▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼
検索キーワード「ホトトギス」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
検索キーワード「ホトトギス」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示

2023年5月30日火曜日

(資料)ホトトギス

夏の鳥として代表的な鳥に「ホトトギス」と「カッコウ」がいる。

ホトトギスは、名を知っているが<姿>に接したことがない(気付かずにいただけかもしれない)が、<鳴き声>は先日(5/27)の探鳥会で聞いた(ベテランの方から教わって・・・次に単独で聞いても判別できる自信は?)。
(参加している自然観察会(探鳥会)の会報に、昨年(2022年)の例として、5~6月の間に5件報告されている。7~8月については、別年の報告で0件。)

カッコウは、常識の範囲で名や鳴き声を知っているだけで、<姿>に接したことはない。

(本ブログ関連:”カッコウ”)

ホトトギス、カッコウ
ホトトギスカッコウ
分布

夏鳥として5月中旬ごろ飛来
(主に森林、托卵相手のいる林や公園)
夏鳥として5月ごろ飛来
(河川敷、草原、高原、明るい林など)
分類カッコウ属カッコウ属
英名Lesser cuckooCommon cuckoo
全長28cm、「ヒヨドリ」と同様35cm、「ドバト(カワラバト)」と同様
さえずり

キョッ、キョッ、キョッキョッキョッ
昼夜かまわず鳴く
カッコー
主に日中に鳴く、稀に夜中
托卵の相手「ウグイス」など「オオヨシキリ」など

ホトトギスとカッコウは、ともに夏鳥といわれ夏の季語となっている。ホトトギス*は古典で春の初音として知られている。

(*-1)Word-Wise Web(三省堂)サイトより
「(29)職曹司時代『5月の御精進のほど』 ~ホトトギスを尋ねて~」(赤間恵都子、2010/06/22)より抜粋
https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/makura29
----------------------------
『枕草子』には、5月の描写が多く見えるので、5月は清少納言が好んだ時節だったと考えられています。現代では初夏のさわやかな頃ですが、旧暦の5月は、現在の6月半ばから7月の緑深まる盛夏であり、同時に梅雨の季節にもあたります
----------------------------

(*-2)同志社女子大サイトより
「『ほととぎす』をめぐって」(吉海直人 日本語日本文学科教授、2016/07/15)より抜粋
https://www.dwc.doshisha.ac.jp/research/faculty_column/2016-07-15-15-15
----------------------------
・・・古典の世界では、「かっこう」と「ほととぎす」の混同など生じていません。少なくとも平安時代において、「かっこう」は文学に全く登場していないからです。要するに現代では「郭公」に二つの読み(意味)がありますが、古典では「ほととぎす」という読みしかなかったのです。
----------------------------


(余談)
先日(5/21)、図書館で借りた酒井順子著「平安ガールフレンズ」の単行本に、清少納言がホトトギスを聞きに女性たちと出かけた後日談がある。仕えている中宮定子(ていし)から「どんな歌を詠んだのか」と聞かれ、やりとりのあと「もう歌はやりません」と宣言した。清少納言は、実は祖父、父親ともに歌人で知られていて、彼女にも素養が期待されていたのだろう。それをアッサリうっちゃったのだから。

このキパッとした清少納言の態度を、作家はお気に入りのようで、清少納言と競った紫式部にはちょっと厳しめに見える。お気に入りの問題なので、どちらでもいいのだが、私には清少納言に松任谷由実を、紫式部に中島みゆきを重ねてライバル関係(現代の彼女たちが互いにどう評価しているかは知らないが)に見える。

ところできょう、ブックオフで同著の文庫版を見つけて購入した。単行本と比べて随分と手が入っている・・・訂正・軽量化もしているようだ。そのかわり、対談などの付録が充実している。

