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2018年2月3日土曜日

節分 2018

季節の変わり目の前日を「節分」という。春になる「立春」(1/4)前日の今日が節分にあたる。慌ただしい日常、気付かないかもしれないが、スーパー店頭に、鬼の仮面を付した<煎り豆>パックが積まれてる。

(本ブログ関連:”節分”)

節分の思い出は「豆撒き」だ。夕方、縁側のガラス戸を開け放ち、庭に降りて明るい室内に向かって「福は内~」、逆に縁側に立ち暗い庭先に向かって「鬼は外~」と叫びながら煎った豆を撒く。途中、目を盗んでは豆を頬張る。家族で行なう、親から子に伝わる、楽しい風習だ。
(「恵方巻き」いまだ馴染めず・・・本当に関西で確立・普及した風習なのだろうか?)

今日は病院をはしごして、いろいろ安心のお墨付きをもらった。ほっとしたのか、帰宅して、テレビをつけたまま転寝してしまう。散々気をつけたインフルエンザが忍び寄りそう。くわばら、くわばら。

ちなみに、インフルエンザ予防のため、外出時には①マスク着用、②あちこち商品や電車の吊り輪などを触らないこと、そして、帰宅時には、①手洗い、②顔まで(目から感染の可能性があるので)洗うことが大事と指導いただいた。当分の間、気をつけた方がよさそう。
(インフルエンザ患者が、洟(はな)をかんだ後、手にウィルスが残っていて、その手で色々なものを触る場合がある・・・ウィルスが町中にウヨウヨしていると考えたほうがよさそう)

(本ブログ関連:”インフルエンザ”)

2018年2月2日金曜日

イ・ソンヒのルックス

子どものころ、両親が女優の山本富士子について、いつまでも綺麗だねと話題にしていた記憶がある。いまの私ら世代にいえば、吉永小百合にあてはまるか。

若さの象徴は、銀幕に輝いた俳優やブラウン管の中で活躍した歌手を通して形作られたものかもしれない。だから、ファンはスターとともに世代を共有する。吉永小百合が永遠の<マドンナ>なら、スクリーンの中でいつも彼女のそばにいた浜田光夫は永遠の<ライバル>となる。

イ・ソンヒも、いつまでも美貌を保つといわれて久しい。韓国の新聞記事に、少し前の芸能ネタを繰り返すくせがあるようで、よく知られた話がまたとりあげられている。ただタイトルが刺激的で、国際ニュース(gukjenews)の記事「イ・ソンヒ、時間が止まったよう・・・ ヴァンパイア・ルックス(外貌)『驚くべき』」(1/31、オ・ナウン記者)は次のように紹介している。(抜粋)
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・イ・ソンヒは、15集「セレンディピティ(SERENDIPITY)」(2014年)の発売記念の記者懇談会に参加した当時、童顔の容貌の秘訣について「皮膚管理のマッサージ店で他の人々が受ける程度の管理を受けている・・・」と説明した。
・イ・ソンヒは、去る2011年MBCの「遊びにおいでよ」に出演して、MCのキム・ウォンヒから「中学校の時、イ・ソンヒさんの歌を聞いたけれど、(当時と)なんと寸分違わぬままだろう、私よりもっと若く見える」と、童顔の容貌の秘訣を尋ねる質問を受けたことがある。
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といった具合である。ちなみに、「童顔」は、若々しさを象徴する。そして、彼女は、清雅さをしばしば形容される。

若さを羨望されるのはありがたい。イ・ソンヒは、若さをつなぐ健康食品のコマーシャルに出たこともある。ところが、その企業が食品成分に問題を起して、しばらく騒がせたりした。

(本ブログ関連:”健康食品”、”健康飲料”)

イ・ソンヒは、若いころに美が完成してしまうタイプというより、日本でいえば、ジャンルが異なるが(どちらかといえば)歌手「aiko」に通じる趣があるのかもしれない。

2018年2月1日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-15th

またしても降雪の予報が出ている。今晩遅くから雪になるというのだ。そのつもりでイディッシュ語教室に通ったところ、地下鉄の改札口を行き交う人々が傘を持っているではないか。昼過ぎから、すでに小雨が始まった。

