カナダのバンクーバーで、第21回冬季オリンピックが開幕した。(カナダ時間12日)
テレビで放映された開会式を、孫の見舞いに行くこともありつまみ食いしながら見た。ドーム競技場ならではの色々な角度からの照明を巧みに使った舞台が見ものだった。
バンクーバーが太平洋に面した西側の都市だとしても、カナダ東側の都市のようにどこかフランスのにおいがこの演出に感じられた。会場で見たら、さぞや幻想的なセレモニーを楽しめたことだろう。
ところで、孫は風邪から順調に回復している。ベッドの傍で一番喜んでくれたのは、メガネの耳にかける蝶番を、鳥の羽の如く揺らして飛んでいるように見せたときだった。最高の笑顔を見せてくれた。早くサーカスを見に行こうよ。
2010年2月13日土曜日
2010年2月12日金曜日
銀河鉄道の夜
今晩遅く、中央線の高架を見ながら自転車で併走したとき、追い抜く電車が一瞬轟音をたてることなく、窓明かりの列が滑るように走りぬける錯覚を覚えた。
そう、小学校低学年の息子と一緒に「銀河鉄道の夜」(1985年)のアニメを見たことを思い出したのだ。映像は全体に暗くかすみ、物語をネコが演じている不思議な映画だった。
ストーリーの中で、鳥を捕る場面の映像が随分と寒々と見えて、寒い季節の物語りのようにも思えたが、宮沢賢治の原作には季節が明示されていないため、Wikipediaは時期を「登場する星座から初夏から初秋にかけて」と推定している。
それでも銀河鉄道は、寒い冬の夜にも見えたりする。今度は、今晩病院のベッドで風邪と戦っている幼い孫と一緒に、このアニメを見たいと思う。
(YouTubeに登録のorikurayayoiに感謝)
そう、小学校低学年の息子と一緒に「銀河鉄道の夜」(1985年)のアニメを見たことを思い出したのだ。映像は全体に暗くかすみ、物語をネコが演じている不思議な映画だった。
ストーリーの中で、鳥を捕る場面の映像が随分と寒々と見えて、寒い季節の物語りのようにも思えたが、宮沢賢治の原作には季節が明示されていないため、Wikipediaは時期を「登場する星座から初夏から初秋にかけて」と推定している。
それでも銀河鉄道は、寒い冬の夜にも見えたりする。今度は、今晩病院のベッドで風邪と戦っている幼い孫と一緒に、このアニメを見たいと思う。
(YouTubeに登録のorikurayayoiに感謝)
2010年2月11日木曜日
ジリオラ・チンクェッティ
いっとき暖かい思いをしたものの、冬雨の寒さに戻ってしまった。春はまだ遠い。
イ・ソンヒが誕生した年の1964年にサンレモ音楽祭で「夢みる想い」を歌い優勝した、ジリオラ・チンクェッティの歌に「雨」(1969年)*がある。どちらも懐かしく、思い出を誘う曲だ。
(*)「雨」の当初Youtubeリンク先が削除されたため更新した。
(以下は、当初Youtubeリンク先情報をもとに作成)
YouTubeに登録の「雨」の(詳細)に歌詞が載っている。愛があれば雨なんか関係ない、心の中に火があれば冬なんか怖くはないと歌っているようだ。この曲を聞いた当時、歌詞などわからないものの、イタリア、地中海そして(雨というより)明るい空といったイメージでしかなかったが、そんなにはずれてもないようだ。
(YouTubeに登録のtengokuemaki、tengokuemakiに感謝)
イ・ソンヒが誕生した年の1964年にサンレモ音楽祭で「夢みる想い」を歌い優勝した、ジリオラ・チンクェッティの歌に「雨」(1969年)*がある。どちらも懐かしく、思い出を誘う曲だ。
(*)「雨」の当初Youtubeリンク先が削除されたため更新した。
(以下は、当初Youtubeリンク先情報をもとに作成)
YouTubeに登録の「雨」の(詳細)に歌詞が載っている。愛があれば雨なんか関係ない、心の中に火があれば冬なんか怖くはないと歌っているようだ。この曲を聞いた当時、歌詞などわからないものの、イタリア、地中海そして(雨というより)明るい空といったイメージでしかなかったが、そんなにはずれてもないようだ。
(YouTubeに登録のtengokuemaki、tengokuemakiに感謝)
2010年2月10日水曜日
キム・ジョンミ
イ・ソンヒの代表的な歌のひとつである「美しい江山(아름다운 강산)」の原曲について、「サプライズ(서프라이즈 )」の記事「美しい江山 最初の原曲聞いてみましょう」(2/8)に経緯が語られている。