2026年6月15日月曜日

(資料)ホトトギスの異名、W杯初戦:日本 2 ⇔ 和蘭 2

夏鳥として5月中旬ごろ飛来する「ホトトギス」にはさまざまな異名があって、古典のなかにそれが出てくる。活字化された出版物なら、おおかた注釈が施されているだろうが、一応その由来についてネット検索してみた。(ちなみに、きょうから旧暦五月が始まる)

(本ブログ関連;”ホトトギス”)

元来、農耕の時を告げる「時間の境界線」(時鳥)が、生死を分ける冥界と現世との「空間の境界線」(子規、不如帰、杜宇)に変容したと言えるようだ。(Gemini より)

■ Google検索 Labs
「ホトトギス」のの異名:

名前読み方由来・意味
時鳥ときどり / ほととぎす田植えの時期(初夏)に鳴くことから「時を告げる鳥」として親しまれた。
(郭公)かっこう / ほととぎす本来は「ほととぎす」と読むこともでき、古典文学や和歌の世界では「郭公=ほととぎす」として長く使われてきた
 ⇒ 下表参照
子規しき鋭く鳴く様子や、中国の故事にちなんだ異名(俳人の正岡子規の号の由来でもある)。
 ⇒ 下表参照
不如帰ほととぎす鳴き声が「不如帰(カエルニシカズ)」と聞こえるという伝説に由来。
(徳冨蘆花の小説の題名にも使われた)
 ⇒ 下表参照
杜鵑とけん / ほととぎす鳴く時期に咲く「杜鵑花(ツツジ)」にちなんで名付けられた。
 ⇒ 下表参照
杜宇とう / ほととぎす中国の蜀の望帝「杜宇(とう)」がホトトギスに化身して鳴いたという故事に由来する。
蜀魂しょっこん / ほととぎすこちらも望帝の伝説に由来し、望帝の魂(魂魄)が鳥になったとされる。
卯月鳥うづきどり旧暦の4月(卯月)に鳴き始めることから。
勧農鳥かんのうどり田植えの季節を農民に知らせ、農作業を勧める鳥として。
 ⇒ 下表参照
沓手鳥くつてどりホトトギスの鳴き声が「沓手(くつて)」と聞きなされたことに由来。
 ⇒ 下表参照
無常鳥むじょうちょう仏教『十王経』に由来。死者の魂を運んだり、あの世の様子を伝えたりする鳥として、鳴き声が無常の世を嘆く鳥(冥土の鳥)とされた。


■ Gemini
江戸時代の書『俳諧新式』に紹介されているホトトギスの異名:

分類異名(呼び名)由来・意味
季節・農耕
卯月鳥(うづきどり)旧暦四月(卯月)を代表する鳥であることから。
早苗鳥(さなえどり)田植えの時期(早苗を植える頃)に鳴き始めるため。
勧農鳥(かんのうちょう)農民に田仕事の始まりを促す鳥とされる。
信仰・冥土
死出の田長(しでのたおさ)冥土(死出の山)からやってくる田の神の使い。
魂迎鳥(たまむかえどり)亡くなった人の魂を迎える、あるいは送る鳥という伝承。
鳴き声・習性
沓手鳥(くつてどり)鳴き声の聞きなし(音の当て字)から。
忍音鳥(しのびねどり)その年初めて聞く、ひそやかな鳴き声(忍び音)にちなむ。
漢名・伝説
杜鵑(とけん)中国の蜀の王(杜宇)の魂が化したという伝説から
不如帰(ふじょき)「帰り去るに如かず(帰るのが一番だ)」という鳴き声の解釈
子規(しき)鳴いて血を吐くという伝承から、血に染まった口を指す
郭公(かっこう)中国での表記に由来(和歌や俳諧ではホトトギスを指す)