結局、帰り道も小雨が止まず、このまま遅く雪に変わるのだろう。ところで、南北の道から、先日の雪はすっかり溶けているが、東西の道の一部には、まだ凍りついて残っており、この上に雪が積もったりしたら、滑りやすく心配だ。

心配ごともあるが、まず教室で学んだことをしっかり<定着>せよと声が聞こえる。

(本ブログ関連:”2017年度秋期「イディッシュ語」”)

今回、全員が揃って授業となり、一部前回と重複する形で行なわれた。
・親族名称: テキスト主人公の家族構成の絵解き。(クラスメイトのアーチストのイラストの素晴らしいこと!)
・所有代名詞: 単数、複数名詞に沿って覚える。
・数詞: ① 上記家族の年齢のQA、② 足し算のQA。

(付記)
歳をとると・・・
・(個人ごとテキストを所有しているが)テキストの拡大コピーをいただくことがある。字が大きくて見やすい!
・授業のために予習をするが、余り以前にやってしまうと忘れてしまう。

2018年1月31日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」女性歌曲

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、女性歌曲(가곡)にまつわる話を紹介した。(ネットで未聴のため韓国語版を参照しました)

始めに、「歌曲(가곡)」を中心に、「時調(시조)」との違いと合わせて次のように紹介された。
・「歌曲」は、定型詩「時調詩」を管弦伴奏に歌う。時調詩を歌詞として使う点で「時調」と似るが、
ー 「時調」は、音調と形式が単純で伴奏がなくとも歌える歌で、多少大衆的であるが、
ー 「歌曲」は、厳格な形式に従って歌う歌という点で違いがある。
男性の佳客が歌う「男唱歌曲」、女性の佳客が歌う「女唱歌曲」に区分して、一番最後には男女が共に歌う「太平歌(태평가)」で終える。

▼  <長く想い慕った人に会ったものの、すぐに復た離別せねばならぬ女性の未練を美しく表わした>女唱歌曲「平弄(평롱)」。(参照 ⇒ Youtube(登録者に感謝))

次に、歌曲の唱法を用いて現代的音楽を作り出すグループの作品について次のように紹介された。
・歌曲の唱法を用いた現代的音楽グループの作品「この夜が過ぎる前に(이 밤이 가기 전에)」は女唱歌曲の「平弄」を素材にして、新しく構成した歌だ。

▼(参照 ⇒ Youtube(登録者に感謝))

最後に、現代作品の「禅雲寺で(선운사에서)」(チェ・ヨンミ 詩)、「老いた葦の独白(늙은 갈대의 독백)」(白石 詩)について紹介された。

(Youtubeに登録のLehrbuecherに感謝)

2018年1月30日火曜日

(雑談)おじさんのPC作法

ネット利用に、PCを使っている。スマホやタブレットの経験はない(無くて困る思いをしたこともないし、そもそも、それで何をしたらいいのか分からない)。

PCだけで、ネットと縁をつないでいる(オフィスは「OpenOffice」で十分)。いってみれば、山村で自給自足生活している感覚に近い。そんな環境での、おじさんのPC作法について記してみる。

① PC価格は、(1万円/年)×(使用年数)で十分と考えている。[昔は、(4~5万円/年)×(使用年数)だったが]
    ー とっくにこの原則を超えてしまっているが、OSのサポートが続く限り使用する。

② 顔認証、指紋認証などは以っての他と考えている。
    ー 究極の個人情報だ!(顔認証用のカメラに、シールを貼り付けて防御している)

③ クレジット番号を使って、ネット上の商品購入は以っての他と考えている。
    ー コンビニで現金支払い可能なものだけ購入(銀行、ゆうちょで振込みもしない)

④ メールは、事前にスキャンしてくれる、Gmailが安全と考えている。
    ー とはいえ、自分のPC以外でGmailを閲覧することはない。

⑤ 一時ファイルなどのゴミ掃除を毎日!する。

⑥ プリンターインク切れのたび、純正品を使っていたがサードパーティ製に変更した。
    ー 特に、インク注入型のものは何の問題もなく、お勧めだ。

2018年1月29日月曜日

冬の夜、雨後は寒くない

先週1/22に、大雪のため延期した「2017年度秋期韓国語教室」が、今晩無事終了した。教室の夜道に名残り雪があって、うっかり足を滑らせないか用心しながら通った。授業が終わって外に出れば、霧雨があったのか、辺りが湿っているのに気付いた。