この曲を「健全歌謡」のイメージとは異なり、1973年「NOW」に収録されている官能的なキム・ジョンミ(김정미)の歌をサイケデリック ロックの観点から、大衆音楽評論家カンホン(강헌)が解説している。
・「美しい江山」のオリジナルボーカルがキム・ジョンミということは、大衆的にあまり知られていない。(バンドThe Men(더멘)と共による版とソロの版がある )
・キム・ジョンミの「美しい江山」を聞けば、今までの「健全歌謡」のサウンドが完全にひっくり返る破格的な響きに聞こえてくると記している。
(付記)
・「サプライズ」記事の下側にある再生ボタンで、キム・ジョンミの「美しい江山」を聞くことができる。
・作曲者のシン・ジュンヒョン(신중현)について、本ブログの2009年の11/7に記載。
・YouTube画面のキム・ジョンミの歌の終わりは、キム・ジョンホ(김정호)の「見知らぬ少女(이름 모를 소녀)」につながる。
(YouTubeに登録のomophronに感謝)
(参考)
ブログ「sekifu」に、シン・ジュンヒョン、キム・ジョンミについて詳細な解説がある。(「Kim Jung Mi のこと (1) 」 、「Kim Jung Mi のこと (2)」)
(本ブログ関連:"「美しい江山」の変貌"、"7080世代の好きな曲")
この曲を「健全歌謡」のイメージとは異なり、1973年「NOW」に収録されている官能的なキム・ジョンミ(김정미)の歌をサイケデリック ロックの観点から、大衆音楽評論家カンホン(강헌)が解説している。
・「美しい江山」のオリジナルボーカルがキム・ジョンミということは、大衆的にあまり知られていない。(バンドThe Men(더멘)と共による版とソロの版がある )
・キム・ジョンミの「美しい江山」を聞けば、今までの「健全歌謡」のサウンドが完全にひっくり返る破格的な響きに聞こえてくると記している。
(付記)
・「サプライズ」記事の下側にある再生ボタンで、キム・ジョンミの「美しい江山」を聞くことができる。
・作曲者のシン・ジュンヒョン(신중현)について、本ブログの2009年の11/7に記載。
・YouTube画面のキム・ジョンミの歌の終わりは、キム・ジョンホ(김정호)の「見知らぬ少女(이름 모를 소녀)」につながる。
(YouTubeに登録のomophronに感謝)
(参考)
ブログ「sekifu」に、シン・ジュンヒョン、キム・ジョンミについて詳細な解説がある。(「Kim Jung Mi のこと (1) 」 、「Kim Jung Mi のこと (2)」)
(本ブログ関連:"「美しい江山」の変貌"、"7080世代の好きな曲")
2010年2月9日火曜日
孫と冬晴れ
今日は快晴で、都心の気温が21℃と4月下旬並みの暖かい日和だった。それが明日は一転して、冬の寒さに戻るという。
息子の運転で小金井公園に行くと、昨日までの寒さを忘れたように明るい日差しを受けた梅林の所々に白梅と紅梅が花を咲かせていた。この後、久し振りに孫に会いに連れて行ってもらう。
この陽気につられたかのように、孫は笑顔を振りまいて迎えてくれた。1ヶ月振りの孫は、この間にすっかり幼児顔になり、ますます愛らしさを増していた。
昨日まで具合が良くなくて、笑顔が乏しかったそうだが、今日は両親が驚くほど元気に動き回っていた。ハイハイで母親から逃げながら、部屋の奥に行くと振り返って母親を探す仕草が可愛い。孫はその愛らしさを、見守る全ての眼に分け与えてくれる。
息子の運転で小金井公園に行くと、昨日までの寒さを忘れたように明るい日差しを受けた梅林の所々に白梅と紅梅が花を咲かせていた。この後、久し振りに孫に会いに連れて行ってもらう。
この陽気につられたかのように、孫は笑顔を振りまいて迎えてくれた。1ヶ月振りの孫は、この間にすっかり幼児顔になり、ますます愛らしさを増していた。
昨日まで具合が良くなくて、笑顔が乏しかったそうだが、今日は両親が驚くほど元気に動き回っていた。ハイハイで母親から逃げながら、部屋の奥に行くと振り返って母親を探す仕草が可愛い。孫はその愛らしさを、見守る全ての眼に分け与えてくれる。
2010年2月8日月曜日
ミスターロンリー
昔、夜中にFM放送から流れる、「ジェットストリーム」を何度聞いたことだろう。城達也の今となっては正統で古典的な語りで始まる、静かな心地よい音楽(イージリスニング)番組だった。
