が降る(大雪)ころになったわけだが、実際、雪とまだ会っていない。

(本ブログ関連:”大雪(たいせつ)”)

先日(11/22)のブログで二十四節気の「小雪(しょうせつ)」について触れたが、最近、初雪は初雪は1月に偏っている。ちなみに(昨晩の雨を除いて)、今月中旬は晴日が多いようで、雪と縁はなさそうだ。

雪の気配はないけれど、「雪」にちなんだ俳句と詩から二つ。

俳人「中村草田男」(1901年:明治34年~1983年:昭和58年)の句に、
    降る雪や 明治は遠く なりにけり
があって、てっきり老人が炬燵に入り、雪見障子と更に縁側の大きなガラス戸を通して、庭に降る雪を見ながら、しみじみと遠く過ぎた明治を懐旧する場面を想い浮かべた。けれど、この句は彼が30才ころ、1931年の作で、母校の小学校を訪れたとき、校門から出てくる児童の衣服が明治期のものとすっかり様変わりしていて、時代の移りを感じたのをいう*・・・ようだ。
(*)岡山・吉兆庵美術館「巨匠の和歌と俳句展」:  https://www.kitchoan.co.jp/column/2887/

歌人「三好達治」(1900年:明治33年~1964年:昭和39年)の詩「雪」(詩集「測量船」に所収、昭和5年)は静かだ。
    太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
    次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
には、雪降る音が、耳をすませば、子どもらの寝息も一緒に聞こえる気がする。

上記の二人は、まさに脂の乗り切った時代に大きな局面と対峙したわけで、その時の立ち居振る舞いが、作品とともに評論されることになる。若いころ、彼らに対する鋭利な批評に興味津々だったけれど、歳をとればそんなことはどうでもよいと気づく。いにしえの歌人(うたびと)に、そこまで激しく問い詰めたりしないではないかと。

(付記)
FIFAワールドカップ、「日本対クロアチア戦」(現地5日、日本時間6日)は、「1(前田選手)-1」による延長戦でも勝敗がつかず、PK戦にもつれ込んだ。結果、1-3で敗れたものの、今回は、強豪ドイツ、スペインに打ち勝ってのこと。日本チームは新しい歴史のページを進んだ・・・と、にわかは常に前向きである。

(本ブログ関連:”FIFAワールドカップ”)

2019年10月24日木曜日

霜降 2019、霜と晩秋

きょうは二十四節気の「霜降(そうこう)」。<霜の降り始めるころ> に当るが、今月(10月)に入って昨日までの東京都心の最低気温は、昨日の 12.4℃ だった。まだ霜を見るころではないようだ。

(本ブログ関連:”霜降”)

そこで「霜降」を「歳時記」*に探すとなかなか見当たらない。漢文好みの俳句にそもそも無いのかといえば、ネットを参照すると、「晩秋」の範疇にあてはまるとある。霜降りが秋の後半というのは、なんとなく納得できる気がする。
(*)文庫「俳諧歳時記 秋」(新潮社編)や電子辞書にある「ホトトギス俳句季題便覧」

ところで、気象庁の用語に「晩秋」はない(「小春日和」の解説に「晩秋から初冬にかけての暖かく穏やかな晴天。」とあるが)、 そこでWikipediaで「晩秋」を見ると、「秋の終わり頃。11月から12月初め頃に該当する。二十四節気に基づく節切りでは、寒露から立冬の前日までの期間をいう。旧暦9月の異名。」とある・・・、晩秋は、秋の終わりと冬のはじめが重なるころ・・・そんな風だろう。

ちなみに、気象庁の天気予報などで用いる用語に秋は「9月から11月までの期間」、したがって晩秋は11月下旬ころ・・・その時期なら十分寒いので、都心で霜に出会うかもしれない。

2023年3月6日月曜日

啓蟄 2023

きょうは二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」。Wikitionaryによれば、<冬ごもりしていた虫が穴を開いて出て来るころ>で、「啓」には「開く」の意(例:啓発、啓蒙)があり、「蟄」には日本語では「かくれる」の意があるという。