冬の夜にもかかわらず、雨後のせいか寒くないのだ。雲が上空の寒気を遮断したのだろうか。実に穏やかな気分だ。このところ、縛りつけるような冷気に、ふーっと息を吐いて気をそらしたものだ。

ところで、冬がどうして寒いのだろうか。ここはやっぱりイディッシュの町「ヘルム」の長老に説を聞きたいものだ。以前、記したものを、更に結論だけしぼって次に載せる。何百年も泥臭く熟成したお馬鹿な話は実に楽しい。
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冬の間中、暖炉に火をともす     →   町の空に熱気がたまる        →  だから、夏が暑い
夏の間中、暖炉に火をくべない  →   町の空に熱気がたまらない  →  だから、冬が寒い
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(本ブログ関連:”ヘルム”)

「ヘルム」の長老に教えていただきたいことがある。どうすれば、よその言葉が身につくのだろうか。

(映像)菜食主義者「花を宿す女」

韓江の小説「菜食主義者(채식주의자)」を(原作に)映画化した、2009年の(邦題)「花を宿す女」(日本語字幕)が、GYAO提供により、1月29日~2月27日の間視聴できる。

(本ブログ関連:”菜食主義者”)

申京淑の「母をお願い」と同様、物語の主題に関わる家族間の視点で章立てしている。

韓国映画が国際賞を狙うのに共通して見られるテーマに、欧州の目から興味深いことであろうが、キリスト教的解釈といった表現がある。映画の原作に、申京淑の海外で多数翻訳されている「母をお願い」のエピローグは、それを合致しているのだが。しかしながら、過去の創作に問題があり、韓国メディアでは、ノーベル文学賞の期待が寄せられていた老詩人の後を継ぐには懸念があるようだ。現在、将来のノーベル文学賞候補の一人として、韓国メディアは、(海外文学賞の受賞経験がある)韓江に希望を託しているようだ。

2018年1月28日日曜日

(雑談)山の冬、山の春

寒い日が続く。出かけようと思っても寒気に萎える。雪景色は、子どもに別世界であり、雪の不思議な感蝕を楽しむ遊び場だ。若者にとっては、スキー板を担いで夜行列車で出かける、期待と妄想の場所でもあった。年寄りには、今も昔も変わらぬ、雪掻きするだけの風物でしかない。

歳をとると、雪山に出かける者の気が知れぬとますます確信する。日本の山は、少なくとも、ハイカーにいたるまで踏査されていて、未知な部分はないと思われるし、目の前のそびえる山を見れば、現代人の感覚からすれば、すべて知り尽くされたように感じるものなのだ。

戦前戦後の日本アルプスに棲んだ山人を通じて、山の不思議を語った「黒部の山賊」やシリーズ「山怪」は、それでも世俗的一面を合わせ持つ話題を見せる。更に昔、明治、大正のころになると、「山の人生」(柳田国男)は、世俗と隔絶した地図の彼方に存在する、あたかも異界(伝承の世界)さえ想起させる。

「山の人生」に語られた人々は、どうやら固有名詞があやふやだ。半分現世に身を置き、半分異界に身を溶かし込んでいるような、戸籍といった制度からすり抜けて、噂話にしか残らない、もっといえば、見ても見えぬよう、知っても忘れ去られるよう、命も軽い存在だったのかもしれない。

昔の、海辺や農村の見える遠野の世界とは違って、厳しい山の生活をどうして選んだのだろう。なぜか、連日の寒さを思うと、そんなことを思ってしまう。それが、温んだ春になると、桃の花咲く桃源郷など、仙界を思い浮かべることになるだろう。

2018年1月27日土曜日

イ・ソンヒの「世界中が眠りに落ちた後から」

昨日、雪が凍りついた道端で転んでしまい、そのときはどうでもなく、むしろ上手に体を支えたものだと感心した。しかし後になって首筋がこわばった。

子どもなら、痛いの痛いの飛んでけ~!、ただ我慢するしかない。人生長けりゃ見当もつくってもの、安静にすりゃ何とかなるだろう。

心の平静は大事。イ・ソンヒの12集所収、「世界中が眠りに落ちた後から(온 세상 잠든 후부터)」(2001年、作詞イ・タギョン、作曲パク・ヨンス、編曲パク・ヨンス、ユ・ションソク)を聴いて、落ち着かせよう。

