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2014年10月7日火曜日

ノーベル物理学賞

照明やテレビなどで身近で当り前過ぎるLED・・・そう思っていたが、3原色の最後の牙城であった青色LEDを完成した研究者に大きな光があてられた。今年の「ノーベル物理学賞に赤崎勇・天野浩・中村修二の3氏」が受賞したと、朝日新聞は次のように報じている。(10/7、抜粋)
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・スウェーデン王立科学アカデミーは7日、今年のノーベル物理学賞を、赤崎勇・名城大教授(85)と天野浩・名古屋大教授(54)、中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授(60)の日本の3人に贈ると発表した。赤崎さんと天野さんは青色の発光ダイオード(LED)を初めて作り、中村さんが実用化につなげた。これにより光の3原色がそろう見通しが立ち、LEDで幅広い色が再現できる道筋をつけた。

・赤崎さんは名古屋大教授時代の1985年、天野さんとともに高輝度のLEDに欠かせない良質な結晶を作製。89年、窒化ガリウムの半導体青色に光るLEDを作ることに成功した。
中村さんは日亜化学工業(徳島県阿南市)の研究員時代の90年代前半に、製法を進化させた。
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青色LEDの結晶や製法を全く知らないが、あまりの普及に今回の受賞を納得してしまう。考えてみれば、他の赤色、青色LEDについても何も知らないのに・・・そこをすっとばした素人の強み、めでたいと思う気持ちは変わらない。

夕方、テレビのニュースで赤崎勇教授のノーベル賞受賞の記者会見を見た。記者から若い研究者への言葉を求められたとき、流行をやるのではなく、自分がやりたい研究を探せという印象的な回答があった。

2014年10月6日月曜日

マニア、CD

マニアやコレクターを辞書に探すと、熱狂者とか収集家があてはまる。江戸時代には奇人という言葉でくくられたようだ。奇人の系譜は、遠くに蘭学を見ながらも、後の博物学(本草学)に通じた。江戸諸藩に開いた独自の文化と経済交流という実学的なベースがあって、奇人が尊重される気風が醸成されたといえるだろう。奇人尊重の気風は英国においても同様だった。

さて現代の奇人は、高度に専門化して研究者に吸収される一方、市井で趣味人として生き残って、大方はのんびりと趣味世界にいる。オタクは時代とぎりぎり磨りあって、固有の指向を確立した新しい芽だ。奇人の大樹は、枝を伸ばし、芽を吹いている。

そんなとき、ふと思うのは韓国の書店で、鉱物採集マニア向けの(韓国産)鉱物図鑑が見つからないことだ。なぜ鉱物趣味が広がらないのだろうか。石(鉱物)という見える物に価値を知り、価値を付けるマニア的な世界がないのだろうか。

(本ブログ関連:”鉱物図鑑”)

このことは、音楽趣味が物(CDなど)を経るかどうかといったことでも、日本と韓国の音楽ファンの傾向がうかがわれる気がする。私は、イ・ソンヒのCDやLPを収集したくなる。重複したものがあれば、日頃、イ・ソンヒファンの心理を黙って聴いてくれた人たちにプレゼントしたりするのだが・・・間違ってないよね。

(本ブログ関連:”第15集「SERENDIPITY」を3つ”)

朝鮮日報(日本)の記事「多くの国で姿消すCD、日本では今なお人気」(10/5、ヤン・モドゥム記者)は、韓国と比べて圧倒的にCD購入者が多い日本の状況について、韓国側の視点から次のように紹介している。(抜粋)
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・スマートフォン(多機能携帯電話端末)やMP3プレーヤーの普及により、音源の世界市場ではデジタル音源が席巻している。楽曲をダウンロードしたり、インターネットを通じてリアルタイムで鑑賞したりする「ストリーミング」の世界シェアは60%(売上基準)に達している。ところが、日本市場の「王」は依然としてコンパクトディスク(CD)で、音源のシェアの80%を占めている。韓国では10年余り前に消滅した「ミリオンセラー(売上げが100万枚以上)」が今年二つも出た。日本人はなぜ、1枚当たりの価格が2500-3000円もするCDを好むのだろうか。

・これは日本人特有の「収集癖」と「ファンダム(特定の人や物に対する熱狂的な支持)」が結び付いた現象だという見方が出ている。ある歌手の歌を聴くだけにとどまらず、そのCDなど関連商品を所有することを好むというわけだ。ヒット曲を集めたCDも、関連商品を収集する人たちの間で人気が高い。
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韓国の音楽消費パターンは、圧倒的にストリーミング・サービスが多い。CDが少ないのに加えて、歌手の以前の歌を再編成したCDに歌詞カードがないこともある。この辺に、物(CD)を介さない音楽購入の理由があるような気がする。

(本ブログ関連:”歌詞カード”、”ストリーミング”)


上記記事が前提にしていると思われる、朝鮮日報(韓国)の記事「IT強国日本の変わらぬ音楽CD愛」(9/18、イ・ヨンソン記者)は、ニューヨークタイムズの情報で日米対比しながら、日本のCD売上げが多いことを次のように紹介している。(抜粋)
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・音楽を聞くプラットホームがモバイルに変わって、関連産業もダウンロードとストリーミング中心に再編されている。だがIT関連技術力にあって、世界最高を自負する日本は例外だ。

・16日(現地時間)、ニューヨークタイムズによれば、日本の音楽市場で一番である消費方式は相変らずコンパクトディスク(CD)購買で、全音楽市場売上の85%を占めるストリーミング・サービスの比重が90%に達する我が国(韓国)や、ダウンロードとストリーミングを合わせた比重が60%を越えるアメリカとは対照的だ。

・世界最大の音楽市場であるアメリカの場合、レッド・ツェッペリンとジェイスン・ムラーズ(Jason Mraz )などの所属会社で有名なアトランティック・ レコードのデジタル音源販売収入は、すでに6年前のCD販売収入を越えた。一時、全世界レコード流通市場を牛耳ったタワーレコードは、デジタル音源市場の急成長による実績不振に、2006年の一年間、アメリカだけで89の売り場を閉鎖した

・これとは対照的に、日本の最大移動通信社NTTドコモが運営を受け持っているタワーレコード日本の場合、東京、渋谷の地下1階、地上8階規模の単独売り場が盛業中であることをはじめとして、日本国内85の売り場を運営している。年売上げは、5億ドル(約5200億ウォン)に達する。

ニューヨークタイムズは、伝統のIT強国日本の格別なCD愛が、収集好きな日本人の独特の気質と関連があると分析した。我が国(韓国)でも一時流行した、特定アーティストの「ヒット曲選集(Greatest hits)」アルバムが日本で特に人気が高いのもこのような指向と関係がなくはないという。

・これに加えて、過度に慎重かつ几帳面な日本のビジネス慣行も、もうひとつの原因(=音源ダウンロード販売普及の遅れ)とされた。アップルがアイチューンズ・ストアの日本サービスを最初に始めたのは2005年だが、7年後である2012年に達して日本最大レコード会社ソニーミュージック・エンターテインメント所属のアーティストの音源を供給できたと、ニューヨークタイムズは伝えた。
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2014年10月5日日曜日

雨の日曜日に

台風18号は、北上して九州の南の海で急旋回、日本列島に沿うように太平洋沿岸を東に進んでいる。天気予報は、関東地方について、今日は雨というだけで、むしろ明日月曜の台風襲来に焦点を合わせていた。

淡々と今日は雨という予報に、少し外出する余裕でもあるかと思ったが、そうはいかなかった。雨は一日中降り続き、外出はままならない。雨脚は結構強く、傘があまり役立ちそうもない感じだ。ズボンは間違いなく濡れるだろう・・・。出かけるあてもないので、家の中でじっと過ごしたが。

深夜の天気予報は、これから関東地方にも風が吹きだし、明日朝方(9時頃)に直撃のようだ。勢力が、過去10年で最大級という。一体どんな準備をすればいいというのか・・・。雨戸だけはしっかり閉めておこう。

昔のコマーシャル・ソングにあった、「雨が降ってる日曜日、坊や泥んこなぜ泣くの、あそこのかどで転んだの、・・・」というわけにもいかぬ日曜日だった。

(本ブログ関連;”雨が降ってる日曜日”)

2014年10月4日土曜日

イ・ソンヒ全国ツアーコンサート 水原

イ・ソンヒの公式サイトのスケジュール情報によれば、来月後半にもデビュー30周年記念のイ・ソンヒ全国ツアーコンサートが京畿道水原(수원)市で催される予定。詳細は、次のインターパーク「チケット公知」より。

- 公演名: イ・ソンヒ 30周年記念コンサート - 水原公演
- 公演日時: 2014年11月15日(土)、7pm ~ 11月16日(日)、5pm
- 公演場所: 水原室内体育館
- チケット価格: VIP席 132,000₩ / R席 121,000₩/ S席 110,000₩ / A席 99,000₩
- 観覧時間: 120分
- 観覧等級: 未就学児童入場不可

イ・ソンヒのここ3回の(韓国)国内ツアー都市を一覧して見ると、ソウル公演を含めて過去10都市ずつだったのに対して、今年は13番目の都市まで予定されている。彼女を愛するファンに応え、風の吹く範囲を超えず、ファンとの距離を大切にしていることが分かる。それは、彼女とファンとの強いつながりであり、ファンの心にいつまでもありつづける歌手としての証左でもある。
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2014 コンサート”歌うイ・ソンヒ”
・ソウル4.18-20:「世宗文化会館」 ★4.19レポート
・大邱5.10-11:「大邱エックスコ・コンベンションホール」
・蔚山5.24-25:「蔚山東川体育館」
・光州6.7-8:「金大中コンベンションセンター」
・城南6.14-15:「城南アートセンターオペラハウス」
・釜山6.28-29:「KBSホール」
・富川7.12-13:「富川室内体育館」
・全州8.30-31:「韓国ソリ文化の殿堂 モアク堂」
・安養9.13-14:「安養室内体育館」
・大田10.4-5:「忠南大正心華国際文化会館正心華ホール」
・昌原10.17-18:「昌原城山アートホール大劇場」(予)
・高揚11.1-2:「高揚アラムヌリ アラム劇場」(予)
・水原11.15-16:「水原室内体育館」(予)

2011 コンサート”5月の陽ざし”
(海外)
・ニューヨーク2.3(木):「カーネギーホール(Stern/Perelman)」
(国内)
・ソウル5.21(土)-22(日):「世宗文化会館」 ★5.21レポート
・水原7.2(土)-3(日):文化の殿堂 幸せ劇場
・高陽7.9(土)-10(日):高陽アラムヌリ アラム劇場
・大田7.16(土)-17(日):忠南大 チョンシムファホール
・釜山9.3(土)-4(日):KBS釜山ホール
・全州9.17(土)-18(日):全北大 三星文化会館
・仁川10.8(土):サムサン・ワールド体育館
・光州11.5(土)-6(日):光州文化芸術会館 大劇場
・大邱11.12(土)-13(日):大邱EXCO本館 5階
・晋州11.19(土)-20(日):慶南文化芸術会館

2009 コンサート”招待”
・ソウル(서울)4.1-5:「COEXオーディトリウム」 ★4.2レポート
・仁川(인천)5.16(土):「仁川サムサンワールド体育館」
・全州(전주)6.27(土):「韓国音文化の殿堂モアクダン」
・清州(청주)7.5(日):「清州芸術の殿堂大公演会場」
・水原(수원)7.11(土):「京畿道文化の殿堂大ホール」
・城南(성남)8.15(土):「城南アートセンターオペラハウス」
・高揚(고양)9.5(土):「高揚アラムヌリ アラム劇場」
・大邱(대구)9.12(土):「大邱市民会館大劇場」
・釜山(부산)10.24(土):「KBS釜山ホール」
・大田(대전)11.1(日):「忠南大 チョンシムファホール」
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2014年10月3日金曜日

「人イヌにあう」から

子どもが水溜りで、無邪気に遊んでいる姿は可愛らしい。水の感触もそうだが、意のままにならぬ形質も楽しくてたまならないのだろう。泥水だらけになって、しまいにその場に座り込んでも気にしない。水は、子どもが外の世界で最初に出会う、感性に直結する不思議なものかもしれない。

そんな水の面に水滴を垂らすと、初め輪郭をしっかりした輪ができて広がり、次第に薄れて無かったように水に吸収される。水紋を見ていると、まるで人の言葉のように思うことがある。水紋は、その輪があってこそ意味を持つ。水がなければ水紋がないように、人がいなければ言葉はない。水はいつまでも澄んで欲しい。水紋は美しい円弧を描いて欲しい。

動物行動の世界で、飼いイヌを通して愉快なイヌの行動を教えてくれた、動物行動学者のコンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz、1903年~1989年)の著書に、「人イヌにあう」(小原秀雄訳、至誠堂選書)がある。この本の中で、飼いイヌ同士が吠えあうとき、居るべき場所を前提にしているという面白い例を、次のように紹介している。(元文に適宜段落付けした)
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・~私の年老いたブリイとその不倶戴天の敵、白いスピッツにかんするものである。このスピッツは緑に塗った木のかき根で仕切られ、村の通りにそって長くのびた幅の狭い庭のある家に住んでいた。この三十ヤードにわたるかき根にそって、二匹の英雄は、走って行ったりきたりしては激しく吠え、かき根の両端の折り返し点でちょっと止まっては、役にもたたない怒りのあらゆる動作と声をおたがいに投げつけるのであった。

・ある日やっかいな事態がもち上がった。かき根は修理中で、一部がそのためはずされたのだ。下手の半分がなくなっていた。さて、ブリイと私は家を出て丘を下り、川に向かった。スピッツはもちろん私たちに気づいて、庭でいちばん高い一角で、うなり、興奮のあまりふるえながら待ちかまえていた。最初に、おきまりの不動の姿勢でののしりあいがはじまった。それから二匹のイヌはそれぞれがかき根の両端で、前方に向かっていつもの早駆けをはじめた。

・ところがなんと、珍事勃発。彼らはかき根が取り払われている場所を駆け抜けてしまい、さらにののしり合戦が行なわれはずの庭の下手のはずれまできて、やっとおのれの失態に気づくしまつであった。彼らは毛を逆立て、恐ろしげにきばをむき出して、そこに立ち止まった---が、かき根はなかった。たちまち吠え声はやんだ。

・そこで、彼らはどうしただろうか? あたかも一心同体のごとく、彼らはくるりと向きを変え、横腹を接してまだ残っているかき根のところへとんでいった。そこで彼らは、まるで何ごとも起こらなかったかのように、ののしりを再会したのである。
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鉱物採集などで地方に出かけると、農家の庭先に用心のため番犬役をしっかり果たしている飼い犬がいる。一方、住宅街を飼い主に連れられて散歩する小型犬は吠えないし、番犬イメージも薄い。屋内で飼う愛玩犬が中心になっているようだ。
愛玩犬の場合、家の前を通り過ぎる他のイヌに対して、どんな反応を示しているのだろうか。

2014年10月2日木曜日

イ・ソンヒ、MCモンとコラボか

Tonga.A掲載のニュースエンの記事「イ・ソンヒ側『MCモンのコラボ提案1次固辞、新曲待っているところ』」(10/1)は、「イ・ソンヒ側がMCモン側のコラボレーション提案に対して口を開いた」と、イ・ソンヒとMCモンによる新曲が展開されるか次のように報じている。

MCモン・・・ヒップホップ・・・ヒップホップねえ。どういったらいいか、おじさんの世界観から言えば、自然の棲み分け風に、近くにいても見えども見えず。

イ・ソンヒが、今回どのように関わるのか。もちろん最近のアルバムでも、チャレンジしており、見事にこなすのは間違いない。

(本ブログ関連:”ヒップホップ”)

ところで、ヒップホップ(ミュージック)って・・・。
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・イ・ソンヒ側関係者は、10月1日ニュースエンに「最近MCモンが、イ・ソンヒにコラボレーション提案をした。だが、曲がイ・ソンヒの音色に合わないと判断、丁重に固辞した。MCモンのアルバムに役に立たなければなければならないと考えたため」と明らかにした。

