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2026年8月8日土曜日

今日は何の日(記念日が最も多い日)

以前のブログ(2022年11月11日)で、「今日は何の日」といった、日ごとに制定された記念日について触れたことがある。登録団体の「日本記念日協会」が発表しているなかで、一番記念日が多いのは、11月11日と10月10日だった。
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 ITmediaサイトの記事によれば、11月11日のきょう登録されている記念日(日本記念日協会に登録)の数は、10月10日と並んで最も多いという。
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あらためて、Googleの検索AIの Labs で、最新の登録状況を確認したところ、実はきょう(8月8日)が最多というのだ。
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日本記念日協会に登録されている記念日が1年でいちばん多い日は「8月8日」です。登録数は70件を超えており、末広がりで覚えやすい数字であることから多くの企業や団体が記念日に制定しています。
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そこで、「日本記念日協会」*のサイトで登録件数をカウントしたところ、きょう現在 87件あった。
(*)日本記念日協会: https://www.kinenbi.gr.jp/
記念日が多い、11月11日10月10日と同様に、8月8日のいずれも同じ数が横並びしており、日本語として語呂合わせ(だじゃれ)し易すく、当てはめ易すいのだろう。
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ねんどろいどの日
ありがとう!室外機の日
亀田の無限の日
スズメバチ対策の日
ReBONE∞DAY
八方末広「八広の日」
伝える、伝わるエンディングノートの日(EN日)
パパママ産前産後ケアの日
はれグループの日
シェットランド・シープドッグ ありがとうの日
米米CLUBの日
暑すぎる夏を終わらせる日
ぱちぱちまつ毛の日
ハチエモンの日
QCユーザー応援の日
山佐ネクストの日
やれないこと、やってやろうの日
ATHREE CANVASの日
DMMぱちタウンの日
パチパチパニックの日
夏トマトの日
ハッピーリボンデー
デルぱち君の誕生日
アンコンシャスバイアスに気づこう!の日
oggi ottoの日
デジタルノマドの日
リユースの日
ビスコの日
スタンプラリーの日
KIRISHIMA No.8の日
サステナブルファッションの日
スッキリ美腸の日
ふくしま桃の日
トイドローンを楽しむ日
ポテコなげわの日
福が留まる福の日
親バカ愛の日
MOMO尻の日
ガシャポンの日
meviyの日
湾宝の日
MOTHERチャレンジの日
野島(のしま)の日
挑人の日
田主丸・河童の日
三陸たこせんの日
ホールケーキの日
アンドリューのエッグタルトの日
阿波尾鶏の日
Dr.シーバのエラスチンの日
ありあけハーバーの日
LOVOTの日
小浜水産グループ・カンパチの日
しろたんの日
ベーグルの日
クラッピーの日
4Cの日
パパの日
歯ブラシ交換デー
生パスタの日
ペアリングの日
コルセットの日
エプロンの日
ドアリースの日
信州地酒で乾杯の日
潤う瞳の日
こうじの日
はんざき祭りの日
爬虫類の日
チョコラBBの日
チャーハンの日
パインアメの日
がま口の日
夢ケーキの日
ぱちんこの日
醤油豆の日
ブルーベリーの日
マルちゃん焼そばの日
おばあさんの日
葉っぱの日
プチプチの日
発酵食品の日
そろばんの日
ドール・フィリピン産パパイヤの日
屋根の日
歯並びの日
洋食の日
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2019年8月11日日曜日

山の日 2019

きょうは、2016年以来施行されている祝日「山の日」だ。山にちなんだイベントもあるようだが、趣味の鉱物採集から遠ざかって以来、山に近寄ることもなくなった。いくつかの公園の中に、山の名を冠した標高50m~70m台の山がある。山というには余りにも低山。いつの間にか通り過ぎている。

(本ブログ関連:山の日”2016”、”2017”、”2018”)

「山の日」にちなんで、山にかかわる歌を思い浮かべた。その出しに「山には山の うれいあり」から始まる「あざみの歌」(作詞横井弘、作曲八洲秀章、1949年)がある。何と、昨年の今日もそれをブログに記していた。それじゃあ「山男の歌」ってか・・・、よほど山への想像力が足りないようだ。もともと、近場の高尾山が限界だったせいもある。

山といえば、おじさん好みの、山の怪異集「山怪」(山と渓谷社)シリーズがある。聞けばなんと累計17万部を突破したという。書店を巡ると書棚に真っ黒なカバーをした「山怪」シリーズが並んでいる・・・書店の規模に関わらず目にすることができる。どうやら秘かなブームのようだ。

(本ブログ関連:”山怪”)

「山怪」の発行元「山と渓谷社」のニュースリリース「累計17万部突破のベストセラー『山怪』第三弾! 現代版遠野物語『山怪 参 山人が語る不思議な話』刊行」*(2018/09/10)は次のように紹介している。(抜粋)
(*) https://www.yamakei.co.jp/news/release/20180910_02.html
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 インプレスグループで山岳・自然分野のメディア事業を手掛ける株式会社山と溪谷社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:川崎深雪)は、9月10日に『山怪 参  山人が語る不思議な話』を刊行しました。

 2015年6月に刊行されてベストセラーとなった『山怪 山人が語る不思議な話』、2016年1月に刊行された続編『山怪 弐 山人が語る不思議な話』(共に田中康弘・著)に続く第3弾に当たります。

 本書は、長年、マタギや狩猟など山に入り取材を続けてきた著者が、山に暮らす人や働く人をはじめ、多くの山人の元を訪ね、山の不可思議な体験談を取材しまとめた一冊です。本シリーズは「現代版遠野物語」として、新聞・雑誌等数多くのメディアで絶賛され、今作も同様に、すべて改めて取材した「現在形のフィールドワーク」であり、その集大成。シリーズ初となる北海道の取材を決行しています。

 また、前作『山怪』『山怪 弐』は、2018年8月15日放送のNHK BSプレミアム「異界百名山」の原案にもなりました。
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真っ黒な装丁をした本といえば、埴谷雄高の全集なんて思い出す・・・。

2019年8月15日木曜日

異界百名山

山歩きにとって「日本百名山」踏破は夢だろう。私にしてみれば、根っからきついことに触手がおよばない。登山であれトレッキングであれ、関心はあっても登山靴の紐を結ぶ(ブートする)ことはできなかった。

そんなぐうたら気分でも、登山気分や山の風景を味合わせてくれる番組が、深夜に再放送を重ねている。NHKの「にっぽん百名山」(関連の番組)だ。その番外ともいえる、山を異界に見立てて不思議な体験を伝える番組があった。「異界百名山~体験者が語る不思議な話~」(初2018年8月15日、再2018年9月9日、再2019年8月15日)は、山中やその周辺で体験したいくつかの奇妙なエピソード紹介と同時に、(人選に多少疑問があるが)四人の人物による体験(経験)を踏まえたスタジオトークが展開された。

NHKのサイトにある同番組「異界百名山」の紹介に、スタッフから「異界百名山との出会い」のタイトルで番組成立の背景(動機)について次のように語られている。(抜粋)
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・・・今回の番組のディレクターが「面白い本があるんですよ!」と嬉々として見せてくれたのが「山怪〜山人が語る不思議な話」という「山と渓谷社」から出版されている本でした。著者の田中康弘さんはマタギの暮らしなどを撮影している写真家で、日本各地の山で聞いた不思議な体験を地道な取材によってまとめたルポルタージュでした。まさに自分がこれまで山で聞いて来たような不思議な話が、鬼気迫るリアリティと共に、かなりのボリュームでまとめられていたのです。この本で紹介されている不思議体験者の中には、昔からの知り合いもいて、本で紹介された話をベースに映像化したら相当面白いドキュメンタリー番組が出来るのではないかとディレクターとうなずき合ったのでした。

さっそく、著者の田中さんや出版社の方に連絡し映像化について相談したところ快諾を頂き、本には登場しない新たな取材先も加えつつ番組制作が始まりました。どうせなら、体験者の人物像や山での暮らしぶりなども深掘りしつつ、不思議体験を安易な再現映像にはせずに、山の風景のイメージ描写とインタビューのみで表現しようと考えました。撮影には情景描写に優れる一眼レフカメラを多用。結果、山の“異界感”の表現に成功したと思います。

日本の山は、太古の昔から、この世とあの世をつなぐ異界の入口だったというテーマのもと、日本人の死生観や自然との付き合い方、また、神話や物語の生まれる原点などについてスタジオトークも盛り上がりました。私たち日本人は、山にひかれ、山を仰ぎ見て、ご来光に手を合わせます。現代人が無意識のうちに求めている「異界の物語」の魅力とは何なのか?
都会でなくしてしまった「山」の中でしか得られない「何か」に気づく番組となりました。
※取材協力 田中康弘 「山怪」より

(クリエイティブネクサス プロデューサー 佐藤知樹)
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なるほど、元ネタは、ブログでも関心を持った本「山怪」(田中康弘著、山と渓谷社)だった。「山怪」シリーズが(秘かな)ブームになっていることを先日(8/11)の祝日「山の日」に記した。今回の上記番組について率直な感想をいえば、活字と映像ではイマジネーションの入り込む余地に違いがありそう。まして「神話や物語の生まれる原点」について語り合うのなら、人選にも注意を払っていただきたかった。

