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2026年9月4日金曜日

あざみの歌

秋の公園の散歩道に、赤紫色のアザミの花が咲いている。あまりにありふれた野草ながら、色合いといい、名前といい、そこからあるイメージがわく。

(本ブログ関連:”あざみ”)

高校時代に、遠くから眺めるような女生徒がいた。だから誰もが口にしたことはない。卒業後、仲間が集まったとき、みなが彼女のことを語り出した・・・、そんな経験がある。

日本人の心情に、そばにいるのに手に入らない、近寄りがたい清純さを感じさせるのは、ラジオ歌謡で知られる「あざみの歌」(作詞:横井弘 、作曲:八洲秀章、昭和24年⁅1949年⁆8月8日 )にあるのではないだろうか。「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文)の、秋の項の最初にとりあげられる(以下同書より)。

作詞者の横井弘は、初年兵として茨城で勤務したが終戦となり、四谷の自宅が戦火で焼失したため、母と二人で信州に移った。戦後、八ヶ岳の八島ヶ原湿原(八島湿原)を散策しながら「あざみの歌」を作詞したという。

この歌は、私ら世代には「イヨマンテの夜」(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而、昭和24年)で知られる伊藤久男の唄でレコーディング(昭和26年⁅1951年⁆)されたが、その前のNHKの「NHKラジオ歌謡」(昭和24年⁅1949年⁆8月)では、作曲者の八洲秀章の声で放送されたそうだ。

あざみの歌
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山には山の 愁いあり
海には海の 悲しみや
ましてこころの 花ぞのに
咲きしあざみの 花ならば
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■ Youtube(登録: CLC MVC)
「あざみの歌(昭和24年)伊藤久男」(2018/12/25)
    - https://www.youtube.com/watch?v=v3kXcsb7hWY

2026年8月27日木曜日

(資料)ドリー・パートン、ホイットニー・ヒューストン 、そして八代亜紀

【以下、あくまでも資料です】

映画「ボディーガード」で、ホイットニー・ヒューストンによって歌われた「I Will Always Love You」の原曲は、ドリー・パートンが作詞・作曲したカントリー曲だ。あまりに、ホイットニー・ヒューストン版がポピュラーなのが実情。Wikipediaによると、「『ローリング・ストーン』誌の選ぶ歴史上最も偉大な200人のシンガー」*(2023年1月1日)において第2位とのこと。
(*)https://www.rollingstone.com/music/music-lists/best-singers-all-time-1234642307/whitney-houston-11-1234643211/
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R&Bボーカルの旗手であるホイットニー・ヒューストンは、力強さと優しさを兼ね備えたソプラノの声の持ち主だった。1990年代を象徴するシングルの一つとなった、ドリー・パートンの「I Will Always Love You」のカバーを例に挙げよう。
この曲は、彼女が静かに物思いにふけるような歌い方で始まり、伴奏のないその歌声は、恋人を残して去るという思いを、ごく軽やかなタッチで思い返しているかのように響く。
曲の終盤には、その歌声はしなやかで力強い高音域を存分に披露する場へと変貌を遂げる。彼女はタイトルフレーズを、骨の髄まで染み渡るような感情と技術的な完璧さを等しく込めて歌い上げ、曲の核心にある葛藤する感情を、人生の次のステップへと踏み出すきっかけへと昇華させている。(以下略) —MJ
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一方、原曲のシンガーソングライターであるドリー・パートンについては、同じく上記ローリング・ストーン誌(2023年1月1日)**で第27位として、次のように紹介されている。
(**)https://www.rollingstone.com/music/music-lists/best-singers-all-time-1234642307/dolly-parton-16-1234643167/
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山の空気のように澄み渡り、桃のように熟した、中年になってもなお少女のような無邪気さを保ちつつも、深い成熟したドリー・パートンの歌声は、かつて彼女が印象的に表現したような「(私自身の声は)歌手タイニー・ティムメスヤギを足して二で割ったような声よ」などという表現(自虐ジョーク)をはるかに超えたものだ。
それはカントリー・ミュージックの純粋そのものであり、70年代後半の彼女のポップスへの進出は、いま振り返れば、彼女の魅力の明らかな結実であり、後のマルチメディアなスター性と同様に、自然なことのように思える。
「ジョリーン(Jolene)」***をもう一度聴い欲しい。ドリーのサビで繰り返される彼女の哀願(恋人を返してと)、控えめながらも胸を打つドラマに心を奪われて欲しい。ポーター・ワゴナーが作詞した賛美歌「When I Sing for Him」****の、しなやかな母音と深い情熱にも耳を傾けて欲しい。—M.M.
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(***)Youtube: https://www.youtube.com/watch?v=Ixrje2rXLMA
(****)Youtube: https://www.youtube.com/watch?v=vqidi7Fnbck

ドリー・パートンの少女のようなハイトーンの声質は、そもそもカントリー・ミュージックの持つ素朴さに通じる。彼女が作詞作曲した「I Will Always Love You」を、ホイットニー・ヒューストンは、スクリーン上、世界共通のカバーに仕上げたのかもしれない。

ホイットニー・ヒューストンが、2012年2月11日に亡くなって久しい。ドリー・パートンは、つい先日、2026年8月25日に亡くなっている。

■ Youtube(登録: Dolly Parton)
「Dolly Parton - I Will Always Love You (Official Audio)」(2017/05/20)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=lKsQR72HY0s


(付記)
カントリー・ミュージックを日本の演歌に見立て、ドリー・パートンにあたる歌手を Gemini に問うたところ、八代亜紀を推された。ドリー・パートンの高音と八代亜紀のハスキーボイスは対象的であるが。
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八代亜紀:最も重なる「庶民の味方」と「ポップス/トラックドライバー文化」

ドリー・パートンと八代亜紀さんは、生き様や存在感の重なりが最も顕著です。
ブルートラック/労働者階級のスター
ドリーの『9 to 5』が働く人々のアンセム(賛歌)であるように、八代さんもトラックドライバーや労働者階級の哀々を歌い(『舟唄』『雨の慕情』)、彼らの圧倒的なシンボルでした。
圧倒的な愛嬌と親しみやすさ
ドリーはゴージャスな金髪に派手な衣装というスタイルですが、飾らない人柄とサービス精神で誰からも愛されています。八代さんもハスキーボイスと親しみやすいキャラクターで全世代から親しまれました。
ジャンルを超えた活躍
二人とも単なる「一ジャンルの大御所」に留まらず、タレントやアートなど幅広いカルチャーのアイコンとして君臨しました。
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2026年8月11日火曜日

台風15号 襲来、「山の日」

国民の祝日「山の日」の今朝、時計のアラームが鳴った。野鳥観察の定例とは別のイベントに参加するためだ・・・寝ぼけながらスイッチを切ったのはいいが、そのまま二度寝してしまった。正直、台風15号の影響を気にして、どうしようか迷っていて、気が緩んだのかもしれない。

台風15号の本州上陸地点の予想は、東北地方 → 福島地方へと南下した。最新の進路予想は、関東地方に向かっている、それも東京を狙ったように。今夜から明朝にかけて激しい雨や強風に襲われそう。

(本ブログ関連:”台風”)

■ テレ朝ニュース
「異例の台風 統計史上初めて茨城県に上陸か 激しい雨や暴風、竜巻などの突風の恐れ」(気象予報士 佐藤圭一、2026年8月11日 12:10)抜粋
    ー https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/900196914.html
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予想進路図の中心線が通る茨城県に上陸すれば過去76年の統計史上初めてです。

なぜ?異例の進路の台風15号    ←(午前6時現在:最低気圧:985hPa)
通常、台風は南の海上で発生して北上、日本付近で偏西風にのり東へ進むことが多くなります。しかし、今回高気圧が北日本付近に張り出し、さらに寒冷渦の影響もうけるという、あまり起こらない条件が重なり、珍しい進路をとることになりました

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今年の盆休み(13日 (木) ~ 16日(日)まで)は、天気の塩梅がよくなく、スッキリしない日が続くようだ。台風とは別にして、なぜか武蔵野台地は、夜になって雨となる日が多い。


■ 過去の台風の進路(Gemini 、Wikipedia)
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・東京上空を通過したケース:平成13年(2001年) 台風15号(最低気圧:945hPa)
神奈川県に上陸後東京都(多摩地域〜都心付近)を直進して縦断し、茨城県方面へ抜けました。都内でも大きな雨風被害を出しています。

房総半島を通過したケース:令和元年(2019年)台風15号(最低気圧:955 hPa)
9月9日未明に三浦半島付近を通過後東京湾を渡り千葉県千葉市付近に上陸しました。首都圏を中心に観測史上トップクラスの猛烈な暴風をもたらしました。
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2026年8月8日土曜日

今日は何の日(記念日が最も多い日)

