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2013年3月12日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金一球

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/6)に、人物シリーズ70回目として、パンソリの赤壁歌(チョッピョッカ、적벽가)の芸能保有者である名唱、金一球(キム・イルグ、김일구、1940年~を紹介した。

まず、「広大(カンデ、광대)」の解説から始まった。
・広大は、パンソリの他に、綱渡り(ジュルタギ、줄타기)、軽業、仮面劇、人形劇などの伝統芸能を職業とする集団の意。李朝末期、パンソリを整理した申在孝(シン・ジェヒョ、신재효、1812年~1884年)は、次の4つを広大の条件としてあげた。
① 「人物」、見目形より、その役に合った姿であること。
② 「語り」、広大が基本的に話し歌うため、語りが上手であること。
③ 「完成された声」、自身の芸事が頂点に達すること。、
④ 「身振り手振り」、演じる際の体の動きに関する条件である。

 ▼金一球による短歌「広大歌(광대가)」を聴く。申在孝創作のパンソリで、彼が唱えた広大のあるべき姿が淡々とつづくよう・・・。

(参考)「短いバンソリにみられる人生観」(李文相、「東アジア研究」2009.3)・・・「広大歌」歌詞訳掲載

次のように金一球プロフィールが紹介された。
・1940年、全羅南道和順に生まれる。父は、西便制の「春香歌」の歌い手、金東文(キム・ドンムン、김동문)名唱。
・10歳になる前からパンソリの稽古を始めた。
・光州へ引越して、孔大一(コン・デイル、공대일)名唱に師事。また他分野を開くため、木浦の張月中仙(チャンウォルジュンソン、장월중선)名人を訪ねた。
・張月中仙は、パンソリ、コムンゴ、カヤグム、舞踊、ボムピなど伝統文化全般に渡る歌や楽器に優れ、唱劇団の伴奏をしていた際、韓一燮(ハン・イルソプ、한일섭)名人と共に「散調牙筝」(サンジョアジェン、산조아쟁)を考案し演奏した。その貴重なメロディーを金一球に伝授した。
・散調は、パンソリのメロディーをベースとしており、幼児からパンソリに親しんだ金一球はすぐに演奏するようになった。さらに上を目指して、「伽耶琴散調」(カヤグムサンジョ)の名人、元玉花(ウォン・オクファ、원옥화)に再び師事して、それをマスターした。

▼金一球による散调「ホトゥンカラッ(허튼 가락)」を聴く。散調の本来の名前が、この曲名("
でたらめな調子" )だそうだが・・・ちょっとチェロに似てモダンな感じがする。

・その後、ソウルに再上京し、国立劇場で唱劇伴奏者として活動。元来パンソリを専門としていたので、楽器よりも歌へと、パンソリに再入門し実力を伸ばした。
金一球の婦人(スグンガの芸能保有者候補)、息子(パンソリ歌い手)とともに国楽一家である。

▼金一球によるパンソリ「赤壁歌」中の「孔明東南風吹くを祈る場面(공명 동남풍 비는 대목)」を聴く。・・・三国志、火攻めの策を計る。ここも物語りがつづく。

2013年3月11日月曜日

松餅

明日は、旧暦二月一日。「朝鮮歳時記」(洪 錫謨著、姜 在彦訳)の二月の項を見ると、この朔日(1日:月の始まり)に「松餅」を作ると、次のように記している。

・(旧暦)正月十五日につくった「禾竿」(화간:束ねた藁に、稲・黍[きび]・稗[ひえ]・粟[あわ]の穂を包んで豊作の祈りのため竿先に飾りにしたもの)の籾[もみ]をおとして、白餅を搗[つ]く。大きいのは、掌[てのひら]の如く、小さいのは卵ぐらいとし、すべて半月形につくる。蒸した豆をもって餡とし、甑[こしき:蒸し器のひとつ]のなかに松葉で隔てながら白餅を並べて蒸しあげる。それを甑から出して水で荒い、香油を塗る。これを名づけて松餅(송편、ソンピョン)という。

・《 そして、これを使用人などに、歳の数だけ分け与えたりもしたようだ 》


ところで、松(マツ)は常緑樹の代表であり、生命力を感じさせる。その力を受けて作られた松餅は、韓国の秋の「秋夕チュソク)」に飾られるが、上記のように旧暦二月朔日の明日はどうなのだろうか。

2013年3月10日日曜日

煙霧

一日、風の強い日だった。玄関のドアを開けて外をみれば、押し入るように風が吹き込んできて・・・そんなわけで外出を控えた。昼過ぎに、窓越しの明かりが何となく弱くなって、まるで色付きのフィルターで覗いたようになった。全体に薄茶色の光線に変わった。

毎日jp(新聞)の記事「夏日:都心で25.3度…今年初 『煙霧』も発生」(3/10、山崎征克、柳澤一男)によれば、最初の日最高気温25度以上の「夏日」とともに、「煙霧」が発生したと次の通り報じている。(抜粋)・・・ところで、煙霧って何?

