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2025年7月2日水曜日

「山怪 青」

山の人びとに伝わる、ある意味<民話>の原初的な伝承を伝えるシリーズ「山怪(やまかい)」(山と渓谷社)がある。著者 田中康弘氏の誠実なフィールドワークによる聞き書き*を通して、山で生活した人びとの精神世界まで知ることのできる貴重なシリーズだ。
(*)民話の聞き書きの原則: 時期、採集地、話者(人名・語り口)を具体的に記す。

(本ブログ関連:”山怪”)

以前、田中氏が <伝承の誕生>について解説された「『雪国の民話の誕生』田中康弘氏の説明」の中から、特に印象に残ったもの(2024年12月19日にメモ)を再掲する。
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「冬山において 山怪はどのように育まれていったのか」、雪国の生活から民話がどのように誕生したかについて語られる。何度も足を運ばれた方だけに、とても説得力があり納得させていただいた。
・むかしの囲炉裏ばたは、作業場であり爺さんや婆さん、母や孫たちが囲む場所であった。(父親は出稼ぎに)
    ー めいめいが自分の時間と空間を持つ今の時代とは違って、
・話のタネが植えられて、それが何代も繰り返される。(おもに祖父母が語り手となって)
    ー 話は育てられ、ききやすい言い伝えや伝承などとなり民話が誕生する。
    ー 記憶は語られることにより残る。
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今回(7/1)、第五巻目の「山怪 青 山人が語る不思議な話」が出された・・・惜しむらく、著者はこれをシリーズ最終巻「ラスト山怪」と語られている。理由は、伝承する人が老いたこと、ご自身も体力的に採話が難しくなったことのようだ。

(追記) 7/2の夕方、近隣街の書店でさっそく購入しました!

「山怪 青」の発刊にあたって、田中氏が関連の話をYoutubeで語られている。
    ー 願いを聞き入れる神と違う、自然の驚異・恐れる神が原初にあったのではといわれた。

■ Youtube(登録: オカルトエンタメ大学)
①「『山怪』最新刊から初出し! 祟り神の怖い話を田中康弘先生が語ります。」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=Jz12fdkmg20

②「最後の【山怪】授業!日本全国で相次ぐ妖狐の祟り・怖い話を田中康弘先生が語ります。」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=pqR9xNBBrd8
    ※ 狐の話を聞かないのは四国。かわりに悪さをするのは狸。何にしろ、言い訳に使える身近な動物だからだろうという。
    ※ 同Youtube番組から、田中氏は最後の回になった・・・別の機会に聞かせていただきたい。

(本ブログ関連:”きつね”、””)

2025年3月29日土曜日

(資料)キツネに化かされる話(怪異・妖怪伝承データベース)

むかし、お天気キャスターとして知られた、倉嶋厚氏が新聞に記した随筆*の切り抜きを、「奇談の時代」(百目鬼恭三郎著、朝日新聞)の間に見つけて読み返した。茶に変色して擦(かす)れ、しかも今と違い文字数が多く読むのに苦心する。
(*)新聞不明。「お茶の間歳時記」の囲みに「お天気怪談」のタイトルで小文を記してある。

江戸の天気にかかわるはなしを、寛政の随筆(奇談集)である「梅翁随筆(ばいおうずいひつ)」から紹介している。人が強風に吹き飛ばされ空を飛ぶこと、突然商店を襲った雷の正体などだ。

この梅翁随筆をネットで検索したら、国際日本文化センターの「怪異・妖怪伝承データベース」に行きついた。キツネ(狐)をキーにした検索結果の中にあった。

■ 国際日本文化センター「怪異・妖怪伝承データベース」
「キツネ」
    ー https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/simsearch.cgi?ID=3610020

ところで、本ブログは<狐>につながる、動物としてのキツネだけでなく、歌や、伝説・信仰に登場する狐たちも含めていろいろな情報を趣味的に載せている。特に、化かすキツネ、化かされる人間との関係に、何か根源的なものがあるような気がしてならない。

(本ブログ関連:”キツネ ”、”山怪”)

上記のデータベースは、キツネについての民間の怪異・妖怪伝承を一覧でき、資料の頭にある、「キツネ」、「キツネツキ」などからリンク先に飛んで、出典を知ることができる。

2025年1月14日火曜日

笠森お仙

きのう(1/13)の「成人の日」について記したブログの末尾に、江戸の美人として有名だった「笠森お仙」(1751年:宝暦元年~1827年2月24日:文政10年1月29日)について触れた。お仙は、現代風の成人にあたる20歳近くに嫁いだことになると記した。むかしの「嫁入り時」の16~17歳より少し歳を経てのことかな。

そこで、彼女が働いた水茶屋が笠森稲荷社のそばだったことから、稲荷に関連して触れてみたい。以前から、キツネと関わりのある「九尾の狐」から「稲荷信仰」へと興味が広がり、かつ近在の稲荷神社が「笠森稲荷」系であることを知り、興味が尽きない。

(本ブログ関連:”キツネ”、”稲荷信仰”、”笠森稲荷”)

江戸の時代、谷中の福泉院境内に笠森稲荷社があった。門前に水茶屋「鍵屋」があり、「明和三美人」の一人として知られる美貌で話題になった <看板娘> の「お仙(笠森お仙)」がいた。当時のブロマイドにあたる「錦絵」(浮世絵の中で多色刷りの絵)に、鈴木晴信作の「お仙茶屋」がある。すっきりして柔らかな眼差しと、細身の着物の裳裾から足袋を履いた足先をのぞかせている。

鈴木春信「お仙茶屋」(Wikipedia)

ネットに、お仙の賛歌ともいえる「小唄」があり、Youtube映像もあるので見てみよう。

■ 東京小唄・清元・三味線教室
歌詞集「笠森おせん」
https://kiyuumi.com/archives/2014/10/post_833.php
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鐘一つ売れぬ日もなし* 江戸の春 花の噂の高さより
土の団子の願事(ねぎごと)を かけた渋茶の おせん茶屋
あたしゃ見られて恥ずかしい 掛行燈(かけあんどん)に灯を入れる
入相(いりあい)桜ほんのりと 白きうなじの立ち姿
春信**描く一枚絵