以前のブログ(2022年11月11日)で、「今日は何の日」といった、日ごとに制定された記念日について触れたことがある。登録団体の「日本記念日協会」が発表しているなかで、一番記念日が多いのは、11月11日と10月10日だった。
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 ITmediaサイトの記事によれば、11月11日のきょう登録されている記念日(日本記念日協会に登録)の数は、10月10日と並んで最も多いという。
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あらためて、Googleの検索AIの Labs で、最新の登録状況を確認したところ、実はきょう(8月8日)が最多というのだ。
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日本記念日協会に登録されている記念日が1年でいちばん多い日は「8月8日」です。登録数は70件を超えており、末広がりで覚えやすい数字であることから多くの企業や団体が記念日に制定しています。
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そこで、「日本記念日協会」*のサイトで登録件数をカウントしたところ、きょう現在 87件あった。
(*)日本記念日協会: https://www.kinenbi.gr.jp/
記念日が多い、11月11日10月10日と同様に、8月8日のいずれも同じ数が横並びしており、日本語として語呂合わせ(だじゃれ)し易すく、当てはめ易すいのだろう。
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ねんどろいどの日
ありがとう!室外機の日
亀田の無限の日
スズメバチ対策の日
ReBONE∞DAY
八方末広「八広の日」
伝える、伝わるエンディングノートの日(EN日)
パパママ産前産後ケアの日
はれグループの日
シェットランド・シープドッグ ありがとうの日
米米CLUBの日
暑すぎる夏を終わらせる日
ぱちぱちまつ毛の日
ハチエモンの日
QCユーザー応援の日
山佐ネクストの日
やれないこと、やってやろうの日
ATHREE CANVASの日
DMMぱちタウンの日
パチパチパニックの日
夏トマトの日
ハッピーリボンデー
デルぱち君の誕生日
アンコンシャスバイアスに気づこう!の日
oggi ottoの日
デジタルノマドの日
リユースの日
ビスコの日
スタンプラリーの日
KIRISHIMA No.8の日
サステナブルファッションの日
スッキリ美腸の日
ふくしま桃の日
トイドローンを楽しむ日
ポテコなげわの日
福が留まる福の日
親バカ愛の日
MOMO尻の日
ガシャポンの日
meviyの日
湾宝の日
MOTHERチャレンジの日
野島(のしま)の日
挑人の日
田主丸・河童の日
三陸たこせんの日
ホールケーキの日
アンドリューのエッグタルトの日
阿波尾鶏の日
Dr.シーバのエラスチンの日
ありあけハーバーの日
LOVOTの日
小浜水産グループ・カンパチの日
しろたんの日
ベーグルの日
クラッピーの日
4Cの日
パパの日
歯ブラシ交換デー
生パスタの日
ペアリングの日
コルセットの日
エプロンの日
ドアリースの日
信州地酒で乾杯の日
潤う瞳の日
こうじの日
はんざき祭りの日
爬虫類の日
チョコラBBの日
チャーハンの日
パインアメの日
がま口の日
夢ケーキの日
ぱちんこの日
醤油豆の日
ブルーベリーの日
マルちゃん焼そばの日
おばあさんの日
葉っぱの日
プチプチの日
発酵食品の日
そろばんの日
ドール・フィリピン産パパイヤの日
屋根の日
歯並びの日
洋食の日
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2026年7月20日月曜日

海の日 2026、土用入

3連休のきょう、7月の第3月曜日に制定された、国民の祝日「海の日」*である。
(*)起源は、1876年に明治天皇が初めて灯台視察船(明治丸)で航海し、7月20日に横浜港へご帰港されたことによる。(Google検索 Labs)

(本ブログ関連:”海の日”)

当然、対になる国民の祝日として、来月8月11日に「山の日」**となるわけ。
(**)起源は、(案の定)1996年に「海の日」が祝日になったことを受け、山岳団体や自然保護の関係者から「山の日も作ってほしい」という声が上がったことがきっかけで、2016年に制定された。(Google検索 Labs、Wikipedia)

海といえば、仕事仲間と行った「ゴチ(マゴチ)」釣りを思い出す。吊り上げて喜んだのはいいが、慎重に針を取り外すことを知らず、素手でつかんだ瞬間、背鰭(せびれ)の棘に思いっきり刺されてしまい、しばらく中断して、仲間の釣りを眺める羽目になった。以来、魚釣りは、鰭(ひれ)に注意するようになった・・・そんなに出かけたわけではないが。


土用の入り
合わせて、きょうは土用の入りで、鰻(ウナギ)を食いたくなる季節だ。そういえば、以前触れたことがあるが、日光街道を北に進む、千住新橋の手前に、歩道にモウモウと「蒲焼」の煙を立てた、店頭を開けっ広げにした持ち帰り専門店があった。あれはいけない反則だ・・・客足が絶えなかった。思わず列に加わりそうになった。

(本ブログ関連:”蒲焼”)

2026年7月13日月曜日

(資料)連歌と連句

おとつい(7/11)、図書館で「杞憂に終わる連句入門」(鈴木千恵子、文学通信)*を借りたが、手も足も出ない。杞憂のままなので、ネットの力を借りて、「連歌」と「連句」について、基礎知識を習得中(教科書的な整理)。
(*)同書の「発句」の定義に、「芭蕉は生涯にどれだけの句を詠んだか? という問いを立てた人がいるが、答えは強いて言えば、芭蕉は俳句は詠んでいない、である、発句をそれだけで創作鑑賞されるようになったものを地発句(じほっく)といい、正岡子規が俳句と名づけたのである。」

(本ブログ関連:”連歌”、”連句”)

■ Gemini より

①「連歌」と「連句」の特徴
項目連歌(れんが)連句(れんく)
主な時代鎌倉時代 〜 室町時代江戸時代 〜 現代
言葉遣い

雅語
(和歌に使う美しく伝統的な言葉)
俗語・漢語・流行語
(日常の言葉)
表現のトーン優雅、格調高い、精神的な美滑稽(おかしみ)、庶民的、人間味
代表的な形式百韻(100句つなげる)歌仙(36句つなげる)
担い手貴族、武士、僧侶俳人、一般庶民
代表的な人物宗祇(そうぎ)、二条良基松尾芭蕉、与謝蕪村
後世への影響和歌の伝統を継承最初の句(発句)が「俳句」へ発展


➁「連歌」と「連句」のルール(式目)例
句の順番連歌連句
発句 (1句目)切れ字(~かな)で言い切る。当季の季語。客への強烈な挨拶・言祝ぎ。切れ字、当季の季語は共通。ただし、言葉づかいが日常語になり、より軽妙な挨拶になる。
脇句 (2句目)体言止め(名詞止め)が絶対原則。 発句と同季。体言止めが好まれるが、絶対ではなくなる。 動詞で終わってもOK。発句と同季。
第三 (3句目)「〜て」などの接続助詞(て止め)が絶対原則。「〜て」で終わらなくてもOK。 連歌よりも早い段階からガラリと場面を転換させることが多い。

(付記)
連歌・連句で、「一つ前に提示されたお題 = 前句」に対して、「自分が今から添えるアンサー = 付句」という、ペアを指す言葉が使われた。
→  本ブログ: 7月9日「魂がないと此世は面白し(武玉川)」に追記。


■ Google検索(Labs)、他より
「連歌と連句、代表作例」
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1. 「連歌」:『水無瀬三吟百韻(みなせさんぎんひゃくいん)』 より冒頭3句

● 発句(5-7-5:宗祇)
     雪ながら 山もと霞む 夕(ゆふ)べかな
(まだ雪が残っているのに、山のふもとは春の霧でかすんでいる、そんな美しい夕暮れだ)

● 脇句(7-7:肖柏) 
    行く水遠(とほ)く 梅匂(にほ)ふ里
(かすみの先を流れる川の水は遠くまで続き、梅の香りをのせた風が吹いてくる)

● 第三(5-7-5:宗長)  
    川風に 一むら柳 春見えて
(その川風に吹かれて、一塊の柳の木が芽吹き、いよいよ春の訪れを感じさせる)


2. 「連句」歌仙:『初木枯の巻(はつこがらしのまき)』 より冒頭3句

● 発句(5-7-5:冬、芭蕉) 
    狂句 こがらしの 身は竹斎に 似たる哉   ←「狂句」:破調としてある
 (木枯らしの中を旅する我が身は、まるで仮名草子にある旅の藪医「竹斎」のようだ)

● 脇句(7-7:冬、野水) 
    たそやとばしる かさの山茶花  
(枯らしに飛び散る山茶花(さざんか)を、旅笠にいっぱい着けて到着した人は一体誰)

● 第三(5-7-5:秋、荷兮)
     有明の 主水に酒屋 つくらせて 
 (主水(もんど:水を司る役)の屋敷近くに酒屋を作らせた、という風流な景物へ展開)

参考
■ 山梨県立大学
「冬の日脚注(1/5)」
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/huyunohi00.htm
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2026年6月5日金曜日

クマ情報2

クマ情報(5/23)の続き

先日(6/3)、福島市内で人を襲ったクマが、工場敷地に居すわったにもかかわらず、同夜逃げ出したという。何と麻酔銃・箱わなを試みただけという。しかも、現場近くに小・中学校があるというのに・・・駆除を避け・取り逃がした、自治体(市町村長の判断で発砲指示可能)の緊急感の無さにあきれる。

(本ブログ関連:”クマ”)

■ Youtube(登録: FNNプライムオンライン)
「男女4人襲ったクマ 居座っていた工場から逃げ出す “緊急銃猟態勢”敷かれるなか…」(2026年06月04日)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=j7ho2iPghjc
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クマはその後、工場内に居すわったため、市が緊急銃猟態勢をとり麻酔銃を撃ったり箱わなを設置したりするなどして捕獲を試みましたが、きのう午後11時ごろ、建物の窓から逃げ出しました。
このため、近くの小・中学校はきょうも臨時休校としています。
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Googleの検索で、「熊 事件」/ ツール(1時間以内)で調べても、最新の各地のクマ出没情報が次々表示される。ちなみに、東京では、多摩川などの河川敷をたどって都心へ侵入する可能性だってあるのだから・・・。

先日深夜のNHKテレビの特集(再放送だろう:5月31日)で、知床のヒグマの生態が放送された。エゾシカが増大して、ヒグマも食べる野草が競合して減っているという。結果、人里にクマが降りてきている・・・という紹介をしていたが、エゾシカを襲う場面は一切なかった。(他に、ヒグマが食肉化しているという情報もあるのに。) 
この様な状況なのに、放送では痩せたクマの姿を強調して、人との新たなかかわりに視点を変えるべきかのような終わり方をしていた。(さすがに、ヒグマとの共生なんて言葉は使ってなかったが)

居住エリアに出没するクマを、駆除できる<緊急銃猟制度>が施行されている。メディアは、以前のいわゆる<共生論>から、生活の<安全・棲み分け論>に舵を切らざる得なくなっているが、まだ共生論から十分抜け出せずにいて、駆除の現実を控えめに報道している。


