BreakeNewsの記事「トロット(以下”演歌”)音楽、伝統を生かす柔軟な思考が必要だ - 演歌音楽の危機と機会 - 演歌も変わってこそ生きる」(3/12、チョン・スギル韓国伝統歌謡振興協会副会長)は、韓国演歌の現状と今後について、世代論を含めて危機脱出の方策を次のように述べている。
音楽機会として、どうやら経済的ゆとりのある「アクティブ・シニア」に注視しているようで、そのための理論化を図っている。
世代は次のように分類される。
・20~30代
・40代: 第2次ベビーブーム世代:1968~1974年生まれ
・50代: 第1次ベビーブーム世代:1955~1963年生まれ
・60~70代: 老年(シルバー)層
⇒ 50~70代: ベビーブーマーとシニア層の中に現れた「アクティブ・シニア(Active Senior)」世代
中ほどから、論旨が格調高くなるが気軽に読んでみよう。
(本ブログ関連:”世代”)
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現在、演歌の主受容層は、中高年と老年層だ。現在の中高年層に属しているベビーブーム世代(第1次ベビーブーム世代:1955~1963年生まれ、第2次ベビーブーム世代:1968~1974年生まれ)だけにしてもわが国(韓国)総人口の4分の1を占めている。
■ アクティブ・シニア(余裕ある50~70代)を攻略せよ
これらベビー・ブーマーとシルバー層の、容貌、健康管理、ファッション、文化生活などに投資を惜しまない50~70代を意味する「アクティブ・シニア(Active Senior)」は、最近の流行と消費の流れを大きく主導している。以前は、新しい流行を作る年齢帯が20~30代だったが、最近になって変わっている。
したがって、すぐにこれらを音楽ビジネス機会に積極的に活用できる先制的マインドが必要だ。すでに、代表的な成功事例が映画業界だ。映画鑑賞は、決まった時間に、決まった場所に直接移動しなければならない、実践的行為を前提とする。インターネットを通したダウンロードもあるが、劇場売上げと満足度は顕著に違う。映画産業体では、すでに中高年層と60~70代の感性に適合したコンテンツを細かい企画力と投資、色々なプロモーションを動員して非常に攻撃的マーケティングを活発に進めている。
すなわち、アクティブ・シニアをターゲットとした、直接体験が可能な公演形態(本格演歌ミュージカルや新しいフォーマットのライブ・コンサート、あるいはオンラインと結合したミュージック・コミュニケーション ビジネスなど)を模索して、挑戦しなければならない。音楽は、エネルギーだ。水が媒質になって波が伝えられるように、音楽は缶詰音楽(CDなどの媒体に監禁されているという意味で)で、感じることはできない現場の生き生きしたエネルギーの波動を通じて、直接的に生気を受ける。
実際に、アプローチがさらに容易になり完成度を高めることができるならば、公演は、演歌が指向しなければならないより一層重要な活動の一つになることができる。ニッチマーケット(隙間市場)次元でない。良い公演コンテンツの一つは、レコード会社も生かして、業界全体を活性化させることができる。人々はなぜ映画、美術、文学または、音楽のような文化活動を時間とお金をかけて消費するのか。
大層な文化論的アプローチではなくても、それは、平凡な日常で、あるいは平坦でない人生のプロセスで、自身の他にまた他の経験と経験者を通じて、現在の私の人生を振り返ってみて、新しい自覚あるいは自身の考えに対する確信を得ようとするからである。文化商品の生産者は、それを満たすため、100%成功の保障がないのに、最も効果的な技法と手法を使って、絶えずコンテンツに対して苦心して施行しなければならない。
ここで、もう少しだけ(この課題に)具体的に入ってみよう。文化コンテンツ生産の基本的認識の出発点は、「疎外(不慣れにすること)」や「受容(確認受け取ること)」、そして常識的な感性や考えを刺激する「危機にさらすこと」などだ。考えてみて欲しい。ただ、どこででも感じることができたり、手に入れることができるわずかなものなどならば意味がない。
なじみのものをひっくり返して疎外することによって、好奇心を誘発したり、自身が疑問を持っていたことについて、他人と共に共感したり、さらに、固定化された考えと行動を果敢に指摘して、崖に立って自分の省察の機会を提供したりする、破壊的表現などは、失敗しかねない危険な領域であるにもかかわらず、人々に混乱と加えて新しい秩序到来の喜びをプレゼントする。
■ 攻撃的戦略が必要
これを演歌産業に適用してみよう。すでに演歌音楽に対する特性に言及したが、現業界のマインドを一言でいうなら、いわゆる「メンタル崩壊」状態である。現状況に対する認識と、それにともなう対処能力不足、そんなために仕方ない過去慣行の踏襲、そして何より未来ビジョンの不在などが点在している。
それでも坐り込んでいることはできない。このような現実に対する、速い認識の下に取れる方法は、既存の演歌愛好家にすでにおなじみの歌と内容をバージョンアップしたり、確実に疎外することによって注目を集めたり、戦術によっては、衝撃的な争点を提供する攻撃性を帯びたり、あるいはこのようなすべての要素を適当に対処することが必要である。
誰が分からなくてしないのかと言えるが、話そうと思う要旨は、結局空中から眺める鳥の視点(Bird's eye shot、鳥瞰)から、流れの全体を読みながら、必要な戦略を適切な人物によって、成功の確率を高めることにある。すでに話したように、映画では成功事例が続いていて、演歌業界では試みが目立たないところに問題がある。
当然、エンターテインメントの成功は、幸運をはじめとする遥かに多くの要素が複合的に絡まっている。そうだとしても、最善は存在して、暗鬱なトンネルを抜け出す契機になれるはずだ。
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2014年3月24日月曜日
2014年3月23日日曜日
イ・ソンヒがスカートを借りた相手は中学生、小学生?
イ・ソンヒが、デビュー当時の有名なエピソードについて語った、アジア経済の記事「イ・ソンヒ 『江辺歌謡祭当時、客席の小学生にスカート借りた』」(3/22、ユ・スギョン記者)には、気になるところがある。
「江辺歌謡祭」(1984年)のステージで、デビューにあたる記念すべき舞台衣装が、彼女が代表するズボンスタイルでなかったわけだが、急遽借りたスカートの相手が「小学生」というのだ。一方、彼女の自伝的なスター・ストーリーにある「『江辺歌謡祭』の裏話」と違っている。本質的な問題ではないけれど、当時、慌てたこともあって勘違いしたのか、或いはこちらの方が事実なのか・・・。
(本ブログ関連:”スカート”)
(アジア経済記事)
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歌手イ・ソンヒが、「江辺歌謡祭」出演当時着た衣装に対する秘話を伝えた。22日放送されたKBS2 「芸能街中継」に出演したイ・ソンヒは、去る1984年「江辺歌謡祭」出演当時を回想して、「制作陣が女子学生のスカートを着ろといった」と話した。彼女は、「しかし、私は制服を除いては、スカートがない」と、「客席からでも借りて来ようと思い、本当に客席に行って、服を借りた」と付け加えて注目を引いた。
イ・ソンヒは、スカートの持ち主が小学生(초등학생)だった事実を明らかにして、「(歌謡祭が)終わって返そうとしたが、いなくなった。それで私が持っていた」と笑った。彼女はまた、「スカートは、大事に保管している。もしかしたら(賞を受けたのが)スカートおかげなのかも知れない」と冗談を言った。一方、イ・ソンヒは、来る4月19日、「30周年記念コンサート」を開催する。
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(参考)
本ブログで紹介した、彼女の自伝(1991年)でもある<イ・ソンヒのスター・ストーリー「7.『江辺歌謡祭』の裏話」>には、次のような記述がある。
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待望の「江辺歌謡祭」決選の前日、私は「変装」した。ひょっとして父や知り合いがTVを見ても、私が誰なのかを見間違えるようにしようと。まず、頭をチリチリにパーマしたし、メガネも視力が似た友人のものと替えて使った。その上、行事当日の演出者シン・スンホ先生の強要(?)で、着ていたジーンズをスカートに着替えたので、それなりにほとんど完ぺきな変装をしたわけだ。
その時借りてはいたスカートの持ち主は春川から来たオ・ヘウォンという女子中学生(여중생)だった。余裕がなくて返すことができなかったが、今も家に保管している。この記事を読むことになれば、その時の私のジーンズとヘ・ウォンさんのスカートを交換をする心の準備はないのだろうか・・・。
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「江辺歌謡祭」(1984年)のステージで、デビューにあたる記念すべき舞台衣装が、彼女が代表するズボンスタイルでなかったわけだが、急遽借りたスカートの相手が「小学生」というのだ。一方、彼女の自伝的なスター・ストーリーにある「『江辺歌謡祭』の裏話」と違っている。本質的な問題ではないけれど、当時、慌てたこともあって勘違いしたのか、或いはこちらの方が事実なのか・・・。
(本ブログ関連:”スカート”)
(アジア経済記事)
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歌手イ・ソンヒが、「江辺歌謡祭」出演当時着た衣装に対する秘話を伝えた。22日放送されたKBS2 「芸能街中継」に出演したイ・ソンヒは、去る1984年「江辺歌謡祭」出演当時を回想して、「制作陣が女子学生のスカートを着ろといった」と話した。彼女は、「しかし、私は制服を除いては、スカートがない」と、「客席からでも借りて来ようと思い、本当に客席に行って、服を借りた」と付け加えて注目を引いた。
イ・ソンヒは、スカートの持ち主が小学生(초등학생)だった事実を明らかにして、「(歌謡祭が)終わって返そうとしたが、いなくなった。それで私が持っていた」と笑った。彼女はまた、「スカートは、大事に保管している。もしかしたら(賞を受けたのが)スカートおかげなのかも知れない」と冗談を言った。一方、イ・ソンヒは、来る4月19日、「30周年記念コンサート」を開催する。
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(参考)
本ブログで紹介した、彼女の自伝(1991年)でもある<イ・ソンヒのスター・ストーリー「7.『江辺歌謡祭』の裏話」>には、次のような記述がある。
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待望の「江辺歌謡祭」決選の前日、私は「変装」した。ひょっとして父や知り合いがTVを見ても、私が誰なのかを見間違えるようにしようと。まず、頭をチリチリにパーマしたし、メガネも視力が似た友人のものと替えて使った。その上、行事当日の演出者シン・スンホ先生の強要(?)で、着ていたジーンズをスカートに着替えたので、それなりにほとんど完ぺきな変装をしたわけだ。
その時借りてはいたスカートの持ち主は春川から来たオ・ヘウォンという女子中学生(여중생)だった。余裕がなくて返すことができなかったが、今も家に保管している。この記事を読むことになれば、その時の私のジーンズとヘ・ウォンさんのスカートを交換をする心の準備はないのだろうか・・・。
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2014年3月22日土曜日
やっとの新年会
「春分の日」の祝日の昨日を含めて、今日、明日(土・日)をつなげると3連休になる。おかげで、街も賑わっている。
なぜか今年は土・日になると、雨風だけでなく雪も降ったりして、土曜日の韓国語教室の新年会を先延ばしせざるえなかった。天候も良く、みんなの都合も合った今日、遅まきながらようやく新年会を開くことになった。先生、生徒全員が揃って、新大久保の韓国料理屋で会食した。
世間では、新大久保の賑わいが減退しているといわれている。今夕の街、思いのほか盛況であったが、この地を知るひとが語るには、確かに平日の人出は減っているという。ただし、休日はある程度キープできているらしい。人波の大部分は、当然ながら女性たちである。
さて、昨年、生徒たちで行ったことのある、味よく待遇よい店に今回も出かけた。肉も野菜も・・・美味い、美味いと次々いただく・・・焼肉、三段豚バラ、海鮮チジミ、チャプチェ・・最後にパッピンスなど色々あったが、会話が弾んで・・・全部覚えきれない。
帰り道、一同食料品店に寄ってキムチや菓子などを買った。食事中、帰り道、電車の中、何気ない会話が楽しい・・・おじさんには微笑ましくもある。
ご出席いただいた先生に、お世話になった幹事さんに、みなさんに感謝。
(本ブログ関連:”三段バラ”)
(追記)
コリアプラザで、パティ・キムのアルバム「パティ・キム 郷愁(향수)」を購入。彼女は、韓国歌謡に関心を持たせてくれた最初のひとだ。
ところで、アルバムのタイトルにある詩情豊かな「郷愁(향수)」が、収録されていない・・・Sweet Sorrowと共に歌う同曲がYoutubeにあるので聴いてみよう。(登録者ㅇㄷㅂㅊに感謝)
(本ブログ関連:”パティ・キム”、”パティ・キム”)
なぜか今年は土・日になると、雨風だけでなく雪も降ったりして、土曜日の韓国語教室の新年会を先延ばしせざるえなかった。天候も良く、みんなの都合も合った今日、遅まきながらようやく新年会を開くことになった。先生、生徒全員が揃って、新大久保の韓国料理屋で会食した。
世間では、新大久保の賑わいが減退しているといわれている。今夕の街、思いのほか盛況であったが、この地を知るひとが語るには、確かに平日の人出は減っているという。ただし、休日はある程度キープできているらしい。人波の大部分は、当然ながら女性たちである。
さて、昨年、生徒たちで行ったことのある、味よく待遇よい店に今回も出かけた。肉も野菜も・・・美味い、美味いと次々いただく・・・焼肉、三段豚バラ、海鮮チジミ、チャプチェ・・最後にパッピンスなど色々あったが、会話が弾んで・・・全部覚えきれない。
帰り道、一同食料品店に寄ってキムチや菓子などを買った。食事中、帰り道、電車の中、何気ない会話が楽しい・・・おじさんには微笑ましくもある。
ご出席いただいた先生に、お世話になった幹事さんに、みなさんに感謝。
(本ブログ関連:”三段バラ”)
(追記)
コリアプラザで、パティ・キムのアルバム「パティ・キム 郷愁(향수)」を購入。彼女は、韓国歌謡に関心を持たせてくれた最初のひとだ。
ところで、アルバムのタイトルにある詩情豊かな「郷愁(향수)」が、収録されていない・・・Sweet Sorrowと共に歌う同曲がYoutubeにあるので聴いてみよう。(登録者ㅇㄷㅂㅊに感謝)
(本ブログ関連:”パティ・キム”、”パティ・キム”)
2014年3月21日金曜日
春分の日2014
今日は祝日「春分の日」。二十四節気の四番目の春分である。習わしとして、昼夜の時間が同じという。暦は春十分というに、まだまだ肌寒く、冬の名残り?の咳は一進一退している。気候も体調も、名実共に春を迎えたい。
この春分の日を挟んで、3日前と3日後をそれぞれ「彼岸の入り(3/18)」、「彼岸明け(3/24)」といい、仏事につながる。
もっと直截な春を迎える行事というか、祭事の中心が自然を対象にしているようにしか思えない、東大寺の「お水取り(修二会)」がある。こちらは、3月の中旬まで行なわれるが、大衆としては、二月堂の「お松明」がクライマックスだろう。松明の火の粉にあたれば縁起がいいというが、過去3回の経験から、火の粉を浴びるのは難しい。松明と距離もとられるし、人混みで近づくこともできない。とはいえ、またいつか行きたいものだ。
風が吹き 風邪も治まらぬ 春分の日である。
(本ブログ関連:”春分の日”)
この春分の日を挟んで、3日前と3日後をそれぞれ「彼岸の入り(3/18)」、「彼岸明け(3/24)」といい、仏事につながる。
もっと直截な春を迎える行事というか、祭事の中心が自然を対象にしているようにしか思えない、東大寺の「お水取り(修二会)」がある。こちらは、3月の中旬まで行なわれるが、大衆としては、二月堂の「お松明」がクライマックスだろう。松明の火の粉にあたれば縁起がいいというが、過去3回の経験から、火の粉を浴びるのは難しい。松明と距離もとられるし、人混みで近づくこともできない。とはいえ、またいつか行きたいものだ。
風が吹き 風邪も治まらぬ 春分の日である。
(本ブログ関連:”春分の日”)
2014年3月20日木曜日
名前の表記
イ・ソンヒ(李仙姫)のハングル名(이선희)は、次のように表記される。一般的な表記の理由とは別に、一文字ずつ分離する例を最近ネットで見たが・・・これって流行なのだろうか。
・「이선희」 : 姓の李(이)と名の仙姫(선희)をまとめて書くのが原則。
・「이 선희」 : 姓の李(이)と名の仙姫(선희)を明確にするため分けて書く。
・「이/선/희」 : 彼女の30周年記念コンサート紹介写真や投稿などで何度か目にした一文字ずつ離して表記。デザイン、それとも流行?
(本ブログ関連:”李仙姫の名前から(1)、(2)”、”イ・ソンヒという名前”)
・「이선희」 : 姓の李(이)と名の仙姫(선희)をまとめて書くのが原則。
・「이 선희」 : 姓の李(이)と名の仙姫(선희)を明確にするため分けて書く。
・「이/선/희」 : 彼女の30周年記念コンサート紹介写真や投稿などで何度か目にした一文字ずつ離して表記。デザイン、それとも流行?
(本ブログ関連:”李仙姫の名前から(1)、(2)”、”イ・ソンヒという名前”)
2014年3月19日水曜日
イ・ソンヒ SBS「ヒーリングキャンプ」に出演
イ・ソンヒは、3/25予定の「15集アルバム」リリース合わせて、かつ4/19-20のデビュー「30周年記念コンサート」に向けて、事前に各種メディアにゲスト出演して広報につとめている。前回の2011年のときも同様な行動をしていたが、公開を旨とするアーティストにとって、当たり前のことだけれど。
News1の記事「イ・ソンヒ ヒーリングキャンプ出演、愛弟子イ・スンギも援護射撃 ”期待”」(3/19)に、SBS番組「ヒーリングキャンプ~楽しいじゃないか~」にゲスト出演するとのことになったと、次のように報じている。
(本ブログ関連:”30周年記念コンサート”)
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歌手イ・ソンヒがSBS「ヒーリングキャンプ~楽しいじゃないか~」(以下”ヒーリングキャンプ”)に出演する。
イ・ソンヒの所属会社「フックエンターテインメント」の関係者は18日、「イ・ソンヒが最近、『ヒーリングキャンプ』のゲスト(出演)交渉の提案を受けて、出演を決定した」として、「歌手人生に関わるたくさん話をする予定」と明らかにした。
この関係者は、「今回の編には、弟子で知らされたイ・スンギも共に出演する予定」としながら、「どんな方法で出演するかは決まっていない」と付け加えた。
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News1の記事「イ・ソンヒ ヒーリングキャンプ出演、愛弟子イ・スンギも援護射撃 ”期待”」(3/19)に、SBS番組「ヒーリングキャンプ~楽しいじゃないか~」にゲスト出演するとのことになったと、次のように報じている。
(本ブログ関連:”30周年記念コンサート”)
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歌手イ・ソンヒがSBS「ヒーリングキャンプ~楽しいじゃないか~」(以下”ヒーリングキャンプ”)に出演する。
イ・ソンヒの所属会社「フックエンターテインメント」の関係者は18日、「イ・ソンヒが最近、『ヒーリングキャンプ』のゲスト(出演)交渉の提案を受けて、出演を決定した」として、「歌手人生に関わるたくさん話をする予定」と明らかにした。
この関係者は、「今回の編には、弟子で知らされたイ・スンギも共に出演する予定」としながら、「どんな方法で出演するかは決まっていない」と付け加えた。
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2014年3月18日火曜日
春一番2014
朝から、空をねじり轟かす強い風音がする。きっと春一番だろうと思ってネットを見れば、読売新聞の記事「関東で『春一番』…東京都心で風速17.7m」(3/18、13:57)に、春一番と次のように報じている。ああ、結膜炎の季節が始まった。
(本ブログ関連:”春一番”)
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・気象庁は18日午前、関東地方で「春一番」が吹いたと発表した。昨年より17日遅い。
・関東地方では、朝から南風が強まって各地で気温が上昇し、東京都心で午前9時40分に最大瞬間風速17.7メートルを観測した。午前11時現在、19.4度を観測し、4月中旬の陽気となった。JR東京駅前では、風に髪をなびかせながら歩く通勤客や観光客の姿が見られた。
・同庁では、立春から春分までの間に吹くやや強い南風を春一番としている。18日は日本海上を発達しながら通過する低気圧に向かって、南から暖かい風が吹き込んだ。
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(本ブログ関連:”春一番”)
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・気象庁は18日午前、関東地方で「春一番」が吹いたと発表した。昨年より17日遅い。
・関東地方では、朝から南風が強まって各地で気温が上昇し、東京都心で午前9時40分に最大瞬間風速17.7メートルを観測した。午前11時現在、19.4度を観測し、4月中旬の陽気となった。JR東京駅前では、風に髪をなびかせながら歩く通勤客や観光客の姿が見られた。
・同庁では、立春から春分までの間に吹くやや強い南風を春一番としている。18日は日本海上を発達しながら通過する低気圧に向かって、南から暖かい風が吹き込んだ。
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KBS WORLD「国楽の世界へ」 済州七頭堂(霊登)クッ
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/12)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第47回として、「済州七頭*堂(霊登)クッ(제주・칠머리・당・굿)」にまつわる話を紹介した。
(*)七頭:龍の頭のような岩が七つあり・・・(「済州島の神堂とその周辺」金泰順)
まず、「花冷え(꽃샘 추위)」の時期、済州島の「霊登(용동)神」の紹介から次のように始まった。
・南から開花の話題が聞こえる。いよいよ春到来。この時期、必ず訪れるが招かざる客に「花冷え」がある。花が咲くのを嫉む寒さの意を持つ。強い風が吹き、冬がぶり返したような日が続く。春を迎えて安心した心に、風が吹き込み驚くのが特徴だ。
・昔、花冷えの始まる陰暦2月1日を「霊登の日」と呼んだ。風(神)を司る「霊登お婆さん」が、空から人間世界に降りる日から由来する。15日~20日ほど地上に留まり、再び空に帰る霊登お婆さんをもてなすため、器に水を汲み甕の上に備えたり、料理して供えた後、人々は口にした。この時期、海沿いでは、波風の被害がないよう竜王に祭祀(제사)を捧げた。農村では、耕畑を控えるなどの風習があった。現在、済州島の「霊登神」を迎えて送る「済州七頭堂クッ」が霊登神に関連行事として残っている。
▼ 「海女の歌(해녀노래)」を聴く。繰り返し相和す掛け合いは明るく、始原的な労働の響きする。
次に、「霊登神」の伝承を詳細に次のように説明された。
・済州島は、風の影響を強く受ける。住民は、海で魚を捕る漁夫、もしくは海女が多く、風の動きに敏感だった。そのため、霊登神が訪れる陰暦2月を「霊登月」と呼び、この間、海の仕事を禁じて、霊登神を手厚く祭った。霊登神には、「霊登お婆さん」、「霊登お爺さん」がいると呼ばれる。
・済州島の霊登神は、他地域と違い、ウェヌンベギ島、または、カンナムチョンジャグクから来ると信じられた。その時々、嫁と来たり、娘を連れて来たりするという。娘と来るときは、娘のスカートが風にきれいになびくよう、風と共に来るとされ、この年は凶作と言われた。嫁と来るときは、嫁がびしょぬれになって憎らしく見えるよう、雨を同伴するとされ、この年は豊作と言われた。
・済州市コンイプ洞に、「イルモリダン」(神を祭る「神堂(신당)」)がある。ここで、霊登神を迎え、送るとき「済州七頭堂霊登クッ」(要無形文化財、2009年ユネスコ人類の無形遺産に登録)を行う。
▼ 「済州七頭堂クッ」から「ソウジェソリ(서우제소리)」を聴く。海の働く香りして陽射し燦燦。
最後に、「霊登クッ」について次のように解説された。
・「霊登クッ」は、内容により、いくつかのパートに分かれ多様で・・・全ての神を招いて祭るチョカムジェ/竜王と霊登神を向かえるための道を清めるヨンワンマジ/村全体の厄を払うマウルドエクマグム/海女の収穫がどうかを占うイドゥリムなど、それぞれに登場する神の出生や保有の力について説明する部分がある。最近、済州島神話として広めることを進めている。済州島には女性の神が多い。一生、海に潜って家庭を支えたプライドを持つ海女たちの影響が大きいだろう。
▼ 「済州の海(제주바다)」を聴く。いっきに遠く南の海に飛んだよう・・・今様である。
(*)七頭:龍の頭のような岩が七つあり・・・(「済州島の神堂とその周辺」金泰順)
まず、「花冷え(꽃샘 추위)」の時期、済州島の「霊登(용동)神」の紹介から次のように始まった。
・南から開花の話題が聞こえる。いよいよ春到来。この時期、必ず訪れるが招かざる客に「花冷え」がある。花が咲くのを嫉む寒さの意を持つ。強い風が吹き、冬がぶり返したような日が続く。春を迎えて安心した心に、風が吹き込み驚くのが特徴だ。
・昔、花冷えの始まる陰暦2月1日を「霊登の日」と呼んだ。風(神)を司る「霊登お婆さん」が、空から人間世界に降りる日から由来する。15日~20日ほど地上に留まり、再び空に帰る霊登お婆さんをもてなすため、器に水を汲み甕の上に備えたり、料理して供えた後、人々は口にした。この時期、海沿いでは、波風の被害がないよう竜王に祭祀(제사)を捧げた。農村では、耕畑を控えるなどの風習があった。現在、済州島の「霊登神」を迎えて送る「済州七頭堂クッ」が霊登神に関連行事として残っている。
▼ 「海女の歌(해녀노래)」を聴く。繰り返し相和す掛け合いは明るく、始原的な労働の響きする。
次に、「霊登神」の伝承を詳細に次のように説明された。
・済州島は、風の影響を強く受ける。住民は、海で魚を捕る漁夫、もしくは海女が多く、風の動きに敏感だった。そのため、霊登神が訪れる陰暦2月を「霊登月」と呼び、この間、海の仕事を禁じて、霊登神を手厚く祭った。霊登神には、「霊登お婆さん」、「霊登お爺さん」がいると呼ばれる。
・済州島の霊登神は、他地域と違い、ウェヌンベギ島、または、カンナムチョンジャグクから来ると信じられた。その時々、嫁と来たり、娘を連れて来たりするという。娘と来るときは、娘のスカートが風にきれいになびくよう、風と共に来るとされ、この年は凶作と言われた。嫁と来るときは、嫁がびしょぬれになって憎らしく見えるよう、雨を同伴するとされ、この年は豊作と言われた。
・済州市コンイプ洞に、「イルモリダン」(神を祭る「神堂(신당)」)がある。ここで、霊登神を迎え、送るとき「済州七頭堂霊登クッ」(要無形文化財、2009年ユネスコ人類の無形遺産に登録)を行う。
▼ 「済州七頭堂クッ」から「ソウジェソリ(서우제소리)」を聴く。海の働く香りして陽射し燦燦。
最後に、「霊登クッ」について次のように解説された。
・「霊登クッ」は、内容により、いくつかのパートに分かれ多様で・・・全ての神を招いて祭るチョカムジェ/竜王と霊登神を向かえるための道を清めるヨンワンマジ/村全体の厄を払うマウルドエクマグム/海女の収穫がどうかを占うイドゥリムなど、それぞれに登場する神の出生や保有の力について説明する部分がある。最近、済州島神話として広めることを進めている。済州島には女性の神が多い。一生、海に潜って家庭を支えたプライドを持つ海女たちの影響が大きいだろう。
▼ 「済州の海(제주바다)」を聴く。いっきに遠く南の海に飛んだよう・・・今様である。
2014年3月17日月曜日
電車の中で1時間の転寝(うたたね)
今日は、忙しかったのか、それともグダグダだったのか。昼前、新宿高島屋前にあるHISの9Fで、イ・ソンヒコンサートに行くためのソウル旅行の手続きをしたところ・・・なんと、パスポート期限が今月19日までということに気付いた・・・そう、Mar(3月)をMay(5月)と読み違えていたのだ。とりあえず、旅行手続きは済ませたが、更新したパスポート番号を後日知らせることになった。
さっそく、新宿からそのまま立川へ出かける。立川駅のルミネにある、こちらも9Fのパスポートセンターへ出かけて更新手続きを完了した。来週には新パスポート番号が分かるのでHISへ連絡しなくては。
昼過ぎ、ようやく帰途についた・・・ところが、立川駅の構内放送が、帰るべきわが駅で人身事故があったため1時間ほど待ってくださいという。とりあえず、ホームに着いた電車に乗りこみ、座席で待機した。ああ、待つのが長い・・・ふと気付けばいい気持ちで転寝していたのだ。随分と長時間ぐっすり寝込んでいたことになる。電車の中で眠るのは、日本人特有らしいが、昼過ぎのぽかぽか陽気の陽射しと、軽い電車の振動を受けて寝入るのは最高。2駅ほど前に目を覚ました。
そんなわけで、忙しいというか気ぜわしい中で、のんびりとグダグダした至高の時間を過ごせた。スッキリしたぞ。
ところで、浮気心から他の習いごとに仮申込したが、風邪だ、コンサートだなどとせわしいことばかり続くので、考え直してキャンセルの連絡をした。
さっそく、新宿からそのまま立川へ出かける。立川駅のルミネにある、こちらも9Fのパスポートセンターへ出かけて更新手続きを完了した。来週には新パスポート番号が分かるのでHISへ連絡しなくては。
昼過ぎ、ようやく帰途についた・・・ところが、立川駅の構内放送が、帰るべきわが駅で人身事故があったため1時間ほど待ってくださいという。とりあえず、ホームに着いた電車に乗りこみ、座席で待機した。ああ、待つのが長い・・・ふと気付けばいい気持ちで転寝していたのだ。随分と長時間ぐっすり寝込んでいたことになる。電車の中で眠るのは、日本人特有らしいが、昼過ぎのぽかぽか陽気の陽射しと、軽い電車の振動を受けて寝入るのは最高。2駅ほど前に目を覚ました。
そんなわけで、忙しいというか気ぜわしい中で、のんびりとグダグダした至高の時間を過ごせた。スッキリしたぞ。
ところで、浮気心から他の習いごとに仮申込したが、風邪だ、コンサートだなどとせわしいことばかり続くので、考え直してキャンセルの連絡をした。
KBS WORLD日本語版 「イ・ソンヒ 『デビュー30周年』ニューアルバム25日発売」
いつも(韓国)国楽紹介番組を聴取しているKBS WORLD(日本語)のホームページ欄「エンターテインメント」にある、KPOP News記事「『デビュー30周年』イ・ソニ ニューアルバム25日発売」(3/14)は、イ・ソンヒのデビュー30周年に合わせた15集アルバムについて次のように報じている。内容的には、本ブログで既報の通りである。
(*) イ・ソンヒ(이선희)の名は、発音上「イ・ソニ」とリエゾンするため、ここではイ・ソニと記載されている。
(本ブログ関連:”ショーケース”)
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デビュー30周年を迎えた国民的ディーバ(歌姫)、イ・ソニ(イ・ソンヒ)が(今月)25日、5年ぶり15作目となるニューアルバム「SERENDIPITY」をリリースします。
「SERENDIPITY」は、イ・ソニの30年間にわたる音楽人生の総決算となる作品。イ・ソニは収録曲のうち、10曲余りの作詞、作曲を手がけ、自らのカラーを盛り込みました。また、イダンヨプチャギ(ダブル・キック)、パク・クンテ、Epitone Projectら、有名ミュージシャンとのコラボレーションで、アルバムに新鮮さと深みを加えました。
イ・ソニはアルバム発売日の25日、ソウル・オリンピック公園ウリ金融アートホールにてショーケースライブを開催します。同ライブにはイ・ソニを尊敬し、慕ってきた後輩歌手のユン・ドヒョン、GUMMY(コミ)、イム・ジョンヒ、T.A-Copy、イ・スンギらがゲスト出演し、イ・ソニの珠玉の名曲を自らのスタイルに再解釈して歌う予定です。
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(*) イ・ソンヒ(이선희)の名は、発音上「イ・ソニ」とリエゾンするため、ここではイ・ソニと記載されている。
(本ブログ関連:”ショーケース”)
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デビュー30周年を迎えた国民的ディーバ(歌姫)、イ・ソニ(イ・ソンヒ)が(今月)25日、5年ぶり15作目となるニューアルバム「SERENDIPITY」をリリースします。
「SERENDIPITY」は、イ・ソニの30年間にわたる音楽人生の総決算となる作品。イ・ソニは収録曲のうち、10曲余りの作詞、作曲を手がけ、自らのカラーを盛り込みました。また、イダンヨプチャギ(ダブル・キック)、パク・クンテ、Epitone Projectら、有名ミュージシャンとのコラボレーションで、アルバムに新鮮さと深みを加えました。
イ・ソニはアルバム発売日の25日、ソウル・オリンピック公園ウリ金融アートホールにてショーケースライブを開催します。同ライブにはイ・ソニを尊敬し、慕ってきた後輩歌手のユン・ドヒョン、GUMMY(コミ)、イム・ジョンヒ、T.A-Copy、イ・スンギらがゲスト出演し、イ・ソニの珠玉の名曲を自らのスタイルに再解釈して歌う予定です。
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2014年3月16日日曜日
イ・ソンヒ15集タイトルは「セレンディピティ(세렌디피티)」
SPORTSQの記事「イ・ソンヒ15集発表に、後輩歌手による献呈公演を用意」(3/13、キム・ナラ記者)に、イ・ソンヒの曲をカバーしたこともある歌手たちが献呈(トリビュート)公演を用意していると次のように報じている。
今回の新しい15集アルバムのタイトルは「セレンディピティ」で、10余曲が収集されているとのこと。なにより、同記事に掲載された彼女の写真(所属会社フックエンターテインメント提供)が素晴らしい。
(本ブログ関連:”セレンディピティ”)
(本ブログ関連:「Jへ」、「美しい江山」、「私はいつもあなたを」、「葛藤」、「ひとしきり笑いで」、「ああ!昔よ」、「因縁(絆)」、「思い出のページをめくれば」、「少女の祈り」、「狐の嫁入り(天気雨)」)
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「小さな巨人」イ・ソンヒが5年ぶりにカムバックする。
イ・ソンヒは、2009年正規14集「愛よ...」の発表後、デビュー30周年を記念して、正規15集「セレンディピティ(세렌디피티)」を発売する。一層成熟した感性で、彼女の音楽人生30年を総決算する今回のアルバムに、10余曲を自分だけの色が盛られた自作曲で収録した。また、わが国最高の作曲家、ダブル・キック(이단옆차기)、パク・グンテ(박근태)、ミス・ケイ(미스케이)、エピトンプロジェクトなどとの共同作業を通じて、音楽の新鮮さと深みに新譜の完成度を高めた。
来る25日、アルバム発売に合わせて開催されるイ・ソンヒのショーケースには、いつもイ・ソンヒを尊敬してきた後輩歌手ユン・ドヒョンが「私はいつもあなたを」、グミ(거미)は「分かりたいです」、イム・ジョンヒは「美しい江山」、タカピ(TACAPY)は「ひとしきり笑いで」、イ・スンギは「Jへ」をそれぞれのスタイルで再解釈して場を輝かせる予定だ。特に、今回のショーケースは、ポータルサイトDaumを通じて生中継され、イ・ソンヒの新曲をライブで鑑賞することができる。
大衆音楽評論家ガンホンは「イ・ソンヒは、女性ミュージシャンが弱者にならざるをえなかった音楽産業界で、堂々と両足で自分の歴史を自分で作った最初の人物だ」と絶賛した。
1984年「江辺歌謡祭」で大賞を受賞して、歌謡界に進出した歌手イ・ソンヒは、清らかな声を誇り、「Jへ」、「美しい江山」、「私はいつもあなたを」、「葛藤」、「ひとしきり笑いで」、「ああ!昔よ」、「因縁(絆)」、「思い出のページをめくれば」、「少女の祈り」、「狐の嫁入り(天気雨)」など数多くのヒット曲を量産した。
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今回の新しい15集アルバムのタイトルは「セレンディピティ」で、10余曲が収集されているとのこと。なにより、同記事に掲載された彼女の写真(所属会社フックエンターテインメント提供)が素晴らしい。
(本ブログ関連:”セレンディピティ”)
(本ブログ関連:「Jへ」、「美しい江山」、「私はいつもあなたを」、「葛藤」、「ひとしきり笑いで」、「ああ!昔よ」、「因縁(絆)」、「思い出のページをめくれば」、「少女の祈り」、「狐の嫁入り(天気雨)」)
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![]() |
| 国民歌手イ・ソンヒ |
イ・ソンヒは、2009年正規14集「愛よ...」の発表後、デビュー30周年を記念して、正規15集「セレンディピティ(세렌디피티)」を発売する。一層成熟した感性で、彼女の音楽人生30年を総決算する今回のアルバムに、10余曲を自分だけの色が盛られた自作曲で収録した。また、わが国最高の作曲家、ダブル・キック(이단옆차기)、パク・グンテ(박근태)、ミス・ケイ(미스케이)、エピトンプロジェクトなどとの共同作業を通じて、音楽の新鮮さと深みに新譜の完成度を高めた。
来る25日、アルバム発売に合わせて開催されるイ・ソンヒのショーケースには、いつもイ・ソンヒを尊敬してきた後輩歌手ユン・ドヒョンが「私はいつもあなたを」、グミ(거미)は「分かりたいです」、イム・ジョンヒは「美しい江山」、タカピ(TACAPY)は「ひとしきり笑いで」、イ・スンギは「Jへ」をそれぞれのスタイルで再解釈して場を輝かせる予定だ。特に、今回のショーケースは、ポータルサイトDaumを通じて生中継され、イ・ソンヒの新曲をライブで鑑賞することができる。
大衆音楽評論家ガンホンは「イ・ソンヒは、女性ミュージシャンが弱者にならざるをえなかった音楽産業界で、堂々と両足で自分の歴史を自分で作った最初の人物だ」と絶賛した。
1984年「江辺歌謡祭」で大賞を受賞して、歌謡界に進出した歌手イ・ソンヒは、清らかな声を誇り、「Jへ」、「美しい江山」、「私はいつもあなたを」、「葛藤」、「ひとしきり笑いで」、「ああ!昔よ」、「因縁(絆)」、「思い出のページをめくれば」、「少女の祈り」、「狐の嫁入り(天気雨)」など数多くのヒット曲を量産した。
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「春」といえばどんな花が思い出されますか?