学生時代、デパートの歳暮配送アルバイトのため、友人の下宿に泊り込み、夜中にこの番組を聴きながらジェット旅客機に乗りたい、海外に行ってみたいと語り合ったことを思い出す。
番組のオープニング曲「ミスター・ロンリー」(ボビー・ヴィントン)は、イ・ソンヒが誕生した1964年に発表された。
・「ミスター・ロンリー」はWikipediaによれば、1964年に全米チャート1位を獲得している。
・この曲の歌詞翻訳を紹介している、ブログ「lyrics and music 洋楽で英語を楽しむ」にベトナム戦争の(当時徴兵制度による)兵士の心境と関連付けて説明されている。
・YouTubeに投稿の言葉に胸が痛む。
(YouTubeに登録のiwafrank、62angeloに感謝)
学生時代、デパートの歳暮配送アルバイトのため、友人の下宿に泊り込み、夜中にこの番組を聴きながらジェット旅客機に乗りたい、海外に行ってみたいと語り合ったことを思い出す。
番組のオープニング曲「ミスター・ロンリー」(ボビー・ヴィントン)は、イ・ソンヒが誕生した1964年に発表された。
・「ミスター・ロンリー」はWikipediaによれば、1964年に全米チャート1位を獲得している。
・この曲の歌詞翻訳を紹介している、ブログ「lyrics and music 洋楽で英語を楽しむ」にベトナム戦争の(当時徴兵制度による)兵士の心境と関連付けて説明されている。
・YouTubeに投稿の言葉に胸が痛む。
(YouTubeに登録のiwafrank、62angeloに感謝)
2010年2月7日日曜日
孫とおにぎり
孫が凄いことになっているというメールをお嫁さんからいただいた。つくっておいた「おにぎり」を、<少し目を離した隙に、テーブルの上からどうやって取ったのか、床の上でご飯つぶをばらまきながら食べてます>、というのだ。
メールに添付の動画を見るとなるほど、孫は床に座って口の周りと服の両手両足に飯つぶを付け、声を上げながら、手の中に残っている「おにぎり」を口に運ぼうとしている。やがて気配を察したのか、どうしたらよいか戸惑うように泣き声に変わっていく。どうもまずいことになったと感じたのだろう。孫にとって、「おにぎり」との最初の遭遇が、こんなことになってしまい可愛いくてたまらない。
メールの最後に、<どんどんやんちゃになって、嬉しいやら悲しいやら鍛えられる毎日です>と、孫を暖かく見守る言葉が綴られている。
メールに添付の動画を見るとなるほど、孫は床に座って口の周りと服の両手両足に飯つぶを付け、声を上げながら、手の中に残っている「おにぎり」を口に運ぼうとしている。やがて気配を察したのか、どうしたらよいか戸惑うように泣き声に変わっていく。どうもまずいことになったと感じたのだろう。孫にとって、「おにぎり」との最初の遭遇が、こんなことになってしまい可愛いくてたまらない。
メールの最後に、<どんどんやんちゃになって、嬉しいやら悲しいやら鍛えられる毎日です>と、孫を暖かく見守る言葉が綴られている。
2010年2月6日土曜日
2010年2月5日金曜日
80年代へヴィメタル
2010年2月4日木曜日
立春2010
今日は暦の上で春の初め、立春である。小金井公園の梅林も一部花を咲かせているが、太陽が雲に隠れるとまだまだ寒い。
「東国歳時記」の立春の項に、「立春の日、春に宜(よろ)しき字を門に貼る」(荊楚歳時記)を引いて、「春聯(れん)を貼り、立春を祝う。これを春祝という。」と記している。
立春にかかわる来歴が記載されているが、民間の慣いの部分を抜書きする。
「民間でも柱や門楣(もんび)につぎのような文例の対聯を書いて貼る。」(次の対の中から選ぶ)
寿如山 富如海
去千災 来百福
立春大吉 建陽多慶 ← ポピュラーのようだ。(입춘대길 건양다경)
尭之日月 舜之乾坤
愛君希道泰 憂国願年豊
父母千年寿 子孫万代栄
天下太平春 四方無一事
国有風雲慶 家無桂玉愁
災従春雪消 福逐夏雲興
北堂萓草緑 南極寿星明
天上三陽近 人間五福来
鶏鳴新歳徳 犬吠旧年災
掃地黄金出 開門百福来
鳳鳴南山月 麟遊北岳風
門迎春夏秋冬福 戸納東西南北財
六鰲拝献南山寿 九竜載輪四海珍
天増歳月人増寿 春満乾坤福満家
「歳粧(ソルビム:설빔)して(門扉の左右に貼られた)春聯の前に立つ子どもたち」との写真がある。
(参考)
「文化日報(문화일보)」の記事「立春大吉(입춘대길)」(2/4、ファン・ソンギュ(황성규)論説委員)