■ Gemini(抜粋)

Q.現在、居住エリアにクマが出没することに対して、駆除を許容する法律省令?の変更・新設があったのでしょうか? ニュースで駆除の情報が多いような気がします・・・それにともなってか、共生を主張する声の紹介がメディア上で減っている気もします。
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A.ここ最近、テレビやネットのニュースでクマの駆除に関する話題がかなり増えたと感じられるのは、非常に的確な視点です。

実は、ご推測の通り、法律の大幅な改正と省令の変更が立て続けに行われており、国や自治体の対策は「共生・保護」から「人命最優先の積極的な捕獲・駆除」へと明確に舵を切っています。

なぜニュースが増えたのか、そしてメディアのトーンが変わったのか、背景にある制度の変更を整理しました。

1. 法律や省令の具体的な変更点
主に2つの大きな転換がありました。
① 「指定管理鳥獣」への追加(省令の変更:2024年)
それまで国から集中投資を受けて駆除を進めていた「ニホンジカ」と「イノシシ」に加え、新たにクマ類(ヒグマ・ツキノワグマ※四国を除く)が「指定管理鳥獣」に指定されました。これにより、都道府県がクマを駆除するための対策に国の交付金(予算)が大きく投入されるようになり、全国で捕獲・削減の目標数が引き上げられました。

② 市街地での銃使用の規制緩和(鳥獣保護管理法の改正:2025年9月施行
これまで日本の法律では、住宅が立ち並ぶ「住居集合地域」での猟銃の使用は原則として固く禁止されていました。しかし、2025年4月に改正鳥獣保護管理法が成立し、同年2025年9月1日より「緊急銃猟制度」が施行されました。

緊急銃猟制度とは
人の日常生活圏にクマが出没し、人身被害の危険が差し迫っている場合、市町村の判断安全確保(住民の避難など)を前提に、特例として市街地や建物内でも猟銃(麻酔銃含む)を使用した駆除・捕獲が可能になりました。

これまで「目の前にクマがいるのに、法律の壁や後々の責任追及を恐れてハンターが銃を撃てない」という膠着状態が問題になっていましたが、この法改正によって現場が動きやすくなりました。

2. メディアで「共生」の声が減ったように感じる理由
「共生を主張する声の紹介が減った」という肌感覚も、現在の社会情勢を正確に捉えています。これにはいくつか理由があります。

〇 被害の深刻化とステージの変化: かつては「奥山にいるクマを守ろう」「山を荒らさないようにしよう」という共生の議論が主流でした。しかし、ここ数年はクマが市街地、駅前、学校の敷地、さらには家の中にまで日常的に侵入し、凄惨な人身被害が多発しています。メディアも「いま目の前にある命の危機」を報じる必要があるため、情緒的な共生論よりも「どうやって住民の安全を守るか」という現実的な駆除・防衛のニュースに偏らざるを得なくなっています。

〇 過度な抗議(電凸)への批判: 自治体や猟友会がクマを駆除した際、地域外の居住者から「かわいそう」「なぜ殺した」といった激しい抗議電話(いわゆる電凸)が殺到し、行政機能が麻痺する問題がクローズアップされました。これにより、現場の負担を無視した一方的な愛護論や共生論に対して、世論やメディアが以前よりも批判的、あるいは慎重になった背景もあります。

〇 「ゾーニング(すみ分け)」という新しい共生: メディアで言われる「共生」の定義自体が変わってきています。一律に「仲良く暮らす」のではなく、「人間の生活圏(市街地)に一歩でも入ったクマは厳格に駆除する。その代わり、奥山にいるクマは刺激せず、そちらの生息環境は守る」という、徹底した『すみ分け』をベースにした管理政策が進められています。
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2026年5月23日土曜日

クマ情報

夜のテレビニュースで、都内でクマ被害にあった可能性のある遺体が発見されたと報じられた。それに応えるように、石原環境大臣から注意喚起があった。
クマ出没情報を目振ると、奥多摩、八王子近辺でクマが(すでに当たり前のように)出没しているのに驚かされる。

(本ブログ関連:”クマ”)

生成AI Gemini によると、「圏央道の近くや川筋(多摩川の河川敷など)を経由してより人里に近い平地までクマが移動してくる傾向が専門家からも指摘されています」とのこと。これからは、思った以上に都心に近づいてくる可能性があるかもしれない

何度もいうが、保育所/幼稚園・小中学校・通学路に寄って来て、取り返しのつかない悲劇に遭わないためにも、具体的な対策が必要(ぎりぎりまで我慢する必要のない事案なのだが)。


■ TBS news dig
「『クマによる被害避ける行動を』東京・埼玉にまたがる仙元峠付近でクマに襲われた可能性のある遺体発見受け石原環境大臣が注意喚起『クマに出会わないための6か条』も」(2026年5月22日(金))
    ー https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2677979?display=1
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東京・奥多摩町と埼玉県秩父市にまたがる仙元峠付近でクマに襲われた可能性がある遺体*が見つかったことを受け、石原環境大臣は、「まだ死因は判明していない」としたうえでクマによる被害を避ける行動を取るよう呼びかけました。
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*東京新聞
「クマが?『下半身だけ』の遺体、奥多摩の登山道に 近くには動物の足跡多数、『捜索願が出ている人物』の身分証も」(2026.5.19)
    ー https://www.tokyo-np.co.jp/article/489253
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 19日午後1時ごろ、東京都奥多摩町日原**仙元峠の登山道付近で、下半身だけの人の遺体が見つかった。警視庁青梅署によると、近くには大型動物のものとみられる多数の足跡とふんがあった。署はクマに襲われた可能性もあるとみて調べている。
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**)昔、冬の「日原」で、鹿の足首が凍った路上に置き去りにされているのを見た。
    ー (本ブログ関連:”シカ(クマ)、マムシ、ヒグマ”)

■ MicrosoftのPower BIシステム
「東京都ツキノワグマ目撃等情報マップ ~TOKYOくまっぷ~」
    ー 「マップ」、「一覧表」
    ー https://app.powerbi.com/view?r=eyJrIjoiMTI3ZWMwMzktODJkZS00NzMxLWI0MTctOTVlODBhMjEzMGY0IiwidCI6ImQwMzAyZmNjLTNlODEtNDljMy04MjM1LWQzMTFhMzY4NGNmYyJ9



■ 全国クマ出没マップ(民間サイト)
「公式報告、ニュース、コミュニティ情報 - 133,677件の出没を追跡」
    ー 「マップを見る」、「地域を見る」
    ー https://kumamap.com/ja
    ー (東京都内) https://kumamap.com/ja/areas/tokyo


■ Gemini :最近(2026年5月現在)の具体的な出没エリア例
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ご参考までに、これらのマップや直近の自治体発表等から確認できる、メディアでは省略されがちな具体的な地名の一部です。

八王子市エリア:
● 元八王子町(2丁目など): 4月下旬から5月にかけて、住宅や畑、雑木林の近く(仕掛けカメラや罠の付近)で体長1メートルを超える個体が何度も確認・撮影されています。
● 上恩方町・下恩方町: 5月中旬に、住民のセンサーカメラに親子とみられる2頭のツキノワグマが鮮明に映り、市が箱わなを設置しています。
● 楢原町・四谷町: 5月22日夕方、松枝橋付近の川でクマらしき動物の目撃情報があり、注意が呼びかけられています。

奥多摩・青梅エリア:
● 奥多摩町(三ノ木戸山付近など): 5月中旬に登山客が襲われたとみられる事案が発生し、該当の登山道が閉鎖されました。
● 青梅市(御岳2丁目付近など): 5月中旬に御岳山周辺の沢や岩場付近で目撃情報が出ています。
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2026年5月4日月曜日

みどりの日 2026、目には青葉 山ほととぎす 初鰹(山口素堂)

きょうは 5月の<国民の祝日> 2日目の「みどりの日」だ。初夏を思わせる公園に出かけたとき、日陰棚の頭上を厚く樹影が覆い、眩しい日射しからさえぎられた場所になったことに気づく。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

きのうの昼ごろから今朝まで、南の風が吹き続いた。最大瞬間風速は次の通り:
・5/3: 15.3m/s、南南西(05:34)
・5/416.1m/s、南南東(23:37)
なお今朝方、わずかなながら小雨が降った。

(付記)
今年、「夏日」(25℃以上)となった日の最高気温
月日   最高気温(時刻)
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4/16: 25.2℃
4/19: 26.6℃
4/20: 25.7℃
4/21: 25.5℃
5/3:   25.8℃(13:32)
5/4:  28.6℃(14:15)← きょう
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山口素堂(そどう)

初夏の(初物好きの)句に、「目には青葉  山ほととぎす  初鰹(はつがつお)」(山口素堂、寛永19年⁅1642年] ~  享保元年⁅1716年])がある。あまりにもポピュラー。素堂は、芭蕉庵に通い、親しく交流したようだ(土木関係の縁もあったのかな?)。

(本ブログ関連:”ホトトギスカッコウ”)

日本では「ホトトギス」、英国では(上記、関連リンクの)「カッコウ」が初夏を知らせる。ちなみに、「初鰹」に相当する英国の食べ物について、生成AIの Gemini に問うたところ新ジャガの「ジャージー・ロイヤル(Jersey Royal)」が適切とのこと。

ところで、素堂のプロフィールについて、Wikipediaは少々曖昧。ネットで Gemini などに問うたところ次のような回答を得た。すなわち上掲句に対する世俗的な反響とは裏腹に「超然とした高潔な印象を与える」人物だったようだ。以下抜粋。
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・若くして隠居(家業の酒造業の家督を弟にゆずる)。
・特定の職業を持たない、風雅な隠士(定収入のない文化人 / 教養人)。
・「趣味人」のスタンスを貫き、特定の流派を立てることもなく、地位や名声にも無頓着。
・儒学、漢詩、さらには和歌、書道、茶道、能楽まで嗜むマルチな文化人。
・芭蕉の漢詩的リテラシーに影響をもたらした面もあるようだ。
・「都会の隠者」に徹した。
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■ 山梨県立大学  芭蕉関係人名集
「山口素堂」
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/whoswho/sodoh.htm