・東京都心は10日、最高気温25.3度を記録し、今年最初の夏日となった。6月中旬並みの気温で、3月の観測史上で最高その後は一転して北からの強い風が吹き、舞い上がったほこりで極端に視界が悪くなる「煙霧」も発生した

煙霧とは、乾燥したほこりなどが大気中に浮遊して水平に見渡せる距離(視程)が10キロ未満になっている状態。都心では10日午後1時半ごろから発生し、同2時40~50分には視界2キロと最も悪くなった。最大瞬間風速18.8メートルの強風が吹き、最小湿度が29%になるなど、ほこりが舞い上がりやすい条件が重なったためとみられる。

・寒冷前線の影響で、関東地方は10日午後をピークに気温が急激に下がり、11日朝の都心の最低気温は3度と予想されている。


砂ほこりが風に舞い上がって、太陽の光りをさえぎっているのだろうけど、「煙霧」については正直使い慣れていない。それにしても、室内にいて気付くほどに明かりが落ちたのに驚いた。そして、明朝寒いとは・・・。

(追記)
WBCは鬱憤晴らしか、凄い!・・・TV解説者の桑田氏の冷静な語り口に感服する。

2013年3月9日土曜日

イ・ソンヒの「あなたの香り」(ふたたび)

イ・ソンヒの春を語る歌に「あなたの香り(그대 향기)」がある。アルバム14集「愛よ...(사랑아...)」(2009年)の最初の収録曲である。去年の今頃に本ブログで触れた曲でもあるが、季節にも合っているのでYoutubeで聴いてみよう。歌とともに彼女の清潔な感じをよくとらえているスナップを見ることができる。

重い冬籠もりからようやく抜け出したように、暖かい春の息吹に押されて前を見つめるばかり。懐かしい思い出とともによぎる、春風の香りに誘われて踊るよう、若者は季節にすばやく感応する。

(本ブログ関連:"愛よ...")



(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2013年3月8日金曜日

小金井公園の観梅

小金井公園の梅林
小金井公園に観梅に行く。
公園には、梅林と称する一画があって、毎年紅や白色の花をかせている。この冬の寒さにかまけて、2月16日(土)~24日(日)に開かれた小金井公園「うめまつり」に行かなかった分を補う意味もあって、ぽかぽか日和に誘われて出かけたわけだ。

昼過ぎも相変わらず陽気で、梅林には年配者か幼子連れの親子が引き寄せられ、満開の梅の花を愛で、漂う香りを楽しみ遊んでいた。

ところで、花粉症は少し落ち着いてきたが、春先は杉の花粉に、秋はブタクサの花粉に反応してしまうようだ。この厄介な花粉の姿が、科学雑誌「Newton」4月号に、色付けされた電子顕微鏡写真*で掲載されている。ああ・・・見ているだけで鼻水が、くしゃみが出るよ。

(*)出典:「花粉の世界をのぞいてみたら」(医学生物学電子顕微鏡技術学会編、エヌ・ティー・エス発行)

(追記)
WBCは苦戦の道を歩んでいる。今、延長10回裏1点差を守り抜いて次ステップに進んだ・・・疲れたぁ。

2013年3月7日木曜日

フラッシュバックメモリーズ 3D

民家の塀越しに、枝振りを丸く剪定した梅の木が3本、身をつつむように真っ白に花を咲かせていた。街灯に照らされて浮かんだ梅花は、はっと息を呑むような絢爛さである。夜の梅も、なかなかいいものだ。

一昨昨日(3/5)、映画「ジャンゴ 繋がれざる者」を見た吉祥寺の同じ映画館に、今日は親類に紹介された映画「フラッシュバックメモリーズ 3D」を見に行った。毎週木曜日、夜9時30分のみ開演なのだ。今晩は、しかも大音響セットを使って上映とのことで、ほぼ満席に近かった。

