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2014年7月26日土曜日

みそぎぞ夏のしるしなりける

百人一首の最後から3番目の98に、旧暦6月30日の今日にちなんだ、従二位家隆(藤原家隆)の次の歌がある。まさにこの禊祓(みそぎはらえ)の時期、夕暮れに流れる風と小川に夏の気配を感じると詠嘆する。

風そよぐ 
ならの小川の 
     夕(ゆふ)ぐれは
みそぎぞ夏の
     しるしなりける

風そよぐ
イ・ソンヒの代表曲「Jへ」は、「J, 스치는(すれすれに通り過ぎる、かすめる) 바람에(風に)」から始まる。この(頬を)かすめる風について、いろいろなチャレンジ(訳)をネット上に見たが、「かすめる」とか「かすむ」など言葉を越えられないのに対して、作詞家の三佳令二の歌詞はさらりと、「そよぐ風に」と言葉を配している。やはり、プロは凄い。

なら(楢)の小川(をがは)
「京都市北区、上賀茂神社の御手洗(みたらし)川。」[歌枕]【広辞苑(電子版)】
Youtubeを「ならの小川」で検索すると、いくつか該当すると思われる風景が見当たる。川幅は数m程度、まるで唱歌「春の小川」に出てくる小川のようだ。川筋は木々(楢?)に囲まれ整備されているよう。南下して加茂川に合流する。

みそぎ(禊)
「身に罪または穢れ(けがれ)のあるときや重大な神事などに従う前に、川や海でを洗い清めること。」【広辞苑(電子版)】
契約や原罪もない神道世界でも、人生に何となくけがれ(穢れ)を負っているよう感じる。人は心に澱が溜まるようで、日があらたまるとき、洗い清める(禊祓(みそぎはらえ)する)ことをする。(旧暦)6月30日、一年の半分も終わるときに、「六月禊祓」するが、現在は新暦に合わせているようだ。

2014年7月25日金曜日

(資料)イ・ソンヒのデビュー30周年記念コンサート映像

今年、4月18日(金)~20日(日)に、ソウルの世宗文化会館大劇場で開催された、イ・ソンヒのデビュー30周年を記念するコンサート「歌う イ・ソンヒ」のステージは、後日、MBCより放送された。
Youtubeに載った、この貴重な映像が長く登録されることを祈りながら、本ブログ画面左(上側)にも「이선희 30周年記念コンサート」のタイトルで同じものを埋め込んだ。

なお、コンサート中継映像は、5月15日(木)午後11時15分からMBCより放送された。実際、2時間ほど演じられたコンサートであったが、1時間15分ほどに選択されているものの、会場の雰囲気は十分伝わっている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ 30周年記念コンサート実況 5/15放送 MBC”、”資料:이선희 Concert”、”30周年”)

(Youtubeに登録のにO DY感謝)

2014年7月24日木曜日

夕立と思えど

夕方、公民館を出たそのとき、建物前の乾いた路面に大きな黒点が次々と散った。あっという間に、大粒の雨が降ってきたのだ。戻ろうか、一瞬たじろいだものの、付設の駐輪場が目の前にあったので、そちらへ駆け込んだ。

夕方、6時前のことだ。雨は次第に強さを増し、駐輪場の屋根を激しく叩いた。時節柄、夕立の通り雨くらいに考えて、やり過ごそうとしたのだ。しかし、雨脚はますます強くなり、20mほど先の公民館に戻るのも躊躇した。

えい、ままよと立ち尽くしたが、一向に休まる気配もない。隣接する、欅の巨木の下にたたずむ稲荷神社の遠景が、雨煙に霞んで見える。雨風は横なぶりになり、雷鳴が轟く。俵屋宗達の屏風絵「雷神」を思いめぐらした。まさに雨風が舞い、雷光で辺りが一瞬明るみ、すぐさま雷鳴が轟く、まるで鼓を打つように、ドドドドドと連打して聞こえてくるのだ。(連打して聞こえるというのは、外にいないと分からないことかもしれない)

建物の向こう側が薄桃色に輝いた、落雷だ。ビリビリという響きして、辺りの施設から光が消えた。薄闇の中、待ち続けると、建物一斉に明かりが灯った。置いてけぼりされたように駐輪場にいて、それを見たとき、なぜかほっとしたのは不思議だ。

一時間ほどして、小降りになったのを機会に、急いで公民館に走り込んだ。なにしろ、駐輪場はコの字型に囲われているだけで、壁は腰丈ほどしかなく、風に煽られた雨が舞い込んで来たのだ。ずっと立ち止まっていただけに、ロビーのソファーのありがたかったこと。