朧(おぼろ)夜や 木の間にゆらぐ ぼんぼりの 灯影(ほかげ)まばゆき櫻花
手拍子打てば ちらちらと 散るを惜しまん 春の宵
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(*)鐘: 滅多に売れないものでもあるが、それも毎日売れる
(**)春信: 鈴木春信


■ Youtube(登録:春日とよ喜裕美)
「笠森おせん(鐘一つ)東京小唄清元三味線教室」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=V4BavOuNFR8

2024年12月4日水曜日

市民講座「身近な民間信仰」 ❶

公開講座の「身近な民間信仰」第1日目にあたるきょう、❶「家に祀(まつ)る神様仏様」の講演があった。講師は、府中市「郷土の森博物館」の学芸員、佐藤智敬氏である。(以下聞き間違えがありましたら、ご容赦を)

(本ブログ関連:”市民講座「身近な民間信仰」”)

多摩川の北側にある府中市から、北上して国分寺崖線にいたるまでの小金井市との両エリアにおける、「稲荷信仰」、「講」の2つの伝承について語られた。稲荷信仰は、私にとってかなり興味深いテーマだ。講は、今回初めて聞くことになる。
- 古い2万5千分の一地図上、上記エリアに桑の木が広く栽培されていたのに驚く。

(本ブログ関連:”稲荷”)

① 家の神様(仏様): 稲荷様について
・府中・小金井のエリアにおける、「屋敷神」(個人敷地内)の信仰は、ほぼ稲荷信仰だった。(府中市: 8割)
    ー 村共同体の稲荷信仰は、屋敷神から成長(引き継いだり)したものと考えられる。
・屋敷神としての稲荷様の神体は、藁(わら)で作った社(やしろ)や祠(ほこら)の中に置かれた丸い石だったりした。
・屋敷神は、有名な神社・寺院から、分祀・勧請(かんじょう: 分霊をいただいてくる)。
    ー 平安時代に、関東エリアに稲荷神はない。
    ー 江戸時代中期の新田開発に伴い、村の鎮守として登場。
・朱鳥居は、明治以降に登場したようだ。・・・?
・狐の上にいる稲荷の姿
    ー 神道の神体は、稲を背負う。仏教では、守護神の荼枳尼天(だきにてん)。
・家の神様から、効用を持つ神へ変わる。笠森稲荷=笠(皮膚病の瘡(かさ)ぶた)の平癒。
・「稲荷」の前に「~稲荷」と(正一位など)格付けは、近世中に行なわれた。

② 講(こう):宗教的な講(遠隔地への参詣のための集まり)
・農村にとって、天候は神頼みであり、お参りに行くため「講」が作られた。
    ー 講の発達:「御師」・「先達」と呼ばれる宗教者により流布され確立していった。
    ー 御師の札配りは、大正ごろまでつづいた。
・集団の参詣:ア)日帰りなど全員で行く、イ)代表者が行く(代参)などがある。
    ー 遠隔地へ行くのは金持ちだけ。
・宗教的な講であっても、途中あるいは参詣後、旅行の要素を含む行動があった。
・講の減少:ア)農業人口/田畑の面積の減少、イ)天気予報技術の発達などあって、参詣の必要性が減ったことによる。
    ー 郷土史: 民家の屋根裏から参詣の証である「お札(ふだ)」が大量に発見されることがある。


(付記)
民間信仰と関係ないが。早朝5:00の「NHK NEWS おはよう日本」に、気象予報士の近藤奈央さんが復帰しているのに気づいた。12/2からとのこと。

2024年11月7日木曜日

立冬 2024、木枯らし、富士山の初冠雪、オーロラとキツネ

二十四節気「立冬」
きょうは二十四節気の「立冬(りっとう)」。冬の気が立ち始めて、いよいよ冷気が沁みるころ。今週いっぱい寒気が南下して、最高気温は 14℃ と冷え込むようだ。天気予報では、来週に 21℃ に復活すると予想している。

(本ブログ関連:”立冬”)


七十二候
二十四節気の「立冬」の間を、三つに分けた「七十二候」は次の通り。
●初候:「山茶*始開(つばき はじめて ひらく)」  山茶花(さざんか)が咲き始める
    (*)山茶: 「ツバキ(椿)」の意。ここでは、ツバキ科の「サザンカ」を指す
●次候:「地始凍(ち はじめて こおる)」  大地が凍り始める
●末候:「金盞**香(きんせん こうばし)」  水仙の花が咲く 
    (**)金盞: 金色の杯、「スイセン(水仙)」の別名

(本ブログ関連:”スイセン”)


木枯らし
きょう、東京に「木枯らし1号」が吹いた。きのうから予想されたものだが、確かに昼過ぎ体操教室に出かけたとき、寒風に身が染みた。

■ 日経新聞
「東京・近畿で木枯らし1号 各地で今季一番の冷え込み」(2024年11月7日 12:18)より抜粋
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE073IE0X01C24A1000000/
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・気象庁によると、7日午前10時54分、東京都心で最大瞬間風速13.7メートル北西の風を記録した。
・木枯らし1号は例年、東京近畿で発表される。〔共同〕
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■ 気象庁 お天気相談所 (2020年の資料)
https://www.data.jma.go.jp/tokyo/shosai/news/pdf/2020/20201104kogarasi_oshirase.pdf
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東京地方における「木枯らし 1 号」は、下記の事項を基本として総合的に判断して発表しています。
1 期間は10月半ばから11月末までの間に限る。
2 気圧配置が西高東低の冬型となって、季節風が吹くこと。
東京における風向が西北西~北である。
東京における最大風速が、おおむね風力 5(風速 8m/s)以上である。(ただし、お知らせには最大瞬間風速を記入する)
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■ 木枯らし紋次郎
昔のテレビ番組に「木枯らし紋次郎」(中村敦夫主演、1970年代)という股旅ものがあった。主人公が口にする「あっしにはかかわりのねえことでござんす」という決め台詞が流行った。竹楊枝をくわえた姿に、いっそうニヒル味が加わった。