(追記)
「chosun.com(朝鮮日報)」の記事「幸運を願って…」(2/2)、「jo!ns(中央日報)」の記事「立春大吉、春よ来い!」(2/5)に写真がある。
「東国歳時記」の立春の項に、「立春の日、春に宜(よろ)しき字を門に貼る」(荊楚歳時記)を引いて、「春聯(れん)を貼り、立春を祝う。これを春祝という。」と記している。
立春にかかわる来歴が記載されているが、民間の慣いの部分を抜書きする。
「民間でも柱や門楣(もんび)につぎのような文例の対聯を書いて貼る。」(次の対の中から選ぶ)
寿如山 富如海
去千災 来百福
立春大吉 建陽多慶 ← ポピュラーのようだ。(입춘대길 건양다경)
尭之日月 舜之乾坤
愛君希道泰 憂国願年豊
父母千年寿 子孫万代栄
天下太平春 四方無一事
国有風雲慶 家無桂玉愁
災従春雪消 福逐夏雲興
北堂萓草緑 南極寿星明
天上三陽近 人間五福来
鶏鳴新歳徳 犬吠旧年災
掃地黄金出 開門百福来
鳳鳴南山月 麟遊北岳風
門迎春夏秋冬福 戸納東西南北財
六鰲拝献南山寿 九竜載輪四海珍
天増歳月人増寿 春満乾坤福満家
「歳粧(ソルビム:설빔)して(門扉の左右に貼られた)春聯の前に立つ子どもたち」との写真がある。
(参考)
「文化日報(문화일보)」の記事「立春大吉(입춘대길)」(2/4、ファン・ソンギュ(황성규)論説委員)
(追記)
「chosun.com(朝鮮日報)」の記事「幸運を願って…」(2/2)、「jo!ns(中央日報)」の記事「立春大吉、春よ来い!」(2/5)に写真がある。
2010年2月3日水曜日
孫と節分
4日後に11ヶ月になる孫が、初めての豆まきを済ませたかどうかメールしたところ、父親のオニの面に向かって、伏目がちに「う、う、う~ァ、う~ァ」といいながら豆袋を振り回している孫の動画が送られてきた。
「豆を一応投げています」という母親の声が聞こえる。この14秒の動画には、若い家族の幸せが一杯詰まっている。
「豆を一応投げています」という母親の声が聞こえる。この14秒の動画には、若い家族の幸せが一杯詰まっている。
イ・ソンヒのスター誕生
「時事今日(시사오늘)」の記事「歌謡界最高のスターを誕生させた歌」(2/2:パク・チスン(박지순)記者)に、イ・ソンヒが「Jへ」をもって登場した経緯が整理されている。その中で、新たに知った話題は次の通りである。
・第5回「江辺歌謡祭」で大賞受賞した際、4幕5場デュエットとして共に歌ったイム・ソンギュン(임성균)が仁川専門大機械科2学年だったこと。(なおイ・ソンヒは同大環境管理課1学年で当時21才だった)
・デビュー当時の彼女のスタイルの事情を、第1集LPジャケット裏表の写真で説明。
・イ・ソンヒが高3のときに通った、「チャン・ウクチョ(장욱조)音楽室」のチャン・ウクチョが、「チャン・ウクチョとコインドル: Jang, Wook-Jo & A Dolmen 」として活動したこと。
(コインドル(고인돌)は新石器時代末期の支石墓のことで、ちなみに「コインドル愛好会」というホームページがある。)
(本ブログ関連:全て2009年の4/13、6/7、6/8、8/4、8/25、10/2、10/17、11/14 、11/29、 11/30 【付録】10/5)
・第5回「江辺歌謡祭」で大賞受賞した際、4幕5場デュエットとして共に歌ったイム・ソンギュン(임성균)が仁川専門大機械科2学年だったこと。(なおイ・ソンヒは同大環境管理課1学年で当時21才だった)
・デビュー当時の彼女のスタイルの事情を、第1集LPジャケット裏表の写真で説明。
・イ・ソンヒが高3のときに通った、「チャン・ウクチョ(장욱조)音楽室」のチャン・ウクチョが、「チャン・ウクチョとコインドル: Jang, Wook-Jo & A Dolmen 」として活動したこと。
(コインドル(고인돌)は新石器時代末期の支石墓のことで、ちなみに「コインドル愛好会」というホームページがある。)
(本ブログ関連:全て2009年の4/13、6/7、6/8、8/4、8/25、10/2、10/17、11/14 、11/29、 11/30 【付録】10/5)
2010年2月2日火曜日
イ・ソンヒの小学生時代
イ・ソンヒの子ども時代の音楽環境を知りたいが、それを進めるヒントがなかなか見つからない。
昨年4月のいくつかのニュース記事に、イ・ソンヒが出演したMBC「黄金漁場」トーク番組で、小学校6年まで寺に住んでいたと語ったことが報じられている。