韓国ギャラップ(Gallup Korea)は、韓国のひとびとが、「春」といえばどんな花を思い出すか他についてアンケート調査した結果を次のように発表(3/6)している。(抜粋)
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「春」といえばどんな花が思い出されますか?(上位から順に)
・「レンギョウ」(개나리、41%)
・「桜」(벚꽃、18%)、「ツツジ」(진달래:カラムラサキツツジ、花だけ、18%)
・「梅」(매화、4%)
・「木蓮」(목련、3%)
・「ツツジ」(철쭉:クロフネツツジ、花と葉がある、2%)
・「菜の花」、「フリージア」、「サンシュユ」、「バラ」、「ツバキ」・・・(それぞれ1%)
世代別、思い浮かんだ花は(上位順、25%以上)
・20代: 「桜」(41%)、「レンギョウ」(40%)・・・都心大学の春祭りの雰囲気を存分に生かす「桜」
・30代: 「レンギョウ」(55%)、
・40代: 「レンギョウ」(48%)、「ツツジ(진달래)」(25%)・・・登山、キャンプをたくさんする
・50代: 「レンギョウ」(36%)、「その他の花」(27%)、「ツツジ(진달래)」(25%)
・60代以上: 「その他の花」(29%)、「レンギョウ」(26%)・・・地方に住んだ子供の頃、花木づくりなどの影響
【調査概要】
・調査期間: 2014年3月4~6日(3日間)
・標本抽出: 携帯電話によるRDD(乱数番号法)標本フレームから無作為抽出
・応答方式: 電話調査員インタビュー
・調査対象: 全国満19歳以上の男女1,017人
・標本誤差: ±3.1%ポイント(95%信頼水準)
・回 答 率 : 15%(総通話6,762人のうち1,017人の応答完了)
・依 頼 先 : 韓国ギャラップ独自調査
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「春」といえばどんな花が思い出されますか?(上位から順に)
・「レンギョウ」(개나리、41%)
・「桜」(벚꽃、18%)、「ツツジ」(진달래:カラムラサキツツジ、花だけ、18%)
・「梅」(매화、4%)
・「木蓮」(목련、3%)
・「ツツジ」(철쭉:クロフネツツジ、花と葉がある、2%)
・「菜の花」、「フリージア」、「サンシュユ」、「バラ」、「ツバキ」・・・(それぞれ1%)
世代別、思い浮かんだ花は(上位順、25%以上)
・20代: 「桜」(41%)、「レンギョウ」(40%)・・・都心大学の春祭りの雰囲気を存分に生かす「桜」
・30代: 「レンギョウ」(55%)、
・40代: 「レンギョウ」(48%)、「ツツジ(진달래)」(25%)・・・登山、キャンプをたくさんする
・50代: 「レンギョウ」(36%)、「その他の花」(27%)、「ツツジ(진달래)」(25%)
・60代以上: 「その他の花」(29%)、「レンギョウ」(26%)・・・地方に住んだ子供の頃、花木づくりなどの影響
【調査概要】
・調査期間: 2014年3月4~6日(3日間)
・標本抽出: 携帯電話によるRDD(乱数番号法)標本フレームから無作為抽出
・応答方式: 電話調査員インタビュー
・調査対象: 全国満19歳以上の男女1,017人
・標本誤差: ±3.1%ポイント(95%信頼水準)
・回 答 率 : 15%(総通話6,762人のうち1,017人の応答完了)
・依 頼 先 : 韓国ギャラップ独自調査
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2014年3月15日土曜日
「イ・ソンヒ 30周年記念コンサート」(4月19日)へ
来月の4月19日(土)と20日(日)に、世宗文化会館(大劇場)で催される、イ・ソンヒのデビュー「30周年記念コンサート」初日(19日)の舞台を観られるようになった。
先日の韓国語教室で、イ・ソンヒのコンサートチケットを、InterParkから入手できないかと話題にしたところ、先生のお力添えをいただき入手できることになり、今日の教室で、詳細を教えていただいた。VIP席を予約していただいたとのこと、大感謝である。
(本ブログ関連:”30周年記念コンサート”)
コンサートは、来月中旬なので、それまでに体力を完全回復しておかなくては・・・上記の朗報のおかげで、より順調にいくだろう。
(鉱物採集は今月も中断している。歳をとるほど、風邪にかかるのは早く、回復は遅い。)
先日の韓国語教室で、イ・ソンヒのコンサートチケットを、InterParkから入手できないかと話題にしたところ、先生のお力添えをいただき入手できることになり、今日の教室で、詳細を教えていただいた。VIP席を予約していただいたとのこと、大感謝である。
(本ブログ関連:”30周年記念コンサート”)
コンサートは、来月中旬なので、それまでに体力を完全回復しておかなくては・・・上記の朗報のおかげで、より順調にいくだろう。
(鉱物採集は今月も中断している。歳をとるほど、風邪にかかるのは早く、回復は遅い。)
2014年3月14日金曜日
スーパージャイアンツ
子どもの頃に住んでいた社宅の近くに、小さな映画館が2館あって、それぞれ大人向け日本映画を2本立てで上映していた。ときどき親父に連れられて行ったが、怪談映画を見たときの恐怖を忘れられず、閉口した記憶がある。おかげで、夜の井戸端が怖くて近寄れなかった。
それとは別に、父の勤める会社が直営する映画館が遠く離れた工場敷地にあった。子ども向けの映画があるときはよく見に行ったものだ。教育映画、ディズニー映画など健全なものを、駄菓子代にもならぬ安い値段で見せてくれた。
テレビが登場する以前だから、子どもにとって大きな楽しみだった。それにしても、社宅から離れた場所にある会社の映画館に、親は子どもたちだけで勝手によく行かせたものだ。のんびりした安全な時代だった。
そんな頃、会社の映画館も子どもの期待も受けて、「ゴジラ」や「スーパージャイアンツ」など上映するようになった。「ゴジラ」の足が街の中を踏み潰しながら迫って来る光景は今もしっかり目に焼きついている。幽霊よりも怖かった。モノクロ映像は、ゴジラの睨むように見下ろす眼光の鋭さを際立たせた。そのまま、夢の世界に登場してくるのに十分だった。
「スーパージャイアンツ」は、後のテレビ時代を先取りするもので、悪と戦い地球の危機を救ってくれる、わくわく感のある正義が勝利する勧善懲悪のSF映画だ。主人公のスーパージャイアンツは、映画館で皆と共有できるヒーローだった。それは大事なことだ。テレビのヒーローには、居間(家族だけ)で見るため共有感が乏しくなる。
同じモノクロであるが、「ゴジラ」の覆いつくすような暗影の恐怖感と違って、「スーパージャイアンツ」は、ヒーローの白い衣装に合って、安心感というか何処かほのぼのした雰囲気が印象的だった。なにより、ユニークなタイツ姿が目に残っている。
ヒーローであるスーパージャイアンツを演じたのが宇津井健だった。その後、映画やテレビドラマに登場して、髪を揺らしながら熱演されるのを見るたび、なぜかスーパージャイアンツの英姿を思い出したものだ。
その宇津井健が本夕、82歳の天寿を全うされた。忘れられない銀幕のスターの一人だった。
それとは別に、父の勤める会社が直営する映画館が遠く離れた工場敷地にあった。子ども向けの映画があるときはよく見に行ったものだ。教育映画、ディズニー映画など健全なものを、駄菓子代にもならぬ安い値段で見せてくれた。
テレビが登場する以前だから、子どもにとって大きな楽しみだった。それにしても、社宅から離れた場所にある会社の映画館に、親は子どもたちだけで勝手によく行かせたものだ。のんびりした安全な時代だった。
そんな頃、会社の映画館も子どもの期待も受けて、「ゴジラ」や「スーパージャイアンツ」など上映するようになった。「ゴジラ」の足が街の中を踏み潰しながら迫って来る光景は今もしっかり目に焼きついている。幽霊よりも怖かった。モノクロ映像は、ゴジラの睨むように見下ろす眼光の鋭さを際立たせた。そのまま、夢の世界に登場してくるのに十分だった。
「スーパージャイアンツ」は、後のテレビ時代を先取りするもので、悪と戦い地球の危機を救ってくれる、わくわく感のある正義が勝利する勧善懲悪のSF映画だ。主人公のスーパージャイアンツは、映画館で皆と共有できるヒーローだった。それは大事なことだ。テレビのヒーローには、居間(家族だけ)で見るため共有感が乏しくなる。
同じモノクロであるが、「ゴジラ」の覆いつくすような暗影の恐怖感と違って、「スーパージャイアンツ」は、ヒーローの白い衣装に合って、安心感というか何処かほのぼのした雰囲気が印象的だった。なにより、ユニークなタイツ姿が目に残っている。
ヒーローであるスーパージャイアンツを演じたのが宇津井健だった。その後、映画やテレビドラマに登場して、髪を揺らしながら熱演されるのを見るたび、なぜかスーパージャイアンツの英姿を思い出したものだ。
その宇津井健が本夕、82歳の天寿を全うされた。忘れられない銀幕のスターの一人だった。
(情報)イ・ソンヒ 15集新曲初公開 ショーケース 3月25日
Daumミュージックの「公演&フェスティバル」(3/12)は、イ・ソンヒが今月リリース予定している、15集アルバムの新曲初公開に合わせて、次のようショーケース*を行なうと報じている。
(*)ショーケース:デビュー前、新しいアルバムリリース前などに行なう、新曲発表のお披露目公演。
・日時: 3月25日(火)、午後8時
・場所: ウリ金融アートホール(in オリンピック公園)
・本ショーケースは、Daumミュージックで単独生中継予定であり該当ページで見られる・・・とのこと。
ということは、15集アルバムのリリースが 3月25日以降ということなのだろうか?
(*)ショーケース:デビュー前、新しいアルバムリリース前などに行なう、新曲発表のお披露目公演。
・日時: 3月25日(火)、午後8時
・場所: ウリ金融アートホール(in オリンピック公園)
・本ショーケースは、Daumミュージックで単独生中継予定であり該当ページで見られる・・・とのこと。
ということは、15集アルバムのリリースが 3月25日以降ということなのだろうか?
2014年3月13日木曜日
2014年3月12日水曜日
イ・ソンヒの「Because of You」(再々)
イ・ソンヒの12集所収の「Because of You」(作詞・作曲ユ・ヨンソク)は、彼女に珍しい、しっとりとした余韻が残る。思い出に縺(もつ)れてしまい、どうすることもできない。やがて悲しみに疲れていく、そのとき、歌の主人公には、きっとどこからか光が射すに違いない気がする。そう、イ・ソンヒの歌には、悲しみに暮れる主人公は似つかわしくないからね。
評論家(ムン・ジョンホ)には、少々センチメンタルに過ぎるといわれているようだ・・・。「2000年代に入ってはじめて発表した『My Life + Best』(2001年、12集)は、『Dream of Ruby』の延長でユ・ヨンソクとパク・チニョンなどの曲を受けゴスペル的な要素とアフリカのリズムを取り入れたいくつかの試みはユニークたが、アルバムを主導した催涙性(感傷的な)バラードとの出会いは確かにぎこちなかった。 」
(本部ログ関連:"イ・ソンヒの「Because of You」")
(Youtubeに登録のKnightmareに感謝)
(追記)
今日から、健康体操の教室にいざ行かんと力んだ瞬間、筋力がずるずる滑り落ちる気がした。焦りは禁物、自身の体調と相談しながら慣らし運転を始めた。
評論家(ムン・ジョンホ)には、少々センチメンタルに過ぎるといわれているようだ・・・。「2000年代に入ってはじめて発表した『My Life + Best』(2001年、12集)は、『Dream of Ruby』の延長でユ・ヨンソクとパク・チニョンなどの曲を受けゴスペル的な要素とアフリカのリズムを取り入れたいくつかの試みはユニークたが、アルバムを主導した催涙性(感傷的な)バラードとの出会いは確かにぎこちなかった。 」
(本部ログ関連:"イ・ソンヒの「Because of You」")
(Youtubeに登録のKnightmareに感謝)
(追記)
今日から、健康体操の教室にいざ行かんと力んだ瞬間、筋力がずるずる滑り落ちる気がした。焦りは禁物、自身の体調と相談しながら慣らし運転を始めた。
2014年3月11日火曜日
まあ、見てください
男の子なんだよね、こんなことになるのは。まあ、Youtubeを見てください。ギャグの教科書です。
https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=98LoiMZ59Jw
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=98LoiMZ59Jw
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
KBS WORLD「国楽の世界へ」 啓蟄
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第46回として、3月6日の「啓蟄(경칩)」にまつわる話を紹介した。
まず、二十四節気の「啓蟄」について、次のような紹介から始まった。
・昔、「陰暦」を使ったが、農業に重要な太陽の動きを見計らうことができないため、太陽が天球上を1年で一周することから、15度ずつに分けて、「太陽暦」2月4日頃の「立春」に始まり、次年1月20日頃の「大寒」までを、「二十四節気」に分けた。
・二十四節気の3つ目は「啓蟄」だ。韓国では啓蟄の「啓」に「驚」を当てる。また、「蟄」は冬眠中の虫の意で、「啓蟄」は、突然暖かい天気となり、冬眠中の虫が驚いて飛び出てくる言葉だ。冬眠動物の代表にカエルがある。働き者で、他の動物より少し早く冬眠から覚め、啓蟄のころには、小川や田んぼに卵を産む。
▼ 「カエルに(개구리에게)」を聴く。春の陽にあちこち顔を出すカエルの姿が浮かぶ・・・今様だ。
次に、啓蟄の時期の習俗について、次のように解説された。
・一時期、啓蟄の日に、浮いているカエルの卵が健康に良いといううわさが流れ、毒性のあるヒキガエルの卵を食べるというニュースが流れた。また、イタヤカエデも、樹液を飲むと、胃腸の病気や胸焼け、胃もたれに効くとされた。最近、健康食品として注目を集め、全国的にイタヤカエデの木が傷つけられる事例が相次いだ。
・昔の王は、啓蟄以後は、畦や畝に火を入れることを禁じた。冬の間は、草むらに隠れている害虫などを退治するために、畦などに火を入れたが、啓蟄が過ぎ、草も新しく芽吹き始め、虫たちも新しい命を誕生させるため、生命を害さないために配慮した。
▼ 「瞬間(순간)」から「春を待つ小川(봄을 기다리는 시냇물)」を聴く。暖かな春を待つ・・・今様だ。
最後に、冬が過ぎ春を迎える人々の様子を次のように説明された。
・近年、冬は以前ほどは厳しくないため、川の水が凍る光景はあまり見かけなくなった。昔、漢江(ハンガン)は凍りつき、そこに穴を開けて釣りをしたり、ソリに乗ったりした。また、啓蟄が過ぎると、漢江より北に位置する大同江(テドンガン)の水も溶け出し、この時期に土仕事をすると、災いを避けられるという言い伝えがあって、家の壁に土を塗ったりした。
・3月、韓国では新学期が始まる。南の方では、もうすでに春の花も咲き始めている。
▼ 「春の歌(봄노래)」を聴く。どこか慣れた旋律がする・・・南道民謡の陽気さか。
まず、二十四節気の「啓蟄」について、次のような紹介から始まった。
・昔、「陰暦」を使ったが、農業に重要な太陽の動きを見計らうことができないため、太陽が天球上を1年で一周することから、15度ずつに分けて、「太陽暦」2月4日頃の「立春」に始まり、次年1月20日頃の「大寒」までを、「二十四節気」に分けた。
・二十四節気の3つ目は「啓蟄」だ。韓国では啓蟄の「啓」に「驚」を当てる。また、「蟄」は冬眠中の虫の意で、「啓蟄」は、突然暖かい天気となり、冬眠中の虫が驚いて飛び出てくる言葉だ。冬眠動物の代表にカエルがある。働き者で、他の動物より少し早く冬眠から覚め、啓蟄のころには、小川や田んぼに卵を産む。
▼ 「カエルに(개구리에게)」を聴く。春の陽にあちこち顔を出すカエルの姿が浮かぶ・・・今様だ。
次に、啓蟄の時期の習俗について、次のように解説された。
・一時期、啓蟄の日に、浮いているカエルの卵が健康に良いといううわさが流れ、毒性のあるヒキガエルの卵を食べるというニュースが流れた。また、イタヤカエデも、樹液を飲むと、胃腸の病気や胸焼け、胃もたれに効くとされた。最近、健康食品として注目を集め、全国的にイタヤカエデの木が傷つけられる事例が相次いだ。
・昔の王は、啓蟄以後は、畦や畝に火を入れることを禁じた。冬の間は、草むらに隠れている害虫などを退治するために、畦などに火を入れたが、啓蟄が過ぎ、草も新しく芽吹き始め、虫たちも新しい命を誕生させるため、生命を害さないために配慮した。
▼ 「瞬間(순간)」から「春を待つ小川(봄을 기다리는 시냇물)」を聴く。暖かな春を待つ・・・今様だ。
最後に、冬が過ぎ春を迎える人々の様子を次のように説明された。
・近年、冬は以前ほどは厳しくないため、川の水が凍る光景はあまり見かけなくなった。昔、漢江(ハンガン)は凍りつき、そこに穴を開けて釣りをしたり、ソリに乗ったりした。また、啓蟄が過ぎると、漢江より北に位置する大同江(テドンガン)の水も溶け出し、この時期に土仕事をすると、災いを避けられるという言い伝えがあって、家の壁に土を塗ったりした。
・3月、韓国では新学期が始まる。南の方では、もうすでに春の花も咲き始めている。
▼ 「春の歌(봄노래)」を聴く。どこか慣れた旋律がする・・・南道民謡の陽気さか。
2014年3月10日月曜日
イ・ソンヒの30周年記念コンサートポスター
来月4月19日(土)、20日(日)に開かれる、イ・ソンヒの「30周年記念コンサート」については、事前に、ファンクラブやInterParkチケットなどから案内されている。しかしながら、開催場所の世宗文化会館(大劇場)は、まだ詳細な公演案内を掲示していない。彼女の所属会社である、フックエンターテインメントは公開(公式)ホームページがない(見つからない)ため、正式な案内は未見である。
ところで、今回のコンサートポスターと思われるものがInterParkにもあり、彼女の代表作「Jへ」をイメージしたロゴと、デビュー(1984年)当時と今年(2014年)の30年を経た彼女の写真を並置したもので構成しており、背景が白色という興味深いものだ。
30年の時代を、ある意味地味な色彩だが、モノトーンにおさえることで、彼女の好感される清潔さと堅実さを表徴している。歌と共にある、「歌うイ・ソンヒ」をまさに見ることができるようだ。
2014年3月9日日曜日
若田さん ISS船長就任
JAXA(宇宙航空研究開発機構)は「若田宇宙飛行士のISS船長(ISSコマンダー)就任について」(3/9)、次のように発表した。
若田宇宙飛行士は、2010年3月1日に、NASAのISS運用部門の部門長に就任し、その後、2011年2月17日に、ISS船長就任が発表されている。宇宙の専門家の実現までの道のりの長さを感じる。
これから約2ヵ月半の間、ISSの船長をされるそうだが、子どもたちの宇宙への関心についてもますます強まるように貢献されることだろう。
(本ブログ関連:”若田宇宙飛行士”)
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・平成26年3月9日夕方(日本時間)、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中の若田宇宙飛行士は、前任のオレッグ・コトフ宇宙飛行士(ロシア)から引き継ぎを受け、第39代目のISS船長に就任しました。
・若田宇宙飛行士は、5月中旬頃に予定されている、ソユーズ宇宙船(37S/TMA-11M)によるISSからの帰還の前日まで、ISS船長として6名のISS搭乗員を統括し、指揮を執る予定です。
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若田宇宙飛行士は、2010年3月1日に、NASAのISS運用部門の部門長に就任し、その後、2011年2月17日に、ISS船長就任が発表されている。宇宙の専門家の実現までの道のりの長さを感じる。
これから約2ヵ月半の間、ISSの船長をされるそうだが、子どもたちの宇宙への関心についてもますます強まるように貢献されることだろう。
(本ブログ関連:”若田宇宙飛行士”)
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・平成26年3月9日夕方(日本時間)、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中の若田宇宙飛行士は、前任のオレッグ・コトフ宇宙飛行士(ロシア)から引き継ぎを受け、第39代目のISS船長に就任しました。
・若田宇宙飛行士は、5月中旬頃に予定されている、ソユーズ宇宙船(37S/TMA-11M)によるISSからの帰還の前日まで、ISS船長として6名のISS搭乗員を統括し、指揮を執る予定です。
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2014年3月8日土曜日
Youtube画面が変?
昨日、Youtubeの最初の画面メニューから、選択した動画を起動しようとしたら、「500 Internal Server Error」というタイトルのエラーメッセージ(テキスト)が表示された。
そこで、PCを再起動したら見ることができたが、すぐに同様のエラーが繰り返した。
今日、昨日のようなことはなかった。ただし、Youtubeの最初の画面メニューで検索をしたら、該当リストを表示する画面の半分しか見えない・・・起動した動画は正しく表示するが。
ここ数日、Youtube画面が変だ。
そういえば、Youtubeをフルスクリーン指定したとき、完全にフルスクリーンのときもあれば、画面右側と下側横に少し空白が残ることが繰り返えされた・・・。
それとも、Chromeが変なのか?
そこで、PCを再起動したら見ることができたが、すぐに同様のエラーが繰り返した。
今日、昨日のようなことはなかった。ただし、Youtubeの最初の画面メニューで検索をしたら、該当リストを表示する画面の半分しか見えない・・・起動した動画は正しく表示するが。
ここ数日、Youtube画面が変だ。
そういえば、Youtubeをフルスクリーン指定したとき、完全にフルスクリーンのときもあれば、画面右側と下側横に少し空白が残ることが繰り返えされた・・・。
それとも、Chromeが変なのか?