(本ブログ関連:”山怪”)

2025年7月13日日曜日

台風5号の風と熱帯低気圧の雨、春日八郎の「山の吊橋」

「台風5号」が接近しているが、当地のあす(7/14)の天気予報は、(台風外周の)北北西の風があるものの、大雨に至らないようだ。しかし、東シナ海発生の「熱帯低気圧」が西日本を経由して関東へ進んでおり、あさって(7/15)の午後に小雨が降りつづく模様。

あす、あさってと、台風と熱帯低気圧の時間差襲来があり、風と雨とじめじめした天気が続きそうだ。しかし、これを越えると関東・甲信も「梅雨明け」になりそうと、気象協会は次のように解説している。(先日(7/10)訪れた「自然観察園」の池に水が貯えられていたので、ここ数日雨が加われば、今夏の「水不足」の心配はないかもしれない)

■  tenki.jp
「明日14日 関東・東北に台風接近 西日本は別の低気圧の影響で警報級大雨に警戒」(福冨里香、日本気象協会 本社: 2025年07月13日18:22) より抜粋
    ー https://tenki.jp/forecaster/r_fukutomi/2025/07/13/34644.html
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・明日14日(月)は、台風5号関東・東北に接近。また、別の低気圧*の影響で西日本~東海は警報級大雨のおそれ。
(*)東シナ海には熱帯低気圧があり、九州付近を通過する見込み。
    ー 台風5号は北上を続け、14日(月)昼頃に関東に最も接近15時には風速25メートル以上の暴風域を伴い、関東の東海上を北上する予想です。
    ー 15日(火)~16日(水)にかけては、東から太平洋高気圧が西へ勢力を強めるため、西から進んでくる気圧の谷との間で等圧線が混み、南から非常に湿った空気の流れ込みが続くでしょう。東海~関東を中心に同じような場所で雨が続き、大雨となるおそれがあります
・台風5号が離れた後も、関東や東海など東日本では西から強雨エリアが近づくため17日(木)にかけて大雨に注意が必要です。

・なお、18日(金)以降は、関東甲信~東北順次梅雨明けとなりそうです。
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ところで、「山怪」の著者(田中康弘氏)は、同シリーズ5巻目をもって終了すると語られている。その理由に、なによりも語り手(山を生活の場にした、例えばクマ撃ちの山人)が高齢化しているからという。

マタギが登場する歌がある。春日八郎氏の「山の吊橋」(作詞:横井弘/作曲:吉田矢健治、1959年【昭和34年】)だ。歌詞の最初に「山のつり橋ァ どなたが通る /  せがれなくした 鉄砲うちが」がある。仕事の呼吸が通じる息子を亡くした父親が、黙して渡る姿が浮かんでくる。

この歌が受け入れられた当時の人びとには、息子の戦死の記憶がまだ十分にあり、共有できたはず。山人の営みを伝えるべき若者もいなくなった。その父親もすでにいない。

■ Youtube(登録: CHH)
「山の吊橋 ~ 春日八郎」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=nbSuqmATyQc



■ Google Gemini

Q,春日八郎の「山の吊橋」で歌われる、鉄砲撃ち(猟師か?)の息子が死んでいるという表現がありますが、無くなった理由は戦死とイメージできますか? そんな解説はありますか?

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A.春日八郎さんの「山の吊橋」の歌詞に登場する、鉄砲撃ちの息子さんの死因についてですね。

歌詞には具体的な死因は明記されていませんが、「鉄砲撃ちの息子が死んだ」という表現から、戦死とイメージすることは十分に可能です

この歌が作られた時代背景(1960年代)を考えると、戦争の記憶がまだ生々しく残っており、若者の死といえば戦死が強く連想される時代でした。また、父親が鉄砲撃ち(猟師)であるにもかかわらず、息子が命を落とすという状況は、単なる事故や病死では表現しにくい悲劇性を帯びています


公式な解説や明確な情報として「戦死」と断定する資料は見当たりませんが、多くのリスナーが歌詞からそのように解釈している、あるいは当時の世相を反映していると考えるのは自然なことです。

歌詞が直接的に語らないからこそ、聴き手の想像力に訴えかける余地があり、その解釈の一つとして「戦死」は有力なものと言えるでしょう。

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2025年10月6日月曜日

中秋の名月、「赤城の山も今夜を限り」

旧暦の毎月15日の夜を「十五夜」といい、特に旧暦8月15日である今月今晩の月を「中秋の名月」という。ところで、(旧暦8月が重なる)今月の「満月」のタイミングは、あす10月7日の昼 12時48分ごろになる。つまり、【中秋の名月】≠【満月】の確率が高い。

■ 国立天文台
「中秋の名月(2025年10月)」より抜粋
    ー https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2025/10-topics01.html
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名月が満月とは限らない
・2025年の中秋の名月は、10月6日です。「中秋の名月」とは、太陰太陽暦(注)の8月15日の夜に見える月のことです。中秋の名月をめでる習慣は、平安時代に中国から伝わったと言われています。日本では中秋の名月は農業の行事と結びつき、「芋名月」*(いもめいげつ)などと呼ばれることもあります。
(*)コトバンクによれば、「《里芋を供えるところから》」とある。

・今年は10月6日が中秋の名月、翌7日が満月と日付が1日ずれています。
天文学的な意味での満月(望)は、地球から見て太陽と反対方向になった瞬間の月のことで、満月の時刻は、10月7日12時48分です。 
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また、中秋を「仲秋」と記すと字面が洒落ているけれど、8月全体を指してしまうため、現在では「仲秋の名月」は使われないそうだ。


ところで秋の月夜には、青白く地が照らされ、雁が南の空へ飛んでいく寂しい情景がある。江戸時代末期の俠客・国定忠治が子分たちとの別れもそのころ。忠治の言葉に、子分たちが「親分」と応えるところとか、忠治が刀を手にして「俺にゃあ、生涯手めえという強い味方があったのだ」と語るのを、子どもながら耳に残したものだ。
そこで、生成AIの ChatGPT に、もしかして中秋の名月の夜だったのか問い合わせてみた。

Q.「赤城の山も 今夜を限り」と、「国定忠治」が語ったのは、「中秋の名月」のころか?
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A.ご質問の「赤城の山も今夜を限り…」という有名なセリフは、「国定忠治(くにさだ ちゅうじ)」が登場する講談や歌舞伎などで語られるもので、日本の伝統的な義賊・侠客の一人である忠治の最期の場面でよく使われます。

□ このセリフの背景:
「赤城の山も今夜を限りか」というセリフは、忠治が赤城山(群馬県)を去る決意を語る場面で使われる、ドラマチックな名台詞です。
続く有名なセリフは以下のような形です:
「赤城の山も今夜を限り、 生まれ故郷の国定村を後にして、江戸へ下る…」

 中秋の名月との関係は?
この台詞が発せられるシーンはしばしば秋の月夜の晩、つまり中秋の名月(旧暦8月15日頃)と結びつけられる演出が多いです。
・ 明確に「中秋の名月」とされているわけではないですが、
・ ロマンチックで物悲しい別れの場面として、「月夜」や「秋の夜」が使われるのは非常に典型的な演出です。
映像作品・舞台・講談によっては、「中秋の名月の夜に…」というナレーションを入れることもあります

 結論
「中秋の名月のころ」とする演出はあるが、史実や原作で明示されているわけではない。
つまり、「中秋の名月」は演出上の美的・情緒的な演出であり絶対的な時期設定ではありません
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次の動画の通り、子分との別れの画面で、新国劇版では月を舞台背景に置かず、月明かりだけを強調して国定忠治の言葉を際立たせている。もう一つの、桃屋のCM版では月を三日月にしているのは少しの緊張感を持たせるためかもしれない。満月は穏やかなものだからだろう。

■ Youtube(登録:TheKensanohta )
「赤城落ち」(新国劇。辰巳柳太郎の国定忠治。赤城落ちのシーン抜粋・・・とのこと)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=B-OuMPFsckc



■ Youtube(登録: upachan2004)
「桃屋 江戸むらさき」(丹下左膳、鞍馬天狗、国定忠治の順=月の形は三日月だが)
    ー 声/三木のり平さんによる
    ー https://www.youtube.com/watch?v=_Zac1fW_34E

2016年8月11日木曜日

山の日 2016

お盆の8月15日を中心に大人たちも夏休みだ。その入り口ともいえる今日は「山の日」で、今年から施行される祝日だ。山に対して海はといえば、「海の日」の祝日もちゃんとあり、7月の第3月曜日がそうで、1996年から施行されている。さまざまな祝日や記念日があるため、素直な名の「山の日」があっても不思議でない。今年から施行というのに返って驚く。

その「山の日」の今日、近くの公園を散歩した。さすがに暑さのせいか家族連れの姿は多くなく、広場の草原を走り回る子どもたちもない。気になったのは、散歩道で立ち止まってスマホをいじる大人たちだ。それも、けっこういる。

