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2021年3月25日木曜日

東京オリンピック聖火リレー きょうから開始

東京オリンピックの最初の聖火リレーが福島県でスタートした。7月から開催のオリンピック・パラリンピックがいよいよ身近になった。

■ NHKのNEWS WEBの記事(抜粋)
「東京オリンピック聖火リレー きょう福島県からスタート」(2021年3月25日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210325/k10012934161000.html
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1年延期された東京オリンピックの聖火リレーが、25日、福島県からスタートします。聖火は121日間、およそ1万人のランナーがつないで全国をめぐります。

- 以下リレーと式典の模様を紹介 -
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同記事によれば、東京都の聖火リレーは都道府県最後の日程で、7月9日から23日にかけて実施されるとのこと。

われらが市のホームページを参照すれば、聖火リレーの市内通過日程と走行ルートが掲載されている。平日に走るので、混乱まで至らないだろうけど混みあうだろう。混雑を避けて適当な場所から見てみたいと思っている。

ところで、きょうの聖火ランナーのひとりになった、南海キャンディーズの「しずちゃん」(山崎静代)が聖火ランナーとして出場したことを聞かれて、「スケジュール問題なかったので」と笑って応える映像がTVから流れた。対応のうまさに感心した。彼女はこれからずっと東京オリンピックを語り続けることができるのだから。
ちなみに、しずちゃんの発言をマスコミは次のような表記をしている。
・「スケジュール問題なかったので」
・「スケジュール問題なかったので」
・「スケジュール問題なかったので」

(資料)
■東京2020大会組織委員会ホームページ
・聖火リレースケジュール:    https://tokyo2020.org/ja/torch/route/
・コロナウイルス感染症対策について: https://tokyo2020.org/ja/torch/about/secure-and-safe

2021年7月22日木曜日

大暑 2021、東京2020オリンピック競技大会開催に合わせた祝日の移動

きょうは、二十四節気の「大暑(たいしょ)」と同時に、祝日「海の日」にあたる。

「海の日」については、本来7月の第3月曜日であるが、「東京オリンピック競技大会」開催期間が次の日程になったため、開催日の7月23日に合わせて、7月19日(月)から本日へと移動した。また、オリンピック開会式当日7月23日には、10月第2月曜日に祝日の「スポーツの日」が、オリンピック閉会式当日8月8日には、8月11日に祝日の「山の日」がそれぞれ移動している。カレンダーを要チェックである。
・東京2020オリンピック競技大会: 2021年7月23日(金)~ 8月8日(日)

■ 大暑
まさに夏盛りの時期、風習に「暑中見舞い」があって、昔はそのため葉書にしたためたりした。暑さに負けぬようと呼びかけて、「うなぎ」を食うことが商業的イベントとして普及し、コンビニやファストフード店で予約販売を競っている。
肉、肉といってむさぼった若いころ、うなぎの蒲焼で夏ばてを乗り切ろうとした壮年のころ、いまとなっては何を食っても胃にもたれる。

(本ブログ関連:”大暑”)

■ 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会
オリンピックとパラリンピックの競技大会は、別々に開催される。運営組織の母体は、IOC、IPCと別々だが、一般観客のわれわれにとっては同じようなものという意識。というか、分ける必要があるのかといった印象だ。
・東京2020オリンピック競技大会: 2021年7月23日(金)~ 8月8日(日)
・東京2020パラリンピック競技大会: 2021年8月24日(火)~ 9月5日(日)

2015年9月2日水曜日

東京オリンピック・パラリンピック

東京オリンピックの話題で何かとせわしいけれど、五年先のこと、さほど心配していない。それより、どうやって見ようか、ちゃんと見られるだろうか、チケットはどうすればいいのだろうと、考えればきりがない。

どんな競技に関心あるかと問われれば、体操(個人)かな・・・。

1964年(昭和39年)の東京オリンピックは、10月10日(⇒「体育の日」)~10月24日の間開催された。一方、2050年の東京オリンピック・パラリンピックは、7月24日(金)~8月9日(日)で、前回より2ヶ月半ほど早い。温暖化による暑さが増しているので、熱暑対策が必要だろう。

天気に左右されない室内競技がようさそうだ・・・。

1964年の馬事公苑、霧雨けぶるなか行なわれた、乗馬競技を観戦した。といって、クラスに配布されたチケットを持って出かけたわけで、どんな競技なのかもよく分からなかった。遠くで行なわれる正装した人馬一体の競技をただただ見ていた。

それにしても、2050年のオリンピックを見る楽しみって一体なんだろう・・・。(チケットは子どもたちに譲りなさい)