一部ブログでは、父親が(仏教)太古宗で梵唄の指導をしていたと紹介している。太古宗の場合、妻子の住まいは寺院の外にあるといわれているので、「寺に住んだ」というのは具体的にどのような空間のことだろうか。例えば、居宅が寺院敷地の近辺にあったのか、それとも寺院につながっていたのか。
また、イ・ソンヒの公式ホームページ(HOME > Biograph > 프로필)では、梨泰院初等学校(이태원 초등학교)を卒業ということで、ソウルの初等学校が考えられる。梨泰院近くにあって、通学範囲のいずれの寺が、彼女の居住した寺ということになるのだろうか。また、本籍地の保寧からソウルへ転校したのだろうか。もしそうなら、その時期はいつか。あるいは、本籍地での居住経験はないのか。
どちらにしろ、父親が梵唄を指導していたと仮定して、それを身近に感じていたというのが一番わかりやすいのだが。
昨年4月のいくつかのニュース記事に、イ・ソンヒが出演したMBC「黄金漁場」トーク番組で、小学校6年まで寺に住んでいたと語ったことが報じられている。
一部ブログでは、父親が(仏教)太古宗で梵唄の指導をしていたと紹介している。太古宗の場合、妻子の住まいは寺院の外にあるといわれているので、「寺に住んだ」というのは具体的にどのような空間のことだろうか。例えば、居宅が寺院敷地の近辺にあったのか、それとも寺院につながっていたのか。
また、イ・ソンヒの公式ホームページ(HOME > Biograph > 프로필)では、梨泰院初等学校(이태원 초등학교)を卒業ということで、ソウルの初等学校が考えられる。梨泰院近くにあって、通学範囲のいずれの寺が、彼女の居住した寺ということになるのだろうか。また、本籍地の保寧からソウルへ転校したのだろうか。もしそうなら、その時期はいつか。あるいは、本籍地での居住経験はないのか。
どちらにしろ、父親が梵唄を指導していたと仮定して、それを身近に感じていたというのが一番わかりやすいのだが。
2010年2月1日月曜日
雪
今冬の初雪は、1/12に降った「みぞれ」だった。つまり、初雪の範疇にみぞれも入るわけだ。しかし今晩、正真正銘の雪が降り積もっている。
asahi.comの記事「都心もうっすら積雪 関東甲信、朝までに大雪の恐れ」(2/1、22時24分)に、気象庁「によると、2日午前6時までの予想降雪量は(略)。東京都心でも2日明け方までに3~5センチの降雪が予想されるという。」とのこと。
明朝、初めて雪景色の世界を眺める孫に、それがどのように見えるか楽しみである。
(追記)
今日の午後は雨降りもあり、外出できなかった孫がなかなか寝付かないと、お嫁さんからメールをいただいた。メールに添付の動画に、次のようにやさしく誘う母親の声が聞こえるが、孫は寝てくれない。
「眠たくない? ・・・ 寝ないの? ・・・ 眠くなってきた? ・・・ 寝ようか? ・・・ ネンネする?」
やっぱり、可愛い孫は寝てくれない。
asahi.comの記事「都心もうっすら積雪 関東甲信、朝までに大雪の恐れ」(2/1、22時24分)に、気象庁「によると、2日午前6時までの予想降雪量は(略)。東京都心でも2日明け方までに3~5センチの降雪が予想されるという。」とのこと。
明朝、初めて雪景色の世界を眺める孫に、それがどのように見えるか楽しみである。
(追記)
今日の午後は雨降りもあり、外出できなかった孫がなかなか寝付かないと、お嫁さんからメールをいただいた。メールに添付の動画に、次のようにやさしく誘う母親の声が聞こえるが、孫は寝てくれない。
「眠たくない? ・・・ 寝ないの? ・・・ 眠くなってきた? ・・・ 寝ようか? ・・・ ネンネする?」
やっぱり、可愛い孫は寝てくれない。
2010年1月31日日曜日
鉱物のつどい
鉱物の会(栃木)の本年最初の集まりに参加する。会場が南宇都宮のため、早朝に家を出る。満月翌日の丸く赤い月が、西の空低くかかっていた。まだまだ寒さは厳しい。
主テーマの本年の進め方のほかに、次のような解説と標本提供があった。
・「劈開」についての解説と合わせて、水晶の劈開が結晶表面ではなく、結晶内部に(C軸に平行に劈開面ができ、先がフカヒレ状に広がって)存在することを標本で観察した。これまで、水晶をきちんと見ていなかったことを反省する。
・また「南田(のうだ)石」、「海緑石」と「溶結凝灰岩」、「こぶり石(菩薩石)」の解説と標本までいただく。