雨脚がおさまった7時過ぎ、陽の落ちた中、ようやく帰宅できた。寄り道もしないで。

2014年7月23日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 フィモリ雑歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/16)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第64回として、人々の暮らしを早いテンポで歌う「フィモリ雑歌(휘모리잡가)」にまつわる話を紹介した。

まず、清渓川(청계천)の橋を渡った人々を例えた歌「メンコンイ打令(맹꽁이타령)」について、次のように始まった。
・ソウル市の中心を流れる清渓川は、'60~'70年代の経済成長で水質が汚れ、コンクリートで埋めて高架を作り道路とした。2000年代に入り、高架道路の撤去と復元により、市民の憩いの場となる。清渓川は、ソウル北部の北岳山(북악산)と仁王山(인왕산)から出て、市中心部を通り、東に流れて中浪川(중랑천)と合流する。
・昔、清渓川は人々の生活の中心にあり、洗濯をしたり、子供の遊び場だった。正月には、清渓川の橋を往来して遊ぶ人々で混み合い、そこに歌芸人のクァンデ(광대)がいた。朝鮮時代、清渓川が流れる光化門(광화문)に官庁街があり、官職者やその使い、国民に至るまで、各層が往来した。それを地潜り蛙(ヒメアマガエル科)を指すメンコンイに例えた面白い歌がある。

▼ 朝鮮時代の曲調、打令(타령)で歌う「メンコンイ打令」を聴く。青銅青精米・・・とは何?、ともあれ元気だ。

次に、動詞「吹き荒ぶ」(휘몰아치다)の意から早いテンポで歌う「フィモリ(휘모리)雑歌」について、次のような説明があった。
・フィモリに、せき立てるの意があり、早いテンポの俗歌を「フィモリ雑歌」と言う。庶民の素朴な暮らしを大げさに描いた長い歌詞を休まずに早いテンポで歌う。とぼけるように歌うところが面白い。
・清渓川は小さいが、昔は川辺に多くの人が集まって暮らした。夏の梅雨時に水が溢れることも多く、雨に履く木履(ぼくり)が川を流れ、その上に乗っかったメンコンイの様子が、舟に乗ったヤンバンを思わせた・・・そんな歌詞から始まり、混迷した国の情勢や夫を亡くした未亡人、目的もなくブラブラ歩く人や夫の妾と喧嘩して首をつりに行く妻などを、メンコンイに例えながら歌う。現実的ながらもユーモアが溢れて笑ってしまう。

▼ 岩(바위)を意味する「バウィ打令(바위타령)」を聴く。次々と岩の名を挙げていく・・・岩の名で埋め尽くす。

・(バウィ打令は)飯を食うきに小石を噛むと、なんと大きく感じたのか。これを大げさに説明するため、全国の有名な岩の名を全てあげながら歌う・・・まるで山林を思わせて、食べ終えると窯の中から獅子のような動物一組がのそのそと出てきたという。

最後に、雑歌の分類について、次のように説明された。
・よく知るパンソリや民謡も昔は「雑歌」と呼んだ。最近は、専門の歌い手が歌うものを雑歌と言う。フィモリ雑歌は、歌や踊りを楽しんだ後、一番最後に歌うもので、雰囲気も真っ盛りになり、思う存分諷刺をしながら歌った。

▼ ひどく不細工な顔を指す、フィモリ雑歌の中でも最も大げさな歌詞の歌「あばた打令(곰보타령)」を聴く。~のようで~のようで・・・おどけた感じの列記スタイルだ。

・あばた(곰보)の僧侶が小川に現れると、その顔がなんと不細工であったのか、魚がびっくりして逃げてしまっ。川魚はもちろん、突然タコやサバ、イシモチまで登場する。フィモリ雑歌を聴いていると知らないうちに微笑む。

2014年7月22日火曜日

梅雨明け 2014

今日、ついに梅雨明けした。おかげで、映画「怪しい彼女」の鑑賞に出かけることができた。

平成26年度 梅雨明け(気象庁
   地 方   平成 26 年 平年差  昨年差       平  年        昨  年    
関東甲信7月22日ごろ1日遅い16日遅い7月21日ごろ7月 6日ごろ

(本ブログ関連:”梅雨明け”、”梅雨入り”)

映画「怪しい彼女」

久し振りに、都下の大きな街に出て、映画「怪しい彼女(수상한 그녀)」(韓国公開2014年1月)を見てきた。痴呆や死が背後に迫る老人、将来の定まらぬ若者、その中間にいて振り回される親たちが織り成す、可笑しくて、しんみりとさせるストーリーだ。あるとき、70歳のおばあちゃんが、20歳に変身することから始まる騒ぎも、最後には家族の絆の重さに収斂する。