2014年3月7日金曜日
風、雨、雪、・・・
パラパラ小雨に雪が舞い、いつのまにか止んだ。もしかしたら、雪が降るかもしれないという話があったが、まさか今日とは。
相変わらず、風邪から逃れられずにいる・・・今日も厳しい。
(追記)
・「都心の雪日数は今シーズン11日目となり、平年の9.7日よりも、すでに多くなった。」 (日テレニュース、3/7 17:31)
・「3月に都心で雪が降るのは2年ぶりです。」(TBSニュース、3/7 23:40)
(追記)
・「都心の雪日数は今シーズン11日目となり、平年の9.7日よりも、すでに多くなった。」 (日テレニュース、3/7 17:31)
・「3月に都心で雪が降るのは2年ぶりです。」(TBSニュース、3/7 23:40)
2014年3月6日木曜日
イ・ソンヒ 17日録画の「不朽の名曲」に出演
(訂正)17日は<録画>で、「イ・ソンヒ特集」の<放送>は3月末のようでした。
イ・ソンヒは、17日に録画されるKBS2の「不朽の名曲」に出演すると、国民日報のクッキーニュースは次のように報じている。(3/5、キム・ドンピル記者)・・・(抜粋)
イ・ソンヒは、来る4月19日、20日に世宗文化会館大劇場で開く、デビュー30周年記念コンサートに向けて、これから各種のテレビなど番組にゲスト出演することになるだろう。
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【クッキー芸能】 歌手イ・ソンヒが、KBS 2TV 「不朽の名曲-伝説を歌う」の「伝説」で出演する。
イ・ソンヒの所属会社フックエンターテインメントは、5日午後「イ・ソンヒが、17日の『不朽の名曲』録画に『伝説』で参加する」と伝えた。「不朽の名曲」のイ・ソンヒ編は、彼女が5年ぶりに15集発表を控えているだけに、特別な舞台が作られる予定だ。
イ・ソンヒは、テビュー30周年を迎えて、5年ぶりに正規15集を発表する。イ・ソンヒは、1984年「Jへ」で第5回MBC「江辺歌謡祭」で大賞を獲得してデビューした。彼女は、「ああ、昔よ」、「私はいつもあなたを」、「美しい江山」などのヒット曲で大衆の愛(支持)を受けた。
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イ・ソンヒは、17日に録画されるKBS2の「不朽の名曲」に出演すると、国民日報のクッキーニュースは次のように報じている。(3/5、キム・ドンピル記者)・・・(抜粋)
イ・ソンヒは、来る4月19日、20日に世宗文化会館大劇場で開く、デビュー30周年記念コンサートに向けて、これから各種のテレビなど番組にゲスト出演することになるだろう。
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【クッキー芸能】 歌手イ・ソンヒが、KBS 2TV 「不朽の名曲-伝説を歌う」の「伝説」で出演する。
イ・ソンヒの所属会社フックエンターテインメントは、5日午後「イ・ソンヒが、17日の『不朽の名曲』録画に『伝説』で参加する」と伝えた。「不朽の名曲」のイ・ソンヒ編は、彼女が5年ぶりに15集発表を控えているだけに、特別な舞台が作られる予定だ。
イ・ソンヒは、テビュー30周年を迎えて、5年ぶりに正規15集を発表する。イ・ソンヒは、1984年「Jへ」で第5回MBC「江辺歌謡祭」で大賞を獲得してデビューした。彼女は、「ああ、昔よ」、「私はいつもあなたを」、「美しい江山」などのヒット曲で大衆の愛(支持)を受けた。
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2014年3月5日水曜日
(決定)イ・ソンヒ 30周年記念コンサート
イ・ソンヒの「30周年記念コンサート」について、Interparkチケットに次のように掲示にされた。
待望の情報にほっとするものの、いまは恒例の冬風邪養生のため・・・消耗している最中。元気が戻ったら手を尽くそう。
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・日 付: 2014年4月19日、20日
・時 間: 19日(土)pm7:00~、20日(日)pm5:00~
・場 所: 世宗文化会館大劇場
・価 格: VIP 154,000 / R 132,000 / S 99,000 / A 77,000 (ウォン)
・公演について
少女、舞台の上に女王として戻ってくる
30周年記念コンサート
う/た/う イ/ソン/ヒ
1984年「Jへ」を熱唱した、「少女」のイ・ソンヒに会っていつの間にか30年。
「ひとしきり笑いで」私たちを楽しませてくれて、
「因縁(絆)」のように、私たちのそばで数多くの思い出と感動をプレゼントした
う/た/う イ/ソン/ヒ
五感満足!ライブ女王がくれるコンサート、それ以上の感動
舞台上の女王に戻った歌手イ・ソンヒがプレゼントする
目は楽しくて、耳は幸せ!
香りに酔って、思い出にひたる、
深い感動と響きの饗宴!
「五感満足」の思い出を込めたコンサート、それ以上の感動が繰り広げられます。
2014年4月19~20日世宗文化会館で
歌うイ・ソンヒの
華麗にも美しい「30年」の音楽物語が始まります。
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待望の情報にほっとするものの、いまは恒例の冬風邪養生のため・・・消耗している最中。元気が戻ったら手を尽くそう。
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・日 付: 2014年4月19日、20日
・時 間: 19日(土)pm7:00~、20日(日)pm5:00~
・場 所: 世宗文化会館大劇場
・価 格: VIP 154,000 / R 132,000 / S 99,000 / A 77,000 (ウォン)
・公演について
少女、舞台の上に女王として戻ってくる
30周年記念コンサート
う/た/う イ/ソン/ヒ
1984年「Jへ」を熱唱した、「少女」のイ・ソンヒに会っていつの間にか30年。
「ひとしきり笑いで」私たちを楽しませてくれて、
「因縁(絆)」のように、私たちのそばで数多くの思い出と感動をプレゼントした
う/た/う イ/ソン/ヒ
五感満足!ライブ女王がくれるコンサート、それ以上の感動
舞台上の女王に戻った歌手イ・ソンヒがプレゼントする
目は楽しくて、耳は幸せ!
香りに酔って、思い出にひたる、
深い感動と響きの饗宴!
「五感満足」の思い出を込めたコンサート、それ以上の感動が繰り広げられます。
2014年4月19~20日世宗文化会館で
歌うイ・ソンヒの
華麗にも美しい「30年」の音楽物語が始まります。
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雨、雨、雨・・・
2階にいて気付くことに、雨脚の激しさがある。屋根に降り注ぐ雨音が、1階にいるより近くで聞けるわけで、当然といえば当然だが。
今日の雨は一日中、間断ない。夕方には勢いを増したが、これをピークに太平洋に通り抜けたようだ。ようやく、静けさを取り戻したかというと、そうでもない。小雨が吸音材になって消されていた、街の音が、ジワジワと、まるで生きを吹き返したように湧き上がってきた。
冬寒+風邪+花粉+・・・まだ気が許せない。まるで悪さがスライドショーのように入れ替わる。
今日の雨は一日中、間断ない。夕方には勢いを増したが、これをピークに太平洋に通り抜けたようだ。ようやく、静けさを取り戻したかというと、そうでもない。小雨が吸音材になって消されていた、街の音が、ジワジワと、まるで生きを吹き返したように湧き上がってきた。
冬寒+風邪+花粉+・・・まだ気が許せない。まるで悪さがスライドショーのように入れ替わる。
2014年3月4日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 龍
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/26)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第45回として、「龍(용)」にまつわる話を紹介した。
まず、朝鮮王朝(李氏)の開国を伝承する「龍飛御天歌」から龍について、次のような紹介から始まった。
・「龍飛御天歌(용비어천가)」(1447年刊、世宗大王の代)は、先祖の意思を受け継ぎ、導く教訓が込められた、125章からなる建国叙事詩だ。最初の一節の、「わが国には、6匹の龍が登っているため、どんなことでも、それは全て天が下さる福である」にある、6匹の龍とは、初代王の太祖(李成桂)と、3代目王の太宗、および初代から遡る4代までを合わせて6人を指す。
次に、「龍(용)」の象徴性と表象について、次のように解説された。
・東洋では、龍は王を象徴する。王の顔を「龍顔(용안」)、王の徳を「龍徳(용덕)」、王が腰掛ける場所を「龍床(용상)」、王の衣服を「龍袍(용포)」と呼ばれた。
・中国古代の文献に、龍について次の説明がある。「龍は、うろこを持つ動物の筆頭である。時によって目に見えたり見えなかったりし、細くなったり大きくなったりする。また長くなったり短くなったりすることもできる。春分には天に昇り、秋分になると池に沈んでいく」。その姿は、ヘビの体に魚のうろこをつけ、ラクダの頭に鹿の角、ウサギの目、牛の耳を持っていたとされ、さらに、トラの足に鷹の爪がついていたとも言われた。昔の龍の絵は、こうした説明を元に描かれた。
(注)Ko-Wikiの「용(龍)」解説の出典は大丈夫だろうか・・・RPG解説書?
・龍は、水を司る神と考えられ、旱魃に、龍を描いて雨が降るよう祈った。海沿いの村では、今も、大漁を祈るクッ(お祓い、굿)を行う際、竜王を祀って「竜王クッ」を行う。
・パンソリ「水宮歌(수궁가)」に登場する、南海をつかさどる竜王は、病におかされ、その病を治す薬となるウサギを捕らえるよう、スッポンに命じる。その後の様々な過程が、ここで滑稽に歌われる。
▼ 「水宮歌」の中から「竜王が病に侵される過程」を聴く。・・・横たわって、嘆き悔やみ悲しむ。
最後に、西洋のドラゴンと東洋の龍の文化比較について、次のように触れている。
・ドラゴンは、トカゲのような体にコウモリの翼を持ち、口からは炎を吐き、英雄を苦しめる悪として登場する。一方、龍は水を司る神として、人々の生活に利益をもたらす。ドラゴンと龍は、全く別の動物とみなすことができる。
・インド神話の中に、龍とドラゴンを習合した「ナーガ」という名の動物が登場する。頭がいくつもあり、コブラのような姿をする。温厚なナーガは大抵、水と関連して登場するが、悪いナーガは炎を吐く力を武器としているという点が、興味深い。
▼ 「水龍吟(수룡음)」を聴く。フレーズの終端にどこか民謡を思わせる・・・今様である。
まず、朝鮮王朝(李氏)の開国を伝承する「龍飛御天歌」から龍について、次のような紹介から始まった。
・「龍飛御天歌(용비어천가)」(1447年刊、世宗大王の代)は、先祖の意思を受け継ぎ、導く教訓が込められた、125章からなる建国叙事詩だ。最初の一節の、「わが国には、6匹の龍が登っているため、どんなことでも、それは全て天が下さる福である」にある、6匹の龍とは、初代王の太祖(李成桂)と、3代目王の太宗、および初代から遡る4代までを合わせて6人を指す。
▼ 演奏「與民楽」を聴く。民に与える曲とはいえ、荘厳格式ある響きと香りがする。
次に、「龍(용)」の象徴性と表象について、次のように解説された。
・東洋では、龍は王を象徴する。王の顔を「龍顔(용안」)、王の徳を「龍徳(용덕)」、王が腰掛ける場所を「龍床(용상)」、王の衣服を「龍袍(용포)」と呼ばれた。
・中国古代の文献に、龍について次の説明がある。「龍は、うろこを持つ動物の筆頭である。時によって目に見えたり見えなかったりし、細くなったり大きくなったりする。また長くなったり短くなったりすることもできる。春分には天に昇り、秋分になると池に沈んでいく」。その姿は、ヘビの体に魚のうろこをつけ、ラクダの頭に鹿の角、ウサギの目、牛の耳を持っていたとされ、さらに、トラの足に鷹の爪がついていたとも言われた。昔の龍の絵は、こうした説明を元に描かれた。
(注)Ko-Wikiの「용(龍)」解説の出典は大丈夫だろうか・・・RPG解説書?
・龍は、水を司る神と考えられ、旱魃に、龍を描いて雨が降るよう祈った。海沿いの村では、今も、大漁を祈るクッ(お祓い、굿)を行う際、竜王を祀って「竜王クッ」を行う。
・パンソリ「水宮歌(수궁가)」に登場する、南海をつかさどる竜王は、病におかされ、その病を治す薬となるウサギを捕らえるよう、スッポンに命じる。その後の様々な過程が、ここで滑稽に歌われる。
▼ 「水宮歌」の中から「竜王が病に侵される過程」を聴く。・・・横たわって、嘆き悔やみ悲しむ。
最後に、西洋のドラゴンと東洋の龍の文化比較について、次のように触れている。
・ドラゴンは、トカゲのような体にコウモリの翼を持ち、口からは炎を吐き、英雄を苦しめる悪として登場する。一方、龍は水を司る神として、人々の生活に利益をもたらす。ドラゴンと龍は、全く別の動物とみなすことができる。
・インド神話の中に、龍とドラゴンを習合した「ナーガ」という名の動物が登場する。頭がいくつもあり、コブラのような姿をする。温厚なナーガは大抵、水と関連して登場するが、悪いナーガは炎を吐く力を武器としているという点が、興味深い。
▼ 「水龍吟(수룡음)」を聴く。フレーズの終端にどこか民謡を思わせる・・・今様である。
2014年3月3日月曜日
雛祭り
せっかくの雛祭り、その華やかさと違って、今日も風邪から抜け出せずにいる。節々の痛みはようやく治まったが、咳は相変わらずだ。薬効もあって、気分は前向き・・・。
若い頃、風邪といえば軽んじて、ちょっと踏ん張れば吹き飛んでいくと考えていたし、そうした。そして、そうなった。でも、今はそういうわけにはいかない・・・。
「うれしいひなまつりのうた」(1936年、作詞:サトウハチロー、作曲:河村光陽)に、飾り花として、桃の花が歌われている。同じバラ科である、梅や桜は、地元の垣根越しに接することができるのに、桃はあまり身近に見ることがない。
以前、山梨に水晶採集に行ったとき、勝沼の盆地に広がる桃畑が一斉に薄紅に染まっていたのを覚えている。まさに、そこに桃源郷が再現されたようだった。
風邪を完治して、いずれ、桃の花のまぶしい勝沼の里を訪れるのもよいし、風邪の熱に呆けて桃源郷を夢想するのもよい。
(本ブログ関連:”花柳”、”桃源郷”)
若い頃、風邪といえば軽んじて、ちょっと踏ん張れば吹き飛んでいくと考えていたし、そうした。そして、そうなった。でも、今はそういうわけにはいかない・・・。
「うれしいひなまつりのうた」(1936年、作詞:サトウハチロー、作曲:河村光陽)に、飾り花として、桃の花が歌われている。同じバラ科である、梅や桜は、地元の垣根越しに接することができるのに、桃はあまり身近に見ることがない。
以前、山梨に水晶採集に行ったとき、勝沼の盆地に広がる桃畑が一斉に薄紅に染まっていたのを覚えている。まさに、そこに桃源郷が再現されたようだった。
風邪を完治して、いずれ、桃の花のまぶしい勝沼の里を訪れるのもよいし、風邪の熱に呆けて桃源郷を夢想するのもよい。
(本ブログ関連:”花柳”、”桃源郷”)
2014年3月2日日曜日
玄関ドアを開けてみれば
2014年3月1日土曜日
イ・ソンヒの「Jへ」
1984年に、イ・ソンヒが江辺歌謡祭で大賞受賞した「Jへ(J에게)」は、運命的な出会いで得た作品である。当時、作詞・作曲者である李世建(이세건)は、この歌の扱い方を見出せずにいた。ある意味、塵に埋もれる寸前のところ、彼女の申し出によって、世に知られることになる。
(本ブログ関連:”Jへ”)
この歌は、韓国歌手のケイ・ウンスク(계은숙、桂銀淑)とミン・ヘギョン(민해경、閔海景)によって、日本語歌詞で歌われた。ケイ・ウンスクの場合は三佳令二によって、ミン・ヘギョンの場合は佐藤純子によって、プロによる日本語歌詞化されている。
三佳令二の風合いと、ブログ「ASK A KOREAN」の翻訳も参考に、かつ韓国語教室の先生のご意見もいただいて、かつ日本語としてのリズムも合うように、次のようにしてみた。
J 撫でる風に、J あなた想えば
今日も静かに、あなた 偲ぶわ
J きのうの夢に、J 出会った面影
わたしの胸に、染まっているのよ
J きれいな夏の日、遠く消えたとしても
J わたしの愛は、今も変わらない
J あなたを永久(とわ)に
J あなたを愛して
J ともに歩いた、J 思い出の道
わたしは今宵も、寂しく歩くのね
寂しく歩くのね
(Youtubeに登録のjustine kellyに感謝)
(本ブログ関連:”Jへ”)
この歌は、韓国歌手のケイ・ウンスク(계은숙、桂銀淑)とミン・ヘギョン(민해경、閔海景)によって、日本語歌詞で歌われた。ケイ・ウンスクの場合は三佳令二によって、ミン・ヘギョンの場合は佐藤純子によって、プロによる日本語歌詞化されている。
三佳令二の風合いと、ブログ「ASK A KOREAN」の翻訳も参考に、かつ韓国語教室の先生のご意見もいただいて、かつ日本語としてのリズムも合うように、次のようにしてみた。
J 撫でる風に、J あなた想えば
今日も静かに、あなた 偲ぶわ
J きのうの夢に、J 出会った面影
わたしの胸に、染まっているのよ
J きれいな夏の日、遠く消えたとしても
J わたしの愛は、今も変わらない
J あなたを永久(とわ)に
J あなたを愛して
J ともに歩いた、J 思い出の道
わたしは今宵も、寂しく歩くのね
寂しく歩くのね
(Youtubeに登録のjustine kellyに感謝)
2014年2月28日金曜日
風邪には安静がよい (続々)
今日も咳が治まらず、だるさも続く。まるで、一昨年(2月末~3月初)にかかった風邪の再現のよう。
親類から、専門家の言葉で「人の身体って 一年同じ周期が多い」と伝えられた。まさに実感する。
親類から、専門家の言葉で「人の身体って 一年同じ周期が多い」と伝えられた。まさに実感する。
2014年2月27日木曜日
風邪には安静がよい (続)
今日も風邪の具合が厳しい・・・安静にしよう。
(訂正)
イ・ソンヒのデビュー曲「Jへ(J에게)」(1984年)の作詞・作曲は、イ・セゴン(이세건)によるものだが、このブログでは、彼の漢字名を「李生建」としていた。正しくは「李世建」だった。陳謝。
この歌を、ミン・ヘギョン(민해경、閔海景)、ケイ・ウンスク(계은숙、桂銀淑)が歌ったCDの日本語歌詞に付された作詞・作曲者名には、まさに「李世建」と記されているではないか。
過去ブログに遡り全て訂正した・・・一体、どこで間違えたのだろう。
(本ブログ関連:”Jへ”)
(訂正)
イ・ソンヒのデビュー曲「Jへ(J에게)」(1984年)の作詞・作曲は、イ・セゴン(이세건)によるものだが、このブログでは、彼の漢字名を「李生建」としていた。正しくは「李世建」だった。陳謝。
この歌を、ミン・ヘギョン(민해경、閔海景)、ケイ・ウンスク(계은숙、桂銀淑)が歌ったCDの日本語歌詞に付された作詞・作曲者名には、まさに「李世建」と記されているではないか。
過去ブログに遡り全て訂正した・・・一体、どこで間違えたのだろう。
(本ブログ関連:”Jへ”)
2014年2月26日水曜日
風邪には安静がよい
昨日、陽の温みに気が緩んでしまい、身軽になろうと、コートの下に厚手のセーターでなく薄いチョッキ(今風にベスト)を着て外出した。で、風邪を引いてしまったようだ。
今朝、寝起きに喉がひりつき、体の節々が痛むのに気付いた。体はだるく、咳も深い。ああ、やっちまったかな。今日、一日おとなしく安静にしていよう。
今朝、寝起きに喉がひりつき、体の節々が痛むのに気付いた。体はだるく、咳も深い。ああ、やっちまったかな。今日、一日おとなしく安静にしていよう。
2014年2月25日火曜日
観梅
今日、ようやく陽射しに温もりを感じて、近くの公園に梅の咲き具合を確かめに行った。先(2/15)の雪降りのため、延期された「梅祭り」は、先日の22、23両日開催されたようだ。後のことなので、いかがと梅林を眺めたわけだが、咲き振りはまだのようである。やはり、雪の影響が大きかったようだ。
梅林の、半分が花を咲きほこり、半分が花弁を丸めている。来月初め頃が盛りかもしれない。梅香が漂うような風情はないが、陽射しを受けた紅白の花弁がまぶしい。
梅の木々に、それぞれ風流な名札が付けられていて、読めぬ漢字名に札を裏返して確認するのも楽しい。人出も、幼児を連れた母子、老夫婦、あるいは老いた親と一緒の家族など様々である。
午後の公園、のんびりした陽射しに温もり、巡った。とはいえ、売店で食ったかき揚げ蕎麦にほっとしたのも事実だ。もう少し、暖かくなって欲しい。
梅林の、半分が花を咲きほこり、半分が花弁を丸めている。来月初め頃が盛りかもしれない。梅香が漂うような風情はないが、陽射しを受けた紅白の花弁がまぶしい。
梅の木々に、それぞれ風流な名札が付けられていて、読めぬ漢字名に札を裏返して確認するのも楽しい。人出も、幼児を連れた母子、老夫婦、あるいは老いた親と一緒の家族など様々である。
午後の公園、のんびりした陽射しに温もり、巡った。とはいえ、売店で食ったかき揚げ蕎麦にほっとしたのも事実だ。もう少し、暖かくなって欲しい。
KBS WORLD「国楽の世界へ」 橋
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/19)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第44回として、「橋(다리)」にまつわる話を紹介した。
まず、江原道の旌善(チョンソン)を流れるアウラジ川と、旌善アラリの歌の紹介から次のように始まった。
・山深い旌善地域に、平昌(ピョンチャン)を源流とする松川(ソンチョン)と、三陟(サムチョク)を源流とする骨只川(コルジチョン)が交わる広い流れがある。韓国語の「交わる(어울리다)」の語源となる、アウラジ(아우라지)だ。
・旌善は松が多く、旧都漢陽(ハニャン)で使う木材を筏に組み、この川で運んだ。筏を操る船頭は、長い川下りに疲れや孤独を紛らすため、広く知られる「旌善アラリ」を歌った。畑仕事や、女性の家事にも歌われ、様々な歌詞が残っている。その一つに、愛しい人を恋偲び待つ、切ない歌がある。昔、アウラジの両岸に住む若い男女が、人知れず会っていたが、ある日、洪水で川が増水して舟が流され、会えぬ辛さを歌った歌詞が伝わっている。
▼ 「アラリキンソリ(아라리 긴소리)」を聴く。アリランの流れに沿った歌・・・どこかノンビリして。
・現在、アウラジの川辺に、歌詞の恋人を待つ女性が銅像*で再現され、その前の川に、平たい石を置いた飛び石の簡単な橋が作られている。冬に旌善を訪れる観光客のため、昔を感じられる丸太の乱雑な渡り橋だ。ただし、住人は、その脇の丈夫な現代式の橋を渡る。
(*)銅像写真:ブログ「歳月&風景の中の話(세월&풍경속 이야기)」に感謝
次に、七夕や春香伝に伝わる橋について、次のように紹介された。
・橋は、流れを渡る他に、川向こうの住人に会う手段でもある。七夕の日(7月7日)、空に牽牛と織女が一年に一度出会う橋がかかる。二人が会えるよう、鵲(カササギ)が体を合わせて作る橋を、韓国語で烏鵲橋(オジャッキョ、오작교)という。全羅北道の南原に、春香伝の主人公、春香(チュニャン)と李夢龍(イ・モンリョン)が初めて会う広寒楼(クァンハンル)の前に、石の烏鵲橋がかかる。この橋の描写は、李夢龍が歌った赤城歌の中にも登場する。
▼ 春香歌の中の「赤城歌(적성가)」を聴く。一目惚れの舞台を歌う・・・自ら牽牛に例えるか。
最後に、北斗七星の伝説を次のように紹介された。
・あるところに、7人の息子を持つ未亡人がいた。この母は部屋を温かくしても、寒い寒いと暮らした。実は、夜に家を出て、小川を越えて、隣村の妻を亡くした男のもとを訪れた。毎日、冷水に足をつけて渡り、骨の髄まで寒さが染みた。そこで息子たちは、母に内緒で、小川に石橋をかけた。この石橋を渡り帰る母は喜び、感謝を込めて「この橋を作ってくれた人を必ず星にしてあげてください」と神に願った。7人の息子たちは、その後、夜空に輝く北斗七星になった。
▼ 「My heart is azure」を聴く。ラピスラズリの青色を想わせ・・・今様の響きする。
まず、江原道の旌善(チョンソン)を流れるアウラジ川と、旌善アラリの歌の紹介から次のように始まった。
・山深い旌善地域に、平昌(ピョンチャン)を源流とする松川(ソンチョン)と、三陟(サムチョク)を源流とする骨只川(コルジチョン)が交わる広い流れがある。韓国語の「交わる(어울리다)」の語源となる、アウラジ(아우라지)だ。
・旌善は松が多く、旧都漢陽(ハニャン)で使う木材を筏に組み、この川で運んだ。筏を操る船頭は、長い川下りに疲れや孤独を紛らすため、広く知られる「旌善アラリ」を歌った。畑仕事や、女性の家事にも歌われ、様々な歌詞が残っている。その一つに、愛しい人を恋偲び待つ、切ない歌がある。昔、アウラジの両岸に住む若い男女が、人知れず会っていたが、ある日、洪水で川が増水して舟が流され、会えぬ辛さを歌った歌詞が伝わっている。
▼ 「アラリキンソリ(아라리 긴소리)」を聴く。アリランの流れに沿った歌・・・どこかノンビリして。
・現在、アウラジの川辺に、歌詞の恋人を待つ女性が銅像*で再現され、その前の川に、平たい石を置いた飛び石の簡単な橋が作られている。冬に旌善を訪れる観光客のため、昔を感じられる丸太の乱雑な渡り橋だ。ただし、住人は、その脇の丈夫な現代式の橋を渡る。
(*)銅像写真:ブログ「歳月&風景の中の話(세월&풍경속 이야기)」に感謝
次に、七夕や春香伝に伝わる橋について、次のように紹介された。
・橋は、流れを渡る他に、川向こうの住人に会う手段でもある。七夕の日(7月7日)、空に牽牛と織女が一年に一度出会う橋がかかる。二人が会えるよう、鵲(カササギ)が体を合わせて作る橋を、韓国語で烏鵲橋(オジャッキョ、오작교)という。全羅北道の南原に、春香伝の主人公、春香(チュニャン)と李夢龍(イ・モンリョン)が初めて会う広寒楼(クァンハンル)の前に、石の烏鵲橋がかかる。この橋の描写は、李夢龍が歌った赤城歌の中にも登場する。
▼ 春香歌の中の「赤城歌(적성가)」を聴く。一目惚れの舞台を歌う・・・自ら牽牛に例えるか。
最後に、北斗七星の伝説を次のように紹介された。
・あるところに、7人の息子を持つ未亡人がいた。この母は部屋を温かくしても、寒い寒いと暮らした。実は、夜に家を出て、小川を越えて、隣村の妻を亡くした男のもとを訪れた。毎日、冷水に足をつけて渡り、骨の髄まで寒さが染みた。そこで息子たちは、母に内緒で、小川に石橋をかけた。この石橋を渡り帰る母は喜び、感謝を込めて「この橋を作ってくれた人を必ず星にしてあげてください」と神に願った。7人の息子たちは、その後、夜空に輝く北斗七星になった。
▼ 「My heart is azure」を聴く。ラピスラズリの青色を想わせ・・・今様の響きする。
2014年2月24日月曜日
後始末から仕度へ
相変わらず路肩の雪は固まったまま。東西を走る街の通りで、陽の当たる側にも積雪がまだまだ残っている。民家の塀越しに梅の花が咲いているのを見るにつけ、もう雪は似つかわしくないのではと思ってしまう。早く雪解けしてくれないかな・・・どっこい、わが家の塀に張り付いた雪は一向に応えてくれない。
ソチ冬季オリンピックが終わって、きっとソチ市は宴の後片付けに追われていることだろう。いい意味で余韻が残るこの街も、金メダルが与えられるに違いない。
おじさんは、睡眠のリズムを回復できず苦労する。連夜のソチ冬季オリンピック放送のせいか、それとも暖かくなってきた春の兆しのせいか、今夕食後も、ストーブの温もりもあって転寝してしまった。外は寒く、家の中は暖かい。
冬の後始末と、春の仕度が共存する。気ぜわしいような、まどろんだような。赤い炎を揺らめかす石榴石が懐かしい。遅くなったが、この赤色の石を探しに行きたい季節になった。ぼちぼち、モードを切り替えよう。
ソチ冬季オリンピックが終わって、きっとソチ市は宴の後片付けに追われていることだろう。いい意味で余韻が残るこの街も、金メダルが与えられるに違いない。
おじさんは、睡眠のリズムを回復できず苦労する。連夜のソチ冬季オリンピック放送のせいか、それとも暖かくなってきた春の兆しのせいか、今夕食後も、ストーブの温もりもあって転寝してしまった。外は寒く、家の中は暖かい。
冬の後始末と、春の仕度が共存する。気ぜわしいような、まどろんだような。赤い炎を揺らめかす石榴石が懐かしい。遅くなったが、この赤色の石を探しに行きたい季節になった。ぼちぼち、モードを切り替えよう。
2014年2月23日日曜日
大きくなる袂石(たもといし)
寒さが薄らいだようだ。ストーブを何度か消して、部屋の温度を調節したりした。このまま、春に突っ走って欲しい。
昔の着物スタイルには、袂(たもと)に手を入れて寒さをしのぐことがある。反対側の袂に手を入れて、両手を組むようにするとちょっと雄雄しく、手の側の袂にそのまま収めてしまうとちょっと滑稽に見える。着方ひとつで様子が変わる。
そんな袂の中に入れていた石にまつわる伝説がある。その石が大きくなるというのだ。柳田国男の「日本の伝説」に「袂石(たもといし)」の項があって、約36種の資料から紹介している。
基本的に、意図或いは無意識に、それも小石から荷運びのバランスをとるためまで含めて持ち帰った石や、自然に現れた石が、次第に大きくなり、結果として、元来名もないはずの石に名が与えられ、霊力を信じられるようになるという伝説だ。
(参考)
「日本の伝説」の「袂石」の項にある、始めから9例ほど伝説を分類した。
伝承 採取者 採取場所 設置場所 大きさ
--------------------------------------------------------------------------------
備後 百姓 安芸宮島参詣 小さなほこら 高さ一尺八寸、周り一尺二三寸程
信州 農民 富士 家の近く 大きな岩
信州 女 天竜川の川原 水神様の前 大きな岩
熊野 - - ほこら 大きな円形の岩、高さ二間半、周り七間
伊勢 菅公 播州袖の浦 菅原社 高さ五尺ばかり
土佐 曽我兄弟の母 関東 山 高さ二間半、周り五間
肥後 神功皇后 三韓征伐 海の水の底 滑石という青黒い色の岩
筑前 神功皇后 (産み石) 海岸の岡の上 三尺余り
下総(ある家)主人 紀州熊野 ほこら -
・・・
-------------------------------------------------------------------------------
現代、人が見向きもしない石に、名が与えられたばかりに、石好きは熱中し、嫉妬し、度を越すことがある。それは、石だからそうなのではなく、対象が何であれ、誰もが陥る「言葉」の罠にはまったからかもしれない。宗教的な信仰が、科学の信仰に変わって現れているだけかもしれない。
(本ブログ関連:”石の世界”)
昔の着物スタイルには、袂(たもと)に手を入れて寒さをしのぐことがある。反対側の袂に手を入れて、両手を組むようにするとちょっと雄雄しく、手の側の袂にそのまま収めてしまうとちょっと滑稽に見える。着方ひとつで様子が変わる。
そんな袂の中に入れていた石にまつわる伝説がある。その石が大きくなるというのだ。柳田国男の「日本の伝説」に「袂石(たもといし)」の項があって、約36種の資料から紹介している。
基本的に、意図或いは無意識に、それも小石から荷運びのバランスをとるためまで含めて持ち帰った石や、自然に現れた石が、次第に大きくなり、結果として、元来名もないはずの石に名が与えられ、霊力を信じられるようになるという伝説だ。
(参考)
「日本の伝説」の「袂石」の項にある、始めから9例ほど伝説を分類した。
伝承 採取者 採取場所 設置場所 大きさ
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備後 百姓 安芸宮島参詣 小さなほこら 高さ一尺八寸、周り一尺二三寸程
信州 農民 富士 家の近く 大きな岩
信州 女 天竜川の川原 水神様の前 大きな岩
熊野 - - ほこら 大きな円形の岩、高さ二間半、周り七間
伊勢 菅公 播州袖の浦 菅原社 高さ五尺ばかり
土佐 曽我兄弟の母 関東 山 高さ二間半、周り五間
肥後 神功皇后 三韓征伐 海の水の底 滑石という青黒い色の岩
筑前 神功皇后 (産み石) 海岸の岡の上 三尺余り
下総(ある家)主人 紀州熊野 ほこら -
・・・
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現代、人が見向きもしない石に、名が与えられたばかりに、石好きは熱中し、嫉妬し、度を越すことがある。それは、石だからそうなのではなく、対象が何であれ、誰もが陥る「言葉」の罠にはまったからかもしれない。宗教的な信仰が、科学の信仰に変わって現れているだけかもしれない。
(本ブログ関連:”石の世界”)
2014年2月22日土曜日
もう雪は降らない?
