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2011年11月23日水曜日

神野美伽/OVER THE SEA

神野美伽が韓国語で歌ったアルバム「OVER THE SEA  해협을 넘어서」(海峡を越えて、1999年)がYoutubeに登録されている。このアルバムがリリースされた翌々年の2001年に、彼女は、NHKの語学講座「アンニョンハシムニカ・ハングル講座」の「歌うハングル酒場」コーナーにママ役で出演して、代表的なトロットを歌っている。さらに翌年の2002年には、サッカーのW杯が日韓共同で開催されるに至る。

このアルバム「海峡を越えて」には日本語訳の冊子もあり、制作の意義を、「『同根異花』の歌が海峡を越えた!」(小西良太郎、スポーツニッポン新聞社)のなかで次のように解説している。
・韓国側の(ナフナを筆頭に幅広いジャンルからの)作曲者がメロディーを先に書き、日本の作詞家が、はめ込む型で詩を作った。
・(両国当事者の)「腕くらべ」・・・情熱のつばぜり合い・・・。これに神野美伽が、乗らなければ嘘である。・・・・

以上の熱い序論の通り、アルバムの歌詞とメロディには熱気があって美しい。その中でも、特に次の曲はお気に入りだ。

Youtube-1
Youtube-2   「6.인생은 간이역」(日本語タイトル)「人生は水の駅」
Youtube-3   「9.무정」(日本語タイトル)「砂に抱かれて」

ところで、彼女の「釜山海峡」(1997年)のYoutube映像がないのが残念だ。(カラオケ版は他の動画サイトにあるのだが)

そうそう、神野美伽は1965年生まれなので、イ・ソンヒより一つしただ・・・つまり、同じ世代である。

(Youtubeに登録のsaran06hyonmiに感謝)

(本ブログ関連:"釜山海峡の冬景色はいかに"、"神野美伽の「歌うハングル酒場」")

2011年11月22日火曜日

古川宇宙飛行士無事帰還

日本経済新聞の記事「宇宙飛行士の古川さん無事帰還 カザフスタンに 宇宙滞在167日」(11/22)によれば、宇宙での滞在日数が日本人最長となった古川宇宙飛行士が無事帰還したと次のように報じている。【モスクワ=金子夏樹記者】

・「国際宇宙ステーション(ISS)」(日本の実験棟「きぼう」で実験など)での長期滞在を終えた宇宙飛行士の古川聡さん(47)らを乗せたロシアの有人宇宙船「ソユーズ」(27S/TMA-02M)は、22日午前8時26分(日本時間同11時26分)、カザフスタンの平原地帯に着陸し、古川さんらは無事に帰還した。

・古川さんは日本時間午前8時、ロシアと米国の飛行士とともにISSを離れ、約3時間後に大気圏に突入した。(6月8日にカザフのバイコヌール宇宙基地からソユーズで打ち上げられ、同10日からISSでの長期滞在を始め)宇宙での滞在日数は167日に達し、2009年12月~10年6月に163日滞在した野口聡一さんを抜いて日本人最長となった。


ソユーズで着陸した後、体を慣らすため宇宙飛行士が椅子に座っている光景があるが、そのとき彼らの額を拭いてあげている場面を目にする。今回も、TV映像(TBS)によれば、厳寒のなか彼らを(防寒のため)たっぷり包んだためか、汗を拭っていた。それに、後でみずみずしいリンゴを食べるのかな・・・美味いだろうな。

2011年11月21日月曜日

田無演習林

西武線田無駅北側の、同線に平行して走る新青梅街道と所沢街道(都道4号線)が交差する北原交差点近くに、東京大学の農学関連施設がある。施設正門は、同交差点から所沢街道を北上するとすぐに右手に見える。現在、施設の耕地・緑地(旧農場)は、見学が原則休止されているが、さらに街道を北上すると、演習林の門が見える。こちらの見学は自由である。

むかしの仕事仲間と上記の演習林をのんびり散歩した。ところどころに、樹木の解説帳があるが、基本的には自然を親しむ場所だ。年数回、小金井公園で催される、樹木観察会に参加しているが、目前の木々の名は皆目検討つかない。
見学路には、落ち葉が敷き詰められていた。陽当たりのよい広場を外れると、やっぱりヒンヤリする。だんだん冷えてくる。

結局、トンカツを食って、近くに孫たちの住む家があるのだが・・・と思いつつ帰宅する。


(付記) 演習林の門をくぐり、受付で訪問者名を記載したとき、田無演習林について「田無試験地」と書かれたパンフレットが置いてあったので、その中から、同地の地況について触れている項(「3.地況」)を次に記す。

・本試験地の総面積は9.1haで、武蔵野台地の武蔵野段丘(武蔵野面)上に位置し、海抜高約60m、地形は平坦です。地質は、層厚6~8mの火山灰層(関東ローム層)の下に、砂礫層(武蔵野礫層)が続いています。土壌はローム層の上に火山灰層を母材とする黒色土が50~60cmの厚さで分布しています。気象条件は年平均気温15.5℃、年降水量は1,350mmです。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ピナリ

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/16)に、人物シリーズ2回目として「ビナリ(비나리)といわれる音楽の第一人者、イ・ガンス(이광수)」(1952~)」が紹介された。

まずピナリについて、次の通り説明から始まった。
・何かを切実に願いお祈りするときに、音楽にのせて歌う歌を、ビナリという。
・家庭の祭壇にお供え物をする儀式の「告祀(고사)」の際に、ビナリが歌われ、ビナリの別名を「告祀ソリ」ともいう。

▼イ・ガンスほかによる「祝願徳談(축원덕담)」を聴く。複数の打楽器とともに歌う声は、掛け声のように力強い。前口上のように語り聞かせる。

次のようにイ・ガンスのプロフィールが紹介された。
・1952年、清南道礼山に誕生。寺党(ナムサダン:남사당=旅芸人)一座をひきいていた父を持つ。
・1978年、キム・ドクス、キム・ヨンベ、チェ・ジョンシル等とともにサムルノリ一座(4人編成)で、広場で踊ったり走りまわったりしながら演奏していた風物(プンムル:풍물)という音楽を舞台用に再構成し、サムルノリの公演を初めて行った。(サムルノリの誕生)
・現在、独立して活動中。

▼イ・ガンスほかによるサムルノリの「南風(영남풍물)」を聴く。風物の舞の動作を含まない分、演奏はリズムの技巧が主体になっている。伝統音楽の縦軸以外に、横軸も組み込んだイメージがする。

▼イ・ガンスによる民謡の「江原道アリラン」、「ハン五百年」を聴く。民謡はいいな、肩肘張らずに聞けるし、歌っている方も、自分の声の背に大地に根ざしたものを感じているだろうから。・・・ところで「ハン五百年」はどの地域を起源としているのだろうか。


ピナリといえば、ク・チャンモ(구창모)の「ヒナリ(희나리)」を思い出してしまうが、祈願のピナリと、生木のヒナリでは大違いなわけで・・・。

(Youtubeに登録のyokosuka30に感謝)

2011年11月20日日曜日

イ・ソンヒ、人生のメンターに選ばれる

DailyWhyの記事「歌手イ・ソンヒ、ユ・ジェソク抜いて『人生のメンター』に挙げられて」(11/19)によれば、音楽サイトのアンケートで、「『人生のメンター(指導者)になってくれたらと思うスター』アンケート調査で1位」に選ばれたと、次のように報じている。

・歌手イ・ソンヒが「人生のメンター(指導者)になってくれればというスター」の1位に上がった。

・音楽専門サイト「モンキー3(monkey3)」が、去る11月10日~16日まで実施したアンケート調査で、イ・ソンヒはユ・ジェソクを追い抜いて「人生のメンターになってくれればというスター」の1位に選ばれた。

・総計487人の投票者中で、(198名)41%の支持を受けた彼女は、MBC「偉大なる誕生2」にメンターとして参加して、温みの中で、挑戦者らの弱点を鋭く突いて見つけながら、助言を惜しまないでいる。

・一方、国民のMCユ・ジェソク(유재석)は34%で2位を占めており、タブロ(타블로、7%)、パク・チソン(박지성、6%)、パク・チニョン(박진영、6%)、キム・テウォン(김태원、6%)の順だった。


MBCのオーディション番組「偉大なる誕生2」に登場するイ・ソンヒの様子を、PC上で見たことがある。メンター席の中央に座り、感情を安易に出さず、声のトーンも抑え目で厳しさを感じた。若い人たちには、彼女のそんな迎合しない態度が惹かれたのかもしれない・・・。もちろん、参加者の力量に応じて使い分けしているのだろうけれど。
イ・ソンヒと同世代も含めて、ファンは目覚めた。オーディション番組は、実力ある歌手の歌を聞きくことの意味を再認識させたのだろう。
・・・それにつけても、イ・ソンヒの声を直接日本で聴くことはできないのだろうか。

(参考)
情報源のmonkey3(http://www.monkey3.co.kr/)は、残念ながら韓国内のみ閲覧可能のようだ。インターネットによる海外からのアクセス不可が最近の傾向らしい。


(隣り町のスーパーで開かれたゴレンジャーとの握手会に、孫は母親の家族と一緒に出かけた)
★★★★★ 孫が、ゴレンジャーと緊張して握手するのを、後ろでおばあちゃんが支えている写真が届いた ★★★★★

2011年11月19日土曜日

アマ・ルール

小雨ぱらつくなか、地元の公民館に記録映画「アマ・ルール 大地の人 バスク」(1981年、民族文化映像研究所)を見る。スペインとフランスを分けるピレネー山脈の両側にまたがり大西洋に面するバスク地方(Euskal Herria)の人々の記録映画である。

牧歌的なバスク民族の生活をイメージしてしまうが、確かに映画では(チーズ作りのため)山地に登り羊を放牧する男たち様子を主軸にしていたけれど、実際にはスペイン側に工業地帯を持ち多数の人口を抱えていることも触れていた。彼らの住むところは、本来、広葉樹のブナ林に恵まれ、ピレネー山脈を水源とする環境のようで、辺境の地というわけではないようだ。

30年前、1981年当時の映画なので、現在の状況を知るわけではないが、ただバスク語の響きがどのようか聞いてみたかったのだ。民族性なのかもしれないが、抑揚をきかせたしゃべり方ではなく、一語一語明確な言葉使いに聞こえた・・・。バスク語の地名の痕跡は、実際の彼らのバスク地方の周辺にもとどめていて、本来の活動した範囲はもっと広かったらしい。

そうそう、映画の題名「アマ・ルール」は、バスク語で「母なる大地」の意だそうだ。

帰り道の雨脚は強かった。

2011年11月18日金曜日

しし座流星群

曇天の深夜(0:00~)、南東の空に雲間なく、星明かりも、まして「しし座流星群」を見ること能わず。

ということで、weathernewsのインターネット特別番組「SOLiVEスター」を視聴する。(昨日23:00~本日01:00)
7元のLive中継場所に、しし座の名にちなんで(ライオンはメスが強い)、観測者に女性が4名という、前回の「オリオン座流星群」の時と打って変わった陣容だった。

・胎内自然天文館<晴れ>: いそやん(男性)
・美星天文台<曇り>:かんたろう(男性)怪しい金髪女性が出現。
・小岩井農場まきばの天文館<素晴らしい快晴>: NEGO(男性) ☆一番!、☆二番!☆三番!ハットトリック、スリーゴールの観測。
・綾部市天文館<曇り>: トクマルマン2(女性)
・八ヶ岳自然文化園<晴れ>: みけんくん(女性)自動車とゴッツン!3億、3億!・・・意味不明。
・銀河の森天文台<快晴>: マティス梓澤(女性)天然さにMCからみきれず。
・SHIRASE(船橋)<曇り>: シルベスダ・須田ローン(女性)

今晩も、腹を抱えて笑わせてもらいながらも、実況画面で3回も流星映像を見せてもらった。感謝。
流れ星が姿を見せた瞬間、願い事をするのを忘れて、スポーツ感覚で視聴していた。

(本ブログ関連:"オリオン座流星群")


(孫たちの髪をさっぱりさせてとい知らせを受けた)
★★★★★ 孫娘が、髪を切ってもらいお目めもパッチリして、颯爽としている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、髪を切ってもらって身軽になったのか、何かしでかしそうな写真が届いた ★★★★★

2011年11月17日木曜日

炬燵と便り

まごうかたなき冬。とうとう、炬燵のスイッチを入れてしまった。エアコンの暖風はせわしい。押し付けがましいのだ。それに比べて、じんわりと足元を温めてくれる炬燵はよい。落ち着いてほっとさせてくれる。炬燵の上で、ブログの作成はもっとよい。

先ほどメールを受信した。お嫁さんから、結婚記念日の一昨日、家族でディズニーランドに泊まったという。添付の写真がうれしい。
孫(お兄ちゃん)が、梅佳代の写真集にあるように、上を向いてとぼけた顔を見せてくれる。ちいさな男の子の一種の照れ隠しなのだろう。そのポーズがとても似合っているからたまらない。
孫娘(妹)は、父親と一緒に大きな花飾りのそばにいる。屋内展示場所なので薄暗いが、よく目をこらして見ると、ベビーカーに孫(お兄ちゃん)も一緒に乗り込んでいるように見えて・・・。
幼児はとどまることを知らない。

(本ブログ関連:"みかん"、"美しい調べ"、"ちいさな男の子は阿呆である")

2011年11月16日水曜日

イ・ソンヒとフィソンの「Jへ」

このブログからリンクしたYoutube映像が時に、登録者のアカウント停止のため再生できなくなっていることがある。その方が、どういう行動基準に反したのか分からないが、からめて他の動画も一切見えなくなってしまう。貴重な映像を失ったようで残念である。

ぺ・チョルスのKBS音楽番組「コンサート7080」(2009年3月22日)で、イ・ソンヒとフィソン(휘성)が「Jへ(J에게)」をデュエットするYoutube映像が、上記の理由で見られなくなっていたが、Sunnyfan100によって昨日再アップロードされている。
「Jへ」は、イ・ソンヒのデビュー曲であり、記念碑的な大ヒット曲である。ちなみに、イ・ソンヒは、弟子のイ・スンギ이승기)ともこの歌をデュエットしている。

フィソン(本名최휘성)については、イ・ソンヒの2009年のコンサート(4/1-5、世宗文化会館大劇場)にゲスト出演したのを見かけただけでよく存じませんが、当日会場の盛り上がり方には驚いた。(4/2:コンサートレポート
彼は、切なそうでいて不思議に伸びやかな声を持っている。そういえばシャイな感じがした。舞台上で咳き込んでいて、意外と母性をくすぐるような・・・。
ところで、彼は先日(11/7)、「忠清南道(チュンチョンナムド)論山(ノンサン)訓練所に入隊し、5週間の基礎軍事訓練を受ける。」ことになったそうだ。(中央日報(11/7))

次のYoutube映像には、日本語字幕があるけれど、登録者のプロフィールから、果たしてどうやって入手したのだろうと関心を持ってしまう。



(本ブログ関連:"コンサート7080"、"ペ・チョルス")

冬哀傷

わたしには、CDだけのイ・ソラなので、人物イメージは分からなかったが、あるときソウルのホテルのテレビに彼女の姿を初めて見て、実力歌手が、中島みゆきのように別世界を持っていることに、そんなに飛んではいないけど、当たり前ながら納得した。随分と楽しそうな雰囲気ある人だった。

そんな彼女のKBS2音楽番組「イ・ソラのプロポーズ(이소라의 프로포즈)」(1998年11月 21日)に、イ・ソンヒが出演して「冬哀傷(겨울애상)」を歌っているYoutube映像がある。
冬の夜、青く輝き澄んだ空気のように、心に滲み入る追憶歌だ。



(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

(本ブログ関連:”冬哀傷(2バージョン)”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷(3)”)

2011年11月15日火曜日

少年探偵団、赤胴鈴之助

子どもたちがゲーム機に夢中になるように、ぼくらの子ども時代はラジオに噛りついていた。チューニングのダイヤルを廻すと、黄緑色したマジック・アイのランプがまるで爬虫類の瞳孔のように縦に絞られるとき、新しい時代を先取りしたような感じがしたものだ。真空管の先を行ったような気分だった。