スマホを使わぬ身ゆえ、彼らが 「ポケモンGO」 をしているかどうか定かでないが、連れだっていても互いに会話もなく、それぞれ黙々とスマホをいじっているのは不気味という他ない。

そんなことより、うれしかったのは、朝のニュースで、リオ、オリンピックの日本選手が続々「金メダル」を獲得しているのを知ったことだ。そのなかでも、体操の内村航平選手が「男子個人総合」で優勝したのに驚いた。(体操については、いうも恥ずかしい、高校時代のクラブ活動でのわずかな経験から特に関心がある)

NHK NEWS WEB(8/11)は、内村選手の金メダルを次のように報じている。彼の精神力は素晴らしい。そして、インタビューで語られた、「うれしいより幸せ」との言葉が心に残る。
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・体操は、男子個人総合の決勝が行われ、日本のエース内村選手は、2位で迎えた最後の鉄棒で15.800の高得点を出し、ウクライナの選手を逆転して2連覇を達成しました。
この種目の2連覇は44年ぶり、史上4人目の快挙で、内村選手は男子団体に続き、今大会2つ目の金メダル獲得です。
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2016年4月14日木曜日

熊本、震度7の地震

今晩(21時36分)、熊本県熊本地方で大地震(震度7)が発生した。

最大震度7の地震が突然襲った。気象庁の「各地の震度に関する情報」(震度1以上)の一覧を見ると、最大震度7の地震が発生(21時26分)した以前、熊本県熊本地方の地震発生表示はなかった。また、地震発生後、(熊本県熊本地方だけの)余震が続いていることがわかる
(22時51分まで記録、それ以降ネット未確認。テレビのニュース速報では、余震が続いている)
⇒ (追記) 気象庁: 横ズレ活断層によるか。一週間程度余震が続くものと思われる。

テレビ出演の名誉教授によると、震源に近い<阿蘇山>の火山噴火を誘発する可能性があると解説された。(大学退官後の研究者は、割合はっきりものを言われるケースがある)
⇒ (追記) 気象庁: 現在、火山活動観測されず、今のところ影響はないとのこと。
⇒ (追記) 震源(直近、益城町ましきまち)は、阿蘇山につながる「中央構造線」上にのっているとのこと。



(Wikipediaより) 赤線が中央構造線、青線に囲まれたオレンジ色の部分はフォッサマグナ
             

■ 平成28年04月14日21時36分 気象庁発表
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14日21時26分頃地震がありました。
震源地は熊本県熊本地方(北緯32.7度、東経130.8度)で、
震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は6.4と推定されます。
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(追記)気象庁: 震源の深さ約10km ⇒ 11kmに修正 
(追記)気象庁: マグニチュード6.4   ⇒ 6.5に修正


■ 各地の震度に関する情報(震度1以上)
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情報発表日時                          検知日時             震央地名 マグニチュード 最大震度
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平成28年04月14日22時54分 14日22時51分頃 熊本県熊本地方 M3.5 震度3
平成28年04月14日22時51分 14日22時47分頃 熊本県熊本地方 M3.5 震度3
平成28年04月14日22時46分 14日22時43分頃 熊本県熊本地方 M4.3 震度4
平成28年04月14日22時43分 14日22時38分頃 熊本県熊本地方 M5.0 震度5弱
平成28年04月14日22時35分 14日22時31分頃 熊本県熊本地方 M3.3 震度3
平成28年04月14日22時30分 14日22時26分頃 熊本県熊本地方 M3.6 震度3
平成28年04月14日22時27分 14日22時22分頃 熊本県熊本地方 M4.6 震度4
平成28年04月14日22時23分 14日22時19分頃 熊本県熊本地方 M3.3 震度3
平成28年04月14日22時20分 14日22時16分頃 熊本県熊本地方 M4.2 震度4
平成28年04月14日22時15分 14日22時09分頃 熊本県熊本地方 M4.3 震度4
平成28年04月14日22時12分 14日22時07分頃 熊本県熊本地方 M5.7 震度6弱
平成28年04月14日22時07分 14日22時03分頃 熊本県熊本地方 M3.3 震度2
平成28年04月14日22時04分 14日22時00分頃 熊本県熊本地方 M3.0 震度2
平成28年04月14日21時58分 14日21時53分頃 熊本県熊本地方 M4.0 震度4
平成28年04月14日21時48分 14日21時42分頃 熊本県熊本地方 M4.9 震度4
平成28年04月14日21時44分 14日21時37分頃 熊本県熊本地方 M3.9 震度4
平成28年04月14日21時36分 14日21時26分頃 熊本県熊本地方 M6.4 震度7
(平成28年04月14日21時32分 14日21時26分頃 熊本県熊本地方 M6.4 震度7)
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2016年4月16日土曜日

熊本地震、前震と本震

今回の熊本の地震(「平成28年熊本地震」:気象庁)は、(浅い震源、複雑・細分した活断層による)余震が続くこと、中央構造体との連係、および阿蘇火山への影響などが懸念されている。

① 前震・本震の変更、および震源の移動
・今日(4/16)の日付に変わった深夜、01時25分に、今までで最大のマグニチュード7.1の地震が発生した。気象庁は、今回を「本震」とし、一昨日(4/14)の最初の地震(「日奈久(ひなぐ)断層」、マグニチュード6.4)を、「前震」と変更した。
・これまでの地震は<本震への前触れ>だったことになる。また、本震の震源は、「布田川(ふたがわ)断層」とのこと。
(追記) 気象庁: 01時25分の地震のマグニチュード 7.1 ⇒ 7.3 に修正

② 地震発生地域の拡大
熊本県熊本地方を震源地としたが、同県内(西部、中部、阿蘇地方)だけでなく、大分県中部へと地震の発生地域が拡大・移動している。現在、阿蘇山が噴火しているとの情報もある。

ところで、テレビのワイドショーは、ニュース報道と違い、時間枠を持っているためいろいろな専門家が呼ばれて解説する。昨日のワイドショーで、災害対策の専門家が適切なコメントをされていた。a) 震災地元の役場職員は少数だろうから、同様な職種だからこそ通じる、地方公務員の応援派遣が必要。b) 損壊した屋根の雨対策(わずかでも家財道具を守る)のため、青ビニールシートの用意が至急必要、など。災害現場のアクションについて、専門家のコメントは何より貴重。彼らの発言に、もっと時間をかけてほしい。(安全圏にいる視聴者より)災害現場へのヒントになるのだから。現場へ語りかける放送を願うばかり。