今週はずっと寒かった。先週(2/14)の雪降りから一週間過ぎて、積雪は陽射しを受けたにもかかわらず溶けようともしない、道端に残ったままだ。おかげで、路面を底冷えの厳しい風が吹いてくる。
今月、東京には降雪が2回あった。1回目(2/8)はサラサラと乾いていたが、2回目(先週2/14)は、どこか湿り気があり重かった。1回目の積雪があっさり消え去ったのに反して、2回目は、すぐに溶けず、ザラザラと固く氷結して根付いた。
・・・ここで、うたた寝する・・・
連日深夜、オリンピック放送をうつらうつら観戦して、睡眠も適当になってしまった。結局、夕食後の暖かいストーブの前で眠ってしまう。フィルムの切れた映画のよう。
・・・ここで、目が醒める・・・
今日外出先で、3月に雪になりそうという話を聞いた(・・・ネットでは未確認だけれど)。話題は、もっぱら雪掻きだったが、そんなこともありかな。そうなると、今残っている固い雪の上に更に積もるわけで、雪掻きが大変だ。
今月、東京には降雪が2回あった。1回目(2/8)はサラサラと乾いていたが、2回目(先週2/14)は、どこか湿り気があり重かった。1回目の積雪があっさり消え去ったのに反して、2回目は、すぐに溶けず、ザラザラと固く氷結して根付いた。
・・・ここで、うたた寝する・・・
連日深夜、オリンピック放送をうつらうつら観戦して、睡眠も適当になってしまった。結局、夕食後の暖かいストーブの前で眠ってしまう。フィルムの切れた映画のよう。
・・・ここで、目が醒める・・・
今日外出先で、3月に雪になりそうという話を聞いた(・・・ネットでは未確認だけれど)。話題は、もっぱら雪掻きだったが、そんなこともありかな。そうなると、今残っている固い雪の上に更に積もるわけで、雪掻きが大変だ。
2014年2月21日金曜日
イ・ソンヒ 30周年記念15集アルバム 最新情報
いよいよ待望の、イ・ソンヒのアルバム15集が、(当初2月予定から)3月発売に決まったようだ。韓国日報の記事「歌手イ・ソンヒ、30周年記念アルバム カウントダウン開始・・・ファンの熱い愛(支持)増す」(2/19、韓国スポーツ、ムン・ミヨン記者)は、MV撮影やファンクラブの動向など含めて、その準備状況を次のように報じている。
それにしても、イ・ソンヒのファンクラブの底力を知るニュースだ。彼女のファンはロイヤリティーが高い!
(本ブログ関連:”30周年”)
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・歌手イ・ソンヒの30周年記念アルバムが、ファンたちに出会う準備をつくして、カウントダウンを開始した。
・イ・ソンヒは、3月にデビュー30周年を記念する15集アルバムを発売する。イ・ソンヒ側関係者によれば、アルバムの仕上げ段階で、3月初めのミュージックビデオ撮影を終えた後、本格的な活動に乗り出す。
・アルバム発売は、2009年14集「愛よ・・・」以後5年振りだ。15集アルバムの発売カウントダウンが本格化されると、すぐにファンも忙しくなった。イ・ソンヒファンは、所属会社と力を合わせて30周年を迎えたイ・ソンヒのための特別なイベントを準備している。
・イ・ソンヒのファンクラブ関係者は、「最近、イ・ソンヒの15集のアルバムについて、所属会社と会議を進めた。30周年記念アルバムであるだけに、さまざまな企画が準備されている。そのうちの最初の企画は、チャ・ウンテク監督が演出を引き受けたミュージックビデオ現場だ。イ・ソンヒに対する愛を、ファンたちの愛を表現する場になるだろう」と説明した。
・この関係者によると、ファンがサプライズイベントをする場は、3月初めに進行するタイトル曲のミュージックビデオ現場だ。ファンは、イ・ソンヒのコミュニティを中心に、大々的なプレゼントを準備している。
・この関係者は、「イ・ソンヒは、1984年江辺歌謡祭で大賞を受けてデビューして今まで30年が過ぎたが、相変わらず韓国を代表する最高のディーバ(歌姫)だ。ファンも30年前の心と変わりない。ミュージックビデオ現場で、イ・ソンヒがファンの心をそのまま感じることができる場になるだろう」と付け加えた。
・イ・ソンヒは、1984年のデビュー後、「ああ、昔よ」、「私はいつもあなたを」、「ひとしきり笑いで」などヒット曲を出した。
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MVは、アルバムにパッケージされるのか、規格はリージョンフリーなのか。何より15集のアルバム内容はどうなのか気になる。また、今後の30周年記念コンサート情報も知りたいものだ。
それにしても、イ・ソンヒのファンクラブの底力を知るニュースだ。彼女のファンはロイヤリティーが高い!
(本ブログ関連:”30周年”)
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・歌手イ・ソンヒの30周年記念アルバムが、ファンたちに出会う準備をつくして、カウントダウンを開始した。
・イ・ソンヒは、3月にデビュー30周年を記念する15集アルバムを発売する。イ・ソンヒ側関係者によれば、アルバムの仕上げ段階で、3月初めのミュージックビデオ撮影を終えた後、本格的な活動に乗り出す。
・アルバム発売は、2009年14集「愛よ・・・」以後5年振りだ。15集アルバムの発売カウントダウンが本格化されると、すぐにファンも忙しくなった。イ・ソンヒファンは、所属会社と力を合わせて30周年を迎えたイ・ソンヒのための特別なイベントを準備している。
・イ・ソンヒのファンクラブ関係者は、「最近、イ・ソンヒの15集のアルバムについて、所属会社と会議を進めた。30周年記念アルバムであるだけに、さまざまな企画が準備されている。そのうちの最初の企画は、チャ・ウンテク監督が演出を引き受けたミュージックビデオ現場だ。イ・ソンヒに対する愛を、ファンたちの愛を表現する場になるだろう」と説明した。
・この関係者によると、ファンがサプライズイベントをする場は、3月初めに進行するタイトル曲のミュージックビデオ現場だ。ファンは、イ・ソンヒのコミュニティを中心に、大々的なプレゼントを準備している。
・この関係者は、「イ・ソンヒは、1984年江辺歌謡祭で大賞を受けてデビューして今まで30年が過ぎたが、相変わらず韓国を代表する最高のディーバ(歌姫)だ。ファンも30年前の心と変わりない。ミュージックビデオ現場で、イ・ソンヒがファンの心をそのまま感じることができる場になるだろう」と付け加えた。
・イ・ソンヒは、1984年のデビュー後、「ああ、昔よ」、「私はいつもあなたを」、「ひとしきり笑いで」などヒット曲を出した。
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MVは、アルバムにパッケージされるのか、規格はリージョンフリーなのか。何より15集のアルバム内容はどうなのか気になる。また、今後の30周年記念コンサート情報も知りたいものだ。
2014年2月20日木曜日
小川の跡
江戸の昔、雑木林の台地を開墾して作った新田地帯に、玉川上水から引き込んだ(分水の)貴重な小川が縦横していた。その存在は限られているが、住宅地に変貌した当地のふとした建物脇に跡を見つけることができる。
住宅地の裏通りの、更に陰になるようにして存在する、幅3mにも満たない小道がある。散歩道というより、 土地の区分であるような役割をしている。通路は、場合によって道半ばで終わったりしている。近所の小川跡の小道は、石畳にして整備されているが、幼稚園の広場に突き当たって途切れている。まあ、それもいいかもしれない。
中には、小川と谷(川)が上下にクロスした(築樋(つきどい)の)跡もある。それを示す解説のプレートも立っていて、ときたま、その場所を通り過ぎるのだが、木立に覆われて構造を見極めることができない*。ただし、上側の小川跡の窪みが遠く続いているのが見える。いつかその先まで辿ってみたいと思う。
来週後半辺りから、春らしさが訪れるという。もう少し温んできたら、小川跡巡りも悪くないな。
(*)2/21追記:
① 築樋(つきどい)について説明のプレートを見て上記赤字修正。
② 小川の跡を、わき道に沿って辿ってみたところ、本来の築樋と見られる処があった。低地を流れる川と交差するように、上に小川が跨ぐための橋が作られていた。
住宅地の裏通りの、更に陰になるようにして存在する、幅3mにも満たない小道がある。散歩道というより、 土地の区分であるような役割をしている。通路は、場合によって道半ばで終わったりしている。近所の小川跡の小道は、石畳にして整備されているが、幼稚園の広場に突き当たって途切れている。まあ、それもいいかもしれない。
中には、小川と谷(川)が上下にクロスした(築樋(つきどい)の)跡もある。それを示す解説のプレートも立っていて、ときたま、その場所を通り過ぎるのだが、木立に覆われて構造を見極めることができない*。ただし、上側の小川跡の窪みが遠く続いているのが見える。いつかその先まで辿ってみたいと思う。
来週後半辺りから、春らしさが訪れるという。もう少し温んできたら、小川跡巡りも悪くないな。
(*)2/21追記:
① 築樋(つきどい)について説明のプレートを見て上記赤字修正。
② 小川の跡を、わき道に沿って辿ってみたところ、本来の築樋と見られる処があった。低地を流れる川と交差するように、上に小川が跨ぐための橋が作られていた。
2014年2月19日水曜日
イ・ソンヒの「涙に咲く花」
イ・ソンヒには、2集所収の(可愛らしい)傷心の恋歌「涙に咲く花(눈물속에 피는 꽃)」(1985年)がある。
Youtubeで同曲を探したら、同じタイトルを付して、実力派ジャズ歌手ウンサン(웅산)が歌う「L'Immensità(눈물 속에 피는 꽃)」に出会った。ただし、この「L'Immensità」(永遠)は、1967年のサンレモ音楽祭で入賞したジョニー・ドレッリ(Johnny Dorelli)の歌であるが・・・イタリア音楽好きの石仲間に知らせようかな。
ちなみに、韓国のブログ情報によれば、「当時、国内に入ってきた外国の曲の中で盛んにヒットした・・・翻案曲で、音楽喫茶店のDJたちの人気選曲対象」だったそうだ(「詩人ヒョン・テソプ」に感謝)。なるほど、Youtubeには他に、この「L'Immensità」に合わせて音楽喫茶店の古い写真や懐古イベントポスターを並べたものもあったりして・・・心象風景を形作った曲なのだろう。
イ・ソンヒ自身の「涙に咲く花」を聴いてみよう。
--------------------------------------------------------------------
“愛は 別れに、なおいっそう輝くでしょう
一人で寂しさを感じたとき、なおいっそう美しいでしょう”
あなたの目に映った 私の姿は
そんなに悲しい顔で 泣いていたのですか
思わず流れた 私のこの涙は
そんなにもあなたの心を 苦しめましたか
遠い空 見つめながら悲しみを消し去ろうと
気づかうあなたの姿は、むしろ私の心に
石を投げているのですね 涙に咲く花よ
“孤独が訪ねてくれば、こらえてしまうでしょう
こらえ続けて寂しくなれば、それだけで泣いてしまうでしょう”
こんなにつらい別れを 始めなければならないのは
もしかしたらあなたと私の 試練ではないでしょうか
私たちの目に宿る 涙に咲く花よ
-
(Youtubeに登録のwindmillsofmusicに感謝)
Youtubeで同曲を探したら、同じタイトルを付して、実力派ジャズ歌手ウンサン(웅산)が歌う「L'Immensità(눈물 속에 피는 꽃)」に出会った。ただし、この「L'Immensità」(永遠)は、1967年のサンレモ音楽祭で入賞したジョニー・ドレッリ(Johnny Dorelli)の歌であるが・・・イタリア音楽好きの石仲間に知らせようかな。
ちなみに、韓国のブログ情報によれば、「当時、国内に入ってきた外国の曲の中で盛んにヒットした・・・翻案曲で、音楽喫茶店のDJたちの人気選曲対象」だったそうだ(「詩人ヒョン・テソプ」に感謝)。なるほど、Youtubeには他に、この「L'Immensità」に合わせて音楽喫茶店の古い写真や懐古イベントポスターを並べたものもあったりして・・・心象風景を形作った曲なのだろう。
イ・ソンヒ自身の「涙に咲く花」を聴いてみよう。
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“愛は 別れに、なおいっそう輝くでしょう
一人で寂しさを感じたとき、なおいっそう美しいでしょう”
あなたの目に映った 私の姿は
そんなに悲しい顔で 泣いていたのですか
思わず流れた 私のこの涙は
そんなにもあなたの心を 苦しめましたか
遠い空 見つめながら悲しみを消し去ろうと
気づかうあなたの姿は、むしろ私の心に
石を投げているのですね 涙に咲く花よ
“孤独が訪ねてくれば、こらえてしまうでしょう
こらえ続けて寂しくなれば、それだけで泣いてしまうでしょう”
こんなにつらい別れを 始めなければならないのは
もしかしたらあなたと私の 試練ではないでしょうか
私たちの目に宿る 涙に咲く花よ
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(Youtubeに登録のwindmillsofmusicに感謝)
2014年2月18日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 小正月
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/12)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第43回として、旧暦1月15日(満月)の「小正月 (정월대보름)」にまつわる話を紹介した。
まず始めに、小正月の民俗行事の紹介から次のように始まった。
・年中行事の半分以上が正月(陰暦1月)に集中する。新年の始まる月であり、農業も休み、羽根を伸ばす季節だ。小正月は、旧正月よりも風習が多く、人々に意味が大きかった。
・陰陽の考え(空・太陽・男性・火などは陽、地・月・女性・水などは陰に分ける)により、満月は女神であり、地・水のイメージが重なり、出産・豊饒を司ると信じられた。小正月(満月)の日、村には風物(プンムル、풍물)を奏する一団が家々を回り祝った。当日、村人が作ったタルチプ(달집)の薪の山に火をつけたり、子供たちは畦や畑などに火を入れた。
▼ 創作打楽器グループ“Puri”による「キルグンアク(道軍楽、길군악)」を聴く。・・・どこか耳慣れた今様な。
・この「キルグンアク」は、軍隊行進の演奏を起源とするが、昔は名節を向かえる度に、風物牌(プンムルペ、풍물패、牌=集団)という演奏集団が村を回って演奏した。
(次に、小正月にまつわる風習について、次のように説明された)
・朝鮮時代、金昌業(김창업, 1658年~1722年)の詩に、小正月の夜に、「今晩、橋の上で足踏みをして遊ぶのだ」と記載がある。この日、橋を足踏みして渡ると、一年間、両足が丈夫だと信じられた。橋(다리)と足(다리)とが、同じ文字からきた風習のようだ。
・この機会に、家にこもっていたヤンバンの家の女性も外出したし、彼女たちを見ようと男たちも集まり、橋の上は混み合ったという。人々が集まるこの日は、大道芸人に稼ぎ時で、道端でパンソリの歌い手の大きな声が響き渡った。
▼ 「前山打令(앞산타령)」を聴く。山々の名を込めて・・・ゆったりして、これで小正月の踏橋遊びを?
最後に、小正月の遊びや演劇について次のように解説された。
・カンガンスルレ(강강술래)やウォルウォリチョンチョン(월워리청청)などは、小正月の女性の代表的な遊びだ。女性たちが月光を浴びながら丸く円を描いて立ち、歌を歌い踊る。豊作を願う意味が込められたという。女性たちに過酷な時代に、小正月とチュソク、一年にこの二日くらい、名節を口実に思いっきり遊べた。
・綱引きも地域により様々な形で伝承された。村の男女が両端に別れて綱引きをする。女性が勝てば豊年と信じられた。
・夜になると、仮面劇(タルチュム、탈춤)が始まる。踊りと音楽を共に楽しむ、一種の演劇といえる。農民に君臨したヤンバンを馬鹿にしたり冷やかして笑うが、この日ばかりはヤンバンも口を挟まぬのが暗黙の了解だった。
▼ コムンゴ・アンサンブル“Geomun”による「タルハ(달하)」を聴く。インドネシア、中国・・・響きは今様に広がる。
まず始めに、小正月の民俗行事の紹介から次のように始まった。
・年中行事の半分以上が正月(陰暦1月)に集中する。新年の始まる月であり、農業も休み、羽根を伸ばす季節だ。小正月は、旧正月よりも風習が多く、人々に意味が大きかった。
・陰陽の考え(空・太陽・男性・火などは陽、地・月・女性・水などは陰に分ける)により、満月は女神であり、地・水のイメージが重なり、出産・豊饒を司ると信じられた。小正月(満月)の日、村には風物(プンムル、풍물)を奏する一団が家々を回り祝った。当日、村人が作ったタルチプ(달집)の薪の山に火をつけたり、子供たちは畦や畑などに火を入れた。
▼ 創作打楽器グループ“Puri”による「キルグンアク(道軍楽、길군악)」を聴く。・・・どこか耳慣れた今様な。
・この「キルグンアク」は、軍隊行進の演奏を起源とするが、昔は名節を向かえる度に、風物牌(プンムルペ、풍물패、牌=集団)という演奏集団が村を回って演奏した。
(次に、小正月にまつわる風習について、次のように説明された)
・朝鮮時代、金昌業(김창업, 1658年~1722年)の詩に、小正月の夜に、「今晩、橋の上で足踏みをして遊ぶのだ」と記載がある。この日、橋を足踏みして渡ると、一年間、両足が丈夫だと信じられた。橋(다리)と足(다리)とが、同じ文字からきた風習のようだ。
・この機会に、家にこもっていたヤンバンの家の女性も外出したし、彼女たちを見ようと男たちも集まり、橋の上は混み合ったという。人々が集まるこの日は、大道芸人に稼ぎ時で、道端でパンソリの歌い手の大きな声が響き渡った。
▼ 「前山打令(앞산타령)」を聴く。山々の名を込めて・・・ゆったりして、これで小正月の踏橋遊びを?
最後に、小正月の遊びや演劇について次のように解説された。
・カンガンスルレ(강강술래)やウォルウォリチョンチョン(월워리청청)などは、小正月の女性の代表的な遊びだ。女性たちが月光を浴びながら丸く円を描いて立ち、歌を歌い踊る。豊作を願う意味が込められたという。女性たちに過酷な時代に、小正月とチュソク、一年にこの二日くらい、名節を口実に思いっきり遊べた。
・綱引きも地域により様々な形で伝承された。村の男女が両端に別れて綱引きをする。女性が勝てば豊年と信じられた。
・夜になると、仮面劇(タルチュム、탈춤)が始まる。踊りと音楽を共に楽しむ、一種の演劇といえる。農民に君臨したヤンバンを馬鹿にしたり冷やかして笑うが、この日ばかりはヤンバンも口を挟まぬのが暗黙の了解だった。
▼ コムンゴ・アンサンブル“Geomun”による「タルハ(달하)」を聴く。インドネシア、中国・・・響きは今様に広がる。
2014年2月17日月曜日
イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」
連日深夜のオリンピック放送で、寝不足は限界にきた。夕食後、テレビを見ながらいつのまにか寝入ってしまった。ふと気付いて、いやぁまいったな・・・と思う。このわずかな寝貯めのおかげで、また深夜のオリンピック観戦に力が入ってしまうのだから。いっそ、うたた寝のまま眠ってしまえば楽なのに。でも気になる。
ところで、昔、NHKテレビが新年の放送*で、韓国歌謡番組(KBS「'88年末決算 歌謡トップ10」)を紹介している。次々登場する歌手の中で、イ・ソンヒが6集所収の「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年2月1日)を歌っている映像(Youtube、07:23~)を見ることができる。ちなみに、チョー・ヨンピルが歌う「ソウル・ソウル・ソウル」は、'88ソウル・オリンピック(9月17日~10月2日)の代表曲だ。
(*)1989年の新年を丁度迎えたばかりの放送
宮崎キャスターは、イ・ソンヒの装いから、「女子中学生の間で・・・お化粧っけがなくて、飾り気のない、さり気なさが大変な人気のもとになっている」など紹介している。松平キャスターも「電車の中にいるような・・・」と、おじさん語りしているよ。日本で紹介された貴重な映像だ。
(Youtubeに登録のkazux377に感謝)
ところで、昔、NHKテレビが新年の放送*で、韓国歌謡番組(KBS「'88年末決算 歌謡トップ10」)を紹介している。次々登場する歌手の中で、イ・ソンヒが6集所収の「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年2月1日)を歌っている映像(Youtube、07:23~)を見ることができる。ちなみに、チョー・ヨンピルが歌う「ソウル・ソウル・ソウル」は、'88ソウル・オリンピック(9月17日~10月2日)の代表曲だ。
(*)1989年の新年を丁度迎えたばかりの放送
宮崎キャスターは、イ・ソンヒの装いから、「女子中学生の間で・・・お化粧っけがなくて、飾り気のない、さり気なさが大変な人気のもとになっている」など紹介している。松平キャスターも「電車の中にいるような・・・」と、おじさん語りしているよ。日本で紹介された貴重な映像だ。
(Youtubeに登録のkazux377に感謝)
2014年2月16日日曜日
(資料)犬猫の飼育数
以前、韓国では猫を飼う家庭が少ないという話を韓国語教室で聞いたことがあるが、次のような調査結果があるので、日韓対比してみる。(日韓人口比=126,497千人:48,391千人、WHO発表:2013年5月15日)
人口比を勘案して、
・犬の飼育は、日韓同じような割合といえる。
・猫の飼育は、日本より韓国は確かに少ないようだ。猫について、文化的、伝統的にどのような捉え方をしているのか興味深い。
(韓国)
農林水産検疫検査本部は、去る2012年10月17日(社)韓国社会経済研究院に依頼して実施した「動物の保護に関する国民意識調査」の結果を発表した。
・調査によれば、国民の動物保護に対する意識は、予想よりも積極的で関心度が高い水準で現れ、伴侶動物を飼うことへの関心が増加していることが明らかになった。
「伴侶動物の飼育実態」を見ると、犬や猫を飼う家庭の割合は17.9%で、全国伴侶動物の飼育家庭数は、約359万世帯と推計されており
・伴侶動物の飼育規模を推計すると、犬は約440万匹、猫は約116万匹を飼育していることが明らかになった。
(日本)
一般社団法人ペットフード協会が発表した「平成23年度 全国犬・猫飼育実態調査」(2011年12月26日、55,719サンプル)結果によれば、犬や猫を飼う家庭の割合は、犬は17.7% 猫は10.3%で、飼育世帯数は、犬は947.3万世帯、猫は552.1万世帯と推計され、
飼育規模は、犬は約1,193.6万匹 猫は960.6万匹を飼育していると推計される。
(注)
上記の日韓比較で、「犬猫を一緒に飼っている世帯」は不明。
(お口直し)
フレームポイントのシャム猫と黒パグ犬の追っかけっこに、キャッキャッと笑いながらヨチヨチ歩きの赤ちゃんが参加するYoutube映像がある。(登録者Monique Bに感謝)
人口比を勘案して、
・犬の飼育は、日韓同じような割合といえる。
・猫の飼育は、日本より韓国は確かに少ないようだ。猫について、文化的、伝統的にどのような捉え方をしているのか興味深い。
(韓国)
農林水産検疫検査本部は、去る2012年10月17日(社)韓国社会経済研究院に依頼して実施した「動物の保護に関する国民意識調査」の結果を発表した。
・調査によれば、国民の動物保護に対する意識は、予想よりも積極的で関心度が高い水準で現れ、伴侶動物を飼うことへの関心が増加していることが明らかになった。
「伴侶動物の飼育実態」を見ると、犬や猫を飼う家庭の割合は17.9%で、全国伴侶動物の飼育家庭数は、約359万世帯と推計されており
・伴侶動物の飼育規模を推計すると、犬は約440万匹、猫は約116万匹を飼育していることが明らかになった。
(日本)
一般社団法人ペットフード協会が発表した「平成23年度 全国犬・猫飼育実態調査」(2011年12月26日、55,719サンプル)結果によれば、犬や猫を飼う家庭の割合は、犬は17.7% 猫は10.3%で、飼育世帯数は、犬は947.3万世帯、猫は552.1万世帯と推計され、
飼育規模は、犬は約1,193.6万匹 猫は960.6万匹を飼育していると推計される。
(注)
上記の日韓比較で、「犬猫を一緒に飼っている世帯」は不明。
(お口直し)
フレームポイントのシャム猫と黒パグ犬の追っかけっこに、キャッキャッと笑いながらヨチヨチ歩きの赤ちゃんが参加するYoutube映像がある。(登録者Monique Bに感謝)
ソチ冬季オリンピック いぶし銀のレジェンド
深夜0時を過ぎて実施される、ソチ冬季オリンピックの男子スキージャンプ、ラージヒル*を見ようと頑張ったが、寝不足のためか見失ってしまった。日本の最初の滑走者、清水礼留飛のジャンプを見たような・・・その後について何も覚えていない。横着して横になってテレビを眺めたせいか、あっさり睡魔に襲われてしまったようだ。
(*)冬季オリンピックのスキージャンプには、ノーマルヒルとラージヒルがあって・・・。
結局、朝になって、付けっ放しのテレビ画面から、今や伝説となった葛西紀明(のりあき)が銀メダルを獲得したと知った。41歳の快挙である・・・それなのに寝過ごすなんて、勿体無いことをしてしまった。
彼は、1992年のアルベールヒル冬季オリンピック以来、7回目にして、個人として初めてメダルに輝いたという。すさまじい執念と克己力である。まさに、いぶし銀に相応しい栄誉だ
さらに凄いのは、インタビューで、次の目標は金メダルといった。・・・すぐにあきらめて、すぐに眠ってしまう身には、驚異としかいいようがない。もって生まれた才能と言い訳しがちだが、彼の強い持続力に・・・にわかファンは、ため息つくしかない。
(*)冬季オリンピックのスキージャンプには、ノーマルヒルとラージヒルがあって・・・。
結局、朝になって、付けっ放しのテレビ画面から、今や伝説となった葛西紀明(のりあき)が銀メダルを獲得したと知った。41歳の快挙である・・・それなのに寝過ごすなんて、勿体無いことをしてしまった。
彼は、1992年のアルベールヒル冬季オリンピック以来、7回目にして、個人として初めてメダルに輝いたという。すさまじい執念と克己力である。まさに、いぶし銀に相応しい栄誉だ
さらに凄いのは、インタビューで、次の目標は金メダルといった。・・・すぐにあきらめて、すぐに眠ってしまう身には、驚異としかいいようがない。もって生まれた才能と言い訳しがちだが、彼の強い持続力に・・・にわかファンは、ため息つくしかない。
2014年2月15日土曜日
ソチ冬季オリンピック男子フィギュア金メダル
昨晩の雪は、先週土曜日(2/8)と積雪量が確実に違う・・・夜半、通りを覗いたがすっかり雪に埋まっていた。何しろ、屋根下にある玄関ドアを開けるのに手間取るほど積もったていたのだ。
例によって夜更かしのため、今日の日付に変わった深夜に一眠りして、目を覚まし、うつらうつらの中、ソチ冬季オリンピックの男子フィギュア・フリースケーティングをテレビで視た。そんなわけで、高橋大輔と羽生結弦(ゆづる)の演技には間に合った。(町田樹(たつき)の結果は、画面の順位表で知った)
にわかファンのため、演技内容については何となく判断する。例えば、ジャンプ後に着氷したときのバランス具合を見つめる程度・・・ジャンプの種類を知っているわけではない。まして配点の加減など、テレビ解説で以前聴いたことはあるが忘れている。
高橋大輔は、善戦したと思う。順位がどうであれ、彼はフィギュアスケート選手団の良き支えになったのではないだろうか。