夢中になると、夕飯どころではない、親がわざわざ本棚の上に置いてしまったラジオを聞きたいために、本当に本棚にぶら下がって聞いていた。庭の陽が陰るころ、ご飯よ!を遠く耳にしながら。

配役に無関心だったが、ラジオの番組「少年探偵団」(1956年-1957年)と「赤胴鈴之助」(1957年-1959年)がお気に入りだった。今でも、主題歌のフレーズが鮮明だ。残念なことに映画の方は印象が薄い。

ラジオ番組「少年探偵団」の主題歌の始まりにある、「ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団/勇気りんりん、るりの色/・・・」を聞いて、気持ちはもう団員になっていた。そして、「赤胴鈴之助」の歌の序にある、「うっ、ちょこざいな小僧め、名を、名を名乗れ!」と道場の先輩武士が威嚇する声が忘れられない。ぼくらはみんな、これらの言葉を聞いて、誰にも負けない、強い少年になったのだ。

そうそう、ラジオ局は北九州だったので、RKBを聞いていたのだろう。電車は西鉄、ラジオはRKBの当地だ。
それでは、Youtubeで聞いてみようかな。



(Youtubeに登録のKAZEKOZOU69に感謝)

2011年11月14日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金素姫名唱

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/9)に、「韓国国楽界の歴史に残る人々」として、「国楽界の人物シリーズ第一回は、パンソリ(판소리)の名人すなわち名唱(명창)のキム・ソヒ(김소희:金素姫)」が紹介された。

▼金素姫による韓国民謡「舟歌(뱃노래)」を聴く。(この歌は、いろいろなバージョンがあるのだろうが、インターネット上の他の歌と比べて)随分とゆったりと歌われている・・・。

次のように金素姫のプロフィールが紹介された。
・1917年、全羅北道高敞(고창)にて誕生。
・13歳で国楽に関心を持ち入門、15歳にソウルでデビュー。
・1964年、重要無形文化財第5号パンソリ「春香歌」の芸能保有者に指定。
・1995年、79歳没。

▼金素姫ほかによるパンソリ「春香歌(춘향가)」から「恋歌(사랑가)」(歌詞、ブログRural Bus Stopに感謝)を聴く。(以前の放送で、「春香歌」の中から「オリジョン別れのテーマ」を聴いている) この恋歌って漢語を網羅しているけれど、考えてみればけっこう際どい場面で・・・でも、歌は徹していて。(岩波文庫「春香伝」許南麒訳、ちなみに平凡社の東洋文庫「パンソリ」申在孝著には、この部分が載っていない)

▼金素姫ほかによる「口音(구음)」を聴く。唱歌(しょうが)と同じ(俗に言えば「鼻歌」のように)で、深みのあるしっかりした声で歌っている。

2011年11月13日日曜日

朝日トンネル工事現場

茨城県土浦土木事務所
早朝、寒さを心配したが、思いの他の暖かさに安堵。いつもお世話になるхаякава氏の車に同乗させていただき、茨城県「朝日トンネル」工事現場周辺での鉱物採集に向かう。

筑波山に連なる南東の尾根に、茨城県の土浦市大志戸(南側)と石岡市柴内(北側)を分ける朝日峠があり、現在、その両地つなぐ朝日トンネルの工事が進められている。トンネルの両側には、掘り出した岩石を、トンネルに続く道路の基礎工事に利用したり、一部野積みしている。野積みした岩石から、次のように鉱物を表面採集した。

採集場所は次の2ヶ所。

フルーツライン(県道199号線)を土浦市「大志戸」まで北上すると、遠く正面の山裾にトンネル入り口が見える。道路の左わきに、トンネルまで続く盛り土の路が造成されている。その周辺を調べて、次のものを採集した。
・雲母、黄鉄鉱、石英
・大志戸に、コミュニティバスのバス停があった。

② 次にフルーツライン経由で朝日峠を越えて、茨城県石岡市柴内の「辻」にある道路標識(大覚寺など4ヶ所表記)まで進み、道路右側の野積み設置場所と、更に、トンネル寄り(戻る)の別の野積み場所で、次のものを採集した。
鉄礬柘榴石(結晶大、12面体、24面体)、鉄電気石(結晶大)、正長石、方解石、

噂の緑柱石は、わたし達の前に姿を現すことはなかった。上記②の2番目の野積み場所の岩石から、хаякава氏は、ハンマーとタガネで時間をかけて、素晴らしい鉄礬柘榴石と鉄電気石を採集された。それらの結晶は、同氏が今まで採集した中で最大であり、最も美しいものであるとのこと。
わたしは自分の採集品をリセットして、いくつかをありがたくいただいた。感謝。


(孫たちがお弁当を持って多摩湖に遊びに行った、という知らせを受けた)
★★★★★ 孫が、多摩湖畔の広場で、ちょっと得意そうに長い棒を持ち上げている写真が届いた ★★★★★

2011年11月12日土曜日

イム・イェジン

お馴染みのGyaoで、映画「最強☆彼女」(2008年)を見る。SBSのファンタジック&ロマンティック・ラブコメディ「僕のガールフレンドは九尾狐」(2010年、OST「狐の嫁入り(여우비)」をイ・ソンヒが歌う)で、無垢で一途な九尾狐ミホを熱演したシン・ミナ(신민아)が、同じく主人公ソフィを務めるラブコメディーだ。この映画も、時代を超えて過去と現在の因縁を取り入れる似た展開をしている。

映画には、主人公ソフィが心ひかれ憧れるオートバイライダーの大学生が登場する。ところが彼は、別の女性、しかも歳上の警察官に、一方的に熱を入れてしまう。その、女性警官を演じているのがイム・イェジン(林藝眞、임예진)だ。ところで、この唐突な展開も不思議だが、ライダー青年も途中でストーリーから消えてしまう・・・。

イム・イェジンは、ハイティーン映画「女高卒業班(クラス)」で爆発的な人気を得たそうだ。当時の写真を見れば、今となっては古風であるが可憐な少女だ。現在も、どんな役柄でも演じられる魅力的な女優である。いえ、わたしはもちろんイ・ソンヒのファンですよ・・・でも、いろいろなドラマに出てくるイム・イェジンを見るたび、ちょっと気になるだけです。気が強くて、優しくて、涙もろい、品のよいアジュンマだ。ちなみに、彼女は1960年生まれで、世代的には386世代である。

(追記)
T-ARAが、むかしの女高生に戻って、「Roly-Poly In コパカバーナ」を歌うミュージックビデオがあるが、そのむかしを懐古する女性として、イム・イェジンが登場するFullミュージックビデオ版もある。
(Youtubeに登録のXanXhi5に感謝)

(市民祭のイベント見物に、孫たちが公園に出かけたという知らせを受けた)
★★★★★ 孫娘が、暖かな陽を浴びて、笑顔で話しかけるようにお座りしている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、父親のひざの上で、ゴレンジャーの戦隊ショーの開始を待つ写真が届いた ★★★★★

2011年11月11日金曜日

空間線量率マップ

本日の日本経済新聞(11/11)は、文部科学省の報道発表「文部科学省による、岩手県、静岡県、長野県、山梨県、岐阜県、及び富山県の航空機モニタリングの測定結果、並びに天然核種の影響をより考慮した、これまでの航空機モニタリング結果の改訂について」(11/11)を報じている。同記事リンク先の報道資料は、下記の通り10 月13 日現在(補正込)の空間線量率のマップ(参考1)図を掲載している。
3/11の福島原発事故の結果、風向と地形により、放射性物質が二方に分かれて南下していることがわかる。何度見ても、複雑な気持ちになる。果たして風向きが違っていたら、本当にこれほどの騒ぎになっていたのかどうかということだ。

<報道資料>
(参考1)「文部科学省がこれまでに測定してきた範囲及び岩手県、静岡県、長野県、山梨県、岐阜県、及び 富山県内における地表面から1m高さの空間線量率」

・1m高さの空間線量率の分布状況を示したマップ及び土壌表層への放射性セシウムの沈着状況を示したマップの作成にあたっては、今回の航空機モニタリングの結果を使用した。

・モニタリング結果を岩手県の航空機モニタリングの最終測定日である10 月13 日現在の値に減衰補正している。

地球「外核」は2層構造

日本経済新聞の記事「地球の『外核』は2層構造 東工大など定説翻す発見」(11/11)は、地球内部の構造〔地表>地殻>(上部>下部)マントル>コア(外核>内核)〕の「外核」について、新説を次のように報じている。
日本経済新聞の科学記事は、いつもながら理解しやすくありがたい。(参考図

・海洋研究開発機構と東京工業大のチームは、地球の内部にある外核が従来考えられていた1層構造ではなく、上下に分かれる2層構造になっている証拠を見つけた。地球の磁場が数万~数十万年周期で反転する現象の原因解明につながる。米科学誌サイエンスに11日掲載される。

・地球の内部は中心に近い方から順に、固体の金属でできた内核液体の金属でできた外核岩石質のマントルがある。外核は地表から深さ約3千~5千キロ。主成分は液体の鉄で、「酸化第一鉄」という酸化鉄の固体を30%ほど含むとされる。

・研究チームは地球内部に似た高温高圧の条件を再現。約240万気圧、4千度程度になると、酸化第一鉄の結晶構造が変化し、これまで知られていなかったより重い構造になることを発見した。

・この条件は外核の深さ4千キロ付近に相当。外核はこの辺りで2層に分かれると考えた方がよく、2層で別々の対流が起きているという外核の対流は地球の磁場を生み出す原因とされ、2層の対流が乱れると磁場のN極とS極が入れ替わる可能性があるという。地球の磁場は、太陽から高速の粒子が噴き出す「太陽風」や宇宙線から地表の生物や大気を守っている


(付記)
2011/11/11、11:11、新宿のフルート教室にいて、その時になったら一言ジョークでもと思っていたが、結局言い忘れてしまった。この「11」の数字を日付に結び付けるには、少し重過ぎる。

イ・ソンヒの涙

STOO.COMの記事「イ・ソンヒ、『偉大なる誕生2』収録中に涙こぼし・・・なぜ?」(11/10)は、オーディション番組「偉大なる誕生2」のイベント「偉大なるキャンプ」で、イ・ソンヒが涙した話題を次のように記している。(キム・ギョンロク(김영록)記者)

・「小さな巨人」イ・ソンヒ メンター(指導者)が、「偉大なるキャンプ」の最終日、ついに堪えた涙を流した。

・手厳しい忠告で、いつも真っ直ぐな姿を見せてきたイ・ソンヒも、最終合格者が決定される最後の日には、厳しい道を歩んできた先輩の心に戻っていた。

・イ・ソンヒは、舞台を終えた参加者たちに評価をしている途中、「一日で新しい歌をマスターするのは、私にも大変なことだ」といいながら、脱落者たちにねぎらいを語りかけた。続けて、震える声で「与えられた時間に、課題を誰より上手くしたかの差だけだから、脱落したという理由で傷つかないでね」と呼びかけて涙を流してしまった。

・これを見守ったパク・ジョンヒョン(Lena Park)も、イ・ソンヒの真心と脱落者たちの切実さの前に涙を浮かべた。

・サバイバル特有の緊張感と涙を見守ってきたメンターたちは、「短い期間だったが最善を尽くしてくれて本当にありがとう」という言葉で、「偉大なるキャンプ」参加者に挙げて直接でないが言い送った。

・涙と歓呼の「偉大なるキャンプ」の最後の話、「メンタースクール」進出に向かって全力疾走する総34チームの栄光の顔は、11日(金)夜9時55分放送を通じて公開される。

2011年11月10日木曜日

モントリオール室内楽団との共演(1990年)

イ・ソンヒは、今も若いころの印象のままであるが、少年のようと形容されたこともある。実際、ミュージカル「ピーター・パン」(1991年、世宗文化会館大講堂)で、主人公のピーター・パンを演じている。
そんな容貌を彷彿させる彼女の姿を、1990年10月に来韓したカナダのモントリオール室内楽団との共演映像(KBS収録)をYoutubeで見ることができる。そこには、少し緊張した面持ちで「Jへ(J에게)」を歌う、そしてちょっと力が入った彼女がいる。そういえば、会場の雰囲気も・・・。



(イ・ソンヒ公式ホームページより)
1990.10.21モントリオール室内オーケストラ来韓公演 共演 昌原(チャンウォン)KBS公開ホール
1990.10.23モントリオール室内オーケストラ来韓公演 共演 釜山(プサン)文化会館大講堂
1990.10.25モントリオール室内オーケストラ来韓公演 共演 蔚山(ウルサン)KBS公開ホール
1990.10.26モントリオール室内オーケストラ来韓公演 共演 ソウル世宗文化会館大講堂

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2011年11月9日水曜日

孫のやさしさ

孫の近況を知りたいと思っていたら、お嫁さんからリペア中の携帯電話機の代替機を使って、孫たちの様子が知らされた。

孫(お兄ちゃん)は、昨日、美容室で髪をカットして帰ってきた母親を見て、こんなに可愛らしくやさしい言葉をいった。
「ママ、髪切ったの?、痛かったでしょう?、痛かったでしょう?」と、泣きそうな顔で心配してくれたそうだ。
孫は人を思いやるほどに立派に成長した。いい子に育った。

そしてメールに、母親に抱かれて静かに寝入っている孫娘(妹)の顔写真が添付されていた。布にくるまれて、静謐ななかに、頬に光があたって陰影のある味わい深い、いつまでも見つめていたい写真だ。
なんだか可愛い寝息が聞こえてくるような気がする。

イ・ソンヒ インタビュー(来年のことも)

イーデイリーとのインタビュー記事「彼女が欲を出すただ一つのこと」(11/8)には、眠っていたファンまで呼び覚ましている、イ・ソンヒの歌に対する思いが語られている。そして、来年には、新しいアルバムとコンサートが期待されるという言葉まである。[チョ・ウヨン(조우영)記者]

・「童顔という言葉が嫌いと、年齢が全てだといっていたが、それでも人々が『若く見える、以前と変わっていない』といってくだされば気持ち良いのは事実です。」

・1984年、二十歳のあどけない背の小柄な歌手の一人が、大韓民国の歌謡界をにわかに引っくり返した。「Jへ(J에게)」で、その年、「江辺歌謡祭」の大賞を受けて、華麗にデビューしたイ・ソンヒ(47)であった。1980年代中盤から1990年代はじめまで、賞という賞は全部さらった彼女は、以後数多くの歌をヒットさせて「兄さん・姉さん部隊」(というファン層)を作り出した。

・27年経った今、彼女の名前の三文字(이선희)の前には、「永遠の少女」という修飾語が付いている。だが、彼女が唯一欲を出す は別にある。

・「歌手として、歌を上手に歌うという は、聞いただけでも欲が出ます。もう、歌手というタイトルを付けて過ごしてから30年になりつつあるのを見れば、『自分の仕事を良くやって生きたんだな』と知らせてくれるようです。それで、前は負担だった修飾語も、今は喜んで受け入れるようになります。」(笑い)

◇ "ライブの女王の秘訣?..水もグイと飲みません"

・歌謡関係者たちは、イ・ソンヒを真のライブの女王に選ぶ。「Jへ」、「分かりたいです(알고 싶어요)」や「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」などを歌うときの彼女は、少女漫画から飛び出してきたように清らかな声で切ない感性を切切に歌う。また、「ああ! 昔よ(아! 옛날이여)」、「美しい江山(아름다운 강산)」、「ひとしきり笑いで(한바탕 웃음으로)」などで、彼女は熱い胸を持った不屈の少年のようなイメージで、ロックンロールのシャウティング唱法を駆使したりもする

・映画「王の男(왕의 남자)」のOSTにも使用された「因縁(인연)」や、(TVドラマのOST)「狐の嫁入り(여우비)」で、彼女はこの(上記の)二つの姿をみな表わす。特に、公演会場で直接彼女の歌を聞く人の胸は、爆発するようにドキドキして目頭が赤くなる。
カン・ホン(강헌)大衆音楽評論家は、これを「イ・ソンヒのボーカルは、暖かいながらも強靭な女性のエネルギーを抱いていて、西欧的な発声の中でも東洋的な静粛美が流れる」とした。だが、このように完璧のような彼女は、相変らず謙虚にして自らを鞭打ち、自己管理に徹底する。