富士山の初冠雪
きのう、静岡側で富士山に冠雪が確認されたが、歴史的に甲府地方気象台による観測が必要とされているとのこと。

■ 日本気象協会 tenki.jp
「富士山で「初冠雪」 統計開始以来 最も遅い観測」(日本気象協会日直主任、2024年11月07日07:17)
https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2024/11/07/30890.html
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今日7日(立冬)、富士山の初冠雪の便りが届きました。甲府地方気象台の観測で、統計開始以来、最も遅い初冠雪となりました。
富士山の初冠雪は山梨県の甲府地方気象台が観測しており、「一日の平均気温が、その年の最も高い日」の後に、山頂付近が雪などによって白く見える様子が、麓の気象台から見えたことが、観測の条件です。
・これまでの最も早い記録は、2008年の8月9日でした。
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オーロラとキツネ
以前に触れたことだが、寒い夜、雪原を走るキツネの尾が雪を巻き上げて、火となる伝説がフィンランドにある。寒さがしみるとき、舞い上がった粉雪が、やがて上空のオーロラへつながるのを幻視したのかもしれない。

フィンランド政府観光局:「オーロラ  キツネが飛び散らせる火花?」より。
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フィンランドの北部(ラップランドなど)に住むサーミ(Sápmi)の人々の伝説に、オーロラ(極光)は「キツネが北極圏の丘を走るとき、尻尾が雪原に触れ、それが火花となって巻き上がり、夜空に光となって現れる」という。
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(本ブログ関連:”オーロラとキツネ”、”キツネ 狐”)

■ Youtube (登録: VisitFinland)
アニメーション「Revontulet (狐火) - FINLAND」
https://www.youtube.com/watch?v=UILnfI3dcAc

2023年3月26日日曜日

ブドウは酸っぱいか甘いか

先日、スーパーで「ファンタグレープ」の1.5リットル入りを買った。いま飲んでいるオーソドックスな無添加ワインが物足りなかったからだ。いまどきの葡萄酒(ワイン)は渋くて馴染めない。私にとっての葡萄酒は、赤くて甘~い、「赤玉ポートワイン」あるいは「蜂葡萄酒」なのだ。(ベーコンも、白身に赤いふちのあるクジラのものでなければならない)

で、どうやったかといえば、ファンタグレープと普通の葡萄酒を混ぜ合わせて飲んだのだ。甘い葡萄酒にかぎる。だって果物の葡萄の実は甘いのがよいというのに、酒は甘美のない渋い方がよいというのは合点がいかない(「アイスワイン」や「貴腐ワイン」があるではないか)。ともあれ、むかし普及した葡萄酒は甘かったのだ。

(本ブログ関連:”甘口の酒”)

ところで、教訓好きな童話に「イソップ童話」がある。以前にも触れたが、キツネ(ずるくて狡猾、悪知恵が働く役回り)が、歩き疲れて喉が渇いたとき、ブドウの実がたわわに実っているのを見つけて取ろうとするが届かず、悪態を吐いてその場を去る話がある。「フン」とか言ってる分にはいいのだが、性分が露わになる暴言はいただけない・・・という話だ。

(本ブログ関連:”イソップ キツネ”)

修身というか道徳につながる寓話を、教育の現場でどう扱われているか知らない。イソップ童話の寓意は早めに気づけば気付くほどよい。子どものころに習得しておけば、恥をさらすこともない。不幸なのは、口から吐いた言葉に何も気付かないことだ。
(老後についてタワマンの高層から発信を続けた老社会学者の弟子として、伝道の役割りをつづけた若者が、最近は作家になろうと方向転換している。でも性分は変わらないらしく、テレビのニュースショー(ワイドショー)で、WBCについて関心がないと公言していた)

イソップの寓意から、キツネの言葉をいってはいけないではなく、キツネにはなるなということを知るべきかもしれない。葉っぱを頭にのせてクルリと回転しても、尻尾を隠すことはできない。


国立国会図書館デジタルコレクション

①「ししの王国 : イソップ物語篇 (世界おとぎ文庫 ; 5)」(アイソポス 原作, 楠山正雄 編、小峰書店、昭和24(1949)年)
- 「21 ぶどうを たべそなった きつね」より抜粋
https://milestone-milestone.blogspot.com/2016/10/blog-post_12.html
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(略)
「あの ぶどうは、もう、じゅくしていることだとおもったら。なあに、とても すっぱくて、たべられたものではない。ありゃあ、ぶたの たべものさ。」と、まけおしみをいいいい、またひょろひょろと、出て行きました。

じぶんの力がたりなくて、ものごとがうまく行かないときに、そのわるくちをいいたがるのは、つまらないひとのくせです。
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② 「イソップお伽噺」(三立社、1911年、明44年9月、訳述者 巌谷季雄=小波)
ー 「一三三 正しき望み 狐と葡萄」より抜粋
https://dl.ndl.go.jp/pid/1169898/1/1
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(略)
   それで幾度(いくど)も跳(は)ねて居(ゐ)る中(うち)に、體(からだ)は段々(だんだん)疲(つか)れるのに、葡萄(ぶだう)は一粒(ひとつぶ)も食(た)べられませんから、狐(きつね)はとう~自棄(やけ)を起(おこ)し、
   「何(なん)だ! こんな青(あお)い葡萄(ぶだう)が食(た)べられるもんか。食(く)ったら酸(すっ)ぱくて仕様(しやう)がないだらう。」
と、毒(どく)づいて、其(その)まゝ行(い)ってしまひました。
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2023年1月2日月曜日

初詣 2023

正月三が日の内のきょう、地元の小さな神社に初詣に参った。例年元旦は境内に長い列がつづくが、正月二日目にもなると、混みあうこともなくスムーズに参拝することができた。「家内安全」をいつものように願い、お守りをいただいた。

(本ブログ関連:”初詣”)

帰り道、稲荷神社にも寄った。ブログのテーマのひとつに「狐」があって、普段、近くへ来たときは、ちょっと顔を出す気分で赤い鳥居をくぐっている。稲荷神社には庶民的な親和さをどこか感じる。