主人公オ・ドゥリ(急に若返ってとまどう自分に、オードリー・ヘップバーンをヒントに付けた仮の名前)役のシム・ウンギョン(심은경)は、映画「Sunny サニー 永遠の仲間たち」で、仲間に引っ張られる、転校してきたおとなしい?高校生役を演じたが、今回は、20歳の体に70歳の意地悪婆さんが憑依したように、元気いっぱい辺りに騒動を巻き起こす。それに、頬がちょっぴり膨らんだ、シム・ウンギョンの童顔になごむ。

(本ブログ関連:”サニー”)

でも20歳の旋風には理由がある。おばあさんの新婚時代の悲しみ*を振り返らねば理解できないことだ。僕らは、肉親だからこそ、知っているようで知らない、気付こうとすらしてこなかった、そんなことがいっぱいある。この映画は、身近なひとの人生を推し量るきっかけになる。あなたの涙腺まで保障はしないけれど。

(*) 経済発展の礎となった、派独、西ドイツへの(鉱山、看護)労働者の出稼ぎ(東亜日報の記事:2004年6月9日

映画の最後に、この映画を「全てのお母さんに捧げます」というメッセージが表示されたのを見て、アジュンマサイトにある、「この世にアジュンマの子どもでない人はいない!」という言葉の、母親が愛するものに持つ絶対的な信念に対する、感謝あるいはオマージュのような気がした。

ところで、この映画は、70年代の流行り歌を取り入れて時代性を演出している。Youtubeに、20歳に若返った主人公のオ・ドゥリが歌う場面を集めたものが載っている。
それぞれの曲目は、ストーリーの各場面に相応しく歌われるもので、あるときは楽しく、あるときは胸に沁みる。そして、原曲の曲調をガラリと変えたものまである。すっかり感情移入してしまった私は、主人公役のシム・ウンギョンのバラードやツイスト風味にすっかり染まってしまった。

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・「LAに行けば(나성에 가면)」: セセムトリオ(세샘트리오)、1978年、作詞・作曲吉屋潤(길옥윤)、【나성=羅城=LA(ロスアンゼルス)】
・「雨水(빗물)」: チェ・ウンオク(채은옥)、1976年 ・・・ (参考)ブログ「Likeafriend
・「白い蝶(하얀나비)」: キム・ジョンホ(김정호)、1975年、作詞・作曲キム・ジョンホ
・「もう一度(한번더)」 ・・・ ???(気になる話題がでている)


(Youtubeに登録のCJ Entertainment Official、windmillsofmusic、soya iに感謝)

2014年7月21日月曜日

梅雨明け間近・・・多分

昨日は一日、ムチャ暑いと思ったら、夕方に熱さの帳尻を合わせるかのように土砂降りして、空気もヒンヤリさせた。今日は夕方に一雨来るかと思ったが、ずっと蒸し暑いままだ。お天道様の心がよく分からない。

先週末、近所の小学生たちが両手にいろいろ荷物を抱え、ランドセルを揺らせながら下校しているのを見た。そう、夏休み(7月20日~8月31日)がj始まったのだ。いよいよ、本格的な夏になる。子どもたちのためにも、早く梅雨明けして欲しい。

今年の「梅雨明け」は、気象庁(「平成26年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」)によれば、南側地域から次の通りだ。九州北部が、四国、中国よりも1日遅れるというが面白い。

6月26日頃    沖縄
7月13日頃    奄美
7月16日頃    九州南部
7月21日頃    九州北部
7月20日頃    四国
7月20日頃    中国
7月21日頃    近畿
7月21日頃    東海

関東・甲信地域の、今年の「梅雨入り」は、6月5日頃だった。その日に近く梅雨入りした例は、最近では2012年6月9日頃があり、梅雨明けは7月25日頃だった。

(本ブログ関連:”梅雨入り2014”)

これ以降、関東・甲信、北陸、・・・、の順に梅雨明けするだろうが・・・明日かも知れないという話もある。

2014年7月20日日曜日

イ・ソンヒ 「HIDDEN SINGER」(シーズン3)に出演決定

イ・ソンヒは、中央日報系JTBCの「HIDDEN SINGER(히든싱어)」(シーズン3)に出演がどうやら決まったようだ。亜州経済の記事「”HIDDEN SINGER3” イ・ソンヒ出撃…『歌謡界のレジェンド 女帝』が出る」(7/20、アン・ソンヨン記者)は、シーズン3の最初の主人公として出演すると、次のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ 「HIDDEN SINGER」に出演か”)

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・「歌謡界のレジェンド 女帝」 イ・ソンヒが”HIDDEN SINGER3”の最初の主人公として出撃を予告した。

・イ・ソンヒは、来る8月中旬、初放送を控えているJTBCの「HIDDEN SINGER3」の最初の舞台を開ける。1984年の「Jへ」でデビューして以来、15枚の正規アルバムを発表し、30年目のわが国歌謡界の王座を守っているイ・ソンヒが、どんな神話を作り出すのか成り行きが注目されている。