・「私が歌うことはできない唱法や技巧に対する、物足りなさが生じる時があります。多くの方が誉めてくださるのは、多分私が歌う曲が、歌詞やメロディには感性的な部分があるのに、シャウト唱法が基本的に散りばめていたからなのでしょう。それで、事実、容貌や体力管理よりは、声の管理に神経を多く使います。できるだけ、首に無理なことがあるお喋りも避けて、熱いとか冷たい水をぐいぐいと飲まなくて、首を保護するために、夏にもスカーフは必需品ですよね。」

◇ "最高のメンター(指導者)? 大切な心よく分かるから"

・イ・スンギ(이승기)を育てたイ・ソンヒは、最近MBCの「偉大なる誕生2」で、メンターとして参加して、また他の後輩らを訓練している。物静かで親しいながらも冷徹な審査が印象的だ。おかげで就職準備中である求職者を対象にした某企業アンケート調査では、若者たちがイ・ソンヒのようなメンターを希望することが明らかにされたりした。

・「誰かを教えるということ、それがひとりの人生を変えることもできる重要なことだという考えに、多く気にかかり心配になります。その友人が今このように切実に望むことが、私も一時切実に望んだことであるから、その心をたくさん認めようと思います。」

・イ・ソンヒは、27年前も今も、自身が変わっていないのがあるならば、歌を歌いたいというその切実な心だといって「何より、その友人たちに会って、私自身もエネルギーが充電される感じがするから、より一層互いに反応しながら楽しいようだ」と話した。

◇ "ファンは何にも変えがたい喜び"

・イ・ソンヒに最も大きいエネルギーになるのは、やはりファンたちだ。今年のはじめ、世界的なアーティストだけが立つことができるというニューヨークのカーネギーホールで公演したことのあるイ・ソンヒは、30人編成のオーケストラとブラスバンド、20人のダンサーチームなど100人余りが出演する、その華麗な舞台を国内でも継続している。去る5月、(韓国における最高峰の会場)ソウル世宗文化会館の大劇場を始め、全国ツアーに出た彼女は、京畿高陽(コヤン)、大田(テジョン)、仁川(インチョン)、釜山(プサン)、光州(クァンジュ)などを経て、来る(今月)12~13日大邱(テグ)の大邱EXCO本館と、19~20日晋州(チンジュ)まで2都市のコンサートだけ残している。もちろん全会全席売り切れだ

・「最近、私たちの会社代表の言葉が『眠った私のファンが起きた』ということです。舞台にずっと立てられるように公演会場をぎゅっと満たしてくださるのも有難いのに、行く所ごとに郷土食でスタッフたちの食事まで用意するファンのおかげで、最高のエネルギーが充電されていますね。いつもありがとう。」

・来年には新しいアルバムを持ってファンたちにまたご挨拶したいというイ・ソンヒは、「久しぶりの公演だと、私自身もその間たくさん正月だ。体力的に骨を折れたりもしたが、やはりファンと呼吸できる舞台に立つということが、何にも変えることはできない最も大きな喜びということをまた悟った」と笑った。

(資料)40代の変化

朝鮮日報のchosun Onlineのコラム「40代の変化」(11/8)は、今回のソウル市長選挙の結果に照らして、40代の社会的位置を次のように報じている。[洪永林(ホン・ヨンリム)世論調査チーム長]
(今は40代になった過去の386世代、歌手イ・ソンヒが属する同世代への関心から覗いてみた)

◆先月26日に実施されたソウル市長選挙の特徴は、これまで20代・30代と50代・60代との間でバランス取りの役目を果たしていた40代が、完全に20代・30代の側に傾いたことだ。(略)

◆これは、今の40代が10年前(大統領選挙)の40代と政治的、社会的に全く異なる考えを持っているためと分析される。世論調査の結果も、この分析を裏付けている。
◇ギャラップの(10年前の)02年調査によると「自分の考え方は全般的に50代・60代に近い」とした40代は56%で、「20代・30代に近い」との回答(44%)を上回った。
一方、最近のメトリックスの調査では、同じ質問に40代の78%が「20代・30代に近い」と答え、「50代・60代に近い」との回答(22%)を大幅に上回った。10年前の30代が現在40代になっていることを考えると、当然の結果ともいえる。
◇また以前は、40代の多くが自身を中年・壮年ととらえていたが「平均寿命100歳時代」に迫りつつある中、自身を青年と位置付ける40代が多くなっていることも、こうした傾向の一因となっている。

◆10年前の40代が「最後のアナログ世代」だったとしたら、今の40代はインターネットとスマートフォン(多機能携帯電話端末)に慣れ親しんだ「最初のデジタル世代」として、20代・30代と強いつながりを持っていることも、注目に値する。
◇韓国インターネット振興院が昨年実施した調査によると「過去1週間にインターネットを使用した」との回答は20代・30代が97%、40代も76%と圧倒的多数を占めたのに対し、50代は47%と半分を下回り、60代以上は13%にとどまった。

(略)

◆メトリックスの調査では、40代の93%が「老後が不安だ」と答えている。(略)


(付記)
市井の40代庶民にとって今はまさに家族を守り、社会と関わり持ち、かつ将来に向かって進む人生の大事業の最中だろう。自分の人生も、そろそろ見えてくる時分でもある。上記の記事から、政治的な部分を脱色すると、国境を越えて同時代を共有するすべての40代に共通するように見えてくる。

(本ブログ関連:"(資料)ソウル市長選挙に見る世代別背景"、10/31)

2011年11月8日火曜日

立冬 2011、いまだ寒さを知らず

今日は旧暦10月13日、二十四節気のひとつ「立冬」で、いよいよ冬のはじまりなのだが、炬燵、ストーブの冬支度をするほどではない。ちょっと厚着して外出すれば、額に汗がにじむ。極端に寒くもなく、秋の視線が残っている。

お嫁さんの携帯電話に付いているカメラの調子がよくないようで、このところ可愛い孫たちの写真や動画を目にすることができない。ニィーっと笑った、孫の顔を見たいものだ。もう、2歳と8ヶ月になる。そして、クルリと愛らしい瞳の、8ヶ月の孫娘を見たい。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 舞踊曲

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/2)に、「踊りを踊るときに演奏される舞踊曲」を紹介した。

「重要な儀式の時に、歌、踊り、そして楽器の演奏」で構成されるものを「歌舞楽(가무악)一体(일체)」と呼び、舞踊の伴奏音楽として次の説明から始まった。
・「僧舞(승무)」
・「呈才(정재)」
・民俗芸能の例として「カンガンスルレ(강강술래)」

<僧舞>
僧舞の由来、スタイルについて次の解説があった。
・由来に諸説あり、仏教的儀式の際の僧侶による踊りであったというのがもっとも有力。
・僧舞は、白い僧衣(そうえ)に山形の白い笠をかぶり、赤い袈裟をかけた、ひとりの踊り手が単独で踊る。

▼イ・センガン他による「僧舞の伴奏音楽」を聴く。長い袖が宙を舞うように起伏を持って奏でられる。すこし装飾的な感じがする・・・。

(映像)「Koart 国楽動画 僧舞 (チェ・サンムク)」(koartny80

(追記)
この僧舞は、衣裳そのものからして神秘的で、特に舞台を遠く見るとき、宗教的超絶を感じさせる。ところで、舞や伴奏の原初の姿はどうだったのだろうか。また、舞の後半に太鼓を打つ「法鼓」は、舞と同じ由来なのだろうか・・・。


<呈才>
宮中舞踊の呈才の由来、スタイルについて次の解説があった。
・呈才の名は、「王に自らの才能を捧げる」意味から。
・振り付けは大きくはないが、派手で華麗な衣装と小道具を利用して、豪華ながらも優雅に、一人の踊り手が、花紋席(화문석)という小さな敷物の上で、黄色い衣装を身にまとって踊る。

▼韓国芸術総合学校、伝統芸術院による春鶯囀(춘앵전)の伴奏音楽を聴く。とても優雅な気分になれるし、舞と合わせて聞けばなお一層だろう。

(映像)「Koart 国楽動画 呈才"春鶯囀" (チョ・アラム)」(koartny80


<民俗芸能(カンガンスルレ)
庶民の踊りの由来、スタイルについて次の解説があった。
・韓国ではお祭りなどで、両手を広げ、自然と肩を揺らして拍子をとりながら踊りだす人たちをよく見る。
・民俗芸能の例として、全羅南道の沿岸地域から始まったとされる「カンガンスルレ」がある。主に真丸月の秋夕(추석)の夜、女性たちが両手をつなぎ円を描きながら、豊作を祈る思いを込めて集団で踊る。

▼チョ・コンレほかによる「カンガンスルレ」を聴く。次の映像を見れば、民俗芸能はやっぱりいいな、ほっとしますよ。庶民の心を歴史につなぐ伝統は素晴らしい。

(映像)「Ganggangsullae」(UNESCO

2011年11月7日月曜日

イ・ソンヒ 4集+5集(All That Masterpiece)

Dream Recordのインターネット・ショッピングに、イ・ソンヒのアルバム4集+5集リマスター版が、11月16日に発売されると案内している。

All That Masterpieceシリーズ: 「イ・ソンヒ 4集+5集(2CD)」(Gold CD限定盤)
・販売価格:13,800₩
・商品コード:DLCC0321、8809162171212
・ジャンル:バラード
・メーカー:ワイビミュージック
・発売日:2011-11-16
・(説明)「1980年代のヒロイン、イ・ソンヒの極み(絶頂)!イ・ソンヒとソン・シヒョン(作曲家)の発展的組み合わせの証明書というべき4集、そして5集、オール・ザット・マスターピース、イ・ソンヒ(4 5)」

イ・ソンヒのアルバム4集(10曲)、5集(10曲)が、デジタル・リマスタリングされて、2CDに収められているそうだ。4集CDを探していたので入手したい。

2011年11月6日日曜日

2つの人気オーディション番組視聴率

asahicomの記事「2つの人気オーディション番組、視聴率は明暗」(11/1)は、ケーブルテレビの「スーパースターK 」と、イ・ソンヒがメンター(指導者)として参加している地上波の「偉大なる誕生2」の両番組視聴率動向を次のように伝えている。

・韓国Mnetの人気オーディション番組「スーパースターK3」の視聴率が上昇している一方、MBC「偉大なる誕生2」は下落していることがわかった。

・AGBニールセンメディアリサーチによると、(10月)28日に放送された「スーパースターK3」(の視聴率)は、全国基準Mnet11.43%、KM1.89%で計13.32%を記録。これは、先週より0.47%高い数値となった。

・一方、1時間先に放送された「偉大なる誕生2」(の視聴率)は、地上波の全国基準15.1%、首都圏基準では17.9%を記録。これは、先週よりそれぞれ0.6%、0.3%低い数値だ。


(本ブログ関連:視聴率 "9/19"、"10/14")
(本ブログ関連:"メンター(指導者)イ・ソンヒについて")

(参考)
上記"9/19"の視聴率を、今回と同じ基準か不明ながら、見ると次の通り。
・「スーパースターK3」:Mnetの9/16放送時、平均12.7%、最高14.6%
・「偉大なる誕生2」:初回放送時12.2%、第2回(9/16)放送時15.8%

秋の視線

ハン・ヨンエ(한영애)が古風な声で歌った「秋の視線(가을 시선)」(1995年)を、イ・ソラ(이소라)がカバーしている。滲みるような青い空をそよぐ風につつまれて、秋の気配を感じる、そんな透明感のあるイ・ソラの声も、もしかすると微妙に時代の色があるのかもしれない。(この曲に限れば、TVドラマ風な音色の加工が・・・かもしれない)
それにしても、イ・ソラの声は、ダイナミックレンジが大きくて、ドラマチックだ。懐旧もからりとして、包容力のある秋の日の午後を歌っている。

イ・ソラは、CDだけ聴いて知った歌手だった。随分以前のこと、ソウルのホテルでテレビに登場した彼女のトークを見たとき、CDの彼女のイメージとの落差に驚いた、というか半信半疑になった。実力ある歌手は、中島みゆきのように豹変してしまうらしい。

2011年11月5日土曜日

鉱物の会の例会 11-11-5

四谷で開かれた、鉱物の会の例会に行く。少し早目に着くと、室内鉱物採集ができる。有志が持ち寄って陳列した鉱物標本をいただけるのだ。次回出かけたい採集地の鉱物標本を入手できたりするので、大変ありがたい。

・先日(10/30)の会主催による、秩父鉱山石灰沢の「採集会成果報告」があった。それにしても、当日の帰りのバスの中で、幹事さんが鉱物についていろいろ語られたお話の博識振りは素晴らしかった。
バスで席を隣り合わせた会員の方も出席されていて、そのとき話題になった鉱物採集地のコピー資料をいただいた。感謝至極だ。

・「夏休み成果報告」では、出席者全員が、夏休みを含めて最近までの鉱物採集の活動状況を報告した。いつもお世話になるхаякава氏が先に話されたので、付いて歩くわたしとしては、錫高野の蛍石採集のてんまつを述べた。何しろ、仰向けに転倒して、思いっきり背中を強打した苦い記憶の同採集場所に、再び訪れて採集したのだから。
「恋しくば訪ね来てみよ・・・うらみ蛍石」というわけで。

・「鉱物鑑定練習」では、配られた4つの標本を同定するものだ。わたしの正解は半分。会長の「今回は全問正解者が多かった」との講評に、ちっとも成長していないことを自覚する。

先日の採集会もそうだが、今回の会場に、小学校低学年のこどもたち(3名以上)が出席していた。本会の貴重な宝ものだ。
そうそう、採集会では厳しい幹事でいると発言された方が、子どもたちの前では、とても優しく対応していた。本当にいい場面を見た。

また、会員のёсики氏から、九州は宮崎県の土呂久鉱山にまで出かけて採集した標本をいただいた。感謝、感謝。

2011年11月4日金曜日

シルヴィ・ヴァルタン

きのう、ウルトラマンの仮面を孫にお土産したとき、バルタン星人について話したが、余り気乗りしないで、孫は仮面をつけて部屋中駆け回った。それに、シルヴィ・ヴァルタンと言っても・・・。

60年代後半からのフレンチポップの流行で、シルヴィ・ヴァルタンはその代表だった。ちょっと目尻が上がって、ひかれるものがあり、母親がハンガリー人だそうで、もしかして膠着語の仲間として・・・東洋の遺伝子があるのかも・・・そんな雰囲気だった。
シルヴィ・ヴァルタンとバルタン星人のネーミングの関係は、Wikipediaによれば、どうやら勘違いとのこと・・・信じていたのだが。

さて、60年代のフレンチポップで、記憶にある(女性)歌手を列記する。

シルヴィ・ヴァルタン(Sylvie Vartan、1944年~) 「あなたのとりこ(Irresistiblement)」(1968年、日本1970年)
ダニエル・ビダル(Danièle Vidal、1952年~) 「天使のらくがき(Aime ceux qui t'aiment)」(1969年)
フランス・ギャル(France Gall、1947年~) 「夢みるシャンソン人形(Poupee de Cire Poupee de Son)」(1965年)
・マージョリー・ノエル(Marjorie Noel、1945年~) 「そよ風にのって(Dans le même wagon)」(1965年)


ところで当時、カンツォーネブームもあり、イタリア(女性)歌手も音楽界で競っていた。
何といっても、ジリオラ・チンクエッティ(Gigliola Cinquetti、1947年~)だろう。16歳の彼女が、1964年のサンレモ音楽祭で 「夢みる想い(Non ho l'eta)」を歌って優勝したときの映像をみれば、まさに昭和の香りがする。イタリアの吉永小百合のイメージだ。

2011年11月3日木曜日

孫と公園でボール遊び

先日、孫のために求めたウルトラセブンの仮面を渡す口実で、遊びに行く。
若い家庭は戦場だ。孫は走り回り、孫娘は泣きじゃくる。両親は、子どもたちの面倒に追われ、ゆっくり話すひまもない。これじゃあ、せっかくの休日も、休養どろではないだろうと気遣ってしまう。
両親の大変さを思い、孫と父親と一緒に近所の公園に遊びに行く。やがて、母親に抱かれた孫娘も到着する。孫と広場でボールを蹴ったり、ブランコを揺らしてやったり、滑り台の階段上がりを手助けしたりする。だんだん疲れが出てくる。
孫よ、元気が良すぎるのだ。