・これに対しMCモン側は、また他の曲をイ・ソンヒに伝えたいという旨を表明した。イ・ソンヒ側関係者は、「イ・ソンヒもこれを受け入れて、現在MCモンの曲を再び待っている。まだその曲を聞くことができなかった」と付け加えた。

・MCモン側も、同日ニュースエンに、「最近イ・ソンヒにコラボレーションの提案をしたし、イ・ソンヒ側もこれを肯定的に検討中だ」と明らかにした。だが、MCモンとイ・ソンヒが歌う歌は、現在まで決まっておらず、当然録音も入っていなかったというのがMCモン側の説明だ。

・今回のMCモンの新しいアルバムには、リサンケリー(리쌍개리)、ホガク(허각)、ペク・チヨン(백지영)などが一つになって、フィーチャリング援護射撃する予定とより一層期待感が高まっている。

・一方、MCモンは、来る11月、4年ぶりの新しいアルバムを持って歌謡界に復帰する。MCモンの歌は、その間、多くの歌手とコラボレーションを通じて大衆の多くの愛(支持)を受けたところ。それゆえ、MCモンとイ・ソンヒの組み合わせにも関心が集中している。
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2014年10月1日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」済州島

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第73回として、朝鮮半島南部に位置する火山島、「済州島제주도)」にまつわる話を紹介した。

まず、済州島の地理と伝統的な信仰について、次のように紹介をされた。
・半島の南に韓国最大の島、済州島がある。温暖な美しい自然のリゾートアイランド。中央に位置する漢拏山(標高1,950m、한라산)は10万年前にできた火山、牧場や農園などの地でもある。
・美しい島であるだけでなく、ユネスコ人類無形遺産に登録されたシャーマニズム信仰である巫俗(무속)のお祓い「クッ(굿)」の「済州チルモリ堂燃燈グッ제주칠머리당영등굿)」が、毎年2月に行なわれる。
・漢拏山の他に、10万年前に海底噴火でできた「城山日出峰성산 일출봉)」火山も有名。列を成した溶岩洞窟の「拒文オルム溶岩洞窟거문오름용암동굴)」もユネスコ世界遺産に登録されている。透き通った海、島中央の山とが調和した島には、半島と遠く離れて独特の文化が残っている。外国語のような方言、石積みの壁。半島と異なる風景をあらわした歌「瀛州十景영주십경)」*がある。
(*) 「瀛州十景」は、後述の朝鮮後期の金正喜に師事した李漢雨(이한우、1823年~1881年)の作。

▼ 済州島を代表する風景10ヵ所を歌った「瀛州十景」を聴く。民謡と別の起源を持っている。

次に、済州島の神(神話)について、次のように説明された。
・済州島には、1万8千もの神がいる。今でも祭祀を捧げる場所が400ヵ所も残っていて、土着の信仰を守っている。この世の地形を作った「麻姑婆さん(마고할머니)」や、宇宙を支配するとされる「天地王(천지왕)」などは済州島固有の神だ。
・済州島の歴史(「高麗史古記」)では、「三姓穴(삼성혈)」に古代の耽羅(탐라)国を建国した良乙那(양을나)、高乙那(고을나)、夫乙那(부을나)の3人の誕生から始まる。3人は碧浪国(벽랑국)から3人の姫を迎え、この時、牛馬と五穀の種が済州島に伝わった。4、5世紀頃のことで、その時農耕生活が始まったという。

▼ 「済州の海(제주바다)」という歌を聴く。イメージとしては都会人のあこがれのような・・・今様である。

最後に、流刑地としての側面について、次のように解説された。
・観光地の島だが、昔は罪を犯した臣下の島流しの場所とされた。険しい海を渡ると、いつ戻れるか分からない所だ。秋史・金正喜(추사 김정희、1786年~1856年)先生の絵「歳寒図(세한도)」は、その寂しい暮らしを表した作品だ。済州島の文化が今に至るのも、地理的に海があったからだ。済州島では、今も最も寒い大寒から立春の時期に引越しする。神が天に昇り、新しい任務を受ける過渡期で、引越しに無難な時期と信じられている。実際、済州島で唯一気温が5度以下になる時期で、慣れぬ地引越ししても病になりにくいという。

▼ 済州島女性民謡「シンアウェ(신아외기)」を聴く。次第に合いの手につられて口ずさんでいる・・・今様に歌う。

金寶愛(キム・ボエ)さんの言葉、「文化というものは暮らしの中で身につけた知恵の集まりだと思います」。本当にそうですね、生活に根ざしたものこそが、子孫に受け継がれるというものですね。

2014年9月30日火曜日

今年も3/4食べてしまった

9月最後の日。今日を過ぎれば、今年も残すところ1/4しかない。リンゴの実を中心に立て切りしたものをイメージすると、残りの少なさに驚く。そんなに早食いしてしまったのかと。

(本ブログ関連:”リンゴの実”、”林檎”)

小川の心地よい流れに足をつけて笹舟遊びしていたら、みるみる遠くに流れて行ってしまうのを見て慌てるよう。だらけていたわけでなく、貪ったわけでない・・・指折り数えてやっと気付くのだ、時の刹那さが身にしみる。

思いより早く、時が追い越していく。巾着田の真っ赤な彼岸花(曼珠沙華)の見物でもと思っていたら、すでに盛りを過ぎたとネットで知る。せめて秋、垣根越しに金木犀(キンモクセイ)の香りを楽しもう。沈丁花もそうだった、子どもの頃に馴染めぬ香りだった。歳を重ねるうちに親しむような、まるで秋刀魚の苦味。まんざら悪くない。

(本ブログ関連:”キンモクセイ”、”彼岸花”)

秋の深まりは負い打ちをかける。何と文具店の店頭に、来年のカレンダーや手帳が並んでいる。来年のことまでは頭がまわらない。

(本ブログ関連:”カレンダー”)

2014年9月29日月曜日

御嶽山噴火(続)

先週末(9/27)の御嶽山噴火は、犠牲者が多数になるかもしれない。まだ、山頂付近に心肺停止状態のまま救出されずいる方があるようだ。当日、行楽日だったため、行方不明者の中に家族連れが含まれるかもしれない。

(本ブログ関連:”御嶽山”、”火山”)

ところで、今回の噴火の成因について、水とマグマ性の熱による「水蒸気爆発(噴火)」であって、マグマそのもの(噴出)による「マグマ噴火」ではないようだ。ただし、この「水蒸気爆発(噴火)」後、「マグマ噴火」に遷移するかもしれないとのこと。

テレビで知って驚いた情報がある。
① 現在、地震研究と比べて、火山研究の体制(研究者)と資金(研究費)がともに極めて不足しているという。この時代、地道に自然に対する研究を尊ぶ気風を忘れているようで残念だ。火山(災害)研究の国家的支援の是非を、機会損失的な切り口で論じると、とんでもないしっぺ返しを受けるかもしれない。
② 今のところ、「水蒸気爆発(噴火)」について科学的な予知が難しいということも聞いた。

2014年9月28日日曜日

イ・ソンヒ ペク・チヨンのコンサートに出演

10アジアの記事「ペク・チヨンのコンサート、イ・ソンヒ、キム・ジェドン、イ・スンギ、FlyToTheSkyなど華麗な人脈いっぱい」(9/23、チェ・ジンシル記者)は、歌手ペク・チヨン(백지영)のコンサートに、イ・ソンヒがゲスト出演というサプライズを次のように報じている。(抜粋)
ペク・チヨンは、イ・ソンヒと一緒に写ったYoutube映像でしか見たことがないので、つい若手かと思ったが、1999年デビュー以来芸歴を積んだ歌手だった。イ・ソンヒが、同じ事務所ではない後輩歌手のコンサートに出演するのは珍しいことなのだろう。

(本ブログ関連:”ペク・チヨン”)
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・歌手ペク・チヨンのコンサートに、華麗な歌謡界の先輩、後輩が共演した。

・去る(9月)20日、ソウル・オリンピック公園オリンピック・ホールで、「2014ペク・チヨン ショー-その女性」が開催された。この日、公演は一日2回進行された。この日の公演ゲストに、イ・ソンヒ、キム・ジェドン、イ・スンギ、FlyToTheSkyが出演して、・・・、ペク・チヨンの夫であるチョン・ソグォンまで公演会場にサプライズ登場して皆を驚かせたりもした。

・特にこの日、ゲスト公演の白眉は、FlyToTheSkyに続き登場したペク・チヨンのメンター(=指導者的)先輩歌手のイ・ソンヒの舞台であった。観客は、イ・ソンヒがメイン舞台に登場するとすぐに大きな叫び声と拍手を送り熱烈に歓迎した。

・イ・ソンヒは、映画「王の男」のOSTで多くの愛(=支持)を受けた「因縁(인연)」(の歌)で舞台の幕を開けた。イ・ソンヒは、特有の清らかで澄んだ声で「因縁」を歌った。特に、(歌の)折り返しでは爆発的な歌唱力でソフトなカリスマ性を披露した。

・イ・ソンヒは、始めてすぐ「チヨンさんの歌に癒された。公演会場に早く到着して、チヨンさんの歌を聞いて順番を待っていた」と、後輩ペク・チヨンに対する変わりない愛情を誇示したりもした。

・イ・ソンヒは、最後の曲で、今年発表して多くの愛を受けた15集タイトル曲「その中であなたに出会って」を舞台披露した。

・イ・ソンヒとペク・チヨンは、この間、SBS「ヒーリング・キャンプ」、JTBC「HIDDEN SINGER」などの番組に一緒に出演して、お互いの友情を確認した。イ・ソンヒは、「ペク・チヨンの歌は、演技を没入させてくれる」として賞賛を惜しまず、後輩ペク・チヨンの胸いっぱいにさせたりもした。

・ペク・チヨンは、来る10月4日釜山公演に続き、10月18日大邱、11月1日天安公演を控えている。
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チゲパックを4つ

朝のTVニュースで、日比谷公園で昨日・今日開催の「日韓交流おまつり」を知って出かけた。
初めてのイベントなので例年と比較できないが、規模は思ったより小さ目だが、人出は天気もよくてまずまずのよう。

入り口で購入した食べ物クーポン券を片手に、まず海苔巻きを求めた。家族連れが、会場で買った食べ物で昼食している日陰に混じって食べる。この海苔巻き、いかにもアジュンマの手造り感がしてよい。

その後、食品会社のテントを巡って、チゲの素のスープ・パック(日本語表記のパック)を4つ購入(3+1おまけ)する。帰宅して、パックの「ご注意」表示を読むと、一昨々日、本ブログに記載(「スンドゥブチゲの季節(簡略版)」)したものとソックリ・・・つまり、そそっかしい人向けに、「こぼさぬように」、「火傷せぬように」というもの。私と同様なことをする客がいるというわけ。

明日にでも、スンドゥブ・チゲにして食してみよう。

ところで、このイベントでは、書籍関連の話題もあったが、展示書籍は韓国文化院の一般蔵書のようで・・・。書籍販売を期待したが、これも書店で見る語学書だけで・・・とはいえ、一冊求めた。

2014年9月27日土曜日

御嶽山噴火

帰宅して、夕方のNHKテレビニュースを見て驚いた。長野県と岐阜県の境にある、御嶽山(3,067m)が噴火したのだ。

山頂付近に人影があって、その背後を噴煙がモクモク吹きあがっている。解説によれば、山頂付近の登山者から犠牲者が出るかもしれないという。また、麓で撮影していたテレビクルーを、かつて雲仙普賢岳で発生して犠牲者を巻き込んだあの火砕流(1991年)を思わせる噴煙が山肌を滑り落ちて襲ってくるのに、息をのむような恐怖を感じた。クルーは幸い無事だった。

(本ブログ関連:”火山”)

気象庁の噴火警報「火山名  御嶽山  噴火警報(火口周辺)」(平成26年9月27日12時36分  気象庁地震火山部)は、次のように発表している。(抜粋)
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<御嶽山に火口周辺警報(噴火警戒レベル3、入山規制)を発表>
・火口から4キロメートル程度の範囲に影響を及ぼす噴火が発生すると予想。
<噴火警戒レベルを1(平常)から3(入山規制)に引上げ>
(本文)
1.火山活動の状況及び予報警報事項
  ・本日(27日)11時53分頃、御嶽山で噴火が発生しました。
 ・南側斜面を噴煙が流れ下り、3キロメートルを超えるのを観測しました。
 ・山頂火口から4キロメートル程度の範囲では、噴火に伴う大きな噴石の飛散等に警戒してください。
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そういえば、浅間山噴火のときも噴石危険のため、<山頂火口から4キロメートル程度の範囲>を進入禁止にしたことを思い返す。(ある集まりで、航空写真測量の方が、当時の浅間山頂の写真(約1x1㎡)を見せてくれて、2tクラスの噴石が軽々と飛んだ後が分かるものだった)

地震は、震源が見えないから次の発生を恐れる。火山噴火は、見えるだけに衰えぬ噴煙に恐怖が続く。

2014年9月26日金曜日

彼岸明け

「秋分の日」(9/23)を中日として前後3日ずつ挟んで、今日は後半3日目の「彼岸明け」だ。

(本ブログ関連:”彼岸”)

彼岸だからといって、急にこの期間、仏教的な心の経験をしたわけでない。精神は日常のまま、いつも通り生活した。何にも変わりなかった、というわけだ。

地上に、宗教が色濃く反映する世界もあれば、「宗教」とはいささか無縁な世界もある。
私は、生活を緩やかに囲む自然に感応する、太陽が昇れば陽光に神々しさを感じるといった意味で、神道的な世界にいるのだろう。自然の変化とともに過ごすのに、経典や教典などまとまった導きの書を見たことはない。すべては、日々習俗として身に着けてきたものだ。

みんな生きている。熱帯雨林の熱気に蒸せるジャングルの中でも、針葉樹林の凍てつくタイガの中でも、みんな生きている、そして生きてきた。自然を知り、調和して生きていく方法を学んだのが、ある意味宗教的だと思うが。

密閉した人間の中に宗教を見いだそうとすれば、何かを見誤まるかもしれない。

2014年9月25日木曜日

スンドゥブチゲの季節(簡略版)

スンドゥブチゲをよく食う。地元駅そばにある韓国家庭料理店の料理と、スーパー店頭などで売っているパック入りスープの2通りだ。料理店で出されるスンドゥブチゲはプロ仕様の調理品なので、ここでは簡単に家庭でできる丸大の「スンドゥブ」スープ・パックについて、おじさんの観点から一言?述べる。
(願わくば、この「スンドゥブ」パックのコク味や色付けが変化しないことを!)