この曲は、パイプオルガンを想わせる荘厳なイメージもあり、どこか(洋風だが)宗教的な響きがする。先日、このブログに記した、彼女の「さようなら」に続く世界だ。

(本ブログ関連:”世界中が眠りに落ちた後から”)


夜通し雪が降ったわ。世界中が眠りに落ちた後から
悲しい 私のこころも知らぬまま、 朝はくるのでしょう。
窓、音もなく開けば、染みる冷たい風
白雪、美しく積もった 木の上には冬の空

あなたの背に近づき、しばらく寄り添ったが
なんの言葉もなしに ドアを出るのね。
もうすべて終わってしまったのね まだ私はここにいるのに
あなたに見せられなかった 痛みはまだそのままなのに

本当にとてもつらいです このように別れるのだから
あなたを なくした朝 私だけ残ってます。

去ってしまったあなたの足跡が雪の上一つずつ刻まれて
眺める目を少しずつ 滲ませてしまいました。

あの冬の終わりに あなたはもう消えて
とうとう 悲しい涙を 流してしまったの。


(Youtubeに登録のCool Kidに感謝)

2018年1月26日金曜日

(口ずさむ)凍り道で転んだの

寒い日が続く。都心の最低気温が、昨日と今日共にー4℃となり、-3℃を連続して下回るのは53年振りとのこと。どうりで朝が厳しいわけだ。

ちなみに、気象庁の過去データに、東京の「日最低気温(℃)」の低い方から順にあげたものがある。本当に厳しいな。
-9.2 (1876/1/13) > -9.1 (1885/1/14)  > -8.6 (1927/1/24)  > -8.6 (1876/1/12)  > -8.4 (1881/1/13)

そんな中、寒い昼、踏みつけられて凍った雪道で、スッテンころりん転んでしまった。実に見事な受身だった。防寒着と手袋のおかげで、傷ひとつない。

でも、帰宅して気付いた。首の回りが塩梅よくない。軽い捻挫か、むち打ち症か。痛みは後からやってくるようだ。そういえば、昔、数台後ろからの玉突きだったにもかかわらず、やはり後になって痛みが襲ってきたことがある。

雪が止んでる金曜日、おじさん泥んこどうしたの、あそこの道で転んだの、どうしてそんなに急いだの、・・・


(Youtubeに登録のsunaf kingに感謝)

2018年1月25日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-14th

寒さ一団と厳しくて、(私にとって)久し振りの遠出の感がある。毎週通う道なれど、すっかり様変わりした雪景色に、そんな気にもなる。それに、インフルエンザ流行のピークに用心して、マスク着用した息苦しさのせいもあって。

教室では、風邪で休まれた方もいる。私も、風邪による筋肉痛から、ようやく解放されたばかり。小咳もおさまらぬし。

(本ブログ関連:”2017年度秋期「イディッシュ語」”)

今回は、テキストに戻って、親族名称について学んだ。知恵も知識もないけれど、いってみれば、フィールドワークの原則のようなものなのでしょうか・・・それより、まず覚えよ! ですね。

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祖父、祖母             באָבע、זײדע
父、母(両親)       עלטערן ) מאַמע、טאַטע )
兄、姉                  שװעסטער、ברודער
義兄                     שוואָגער
おじ、おば            מומע、פֿעטער
甥、姪                  פּלימעניצע、פּלימעניק
いとこ:男女         קוזינע、קוזין
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近日、先生を招いての「ヘブライ語 名刺 活版ワークショップ」が、次のように開かれる。
<詳細は ⇒ 参照
・開催日時/2018年 2月24日(土)13:00~15:00   定員 10名
・開催場所/Printworks Studio Shibuya (谷区道玄坂1-15-3プリメーラ道玄坂1階) 

2018年1月24日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」玄琴(コムンゴ)、奚琴(ヘグム)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/17)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、撥弦楽器「玄琴(コムンゴ거문고)」、擦弦楽器奚琴(ヘグム:해금)」にまつわる話を紹介した。

