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2012年3月15日木曜日

春、あなたの香り

イ・ソンヒの曲に、春を場面に、季節の移ろいと相手への想いを重ねて歌うものがあるが、春そのものを歌うものはどうだろうか・・・。
アルバム14集「愛よ...(사랑아...)」(歌詞)所収の最初の曲「あなたの香り(그대 향기)」は、春の陽射しのなかで伸びやかに、春の風に想いをこめた、暖かく淡い夢と期待を感じさせる。彼女の声は、未来を旅する少女のようだ。
そして、Youtubeに選ばれた彼女の清潔で上品な写真はいずれも素晴らしい。感謝。

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2012年3月14日水曜日

花粉症2012

昼間は落ち着いた咳も、夜になると止まらない。それでもここ二、三日、少し楽になってきている。
今日、隣り街にある地域医療支援病院で一週間ぶりの診察を受ける・・・今年の風邪はしつこい。診断結果は、咳は長引くが、順調に回復しているとのこと。次回診察は、4週後の来月11日になった。

次に、その足で確定申告に行く。明日が締め切り日のため、会場には駆けつけた人々(わたしもその一人だが)であふれていた。

更に足を返して、地元公園の健康運動センターに行く。参加している健康体操コースの継続手続きをするためだ。受付に、同コースのトレーナーの方もいらしたので、ここ数回の欠席を言い訳する。今月は無理だろうが、4月から心機一転頑張っていきたい。

ところで昨日あたりから、エアコンの吹き出す空気に違和感を感じる。埃っぽくて乾いたような臭気がすると思うや、やがて鼻水が出る・・・どうやら花粉症が始まったみたいだ。マスクをすると少し治まる。
風邪が治癒していないのに、花粉症だなんていい迷惑だ。外出にマスクは必須だ。

(本ブログ関連:"花粉症")

(付記)
21時05分頃、銚子沖(千葉県東方沖 (北緯35.8度、東経141.1度)で震源の深さは約10km)で地震の規模M6.1の地震発生。最大震度5強は、茨城県南部、千葉県北東部。当地の東京都多摩東部は、震度3とのこと。
実感は、震度3が長く続いた感じがする。なにしろ、SignalNowExpressサービスの速報がPCに表示されて3秒程度で揺れが始まった。直下地震だったら、このサービスを確認する間もなく家屋が大揺れすることだろう。震源が確実に迫ってきている・・・。

2012年3月13日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 鄭旻娥

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/7)に、人物シリーズ18回目として「若者の街、弘大(ホンデ、홍대)で活躍する異色の国楽人(伽耶琴(カヤグム:가야금)奏者でシンガーソングライター)の鄭旻娥(チョン・ミナ、정민아:1979年~)」を紹介した。

ソウル北西に位置する弘大の街について、次のような紹介から始まった。
・芸術系大学の最高峰として有名な弘益大学校(홍익대학교)を中心に広がった、アートな雰囲気が漂う街。
・鄭旻娥は、若者の街である弘大で、韓国の伝統楽器の伽耶琴演奏に果敢に挑んだ。

▼鄭旻娥による、「ミナタンゴ」の演奏を聴く。軽いタッチで伽耶琴の余韻を響かせる・・・楽しむ音楽だ。

次のように鄭旻娥のプロフィールが紹介された。
・1979年 ソウルに生まれる。
・小学校1年生から4年生まで韓国舞踊を学ぶも足を痛め辞める。
・中学2年生のとき、家にあった伽椰琴で、町内教習所に通う。
・国費支援のある国立国楽高等学校を卒業し、漢陽大学の国楽科を経て、淑明女子大大学院に進学するが経済的面で断念。4年間のアルバイト生活のなか、インディーズ音楽への関心を持ち続けた。
・2004年 インディのライブクラブを中心に公演を行う。
・2005年 ミニアルバム「愛花」でデビューする。
・2007年 ジャズとクラシック音楽と流行歌と自作曲が一緒に盛られている正規1集「相思夢」を発表。