まさに、元禄の時代、理想的な都会の<自由人> だったようだ。

2026年5月3日日曜日

憲法記念日 2026、自然観察園

きょうから <国民の祝日> が続く。昨日 5/2(土)を合わせると5連休となる。祝日第1日目は「憲法記念日」だ。
・5/3(日):「憲法記念日」
・5/4(月):「みどりの日」
・5/5(火):「こどもの日」、二十四節気「立春」
(5/9(水): 振替休暇)

上記祝日の前後の有給休暇の取りようによっては、連休をさらに伸ばせる。とはいえ、子どものいる家庭はいろいろと負担だろう・・・連休明けに、<ゴールデンウィーク疲れ>が聞こえてきそう。


自然観察園

いつも日曜日で、そんなの関係ないといいながら、久しぶりに公園併設の自然観察園へ出かけた。快晴の昼過ぎ、まさに最高気温(25.8℃(13:32))のころ、公園の小川で子どもたちが水遊びする光景が見えた・・・まるで夏景色のよう。

自然観察園にも、大人たち(若いカップルから高齢者集団まで)が次々訪れていた。園内の緑は濃く、下草も一面に茂っていた。例によって、入り口の掲示板の写真と配布の「5月 観察順路図」資料に従って、次の写真の野草を観察した。

スイカズラ(写真左)、ヤブヘビイチゴ(写真中央)、ムサシノキスゲ?(写真右)
・自然観察園の入り口近くに、強い陽射しを受けた「スイカズラ」の花が咲いている。白と黄色の色合いが眩しく、いささか妖艶な感がしないでもない。花言葉が「愛の絆」だそうで、その感が増した。
・順路の路肩、草葉に隠れるように「ヤブヘビイチゴ」の赤い実が顔をのぞかせていた。可愛らしい。食べられるようだが、味はほとんどないとのこと。
・多磨霊園に隣接する <浅間山公園> に本来自生する「ムサシノキスゲ」が観察順路図に示されているので探したが、それより少し手前(入口寄り)、ロープで仕切られた奥に数輪咲いているのを見た(多分そうだろうと思った)。



オドリコソウ(写真左)、ヒメカンゾウ(写真右)
・自然観察園全体に「オドリコソウ」の花が広がっている。その勢いは増すだろう。花を輪状にして咲く姿は、見かけによらず地味だが、一面に広がると圧巻である。
・自然観察園の西側奥に「ヒメカンゾウ」が咲いているとのことだが、その数は少なく時期も過ぎたのか群生するほどでもない。ムサシノキズゲの黄色より濃い目の黄橙色の花が少しだけ咲いていた。

2026年4月6日月曜日

これはこれはとばかり花の芳野山(安原貞室)

今、奈良県の吉野山の斜面を這うように、「サクラ」(大部分が、白い花の「シロヤマサクラ」)の花が昇っているそうだ。観桜の機会がむつかしいので、ニュース映像で知ることになる。この地は、古来、桜の名所で、多くの人が訪れている。秀吉は、大層な花見の宴を催したという。

江戸時代、俳諧の貞門派、松永貞徳の高弟である「安原貞室(やすはら ていしつ)」(慶長15年(1610年)~ 延宝元年(1673年))も、爛漫の景色を見た。俳諧撰集「曠野(あらの)集 巻之一 」の巻頭句に「これはこれはとばかり花の芳野山」がある。

「これはこれは」と思わず口にした場面が浮かぶ。<これはこれは!> ふだん誰れもが口にする表現で技巧がないだけ、その感嘆振りに共感する。たぶん、おじさんがよく使いそうな言葉だけに・・・。

■ 山梨県立大学  芭蕉関係人名集
阿羅野脚注 巻之一    花  郭  公  月  雪」 ← 阿羅野 = 曠野(あらの)
    ー 阿羅野: 蕉門の山本荷兮(かけい)が編纂し、元禄2年(1689年)に刊行した俳諧撰集
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/arano10.htm
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よしのにて
これはこれはとばかり花の芳野山            ←  芳野山 = 吉野山
我まゝをいはする花のあるじ哉              八十村 路通
・・・
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(本ブログ関連:”八十村 路通”)


■ 朝日新聞
「空から見下ろす『一目千本』 山肌覆う桜が満開に 奈良・吉野山」(2026年4月5日)
    ー https://www.asahi.com/articles/ASV4522RXV45UQIP00RM.html?ref=youtube
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 一目で千本の桜が見渡せることから「一目千本」と呼ばれ、約200種、3万本の桜がある。最も多いのは「シロヤマザクラ」で、「ソメイヨシノ」よりも白っぽい花が咲く。品種の違いや標高による寒暖差、日当たりなどが影響して、桜が咲く風景を長く楽しめる。

 吉野山観光協会によると、標高*が低い場所では、4日までに満開を迎えた。一帯で標高が最も高い「奥千本」では、10日ごろ満開になると予想している。
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(*)標高: 下千本(しもせんぼん)、中千本上千本奥千本と標高の低い順に約1ヶ月かけて開花が山を昇る。


■ Youtube(登録: 朝日新聞)
「奈良・吉野山の桜 「一目千本」山肌覆う桜が満開に」(2026/04/05)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=DPzN7Uy_HcA



■ 公益社団法人 日本地震工学会【公式】
    ー https://x.com/JAEEGAKKAI/status/2038081207733481981
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吉野の桜は「シロヤマザクラ」という古来種を主とし、後世普及用に品種改良した「ソメイヨシノ」に比べピンクが鮮やか**です。金峯山寺(きんぷせんじ)信仰から寄進されました。砂岩斜面根を張る適応力があり平地に近い下千本から咲き始め1ヶ月見頃が続きます

一目千本」の桜が著名な奈良県の858mの山。中央構造線南側***隆起した砂岩の地形が水流で深く削られ、尾根と落差を形成。桜の古来種平安以降の1000年の育成により、高度・場所ごとにのべ3万本の桜が咲き誇ります
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(**)シロヤマザクラの花の色合いが上記新聞記事と逆?  →  白い色が鮮やかが正しいようだ。
(***)吉野山は、中央構造線の南側「三波帯」の更に南側の「秩父帯」に属し、チャートや石灰岩、砂岩泥岩互層などで構成する。


(参考)

■ 万葉百科 奈良県立万葉文化館 
(万葉集)「歌詳細」 ー  山部赤人
    ー https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detailLink?cls=db_manyo&pkey=924
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吉野の象山のまの木末にはここだも騒く鳥の声かも(巻6-924)
(み吉野の象山(きさやま)の辺りの枝の先には、多くさえずり合う鳥の声が響く)
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(追記)

■ Gemini
「中央構造線」:関東から九州まで約1,000km以上にわたって続く巨大な断層
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徳島県から和歌山県、、伊勢湾にかけての区間は、現在も活発に動く「活断層」として知られています。
・現在、南から「フィリピン海プレート」が「ユーラシアプレート」の下に沈み込んでいます。この際、日本列島を西向きに押し出す力が加わっており、その歪みが中央構造線沿いの断層を動かす原因の一つとなっています。
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■ 国土交通省天竜川上流河川事務所
「中央構造線読み方案内 -諏訪から大鹿村地蔵峠まで ー」(河本和朗著)
    ー https://mtl-muse.com/wp-content/uploads/2019/02/020328_yomikata.pdf

2026年3月4日水曜日

イカル

きのうの朝方からの雨は、きょうの朝になって止んだ。久しぶりの長雨だった。

毎日、自然観察(探鳥会)のベテランの方が配信される写真に、(冬には山地から平地に降りてきて群れで生活する)漂鳥の「イカル)」の姿がある。間近に迫った写真なので、その姿を図鑑で見るように理解しがちだが、フィールドでは近くに見られる訳ではない・・・でも見慣れた気持ちでいる不思議。

(本ブログ関連:”イカル”)

黒い頭上のイカルは、嘴(くちばし)が黄色く太いアトリ科の野鳥で、フィールドで、イカル(体長 23cm)>「シメ」*(19cm)>「カワラヒワ」**(15cm)の仲間をよく目にする。地上で木々の実をついばみ、群れて飛ぶ様子の写真を見て身近に感じているけれど、私ひとりで群れと出会ったら、遠くから即断できる自信はいまだにない
(*)シメ: イカルに似ているが、体色、翼が異なる。特に頭が薄茶色。(写真・図鑑)
(**)カワラヒワ: 飛翔時、羽の白帯のとびとび模様が目立つ。(写真・図鑑)

ところで、イカルの名から、奈良県(生駒郡 斑鳩町)の「斑鳩(いかるが)の里」が浮かんでくる。実際、イカルの名は、斑鳩の地に由来していると同町サイトに解説がある。

■ 斑鳩町
「町の鳥に「いかる」、町の花に「つばき」を制定」(2022年3月14日)
    ー https://www.town.ikaruga.nara.jp/0000000783.html
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斑鳩町では、町制70周年を記念して、町の花に「さざんか」に加えて「つばき」を制定するとともに、町の鳥に「いかる」を制定しました。

斑鳩の地名の由来といわれる鳥です。

斑鳩町の地名の由来はさまざまな説がありますが、この地に「いかる」という鳥が群れをなしていたという説が有名です。また、法隆寺・東大門のそばに大きなケヤキの木があって、そこに「いかる」が住んでいたという伝説も残されています。

さらに、聖徳太子が法隆寺を建てる土地を探しておられると、「いかる」の群れが集まって空に舞い上がり、ここが仏法興隆の地であると教えたためであるという伝説もあります。