そして、ショートプログラム史上初の100点超えの101.45をマークした羽生結弦は、一瞬ひやりとした場面もあったものの溌剌とした演技で、日本男子フィギュア史上初の金メダルを獲得したのだ。ライバルのパトリック・チャン(カナダ)と接戦を繰り広げた。フィギュアスケートは、演技構成や出場順位など、ある意味精神的な競技でもあるようだ。
ところで、おじさんの目から見ると、羽生結弦の随分と長い足に驚く。何より10代がオリンピックを頑張っている。つくづく時代を感じる。
(追記)
昨夜来の雪は、朝には雨となり午前中いっぱい降り続けた。ようやく明るんだ昼過ぎに通り道の雪片付けを始めた。先週と比べて倍の量だったろうか。とはいえ、こんな比でないのは十分承知しているが、雪国の忙しさを思い知った気がした。
ドスン、ドスンと落ち続けた屋根の雪は、夕方にはすっかり静まってしまった。
・・・雪道不安なため外出もままならず、また教室も休みとなった。余波は大きい。
例によって夜更かしのため、今日の日付に変わった深夜に一眠りして、目を覚まし、うつらうつらの中、ソチ冬季オリンピックの男子フィギュア・フリースケーティングをテレビで視た。そんなわけで、高橋大輔と羽生結弦(ゆづる)の演技には間に合った。(町田樹(たつき)の結果は、画面の順位表で知った)
にわかファンのため、演技内容については何となく判断する。例えば、ジャンプ後に着氷したときのバランス具合を見つめる程度・・・ジャンプの種類を知っているわけではない。まして配点の加減など、テレビ解説で以前聴いたことはあるが忘れている。
高橋大輔は、善戦したと思う。順位がどうであれ、彼はフィギュアスケート選手団の良き支えになったのではないだろうか。
そして、ショートプログラム史上初の100点超えの101.45をマークした羽生結弦は、一瞬ひやりとした場面もあったものの溌剌とした演技で、日本男子フィギュア史上初の金メダルを獲得したのだ。ライバルのパトリック・チャン(カナダ)と接戦を繰り広げた。フィギュアスケートは、演技構成や出場順位など、ある意味精神的な競技でもあるようだ。
ところで、おじさんの目から見ると、羽生結弦の随分と長い足に驚く。何より10代がオリンピックを頑張っている。つくづく時代を感じる。
(追記)
昨夜来の雪は、朝には雨となり午前中いっぱい降り続けた。ようやく明るんだ昼過ぎに通り道の雪片付けを始めた。先週と比べて倍の量だったろうか。とはいえ、こんな比でないのは十分承知しているが、雪国の忙しさを思い知った気がした。
ドスン、ドスンと落ち続けた屋根の雪は、夕方にはすっかり静まってしまった。
・・・雪道不安なため外出もままならず、また教室も休みとなった。余波は大きい。
2014年2月14日金曜日
また大雪だ
先週土曜日(2/8)以来の大雪だ。雪は降りやまず、家の周りは真っ白に覆われている。積雪量は、今日の方が多いかもしれない。すでに気分は豪雪だ。
冬ならば仕方ないと諦めるが、この雪降り、明日にはもつれて大雨、強風に変わるという。少々うんざり。
これから、まだ雪に見舞われるかも知れない。雪景色の中の歴史的な事件でよく知られているものに、「二・二六事件(1936年2月26日~29日)」しかり、「桜田門外の変(安政7年3月3日、1860年3月24日)」しかりだ。春になっても、油断ならない。
気象庁予報部から、当地に大雪警報が発表(本日17時21分)された。(風雪関連のみ:抜粋)
---------------------------------------------------
当地 [発表]大雪警報 風雪,雷,着雪注意報
雪 警戒期間 14日夜遅くから 15日朝まで
注意期間 15日朝まで
24時間最大降雪量 30センチ
風 注意期間 15日未明から 15日夕方まで
北の風のち南の風
最大風速 13メートル
---------------------------------------------------
冬ならば仕方ないと諦めるが、この雪降り、明日にはもつれて大雨、強風に変わるという。少々うんざり。
これから、まだ雪に見舞われるかも知れない。雪景色の中の歴史的な事件でよく知られているものに、「二・二六事件(1936年2月26日~29日)」しかり、「桜田門外の変(安政7年3月3日、1860年3月24日)」しかりだ。春になっても、油断ならない。
気象庁予報部から、当地に大雪警報が発表(本日17時21分)された。(風雪関連のみ:抜粋)
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当地 [発表]大雪警報 風雪,雷,着雪注意報
雪 警戒期間 14日夜遅くから 15日朝まで
注意期間 15日朝まで
24時間最大降雪量 30センチ
風 注意期間 15日未明から 15日夕方まで
北の風のち南の風
最大風速 13メートル
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あいつ、今頃鼻血ブーだぜ
バレンタインデーなんて、誰が考えたのでしょうね。日本の場合、チョコレートメーカーのキャンペーンから始まったという。一般に知られたのは1960年で、チョコレートを女性から男性にプレゼントするという習慣が本格的に定着したのが1970年代後半だそうだ。既に、にきび面の少年時代を過ぎていたので、この日にチョコレートを渇望する経験はなかった・・・。
バレンタインデーにチョコレートを貰った、貰わない、いろいろあるだろうけれど、こんな話がある。
バレンタインデーの日、学校も終わった小学5年生の男の子たちが、友人の家に集まった。一人が学校でチョコレートを一杯貰ったクラスの男子の名をあげて、「あいつ、今頃鼻血ブーだぜ」といって、他の仲間も一緒に「ヒヒヒ・・・」と笑ったそうだ。
そう、チョコレートを貰えない意味を、まだ十分に分かってない、けれど、どこかちょっと残念な気分もある。こんな時代の男の子は、最高で、お馬鹿である。それもいいな。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
2014年2月13日木曜日
寝不足だ
連日深夜に実況される、ソチ冬季オリンピック放送のせいで?寝不足だ。
いつもながら、スキー・ジャンプやスノーボードの選手が競技直後に、得点を見つめるため戻ってくる場所へ、きちんとすべり止まるのに感心する・・・なせって、勢いあまって囲いにぶつからないからだ。当たり前なのだろうが、素人には、そんなに簡単に止まるもんじゃないのでは・・・なんてね。
特に10代の若い選手を見ると、幼さに生意気言ってもかわいいし、しっかりした語りには立派に彼らを育てたご家庭をおもう。そして、競技しているときの選手の姿に、「すごいなあ」、「えらいなあ」、「がんばれよ」と親類にでもなったような気持ちでいる。
昔はオリンピック選手を羨望したけれど、今は彼らの溌剌とした動作に元気をもらい、10代の若い選手には愛おしささへ感じる。そして、彼らを今見つめている、中学生や小学生がいるのは、 何よりうれしい。いずれであれ、子どもたちの夢をかなえるのは大人の責任だ。
(追記)
ところで、話は変わるが、愛らしい気になる映像がある。「ギューっとして シリーズ」とでも名づけようか。
・ひとつは、TVコマーシャルで、飲んだ乳製品の容器を閉めるため、母親に「ギューっとしてね」といわれた女の子が、いつもギューっと抱かれていることを思い出したのだろう、両手をあげて母親を見上げるようにしがみついてくる映像だ。
・もうひとつは、実写で、幼い幼い女の子が子猫を頬ずりしてギューっと抱き続けているものだ。こんなに幼い頃に愛情を与えることができるのかと感心する。いうまでもなく、この子がそれ以上に愛情を受けているからだけど。「それはあなたの赤ちゃんなの?」と問いかけられても、ひたすら抱き続ける眼差しが愛しい。
・最後は悲しい話であるが、22週目の妊婦が脳出血で脳死状態のまま28週目に帝王切開して男児を出産、翌日生命維持装置がはずされた。残された夫は、妻に赤ちゃんをギューっと抱かせたかったろうし、赤ちゃんがギューっと抱かれること望んだろうけれど・・・。
いつもながら、スキー・ジャンプやスノーボードの選手が競技直後に、得点を見つめるため戻ってくる場所へ、きちんとすべり止まるのに感心する・・・なせって、勢いあまって囲いにぶつからないからだ。当たり前なのだろうが、素人には、そんなに簡単に止まるもんじゃないのでは・・・なんてね。
特に10代の若い選手を見ると、幼さに生意気言ってもかわいいし、しっかりした語りには立派に彼らを育てたご家庭をおもう。そして、競技しているときの選手の姿に、「すごいなあ」、「えらいなあ」、「がんばれよ」と親類にでもなったような気持ちでいる。
昔はオリンピック選手を羨望したけれど、今は彼らの溌剌とした動作に元気をもらい、10代の若い選手には愛おしささへ感じる。そして、彼らを今見つめている、中学生や小学生がいるのは、 何よりうれしい。いずれであれ、子どもたちの夢をかなえるのは大人の責任だ。
(追記)
ところで、話は変わるが、愛らしい気になる映像がある。「ギューっとして シリーズ」とでも名づけようか。
・ひとつは、TVコマーシャルで、飲んだ乳製品の容器を閉めるため、母親に「ギューっとしてね」といわれた女の子が、いつもギューっと抱かれていることを思い出したのだろう、両手をあげて母親を見上げるようにしがみついてくる映像だ。
・もうひとつは、実写で、幼い幼い女の子が子猫を頬ずりしてギューっと抱き続けているものだ。こんなに幼い頃に愛情を与えることができるのかと感心する。いうまでもなく、この子がそれ以上に愛情を受けているからだけど。「それはあなたの赤ちゃんなの?」と問いかけられても、ひたすら抱き続ける眼差しが愛しい。
・最後は悲しい話であるが、22週目の妊婦が脳出血で脳死状態のまま28週目に帝王切開して男児を出産、翌日生命維持装置がはずされた。残された夫は、妻に赤ちゃんをギューっと抱かせたかったろうし、赤ちゃんがギューっと抱かれること望んだろうけれど・・・。
2014年2月12日水曜日
イ・ソンヒのスターストーリー全12回をまとめて掲載
イ・ソンヒは、27歳当時、彼女の生い立ちとさまざまな思い出を「イ・ソンヒのスターストーリー」として「スポーツ韓国」紙に連載した。(1991年3月8日~4月5日)
本ブログでは、その内容を日に分けて紹介してきたが、次のようにまとめることにした。
ほぼ、暦年スタイルで綴られた彼女の自伝*全12回を、本ブログ画面左側にある、「ブログ本文&資料」の「●資料:이선희 Profile (自伝~1991年、27歳まで)」に一括掲載する。
(*) 自伝: 本文に「自伝」という直接的な表現はないが、内容と語りから自伝といえるだろう。
本ブログのメイン・テーマの一つである、イ・ソンヒの天性の音楽的才能を生んだ環境と、どのように影響を受けたのかについて、かなりの程度知ることができた。
また、関係者がネット上でイ・ソンヒについて語る内容は、ほぼ本資料に基づいているといっても過言でない。その意味で大変貴重な資料である。
上記自伝以降についても、イ・ソンヒがどのように音楽生活を過ごしたか、できるだけ彼女自身の言葉をベースに資料収集したい。
本ブログでは、その内容を日に分けて紹介してきたが、次のようにまとめることにした。
ほぼ、暦年スタイルで綴られた彼女の自伝*全12回を、本ブログ画面左側にある、「ブログ本文&資料」の「●資料:이선희 Profile (自伝~1991年、27歳まで)」に一括掲載する。
(*) 自伝: 本文に「自伝」という直接的な表現はないが、内容と語りから自伝といえるだろう。
本ブログのメイン・テーマの一つである、イ・ソンヒの天性の音楽的才能を生んだ環境と、どのように影響を受けたのかについて、かなりの程度知ることができた。
また、関係者がネット上でイ・ソンヒについて語る内容は、ほぼ本資料に基づいているといっても過言でない。その意味で大変貴重な資料である。
上記自伝以降についても、イ・ソンヒがどのように音楽生活を過ごしたか、できるだけ彼女自身の言葉をベースに資料収集したい。
2014年2月11日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 馬
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第42回として、「馬(말)」にまつわる話を紹介した。
まず始めに、馬にまつわる逸話の紹介から次のように始まった。
・新羅の昔、没落した王朝の末裔に一人の青年がいた。両親は再興を期待して、幼くから厳しく躾けた。
・しかしながら成長した彼は、身分の低い娘と恋に落ちる。それを知った母は強く叱り、二度と娘の元へ行かぬよう誓わせたが、或るとき、酒に酔い乗馬して家に帰る彼の前に、娘の迎える姿があった。彼を思いやった馬が、娘の元へ導いたのだ。母との誓いを守る彼は、その馬の首をはねて家に戻った。娘は彼を恨めしく思い「怨詞(원사)」を歌った。三国統一に最大級貢献した新羅の将軍金庾信(김유신、595年~673年)の若い頃の逸話だ。(「破閑集」)
▼ 玄琴(コムンゴ)演奏による「新羅幻想曲」を聴く。御簾越しに流れるような・・・今様である。
次に、この逸話に触れた、李公升の詩について次のように説明された。
・金庾信に捨てられた娘は天官女(천관녀)といい、後年(三国統一後)、金庾信が彼女のために建てた天官寺(천관사)の名から付けられたようだ。天官女には、妓生(기생)あるいは巫女(무녀)とする説などある。
・天官女の歌「怨詞」は忘れられたが、高麗時代、慶州に赴任した李公升(이공승、1099年~1183年)が、天官寺の前を通りかかり、金庾信と天官女に関連してしたためた詩が伝えられている。その要約は、「青年と哀れな女性の愛の話も心痛む・・・が、最も気の毒なのは、忠誠を誓ったという罪だけで、かわいそうに命を落とした金庾信の馬であったのではないか」というものだ。*
(*)ブログ「タルマル(달마루、天と地?)」に踏査情報がある。感謝。
▼ 大琴(대금)による「河臨城(하림성)」を聴く。笛の大きさに比して高音澄明な響き・・・今様である。
・「河臨城」は、伽耶琴(カヤグム)楽師の于勒(우륵)を受け入れた新羅王真興(진흥、534年~576年)の宮殿の名という。
最後に、建国神話での馬との関わりについて次のように解説された。
・新羅建国の赫居世居西干の出生にまつわる神話に、ある日、蘿井(나정)という井戸端で白馬がいななきながら天へ登った。そこに大きな卵が落ちていて、中から生まれたのが赫居世居西干だ。また、高句麗建国の東明聖王(朱蒙)も幼い頃、馬の面倒を見る仕事をしたと伝えられている。
▼ 男唱歌曲(界楽)「鐵驄馬に乗って(철총마 타고)」を聴く。雉狩りに行こうとするに、悠然としながらも心ははやる、馬は胴震いする、そんな感じかな。
・終わりに、岸さんから「ひとと深い関係を持った馬のように、どんなシーンでも心温まる関係を築けるような一年にしたいものですね」とのこと。まさに、おっしゃる通りです。
まず始めに、馬にまつわる逸話の紹介から次のように始まった。
・新羅の昔、没落した王朝の末裔に一人の青年がいた。両親は再興を期待して、幼くから厳しく躾けた。
・しかしながら成長した彼は、身分の低い娘と恋に落ちる。それを知った母は強く叱り、二度と娘の元へ行かぬよう誓わせたが、或るとき、酒に酔い乗馬して家に帰る彼の前に、娘の迎える姿があった。彼を思いやった馬が、娘の元へ導いたのだ。母との誓いを守る彼は、その馬の首をはねて家に戻った。娘は彼を恨めしく思い「怨詞(원사)」を歌った。三国統一に最大級貢献した新羅の将軍金庾信(김유신、595年~673年)の若い頃の逸話だ。(「破閑集」)
▼ 玄琴(コムンゴ)演奏による「新羅幻想曲」を聴く。御簾越しに流れるような・・・今様である。
次に、この逸話に触れた、李公升の詩について次のように説明された。
・金庾信に捨てられた娘は天官女(천관녀)といい、後年(三国統一後)、金庾信が彼女のために建てた天官寺(천관사)の名から付けられたようだ。天官女には、妓生(기생)あるいは巫女(무녀)とする説などある。
・天官女の歌「怨詞」は忘れられたが、高麗時代、慶州に赴任した李公升(이공승、1099年~1183年)が、天官寺の前を通りかかり、金庾信と天官女に関連してしたためた詩が伝えられている。その要約は、「青年と哀れな女性の愛の話も心痛む・・・が、最も気の毒なのは、忠誠を誓ったという罪だけで、かわいそうに命を落とした金庾信の馬であったのではないか」というものだ。*
(*)ブログ「タルマル(달마루、天と地?)」に踏査情報がある。感謝。
▼ 大琴(대금)による「河臨城(하림성)」を聴く。笛の大きさに比して高音澄明な響き・・・今様である。
・「河臨城」は、伽耶琴(カヤグム)楽師の于勒(우륵)を受け入れた新羅王真興(진흥、534年~576年)の宮殿の名という。
最後に、建国神話での馬との関わりについて次のように解説された。
・新羅建国の赫居世居西干の出生にまつわる神話に、ある日、蘿井(나정)という井戸端で白馬がいななきながら天へ登った。そこに大きな卵が落ちていて、中から生まれたのが赫居世居西干だ。また、高句麗建国の東明聖王(朱蒙)も幼い頃、馬の面倒を見る仕事をしたと伝えられている。
▼ 男唱歌曲(界楽)「鐵驄馬に乗って(철총마 타고)」を聴く。雉狩りに行こうとするに、悠然としながらも心ははやる、馬は胴震いする、そんな感じかな。
・終わりに、岸さんから「ひとと深い関係を持った馬のように、どんなシーンでも心温まる関係を築けるような一年にしたいものですね」とのこと。まさに、おっしゃる通りです。
2014年2月10日月曜日
バイキング・ザ・バイキング
昨晩のテレビで、ドラゴン退治の伝説をCGを使って紹介するなか、バイキングに触れるところがあって、ふと思い出したことがある。主題歌の一節に「バイキング・ザ・バイキング」と歌うアメリカのテレビシリーズだ。
1960年に放送されたTV番組に「バイキング(Tales of The Vikings)*」があった。当時、子どものなので、バイキング(ヴァイキング)の歴史的な背景・・・キリスト教との対立など知る由もなかったが、戦いにあけくれる展開に毎回釘付けになったものだ。ある意味、海洋民族?に対する親和があったのかもしれない。
(*) 「クラシック・テレビ・アーカイブ」に詳細な紹介がある。
ソチ冬季オリンピック開催式に入場した北欧諸国の選手団が掲げた国旗に、十字架のデザインが多いことに気付く。
(Youtubeに登録のStephen Carrollに感謝)
1960年に放送されたTV番組に「バイキング(Tales of The Vikings)*」があった。当時、子どものなので、バイキング(ヴァイキング)の歴史的な背景・・・キリスト教との対立など知る由もなかったが、戦いにあけくれる展開に毎回釘付けになったものだ。ある意味、海洋民族?に対する親和があったのかもしれない。
(*) 「クラシック・テレビ・アーカイブ」に詳細な紹介がある。
ソチ冬季オリンピック開催式に入場した北欧諸国の選手団が掲げた国旗に、十字架のデザインが多いことに気付く。
(Youtubeに登録のStephen Carrollに感謝)
2014年2月9日日曜日
雪かき
降雪はいつ止んだのだろう。今朝はすっかり晴天になって、屋根上から積雪の塊がドスン、ドスンと音をたてながら落ちたり、溶けた水滴が雨だれのようにポトポト垂れている。
昨日のうちに、(前回の積雪の反省から)、門のレールに水道水をチョロチョロ流し続けていたので、雪に埋もれることもなく開閉がスムーズなのは幸いだ。後は、玄関前と通り道の雪かきだ。
今日は、降雪の心配もないようなので、玄関前の雪は水道水で溶かす。同様に、家の前の通りに水を撒くのは、凍結の心配というご意見もあるだろうから、新品の雪かきスコップで取り除いた。このスコップ、軽くて作業が楽だ。思いのほか短時間で終えることができた。
雪塊が屋根から落ちる音が続く。前回の降雪で、2階の屋根から落下した雪の塊が、1階屋根の雨どいを壊してしまったことがある。今回はどうだろう・・・ちょっと心配。
ところで、昨日の都心の降雪について、日本経済新聞の記事「東京都心で積雪27センチ、戦後4位 628人けが」(2/9 1:48、共同)は次のように報じている。(抜粋)
---------------------------------------
・日本列島は8日、南海上を急速に発達しながら進んだ低気圧の影響で、東京都心(大手町)で戦後4番目となる27センチの積雪を観測するなど、関東甲信を中心に記録的な大雪となった。都心で20センチを超える積雪は1994年2月以来、20年ぶり。東日本や東北では9日にかけて大雪が続く所があるという。
---------------------------------------
東京の最深積雪:「気象統計情報」(気象庁)
年 cm
-----------------
1994 23
1995 2
1996 14
1997 -- (該当現象:なし)
1998 16
1999 0 (該当現象:1未満)
2000 0
2001 8
2002 --
2003 1
2004 0
2005 2
2006 9
2007 --
2008 3
2009 0
2010 1
2011 2
2012 4
2013 8 ← あれ、もっと降ったような気がするが!
2014 27 (2/8現在)
-----------------
昨日のうちに、(前回の積雪の反省から)、門のレールに水道水をチョロチョロ流し続けていたので、雪に埋もれることもなく開閉がスムーズなのは幸いだ。後は、玄関前と通り道の雪かきだ。
今日は、降雪の心配もないようなので、玄関前の雪は水道水で溶かす。同様に、家の前の通りに水を撒くのは、凍結の心配というご意見もあるだろうから、新品の雪かきスコップで取り除いた。このスコップ、軽くて作業が楽だ。思いのほか短時間で終えることができた。
雪塊が屋根から落ちる音が続く。前回の降雪で、2階の屋根から落下した雪の塊が、1階屋根の雨どいを壊してしまったことがある。今回はどうだろう・・・ちょっと心配。
ところで、昨日の都心の降雪について、日本経済新聞の記事「東京都心で積雪27センチ、戦後4位 628人けが」(2/9 1:48、共同)は次のように報じている。(抜粋)
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・日本列島は8日、南海上を急速に発達しながら進んだ低気圧の影響で、東京都心(大手町)で戦後4番目となる27センチの積雪を観測するなど、関東甲信を中心に記録的な大雪となった。都心で20センチを超える積雪は1994年2月以来、20年ぶり。東日本や東北では9日にかけて大雪が続く所があるという。
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東京の最深積雪:「気象統計情報」(気象庁)
年 cm
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1994 23
1995 2
1996 14
1997 -- (該当現象:なし)
1998 16
1999 0 (該当現象:1未満)
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2012 4
2013 8 ← あれ、もっと降ったような気がするが!
2014 27 (2/8現在)
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2014年2月8日土曜日
大雪警報
サラサラ粒の雪が一日中降り続く。止む気配がない。通りに、雪が大好きなはずの子どもたちの姿を見ることができない。あっという間に、雪が肩に積もる。
徒労を承知で、家の前を雪かきした。次に、玄関先の蛇口から、門が雪に埋まらぬよう水を撒いて降雪を溶かしたが、小一時間もすると、辺りはしっかり雪に埋もれている。しかも、蛇口が凍ってしまい水が出てこないのだ。慌てて、熱湯をかけて解凍した。凍結防止のために、ちょろちょろと水を流し続けることにした。
テレビの気象情報では、降雪量(高さ)が、「~年振り」と次々更新して報じられている。
気象庁予報部は、当地に次のように「大雪警報」を発表した。(抜粋)
2月8日16時29分発表
---------------------------------
当地 [継続]大雪警報 風雪,着氷,着雪注意報
雪 警戒期間 9日未明まで
注意期間 9日未明まで
24時間最大降雪量 40cm
---------------------------------
なんと降雪量が、24時間で40cmだって!
徒労を承知で、家の前を雪かきした。次に、玄関先の蛇口から、門が雪に埋まらぬよう水を撒いて降雪を溶かしたが、小一時間もすると、辺りはしっかり雪に埋もれている。しかも、蛇口が凍ってしまい水が出てこないのだ。慌てて、熱湯をかけて解凍した。凍結防止のために、ちょろちょろと水を流し続けることにした。
テレビの気象情報では、降雪量(高さ)が、「~年振り」と次々更新して報じられている。
気象庁予報部は、当地に次のように「大雪警報」を発表した。(抜粋)
2月8日16時29分発表
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当地 [継続]大雪警報 風雪,着氷,着雪注意報
雪 警戒期間 9日未明まで
注意期間 9日未明まで
24時間最大降雪量 40cm
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なんと降雪量が、24時間で40cmだって!
イ・ソンヒの「雪は降る」
朝方、やはり雪は降っていて、外を覗けばすでに真っ白だ。積雪が吸音材になって実に静か・・・じっくりというか、絶え間なく降り続いている。テレビの天気予報は、本格的な降りとなるので、できるだけ外出を控えるよう伝えた。
予定した遅めの新年会は延期と連絡があった。以前のこと、大雪の晩遅くに帰宅したら、何と門が雪に埋まってしまい開かずに焦ったことがある。今日の雪かきが・・・心配だ。
ともあれ、銀世界ともなれば、イ・ソンヒの「雪が降る(눈이 내리네)」(S.Adamoの1963年の”Tombe la neige”より)を聴かないわけにはいかない。イ・ソンヒにはキャロル・アルバムというシリーズ?があって、「冬の日のものがたり(겨울날의 이야기)」(1988年11月20日)に、この曲が収められている。随分しっとりした情緒ある歌い方だ。
(本ブログ関連:”雪が降る”)
(Youtubeに登録のKnightmareに感謝)
予定した遅めの新年会は延期と連絡があった。以前のこと、大雪の晩遅くに帰宅したら、何と門が雪に埋まってしまい開かずに焦ったことがある。今日の雪かきが・・・心配だ。
ともあれ、銀世界ともなれば、イ・ソンヒの「雪が降る(눈이 내리네)」(S.Adamoの1963年の”Tombe la neige”より)を聴かないわけにはいかない。イ・ソンヒにはキャロル・アルバムというシリーズ?があって、「冬の日のものがたり(겨울날의 이야기)」(1988年11月20日)に、この曲が収められている。随分しっとりした情緒ある歌い方だ。
(本ブログ関連:”雪が降る”)
(Youtubeに登録のKnightmareに感謝)
ソチ冬季オリンピック開会式
日本時間8日午前1時(現地7日午後8時)過ぎ、ロシアの黒海*沿岸都市ソチで、「第22回冬季オリンピック競技ソチ大会」が始まる。
(*) 「黒海」の名の由来について、Wikipediaによれば、黒海の深層で嫌気性バクテリアの発生する硫化水素と、水中の鉄イオンが結合して黒色の硫化鉄が発生したため、との説を紹介している。
早目にテレビの前に座っていたら、ストーブの温もりでいつのまにかうたた寝してしまっていた。開会式の実況放送を見過ごしたかと慌てたが・・・大丈夫、まだ間に合う・・・でも眠い。
全競技種目は、7競技98種目(内12は新種目)だそうだ・・・ところで、日本の出場競技は何種目?