2024年8月1日木曜日

(パリ五輪)体操男子個人総合で岡慎之助選手 金メダル

パリ・オリンピックで、日本人選手が金メダルを獲得したニュースをフォローするのを小休止するといいながら、今朝のテレビで、オリンピック第6日に、岡慎之助選手が、体操男子個人総合で優勝したことを知った。岡選手にとって、第4日の体操男子団体(橋本大輝、萱和磨、谷川航、杉野正尭、岡慎之助の各選手たち)総合と合わせて、2つ目の金メダルになる。凄い。

体操(本ブログ関連:”オリンピック”)

しかも、岡選手の年齢は20歳。これは、東京オリンピックで、体操男子個人総合で優勝した橋本大輝選手(当時19歳)につづくものだそうだ。日本体操チームの層の厚さが知られる。

オリンピックのフォローを小休止するといいながら、体操競技について記したのは、高校時代に”幽霊部員”として、弱小の体操部に紛れ込んだ経験からだ。歯を食いしばって基礎体力をつける頑張りはなく、ただ真似事ばかりしていた。ただし、学内の体操クラス対抗イベントに出られるくらいはできたが・・・。

あるとき、他校の体操部の練習に参加する機会があったが、唖然とした。他校部員の、床運動での回転の高さがまるっきり違うのだ(正直怖気づいた)。真っ白な体操着姿で、呆然と見つめるしかなかった。
とはいえ、体操部に曲がりながら属していたおかげで、東京オリンピック大会の体操選手の練習風景*を見学するチャンスがあった。
(*)日本の女子選手たちのものだったけれど、遠目にも小野清子選手の姿が華やいで見えた。

オリンピックで、各国の観衆が互いに対抗心を湧かせるのは自然だ。けれど、私なりに経験した体操競技は別で、素晴らしい演技をした選手に対して、いずれの国の代表だろうと関係なく納得するし拍手する。オリンピック出場の選手となれば、極めて高い次元で互いに尊敬と友情をもって競い合っているだろうと推測できる。

(本ブログ関連:”スポーツ”、”オリンピックの思い出”)

2021年8月28日土曜日

野鳥観察(20)

今月に入って、都心で「猛暑日」(最高気温35℃以上)が2度あった。8月10日の36.8℃と、8月26日の35.7℃だ。ウェザーニュースの都心の天気予報を見れば、以降今月末(あす29日)~ 来月初旬ころ(9月7日)へ経るにしたがい、最高気温は32℃から26℃へ降下するという。だから、蒸し暑さに閉口しながらも、やがて来る秋の冷気を予感している。秋はそこにいる。

今朝の探鳥会は、公園の原っぱ全体を覆うようにたまった湿気のなかで開始した。この時期、鳥の種類も限られているそうだ。私にとってきっちり知る機会なのに、次の中で識別できたのは「アオサギ」くらい(それも指差されて教えてもらった)。

(本ブログ関連:”野鳥観察会”)

今回も、入門者として気になった鳥についてのみ記す。
・シジュウカラ: ベテランは葉の茂る木に4羽いるという(チラッと見えて、パッと小鳥が飛ぶ?)
・キジバト: ベテランは鳴き声を聞き分ける(どこから聞こえて来るのだろう?)
・ドラミングの音: ベテランには遠くの音でも聞こえるという(コゲラカかアオゲラか?)
・アオサギ: 小川そばの木の樹上にとまっているのが見えた(子どもたちはすぐ見つける)
※キジバトとカラス: 長い高圧線の一点にキジバトとカラスが1羽ずつ隣り合ってとまっていた。

ベテランの方から、野鳥以外にもいろいろなことを教えてもらう。
・オオミズアオ(蛾): 腹を食われた状態で多数見つかる。アオバズクのエサになるとも。
・ナンバンギセル: 葦の下かげに薄紫の花をひっそり咲かせていた。思ったより小柄でかわいらしい。
・トチ(樹木)の実: せんべいにしたり、饅頭に混ぜたりして食べる。たくさんの郷土菓子がある。
・ホルトノキ: 平賀源内がオリーブの木(ポルトガルの木)と間違えて名付けたそうだ。
・サルスベリ: 紅色の花弁の中に黄色く見えるものがあるが、雄しべだそうだ。


(付記)
きょうの探鳥会に、小学生のお子さんを連れた数組の親子が参加した。あの子たちにとって、今回の探鳥会は夏休み最後のものなんだ。この夏休みは楽しく過ごせただろうか、思い出深いものになっただろうか。そう、東京オリンピックを直接(いずれかの機会に、遠くからでも)観戦できただろうか、新型コロナの感染広がりに窮屈な思いをしただろうか。