・何より、デビュー30年目の貫禄と内的充実あるイ・ソンヒは、小さな体躯から生まれくる響きとは信じられない嵐吹く声量と圧倒的な歌唱力、繊細な感受性まで兼ね備えた自他共に認めるわが国の代表歌手。HIDDEN SINGERのシーズン1から最も見たい歌手の1位に選ばれるかと思えば、最も付き従って歌うのが難しそうな歌手の1位に選ばれて話題を集めたことがある。

・このために「HIDDEN SINGE」制作スタッフは、シーズン1、シーズン2を経る2年の間、イ・ソンヒと交渉するために刻苦の努力を傾けたところ・・・出演提案を受諾、格別さを増している。

・特に、最近進行された「HIDDEN SINGER3-イ・ソンヒ特集」予選現場には、歴代シーズンを合わせて最も多い志願者が集まって、イ・ソンヒの人気を実感させた。さらに、職場に休暇を出して外国から帰国した30年のファンから、外国人、公務員、医師、教師、小学生に至るまで、国籍も、年齢も、職業も多様な参加者が続出した。これと関連して、老若男女関係なく全国民が知って、愛するイ・ソンヒの声を物まねてやり遂げられる志願者が存在するかどうか疑問が広がっている。

・「HIDDEN SINGER3-イ・ソンヒ編」は、異例の2回に渡って放送される。製作スタッフが、何と2年の間ラブコールを送ってきた「わが国最高の女帝」イ・ソンヒの名声に合うように、既存の「HIDDEN SINGER」では見られなかった、とてもスペシャルな舞台が繰り広げられる予定。どんな歌手よりも視聴者たちに期待が大きい舞台だけに、焦眉の関心が集められている。

2014年7月19日土曜日

「孝行ラジオ」

最近、韓国の巷に流行るもの、親孝行のプレゼント品として知られる「孝行ラジオ(효도 라디오)」がある。
プレゼントされた年配者は、これをハイキングに携えるという。ラジオ機能以外に、デジタル・オーディオプレイヤー機能が付いていて、韓国歌謡のトロットを収録した「TF(ミニSD)カード」を装着して、山歩きにもっぱらこれ楽しんでいるようだ。

(本ブログ関連:”孝行ラジオ”)

ラジオ本体の価格もそうだが、トロットが500曲~5000曲入ったTFカードも恐ろしく安価なのだ。このことが問題になっている。孝行ラジオの出現によって、歌謡界の売り上げが大幅に落ち込んでいるというのだ。

なおラジオ本体は、韓国ネット通販に公開されており、ほぼ中国製だ。一方、トロットの音源については未確認? 電気街や市場の屋台などで、TF(ミニSD)カードをチューインガム・ケースのようなものに隠し置いている映像を見たような気がする・・・じゃなくて、KBSの「뉴스9」で放送していた。

(資料)KBS WORLD「クリックK」の「孝行ラジオ」(2013年12月10日)より、抜粋。
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・孝行ラジオが発売されてから1~2年の間で、トロットのアルバム売上額は70%以上減少。音楽が利益を生み出すのが難しい時代になったという・・・

(資料)スポーツ・トゥデイ「孝行ラジオ」に泣く歌謡界、解決策を問う」(7/3)より、抜粋。
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・2000曲以上の不法音源が入っているSDカードを装着したポータブル・オーディオ(ラジオ兼用)をいう。主に登山道、高速道路の休憩所、清渓川の屋台通りなどで3万〜5万ウォンで取引される。


ところで先日、ソウル土産にこれをお願いしたところ・・・。

2014年7月18日金曜日

イ・ソンヒの「さようなら」

若い女性の繊細な心情を歌う曲が多い中で、イ・ソンヒの4集の最後に収められた「さようなら(안녕)」(1988年、作詞イ・ギョンエ、作曲キム・イラン)は、若い独特な高音の迫力があるとはいえ、内容に、朝焼けとともに旅立つ自信を感じる。(歌の主人公を男にしたら、ありふれたものになるだろうから)

この4集には、後に彼女そのものになった、国民的な代表曲「美しい江山」(作シン・ジュンヒョンのカバー)がある。ソウルオリンピックの年、その時代の気風とまさしく調和した曲々を発表したことになる。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ「ALL THAT MASTERPIECE LEE SUN HEE 4+5」入手”)