しばらく公園遊びの後、若夫婦が来年入居予定の、公園近くにできる新築マンションのモデルルームを見に行く。若い家族の元気な声が聞こえてくるような間取りだ。来年、もっと激しく遊び回る孫たちと一緒に、新しいリビングルームで遊べることを楽しみにしている。

遊びつかれて横になった孫も目を覚まして、夕食の後、怪獣ごっこをする。もうヘトヘトだ。頃を見て、別れの段になるが、孫はあっさりとバイバイと手を振って、「妹(孫娘)を連れて行かないで」とまで言った。
帰宅しても、いまだに疲れで体がボーッとしている。

イ・ソンヒの「分かりたいです」

チェ・ギュソン(최규성)大衆文化評論家による、イ・ソンヒの「分かりたいです(알고 싶어요)」の誕生にかかわる数々の話題と解説を、昨日(11/2)の本ブログに載せさせていただいた。
そこで、Youtubeに登録されている、イ・ソンヒの歌う「分かりたいです」(歌詞)を聴いてみる。2004年、彼女の20周年コンサートのものである。
(この映像も以前エンベッドしているけれど・・・)

(参考)
本ブログ:「ファン・ジニ」(2009/6/3)、「イ・ソンヒと黄真伊の関係」(2010/12/18
本ブログ:「イ・ソンヒの分かりたいこと」(2011/6/23



(Toutubeに登録のpops8090に感謝、感謝)

2011年11月2日水曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」、そして漢詩

週刊韓国のカバーストーリー「〔名盤名曲〕 イ・ソンヒ3集『分かりたいです』」(11/1)は、イ・ソンヒの名曲のひとつである「分かりたいです(알고 싶어요)」誕生のいきさつを次のように語っている。(チェ・ギュソン大衆文化評論家)
(驚きの事実にあふれた内容で、興奮すること間違いありません。いやぁ、知らなかった!)
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・イ・ソンヒは、「江辺歌謡祭」(1984年)大賞受賞後、1985年のソロ1集から1990年の6集まで発表するアルバムごとに、ヒットパレードを繰り広げた、当代大衆音楽界のブルーチップ(優良銘柄)だった。

・小柄で、爆発的な歌唱力を駆使した彼女は、数多くのヒット曲を量産した。特に、「ヒット曲製造機」で名声が高かったヤン・インジャ(양인자)、キム・フイガプ(김희갑)コンビが作詞、作曲した、1986年の3集収録曲「分かりたいです」は、エキサイティングな事情をもった彼女のビッグヒット曲だ。

・この歌は、聞く人の胸にしっとりと染みとおる素敵なメロディーと、恋に落ちた女性の感性を可愛く表現した歌詞が耳に差しこまれる印象的な歌だ。絶えず愛情を確認したい、女性特有の情緒をよく表わしたこの歌の歌詞は、当代最高の歌手に浮上したイ・ソンヒの優しいボーカルに乗って、実に大きな波紋を起こしたし、今も多くの大衆が愛唱する名曲として遜色ない。

・ところで、私たちが知っているヒット曲には、先に歌ったオリジナル歌手が別にいる場合が多い。誰もイ・ソンヒがオリジナル歌手と信じて疑わないこの歌も、実は彼女よりも2年前に最初に発表したオリジナル歌手がいる。

・初めて発表されたとき、この歌は男性歌手の曲であったし、題名と歌詞も違った。オリジナルの歌手は誰であろうか?
80年代の大衆に、「瞳(눈동자)」、「遥か遠いところ(아득히 먼 곳)」としてよく知られたイ・スンジェ(이승재)が主人公だ。原曲のタイトルは「秋の木々の間で(가을나무 사이로)」だ。イ・ソンヒの「分かりたいです」が、1984年に発表されたイ・スンジェのソロ(アルバム)に収録された曲という事実を知る国民はあまり多くないようだ。

・キム・フイガプが作詞作曲したこの曲は、イ・ス​​ンジェのソロ1集のタイトル曲「遥か遠いところ」の大ヒットにより廃れた悲運の歌だ。

・実は、作曲家キム・フイガプのヒット曲中には、オリジナル歌手とヒット歌手が共存する曲が結構ある。(略)

・題名と歌詞が違う、イ・ス​​ンジェのオリジナルバージョンは、イ・ソンヒの「分かりたいです」と同じくらい、今のような晩秋の季節秋にぴったりだ。しかし、秋に感傷的になる人の心を歌ったオリジナルバージョンの歌詞は極めて常套的だった。死蔵された歌をそのまま捨てることを惜しんだ作曲家キム・フイガプは、江辺歌謡祭の大賞以後ソロとして独立して、トップ歌手にのぼったイ・ソンヒに注目した。そこで1986年に歌の題名と歌詞を修正して、イ・ソンヒに吹き込みをさせて再誕生した曲が初めて途方もない大ヒットを放ち、生命力を獲得した。

・「分かりたいです」のビッグヒットの原動力は、歌詞にある。作詞家ヤン・インジャ(양인자)と再婚した作曲家キム・フイガプは、結婚前に、意中の彼女に自分が書いた平凡な歌詞をまた使うように頼んだ。メロディーを聞いてみた、ヤン・インジャは、男性的視点の歌詞を、「自分」の心を表現するように切ない歌詞に変身させ、イ・ソンヒの優しい音色にのせられて、名曲で面目を一新した。興味深いのは、二人の結婚式場に来たイ・ソンヒに祝歌に願った歌が「分かりたいです」という点だ。これは修正された歌の歌詞が、結婚(する)自分たちの恋愛感情を反映した歌であることを、容易に気付くことができる。

・「分かりたいです」は、3集のタイトル曲でなくても、KBS「歌謡トップ10」の5週連続1位となり、イ・ソンヒに、2回目のゴールデンカップを抱かせたし、一ヶ月の放送回数107回、MBCラジオの音楽チャート15週1位の記録を創り出し、その年のゴールデンディスク賞まで与えた。
イ・ソンヒの最大の魅力は、パワフルな歌唱力に起因する。しかし、「分かりたいです」で聞かせた叙情的な彼女のバラードの歌唱法は、長い余韻を抱かせてボーカリストとしての価値を加える。
驚異的なヒット曲らしく歌の歌詞は、かつて「黄真伊(ファン・ジニ:황진이)が蘇世讓(ソ・セヤン:소세양)を誘惑するために書いた漢詩」という誤解を受けたりした。1995年、朝鮮日報に「靑史紅史」というコラムを連載した作家のイ・ジェウンは、ヤン・インジャの了解を得て歌詞を漢詩で作成し発表したのが原因だった。
この歌は、大衆歌謡の歌詞の書き込み操作の重要性を証明している、80年代最高の恋歌(ラブソング)だった。
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「分かりたいです」とイ・ソンヒの出会いは、大ヒット曲「Jへ」と似た感じがする。忘れられたもの、消されようとしたものに陽をあてたのだから。そして見事に名曲に育て上げたのだ。
ところで、「分かりたいです」の歌詞が、黄真伊(ファン・ジニ)とは全く関係ないということを、今回知り驚きましたよ。つまり、ニワトリと卵の順番がはっきりしたことになるのだが、インターネットには、黄真伊の漢詩をモデルに「分かりたいです」の歌が作られたと誤解しているひとたちがいっぱいいる。わたしも、そのひとりで・・・なんてことだろう。

2011年11月1日火曜日

イ・ソンヒのコンサートツアー最終月

今月(11月)は、イ・ソンヒのコンサートツアー最終月である。今年2月に米ニューヨークのカーネギーホールで始まったコンサートは、場所を韓国内に移し、5月の世宗文化会館(大劇場)をかわきりに、各地で下表の通り開催された。
さすがに、ニューヨークへは難しいものの、5月のソウル世宗文化会館での「五月の陽射し」コンサートに行くことができたのは幸いだった。

いよいよ最終月、イ・ソンヒのコンサートは、3週連続というハードスケジュールである。

海外
ニューヨーク 2/3(木)  カーネギーホール(Stern/Perelman)

国内(韓国)
ソウル  5/21(土)-22(日) 世宗文化会館(大劇場) ★5.21(本ブログレポート
水原  7/2(土)-3(日) 文化の殿堂 幸せ劇場
高陽  7/9(土)-10(日) 高陽アラムヌリ アラム劇場
大田  7/16(土)-17(日) 忠南大 チョンシムファホール
釜山  9/3(土)-4(日) KBS釜山ホール
全州  9/17(土)-18(日) 全北大 三星文化会館大公演会場
仁川  10/8(土)  サムサン・ワールド体育館
光州  11/5(土)-6(日) 光州文化芸術会館 大劇場
大邱  11/12(土)-13(日) 大邱EXCO本館 5階
晋州  11/19(土)-20(日) 慶南文化芸術会館

オギヨディオラ

風も止んだし、雨も上がったから、さあ漕ぎ出るよ、「お~こ~、ど~れ~」の掛け声で。
イ・サンウン(Lee-tzsche)の「オギヨディオラ(어기여디어라)」(歌詞)は、何度聴いてもいいな。Youtubeに、伝統楽器と協演しているものがある。彼女の独特な歌声に、横笛のテグム(대금:大笒)の柔らかい音色と、太鼓のチャング(장구:杖鼓)の揺ったりとしたリズムが加わり調和する。東洋的海原の広がりと潮風、波の揺れまで想像できるようだ。

ところで、イ・ソンヒの2集アルバム所収の「秋の風(갈바람)」も、漁師言葉で秋=西の風を意味すると聞いたことがある。
途絶の海にも、陶磁器の道も走ったし、実際ひとびとは行き交ったわけで、歌の世界ならでは一層心情を共有することができる。

(Youtubeに登録のjaysbar4uに感謝)

(本ブログ関連:"イ・サンウン"、"5大歌姫"、"1986~2009韓国女性歌手の好感度"、"オギヨディオラ")

2011年10月31日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 正歌

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/26)に、「身分の高い人々の手で伝えられた、整えられて洗練された音楽である正楽(정악)グループの声楽曲、正歌(정가)」について紹介された。

「詩として書かれたものを歌として歌う形式」の声楽曲の「正歌」には、次の3つがあるということから始まった。
・「歌曲(가곡)」
・「時調(시조)」
・「歌辞(가사)」

<歌曲>
▼イ・ドンギュ(重要無形文化財第30号)による、歌曲羽調(우조)、「初數大葉(초삭대엽)」の「東窓(동창)이 )」を聴く。漂うような緩やかさのなのに、ちょっと重々しく・・・始まる。

歌曲のテンポについて次の通り説明があった。
・昔の音楽「大葉(대엽)」に、テンポについて速い順に、「慢大葉」<「中大葉」<「數大葉(삭대엽)」があったが、現在は數大葉が主流。
・男女が交互に歌う。
・最初の歌は「初」の字が付いて「初數大葉」、二番目の歌は「2」を当て「二數大葉」といい、以降数字と関係なく多様なメロディーの歌が続く。

歌曲の音階について次の通り説明があった。
・西洋音楽の長調と短調のように、国楽にも「羽調(우조)」と「界面調(계면조)」があり、歌曲を歌う時どちらの調かを曲名に表示する。
・歌曲は歌う形式が複雑で楽器も多用なため、簡略化させ比較的簡単な伴奏にのせて詩を歌う、「時調(시조)」という形式の音楽がよく歌われるようになった。

<時調>
▼イ・ジュナによる羽時調(우시조)の「月正明(월정명)」を聴く。以前(7/10)、時調の解説で聞かせていただいた美しい歌だ。月の光りの音が届くようだ。

◆ソリとノの違い
ちょうど知りたかった、ことがわかりましたよ!感謝。ソリとノの違いを次のように説明された。
・昔の人々は、庶民が歌う民謡などは、音という意味合いの「ソリ(소리)」を使い、歌曲や時調のような音楽のみを「ノレ(노래 )」、つまり歌(唄)と呼んでいた。ノレと呼ばれるこれらの音楽が、正しい歌、正歌だというわけ。
・歌曲は、重要無形文化財、第30号に指定され、去年ユネスコ人類の無形遺産に登録された。

(付記)
パンソリのパン(판)は、多くの人々が集まる<場所>を意味し、ソリ(소리)は<音>を意味する。(Wikipediaより)

<歌辞>
歌辞について次の通り説明があった。
・時調よりももう少し長い詩を歌うのがこの歌辞で、時調と同様に簡単な伴奏を添える。
・現在まで、全12曲が伝えられていて、「十二歌辞(십이가사)」とも言われる。

▼イ・ヤンギョによる歌辞「梅花歌(매화가)」 を聴く。繰り返しがのどかな感じがするが・・・物語はいかに。

2011年10月30日日曜日

秩父鉱山 石灰沢 11-10-30

鉱物の会の催す鉱物採集会に参加する。採集場所は、埼玉県秩父市の秩父鉱山石灰沢で、昨年の9/26に個人的に行って以来のことである。
うす曇りのなか、新宿からマイクロバスで向かう。現地集合組と合わせて総勢30名弱だ。今回の採集会は、今までにない特徴があった。何と、小学生以下の子どもを連れた家族が3組もいらしたことだ。随分と和やかな雰囲気になった。

今回の目的は「ベスブ石」と「スピネル」の採集だ。埼玉県道210号線道路沿いの小倉沢の涸れた川原を横切り、石灰沢(地図)を前回より上側に遡った。結果は次の通り。

<石灰沢>
・ベスブ石、スピネル、灰礬柘榴石、方解石・・・(前回より成果は芳しくなく、スピネルはいただきもの)

<小倉沢>
・磁鉄鉱、方解石の球(沢の流れに丸くなったもので、孫のお土産)


(採集帰りのバスの中で、孫が妹のお休み時間に、母親とデートを楽しんだという知らせを受けた)
★★★★★ 孫が、母親と一緒に、足蹴り三輪車、ブランコ、滑り台で遊んでいる写真と動画が届いた ★★★★★

(資料)ソウル市長選挙に見る世代別背景

今回のソウル市長選挙(10/26)を通じて、世代別の特徴(投票の背景)をマスコミ各紙が(社会科学風に)分析している。各世代の一側面だろうけれど、下記のようにまとまったものを、今まで他に見ていない。

(参考)イ・ソンヒファンの世代構成
2010年1月時点の、彼女のファンサイト「SunnyLoveCarrot(써니사랑 홍당무)」会員について調査母数n=77であるが、10代(0%)、20代(9%)、30代(44%)、40代(39)、50代以上(8%)という、世代構成の公開情報を本ブログに記している。・・・30代を中心にしているが、1964年生まれの彼女と同世代の40代が潜在的に厚いファン層だろう。

<東亜日報の解説>
東亜日報の「[オピニオン]若者の支持獲得」(10/28)は、当選者側に支持の多かった、40代、30代、20代を次のように解説している。(支持陣営などの情報について一部省略した)

◆40代(新旧世代の間にいる)は、62~71年生まれで、80年代に大学に通った386世代だ。
87年の民主化デモを記憶している抗争世代だが、景気の好況期に難なく職に就き、しばらく生活水準の向上を体感した。97年の通貨危機当時、高い地位にいなかったので構造調整も避けられた。しかし、数年前から、子どもの教育費の高騰と高い大学授業料に苦しみ、老後の備えができない人が多かった。中年以降が不安だと感じる人が変化に票を入れたようだ。
⇒40代をつかむには教育費の軽減の解決が急務だ。

◆30代は、72~81年に生まれで、90年代が大学入学年度だ。
彼らは、学生時代からコンピュータを使用した世代なので、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)適応力が高い。97年の通貨危機を体験し、就職の時から苦労し、まだマイホームのない人が多い世代で、チョンセ(高額の保証金を預ければ、その運用益で家賃負担が不要となる賃貸方式)価格の上昇に苦しんでいる。子どもが幼く、無償給食、無償保育の公約にも敏感だ。選挙日の終盤に投票所に走っていくネクタイ、ハイヒール部隊が主にこの世代と分析される。
⇒30代をつかむにはチョンセ価格の引き下げと無償給食・無償保育の解決が急務だ。

◆20代は、82~91年に生まれで、2000年代が入学年度だ。
多くの人が大学に進学する高学歴時代を生きているが、雇用のない成長の中で就職難に苦しんでいる。授業料半額公約に共感し、若年失業の解消を望んでいる。
⇒20代をつかむには若年失業の解決が急務だ。