今も、秋から冬にかけて、斑鳩の里に飛んできています。
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■「野鳥の名前 ー 名前の由来と語源」(安部直哉、ヤマケイ文庫)
「イカル」の項より抜粋
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・ちなみに古来「いかるが(斑鳩)」は「キジバト」を指し、「イカル」と異なるとの解説。
・鳴き声(さえずり)「キーコーキー」を「イーカールー」と聞いたろう説をとるという。
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■「庭や街で愛でる野鳥の本」(大橋弘一、山と渓谷社)
「イカル ー 大きなくちばし、黄色いペンチ」の項より抜粋
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・イカルの古名に「まめまわし」がある。
・特有の太いくちばしで、木(ヤマザクラ、エノキ)の実などを、回すようにしながら割って食べる。まるでペンチのよな力がある。
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2026年3月1日日曜日

きょうから「春」

カレンダー上、きょうから「春」(気象庁の区分で 3月~5月)だ。晴天、東南東の風、最高気温が、19.5℃(14:44)と心地よい。今朝のテレビの天気予報は、さっそく「桜」の「開花予想」をしていた・・・なんでも、昨年の開花は平年並み(3/24)だったが、今年は一週間ほど早い(3/14)かもしれないとのこと。

■ 気象庁
「さくらの開花日(2021-2025年)」
    ー https://www.data.jma.go.jp/sakura/data/sakura003_07.html

家中の壁掛けカレンダーから、2月分をせっせとはがした(100均ショップの壁掛けカレンダーが安価なため、部屋や空間ごとに吊るしている)。今年は「うるう年」でないので、時刻と月日を交互に表示するデジタル時計の調整の必要がないのは幸いだ(これも100均ショップで購入して、壁掛け時計の見えぬ洗顔所からトイレまであちこちに置いている)。

気分は春。待ちに待った春だが、最高気温からの下降も激しい。気温の変化はしばらく波打つように繰り返しそう。まさに冬から春先の「三寒四温」だ。

以前のブログで、この時期にちなんだ、童謡「春が来た」(作詞 高野辰之、作曲 岡野貞一、明治43年:1910年発行の『尋常小学読本唱歌』に所収)を触れていたと思ったら未だだった。これほど親しまれた曲を未掲だったとは・・・そこで、先日(2/27)の童謡「春よ来い」に続けてとりあげることにした。春は、山にも、里にも、野にも来る。

子どもの実感として、春は入学式(新学期)、さくらの花見、遠足など楽しい行事でいっぱいだった。幼いころ、家族と山裾の畑地に行って、「レンゲソウ」を摘み花輪を作った記憶がある。なぜか、思い出はドローンで撮ったような心像なのだ・・・心のどこかで美化したい気持ちがあるのだろう。
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春が來た 春が來た どこに來た
山に來た 里に來た 野にも來た

花が咲く 花が咲く どこに咲く
山に咲く 里に咲く 野にも咲く

鳥が鳴く 鳥が鳴く どこで鳴く
山で鳴く 里で鳴く 野でも鳴く
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■ Youtube(登録: ゆめあるチャンネル)
「春が来た(春の童謡)」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=iT2s2MHbkF4

2026年2月16日月曜日

天気図記念日

日ごとの記念日を紹介するサイト「雑学ネタ帳」*に、きょうの日付(2/16)の記念日として「天気図記念日」が掲載されている。記念日といえば「日本記念日協会」**に登録されるのが一般的だが、同協会サイトに該当するものがない。
(*)雑学ネタ帳: https://zatsuneta.com/archives/102161.html
(**)日本記念日協会: https://www.kinenbi.gr.jp/

そこで、生成AIの Gemini / 検索 Labs にたずねてみた。

Q.きょうは「天気図記念日」ですが、「日本記念日協会」に登録されていますか?
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A.本日2月16日は「天気図記念日」ですね。結論から申し上げますと、この記念日は <「日本記念日協会」には登録されていません>。

調査したところ、この日は特定の団体が申請して制定された「登録記念日」ではなく歴史的な事実に基づいた<「慣習的な記念日」>として広く認知されているようです。

「天気図記念日」の豆知識
・由来: 1883年(明治16年)2月16日、ドイツの気象学者エリヴィン・クニッピング(Erwin Knipping)の指導により、日本で初めての天気図が作成されたことにちなんでいます。
・当時の様子: 最初は全国11カ所の観測データを元に作られた「7色刷り」の図でした。当時は今のようにネットもテレビもありませんから、新橋や横浜の停車場(駅)に掲示されて人々に知らされていたそうです。
・公式ではない?: 気象庁が正式に制定したものでもありませんが日本の気象観測の第一歩として、毎年この時期になると気象関連の話題として取り上げられる定番の日となっています。

ちなみに、気象庁が正式に定めているのは6月1日の(1875年6月1日に東京気象台が設立されたことに由来する)<「気象記念日」>の方ですね。
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天気予報は、今夕、雨天に変わり、日付の変わる深夜に霙(みぞれ)になるとい。今後、気温に谷あり、山ありが続くようだ。それでも、春はそこまでやって来ている。


ラジオの「気象通報」と、天気図の作成

中学生のときだったか、(夏休みの?)宿題に「ラジオの『気象通報』を聞いて、天気図を完成しなさい」という課題があった(確か、授業で何度か練習していたはず)。
NHKラジオのアナウンサーによる独特な口調で読み上げる情報を聞き漏らさないよう、一生懸命白紙の天気図に書き込んだものだ。今では、書き方・記号の区別などすっかり忘れたが・・・なぜか懐かしい。

2026年1月26日月曜日

新鉱物

朝のテレビで、群馬県の「茂倉沢鉱山」で新鉱物を発見したというニュース知った。同鉱山は、マンガン鉱床にあり、マンガン鉱物の産地で知られている。ただし、行ったことがないので、以前、石仲間からロードナイト(バラ輝石)の標本をいただいたことがある。

マンガン関連の鉱山で、都内で最も近場といえば、JR青梅線の終点「奥多摩駅」裏の山にある「奥多摩鉱山」だろう。図鑑にあるような、桃色~紅色にいたる各種マンガン鉱物を期待はできないが・・・。

(本ブログ関連:”新鉱物”、”鉱物趣味”、”鉱物好き”)

鉱物趣味の醍醐味は、現地鉱山跡で採集することだ(マニアとしての価値は、あくまでも国内産へのこだわりがある)。つい標本を増やしたくなるものだが、世界で約6.000種日本産は(幸運にも*)その2割ほどあるという。年間の新発見数は、世界で約100種前後日本で1~5種程度という(生成AI Geminiより)
(*)「日本は火山活動プレートの沈み込みが激しいため、狭い国土に多様な環境(高温高圧など)が揃っており、世界的に見ても新鉱物が見つかりやすい非常に珍しい場所といえます。」(Geminiより)

今回の発見は、レアアース(セリウム、ランタン)を含む新鉱物といったことで、話題を集めているようだ。むかし、長野県茅野市金沢にある「金鶏鉱山」に「セリウム・フローレンス」の美しい結晶を大いに期待して行ったことがあるが(結果は残念だった)。

(本ブログ関連:”セリウム”、”ランタン”)

ニュース記事を、記録のため次の通り保存させていただく。(山口大学の研究者が、どうして群馬の鉱山なのか?・・・ なんて思ったりした)

■ ITmedia NEWS
「レアアースを含む“日本産新鉱物4種”、山口大が発見 発見場所は群馬県」(松浦立樹、2026年01月23日 18時51分)
    ー https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2601/23/news117.html
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山口大学は1月23日、レアアースを含む新鉱物4種を発見したと発表した。発見場所は、層状マンガン鉱床である群馬県の茂倉沢鉱山だ。

今回見つかった4種の鉱物の名称は、
・「セリウムバナジン赤坂簾石(れんせき)」vanadoakasakaite-(Ce)
・「セリウム赤簾石」akasakaite-(Ce)
・「ランタン赤坂簾石」akasakaite-(La)
・「ランタンバナジン赤坂簾石」。vanadoakasakaite-(La)
このうち、セリウムバナジン赤坂簾石は2024年10月に国際鉱物学連合が新種として承認、残り3種の鉱物も25年5月に承認された。

石英中にみられる新鉱物「セリウムバナジン赤坂簾石」の暗褐色の柱状結晶 (東京大学物性研究所の浜根大輔博士が撮影)
ランタン赤坂簾石(この研究の論文から引用

4種類の新鉱物は、「バラ輝石」という鉱物を豊富に含む岩石中にある、石英の塊の中に存在していた。見た目はいずれも暗褐色の柱状結晶で、それぞれを区別するには化学分析と結晶構造解析が不可欠だ。またどの鉱物も「赤坂簾石」というグループに分類され、ランタンセリウムなどのレアアースを多く含む。

この研究成果は、科学雑誌「Journal of Mineralogical and Petrological Sciences」に同日付で掲載された**。
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(**)Journal of Mineralogical and Petrological Sciences: JMPS
「New epidote-supergroup minerals from the Mogurazawa mine, Gunma, Japan: akasakaite-(Ce), akasakaite-(La), vanadoakasakaite-(Ce), and vanadoakasakaite-(La)」
    ー https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmps/121/1/121_250927/_article/-char/en


そこで、生成AI Gemini に、山口大学の研究チームが群馬県の鉱山で発見したのかについて回答してもらった。

■ Gemini

Q.最近トピックの新鉱物の発見に、何で山口大学の研究者が、群馬の鉱山でと素朴な思いをしますが。
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A.「山口大学の研究チームが、なぜわざわざ群馬県の鉱山を?」という疑問、ごもっともです。物理的な距離を考えると不思議に思えますよね。