■ 各地の震度に関する情報 (震度1以上、☆ 熊本県熊本以外、★ 熊本地震と直接関連ないと思われる地域)
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情報発表日時                          検知日時             震央地名      マグニチュード 最大震度
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平成28年04月16日09時57分 16日09時53分頃 熊本県熊本地方    M3.3 震度3
平成28年04月16日09時51分 16日09時48分頃 熊本県熊本地方    M5.4 震度6弱
平成28年04月16日09時20分 16日09時16分頃 熊本県熊本地方    M4.5 震度4
☆平成28年04月16日09時07分 16日09時02分頃 大分県中部       M3.0 震度3
平成28年04月16日08時31分 16日08時27分頃 大分県西部       M3.9 震度4
平成28年04月16日08時23分 16日08時20分頃 熊本県熊本地方    M4.6 震度4
★平成28年04月16日08時23分 16日08時19分頃 千葉県東方沖    M3.2 震度2
平成28年04月16日08時12分 16日08時08分頃 本県熊本地方    M3.8 震度4
平成28年04月16日08時06分 16日08時02分頃 熊本県熊本地方    M3.9 震度4
平成28年04月16日08時01分 16日07時57分頃 熊本県熊本地方    M3.8 震度4
☆平成28年04月16日07時57分 16日07時54分頃 熊本県阿蘇地方 M3.3 震度3
☆平成28年04月16日07時52分 16日07時49分頃 熊本県阿蘇地方 M3.6 震度3
平成28年04月16日07時46分 16日07時42分頃 熊本県熊本地方    M4.2 震度4
☆平成28年04月16日07時33分 16日07時29分頃 大分県中部       M3.2 震度3
☆平成28年04月16日07時31分 16日07時27分頃 大分県中部       M2.6 震度3
平成28年04月16日07時27分 16日07時23分頃 熊本県熊本地方    M4.8 震度5弱
☆平成28年04月16日07時24分 16日07時21分頃 大分県中部       M3.2 震度3
平成28年04月16日07時14分 16日07時11分頃 大分県中部           M5.3 震度5弱
☆平成28年04月16日07時08分 16日07時06分頃 熊本県阿蘇地方 M3.4 震度3
☆平成28年04月16日07時04分 16日07時01分頃 熊本県阿蘇地方 M3.6 震度3
平成28年04月16日06時56分 16日06時51分頃 大分県中部           M3.2 震度3
☆平成28年04月16日06時43分 16日06時40分頃 熊本県阿蘇地方 M4.5 震度3
平成28年04月16日06時37分 16日06時34分頃 熊本県熊本地方    M3.4 震度3
平成28年04月16日06時18分 16日06時15分頃 熊本県熊本地方    M3.8 震度3
☆平成28年04月16日06時14分 16日06時11分頃 大分県西部       M4.2 震度4
☆平成28年04月16日06時05分 16日06時02分頃 熊本県阿蘇地方 M3.8 震度3
☆平成28年04月16日06時01分 16日05時56分頃 大分県中部       M2.9 震度3
☆平成28年04月16日05時57分 16日05時52分頃 熊本県阿蘇地方 M4.0 震度3
平成28年04月16日05時47分 16日05時43分頃 熊本県熊本地方    M3.6 震度3
平成28年04月16日05時41分 16日05時37分頃 熊本県熊本地方    M3.2 震度3
平成28年04月16日05時37分 16日05時34分頃 熊本県熊本地方    M3.9 震度4
平成28年04月16日05時28分 16日05時23分頃 熊本県熊本地方    M3.8 震度3
平成28年04月16日05時24分 16日05時20分頃 大分県中部          M3.1 震度4
☆平成28年04月16日05時19分 16日05時16分頃 熊本県阿蘇地方 M3.4 震度3
☆平成28年04月16日05時05分 16日05時01分頃 熊本県阿蘇地方 M3.3 震度3
☆平成28年04月16日05時00分 16日04時57分頃 熊本県阿蘇地方 M3.7 震度3
平成28年04月16日04時54分 16日04時51分頃 熊本県熊本地方     M4.3 震度4
☆平成28年04月16日04時49分 16日04時45分頃 熊本県阿蘇地方 M3.0 震度3
平成28年04月16日04時38分 16日04時34分頃 熊本県熊本地方     M3.6 震度3
平成28年04月16日04時31分 16日04時28分頃 熊本県熊本地方     M4.1 震度3
☆平成28年04月16日04時27分 16日04時24分頃 熊本県阿蘇地方 M4.5 震度4
☆平成28年04月16日04時25分 16日04時23分頃 熊本県阿蘇地方 M3.9 震度4
☆平成28年04月16日04時22分 16日04時18分頃 熊本県阿蘇地方 M4.3 震度4
平成28年04月16日04時18分 16日04時15分頃 熊本県熊本地方     M4.0 震度3
平成28年04月16日04時15分 16日04時11分頃 熊本県熊本地方     M3.3 震度3
☆平成28年04月16日04時12分 16日04時09分頃 熊本県阿蘇地方 M4.2 震度3
平成28年04月16日04時08分 16日04時05分頃 熊本県熊本地方    M4.3 震度4
☆平成28年04月16日04時04分 16日04時00分頃 熊本県阿蘇地方 M3.7 震度3
☆平成28年04月16日04時01分 16日03時57分頃 熊本県阿蘇地方 M4.1 震度3
☆平成28年04月16日03時59分 16日03時55分頃 熊本県阿蘇地方 M5.8 震度6強
平成28年04月16日03時52分 16日03時47分頃 熊本県熊本地方     M3.4 震度3
平成28年04月16日03時47分 16日03時45分頃 熊本県熊本地方     M3.6 震度3
平成28年04月16日03時37分 16日03時34分頃 熊本県熊本地方     M3.9 震度3
☆平成28年04月16日03時36分 16日03時32分頃 熊本県阿蘇地方 M3.8 震度3
平成28年04月16日03時30分 16日03時26分頃 熊本県熊本地方     M4.1 震度4
☆平成28年04月16日03時25分 16日03時20分頃 大分県西部       M3.6 震度2
☆平成28年04月16日03時20分 16日03時16分頃 熊本県阿蘇地方 M4.1 震度4
☆平成28年04月16日03時16分 16日03時10分頃 熊本県阿蘇地方 M3.9 震度4
☆平成28年04月16日03時09分 16日03時03分頃 熊本県阿蘇地方 M5.8 震度5強
☆平成28年04月16日03時07分 16日03時03分頃 熊本県阿蘇地方 M5.8 震度5強
★平成28年04月16日03時03分 16日03時01分頃 岩手県沿岸北部 M4.1 震度2
☆平成28年04月16日03時01分 16日02時57分頃 熊本県阿蘇地方 M3.5 震度4
☆平成28年04月16日02時56分 16日02時52分頃 大分県西部       M3.3 震度2
☆平成28年04月16日02時54分 16日02時49分頃 大分県中部       M4.1 震度4
☆平成28年04月16日02時48分 16日02時45分頃 大分県西部       M3.5 震度2
平成28年04月16日02時21分 16日02時18分頃 熊本県熊本地方    M3.9 震度4
平成28年04月16日02時09分 16日02時04分頃 熊本県熊本地方    M4.9 震度4
平成28年04月16日02時03分 16日01時56分頃 熊本県熊本地方    M4.7 震度4
平成28年04月16日01時58分 16日01時46分頃 熊本県熊本地方    M6.0 震度6弱
平成28年04月16日01時50分 16日01時46分頃 熊本県熊本地方    M6.0 震度6弱
平成28年04月16日01時47分 16日01時44分頃 熊本県熊本地方    M5.3 震度5弱
平成28年04月16日01時40分 16日01時25分頃 熊本県熊本地方    M7.1 震度6強
平成28年04月16日01時37分 16日01時30分頃 熊本県熊本地方    M5.4 震度4
平成28年04月16日01時30分 16日01時25分頃 熊本県熊本地方  M7.1 震度6強本震
平成28年04月15日23時20分 15日23時17分頃 熊本県熊本地方 M3.6 震度4
★平成28年04月15日20時51分 15日20時46分頃 相模湾 M2.8 震度2
平成28年04月15日20時20分 15日20時15分頃 熊本県熊本地方    M3.8 震度4
平成28年04月15日18時52分 15日18時48分頃 熊本県熊本地方 M3.6 震度3
平成28年04月15日17時42分 15日17時39分頃 熊本県熊本地方 M3.5 震度3
平成28年04月15日15時32分 15日15時27分頃 熊本県熊本地方 M4.1 震度4
平成28年04月15日13時53分 15日13時50分頃 熊本県熊本地方 M4.0 震度3
平成28年04月15日12時49分 15日12時46分頃 熊本県熊本地方 M3.5 震度3
平成28年04月15日09時56分 15日09時53分頃 熊本県熊本地方    M3.9 震度3
平成28年04月15日09時06分 15日09時02分頃 熊本県熊本地方  M3.8 震度3


(付記)
Windowsのupdateが、今日に日付に変わった深夜から、「更新プログラムをインストールしています...」となった。ようやく、更新プログラムのダウンロードが開始された。(これまでの時間は一体何だったのだろうか?)
結局、00:00~13:15 で、無事更新完了。この2日間、PC動作の悪さを我慢したのが嘘のよう。
前回から、Windows update に、時間が掛かり過ぎる気がする。(でも、Windows10に切り替えるつもりは未だないよ!)

2018年8月11日土曜日

山の日 2018

今日は祝日「山の日」。本格的な山とはしばらく縁遠い。鉱物採集で山に入るのは、登山といえない。以前、ブログに記したように、鉱石(資源となる鉱物)の運搬上、鉱山(跡)が深山にあるケースは多くない。また、ズリ(跡)で鉱物採集するとき、地面に向かってハンマーを打ち下ろし、石を砕き続けるわけで、山景に親しむ余裕はない。

(本ブログ関連:”山の日”)

集団で鉱物採集地の山を登りくだりしたとき、いずれも後塵を拝したことがあった。それも、若者に同道してもらってのこと。以来、横付けという、車道から近い鉱山跡で採集するようになった・・・安直なことで。

山といえば、懐かしい想いのする「あざみの歌」(作詞横井弘、作曲八洲秀章)がある。戦後間もなく発表され、その後、倍賞千恵子も歌った憂いに満ちたこの曲を、あまり聴かれることはないようだ。私にとっては、彼女のイメージと重なって思い出深い、なにしろ寅さんの妹さくら役でもあるからだ。

「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)によれば、作詞者横井弘(1926年10月12日~2015年6月19)は、まだ18歳の1945年5月に召集を受け、同年8月に終戦を迎える。あっという間の4ヶ月だったようだ。母子で暮らした四谷の家は焼け、人づてに長野県下諏訪の町に至ったという。復員した彼が八ヶ岳の八島ヶ原湿原で作ったのが「あざみの歌」だったとか。また、作曲者八洲秀章は、すでに旋律を作曲していて、それに合った詩を探していたという。

(本ブログ関連:”「唱歌・童謡ものがたり」”)

結果、Wikipediaによれば、「あざみの歌」は、作曲者八洲秀章の歌唱で、1949年(昭和24年)8月8日から1週間、NHKのラジオ歌謡で放送された。1951年には、歌手伊藤久男の歌でレコード化されている。