(参考)
TistoryのThe Story of ART掲載の「伽椰琴を演奏して歌を歌う鄭旻娥の3集アルバム「オアシス(Oasis)」」に感謝。

▼鄭旻娥の歌と演奏による「おむすび(주먹밥)」を聴く。・・・おにぎり作れば何かが変わるかもしれないと。ラテンののりで明るいな。

(参考)
eTorrentに掲載の「『国内推薦アルバム』モダン琴奏者の鄭旻娥 - おにぎり[歌謡]」に感謝。

▼鄭旻娥の演奏による「残像(잔상)」を聴く。ひとつの音楽と楽器が・・・誕生したようだ。

2012年3月12日月曜日

ミス・ハヴィシャム

Mnetのオーディション番組「Superstar K3」に登場した、9ヶ月のプレママであるチョン・ソンジンさんが歌う「ミス・ハヴィシャムのワルツ(하비샴의 왈츠)」は、古風な旋律のする曲だ。どこか、あがた森魚の「赤色エレジー」に通じる、とてもアナログな感触がする。

インターネットで調べてみると、この歌は、パク・チョンヒョン(박정현、Lena Park)の「ミス・ハヴィシャムのワルツ(Miss Havisham's Waltz)」(2005年)だ。
the Acroの「廣場」の自由掲示板によれば、この歌についてディケンズの小説「大いなる遺産」に登場する老婦人ミス・ハヴィシャムに題材を採っているという解説があった。
もちろん、この小説を読んだことはないけれど・・・。

ディケンズ・フェロウシップ日本支部のホームページに、「大いなる遺産」のミス・ハヴィシャムについて、次のように人物紹介している。感謝。
「なかば気の変な老婦人。満足荘(Satis House)で隠遁生活を送り、(略)。若いとき彼女は美人で、親の遺してくれた豊かな財産があった。(紳士の仮面をかぶった悪党)コンペイソンと婚約していたが、結婚式当日の朝、コンペイソンから婚約破棄の手紙を受け取り、以後頭がおかしくなった。その手紙の来た九時二十分前に家中の時計を止め、すべての窓を閉ざし、花嫁衣裳を着たままで暗い部屋に住んでいる。(略)」

ともあれ、チャレンジャーのチョン・ソンジンさんは、無事女の子を出産したことだろう。

(Youtubeに登録のMnet、yosh95wilde、LenaParkMusicに感謝)

2012年3月11日日曜日

国分寺の書店へ

国立劇場で催された、天皇、皇后両陛下ご出席の「東日本大震災1周年追悼式」の模様をテレビで見る。式場の黙祷に合わせて、地元の防災スピーカーからも同様の案内が流れた。

昼過ぎの暖かい陽射しを待って、国分寺駅ビルにある紀伊国屋書店に出かける。インターネットで知った韓国語参考書を探したが見つからなかった。探し物が見当たらないとき、いつもなら書店内をふらふら巡って、たとえ"積ん読"になったとしても面白そうな読み物を手にしたものだが、今回は違った。さっぱり興味がわかないのだ。

東日本大震災の経験は、自分にとって真に必要なものの選択を迫ったようだ。それは、財だけでなく智についても同様だ。無駄に生きることを反省しなくてはならない。生きることを許されたならば、それを充実しなければならない。

2012年3月10日土曜日

(資料)太古宗

イ・ソンヒの父親が、韓国(朝鮮)仏教の太古宗(태고종)*に所属していた(他のブログなどによる)ことを、このブログで何度か触れた。ただし、その確証となる記事はまだ得ていないが。
(*)イ・ソンヒは、自伝で、父親が所属した宗派を「一乗宗」としている。

(本ブログ関連:"太古宗"、”一乗宗”)
    
彼女の美しい声質が天性のものとしても、父親が関わったといわれる太古宗における仏教音楽の梵唄(범패)が、彼女の音楽環境の重要な要素だったと考えたい。彼女の清雅でエネルギッシュな伸びやかな高音と、宗教音楽の独特な長音に共通したものを感じる。
ちなみに太古宗の総本山である奉元寺(봉원사)で、梵唄などを含めた霊山斎(영산재)の年間定期公演が、毎年6月第1週に開始される。

しばしば太古宗は、韓国仏教の最大宗派の曹渓宗(조계종)と比丘(出家僧)について対比される。父親の宗教活動は、彼女の子ども時代に生命観、友人関係、および転居など生活に大きな影響を与えたようだ。
韓国語の教室で聞いたが、イ・ソンヒはしばらくして父親についてようやく話題にしたそうだが、いつ頃のことだろうか。