<朝鮮日報の解説>
① 記事「ソウル市長選:世代間交流の途絶」(10/29chosuncom)によれば、(「情報収集や交流の手法が完全に異なっている」)世代間の違いを次のようにネーミングしている。
・金文朝(김문조)高麗大学教授(社会学科)は「50‐60代が理性的な<談論世代>だとすれば、SNSを積極的に活用する20‐30代は感情的な<トーク(対話)世代>として、両者は文化的に大きく異なる別の種族」と語った。

② 記事「ソウル市長選:現在の40代、87年当時の30代と同じ地位」(10/29chosuncom)によれば、40代の地位が大きく変わったことを次のように説明している。
87年当時の40代は、企業で部長以上の中堅クラスに昇進し、安定的な階層となっていたのに対し、今年の40代は、87年当時の30代と同じく、課長クラス程度の不安定な階層で苦闘を強いられている・・・、現在の40代が、以前のような「安定的な階層」から「不安定な階層」に転落したという現実があるものとみられる。

2011年10月29日土曜日

イ・ソンヒの「秋の風」

2004年、イ・ソンヒの20周年記念コンサートで歌われた「秋の風(갈바람)」(歌詞、1985年の2集アルバム)の映像が次のYoutubeにある。
西から吹いてくる風は、秋を促し葉を染める。そして、この歌のように心を奪って行ってしまう。秋の風は、彼の地を問わずせつない。けれど、イ・ソンヒの歌は情熱的だ。そして美しい。
この「秋の風」については、既に2回(2010/9/12011/9/4)記しているけど・・・。

(本ブログ関連:”秋の風”)


(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

(追記)
慶尙日報のコラム「値千金な国語」(1/17)に、「秋の風(갈바람)」について次のように解説している。(홍영진記者)
・ 「ガルパラム(갈바람)」は、西から吹く風を意味する。( 「カル(갈)」は西側を意味する言葉で、「ハヌィ(하늬)」と同義) また、「ガルバラム」は、秋の風の略語として使われたりもする。

この秋は、先日の木枯らし1号で吹き飛ばされたかもしれないけど、まだ少しの暖かさと大部の寒さの間を行きつ戻りつするだろう。

2011年10月28日金曜日

孫の変身

孫が変身したという知らせが届いた。朝から強い子になったのだ。
毎朝、保育園に通うのに「行きたくない」と泣いたりしていたのが、オオカミになってから、平気になったらしい。先日、吉祥寺で求めたオオカミ帽子をかぶって変身したのだ。

今朝は寒い。防寒の厚着をしてもらい、頭にオオカミ顔の帽子をかぶり、保育園に出で立つ元気な孫が可愛い。男の子は変身が大切だ。それを見守る母親の眼差しを感じる写真が届いた。

変身できる孫がうらやましい。頑張れ!

ケ・セラ・セラ

ドリス・デイは、とても家庭的な感じがした。そう、豊かなアメリカの生活を勤(いそ)しむ優しい母親像が似合った。彼女の実際の人生は別として。
ヒット曲「ケ・セラ・セラ(Que Sera Sera)」は、恵まれた人生に世界を疑わず、素直に生きる女性の歌として聴くことができる。陽が射す空を、眩(まぶ)しげに見上げるようなあかるい歌だ。

幼いころ母親にたずねたこと「わたしどうなるの」、成長して恋人にたずねたこと「これから何があるの」、そして結婚して子どもたちにたずねられたこと「わたしどうなるの」、それら全てに答えが決まっていた。
そう、「ケ・セラ・セラ、なるようになる」のだと。

人生って、知り過ぎていてはいけない。まだ見ぬ未来に、希望を託せる程度に幸せと遊びが必要なようだ。

(Youtubeに登録のzennmannに感謝)

(本ブログ関連:"ドリス・デイ")

2011年10月27日木曜日

仮面で変身

新宿のフルート教室の帰り、駅事故があったせいで電車が遅れて、ようやく地元駅を降りたところ、コンコース(という程でもないが)に、小さな屋台が出ていた。饅頭などの菓子類の他に、子どもたちが喜ぶTVに登場するキャラクターの仮面がいくつも並んでいた。近づいて見ると、孫の好きな?ウルトラマンの仮面も何種類かあった。

「一番上の段の、ドラエモンの直ぐ左にあるウルトラマンをお願いします。」と頼むと、店の主人に「ウルトラマンセブンですね?」と念を押された。実は、初代ウルトラマン以外、はっきり識別できない。そんなわけで、「ええ、それを」といって求めたわけだが、孫は喜んでくれるだろうか。もっと別のキャラクターにした方がよかったのだろうか。

ハロウィンの仮面ではないけれど、孫もウルトラマンセブンの仮面で、しばらく夢の空間にはまって遊ぶことだろう。子どもは素晴らしい、いつでも変身できるのだから。

イ・ソンヒの写真

何度触れたことだろう。イ・ソンヒの「Jへ(J에게)」は名曲である。この曲の作家との運命的な出会いは、その後、彼女に輝くデビューを贈ることになる。祥明女子高の3年生のときだった。
仁川大学の1年に在学中、音楽グループ<四幕五場>に属した彼女は、イム・ソンギュンと組んで、MBC第5回「江辺歌謡祭」(1984年)に登場し大賞を受賞して、デビューを果たす。

(本ブログ関連:"Jへ")←表示後、画面右下の「前の投稿」をクリックを!

<四幕五場>当時の彼女の写真が、次のYoutube映像にある。
デュエットを組んだイム・ソンギュンと一緒に並んだ、前段のポートレートと、後段の歌謡祭壇上のものである。前段の二人の写真は始めて見た。若者の初々しさと不安が垣間見える、まさに青春そのものである。「江辺歌謡祭」以前のものだろうか。



(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

2011年10月26日水曜日

ハロウィンのこと

テレビなどで、アメリカの白人家庭の子どもたちが夜に、骸骨や魔女の奇怪な仮装で、ご近所を廻ってはお菓子をいただく「ハロウィン」の風習を見かけたことがある。カボチャをくりぬいて作った暗闇に光るランタンもお決まりだ。宗教行事というよりは、お祭りのような気がするが、一体どうなのだろう。

超現実的になれる子どもだからこそ、ハロウィンのお祭りのなかで、大人には見えない悪魔的世界と一瞬通じる不思議な感覚を持つことができるのかもしれない。恐怖を感じ、恐怖を楽しんでいるのだろう。それは、子どもだけが知っている、互いに共有できる感覚だ。もう忘れてしまったが。

ハロウィンの言葉を身近に知ったのは、高校時代に読んだレイ・ブラッドベリの短編小説のなかのことだ。読書というものは自分の閉じた世界で楽しみ記憶に残すもので、ことさら見える形にしてまで求めるものではない。だから、ハロウィンは曖昧なまま心に残してきた。子ども時代に感じた、恐怖と平穏の境を懐かしむように。

ところで、日本のハロウィンブームはどうだろうか。子どもたちは、塾やお稽古ごとに忙しく、集団になることにも慣れていないし、ご近所にしてもコミュニケーションがとれていないこのご時世、アメの準備どころか唐突に来られても戸惑いがあることだろう。子どもを平気で暗闇に出してやる親もそうそういない。まして、いただいたアメに対す信頼性も怪しい時代なのだから。

日本ではまだ、若い女性がイノベーターとなって支持する、ファッション感覚のイベントに近い気がする。それを、ファッション誌や特定の都心の商業地がブームを形成しようとしているのだろう。
ところで、ご近所で子どもたちのハロウィンごっこの光景を一度だって見たことがないが、回を重ねて、年を経れば、バレンタイン行事のようになるかもしれない。(弁明として、フォーマルなものの起源も、先端ファッションであり、それが変遷して定着したものであることを考えれば、ハロウィンもバレンタインのようになるかもしれない。)
ただ、子供の方が正直だとだけ言っておきたい。

ふと気になったことがある。アメリカにも昔の日本のような駄菓子屋があれば、こんな大騒ぎをしなくても済んだのに・・・、そんな訳ないか。


(付記)
日本経済新聞の記事「東京に冬の訪れ『木枯らし1号』」(10/26)によれば、寒い今日、「木枯らし1号」が訪れたことを次のように知らせている。
・気象庁は26日、冬の訪れを告げる「木枯らし1号」を東京都心で観測したと発表した。昨年と同じ日で、この10年間では最も早かった
・同庁によると、26日は西高東低の冬型の気圧配置となり、東京都心で午後5時前、最大瞬間風速15.0メートルの北西の風を観測。寒冷前線が南下した影響で最高気温は20.3度と、25日の26.9度から大幅に下がった。
・気象庁は、東京都内について、10月半ばから11月末までに初めて吹いた最大風速8メートル以上西北西~北の風木枯らし1号としている。


★ 孫ふたりが、父親の上になったり横になったり、纏(まと)わりついている写真が届いた

2011年10月25日火曜日

結局ROSATはどこに?

ドイツのX線観測衛星(ROSAT)は、結局どこへ行ったのだろう。先日、chosoncomの記事タイトルのように「ドイツ衛星、中国、渤海湾付近に墜落のよう」(10/23 11:09)といった予想があったが、ぎりぎりまで分からない状況だった。

結局、日経新聞の記事「独衛星、日本落下なし インド洋上で大気圏突入か」(10/23 18:30)によれば、
・ドイツ航空宇宙センターは23日、エックス線天文衛星「ROSAT」が日本時間同日午前10時45分から午前11時15分の間に大気圏に突入したと発表した。米戦略司令部の情報によると、突入地点はインド洋上空とみられる。
・落下地点の特定は難航が予想される。ドイツ航空宇宙センターは軌道の計算による割り出しを進めるとともに、目撃情報などを集めている。

で、落下地点は、今現在も不明のようだ。

(本ブログ関連:"ROSAT")

2011年10月24日月曜日

霜降 2011

とりとめなく綴る。

今日は、二十四節気の「霜降(そうこう)」、寒さが進み霜が降(お)り始める頃を指すが、霜はまだ見ていない。
九州から東京の小学校に転校して、通学路わきにあった関東ローム層の畑の黒土が霜でもりあがっているのを見たとき、輝安鉱のように美しく輝く霜柱に驚いた。霜をグサグサと踏み潰して歩き、それが粉々になるのが楽しくてしょうがなかった。

二十四節気の「霜降」は、牛肉の「霜降り」ではない・・・当たり前だが。
ところで、テレビなどで、牛肉を食して「このお肉、柔らかいですね」などというものだから、子どもまでが「柔らかい」と言うようになった。私の子ども時代には、料理に牛肉が入っていたら、「肉がある!」と叫んだものだ。断じて、肉料理に「柔らかい」という言葉を軽々使うべきでない!・・・うん。(小言じみてきたなあ)

寒むくなるので、近所のスーパーで、インスタントコーヒーを探した。韓国では、インスタントコーヒーはスティックコーヒーが定番というか主流だそうだが、砂糖を敬遠しているので、ためらっていた。ところが、いったんA社のブレンディーを飲んでみると、手間いらずで、「これで、いいじゃないか」ということで、今日も買いたした。

インスタント・スティックコーヒーと一緒に、円形蛍光灯ランプを探した。P社のパッケージに、昔馴染みの「サークライン」という表記がない。インターネットで調べてみれば、「サークライン」はT社の商標とういうことを初めて知った。
「電球色」のものを選んだ。つけてみると、まるで懐かしい裸電球の光がする。部屋が一瞬、暖かい昭和に戻った気がした。食卓の明かりだった。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 並唱

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/19)に、弾き語りの音楽である「並唱〔竝唱〕(병창)」が紹介された。

はじめに、演奏スタイルについて次の通り説明があった。
・並唱〔竝唱〕(병창): パンソリの演奏の前に発声練習を兼ねて歌う短い歌(단가)、また各地方の民謡を歌うときなどに、このスタイルがとられる。また、弦楽器の伽耶琴가야금)とコムンゴ거문고)を使って歌と演奏をする場合、それぞれ、カヤグムビョンチャン(伽椰琴並唱)、コムンゴビョンチャン(コムンゴ並唱)と呼ぶ。
・併奏(병주): 二つの楽器による演奏スタイルで、例えば、笙に似た笙簧생황)」と、短い縦笛の短簫단소)が代表で、楽器名を合わせて「笙併奏(생소병주)」と呼ぶ。

<カヤグムビョンチャン>
▼パク・グィヒ(박귀희)による「タンカ(カヤグムビョンチャン)」を聴く。あれっ、以前・・・そう、チュンモリチャンダンの紹介のとき聞いたお声だ(8/1)。のりがよいというか、おもわず聞き入ってしまう。とても健康的な感じがする。

・他の伝統音楽の分野に比べ、多少、低く見られがちだったが、近年、様々な演奏家が発展に努力を重ね、これらの活躍により、1968年、散調と共に重要無形文化財第23号に指定されている、とのこと。

(参考)「伽倻琴竝唱」:韓国伝統ソリ文化より

・最近では、洗練され、楽器についても伝統的な伽倻琴よりも、改良された「25弦伽倻琴」で並唱を行うことも多くなってきている、とのこと。
▼チャン・ソユンによる「蘭、私の姿(난초 내 모습)」(25弦伽倻琴並唱)」を聴く。詩人の号から取った歌だろうか。25弦伽倻琴の現代風演奏と、素朴な語り・・・なるほど、演奏家の子ども時代のものなんですね。

(参考)「ホナンソラン(허난설헌:許蘭雪軒)」:ko-Wikipediaより

<コムンゴビョンチャン>
▼シン・クェドンによる「セタリョン(コムンゴビョンチャン)」を聴く。このお声も、以前(5/4)、コムンゴの紹介のときに聞いている。音に飾りがなく透明感がある。伝承者が少ないのが現状だそうだが、継承されんことを・・・。

2011年10月23日日曜日

イ・ソンヒの「ハンネの別れ」

「1975年キム・ヨンドン(김영동)芸術監督が音楽を引き受けて国楽ミュージカルとして初めて舞台に上がった」、「ハンネの昇天」の中から「ハンネの別れ(한네의 이별)」を、1994年「ソウルの愛コンサート」で、イ・ソンヒが歌う映像がYoutubeにある。
(なお、1977年には、ハ・ギルチョン(하길종)監督によって映画化されている。)

「ハンネの昇天」については、LifeDaeug掲載の、2007年「第1回大邱国際ミュージカルフェスティバル」公演の「国楽ミュージカル"ハンネの昇天"」の記事に解説されている。土俗的な因習、仏教的な輪廻観、そして羽衣天女譚などで構成される、とても重く苦しい悲恋物語のようだ。

イ・ソンヒは、1992年に新しい境地を切り開こうと、キム・ヨンドンと一緒に、国楽と彼女の音楽との融合を試みて、第8集「小船(조각배)」を出した。彼女にさえ巡ってきた音楽的苦難の時代があり、その中で試みたひとつである。東洋的回帰への試行は、後の代表作となる「因縁인연)」に結実する。



(Youtubeに登録の526apolloに感謝、感謝)


(程よい日和の今日、孫たちが多摩動物園に行ったという知らせを受けた)
★★★★★ 孫が、ライオンバスの窓の手すりをしっかり掴み、ライオンの群れを見ている写真が届いた ★★★★★

2011年10月22日土曜日

ROSATの落下ルート

10/23、07~21時のROSAT地上軌跡
文科省のfacebookに掲載の、「総理官邸内危機管理センター内の『ドイツ人工衛星落下に関する情報連絡室』より」発表の「ドイツ人工衛星に関する情報について」を、次に転記する。(10月22日16:30 )

・ドイツ航空宇宙センター(DLR)の情報によれば、ドイツのX線観測衛星(ROSAT)は世界協定時の10月22日18時から23日12時(日本時間10月23日03時から23日21時)に大気圏に再突入すると予測されています。(略)

  
日本上空において大気圏に再突入する可能性は完全には否定できませんが、ROSATは、明日23日09時30分頃に南西から北東にかけて日本列島上空を通過する見込みです


・「日本上空の時刻(日本時間)」(Jaxa作図の軌跡図)
① 10/23、09:30頃
② 10/23、15:40頃
③ 10/23、17:10頃
④ 10/23、18:50頃