および「斜開銅鉱」、「鉄斧石」の標本をいただく。
・ユーモア標本として、好物名「メレンゲ」の手作り菓子が配られた。(標本は、現在胃中にある)
採集地の情報をいただいた。
・紫水晶の産地、「富井鉱山」の産地情報をいただく。従来の採集ルートとは別ルートのヒントを入手した。(毎月xаякава氏と鉱物採集しているが、来月の候補地を富井鉱山にしようということで一致した)
主テーマの本年の進め方のほかに、次のような解説と標本提供があった。
・「劈開」についての解説と合わせて、水晶の劈開が結晶表面ではなく、結晶内部に(C軸に平行に劈開面ができ、先がフカヒレ状に広がって)存在することを標本で観察した。これまで、水晶をきちんと見ていなかったことを反省する。
・また「南田(のうだ)石」、「海緑石」と「溶結凝灰岩」、「こぶり石(菩薩石)」の解説と標本までいただく。
および「斜開銅鉱」、「鉄斧石」の標本をいただく。
・ユーモア標本として、好物名「メレンゲ」の手作り菓子が配られた。(標本は、現在胃中にある)
採集地の情報をいただいた。
・紫水晶の産地、「富井鉱山」の産地情報をいただく。従来の採集ルートとは別ルートのヒントを入手した。(毎月xаякава氏と鉱物採集しているが、来月の候補地を富井鉱山にしようということで一致した)
2010年1月30日土曜日
離れ部屋
先日(1/26)、神保町の韓国専門書店で入手した小説「離れ部屋」(申京淑著、安宇植訳)を今日からを読み始めた。(「朝鮮仏教史」鎌田茂雄著も合わせて入手)
第1章の出だしに、第1回「大学歌謡祭(학가요제)」(1977年)で大賞受賞したグループSand Pebbles(샌드 페블즈)の曲「わたし、どうしよう(나 어떡해)」(歌詞)について物語っている。外の世界(都会)とは縁遠いところにいる16歳の少女にとって、この曲は驚きであり、「思わずからだが竦(すく)むくらいびっくりして、ラジオのスイッチを切ってしまった。」ものだったが、歌詞中にリフレインされる「ナ オットケ」が気になり、拒絶していたもののやがて歌うようになっていく。
物語は始まったばかり、これからどうなるか楽しみである。
(YouTubeに登録のorienkoreanに感謝)
(付記)
・maniadbの解説によれば、「Sand Pebbles」の登場は、以後80年代までグループサウンドの全盛期を開く出発点となった貢献を記している。
・「申京淑」については、本ブログの'09年の6/7、7/24に記載。
第1章の出だしに、第1回「大学歌謡祭(학가요제)」(1977年)で大賞受賞したグループSand Pebbles(샌드 페블즈)の曲「わたし、どうしよう(나 어떡해)」(歌詞)について物語っている。外の世界(都会)とは縁遠いところにいる16歳の少女にとって、この曲は驚きであり、「思わずからだが竦(すく)むくらいびっくりして、ラジオのスイッチを切ってしまった。」ものだったが、歌詞中にリフレインされる「ナ オットケ」が気になり、拒絶していたもののやがて歌うようになっていく。
物語は始まったばかり、これからどうなるか楽しみである。
(YouTubeに登録のorienkoreanに感謝)
(付記)
・maniadbの解説によれば、「Sand Pebbles」の登場は、以後80年代までグループサウンドの全盛期を開く出発点となった貢献を記している。
・「申京淑」については、本ブログの'09年の6/7、7/24に記載。
2010年1月29日金曜日
しかけ絵本
孫に絵本をプレゼントしたいが、まだ10ヶ月を越えたところなので、本に遊びがなければならないだろう。そこで、見て楽しい「しかけ(細工)絵本」を探している。
1月の絵本は、ヒヨコの羽毛、サメの肌、カメレオンの舌など触ったときの感触を模擬できるもので、文字はほとんどなくて、動物の姿絵を見て、触って楽しめる絵本だ。
ところで絵本は紙で作られているので、子どもの手で容易に破けてしまうが、それでよいと考えている。孫は絵本を楽しそうに触る分、ちゃんとしかけを破いてくれる。大いに結構、本に親しんでくれればよいわけだから。
2月は、孫が手持ちできる程度の小型の絵本で、いろいろな色を細工を通して楽しめるものだ。いづれしかけ絵本に慣れたら、次は物語絵本に関心を向けてくれれば良いと思っている。