今大会のメダル目標は、長野五輪(金5、銀1、銅4)を越えるとのこと。
(追記) うたた寝しつつ、開会式を見ながら
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・日本選手団は遅いなあ・・・うたた寝して見失ったのかと心配したら、最後に登場の主催国ロシア選手団の直前だった。そうか、ロシア語(キリル文字)で日本は、「Япония(Yaponiya)」となり、文字順で最終だ。お陰でちゃんと、日本選手たちの姿を見ることができたよ。
・開会式を飾るショーのなかで、歴史を象徴して、機関車を模したものが会場高くに登場したのを見たとき、なぜかセルゲイ・エセーニンの詩を思い返した。ソ連時代の始まりは、工業化であり、その象徴が国民大衆にとって機関車だったのだろう・・・馬を凌駕する速さとその力強さは、同時に不安さえ覚えたのかもしれない。
(本ブログ関連:”ロシア”、”ソ連”、”セルゲイ・エセーニン”)
(追記) うたた寝しつつ、開会式を見ながら
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・日本選手団は遅いなあ・・・うたた寝して見失ったのかと心配したら、最後に登場の主催国ロシア選手団の直前だった。そうか、ロシア語(キリル文字)で日本は、「Япония(Yaponiya)」となり、文字順で最終だ。お陰でちゃんと、日本選手たちの姿を見ることができたよ。
・開会式を飾るショーのなかで、歴史を象徴して、機関車を模したものが会場高くに登場したのを見たとき、なぜかセルゲイ・エセーニンの詩を思い返した。ソ連時代の始まりは、工業化であり、その象徴が国民大衆にとって機関車だったのだろう・・・馬を凌駕する速さとその力強さは、同時に不安さえ覚えたのかもしれない。
(本ブログ関連:”ロシア”、”ソ連”、”セルゲイ・エセーニン”)
2014年2月7日金曜日
雪かきスコップ
今日も寒さが緩む気配なく、寒気が顔を刺す。コートの襟首を閉じて冷気の侵入を防禦する。
どんよりとした空を怪しんで、DIYショップで雪かきスコップ(シャベル)*を購入した。柄(え)以外は、プラスティック製(刃先は金属で一部補強)のため軽く、雪降りの中での雪かき作業が軽便かもしれない。
(*)スコップとシャベルの違いについては、JISに定義されているようだ。
気象庁によれば明日8日に雪が積もりそうで、当地に「大雪注意報」(2月7日17時40分、気象庁予報部発表)が発令された。(抜粋)
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・東京都の注意警戒事項
東京地方では、大雪や空気の乾燥による火の取り扱いに注意してください。
・当地: [発表]大雪注意報
雪 注意期間 8日明け方から8日夕方にかけて以後も続く、24時間最大降雪量 15センチ
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さあ準備万端、雪よ!いつでも降って来い。というものの、明日8日の晩に、遅めの新年会を予定しているのだが・・・どうなることやら。
明日、大雪になったら、イ・ソンヒの「雪が降る(눈이 내리네)」(1988年)をブログに書こうかな。
2014年2月6日木曜日
春の七草
立春に入った矢先、雪に見舞われて寒い日が続く。週末にひと雪あるかも知れないという。積雪が心配で、スーパーの店頭に並んだ雪かき(スコップなど)が気になる・・・早めに購入すべきかどうか。
うっとおしかったストーブが、まだ役目を終わらない。とてもじゃないが春は暦の名ばかりだ。
旧暦で見れば、今日はまだ1月7日で寒いはずだ。昔は、この日に春の七草を食べたという。先日、このブログに(1/7)に七草粥についてメモして、春の息吹を期待したのに・・・まだ遠いな。
七十二候を書いたガイドブックに、春の七草を小寒の項に入れてあるのを見て、はたと気付いた。すべて旧暦のなかで考えれば順当だったのに、このブログでは新暦で節気を記して、旧暦で思いをはせるという、まことにまとまりの悪いことをしている。旧暦の言葉は、旧暦がおさまりよいというもの。
ところで、国立国会図書館のレファレンス協同データベースに、「七草粥を作るときに歌う歌を知りたい」の問いに対して、次のような回答がある。
「1月6日の夜、七草をまな板の上に載せて、包丁で刻むときに歌う歌で、地域によって歌詞は異なる。例えば、山梨県では、『唐土の鳥と日本の鳥と渡らぬ先に、あわせてこわせてバッタバッタ』と唱え、栃木では『七草なずな唐土の鳥と日本の鳥と渡らぬうちにすととんとんとんとん』、宮城では、『七草ただげ七草ただげ七草なずなとうどの鳥といなかの鳥と通らぬ先に七草ただげ』と唱える。」
<七草粥を作るときの歌>でいう七草とは、「春の七草」、「秋の七草」両方を指しているのだろうか・・・「唐土の鳥」と「日本の鳥」というように、渡りの<時期>に符合させているとイメージしてしまうが。
うっとおしかったストーブが、まだ役目を終わらない。とてもじゃないが春は暦の名ばかりだ。
旧暦で見れば、今日はまだ1月7日で寒いはずだ。昔は、この日に春の七草を食べたという。先日、このブログに(1/7)に七草粥についてメモして、春の息吹を期待したのに・・・まだ遠いな。
七十二候を書いたガイドブックに、春の七草を小寒の項に入れてあるのを見て、はたと気付いた。すべて旧暦のなかで考えれば順当だったのに、このブログでは新暦で節気を記して、旧暦で思いをはせるという、まことにまとまりの悪いことをしている。旧暦の言葉は、旧暦がおさまりよいというもの。
ところで、国立国会図書館のレファレンス協同データベースに、「七草粥を作るときに歌う歌を知りたい」の問いに対して、次のような回答がある。
「1月6日の夜、七草をまな板の上に載せて、包丁で刻むときに歌う歌で、地域によって歌詞は異なる。例えば、山梨県では、『唐土の鳥と日本の鳥と渡らぬ先に、あわせてこわせてバッタバッタ』と唱え、栃木では『七草なずな唐土の鳥と日本の鳥と渡らぬうちにすととんとんとんとん』、宮城では、『七草ただげ七草ただげ七草なずなとうどの鳥といなかの鳥と通らぬ先に七草ただげ』と唱える。」
<七草粥を作るときの歌>でいう七草とは、「春の七草」、「秋の七草」両方を指しているのだろうか・・・「唐土の鳥」と「日本の鳥」というように、渡りの<時期>に符合させているとイメージしてしまうが。
2014年2月5日水曜日
(予定)イ・ソンヒの2014コンサート・スケジュール
イ・ソンヒの公式ホームページを覗いたら、自由掲示板に、ファンからのコンサート・スケジュールの問い合わせに、4月予定と回答が記されている。
(回答者は、イ・ソンヒの(ファンによる)30周年記念事業推進委員会の方のよう)
さて、チケットをどうしよう。
(回答者は、イ・ソンヒの(ファンによる)30周年記念事業推進委員会の方のよう)
さて、チケットをどうしよう。
2014年2月4日火曜日
立春2014
春雨だ濡れていこう、といっても知られぬ時代になったのだろうか。無声映画を見たわけではないので、もしかしたら市川歌右衛門の映画のせりふだったのか・・・それとも、小雨の中を強気になって走り出した子どものころの掛け言葉だったのか。
(本ブログ関連:”立春2010”、”立春2012”、”立春2013”)
(追記) 立春に降雪
あるテキストを求めて書店を巡って、昨日は地元の2軒になく、今日は小雨が霙(みぞれ)に変わりつつあるなか近くの街に出かけて、ようやく2軒目で手に入れた。さて、地元駅に戻って、駅ホームから外を眺めると、絶え間なくベタ雪というかドカ雪が回転しながら落ちてきた。真っ白な空に、隙間がないようにさえ見えた。
雪降りはますます勢いづいた。この街を走るマイクロバスで帰宅したのは正解だった。降雪の気配はしばらく続いたが、陽の沈んだ外に改めて様子をうかがうと、路面に積雪はなく、ただ夕暮れの中に存在を示すように、わが家のポストの上にこんもり雪が残っていた。
昨日と打って変わって、一年の季節の始まりというに、小雨でひんやりしている。
(本ブログ関連:”立春2010”、”立春2012”、”立春2013”)
(追記) 立春に降雪
![]() |
| 栗林に降る雪 |
雪降りはますます勢いづいた。この街を走るマイクロバスで帰宅したのは正解だった。降雪の気配はしばらく続いたが、陽の沈んだ外に改めて様子をうかがうと、路面に積雪はなく、ただ夕暮れの中に存在を示すように、わが家のポストの上にこんもり雪が残っていた。
KBS WORLD「国楽の世界へ」 旧正月
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/29)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第41回として、「旧正月元旦(ソルラル、설날)」にまつわる話を紹介した。
まず、ある晦日、貧しさに溜息つく妻へ玄琴(コムンゴ)の音で慰めたという逸話を次のよう紹介された。
・新羅時代、慶州の狼山の麓、貧しくて繕(つくろ)った服を着た男がいた。村人は「百結(ペッキョル、백결)先生」*と呼んだ。家は貧しくとも、昔を慕い、常に玄琴を弾き、人生の喜怒哀楽を表現した。
(*)百結: KBS WORLD「韓国偉人伝-百結」参照
・大晦日に、近所から穀物を搗(つ)く「パンア(搗き、방아)ソリ(音、소리)」が聞こえて、ため息をつく妻に、百結先生は「人の生死はその命に関わるものであり、貧富は天の決断である。これに対してあがくことはできないのに、婦人はどうして心を痛めているのか?」と言い、玄琴で臼をひく音を再現して慰めた。この音楽が世に知られ、「碓樂(テアク、대악)」、または、「パンア打令(방아타령)」と呼ばれた。
▼ 霊山会想から玄琴演奏「下弦還入(하현도드리)」を聴く。ゆたりと風流に響く・・・そんな部分か。
次に、さまざまな旧正月の料理の品々を次のよう解説された。
・旧正月、家庭は名節料理の準備で慌しい。次のような元旦の詩がある。「牛肉を煮てのせ、白い餅も積み重ねる/年の暮れの豊かさだ/元旦に膏粱(こうりょう)珍味を腹いっぱい食べれば/一年中、空腹を感じることはない」。
・食物が十分でない時代、元旦に先祖を祭る大切な目的があり、料理を盛りつけて分かち合い、一年が豊かで実りあるよう祈願した。
・元旦の客に出すお節料理に「歲饌(세찬)膳(상)」がある。トックク(雑煮)に餃子などを準備し、「シッケ(식혜、甘酒)」や「スジョンクァ(수정과)」の飲み物に、果物や「ナバッキムチ(スープ状キムチ)」を添えた。本格的に宴には、さらに、もち米に栗やなつめなどを加えた飯である「ヤクシク」や、「トッポッキ」、肉を煮た料理の「ピョンユク(片肉)」、小麦粉に甘く味をつけ揚げた「ヤックァ」などの菓子類、さらにゆでた栗やしょうが、なつめなどで作った「スックァ(熟果)」などを並べた。
▼ ビナリ「祝願徳談(축원덕담)」を聴く。歌と打楽器で賑やかな・・・ともに祝いあう空気が伝わる。
・元旦の朝に飲む「屠蘇酒(トソジュ)」は、様々な薬草を入れて作り、冷たくして飲むと、悪い気運が去ると信じられた。屠蘇酒は一番若い人から、新しく一年を得るため先に飲み、年長者が歳月を失っていくため最後に飲むという。
▼ 「報念(보렴)」を聴く。祈り、地の香りして・・・今年もよい年でありますように。
まず、ある晦日、貧しさに溜息つく妻へ玄琴(コムンゴ)の音で慰めたという逸話を次のよう紹介された。
・新羅時代、慶州の狼山の麓、貧しくて繕(つくろ)った服を着た男がいた。村人は「百結(ペッキョル、백결)先生」*と呼んだ。家は貧しくとも、昔を慕い、常に玄琴を弾き、人生の喜怒哀楽を表現した。
(*)百結: KBS WORLD「韓国偉人伝-百結」参照
・大晦日に、近所から穀物を搗(つ)く「パンア(搗き、방아)ソリ(音、소리)」が聞こえて、ため息をつく妻に、百結先生は「人の生死はその命に関わるものであり、貧富は天の決断である。これに対してあがくことはできないのに、婦人はどうして心を痛めているのか?」と言い、玄琴で臼をひく音を再現して慰めた。この音楽が世に知られ、「碓樂(テアク、대악)」、または、「パンア打令(방아타령)」と呼ばれた。
▼ 霊山会想から玄琴演奏「下弦還入(하현도드리)」を聴く。ゆたりと風流に響く・・・そんな部分か。
次に、さまざまな旧正月の料理の品々を次のよう解説された。
・旧正月、家庭は名節料理の準備で慌しい。次のような元旦の詩がある。「牛肉を煮てのせ、白い餅も積み重ねる/年の暮れの豊かさだ/元旦に膏粱(こうりょう)珍味を腹いっぱい食べれば/一年中、空腹を感じることはない」。
・食物が十分でない時代、元旦に先祖を祭る大切な目的があり、料理を盛りつけて分かち合い、一年が豊かで実りあるよう祈願した。
・元旦の客に出すお節料理に「歲饌(세찬)膳(상)」がある。トックク(雑煮)に餃子などを準備し、「シッケ(식혜、甘酒)」や「スジョンクァ(수정과)」の飲み物に、果物や「ナバッキムチ(スープ状キムチ)」を添えた。本格的に宴には、さらに、もち米に栗やなつめなどを加えた飯である「ヤクシク」や、「トッポッキ」、肉を煮た料理の「ピョンユク(片肉)」、小麦粉に甘く味をつけ揚げた「ヤックァ」などの菓子類、さらにゆでた栗やしょうが、なつめなどで作った「スックァ(熟果)」などを並べた。
▼ ビナリ「祝願徳談(축원덕담)」を聴く。歌と打楽器で賑やかな・・・ともに祝いあう空気が伝わる。
・元旦の朝に飲む「屠蘇酒(トソジュ)」は、様々な薬草を入れて作り、冷たくして飲むと、悪い気運が去ると信じられた。屠蘇酒は一番若い人から、新しく一年を得るため先に飲み、年長者が歳月を失っていくため最後に飲むという。
▼ 「報念(보렴)」を聴く。祈り、地の香りして・・・今年もよい年でありますように。
2014年2月3日月曜日
(資料)イ・ソンヒのスター・ストーリー「12.統一のための触媒になりたい」
先日(2013/9/27)、「スポーツ韓国」の紙面(1991年3月8日~4月5日)に連載された「イ・ソンヒ27歳当時のスター・ストーリー」記事の目次を紹介したが、その最終回である第12回目をここに載せたい。感謝。
イ・ソンヒのファッションの特徴であるズボン着用の理由、結婚について、統一公演などについて知ることができた。
これまで掲載のスター・ストーリー(第1回~12回)を、ブログ画面左にある「ブログ本文&資料」に「●資料:이선희 Profile (自伝)」として、まとめて掲載する予定。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒ(27歳当時)の「スター・ストーリー」”、”資料:이선희 Profile”)
[12] 統一のための触媒になりたい
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・読者や視聴者が、私に対して最も気にかけられるのは「なぜズボンだけ着るのだろうか」と、「いつ嫁入りするのか」ということだ。
・ズボンだけこだわる理由は、中高時代に制服のスカートだけ着ていたらズボンが着たかったし、また、大学へ行って洋服にネクタイ姿に変えてみると、そんなに楽なことではなかったためだ。また、スカートは女性だけ着るものなので、化粧もしなければならないようだし、随所に装いもたくさんすべきなようで、ちっとやそっとのことで着ないことに決めたのだ。スカートよりはズボンが「自己防衛」にも良いようだったし。
・デビュー当初、「結婚はいつ頃になるか」という問いには、いつも「三十歳前です」と答えた。当時には、はるかに遠い未来の年齢だと感じた「30才」が、もうそろそろ目に見え始める。だが、私たちの年齢(数え年)で三十前まで結婚できないようだ。
・今年と来年には、「公人」としてすべきことが山のように前を遮っており、また、29才になれば大人がダブー視される、いわゆる「九数(九がつく年齢、人生の節目)」にひっかかることになるので、どうやらこうやら三十には皆さんに麺をもてなすこと(結婚式を挙げること)ができそうだ。
・私は、ある種責任意識を持っている。私を大切にしてくださった全ての方に、企業が利益を社会に還元するように、何かをお返ししなければならないという信念を持っていることだ。
・「私たちの願いは統一」のように、私は必ず北韓公演を成功させてみる。過去の東西ドイツの例を見ても、大衆文化交流は明らかに統一のための触媒として作用できると信じる。
・「つつじの花、菜の花ひとかかえ、胸に抱いてみればいつも夢見るよ。・・・一つになった愛で、自由と平和を思いっきり享受して生きる(懐かしい)その夢を・・・」、6集(1990年)に入っている「懐かしい国(그리운 나라)」*の一部である。
(*)本ブログ関連;”「懐かしい国」”
・つつじが春の園を刺繍する北方の地から、菜の花満開な南端の済州道まで、わだかまりなしに行き来することができるその日を描いて、私は公演のたびごとに必ず「懐かしい国」と「美しい江山」を切実な心境で歌っている。
・来る5月頃には、すでに作られ、統一を念願する多くの人々の口から口へ歌われている「愛の世界」(イ・コンサン作詞、キム・ジョンイル作曲)という歌を収めたレコードも出す予定だ。この歌はソ連のルドゥミルラ・ナムイの来韓公演でも歌われたし、テナー(歌手)のパク・インス教授も愛唱する曲だ。
・また「愛の世界」は、北韓にも知られているようだ。歌詞中の「開けよう・・・開け・・・」という小節を巡って、北側では「開け」を「開こう」に直そうと要求するという声も延辺自治区のある僑胞(海外在住韓国人)から聞いた。
・北韓公演は、来る9月の韓民族体育大会とほぼ同時に可能だと耳打ちして下さった関係者もおられる。公演関連の詳細は、私のマネジメントを担当している、ヘグァン企画で緻密に推進中だ。
・これまで、私が経験した27年を記録した貴重な紙面を快諾された日刊スポーツに心より感謝し、今後もこの新聞の芸能面を通じて、読者の皆さんになんどもお会いするのを希望する。
-----------------------------------------------------
(付記)
上記自伝(掲載1991年)の最後に語られたように同年9月に、イ・ソンヒの平壌公演は実現したのだろうかよく知らない。
現代峨山の報道資料(2003年9月25日)によれば、2003年10月6日に、平壌にある柳京鄭周永体育館(류경정주영체육관、12,500人)で開催される、南側の公演に歌手のイ・ソンヒ、ソル・ウンド、チョ・ヨンナム、声楽家のキム・ドンギュ、新世代グループの神話、ベイビー・ボックスの出演が予定される・・・。
彼女の公式ホームページに、この公演の記録は掲載されていない。(Youtubeに映像はあるが・・・)
ちなみに、チョー・ヨンピルは、2005年に同場所で単独コンサートを行っている。
イ・ソンヒのファッションの特徴であるズボン着用の理由、結婚について、統一公演などについて知ることができた。
これまで掲載のスター・ストーリー(第1回~12回)を、ブログ画面左にある「ブログ本文&資料」に「●資料:이선희 Profile (自伝)」として、まとめて掲載する予定。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒ(27歳当時)の「スター・ストーリー」”、”資料:이선희 Profile”)
[12] 統一のための触媒になりたい
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・読者や視聴者が、私に対して最も気にかけられるのは「なぜズボンだけ着るのだろうか」と、「いつ嫁入りするのか」ということだ。
・ズボンだけこだわる理由は、中高時代に制服のスカートだけ着ていたらズボンが着たかったし、また、大学へ行って洋服にネクタイ姿に変えてみると、そんなに楽なことではなかったためだ。また、スカートは女性だけ着るものなので、化粧もしなければならないようだし、随所に装いもたくさんすべきなようで、ちっとやそっとのことで着ないことに決めたのだ。スカートよりはズボンが「自己防衛」にも良いようだったし。
・デビュー当初、「結婚はいつ頃になるか」という問いには、いつも「三十歳前です」と答えた。当時には、はるかに遠い未来の年齢だと感じた「30才」が、もうそろそろ目に見え始める。だが、私たちの年齢(数え年)で三十前まで結婚できないようだ。
・今年と来年には、「公人」としてすべきことが山のように前を遮っており、また、29才になれば大人がダブー視される、いわゆる「九数(九がつく年齢、人生の節目)」にひっかかることになるので、どうやらこうやら三十には皆さんに麺をもてなすこと(結婚式を挙げること)ができそうだ。
・「私たちの願いは統一」のように、私は必ず北韓公演を成功させてみる。過去の東西ドイツの例を見ても、大衆文化交流は明らかに統一のための触媒として作用できると信じる。
・「つつじの花、菜の花ひとかかえ、胸に抱いてみればいつも夢見るよ。・・・一つになった愛で、自由と平和を思いっきり享受して生きる(懐かしい)その夢を・・・」、6集(1990年)に入っている「懐かしい国(그리운 나라)」*の一部である。
(*)本ブログ関連;”「懐かしい国」”
・つつじが春の園を刺繍する北方の地から、菜の花満開な南端の済州道まで、わだかまりなしに行き来することができるその日を描いて、私は公演のたびごとに必ず「懐かしい国」と「美しい江山」を切実な心境で歌っている。
・来る5月頃には、すでに作られ、統一を念願する多くの人々の口から口へ歌われている「愛の世界」(イ・コンサン作詞、キム・ジョンイル作曲)という歌を収めたレコードも出す予定だ。この歌はソ連のルドゥミルラ・ナムイの来韓公演でも歌われたし、テナー(歌手)のパク・インス教授も愛唱する曲だ。
・また「愛の世界」は、北韓にも知られているようだ。歌詞中の「開けよう・・・開け・・・」という小節を巡って、北側では「開け」を「開こう」に直そうと要求するという声も延辺自治区のある僑胞(海外在住韓国人)から聞いた。
・北韓公演は、来る9月の韓民族体育大会とほぼ同時に可能だと耳打ちして下さった関係者もおられる。公演関連の詳細は、私のマネジメントを担当している、ヘグァン企画で緻密に推進中だ。
・これまで、私が経験した27年を記録した貴重な紙面を快諾された日刊スポーツに心より感謝し、今後もこの新聞の芸能面を通じて、読者の皆さんになんどもお会いするのを希望する。
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(付記)
上記自伝(掲載1991年)の最後に語られたように同年9月に、イ・ソンヒの平壌公演は実現したのだろうかよく知らない。
現代峨山の報道資料(2003年9月25日)によれば、2003年10月6日に、平壌にある柳京鄭周永体育館(류경정주영체육관、12,500人)で開催される、南側の公演に歌手のイ・ソンヒ、ソル・ウンド、チョ・ヨンナム、声楽家のキム・ドンギュ、新世代グループの神話、ベイビー・ボックスの出演が予定される・・・。
彼女の公式ホームページに、この公演の記録は掲載されていない。(Youtubeに映像はあるが・・・)
ちなみに、チョー・ヨンピルは、2005年に同場所で単独コンサートを行っている。
2014年2月2日日曜日
「女性歌王」イ・ソンヒ・・・2月出撃
歌謡界の2月の動向を記すスターニュース記事(2/1、キル・ヘソン記者)は、「女性歌王」イ・ソンヒ・・・2月出撃として、次のように記している。抜粋。
いよいよ待望の、イ・ソンヒのアルバム15集を、今月遅くとも来月始めに入手可能とのこと。どんな内容なのか知りたい。あわせて、30周年のイベントについて時期や場所など詳細情報を今後得たい。
(本ブログ関連:”15集”、”●資料:이선희 Concert”)
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・(旧)正月の連休が終わる2月、多彩なスター級歌手たちが、歌謡界に同時出撃する予定で、すでに歌謡ファンをときめかせている。
・「女性歌王」の一人と評価されるイ・ソンヒは、早ければ2月の内に正規(アルバム)15集を出す予定だ。
・イ・ソンヒ側関係者は、1日のスターニュースに「イ・ソンヒは、現在の新しいアルバムの追い込み作業に心血を注いでいる」といいながら、「現在としては2月末、遅ければ3月初めに15集をリリースする計画」と伝えた。
・特に、今年はイ・ソンヒが歌手デビュー30周年を迎える年なので、彼女の新しいレコードに注がれる関心はより一層大きい。
・イ・ソンヒは、去る1984年、満二十歳の初々しい大学生時代、「Jへ」により第5回MBC「江辺歌謡祭」で大賞を獲得、シンドロームを起こしてデビューした。以後ずば抜けた歌唱力を前面に出して、「ああ、昔よ」、「秋の風」、「分かりたいです」、「ヨン(You)」、「愛が散るこの場所」、「私はいつもあなたを」、「ひとしきり笑いで」、「私の街」、「思い出のページをめくれば」などを次々大ヒットさせて、80年代と90年代初期を代表する女性歌手として地位を確立した。
・イ・ソンヒの音楽活動は以後も着実に続き、2005年発売した13集収録曲「因縁」は、(観客動員)1000万の興行映画「王の男」にも挿入*されて人気を独占した。2011年には、全国ツアーを盛況裏もまさに盛況裏のうちに終えた。
(*)映画「王の男」: 未見であるが、サウンドトラックとしては使われたわけではないという。
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いよいよ待望の、イ・ソンヒのアルバム15集を、今月遅くとも来月始めに入手可能とのこと。どんな内容なのか知りたい。あわせて、30周年のイベントについて時期や場所など詳細情報を今後得たい。
(本ブログ関連:”15集”、”●資料:이선희 Concert”)
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・(旧)正月の連休が終わる2月、多彩なスター級歌手たちが、歌謡界に同時出撃する予定で、すでに歌謡ファンをときめかせている。
・「女性歌王」の一人と評価されるイ・ソンヒは、早ければ2月の内に正規(アルバム)15集を出す予定だ。
・イ・ソンヒ側関係者は、1日のスターニュースに「イ・ソンヒは、現在の新しいアルバムの追い込み作業に心血を注いでいる」といいながら、「現在としては2月末、遅ければ3月初めに15集をリリースする計画」と伝えた。
・特に、今年はイ・ソンヒが歌手デビュー30周年を迎える年なので、彼女の新しいレコードに注がれる関心はより一層大きい。
・イ・ソンヒは、去る1984年、満二十歳の初々しい大学生時代、「Jへ」により第5回MBC「江辺歌謡祭」で大賞を獲得、シンドロームを起こしてデビューした。以後ずば抜けた歌唱力を前面に出して、「ああ、昔よ」、「秋の風」、「分かりたいです」、「ヨン(You)」、「愛が散るこの場所」、「私はいつもあなたを」、「ひとしきり笑いで」、「私の街」、「思い出のページをめくれば」などを次々大ヒットさせて、80年代と90年代初期を代表する女性歌手として地位を確立した。
・イ・ソンヒの音楽活動は以後も着実に続き、2005年発売した13集収録曲「因縁」は、(観客動員)1000万の興行映画「王の男」にも挿入*されて人気を独占した。2011年には、全国ツアーを盛況裏もまさに盛況裏のうちに終えた。
(*)映画「王の男」: 未見であるが、サウンドトラックとしては使われたわけではないという。
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2014年2月1日土曜日
(資料)50代と漢字
新聞記事を通じて韓国の世代論をフォローしているが、時代を決定する50代に差し掛かった世代およびその下の世代であるハングル世代(한글 세대)が、漢字との親和が乏しいという現状を、朝鮮日報の記事「名前さえ漢字で書けない韓国人」(2/1、(魚秀雄(オ・スウン)記者 , 兪碩在(ユ・ソクチェ)記者)は次のように報じている。抜粋。
イ・ソンヒが1984年「江辺歌謡祭」で大賞受賞を紹介する、京郷新聞(テレビ番組紙面)にある記事は(氏名を除き)ハングルばかりだが、タイトルや写真の見出し部分に「熱気」、「大賞」、「音楽」など漢字が見られる程度である。
ちなみに、イ・ソンヒの2005年の13集アルバムタイトルは漢字で「四春期」(思春期ではない!)で、2009年コンサートのタイトルに「招待」の漢字が使われた。「인연(インニョン、因縁)」以降、彼女のヒット曲に東洋的香りする旋律が織り込まれている。
(本ブログ関連:”50代”)
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・1970年に「ハングル専用政策」が始まってから44年。今や、小学校で漢字を学んでいない最初の世代は50代に差し掛かった。20-30代はもちろん、40代すらも漢字になじみがない時代になったということを意味する。
・スマートフォンやタブレットPCからは漢字の入力システムが姿を消し、ハングルだけで誤記された単語が、正しい表記として「定着」するケースも多い。
・成均館大学中文科のチョン・グァンジン教授は「漢字語は韓国語の語彙(ごい)の70%、学術用語の90%以上を占めている・・・
・仁済大学のチン・テハ碩座(せきざ)教授(寄付金によって研究活動を行えるよう大学の指定を受けた教授)は「漢字が多く使われている1980年代以前の本を大学生が全く読めないということは、韓国各地の大学図書館に所蔵されている資料の90%以上が、そのまま死蔵されるということを意味する・・・
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イ・ソンヒが1984年「江辺歌謡祭」で大賞受賞を紹介する、京郷新聞(テレビ番組紙面)にある記事は(氏名を除き)ハングルばかりだが、タイトルや写真の見出し部分に「熱気」、「大賞」、「音楽」など漢字が見られる程度である。
ちなみに、イ・ソンヒの2005年の13集アルバムタイトルは漢字で「四春期」(思春期ではない!)で、2009年コンサートのタイトルに「招待」の漢字が使われた。「인연(インニョン、因縁)」以降、彼女のヒット曲に東洋的香りする旋律が織り込まれている。
(本ブログ関連:”50代”)
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・1970年に「ハングル専用政策」が始まってから44年。今や、小学校で漢字を学んでいない最初の世代は50代に差し掛かった。20-30代はもちろん、40代すらも漢字になじみがない時代になったということを意味する。
・スマートフォンやタブレットPCからは漢字の入力システムが姿を消し、ハングルだけで誤記された単語が、正しい表記として「定着」するケースも多い。
・成均館大学中文科のチョン・グァンジン教授は「漢字語は韓国語の語彙(ごい)の70%、学術用語の90%以上を占めている・・・
・仁済大学のチン・テハ碩座(せきざ)教授(寄付金によって研究活動を行えるよう大学の指定を受けた教授)は「漢字が多く使われている1980年代以前の本を大学生が全く読めないということは、韓国各地の大学図書館に所蔵されている資料の90%以上が、そのまま死蔵されるということを意味する・・・
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2014年1月31日金曜日
旧正月
今日で1月が終わり、あっという間に今年の12分の1を食ってしまった。時が過ぎるのを、消化に例えるとあっけない。まるで食いちぎったように消え去ってしまったよ。
太陽暦の西暦2014年の元旦に、まさに新年を迎えたつもりでいたし、新しい空気を感じたが、旧暦でみれば昨年の12月1日でしかなかった・・・けれど。そして今日、やっと旧暦の新年である旧正月を迎えた。
今日、旧暦ながら新年の香りを探したが何にもない。きわめて淡々と日常が終わった。五感に訴えるような変化を感じない。街には平日しかなかった・・・当たり前だ。
旧暦の正月行事など当然ないけれど、日常に探すと、このところストーブがうっとおしくなってきたかな。そして、日没が徐々に遅くなっているのに気付く。気候に小さな変化を見つけることができる。
寒中に感じる正月がよいか、それとも寒暖の緩みに感じる正月がよいか。まっ、どっちでもいいけれど。
それよりも、このところ、日めくりカレンダーの日めくり作業がルーズになってきたなあ。3日分まとめてはがすなんてこともある・・・カレンダーが目の前にあっても気にもならないなんて。
太陽暦の西暦2014年の元旦に、まさに新年を迎えたつもりでいたし、新しい空気を感じたが、旧暦でみれば昨年の12月1日でしかなかった・・・けれど。そして今日、やっと旧暦の新年である旧正月を迎えた。
今日、旧暦ながら新年の香りを探したが何にもない。きわめて淡々と日常が終わった。五感に訴えるような変化を感じない。街には平日しかなかった・・・当たり前だ。
旧暦の正月行事など当然ないけれど、日常に探すと、このところストーブがうっとおしくなってきたかな。そして、日没が徐々に遅くなっているのに気付く。気候に小さな変化を見つけることができる。
寒中に感じる正月がよいか、それとも寒暖の緩みに感じる正月がよいか。まっ、どっちでもいいけれど。
それよりも、このところ、日めくりカレンダーの日めくり作業がルーズになってきたなあ。3日分まとめてはがすなんてこともある・・・カレンダーが目の前にあっても気にもならないなんて。
2014年1月30日木曜日
STAP細胞って?