おじさんは、むかしの東京オリンピックのとき、高校の体操部員(幽霊部員)だったおかげで日本の体操選手の練習光景を見学することができたし、馬事公苑で開かれた乗馬競技を学校に割り振られたチケットで観戦することができた。今も忘れられない。

(本ブログ関連:”東京オリンピック”)

今度の東京オリンピックで残念なのは、子どもたちが直接(間近に)見る機会を逃したことだ。一生の思い出、自信につながるのだから。ただし、パラリンピックについては、関係者の判断にもよるが観戦のチャンスが残っているといわれるけど・・・。

2012年7月29日日曜日

オリンピックの思い出

オリンピックの思い出といっても、ずっと遡って1964年東京オリンピックのことだが。

・東京大会の前回に当たるローマ大会閉会式で、「アリベデルチ  トキオ」*の言葉が電光掲示板に表示されたように記憶しているが、Youtubeにローマ大会の映画「LA GRANDE OLIMPIADE」の一部しか登録されてないので確認できないのが残念・・・。

(*) 実際は、"Arrivederci a Tokyo"と表示されたようです。

・千駄ヶ谷の体育館で、日本女子体操選手たちの公開練習を見学する機会があった。会場端の座席にいたため、池田選手たち中心選手を見たはずだが、記憶に残っているのは小野清子選手(体操の小野喬選手の奥さん)だ。彼女だけ光が当たっていた。

・全ての種目に観客が集まるというわけではないのだろう。地味な試合は、学校に入場券が割り当てられた。抽選で当たったのが、乗馬の障害馬術競技だ。霧雨の中、数人の仲間と馬事公苑に見物に行った。携帯のワンセグがあるわけでない時代のこと、試合内容は要領得ぬままだったが、オリンピック競技を観戦したというだけで満足だった。

・ブラスバンドの曲目に、「オリンピック・マーチ」(作曲:古関裕而)が加えられたのはいうまでもない。ブラバンメンバーは先を競ってものにした。

・ところで、東京オリンピックと同年の1964年に、イ・ソンヒが誕生している。また、1984年の今日(7月29日)、春川南怡島(춘천 남이섬)で開かれたMBC「第5回江辺歌謡祭」で、イ・ソンヒが「Jへ」で大賞を受賞した

(Youtubeに登録のorso110、yoshihoshi11に感謝)

2019年10月14日月曜日

体育の日2019

今日は祝日の「体育の日」だが、テレビニュースで関連するイベントを見かけない。例年、スポーツ競技場のグラウンドに老若男女が集い、体力測定したりしたものだが。今回は、台風19号の被災状況を考えて報道を抑制したのだろうか。

(本ブログ関連:”台風19号”)

天気がかんばしくなく、午後に小雨があった。その後、小休止したので外へ出てみれば予想以上に冷えた。東京都心の気温は、午後3時に16.5℃となり、以降下がり続けている。そこで今年初めてガスストーブを据えたところ、あまりに陽気でポカポカして、PCの前でつい転寝してしまった。

体育の日は、1964年の「東京オリンピック」を記念して祝日(1966年以降実施)に制定されたもの。次回の2020年の「東京オリンピック」に合わせて衣がえする。すなわち来年から「スポーツの日」に名称変更する。したがって、10月の第2月曜日の「体育の日」は今年が最後ということになる。(ちなみに、来年の東京オリンピック開催日だけ、特別にスポーツの日とし、以降10月の第2月曜日が「スポーツの日」になる)

今夜は、月齢15.4の「満月」。タヌキの鼓が響くこともない。陽気さもないが、やっぱり祝日である。

2014年8月7日木曜日

立秋2014

2020年の東京オリンピックは、ちょうど今頃開催とのことで、テレビの天気予報のコーナーで話題になることがある。1964年*の東京オリンピックは10月中旬の秋空に行なわれたが、次回2020年は、熱中症の多いこの時期だ。本当に大丈夫だろうかというのだ。

(*) 1964年、東京オリンピックの年に、イ・ソンヒが誕生している。

それにしても、昔と比べて同時期、今の暑さは厳しい。雨の降り方も激しく尋常でない。温暖化のせいもあるだろう、亜熱帯化がひしひし迫って来ているように感じてしょうがない。

とはいえ、暦の上では、今日は二十四節気の「立秋」、秋の入り口に立つことになる。
「古今集」秋上の巻の始めに、藤原敏行朝臣が秋立つ日によんだ次の歌がある。教科書で学んだからか言葉の通り馴染みやすく、子どもにも何となく秋の気配を感じる詩心を湧かせてくれた。

「秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」

子どものころ、遠くに聞こえた秋の風も、若者には正面から吹いて来るようになり、このごろは、後ろにその気配を感じる。歳とともに、秋の風は自然にだけでなく、人生の節目にも趣を変えて吹く。

(本ブログ関連:”2012立秋”、”2013立秋”)


(追記)
図書館帰りの道、辺りの空気は相変わらず暑くて重い。見上げると、明るい陽射しが残る青い空に浮かんでいる雲が、天空に張り付いているように見える。高層の雲に、はしゃぎたくなるのは何故だろう。

2013年9月8日日曜日

2020年東京オリンピック決定

本日予定の秩父鉱山鉱物採集は、空模様が芳しくなく、来週に延期になった。午前4時に決まった。昨日(土曜日)か今日(日曜日)に、鉱物採集へ行こうと誘っていただいたのに、自分の都合で今日に延ばしたところ、あいにくの空になってしまった。恐縮の至りだ。

Weathernewsは、4時現在、埼玉県秩父地方の天気を「午前中と夕方以降に雨が降りやすく、ザッと強く降ったり、雷の可能性もあります。ただ、昼頃から夕方前は雨の止み間が多くなる見込みです。」と予報している。

秩父鉱山の場合、沢に入ることもあるので延期がベストだろう。因みにWeathernewsは、当地の天気についても上記と同様のコメントしているため、今日は一日おとなしくしていよう。

さて明け方を騒がした、2020年オリンピック開催地のIOC投票経過には驚いた。

上記の通り、鉱物採集について電話相談していたとき、第一回の投票で過半数を超す開催地が決まらなかったため、東京を残してイスタンブールとマドリードによる2位争いの再投票が行なわれイスタンブールになった。直後、東京とイスタンブールによる最終投票が実施された。結果は5時発表という・・・そのままテレビを見続けてしまう、眠れないじゃないか。

テレビ解説で、一般的な予想と比べてマドリードが脱落したことについて、将来のパリオリンピック開催とか、次のIOC会長候補に同じヨーロッパ圏(ドイツ)のひとがいるからとか、裏側の駆け引きが関係しているという話も聞こえてきた。

05:20、2020年オリンピック開催地が東京に決定。逆転の可能性もあったので驚きでいっぱい。

2020年の新しい日本が見えるようだ。

2024年7月26日金曜日

第33回 「パリ」オリンピック 開催

2016年の「リオ」、2020年(コロナのため実質2021年)の「東京」に続き、2024年の第33回オリンピック競技大会は、「パリ」できょう(7/26)から 8/11 まで開催される*。
(*)公益財団法人日本オリンピック委員会: https://www.joc.or.jp/games/olympic/

(本ブログ関連:”オリンピック”)

正直なところ、前回が東京大会だったこともあって気が抜けたのか、それとも暑さのせいか、線状降水帯による災害のせいか、世間はこのイベントに対して盛り上がりに欠けているように見える。気のせいだろうか。

私にしたら、足腰の按配がよくないこともあり、運動(競技)への関心が年々乏しくなっている。なにしろ、初めて関心を深めた、1964年の東京大会から以降、オリンピック競技会が何度繰り返されてきたことか。歳をとると、感動まで摩耗する。

ところでオリンピックと関係ないが、きのうの年配者向け「体操教室」で、指導の先生からこんな話をうかがった。
教室参加者なら誰もが知っているだろう、日本のバレー界を先導したバレリーナの「森下洋子」さんから、次のような日々欠かさず練習する必要性を聞いたという。
「バレリーナは練習が大切で、一日休むと自分が分かり、二日休むと廻りに知られ、そして三日休むと観客に気付かれる」とのこと。

オリンピックに出場する(選抜される)ため、選手たちがいかに切磋琢磨、精進してきたかを、テレビで試合観戦するとき想い起こしてみたい。 (にわかファンができることといったら、それくらいでしかない)

2010年5月1日土曜日

イ・ソンヒとオリンピック

以前、イ・ソンヒの20年ごとのできごとを見たが、オリンピック開催と次のように一致している、
・旧暦1964年11月11日(新暦1964年12月14日)に、本籍地忠清南道保寧郡(現在は市)珠山面篁栗里に誕生している。その年10月10日~24日に、東京オリンピックが開催されている。当然ながら、この年から4年の倍数ごとにオリンピックの時期と重なる。
・イ・ソンヒが20歳直前の1984年7月29日に、MBC「第5回 江辺歌謡祭」で大賞を受賞して歌謡界にデビューを果たした同じ年に、ロサンゼルス・オリンピックが7月28日~8月12日の間に実施されている。
・さらに20年後の2004年8月26日~28日に、イ・ソンヒが20周年記念コンサートを世宗文化会館の大劇場で開催した年には、アテネオリンピックが8月13日~29日の間に開かれている。