(参考)「韓国寺院の盂蘭盆斎」(野村伸一)
「一方、曹渓宗の僧侶たちは、音楽や歌舞、あるいは仏画の内容などには多くは無関心、冷淡で、そのようなことは仏教の本質とはかかわりのないことという反応がしばしばである。」

(本ブログ関連:"仏教") ← 表示後、画面右下の”前の投稿”で継続参照します。

2012年3月9日金曜日

敬虔なる人

TED Talksに、ストーリーテリングの名手マルコム・グラッドウェル(Malcolm Gladwell)による「ノルデン爆撃照準器の奇妙な話」が登録されている。

日常敬虔なる人の、その仕事における倫理(行為)と技術(精度)の乖離を語っている。
正義をうたい正当化、いや合理化された、一人の技術者から生まれた贈り物は、物理学者たちが更にその姿を変えて強力にした。

(付録)
彼の「パスタソースと幸せ」も、思い込みを気付かせる興味深いお話だ。

2012年3月8日木曜日

イ・ソンヒの「因縁」

MBCの第280回「ミュージックキャンプ(음악캠프)」(2005年6月11日、汝矣島公園生放送)の野外ステージで、イ・ソンヒが、13集アルバム「四春期(사춘기)」所収の「因縁(인연)」を歌う映像がYoutubeに登録(MBCkpop)されている。

chosun.comの「女性朝鮮(여성조선)」(2008年2月18日)によれば、「2006年7月、所属事務所(フックエンターテインメント)に突然別れを通知し、米国に出国したイ・ソンヒは、同年11月に秘密裏に帰国して結婚し、またアメリカに行った。」

そして、2009年に正式に帰国後、14集アルバム「愛よ...(사랑아...)」をリリースし、ソウルを起点に全国コンサートを行なった。
これも、イ・ソンヒの因縁であり、絆である。

(本ブログ関連:"開かれた音楽会"、"イ・ソンヒの韓服写真"、"両親の日")
(本ブログ関連:"因縁" 絆、縁、인연) ← 表示後、画面右下の”前の投稿”で継続参照します。

2012年3月7日水曜日

春よこい

暖かいとはこんなにありがたいことかと思わせる朝だった。考えてみれば、微妙な温度差の中で、寒いだの暑いだのいっているわけで、ちょっと春の兆しがあれば喜び、冬の寒さがつづけばがっかりする。
朝の廊下、朝の水道水・・・生垣の沈丁花、そして、通り道を遊び場に変える子供たちの声に、確かに春を感じる。

「春よこい」(作詞: 相馬 御風、作曲:弘田 龍太郎、1923年(大正12年)作曲)はいいな。幼い子どもには、大人が感覚することでしか理解できない春を、まるで呼びかければ応えてくれる愛すべきもののように歌っている。子どもたちは、きっと春風ともおはなしができるのだろう。うらやましいものだ。

(Youtubeに登録の99970097に感謝)

2012年3月6日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 朴緑珠

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/27)に、人物シリーズ17回目として「現在のパンソリ(판소리)界の育ての親とも言える女性パンソリ歌手、朴緑珠(박록주、1905年2月28日~1979年5月26日)」を紹介した。

朴緑珠の経歴から、妓生(きしょう、기생、キーセン)についての紹介から始まった。
・見目形の美しい花草(화초)妓生と、音楽や踊りに優れた芸事を披露する藝妓(예기)の2種類があった。朴緑珠は藝妓であった。
・小説家金裕貞の朴緑珠に対する逸話が紹介された。(何だかなあ、宮沢賢治のような、あるいは「伊豆の踊り子」のような・・・)

▼朴緑珠による、短歌(단가:短い歌)の「大觀江山(대관강산)」(風月江山の別名)を聴く。めりはりと鋭さがある。悠々自適に生きたいものである。

次のように朴緑珠のプロフィールが紹介された。
・1905年 慶尚北道の善山郡に生まれる。
・朴基洪(박기홍)、金昌煥(김창환)の指導を受ける。
・女性国劇の発展に寄与し、パンソリの建て直しにつくした。
・1979年5月26日 没す。