さてさて、「人間に当たる確率は『2000分の1』で、同衛星が2000回落ちると仮定した場合に1人に当たる頻度に相当する。陸上にいる特定の人物に当たる確率は15兆分の1という。」(YOMIURI ONLINE)とのことだが、何度聞いてもわからない。地上に人間は、決して均等に分布しているわけではないのだから。
果たして、日本に落ちるのか、落ちないのか。まして人に当たるのか、当たらないのか。

(本ブログ関連:"どうしよう、今度はドイツの人工衛星が落下だって")

ピーター・ブリューゲル

テレビ東京の「美の巨人たち」は、小林薫の淡々として飄々とした語り口で、美術作品を様々な視点で解説する番組だ。先週(10/15)、伝ブリューゲル「イカロスの墜落の風景」を紹介した。

(大)ピーター・ブリューゲルPieter Bruegel, 1525/30年-1569年9月9日)の絵は、芸術作品というより、身近に馴染みやすい、もっと言えば、庶民の体臭さえ感じる。北方ルネッサンス絵画の中で、遊ぶ子どもたちの姿を、収穫の農作業にくたびれて昼寝する農民の姿を、最も人間らしく描いた画家ではないだろうか。以前、本ブログで触れたこともあるが、思い出方々、思ったまま再度記してみよう。

私の中学時代に、国別・時代別の大部の美術全集が学校の図書室に並んでいて、借り出しては、退屈な授業の合間に眺めていた。その全集の中にブリューゲルの作品が収められていた。
当時、「農民画家」と呼ばれて妙な持ち上げ方をされていた。美術全集の中の彼の作品を見れば、そんな評価に違和感を感じたものだ。子どもなので、ボッシュの系列に位置づけられたりする奇想さに関心もあったけれど。

高校時代になると、画家別の手頃な全ページカラー印刷の美術全集が登場して、ブリューゲルもその1巻となった。いろいろな意味で、ファン層が拡大したと思う。

社会人になって、ブリューゲル研究の第1人者である、森洋子教授のオープン講座に出席したところ、なんと会場を中年女性が埋め尽くしていた。海外旅行先を主要商業都市から、競い合うように地方古都市に移していったように、ブリューゲルにも関心が向けられたのだなと複雑な気持ちになった。(ああ、中年女性を敵に回してしまった・・・)

農夫であれ、職人であれ、商人であれ、そして彼らの子どもも含めて、庶民という名に生きて、働き、いつか死ぬひとびとの本当の強さを、ブリューゲルは感じていたのかも知れない。神や神話との距離の同心円内に、庶民も見ていたのだろう。
歴史を超えて、日々働き生活する庶民は、保守的だが強固にその立場を守る。ブリューゲルの絵に、そんな庶民の力強い生活観がいきいきと見えてくる。とはいえ、彼は安易な接近や同調もしなかったろうし、シニカルな目も持っていたことだろう。庶民だって、そのことは承知していたと思う。

今よりも静かな時代、遠くの教会から鐘の音が聞こえてくる、そんな農村風景の中に身を置いて、ブリューゲルの絵を眺めてみたい。

私の好きな、ブリューゲルの絵は、「農家の婚礼」と「農民の踊り」だ。

(本ブログ関連:"イカロス")

2011年10月21日金曜日

オリオン座流星群

外灯の明かりに照らされて、ぱらぱらとわずかだが雨滴が降ってくる。先日(8/13)の「ペルセウス座流星群」は曇り空で残念だったが、今日の「オリオン座流星群」は小雨のためにもっとだめだった!

weathernewsのソラマド特別番組「SOLiVEスター」(23:00-25:00)は、全国7元ライブ中継を試みたものの、新潟県の胎内自然天文館(いそやん担当)の上空にかすかに星座が見えただけで・・・同地は中継時間内ではないけれど、番組内で流星を2つ以上ゴールした。リプレイ映像で、その流星を確認することができた。
流星を実況中継できないかわりに、怪しい馬?が出てきたり、超ミニUFOの噂が流れたりと、理系人間のギャグが炸裂した愉快な番組だった。

イ・ソンヒ「私はいつもあなたを」との出会い 「NHKに恋ハセヨ」

月刊「朝鮮」(2011年11月号)に、NHKプロデューサー上嶋隆一とのインタビュー記事「KPOPが日本語を変えている(K­POP이 日本語를 바꾸고 있다)」(インタビュアー:廉東浩)が載っている。

・二十を超えたばかりの日本人青年(上嶋隆一)が、韓国語を学ぼうとソウルを訪ねたのは1987年、大学4年生の時であった。(当時の韓国の政情が語られる)
・(騒然とした)ソウルの空気を吸って、下宿代わりに使用していた新村(신촌)の奥まった宿屋に帰ってきた。郷愁を慰めるためにつけておいた白黒TVに、一曲の歌が流れた。意味は分からなかったが、小さい体格のメガネをかけた女性歌手の歌は、彼の耳と目を画面に釘づけにしてしまった。歌手イ・ソンヒの「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」だった。「こんなにきれいで、美しい音があるとは…」 青年は、韓国語の美しさに魅了された。
・(カセットテープに収められたイ・ソンヒの歌を求めて、ソウル市内を駆け巡ったり、公開放送録画現場で女中高生の中にまぎれて熱狂したりした)
・このように韓国歌謡を愛する彼が、2011年10月30日、ソウルで「NHKに恋ハセヨinソウル(NHK에 고이하세요 in 서울[NHKに戀하세요])」というテーマの公開放送を進行する。

日・韓+英の番組タイトルができあがったようだ。

ところで、放送スケジュールについて調べてみると、どうやら主催は、NHKワールドラジオ日本コリアンサービスによるもので、在韓日本大使館のイベント情報欄に次の通り掲載されている。
・出演:梅津正樹アナウンサー(NHK)、イム・スミンアナウンサー(KBS)、古家正亨(コリアンカルチャーナビゲーター)、山田敦子アナウンサー(NHK)
・日時:10月30日(日)午後1時から(12時30分開場)
・場所:在韓日本大使館公報文化院ニューセンチュリーホール(定員126人)/ ソウル特別市鍾路区雲泥洞114-8


(深大寺の近くにある植物園に、孫娘がバラやダリアを見に行ったという知らせを受けた)
★★★★★ 孫娘が、公園のススキの原を勇ましく、両手両足でハイハイする写真が届いた ★★★★★     

メアリー・ブレア 生誕 100周年

今日のGoogle画面のロゴは、可愛らしい色彩で描かれている。

メアリー・ブレア(1911年10月21日~1978年7月26日)の生誕100周年を記念してのことだ。2年前の9月18日に、東京都現代美術館で開催された「メアリー・ブレア展」に行ったことを思い出した。

彼女が担当した、ディズニーアニメ作品の色彩は、まさにアメリカの豊かさを象徴していた。それは、清潔で、色鮮やかで、まぶしかった。金髪で青い目をした、肌の白い主人公たちの世界だ。ディズニーが、世界市場への適合を意識していない、アメリカの国力が十分にみなぎっていた時代の色彩だ。ぼくらは、それを無条件で受け止めていたし、欲していた。

(本ブログ関連:"メアリー・ブレア")

2011年10月20日木曜日

韓国文学翻訳院「東京フォーラム」

新宿のフルート教室の後、地下鉄赤坂三丁目駅そばにある「韓国文化院」に、韓国文学普及のため設けられた「韓国文学翻訳院」主催の「東京フォーラム」(10/19-20)に行く。

今日は、申京淑신경숙)と津島佑子の対談「文学に見る家族」がある。文学論に深くないので、今回の一番の目的は、申京淑がどんな感じの人かを見るためだ。
彼女は、親しみやすく、穏やかに笑いをまじえながら話す。一言でいえば、気さくな感じがする。とはいえ、対談のなかでこたえる彼女の言葉は明晰で、現代人を、家族を、作品中の登場人物を語った。だから、時代のなかの喪失感であり、家族探しであり、家族の再構築が語り合われた。話題の中心に、彼女の最新の「母をお願い(엄마를 부탁해)」(日本語翻訳版:集英社)が置かれた。
そして、津島佑子の言葉には、申京淑に対する「お姉さん」の眼差しが感じられた。

(本ブログ関連:" J物語"、"浮石寺へ"、"離れ部屋"、"いま、私たちの隣りに誰がいるのか")

ところで、イ・ソンヒと申京淑(シン・ギョンスク)は同じ世代である。
申京淑は1963年に、イ・ソンヒは1964年に生まれている。
・イ・ソンヒは1984年に江辺歌謡祭で「Jへ」を歌い、申京淑は1985年に短編「冬の寓話(겨울우화)」でデビューした。
・2002年に、申京淑は、「J物語(J이야기)」を発表した。
・今年、申京淑の「母をお願い」がアメリカで出版され、イ・ソンヒはカーネギーホールでコンサートをおこなった。
そして、イ・ソンヒと申京淑は、ともに気さくな話し方をする。

(追記)
素人ながら気になるのは、集英社が、すでに「母-オモニ-」(姜尚中)を出版していたので、同社としては、申京淑の作品タイトルを「オンマをお願い」ではなく、「母をお願い」にしたのだろうか。それから、装丁(写真、レイアウト、色彩)について、初めて文庫本を見たとき思わず息が止まってしまった。

(付記)
フォーラムが始まる前に、赤坂三丁目駅近くにある「雲南米線」という中華料理店で、昼食に「マーラー米線」をとる。四川料理のマーボ豆腐に似た味付けで、真っ赤なヒリヒリしたスープに、半透明の柔らかい米線(米で作ったヌードル)が入っている。食べ初めて一時食がひるむが、やがて独特な香料にもなじんでくる。汗を出しながら、無事に!食べきる。癖になりそうだ。
テレビなどに見る、雲南の少数民族の人々の顔に、日本人に似た懐かしさを覚えることがある。なお、雲南省は四川省の南に隣接している。

2011年10月19日水曜日

イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」

SBS歌謡ショー「イ・ソンヒと友人達」で、イ・ソンヒが番組の最後に歌う「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」(歌詞:1988年)の映像がYoutubeに登録されている。以前、同番組で、「私の街(나의 거리)」(歌詞:1989年)を歌うものも本ブログにエンベッドしたが、この番組での彼女の姿はとても良い。



(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「私の街」")

2011年10月18日火曜日

孫たちと公園散歩

先日、孫たちと一緒に吉祥寺に行ったのが火曜日(9/6)、今日の火曜日に、また孫たちと一緒に吉祥寺に出かける。伊勢丹跡の複合商業施設「コピス吉祥寺」で、孫たちの冬服選びのお供をする。孫(お兄ちゃん)はなぜか、オオカミ帽子が気に入ってずっと被っていた。孫娘(妹)は、さすがに女の子、可愛い服はどれも皆よく似合う。つまり、孫娘はとても可愛いのだ。

井の頭公園の野外舞台前の広場で、孫と一緒に階段を上ったり下りたりして遊んだときはまだよかったが、公園池の七井橋を渡り、井の頭自然文化園(分園)で走り廻って遊んだ頃には、だんだんと疲れが出てきた。そして、本園に着いたとき、とうとうギブアップした。追いかけっこで捕まえたときに、抱っこしたりしたのがいけなかったのか、無理がきかなくなった。

孫と遊ぶのは疲れる。だから、孫に言ってみた。「お前は、どうして、疲れないんだい?」ってね。孫は何も答えてくれない。
でもねえ、そんな元気な孫たちも、別れ際には、孫は父親に、孫娘は母親に抱かれて寝入っていた。ああ、また可愛くなる。

(本ブログ関連:"孫と買い物")

(追記:帰宅後すぐに目覚めた孫は、お腹がすいたと親をせかして急いで夕飯を用意させた)
★★★★★ 孫が、目覚めてすぐの夕飯を前に、得意そうに食事椅子に座っている写真が届いた ★★★★★

2011年10月17日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 巫俗音楽

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/12)に、「韓国のシャーマニズム、または民間信仰などといわれている巫俗(ふぞく:무속)で、お祓いをする際に演奏される(韓国各地に伝えられている)音楽、巫俗音楽」が紹介された。

韓国らしさを知るために、「巫俗」はある意味、文化人類学的な意味合いも含めて必須な知識かもしれない。韓国文化院で、実際に巫俗(済州島のケース)の儀式のひとこまを見る機会があった。今回の放送も加えて、膠着語が通底する古アジアの世界が少しでも理解できればと願っている。

・「巫俗」について、まさにシャーマニズムの要件でもある次の説明があった。
-現在では、多少否定的に使われることもあるが、古代から伝えられてきた、韓国固有の信仰
-天と地の間に存在するあらゆる物に神が宿っていると信じる
-二十四節気ごとに村の守護神や家の神を祀った霊廟で法事を行ったりする
-また体の調子が悪い時や、家によくないことが続く場合などは、巫俗をつかさどるムーダン(巫堂、무당、すなわち"シャーマン")を訪ねて、クッ(굿)といわれるお祓い(祭儀)を受けたりする

▼キム・デレによる<珍島>で亡くなった人の魂を讃えるシッキム・グッの中から「ホンマジ・シッキム・グッ(혼맞이 씻김굿 )」を聴く。亡者の想いを重ね解くように極楽往生を願い歌うように聞こえる。(1980年に重要無形文化財第72号に指定されているとのこと)

▼イ・サンスンによる、<ソウル>に伝わる巫俗音楽の、ソウル・クッの中から「マルミコリ(말미거리)」を聴く。珍島のものに比べると、明るく軽快で鈴の音が効果的に滲み入る。ところで、"バリ王女"の伝説を聞き、ふと浮かんだのはリア王のコーディリア・・・でも悲劇に終わることもなくて・・・。
(ところで、「マルミコリ」について、インターネットによい資料が見当たらない・・・)

・「江原道のコソンから釜山のトンネ地方に至る、太白(テベク)山脈(大幹)の東側にあたる地方に残る」、祭儀と別に共同体の祭事として「平安のために行われる」クッが紹介された。

▼キム・ソクチュルによる東海岸別神グッ(동해안별신굿)の中から「セジョン・クッ(세존굿)」を聴く。激しく転回するリズム、軽快に、そしてちょっと野生的に進む。
(「セジョン・クッ」についても、インターネットによい資料が見当たらない・・・)


巫俗から、巫俗音楽だけを音楽として切り取って聴くものではなく、身近に庶民の生活を想うべきものだろう・・・けれど、地域や伝承によって多様であることを知った。初源的で一番魅力を感じる。


★★★★★ 孫娘が、赤い着物に赤い髪飾りして、優しい笑みを浮かべた写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、それでも赤ちゃんの口元して、ゆっくりお休みしている写真も届いた ★★★★★
(明日は、孫たちに会う予定。)

2011年10月16日日曜日

ジリオラ・チンクエッティ 「雨」

この時期に降る長雨を、秋霖といえば詩情があってよいけれど、台風に重ならないことを祈るだけ。

ところで、先日、机上鉱物採集させていただいた石仲間は、ジリオラ・チンクエッティGigliola Cinquetti)のファンとのこと。彼女の代表曲に「雨(La pioggia)」(1969年)がある。昨日からの雨の話題をひきずっているわけだが、曲の軽快さに合って、彼女の明るい歌声のおかげで、雨の鬱陶しさをこれっぽっちも感じない。秋が雨期だそうだが、イタリアの雨ってこんなのかな・・・。

そうそう、ジリオラ・チンクエッティが愛らしく可憐な16歳の時に、「夢みる想い(non ho l'età)」(1964年)を歌ってサンレモ音楽祭で優勝した、まさにこの年に、イ・ソンヒが誕生している。

(Youtubeに登録のKeisEchoewjvideoに感謝)


(孫たちは幸い天気に恵まれて、羽村の動物園に行った)
★★★★★ 孫が、額の髪を汗でぬらして、白バイや消防の遊具で遊んでいる写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、日陰にでんと座り、お兄ちゃんの遊ぶ姿をながめている写真が届いた ★★★★★

2011年10月15日土曜日

雨の歌

埼玉県の県道210号線から秩父鉱山に分岐する地点で、中津川の川原に降りて鉱物採集をする予定だったが、今日明日の雨模様から延期しようと、いつもお世話になっているxаякава氏から連絡があった。残念な雨だが、今月末にも鉱物の会で、秩父鉱山の石灰沢で採集会もあることなので・・・。