美し過ぎた思い出にふけりながら、あなたの寝顔を見つめて
あなたの額に口づけして、静かにささやいたわ、さようなら

ドアを、ドアを開けしなに心残りして、もう一度、あなたを見つめて
遠くから聞こえる夜明けの鐘に、静かにもう一度、さようなら

別れは、本当につらい、愛とは、ただあなた

けれど、去らねばならない私を引き止めないで、ああ、引き止めないでください、

愛しています

ドアの、ドアの外に出たら、冷たい夜は明け、コートの襟を上げて、口笛吹いて
白(しら)露なのか涙なのか、私の目もとに流れ、静かにささやいたわ、さようなら

静かに、もう一度、さようなら、さようなら

(Youtubeに登録の숲속여행に感謝)

2014年7月17日木曜日

【多摩の代官】江川代官の事績と在地支配

地元公民館で、江戸時代に多摩地区(武蔵)を治めた代官による自治機構を解説する、法政大学大学院の馬場憲一教授による、最終会となる第6回講演「江川代官の事績と在地支配」を聴講した。

(本ブログ関連:”多摩地区(武蔵)を治めた代官”)

今回とりあげられた代官の江川太郎左衛門英龍(号を坦庵)は、例によって次男として生まれ、他家に養子に出され、そこで才を認められ代官にまでになる。天保4年の大飢饉(1833年)に際して窮民救済の業績の他に、ペリー来航など騒々しい時代にあって、洋学を特に砲術を修めて、江戸湾防衛のお台場建設と砲台設置などで知られているという。

江川代官について、特にお台場建設で広く知られているということだが、今回始めて知った。彼は絵も得意で、民情視察の際の部下を従えた主従の絵図や自画像を、配布された資料で知った。眼の大きな彼の顔、どこかで見たような気がする・・・それとも別の人物だったのか。

江川代官が世間に広く知られのは、次の要素があるようだ。当初、開国を要求する外圧に抗するため民兵組織の農兵を作った。しかしながら、幕末、国内治安が(一揆など)不安定となり、対策のため、農兵を使うことになる。「本来外へ向かうものが、内に向かうようになった」(本講義)という。

江川代官の支配は、武蔵野全域にあったが、地元へ直接関与した記録はないそうだ。


(付記)
前回の最後に少し触れられた田中兵隅、今回紹介された江川太郎左衛門英龍など初めて知った人物だ。これから、少しずつつだが、近在の博物館巡りなどする新しいテーマができたようだ。

2014年7月16日水曜日

イ・ソンヒの「いつも愛してる」

自転車(ママチャリ)の幼児席に小さな子どもを載せて走る母子を見て思うことがある。母親は、幼いわが子に、まるで回答を求めるかのように、日常の何気ない会話をしている・・・もしかして、自問自答の延長ではないかと思ったりするが。言葉を教えるのではなく、自然にわが子と共有しているようだ。家の中でもきっと、同様な会話しているのだろう。

母親と幼児の会話が素晴らしいのに、じっと待つこともある。誘導せず急がず、子どもが言葉を出すのを待ち続けることだ。これは、家の外で会話をして過ごす父親にはなかなかできないことだろう。先日、ラジオ番組で、言葉の起源を研究している男性科学者が、誕生したわが子をよき観察対象にしようとしたができなかったと述懐したのを聞いて、そうだろうなと納得した。

イ・ソンヒの8集に所収の「いつも愛してる(언제나 사랑해)」(1992年、作詞・作曲キム・ヨンドン)は、愛するものと、愛されるものとの、色や光の違いを想わせる。包むような光、そして風さえ感じさせる。

カンホンの歌手列伝」のイ・ソンヒの項で、苦戦した8集ではあったが、この歌も含めてカンホンは次のように記している。
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・イ・ソンヒのボーカルは、暖かいながらも、強靭な女性のエネルギーを抱いており、西欧的な発声の中でも、東洋的な静寂美が流れる。彼女のディスコグラフィーで最も挑戦的だった8集でキム・ヨンドンの「小船」や「ハンネの別れ」をリメイクしたファン・チョンウォンの詩にキム・ヨンドンが曲を付けた「あなたに会いたい時は」や、キム・ジハの詩の「あるおばあちゃんの極楽」、そしてどのような愛の歌よりも美しく、親しみやすい「いつも愛してる」を歌った時のイ・ソンヒは、ブラウン管とコンサートのスーパースターの枠組みから抜け出して、より深く広い音楽の世界に飛翔する。
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(本ブログ関連:”いつも愛してる”)


愛してる、私の愛する人
あなたは、日ごとまぶしい光で私へ近づいてるのね

愛してる、う~ん~
永遠(とわ)に、一緒に私たちの幸せな人生の夢見るのね
貴方の、愛の香りが私にいっぱい飛んでくるのね

(トゥル~ル~、トゥルットゥ ルルットゥ ルルットゥ ルル~ル~ル~)

私の魂、私の愛する人
貴方は、私にいつも新しい光で現れるのね
その光は、いつも虹の色をして私に近づくのね

愛してる、私の愛する人
愛してる、私の人生


(Youtubeに登録のlys218に感謝)