首都高で自動車事故に遭遇し、不思議な心的体験から無事生還した、唯一記憶障害を残した演奏家の日常生活のドキュメント映画と予想したが、ほぼ演奏場面中心に、彼や彼の家族の想いを記したメモなどが画面の背景(または前景)に映じられた。
オーストラリアのアボリジニの管楽器「ディジュリドゥ」を演奏する彼は、記憶消失の症状に葛藤しながらも、家族の絆を支えに演奏を続ける。

楽器ディジュリドゥの発する、まるで大地の唸り、大気の鳴動のような重低音に圧倒される。どこかで聴いた・・・そう、モンゴルのホーミーХөөмий)の発声を想起させるように、管が轟かす。アボリジニの民族楽器と、絶え間ないパーカッションによる強烈な現代的演奏が次々展開された。それは、音楽家としての彼の回想であり未来への予告でもあるようだった。

久し振りに心に響いた映画だった。

(参考)Youtube映像「Didgeridoo」、登録者ididjaustraliaに感謝。

(追記)
一昨昨日、映画「ジャンゴ」を見に吉祥寺の街に出てからというもの、花粉症になってしまったよ・・・何年振りだろう。歳とともに、過敏な症状は治まると思っていたのに、再発するとは・・・鼻水、くしゃみが出っ放しである。

2013年3月6日水曜日

講演会「韓国映画にみる伝統音楽と芸能」

今日は本当に暖かい。冬着をブレザーに替えて外出する。帰宅も全然OK。どこからか花の香りが漂ってきそうな春の夜道だ・・・そういえば、小学校の垣根の沈丁花はどうしているかな。

今晩、韓国文化院で開催された講演会「韓国映画にみる伝統音楽と芸能」(講師:植村幸生東京芸術大学音楽学部教授)に行く。毎週、KBS WORLDの放送「国楽の世界へ」(解説:岸加那子アナウンサー)のおかげで、少しは身についた知識をベースにして講演を楽しく聴くことができた。

次の3っつの映画を題材に、韓国伝統音楽(国楽)についての歴史、宗教および、音楽上の解説があった。
・「風の丘を越えて 西便制」(1993年、監督イム・グォンテク、主演オ・ジョンヘほか)
  特にシャーマニズム(巫俗)にはじまり、民間芸能としてのパンソリの説明がされた。
・「黄眞伊」(1986年、監督ペ・チャンホ、主演チャン・ミヒほか)
  コムンゴ:男性、カヤグム:女性という楽器の区別意識が20世紀に入って固まったようだ。
・「王の男」(2005年、監督イ・ジュンイク、主演カム・ウソンほか)
  仮面劇、燕山君の話しから、トリックスター(山口昌男)のような関係が説明された。

わたしにすれば、「黄眞伊」から「分かりたいです(알고싶어요)」を、「王の男」から「因縁(인연)」を、イ・ソンヒの歌にからめてお話が展開されたら最高でしたが・・・今回そんなわけにいきませんけどね。

投影された講演資料を、ホームページに掲載していただけたら幸いです。

チャン・ユンジョンの「最期の川」(原題:「招魂」)

朝鮮日報の記事「チャン・ユンジョン、日本演歌チャート1位 '気炎'」(3/6、ペク・チウン記者)によると、一般社団法人全国有線音楽放送協会の2月度集計(期間:2013.02.01~2013.02.28)で、「トロットクイーンのチャン・ユンジョンが、日本2集タイトル曲「最期の川」(2013年)*で演歌チャート1位を占めた」と次のように報じた。(抜粋)

(*)作詩:キム・スンゴン(日本語作詩:田久保真見)、作曲:イム・ガンヒョン、編曲:イム・ガンヒョン

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・有線ランキングチャートは日本の音楽有線放送のなかで高い認知度を誇り、チャンネルで紹介された曲回数と、ユーザーが「もう一度聴きたい曲」に申請した回数をもとにランキングを集計する。演歌チャートは、この中で最もランキングが難しい部門に数えられる。特に外国の歌手が1位を占めたのは異例なことで、チャン·ユンジョンの人気を実感させる。
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<Youtubeによる映像>
・韓国原曲「招魂(초혼)」(2010年)・・・韓国固有の信仰(巫俗)をベースにした映像
・日本語版「最期の川」(2013年)