(本ブログ関連;”稲荷神社”、”キツネ”)

2022年12月12日月曜日

狐は冬の季語

キツネ(狐)」が、冬の季語という。寒い北国に生きるキツネたちの生態が浮かんでくる。北海道に棲息する「キタキツネ」の写真集(竹田津実氏が撮影したキタキツネの親子の情愛を撮った写真)が、以前、話題になったことがある。竹田津氏は、獣医師の仕事の傍ら、北の原野でキタキツネの行動を撮影した。ちなみに鳥でいえば、愛らしい目をしたまるで白い菓子姿のような、「エナガ」の北方系亜種「シマエナガ」の写真集(小原玲氏などによる撮影)だろうか。

(本ブログ関連:”キツネ”)

さっそく「合本 俳句歳時記」(第三版、角川書店)の「狐」の項を見ると、次のように記してある。
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・・・ 十二月下旬から一月ごろに交尾し、四月ごろ三-五頭の子を産む。北海道には北狐が生息する。「きつ」は狐の古名で「ね」は美称ともいわれる。
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(参考)「日本の文化における狐」Wikipedia

他方、狐の読みについて、「来つ寝(きつね)」を源にしているという語りがある。以前のブログにも記したことだが、「日本霊異記」上巻第二話に、狐を妻として子を産ませた・・・、次に再掲する。
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古代の欽明天皇の時代に、嫁探しに出かけた男が女と巡り合い結婚する。一男をもうけたが、実は女は狐の化身であり、飼い犬に気付かれその身をあらわにしたのを見て男は、「汝と我との中に子を相生めるが故に、我は忘れじ。毎(つね)に来りて相寝よ」という。ゆえに、また来て寝ることから、妻に「来つ寝(きつね)」の名がつく。
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(本ブログ関連:”来つ寝(きつね)”)

キツネと人との関係は、人をだましたり、農業神の使いとしての稲荷信仰だけでなく、異類婚姻譚といった男と(異類としての)女との関係まで幅広い。異類婚姻には断絶といった越えられぬ悲しみさえ感じる(上記の日本霊異記にはそれを越えるものがあるが、人目を忍ぶ二人だけの秘匿した契りかもしれない)。

このブログでは素人テーマであるが、狐について、歌手イ・ソンヒの歌「狐の嫁入り(여우비)」からキツネにまつわる奇譚とかキツネの家畜化まで広く話題を渉猟している。一点深く追求するには息がないため、あちらこちらへと関心が飛んでいく。

2022年3月6日日曜日

殺生石が割れた

本ブログは、歌手イ・ソンヒの歌(「僕のガールフレンドは九尾狐」)にちなんで、曲の題材になったキツネに関連する「九尾の狐伝説」、「稲荷神社」、「キツネの家畜化」などの話題をネットや書籍などから情報を収集している。

(本ブログ関連:”僕のガールフレンドは九尾狐”、”九尾の狐”、”稲荷神社”、”キツネの家畜化”)

栃木県 那須町 那須湯本温泉近くにある、「九尾の狐」伝説(美女に化けた九尾の狐が追い詰められて石に変じた)で知られる国指定の名勝「殺生石(せっしょうせき)」が <真っ二つに割れている> のが(昨日)見つかったと、次のように報じられた。

(本ブログ関連:”殺生石”)

■「とちぎテレビ - 県内ニュース」
・「九尾の狐伝説 那須町の『殺生石』割れる」(2022年03月06日) 抜粋
    https://www.tochigi-tv.jp/news2/page.php?id=73060
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・「九尾の狐」伝説で知られ、松尾芭蕉の「おくのほそ道」にも記された国指定の名勝、栃木県那須町の「殺生石」が割れていることが分かりました。
殺生石は真ん中付近から真っ二つに割れ周りを囲んでいたしめ縄も切れていました
・地元のガイドや隣接する那須温泉神社の関係者によりますと、石はここ数日の間に自然に割れたとみられています
・那須湯本温泉の近くにある殺生石は平安時代、美女に化けた九尾の狐が退治されて石になったという伝説で知られ、2014年に国の名勝に登録されて観光名所となっています。
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殺生石の後日談として、悔い改めた九尾の狐の化身(玉藻前、たまおのまえ)の願いをうけた玄翁(げんのう)和尚の読経と呪文の力により、殺生石は <霜柱がくずれるように、ぐさぐさといくつかに小さくわれていきました>という。この和尚の名にちなんで、石や岩を割る(頭部両端が平らな)金槌を「玄翁」という。

今回の殺生石が割れたのは、玄翁和尚のとき以来のこととして不吉でなく、むしろ(窮地からの解放として)前向きに捉えた方がよいかもしれない。

2021年4月13日火曜日

のんき節(ア ノンキだね)/ 買い物ブギ(わてほんまに よういわんわ)

耳に残ってしまった言葉がある。おおかた子どものころに刷り込まれたようだ。無意識に定着している。だから、座るとき「よいっしょ」というように、生活の中で「ア ノンキだね」とか「わてほんまに よういわんわ」といった言葉が自然と口に出る。タイミングはどちらかといえば、洒落のめすというか、うっちゃるときだ。

最近、新しい言葉が耳に入らないし身に付かない。まして「流行語」のように、はやりすたりの早い言葉は聞き流すようにしている。歳をとると、流行り言葉に寿命があるってことをとんと承知してるからで、無理して近寄るようなことはしない。

その代わり、自分の中にある言葉は、いってみれば自分史のようなもの。ときに思い返してたどってみたくなる。思った以上にかさばるものもあれば、思った通り気楽なものもある。

■「のんき節」(作詞・作曲:添田唖然坊) ア ノンキだね
(歌詞: 【詩と音楽】 http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S1685.htm)
(Youtubeに登録のototatchinuru18に感謝)


■「買い物ブギ」(村雨まさを(=服部良一)作詞・服部良一作曲)わてほんまに よういわんわ
(歌詞:【ごんべの雑学村】 http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/kaimonobugi.html
(Youtubeに登録の狐式モモコに感謝)