■ 同志社女子大学
「『ほととぎす』をめぐって」(吉海 直人(日本語日本文学科 教授)、2016/07/15)
    ー https://www.dwc.doshisha.ac.jp/research/faculty_column/2016-07-15-15-15
-----------------------------------------------
「時鳥」「霍公鳥」「蜀魂」「無常鳥」「杜宇」「しでの田長」「早苗鳥」「田鵑」「勧農鳥」「夕影鳥」「黄昏鳥」「菖蒲鳥」「橘鳥」「卯月鳥」「妹背鳥」「うなゐ鳥」「魂迎鳥」「沓手鳥」「不如帰」「杜鵑」「子規」
-----------------------------------------------


(追記)ワールドカップ

■ W杯初戦:日本2 ⇔ 和蘭 2
FIFAワールドカップの初戦試合を見られなかった・・・結果は、日本2⇔和蘭2に終わったようだが、いつまでたってもにわかファンには、これで良かったのかどうか判断できない。次はチュニジア戦だそうだ・・・今度は <勝ち> を願う。


(付記)寝違えて首が痛い
おとついの晩の寝相がよほど悪かったのか、首筋左側の痛みがつづいた。ネットで確認したところ、アイスノンのようなもので冷やすと良いという。コチコチに凍らせてタオルに巻き、しばらく首にあてたところ、やや落ち着いてきた。(サロンパスを貼ったりしているが・・・)

2026年5月6日水曜日

端唄「一(ひと)声は」、ホトトギス(時鳥)

初夏に南から来る「ホトトギス(時鳥)」の姿をはっきり目視したことがない。ベテランの方は鳴き声(さえずり)から聞き分けるが、フィールドでそういわれても聞き逃している。
(閑話) ホトトギスと対にして語られる、同じく初夏の鳥「カッコウ」の鳴き声を、以前深夜に聞いたと思ったが、Gemini に確認したところ、「アオバズク」の聞き違いでないかと指摘された・・・)

(本ブログ関連:”ホトトギス”)

ホトトギスは、夜間から夜明けにかけて「キョッキョ、キョキョキョ」(「テッペン カケタカ」や「特許許可局」)とさえずり、田植えの時期を告げる(時を告げる)鳥として「時鳥」の名を与えられたようだ(検索AI Labs)。


端唄「一(ひと)声は」
ホトトギスの時を告げる意味合いから端唄にも使われ、待つこと・別れに通じ、報われぬ恋を語る象徴にもなる。
-----------------------------------------------
一声は  月が啼いたか  ほとゝぎす
いつしかしらむ  みじか夜に  まだ寝もやらぬ  手枕(たまくら)に(や)
男ごゝろは  むごらしい  女ごゝろは  左様(そう)じゃない
片時逢わねば  くよくよと  愚痴なおもひで  泣いているわいな
-----------------------------------------------

唄の出だし「一声は  月が啼いたか  ほとゝぎす」について、「江戸端唄集」(倉田喜弘 編、岩波文庫))は、次のように解説している。(要約)
-----------------------------------------------
滝野瓢水(江戸中期(享保〜宝暦期))の句「さてはあの月が鳴いたか時鳥(ほとどきす)」にもとづく。
 ・句意は、 ほととぎすが鳴いたと空を見れど姿がない、本当だったのか、ひょっとすると月が鳴いたのかもしれない。
-----------------------------------------------


■ Youtube(登録: 0klz49)
「 一聲は(市丸)」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=gUxknTS_r9E
    ー 解説より: 昭和13年(1938年) VICTOR RECORD 金ラベル、 端唄 唄唱 市丸



■ 東京小唄・清元・三味線教室
「一声は月」(2010年8月2日)より抜粋
    ー https://kiyuumi.com/archives/2010/08/post_246.php
-----------------------------------------------
安政4年(1857)5月、江戸市村座「時鳥酒杉本(ほととぎす  さけはすぎもと)」上演の時作られた江戸端唄である。お梅  粂之介の心中を芝居にしたもので「一声は  月が啼いたか  時鳥」は「さてはあの月が啼いたか時鳥(一三子*)」の名句から採ったもの。・・・(「江戸小唄」木村菊太郎著より)
-----------------------------------------------
(*)一三子: 端唄の元になった俳諧の作者(滝野瓢水)と一三子とがつながる資料をネットで見つけられない。