STAPって、SMAPじゃないよね・・・そんなわけはない。凄い発見だそうで、同じ「命」とか「細胞」を持っているだけに、何となく分かったような気がしてくるが、本当はよくわからない。いっそ、素粒子のような世界なら、ただ受身一方でうなずくだけで済むのに。
今回の発見は、生命科学を究めるのにつながるだけでなく、医療分野への適用もあって、マスコミが大騒ぎして、わかったような気にしてくれるのはありがたい。
発見者のいうように、「数十年後、百年後」を見据えた長期的な視野の研究で、将来が期待される。それまで待っていよう・・・私の命では間に合わないって?・・・それも、いいじゃないですか。
研究リーダーの小保方(おぼかた)晴子さんは、何と30歳という若い女性だ。テレビで見る彼女は、率直な物言いでしっかりしているのだろうけど、どこかお嬢さんのような純な感じもする。可愛らしいね。
研究室は、全員が女性だそうで、壁色にいろいろあり、童話の「ムーミン」のキャラクターたちが描かれている。おまけに、ペットに亀のスッポンまで飼っているという。
うれしいことに、彼女の研究スタイルは、いわゆる白衣ではなくて、お祖母さんからの由来の「かっぽう着」だ・・・ますます、おじさんファンが増えるというもの。うれしいね。
それにしても、かつて彼女の論文を酷評した「Nature」誌の評者(論文審査員?)の面々は、今ごろ赤面していることだろう・・・と、どこか溜飲下げたように気になるが、結局はよく分からない。Natureさんにも、ごめんなさい。
すぐに科学雑誌「Newton」で特集が組まれることだろう。iPS細胞、STAP細胞など、比較した分かり易い絵解きを見よう、そしてその気になろう。楽しみだ。
今回の発見は、生命科学を究めるのにつながるだけでなく、医療分野への適用もあって、マスコミが大騒ぎして、わかったような気にしてくれるのはありがたい。
発見者のいうように、「数十年後、百年後」を見据えた長期的な視野の研究で、将来が期待される。それまで待っていよう・・・私の命では間に合わないって?・・・それも、いいじゃないですか。
研究リーダーの小保方(おぼかた)晴子さんは、何と30歳という若い女性だ。テレビで見る彼女は、率直な物言いでしっかりしているのだろうけど、どこかお嬢さんのような純な感じもする。可愛らしいね。
研究室は、全員が女性だそうで、壁色にいろいろあり、童話の「ムーミン」のキャラクターたちが描かれている。おまけに、ペットに亀のスッポンまで飼っているという。
うれしいことに、彼女の研究スタイルは、いわゆる白衣ではなくて、お祖母さんからの由来の「かっぽう着」だ・・・ますます、おじさんファンが増えるというもの。うれしいね。
それにしても、かつて彼女の論文を酷評した「Nature」誌の評者(論文審査員?)の面々は、今ごろ赤面していることだろう・・・と、どこか溜飲下げたように気になるが、結局はよく分からない。Natureさんにも、ごめんなさい。
すぐに科学雑誌「Newton」で特集が組まれることだろう。iPS細胞、STAP細胞など、比較した分かり易い絵解きを見よう、そしてその気になろう。楽しみだ。
イ・ソンヒの「思い出のページをめくれば」
イ・ソンヒの、6集所収の「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기면)」(1990年)の映像はネット上で数々見てきたが、秋の枯葉が敷き詰められた木々の下で彼女が歌う珍しいビデオがYoutubeに登録されている。やわらかな西陽に照らされながら、いかにも彼女らしいズボン・スタイルで、樹間を歌い逍遥する。音量がやや小さいが、それを次に埋め込む。
(本ブログ関連:”Youtubeでイ・ソンヒを見たという友に返信”、”イ・ソンヒの「思い出のページをめくれば」”)
Youtubeに記載の<概要>によれば、MBCテレビの音楽番組「土曜日土曜日は楽しくて(토요일 토요일은 즐거워)」(357回、1993年8月21日)のもので、画面表示に、撮影場所は、ソウル市北東にある京畿道抱川市に位置する「光陵樹木園(광릉수목원)」(現「国立樹木園(국립수목원)」)としている。撮影は1990年10月、ちなみに6集アルバムは同年8月20日リリースしている。
(登録者:MBCfestival)
(本ブログ関連:”Youtubeでイ・ソンヒを見たという友に返信”、”イ・ソンヒの「思い出のページをめくれば」”)
Youtubeに記載の<概要>によれば、MBCテレビの音楽番組「土曜日土曜日は楽しくて(토요일 토요일은 즐거워)」(357回、1993年8月21日)のもので、画面表示に、撮影場所は、ソウル市北東にある京畿道抱川市に位置する「光陵樹木園(광릉수목원)」(現「国立樹木園(국립수목원)」)としている。撮影は1990年10月、ちなみに6集アルバムは同年8月20日リリースしている。
(登録者:MBCfestival)
2014年1月29日水曜日
(資料)イ・ソンヒのスター・ストーリー「11.私の華麗な事件」
先日(2013/9/27)、「スポーツ韓国」の紙面(1991年3月8日~4月5日)に連載された「イ・ソンヒ27歳当時のスター・ストーリー」記事の目次を紹介したが、その第11回目をここに載せたい。感謝。
イ・ソンヒの、音楽以外の側面での慈善活動や、詞に政治的なテーマと取り組む試行など、あるいは彼女のファン層について知ることができた。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒ(27歳当時)の「スター・ストーリー」”、”資料:이선희 Profile”)
[11] 私の華麗な事件
-----------------------------------------------------
時折、このような質問をする人がいる。「同じ歌、何度も歌ってたらウンザリしない?」
そのような問いに触れると本当にあきれる。私は、私が好む歌をその時その時の気持ちと舞台の雰囲気に合わせて歌うことがとても楽しくて、その独特の雰囲気を「満喫」しているからだ。
「炎のように(불꽃처럼)」のようなダンスミュージック風の歌も入っているが、ポップ・バラードが中心である5集アルバム(1989年)は、私が歌手デビュー後、ぴったり5年ぶりに出た。このアルバムの最高人気曲は「私の街(나의 거리)」。放送とDJ人気チャートで、2ヶ月以上頂上に留まった歌だ。
5集で格別に愛着がある曲は、「五月の陽射し」である。「5月の光州の英霊」*たちを考えて、私が歌詩を書いた。少なくとも、国民の愛(支持)を受ける歌手ならば、私たちの社会の痛みに「他人任せ」していることはできないと思った。この歌は、大学街のデモの時も「愛唱」されたし、光州のローカル放送では10週連続1位に留まったりもした。だが、一つ物足りなさは残る。私が直接行ってみた光州を素材で映像ビデオを製作しようとしたが、色々な理由で失敗に終わってしまった苦々しい記憶のためだ。**
(*)5月の光州の英霊: 1980年5月の光州事件参照
(**)イ・ソンヒは、善意から政治に関わった経緯があるが振幅もあって、現在は遠ざかっているようだ。
1989年6月には、香港3MGレコード社で「これがオリジナルソングだ」*というディスクが出た。ホイットニー・.ヒューストンなどそうそうたる歌手10人が、自身のヒット曲を収録したアルバムだ。アジアでは私が「代表選手」に選ばれたけれど、チョー・ヨンピル先輩が抜けたという事実が、当時にはちょっと面食らってしまった。
(*)「これがオリジナルソングだ」: 企画アルバムのようだが詳細不明(ジャケット写真:感謝)
しばしば、イ・ソンヒのファンは少女層が大部分であると知られているが、それは事実と違う。1990年7月のある世論調査結果を見ると、男子大学生の24%、女子大生の15%が私を「最も好きな歌手」と挙げたのだ。その調査で、男性歌手ではチョン・テチュン氏が1位であり、私は女性歌手の中で人気1位だった。
(人気)数字だけ次々並べて見ると、ちょっと目まぐるしい気がする。とにかく、私のレコードは男性がたくさん探して、カセットは女性ファンがたくさん買ったそうだ。職場の趣味サークルの内では、男性中心の同好者の集いで私をよく招待する方だ。
昨年の春(1990年4月)、ミュージカルに出演したことがある。世宗文化会館で幕を上げた「オズの魔法使い」の主人公「ドロシー」役だった。ドロシー役は、米国ではダイアナ・ロスが引き受けたとか。とても手に余る舞台であった。
スカートを着て靴をはいたまま、幕間ごとに明かりの消えた舞台裏を飛び回ったら、台詞をいうたびに息があがってフウフウしなければならなかった。また、緊張の連続だったので、体と心が別々に動いた感がなくはない。気球に乗って帰宅する最後の場面では、靴のかかとに装着された豆電球に点灯しなくて慌てたりもした。確かにかかとをぶつければ明かりが「パッ」と入ってくることになっていたが・・・分かってみれば、あちらこちら暴れる(?) 間に、つながれた電線が切れてしまったのだ。
何も知らずに飛びまわったミュージカルを通じて、私は多くのことを悟った。中学2年生だった末っ子の弟(妹?)*が生まれて初めて私の姿を見に公演会場にきて、また非常に不思議に思った。漫画の映画やビデオでは味わうことが出来なかった夢と希望を感じたと言った。「ずっと大きな」子がそうなのだから、まして子供たちが・・・
(*)イ・ソンヒは長女で、弟とさらに2人のきょうだい(男?女?)がいる。
公演練習のために、放送出演など私の「生業」が支障をきたすことになって、公演後遺症で病んで横になることが心配だけれども、私は今春にもミュージカル「ピーター・パン」に出演する。ズボンではないが、草色のタイツを着た万年少年のピーター・パンの役に。
体が「パキムチ(葱キムチ)」*になれば、いいのだが。私には、万病に効く、薬のような参鶏湯(サムゲタン)一杯あれば軽く「元気回復」するのを・・・
(*)葱キムチ: 疲労回復に効能があると、ネット上に記述ある。
ミュージカルにすっぽりはまってみると欲が出る。子どもと青少年に夢と希望をあたえる専用の文化空間をたてたいのだ。それで、今でも日本や米国など外国の資料をこまめに集めている。合わせて、誰かが「コンチュイ・パッチュイ」*など、私たちの話をミュージカルで脚色してくださるように祈る。
(*)忘れ形見の娘コンチュイが継母とその娘パッチュイにいじめられるが幸せをつかむ。(シンデレラと似る)
また、学生家長と進学できない不遇な青少年のための奨学財団の設立も着々進行中だ。隠れてしようとしたことなのに、つい言論(マスコミ)に「見つけられて」'しまった。全国から多くの方々が寄付を送ってくださるが、ほとんど送り返している。例外は、ぴったり二件、①同じことなら障害者も助けようと直接お金を持って訪ねてこられたある障害者の寄付と、②自身も豊かではないスーパーマーケット女性従業員が寄託された「大金」の百万ウォンは、お二方の勢いがあまりにも「みなぎ」って、どうにもならなく「受付」してしまったのだ。
昨年秋(1990年10月)には、カナダのモントリオール室内管弦楽団と共演した。あの「敷居の高い」世宗文化会館大講堂で。その楽団が著名な外国クラシックオーケストラではなかったとしたら、私一人で世宗文化会館の舞台に立つということが可能だったのだろうか? ほろ苦い。また、私が望んだことは、外国楽団でない私たちのオーケストラであった。しかしながら、伴奏はできないというのだから、私だってどうすることができようか。
昨年の春(1990年4月)には詩集も出版して、詩朗唱会も持った。「去る者だけが愛を夢見ることができる(떠나는 자만이 사랑을 꿈 꿀 수 있다)」という自作詩集であるが、大型書店のベストセラー詩集部門1位に上がったりした。元老詩人の趙炳華(チョ・ビョンファ、조병화)先生は「きれいな露をうける小さい野草のような詩・・・繊細で愛らしい詩語・・・」と過分な評をしくださったりもした。
だが、詩をもって、話したい言葉を全て語ることが少し難しかったので、今年の末か来年の初め頃、私の考え、私の生活を書いたエッセイ集*を出そうと思う。
(*)エッセイ集: 未確認
昨年の初冬には、哲学者金容沃(김용옥)教授と東国大講堂で「デュエット」で歌ったことがある。曲目は「美しい江山」、金教授の招待で行われた突然この日舞台は、私の歌が主でなく、東洋哲学の講義が目的だったが、教授は「芸術はすべからく大衆と近づかなければならない」という信念で、私を講壇上に呼び出したのだった。金教授はまた、私にまるで詩のようでもあって、幽玄な哲学のようでもある歌詞を二編もくださった。
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イ・ソンヒの、音楽以外の側面での慈善活動や、詞に政治的なテーマと取り組む試行など、あるいは彼女のファン層について知ることができた。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒ(27歳当時)の「スター・ストーリー」”、”資料:이선희 Profile”)
[11] 私の華麗な事件
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時折、このような質問をする人がいる。「同じ歌、何度も歌ってたらウンザリしない?」
そのような問いに触れると本当にあきれる。私は、私が好む歌をその時その時の気持ちと舞台の雰囲気に合わせて歌うことがとても楽しくて、その独特の雰囲気を「満喫」しているからだ。
「炎のように(불꽃처럼)」のようなダンスミュージック風の歌も入っているが、ポップ・バラードが中心である5集アルバム(1989年)は、私が歌手デビュー後、ぴったり5年ぶりに出た。このアルバムの最高人気曲は「私の街(나의 거리)」。放送とDJ人気チャートで、2ヶ月以上頂上に留まった歌だ。
5集で格別に愛着がある曲は、「五月の陽射し」である。「5月の光州の英霊」*たちを考えて、私が歌詩を書いた。少なくとも、国民の愛(支持)を受ける歌手ならば、私たちの社会の痛みに「他人任せ」していることはできないと思った。この歌は、大学街のデモの時も「愛唱」されたし、光州のローカル放送では10週連続1位に留まったりもした。だが、一つ物足りなさは残る。私が直接行ってみた光州を素材で映像ビデオを製作しようとしたが、色々な理由で失敗に終わってしまった苦々しい記憶のためだ。**
(*)5月の光州の英霊: 1980年5月の光州事件参照
(**)イ・ソンヒは、善意から政治に関わった経緯があるが振幅もあって、現在は遠ざかっているようだ。
1989年6月には、香港3MGレコード社で「これがオリジナルソングだ」*というディスクが出た。ホイットニー・.ヒューストンなどそうそうたる歌手10人が、自身のヒット曲を収録したアルバムだ。アジアでは私が「代表選手」に選ばれたけれど、チョー・ヨンピル先輩が抜けたという事実が、当時にはちょっと面食らってしまった。
(*)「これがオリジナルソングだ」: 企画アルバムのようだが詳細不明(ジャケット写真:感謝)
しばしば、イ・ソンヒのファンは少女層が大部分であると知られているが、それは事実と違う。1990年7月のある世論調査結果を見ると、男子大学生の24%、女子大生の15%が私を「最も好きな歌手」と挙げたのだ。その調査で、男性歌手ではチョン・テチュン氏が1位であり、私は女性歌手の中で人気1位だった。
(人気)数字だけ次々並べて見ると、ちょっと目まぐるしい気がする。とにかく、私のレコードは男性がたくさん探して、カセットは女性ファンがたくさん買ったそうだ。職場の趣味サークルの内では、男性中心の同好者の集いで私をよく招待する方だ。
昨年の春(1990年4月)、ミュージカルに出演したことがある。世宗文化会館で幕を上げた「オズの魔法使い」の主人公「ドロシー」役だった。ドロシー役は、米国ではダイアナ・ロスが引き受けたとか。とても手に余る舞台であった。
スカートを着て靴をはいたまま、幕間ごとに明かりの消えた舞台裏を飛び回ったら、台詞をいうたびに息があがってフウフウしなければならなかった。また、緊張の連続だったので、体と心が別々に動いた感がなくはない。気球に乗って帰宅する最後の場面では、靴のかかとに装着された豆電球に点灯しなくて慌てたりもした。確かにかかとをぶつければ明かりが「パッ」と入ってくることになっていたが・・・分かってみれば、あちらこちら暴れる(?) 間に、つながれた電線が切れてしまったのだ。
何も知らずに飛びまわったミュージカルを通じて、私は多くのことを悟った。中学2年生だった末っ子の弟(妹?)*が生まれて初めて私の姿を見に公演会場にきて、また非常に不思議に思った。漫画の映画やビデオでは味わうことが出来なかった夢と希望を感じたと言った。「ずっと大きな」子がそうなのだから、まして子供たちが・・・
(*)イ・ソンヒは長女で、弟とさらに2人のきょうだい(男?女?)がいる。
公演練習のために、放送出演など私の「生業」が支障をきたすことになって、公演後遺症で病んで横になることが心配だけれども、私は今春にもミュージカル「ピーター・パン」に出演する。ズボンではないが、草色のタイツを着た万年少年のピーター・パンの役に。
体が「パキムチ(葱キムチ)」*になれば、いいのだが。私には、万病に効く、薬のような参鶏湯(サムゲタン)一杯あれば軽く「元気回復」するのを・・・
(*)葱キムチ: 疲労回復に効能があると、ネット上に記述ある。
ミュージカルにすっぽりはまってみると欲が出る。子どもと青少年に夢と希望をあたえる専用の文化空間をたてたいのだ。それで、今でも日本や米国など外国の資料をこまめに集めている。合わせて、誰かが「コンチュイ・パッチュイ」*など、私たちの話をミュージカルで脚色してくださるように祈る。
(*)忘れ形見の娘コンチュイが継母とその娘パッチュイにいじめられるが幸せをつかむ。(シンデレラと似る)
また、学生家長と進学できない不遇な青少年のための奨学財団の設立も着々進行中だ。隠れてしようとしたことなのに、つい言論(マスコミ)に「見つけられて」'しまった。全国から多くの方々が寄付を送ってくださるが、ほとんど送り返している。例外は、ぴったり二件、①同じことなら障害者も助けようと直接お金を持って訪ねてこられたある障害者の寄付と、②自身も豊かではないスーパーマーケット女性従業員が寄託された「大金」の百万ウォンは、お二方の勢いがあまりにも「みなぎ」って、どうにもならなく「受付」してしまったのだ。
昨年秋(1990年10月)には、カナダのモントリオール室内管弦楽団と共演した。あの「敷居の高い」世宗文化会館大講堂で。その楽団が著名な外国クラシックオーケストラではなかったとしたら、私一人で世宗文化会館の舞台に立つということが可能だったのだろうか? ほろ苦い。また、私が望んだことは、外国楽団でない私たちのオーケストラであった。しかしながら、伴奏はできないというのだから、私だってどうすることができようか。
昨年の春(1990年4月)には詩集も出版して、詩朗唱会も持った。「去る者だけが愛を夢見ることができる(떠나는 자만이 사랑을 꿈 꿀 수 있다)」という自作詩集であるが、大型書店のベストセラー詩集部門1位に上がったりした。元老詩人の趙炳華(チョ・ビョンファ、조병화)先生は「きれいな露をうける小さい野草のような詩・・・繊細で愛らしい詩語・・・」と過分な評をしくださったりもした。
だが、詩をもって、話したい言葉を全て語ることが少し難しかったので、今年の末か来年の初め頃、私の考え、私の生活を書いたエッセイ集*を出そうと思う。
(*)エッセイ集: 未確認
昨年の初冬には、哲学者金容沃(김용옥)教授と東国大講堂で「デュエット」で歌ったことがある。曲目は「美しい江山」、金教授の招待で行われた突然この日舞台は、私の歌が主でなく、東洋哲学の講義が目的だったが、教授は「芸術はすべからく大衆と近づかなければならない」という信念で、私を講壇上に呼び出したのだった。金教授はまた、私にまるで詩のようでもあって、幽玄な哲学のようでもある歌詞を二編もくださった。
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2014年1月28日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 鷹狩り
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/22)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第40回として、「鷹狩り(매사냥)」にまつわる話を紹介した。
まず始めに雉猟に関わる諺について次のような紹介から始まった。
・諺に「雉の代わりに鶏(꿩 대신 닭)」がある。同様に「歯がなければ歯茎で(이가 없으면 잇몸으로)」もあって、必要な物がなければ他で代替する意だ。昔、餅の雑煮(トックク)に雉肉(現在は牛肉)を入れた。農耕社会で不可欠な牛肉を食べるのは難しく、雉肉は味もよく、また天からの使者として縁起よい鳥とされた。そこで新年を迎えて雉肉を食し、天の気運を頂く思いがあったが、捕えるのが難しい雉の代わりに鶏を使った。
・そうした風習から、旧正月目前に、雉を捕まえに寒い山に入る者が大勢いた。このときの猟師の猟法が鷹狩りだった。
▼ 「雌雉打令(カトゥリタリョン、까투리타령)」を聴く。雉の鳴声に似てかまびすしく・・・山々巡る。
・この「雌雉打令」のカトリ(까투리)は雌雉を表し、羽の美しい雄雉はチャンキ(장끼)という。
次に鷹狩りに使う鳥の種類や鷹狩りの伝統について次のように解説された。
・鷹が狩るので鷹狩りという。鷹狩りに、まだ飛べぬ幼鳥から手なずけるため「大鷹(オオタカ)」か「隼(ハヤブサ)」がよいとされる。①大鷹はスピードが速く、獲物に急降下して捕まえる。鋭い嘴(くちばし)で獲物を一撃して即死させる。②隼は鋭い爪で獲物の喉笛を襲い窒息させたり、嘴で胸元を突刺す。強い鳥で空の帝王ともいう。羽の抜け変わる前の幼隼を「ボラメ」という。
・鷹狩りに手なずけた鷹を「スジニ」といい、最初の1年ほどを「チョジニ」、2年過ぎて「チェジニ」、3年ほどで「サムジニ」と呼び方を変える。勇猛で素早いチョジニが狩りに最も適している。猟師が「ウーウー」と言って森の木を揺さぶると、隠れていた雉が飛び出したのを逃さず、綱を解かれた鷹は雉めがけて飛んでいく。
▼ 「南原山城(ナムォンサンソン、남원산성)」を聴く。・・・以前聴いた陽気な歌だが、鳥の美しさ?
・狩に使う鷹の尾の飾りつけを「ペジッチェ」と呼ぶ。飾りに、飼主の名を書いた「シチミ」と、鈴が付けられる。鷹が捕えた雉肉を引裂くとき鈴が鳴る、あるいは鷹を見失っても、この音で居場所を知ることができる。
・鷹狩りは古くから楽しまれたが、百済の法(ポプ、법)王は、仏教信仰から殺傷を禁止し、狩猟用の鷹全ての解放を命じた。一方、高麗のとき、鷹を訓練させ狩専門の官庁「ウンバン」が作られた。現在、鷹狩りを楽しむ人は少ないが、伝統は受け継がれている。2010年に、モンゴル、スペイン、アラブ首長国連邦など、11カ国共同で、ユネスコ人類無形遺産に登録された。
▼ 伽倻琴(カヤグム)演奏による「Flying bird」を聴く。・・・天空を軽快に泳ぎ漂うよう、今様である。
まず始めに雉猟に関わる諺について次のような紹介から始まった。
・諺に「雉の代わりに鶏(꿩 대신 닭)」がある。同様に「歯がなければ歯茎で(이가 없으면 잇몸으로)」もあって、必要な物がなければ他で代替する意だ。昔、餅の雑煮(トックク)に雉肉(現在は牛肉)を入れた。農耕社会で不可欠な牛肉を食べるのは難しく、雉肉は味もよく、また天からの使者として縁起よい鳥とされた。そこで新年を迎えて雉肉を食し、天の気運を頂く思いがあったが、捕えるのが難しい雉の代わりに鶏を使った。
・そうした風習から、旧正月目前に、雉を捕まえに寒い山に入る者が大勢いた。このときの猟師の猟法が鷹狩りだった。
▼ 「雌雉打令(カトゥリタリョン、까투리타령)」を聴く。雉の鳴声に似てかまびすしく・・・山々巡る。
・この「雌雉打令」のカトリ(까투리)は雌雉を表し、羽の美しい雄雉はチャンキ(장끼)という。
次に鷹狩りに使う鳥の種類や鷹狩りの伝統について次のように解説された。
・鷹が狩るので鷹狩りという。鷹狩りに、まだ飛べぬ幼鳥から手なずけるため「大鷹(オオタカ)」か「隼(ハヤブサ)」がよいとされる。①大鷹はスピードが速く、獲物に急降下して捕まえる。鋭い嘴(くちばし)で獲物を一撃して即死させる。②隼は鋭い爪で獲物の喉笛を襲い窒息させたり、嘴で胸元を突刺す。強い鳥で空の帝王ともいう。羽の抜け変わる前の幼隼を「ボラメ」という。
・鷹狩りに手なずけた鷹を「スジニ」といい、最初の1年ほどを「チョジニ」、2年過ぎて「チェジニ」、3年ほどで「サムジニ」と呼び方を変える。勇猛で素早いチョジニが狩りに最も適している。猟師が「ウーウー」と言って森の木を揺さぶると、隠れていた雉が飛び出したのを逃さず、綱を解かれた鷹は雉めがけて飛んでいく。
▼ 「南原山城(ナムォンサンソン、남원산성)」を聴く。・・・以前聴いた陽気な歌だが、鳥の美しさ?
・狩に使う鷹の尾の飾りつけを「ペジッチェ」と呼ぶ。飾りに、飼主の名を書いた「シチミ」と、鈴が付けられる。鷹が捕えた雉肉を引裂くとき鈴が鳴る、あるいは鷹を見失っても、この音で居場所を知ることができる。
・鷹狩りは古くから楽しまれたが、百済の法(ポプ、법)王は、仏教信仰から殺傷を禁止し、狩猟用の鷹全ての解放を命じた。一方、高麗のとき、鷹を訓練させ狩専門の官庁「ウンバン」が作られた。現在、鷹狩りを楽しむ人は少ないが、伝統は受け継がれている。2010年に、モンゴル、スペイン、アラブ首長国連邦など、11カ国共同で、ユネスコ人類無形遺産に登録された。
▼ 伽倻琴(カヤグム)演奏による「Flying bird」を聴く。・・・天空を軽快に泳ぎ漂うよう、今様である。
2014年1月27日月曜日
鉱物採集では落ち木を杖にする
寒い季節のこのごろ、負荷のかかる運動といえば、毎週の健康体操と、ほぼ毎月の鉱物採集くらいしかない。そんなわけで、たまに体を動かすと、その翌日以降にジワジワと筋肉痛になる。若い頃は、このくらいの運動なら平気だった・・・のに。
昨日、鉱物採集に行った錫高野の入り口にある小さな山越えと、採集場所の沢を上がり降りしたくらいだが、今日の夕方には「ひざ」と「ふくらはぎ」が筋肉痛するが・・・。
以前は、足腰が弱まってきているのに、鉱物採集の山歩きを痩せ我慢していた。この頃は、落ち木をひろって杖代わりにするようにしている。落ち木の杖を使うと、岩の沢や急坂を登り降りするとき安定感が増す。第三の足が加わって、ふらつくことも少なくなる・・・もちろん、落ち木の杖に頼り切るのは危険と承知している。
だいぶ前のこと、幅は狭いが水流の激しい沢にかかった丸太橋を渡ったことがある。橋の長さは2m位い、太い丸木一本だけなのだ。石仲間はそれをスイスイと渡りきる。私は沢の近場に落ちていた木を探して、杖代わりにした。丸太橋を横歩きして、落ち木の杖を流れに刺して、3点で体を支えながら渡った。
最近は杖を使う習慣がついてきて、鉱物採集の山に入るときは、まず落ち木の杖を探す。
昨日、鉱物採集に行った錫高野の入り口にある小さな山越えと、採集場所の沢を上がり降りしたくらいだが、今日の夕方には「ひざ」と「ふくらはぎ」が筋肉痛するが・・・。
以前は、足腰が弱まってきているのに、鉱物採集の山歩きを痩せ我慢していた。この頃は、落ち木をひろって杖代わりにするようにしている。落ち木の杖を使うと、岩の沢や急坂を登り降りするとき安定感が増す。第三の足が加わって、ふらつくことも少なくなる・・・もちろん、落ち木の杖に頼り切るのは危険と承知している。
だいぶ前のこと、幅は狭いが水流の激しい沢にかかった丸太橋を渡ったことがある。橋の長さは2m位い、太い丸木一本だけなのだ。石仲間はそれをスイスイと渡りきる。私は沢の近場に落ちていた木を探して、杖代わりにした。丸太橋を横歩きして、落ち木の杖を流れに刺して、3点で体を支えながら渡った。
最近は杖を使う習慣がついてきて、鉱物採集の山に入るときは、まず落ち木の杖を探す。
2014年1月26日日曜日
錫高野#19
1年振りの錫高野。今日で通算19回目の採集だ。寒い1月は採取場所の選択に難儀するため、通い慣れた錫高野に毎回白羽の矢が当たる。幸いなことに、今日はしっとりと湿った、しかも温暖な気配して、冬場ながら絶好の日よりだ。
(本ブログ関連:”錫高野”)
早朝、暗いなか家を出る。路面は濡れても空気穏やか、寒気を忘れたよう。始発電車に乗り込むも、暖房がうっとおしいくらい。2度の乗り換えも、駅ホームで寒風に震えることもない。そして、待ち合わせ駅でH氏の車に同乗して、錫高野へ向かう。柔らかな陽の差した薄靄の朝、冬から春へ一っ飛びしたようだ。
さすがに、錫高野入り口にあたる仏国寺の林道を抜ける風はヒンヤリする。簡易のヤッケをジャンパーにかぶせる。今回、2人組の採集者たちと出会った。一組はやる気満々おじさん組、もう一組はほんわか父娘組だ。同好の士に次々出会うのも珍しい。
現地は、一年振りのため、風景が少々変わっていた。倒木多数。掘り起こした跡がずいぶんとあるのだ。また沢斜面にあるズリの小石が、多数滑り落ちていた・・・人為的なのか気になる。
我らは、堅実というか労を惜しんで表面採集に徹する。それでも、嬉しい良品である、この地名を表す「錫石」を収集したのだ。母岩表面にキラリと輝く(茶)黒褐色の結晶が点在する・・・錫高野の第1回採集のとき、磨耗した錫石を得て以来、それなりにしっかりしたものを手に入れたのだ。
今日の採集鉱物を次に記す・・・いただき物も含む。
・錫石(上記)、水晶(微小ながら透明)、鉄マンガン重石(再び目にするようになった)、ブロシャン銅鉱(膜状)、白鉄鉱
・(硫砒鉄鉱+黄鉄鉱+班銅鉱)、(断面:銅藍の周りをブロシャン銅鉱が包む?)
ところで、H氏採集のブロシャン銅鉱は、岩の隙間から濃い緑色した針状結晶を覗かせた。
(本ブログ関連:”錫高野”)
早朝、暗いなか家を出る。路面は濡れても空気穏やか、寒気を忘れたよう。始発電車に乗り込むも、暖房がうっとおしいくらい。2度の乗り換えも、駅ホームで寒風に震えることもない。そして、待ち合わせ駅でH氏の車に同乗して、錫高野へ向かう。柔らかな陽の差した薄靄の朝、冬から春へ一っ飛びしたようだ。
さすがに、錫高野入り口にあたる仏国寺の林道を抜ける風はヒンヤリする。簡易のヤッケをジャンパーにかぶせる。今回、2人組の採集者たちと出会った。一組はやる気満々おじさん組、もう一組はほんわか父娘組だ。同好の士に次々出会うのも珍しい。
現地は、一年振りのため、風景が少々変わっていた。倒木多数。掘り起こした跡がずいぶんとあるのだ。また沢斜面にあるズリの小石が、多数滑り落ちていた・・・人為的なのか気になる。
我らは、堅実というか労を惜しんで表面採集に徹する。それでも、嬉しい良品である、この地名を表す「錫石」を収集したのだ。母岩表面にキラリと輝く(茶)黒褐色の結晶が点在する・・・錫高野の第1回採集のとき、磨耗した錫石を得て以来、それなりにしっかりしたものを手に入れたのだ。
今日の採集鉱物を次に記す・・・いただき物も含む。
・錫石(上記)、水晶(微小ながら透明)、鉄マンガン重石(再び目にするようになった)、ブロシャン銅鉱(膜状)、白鉄鉱
・(硫砒鉄鉱+黄鉄鉱+班銅鉱)、(断面:銅藍の周りをブロシャン銅鉱が包む?)