これには、日本の地質学・鉱物学界における <「研究の歴史」と、「研究室の専門性」> という2つの大きな理由があります。

1. 日本の「マンガン鉱床研究」の権威だから

山口大学(特に理学部の赤坂正秀名誉教授らのチーム)は、長年にわたってマンガンを含む鉱物や、それらが変成作用でどう変化するかを専門に研究してきました。

  • 茂倉沢は「教科書的な」場所 茂倉沢鉱山は、かつて日本屈指のマンガン産地であり、学術的に特異な元素(バナジウムなど)が濃集していることが古くから知られていました。

  • 「鉱物のカルテ」を読み解く力: 特定の山を深く研究し続けると、「この場所ならまだ未知の組み合わせの石があるはずだ」という予測が立ちます。山口大学のチームは、茂倉沢の石を数十年にわたり精密に分析し続けてきた、いわば <「茂倉沢のスペシャリスト」> なのです。

2. 分析機器の進化と「執念」

新鉱物の発見は、現地で石を拾うこと以上に、<「持ち帰った石をどれだけ細かく調べるか」> というラボでの作業が重要です。

  • 数ミクロンの世界: 今回発見された「赤坂簾石」などは、石英の中に埋まった数ミクロン(1ミリの1000分の1)単位の極めて小さな結晶です。

  • 山口大学の設備と情熱: 電子顕微鏡(EPMA)などを使って、その微小な粒の化学組成を一つずつ突き止める根気強い作業が行われました。地元の研究者でなくても、世界最高レベルの分析技術と「新種を見つける」という情熱があれば、遠方の鉱山の石でも世紀の発見に繋がります。

3. 「赤坂簾石」という名前に込められた意味

実は、今回発見された4種類の新鉱物の名前にある <「赤坂」は、この研究を主導した山口大学の赤坂正秀(あかさか まさひで)氏> の功績を称えて名付けられたものです。

背景: 鉱物の世界では、発見者自身が自分の名前をつけることはできません。通常、共同研究者や弟子たちが「これまでの先生のマンガン研究への貢献」に敬意を表して、師匠の名前を新鉱物に冠することが通例となっています。

つまり、<「山口大学の赤坂先生がずっと群馬の茂倉沢を研究してきたからこそ、その恩返しとして新鉱物に名前が残った」> という、非常に熱いストーリーがあるのです。

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2026年1月17日土曜日

小惑星イダ(Ida)の衛星ダクティル(Dactyl)

以前、バスク語入門講座に出席したとき、バスク人のエリアである、スぺインのカンタブリア海に面したビルバオ地方について、かつて製鉄の工業都市から文化都市へと変貌しているという解説があった。そこで、古い資料をもとに、バスクと鉄の関連について調べた。

(本ブログ関連:”バスクと鉄”
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国立国会図書館デジタルコレクションに、「民族形成と鉄の文明」(宍戸儀一著、道統社、昭和17年)がデジタル保存・公開されている。その記述に、「ダクチリと原バスク人」の項があり、原バスク人と鉄の関係について触れている。

(同書に紹介された)ヒューウィット(Hewitt)によれば、ダクチル(dactyl)族はフリギア(Phrygia)に於いてフィン系*の原バスク人と合一したといふ。(ダクチル:ギリシャ神話に登場、metalworkingを人に授ける)
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(*)先日(2025年12月23日)、フィンランド人(フィン族)について触れたが、原バスク人と関連あるというのは興味深い。


小惑星にも衛星がある
あるとき、火星と木星の間にある小惑星帯のひとつである「小惑星イダ(Ida)」の周りをまわる「衛星ダクティル(Dactyl)」があることを知り、上記の「ダクチル(Dactyl)族」のことを思い出した。ちなみに、衛星ダクティル(1.6x1.4x1.2 km)は、小惑星イトカワ(538x294x209 m)より大きい。

Dactylの名の由来は、
・「ギリシア語で『指』を意味する」(検索AI Labs)。
・「ギリシア神話に登場する『イダ山』に住む生き物の名前を取って『ダクティル』と命名された」(Wikipedia)。
・「ダクティルスは古代の鍛冶屋であり、治癒魔術師でもあった。いくつかの神話では、彼らはヘパイストスに雇われており、人間に金属加工、数学、アルファベットを教えたとされている」(e-Wikipedia

ところで、鉄に縁の深い小惑星は「ベスタ(Vesta)」で中心部に重い金属の核があるという。

2026年1月10日土曜日

(Gemini)東北地方のことば(アイヌ語以前と以後)

よくいわれることだが、「秋田美人」の起源について、鉱物好きの者の間にこんな説がある。以前のブログでも触れたことだが次に再掲する。

(本ブログ関連:”秋田藩”)
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(のど薬「龍角散」は)秋田藩(久保田藩、藩主佐竹氏)の時代に作られた家伝薬という。本草学に強い同藩らしい産物。佐竹氏には、江戸幕府より常陸から秋田へ転封を命じられたとき、常陸時代に財政を潤した多数の金山を埋め戻したとか、常陸から美人を引き連れて来たので秋田に美人が多いとか興味深い話がある。また、秋田蘭画に平賀源内とのゆかりもあって、山師だった源内の流れから、秋田大学の鉱山学科(部)が、鉱物マニアにすぐ浮かんでくる。
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それ以前のことだが、東北地方の地名の起源について気になる。例によって、生成AI Gemini にたずねた結果を次に転載する。


■ 生成AI Gemini  ①

Q-1.東北、北海道の地名の由来を、明確にアイヌ語に由来するものと、アイヌ語と推定するものとがあるように思います。後者の、アイヌ語と推定した地名は多いのでしょうか、いつごろからそのような傾向になったのでしょうか?
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A-1.東北や北海道の地名の由来について、非常に鋭い視点をお持ちですね。

結論から申し上げますと、「アイヌ語と推定される地名」は東北地方、特に北東北(青森・岩手・秋田)において膨大な数にのぼります。 また、それらをアイヌ語として研究・解釈しようとする動きは、明治時代の近代言語学の導入とともに本格化しました。

それぞれの背景について、整理して解説します。

1. 「アイヌ語と推定される地名」はどれくらい多いのか
北海道の地名の約8割がアイヌ語由来と言われるのに対し、東北地方では「和名(日本語)」と「アイヌ語(またはその系統)」が混在しています。

特にアイヌ語由来と強く推定されるのは、以下のような特徴を持つ地名です。これらは北東北を中心に数千箇所存在すると言われています。
・「〜ナイ(nai / 沢・川)」系:例:木古内(北海道)、下内崎(秋田)、金矢(岩手:カナイ)
・「〜ベツ(pet / 川)」系:例:登別(北海道)、紋別(北海道)、安部(青森:アッペ)
・「〜ト(to / 湖・沼)」系:例:十和田(青森・秋田:ト・ワタラ=岩のある湖)

なぜ「推定」にとどまるのか
北海道の場合は、江戸〜明治期にアイヌの人々から直接聞き取りができたため「確定」したものが多いです。しかし、東北地方では以下の理由で「推定」の域を出ないものが多くなります。
時間の経過: 東北では平安〜鎌倉時代にはすでに和風の漢字が当てられ、原型が崩れてしまった。
の変化: 日本語の音韻体系に合わせて発音が変化した(例:「ナイ」が「内」や「名」になる)。
エミシと言葉: 古代東北の先住民「エミシ(蝦夷)」が話していた言葉が、現在のアイヌ語と同一だったのか、あるいは近い系統の別言語だったのかという学術的な議論が続いているためです。

2. いつごろから「アイヌ語由来」とされるようになったのか
地名をアイヌ語で解釈する試みには、大きく分けて3つの潮流があります。
江戸時代の「気付き」
江戸時代後期の探検家(最上徳内松浦武四郎など)が、北海道や東北北部を調査する中で、「東北の古い地名とアイヌ語には共通点がある」ことに気づき始めました。しかし、これはあくまで個人の見聞録の範囲でした。

明治時代の近代言語学(19世紀末〜)
本格的な「傾向」となったのはここからです。
・バチェラーチェンバレン: 宣教師ジョン・バチェラーや、言語学者のバジル・ホール・チェンバレンが、アイヌ語と日本語の比較研究を始めました。1887年にチェンバレンが発表した「アイヌ地名考」は、地名研究を学問の域に押し上げました。

大正・昭和の黄金期(20世紀前半)
ここから「アイヌ語地名研究」が一般にも広く知られるようになります。
金田一京助: アイヌ語研究の権威として、東北の地名にアイヌ語の痕跡があることを広く紹介しました。
知里真志保(ちり ましほ): アイヌ自身であり言語学者でもあった彼は、より緻密で科学的な地名解釈を行いました。彼の影響で、東北の「〜ナイ」地名がアイヌ語の「ナイ(川)」であるという説が定着しました。

3. なぜそのような「傾向」が強まったのか
背景には、<「日本人のルーツ探し」> という知的好奇心がありました。 明治以降、日本が近代国家になる過程で「日本民族とは何者か?」「この島国にはもともと誰が住んでいたのか?」という問いが盛んに議論されました。その中で、東北に残る不思議な地名をアイヌ語で解釈することは、日本の形成史を解き明かす重要な鍵と見なされたのです。

現在の視点
現在は、単純に「すべてアイヌ語だ」と決めつけるのではなく古事記などの古語(古い日本語)との関連性や、アイヌ語以前の未知の言語の可能性も含めた、より多角的な研究が進んでいます。
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■ 生成AI Gemini  ➁

Q-2.<アイヌ語以前の未知の言語の可能性> に興味があります。それは、蝦夷とか、東北縄文文化の存在が気になるからです。東北の地名の起源に、縄文文化の継承が抜けて、安易にアイヌ文化に頼っているように感じます。
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A-2.その「安易にアイヌ語に頼っているのではないか」という違和感は、現在の言語学や歴史学の最前線でも非常に重要なトピックです。

おっしゃる通り、東北の地名を語る際、「アイヌ語で説明がつく=アイヌ民族がそこにいた」という解釈は、少し短絡的な場合があります。実際には、アイヌ語のさらに深層に縄文語」とも呼ぶべき未知の言語層があるのではないかという研究が進んでいます。