上記「唱歌・童謡ものがたり」に、作詞者横井弘とのインタビューが載っており、「でも、やはりこの歌が一番思い出深いなあ。自分の一生を決定づけた歌ですからね。華麗でも高貴でもないが、素朴に、ひたむきに咲いているアザミの姿に理想の女性像を重ねてみたんです。別に特定の人物はいませんが、この思いは今も全く同じです」とのこと。


(Youtubeに登録のtengokuemakiに感謝)

2013年10月24日木曜日

(資料)イ・ソンヒのスター・ストーリー「3.宗教家である父と、自然とともに過ごした幼い子供」

先日(9/27)、「スポーツ韓国」の紙面(1991年3月8日~4月5日)に連載された「イ・ソンヒ27歳当時のスター・ストーリー」記事の目次を紹介したが、その第3回目をここに載せたい。感謝。
イ・ソンヒの幼い頃の祖父も含めての家族愛や、「音域の広い」彼女の声が「父から受け継いだ」と語る影響について・・・知りたかったことだ。

(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒ(27歳当時)の「スター・ストーリー」”、”資料:이선희 Profile”)


[3] 宗教家である父と、自然とともに過ごした幼い子供
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私が三歳になった年である1966年、両親は私を連れて忠南(忠清南道)の保寧からソウルに移住した。初めての定着地は城北区三仙洞だった。

当時、父は大韓仏教「一乗宗(일승종)」の宗会議員と同時に、仏教音楽「梵唄(범패)」の伝授者であった。

    (注) ネット上で、イ・ソンヒの父親の所属宗派を「太古宗태고종)」と記されることがあるが、この記事から(当時)「一乗宗」が正しいようだ。なお、「一乗宗」の正式な成立は1969年とされ、この年に大法院裁定により韓国仏教の最大宗派となる「曹渓宗(조계종)」と「太古宗」が正式に分離している。
    (注) イ・ソンヒの家族が保寧から転居したソウルの城北区内に「一乗宗」の一乗寺がある。
    (注) 一乗宗の「主な宗団機構は宗正の下、宗務全般を掌握する総務院、糾正(きゅうせい)機関である監察院、議決機関である宗議会などがある。」
    (注)「梵唄」については、「太古宗」との関連がネット上で話題にされることが多い。

父の身分が僧侶だったために、所属寺院が変わるたび、わが家は引越し荷物を荷造りしなければならなかった。

そうするうちに、私は仕方なく国民学校だけ六ヶ所を転々と移り渡った。友人とちょっと付き合うだけで、校歌を覚え歌うことができるようになると、私はまた間違いなく見知らぬ学教に転校しなければならなかった。私も知らぬうちに性格は内省的に沈んでいった。

ときおり近所の子供たちとケンカをすると、その悪童たちが必ず私の父をあげつらった。「僧(중)」がどうしたといいながら。朴景利(パク・キョンニ、박경리、1926年~2008年)先生の小説「土地(토지)」で、年齢の幼いキルサン(길상)が悪童に「僧」と冷やかし受ける気持ちを十分に理解することができた。

    (注) 韓国仏教における妻帯の問題は、歴史上の課題でもあった。⇒ ”韓国仏教

自然に私と同じ年頃の子供たちと一緒に過ごす時間が減り、周りの山、木、花、鳥そして風と親しくなった。

(ちなみに)ネパールに「導師」が多いのは、両親が仕事に出て行った後、一人で自然に接して成長した子供たちが多くてとか? とにかく私は木と草に群がる虫たちと話をして育った。

もちろん幼い時からひたすら叙情的で思索的だったことは決してない。森の古木の木の上に綱をぶら下げてターザン遊びをして時間の経つことが分からなかったし、休みになれば田舎の祖父の家に行って明け方から川岸のフナを(網で)すくいてあげた。また、真夜中に近所の野菜畑を堀り散らしに行くマクワウリとスイカ荒らしで、蚊に刺されていることも分からなかった。

ソウルではひょろひょろしっぱなしの私だったが、田舎に行ったら全身に力が湧き、敏捷で活き活きするようになった。

ソウルでも、やはり父について移動も何度もしたが、行く所ごとに常に鬱蒼とした森があった。父の勤め先(?)である寺はたいてい山の中にあるのだから。

ところで日曜日になると、悪い鳥捕りたちが空気銃をかついで「私の森の中」に狩猟にきたりした。
彼らが去った後、かわいそうにも死んだ鳥が数匹ずつ散在していた。
私は、目に映りしだい死んだ鳥のために墓を作った。墓の上に小さな木の枝で十字架を作ってさした。

ところが、まさにその木製の十字架のために、寺にいらした僧侶たちにひどい目にあったことがある。仏さまを祀った寺院のあごの下に、どうしてあえて十字架を差し込むことができるかということだった。そこまで考えが及ぶことができなかったことではないが、さりとて私の腕前で「卍」の字形を作ることは到底できなかった

私の子供時代の思い出は、祖父と父から始まる。

私の考え方や価値観に大きな影響を与えた宗教家としての父、そして特に私だけを心からも愛してくれた私の祖父。

懐かしさは、明け方の山腹を取り囲んで染み入る雲であり、灰色がかった舗道の上に溶けて落ちる白い雪であり、激しい風の末に立っている弱い木の枝だ。

会いたくて懐かしい祖父. その祖父は私が中学校2年の時に亡くなった。だが、あなたのその実直だった姿はまだ私の両目に浮かぶ。

祖父は田舎に住んでいたが、いつもソウルの我が家に来てくれて何月も留まったりした。そのたびに、祖父は古物の自転車を引いて下校時間の2時間前から校門の前で私を待ってくださった。

自転車の後ろの席に座って帰宅する気持ちは喜びそのものであった。祖父は明け方のたび、私を連れて泉(薬水)の汲み場に行った。昔も今も、明け方の静かな泉には騒々しいちびっ子の出入りは禁忌視されているけれど、私だけ祖父の「こね」のおかげで、近所の老人たちが掌握していた泉でも自由にできた。

休みのたびに田舎の祖父の家に行けば、祖父は一日中私の手を握って、野原で山で、歩きながら無数の昔話を聞かせてくださった。

田舎の家の裏庭にある竹で「洞箫(퉁소)」(尺八に似た笛)も直接作ってくれたし、クヌギの木で手作りで「ユッ」(小ちいさな丸い棒切れを割って作る四本一組の遊戯具)も切ってくれた。

    (注) ユッは、ユンノリ(윷놀이)遊びに使う。

祖父と私が散歩に出て行くたびに、祖母は袋いっぱいニンニクとネギを満たして祖父に渡したりした。祖父はそんな生ニンニクとネギが好きだった。

あちこち歩き回って脚を休ませようとすれば、祖父と私はニンニクとネギを食べた。口の中がとてもヒリヒリしたら、地面の穀物の穂を拾ってモグモグ食べながら。

考えてみれば、何の科学的根拠もないが、その時そんなにたくさん食べた生ニンニクが私の大きく高い声(高声)の源泉ではないだろうか・・・。

祖父は当時、日毎に変化した時代の潮流とは塀を築いた方だと父はいった。

伽耶琴(カヤグム)と唱を楽しんだ、常に高尚な人(ソンビ)としての風流が好きな方だった。また、外来の文物に対してはほとんど本能に近い警戒心を抱いておられたので、父を新式の学校に送るのは不合理な話だったようだ。

新しい学問に接する道が塞がってしまった父はそれでも何かを学ばなければならないと決心し、ある日さっさと単身寺に入られた。山寺で仏教思想の奥深さ(玄妙)に夢中になった父は永遠に仏と共に生きていく心を決めたという。

父の仏心は家族には薄情と感じられるほど敬虔だった。そのせいで母は家と寺の間を上がり下りするのに、気苦労、体の苦労が非常に激しかった。

父の仏心は、ある夏の日、土砂降りのようにあふれた豪雨で水騒動が起きた時、そしていつだったか、私の不注意で山火事を起こした時に如実にあらわれた。

国民学校の低学年の時だったと記憶している。だから70年代初期ぐらいだ。あまりにも引越しをたびたびすると町の名前もぼうっとする。三仙洞か敦岩洞か、もしかしたら論硯洞か新林洞なのかも分からない。

とにかくその時も、父は家の後方にある山中の寺にいたし、私たちの住居は山麓にあった。

その年の夏、数日をおいて空があいたように豪雨が降った。寺は高い山中にあるのでこれといった水害にあうわけはないが、ふもとにあった我が家は途方もない水騒動を体験しなければならなかった。

谷川があふれると、いつのまにか真っ赤な黄土水が家の前の梨畑を襲って中庭に迫った。母はあわてて木板などをごちゃごちゃ集めてイカダに似たものを作った。私と弟はあたかも渡し舟に乗っているような気分で、恐ろしさはおろかかえって楽しいだけだった。

その瞬間、寺から息を切らして走って降りてきた父が庭に入った。子供の目にも父の顔に心の余裕がない表情を読むことができた。「ああ、母と私たちが心配になって来たんだな。」

ところがそうでなかった。父は部屋に入るやいなや祭器、蓮の提灯、窓戸紙など寺で使う物を取りまとめ始めた。薄情だった。母性愛と父情の間にはそのように大きい差があるのだろうか?