■ 芝恋の三味線・小唄教室
「小唄「一声は月」のご紹介。」
    ー https://rensi26.com/1178
    ー 芝居「時鳥酒杉本」の内容解説がある。

2026年5月13日水曜日

俳諧のなかのホトトギスの姿

野鳥観察(探鳥会)で「ホトトギス」は、鳴き声はすれど、その姿はベテランの方の指先にしかない。そこで、ベテランの方がアップした写真を見て姿を納得しても、野鳥図鑑を見るのと同様の感覚になる・・・現場で直に、ホトトギスを見たいのだが。探鳥会に参加しながら、実力はいつまでも低空しか飛べない。

俳諧(俳句)の夏の季語「ホトトギス」について、ブログに繰り返し記してきた。鳴き声を主にして夜に(夜陰に紛れて)とか、山奥に隠れているとかで姿が見えぬことから、元禄の俳諧では、ほととぎすがあえて飛ぶ姿に焦点を与えようとしてきたことを綴った。

(本ブログ関連:”ホトトギス”)

ユニークな経歴を持ち、漱石や子規に傾倒した柴田宵曲(明治30年⁅1897年] ~ 昭和41年⁅1966年])の「古句を観る」*(岩波文庫)の <夏> の項に、夏の季語「ホトトギス(時鳥)」について、下記のごとく解説している。抜粋。
(*)古句を観る: 江戸時代前期の元禄時期の俳諧を対象にしている。
---------------------------------------------
ほととぎすの句は、習慣的に夜を主とするようになってしまったが・・・元禄人は伝統に拘泥せず、昼の句がある。しかし、昼のほととぎすであるにかかわらず、一向、句の表(おもて)に姿を現してない
---------------------------------------------
結局、昼の句に、ほととぎすをとり上げているので、姿を意識(イメージ)するという解釈になったようだ。


<まったくの雑談>
米女優エマ・ストーン市川実日子はよく似ているな。

2026年6月20日土曜日

五月雨に蛙のおよぐ戸口哉(杉風)

俳諧(俳句)の季語に「五月雨(さみだれ)」があるが、旧暦の雨なので今の新暦でいえば6月中旬~7月中旬の梅雨の時期にあたる。東京が梅雨入り(6/7)して2週間ほどたつ。きょう明日、来週にかけて梅雨の長雨がつづきそう。

(本ブログ関連:”梅雨”)

夏の俳諧を、野鳥観察の趣味から探すと、もっぱら「ホトトギス」が紹介される。夏を知らせる陽の鳥(時鳥)に対して、五月雨(梅雨の雨)の鬱の気分に似つかわしくないようで一緒になるのは少ないそうだ・・・ちなみに、ホトトギスは梅雨の長雨のなかでもしっかり鳴くというが。

(本ブログ関連:”ホトトギス”)

今回は第六巻、「第六  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、芭蕉の大パトロンであった杉山杉風*(さんぷう)」(正保4年[1647年] ~ 享保17年[1732年])の、<雨の日に観察した、平明で生活実感のある句> と次に解説されるものがある。
(*)杉山杉風は、幕府御用を務めた魚問屋の主人で、深川の芭蕉庵を提供した。蕉門十哲の一人。

(本ブログ関連:”折々のうた”)

(今回は趣味の野鳥や水鳥とは別に)雨水に濡れる蛙(カエル)のいる光景を詠ったもので、「梅雨時、江戸市中の戸口に蛙が泳いでいるのである。こせつかない**作風が好ましい。」とのこと。
---------------------------------------------
五月雨(さみだれ)に蛙(かはづ)のおよぐ戸口哉(かな)        (杉風)
---------------------------------------------
(**)こせつかない: 気持ちにゆとりがあり、焦ったり・せわしくしない様子。