(付記)
原曲「招魂」(2010年)と「最期の川」では、歌詞中の主人公(男女)が逆転している。正直、声の張りから言えば原曲の方がいいような・・・日本語の一音(子音+母音)一音で細(こま)切れになっているからだろうか。逆にいえば、日本の歌の場合、母音に音色を与えることになる・・・のだが。

2013年3月5日火曜日

啓蟄2013

立春から数えて、二十四節気の三番目、啓蟄である。冬の寒さに耐えた虫たちが顔を出すという。この日に合わせたように、陽射しも気温も穏やかで春らしくなった。

ポカポカ天気に誘われて吉祥寺に、アメリカ映画「ジャンゴ 繋がれざる者」(監督・脚本;タランティーノ)を見に行く。帰りがけ、吉祥寺駅ビルの<アトレ吉祥寺>に寄って美味いものを探したが、人混みのせいか厚手の冬着のためか汗があふれた。今週さらに気温が上がり、天候も恵まれ外出するのによいタイミングである。

アクション映画「ジャンゴ」の感想・・・先日DVDレンタルで見た韓国映画「ハウスメイド(下女:하녀)」(2010年、主演:チョン・ドヨン)のときもそうだったが、見終わった後、気が重くなる。歳をとると将来への余白がなくなっているのだろう、次への期待がすぼむのだ。監督が投げかけたものは、まだ終わらないのだろう。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 韓忠垠

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/27)に、人物シリーズ69回目として、横笛ソグム(小笒:소금)の若手演奏者、韓忠垠(ハン・チュンウン:한충은)を紹介した。

まず、「三絃(弦)三竹」の解説から始まった。
・約1500年前の統一新羅時代に奏された楽器に「三絃(弦)三竹(삼현삼죽)」がある。<三弦(弦)>とはカヤグム・コムンゴ・琵琶を、<三竹>とはテグム(大笒)・チュングム(中笒)・ソグム(小笒)を指すといわれる。その中でチュングムは朝鮮時代に、琵琶も植民地時代にその伝承が途絶えた。

・ソグムも、一時期、中国伝来の唐笛に押され、演奏されなくなったが、1950年に再び、復活することになる。昔の形と少し異なるが、高く澄んだ音は以前のまま(?)という。最近は、創作音楽で独奏楽器としても使われる。

(付記)
古楽器による西欧クラシック演奏がある。上記古代の楽器(演奏)が、近現代(最近)になって途絶えたり、復活したりするのが気になる。歴史的な検証を知りたいところだ。

▼韓忠垠のテグムとソグムによる「morning」(2006年)を聴く。この日常生活に違和感のない、木管のソフトな響きがする軽やかな今の音色だ。

次のように韓忠垠プロフィールが紹介された。
・学生時代に偶然聞いたラジオのテグム演奏に魅了され国立国楽高等学校に入学。
・現在、KBS国楽管弦楽団のテグム副主席の若手演奏家。幅広い人脈ネットワークを持つ。
・大衆音楽家と出会いも増え、ピアノと共にジャズ演奏したことで<フュージョン国楽>にも関心を持ち、長い経歴を持つ創作室内楽団「スルギドン」や、フュージョンロックグループ「ユーラシアの朝」などと演奏活動を行う。映画界では、キム・ギドク監督のデビュー作「ワニ」のメインタイトル曲を担当するなど、多くの人気作品の映画音楽を手がけた。
・最近では、国境を越えた音楽交流を行い、新しい音楽への挑戦を目指している。

(付記)
明るい照明、採光のある今様のショッピン街を通るとき、心地よい音楽が流れる・・・今の音楽だ。

2013年3月4日月曜日

春の気配

この冬を忘れたように、春が一挙に押しかけてきた。ご近所の塀越しに、白い花びらを輝かせている梅があちこちに見える。ようやく心地よい季節になった。

Weathernewsのピンポイント天気予報で、近くの都市立川市の週間予報を見ると、気温は13℃から徐々に上がり、今週土曜日にはMax20℃になると予測している。「今週はだんだん気温上昇。週後半は春本番のポカポカ陽気になるので、スプリングコートの準備を。花粉の大量飛散にも要注意です」とのこと。春に合わせた衣替えか・・・いやいや、硬軟両様の構えが必要だろう。

気象協会の「1ヶ月予報」(3月1日発表)によると、関東甲信地方の3月の気温は、平年より低い(20%)、平年並(40%)、平年より高い(40%)で、「1週目後半から2週目にかけて気温がかなり高くなる見込みです」とのこと。今週の暖かさを大事にして、久し振りに遠出でもしてみようか。