▼朴緑珠による、パンソリ「興甫歌(흥보가)」から「燕路程記(제비노정기)」を聴く。とても通る洗練された声だ。

▼朴緑珠による、パンソリ「興甫歌(흥보가)」から「ノルボがひょうたんを割る題目(놀보 박타는 대목)」を聴く。(「舌切り雀」の爺さん=興甫フンボ、婆さん=ノルボの役回り)


(追記)
隣り街にある地域医療支援病院で診察を受けた後、久し振りに銀座に行く。リヤドロで「さわやかな少女」像をもとめる。髪を風になびかせながら、両手に花々を抱える幼い少女像である。
ところで、男の子向けTV番組「海賊戦隊ゴーカイジャー」は終了して、その後を「特命戦隊ゴーバスターズ」がつないでいるという。吉祥寺のヨドバシのおもちゃ売り場に探す。この種のものは、銀座のデパートは無縁のようだ。

2012年3月5日月曜日

啓蟄2012

昼過ぎまで冷たい雨降りの今日、二十四節気の三番目、「啓蟄」である。春を待ち続けた虫たちが穴から出てくる時期だ。ああ、暖かい春の陽が待ち遠しい。

でも、出てくるのは咳だけ・・・いつまでも。というわけで、強雨の午前中に通った医院で、地域医療支援病院を紹介されてしまったよ。しつこいねえ、風邪よ、いい加減にしなさい!

ところで、最近生放送のMBC「スターオーディション"偉大なる誕生2"」での、イ・ソンヒの発言について韓国のブログにいろいろ書かれていますが・・・。メンター(指導者、師匠)として、イ・スンギの<実績>があるのだから今更心配ありません。

(追記)
今日は、しみじみと、小田和正(オフコース)の「言葉にできない」(1982年2月1日)をYoutubeで聴こう。
(Youtubeに登録のkyk717に感謝)

2012年3月4日日曜日

イ・ソンヒの「Jへ」

風邪もどうやら治まった。起きているときはそうでもないが、横になり咳き込むと止まらないのはいかなることか。

イ・ソンヒの「Jへ(J에게)」を聴いて、元気を取り戻したい。彼女の「"Jへ" 20周年記念コンサート」(世宗文化会館大劇場、2004年8月26日~28日)で歌われたものだ。始まりも「Jへ」で、そしてこれはアンコールに応えてのものだろうか。
感動的な場面である。



(Youtubeに幅広い登録のyokosuka30に感謝)

2012年3月3日土曜日

風邪5

風邪はようやく棲家を変えてくれ、まずは一段落したようだ。それでも、咳こみが多少残る。首筋、肩の筋肉痛も。
外出以前での状態で、家の中をフラフラしている。本当に今回の風邪には参った。

厚着して、エアコンの温風を浴び、炬燵で暖まったまま・・・うたた寝したこと3,4回。こんなところに原因があるのか。
明日から、少しずつ本格始動しよう。

2012年3月2日金曜日

風邪4

どうやら峠は越えたようだが、咳きは相変わらずおさまらない。こんなに風邪が長引くなんて、何年ぶりだ。
とりあえず、今日もこの2行記す。

2012年3月1日木曜日

風邪3

咳き込んで熱が出てフラフラする。完全に轟沈している。
とりあえず、今日はこの2行記した。

2012年2月29日水曜日

風邪2

先日来の風邪の症状は最悪で、一日中咳き込んでいる。おまけに、喉までひりひりして痛い。
朝からドカ大雪ため、(風邪)検査結果を聞きに外出もままならない。覚悟を決めて一日安静にする。
本日休業。

2012年2月28日火曜日

風邪

この冬は、例年と比べて寒さが厳しい。おかげで、風邪をひいてしまい、咳が止まらない。いいことないな。
咳を繰り返すと、喉がイガイガして過敏になる。このイガイガが呼び水になって、また咳をつづける。いいことないな。

地元医院の処方薬をしっかり飲んで、部屋の中に静かにこもっていよう。

イ・ソンヒの<ビッグショー>2

イ・ソンヒが「変身そして愛 1996年KBSビッグショー」で、自身の数々のヒットソングを歌う映像を、Youtubeで先日(2/22)見たが、それ以外にDAUMの「TVポット」にも次の映像があったのでエンベッドする。
イ・ソンヒは、「あなた(너)」と、韓国ロックの父といわれるシン・ジュンヒョン(신중현)の「雨の中の女(빗속의여인)」を、随分と洗練させ熱唱している。