その夏の水騒動に続き、その年の晩秋には「火事騒ぎ」があった。

深い山中の寺刹も人の住む所だと、毎日毎日ゴミがでた。ゴミを一度に捨てに下山することはできないことなので、たいてい寺近くの空地でゴミを燃やしてしまったりした。

今考えれば、乾いた落葉の覆いかぶさった山中で火をつけることがどれくらい危険千万なことなのか、めまいがするが、とにかく出たその日のゴミの山に燃料を入れて火をつけると、火は風に乗って広がり山の3分の1ほどを焼いてしまった。山火事はたまたま降った雨で消えた。

火が広がる兆しが見えるやいなや、私は遁走を決めた。突然怖くなったためだ。怒られるのが恐ろしくて家にも入れぬまま、夜12時まで雨が降る晩の秋山の中で寒さに震えた。

家で私を探しに出た気配も全くなかった。結局、寒さと腹ペコということと山の獣の鳴き声にこれ以上持ちこたえることができなくて家に入った。

父は鞭を持って私を待っていた。翌日、明け方まで私は涙がにじむように鞭で打たれたし、一場の訓戒(その場だけの戒め)を聞き終えた後、はじめて母の懐で寝つくことができた。

幼い時の父は、私に常に「恐ろしい人」だったが、音域の広い私の声は父から受け継いだようだ。

今でも父の声は素晴らしい「響き」を持っている。朝早く、目覚ましの音には起きられないでも、父の咳は家族全員を起こすほどで、たまに友人の方々を連れて家に来られる時も、「ここが我が家です」という声が家まで聞こえてくる。強いてベルを押す必要がないのだ。
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2017年8月11日金曜日

山の日 2017

今日は、祝日「山の日」。昨年制定されたもので、ブログを見直すとちゃんと記してある。それに、「リオデジャネイロ・オリンピック」の体操競技で、内村選手が金メダルを獲得したことも記していた・・・「山の日」に馴染薄いのは分かるが、オリンピックまで虚ろになっているのにがっくりとする。

山との縁が薄くなった。おととしだったか鉱物採集で、氷が張り付いた岩場で何度か転んだ。同行の仲間は、しっかり登ったにもかかわらず。以来、山に(鉱物採集に)未練があるものの自信なくて遠のいている。

山への関心といえば、書籍「山怪」に紹介された山中の不思議な体験のかずかずを読むことで満足している。怪異と出会う人と、そうでない人がいるように、地域によっても同様だそうだ。古い歴史と伝統を持つ場所と、新たに開拓された地区かによって、土地柄というか精神的な共有の仕方が異なるのかもしれない。

そういう意味では戦後の展開だが、黒部山中の山小屋を舞台にした「定本 黒部の山賊 -アルプスの怪-」(伊藤正一、山と渓谷社)は、前半、タイトルの通り「山賊」といわれる山のつわも(戦前からアルプスを根城にするような人たち)について語る。著者の語り口に、どこか満州の馬賊を髣髴させるような、戦前のひとにありがちな武勇談口調を感じてしまう。後半の山岳遭難事件は、無謀さ、過信を戒める記述もあり、今様の警句になっている。

山は甘く見ちゃいけない・・・ということだが、今のわたしは高尾山すら遠く眺めるだけ。(とはいえ、昔、高尾山から陣馬山への縦走路に、行方不明者の安否を気遣いたずねる家族の張り紙を見た記憶がある)

2019年5月4日土曜日

みどりの日2019

近くの都市で「雹」が降ったそうだ。驚きだ。わが家近くの一帯で、雨を含めてそんな跡が全くなかったし、昼前に隣り町に出かけて、いつもの大型書店で面白げな書籍を購入し、喫茶店で一読した後、夕方ころ帰宅したが、そんな空模様を微塵も感じなかった。

書店で全く予定外の本を買うことがある。今回もそうだ。年寄りのジレンマをたしなめる内容で、なるほど世間を見回せば納得するばかり。新書版スタイルで気軽に読める。

ところで、10連休も終わりに近づき、今日を含めて残すところ3日となった。連休の中身が豊富で、今日は祝日「みどりの日」・・・といわれても(連休と平日に境界を持たぬ身なので)。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

「みどりの日」の成立のいきさつは、祝日「昭和の日」と大きく関係している。いってみれば、後付けのような存在だ。「みどり」という言葉の響きに馴染みにくい面がある。

日本は緑豊かな照葉樹林帯にあり、焼畑農業のように禿山を作ることもなかったし、そもそも集落と山の緩衝地帯である「里山」を設けるなどして(野生生物との関係を含めて)自然を大切にしてきた。さらに、緑深い山麓からそびえ立つ高山を神聖視した「山岳信仰」を生み出した。(「剱岳」初登頂の際、奈良(平安)時代の「錆び付いた鉄剣と銅製の錫杖が発見された」(Wikipedia)といわれる)
明治期に来日したイギリスの鉱山技師や宣教師は、中部地方にある高山を「日本アルプス」と命名した。彼らの影響もあって、当時の若き日本のエリート大学生たちは、山登りを自然を征服するスポーツに変えた。

山登りを山の規模に応じて、「登山」といったり、「トレッキング」といったり、「ハイキング」といったりする。また、エコの流行で「森林浴」がもてはやされ、自然物質の「フィトンチッド」を浴びるといった合理的説明がされてきたが、山岳信仰的な自然への畏敬と結びつくことはない。
登山用語にカタカナ用語が多い。釣りの場合も同様で、ルアー釣りを普及させたせいか、釣り人口を確保するために女性に関心を持ってもらいたいためか、釣り用語の化粧直しが行なわれた。

年寄りは、世のなかの流行り廃りに口出ししたくなる、大いなるジレンマを持っている。

2023年8月11日金曜日

「山の日」2023

祝日「山の日」のきょう、自然観察会は定例(月一度、地元公園)のフィールドと別に、新宿区の「戸山公園」(「箱根山」地区)にて観察会を実施した。箱根山は、Wikipediaによれば、標高 44.6m(頂上に「水準点」)あり、山手線内で最も高い山として有名だそうだ。

(本ブログ関連:”山の日”、”自然観察”)

昨晩まで、戸山公園の観察会へ行く気まんまんでいたけども、気付けば足腰に力が入らず、これまでに皆に付いていくのに苦心することが多々あったので、今回断念した。標高44.6mの箱根山がしんどいわけではない。ただ、このごろ地元公園を1時間ほど歩くのに閉口しているわけで。

山の日のきょう、テレビは高尾山や富士山登山のにぎわいを報じた。そんな登山客の列に混じったり、山頂からの展望に感動したりできたらどんなに素晴らしいことだろう。
若いころ、高尾山を1時間ちょっとで登ったりしたものだが。

(本ブログ関連:”高尾山”)

Youtube*で、面白い話題を見つけた。スマホやPCで、3次元登山路を巡ることができるという。登山地図上の要所要所に記されたポイントが看板表示されたり、視角が俯瞰したり回転したりできる。バーチャルで登山気分を味わえるソフトがあるそうだ。
(*)かほの登山日記:「【バーチャル登山⛰】スマホで登山気分を味わえる方法を見つけた!」- 3年前の話題だが
  - https://www.youtube.com/watch?v=2YEJJ_6bg3c

2026年4月6日月曜日

これはこれはとばかり花の芳野山(安原貞室)

今、奈良県の吉野山の斜面を這うように、「サクラ」(大部分が、白い花の「シロヤマサクラ」)の花が昇っているそうだ。観桜の機会がむつかしいので、ニュース映像で知ることになる。この地は、古来、桜の名所で、多くの人が訪れている。秀吉は、大層な花見の宴を催したという。

江戸時代、俳諧の貞門派、松永貞徳の高弟である「安原貞室(やすはら ていしつ)」(慶長15年(1610年)~ 延宝元年(1673年))も、爛漫の景色を見た。俳諧撰集「曠野(あらの)集 巻之一 」の巻頭句に「これはこれはとばかり花の芳野山」がある。

「これはこれは」と思わず口にした場面が浮かぶ。<これはこれは!> ふだん誰れもが口にする表現で技巧がないだけ、その感嘆振りに共感する。たぶん、おじさんがよく使いそうな言葉だけに・・・。

■ 山梨県立大学  芭蕉関係人名集
阿羅野脚注 巻之一    花  郭  公  月  雪」 ← 阿羅野 = 曠野(あらの)
    ー 阿羅野: 蕉門の山本荷兮(かけい)が編纂し、元禄2年(1689年)に刊行した俳諧撰集
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/arano10.htm
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よしのにて
これはこれはとばかり花の芳野山            ←  芳野山 = 吉野山
我まゝをいはする花のあるじ哉              八十村 路通
・・・
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(本ブログ関連:”八十村 路通”)