さて20年後ごとの周期ではないが、ソウル・オリンピック(1988年)のとき、彼女の公演イベントはどうだったか、おいおい調べてみよう。

(本ブログ関連:2009年の8/10、2009年の1/11

2016年4月25日月曜日

東京オリンピック・パラリンピック競技大会 エンブレム

公益財団法人「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」の「エンブレム委員会」は、東京2020大会のエンブレムを投票採決した。江戸時代の文様である「市松模様」を巧みに使ったそうだ。

東京2020大会エンブレム

今回の選定に当たって、王貞治氏(以下、王さん)の言葉があってこそという気がする。寡黙でありながら実行力がある、誰をも納得させて、みな自ずと従う、そんな親父像がある。(「親父」の言葉には信念に通じる響きがある)

NHKの記事、「東京五輪 新エンブレム 市松模様の『作品A』(「組市松紋」)に決定」(4/25)の中に、エンブレム委員会の委員の1人、王さんの言葉が次のように紹介されている。
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「野球一筋で生きてきて、このたび思いがけず、エンブレム委員会の委員に選んで頂き、委員会で、いままでにない経験をさせて頂いた。とても名誉に思っている。いろいろな意見があるなかで決定できたこと、その席にいられたことを残りの人生で胸の中にしまっておきたい。すばらしい作品が選ばれたと思っているので胸を張って皆さんにご紹介したい」と話していました。
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また、SANSPO.COMの記事、「宮田委員長、ネットで “A案ありき” の声に憤慨 『大変腹立たしかった』」(4/25)の中で、王さんのカリスマ性を次のように紹介している。
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宮田委員長は委員会を振り返り、「ヨイショじゃないですけど、収拾つかいないときに王さんに話を振ると、これが『ホームラン』になるんですよ。たった一言で委員会がまとまるんです」と、王委員の“カリスマ性”を絶賛した。
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2024年4月8日月曜日

小学校の入学式

朝、ラジオを聴いていたら、きょうは小学校の入学式の日だという。幼稚園や保育園で年長さんだった子どもたちが小学生になるわけだが、小学生では一番下になる。そこにギャップを感じたりするらしい。でも、それはほんの一瞬で些細なことのように感じる・・・大人の考え過ぎだろう。

昼めしを食いに商店街へ行ったところ、入学式を終わったらしい家族連れ(おもに母子連れ)の集団がレストランや食堂を探しているのが目についた。回転寿司店に入ったところ、入口が順番待ちで混雑しているのを見て断念した。

これから、新一年生の通学姿を見ることになる。遠目に、大きくて重いランドセルだけが揺れながら歩いている、そんな可愛らしく目になごむ光景と出会えるのが楽しみだ。

ちなみに中学校の入学式は、明日9日(火曜日)とのこと。中学生になると、女の子の大方はすでに女性らしい大人の感性を持っているが、男の子はだいぶ遅れていて、中学2年の夏を過ぎてやっと男らしくなるようだ。むかし若いころに、中学生の塾の手伝いをした経験からいえることだが。


ミロのヴィーナス
1820年のきょう4月8日に、エーゲ海のミロス島(現ギリシャ領)で農民によって「ミロのヴィーナス」が発見されたそうだ。断片が見つかって、それらを組み合わせて西洋的美がよみがえったわけだが、いつ誰がそれをそれを語った(主導した)のか興味ある。

ミロのヴィーナスは、次のように4月8日と縁があるようだ。

現在、パリのルーブル美術館に展示されているが、「ルーヴルを出て海外へ渡ったことはただ1度、1964年(昭和39年)4月~6月*、日本の東京都(国立西洋美術館)および京都府(京都市美術館)で行われた特別展示のみである。」(Wikipedeia)とのこと。まさに同年、身体を競う「東京オリンピック」の大イベントに合わせて(対置して)、「ミロのヴィーナス展」がアートの大イベントとして開催されたことになる。
(*)国立西洋美術館 会期:1964年4月8日~5月15日 / 京都市美術館 会期: 1964年5月21日~6月25日