(本ブログ関連:”スンドゥブチゲ”)

スンドゥブ(純豆腐、순두부)は、おぼろ豆腐様の柔かい豆腐だそうだが、絹豆腐が口当たりよい。市販の簡易おぼろ豆腐を使ったものを食したことがあるが・・・食感が物足りなかった。
チゲ(煮込み、찌개)は名の通り、料理店ではいろいろな食材を入れるが、家庭では次のように簡略する。ちなみに、私は、アサリの香りと味覚が好きなので、この食べ物に卵を入れたことがない。

1.用意するもの(declare)
 ① 丸大の「スンドゥブ」パック (常温保存一袋、絶対に「辛口」がお勧め!)
 ② 絹豆腐(パック入り一丁、開封して一応洗っておく。大匙でこさぎ切る=包丁はいらない)
 ③ あさり(小型缶詰一缶、プルタブ式=缶切りはいらない)

2.調理手順(process)
 ① 「スンドゥブ」パックの封を手で切る。力いっぱいすると、内容物がプチッと服に飛び散るので注意。
 ② 小鍋に、①をゆっくり入れる。勢い余って外にこぼさぬように注意。(私の場合、小鍋まで引っくり返したことがあるが)
 ③ 暖め始める。これからの時期、①のパックに辛味の塊りがどうしても残るので、小鍋の熱(火傷せぬように)を利用して、パックの開いた口を逆さに、小鍋に斜めに傾けて溶かし出す。ここが大事なポイントだ!
 ④ スープが熱くなったら、パックに入れた「絹豆腐」を大匙で縦横に切り、(上下2層のつもりで)すくって小鍋に入れる。
 ⑤ ぐつぐつ煮えてきたら、缶詰の「あさり」を一缶全部入れる。最後に煮立ったらOK。

3、できあがり(IPO)
白いご飯に、スンドゥブ・チゲの豆腐、アサリを載せ、スープをたらしてフーフーいいながら食べるのが一番。

これから、熱いスンドゥブ・チゲが似合う季節がやって来る。

2014年9月24日水曜日

イ・ソンヒの「恋文」

イ・ソンヒの7集所収の「恋文(연서)」(1991年、作詞イ・ナムギ、作曲キム・ジンリョン)は、彼女の歌唱力と、その旋律の美しさ、優しさ、そして可愛らしさから、同じYoutube映像を何度もこのブログに載せている。

(本ブログ関連:”恋文”)

この曲に魅了されるのは、歌のなじみやすさもあるが、実は、映像にあるように登録者が採りあげた写真がいいのだ。ファンの心情、その根底にある共同性としてのイ・ソンヒ像を巧みに厳選したといっていい。彼女の持つ天性の爽やかさと清雅さ、そして童顔と形容される若々しさ。ファンの一人として、何度も聴き、何度も見入る。

「恋文(연서)」(歌詞

あなたを愛したから、心にあなたがとどまる
空の部屋を用意して、ロウソクを灯したわ

あなたへ笑顔を、部屋の壁に描いて
その懐に眠入りながら、夢を見ます

*冷たい風 空の果て、届くのを待ち疲れても
空の部屋 置かれた あなたの写真
私を じっと、見つめるのね

愛してます、言葉の代わりに、あなたの笑顔見たいのです

(*以降繰り返し)

愛してます、あなたのその言葉を、もう一度聞きたいのです

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

KBS WORLD「国楽の世界へ」漢江

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/17)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第72回として、ソウルの街を東西に横切る川、「漢江(한강)」にまつわる話を紹介した。

始めに、ソウル市街を横切り黄海に注ぐ漢江の地理的な位置とその象徴性について、次のように紹介された。
・漢江は、江原道から始まり、約500キロメートルの長さを誇り、ソウル市内の南部と北部を繋ぐ橋がかかり、観光名所としても知られる。文明の発祥地や世界的都市には、世に知られる川がある。川は人々の心を捉え、地域の人々のプライドにつながる。済発展を指した「漢江の奇跡」に象徴される漢江は、ソウルだけでなく韓国民を代表する。

▼ 漢江を歌った「漢江水打令(한강수타령)」を聴く。遊戯謡。陽を受け、川舟を漕ぐ櫓のさばきと合わせて歌ったか。

次に、漢江にまつわる風俗や交通史について、次のように解説された。
・昔、漢江で舟遊びした。景色を楽しむのでなく、楽器を演奏したり、歌う者や妓生を乗せて、音楽を聴きながら詩作などして遊び、金をかけた。現在の漢江は、遊覧船が往来し、川辺には市民公園、高層ビルやマンションが並び昔の風雅な情景と違う。
・昔、漢江は重要な交通路だった。舟遊びをする舟だけでなく、色々な船が往来した。人を運ぶ渡し船、地方から税として取り立てた米や物を運ぶ船、魚や生活用品を運ぶ商船など、渡し場に入ると一時的に市場になった。騒がしい風景が想像される。

▼ 舟歌「紫船舟歌(시선뱃노래)」を聴く。こちらは、海よりの漁獲船の歌か・・・洗練された歌い方で。

最後に、朝鮮時代の筏運搬に漢江の水路利用について、次のように説明された。
・朝鮮時代には大きな道路や荷車が発達していなかったので、物を運ぶ時は主に水路を使った。漢江は、江原道に始まち、忠清道を通って、ソウルまでつながった。仁川の海に近く、全国所々へ最も早くたどり着く便利な川だった。
・漢江でソウルに運ばれる物に、江原道の木材もあった。大きな家の建築に、丈夫な木材が必要だった。江原道は木材が豊富だが、ソウル(旧:漢陽(한양))まで運搬が問題だった。これを漢江に浮かばせ、漢陽まで筏にして運び、材木として売った。

▼ 江原道地方、春川の筏歌「春川筏歌(춘천 뗏목노래)」を聴く。川の流れに、峠行くアリランとは・・・民謡の合体?

金寶愛(キム・ボエ)さんの言葉、「筏に乗って長い旅をする人にとっては、船は退屈でときには危険なことも多かったと思います。そんなときにも、慰めになったのはやはり歌であったようです」

2014年9月23日火曜日

秋分の日2014

春と秋に、昼夜をほぼ二等分する日がある。今日は秋のその日、「秋分の日」だ。また、彼岸の中日でもある。といって、とりたてて何もない祝日だったが。

(本ブログ関連:”秋分の日”、”彼岸”)

そういえば、バナナ趣味の私としては、落としてはいけないビッグニュースがあったんだっけ。(人工)バナナ味にもっぱら関心持つ身としては、ちょっと趣旨が違うけれど、まるで漫画のバナナ皮ですってんころりんする物理的な課題について・・・だが。

(本ブログ関連:”バナナ”)

日経新聞の記事「『バナナは滑る』証明 イグ・ノーベル賞に北里大・馬渕教授ら」(9/19)は、ゴジラがバナナの皮に滑ってころんでいる絵を掲げて受賞スピーチした、日本人研究者を次のように紹介している。(抜粋)
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・ユーモアで笑わせた後、なるほどと考えさせる研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」の2014年授賞式が18日、米マサチューセッツ州ケンブリッジのハーバード大で開かれ、物理学賞にバナナの皮の摩擦係数を測定して実際に滑りやすいと証明した北里大の馬渕清資教授ら4人を選んだ。

・日本人のイグ・ノーベル賞受賞は8年連続

・人工関節の研究をしている馬渕さんは「痛みのもとになる摩擦を減らす仕組みはバナナの滑りやすさと同じだが、実際に滑りやすさを測定した学術的なデータはなかった」と研究の動機を語った。授賞式でも実際にバナナや人工関節の模型を掲げ、研究内容を歌いながら説明し笑いを誘った。

・馬渕さんによると、バナナの皮の内側は粘液が詰まったつぶがたくさんあり、足で踏むとつぶれて滑る原因になる。バナナの皮の上を歩いた時の摩擦係数は通常と比べて6分の1しかないという。ほか3人の受賞者は北里大の酒井利奈准教授ら研究チームのメンバー。
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この先生、スピーチ時間(たった1分間)をオーバーして、例によって登場する少女に制止(「もうやめて、私は退屈なの(Please stop. I'm bored.)」)させられるのだが・・・、いいなあ、何から何までジョークが効いている。しかも、受賞の賞金はないし、飛行機代から宿泊費用までみんな自前というのも、本当に洒落ている。
ここでは、「和を以て貴しとなす」じゃなくて、「奇を以て貴しとなす」だ。

2014年9月22日月曜日

セミの羽

玄関先の蟻(アリ)の行列が消えたよう。もう店仕舞いでもしたのだろうか。

いつもの隊列とは離れた場所で、別働のアリが群がっていたアブラゼミのむくろも見えなくなった。だいぶ前のことだ。今は、羽だけがポツンと取り残されている。
ネットの情報では、セミの羽に殺菌作用があるという。清潔過ぎて、アリたちは敬遠したのだろうか。

置き去りにされたセミの透明な羽に、葉っぱの脈のような羽脈が走っている。それが、地面の風に揺れて、微かに光を反射するのを見ると寂しいものだ。

今年、玄関先で、アブラゼミが最後を迎えるのを二度見た。鳴き声(音)をあげるでなく、ただ羽をせわしく打ち震わせていた。地上に出て一週間、命を終えると聞いている。かれらは、全うしたのだろう。

アリはセミの命を自分たちの巣に戻して、次の命に与えた。玄関先の一隅で、命は次の命に受け継がれる。そこには、見えない生命の大きな流れがある。歳をとると、まるで背中に風音を聞くように、そんな生命の流れを一瞬ふと見たような気がする。

2014年9月21日日曜日

日曜日の新大久保

新大久保には、人混みする日曜日を避けて、暇に任せて適当な曜日に出かけていた。久し振りの日曜日に、街の様子を訪ねてみることにした。噂に人出が減っていると聞いて、どの程度なのかも関心があった。

(本ブログ関連:”新大久保”)

確かに、旧来の職安通りも、それに対して後発登場した新大久保駅前からつづく大久保通りを挟んだコリアンタウンも、最盛期ほどの混み合いではない。総じて、若い女性が減った分、おばさんたちの姿が再び目立つようになったということか。

以前は、混雑する歩道で追い越しが不可能なほど人の流れが密着し、車道にはみ出るような時期もあったが、さすがにそれは見られない。歩道で追い越しできるほどの余裕が生まれた・・・。以前の盛況を知っているだけに、街の微妙なこの変化に、何か兆しているような気もする。

シャッターを降ろした店舗は見かけない。韓流ショップも必死で、路に出て呼び込みする姿が増えたように見える。また、街角の要所要所に、コリアンタウンのマップを、(多分)無料配置するようになったのが印象的だ。
いわれることだが、看板の文字がハングルから漢字にかわりつつある気配もする。(もしかしたら、目先のきく商人はもうとっくに、ここにいないのかもしれない)

ところ、職安通りの韓国CD・書籍ショップ(「コリアプラザ」)への途中、韓国菓子の屋台から流れる音楽に、イ・ソンヒの「その中であなたに出会って」が聞こえたりした。

(本ブログ関連:”その中であなたに出会って”)

書店には、申京淑(신경숙)の長編小説「深い悲しみ(깊은 슬픔)」(1994年)があった。初期の頃の作品だが、着実に版を重ねているようだ。

(本ブログ関連:”申京淑”)

街をぐるぐる歩いて、大久保駅そばにある韓国伝統楽器関係の物品店(「韓路」)で「韓国古典音楽選集(한국 고전 음악 선집)」(=歌詞集)を求める。韓国の民謡がどんなものか、文字が大きいのでゆっくり訪ねてみようかな。

2014年9月20日土曜日

彼岸の入り

今日は「彼岸の入り」だ。Wikipediaによれば、雑節の一つである秋の「彼岸」は、「秋分(=「秋分の日」の今月23日)」を中日とし、前後各3日ずつを合わせた計7日間ということで、今日がその前半部の初日となる。

(本ブログ関連:”彼岸”)

そんな仏教的な時節ながら、いかな境地に達する気配もない。深まる秋の寒さを心配して、昨晩なんかそろそろストーブでも出そうかと思案するのが精一杯。凡俗をきわめるには自信がある。

お話しかわって、今晩のNHKスペシャル「巨大災害(MEGA DISASTER)-地球大変動の衝撃」の第3集「巨大地震-見えてきた脅威のメカニズム」は、ちょっと刺激的で見入った。箇条書きにすれば、こんなことだろうか。
・プレートは、発生して移動する間に次第に厚さを増す。その重みで相手プレートの下に滑り込む。太平洋プレートの場合、海山の巨大な出っ張りを巻き込みながら滑り込む。
・滑り込むプレートに伴った出っ張りに抗して、上側の地中から大量の水が発生する。それがプレート境界面に流れ出て、プレートの滑り込みを容易にさせる。結果、地震が発生する。
・プレートの滑り込む進入角度が浅いと、摩擦面が多くなり、地震が巨大化する。その例として、チリの地震、日本の東海・南海沖地震につながるプレート面があげられる。
・これらのメカニズムの解明に大きく寄与した技術が、「地震波トモグラフィー」である。地震波を元に、3次元的に地球内部の構造をコンピュータを使って解析する技術だ。

明晩の第4集では、「火山大噴火」がテーマだそうだ。何だかタモリはうれしそう。

(本ブログ関連:”タモリの「三浦半島断層群を行く」”)

2014年9月19日金曜日

自分の声をPCで聞くと

昔、オープン・リール型のテープレコーダーが出たとき、録音された自分の声を初めて聞いた。思った以上に甲高い声に、重みのない気がして、少々落胆したものだ。

普段、自分の声だと思っているのは、口蓋や頭蓋の振動が加味されたもので、その分低目に聞こえるのだと、どこかで読んだような気がする。声の軽さを承知した後、自分の声を聞く機会もないまま過ぎた。

ランゲージ・ラボラトリー(LL)という、語学用機材を揃えた教室が学校にあった。今はどうなのだろう・・・当り前なのかな。そんな目新しさもあって、語学の発音練習用に、自分の声を聞く専用のマイク付きヘッドフォンというものが、市販されていた記憶がある。それを思い出したのだ。

専用ではなく、手頃にできないかと思い、ネット電話で使う安価なマイク付きヘッドフォンを調べたところ、PC上でイヤホンとマイクの両方を同時に使えると知った。

早速、近所のスーパーに出かけて、ネット電話用のマイク付きヘッドフォンを購入した。PC上で、Windowsのコントロールパネのサウンド設定を少し変えて試してみた。確かに、ネットの動画音声を聞きながら、自分の声をかぶせて聴くことができたのだ・・・が。


PCのサウンド機能を介して、自分の声も耳に入ってくるのだが、残念ながら発音と聴取に微妙な遅延が生じる。この遅延のために、Youtubeでイ・ソンヒさんの歌声を聞きながら一緒に歌うことができない。同時に歌ったつもりでも、自分の声が遅れる。問題はそれだけではない・・・とんでもないことに、凄い音痴さに気付いたのだ。他人に言われるよりも辛い・・・。

また、ネット上の語学教育用の動画に合わせて発音すると、遅延のため追いつかない。そこで自嘲するのだが、そのときの自分の照れ笑いが、本当に情けない。われながら不遜に聞こえてくるのだ。日頃のちょっとした物言い(照れや薄笑い)は、脳内で自動的に無視しているのだろうけれど、イヤフォンを通して、それがはっきりと聞こえる。

マイク付きヘッドフォンは、もしかしたら鏡に映る自分を見るように、自分の声質やしゃべり方まであからさまにするようだ。

後ひとつ、ヘッドフォンを長時間耳に当てていると、締め付けられるような気がしてくる。

(追記)
サウンド設定は、使用後元に戻したほうがよさそう。(ヘッドフォンを抜いた後、1回だけの現象なので何ともいえないが)PC再起動時に強烈なハウリング音がして、Windowsをセーフモードでリカバリーした。

(追記)
この遅延現象は、SpeechJammerに通じるようなものかな。

2014年9月18日木曜日

やっぱり秋だ

ほのぼの天気に誘われて、長袖から半袖姿に戻したが、夕方になってあわてた。風の寒さが、涼しさから程遠いのだ。街行く人の服装を見れば、ほとんど(9割方)長袖なのだ。気候の狭間に合った衣服の選択ができないのは、歳のせいだろうか。

先日、(おじさん、おばさん向けの)健康体操教室で、こんなことがあった。指導者から、体操室の空調の按配を聞かれたとき、生徒たちが答えに窮していると、「暑いのか寒いのか分からないのですね」といわれて、生徒全員が吹き出してしまった。まさに、図星だったような。

図書館の花壇の彼岸花
秋の風は身にしみる。自然はしっかり秋らしい装いをする。近所の栗林の栗の実は、近年に珍しい見事な毬をふくらませている。小学校の垣根には、咲き繫がるまでに至ってないが、彼岸花(ヒガンバナ、曼珠沙華)の花が咲き始めた。

(本ブログ関連:”彼岸花”)

夕方、図書館から帰りがけ、そこの花壇に少し植えられた彼岸花が夕陽を受けて、花茎の上に赤い花びらを載せて風に揺れていた。枝や葉のない、ある意味で直截ないでたちをした、彼岸花の花弁の華やかさに気押しされる。

彼岸花の別名、曼珠沙華から、野に咲く花というより、どこか夢幻を飾るもののように見える。妖艶さと引き込む魔性のようなものさえ感じる。
彼岸花には、怪しい異名もあって、あの世に通じる気配さえ感じる。引き気味で見ていたこの花に、歳のせいか違和感が次第に薄くなってきた。