(本ブログ関連:"")

2013年3月3日日曜日

(資料)アイドルの脱アイドル化

韓国音楽業界の「(年度別)その年を輝かせた歌手」の調査や報告など動向を見ると、アイドルグループに徐々に地殻変動が起きているようだ。朝鮮日報の記事「K-POPアイドル、生き残りかけた『脱アイドル化』」(3/3、鄭智燮記者)は、変革の必要性を次のように報じている。いずれ、ファン層の関心の向け方にも影響が出るだろう。
(抜粋・・・アイドルグループ固有名称など削除)

・<記事論旨>今年はアイドルが「変身」に苦心/昨年音楽配信100位以内の新人はたった3人/ユニット・コラボ・演技に活路さぐる/事務所「ファン層拡大のため苦肉の策」/一部に「脱アイドル現象始まった」「いろいろな試みで音楽の質を上げて」との声も

・くっついて、離れて、変身して・・・。アイドル歌手たちは「生き残り」のためもがいている。 「アイドル市場はピークに達し、今や下降に入っている。無限の生存競争が始まったのだ」というのだ。

最近のアイドルの動きで最も顕著なのは「ユニット(チーム内の小グループ)」活動だ。女性アイドルグループ、男性アイドルグループでユニットを作り、先月一斉に新曲をリリースした。

グループの垣根を越えた「コラボ」も盛んだ。新曲にフィーチャリングしたり、新曲でデュエットを披露している。新人グループのメンバーが、グループがポピュラーになる前に一人で別の歌手のアルバムに参加するケースも登場した。

・「副業」を始めたアイドルも多い。演技もするアイドル、つまり「演技ドル」だ。地上波テレビ局のドラマに登場する。歌手デビューと同時に女優デビューも果たした新しいケース・・・

・一方、所属グループでの活動がしばらくない中で地上波ドラマに出演、歌手ではなく女優として認知度を上げる・・・。

・このような現象については「飽和状態に達したアイドル市場で何とか名前と顔を売ろうという切迫した状況がもたらしたもの」との見方もある。事実、この1年間にデビューしたアイドルは少なくとも30組以上あるが、総合音楽チャート「gaonチャート」の年末総合音楽配信ランキングで100位以内に入った新人は、オーディション番組で準優勝したソロ女性シンガー3人だけだったいわゆる「アイドルグループ」は一つもないアイドルが歌手として生き残ることはそれほど難しくなっているのだ

・韓国音楽コンテンツ産業協会のチェ・グァンホ事務局長は「投資しているだけに、最大限の収益を上げなければならないと考える芸能プロダクション側としては、なるべく多くの活動をさせて採算を取らざるを得ないユニットに分けたりソロ活動をしたりすれば音楽配信収益も上げられるのでは」と語った。

・こうした「サバイバル合戦」が激化するにつれ、アイドルの所属事務所側の悩みも深まっている。昨年、大手芸能プロダクションのマネジメントでデビューした男性アイドルグループの関係者は「これといった成果はなかった。メンバーたちは地道にドラマのオーディションを受けているが、まだ良い結果が出ないので悩んでいる」と話す。事務所関係者は「グループの将来のためには、現在10代に固定されているファン層を広げるのが生き残りへの道だと判断、メンバーそれぞれが持つコンテンツを最大限に引き出し、ユニット・ソロ・演技活動を展開しているうちだけでなく、ほかのグループも同じ立場なので、今後は競争がますます激しくなるだろう」と語った。

・現在の状況は「避けて通れない生みの苦しみ」という声も多い。「脱アイドル系の音楽の流れを誰がつかむかにより、若いアイドルたちのサバイバルが決まるかもしれない」(ポピュラー音楽評論家イ・ギョンジュン氏)という意見がある一方で、「アイドルたちがいろいろと試みたり努力したりすれば音楽の質が高まり、韓流の影響力が続くきっかけになる可能性もある」(MBC『音楽中心』イ・チョルミン・プロデューサー)という意見もある。

(本ブログ関連"(資料)アイドル過剰時代"、"大衆は「100%本物の音楽」を望む"、"韓国アイドルグループ歌手の今後の動向"、"(資料)K-Gallup「2012年今年を輝かせた10代歌手と歌謡 」"、"オーディション"、"アイドルブームに陰り"、"昨年のトップ5の歌手(グループ):2011.12.26 Gallup Korea発表"、"韓国ギャラップ調査")