ところで、最近のしかけ絵本はスゴイ。凄まじいほどの細工が施されている。喜ぶのは大人なのかもしれないものがある。
(YouTubeに登録のmakototosotoyamaに感謝)
1月の絵本は、ヒヨコの羽毛、サメの肌、カメレオンの舌など触ったときの感触を模擬できるもので、文字はほとんどなくて、動物の姿絵を見て、触って楽しめる絵本だ。
ところで絵本は紙で作られているので、子どもの手で容易に破けてしまうが、それでよいと考えている。孫は絵本を楽しそうに触る分、ちゃんとしかけを破いてくれる。大いに結構、本に親しんでくれればよいわけだから。
2月は、孫が手持ちできる程度の小型の絵本で、いろいろな色を細工を通して楽しめるものだ。いづれしかけ絵本に慣れたら、次は物語絵本に関心を向けてくれれば良いと思っている。
ところで、最近のしかけ絵本はスゴイ。凄まじいほどの細工が施されている。喜ぶのは大人なのかもしれないものがある。
(YouTubeに登録のmakototosotoyamaに感謝)
2010年1月28日木曜日
7080世代の好きな曲
一昨年のことであるが、KBS1音楽番組「コンサート7080(콘서트 7080)」は200回放送('08.11.3)にあたり、全国の満39歳以上~59歳未満の男女ネットユーザー1,988人を対象に、70〜80年代の国内歌謡の中から好きな曲を、10曲以上30曲以内で選んでもらった。(hanafos_shop、KBS World掲載より)
1位~10位の結果は次の順の通り。
・ヤン・ヒウン(양희은): 朝露(아침이슬)
・キム・ヒョンシク(김현식): 私の愛、私のそばに(내사랑 내곁에)
・チョー・ヨンピル(조용필):友よ(친구여)
・オニオンズ(어니언스): 手紙(편지)
・イ・ヨン(이용): 忘れられた季節(잊혀진 계절)
・ソン・チャンシク(송창식): 鯨狩り(고래사냥)
・シム・スボン(심수봉): あの時、あの人(그때 그사람)
・ノ・サヨン(노사연): 出会い(만남)
・イ・ソンヒ: Jへ
・キム・ジョンホ(김정호): 見知らぬ少女(이름 모를 소녀) 【ケイ・ウンスクのコンサート版も良い!】
(YouTubeに登録のakirafuse、VetteCruiser63、orienkorean、cfs814539に感謝)
1位~10位の結果は次の順の通り。
・ヤン・ヒウン(양희은): 朝露(아침이슬)
・キム・ヒョンシク(김현식): 私の愛、私のそばに(내사랑 내곁에)
・チョー・ヨンピル(조용필):友よ(친구여)
・オニオンズ(어니언스): 手紙(편지)
・イ・ヨン(이용): 忘れられた季節(잊혀진 계절)
・ソン・チャンシク(송창식): 鯨狩り(고래사냥)
・シム・スボン(심수봉): あの時、あの人(그때 그사람)
・ノ・サヨン(노사연): 出会い(만남)
・イ・ソンヒ: Jへ
・キム・ジョンホ(김정호): 見知らぬ少女(이름 모를 소녀) 【ケイ・ウンスクのコンサート版も良い!】
(YouTubeに登録のakirafuse、VetteCruiser63、orienkorean、cfs814539に感謝)
2010年1月27日水曜日
韓国仏教について
韓国仏教の概要を、日本の仏教と対比して紹介している論文「韓国仏教の特質 : 日本仏教のそれとの対比において」(前田 恵學著:愛知学院大学文学部紀要 6 、1976)を読む。
日本と韓国の仏教の相違を、「結び」の中で端的に「選択の仏教と総合統一の仏教」と語っている。
・「日本仏教では多数の経典や教説の中から最もすぐれた一つを選びとり、完成した人が宗祖として尊敬せられる。」とし、鎌倉時代を、「それまでの輸入移植の古代仏教を革新し、真に日本的な仏教を成立せしめた時代」と特筆している。
・「韓国仏教では、異なった特色を有する多数の宗派や潮流を会通し融合調和させた人が仰がれる。」とし、「朝鮮半島における(仏教の)関心は、中国においてすでにいくつかの宗派や潮流に分かれていた仏教を、いかに総合し会通するかに関心が向けられていた」という。
仏教の素養全くないが、韓国仏教についてこれから調べてみたい。イ・ソンヒの音楽環境のヒントを知りたいからだが・・・。(本ブログ関連:'09/11/7)
(付記)
ところで、韓国の寺刹は檀家制度ではないそうだ。(「朝鮮仏教史」鎌田茂雄著)
日本と韓国の仏教の相違を、「結び」の中で端的に「選択の仏教と総合統一の仏教」と語っている。