始めに、高句麗の官吏「王山岳(왕산악)」と「黒鶴(검은학)」による「玄琴」の起源について次のように紹介された。
・高句麗の官吏「王山岳」が「玄琴」を初めて作ったといわれる。当時、中国から来た七弦琴を、楽器だが演奏法を知らなかった。王山岳がそれを改造して玄琴を作ったという。彼が作った曲を演奏すると、黒い鶴が飛来して踊った。黒い鶴を「黒鶴(검은학)」ということから、玄琴(거문고)が名付けられた。黒は、死や悪を象徴する否定的イメージがある反面、権力を意味し、また、鶴は縁起良い鳥と言われたことから、玄琴に音楽を楽しむだけでなく、神秘的力を持つ意があった。

▼ 玄琴演奏で、<王の長寿を祝う曲>「寿延長之曲(수연장지곡)」を聴く。鶴が自然なまま舞い続けるよう。

次に、朝鮮時代後期のソンビ「吳熙常(오희상)」(1763~1833)の、玄琴演奏の原則について次のように紹介された。
・王山岳が玄琴を作って以来、学者ソンビのものとして、読書に飽きたとき、来訪の友と風流を楽しむとき演奏した。朝鮮時代後期のソンビ「吳熙常」は、次の五つの状況では玄琴を演奏しないと記した(五不彈)。第一、風が強く雨多く降るとき。第二、野卑な人前。第三、市場の道端。第四、座姿が適切でないとき。第五、服をきちんと整わぬとき。大げさかも知れぬが、ソンビの姿勢といえる。中国古楽器に「古琴」がある。形や奏法は玄琴と全く違うが、修養のため演奏したという点で似ている。

▼ 「古琴」演奏と歌で <恋人との別離の悲しみを、木も岩もない山中で、鷹に追われる雉(きじ)に例えた> 韓国曲「男唱歌曲、編楽(남창가곡 편락)」を聴く。風雅な響きして・・・。

最後に、中国の擦弦楽器「胡弓」に似た「奚琴」について次のように紹介された。
・玄琴は、楽器本体にくっつけた木の上に六弦を乗せ、指で押さえながら音を出す。古琴は七弦で、本体に印をつけて弦を抑える場所を分かるようにしている。昔のソンビの記録に、琴がよく登場するが、玄琴でなく中国の古琴を指すことが多い。他に、韓国でよく演奏する中国楽器に、擦弦楽器「胡弓」があり、韓国の「奚琴」に似て親しまれている。

▼ 奚琴の演奏で、「密陽アリラン(밀양아리랑)」を聴く。こちらは、思いっきり今様で・・・。

2018年1月23日火曜日

(噴火)草津白根山 噴火警報

朝方のテレビニュースは、昨夜来の降雪を話題にしていたが、そこに白根山の噴火情報が飛び込んできた。

(本ブログ関連;”噴火”)

気象庁地震火山部は、群馬、長野県の境界にある草津白根山(⇒本白根山)が、噴火したと、山麓の嬬恋村、草津町に対して、警報を次のように発した。なお、本噴火で冬期訓練中の自衛隊員1名が亡くなり、11人が重軽傷を負っている。

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火山名 草津白根山 噴火警報(火口周辺)
・草津白根山に火口周辺警報(噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から3(入山規制)に引上げ)
・本白根山で噴火が発生したもよう。鏡池付近から2キロメートルの範囲では警戒が必要。

火山活動の状況及び予報警報事項
本白根山では、本日(23日)09時59分に鏡池付近で噴火が発生したもようです。
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(追記)
・本白根山は、白根山の南側に所在し、こちらの噴火は3,000年振りといわれている。
・草津町のハザードマップは、白根山の「湯釜」を噴火エリアと想定していたが、今回は本白根山の「鏡池」で発生したという。
・噴火は、小規模で水蒸気爆発(噴火)だったそうだが、被害や映像やから恐ろしさは変わらない。

(付記)
昨夜の降雪を、昼過ぎ雪かきするも、2014年ほどの積雪でなくてあっさり終わる。

2018年1月22日月曜日

雪のため全講座休講になる

今夕、大雪が予想されている。現在、午前10時現在だが、教室のホームページに「1月22日(月)は、積雪等による交通の混雑・帰宅困難が予想されるため、全講座を休講にします。」とのこと。