2021年1月16日土曜日

(資料)九尾の狐の起源

本ブログの関心テーマのひとつに「九尾狐」(尾が九つに分かれた妖狐)がある。歌手イ・ソンヒが、愛弟子のイ・スンギが主演したテレビドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」の中で、テーマ曲「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌って以来のことだ。同ドラマは、2010年8月11日~2010年9月30日まで、韓国のSBSで放送された。

(本ブログ関連:”九尾狐”、”キツネ”、”僕のガールフレンドは九尾狐”)

九尾狐の起源は、中国古代の地理書「山海経」にまでさかのぼられるというのが通説である。人の命をあやめる妖狐であるが、狐そのものには異類婚姻譚につながる妖しい魅力、切なさがある。

(本ブログ関連: ”山海経 狐”)

ところで、韓国芸能トーク番組「英雄三国志(영웅삼국지)」に出演した韓国・中国人が互いに起源を主張したことがある。同番組は、2017年7月7日~2017年8月25日まで、韓国のテレビ朝鮮で放送されたが、最近同番組の再放送でもあったのだろうか?

(参考)
韓国経済の記事「『英雄三国志』チョン・ヒョンドン vs 張玉安、禁断の論争勃発...『我々が元祖だ』」(2017年7月21日)
( https://www.hankyung.com/entertainment/article/201707211372k )

このところ中国・韓国の起源論争に、キムチや詩人などが俎上に乗っていて、九尾狐も中国サイドのメディアから次のように蒸し返されたようだ。

中国のRecord Chinaの記事「『九尾の狐』も韓国のもの? 中韓で起源めぐる論争相次ぐ ― 中国メディア」(2021年1月14日)は次の通り。
( https://www.recordchina.co.jp/b867100-s0-c30-d0146.html )

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2021年1月13日、中国メディアの新浪娯楽は、伝説上の妖怪「九尾の狐」の起源をめぐり、韓国のテレビ番組で紹介された「九尾の狐の起源は韓国」という主張に反論する記事を公開した。

記事によると、韓国・TV朝鮮の番組「英雄三国志」の中で、中国出身のゲストが「九尾の狐」に関する中国の伝説を紹介した際、韓国出身のゲストが「九尾の狐の起源は韓国であり、韓国の妖怪」と反論した。また、韓国のネットユーザーが「『九尾の狐』が生息する『青丘』とは韓国のことを指す地名だ」と説明を補足し、「九尾の狐」の起源が韓国だと主張したという。

記事は「九尾の狐」の歴史上の記録を紹介。該当する最古の記録は、中国古代の地理書「山海経(せんがいきょう)」にあり、「九尾の狐」の容貌や生息地などが明確に記載されているとした。「山海経」の書物自体の成立年代や作者ははっきりしておらず、研究者の間では前漢(前202~後8年)の学者である劉向(りゅうきょう)とその息子・劉キン(キンは「音」と「欠」を合わせた文字)が編纂し、まとめるまでに長い時間をかけて、複数の学者が加筆、修正してきた書籍と見なされている。現存する最古の「山海経」の版本は、西晋(280~317年)の学者・郭ハク(王へんに僕のつくり)が注釈を加えた「山海経伝」で、同書の記述によると、「九尾の狐は太平の時代に現れ、人々に幸福をもたらす空想上の霊獣であった」とされる。

ほかにも後漢(25~220年)時代の儒学書「白虎通義」や歴史書「呉越春秋」などにも、同様の記録が確認できるという。しかし、明(1368~1644年)の時代に誕生した小説「封神演義(ほうしんえんぎ)」や、清(1644~1912年)の時代に成立した白話小説の影響により、今の「九尾の狐」の妖怪のイメージが広まったとのこと。日本の「玉藻前(たまものまえ)」インドの「華陽夫人」も、中国の「封神演義」の「妲己(だっき)」の影響を受けていると記事は紹介した。

記事によると、韓国でも「九尾の狐」は「クミホ(九尾狐)」の名で知られており、美少女の姿に化けて男性をたぶらかし、命を奪う存在として物語やドラマなどで何度も描かれている。韓国には、李氏朝鮮(1392~1897年)時代の「揆園史話(きえんしわ)」という書物に「九尾の狐」に関する記録が確認できるが、同書は多くの歴史学者から史料価値がない「偽書」と認定されている。また、「山海経」と同じ年代の記録は、韓国側では確認できておらず、「九尾の狐」が生息している「青丘」の地名も伝説上の東方の土地という意味だけで、時代によっては山東半島や遼東半島のことを指すこともあるという。

記事は最後に「中国文化が周辺国家に深い影響を与えた学説は、以前から提議されており、学界では、九尾の狐などの中国発祥の妖怪伝説も東の海を渡って、韓国や日本へと影響を与えたとみている」「九尾の狐の由来を知らないなら、『山海経』を何度も読んで、中国の伝統文化を理解した方がよいだろう」と述べた。(翻訳・編集/原邦之)
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2019年12月21日土曜日

イソップ 迂闊(うかつ)と狡猾(こうかつ)

誰もが知っているイソップ話しに、ときどき目を通せば、なるほどとうなづけるものに巡り合う。巌谷小波の「イソップお伽噺」(三立社、明44年:1911年)に、代表的な寓話の「キツネ(狐)とヤギ(山羊)」がある。次に概要を記す。
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あるとき、喉の乾いたキツネが井戸へやってきてあやまって落ちた。深井戸のため出るに出られぬと難儀していたとき、そこへヤギが水を飲もうと通りかかった。
「そこにいるのはキツネさんかい。ぼくは水を飲みたいと思っているのだが、この井戸の水は好いかね」とヤギがたずねた。
「ヤギさん、この井戸の水は旨いよ。さっきから飲みつづけているんだが、ちっとも飽きやしない」とキツネは応えた。
ヤギはだまされたと知らず井戸に飛び込んだ。キツネはそのとき、ヤギを踏みつけ沈めたはずみで井戸を飛び出して、さっさと逃げ出してしまった。