■ 朝日新聞
「空から見下ろす『一目千本』 山肌覆う桜が満開に 奈良・吉野山」(2026年4月5日)
    ー https://www.asahi.com/articles/ASV4522RXV45UQIP00RM.html?ref=youtube
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 一目で千本の桜が見渡せることから「一目千本」と呼ばれ、約200種、3万本の桜がある。最も多いのは「シロヤマザクラ」で、「ソメイヨシノ」よりも白っぽい花が咲く。品種の違いや標高による寒暖差、日当たりなどが影響して、桜が咲く風景を長く楽しめる。

 吉野山観光協会によると、標高*が低い場所では、4日までに満開を迎えた。一帯で標高が最も高い「奥千本」では、10日ごろ満開になると予想している。
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(*)標高: 下千本(しもせんぼん)、中千本上千本奥千本と標高の低い順に約1ヶ月かけて開花が山を昇る。


■ Youtube(登録: 朝日新聞)
「奈良・吉野山の桜 「一目千本」山肌覆う桜が満開に」(2026/04/05)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=DPzN7Uy_HcA



■ 公益社団法人 日本地震工学会【公式】
    ー https://x.com/JAEEGAKKAI/status/2038081207733481981
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吉野の桜は「シロヤマザクラ」という古来種を主とし、後世普及用に品種改良した「ソメイヨシノ」に比べピンクが鮮やか**です。金峯山寺(きんぷせんじ)信仰から寄進されました。砂岩斜面根を張る適応力があり平地に近い下千本から咲き始め1ヶ月見頃が続きます

一目千本」の桜が著名な奈良県の858mの山。中央構造線南側***隆起した砂岩の地形が水流で深く削られ、尾根と落差を形成。桜の古来種平安以降の1000年の育成により、高度・場所ごとにのべ3万本の桜が咲き誇ります
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(**)シロヤマザクラの花の色合いが上記新聞記事と逆?  →  白い色が鮮やかが正しいようだ。
(***)吉野山は、中央構造線の南側「三波帯」の更に南側の「秩父帯」に属し、チャートや石灰岩、砂岩泥岩互層などで構成する。


(参考)

■ 万葉百科 奈良県立万葉文化館 
(万葉集)「歌詳細」 ー  山部赤人
    ー https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detailLink?cls=db_manyo&pkey=924
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吉野の象山のまの木末にはここだも騒く鳥の声かも(巻6-924)
(み吉野の象山(きさやま)の辺りの枝の先には、多くさえずり合う鳥の声が響く)
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(追記)

■ Gemini
「中央構造線」:関東から九州まで約1,000km以上にわたって続く巨大な断層
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徳島県から和歌山県、、伊勢湾にかけての区間は、現在も活発に動く「活断層」として知られています。
・現在、南から「フィリピン海プレート」が「ユーラシアプレート」の下に沈み込んでいます。この際、日本列島を西向きに押し出す力が加わっており、その歪みが中央構造線沿いの断層を動かす原因の一つとなっています。
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■ 国土交通省天竜川上流河川事務所
「中央構造線読み方案内 -諏訪から大鹿村地蔵峠まで ー」(河本和朗著)
    ー https://mtl-muse.com/wp-content/uploads/2019/02/020328_yomikata.pdf

2025年8月11日月曜日

山の日 2025

きょうは国民の祝日山の日」で、制度的・伝統的なものを除いて、令和に入って新たに制定された祝日の一つだ。従来の祝日「海の日」に対比して制定された気がする。

(本ブログ関連:”祝日「山の日」”)

子どものころの泊りがけの学校行事に「臨海学校」や「林間学校」があった。夏場(もしかして秋口)に、学年全員でバスに乗って出かけたものだ。

少し大きくなると、仲間同志で夏山に登ってキャンプを楽しんだことがある。でも結局、登山・クライミングに熱中するまでにいたらなかった。山登りはきついからだ。ただそれだけの理由だが。

大人になって、鉱物採集で山の中に入ることがあった。といっても、鉱物採集はかつての鉱山のズリ跡でやった。鉱山は、産業の一形態でもあるので、ある意味搬送の便の良い(深山ではない)場所が多い。仲間の車に乗せてもらい、現地に赴く・・・場合によっては、車で横付けなんてこともあった。
鉱物採集は、ズリを掘り返し、ハンマーで母岩を割り続ける作業が多く、山の景色を見ることが少ない。リーダーの方が、ときどき「おーい、頭を上げて周りの景色をたまには見なよ!」と皆に呼びかけたりしたものだ。

(本ブログ関連:”鉱物採集”)

最近、全くもって山と縁がない。唯一、高尾山の麓から登山道に沿って登りながら、「スミレ」の観察会に参加したくらい(でも途中で、足腰がくたびれて早々に下山した)。

(本ブログ関連:”高尾山”)

今は、山と縁がなくなったのが残念。

2026年8月11日火曜日

台風15号 襲来、「山の日」

国民の祝日「山の日」の今朝、時計のアラームが鳴った。野鳥観察の定例とは別のイベントに参加するためだ・・・寝ぼけながらスイッチを切ったのはいいが、そのまま二度寝してしまった。正直、台風15号の影響を気にして、どうしようか迷っていて、気が緩んだのかもしれない。

台風15号の本州上陸地点の予想は、東北地方 → 福島地方へと南下した。最新の進路予想は、関東地方に向かっている、それも東京を狙ったように。今夜から明朝にかけて激しい雨や強風に襲われそう。

(本ブログ関連:”台風”)

■ テレ朝ニュース
「異例の台風 統計史上初めて茨城県に上陸か 激しい雨や暴風、竜巻などの突風の恐れ」(気象予報士 佐藤圭一、2026年8月11日 12:10)抜粋
    ー https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/900196914.html
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予想進路図の中心線が通る茨城県に上陸すれば過去76年の統計史上初めてです。

なぜ?異例の進路の台風15号    ←(午前6時現在:最低気圧:985hPa)
通常、台風は南の海上で発生して北上、日本付近で偏西風にのり東へ進むことが多くなります。しかし、今回高気圧が北日本付近に張り出し、さらに寒冷渦の影響もうけるという、あまり起こらない条件が重なり、珍しい進路をとることになりました

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今年の盆休み(13日 (木) ~ 16日(日)まで)は、天気の塩梅がよくなく、スッキリしない日が続くようだ。台風とは別にして、なぜか武蔵野台地は、夜になって雨となる日が多い。


■ 過去の台風の進路(Gemini 、Wikipedia)
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・東京上空を通過したケース:平成13年(2001年) 台風15号(最低気圧:945hPa)
神奈川県に上陸後東京都(多摩地域〜都心付近)を直進して縦断し、茨城県方面へ抜けました。都内でも大きな雨風被害を出しています。

房総半島を通過したケース:令和元年(2019年)台風15号(最低気圧:955 hPa)
9月9日未明に三浦半島付近を通過後東京湾を渡り千葉県千葉市付近に上陸しました。首都圏を中心に観測史上トップクラスの猛烈な暴風をもたらしました。
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2026年2月16日月曜日

天気図記念日

日ごとの記念日を紹介するサイト「雑学ネタ帳」*に、きょうの日付(2/16)の記念日として「天気図記念日」が掲載されている。記念日といえば「日本記念日協会」**に登録されるのが一般的だが、同協会サイトに該当するものがない。
(*)雑学ネタ帳: https://zatsuneta.com/archives/102161.html
(**)日本記念日協会: https://www.kinenbi.gr.jp/

そこで、生成AIの Gemini / 検索 Labs にたずねてみた。

Q.きょうは「天気図記念日」ですが、「日本記念日協会」に登録されていますか?
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A.本日2月16日は「天気図記念日」ですね。結論から申し上げますと、この記念日は <「日本記念日協会」には登録されていません>。

調査したところ、この日は特定の団体が申請して制定された「登録記念日」ではなく歴史的な事実に基づいた<「慣習的な記念日」>として広く認知されているようです。

「天気図記念日」の豆知識
・由来: 1883年(明治16年)2月16日、ドイツの気象学者エリヴィン・クニッピング(Erwin Knipping)の指導により、日本で初めての天気図が作成されたことにちなんでいます。
・当時の様子: 最初は全国11カ所の観測データを元に作られた「7色刷り」の図でした。当時は今のようにネットもテレビもありませんから、新橋や横浜の停車場(駅)に掲示されて人々に知らされていたそうです。
・公式ではない?: 気象庁が正式に制定したものでもありませんが日本の気象観測の第一歩として、毎年この時期になると気象関連の話題として取り上げられる定番の日となっています。

ちなみに、気象庁が正式に定めているのは6月1日の(1875年6月1日に東京気象台が設立されたことに由来する)<「気象記念日」>の方ですね。
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天気予報は、今夕、雨天に変わり、日付の変わる深夜に霙(みぞれ)になるとい。今後、気温に谷あり、山ありが続くようだ。それでも、春はそこまでやって来ている。


ラジオの「気象通報」と、天気図の作成

中学生のときだったか、(夏休みの?)宿題に「ラジオの『気象通報』を聞いて、天気図を完成しなさい」という課題があった(確か、授業で何度か練習していたはず)。
NHKラジオのアナウンサーによる独特な口調で読み上げる情報を聞き漏らさないよう、一生懸命白紙の天気図に書き込んだものだ。今では、書き方・記号の区別などすっかり忘れたが・・・なぜか懐かしい。