日本で「ミロのヴィーナス展」に多くひとびとが熱狂した(東京と京都会場の入場者数は約172万人)ようだが、当時の反響についてあまり記憶がないのは・・・どうして?
ー オリンピックについては、体操部に所属した特典で日本の女子体操チームの練習風景を東京都体育館で見学、また校内の抽選で小雨のなか馬事公苑で乗馬試合を観覧することができた思い出がある。

2016年8月22日月曜日

トーキョーショー

ブラジル、リオデジャネイロのオリンピック閉会式(8/22)で行なわれた、「トーキョーショー」(プロデュース・椎名林檎、音楽・中田ヤスタカ、振付・MIKIKO)のYoutube映像を忘れないように残す。

2020年の東京オリンピックを期待させる、若者向けの仕上がりだろうか・・・私にすれば、「クールジャパン」もまだ鮮度がある。アニメやゲームなどのキャラクターがいっぱい登場する。知らないものがなかったので一安心。また、似たもの同士の文字遊び(2020とTokyo)や、言葉遊び(MarioRio de Janeiro、ありがとう:OBRIGADOARIGATO)などちりばめられている。

海外の反応も上々のようだ。2020年には、今以上の来日客は間違いないだろう。そのときの開会式は如何に、ぜひ見たいものだ。

(本ブログ関連:”リオ・オリンピック”、”オリンピックの思い出”)

(Youtubeに登録のNHKに感謝)

2024年7月31日水曜日

(パリ五輪) 柔道男子81キロ級 永瀬貴規選手 金メダル、夕立

きょうで7月が終わる。一年の半分と少しが終わっただけ。こんななか、オリンピックがたけなわ、夏も盛りで、カレンダー上の区分は曖昧。しばらく日射と夕立がつづく。

パリ・オリンピックの第5日、早朝のテレビニュースで、永瀬貴規選手が柔道男子81キロ級(この階級五輪史上初の連覇〔東京→パリ〕)で優勝したことを知る。実にめでたい。

(本ブログ関連:”オリンピック”)

連日、金メダルのニュースを見て、日本人選手の金メダル獲得を記してきたが、ちょっと小休止したい。正直、正確な情報を確認するのに息が続かない。

もちろん、オリンピックの金メダルは特別で、銀も銅も輝かしい。表彰台に立つ選手たちに心合わせられる特別な機会でもある。だから、毎日、選手たちの結果をこれからも追っていく。

ところで、今回のオリンピックで、日本選手に対する判定について、「物議」などと不満を煽(あお)る記事タイトルがネット上に散見される。これまでの日本的スポーツ観にそぐわないものだ。内側からむしばむような記事には注意して臨みたい。

七月の夕立
テレビの天気予報で、気象予報士の今村涼子さんが、今年の東京の7月の「夕立」が何と20回あったと解説されていた。確かに、雷鳴が轟き、ザザッと雨が激しく叩く音がすることが多々あった気がする、それも短時間のこと。

わたしの日ごろのお天気確認は、「雨雲レーダー」による雲の動きと、当日・明日の1時間ごとの天気予報を見ることだ。

2026年9月18日金曜日

(Gemini)戦後日本の好景気・不景気

戦後日本の知られる代表的な「好景気」・「不景気」を Gemini にまとめてもらった。
なかでも、「ドッジライン不況」についてよく知らない。

戦後日本の好景気
好景気の名称時期ネーミングの由来特徴
特需景気1950〜1953年通称(自然発生)朝鮮戦争にともなう米軍の物資調達(朝鮮特需)に由来。
神武景気1954〜1957年経済企画庁:経済白書昭和31年版『経済白書』の「もはや戦後ではない」という一節と、「神武天皇以来の好景気」との表現から定着。
岩戸景気1958〜1961年週刊サンケイ1958年、週刊誌『週刊サンケイ』の公募企画により、神武景気を上回る景気として「天の岩戸」伝説から命名。
オリンピック景気1962〜1964年マスメディア全般1964年の東京オリンピックに向けたインフラ整備(新幹線・高速道路)やテレビ需要に由来。
いざなぎ景気1965〜1970年マスコミ・経済企画庁岩戸景気を超える大景気となったため、岩戸より前の「国生み神話(伊邪那岐命)」に由来して報道され定着。→ 3C生活普及、GNP2位
列島改造ブーム1972〜1973年田中角栄 内閣総理大臣田中角栄著の『日本列島改造論』および内閣の目玉政策名から報道等で定着。
バブル景気1986〜1991年経済学者・マスコミ1980年代後半の英『The Economist』誌などの「Bubble Economy」報道や、日本の経済学者・メディアの表現から定着。
いざなみ景気2002〜2008年経済学者(宮崎勇 等)いざなぎ景気の期間を超えたことから、ペアとなる神(伊邪那美命)の名をとって経済学者やメディアが命名(公式名称は「第14循環」)。