2013年3月2日土曜日

清潔なひと

イ・ソンヒについては、高音で透き通るような声質に合わせて、廻りを明るく照らす若々しさから、清雅とまで礼賛を繰り返している。ことに、2004年の20周年記念コンサートの、Youtubeでしか拝見できないが、一部の隙もない存在感あふれる彼女の姿には圧倒される。

そんな彼女について廻りの女性陣に尋ねたことがある。少し冷ややかなのだ。こちらをおもんぱかって、すこしは同意して欲しいのに、そうはいかないらしい。「わたしたちの女性グループにも似た人が(複数)いる」というのだ。不思議な心理である。

以前、インタビュー記事で、彼女について「地下鉄に乗っているようなひと」と評した記事を読んだ記憶がある。レンズを通して視る写真家の言だったろうか。誰にも好まれる、親和力を持った存在として彼女を語ったと・・・解釈した。

今日の韓国語教室で、(韓国芸能人で)どんなタイプが好みかという話題に、イ・ソンヒのような清潔なひとと答えたが、韓国出身の先生はちゃんとフォローしてくれた。分かる人には分かるのだ。

2013年3月1日金曜日

フルCG版のオードリー・ヘップバーン

映像情報のGigaZine(3/1)の記事で、英チョコレート会社"ギャラクシー"のCMに、オードリー・ヘップバーンがフルCGで登場するCFを紹介している。Youtubeの映像で彼女の美しい姿を見てみよう。

事故で止まったバスの乗客の彼女を、自分のオープンカーに誘った若者を運転手に見立ててしまうなんて、ファンのために彼女の気品とプライドを護ってくれて妙味である。彼女の口元や目元の微妙な表情と優雅な仕種は、ディズニーアニメを参考にしたのだろうか。それにしても、よくできている。ようやく落ち着いて彼女が口にするチョコレート"Galaxy Smooth Milk"を食べてみたい気もする。


(Youtubeに登録のdionicus感謝)

(付記)
上記映像の制作背景を紹介しているYoutube(”The Story Behind The 2014 Galaxy Chocolate Ad Production With Audrey Hepburn !” 登録者Old Time Photos)がある。
-  https://www.youtube.com/watch?v=7pTHlkOwahE

登録者メモによれば、デジタルエフェクト社のFramestoreは、オードリー・ヘップバーンのCGによる顔再現に1年かかったという。そのため、ヘップバーンに似た人物(最終的に2名の美しい女性)を起用している。

2013年 春一番いかに

昨日、今日、暖かさがつづき、ストーブをつけたり消したりと・・・微妙な気温に、熱々のお茶も少しぬるめでもかまわないといった具合だ。
カレンダー上、今日から「」(3~5月)が始まる。ときどき思い返すように風が吹いているが、「春一番」になるのだろうか。

春一番は、立春(2/4)から春分(3/20)までの間に吹く強風をいうようだが、気象庁の定義はいくつかの条件があって、それをカバーしないと、なかった年も出てくる・・・去年(2012年)がそうだった。だから埃を巻き上げ、花粉を撒き散らすかもしれない春一番の風でも、春を知らせる貴重なしるしなのだ。

(本ブログ関連:"春一番")

陽気に誘われて、ちょいと・・・おやおや、風の勢いが増してきたぞ。今度は花粉症の心配かい。


春一番、関東に吹きました

共同通信の記事「列島に『春一番』 関東、中四国、九州で」(2013/03/01 12:33)によれば、関東地方も春一番が吹いたと次のように報じた。(抜粋)

・気象庁は1日、関東と中四国、九州北部(山口県含む)で「春一番」が吹いたと発表した。日本海で発達中の低気圧に向かって、暖かい南寄りの風が吹き込んだ。
・気象庁によると、最大瞬間風速は東京都心16.8m(≧8m)・・・で風向きはいずれも南寄り。午前10時現在の気温は東京都心15.2℃(>昨日)・・・まで上昇した。

最終的にTBSテレビの天気予報によれば、森田正光氏が、最大瞬間風速17.2m気温17.6℃と報じた。

2013年2月28日木曜日

2月も終わり

物事がどれ位い済んだか、あるいは未だどれ位い残っているかを直感的に理解するのに、むかしからリンゴの食べ具合をイメージしていた。リンゴを立てて、芯を通るように上から切り分けるのだ。

2月は、太陽暦の都合で28日(または29日)しかないので、今日で終わりだ。一年(十二ヶ月)をリンゴ一個に例えると、六分の一食ってしまったことになる。まだまだ残りがあるようだが、この場合、消化の速度の方が気になる。歳とともに加速しているのだ。