そういえば、最近住宅地でカエルの姿を見ない・・・当地、武蔵野台地は乾燥地帯だからだろうけれど。それに比べて、江戸時代の深川は、隅田川河口を埋め立ててできた土地でもあり、もともと水気のある場所だったといえるかもしれない・・・カエルが戸口にいてもおかしくないわけで。

2021年10月8日金曜日

寒露 2021、自然観察園

二十四節気の「寒露(かんろ)」だ。”かんろ”の音から、小魚を甘く煮つけて黒い照りが特徴の「甘露煮(かんろに)」とか、むかし懐かしい薄茶色した飴玉の「カンロ飴」を思い出すが、二十四節気の寒露は、寒さが押し寄せる気配をしめすもの。
晩秋にいたり気温が下がりつつあるが、強い寒気にさらされることもなく、ここ数日、半袖姿で外出したりするくらい。

(本ブログ関連:”寒露”)

きょう、明るい日射しに誘われて公園併設の自然観察園へ出かけた。運動不足で弱った膝のリハビリを兼ねてのこと。いったん動き出せば問題なく・・・滑らかに歩を進める。直射日光を避けるようにして木陰を探す。次第に額に汗がにじんでくる。

観察センターで配布の今月の「花だより」を片手に、木の実や花を中心に探した。

コムラサキ(樹):
以前この実についてブログに記したが、写真に撮ってなかった。

ガマズミ(樹):
この実も以前ブログに記したが、写真に撮っていなかった・・・。

クサギ(樹):
この実について以前ブログに記している。

ミズヒキ(草): 
この花について以前ブログに記している。

ホトトギス(草):
花弁に紫色の斑点を散らした、一見カモフラージュ風の姿に異様さを感じるが、それが鳥のホトトギスの胸の模様に似ている(Wikipediaによる)といわれても戸惑うばかり。迷彩風の斑点模様が、花弁の色・形は異なるが「ヒオウギ」と似た感じがする。
キンモクセイ(樹):
公園の門(オートバイなど進入防止柵を設けている)の脇に一本立っていて、オレンジ色の小さな花を群れ咲かせている。花の香りが特徴的でポピュラーな花だけに、以前ブログに何度か記している。今回、マスクをしていたので、香気を感じることはなかったけれど・・・。

2023年11月5日日曜日

自然観察園

3連休(11/3~5)最終日のきょう、昨日(11/4)の「野鳥観察」(探鳥会)を欠席したため、それを補いたい思いがあって公園併設の「自然観察園」へ出かけた。鳥とは違い、植物観察に終わった、しかも、しっかり確認できてないのを自覚することになった。

昼前(11時半ころ)の公園は、家族連れで賑わっていた。暖かい日射しだったが、さすがに11月の小川に入って水遊びする姿はなかった。多くは原っぱにシートを敷き、日光を浴びながら団らんしていた。あちこちから、子どもたちの元気な声が聞こえた。

一方、自然観察園は、高齢者ばかりで人影が思った以上になく、むしろ閑散としていた。観察園西側をのんびり廻った(例によって、観察園入口に配置された「11月 観察園の花だより」に記載の <花や実のリスト> と <地図> を頼りにして)。

ヤクシソウ(写真左)、ホトトギス(写真右)
「ヤクシソウ」は、「花だより」の地図に示された場所に咲き、リストの通り黄色の花弁をしていた。ネットの画像検索を見ると、花弁の先端がギザギザしている・・・撮った写真ではそのように見えない。・・・疑心暗鬼になるばかり。
「ホトトギス」も同様で、囲いの奥にあるため、花弁の様をきちんと確認していない。
・・・疑心暗鬼になるばかり。