戦後日本の不景気
不景気の名称時期ネーミングの由来主な原因・特徴
ドッジ・ライン不況(ドッジショック)1949〜1950年ジョゼフ・ドッジ(GHQ顧問)財政金融緊縮政策(ドッジ・ライン)の名に由来。インフレ抑制のための強烈な金融引き締めによるデフレ不況(朝鮮特需で回復)。
なべ底不況1957〜1958年経済企画庁・マスコミ景気底打ち後、なべ底を這うような長引く停滞の予想から命名。神武景気の反動と国際収支悪化に伴う金融引き締め。実際には予想より早く脱出した。
昭和40年不況
(証券不況)
1964〜1965年発生年(昭和40年)/ マスコミ証券会社の経営危機が相次いだことに由来。オリンピック景気後の設備過剰。山一證券への日本銀行による特別融資(日銀特融)を実施。
オイルショック不況
第1次・第2次)
1973〜1975年
1979〜1980年
マスメディア全般中東戦争にともなう原油価格の高騰(石油危機)に由来。トイレットペーパー騒動や物価高騰(狂乱物価)が発生し、戦後初の「マイナス成長」を記録。
→ 1950年代来の高度経済成長終焉
円高不況1985〜1986年経済学者・マスコミプラザ合意後の急激な円高に由来。輸出企業が打撃を受けたが、この対策として行われた低金利政策がのちの「バブル景気」を誘発。
バブル崩壊不況
(平成不況)
1991〜1995年マスメディア・経済学者バブル経済の崩壊、および元号(平成)に由来。金融引き締めと地価抑制策により資産価格が急落。不良債権問題が生じ、長期停滞へ突入。
→ 日本経済の「成長神話」崩壊
金融危機
(失われた10年)
1997〜1998年マスメディア・金融業界山一證券日本長期信用銀行などの相次ぐ破綻・金融危機に由来。消費税増税(3%→5%)と金融機関の破綻が重なり、深刻な貸しはがしと景気後退が発生。
リーマン・ショック2008〜2009年米・リーマン・ブラザーズ米投資銀行の経営破綻を端緒とする世界金融危機に由来。世界的な金融危機により日本の輸出需要が蒸発。戦後最悪レベルのGDP落ち込みを記録。

2012年8月12日日曜日

ボクシング金 11日

どれひとつ真面目に打ち込んだスポーツもなくて、オリンピックもイベントとしてそのときだけ楽しむにわかファンとわが身を十分わきまえているつもりだ。それでも、いやそれだから、にわかファンは、選手が獲得したメダルに群れたくなる・・・わたしも一緒に。

今朝のニュースで、11日にボクシングミドル級で村田諒太(むらた りょうた、東洋大職)選手が、オリンピックで日本のボクシングが48年ぶりに金メダルを獲得したと知れば、凄いと驚き、おめでとうといいたい。

北海道新聞の記事「村田48年ぶり『金』 ボクシング・11日」(08/12 06:46、08/12 09:22 更新)は、次のように試合を報じている。(抜粋)

・ボクシングは男子5階級の決勝を行い、ミドル級で昨年の世界選手権銀メダリストの村田諒太がE・ファルカン(ブラジル)に14-13で判定勝ちし、1964年東京五輪バンタム級の桜井孝雄(故人)以来、日本選手として48年ぶり2人目の金メダリストとなった。


(付記)
ロンドンオリンピックの日本メダル獲得数は過去最高で、メダルの数だけインタビュー回数も多くなるわけで、選手の言葉や表情から、喜びやくやしさを知るたび、メダルの本当の重さを知ることになる。
オリンピックには、女子サッカーのメダルのように新境地を開拓するもの、バレーボールやボクシングのように何十年ぶりのメダルという歴史を更新するもの、そして女子レスリングのように個人3大会連続金メダルといったドラマがある、偉業がある。オリンピックは人間本来持つ力を知る機会でもある。

ロンドンオリンピックは何かが違ったようだ。選手個々のインタビューを見て気付いたことだが、彼らの言葉には「勝ちたい」という意志が、「感謝」という言葉が、「楽しむ」ことよりも強く出ていた。彼らは、日本で見守るひとびとの想いを感じ、次代の若者たちの希望の先導となるよう託されていることを理解していた。