(Youtubeに登録の45digginに感謝)

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの思い出の<ビッグショー>"、"イ・ソンヒの<ビッグショー>")

KBS WORLD「国楽の世界へ」 南相一

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/22)に、人物シリーズ16回目として「パンソリの分野に新しい風吹き込んでいる若手の歌い手(소리꾼)」の、南相一(남상일、1979年~)を紹介した。

映画「王の男(왕의 남자)」に登場する大道芸人の紹介から始まった。
(この映画に使われている歌「因縁(인연)」は、イ・ソンヒによる。女性にはうけているようだけど、未見である。)

パンソリの歌い手について、昔の大道芸人との関係が次の通り説明された。
・昔、大道芸人「広大(광대)」とは、綱渡り、仮面劇や歌などといった様々な芸をこなす芸人をさす。パンソリを歌う歌い手も「広大」と言われた。
・Wikipediaによれば、「パンソリの父」申在孝(신재효、1812年~1884年)は、「広大」から口承を聞き取り定本にし、両班階級にも通用する文学として体系化した、とのこと。

▼南相一による創作パンソリ「独身男のコシギ歌(노총각 거시기가)」を聴く。・・・なぜか吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」を思い出した。 (参考:ブログ「シンソンの夢」)
(Youtubeに登録のdorapara84に感謝)

洗練された伝統ある次の5作品以外は、近年に入って多用な素材を基にした創作パンソリとのこと。
・「興夫歌(흥보가)」、「沈清歌(심청가)」、「春香歌(춘향가)」、「赤壁歌(적벽가)」、「水宮歌(수궁가)」

▼南相一他による「鳥打令(새타령)
」を聴く。うん、これもモダナイズして、なんだか別物の気がするが・・・。

次のように南相一のプロフィールが紹介された。
・1979年 全羅南道南原の平凡なクリーニング屋の息子として生まれる。
・2003年 国立唱劇団に最年少団員として入団。
・京畿道地方や西道地方の民謡、巫俗音楽など様々な歌を学ぶ。
・「スリ(수리)」という音楽団体を作り、その代表として活動している。

▼南相一他による「赤壁歌(적벽가)」の中から「赤壁火戰(적벽화전)」を聴く。本格的に歌いこまれている。

2012年2月27日月曜日

孫牧人(久我山明)

みなが歌い知る演歌にもかかわらず、オリジナル歌手を意識しないことがある。「ここは、地の果て アルジェリヤ」の歌詞で知られる「カスバの女」(1955年、作詞:大高ひさを、作曲:久我山明)もその一つだ。歌手は、エト邦枝(えと くにえだ)である。先日、親類とのアルジェリアにまつわる話題で知った。そして、彼女についてこれ以上知らない。

昔、サラリーマンが4,5人集まって酒でも飲めば、この歌を誰かが口にした。歌詞の「カスバ」には、暗い迷路で作られた魔窟のようなものを連想したし、やるせなさに共感した想いがある。外人部隊についても、実際はいかなるものか知らず、勝手なイメージを膨らませたわけだ。
なぜアルジェリアなのか、そしてなぜ演歌なのか。

ところで、この歌を作曲した久我山明は、孫牧人(손목인)である。彼について、Wikipedia(①、②)は次の通り記している。
・本名は、孫得烈(손득렬)。
・1913年4月13日、慶尚南道 晋州に生まれる。
・東京音楽学校ピアノ科を卒業。
・「他郷暮らし(타향살이)」(1934年、歌:高福壽(고복수)、原題:異郷(타향))が最初の作品。
・「木浦の涙(목포의 눈물)」(1935年、歌:李蘭影(이난영))、「カスバの女」(1955年)など作曲。
・1999年1月9日 著作権問題の協議のため東京に訪問滞在中に没する。

そして・・・歴史は、彼に思いもしない烙印を押したようだ。

(参考)
ブログ「Kindred Spirits -赤毛のアンがお好きですか?」に、孫牧人のJazzとの関わりが紹介されている。感謝。

(Youtubeに登録のR2Radio2、RedHairedANNE、John Noh、orienkoreanに感謝)