きのうの午後に、天気予報では小雨が降るかもしれないとあったが、結局、きょうの日付に変わった深夜の午前3時過ぎに、しとしとと小雨が屋根を濡らす音が聞こえた。

(本ブログ関連:”春雨”)

ところで昨日、洗面台で大きなナメクジを見つけた。何でこんなところにと驚いてしまう。春の陽気に誘われて登場する(今年最初の)虫として残念に思ったが、ナメクジは虫じゃない。ナメクジは巻貝の仲間だった・・・。

春を予感して、公園の植物は芽が膨らみ花を咲かせ始めているし、野鳥は番(つが)いとなって行動を伴にしている。生き生きとして輝きだす。そして山は人々の気持ちを山彦のように反映して笑う。俳句の「山笑う」は春の季語とのこと。
(もしかして杉植林の山は多量の花粉を撒き散らして、ほくそ笑んでいるかもしれない)

2022年12月12日月曜日

狐は冬の季語

キツネ(狐)」が、冬の季語という。寒い北国に生きるキツネたちの生態が浮かんでくる。北海道に棲息する「キタキツネ」の写真集(竹田津実氏が撮影したキタキツネの親子の情愛を撮った写真)が、以前、話題になったことがある。竹田津氏は、獣医師の仕事の傍ら、北の原野でキタキツネの行動を撮影した。ちなみに鳥でいえば、愛らしい目をしたまるで白い菓子姿のような、「エナガ」の北方系亜種「シマエナガ」の写真集(小原玲氏などによる撮影)だろうか。

(本ブログ関連:”キツネ”)

さっそく「合本 俳句歳時記」(第三版、角川書店)の「狐」の項を見ると、次のように記してある。
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・・・ 十二月下旬から一月ごろに交尾し、四月ごろ三-五頭の子を産む。北海道には北狐が生息する。「きつ」は狐の古名で「ね」は美称ともいわれる。
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(参考)「日本の文化における狐」Wikipedia

他方、狐の読みについて、「来つ寝(きつね)」を源にしているという語りがある。以前のブログにも記したことだが、「日本霊異記」上巻第二話に、狐を妻として子を産ませた・・・、次に再掲する。
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古代の欽明天皇の時代に、嫁探しに出かけた男が女と巡り合い結婚する。一男をもうけたが、実は女は狐の化身であり、飼い犬に気付かれその身をあらわにしたのを見て男は、「汝と我との中に子を相生めるが故に、我は忘れじ。毎(つね)に来りて相寝よ」という。ゆえに、また来て寝ることから、妻に「来つ寝(きつね)」の名がつく。
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(本ブログ関連:”来つ寝(きつね)”)

キツネと人との関係は、人をだましたり、農業神の使いとしての稲荷信仰だけでなく、異類婚姻譚といった男と(異類としての)女との関係まで幅広い。異類婚姻には断絶といった越えられぬ悲しみさえ感じる(上記の日本霊異記にはそれを越えるものがあるが、人目を忍ぶ二人だけの秘匿した契りかもしれない)。

このブログでは素人テーマであるが、狐について、歌手イ・ソンヒの歌「狐の嫁入り(여우비)」からキツネにまつわる奇譚とかキツネの家畜化まで広く話題を渉猟している。一点深く追求するには息がないため、あちらこちらへと関心が飛んでいく。

2026年2月5日木曜日

ゆったりと寝たる在所や冬の梅(広瀬惟然)、梅まつり

春に桜の名所として名高い「小金井公園」の <梅林>*で、きょうから(~27日まで)「梅まつり」が開催される。もう少し咲きそろったころに観梅すべきところを、体操教室の帰り遠回りしてみた。
(*)<梅林> は実の収穫を、<梅園> は花の鑑賞を目的にしたもの(Gemini)だそうだが、景観から梅園といってもよいほど。

(本ブログ関連:”梅まつり”)

公園東側から入って、梅林にいたるまでの間、人影は少なかった。やがて遠目に梅の花が見えるころになると、観梅に訪れた人の数が多いのに気付く。どうやら、公園の来園者は、梅見物に集中しているようだ。
梅林の園路側に、梅の品種を紹介したパネルが立っている以外、とりたてて「梅まつり」を感じさせる物はない。梅の樹々に、紅白の花が咲いてない方がむしろ少ないくらいだ。