2017年3月19日日曜日

(雑談)新幹線

鉄道オタクではない。それでも、黒煙、白煙を吐きながら牽引する漆黒の蒸気機関車は、煤煙のススの経験も懐かしく気になる存在だ。まるで生き物のように唸り走る姿を、日常で見ることはできない。書籍や映画の映像を通してしか知るしかない。私にしてみたら、機関車の車輪数で、C型だ、D型だという区別くらいしかできず、遠くから言い当てるほどじゃない。

1964年の東京オリンピックの年に開通した新幹線も、「夢の超特急」といわれながら、特に関心が深かったわけではない。むしろオリンピックへの期待の方が勝っていた。だから、鉄道に対する今様なオタクを周囲に感じたことはなかった。こんなに細分化された大勢のオタクたちはいなかったのではと思うのだが。

とはいえ、新幹線に「500系」が登場したとき、飛行機好きにマッチした先頭車両のスタイルが特別に気に入り、大阪出張の際には、わざわざ早朝の東京駅始発に乗ったものだ。最高時速300k/mを実現した車両であり、パンタグラフのデザインが自然の特性を取り入れたユニークなものだったし、そして何より今だに他を寄せつけぬ、車体の美しさ*があったからだ。

(本ブログ関連:”500系”)

(*)500系の美しさ:Youtube映像

おとなを夢中にさせた流線型の曲線美は、子どもにとっても人気があったわけで、今も玩具売り場から消えることのない車両のひとつだ。

ところで、今日、新幹線初の「0系」について講演会があったが、出かけようと思いながら、家の用事で参加できず惜しいことをした。

2013年2月2日土曜日

ふれあいスポーツ教室

小金井公園にある総合体育館で、東京都と小金井市によるオリンピックムーブメント共同推進事業として、「スポーツ祭東京2013開催記念  ふれあいスポーツ教室」が開催された。

イベントの中でも、ロンドン・パラリンピック陸上競技(男子100m・200m)出場の「古畑篤朗選手の車椅子陸上教室」に参加した。小体育館といえど2階観覧席のある、バスケットボール2面分の広い会場だ。子どもから大人まで多数が集まった。

地元健康体操教室で、いつもお世話になっている指導者の方の司会で始まった。登場した古畑選手は、最初ちょっとシャイな感じがしたが、競技用車椅子の紹介や競技活動について説明と質疑が始まると俄然、快活な若者になった。

競技用車体について質問したりしたが・・・質疑の中で驚いたのは、車体フレームと半年ごとに取り替えるというタイヤの費用だろう・・・全て自費というのにまたビックリした。大変なことだ。公的支援の必要性を感じた。
その後、参加の子どもたちが喜んだのは、トラック競技用車体やバスケットボール競技用車体への試乗だろう。体育館内をところ狭しと走り回ったことはいうまでもない。

最後に、古畑選手から、次回パラリンピックへの参加の意欲ある発言があり、応援の拍手を以って閉会となった。

正直、身近でなかったパラリンピックとの距離が、今回大いに近まったことはいうまでもない。今年、「スポーツ祭東京2013」の名で国体が東京で開催される。東京スタジアム(調布市)の陸上競技場での古畑選手の活躍を期待し応援したい。

2013年10月14日月曜日

体育の日2013

今日は祝日「体育の日」だ。久し振りに小金井公園を散策する。公園広場には、おさなごを相手にする若い家族連れが多い。陽射しも暖かくよい、小さな子どもたちのはしゃぎ声は更によい。

1964年の「東京オリンピック」開催日が10月10日だったことから「体育の日」として祝日となったが、前週末土曜日から3連休になるよう、10月の第2月曜日を祝日とした「ハッピーマンデー制度」(2000年)のおかげで、今年は今日がその祝日になった。(Wikipediaより)

(本ブログ関連:”1964年”)

で、体育の日にちなんで何かしたかというと・・・公園をぐるりと回っただけ。公園内の「江戸東京たてもの園」に寄って、同収蔵品による「武蔵野の歴史と民俗」展を見学する。正直、常設に近いもので、すでに何度見たことのある展示物だが、ちょっと気になったものがある。

観音塚古墳(東京都大田区)出土の水晶製切子玉(きりこぎょく)、碧玉製管玉および丸玉だ。特に硬度7の水晶を、縦長に中央を膨らませるように面切りした形に磨き上げている切子玉に興味を引いた。鉱物採集で、石英を叩くとき、その硬さに閉口するのに、水晶を面加工するなんてどれほど手間取ったことだろう。その時代、石職人がいて(儀式や埋葬品などの)宝石の加工も手がけていたのだろう。

そんなわけで「体育の日」の今日のんびりと、体を使わすに過ごした。