「アイヌ語以前の未知の言語」の可能性について、3つの視点から掘り下げてみます。

1. アイヌ語は「縄文語」そのものか、それとも「後継」か
多くの研究者は、アイヌ語を「縄文人の言葉の生き残り」と考えていますが、これには注意が必要です。
アイヌ語の形成: アイヌ文化が成立したのは10世紀〜13世紀頃(擦文文化からアイヌ文化への移行期)とされています。一方、東北の縄文文化はそれより遥か昔に栄えていました
・「基層言語」の存在: 縄文時代に日本列島で話されていた言葉が一つだったとは限りません。東北には、アイヌ語の直接の祖先とはまた異なる、<「古東北語(仮称)」> とでも呼ぶべき独自の言語層があり、それがアイヌ語と共通のルーツを持っていた(あるいはアイヌ語に語彙を貸し出した)という考え方があります。

2. 「マタギ言葉」に見る未知の断片
東北の山岳地帯に伝わる「マタギ言葉」は、この「未知の言語」を解く鍵と言われています。
・マタギの言葉には、日本語(和語)でもアイヌ語でも説明しきれない語彙が含まれています。
・例: 山を指す言葉や、特定の動物(カモシカなど)を指す隠語。

これらは、アイヌ文化が確立する以前、あるいは大和朝廷の影響が及ぶ以前から東北の山々に住んでいた <「縄文直系の民」> の言葉が、化石のように残ったものだとする説があります。

3. 「エミシ(蝦夷)」の言葉はアイヌ語だったのか
歴史書に登場する「エミシ」をどう定義するかで、地名の見え方は変わります。
言語の捉え方地名の解釈
蝦夷=アイヌ説

古代東北人はアイヌ語を話していた。東北の古い地名はすべてアイヌ語で
解釈可能。
蝦夷=古日本人説

ズーズー弁のルーツとなる古い日本語を話していた。地名はアイヌ語に似ているが、実は古い日本語の変化。
第三の言語説

アイヌ語でも日本語でもない
「北の未知の言語」が存在した。
アイヌ語に近いが異なる「縄文由来の言葉」が地名になった。

現在の研究では、<「アイヌ語と極めて近い親戚関係にあるが、別の言語群(プレ・アイヌ語やプロト・アイヌ語)」> が東北から北海道にかけて広く分布しており、それが縄文文化の精神を運んでいたという見方が強まっています。


なぜ「安易にアイヌ語に頼る」ように見えるのか
それは、私たちがアクセスできる「非日本語」の物差しが、事実上アイヌ語しか残っていないからです。
1.記録の不在縄文語エミシの言葉には文字がなく、音声も残っていません
2.唯一の比較対象: 唯一、体系的に残っている「縄文の流れを汲む言語」がアイヌ語であるため、研究者が「ナイ(沢)」などの共通点を見つけると、便宜上アイヌ語というラベルを貼って説明してしまうという側面があります

しかし、最近では <「DNA解析」が進み、東北の人々とアイヌの人々、そして縄文人の遺伝的な繋がりがより精密にわかってきました。今後は、地名研究も「アイヌ語か、和語か」という二択ではなく、失われた縄文の言語が、アイヌ語や東北方言の中にどう分散して生き残っているか」> という視点へシフトしていくはずです。
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■ 生成AI Gemini  ③

Q-3.10世紀〜13世紀頃に南下したアイヌ民族が、北海道・東北に広がったという解釈が正しいなら、縄文と決定的な違いがありそうな気がします。というのは、その時代は、大和との交流があったろうし、弥生文化を飛ばしてアイヌ語と縄文語の合流という説に無理はありませんか?
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A-3.ご指摘の点は、現在の考古学や言語学においても「最大級の論点」であり、非常に鋭い矛盾を突いています。

質問者様が感じられた「無理があるのではないか」という違和感は、<「アイヌ民族=10〜13世紀に外からやってきた新参者」というイメージと、「縄文時代からの継続性」> がうまく結びつかないことから来ているのだと思います。

この矛盾を解く鍵は、「アイヌ文化の成立」と「アイヌ語の起源」を分けて考えることにあります。専門的な知見を整理して解説します。

1. 10世紀〜13世紀に起きたのは「民族の入れ替わり」ではない
おっしゃる通り、10世紀〜13世紀にシベリア方面から大規模な集団がやってきて縄文人を一掃した、というわけではありません。
ベースは縄文人(擦文文化人)北海道や北東北には、縄文文化から続く「続縄文文化」、そして「擦文(さつもん)文化」という、狩猟・採集・漁労を基本とした文化が脈々と続いていました
「アイヌ文化」の誕生: 10〜13世紀頃、この縄文直系の「擦文文化」の人々が、北からの「オホーツク文化」の影響を受け、さらに南(和人)との交易を活発化させる中で、生活様式をガラリと変えました。これが「アイヌ文化」の成立です。
結論: 人のつながりとしては縄文人から直系で続いており、そこに北方のエッセンスが加わったというのが定説です。

2. 「弥生文化を飛ばした」という指摘の正しさ
質問者様が「弥生文化を飛ばして」と仰ったのは、歴史の核心を突いています。
北海道・北東北の独自性: 九州から本州へ広がった「稲作・金属器」の弥生文化は、北東北のあたりで停滞しました(寒冷で米が育たなかったため)。
縄文の延長: そのため、この地域では本州が弥生・古墳・奈良時代になっても、<「縄文的なライフスタイル(続縄文・擦文文化)」> が維持されました。
大和との交流: 一方で、彼らは大和朝廷とも活発に交易していました(毛皮や昆布を送り、鉄器や米を得る)。つまり、<「古くからの縄文的な言葉や文化を保ちつつ、大和や北方とも交流する」> という独自の進化を遂げていたのです。

3. 「アイヌ語」と「縄文語」の合流に無理はないか
「アイヌ語」を10世紀以降に完成した言語だと考えると、東北の古い地名を説明するのに無理が生じます。ここが最も重要なポイントです。
アイヌ語の二層構造説:
古い層(縄文語) 縄文時代から日本列島北部にあった、地名(〜ナイ、〜ベツなど)の元となる言葉
新しい層(シベリア的要素): 10世紀前後に、オホーツク文化人などの北方民族との接触で入ってきた語彙や文法。

東北地名の正体: 東北に残る地名は、アイヌ文化が確立する前の <「古い層(縄文語)」の段階で定着したもの> だと考えれば、時代的な矛盾は解消されます。

つまり、現在の「アイヌ語」は縄文語の「唯一の生き残り」ではありますが、「縄文語そのもの」ではないということです。東北の地名にアイヌ語の物差しを当てるのは、あくまで「親戚の中で唯一、言葉を遺しているアイヌ語を参考に、共通の祖先(縄文語)を推測している」に過ぎません。

4. 蝦夷(エミシ)の存在と地名
東北にいた「蝦夷(エミシ)」は、まさにこの「縄文直系だが大和とも交流があった人々」です。

彼らが話していた言葉は、大和言葉(古日本語)ともアイヌ語とも異なる <「エミシ語」> だったという説が有力です。
・アイヌ語と共通のルーツ(縄文語)を持っているため、地名にはアイヌ語的な響きが残った。
・しかし、大和との接触も長かったため、日本語の影響も強く受けていた。

結論としての解釈
質問者様が懸念される通り、「10世紀のアイヌ文化がそのまま東北に降りてきて地名をつけた」わけではありません。 正しくは、<「縄文時代から続く共通の言語基盤(縄文語)が、北海道ではアイヌ語として結実し、東北では大和言葉に飲み込まれながらも地名として破片を残した」> と考えるのが、歴史的・時間的な整合性が取れる解釈と言えます。
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だいぶ無理があるなと素人考えする(アイヌ語研究者にとって、アイヌ学の継続性を保つために致し方ないのかもしれないが)。


(追記)

そこで、更に Gemini に問うてみた。

■ 生成AI Gemini  ④

Q-4.以上の考えからだと、縄文の言葉の一部が、東北・北海道でアイヌ語と融合して残ったことになりますが、一方、関東以南の弥生の言語には残っているのでしょうか? 日本語に縄文の言葉はどのように残っているのか、古事記以降の文献で研究されているのでしょうか?
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A-4.縄文時代の言葉がどのように日本語に残っているのか、また関東以南(弥生文化が早期に定着した地域)においてどのように研究されているのかという疑問は、日本人のルーツを探る上で非常にエキサイティングな領域です。

結論から申し上げますと、「縄文語」は日本語の「基層(もっとも深い土台となる層)」として、関東以南の日本語や古文献の中にもしっかりと息づいているというのが現在の有力な説です
以下の3つの視点で整理して解説します。

1. 関東以南に残る「縄文語」の痕跡
弥生文化が広がった西日本や関東でも、地名や自然界を表す言葉に「アイヌ語(=縄文語の生き残り)と共通する語彙」が点在しています。
地名の接尾辞「〜内(ナイ)」東北や北海道に多い「ナイ(沢)」ですが、実は関東(神奈川の金井、東京の五反田内の「内」など)や、遠くは中国地方の山奥にも、川や谷を指す言葉として「ナイ」に近い響きの地名が点在します
・岩や崖を指す「クラ」: 西日本の山岳地帯に多い「〜倉」「〜暗(クラ)」という地名(例:鎌倉の「クラ」も一説に岩場)。アイヌ語の kur(影・岩)や縄文的な語彙として、日本語の「暗い」や「崖(岩場)」を意味する基層語として残ったと考えられています。
九州の「ハエ(碆)」九州四国の沿岸部で岩礁を「ハエ」と呼びますが、これも和語としての説明が難しく、古い列島固有の言葉(縄文語)の残存と見なされることがあります。