「白梅」、「紅梅」は次の通り。それに、「しだれ梅」も白い花をつけていた。きょうは、梅まつり初日の様子見で、あらためて盛況な時期に様子をうかがいに来たい。




広瀬惟然の句

今度は第六巻、「第六  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、芭蕉の門人にして風狂の人、広瀬惟然*(ひろせ いぜん、慶安元年(1648年)? ~  宝永8年(1711年))の、朝寝を満喫した句が載っている。解説によれば、豊後の俳人宅に身を寄せて、心地よい朝寝の気分と感謝を梅に託したもののようだ。妻子がありながら出家して、後に念仏を唱えて全国行脚する。後年故郷に戻り小庵に住んだ・・・なんだか、尾崎放哉を思い起こさせる。
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ゆったりと寝たる在所や冬の梅                (在所: いなか)
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(*)惟然の特徴的な「口語調俳諧」(軽み)は、Wikipediaに例示されている。

(本ブログ関連:”俳句”)

2026年6月9日火曜日

あじさい、小唄「あじさいの」

梅雨によく似合う花は、「紫陽花(アジサイ)」をおいて他にないだろう。緑の葉の海原に浮かぶように咲き、花色の多様さ、梅雨のしとしと雨に静か耐える。まさに日本原産のゆかしき花である。

この時期、紫陽花にふさわしい端唄はないものかと、いつも参考にする「江戸端唄集」(倉田喜弘 編、岩波文庫)を探したがよいものが見つからない。Gemini に相談すると、小唄「あじさいの」を紹介された。

(本ブログ関連:”小唄”)← 端唄・小唄の奏法:三味線の糸を指で弾くか、撥(ばち)で弾くか。

室内で静かに楽しむ小唄の世界に、紫陽花と夏の着物姿の女性を重ねた「あじさいの」(作詞 久保田万太郎*、作曲 田村法一**)がある。紫陽花の花の色から、女性を追想する洒落た歌であり、長襦袢の衿(えり)に目をやった記憶に男ごころをくすがらせる・・・深読みか。
(*)久保田万太郎(明治22年[1889年]~昭和38年[1963年]): 大衆作家と思っていたが、演劇・俳句・小唄とマルチな文化人。
(**)田村法一: 次の「小六月探求簿」に紹介がある。

次のサイト「小六月探求簿」で、詳しい解説をうかがった。

■ 小六月探求簿(登録: 太田 明紗日
「あじさいの」
    ー https://blog.ko6gatsu.net/the-quest-for-music/【作品探求】あじさいの/
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あじさいの 彼(か)の浅黄色                         ← 彼の:あの、浅黄色:微かに緑がかった薄青色
彼(か)の人の 紺の明石***の雨がすり****   ← 彼の人:あの女性の着物姿
その時かけていた えり*****の色                   ← えりの色:まさしくあの女性が衿にかけた浅黄色 
えゝえゝえ しょんがえ                                  ← しょんがえ:詮無い(仕方がない)昔のことよ
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(***)明石(明石縮 あかしちぢみ): 着物の生地、薄手絹織物「最高級の夏物」
(****)雨がすり(雨絣): 縦に細い不規則な直線が織り込んだ模様で、その直線が「しとしとと降る雨」につながる。
(*****)えり: 着物の下の長襦袢の衿に縫い付けて使用する半衿(はんえり)。

浅黄色 
「浅黄」は、古来「淡い黄色」だったが、現在は「やや薄目の青色」として定着している。

(参考)
■ 伝統色のいろは
浅葱色(あさぎいろ)」
    ー https://irocore.com/asagi-iro/
    ー 「『』と『』の字を混同されて『浅黄』と表記されている古実書もありますが、これは完全に誤用です。」


■ Youtube(登録: Release - Topic)
「紫陽花」演者: 田村彌笑(たむら やえみ)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=QWyRIWz7BAs
    ー 田村彌笑は、田村流に師事、東京芸大卒の実力者とのこと