狡猾という文字は、君子に対しては全くの無用です。悪かしこい者は、多く小人にあるようです。しかし、自分がいくら清らかな心を持っていても、身近に狡猾な者がいるかもしれまん。平生の注意が何より大切です。」
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飼いイヌが、飼い主に絶対的な信頼(忠誠心)を持っているのは、太古からの家畜化で培ったもの。飼い主以外に、当然忠誠心はないわけで。決してひとが好いわけではなさそう。でも、もしかしたら、忠誠心を取り除いた、本来オオカミが持つ順位すら失った <ひとが好いだけのイヌ> を作り出すことも可能かもしれない。

2019年6月8日土曜日

夢か現(うつつ)か幻か

最近、歳のせいか夢を見なくなった。夢は、昼間の緊張を解きほぐし、精神的再生のためとか、あるいは記憶のワークエリアの整理・削除のためともいわれる。夢はその意味で、昼間のルールと違った、予期しない自由な世界を繰り広げてくれる。

夢を見なくなるほどに、場面や展開を不意に変転する不思議な世界に関心が向く。若いころは、それなりにあやうい経験を楽しんだりして、そんなヒヤリ感がたまらなかった。歳をとると用心しすぎて無茶と縁遠くなる。夢がその代わりをしてくれるはずだった。

室生犀星の「ゆめの話」に、昔、ある武士が帰宅するため夜道を急いでいたところ、物陰に立つ女と出会う話がある。不審に思い、その女に近づくとするりと消える。不思議なことと思って自分の屋敷に着くと、門前にあの女がいて、急いで追うが見当たらない。門番も知らないという。
武士は、怪しさを感じながらも部屋に戻ると、先ほどの女が現れる。怪しんで肩先を斬りつけたところ、女は縁の下に逃げ去った。家中を探してみれば、板の間に女中が気絶していた。覚めた女中は、「実は先刻わたしが使いからかえると、一人の武士に途中であいました。そして御門から這入って縁側へぬけようとするところを抜き打ちに斬られたのでございます。ごらん下さいまし、このところに血がにじんでおります。」といった。しかし、門番は彼女が家を出る姿を見ていないという。

室生犀星は、女中が「夢遊病」だったのかもしれないと推測したが、これと似た伝承がある。以前(2017/6/10)ブログに記した、柳田国男の「遠野物語 」(一○○)にある、狐が夢をかすめ取る話だ。この場合、次のような展開になる。
< ある女房が、夢の中で、帰りの遅い主人を気遣って迎えに行こうかとするのを、狐の身を傭(やと)ってしまうことになる。深夜のこと、坂道で出くわした女を怪しみ、主人はそれをあやめて急いで帰れば、女房は命を取られそうな夢から覚めたばかりという。主人は元の場に戻って見れば、そこに一匹の狐が横たわっていた。>

(本ブログ関連:”遠野物語”)

柳田国男の伝承の場合、人の夢に狐が便乗したことになる。ことほど作用に、夢は誰のものでもないというか、奪われやすいようだ。私の夢を、今は誰かが(私に代わって)見ているかもしれない。

2019年3月2日土曜日

狐の狡猾さ

このブログは、キツネについていろいろな伝承を採集している。「西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇」(ティルベリのゲルウァシウス(Gervasius Tilberiensis)、池上俊一訳、講談社学術文庫)に所収の「第68章 狐の狡猾さ」を転載させていただく。結論から言えば、だます者は、甘い汁を吸おうと近づき寄る者たちを、最後には丸めてポンと捨てるということか。

(本ブログ関連:”キツネ”)

翻訳者解説によれば、原本は、1209年~1214年にかけて書かれたもので、聖職者ゲルウァシウスが赴任地や旅先での見聞、知人から聞いた話、古典の奇話などをまとめたものという。皇帝のための気晴らし本というべきか。素人の関心からいえば、こんな話、あんな話とつづく。石の話もあって楽しい。

(下記に改行を加えました)
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狐の本性的狡猾(ずるがしこ)さについての話を耳にするとき、わたしどもは何より、この世ではもっと慎重に振る舞うべきことを学びます。

たとえばです、狐が蚤の激しい刺傷で痛がっているとき、かれは川辺にいって後ろ歩きをしながら尻尾の先を水に沈めます。すると蚤は水を感じて、キツネのからだのより乾燥した地帯に避難します。こうして徐々に尻からからだを湿してゆくあいだに、蚤たちは彼の鼻面の先まで這い登ってゆくことを余儀なくされます。

不幸な一隊が一旦唇まで到達するや、かれは口全体をペロッと舌なめずりします。そこで蚤は、あらかじめ狐が用意して口一杯に含んでいた麻屑か何か別の柔らかなものの中に突進してゆきます。狡賢い動物(狐)は、かれら(蚤)がほうほうの態で避難場所に逃げ込んだと感ずると、麻屑を吐き出し、水から上がってこの不衛生な災難から解放されるのです。
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2018年12月31日月曜日

雪女

冬の怪談というか伝承に、「雪女」の話がある。次のようなストーリーだ。

吹雪のため小屋に避難した二人の木樵(きこり)が雪女に遇う。雪が静まるのを待つうち、一人は寝入り、もう一人は寝付けずにいた。そのとき、雪女が小屋に入ってきて、寝てしまった男にそっと息を吹きかけ、それを目撃した若い男には、ことを他言せぬよう約束させて消えた。翌朝、雪女に息を吹きかけられた男は死に、若い男は幸運にも生き残った。(今様にいえば、凍死であり、あるいは死の寸前の幻覚だったのかも知れない)

後に、若い木樵は、町へ奉公に行くという美しい女と出会う。それを止めさせて、二人は結ばれ、子どもたちの親となる。男は、妻の美貌を雪女に例えて喋ってしまう。そのとき、妻は「その雪女こそ私だ。他言せぬとの約束を守れなかったお前に対し、本当ならすべきことがあったが、今は子どもたちがいるので」といい姿を消した。死を免れたのだ。