2. 『古事記』『日本書紀』の中の「解けない言葉」
記紀(古事記・日本書紀)や『万葉集』には、当時の編纂者たちにとっても「由来がよくわからないが、古くからそう呼ばれている」という言葉が数多く記録されています。これらが縄文語の研究対象となります。
神の名前と「ヌプリ」: 神が宿る山を「カンナビ(神名備)」と言いますが、この「ナビ」はアイヌ語で霊力のある山を指す nupuri(ヌプリ)と語源が同じではないかという説があります。
「アソ」や「クマ」阿蘇(アソ)や熊野(クマ)といった地名。これらは弥生系(大和言葉)では意味が通りませんが、アイヌ語や古アジア諸語の視点で見ると「火を噴く所」や「神聖な場所(あるいは袋状の地形)」といった解釈が可能になります。
枕詞の謎: 意味が分からなくなっている「枕詞」の中にも、縄文時代の古い呪術的な言葉が「音」としてだけ残った可能性が指摘されています

3. 「弥生語」と「縄文語」はどのように合流したか
質問者様が懸念された「弥生文化を飛ばして合流するのは無理があるのでは?」という点について、現在の言語学(混合言語説)では以下のように考えられています。

「日本語=弥生語(外来) + 縄文語(在来)」のハイブリッド

重層構造: 弥生時代に大陸から入ってきた「プロト日本語(弥生語)」が、列島に元からあった「縄文語」を完全に消し去ったわけではありません
基層としての残り方: 支配層の言葉や農耕に関する言葉は「弥生語」に置き換わりましたが、「山・川・神・体の一部」といった、より根源的な日常語には「縄文語」が強く残りました
東北との違い
西日本: 弥生語の影響が強すぎて、縄文語は「単語の破片」としてのみ残った
東北・北海道弥生語の影響が遅かったため、縄文語が「体系(文法や地名の法則)」として長く維持され、それがアイヌ語へと繋がった

結論:縄文の言葉は「日本語」の中に溶けている
私たちは普段、無意識に「山(やま)」や「神(かみ)」という言葉を使っていますが、これら自体がアイヌ語(縄文系)の yam(冷たい/栗がある所)や kamuy(カムイ)と深い繋がりがあるという研究もあります。

つまり、アイヌ語と縄文語が東北で「合流」したのではなく、日本列島全体がかつて「縄文語」という共通の基盤を持っており、それが西日本では日本語に飲み込まれ、北ではアイヌ語として独自進化した、と捉えるのが自然です。
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■ 生成AI Gemini  ⑤

Q-5.縄文語の跡をアイヌ語に探そうとするあまり、アイヌ語起源説にいつの間にかとらわれてしまっているように感じます。憶測ですが、アイヌ語研究者にそのような傾向はないのでしょうか? その方が一般受けしますから。
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A-5.その「アイヌ語起源説へのとらわれ」というご指摘は、学術界の歴史を振り返っても非常に正鵠を射た、鋭い批判的視点です。

実際、地名研究や歴史学の分野において、質問者様が懸念されているような「アイヌ語中心主義」とも言える傾向は実在しましたし、今なおその影響は残っています

なぜ研究者や一般社会が「アイヌ語起源」に惹かれ、とらわれてしまうのか、その裏側にある事情を整理してみます。

1. なぜ「アイヌ語」に頼ってしまうのか(研究者のジレンマ)
研究者が安易にアイヌ語を当てはめてしまうのには、いくつかの構造的な理由があります。
比較対象が「アイヌ語」しか残っていない: 縄文語を研究しようにも、文字も音声も残っていません。一方で、アイヌ語は唯一、縄文の伝統を色濃く残して現代まで体系的に残った言語です。そのため、<「他に物差しがないので、手元にあるアイヌ語の物差しを使ってしまう」> という消去法的な依存が起きています
「未知の言語」と呼ぶことへの抵抗: 学問的に「これは由来不明の未知の言語である」と結論づけるのは誠実ですが、インパクトに欠けます。「これはアイヌ語の〇〇が語源である」と断定する方が、説得力があるように見え、学説としての体裁が整いやすいという誘惑があります。
「失われたロマン」への加担: ご指摘の通り、「かつて日本全土にアイヌ(縄文人)が住んでいた」という物語は非常に一般受けします。 自治体の観光パンフレットや郷土史においても、その方が「語り」として魅力的なため、異論があっても採用されやすい傾向があります。

2. 専門家の中にある「批判的視点」
一方で、全ての研究者がアイヌ語に頼っているわけではありません。現在は、その「アイヌ語偏重」を危惧する声も強まっています。
「日琉語族(日本語系統)」の再評価かつてアイヌ語由来とされた地名(例:「〜内」など)の中には、実は古代の日本語(日琉語族)の古い変体で説明がつくのではないか、という研究も進んでいます
アレクサンダー・ボビン氏らの研究: 高名な言語学者ボビン氏は、アイヌ語が日本列島に定着したのは比較的「新しく」、それ以前には全く別の、現在では完全に絶滅した <「未知の基層言語」> があった可能性を指摘しています。
「プレ・アイヌ語」という概念 現在のアイヌ語そのものではなく、その数千年前の祖先にあたる「未分化の言葉」を想定すべきだという考え方です。これならば、東北の地名と北海道のアイヌ語の「似ているけれど決定的に違う点」を説明できます。

3. アイヌ語起源説の「落とし穴」
質問者様が感じられた「無理」を裏付ける、アイヌ語起源説の代表的な弱点があります。

項目アイヌ語起源説の弱点
音韻の変化

東北の地名をアイヌ語で解釈しようとすると、かなり強引に音を変化(こじつけ)させないと意味が通らないケースが多い。
文法構造

地名の名付け方のルール(語順など)が、実際のアイヌ語の文法と一致しない例が東北には多数存在する。
空白期間

縄文時代から10世紀のアイヌ文化成立まで、数千年の時間の開きがある。その間、言葉が全く変わらずに地名として固定され続けることは言語学的に不自然。


結論:私たちは「ラベル」を貼りすぎている
おっしゃる通り、東北の縄文文化という豊かな存在を考えるとき、安易に「それはアイヌ語(アイヌ文化)である」という既知のラベルを貼ってしまうことは、かえって縄文の実態を覆い隠してしまう危険があります

今の地名研究に必要なのは、「アイヌ語で説明できるか」ではなく、<「アイヌ語とも日本語とも違う、第3、第4の失われた言語の響きがここにあるのではないか」> という、白紙の状態からの再検証だと言えるでしょう
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やっと、正論に近づいた気がする ・・・ 素人ながら。

ところで、
ロシア生まれの研究者アレクサンダー・ボビン氏の解説によれば、アイヌ語の跡が日本全土(北海道・東北は言うに及ばず九州まで)にあるという・・・。
「萬葉集と風土記に見られる不思議な言葉と上代日本列島に於けるアイヌ語の分布」
    ー https://nichibun.repo.nii.ac.jp/records/5650

2025年12月5日金曜日

いぬ、鉱物採集、そして12月の満月(コールド・ムーン)

いぬ
むかし、鉱物採集で山に入るとき、農家の横を通ることがあった。そんなとき、庭先の飼い犬、すなわち番犬が吠え立てた。私たちが山奥に消えるまで、それはつづいた。

犬の本来の役目を思い返した。子どものころ、飼い犬ブームで人気があったのは「スピッツ犬」*だった。庭で鎖につながれていた。当時は、それぞれの家庭に狭いながら犬を飼えるほどの庭があった。合わせて不用心な時代だった。鍵をかけていない玄関に入り込む<押し売り>が来たり、<コソ泥>が侵入したのに気付かないほど呑気な時代だった。だから、よく吠える番犬は必要だった。それに白い毛並みのスピッツは、ちょっと洒落ていて、それまでの雑種犬に飽きた人々に受け入れられた。
(*)スピッツ:「神経質で吠えやすい個体が多く、それが悪評につながった」(検索AI Labs)

いまの犬に、飼い主は番犬の意識はないだろう。愛情を与え、愛情を受ける愛玩動物だ。ロボットでもよかったのだが、それは長続きしなかった。

鉱物採集
今朝、テレビのニュースで、山地の鉱物採集による(ズリ場での落石)事故と、(法的な所有権の観点から見て)採集禁止の情報(県条例)が伝えられた。かつて、鉱物採集に明け暮れた経験をしたが。厳しい時代がついに来たと思った次第。
むかしも、ほんの一部だったが、鉱山跡地で鉱物採集するのに入場料を徴収する鉱山跡所有者がいた・・・所有権の問題が、全面的に広がる(常識化する)ようになった。
今は卒業して、(体力的にもきついので)、野鳥観察の会に入り、お世話になっている。

■ テレ朝NEWS
「お宝ザクザク水晶盗掘騒動 金山跡侵入しフリマ転売? 土砂崩れで死亡事故【詳細版】」(2025年12月5日 10:01)
    ー https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/900179277.html
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石川県小松市は2016年に条例を制定し、鉱物を所有者の許可なく不法に持ち出す行為を禁止し注意を呼びかけています。

●川崎フォース法律事務所:小川敦司弁護士 
住居侵入罪軽犯罪法違反窃盗罪、それから森林法の森林窃盗罪他人に売却して経済的利益を得るという目的で窃盗したということが明らかになっていますので、より犯情としては重いと言える」

森林窃盗罪が適用された場合、1カ月以上3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科される可能性があります。
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■Youtube(登録: ANNnewsCH)
「お宝ザクザク水晶盗掘騒動 金山跡侵入しフリマ転売? 土砂崩れで死亡事故【詳細版】【知ってもっと】【グッド!モーニング】(2025年12月5日)」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=J9TfRw6j-8U&t=1s



(追記)
きょうの月は。今年最後の「満月」( 午前8時14分頃、月齢 14.8、国立天文台)だった。
観察できる時間だったのに、家にこもってチャンスを逃していたとは・・・。
今月の満月を米国「農事暦」で、「コールド・ムーン」(寒月)と呼ぶそうだ。

(本ブログ関連:”コールド・ムーン”)