そういえば、久しく行きそびれている、西武池袋線の高麗駅近くを流れる高麗川沿いにある巾着田に、真っ赤に咲き繁る万寿沙華の群生を見に行ってみたい。合わせて、巾着田につづく、コスモス花が広がる光景も眺めてみたい。これこそ、歳に相応しい散策かもしれない。

2014年9月17日水曜日

イ・ソンヒの「愛が散るこの場所」

イ・ソンヒの4集CD版を探していたところ、新たに出た「4集+5集 All That Masterpiece」を手に入れたのは、2011年末のことだった。
KBSラジオのPDチョン・イルソによる、この合同アルバムの解説に、4集に収録された「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이 자리)」(1988年、作詞・作曲:ソン・シヒョン)について、イ・ソンヒと作者ソン・シヒョンの成果を次のように語っている。(抜粋)

(本ブログ関連:”愛が散るこの場所”、”ソン・シヒョン”)
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・・・1988年2月に出された4集は、イ・ソンヒのディスコグラフィーでかなり重要な位置を占める。ここから、彼女の音楽が意味ある変曲点を迎えたためだ。

ところで、その変化の端緒を説明する名前の一人がいる。まさに、ソン・シヒョン(송시현)だ。
1987年、「夢みるような世界(꿈결같은 세상)」のヒットで、名前を知られたシンガーソングライターのソン・シヒョンは、この時からイ・ソンヒのアルバム作業に参加し始めたが、4集LPのA面タイトル曲の「愛が散るこの場所」と、B面タイトル曲「私はいつもあなたを」を含めて、全4曲が彼の作品だ。 二人の出会いは成功だった。ソン・シヒョン特有の感受性と叙情性は、イ・ソンヒの声とよく調和したし、以後も一時期、イ・ソンヒと一緒にすることになる。
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「愛が散るこの場所」(原歌詞

花びら舞い散るとき、あなた目覚めないで
あれほど美しかった、花びらだったじゃない

愛が遠のくとき、あなた黙って去るのですか
あれほど愛した思い出が、壊れるのか恐わくて

*愛が散るこの場所、思い出だけ悲しくて
あなた目覚めないで、涙見せたくないのよ

私が恋しいとき、あなた帰ってきてもいいわよ
あれほど愛した昔に、戻りたいです

(*以下繰り返し)

 (Youtubeに登録のcellan boに感謝)

2014年9月16日火曜日

地震、震源は茨城県南部

昼過ぎ、久し振りにグラッときた。揺れだした瞬間、いつもとちょっと違うなという嫌な予感がする。さてどうしようと考えているうちに揺れが増してくる。体感震度3くらいかなと思って、ある意味覚悟を決めた矢先、早々に治まってしまった。この程度でよかったと、一息つく。

気象庁の地震速報(平成26年09月16日12時33分 発表)は次の通り。
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16日12時28分頃地震がありました。震源地は茨城県南部(北緯36.1度、東経139.9度)で、震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は5.6と推定されます。
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気象庁の発表の通り、当地の震度は3だった。気になるのは、震源が「茨城県南部」(北緯36度、東経140度辺り)ということだ。いつも、ここを震源とした揺れが大きいのだ。

(本ブログ関連:”茨城県南部”)

最近、「栃木県北部」震源について要注意という週刊誌情報もあるが・・・そろそろということかもしれない。気になるばかりだ。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 秋

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/10*)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第71回として、「秋(가을)」にまつわる話を紹介した。
(*)先々週(9/3)の「国楽の世界へ」は、特別企画「メディカル韓流」のためお休み。

始めに、秋が来たことで、旧暦を元にした節句の伝統行事を次のように紹介された。
・収穫、読書など色々な修飾語が付く秋は、肌寒くなり、若干寂しさを感じる季節でもある。家族のありがたさを感じ、節句に村中を訪ねて家族や友人、お互いの幸せを祈る風習があった。
・陰暦に、月に一度節句があった。1月: 「正月(설날)」があり、また満月になる15日は一年の中で最も月が大きく見える「テボルム(대보름)」の日だ。/2月: 先祖の墓参りで、冷や飯を食べる「寒食(한식)」の日になることが多い。/3月3日: 日本の「桃の節句」に当たる「サムジンナル(삼짇날)」、またはツバメが戻る日ともいう。/4月: 釈迦の誕生を祝う「初八日(초파일)」。/5月: 「端午(단오)の節句」。/6月: 東方に流れる川水で髪を洗う「流頭(유두)」の日。/7月: お中元に当たる「百中(백중)」。/8月: お盆に当たる「秋夕(추석)」。/9月: 菊酒を飲む「重陽(중양)」。/10月: 新穀を神に供える「上月(상달)」。/11月: 昼が最も短い「冬至(동지)」があり、この日小豆粥を食べる。秋が来た、収穫の時期を知らせる。

▼ 「祝願德談(축원덕담)」の歌を聴く。村中を訪ねて幸せを祈る・・・活を入れられるようなマーチングだ。

次に、「農楽(のうがく、농악)」)などの風習を通じて、心のつながりを次のように説明された。
・節句に、笛や太鼓などに合わせて踊る「農楽」の音が広がる。村中を訪ねて幸せを祈る風習だ。現代も必要だろうし、不幸の多い年にはなお更だ。久々の故郷も親しく一時を終えれば別れが来る。音楽と共にあれば、思い出は長く残るだろう。
・パンソリ「沈清歌」は、王妃になった沈清が秋空の月を眺めながら、故郷の父を思う場面がある。

▼ パンソリ「沈清歌」から「秋月満庭(추월만정)」の歌を聴く。こころ振り絞るようにして切なく親を思う場面だろう。

最後に、秋の空を飛ぶ雁に思う歌を次のように紹介された。
・雁は、懐かしい人の消息をもたらす使いとされてきた。沈清も父親に手紙を書いて、それを雁に伝えて欲しいと願う。今年のお盆、秋夕に色んな事情で両親と時間を過ごせなかった方もいらっしゃるでしょう。父を恋しく思い涙を流して手紙を書いた沈清の気持ちも、同じように寂しかったことだろう。
・高麗時代の学者ソンビ、權思復(권사복)には、空を自由に飛び交えるのに危険な田に降りた雁についての名詞「放雁」がある。田に落ちた雁を助ける時に作った詩のようだ。
雲漢猶堪任意飛
稻田胡自蹈危機 ・・・

▼ 竹笛タンソ(短簫、단소)の演奏「野原で(들판에서)」を聴く。風音、草葉の揺れに、野原も次第に息づいてくる。

金寶愛(キム・ボエ)さんの言葉、「今年の秋にも穀物は実を成しています。秋の収穫があるから、わたしたちは今日も感謝の中で生活できるのだと思います。今年の秋も実りの多い豊作になることを祈ります」

2014年9月15日月曜日

子どもは自然だ

子どもは自然だ。決して飾ることはない。だから自然の変化に素直に感応して、喜びを全身で表す。

虹を見れば大人も心が奪われる。それは、どこかで経験した驚きであり始原的だ。虹の美しさはどんな言葉を使っても表現することができないからだ。詩人は、その感動の源をたどって、「子どもは大人の父である」と表現する。

ネットで偶然見つけた、15ヶ月の子どもが空から降る雨粒に、初めて経験する映像がある。自然と交わる感動を見せる。もしかしたら、全ての親は、わが子の昔に見ていたはずだ。それが蘇ってくるのだろうか、新鮮な興奮するワクワク感を少しの間共有したい。

映像は、アメリカ在住の韓国系親子のようで、”面白いの”と語りかける。


Kayden + Rain from Nicole Byon on Vimeo.

2014年9月14日日曜日

(資料)子ども:韓国「少子化」

社会人になった頃、既に少子化がいわれ、教育産業の縮小が予測されていた。先日、有名な大学予備校が全国に展開している教室を数校だけ残すと発表した。(余談だが、昔聞いた話しでは、予備校舎の窓の並びから、将来マンション転用を考慮しているだろうということだったが・・・)

少子化のおかげで、子どもは両親とその両方の祖父母からお年玉がもらえる、ということも話題になって久しい。成長して結婚すれば、若夫婦の両肩に、いずれ各々の両親の世話がのしかかることになるのだが。

朝鮮日報(日本語版)の記事「少子化: 『韓国は2750年に消滅』 -『最初に消えるのは釜山』 国会立法調査処が予想」(8/23、キム・ドンソプ保健福祉専門記者、関連:韓国版)は次のように、少子化による人口減(「韓国は2750年に消滅」)を伝えている。(年代を見やすく改行、抜粋を容赦)

700年後の未来世界は誰にも分からないけど、100年先なら、世情が変わらなければある程度予想範囲だ。予測の中で、人口予測は、ある意味確度の高い未来予測だ。予測値への驚きは、宇宙から地球を見たときと同じだろうが・・・同じように受け入れられるかどうか気になる。

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現在の少子化問題が解決しなければ、韓国の人口は2750年にゼロになる恐れがあるとの見通しが発表された。

(韓国の)国会立法調査処(省庁の一つ)は(8月)22日、合計特殊出生率が昨年(1.19)のままなら、次の見通しを明らかにした。(合計特殊出生率: 15歳から49歳の女性が一生に産む子どもの平均数)
・2136年: 122年後の人口が1000万人に減少し、
・2750年: 人口は消滅するだろう。

これは、野党・新政治民主連合の梁承晁(양승조)議員が、国会立法調査処に依頼したのを受け、立法調査処が独自に開発したシミュレータの「立法・政策需要予測モデル(NARS 21)」を使って推計した結果だ。英オックスフォード大学のデビッド・コールマン教授は、2006年「韓国は少子化が進んで人口が消滅する地球で初めての国になるだろう」と予測している。

現在、韓国の人口は5043万人だが、合計特殊出生率が1.19人のままなら、
・2056年: 4000万人になり、
・2100年: 2000万人へと半減すると予想。(1930年(2100万人)とほぼ同じ)
・2200年: 300万人まで人口が急減、
・2256年: 100万人になり、
その後は500年かけて徐々に消滅していくと予測されている。
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(参考)日本の将来人口予測:
「将来人口は,平成22年国勢調査人口等基本集計結果及び同年人口動態統計の確定数が公表されたことを踏まえた」(総務省統計局「人口の推移と将来人口」)、ちなみに、今年は「平成26年」=2014年で、表中に記載はない

平成 (1,000人)
22 128,057
23 127,799
24 127,515


27 126,597
32 124,100
37 120,659
42 116,618
47 112,124
57 102,210
67 91,933
77 81,355
87 70,689
97 61,434
107 53,322
117 46,098

2014年9月13日土曜日

バナナ味巡礼

バナナは、輸入自由化されるまで、病気見舞の(今は見かけぬ)果物詰め合わせ籠を飾る必需品だった。だから、子どもにとって、バナナは身内に入院する者がいるときしか相伴できない、普段食べられぬ高価な果物だった。私にとって、バナナの黄色は黄金色に匹敵した。子どものころの好きな色は黄色だったのだから。

当時、バナナに似た味の菓子や飲み物を見つけると喜んで口にした。それが今、スーパーでバナナが当り前に並べられ、信じられない安値で売られている。いつまでも懐かしく、愛しい果実だ。今でも、バナナ味した食品を見つけると、すぐに求める。私がスーパーに行く目的のひとつである。

今日の教室で、バナナが好きか嫌いかの話題になったとき、苦手という人もいた。な、何と言うことを・・・と思ったが、時代が変わったのかもしれない。そう思えば納得できる。でも、私はバナナを捨てない。バナナが好きで、バナナ味にこだわる!

以前、本ブログで、韓国のバナナ牛乳に触れたことがある。そのコマーシャル映像について、教室で話したところ、先生も印象に残っていて、有名なCFのようだ。それが次のYoutube映像である。ああ、子どもにはかなわない。

(本ブログ関連:”バナナ”)

まだまだ、バナナ味巡礼は続けるよ。


(Youtubeに登録のChris Chengに感謝)

2014年9月12日金曜日

(資料)子ども:韓国「男子選好」風潮の弱まり

近頃、3世代同居は、都市部では生活環境から難しく、しかも法で裏打ちされた<家>という伝統的な制度も希薄なため、家族は親子2世代でしか成立しない現状だ。子どもにとって、<家>は成長して巣立つ仮の場所でしかない。高齢化する親にとって、子育ては人生の中でウエイトが小さくなる。それでも、子どもが自立した後、親は新しい親子関係を考える。

高齢化時代の親(特に寿命の長い母親にとって)は、いつまでも親たろうとして、子どもとの関係が永く続くことを願う。親は、子を(特に娘を)わが身に同化して若さを求め、子は(特に娘は)、産まれたわが子(孫)の世話を親に求める。体力を残した高齢化時代の親にも終末は来る。現状の、親子関係が、相互の期待するような形で続くのか気になるところだ。

中央日報の記事「男児出生比が過去最低…勉強・就職に競争力のある娘を好む傾向=韓国」(9/10)は、高齢化を背景にした親にとって、子どもを男子から女子へと選好が変化していると次のように報じている。(年代を見やすく改行、抜粋を容赦)

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# 娘ばかり3人の・・・イ・ボクジャさん(59、女性)。男児を好む傾向が強かった時期に・・・いつも身の狭い思いだったが・・・「最近ぞっとするような軍隊内の殴打事件のニュースを見るたびに、娘だけを産んだのがどれほど幸いかわからないという気がする」と話した。

# 続けざまに息子2人を産んで周辺からのお祝いを一身に受けた・・・パク・グァンスさん(49、女性)だったが・・・「息子が2人だが両親の結婚記念日どころか誕生日も忘れて過ぎ去ることが多い」と愚痴った。「この頃、きれいに服を着ている60代の女性は、たいてい娘を持つ母親」として「娘を産めなかったのが重ね重ね残念」と話した。

1990年代にピークだった「男子選好」の風潮が弱まっている。統計庁が9日に確定した「2013年出生統計」によれば、
・2013年: 女児100人あたりの男児出生の性比率は105.3人。統計庁基準で81年以降、最低値。
・1990年: 116.5で最高値になった後、徐々に下がって
・2003年: 110以下になった。
・2007年: 106.2を記録して初めて「正常男女比(103~107)」の範囲内に入ってきた。
女性が男性よりも寿命が長い・・・男児の数が3~7%多いのが正常・・・。
統計庁のユン・ヨンオク人口動向課長は・・・「男子選好の風潮が弱まったという明らかな傍証」と分析した。

(注)日本は、80年代以降、105~106の間を行ったり来たりしているようだ。(三重大学奥村教授資料

大学進学率は、女性が追い抜いた。
・2009年: 初めて女性が82.4%で、81.6%の男性を追い抜いた。
・2013年: 進学率の差が7.1ポイント(女性74.5%、男性67.4%)と一層広がった。

成績の格差は・・・公務員採用試験ではすでに女性の勢いが強い。
外交官試験で女性が
・2010年: 60%を占めた
・2013年: 59.5%を記録した。
司法試験の女性合格者比率は40.2%、
5級公開採用は46%に達する。
大企業の人事担当イ氏は「成績順で選べば女性が過半数を超える時が多い」と吐露した。

最近、軍隊内の殴打事件まで噴出しながら、息子よりも娘を好む比率が高まった。
韓国女性政策研究院のキム・ナンジュ博士は「男児を好む傾向が退潮したのは、仕事をする女性たちが増えながら、育児負担が相対的に小さい娘を好むことになった上に、女性の発言権が高まったため」と説明した。
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(付記)
わたしたちは、まだ3世代同居時代の幻想から抜けられずにいるのかもしれない。将来、親子関係に、また別のモデルが生まれるかもしれない・・・動物の親は巣立ち後の子に寄り添わない。

2014年9月11日木曜日

星を求めて

文学の世界で、SF小説は相変わらずマニアック、辺境のままだろうか。サイエンス重視が強調されたハードコアとか、ちょっと哲学的なニューウエーブとか、いろいろあったけれど、今はどんな感じかな。