雪女という超越した異類との婚姻譚であり、神話にある見てはならぬ禁忌を犯す話しでもある。後の安倍晴明の母親に当るという狐が、思いを残す「葛の葉」の別れの場面を想起する。これらが折り重なった物語だ。

(本ブログ関連:”異類婚姻譚”、”葛の葉”)

さて、この物語の舞台、東北や日本海側の豪雪地帯をイメージしていたところ、青空文庫に、小泉八雲の「怪談」集に収められた「雪女」があり、「武蔵の国のある村に茂作、巳之吉と云う二人の木こりがいた」で始まる。豪雪を背景にするには舞台が随分違う。さらに、田中貢太郎の「雪女」では、「多摩川(たまがわ)縁(べり)になった調布(ちょうふ)の在」とより具体的になっている。二人の作家は同じソースを使ったようだが、舞台が江戸(東京)に近いとは驚きだ。

そんな舞台なら、もしかしたら、私も雪女に遇える可能性がある。

2018年11月20日火曜日

狐(キツネ)と人と北海道

北海道のキツネといえば「キタキツネ」を思い出す。私の若いころ、フィールドに入ってキタキツネを観察した獣医師がおり、結果としてキタキツネの写真家となった竹田津実氏の写真集がなつかしい。当時、キタキツネはブームになり、親子のふれあい、幼い子キツネの成長など原野をバックに美しい写真におさまっていた。

(本ブログ関連:”キツネ”)

そのころからキタキツネに一種ロマンのようなものがあった。「キツネ」は、ヨーロッパや日本の民話に見られるような、ずるくて人をだますといった生き物ではなく、いってみれば、自然保護の指標として、動物愛護の先鞭となったのかも知れない。

インバウンドで、欧米人の観光客が増えて訪れるという「キツネ村」が東北にあって、今の時代だからだろう、やたら愛情いっぱい接して自撮りする様子をテレビなどで目にする。本来野生の動物であり、人間と敵対していた関係なのに不思議な光景だ。ロシアの実験で、キツネの飼育(家畜化)を繰り返すと、中にイヌのような毛並みに変わり、色違いの模様をするものが出現して、人になつくという。飼育者に、愛されることを無上の喜びにするという。

(本ブログ関連:”キツネにかかわる伝承の分布”、”(雑談) 狼 ⇒ 犬、狐 ⇒ ?”)

ところで、山の神信仰について、東北へ行くほど「稲荷信仰(稲荷神)」が多いという。書籍「山怪」(田中康弘)によれば、北(=東北)へ行くほどキツネの話題(怪異譚)が同様に多いそうだ。その「山怪」シリーズの「参」に、北海道の場合を次のように説明している。
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北海道では狐に類する話はほとんど聞くことが出来ないようだ。キタキツネは悪さをしないのだろうか。
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(本ブログ関連:”稲荷信仰”)

北海道とお稲荷さんの関係について、朝日新聞に、米作普及の歴史的観点から説明した記事「神仏編 狐とお稲荷さん」(2017年2月24日、文と写真・塚田敏信)がある。同社らしい表現もあるが、時代経過からそうだろという感がする。(抜粋)
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稲荷を追っていたら気になることが出てきた。道内で稲荷神社の名が多いのは、道南から日本海を北上するラインと胆振日高などの沿岸部。つまり海沿いの町なのだ。稲荷の原点は“田”。なのに現在稲作が盛んな空知や上川にはむしろ少ない。どうしてだろう

水田が北に広まったのは開拓からしばらくしてのこと。それらの土地では別の神がまつられ、稲荷が根づいたのは、比較的早い時期に和人が入った海沿いの地域だった。思わぬところからも見えてくる北海道の姿。だからまち歩きは面白い。
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2018年10月26日金曜日

山怪 [参]

いつも興味しんしんに読んでいる、山に住む人々に伝わる不思議な話を集めた「山怪」シリーズの第3弾がついに発行された(初版 2018.9.25)・・・今日、近くの書店を巡っていて見つけたのだが。

(本ブログ関連:”山怪”)

山岳関連の出版社「山と渓谷社」は、山の奇談について黒色の装丁をした一連の書籍を出版をしている。ユニークなことだが、それが継続しているのは、私のように山の怪異話に興味ある読者の支持があるからだろう。(特に登山に熱心とはいえない者にも受け入れられているようだ)

久し振りの「山怪 [参]」(田中康弘著)に、挨拶と待ちわびたことを伝えたい。山人の特別な話であるが、その意味を考えさせてくれる。山の自然と調和する中で育まれた(人の)共同性を母胎にした伝承だからだ。山と離れた私たちにも響く不思議さがある。時代の波に削られて、やがて消えていくかもしれないが、いずれかの形で残るだろう。

第1話「優しい狐と幻の椿」に、次のような山人の言葉がある。
「山さ入る時はかならず山神様に手を合わせて入るんだ。いつも猟さ行く時、途中さ祠(ほこら)があるんだよ、山神様のな。そこを超えたらもう山言葉しか使ってはいけねぇのさ」
「その祠から上で赤い椿の花さ見たら山下りねばなんねぇんだ。・・・」

「里言葉」と違った「山言葉」とは一体どんなものなのだろう。そして、「赤い椿の花」が、モノクロ写真のなかに唯一赤色に浮かんで見えるようだ。椿には美しさと怖さがある、五瓣の椿のように。

2018年4月5日木曜日

清明 2018

今日は、二十四節気の「清明(せいめい)」。「万物がすがすがしく明るく美しいころ」(Wikipedia)とのことだが、もう少し具体的に知りたく、色刷り図版が美しい「日本の七十二候を楽しむ」(臼井明大、東邦出版)を見ると、清明の候を次のように分類解説している・・・なるほど。ロケット打ち上げでいえば、まさに「リフトオフ」・・・明確な軌道に乗るべき、始まりの始まりを示す。

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・初候: 玄鳥至る(つばめきたる)
・次候: 鴻雁北へかへる(がんきたへかえる)
・末候: 虹始めて見る(にじはじめてあらわる)
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(本ブログ関連:”清明”)