2014年7月15日火曜日

憂鬱なレディに赤いバラ

子ども時代のアメリカンポップスは、常に最新の輝きして、ラジオに噛り付いて情報を仕入れたものだが、今はオールディーズと一括される。耳が遠いのか、そんな言葉に苛立ちを感じることはない。

女性ファッションに、来年になれば流行遅れだし、時代が変われば回顧の対象でしかないと、オヤジ目線で冷ややかだった。ところが、ポップミュージックについても同様ということに、気付くのには随分と時間がかかった。関心が薄いものには時代の磨耗を容易に予測できるが、好きなものには変わらぬ点だけを追い求める。

60年代の記憶にあるポップスの「ブルーレディに赤いバラ(Red roses for a blue lady)」(作詞:Roy C. Bennett, Sid Tepper)は、様々なミュージシャンに歌われ演奏されたが、耳に残っているのは当時の雰囲気を今も感じさせる甘い口調のヴィック・ダナ(Vic Dana)の盤だろう。

ほんの些細な行き違いで、彼女を憂鬱にさせてしまった。後悔に、赤いバラの花を送ろうと花屋に出向く。そこまではいいのだが、バラを求めながら妄想する・・・彼女の機嫌が直り、結婚するときはウェディング・ドレスに合った白い蘭を選ぶのだと。

若者は気がいいね。好いと思ったことも、振り返れば、あれって一体なんだったんだろうと自問するときがくるのだから。


(Youtubeに登録のtop401965に感謝)

2014年7月14日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 葬儀と歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/9)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第63回として、死者を見送り家族を慰める「葬儀と歌(상례와 소리)」にまつわる話を紹介した。

初めに、棺を運ぶときに歌う「喪輿歌(상여소리)」について、次のような解説から始まった。
・昔は人が棺を運び、そのときの歌が今でも地域に伝わっている。町中の人々が棺を乗せた喪輿(もこし、상여)を肩にかつぎ、亡くなった者への願いと、残った家族を慰める気持ちを込めて一緒に歌を歌う。
・人は希望を持ち、明るい未来を夢見るが、叶えられたとしても、人生の最後に死が待っている。その事実を見つめられるとき、人生について語れるだろう。最後があるからこそ尊い。古くから、亡くなった者を見送る儀式に特に心を込める。この儀式に欠かせないものが音楽だ。西洋に死者のためのミサで歌う曲(レクイエム≒鎮魂歌)があるように、韓国には喪輿を運ぶときの歌「喪輿歌」が伝わっている。この音楽には、亡くなった者と生きている者に対する願いが込められている。

▼ 京畿地域(高陽)の「喪輿歌」を聴く。仏教的な響きがして、感情を包むような庶民の厳粛さを感じる。

次に、喪輿歌の意義について、次のように考察された。
・昔は、自分の家で生まれ自分の家で亡くなった。最近は、病院で生まれ病院で亡くなり、葬儀も簡単に行なうことが多くなった。葬儀が過ぎると、この世に死の存在を忘れて生きるため、死について考えたり、暮らしを振り返る機会は多くない。昔は、墓場に到着するまで町中の人々が喪輿を担ぎ、喪輿歌を歌った。それを聴き、子供たちは、この世に死の存在を自然に学び、若者も、いつか自分も老いることを悟り、今後どう生きるべきか考える機会になる。歌う人も聴く人も、一度聴けば胸に残り、その記憶が(民俗)芸術になる。

▼ パンソリ「沈清歌(심청가)」の中から「郭夫人の喪輿が出る」場面を聴く。靈軸旣駕 往卽幽宅 載陣遣禮 永訣終天 觀音菩薩・・・

最後に、全羅南道の珍島に伝わる、葬儀中に遊ぶ「ダシレギ(다시래기)」について、次のように解説された。
・死は悲しいことだが、生者はその後も生きていかなければならない。残された家族の心を慰めるため、珍島では、葬儀の中で「ダシレギ」という遊びをする。喪輿が出る前日の夜、歌を歌い、劇をしながら楽しむ。庭に集まった人々みなが歌を歌うと、芸人が登場してちょっとした笑劇をする。みなで笑い楽しんだ後、空の喪輿を担ぎ庭を一周し、実際喪輿が家を出発するかのように練習する。家族に心の準備をさせるし、翌日喪輿を担ぐ者に予行演習にもなる。愛する人を見送る最後の瞬間に、みな一緒にいるだけでも家族には慰めになっただろう。