ところで昨日の韓国語教室で、雨について話題になったとき、韓国の人々から見れば、雨はザッと降ってサッと上がるもので、しとしと降り続く日本の雨とだいぶ趣が違うようだ。だから、雨に対してロマンチックな想い入れがあるという。
雨にちなんだ80年代の歌について、先生方からペタラギ(배따라기)の「雨と湯飲み茶碗の間(비와 찻잔 사이)」(歌詞)が紹介されたので、わたしはイ・ウンハ(이은하:イ・ウナ)の「春雨(봄비)」(歌詞)をあげたところ、先生はそれを見事に歌ってしまわれた。参りました。

そういえば、5月に世宗文化会館で催されたイ・ソンヒの「2011イ・ソンヒ『五月の陽射し』コンサート」にゲスト出演したキム・ボムニョン(김범룡)が、「冬雨は降って(겨울비는 내리고) 」(歌詞)を歌っていたのを思い出す。

(Youtubeに登録のleesang4388momo86ist013picに感謝)

(本ブログ関連:"ペタラギ"、"イ・ウンハ"、"キム・ボムニョン")

2011年10月14日金曜日

視聴率は<偉誕2>、話題性は<SSK3>

ハンギョレ新聞の記事「視聴率は<偉誕2>、話題性は<SSK3>」(10/13)は、代表的な両オーディション番組の視聴率状況を次のように報じている。ちなみに、イ・ソンヒは、<偉誕2>すなわち「偉大なる誕生2」にメンター(審査者・指導者)として参加している。

・代表的な歌オーディション番組「偉大なる誕生2」(<偉誕2>文化放送MBS(金)夜9時55分)と、「スーパースターK3」(<SSK3>Mnet(金)夜11時)が、同日1時間の差を置いて放送され、両番組の「成績表」への関心が熱い。
・まず、視聴率の面では<偉誕2>が先行する。<偉誕2>は平均視聴率14.6%(AGBニールセンメディア)で、9.5%である<SSK3>を上回っている。← 視聴率調査日は先週10/7か?
・しかし、話題性の面で、体感温度は<SSK3>がはるかに高い。
・<SSK3>は参加者の事情に集中すれば、<偉誕2>は審査員の言動が話題を集める。<SSK3>は、シーズン1、2のように参加者の人生に光をあてて"キャラクター"を付与し、視聴者たちが没頭できるように誘導する。
・<偉誕2>は、シーズン1のように、相変らず参加者よりも審査員がさらに引き立って見える。
・しかし、「<SSK3>が"キャラクター"と"物語り"をこしらえる過程で、刺激的な編集をするため、見苦るしくて、気楽に鑑賞できる<偉誕2>を見る」という視聴者もかなり多い。

以上の結果、両番組の差異は、地上波とケーブルテレビの特性が生み出したものだろうか・・・。視聴者の属性(年齢・性別・職業など)もどうなのだろう。


★★★★★ 孫娘が、はいはい姿のまま、ニッコリと見上げている写真が届いた ★★★★★

2011年10月13日木曜日

世田谷区の放射能汚染の顛末

昨日、世田谷区で測定された高線量の放射性物質の発生源が次のように判明した。

TBSニュース
・現地を訪れた首都大学東京の福士政広教授によれば、原因は福島第一原発事故以外にあるのではないかとの見解で、「9割以上の確率で(原発からあまり出てこない)ラジウム226の核種が同定されている」。

<毎日jp(10月13日 21時27分)【黒田阿紗子、川崎桂吾、吉住遊、橋本利昭】>
・東京都世田谷区弦巻の区道から毎時3.35マイクロシーベルトの高い放射線量が検出された問題は、東京電力福島第1原発の事故とは無関係とみられることが分かった。保坂展人区長が13日に記者会見し、区道に面した住宅の床下から見つかったガラス瓶が発生源と発表した。通報を受けた文部科学省原子力安全課はガラス瓶の中に何らかの放射性物質が入っているとみて調べている。一方、東京都北区の小学校と千葉県船橋市の公園でも毎時1マイクロシーベルトを超える放射線量を測定した。

ともあれ、上記(東京都北区の小学校と千葉県船橋市の公園など)の通り、自然濃縮によるホットスポットが各地に出現している。市民先行の測定結果を、自治体が追測定する形になっている。

フルート教室

いよいよ今日から4ヶ月間だが、フルート製作会社の新宿教室で、「大人のための『体験グループレッスン』」に通うことになった。立派な体躯のN先生のフルートから流れる力強い響きに驚嘆する。ああ、及びもしない(当たり前だ)が、これから他の受講生の皆さんと一緒に楽しく学ばせてもらうことにしよう。
この期間、EXモデルのフルートを貸与してもらう。入門に位置づけられるモデルだが、楽しみだけで気軽に購入できる価格帯のものではないのだから・・・頑張ってみよう。

ところで、教室訪問前のわずかな時間に、近くのタリーズコーヒーで蓋付きのままコーヒーを飲んだところ、熱くて上唇を火傷してしまった。プロの演奏家は、こんな真似を絶対することはないでしょう・・・要領の悪さを痛感する。


(昨日、孫達は穏やかな一日、熱海と伊東に家族旅行した)
★★★★★ 孫が、遊覧船に乗って父親と一緒に、飛んでくるカモメにえさをあげる写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、父親に大事に抱きかかえられながらも、存在感たっぷりの写真が届いた ★★★★★

放射能汚染場所

放射能汚染マップを見ると、(均一な微粒子の放射性物質が風に乗って薄まりながら)面状に満遍なく汚染するように思ってしまうが、スポットに集中して強く汚染することがある。
昨日の各メディアが報じたように、世田谷区の一ヶ所で、「1時間あたり約2.7マイクロシーベルトの高い放射線量が検出」されている。高い放射線量になったメカニズムを知りたい。

<読売ONLINE(10月12日21時33分)>
・区では、東京電力福島第一原発事故で放出された放射性物質が雨水で運ばれ蓄積された可能性があるとしている。

<テレ朝News(10/12 22:06
・高い放射線量が検出されたのは、世田谷区弦巻の歩道です。住民からの情報を受け、区が4日に付近の27カ所を測定したところ、そのうちの1カ所から1時間あたり約2.7マイクロシーベルトの放射線量が検出されました。計画的避難区域に指定されている福島県の飯館村役場では12日、1時間あたり約2.1マイクロシーベルトの線量が検出されていますが、それよりも高い数値です

<msn産経ニュース(10.12 22:55)>
・区によると、高い線量が確認された地点は弦巻5丁目の区道で、民家の雨どいや樹木から流れる雨水がたまる場所という。 /今月3日に区民グループから情報提供があり、翌4日に区職員が計測した。土壌に水をかけて清浄し、6日に再計測したところ、同じ値を示した。

<Asahi.com(10月12日23時0分)>
・毎日8時間を外で、残りを木造家屋で過ごしたと仮定して計算すると、年間被曝(ひばく)量は14.2ミリシーベルトとなり、国が避難を促す目安としている20ミリシーベルトよりは低い。

<子どもを守ろう SAVE CHILD(10/12)>
・世田谷区議会議員(「みんなの党」所属)の田中優子さんの10月5日のツイートです。これを読むと世田谷区弦巻のこの場所でスポット的なもの(全体ではない)とは思いますが、1時間あたり4.699マイクロシーベルトだったようですね。この報告を受けて翌日に世田谷区が高圧の洗浄器を使って歩道部分の洗浄を行った後に測定した数値が1時間あたり2.707マイクロシーベルトだったようですね恐ろしく高い数値です。

<毎日jp(10月13日1時33分)>
・区環境保全課によると、区民が3日、区道の歩道部分を簡易測定器で測定し「放射線量が高いようだ」と報告区が圧力洗浄した後、6日に9カ所を測定したところ、0.08~2.70マイクロシーベルトを検出した。地上5センチ、50センチ、1メートルの3段階で5回測定し、その平均値を出した。

2011年10月12日水曜日

イ・ソンヒの「大物」OST

BSフジは、10月18日(火)19:00~19:55に、SBSドラマ「レディプレジデント~大物(대물)」の第1回放送が始まるそうだ。一説(中央日報の記事)に、ドラマの主人公がハンナラ党前代表の朴槿恵박근혜)に似ているという話もあるそうで・・・。
それはそれとして、イ・ソンヒがこのドラマのOSTパート5で、「去らないで(떠나지마)」(歌詞)を歌う。彼女の他の歌と違って、畳み掛けるように盛り上げ、情熱的に歌う。



(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

(本ブログ関連:"大物")

2011年10月11日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 祭礼音楽

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/5)に、「朝鮮時代から現在まで守り伝えられてきた音楽、(王室と庶民の)祭礼音楽」が紹介された。

<王室の祭礼音楽>
・ソウルの中心にある、朝鮮時代歴代の王と王妃の位牌が祀られている霊廟で、毎年5月の第一日曜日に大々的に開かれる祭礼の祭祀(제사)を宗廟祭礼(종묘 제례)、演奏される音楽を宗廟祭礼楽(종묘 제례악)という、とのこと。

▼国立国楽院、正楽団による宗廟祭礼楽の中から「保太平보태평)」を聴く。明るめな響きにおやっという感じがして、歌まで聞こえる。踊りもあるようなので、見てみたい気がする。
  (インターネットで宗廟の建造物、遺物の映像を見て、そうか儒教の景観なんだと気付く。)

・宗廟祭礼楽は、上記の保太平(歴代王たちの学問や徳を賛える)と、定大業(정대업:武功、つまり軍事に関する功績を賛える)の2つの楽章からなっている、とのこと。

▼国立国楽院、正楽団による宗廟祭礼楽の中から武功を賛える「定大業」を聴く。芯の太い重量感がする。

・(世宗大王の命による)宗廟祭礼楽は、韓国の伝統音楽の中でも最も重要な文化遺産で、1964年には、国の重要無形文化財、第1号に登録され、また、2001年には 宗廟祭礼と共にユネスコの世界無形遺産にも指定された、とのこと。

<庶民の祭礼音楽>
・庶民の祭礼として、亡くなった人を偲び、仏教にしたがい最後の日、49日目に開く祭礼を霊山斎(영산재)といい、仏教声楽曲の梵唄(범패)と楽器演奏、そして僧侶らの踊りで構成される盛大な儀式である、と紹介された。
・特に儀式の終盤、この内容を韓国語で簡単に歌う和唱(화청、和請)がある、と紹介された。

▼ソンアム僧侶による霊山斎で歌われる梵唄の中から「祝願和請(축원화청)」を聴く。庶民に身近にして耳に馴染む。

・霊山斎は、1973年に重要無形文化財の第50号に指定され、さらに2009年にはユネスコ人類にの無形遺産に登録されている、とのこと。


この霊山斎は、太古宗태고종)の仏教儀式としてとりおこなわれ、仏教音楽の梵唄については、イ・ソンヒの父親が指導者であったと知られている。太古宗本山の奉元寺봉원사)を訪ねたことがある。
ところで、曹渓宗조계종)も霊山斎に取り組むといったニュースを見たことがあるが・・・。


(本ブログ関連;"太古宗"、"梵唄")

2011年10月10日月曜日

「カンホンの歌手列伝」 イ・ソンヒ

東亜日報(donga.com)の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(10/10)には、大衆音楽評論家のカンホンが言葉をたくみに駆使して、イ・ソンヒの全貌を次のようにまとめている。

・(発声が)爆発的であると同時に魅力あふれる叙情性を兼ね備えた、当代のボーカリスト、イ・ソンヒは、1984年の江辺歌謡祭に「Jへ」でシンデレラの夢をかなえた後、2005年に13番目の正規アルバム「四春期」(現在14集「愛よ...(사랑아)」:2009年)に至るまで、チョー・ヨンピルの対称点に​​立って、韓国の主流大衆音楽の栄光を謳歌してきた。「思い出のページをめくれば」が収録された6集(1990年)を境に絶頂期を過ぎたというが、彼女が1990年代と2000年代に発表した7枚のアルバムは、"スター"イ・ソンヒから"音楽家"イ・ソンヒに成熟して行く意味深い足取りの片鱗を惜しみなく見せる。

・チョー・ヨンピルとキム・ヒョンシク、そしてイ・ムンセがそうであったように、イ・ソンヒに1980年代は絶頂の時代であった。・・・若い女性ミュージシャンを輩出した音楽の登竜門だった江辺歌謡祭が、やぼったいパーマ頭で背の低い(しかし大賞を受賞した)ボーカリストに驚きを禁じえない視線を送った1984年のその年に、イ・ソンヒは、すぐに頂上圏のスーパースターへと急上昇する。

・作曲家ソン・ジュホが全曲を担当し、「ああ!昔よ」と「葛藤」のようなヒット曲を放った彼女のソロ・デビューアルバムは、・・・若さの躍動とさっぱりしたテンポがいきいきする、当時の10代の感情を端的に代弁するアルバムに浮上した。

・「お姉さん部隊」と呼ばれた10代の受容層が、韓国の大衆音楽市場のヘゲモニーを掌握していった1980年代半ばに、少女ファンたちからの持続的な熱狂を受けることができたほぼ唯一無二の存在だったイ・ソンヒの武器は、平凡で身近な隣のお姉さんのようなボーイッシュなイメージの中に潜んでいるカリスマ濃厚なボーカルだった。1986年が暮れていった冬に発表した3集と、2年後の四番目のアルバムは、解放感とほのかな懐かしさを同時に描写することができるイ・ソンヒのボーカルの圧倒的な余韻をそのまま見せてくれる、彼女の初期の決定版だ。彼女は伝統的に韓国の女性ヴォーカリストたちが駆使してきた豊かな感情移入の歌唱法をもとに、バラードへ躍動する新しい時代の息吹を吹き込んだし、「ヨン」と「美しい江山」のリメークで示したように、ビートのあるロックンロールのシャウティング唱法まで効果的に駆使する。

・作詞作曲の名コンビであるヤン・インジャ - キム・ヒガプによって誕生した、「分かりたいです」という無駄のない簡潔な楽譜の行間で、幼い淑女が少女漫画のように抱いていた切ない感情をこのように切実に訴えるボーカルは、その前後(の時代)に見つけるのは難しいだろう。このパターンは、洗練された音楽のドラマツルギー(Dramaturgie、劇的構成法)を持つ「愛が散るこの場所」と「私はいつもあなたを」などの名曲を作曲したソン・シヒョンをともなって、絶頂の花を咲かせる。

・イ・ソンヒのボーカルは、暖かいながらも、強靭な女性のエネルギーを抱いており、西欧的な発声の中でも、東洋的な静寂美が流れる。彼女のディスコグラフィーで最も挑戦的だった8集でキム・ヨンドンの「小船」や「ハンネの別れ」をリメイクしたファン・チョンウォンの詩にキム・ヨンドンが曲を付けた「あなたに会いたい時は」や、キム・ジハの詩の「あるおばあちゃんの極楽」、そしてどのような愛の歌よりも美しく、親しみやすい「いつも愛してる」を歌った時のイ・ソンヒは、ブラウン管とコンサートのスーパースターの枠組みから抜け出して、より深く広い音楽の世界に飛翔する。

・イ・ソンヒという名前は、栄光と絶望が交差する韓国女性ミュージシャンの歴史の巨大な注釈点のようだ。1994年9集の興行惨敗は、彼女の音楽履歴で最も危機だったにもかかわらず、彼女は決して挫折しないで、「因縁」と「バラ」という傑作を作ったシンガーソングライターとして、そして、成熟した女性に衣替えした2005年の傑作「四春期」(13集)のアルバムを、私たちの手に抱かせてくれた。

・イソンヒ、彼女は歌手だ。いつかインタビューで言ったように、彼女は専門的な音楽人になる遥か前から、話よりも歌を通じて歌を歌って自分を表現し伝達することがより楽だと思っていたような人だ。彼女は言った。「同じ歌を歌っても、私には何か悲しい力のようなものがあった。」 かすかだが強力な悲しみの力。それがイ・ソンヒ音楽の要約だ。

イ・ソンヒの写真解説:
デビュー時からカリスマと柔らかさを同時に抱えたイ・ソンヒは、1980年代の"お姉さん部隊'を導いた、ほぼ唯一の歌手であった。彼女の声は、暖かいながらも、強靭なエネルギーが感じられるという評価を聞く。 東亜日報DB