私にすれば、肩がこらない、空想世界に翼を広げたファンタジーが一番気楽だった。レイ・ブラッドベリの場合、ハロウィンの世界からホラーへ半歩、ダブリン市民について文学へ半歩といった具合に、縦横無尽なところがよかった。

うすうす気付いたのは、日本のSF作家の重鎮たちが若い頃に、ブラッドベリの洗礼を受けたであろうことを。どこかウェットな彼らの初期作品に、ブラッドベリに通じるものを見たことがある。

ところで、私はサーカスを身近に知らなかったからこそ、その歓声と照明の裏側に、得体の知れない何かがあるのではないかというファンタジーを容易に受け入れた。なにより、アメリカの子どもたちにも共通するだろう闇に対する好奇心に触れた楽しさがあった。そこは屋根裏だったり、部屋の隅だったり、ベッドの下だったり・・・日常の中にこそ闇は大きく広がっている。

そんなわけで、何度か触れたけれど、楽しいはずのサーカスと犯罪が組み合わさった意外性に関わらず、旋律が美しい「星を求めて(Look For A Star)」の流れる映画「恐怖のサーカス(Circus of Horrors)」(1960年)がある。映画は未見であるが、音楽の方はビリー・ヴーン(Billy Vaughn)楽団の演奏でおなじみだった。

(本ブログ関連:”星を求めて”、”サーカス”)


(Youtubeに登録のTheRadioVenusに感謝)

2014年9月10日水曜日

アン・ジョンアの「愛しい私の妹」

暑い夏をやり過ごして一息ついたとき、街路樹のふもとに枯れ葉があるのを見て、ふと我に返ることがある。まぶしい陽射しを受けて、蒸散をしきりにしていたあの緑の葉たちが、いつのまにか散歩道に散っているのだ。季節の変わりが、こんなにもあっけないのかと。気付かぬうちに、何か大事なものも一緒に消え去ったような感覚に襲われる。

KBS WORLDラジオ番組「国楽の世界へ」の郷歌編(8/27)で、亡きを「妹」*を語った僧侶の伝承から作られた歌、アン・ジョンア(안정아)は歌う「愛しい(私の)妹」(보고픈 내 누이)(作詞コン・ジンア、作曲カン・サンク)が紹介された。童謡をおもわせる、緩やかな旋律とテンポを繰り返して、懐かしさへと導く優しい曲だ。

(*)番組では「姉」としていたが、歌詞を探したら、僧侶が先に亡くした「妹」(여동생)について語ったという注釈があった。

この「愛しい妹」の曲と歌詞は、ネット上で知ることができる。⇒ <>、<歌詞>、感謝。


「愛しい(私の)妹」(보고픈 내 누이)

どこまで行ったのか、どこまでなのか
一つだけつながった、とても綺麗な木の葉(このは)
どこまで行ったのか、どこまでなのか
何も言わず去ってった、愛しい私の妹

急に吹いてくる、冷たい風のために
あまりに寒いので、ブルブル震えるよ
枯れ落ちたその葉の間に
風が吹いて探すこともできない遠い所に

どこまで行ったのか、どこまでなのか
一つだけつながった、とても綺麗な木の葉(このは)
どこまで行ったのか、どこまでなのか
何も言わず去ってった、愛しい私の妹

どこまで行ったのか、どこまでなのか
何も言わず去ってった、愛しい私の妹
愛しい私の妹


(参考)
姉を探す歌もある。姉への母性に近い思慕と、ともに遊んだ昔への郷愁に近いものだ。日本の童謡「赤とんぼ」では(子守の)「姉や」に対して、イ・ソンヒの5集所収の「お姉ちゃん(누나야)」(作詞・作曲キム・チャンワン、1898年)では姉に対して、通じるものがある。

(本ブログ関連:”お姉ちゃん(누나야)”)

2014年9月9日火曜日

季節の変わり

ああ、すっかり秋になったなあと感じるのは、身にまとう物が次第に厚手になっただけじゃない。この昼間、熱いコーヒーを飲んでいて、なるほどと気付く。夏は、冷蔵庫に水出しの麦茶、緑茶、そして紅茶も冷やして飲んだ・・・順を追ってローテーションしていたが、最近その頻度が滞っている。
どうやら、熱さが心地よくなってきたようだ。飲み物まで季節変わりしている。

近所の散歩道、街路樹が葉を落とし始めている。暑さ疲れと思ったが、どうもそうではないようだ。秋の気配をキャッチしたからだろう。いずれの散歩道も、足元に落ち葉が寄せ集まっている。次の年、若葉が広がるように役目を終える。

「言葉」の文字に「葉」がある。季節を巡れば、葉はやがて枯れ落ち朽ち。言葉も季節の変わり目に果てるのだろうか。

ときに秋風に、舞い散る言葉もあるように思う。一方で、美しい花を咲かす木々は、ひとびとの手で寿命を延ばされる。
惜しむらくは、とうに寿命が尽きたのに朽ちようとしない、いさぎよくない枯れ木が、秋の風を寒々とすることだ。

2014年9月8日月曜日

白露、中秋2014

今日は旧暦8月15日、二十四節気の「白露」。大気は冷えて露が出始める頃だそうだが、冷気を感じるまではないものの、外出に長袖が増えてきた。

(本ブログ関連:”白露”)

しかも今日は、秋の真ん中を指す「中秋(仲秋)」と重なる。この巡り合わせを、河北新報の記事「ススキ秋風ゆらり 38年ぶり白露と中秋」(9/8)は、次のように紹介している。
・「仙台市天文台によると、ことしは1976年以来、38年ぶりに白露と旧暦8月15日の『中秋』が重なる珍しい年回りとなった。ただ、月が満ち欠けする周期と暦にはずれがあるため、中秋の名月は必ずしも満月とは限らない。ことしは9日が満月になる。」

(本ブログ関連:”中秋(中秋の名月)”)

ということで、中秋の十五夜に「月見」を楽しむ、「中秋の名月」の満月は、明晩(9日)にお預けということになる。今日は一日、激しい雨はないものの、路面がずっと濡れた生憎の空模様だった。
コンビニのレジ横に、月見団子を飾ったセットを置いてあって、客が気付くよう売っていたが、思案のしどころだった・・・。

2014年9月7日日曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

イ・ソンヒの歌唱力をまさに象徴する、3集に収録の「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)は、初期ながらしっとりして重厚であり、透過光のように澄む。それだけに数々の伝説を生んだ。この歌が、黄真伊(ファン・ジニ:황진이)の漢詩を本歌取りしたように語られたのもその一つだ。

(本ブログ関連:”分かりたいです”、”黄真伊”)

ところで、イ・ソンヒの自伝に相当する思い出の記に、この歌についてファンの次のような反応を語っている。もうちょっとで、中島みゆきになってしまうところだった・・・ような。
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3集では「分かりたいです」が最も多い愛を受けた(人気があった)曲だ。1987年4月の一ヶ月間、放送回数107回を記録したので、いつでも何処ででも聞こえる歌だったと言える。”やはり”タイトル曲でないこの歌が大ヒットした原因は、ヤン・インジャ先生*の歌詞のためのようだ。「忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか」などの歌詞は、女性心理を見抜いたという評を聞いて、それゆえに男性ファンからは「男に疲れさせる(重い)歌」という愚痴も聞こえてきた。
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*ヤン・インジャは、この曲の作曲者キム・ヒガプの妻。


「分かりたいです(알고 싶어요)」

月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか

深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか

私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
               ____

一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか

雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか

私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください

(Youtubeに登録のsoya iに感謝)

2014年9月6日土曜日

デング熱

デング(dengue)熱」の感染が全国に広がっている(70人を超えたよう)。デング熱の症状を引き起こすデングウイルスは、蚊を媒介して、人から人へうつるという。蚊は、ヒトスジシマカといわれるが・・・。

最初、デング熱を「テング(天狗)熱」と聞き間違えた。へぇ~というほどに無知だった。

病名の由来について、テレ朝News(9/4)は次のように報じている。
・「デング熱の『デング』という呼び名については諸説ありますが、国立感染症研究所によりますと、英語の『ダンディ』にあたるスペイン語『デングエロ』が語源とされ、強烈に痛む背中をかばうあまり、背筋を伸ばした歩き方が『ダンディ』に見えてしまうことからこう呼ばれるようになったという」ことだそうだ。

今回、感染の中心地といわれる代々木公園で採集した蚊から、デングウイルスが見つかったというが、何という名の蚊なのかまでは伝わってこない。どこかに具体的な情報でもあるのだろうか。

(9/4、厚生省「デング熱の国内感染症例について」(第六報))

今日の語学教室で話題になったことだが、蚊が電車の乗ればどこでも行ける・・・というわけ。ちなみに、テレビ解説によれば、蚊自体はそんなに遠くへ飛ぶ力はないという。

とはいえ、近所の公園を散歩すれば蚊に食われる。以前のように、刺されたところをムヒでも塗っておけばということでは済まない心配事が増えた。
先日、庭の草取りをしたばかり・・・そのとき、半袖姿だったため、腕先を思いっきりヤブ蚊に刺されてしまった。後になって、ヒヤリとしている。

ところで、蚊といえば、あのブンブン音(モスキート音)をイメージして、高音の聴覚検査がある。Youtubeを参考に確認したところ、歳相応の結果で、納得よりも、ちょっと残念な気分。

(本ブログ関連:”この世の果て”)

2014年9月5日金曜日

アイドル曲の歌詞は・・・2年前の記事

2012年3月5日の中央日報の記事「韓流アイドルの曲は意味不明の歌詞ばかり…『ひどすぎる!』」()()は、アイドル歌手の、というより流行のPOP曲特有の傾向について、以下のように記している。(抜粋・・・指摘曲名が多数あるため)

2年前の記事だが、さて今はどうだろう。いまだに指摘のままか、それとも変わっているのか、流行に不案内だが、そうなんだろうなという気がしないでもない。そして、K-POP特有でもあるまい。

歌詞を大事にしないという、音楽関係者の言葉がしょっちゅうラジオ!から流れてくる。歌をダウンロードで購入すれば、歌詞カードを手に持つことはない。眺められることのない歌詞(歌声)は、小刻みに連打する楽器へと化す。「ストーリー」を込めることのない音(歌声)に、もう、そうなってしまっているのだろう。

LPやCDを聴きながら、歌詞カードを見たとき、歌と本当に相(あい)対しているという、あの高揚を忘れられない。

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以前の韓国歌謡には人生が込められていたパティ・キムチョー・ヨンピルシム・スボンの歌まであえて遡らなくても、1990年代までも歌謡曲の歌詞にはひとつのストーリーがあった。チャジャンミョン(ジャージャー麺)を契機に母親に対する愛を歌ったG.O.Dの「お母さんへ(어머님께)」、人生の主人公は自身であることを叫ぶイム・サンア(임상아)の「ミュージカル(뮤지컬)」などなど。

最近の歌謡界ではこうした意味深い情緒は期待しにくい。意味もわからない擬声語がリフレーンだけでなく歌全般で繰り返される。ハングル歌詞の間に英語を無理に挟んで入れたり、卑俗語を使ったりもする。若い世代の感覚に訴える「Fad」(一時的な流行)へ回すにはその程度が激しいという指摘が出ている。

#特定単語の繰り返し   (列挙)

歌謡評論家のソン・ギチョル氏は、「数行の歌詞のために一生心に残る歌がある最近は曲だけ中心になり、歌詞は付属的なものになる傾向があって残念だ」と話した。

#英語の歌詞を挿入   (列挙)

#「フックソング」(短いリフレーンに繰り返しの歌詞で楽しさ与える音楽)も良いが…  (列挙)

ある作曲家は、「以前は作詞をした後で曲を付ける傾向が多かったが、最近は状況が逆転して、曲を作った後に歌詞をつけることが多いリズムとメロディに合わせたら歌詞がおかしくなるものだ」と分析した。最近インターネットの音楽チャートで歌謡曲1曲の寿命は平均1~2週にすぎないが、早期に歌を記憶させるために憶えやすいフックソング(短いリフレーンに繰り返しの歌詞で楽しさ与える音楽)で終わるということだ。

歌謡評論家イム・ジンモ氏も「大衆音楽とは誰が聞いてもうなずける普遍性がなければならない。K-POPが世界へ進出していくのに普遍性がない歌詞は障害物になるだろう」と指摘した。
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(Youtubeに登録のxradman、MBCkpopに感謝)

2014年9月4日木曜日

(資料)イ・ソンヒの日本語曲「空がくれたもの」、「見せたいけしき」

「故(ふる)きを温(たず)ねて、新しきを知る」、久し振りに博物館見学する。

以前、大手町にあった「逓信総合博物館」は、日本の情報通信技術の歴史を、貴重な現物展示で見せてくれた。電電公社からNTTへと時代の流れもあって、ちょうど一年前に同館は閉館した。その歴史的な資産の一部が、現在、三鷹の「NTT技術史料館」に引き継がれている。電信技術(ペリー来航の土産品西南の役に急遽張られた電信線)や交換機(アナログからデジタル=コンピュータ化)など貴重な見学ができた。人の身長ほどあるVAD法光ファイバ母材を見たとき、オートクレーブで作られた人工水晶を思い出した、透明なものSiO2は美しい。あらためて、素人質問に長時間ガイドいただいたご担当に感謝。

温故知新。知らずにいたら何も始まらない。

イ・ソンヒには、多分唯一の日本語曲がある。8cmのCDシングルに収められた「空がくれたもの」と「見せたいけしき」だ。(次のYoutubeの映像にあるように、カセット版もあったのかもしれない)

インターネット(gooORICON STYLEなど)から、次のような情報が得られる。
・「空がくれたもの」: ポニーキャニオン PCDA-00449 1993年05月21日発売
・歌手: イー・ソンヒ(表記に注目!)、作詞:夏目純、作曲:都志見隆、編曲:萩田光雄
・価格: 1049円(税込)
・放送: 「空がくれたもの」は、ABC「朝だ!生です 旅サラダ」の音楽に使用されたという話しもあるが、未確認。

(本ブログ関連:”見せたいけしき”)
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの日本公演”、”(資料)イ・ソンヒの過去の日本公演と日本語曲”)
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの思い出(政界進出、安全地帯の作曲)”)

以前、韓国のブログで、(音質の良い)「見せたいけしき」の歌を聴くことができた。最近、サイト登録者限定とか会員登録限定といった形でログイン要求をする傾向にあって、聴くことが難しくなった。そんなとき、Youtubeに「空がくれたもの」と「見せたいけしき」の2曲が登録されたのだ。何という幸運・・・もしかしたら、今の内かもしれない。永く見られることを切に願う。

Youtube映像を登録された方は、ご自身のfacebookにイ・ソンヒの昔の貴重な写真やテレビ出演の動画をふんだんに掲載している。新しい発見ができたこと感謝。

(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)

2014年9月3日水曜日

聊斎志異の「狐の嫁入り-狐嫁女(こかじょ)」

SBSドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」(韓国、2010年8月11日~9月30日)で、イ・ソンヒはOST(劇中歌)「狐の嫁入り(여우비)」(歌詞)を担当した。現代風の若者と無垢ながら伝説の九尾狐が、ふとしたきっかけで恋に落ちる、ファンタジック・コメディのラブストーリーであるが、物語中、気象現象の「狐の嫁入り」を示す「お天気雨」を何度か見せてくれた。

(本ブログ関連:”僕のガールフレンドは九尾狐”、”狐の嫁入り”)

中国清の奇談集「聊斎志異」(蒲松齢作、立間祥介編訳、岩波文庫)に、「狐の嫁入り-狐嫁女(こかじょ)」がある。

(概要)
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殷(いん)天官が若いとき、肝試しにある廃屋に一晩泊まる。すると夜中、厳かに現れた集団が結婚式を催し、それに立ち会う結果となる。祝いの酒を振舞われ、その出来事のしるしとして、秘かに酒盃の金杯を懐に入れてしまう。