ところで、H氏採集のブロシャン銅鉱は、岩の隙間から濃い緑色した針状結晶を覗かせた。
2014年1月25日土曜日
Youtubeでイ・ソンヒを見たという友に返信
Youtubeで「赤いドレス姿」のイ・ソンヒを見たと、わざわざ今日の日付に変わった深夜にメールをくれた友へ返信した。昨日、「ファン」の心について記したところでもあり、ファンの気持ちのまま綴った返信内容をほぼそのまま載せる。筆と口が滑ったところは、ファンならではと容赦いただければ・・・。(一部変更)
(本ブログ関連:”イ・ソンヒ ファン”)
(本ブログ関連:”イ・ソンヒ ファン”)
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タイトルは、「思い出のページをめくれば」(추억의 책장을 넘기면)です。
「추억(追憶、思い出)의(の) 책장(ページ)을(を) 넘기(繰る、めくる)면(れば)」
「추억(追憶、思い出)의(の) 책장(ページ)을(を) 넘기(繰る、めくる)면(れば)」
彼女の「ドレス姿」については、当時、コンサート会場のファンの間に「ため息」が流れたそうです・・・(賛否)いろいろな意味で。
これは重要なポイントです。女性を前面に出す歌手が多い当時、ある意味で中性的な彼女のスタイルは、まだ性的なものに嫌悪感ある女子中高生たちに絶大な人気を得ました。そして、イ・ソンヒの人生とともに彼女たちファンは、恋愛、結婚、出産、破局、悲劇、再婚というイ・ソンヒの流転を共感できるほどに共に成長します。
ところで、イ・ソンヒの「メガネ」姿は、80年代POPやフォーク系の歌手の間で流行しました。チョー・ヨンピルもしかりです。やがて、ダンスブームの80年代末~90年代になると、歌手たちにとってメガネが邪魔になって・・・。俳優も、韓流初期の男優たちを思い出してください。
イ・ソンヒの変わらぬスタイルは、現在も韓国の中高年保守層に受け入れられています。
彼女は、無闇に音楽市場を広げようとしません・・・自身で音楽事務所や舞台を運営していたことがあって、業界のなかで生き抜く力と才知を合わせ持っているようです。
歌謡歌手として、若手を育てることもできる、とてもユニークな存在ですよ。
そうそう、彼女は高校時代に、ヘビメタに熱狂していたそうです・・・素養・素地は広いですよ。
・・・ああ、話が尽きません。次回に続けましょうか?
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2014年1月24日金曜日
ファン
気紛れなものだ、ファンっていうものは。黙っていればいいものを、言わずにおられないのがファンたる所以、熱狂というか、ファナティックというか。それを見て、常識人は「私にはわからないね」といぶかしむ。ファンは分かってもらいたいと、更に気負う。もしかしたら、反感を買うことになるかもしれないのに・・・。
食べ物だって好き嫌いがあるでしょ? 子どもは正直だから遠慮しない。それに近いかな。趣味の世界に、コレクター、マニア、あるいはオタクたちがいる。自称もあれば他称もある。そのことを秘匿するものもいれば、これ見よがしにするものもいる。
まあ、うるさがられない程度に、そしてたまには同好の士の集いでもあるコンサートや、映画館、会合に行くことになる。それで十分かな。
ところで、私は歌手の中でイ・ソンヒのファンを自認しているけれど、映画スターについては、キム・ベイシンガー(Kimila Ann “Kim” Basinger)かな。彼女がアカデミー賞(助演女優賞)を受賞した、「L.A.コンフィデンシャル(L.A. Confidential)」(1997年)は忘れられない。それは昔、八百比丘尼伝説をモチーフにした、NHKのテレビドラマ「女人幻想」(1972年)で主役を演じた佐藤友美を見て以来の感覚で、女性に心を心奪われていく展開に引き込まれた。釘付けされる心境だった。
キム・ベイシンガーの顔にどこか見覚えがある。子どもの頃の記憶か、映画雑誌のどこかで見たのか、リタ・ヘイワース(Rita Hayworth)の容貌だ。ちょっと釣り目の陰がある、我がままで奔放、意志の強そうなところが通じるよう。そして可愛い、不思議だね・・・そう思いませんか。
食べ物だって好き嫌いがあるでしょ? 子どもは正直だから遠慮しない。それに近いかな。趣味の世界に、コレクター、マニア、あるいはオタクたちがいる。自称もあれば他称もある。そのことを秘匿するものもいれば、これ見よがしにするものもいる。
まあ、うるさがられない程度に、そしてたまには同好の士の集いでもあるコンサートや、映画館、会合に行くことになる。それで十分かな。
ところで、私は歌手の中でイ・ソンヒのファンを自認しているけれど、映画スターについては、キム・ベイシンガー(Kimila Ann “Kim” Basinger)かな。彼女がアカデミー賞(助演女優賞)を受賞した、「L.A.コンフィデンシャル(L.A. Confidential)」(1997年)は忘れられない。それは昔、八百比丘尼伝説をモチーフにした、NHKのテレビドラマ「女人幻想」(1972年)で主役を演じた佐藤友美を見て以来の感覚で、女性に心を心奪われていく展開に引き込まれた。釘付けされる心境だった。
キム・ベイシンガーの顔にどこか見覚えがある。子どもの頃の記憶か、映画雑誌のどこかで見たのか、リタ・ヘイワース(Rita Hayworth)の容貌だ。ちょっと釣り目の陰がある、我がままで奔放、意志の強そうなところが通じるよう。そして可愛い、不思議だね・・・そう思いませんか。
2014年1月23日木曜日
寒気の緩む気配して
最近、寒気の緩む気配がする。三寒四温には早過ぎるが、いっときでも春が近いと思わせてくれるのはありがたい。強張っていた体が、合わせるようにほぐれていくのを感じる。
春になれば、木々が幹中の水を走らせて若芽を膨らませるように、人の体も血流を巡らせるだろう。若ければ躍動に、年とればそれなりに元気につながる。おじさんは、ようやく背筋が伸びるというもの。
ところで人体を車に例えると、経年の痛みはあちこちキズや錆となって見つかる。よくぞ大きなトラブルもなく動いてくれたと思う。心臓は一時も休みなく脈打ち続けたのだから。人工物なら、そうはうまくいかない。随時の修理と定期的な部品交換が必要だ。生命体は丈夫だ、柔軟に内部から身を移し変えるのだから。
時として思うことがある。<セミ>は地中で幼虫に成長するのに「17年(アブラゼミは6年)」、地上に出て成虫として活動するのに「1-2週間(実際は、1ヶ月ほど)」という命であるが、彼らは一生をどう思っているのだろう。
そう、地中の孤独な時間だって、結構充実していたんじゃないだろうか・・・と。<セミ>にとって、人生の晴舞台は、もしかしたら地上に上がる時だったのかもしれないってね。
ぱあーっと明るく広がる直前は、何にも増して楽しい。
春になれば、木々が幹中の水を走らせて若芽を膨らませるように、人の体も血流を巡らせるだろう。若ければ躍動に、年とればそれなりに元気につながる。おじさんは、ようやく背筋が伸びるというもの。
ところで人体を車に例えると、経年の痛みはあちこちキズや錆となって見つかる。よくぞ大きなトラブルもなく動いてくれたと思う。心臓は一時も休みなく脈打ち続けたのだから。人工物なら、そうはうまくいかない。随時の修理と定期的な部品交換が必要だ。生命体は丈夫だ、柔軟に内部から身を移し変えるのだから。
時として思うことがある。<セミ>は地中で幼虫に成長するのに「17年(アブラゼミは6年)」、地上に出て成虫として活動するのに「1-2週間(実際は、1ヶ月ほど)」という命であるが、彼らは一生をどう思っているのだろう。
そう、地中の孤独な時間だって、結構充実していたんじゃないだろうか・・・と。<セミ>にとって、人生の晴舞台は、もしかしたら地上に上がる時だったのかもしれないってね。
ぱあーっと明るく広がる直前は、何にも増して楽しい。
2014年1月22日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 長丞(チャンスン)
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第39回として、日本の道祖神にも似た「長丞*(チャンスン、장승)」にまつわる話を紹介した。
(*)長丞: 別名「将軍標」、近くでは高麗駅および高麗神社で二柱の境界標を見る。
まず始めに、長丞の姿と役割について次のような紹介から始まった。
・長丞は、手足もなく、ぶっきらぼうに突き立ち、顔だけギョロッと飛び出た目玉と、平べったい団子っ鼻が刻まれている。犬歯を突き出し、泣き笑いか分からない奇怪な表情だ。
・昔は村の入口に男女対の長丞が立ち、男の長丞は「天下大将軍」、女の長丞は「地下女将軍」の文字が体に刻まれ、村を守る役割をした。長丞の表情を滑稽・奇怪というが、見る人の心の投影かもしれない。訪れた人物が善良な場合はこれを歓迎し、悪徳な場合は足止めさせ戻るよう祈願して作られた。
▼ 「赤壁歌(적벽가)」*の中から「長丞打令(장승타령)」を聴く。敗走の曹操(조조)が長丞を押し倒したそうだが・・・
(*)赤壁歌: 「韓国人の情緒に合わせて創作または修正された部分も多い」(Ko-wikipedia)
この歌では、同じ木から生まれても、長丞となった不遇の身を嘆く。とはいえ、長丞は道端に立ち道標の役割も果たした。
▼ 「ピョン・ガンスェ(변강쇠)打令(타령)」を聴く。ピョン・ガンスェが長丞を薪にしてしまう・・・この歌でも、長丞はその身を嘆くとか。そこに、「横負歌」とかイロイロ情報が耳に入って・・・。ところで、歌声は読経の如し。
次に、長丞の起源や地域性について次のように解説された。
・長丞の起源や由縁について、確かなことは不明だが、古代の性器崇拝信仰や、民間信仰のひとつの「ソンドル(선돌/입석, 立石)」、「ソッテ(솟대)」の風習からという見方が有力のようだ。また、トッケビ(도깨비)という鬼顔や、土俗的な仮面のイメージにつながるという考え方もある。
・長丞は、地域によって素材や顔の形が少しずつ違う。①湖南(ホナム:全羅南道と全羅北道の総称)や嶺南(ヨンナム:慶尚南道と慶尚北道の総称)の南道地方では石像が多く、平たく丸みを帯びた南方系の顔。②京畿道や忠清道地方では主に木像で、顔が長く目が切れ長で、鼻も長い北方系の顔。狭い国土の中、多様な文化が混じり合い発展したことを、長丞の顔つきからも推測できる。また、③済州島では、「トルハルバン(돌하르방)」と言われる石像が、長丞の役割を担った。このトルハルバンは本土の長丞の奇怪な姿と異なり、自愛に満ちた表情で、島に来る人々を迎える。
▼ 済州民謡「シナウェギソリ(신아외기소리)」を聴く。労働歌ながら子どもにも馴染みやすい歌で、今様編曲ながら楽しい。
(*)長丞: 別名「将軍標」、近くでは高麗駅および高麗神社で二柱の境界標を見る。
まず始めに、長丞の姿と役割について次のような紹介から始まった。
・長丞は、手足もなく、ぶっきらぼうに突き立ち、顔だけギョロッと飛び出た目玉と、平べったい団子っ鼻が刻まれている。犬歯を突き出し、泣き笑いか分からない奇怪な表情だ。
・昔は村の入口に男女対の長丞が立ち、男の長丞は「天下大将軍」、女の長丞は「地下女将軍」の文字が体に刻まれ、村を守る役割をした。長丞の表情を滑稽・奇怪というが、見る人の心の投影かもしれない。訪れた人物が善良な場合はこれを歓迎し、悪徳な場合は足止めさせ戻るよう祈願して作られた。
▼ 「赤壁歌(적벽가)」*の中から「長丞打令(장승타령)」を聴く。敗走の曹操(조조)が長丞を押し倒したそうだが・・・
(*)赤壁歌: 「韓国人の情緒に合わせて創作または修正された部分も多い」(Ko-wikipedia)
この歌では、同じ木から生まれても、長丞となった不遇の身を嘆く。とはいえ、長丞は道端に立ち道標の役割も果たした。
▼ 「ピョン・ガンスェ(변강쇠)打令(타령)」を聴く。ピョン・ガンスェが長丞を薪にしてしまう・・・この歌でも、長丞はその身を嘆くとか。そこに、「横負歌」とかイロイロ情報が耳に入って・・・。ところで、歌声は読経の如し。
次に、長丞の起源や地域性について次のように解説された。
・長丞の起源や由縁について、確かなことは不明だが、古代の性器崇拝信仰や、民間信仰のひとつの「ソンドル(선돌/입석, 立石)」、「ソッテ(솟대)」の風習からという見方が有力のようだ。また、トッケビ(도깨비)という鬼顔や、土俗的な仮面のイメージにつながるという考え方もある。
・長丞は、地域によって素材や顔の形が少しずつ違う。①湖南(ホナム:全羅南道と全羅北道の総称)や嶺南(ヨンナム:慶尚南道と慶尚北道の総称)の南道地方では石像が多く、平たく丸みを帯びた南方系の顔。②京畿道や忠清道地方では主に木像で、顔が長く目が切れ長で、鼻も長い北方系の顔。狭い国土の中、多様な文化が混じり合い発展したことを、長丞の顔つきからも推測できる。また、③済州島では、「トルハルバン(돌하르방)」と言われる石像が、長丞の役割を担った。このトルハルバンは本土の長丞の奇怪な姿と異なり、自愛に満ちた表情で、島に来る人々を迎える。
▼ 済州民謡「シナウェギソリ(신아외기소리)」を聴く。労働歌ながら子どもにも馴染みやすい歌で、今様編曲ながら楽しい。
2014年1月21日火曜日
40代、新しい文化消費の主役に
イ・ソンヒは、「旧暦」1964年11月11日生まれで「数え年」では50代とされるが、「新暦」に照らしてみると12月14日生まれのため、「満年齢」では現在49歳の40代である。
e-todayの記事「40代、大衆文化に応答する 少年の感性持った‘新世代中年’、新しい文化消費の主役に」(1/14、チェ・ドゥソン記者)は、韓国の40代が新しい文化消費の主役にという次のような紹介がある。(抜粋)
消費において新しい傾向であるが、流行の中身は復古調というのが特徴なのかもしれない。
ところで、若年と高年世代との狭間にある40代は、社会的に<現在の40代が、以前のような「安定的な階層」から「不安定な階層」に転落したという現実がある>という厳しい見方も他方にある。
(本ブログ関連:”40代”)
----------------------------------------------
・40代が大衆文化消費の中心層に浮び上がった。歌謡、映画、ドラマなどに復古熱風が激しい。 tvNドラマ「応答せよ1994」は文化産業全般的に大きい成功を収めたし、映画、公演界全般には初恋の思い出が主な素材として位置づけて1990年代を呼び戻している。
・昨年唯一の1000万観客映画「7号室のプレゼント」のリュ・スンニョンを始め、「雪国列車」のソン・ガンホ、「監視者たち」のソル・ギョング、「新世界」のファン・ジョンミン、イ・ジョンジェ、「かくれんぼ」のソン・ヒョンジュなど40代男性俳優の映画は、40代観客の好評に力づけられて全て興行に成功した。
・映画専門サイトのマックス・ムービー映画研究所発表は、2013年映画前売り観客分布資料によれは映画館客のうち、10代3.5%、20代24.2%、30代40.5%、40代24.9%、50代以上が6.9%を占め・・・「40代観客増加は、映画館客2億人突破を説明できる最も大きいキーワードだ。40代は家族単位観客でチケット購買量が20代より1~2枚さらに多い」と分析した。
・放送界では・・・やはり40代男性視聴者の共感を形成して新しい文化トレンドとして位置を確立した。
・大衆音楽界も同じだ。昨年「ハロー」を歌ったチョー・ヨンピルの突風の後にも40代ファンの「賓客(ひんきゃく)」があった。10年ぶりアルバムは40~50代消費者をレコード売り場とコンサート場に呼び入れ・・・20万枚の高い販売高を記録した。関係者は、40~50代が最もたくさん訪れたと説明する。
・キム・ナンド ソウル大教授は、最近発刊の「トレンド コリア2014」を通じて、「以前の中年世代のライフ・スタイルと決別を宣言した、新世代中年男性たちが文化の中心にある。新しい40代は少年のような感性を持った『おとな子ども』たちだ。これらは、既に社会的に強制された男性的イメージから抜け出して、美容・余暇・文化など多様な方面で消費の主役として位置を確立している」と40代の新しい文化消費主役での浮上を説明した。
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e-todayの記事「40代、大衆文化に応答する 少年の感性持った‘新世代中年’、新しい文化消費の主役に」(1/14、チェ・ドゥソン記者)は、韓国の40代が新しい文化消費の主役にという次のような紹介がある。(抜粋)
消費において新しい傾向であるが、流行の中身は復古調というのが特徴なのかもしれない。
ところで、若年と高年世代との狭間にある40代は、社会的に<現在の40代が、以前のような「安定的な階層」から「不安定な階層」に転落したという現実がある>という厳しい見方も他方にある。
(本ブログ関連:”40代”)
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・40代が大衆文化消費の中心層に浮び上がった。歌謡、映画、ドラマなどに復古熱風が激しい。 tvNドラマ「応答せよ1994」は文化産業全般的に大きい成功を収めたし、映画、公演界全般には初恋の思い出が主な素材として位置づけて1990年代を呼び戻している。
・昨年唯一の1000万観客映画「7号室のプレゼント」のリュ・スンニョンを始め、「雪国列車」のソン・ガンホ、「監視者たち」のソル・ギョング、「新世界」のファン・ジョンミン、イ・ジョンジェ、「かくれんぼ」のソン・ヒョンジュなど40代男性俳優の映画は、40代観客の好評に力づけられて全て興行に成功した。
・映画専門サイトのマックス・ムービー映画研究所発表は、2013年映画前売り観客分布資料によれは映画館客のうち、10代3.5%、20代24.2%、30代40.5%、40代24.9%、50代以上が6.9%を占め・・・「40代観客増加は、映画館客2億人突破を説明できる最も大きいキーワードだ。40代は家族単位観客でチケット購買量が20代より1~2枚さらに多い」と分析した。
・放送界では・・・やはり40代男性視聴者の共感を形成して新しい文化トレンドとして位置を確立した。
・大衆音楽界も同じだ。昨年「ハロー」を歌ったチョー・ヨンピルの突風の後にも40代ファンの「賓客(ひんきゃく)」があった。10年ぶりアルバムは40~50代消費者をレコード売り場とコンサート場に呼び入れ・・・20万枚の高い販売高を記録した。関係者は、40~50代が最もたくさん訪れたと説明する。
・キム・ナンド ソウル大教授は、最近発刊の「トレンド コリア2014」を通じて、「以前の中年世代のライフ・スタイルと決別を宣言した、新世代中年男性たちが文化の中心にある。新しい40代は少年のような感性を持った『おとな子ども』たちだ。これらは、既に社会的に強制された男性的イメージから抜け出して、美容・余暇・文化など多様な方面で消費の主役として位置を確立している」と40代の新しい文化消費主役での浮上を説明した。
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2014年1月20日月曜日
大寒2014 (冬哀傷)
今日は二十四節気最後の節気「大寒」である。次は二十四節気の最初に戻り、「立春」(2/4)となる。大寒は最も寒い時期といわれるが、ようやく一年の季節が一区切りされ、最終章を迎えたと考える方が先立つ。立春まで、ひと我慢である。
夕方の5時頃には陽が暮れて、一日が短くせわしく感じられたが、最近は5時過ぎでも薄明かりして余裕が出てきた感がある。夏のように、午後7時を過ぎても昼間の余韻が残っているのが理想だ。それなら、「白夜」なんか最高だろう・・・と思っても、その反対に「極夜」があって、うまい具合に我がまま通りにならない。地球が地軸を傾けて公転しているからだ。
寒い夜には、熱いラーメンがうまい。といっても、最近、夜食がきつくなってきた・・・。
ともあれ、ラーメンができあがるまでの時間に作詞したという逸話がある、5集所収の名曲「冬哀傷(겨울 애상)」(作詞:キム・ヨイル作曲:ソン・シヒョン、1989年)を聴いてみよう。まるで、氷世界が共振するような、透明感あふれる旋律も素晴らしい。そして、イ・ソンヒの安定感ある歌に聞き惚れる。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
凍ってしまった悲しい後姿
夕方の5時頃には陽が暮れて、一日が短くせわしく感じられたが、最近は5時過ぎでも薄明かりして余裕が出てきた感がある。夏のように、午後7時を過ぎても昼間の余韻が残っているのが理想だ。それなら、「白夜」なんか最高だろう・・・と思っても、その反対に「極夜」があって、うまい具合に我がまま通りにならない。地球が地軸を傾けて公転しているからだ。
寒い夜には、熱いラーメンがうまい。といっても、最近、夜食がきつくなってきた・・・。
ともあれ、ラーメンができあがるまでの時間に作詞したという逸話がある、5集所収の名曲「冬哀傷(겨울 애상)」(作詞:キム・ヨイル作曲:ソン・シヒョン、1989年)を聴いてみよう。まるで、氷世界が共振するような、透明感あふれる旋律も素晴らしい。そして、イ・ソンヒの安定感ある歌に聞き惚れる。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
凍ってしまった悲しい後姿
(Youtubeに登録のksj25374110に感謝)
2014年1月19日日曜日
数え年と満年齢
イ・ソンヒの年齢を数えるのに、「旧暦」と「新暦」、および「数え年」と「満年齢」の組み合わせで、毎回頭の中が交通整理で大変だ。
韓国では日常、誕生日を「旧暦」で、年齢を「数え年」で数えるようだ。(70年代初頭までは、旧暦の誕生日を祝ったそうだ。また現在、満年齢表記する場合、その旨「満歳(만 나이)」と注記するようだ)
イ・ソンヒの誕生日
・旧暦: 1964年11月11日
・新暦: 1964年12月14日 ← 彼女の公式ホームページでは、こちらで祝っている。(例)
イ・ソンヒの年齢
・「数え年」の場合
- 誕生した年を1歳とし、翌年の新暦元旦を以って1歳ずつ加算する。
- 誕生した1964年が1歳、今年2014年に51歳となる。 ← 韓国マスコミは昨年、彼女を50代とした。
・「満年齢」の場合
- 新暦1964年12月14日に0歳で誕生、今年2014年12月14日までは49歳、まだ40代である。
そんなわけで、過去ブログで、年齢計算の仕方を間違えたところがある?・・・なら修正しなくちゃ。
韓国では日常、誕生日を「旧暦」で、年齢を「数え年」で数えるようだ。(70年代初頭までは、旧暦の誕生日を祝ったそうだ。また現在、満年齢表記する場合、その旨「満歳(만 나이)」と注記するようだ)
イ・ソンヒの誕生日
・旧暦: 1964年11月11日
・新暦: 1964年12月14日 ← 彼女の公式ホームページでは、こちらで祝っている。(例)
イ・ソンヒの年齢
・「数え年」の場合
- 誕生した年を1歳とし、翌年の新暦元旦を以って1歳ずつ加算する。
- 誕生した1964年が1歳、今年2014年に51歳となる。 ← 韓国マスコミは昨年、彼女を50代とした。
・「満年齢」の場合
- 新暦1964年12月14日に0歳で誕生、今年2014年12月14日までは49歳、まだ40代である。
そんなわけで、過去ブログで、年齢計算の仕方を間違えたところがある?・・・なら修正しなくちゃ。
2014年1月18日土曜日
イ・ソンヒの「思い出のページをめくれば」
イ・ソンヒの成熟を象徴する意味で、彼女の分岐点ともなった作品である、6集所収の「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기면)」(1990年、作詞・作曲ソン・シヒョン)は、彼女が述懐するように、一方で「ファンはほとんど期待もしなかった歌をもっと好きだった」、まさにその曲でもあった。音楽において、彼女は常に幸運に恵まれた歌手だ。
(本ブログ関連;”(資料)イ・ソンヒのスター・ストーリー「1.余裕のアピール力を持った歌手」”)
(本ブログ関連;”(資料)イ・ソンヒのスター・ストーリー「8.夜の舞台時代の警備員の話」”)
(本ブログ関連;”「思い出のページをめくれば」”)
ゆらぐる思い出のページをめくれば
ああ、遂に果たせなかった悔しさと侘しい贖罪が
むかしのことのように、ぼんやりとかすむ窓枠の塵(ちり)のように
ああ、胸に積もるよ、今は遠ざかったあなたの微笑みのように
雨風がなくても春は来て夏は行く
ああ、あなたよ・・・涙がなくても、花は咲き葉はやがて散る
ああ、わたしに残った懐かしい歳月を浮かべて、眠りにつくよ、夢を見るよ・・・
(Youtubeに登録のJzongwに感謝)
(本ブログ関連;”(資料)イ・ソンヒのスター・ストーリー「1.余裕のアピール力を持った歌手」”)
(本ブログ関連;”(資料)イ・ソンヒのスター・ストーリー「8.夜の舞台時代の警備員の話」”)
(本ブログ関連;”「思い出のページをめくれば」”)
ゆらぐる思い出のページをめくれば
ああ、遂に果たせなかった悔しさと侘しい贖罪が
むかしのことのように、ぼんやりとかすむ窓枠の塵(ちり)のように
ああ、胸に積もるよ、今は遠ざかったあなたの微笑みのように
雨風がなくても春は来て夏は行く
ああ、あなたよ・・・涙がなくても、花は咲き葉はやがて散る
ああ、わたしに残った懐かしい歳月を浮かべて、眠りにつくよ、夢を見るよ・・・
(Youtubeに登録のJzongwに感謝)
2014年1月17日金曜日
冬の土用
冬にも「土用」がある。Wikipediaの土用の説明に「四立(立夏・立秋・立冬・立春)の直前約18日間ずつ」があって、今日(1/17)の「冬の土用の入り」から「立春」(2/4)の前日2月3日までを指している。夏の土用は暑気払いとして鰻を食うが、冬の土用の場合、一体何を食うのだろうか。
スーパーやコンビニの商品棚には、気早く2月3日の「節分」に撒く豆や恵方巻(こちらはサンプルだが)、2月14日の「バレンタインデー」のチョコレート(手造り用の材料として)が並んでいる。
ちょっと残念なのは、この地に土着の風物が足りないことだ。遠の昔に農作業は消えてしまい、人々の営み中に季節を知ることはできない。流通の商品棚や通信の画面(テレビやインターネット)の中でしか感じられない。
寒暖以外に、自然の息吹を、生活に溶け込んだ伝統の行事や祭事を通じて気付きたいものだ。
(追記)
今日は、「阪神・淡路大震災」(1995年1月17日)から数えて19年目にあたる。関東の住人にとって、果たして、「東日本大震災」(2011年3月11日)を経験しなかったら、関西のひとびとの恐怖を想い描くことがどれくらいできたろうか。6年の間に東西で発生したこれらの震災は、わたしたちの心の中に自然に対してだけでなく、人との絆の意味をあらためて思い知らせた。
スーパーやコンビニの商品棚には、気早く2月3日の「節分」に撒く豆や恵方巻(こちらはサンプルだが)、2月14日の「バレンタインデー」のチョコレート(手造り用の材料として)が並んでいる。
ちょっと残念なのは、この地に土着の風物が足りないことだ。遠の昔に農作業は消えてしまい、人々の営み中に季節を知ることはできない。流通の商品棚や通信の画面(テレビやインターネット)の中でしか感じられない。
寒暖以外に、自然の息吹を、生活に溶け込んだ伝統の行事や祭事を通じて気付きたいものだ。
(追記)
今日は、「阪神・淡路大震災」(1995年1月17日)から数えて19年目にあたる。関東の住人にとって、果たして、「東日本大震災」(2011年3月11日)を経験しなかったら、関西のひとびとの恐怖を想い描くことがどれくらいできたろうか。6年の間に東西で発生したこれらの震災は、わたしたちの心の中に自然に対してだけでなく、人との絆の意味をあらためて思い知らせた。
2014年1月16日木曜日
冬さまざま
昨日ほどではないというが、今日だってだいぶ寒い。外出には、コートの襟首まで閉じるほどだ。こんな寒中、赤ん坊をコートに包(くる)んで母子一体となった買い物姿を見ると、母性の逞しさを感じる。そして口の中で、頑張れとつぶやいてしまう。(赤ん坊は、いずれそんな覚えはないだろうけれど、あなたのお母さんは立派だよ!)
そういえば、今年から毎日一枚ずつ剥がす日めくりカレンダーが加わった。これが結構手間がかかり、気付けば昨日のママ、何てことを繰り返している。ひと月たって、ああ時の流れの速い事よと諦観してみせるが、日めくりだと毎日追われ、今年の時間が加速したような気がする。いずれ時間に追いつけなくなるときが・・・。
昨年の成人の日は1月14日で、まさかの大雪だった。今年の冬は一昨日~昨日に降雪の気配があったが、予報の通り積もることはなかった。近在のスーパーは、プラスティック製の雪かきスコップを陳列している。オレンジ色のでっかいものだ。買った方が良いのだろうか・・・といっても、数年に1回くらいしか使うこともない。どうしようか。
冬でも石採りに行きたいが、寒いのはつらい。歳とともに、ますます厳しく感じる。といいながら、今年最初の採集地は錫高野を予定している。ここでは以前、積雪が残った沢で採集していたとき、吹き降りる沢風にビニールの雨合羽でも耐えられず、熱燗缶の日本酒で寒さをしのいだことがある・・・でも、全然温まらないのに酔いだけが廻るのだ。そして、さめた後の悲惨さといったら。
早く冬が終わらないかな。
そういえば、今年から毎日一枚ずつ剥がす日めくりカレンダーが加わった。これが結構手間がかかり、気付けば昨日のママ、何てことを繰り返している。ひと月たって、ああ時の流れの速い事よと諦観してみせるが、日めくりだと毎日追われ、今年の時間が加速したような気がする。いずれ時間に追いつけなくなるときが・・・。
昨年の成人の日は1月14日で、まさかの大雪だった。今年の冬は一昨日~昨日に降雪の気配があったが、予報の通り積もることはなかった。近在のスーパーは、プラスティック製の雪かきスコップを陳列している。オレンジ色のでっかいものだ。買った方が良いのだろうか・・・といっても、数年に1回くらいしか使うこともない。どうしようか。
冬でも石採りに行きたいが、寒いのはつらい。歳とともに、ますます厳しく感じる。といいながら、今年最初の採集地は錫高野を予定している。ここでは以前、積雪が残った沢で採集していたとき、吹き降りる沢風にビニールの雨合羽でも耐えられず、熱燗缶の日本酒で寒さをしのいだことがある・・・でも、全然温まらないのに酔いだけが廻るのだ。そして、さめた後の悲惨さといったら。
早く冬が終わらないかな。
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