降雪の状況を、引き続き記す予定。どれくらい降るのだろうか。

今晩、9時過ぎに玄関ドアを開けたところ、大きな抵抗感があった。玄関先まで雪が積もっていたのだ。南岸低気圧を呼び水に、北風と一緒に、雪が休みなく降り続く。郵便ポストの上には、白い塊りが上手に積もっている。
(気になってニュース番組を見ると、何故か八王子と新宿・渋谷駅前のからの中継が多い)

日付が変わるころ、雪は北へ押し戻されるという。それまで数時間、止むまでの間、どこまで積もるつもりだろう。

明日は、雪掻きが必要。(寒気はこれから続き、木曜日ころ底になるという)

(追記)
Yomiuri online「午後11時現在の積雪は都心で23cm。東京23区の大雪警報は2014年2月14日以来約4年ぶり」(1/22、23:09)

2018年1月21日日曜日

イ・ソンヒの「さようなら」

イ・ソンヒの4集所収の「さようなら(안녕)」(1988年)はアルバムの最後に配置するに相応しい、そして名残惜しい曲だ。彼女の絶頂期のころ、ファンは次を願ったことだろう。その後数年、連続してアルバムが出されたことはいうまでもない。

大人の感覚して、洒落た別れを演じてみたい女子学生に、ちょっとした疑似体験を与えてくれただろう。「さようなら」の「アンニョン」の響きに余韻があって、妙に落ち着いて感じるのは不思議。悟ったわけではあるまいに。

(本ブログ関連:””さようなら

この曲を聞いておじさんが思い出すのは、一回り半も昔だけど、ペドロ&カプリシャスの「別れの朝」(1971年、日本語歌詞:なかにし礼)だろうか。曲想も場面も全く違うのに、なんだか繫がるものがある。


美し過ぎた思い出にふけりながら
あなたの寝顔を見つめて
あなたの額に口づけして
静かにささやいたわ
さようなら

ドアを、ドアを開けしなに心残りして
もう一度、あなたを見つめて
遠くから聞こえる夜明けの鐘に
静かにもう一度
さようなら

別れは、本当につらい
愛とは、ただあなた

けれど、去らねばならない私を引き止めないで
ああ、引き止めないでください
愛しています

ドアの、ドアの外に出たら、冷たい夜は明け
コートの襟を上げて、口笛吹いて
白(しら)露なのか涙なのか、私の目もとに流れ
静かにささやいたわ
さようなら

静かに、もう一度
さようなら、さようなら


(Youtubeに登録のJ-GODに感謝)

2018年1月20日土曜日

大寒 2018

きょうは、「小寒」も過ぎて、いよいよ二十四節気の最後、24番目の「大寒(だいかん)」である。これで四季が一巡して、納めというべき、寒さが最も厳しいころだ。一方、「三寒四温」もある。体感としては、「寒」と「温」のはざ間で揺れている。来週、月曜日に雪が降るという話もある。

(本ブログ関連:”大寒”)

わらべうた「おおさむこさむ(大寒小寒)」は、不思議なことにいつ歌ったのか、誰れと歌ったのかはっきりしない。それなのに、思い出の中に確実に定着している。それに、子どもながらに、冬の風音に応えるように口ずさんだ気がする。

         おおさむこさむ
         山から小僧がとんで(泣いて)きた
         なんといってとんで(泣いて)きた
         寒いといってとんで(泣いて)きた

歌に登場する、「山からとんできた」小僧とは一体誰れなのか・・・考えてみれば、疑問に感じることもなく、歌をまるのまま飲み込んでいた。

童話「大寒小寒」(土田耕平)の中で、おばあさんが孫に、山からとんでくる小僧について語っている。作者のメモ書きのような、幼い記憶の断片のような、懐かしく暖かい一文だ。
会話の部分だけ次に抜書きする。(青空文庫より)