(追記)
山中湖の湖畔南東側で地震が発生した。気象庁発表の【震源・震度に関する情報】(平成23年10月10日3時4分)によれば次の通り。(なんと、富士山の麓だ!)
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きょう10日03時00分ころ地震がありました。
震源地は、山梨県東部・富士五湖(北緯35.4度、統計138.9度)で、震源の深さは約10km、
地震の規模(マグニチュード)は3.3と推定されます。
[震度3以上が観測された地域] 震度3 山梨県東部・富士五湖
[震度3以上が観測された市町村] 震度3 山中湖村
この地震による津波の心配はありません。
情報第1号
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2011年10月9日日曜日

寒露 2011

今日(旧暦9/13)は、二十四節気の17番目にあたる「寒露」だ。寒露といえば、甘~い「カンロ飴」を思い出すが、ネーミングに関係があるのだろうか・・・(多分、「甘露」だろうな)
Wikipediaによれば、寒露は、旧暦8月後半~9月前の節気で、「露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀(こおろぎ)などが鳴き止むころ。」だそうだ。冬の到来を徐々に感じるころをいうのだろうけど、ここ数日の暖かさに、それも忘れてしまう。そういえば、好天に恵まれて、地元小学校では町内会の運動会が開かれていた。

国立駅南側の大学通りにある、たばこ専門店に行く。先日、石仲間と石談義したとき、彼がパイプで甘い香りのベルベット・レッドを吸っていた。学生時代に真似事したことを思い出し、遊び半分で入門用のパイプを購入した。たばこは、昔ながらのアンホーラ・フル・アロマテックにした。結構時間をかけて吸ってみた。久し振りの喫煙に体が・・・。
新しいことをするというより、若い頃やったことをもう一度なぞってみるに過ぎない。全く未知なことに手を出すつもりもないし。遊び半分ぐらいがちょうどよいのかもしれない。


(孫たちが、地元の田無神社のお祭りに出かけたとのメールが届いた)
★★★★★ 孫が、神社の祭りの屋台で買ってもらった仮面をつけた写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、綺麗で可愛らしい真赤な飾りを頭につけている写真が届いた ★★★★★

2011年10月8日土曜日

孫と運動会

孫たちに会いたい会いたい症候群が再発して、写真を催促したところ、ちょうど孫(お兄ちゃん)の保育園の運動会が終わって帰り道だったようで、家族の写真が送られてきた。3枚の写真に映っている孫は、母親に抱かれたり、父親に抱かれたり背に乗ったりしている。つまり、歩いていないのだ。運動会で疲れたのだろうか、ちょっとうつむき加減だし。
ところで、孫娘(妹)の目には、お兄ちゃんの活躍がどのように見えたのだろうか。まだ、7ヶ月と2日だもんな、見えたのやら、見えなかったのやら・・・。わたしにしてみれば早く、孫たち二人が、一緒に草原を駆けているところを見たいものだ。

2011年10月7日金曜日

東京の放射性セシウム汚染マップ

① 産経新聞(zakzak)の記事「東京・多摩地区で高濃度セシウム!“チェルノブイリ基準”上回る」 (10/7)は、福島原発事故による東京ほかの高濃度セシウム汚染について、次のように報じている。(全文掲載させていただく)
・福島第1原発事故を受け、文部科学省が県単位で公表を続ける土壌に蓄積された放射性セシウムの汚染マップ。国内で人口トップ2の東京都、神奈川県分が6日、初めて発表された。都内は葛飾区柴又などで高い数値が出たほか、多摩地区ではチェルノブイリ原発事故で「汚染地域」とされる基準を上回るなど、深刻な事態が浮き彫りとなった。
・調査によると、セシウム134137の合計蓄積量は、東京都の大半は土壌1平方メートルあたり1万ベクレル以下だった。しかし、
  奥多摩町など多摩地区で10万~30万ベクレル
  23区内では葛飾区柴又、東金町、水元公園や江戸川区北小岩の一部で3万~6万ベクレルと、周囲より高い地域があった。
  神奈川県でもほとんどの地域は1万ベクレル以下ながら、山北町など県西部の一部で6万~10万ベクレルが検出された。
汚染マップ上には2本の帯がみてとれる福島から栃木、群馬に流れたものと、茨城から千葉北西部を経て都内に至る2本だ。文科省は、風の影響で原発から北西方向に広がった放射性物質が、福島市西部の山間部で南西に方向を変え、群馬県西部まで汚染が広がったと分析。原発の南方では茨城県北部で風がいったん海側に向きを変えた後、再び陸地側に方向を変え、葛飾区まで到達したとみている。
・セシウムは体内に入ると筋肉などにたまり、がんなどの原因になる。
・半減期は、セシウム134が2年、137が30年。チェルノブイリ原発事故では影響が長期間にわたる137について、3万7000ベクレル以上が「汚染地域」とされた。
・今回の調査で137は葛飾区周辺では1万~3万ベクレルだったものの、奥多摩町北部の山間部では6万~10万ベクレルと、(チェルノブイリの)「汚染地域」基準を上回っている。ただ、強制避難の基準となる55万ベクレルは大幅に下回った。
・結果を受け、都は奥多摩町などの農水産物に関する緊急調査をする。奥多摩の森林は大都市の水源となる“緑のダム”。都は「水道水への影響はない」と説明するが、心配は尽きない。

② ホームページ「子どもを守ろう savechild」は、汚染マップを蓄積掲示している。
(資料:文部科学省による東京都及び神奈川県の航空機モニタリングの測定結果について


(資料:追記)
上記ニュースは、土壌1平方メートルあたりのベクレル値である。一方、飲食物の摂取制限について、Kgあたりの放射性セシウムに特化してベクレル値を、原子力安全委員会「原子力施設等の防災対策について(平成22 年8月改訂版)より転記する。

(3) 飲食物の摂取制限に関する指標
飲食物摂取制限に関する放射性元素として、放射性プルームに起因するヨウ素、ウラン及びプルトニウムを選定するとともに、旧ソ連チェルノブイル事故時の経験を踏まえてセシウムを選定した。そして、これらの核種による被ばくを低減するとの観点から実測による放射性物質の濃度として表3のとおり飲食物摂取制限に関する指標を提案する。
なお、この指標は災害対策本部等が飲食物の摂取制限措置を講ずることが適切であるか否かの検討を開始するめやすを示すものである。
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表3 飲食物摂取制限に関する指標
<対象> 放射性セシウム
飲料水、牛乳・乳製品 200ベクレル/kg 以上
野菜類、穀類、肉・卵・魚・その他: 500ベクレル/kg 以上
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2011年10月6日木曜日

図書館の立ち読み

地元図書館で立ち読みをした。著者は、一巻全て読むことを要求しているのだろうが、通りすがりの者は、ついつい拾い読みしてしまう。

一冊目は、「日本フルート物語」(近藤滋昭、音楽の友社)である。
日本のフルート関係者について書かれたもので、その中に楽器製作者の村松孝一について、次の話題が触れられている。
・村松孝一(1989年:明治31年~1960年)は、1924年(大正13年)に6ヶ月(1000時間)をかけて日本で最初のフルートを製作した。当時、輸入のフルートが230円であったが、55円で販売している。
  ※販売価格を現在に換算(インターネット情報により、1,500~2,000倍)すると、約80,000~110,000円か。
・フルート製作のきっかけは、1917年に陸軍戸山学校に入学し、軍楽隊にいて楽器修理に興味を持ったことによるようだ。6年後除隊して楽器製作に関わることになる。
  ※除隊したのが1923年なら、その翌年の1924年に最初のフルートを製作販売したことになる。

二冊目は、「昭和ジャズ喫茶伝説」(平岡正明、平凡社)である。
都内にあった昭和のジャズ喫茶の思い出語りで、話は喫茶店だけに終わらない。むしろ、外延話に面白さがあるようだが。先日、石仲間との会話で、吉祥寺のジャズ喫茶が話題になったので拾い読みした。
・吉祥寺のジャズ喫茶といえば、「ファンキー」(野口伊織)、「メグ」(寺島靖国)、「A&F」(大西米寛)があった。
  ※学生時代の「ファンキー」しか知らない。店の地下室に降りると、真っ黒壁に背をもたれて下を向いたままタバコをふかしている客(学生だろう)がずらりいた。当時のジャズ喫茶は、そんな独特の雰囲気があった。
・その他に、「吉祥寺三人組」といわれた(そんなこと初めて知ったが)、当時の(古い表現でいえば)文壇・論壇の、いわゆる知識人についても・・・。

イ・ソンヒのヒットソング・メドレー

頬がふっくらしてまるで童顔そのままの若かりしイ・ソンヒが、自分のものも含めて歌うヒットソング・メドレー映像がYoutubeに登録されている。さて、どこかぎこちない微笑ましい映像はいつ頃のものだろうか。

・「つばめのように(제비처럼)」(ユン・スンヒ:윤승희)
  龍仁自然農園(용인자연농원:現エバーランド)でのダンス映像まである。
・(民謡)「花打令(꽃타령)」
・(新民謡)「アリラン ランラン(아리랑 랑랑)」
・「春雨(봄비)」(パク・インス:박인수)(歌詞
・「つばめ(제비)」(チョ・ヨンナム:조영남)(歌詞
・「ああ!昔よ(아! 엿날이여)」(イ・ソンヒ)
・「Jへ(J에게)」(イ・ソンヒ)
・「ケンチャナ(괜찮아)」(イ・ソンヒ)

(Youtubeに登録の526apollochadbabocalfclubに感謝)

2011年10月5日水曜日

重陽の節句

重陽の節句の今日(旧暦の9月9日)、朝から雨は止まず、寒々とした一日だった。
昼過ぎ、地元の運動センターの健康体操コースに通った、その後、重陽の節句に韓国で食された伝統の「菊花煎(국화전)」を探しに新大久保に行く予定だったが、この冷雨のため断念した。

ところで、昨日、黄色の菊の花とモチ米で作る「菊花煎」にぴったり?な菊が、小金井公園に咲いているのを見つけた。ヤナギバヒマワリという名の菊の花だ。
ヤナギのように細い葉と、ひまわりに似た多数の花弁というが、菊の花に違いはない。明るい陽ざしのもと、黄色の花がまぶしく輝いている。

雨が降らなければ、そして冷えなければ、「菊花煎」がどんな味をするのか新大久保で試してみたかったけれど・・・。ちなみに、以前読んだ新聞記事によれば、韓国の幼稚園の子どもたちが手作りの「菊花煎」について、苦かったという感想があったことを思い出す。これも大人のための、風流の味なのかもしれない。
(本ブログ関連:"菊花煎")

2011年10月4日火曜日

冬哀傷(3)

日毎、秋一番の冷え込みが伝えられる。このまま冬に滑り込んでしまうのではないかとさえ思う。
毎日jpによれば、「冬型の気圧配置になった影響で、3日朝の(北海道)道内は各地で冷え込みが強まり、北海道旭川市では1888(明治21)年の観測開始以来2番目に早い初雪が観測された。」(10/4)という。今年は全国的に冬の到来が、例年に比べて早いのだろうか。

イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(歌詞)は、静まりかえった冬の世界、青い月の光と青く凍った心を美しい旋律にのせて歌っている。それは、月明かりに照らされて静かに立つ彫像を見るようでもある。美しい曲だ。
「冬哀傷」は今も親しまれる名曲で、Youtubeにいくつもの登録がある。次の映像は彼女のいつ頃のものだろうか。



(Youtubeに登録のyokosuka30に感謝)

(本ブログ関連:"冬哀傷")


★★★★★ 孫が、変身ベルトを腰に巻き、右手を高く突き上げて得意そうな顔をしている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、ビニールおもちゃの飛行機の翼を口にくわえ、メルちゃん人形と遊ぶ写真が届いた ★★★★★

2011年10月3日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 パンソリ

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/28)に、韓国の代表的な庶民音楽(国楽の代表選手!)の「パンソリ(판소리)について紹介があった。(まさに真打の出番といったところですね)

ところで、パンソリの名を聞いたことがあっても、具体的にイメージしたのは、映画「風の丘を越えて/西便制」(1993年)を見てからだろうか。また、NHKテレビで放送された歌謡ドキュメントで、歌手チョー・ヨンピルが、一転不遇の時代に、山にこもってパンソリを学び(血を吐くようにして)喉を鍛えたということを知った。

<パンソリの特徴>
パンソリの特徴についての解説から番組は始まった。
・「説話的なある物語を、ソリックン(소리꾼)といわれる一人の歌い手が、歌、語り、そして身振り手振りを使って表現する、演劇的な音楽」で、「コス(고수)と呼ばれるたたき手が、(プクという太鼓を使って)チャンダンを叩き歌にリズムを与えます。」とのこと。

▼イム・バンウルによる「春香歌」の中から「スクテモリ(쑥대머리)」を聴く。横恋慕の代官に抗して投獄された春香の切々たる思い。「垢にまみれし襤褸(ぼろ)まとい、蓬(よもぎ)と見紛う乱れ髪(쑥대머리)、顔は鬼神のごとくして、わびしき獄(ひとや)に独り坐し、思うは君のことのみぞ。会いたし、見たし、いとしきわが君。」(申在孝、東洋文庫)
他の方のパンソリをYoutubeで聴いてみれば、また印象が違って・・・。

<パンソリの構成>
パンソリの構成について、次の解説があった。
・歌い手ソリックンの歌を盛り上げるための、(たたき手コスによる)かけ声をチュイムセ(추임새)という。
・ソリックンからよい歌を引き出すには、コスだけではなく、観客も一緒に声を出して、場を盛り上げていかなくてはならない。
・パンソリでは、一に聴衆、二にコス、三に名唱といわれるほど。
・パンソリは、一般庶民の間で広く親しまれた芸能であるため、その歌には庶民の願いが込められているものが多い。

▼コン・デイルによる「フンボカ(흥보가興甫歌)」の中から「トンタリョン(돈타령)」を聴く。起伏に富んだ独り芝居といった軽快な感じだ。声が次長課長の河本準一に似て・・・。

<パンソリの歴史>
パンソリの歴史について、次の解説があった。
・およそ300年から400年ほど前に誕生したと言われている。
・当初は男性のみがソリックンを担当してたが、現在ではむしろ・・・多くの女性ソリックンが活躍している。
・以前あったとされる12の曲目のうち、現在まで残っているのは (흥보가)、沈清歌(심청가)、春香歌(춘향가)、赤壁歌(적벽가)、水宮歌(수궁가)の5つだけとなってしまった。

▼アン・スクソン(歌)、オルプガンプスィニック(サックスフォン)、キム・チョンマン(チャング)による「フンボがチョアラゴ」を聴く。現代風になると・・・身の置き処がなくて、いささか、もじもじしてしまう。

番組の最後に、「パンソリは、韓国の重要無形文化財第5号に指定されていて、2003年にはユネスコの世界無形文化遺産にも登録されました。」と語られた。

(Youtubeに登録のosinineに感謝)

(参考)
・パンソリの物語の他に、語源(パン:場、ソリ:自然の音+声)について、「パンソリ」(申在孝、東洋文庫)の解説で知った。
・パンソリの歴史資料について、「韓国の伝統音楽」(張師勛、成甲書房)で知った。
・その他インターネットの情報をリンクした。

2011年10月2日日曜日

キンモクセイ

街を歩けば、家々の塀越しにキンモクセイ(金木犀)の香りが漂う。春の訪れに伴う沈丁花の香りもそうだが、正直それらの甘い独特な香りが苦手だった。それが、今では香りを楽しんでいる。花と香りが結びついてきたのだ。
季節の節目節目に、存在を示し生き続けるかれらに、目を向けるようになったのは、こちらに余裕ができたからといようり、生きるもの、生をつぐものに謙虚になったためだろう。それは、孫が誕生してからといってよい。

うす曇りの小金井公園に行ってきた。金木犀が林立する公園東側のユーカリ広場に、オレンジ色のキンモクセイの小さな花が咲き、あたりに芳香を放っていた。そこは、小さな子どもたちの広場でもあり、キャーキャーという元気な声が、キンモクセイの香りと色に重なった。

(本ブログ:"金木犀"、"沈丁花")


(先週金曜日から、お嫁さんの親類のお祝いに遠出した孫たちが帰宅した)
★★★★★ 孫が、従兄弟たちと夜の神戸タワーの前で、おばあちゃんに抱えられている写真が届いた ★★★★★