▼ 遺族を慰める遊びに歌う「珍島ダシレギ」を聴く。葬儀って忙しく騒がしいほど、悲しみも吹っ飛んでしまう・・・本当に。

2014年7月13日日曜日

川崎平右衛門

地元の郷土史で知られる、川崎平右衛門についての知識はつたない。農民出身ながら、その才能を見出され、享保の改革時に、江戸町奉行大岡忠相の配下として武蔵野新田の世話役に登用され、窮乏する新田の農民を救い、その結果、新田規模を拡大さえしたというのだ。

(本ブログ関連:”川崎平右衛門”)

地元では近々、合唱構成劇に採りあげられるというパンフレットも見たほどに、今だに信望が厚い。ネットでは、川崎平右衛門に関わる地域住民同士の交流も行なわれたという。彼について、もっと知りたい。

今日、散歩で寄った、小金井公園近くにある小金井市文化財センター(旧浴恩館)の資料展示室の一角に川崎平右衛門の紹介があり、彼の供養塔について解説したリーフレットから人となりを次に転記する。
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・享保年間、幕府の政策で武蔵野新田の開発が行なわれましたが、困窮する出百姓*が続出して新田の農村の存続の危機を招きました。そこで関東地方御用掛**であった大岡越前守忠相は多摩郡押立村の名主川崎平右衛門定孝(1694~1767)を元文4年(1739)に南北武蔵野新田世話役に登用し、武蔵野新田82ヵ村の振興に当たらせました。平右衛門は田方養料の名目で幕府から補助金を借り、一時に分配せずに肥料をまとめて買い、必要分だけを渡す養料金(やしないりょうきん)制度や貯穀などによって、出百姓の生活の安定化を図りました。こうして、平右衛門が美濃に転じる寛延2年(1749)までの10年間で南北武蔵野新田には新たに戸数300戸、人数1800人、開発反別2000余町が増加したといわれます。平右衛門はその後、美濃や石見銀山の代官を歴任しましたが、明和4年(1767)に江戸で没しています。墓地は府中市の龍光寺にあります。(以下略)
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(*) 出百姓: 他の村から新田に入ってきた百姓
(**) 関東地方御用掛: 江戸時代の享保改革期の新田開発などを担当した役職

2014年7月12日土曜日

朝バナナオレ

スーパーにはこまめに行くべきだ。今日、食品売り場でバナナ味の飲み物を見つけた。エルビーの「毎日の 朝バナナオレ」(清涼飲料水、1000ml、果汁0.1%)で、うたい文句に「コップ1杯(200ml)でバナナ役2本分の食物繊維」とあり、1パックに何とバナナ10本分の食物繊維(15,000mg)が入っていることになる・・・そうだ。

台風一過の暑さに負けて、帰宅するやいなや、あっというまにバナナオレ1パックを飲み干した。ミルク感アップというキャッチフレーズもあって、飲み心地もほどよい。いわゆる、バナナ特有のイガイガ感が喉に残らないのが更によい。

バナナ味の巡礼はまだ続く。

(本ブログ関連:”バナナ味”)


(付記)
明け方、付けっ放しのテレビから地震の警報音が流れた。うつらうつらして、記憶もあやふやだが、寝床で耳元がズズズと揺れる感がした。来るな、来るなとかまえたが、そのままに終わったようだ。どうやら、当地の震度は2で済んだ。

平成26年07月12日04時29分 気象庁発表
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12日04時22分頃地震がありました。
震源地は福島県沖(北緯37.0度、東経142.6度、いわきの東140km付近)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は6.8と推定されます。
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イ・ソンヒ大田コンサート

イ・ソンヒのデビュー30周年記念コンサートは、4月にソウルを起点として、現在全国ツアーを次のように展開している。今回、大田広域市「忠南大学正心華国際文化会館正心華ホール」でのコンサートが追加されたようだ。(インターパーク

2014年デビュー30周年記念コンサート「歌う イ・ソンヒ」
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・ソウル: 4月18日-20日、「世宗文化会館」 ★4月19日レポート
・大邱: 5月10日-11日、「大邱エックス5階コンベンションホール」
・蔚山: 5月24日-25日、「蔚山東川体育館」
・光州: 6月07日-08日、「金大中コンベンションセンター」
・城南: 6月14日-15日、「城南アートセンターオペラハウス」
・釜山: 6月28日-29日、「KBSホール」
・富川: 7月12日-13日、「富川室内体育館」
・全州: 8月30日-31日、「韓国ソリ文化の殿堂 モアク堂」
・大田: 10月04-05日、 「忠南大学正心華国際文化会館正心華ホール」
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上記、大田でのスケジュールは、今のところ公演予定とのこと。

2014年7月11日金曜日

直線

ちょっと美術的なものに関心を持ち始めた頃、手軽に見られる文庫本サイズで、カラーページの豊富な書籍が登場した。図鑑の名門、保育社の「カラーブックス」シリーズである。一冊にカラーの写真や絵などが満載なのに驚嘆したものだ。とはいえ、見開きカラーページと見開き白黒ページが交互になるよう構成されていた。