・「日本仏教では多数の経典や教説の中から最もすぐれた一つを選びとり、完成した人が宗祖として尊敬せられる。」とし、鎌倉時代を、「それまでの輸入移植の古代仏教を革新し、真に日本的な仏教を成立せしめた時代」と特筆している。
・「韓国仏教では、異なった特色を有する多数の宗派や潮流を会通し融合調和させた人が仰がれる。」とし、「朝鮮半島における(仏教の)関心は、中国においてすでにいくつかの宗派や潮流に分かれていた仏教を、いかに総合し会通するかに関心が向けられていた」という。
仏教の素養全くないが、韓国仏教についてこれから調べてみたい。イ・ソンヒの音楽環境のヒントを知りたいからだが・・・。(本ブログ関連:'09/11/7)
(付記)
ところで、韓国の寺刹は檀家制度ではないそうだ。(「朝鮮仏教史」鎌田茂雄著)
2010年1月26日火曜日
みかん
NHKテレビで、近年ミカンの売り上げが減少傾向にあると紹介されていた。市場の仲買人がインタビューに答えて、家族で炬燵を囲む生活スタイルが減ってきていることを要因にあげていた。ミカンと平行して炬燵も売り上げが減少しているグラフが表示された。
炬燵の四方にひとが座ったらテレビが見えませんねと、司会者が語っていた。テレビのせいだけではないだろうが、みなで炬燵に暖まり、ミカンの皮をのんびり剥きながら、談話する余裕までなくなったのだろうか。
ところが、要因はそれだけではなくて、ミカンの皮を剥くこと自体面倒だとか、女性の爪(のマニュキア)を汚すからとか、いろいろ説明されていた。ティッシューをミカンにかぶせて皮を剥いている映像を見たときには、さすがにたまげた。実際、こんなことをしているのだろうかと思ったりもしたが。
しまいには、皮剥き済ミカンの商品まで登場した。時代は変わってしまったと思わざる得なかった。
足腰を炬燵で暖めて、ちょっと喉が乾いたとき、冷たいミカンを食うのは美味い。ファンヒーターで部屋全体暖めたときは、それこそオレンジジュースとか、アイスクリームが合うのかもしれない。
テレビを見て思い巡らし、炬燵から抜け出て、台所のミカンを炬燵の上に運んだ。そして立て続けミカンを食った。炬燵で食うミカンはやっぱり美味い。
(付記)
神保町の韓国関連の専門書店で、太古宗の寺院リストを見せていただいた。イ・ソンヒの父親が仏教音楽「梵唄」(ぼんばい:범패【参考:NAVER百科事典】)の伝授をしていた寺院を知りたかったからだ。(彼女の歌唱に仏教音楽の唱法が影響しているかヒントをつかみたい)
父親の寺院があるのは、彼女の本籍地の保寧なのか、それとも小学校を通ったソウル梨泰院地区近くにあるのか、候補をあげたかったからだが・・・難しい。
(本ブログ関連:'09/12/26、1/7 )
炬燵の四方にひとが座ったらテレビが見えませんねと、司会者が語っていた。テレビのせいだけではないだろうが、みなで炬燵に暖まり、ミカンの皮をのんびり剥きながら、談話する余裕までなくなったのだろうか。
ところが、要因はそれだけではなくて、ミカンの皮を剥くこと自体面倒だとか、女性の爪(のマニュキア)を汚すからとか、いろいろ説明されていた。ティッシューをミカンにかぶせて皮を剥いている映像を見たときには、さすがにたまげた。実際、こんなことをしているのだろうかと思ったりもしたが。
しまいには、皮剥き済ミカンの商品まで登場した。時代は変わってしまったと思わざる得なかった。
足腰を炬燵で暖めて、ちょっと喉が乾いたとき、冷たいミカンを食うのは美味い。ファンヒーターで部屋全体暖めたときは、それこそオレンジジュースとか、アイスクリームが合うのかもしれない。
テレビを見て思い巡らし、炬燵から抜け出て、台所のミカンを炬燵の上に運んだ。そして立て続けミカンを食った。炬燵で食うミカンはやっぱり美味い。
(付記)
神保町の韓国関連の専門書店で、太古宗の寺院リストを見せていただいた。イ・ソンヒの父親が仏教音楽「梵唄」(ぼんばい:범패【参考:NAVER百科事典】)の伝授をしていた寺院を知りたかったからだ。(彼女の歌唱に仏教音楽の唱法が影響しているかヒントをつかみたい)
父親の寺院があるのは、彼女の本籍地の保寧なのか、それとも小学校を通ったソウル梨泰院地区近くにあるのか、候補をあげたかったからだが・・・難しい。
(本ブログ関連:'09/12/26、1/7 )
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