リンゴには、人生のリンゴ、カレンダーのリンゴ、そして仕事のリンゴなどがある。
仕事のスケジュール管理の最初に、土日や祝日だけでなく正月やお盆などの休日を差し引いて工数を考えなければならない。特に2月は28日(または29日)しかないのがやっかいである。通常月より2~3日少ないのだから。
例えば4月に利用開始の場合、3月を(総合など)テスト月とするなら、2月までに開発ほかが終了していなければならない。その2月が、28日しかないのだ・・・日数の少なさに、カレンダーをうらめしく思うことになる。

いつも月末になって思うのだが、来月からは真剣にするぞって。
もう、2月のことは忘れてしまった。明日から、いよいよ季節は春である。

2013年2月27日水曜日

ペドロ&カプリシャスの「別れの朝」

ペドロ&カプリシャスの「別れの朝」(1971年、訳詞:堀内みち子・なかにし礼)は、今の時代はどんな風か知らないが、別れの歌としてカッコよかったのだ。演歌のように後ろ髪を残すでなく、フォークのように思い出語りにふけるでもない、ほどほどに切なさがあった。オーストリアの原曲に、新しい別れの場面を歌詞に、なかにし礼がのせたのだから。

なによりこの曲を印象深くさせたのは、ボーカルの前野曜子だった。彼女のイメージは、(昔風の表現でいう)クールだったし、歌声も硬質な感じがした。どこか突き放したようで、都会的な響きがした・・・でも歌詞の舞台は。どうであれ、こんな感じの離別は洒落ていた。
だから、ペドロ&カプリシャスの初期の主な代表作は、前野曜子が歌っていたと思い込んでいた。その一体感は長くイメージとして残った。

(本ブログ関連:"別れの朝")



(Youtubeに登録のHiroppy419に感謝)

2013年2月26日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 鄭權鎭

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/20)に、人物シリーズ68回目として、「宝城ソリ(ポソンソリ、보성소리)」といわれる歌の伝承者、鄭權鎭(チョン・クォンジン、정권진:1927年~1986年)を紹介した。

まずはじめに、パンソリ流派の「西便制と「東便制」の歴史解説から始まった。
・朝鮮時代末、興宣大院君(1820年~1898年)の寵愛を受けたパンソリ歌手、朴裕全(박유전)の歌は、「江山制(강산제)」或いは韓半島西側地域で歌われたため「西便制(서편제)」と呼ばれた。
興宣大院君失脚(1873年)後、ソウル(漢城)を離れた朴裕全に教えを受けた弟子の鄭在根(정재근)は、後に甥の鄭應珉(정응민)を連れてソウルに上京。植民地時代、鄭應珉はひとりソウル(京城)で歌の勉強を続け、朴裕全の没を期に帰郷する途上、「東便制(동편제)」の名唱金贊業(김찬업)について学ぶ。後に全羅南道宝城(ポソン)に落ち着き後輩の指導にあたる。「西便制」と「東便制」を重ねた独特な「宝城ソリ」は、鄭應珉の息子鄭權鎭が伝承する。

▼鄭權鎭による「水宫歌(수궁가)」の中から「ウサギが絵を描く題目」を聴く。優しい口調で子どもに童話を語るよう・・・。

・鄭應珉は、他の弟子をとっても、息子鄭權鎭にはパンソリを学ぶことを許さなかったほど、厳しい修練を必要とするものであったが、幼い頃から聞いて覚えた歌で、父と同じ道を歩むこととなる。

次に、鄭權鎭のプロフィールが紹介された。
・1927年 全羅南道 宝城に生まれる。
・15歳、歌を学び始めるものの、昼の仕事の後、夜に歌の勉強を続ける日々を送る。
・1950年 朝鮮戦争勃発。特別採用で警察官となる。南島民謡を歌い放送を通じてパルチザンの投降を促す。
・30代になり、警察の職を辞し、正式に歌い手として活動を始める。
・1961年 国立唱劇団発足。団員活動と伴に国楽芸術学校で歌を教え、自身の歌の確立、完成へ整える。