そのとき、主人公は美しい花嫁を目撃する。「佩玉(はいぎょく)がコツコツと鳴り、麝香(じゃこう)の馥郁(ふくいく)たる香りがただよってきた」、そっと窺ってみると「翡翠の鳳凰の髪飾り、水晶の耳輪がゆれて」いた。宴の終わり、金杯の数が足りないことがわかるが、その場はおさまり、事無きを得た。

その後、進士に及第した主人公は遠くの地に赴任する。その祝いに、金杯の酒を飲むことになるが、祝い主から次のような話を聞く。「(金杯)これはもともと八個一組のもので、・・・(今)七個しかございませんでした。・・・」。その杯こそ、主人公が肝試しで手にしたものとそっくりだったのだ。

主人公は、その話しを聞いた後、手元の金杯を祝い主に届けさせた。返礼に訪れた祝い主に、いきさつを話す中で、「狐が千里も離れたところの物を自在に取り寄せる能力を持っているものの、それをいつまでも手元に留めておくものでないことを、このときはじめて知ったのだった」と。
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この物語に、狐を直接想わせる姿で登場はない。また、金杯の数が、八または七で、九とも違い、九尾狐を連想することができない。ただ一ついえるのは、狐の化身、花嫁が非常に美しかったことだ。どうやら、異種として、狐の嫁に求める姿は、「まことに絶世の美人」ということになる。

(Youtubeに登録のPieKilledJasonに感謝)

(付記)
ここ数日の間、何処からともなく昆虫が私の部屋に入ってきた。カナブン3匹、アシナガバチ1匹である。一体どこを通り抜けてのことか、不思議だ。

2014年9月2日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 郷歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/27)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第70回として、主に新羅時代の歌「郷歌(きょうか、향가)」*(表記を「郷札(きょうさつ、향찰)」)、および「吏読(りとう、이두)」にまつわる話を紹介した。

(*)「古代朝鮮語解読のさわり」(趙義成 東京外国語大学大学院准教授): 「(現存20数種)数が圧倒的に少ないため、解読自体がままならないし、ここから判別される単語の数も微々たるものである。郷歌は全て漢字で表記されているが、表記法は漢字の音と訓を複雑に組み合わせている」・・・言葉の専門家が言語+漢文+歴史など総動員して・・・

始めに、「郷歌」の表記「郷札」と、「吏読」について、次のように紹介された。
・郷歌は、民族固有の歌という意味がある。新羅時代から始まり、高麗時代でも広く歌われた歌の原型といわれる。
・ハングルができる前、言葉を表現する方法として、中国の漢字と文章の形式をそのまま使ったり、漢字の音読み・訓読みを借用して表記した。このような表音式の表記法を「郷札」、または「吏読」と言う。「郷歌」は「郷札」で表記された。

▼ 郷歌「処容歌(처용가)」の歌を聴く。中国風の香りして洗練された歌い・・・今様である。

次に、「処容歌」に関わる、異人あるいは巫俗信仰とつながる処容(처용)の説話を次のように解説された。
・郷歌には、ストーリーが伝わり、当時の人々の暮らしを想像できる。郷歌「処容歌」は、東海龍王の息子、処容が作った。ある日、悪い病を移す悪霊が処容の妻を狙う。それを見た処容は怒る代わりに歌を歌いながら踊った。すると悪霊は処容の人柄に感動して、二度と現れないと誓った。その時から伝染病が流行りだすと、処容の顔を書いて門の前に貼り付ける風習ができた。処容の踊りは現在までも伝わっている。
・処容が新羅と取引をしていた中東地域の商人であったと推定する学者もいる。

▼ 「薯童謠(서동요)」を笙に似た笙簧(생황)と琴に似た伽耶琴(가야금)で聴く。繰り返す旋律に古きをしのぶ。

最後に、薯童謠のストーリーと、現存郷歌の少ない曲数への取り組みについて、次のように説明された。
・薯童謠は、百済の貧しい少年が新羅の姫に心を奪われて作った歌で、善化(선화)姫が薯童(서동)に恋に落ちる内容。薯童自身でなく村の子供たちに教え歌わせ、子供を通じて国中に広がった。この歌を聞いた王は善化姫を追い出す。そして、薯童は善化姫を迎え入れて結婚し、後日百済の王になったという話だ。
・民族の歌の原型ともいわれる郷歌だが、現在に至るまで伝わっている歌は多くない。新羅時代の歌が14曲、高麗時代の歌が11曲、計25曲。今は歌のリズムは消え、歌詞だけが残る。国文学者が主に研究を続けてきたが、最近は音楽をする者も郷歌に注目している。

▼ 「愛しい妹(보고픈 내 누이*)」の歌を聴く。綺麗な調べ、幼い心のまま、「赤とんぼ」のような捜し求める切なさがある。

(*)歌詞を探したら、僧侶が先に亡くした妹(여동생)について語ったという注釈があった。

金寶愛(キム・ボエ)さんの言葉、「歌や伝統は、私たちがいつでも取り出して使える、まるで宝石箱のような気がします。これからも、沢山の歌が作られ永らく伝わって欲しいものです」

2014年9月1日月曜日

イ・ソンヒの「秋の風」

イ・ソンヒが音楽界へ本格デビューした初年、立て続けに出したアルバムの2集に収録した「秋の風(갈바람)」(1985年、作詞チョン・ウニ、作曲ナム・クギン)は、秋の風に託してしみじみと別れの哀切を聞かせる。この歌は、彼女が時を重ねるたび磨かれていくようだ。

(本ブログ関連:”秋の風”、”オギヨディオラ”)

「秋の風」の「갈바람」(「갈」は「秋(가을)」の略、「바람」は「風」)は、船員(漁師)言葉だ。「秋に吹く風(西風、서풍)」を意味する。

KBS WORLDラジオの「違いの分かる韓国語」に、漁業に関わる風を次のように紹介している。
・샛바람 = 동풍(東風)                  船乗りの語
・하늬바람 = 서풍(=西風)             農村·漁村で「西から吹く風」を指す語.
・마파람 = 남풍(南風)                  船乗りの言葉
・된바람 = ① 북풍(北風)              船乗りの語
          ② 激しく吹く風.

10年前、イ・ソンヒが20周年記念コンサートで歌った「秋の風」は、もしかしたら彼女が最も輝いていた時期かもしれない。もちろんその後、時を重ねて、ミュージシャンとして、アーティストとして完成したことはいうまでもない。当時の映像がYoutubeにある。一度削除されたものだけに、この登録がいつまでも見られるよう願う。

「秋の風(カルパラム)」

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
去ったあなたは風、寂しさくれた「カルパラム」
今も目元を巡る、あなたの暖かだったあのまなざし
こころ、何度も何度も、恋しい翼を広げさせるよ

*ああ、あなたは「カルパラム」、雲を作る「カルパラム」
ああ、あなたは「カルパラム」、私のこころ奪った「カルパラム」

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
消えたあなたは風、寂しさくれた「カルパラム」

(*以下繰り返し)


(Youtubeに登録のyongjoon parkに感謝)

(補足)
KBS WORLDラジオの「国楽の世界へ」で、「晩秋」の回に、朝鮮時代の申光洙(신광수、1712年~1775年)の「關山戎馬(관산융마)」の詩が次のように始まると紹介された。
・「秋の川は寂寞として魚さえ寒い(秋江寂寞魚龍冷)/人々は西風を受けながら仲宣楼(중선루)に登っている(人在西風仲宣樓)」・・・。

2014年8月31日日曜日

公園散歩

夏を惜しむような陽射しに誘われて、昼過ぎ、近場の公園へ出かけた。途中、コンビニで新聞を買う。公園で読むためだ。

テニスの練習帰りらしい中学生たちとすれ違う。彼らを見て思った。「若いってのはいいな、若いだけでおつりが出る」と。無邪気だし、スポーツを楽しんでいるようで、うらやましく懐かしい。
そういえば、公園にはテニスコートがいくつもある。実際、そのそばを通れば、テニスを楽しむ若者たちで賑わう歓声が聞こえてくる。

公園広場は、休日にもかかわらず、思ったほど人出がない。盆休みにエネルギーを使い果たしたのだろう。夏休み最後だというのに・・・でも、親には親の言い分がある。

おさなごが、親に抱かれて泣いている。転んだのか、それとも意志が通じなかったのか。悲しげに泣くのに問うてみたい。「それほどに、つらいのか」と。「そうだ」と応えるに決まっているけど。

さて、いつもながら後悔するのは、木立下のベンチで新聞読みだ。桜が咲いた後には小さな虫が落ちてくるし、夏の終わりにはヤブ蚊に襲われる。今日も半袖姿だったため、腕を4ヶ所も刺された。
代々木公園で蚊(ヒトスジシマカ)に刺されて、高校生が「デング熱」に感染したのを思い出し、あわててベンチを離れた。

帰路、図書館に寄った後、見上げると、重いねずみ色の雲が覆い始めていた。

2014年8月30日土曜日

「Hidden Singer3」イ・ソンヒ編、地上波3社を抜いて視聴率1位記録

イ・ソンヒは、7/23(土)にJTBCの「Hidden Singer3」に出演して、歌まね挑戦者と競った。正直、挑戦者のチャレンジ力というか歌唱力に戸惑った。

(本ブログ関連:”「HIDDEN SINGER3 イ・ソンヒ編」第2回 視聴率8.4%”)

なるほど伯仲するような雰囲気はあったんだ・・・と触れた、dongA.comに掲載(8/29)のアジア経済の記事「イ・ソンヒ、まねて歌う最も難しい歌手1位…理由は?」は、その上で、当日の放送を「地上波3社を抜いて視聴率1位を記録する気炎を吐いた」と次のように報じている。

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「HIDDEN SINGER3」が、去る23日放送された「イ・ソンヒ編」の裏話(ビハインド ストーリー)を公開した。

イ・ソンヒは、先に、付いて歌うのが最も難しそうな歌手1位に選ばれたことがある。だが、(今回の)放映時、歌まね挑戦者(能力者)たちが驚くべき実力で、実際のイ・ソンヒと寸刻を争って(次々登場して)、パネラーと聴衆に混乱をもたらして大きな話題になった。

実際に狭い空間で、自分の順番を待って歌を歌うのが、歌手にはとても奇妙な状況にならざるをえない。だから、歴代歌手は緊張で拍子を逃すなどの失敗をしたり、歌を歌うとき自身の特徴をさらに浮わつかせたりした。

だが、イ・ソンヒは自分がはっきりするような状況は最大限排除して、忠実に歌に内包された音楽的な部分だけ表現したという。歌で対決を繰り広げて、もうちょっと美しい放送を作ろうと思った風だ。おかげで歌まね挑戦者の優れた実力と原曲に対する愛情がより一層引き立って見ることができた。

歌まね挑戦者を直接指導した「HIDDEN SINGER」の公式ボーカル・トレーナーのチョ・ホンギョンは、「イ・ソンヒさんの歌唱力とヒット曲などを見ると、真似て歌うには困難と考えるほど難しかった。だから歌まね挑戦者をトレーニングして、イ・ソンヒさんの『音楽性』を最大限似ているように表現するのに主眼を置いた。」と伝えた。

特に、3ラウンド「美しい江山」の場合、原曲でイ・ソンヒがあまりにも力があって、きっぱりして真っ直ぐに落ちる唱法で歌っただけ、挑戦者などが非常に難しがったという。このために、シャトルラン(往復持久走)など特別なレッスンをしたが、ついにイ・ソンヒが「息(호흡)」と呼ぶ後半を、挑戦者は「口(입)」と呼ばなければならなかった。

このラウンドで、イ・ソンヒを先んじたキム・ウォンジュも、イ・ソンヒに比べて足りない体格と声量で練習時不足が見られた。しかし、キム・ウォンジュは、自身の音楽的メンター(師、指導者)のイ・ソンヒに完ぺきな歌をリリースするという一念で、実戦で120%の技量を発揮した。

「HIDDEN SINGER3」は、イ・ソンヒに会うために「スーパースターK6」本戦進出をあきらめたキム・ウォンジュと、声帯結節ができるほど練習に没頭したキム・ハヨン、イ・ソンヒのヒット曲「美しい江山」で2005年「全国のど自慢」上半期・下半期大賞を受けたチョン・ミエなどそうそうたる歌まね挑戦者たちとイ・ソンヒの美しいハーモニーで、地上波3社を抜いて視聴率1位を記録する気炎を吐いた

(略)

報に接したインターネットユーザーは、「HIDDEN SINGER3イ・ソンヒ編、イ・ソンヒの(次)2編をしてくれたらいいな」、「HIDDEN SINGER3イ・ソンヒ編、イ・ソンヒ最高だった」、「HIDDEN SINGER3イ・ソンヒ編、おもしろい」などの反応を見せた。
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2014年8月29日金曜日

(資料)京郷新聞 1984年「江辺歌謡祭」でイ・ソンヒが大賞受賞した記事

イ・ソンヒが、1984年に「Jへ」で大賞受賞したMBC第5回「江辺歌謡祭」(7月29日)の結果について、「京郷新聞」(7月31日)が報じた記事「若い熱気むんむん『江辺歌謡祭』 - MBC 創作曲・進行手腕目立つ」(【聖】記者)を、NAVER提供の「デジタルニュースアーカイブ」で見ることができる。

7月29日(日)に開催された歌謡祭の結果は、月曜日が新聞休刊だったため、7月31日(火)に掲載されている。

記事の最後に、「李嬢は仏教界に従事する李鐘圭氏(50)の長女。」と記されている。イ・ソンヒが登場した最初から、父親と仏教との関係について知られていたことになる。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒと江辺歌謡祭新聞記事”、”NAVERデジタルニュースアーカイブ”)

当時の紙面について
① 使用の文字、記述
 ・ 括弧書きを” ”ではなく、「 」を使用(横書・縦書き同様)
 ・ 名前に漢字を使用(例:李文世=イ・ムンセ、이문세)
 ・ 敬称に「嬢」、「君」を使用
 ・ 句点をピリオドではなく、「。」を使用
② 歌謡界への健全化の意向を反映して、「健全さ」を強調

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先日29日、京畿道加平郡南怡島にて開かれた「84MBC江辺歌謡祭」決戦大会は、3,000余名の傍聴客が集まった中、決戦進出の10チームが出場、熱烈な競り合いを広げた。MBCは、若い大学生たちの好評に支えられて、第5回を迎えたこのたびの江辺歌謡祭の決戦実況をTVおよびラジオで生中継、夏夜の舞台をなお一層熱気でいっぱい満たした。

キャンパスのアマチュア歌手たちの登用門である「84MBC江辺歌謡祭」出品作は、大賞の栄誉を抱いた「Jへ」を始め、若者たちの切ない恋と友情を描いた曲が大部分で、エレキギターを動員した激しい曲よりは穏やかで情感ある曲が主流をなした。

文化放送がキャンパス内の隠れた人材を発掘のため設けたこのたびの行事は、参加曲がみな創作曲という点で、放送には意味あることとして受け取っている。

一方、このたびの行事は進行を引き受けた、李文世・吉恩貞2人の軟な話術が舞台ならびに放送席の雰囲気を健全に誘導し一層引き立つ舞台だった。李君は夏キャンプで広がりやすい低俗な揶揄怪声を笑(え)みで誘導する老練味を見せたし、先の4月、歌謡界にデビュー、初めての舞台進行を引き受けた吉嬢は、経験がない学生たちがまごつかないように安定感ある態度で司会に臨んだ

大賞の栄誉を抱いた混声デュエット「4幕5場」のメンバー、李仙姫嬢(18・仁川専門大環境管理科 1年)と林成均君(22・〃機械科 2年)は、思いがけない喜びに返って面食らった表情。

仁川専門大の音楽サークルである「4幕5場」メンバーの二人は、先春校内のギター発表会で息を合わせた後、ずっとデュエットで技量を磨いてきたと。「今、歌手としての基盤が固まったようです。趣味だけでした音楽を、今からは本格的に始める考えです」李嬢は、先輩の紹介で高校時代に歌手の張旭朝の作曲事務所(室)で、歌の練習をした隠れた経歴者。