ブログを遡ってみれば、実際の清明の天候はバラついている。だからこそ、そろそろブレのない一投球を欲するころだろう。
(ちなみに「清明」は、狐と縁ある陰陽師の安倍晴明の「晴明(せいめい)」じゃない。)

2018年1月4日木曜日

イ・ソンヒの「風花」

最大手の調査会社、韓国ギャラップによる「2017年 今年を輝かせた歌手と歌謡」(2017/12/19発表)のアンケート調査の結果、イ・ソンヒは、(昨年、海外を除いて、国内ツアーなど大規模なコンサートがなかったにも関わらず)10位を確保した。

(本ブログ関連:”韓国ギャラップ発表-歌手”)

レポートには、彼女の代表曲として、「風花(바람꽃)」(SBSドラマ「青い海の伝説(푸른 바다의 전설)」の Part6 で歌ったOST)、「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」(15集アルバムのタイトル曲)、「因縁(인연)」(13集アルバムのタイトル曲)が挙げられている。

SBSドラマ「青い海の伝説」は、2016年11月16日~2017年1月25日の間、11パート(回)に分けて放送された。イ・ソンヒがOSTを担当した回の視聴率は、同番組中最高を得ている。若者と<人魚>とのファンタジー・ロマンスドラマであるが、イ・ソンヒの澄んだ声は、無垢さを呼び覚ますようで、以前もTVドラマで、<九尾狐>とのファンタジー・ロマンスを歌っている。

(本ブログで、以前記したことだが、時空を超えたラブ・ファンタジーとして、1971年に20世紀初頭の舞台女優モード・アダムスとの出会い、或いは、新婚旅行の途中に立ち寄った「みずうみ」で、12歳のとき亡くなった少女との出会い、森に迷い込んだ青年の前に現れた古い館の過去に住んだ女性との一瞬の出会いといった物語がある)


まだ、夢を見るのです
夜空に霞んだ月明りのように
まばゆい思い出の中で、その人は
ぼんやりと浮かんできます

風に舞う花びらに
暖かいあなたの香りを感じて
過ぎ去ったような
わずかだった因縁は、もう
私の全てなのに

同じ空の下あなたと
一緒にいるということを
掻き消されるのじゃないか恐いのです
青い海  水平線まで
歩けるなら
あなたの 手を離したくないのよ
            ___

空に彩る星明かりに
暖かいあなたの息遣い感じて
運命のようにあなたと
このままそんな風に、残って
息することができるなら

*同じ空の下 あなたと
一緒にいるということを
掻き消されるのじゃないか恐いのです
青い海  水平線まで
歩けるなら
あなたの 手を離したくないのよ

(*以下繰り返し)


(Youtubeに登録の1theK (원더케이)に感謝)

2017年10月7日土曜日

狸(たぬき)

きのう、純真無垢で愛らしい「タミー」について、彼女の名をタイトルにした歌と合わせて記した。響きが似てるから「狸(たぬき)」の話でもと・・・無理なこじつけだが、してみよう。

山を巡る猟師や山小屋の主人たちの、山中での不思議な体験を集めた「山怪」や「黒部の山賊」には、狸についてもいろいろ語られている。共通しているのは、山陰や鬱蒼とした木立の奥から、あるいは寝静まった山小屋の外で、打撃音が聞こえるというのだ。

(本ブログ関連:”山怪、黒部の山賊”)

それは、木を打つ音であったり、深夜に山小屋の屋根を叩く音であったりする。機械的な物理的な響きがするという。人の気配がない場所で聞こえるにもかかわらず、不思議と恐怖を与えることはないようだ。狸の姿を見たわけではないのに、体験者は、あれは狸の仕業と口にするというのが妙。(童謡「証城寺の狸囃子」の狸も、<ぽんぽこ ぽんの ぽん>といった腹鼓(はらずつみ)する)

ところで、狸はとぼけた風情がして、どちらかといえばおどけた存在に描かれる。そんな狸が、安永の俳人(澤田庄造、号を鹿鳴)と暖かい関係を結んだという。田中貢太郎の掌編「狸と俳人」は、一人暮らしの俳人のもとに通った狸との深い交遊を描いている。(抜粋)

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・・・其の庄造が病気になった。初めはちょっとした風邪であったが、それがこうじて重態に陥った。村人達はかわりがわり庄造の病気を見舞ったが、其の都度庄造の枕許まくらもとに坐っている狸の殊勝な姿を見た。庄造は自分の病気が重って永くないことを悟ったので、某日其の狸に云った。
「お前とも永らくの間、仲よくして来たが、いよいよ別れなくてはならぬ日が来た。私がいなくなったら、もうあまり人に姿を見せてはならんぞ。それにどんなことがあっても、田畑などは荒さぬようにしろよ。さあ、もういいから帰れ」
 庄造の言葉が終ると狸は悄然(しょうぜん)として出て往った。其の夜、庄造は親切な村人達に看みとられて息を引きとった。それは安永七年六月二十五日のことであった。

 それから数日の後のことであった。一日の仕事を終った村人の一人が家路に急ぎながら、庄造の墓の傍近くに来かかった時、其の墓の前に、蹲(うずくま)っている女の姿が眼に注いた。其の女は美しい衣服(きもの)を着て手に一束の草花を持っていた。そして、よく見ると女は泣いているらしく、肩のあたりが微(かすか)に震えていた。それは此の附近ではついぞ見かけたことのない女であった。村人は何人(たれ)だろうと思って不審しながら其の傍へ往った。
「もし」
 村人がこう云って声をかけた途端、其の女の姿は忽然と消えてしまった。そして、其の傍には女が手にしていた草花が落ちていた。村人達はそれを聞いて、それはきっと例の狸だったろうと云って、其の行為を殊勝がったが、其の心が村人達をして狸には決して危害を加えまいという不文律をこしらえさせた。爾来(じらい)其の村では今に至るまで狸は獲(と)らないことになっている。
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これが狐だったら、随分と色っぽくなったろうし、下世話な感情も浮かんでこようというもの。狸でよかった。狸と俳人との間に取り交わしたことだからこそ、村人と狸との間に純粋で暖かな絆まで遺した。