早速手にしたのは、シリーズ第2番目の「桂離宮」(著和田邦平、1962年)だった。巻末の解説をじっくり読むより、写真を何度も繰り返し見ては、京都にある桂離宮の建物や庭園の造りをあれこれ空想した。一度は行ってみたいという思いはあったが、見学に必要な手続きもあり、当時一人で行けるわけでもなかったので、この本で満足していた。

写真で静謐な桂離宮のたたずまいを想像するうちに、建築物の美しさが自然の姿と同じでないことに、当たり前ながら、気付いた。むしろ自然にはめったにない直線を主体にしているのだと。
考えてみれば、ほっと落ち着く日本間を見渡せば、柱や窓枠や畳も、廊下板もすべて直線でできている。単に築材として、建築に容易だからとか、構造上の強度だからといった説明だけではつかないような気がする。かつて私たちが、森の奥、樹上に棲んでいた頃の、枝々のカーブや葉陰の重なり具合を、今の生活空間に取り置くことを避けてしまったようだ。

(もちろん流体を意識した構造物では、曲面が重要視されるけれど。)

庭園の木立や池の自然の姿を、室内から長方形に囲まれた枠の中に借景する。入れ子のように複雑化した景観と額縁のような関係がそこにある。実際、直線は自然に稀にしか存在しないから、風景をより際立たせるのかも知れない。屏風や掛軸が、そこにおさまる絵画をダイナミックにさせるように。

鉱物結晶に魅入られるのも、そうした人間の心の奥にあるものが感応しているからかもしれない。
時間をかけて地中に生まれた、真っ直ぐな稜線で作られた、水晶の6面柱状の結晶に驚き、柘榴石の十二面体や二十四面体の固まりに、理解を超えた不思議さを感じる。人は、どうやら直線が好きなような気がしてならない。

2014年7月10日木曜日

イ・ソンヒ 「HIDDEN SINGER」(シーズン3)に出演か

そういえば去年の10月頃でしたか、中央日報系放送局JTBCの番組「HIDDEN SINGER(히든싱어)」(シーズン2)に、イ・ソンヒの出演が期待されると話題になったことがある。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ 「HIDDEN SINGER」に出演か”)

デイリー韓国の記事「”HIDDEN SINGER” イ・ソンヒ出演の消息にネチズン『ざわめく』…いつ?」(7/9)によれば、どうやら今年のシーズン3に向けて、イ・ソンヒが初回出演するかどうか、他の歌手も含めて論議中のようだ。(抜粋)

ちなみに、番組「HIDDEN SINGER」は、本物の歌手と対抗する形でモノ真似歌手が、互いにブラインドに隠れて歌を競い合って、100人の聴衆が本物の歌手と判断した歌い手を選抜する構成のようだ。もし、本物の歌手がモノ真似歌手に敗れたとしたら・・・という、スリリングを味わう番組でもある。
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・「HIDDEN SINGER」シーズン3は、7月末に初録画を進行、来る8月2日に初放送される予定だ。「HIDDEN SINGER」のイ・ソンヒの報せに接したネチズンたちは、「『HIDDEN SINGER』のイ・ソンヒ、大当りだね」、「『HIDDEN SINGER』のイ・ソンヒ、本邦死守」、「『HIDDEN SINGER』のイ・ソンヒ、楽しみだ」などの反応を見せた。
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2014年7月9日水曜日

イ・ソンヒの「悲しい愛」

独りいるとき、雨音にひとは外界から遮断されたような気がして、孤独感を増すようだ。悲しい思いをしているときはなおさら。と、同時に雨は心にしみ入り悲しみを流してくれるよう。

イ・ソンヒには、雨降る街にさまよう歌が多い。9集に所収の「悲しい愛(슬픈 사랑)」(1994年、作詞・作曲ヤン・ムンスン)もそうだ。ところで、いつまでも降り続く雨なのか、止んだ後はからりと晴れ渡る雨なのか、雨傘が必要な雨なのか・・・風土によって、この歌から受ける印象もだいぶ違ってくるだろう。
(この7月~8月の降水量、何とソウルの方が東京の倍の量なのだ・・・イメージが違ってしまう)


ひとたび去った 愛の束の間は 二度と 戻らなくて
街に 雨降るように、私の心に 涙降る

*あちらこちら さまよい ながら 歩いても
見えない あなたの姿、あらゆることが 夢だったのか

ひとり野辺に 咲く花のように、私いつも ここにいるけれど
なぜ 暗い思い出の中に 遠ざかって行くのですか

わたしの悲しい 愛よ

(*以下繰り返し)


(Youtubeに登録のRuby Kangに感謝)