「受賞曲もチャン・ウクチョ氏の事務所で会った先輩からもらいました」李嬢と林君は、参加曲を選定した後、約2ヶ月間、暇があるたびに息を合わせて来たと述べた。

「キャンパスソングは、大学のサークル活動の中でも人気がある課外活動ですよ」淡々とした表情の林君は、李嬢とは別に、将来の歌手活動は「考えて見るつもり」と、慎重な態度。

このたびの歌謡祭で、李嬢は高音の処理に巧みで(熟練している)、飾り気のない唱法で人気を集め、林君は豊かな低音で和音を合わせ拍手を受けた。李嬢は仏教界に従事する李鐘圭氏(50)の長女
林君は公務員である林炳業氏(52)の二男一女の末っ子である。
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2014年8月28日木曜日

夏の終わりを惜しむ

ここ4日ほど、エアコンも扇風機もいらない。気温30℃を境にしてぐんと下がり始めると、こんなにも涼しくなるのか、あっという間の夏だった。本当に惜しい気がする。
わがままだから言うのではない、底冷えするよりも暑い方が好いに決まっている・・・口癖だ。

日向で遊ぶ子どもたちのはしゃぎ声が聞こえて来ると、むかしの夏が呼び戻される。まぶしい陽射しも、風の匂いも、セミの鳴き声も、すべて今と変わらない。

子どもの頃、8月の夏休みは毎日が忙しくて楽しかった。この歳で感じる3ヶ月分くらいはあったように思う。家の廻りを、北側の貯水池の森に探検したり、西側の小山の林に基地を作ったり、北側の広場の傾斜地に湧水を発見したりした。それは、少年たちだけの秘密の行動だった。

空き地の草野球は、周りの家々に明かりが灯り始める頃までやった。一人が「ご飯よ」と呼ばれて帰った後も続けた。そしてまた誰かが呼ばれて帰る。仲間が次第に減り、辺りが暗くなったころ、ようやく終えた。
子どもというのは、陽が落ちて誰もいなくなった空き地に感傷に浸ることはない。そのとき、さて次に何をしようと嬉々としていたものだ。一日が長かったのだ。

夏は、おばかな少年にとって最高の季節だった。

2014年8月27日水曜日

イ・ソンヒ チュ・ヒョンミの「デビュー30周年記念コンサート」にサプライズ出演予定

日本でも根強いファン層がいる、トロット歌手チュ・ヒョンミ주현미、新暦1962年11月5日~)のデビュー30周年記念コンサートに、固い友情で結ばれたイ・ソンヒがサプライズ出演するという。チュ・ヒョンミは、イ・ソンヒと同様、「江辺歌謡祭」出身だ。

(本ブログ関連:”チュ・ヒョンミ”・・・薬剤師の資格まで持つ、中国との関わり深い歌手)

アイニュース(inews)の記事「チュ・ヒョンミ 『デビュー30周年、同期イ・ソンヒと互いに公演の助け合い(相互扶助、품앗이)』 - デビュー30周年迎えて記念アルバム発売・・・9月記念公演開催」(8/26、チャン・チンリ記者)は次のように報じている。

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デビュー30周年を迎えたチュ・ヒョンミがイ・ソンヒとの固い友情を示した。

チュ・ヒョンミは、26日午後、ソウル汝矣島の63コンベンションセンターで、デビュー30周年アルバム発売、およびデビュー30周年記念特別公演の「The チュ・ヒョンミ Show」開催記者会見に出席してデビュー30周年を迎えた所感を伝えた。

来る9月13、14日、ソウル光化門の世宗文化会館大劇場で開かれる、デビュー30周年記念特別公演の「The チュ・ヒョンミ Show」にはチュ・ヒョンミの30年の音楽友達イ・ソンヒがサプライズ出演する予定だ。

イ・ソンヒのゲスト出演について、チュ・ヒョンミは、「共に仕事して助け合おうといった。イ・ソンヒもデビュー30周年だから、互いの公演に行ってサプライズ舞台を飾ることを決めた」と、合同舞台をリリースすることになった理由を説明した。

チュ・ヒョンミは、「イ・ソンヒは、私よりデビューしたのが数ヶ月はやくて、私的な席では自分が先輩とも話すが、私より幼くて実の妹のような存在だ。以前には、家族よりも頻繁に会った」として、「最近、イ・ソンヒさんが『花よりお爺さん』のOST作業をしながら、私を入れたり、いつも新しくするよう刺激を与えたりする」と、イ・ソンヒとの固い友情を示した。

(略)

デビュー30周年記念特別公演「The チュ・ヒョンミ Show」は、来る9月13,14日両日間、ソウル光化門の世宗文化会館大劇場で繰り広げられる。今回の公演には「片思い(짝사랑)」、「ちょっとだけ(잠깐만)」、「新寺洞のあの人(신사동 그 사람)」、「本当に好きでした(정말 좋았네)」などチュ・ヒョンミのヒット曲舞台はもちろん、Guckkasten(覗き眼鏡)のハ・ヒョンウと、30年の音楽友達イ・ソンヒとともに行なう特別な合同舞台までリリースする予定だ。
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本ブログの左で、 チュ・ヒョンミの「사랑한다(愛してる)」をYoutube映像で視聴できる!

2014年8月26日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 旌善アリラン

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第69回として、江原道旌善(정선)地域に伝わるアリラン(아리랑)、「旌善アリラン」にまつわる話を紹介した。

始めに、アリランの江原道<旌善>について、次のように紹介された。
・旌善アリランの由来に、①朝鮮建国時期説や、②アウラジ(아우라지)川を挟んで恋をした二人の男女の話も伝わる。その歌詞に、旌善地域の当時の暮らしが伝わる。
・国土の7割は山で、その中で江原道旌善は、韓半島の脊梁(大幹)を成す太白山脈の真ん中、山深い奥にある。標高1,000mを超す数多の山、そこから出る水の流れは川と結びつく。百回も曲がりくねった水の流れと一千階層からなる絶壁と表現される。都会と遠く離れた地域だが、山奥の旌善を世に知らせたのは、美しい自然と歌、山と水と共に生きてきた人々の歌、旌善アリランだ。

▼ 旌善アリランを新編曲した「道(길)」の歌を聴く。ラウンジミュージックのよう心地よい・・・今様である。

次に、旌善アリランの由来①について、次のように解説された。
・地域に多様なアリランが伝わるが、ユネスコ無形文化遺産と、韓国文化財の両方指定されているのは旌善アリランだけで、1971年、江原道無形文化財第1号に指定された。
・多様なアリラン中、旌善アリランは最も歴史が長い。約600年前、高麗が滅び、朝鮮建国のとき、高麗臣下に朝鮮王の太祖(태조、李成桂)に不満を持つ者もいた。彼らは杜門洞(두문동)に隠れて生活した。その中の7人は旌善(居七賢洞、거칠현동)に入り、生涯高麗に忠節を誓い、山菜を食べて生活した。高麗を思い、離れた家族を考える、そんな気持ちを込めた彼らの詩を、後に歌にしたのが、今日の旌善アリランの始まりという*。

(*)「旌善郡ホームページ」より: 「大院君が景福宮を修造した朝鮮後期から、アリランが全国的に知られ始め、当時まで命脈をつないできた旌善の伝統音楽に『アリラン、アリラン ・・・』という音をつけて『リフレイン』として定着し、これを基に『旌善アラリ』、または『旌善アリラン』と名づけられた。」

▼ 「旌善アリラン(정선아리랑)」を弦楽器アジェンとピアノ演奏で聴く。あれれ、冬のソナタ・・・コラボ、今様である。

最後に、旌善アリランの由来②について、次のように説明された。
・アウラジ川を挟んだ、ヨリャンリ村の娘とユチョンリ村の青年は、ツバキを摘みに行くと言い訳して川を渡り、互いの愛を育ませた。梅雨時、川の水位が高くなって渡れないのを、娘が川の水を恨めしく思い歌ったという由来だ。現在、アウラジ川辺に娘の銅像が立っている。

▼ ソウル、京畿地域に伝わる「長アリラン(긴아리랑)」の歌を聴く。農作業の歌か、穏やかに伸び伸びと歌う。

・旌善アリランは、山中一人で農作業する身の安全を知らせるため歌ったともいう・・・そうだ。

2014年8月25日月曜日

緑色の橄欖(かんらん)石

「貧者の金(poor man's  gold)」といえば、金融関連では「銀」、合金世界では「真鍮」だそうだ。鉱物採集では「黄銅鉱」、砂金採りでは「金雲母」がいわれる。

それじゃあ、「貧者のエメラルド(poor man's  emerald)」は何だろうとネットで探すと、宝石「ペリドット(peridot)」*だそうだ。金と黄銅鉱ほどに大きな落差はないと思うのだけど・・・。確かにペリドットも緑色の範疇だが、エメラルドのような絵の具箱の緑色でなく、光の陰に茶褐色を感じさせる、ほどほどに落ち着いた味わいがある。

(*)ペリドットとエメラルドの宝石の歴史話題がFB「Marry Me Jewelry」に紹介されている。感謝。

「ペリドット(peridot)」の鉱物名は「橄欖石(olivine)」。橄欖石は、通称オリビンの名の通り、植物のオリーブ色を思わせる。
私の鉱物・・・好物の一つに、オリーブ樹の実を塩水に漬けたものがある。調子に乗って食べ続けてはいけない。せいぜい一回5粒程度かな・・・ああ、いけない、関係なかった。

橄欖石の有名な産地は、ネイティブ・アメリカン居留地のアリゾナはサン・カルロス、ホットスポットの活きのいいハワイ島海岸、日本では三宅島海岸、けれど何処にも行ったことがない。

どこで聞いたのか、アメリカ人の好きな鉱物の色は緑色という。エコグッズだけでなく、日常のポロシャツにも流行って・・・今じゃ、モードの理論通り、日本でも当り前の色になってしまった。

一般に鉱物標本の橄欖石は、小さな緑色結晶が多様に変化して群がったものが多い。宝石エメラルドのように濃い緑色でなく、ペリドットほどの豪華さはないが、地中マントル上部の記憶を伝えてくれる鉱物のこころざしを感じる。


(Youtubeに登録のjstsciencechannelに感謝)

2014年8月24日日曜日

「HIDDEN SINGER3 イ・ソンヒ編」第2回 視聴率8.4%

昨晩、新大久保の「残暑会」から帰宅したとき、放送は終わっていた・・・Youtubeで少しは様子がうかがえる。

先週末(8/23)放送のJTBC「HIDDEN SINGER3 イ・ソンヒ編」第2回の視聴率が8.4%だったと、ペ・ククナム.com*の記事「『HIDDEN SINGER3』 イ・ソンヒ編、視聴率急騰8.4%記録」は次のように報じている。(8/24、イ・コットゥル記者)

(*)ペ・ククナム.comは、韓流スターのインタビューやコラムをはじめとする、スターライフ、ニュース、スターコラム、写真などを顧客に提供しているとのこと。

(本ブログ関連:”HIDDEN SINGER3”)
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「HIDDEN SINGER3」イ・ソンヒ編が高い視聴率を記録した。

24日、視聴率調査会社ニールセン・コリアが、首都圏有料世帯広告除外基準で集計した結果、23日放送されたJTBC「HIDDEN SINGER3」イ・ソンヒ編が8.4%の視聴率を記録した。

これは昨年10月12日放送された「HIDDEN SINGER2」の1回、イム・チャンジョン編が記録した4.3%より、4.1%ポイント上昇した数値だ。

この日放送された「HIDDEN SINGER3」では、高いシンクロ率を誇った歌まね能力者(挑戦者)の優れた実力とイ・ソンヒを愛するファンたちの感動的な舞台で、楽しさと感動全てをプレゼントした。イ・ソンヒもやはり、自身を大事にしてくれるファンたちの舞台に、「初めは心配したが、出演してよかった。今日は本当に貴重な時間だった」と述べた。

イ・ソンヒは、1ラウンド「Jへ」、2ラウンド「因縁」、3ラウンド「美しい江山」、4ラウンド「その中であなたに出会って」を五人の歌まね能力者(挑戦者)と歌った。
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▼ Youtubeに登録 「HIDDEN SINGER3 イ・ソンヒ編」第2回映像 (それぞれの登録者に感謝)
イ・ソンヒファンを自称して憚らなかったが、イ・ソンヒ声質そっくりに歌う挑戦者たちの上手さに驚嘆。正直、区別のつかない、私は自信が・・・。(暫らくこれら映像が見られること願う!)

1st round 「Jへ(J에게)」 6人
https://www.youtube.com/watch?v=y2ilJlP2xpk

2nd round 「因縁(인연)」 5人
https://www.youtube.com/watch?v=3iaxXrFlsh4

3round 「美しい江山(아름다운 강산)」 4人
https://www.youtube.com/watch?v=3phWQSLqUUw

4round 「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」 3人
https://www.youtube.com/watch?v=HYLbPtdSesg

2014年8月23日土曜日

残暑会

残暑会、そんな言葉があれば、今晩の飲み会はそうだった。

美味い食事にアルコールが加わって会話が弾んだ。

先生には、お忙しいところを駆けつけていただいた。

若い仲間が彼の国で成績優秀とのこと素晴らしい。

誕生日おめでとう。

話し上手、話し好きな面を、仲間に発見するのもいい。

そして、体がデカくて、顔の広い幹事さんに感謝。

2014年8月22日金曜日

イ・ソンヒ「私がスカートを着る日には観客が涙涙となる」

1984年、「江辺歌謡祭」に登場したイ・ソンヒが、「Jへ」を歌って大賞受賞したわけだが、そのときのいでたち/スタイルは、まさに伝説のスタートとなった。

(本風ブログ関連:”江辺歌謡祭”)

今年4月18日~20に世宗文化会館で開く、3年振りのコンサート直前、SBS番組「ヒーリング・キャンプ」(4/7)で、イ・ソンヒが次のように語ったと、10アジアの記事(4/8、チェ・イエジン インターン記者)は伝えている。
基本的に知られていることだが、含みのある部分を次に記す。(抜粋)

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・1984年の江辺歌謡祭でのパーマ頭について:
「前日までストレートだった」、「両親が歌謡祭に出場するのを反対した。両親をだますために偽装用にパーマをした」

・江辺歌謡祭でのスカートファッションについて:
「(番組)PDが、女性はみなスカートを着ろと言った」、「(舞台で着た)スカートは、客席の小学生に借りた」

・「(その後)スカートを着ないで常にズボンだけ履いておられた。それで男といううわさもあった」について:
「私がスカートを着る日には、観客が涙涙(涙の海)となる」と付け加えた。
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(参考)
イ・ソンヒは、歌謡祭でのスカート着用について、自伝となる「イ・ソンヒのスター・ストーリー「7.『江辺歌謡祭』の裏話」」の中で、次のように語っている。
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待望の「江辺歌謡祭」決選の前日、私は「変装」した。ひょっとして父や知り合いがTVを見ても、私が誰なのかを見間違えるようにしようと。まず、頭をチリチリにパーマしたし、メガネも視力が似た友人のものと替えて使った。その上、行事当日の演出者シン・スンホ先生の強要(?)で、着ていたジーンズをスカートに着替えたので、それなりにほとんど完ぺきな変装をしたわけだ。

その時借りてはいたスカートの持ち主は春川から来たオ・ヘウォンという女子中学生だった。余裕がなくて返すことができなかったが、今も家に保管している。この記事を読むことになれば、その時の私のジーンズとヘ・ウォンさんのスカートを交換をする心の準備はないのだろうか・・・。
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(参考)
歌謡祭でのパーマとスカート着用後は、もっぱらズボン姿が彼女の基本的イメージとなった。

① 中高時代の制服はスカートだったので、ズボンを履きたいと思っていた。
② 当時、歌謡界でズボン姿で流行った女性歌手とともに、「ズボン三銃士」と呼ばれた。
③ 彼女は、自分の脚に自信がないと語ったことがあるが、そんなことはないという人もいる・・・。
④ あるコンサートで、彼女が珍しくロングドレスで登場したとき、会場にどよめきが起こった・・・。