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「おばあさん、小僧がなぜ山からとんでくるの。」
「山は寒うなつても、こたつもなければお家もない。それでとんでくるのだらうよ。」
「小僧つてお寺の小僧かい。」
「何に お寺なものか、お寺ならお師匠さまがゐて可愛がつて下さるだらうが、山の小僧は木の股から生れたから、お父さんもお母さんもなしの一人ぽつちよ。」
「おばあさんもないの。」
「ああ、おばあさんもないのだよ。」
「それで小僧は着物をきてゐるのかい。」
「着物くらゐはきてゐるだらうよ。」
「誰が着物を縫つてくれるの。」
「そんなことは知らないよ。大方木の葉の衣かなんだらう。」
「小僧は山からとんできてどうするの。」
「人の家の門へ立つて、モシ/\火にあたらせておくんなさい、なんて云ふのだらう。」
「そして、火にあたらせてもらふの。」
「いゝえ、火になんぞあたれない。」
「なぜ。」
「小僧のいふことは、誰の耳にもきこえないのだから、いくら大きな声をしたとて聞えない。もしかすれば、今じぶんお家の門へきて立つてゐるかも知れない。」
 三郎はそんな話をきくと、気味がわるくなりました。頭を青くすりこくつた、赤はだしの小僧のすがたが、目に見えるやうにおもひました。
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ぼくらは、でも、山からとんできた小僧に哀れみも覚える。風音を近くに感じる、自然をそばに生活した経験があればこそだ。遠い昔に、もしかしたら、救われない子どもたちがいたかもしれない。そして(子どもにだけ聴こえる)風音を今も響かせているのかもしれない。

2018年1月19日金曜日

80年代の歌謡をテーマに放送を作ってみようか?

ネットに情報が満ち溢れ、何ごとも記録される。本人が発した言葉だけでなく、他人の推測や評価、評論まである。良い面と悪い面があるとすれば、情報は平等だが、ほんの些細な呟きまで断片化され、永遠に消えることはない。

狙った対象の価値が高くて、情報が豊富なら、シナリオライターの腕の見せどころだろう。イ・ソンヒについて、その豊富さに気付いた記者が、「80年代の歌謡をテーマに放送を作ってみようか?」(Sisa:示唆、時事から名づけた「しさnライフ ニュース」の記事、チョン・チョルヒ記者、1/19)と考えた。そんなコラムから、次に抜粋してみた。

イ・ソンヒについて、情報源のひとつである「木のwiki」は、熱心なファンたちの情熱の賜物である。わが日本のファンもうなずける宝庫である。

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(略)

・このような(様々なソースから情報収集する)過程を繰り返して、作りたい放送の素材と主題を絞り込んでいきます。私は、80年代歌謡のコンテンツを人物中心に決めて、当時、最も有名な歌手であった「イ・ソンヒ」に焦点を合わせてみることにしました。それで、今回は同じ要領で「イ・ソンヒ」について調査します。

・グーグリング(Googleで検索する)結果、イ・ソンヒさんの生涯について「木のwiki」と「wikipedia」がよく説明していますね。また、関連検索語で、(彼女の愛弟子の)「イ・スンギ」があります。80年代の思い出の歌手「イ・ソンヒ」と、今現在もホットなスター「イ・スンギ」の縁が良い話の種になることがあります。放送のためのコンテンツにこれを含ませれば良いでしょうね。このような内容は、エバーノートにスクラップしておけば、より一層使いやすくなるでしょう。

・また、「イ・ソンヒ」のデビュー舞台である、(音楽祭)「江辺歌謡祭」と国内最高の歌手と認められて頂点にいたった舞台である(TV番組)「歌謡トップ10」、(コンクール)「10代歌手賞」についても調査します。エバーノートにある、ノートブック機能、タグ機能、チェックリスト機能などを活用すれば、より一層、一目瞭然に整理できて今後の情報活用度も高まります。

・ここで、興味深いチート(カンニング)シートを少しずつさらに集めた後、この資料を整理して自由に自分だけの台本を作ります。台本は、連載13~15回で説明するスクリプトの形をすればいいです。
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この後も期待していいのでしょうかね。ちょっと空想します。

2018年1月18日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-13th

電車の振動は、「1/fゆらぎ」があるのだろうか、必ず睡魔に襲われる。イディッシュ語教室へ通うとき、不謹慎かもしれないが、緊張が途切れるというか心地よい居眠りを経験する。

そんなわけで、頭の中の一時ファイルをきれいに削除して出席した。(cpu、HDは旧式なれど)

今回は、ヘブライ語の雰囲気を味わう特別編(以下、”  ”内は←に、他は→に読む)
・イスラエル地図上のヘブライ文字地名の読み取り
・簡単な書式
  - 母音表示方式(ニクダー:”נְקֻדָּה” )← ヘブライ文字(子音)下の<点>が母音を示す。
  - 定冠詞(הַ)の位置(冠詞の対象となる名詞や、なんと形容詞と密着する!):
      ① ”「名詞+定冠詞」名詞」”
           ”יָם הַ‏‏מֶּ‏‏לַ‏ח‎” (ニクダー有りの例、yam ha-melakh:Lake The・Salt=死海)
      ② ”「形容詞+定冠詞」「名詞+定冠詞」”
           ”הים התיכון” (ニクダー無しの例、ha-yam ha-tichon:The・Sea The・middle=地中海)
・強動詞活用表(← ちらり見ですが)

そんなわけで、帰りの電車も、うたた寝してしまった。(暖かだったせいもあるか?)