▼鄭權鎭による「沈清歌(심청가)」の中から「泛彼中流(범피중류)」を聴く。悲愴な始まりにもかかわらず抑制を効かせて深い悲しみを歌っているのだろうか。

・1982年まで 国楽芸術学校での指導後、全南大学の国楽科の教授として招聘される。
・1986年 持病で没する。
・現在、鄭權鎭の長男鄭会泉は国立唱劇団長と全北大学教授を経て、国立伝統芸術高等学校(旧国楽芸術学校)校長、次男鄭会浣はテグム演奏者、三男鄭会石は国立国楽院パンソリ団員として、国楽界で活躍している。

▼鄭權鎭による「沈清歌(심청가)」の中から「沈奉事(봉사:盲人)が目を開く題目」を聴く。目が開いて喜びの後、何が起こるかの見えないとは・・・。

(参考)「第 III 章 パンソリが文学に与えた影響」:元東京外国語大学教授三枝壽勝氏のホームページに「パンソリ」の要約紹介ならびに解説がある。

2013年2月25日月曜日

イ・ソンヒのトロット・メドレー、ふたたび

イ・ソンヒは、他の歌手とどう違うのかと問われれば、いわゆる色とか癖があるというわけでなく、力強い発声と高音、透明感ある声質というべきなのだろう。しかも、それだけでない。デビュー当時、少女たちを中心にファン層が広がったのは、健康的で清潔感にあったようだ。女性を強調するような歌謡ステージとは異なるスタイルに関心がもたれた。それは決して奇抜ではない、むしろ普通なメガネ姿の短髪の風貌で、ボーイッシュでもあったのだ。彼女の天性の、サニーの愛称に相応しい輝くものがあった。

そんな彼女が、ジャンルにこだわらず、才能のままトロットを歌いあげるステージを、Youtube映像でふたたび見てみよう。デビュー後17年の2001年、実力をいやまして次の曲を歌う。

・シム・スボン(심수봉)の「愛しか私はわからない(사랑 밖에 난 몰라)」(1987年、6集)  → こちらも!
・ナフナ(나훈아)の「ムシロ(무시로)」(1989年)
・チュ・ヒョンミ(주현미)の「片想い(짝사랑)」(1989年)

再掲:Youtube解説) 2001年6月5日のテレビコンサートで、自由大邱文化放送によるとのこと。
(画面に、イ・ソンヒスペシャル「MBC(文化放送)歌謡コンサート」の表示。会場客の年齢は高目です・・・)

(本ブログ関連:"トロット")



(Youtubeに登録のtheykilledmon、013pic、maxmike0320、526apolloに感謝)

2013年2月24日日曜日

錫高野#18

昨年の2月以来、久し振りに茨城県東茨城郡城里町の高取鉱山と背中合わせにある錫高野に鉱物採集に行く。早朝、未だ暗いうちに家を出たが、Xa氏との待ち合わせ場所であるJR駅に着いた頃には、空はすっかり明るくなっていた。春らしく、次第に日の出が早まってきている。おまけに今日の天候はいいようだ。

(本ブログ関連:"錫高野")

いつものように、仏国寺側から入山する。日ごろの運動不足がたたって、山越え時にゼエゼエと息を吐き、足が張ってくる・・・もちっと体力作りの重要性を感じた。
歩きはじめから冷気が強いため、ジャンパーの上に、簡易ヤッケと雨合羽を重ねる・・・風が吹けばフードを立てるほどだった。場所によっては雪が残っていたり、路面がツルツルに凍っている所があった。

さて今回は、(A)高取山ハイキングコースと一部重なる沢での水晶と、(B)巨大な岩が垂直にそそり立つ岩場での蛍石を中心に採集した。両場所も合わせて、鉱物採集の結果は次の通り。

・水晶(満足:透明感、かたち)
・鉄マンガン重石
・白鉄鉱
・硫砒鉄鉱
・黄銅鉱
・銅藍
・輝銅鉱
・硅孔雀石
・ブロシャン銅鉱
・蛍石(ルーペサイズ)

(残念ながら、錫石、トパーズには巡り会えなかった)

ところで、(A)地点で、地元の父と子(少年)からめぼしいズリ場を教えていただいた。(B)地点で、福島から久し振りに来たという方から、蛍石採集を応援していただいた。また帰り道、若い両親と子(少年)に出会い、蛍石採集の別場所を教えていただいた。
錫高野だけでなく、他の鉱物採集場所を含めて、一日にこれほど多く同好の士と出会い・会話(情報交換)したのは始めてのことだ。
そうそう、親子連れを見て、未来の鉱物マニア、もしかしたら研究者の芽が育っているようで微笑ましく思った。