2025年2月8日土曜日

(資料)事八日(ことようか)と目籠(めかご)

ネット上で検索・収集した情報による:

きょうは「事八日(ことようか)」(「始め」または「納め」)、農事を基準として、事(こと)の始まりと、納めを著す日とのこと。基本的には、物忌(ものいみ:災禍を防ぐ)のための行事が行なわれる。
Wikipediaによると、(事八日は)2月8日12月8日の年2回またはいずれかに行われる、2月8日と12月8日のどちらかを「事始め」、他方を「事納め」と呼ぶことがある。また、「目籠(めかご)」を高く掲げたり、「農作業をしてはならない、山に入ってはいけないなどの物忌がある」。
実際のところ今の日常生活で、事八日を意識したり経験することはないのだが・・・。

Googleの生成AI「Gemini」によれば、江戸時代後期の風俗習慣について書かれた随筆「嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)」に「事八日」についての記載があるとのこと。また、Wikipediaを見ると、風俗習慣の例として「目籠(めかご)」の挿絵が掲げられていて、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵の「温故年中行事(初編 5版)」*小林永濯 画、初編、出版年月日:明17~28)で確認できる。
(*)国立国会図書館デジタルコレクション:「温故年中行事」の図版に「目籠」を「事納(事納め)」としているが。
    ー https://dl.ndl.go.jp/pid/767862/1/20


「コトバンク」に掲載の「目籠(メゴ)」の【こと八日】項に、目籠の目的について、次のように説明されている。
    ー https://kotobank.jp/word/%E7%9B%AE%E7%B1%A0-643466
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・・・(事八日)の日は,神送迎のために物忌すべき日と考えられていたようで,物忌の厳重なるがゆえに一つ目小僧,ミカワリ婆さん,笹神,疫病神等の到来を恐れる伝承を生み,関東から東北地方にかけては妖怪から身を守るそれを防ぐために,夕方早く屋内に引きこもるべきだといったり,庭先や門口に目籠(めかご)を出したり,ヒイラギやトウガラシ,ニンニク,髪の毛などを戸口にさしたり燃やしたりすることが行われている。八日吹きといって,この両日には天候が荒れるとする伝承も,神去来と関連あるものであろう。…
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(付記)
八日」から、「」について「農」という言葉を思い浮かべてしまう。子どものころ、(昼の時間帯だったそうだが)居間の真空管ラジオから流れてくる、農村の農事情報を何とはなしに聞いていた。番組の始まりに流れるゆったりとしたテーマ曲(作曲 古関裕而)や、情報提供者の肩書を「農事通信員」(正式には「農事放送通信員」)と呼んでいたことを懐かしく思い出す。実は同番組が、現在も放送されていると番組サイトで知って驚いた。

① NHKラジオ
    ー https://www.nhk.jp/p/hirunoikoi/rs/P1LK3137Z2/
・ちなみに、最新(2/7放送)の放送
    ー https://www.nhk.or.jp/radio/player/ondemand.html?p=P1LK3137Z2_01_4151318&cid=jp-P1LK3137Z2

② JAcom
「『昼のいこい』への思い【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第127回」(2020年12月3日)
    ー https://www.jacom.or.jp/column/2020/12/201203-48079.php
・番組「昼のいこい」について、歴史と経験が語られてぃる。
・同放送が「農村有線放送電話」という、かつて置き電話で流されていた話題もある。

2023年10月27日金曜日

(資料)マタギ奇談

きょうから「読書週間」(10月27日~11月9日)が始まり、その初日を「読書の日」と呼ぶそうだ。といって、身近に何かが起こるわけではないが、久し振りに近隣街にある中型書店に寄ってみた。

同店で、山の奇談を紹介する「マタギ奇談」*(工藤隆夫著、ヤマケイ文庫)を購入した。実は以前、地元の図書館から同書を借りて、江戸時代の鉱山での排水労働に触れた部分(マタギが、鉱山跡の斜面に、錆びてボロボロになった鉄の輪をはめられた人骨を発見する)を本ブログに記述したことがある・・・マタギが発見した人骨は、鉱山の排水(水替)作業にあてられた罪人だったのではないかという。
(*)マタギ: 巻末にマタギの歴史について、まことに合点する解説(高桑信一)がある。

(本ブログ関連:”鉱山の排水”、”坑夫”)

山の奇談には、山の怪し話があり、妖し、奇怪、霊異と広がる。山びとが語る、奇っ怪な体験を収集した「山怪」シリーズ(田中康弘著、山と渓谷社)があって、書棚に並べているうちに上記のごとく、やっぱり手元にそろえることにした次第。

(本ブログ関連:、”山怪”)


書店について
ところで、同書店の本店は、東京駅八重洲口にあって大型店として知られている。その本店が周辺地区再開発のため去年から休店しており、複合ビルが完成する再来年に再び出店するという。全国で書店が減少している中、どのような巻き返しを図るのだろうか。

私の若いころ、すでに書店経営は厳しいといわれていた。
昔のサラリーマン(つまり私の親世代)は、定年後にやりたい仕事として<本屋>とか<喫茶店>経営をあげたものだ。でも、客待ちビジネスの時代ではないと当時でもいわれていた。書店の場合、少子化による読書人口の減少と、それに追い打ちをかけたのがネット通販だろう。新刊書店であれ古書店であれ、経営が難しくなっているのをしろうとでも気付いていた。

紙媒体(メディア)の商品である新聞も苦戦している。いや、メディアごとバッサリ凋落しているのかもしれない。そう考えると、一方向性(一対他:マス)の電波メディアであるテレビ、ラジオも同じ道を進んでいるようだ。

2017年10月7日土曜日

狸(たぬき)

きのう、純真無垢で愛らしい「タミー」について、彼女の名をタイトルにした歌と合わせて記した。響きが似てるから「狸(たぬき)」の話でもと・・・無理なこじつけだが、してみよう。

山を巡る猟師や山小屋の主人たちの、山中での不思議な体験を集めた「山怪」や「黒部の山賊」には、狸についてもいろいろ語られている。共通しているのは、山陰や鬱蒼とした木立の奥から、あるいは寝静まった山小屋の外で、打撃音が聞こえるというのだ。

(本ブログ関連:”山怪、黒部の山賊”)

それは、木を打つ音であったり、深夜に山小屋の屋根を叩く音であったりする。機械的な物理的な響きがするという。人の気配がない場所で聞こえるにもかかわらず、不思議と恐怖を与えることはないようだ。狸の姿を見たわけではないのに、体験者は、あれは狸の仕業と口にするというのが妙。(童謡「証城寺の狸囃子」の狸も、<ぽんぽこ ぽんの ぽん>といった腹鼓(はらずつみ)する)

ところで、狸はとぼけた風情がして、どちらかといえばおどけた存在に描かれる。そんな狸が、安永の俳人(澤田庄造、号を鹿鳴)と暖かい関係を結んだという。田中貢太郎の掌編「狸と俳人」は、一人暮らしの俳人のもとに通った狸との深い交遊を描いている。(抜粋)

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・・・其の庄造が病気になった。初めはちょっとした風邪であったが、それがこうじて重態に陥った。村人達はかわりがわり庄造の病気を見舞ったが、其の都度庄造の枕許まくらもとに坐っている狸の殊勝な姿を見た。庄造は自分の病気が重って永くないことを悟ったので、某日其の狸に云った。
「お前とも永らくの間、仲よくして来たが、いよいよ別れなくてはならぬ日が来た。私がいなくなったら、もうあまり人に姿を見せてはならんぞ。それにどんなことがあっても、田畑などは荒さぬようにしろよ。さあ、もういいから帰れ」
 庄造の言葉が終ると狸は悄然(しょうぜん)として出て往った。其の夜、庄造は親切な村人達に看みとられて息を引きとった。それは安永七年六月二十五日のことであった。

 それから数日の後のことであった。一日の仕事を終った村人の一人が家路に急ぎながら、庄造の墓の傍近くに来かかった時、其の墓の前に、蹲(うずくま)っている女の姿が眼に注いた。其の女は美しい衣服(きもの)を着て手に一束の草花を持っていた。そして、よく見ると女は泣いているらしく、肩のあたりが微(かすか)に震えていた。それは此の附近ではついぞ見かけたことのない女であった。村人は何人(たれ)だろうと思って不審しながら其の傍へ往った。
「もし」
 村人がこう云って声をかけた途端、其の女の姿は忽然と消えてしまった。そして、其の傍には女が手にしていた草花が落ちていた。村人達はそれを聞いて、それはきっと例の狸だったろうと云って、其の行為を殊勝がったが、其の心が村人達をして狸には決して危害を加えまいという不文律をこしらえさせた。爾来(じらい)其の村では今に至るまで狸は獲(と)らないことになっている。
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これが狐だったら、随分と色っぽくなったろうし、下世話な感情も浮かんでこようというもの。狸でよかった。狸と俳人との間に取り交わしたことだからこそ、村人と狸との間に純粋で暖かな絆まで遺した。