最初から彼女が、女学生ファンに何より好まれたのは、女性を前面に打ち出す当時の歌謡界の中で、未分化な自身に照らして、心理的に最も馴染みやすい位置にいたからではないだろうか。(日本でも、未分化と童顔が特徴な女性歌手を、ジャンルは違うが、二人ほどあげることができる)

2014年8月21日木曜日

暑いときは喉を潤す

子どもの頃、そろそろ夏休みが終わりに近づいたと気付くのに、カレンダーの残り少ない日数よりも、ツクツクボウシヒグラシの鳴き声だった。何度か夏休みを重ねると、この時期に、日中威勢よく己の名を繰り返すツクツクボウシに空元気を、夕暮れに「カナカナカナ」とデクレッシェンドするヒグラシに哀愁を感じた。それは、舞台袖が幕引きの準備にざわめいているようである。

今日、アブラゼミに混じって、ツクツクボウシの鳴き声が聞こえてきた。やはり、夏の終わりを迎えようとしている。これからは日一日、秋の気配が深まるのだろう。

私は底寒い冬よりも、熱暑の夏の方がましだ。とはいえ、今年の夏、広島を襲った集中豪雨土砂崩れ災害に驚いた。関西、中国地方の表面を覆っている、花崗岩が風化した「マサ土(ど)」のあっけなさ。花崗岩地域で鉱物採集したとき、何度か茶色に変色したマサ土に遭遇した。皆が、花崗岩が「腐った」という表現をしたのを思い出す。

とはいえ続く強い陽射しと照り返しに、喉を癒そうと近所の店で冷たいものを探す。ノンアルコールのビール缶を5種求めた。
元来、アルコールは苦手だ。ノンアルコールにもかかわらず、ビールの香りがするだけで不思議と酔った気分になる。決して美味いとも思わないけれど、夏の風物詩として、夜風を受けながら飲むことにしようか。

2014年8月20日水曜日

「浜辺の歌」

むかし、結核は死の病だった。確実に蝕み最期を迎える。しかも、それは早い。母が子ども時代、結核患者の出た家の前を通るとき、息を止めて走り過ぎたという。誰もが、そんな恐怖を共有した。

竹久夢二の描く女性像に、はかなさと寂しさを残す結核患者のイメージがある。当時、小説や絵画を通して、若くして夢を失う姿を身近に感じられたのだろう。今はその実感がない。ちなみに、竹久夢二は結核を患って、一年も満たずに亡くなっている。

また、祖母が幼い頃に見たという、お遍路さんの中には、(他の重病だが)体が確実に蝕まれながら死に場所を探すひとたちがいたという。お遍路の行為に、生と死の境を旅するという実感は今はない。

死と直結した結核を同心円にして作品に接すると、その時代の思いに一歩でも近づくかもしれない。
懐かしい歌曲、「浜辺の歌」の作詞者林古渓には、結核療養した恋人がいたという(ネット上で知る)。また、作曲者の成田為三も、この病の友人を療養所に見舞ったという*。

(*)「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)に、この歌について次のような一節がある。
「(歌の舞台の)候補地の一つ、(秋田県の)『道川海岸』説をとる岩城町は、同町の結核療養所に友人を見舞った成田が、月見草の咲き乱れる道川海岸を見て曲想を得たと主張する」

美しい旋律の「浜辺の歌」に、今とは違うものを当時の人々は感じていたかもしれない。

「浜辺の歌」

あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
よする波も かいの色も
   
ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ しのばるる
寄する波よ かえす波よ
月の色も 星のかげも


(Youtubeに登録のyasuji4193に感謝)

2014年8月19日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 カトリック

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/13)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第68回として、ローマ・カトリックのフランシスコ法王の訪韓(8/14から4泊5日)に当たり、カトリックにまつわる(音楽の)話を紹介した。

最初に、殉教者、金大建김대건、1821年8月21日~1846年9月16日)神父の紹介から、次のように始まった。
・フランシスコ法王訪韓の目的は、アジア青年大会参加だ。15日、大会開会式が開かれる忠清南道唐津のソルメ(솔뫼)聖地を訪れる。同地は、初めて神父としてミサを捧げ、カトリック迫害て殉教した金大建神父の故郷。17日、閉幕のミサを捧げる海美邑城(해미읍성)、この石城で、興宣大院君政権の朝鮮末期(1866年)、カトリック迫害で一千人余の信者が処刑された。

▼ 「愛の頌歌(사랑의 송가)」をカヤグム演奏。

次に、朝鮮カトリック伝来について、次のように説明された。
・韓国カトリック信者に一番誇らしいのは、西洋の伝道師が来る前からカトリックが伝わっていたことだ。朝鮮時代にカトリックは、文禄・慶長の役(1592年~1598年、韓国でいう壬辰倭乱)、北京を往来する人々を通じて伝わった*。
    (*) K-Wikipediaに、文禄・慶長の役に日本軍についてきた宣教師により伝播した説と並ぶ。
・西洋の神父と交わる中で書籍も伝わり、西洋の学問を学ぶことができた。

▼ 「賛美の祈り(찬미의 기도)」を横笛テグム演奏。

最後に、朝鮮時代のカトリック迫害史について、次のように解説された。
・1784年、北京で朝鮮初の洗礼を受けた李承薰(이승훈、1756年~1801年)は、多くの聖書を持ち帰るなどしてカトリックを伝えた。朝鮮では、主に有識者がカトリックを学問として受け入れた。そのほとんどは既に権力を失ったヤンバン階層で、彼らには力がなかった。また、先祖を重視する儒教の祭祀を否定するカトリックに不満に思う者も多かった。
・カトリック伝来後しばらくして迫害が始まる。朝鮮末期(1866年)、「丙寅教獄(丙寅迫害、병인박해)」で、9人のフランス人宣教師、8,000人の信者が亡くなったが、その後多くの人々がカトリックの教えを学び信仰を守った。

▼ 「アン・ジュングンがカトリックに入門する」の創作パンソリ。

(参考)
2005年度「韓国の宗教人口の分布」(KBS)によれば、国民人口の53.1%が宗教を持っている宗教人口のうち、仏教徒が43.0%、キリスト教徒が55.1%(プロテスタント34.5%、カトリック20.6%)である。
(統計庁人口総調査による)

2014年8月18日月曜日

サルスベリの花

親たちの夏休み(盆休み)が終わり、今日から日常に戻る。子どもたちは、まだまだ貴重な夏休みが続き、毎日が忙しい・・・来週になって宿題に慌てるのだろうけれど。

暑さのせいか、外で遊ぶ子どもの声が聞こえない。夏休みの音を探せば、小学校の校庭を囲む巨木の葉陰からアブラゼミの鳴き声が聞こえてくる。それ以外、実にのんびりして静かなのだ。

近所の植木園いっぱいに、サルスベリの木が育てられている。この時期、紅桃(紅紫)色、白色の古風で小さな花が木々を覆う。中国南部原産というサルスベリ、花の色合い、つるりとした幹の具合から、いかにも中国の画に描かれていそう。とりわけ夕暮れのサルスベリは、香(こう)の香(か)が辺りに漂っているような錯覚を与える。

(本ブログ関連:”百日紅”)

例年、見事に花を咲かせるサルスベリ(百日紅)だが、今年は元気がない。花びらが小さく、色落ちしているように見える。民家の垣根越しに咲くサルスベリも、鮮やかさに欠ける。私の見間違いだろうか、どうしたことだろう、もったいない。


(付記)
花を愛でること。桜花は散る姿もよいが、満開の樹下に立って見上げるのもよい。陽を受けた花弁を透して薄桃色の光が辺りを覆う。他の花にない経験だ。桜花はそれだけに美しい。

2014年8月17日日曜日

イ・ソンヒの「共存」

イ・ソンヒが、新たらしい試行に挑んだアルバム11集(1998年)には、原題が「공존(共存)」(チョ・ウンヒ作詞、イ・ソンヒ作曲)という曲が収められている。思い出にひたり、そこに残った微かな縁(えにし)を信じる。ハングルのタイトルに付された「共存」の漢字に、すこし堅苦しさを感じるが、たとえ成就せずとも互いに(東洋的な)絆でつながっていたことを美しく歌い暗示する。

(本ブログ関連:”共存”)

ちなみに、スーパージュニアのライブアルバムには、「공존(命運線、Destiny)」という同名曲がある(daum music)。こちらは、若く明るい絆のようだ・・・聞いたことありませんが。


「共存(공존)」

旅は終わったの、私たちの愛も
戻るには、あまりにも遠い 道に旅立ったわ
夜空の星のように、胸に積もる
一瞬の、愛は過ぎても 思い出は残って

*私のそばに止まった風、私の中にあふれた陽射し
いつか、傍(そば)を通り過ぎていくでしょう
永遠(とは)に私は見れなくとも

一つになれなかった、世界が嫌(いや)になっても
恋しい、私の心の根は
いつも貴方に向いて深いから

(*)以下繰り返し

夜空の星のように、胸に積もる
一瞬の愛は過ぎても、思い出は残ったわ
う〜ん

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2014年8月16日土曜日

靴投げ合戦

地方にいた子ども時代、隣りのクラスと口ゲンカになって、互いの男子が揃って下駄箱から靴を取り出し、投げ合ったことがあった。きっかけは忘れた。

さて、その後始末がどうだったかはっきりしない。靴をそのまま放りぱなしにした筈もないから、きちんと元の場所に戻したのだろう。散らばった靴を見て、子ども特有の感で、それが誰れのもので、どこへ置けばよいか分かっていた。

投げ合っている最中、妙に楽しくて、靴が弧を描いて飛んでいく光景を今でも覚えている。やったぜという気持ちは、多分隣りのクラスの連中も同じだったに違いない。靴箱の靴がなくなると、それで終わった。子どもの熱狂が急にしぼんだのだ。

もちろん、クラス同士が靴投げ合戦しているのを、教師が気付かないはずもない。遠くから高見していたのだ。今思い返して驚くのは、靴を投げあった後に、教師から咎めがなかったことだ。説教された記憶がないのだ。

ある意味、粗野だが、そこに暗黙のルールがあるという、昔の子ども喧嘩だった。それを見て、教師はもう一つ別の大人の視点を持っていたのかもしれない。その土地の気風もあって、腹が座っていたことになる。

私が、この暗黙のルールが全く効かないと気付いたのは、東京の小学校に転校したときのことだった。

2014年8月15日金曜日

女性初、フィールズ賞受賞のニュース

マスコミ各紙が、4年に一度、数学界の若手の才能を顕彰するフィールズ賞で、初めて女性数学者のスタンフォード大学教授マリアム・ミルザハニ(イラン出身)が受賞したと報じている。数学の世界、女性初ということで、そうだったのと素人は感心するけれど。

ノーベル賞受賞の場合、マスコミの記者が競って解説記事を載せるが、フィールズ賞の場合、そんなチャレンジ記事が見当たらない。書く方の記者だって大変だろうけれど、読む方のわれら読者に分かるはずもない、多分。

だから、この際、フィールズ賞受賞のニュースは、「女性初!」が中心に報じられる。

学生にも読める、ワトソン、クリックのノーベル賞受賞のベースになった、DNA二重螺旋 (DNA double helix) 構造の論文(「核酸の分子構造」、1953、Nature)は、1ページちょっとのシンプルなもので、しかも直感的に、二重螺旋構造のイメージさえ浮かべばよいのだから。思弁的な理解は必要ない。
二重螺旋構造のヒントになった、DNAX線解析の写真は、女性科学者の手によるものだったけれど、60年ほど昔の話。

そう、今回のフィールズ賞について、「で、それで何が凄いの?」なんて、誰も踏み込んで聞こうとしない。ああ、数学ってドラマがありそうで、なさそうで。(ガロアは別にして)

2014年8月14日木曜日

シルヴィ・ヴァルタン「アイドルを探せ」

ドアを開けると、玄関先の床のタイルの溝に沿って、いつもと変わらぬ蟻(アリ)の列が続く。上から覗いて、隊列一匹一匹の区別がつく筈もない。この夏を懸命に生きて、来年に命をつないでいる。

(本ブログ関連:""、”にわかファンの困惑”)

始まりと終わりを知らぬ蟻だけど、自然の中で、一匹ずつ命を持ち、運命が待っている。彼らは(仲間の中で)ほかとの違いを主張しているようでもない。

私たち(人間)は、共通の言葉を持ち、価値まで作ってしまった。「私は、ほかと違う」という思考で、そう生きようと四苦八苦する。ファッションも知識も、ほかと違うことに一生懸命だ。
でも、蟻は言葉なんて持ち合わせてないから、その場、その瞬間に行動するのが精一杯だろう。黙々とあんな風に仕事をこなす。仕事を放棄したり、逃亡した蟻は知らない。

でもねえ、私が一番というのも悪くない。神様がくれた最高の賜物かもしれない。たとえ実現できなくても、最高の夢を見られたのだから。

イ・ソンヒが誕生した年に大ヒットを飛ばした、シルヴィ・ヴァルタン(Sylvie Vartan、1944年8月15日~)の「(邦題)アイドルを探せ(La plus belle pour aller danser:踊りに行く一番の美人)」(1964年)は、彼女のデビュー頃の好みの笑顔で、聞かせてくれる最高の夢だ。

(本ブログ関連:"シルヴィ・ヴァルタン")

(Youtubeに登録のwin081に感謝)

2014年8月13日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 百中

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/6)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第67回として、道教由来の中元に当たる陰暦7月15日の「百中(백중)」にまつわる話を紹介した。

始めに、「百中」の起源と、関連する両親の日の行事について、次のように紹介された。
・陰暦7月15日、中元を韓国では「百種(백종)」といい、この時期、収穫の百種類の穀物の種を備え置いたの意がある。「百中」、「中元(중원)」ともいう。道教で、心を込めて馳走を準備し神に祭祀を捧げた。仏教で、「亡魂日(망혼일)」といい、亡父母、祖霊を供養して倒懸の苦(逆さに吊るす苦しみ)を救う行事だ。
・日本に「父の日」と「母の日」があるが、韓国は5月8日が「両親の日(어버이날)」で、親孝行をする日でもある。昔は百中がその日だった(今年、陽暦8月10日(日)が当たる)。

▼ 「悔心曲(회심곡)」(回心曲)を聴く。仏教音楽中でも民謡風という。習合の要素だろうか。

次に、仏の弟子目連のなき母への供養から盂蘭盆節が始まったと、次のように説明された。
・亡父母、祖霊を供養して倒懸の苦を救う日を盂蘭盆節という。日本では「盂蘭盆会」と呼び、釈迦の時代に由来する。釈迦の優れた弟子「目連」は神通力があったが、彼の母はむごく、目連が亡母を探したところ、飢えと渇きに苦しむ餓鬼道に堕ちていた。罪深い母としても、目連は母を助ける方法を訊くと、釈迦は、僧侶が精進を終えて日常の修行に戻る7月15日に心を込めた馳走を準備して供養をするようにと答えた。供養により、亡き親、生きている親も全ての災いから逃れられる。目連がそうすると、母は餓鬼道から出た。その時から盂蘭盆節が始まった。

▼ 「お母さん(어머니)」を聴く。呼べば返った母の声が、今は懐かしい・・・今様ながら、誰にも共通の心情。

最後に、百中の頃に農民がしばらく休む「ホミを洗う日」の由来について、次のように解説された。
・百中が終わる頃、農村では草刈も終わり、しばらく余裕のある時期になる。当分、農具「ホミ(虎尾、호미)」を使うこともない。「ホミを洗う日」といい、農夫もこの日ばかりは休み、馳走と酒を楽しむ。雇人のために、主人が新しい服を買ったり、雇人がまだ未婚なら、嫁を見つけることもあった。昔の人々には、この日、心を配って周囲を思いやる、共に生きる知恵があった。

▼ 歩きながら演奏する「珍島(진도)道軍楽(길군악)」を聴く。ちょっと洗練して聞こえるが・・・明るい。