KBS WORLD「国楽の世界へ」冬の景色

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/10)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「冬の景色」にまつわる話を紹介した。

始めに、冬季の「三寒四温삼한사온)」について次のように紹介された。
・「三寒四温」の言葉がある。冬に寒い日が3日ほど続き、次に4日ほど温暖な日が続く、その繰り返しをいう。最近、気候変動で当たらないとはいえ、昔も必ずしも三寒四温でなかった。寒い日もあれば、温かい日もあるという、前向きな意だろう。昔、ソウルを横切る漢江が凍結して、氷上で遊んだり、洗濯物が凍ってしまほど厳しかった。それでも、冬が過ぎると春が来る希望があったため、寒さにも耐えられた。

▼ 「冬の朝の景色(겨울 아침의 정경)」の演奏を聴く。雪原に朝霧が立つよう、今様である。

次に、貧家の娘が、金持ちの子の世話をする「子守娘(아이보개)」(1977年作)の曲について次のように紹介された。
・昔の冬の風景に、走りまわったり、鼻水を垂らしたり、汚れた手でビー玉を触る子どもたちの姿が浮かぶ。駒回し、凧揚げで遊ぶ子もいる。中には、新年のカレンダーで凧を作って叱られる子もいたろう。そんな様子を表した、子守りを指す「子守娘」の曲がある。子どもの日常を披露する舞踊曲だ。「凧」や「行進」など四楽章で構成される。

▼ <素直な子供たちの表情が浮ぶ>、カヤグムとテグム演奏で「子守娘」を聴く。凧、行進、羽根蹴りして家に帰る。

最後に、冬の南部地域に咲く椿の美しさと、その効用について次のように紹介された。
・冬に草木は冬仕度するが、中に忙しい植物がある。冬に花を咲かす椿だ。南部地域では、真冬にも椿が咲き、その景色はとても美しい。赤い椿に白い雪が積もる様から、白雪姫が思い浮かぶ。花が散るとき、花弁はパラパラ降るのでなく、房ごと落ちる。
また、椿は様々な使い道がある。椿油は、悪いコレストロールを抑制する効用があり、肌に良いとされる。昔の女性は、髪型を整えるとき、椿油を使った。恋人に会う前に、髪の手入れをする可憐な姿が想像される。

▼ 南道地域の民謡 「椿打令(동백타령)」の歌を聴く。海を眺める処、椿採りも穏やかに。

2018年1月17日水曜日

(雑談)食べ方

食事について
・食べ物を、集団で向かい合って、分け合いながら食べるのは人間だけだそうだ。
食べ物について
・ 獲ってきた(狩猟した)ものを食べるか、育てた(栽培した)ものを食べるかで、その後の分配の仕方が異なる。
分配について
・獲物は、仕留めた者、指揮した者に優先される。強いものから順に食べる。(順位制
・農作物は、共同で作り備蓄する。参加者に水平に分けてこそ、次の農作につながる。

男は女性の食事を見つめている。古井由吉の初期作品のように、女性の口の運びに妄想したり、あるいは、テレビの番組で、美形な女優の意外な食べ方にイメージが一変したりする。

男についても、仕事の合間、昼食に行ったファミレスで、メニューを眺めながらなかなか決まらぬ奴がいる。驚いたのは、食事の終わりに、茶碗の底の飯を一粒ずつ箸で摘まむ奴もいる。(江戸の寿司屋は屋台であり、握り寿司は大振りだったという。ちょと寄って、数個食ってさっとひくのが粋だったと聞いた)

食べ方で人品を見定めようとするのがいる。まあ、そんなことから逆に、作法というか儀式が生まれたのかもしれないけれど。