ミゾソバ(写真左)、カントウヨメナ(写真右)
「ミゾソバ」の花は、花弁の周囲が薄紅色になり、水辺に咲くという(前回(11/28)の探鳥会で、カルガモが泳ぎながら岸辺の花をついばんでいた)。「花だより」に照らして見つけたのは、白いふっくらした状態の花弁で、湿地より離れた場所で咲いていた。
「カントウヨメナ」の花弁は淡紫色が特徴だが、「花だより」に照らして見つけたのは、随分と白いものだった。
・・・疑心暗鬼になるばかり。


今回、他に「ヤブミョウガ」、「キンミズヒキ」などを、「花だより」に照らして見つけたが、どうにも自信がない。現場でいろいろ観察したつもりでも、家でネット情報を確認すると・・・疑心悪鬼になるばかりだ。

2026年1月2日金曜日

季語: 元日、二日、三日、四日、五日、六日、七日

1月のカレンダーで、元日(一日)、二日、三日、四日、五日、六日、七日まで、新年の季語という。(「日々の歳時記」 広瀬一朗著、東京新聞出版局)

他の歳時記「写真 俳句歳時記」(横田正知編、教養文庫)も確認したが、三日までは季語の目次にあるが、四日以降は取り上げてない。たしかに、元旦から三日までは正月気分の「三が日」でもあるし・・・。

(本ブログ関連:”俳句”)

上記の両歳時記に、新年二日のこととして、高浜虚子(1874年[明治7年]~ 1959年[昭和34年])の次の句が載っている。
    ---------------------------------------------
    老しずかなるは二日も同じこと
    ---------------------------------------------

同句は、虚子の「五百五十句」(昭和十一年 ~ 昭和十五年)の <昭和十四年> に収められている。

■ 青空文庫
「五百五十句」高浜虚子
    ー https://www.aozora.gr.jp/cards/001310/files/51838_59542.html
-------------------------------------------------
 さきに『ホトトギス』五百号を記念するために改造社から『五百句』という書物を出した。これは私が俳句を作りはじめた明治二十四、五年頃ごろから昭和十年までの中から五百句を選んだものであった。先頃桜井書店から何か私の書物を出版したいとの事であったので、『ホトトギス』が五百五十号になった記念に、その後の私の句の中から五百五十句を選み出してそれを出版して見ようかと思い立った。
-------------------------------------------------

佐藤愛子さんなら「なにがめでたい」と啖呵を切りそうだけど、虚子は60代前半にして斯様に自覚的だったのだろう。どちらも納得してしまう。

2026年5月4日月曜日

みどりの日 2026、目には青葉 山ほととぎす 初鰹(山口素堂)

きょうは 5月の<国民の祝日> 2日目の「みどりの日」だ。初夏を思わせる公園に出かけたとき、日陰棚の頭上を厚く樹影が覆い、眩しい日射しからさえぎられた場所になったことに気づく。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

きのうの昼ごろから今朝まで、南の風が吹き続いた。最大瞬間風速は次の通り:
・5/3: 15.3m/s、南南西(05:34)
・5/416.1m/s、南南東(23:37)
なお今朝方、わずかなながら小雨が降った。

(付記)
今年、「夏日」(25℃以上)となった日の最高気温
月日   最高気温(時刻)
-------------------------------------
4/16: 25.2℃
4/19: 26.6℃
4/20: 25.7℃
4/21: 25.5℃
5/3:   25.8℃(13:32)
5/4:  28.6℃(14:15)← きょう
-------------------------------------

山口素堂(そどう)

初夏の(初物好きの)句に、「目には青葉  山ほととぎす  初鰹(はつがつお)」(山口素堂、寛永19年⁅1642年] ~  享保元年⁅1716年])がある。あまりにもポピュラー。素堂は、芭蕉庵に通い、親しく交流したようだ(土木関係の縁もあったのかな?)。

(本ブログ関連:”ホトトギスカッコウ”)

日本では「ホトトギス」、英国では(上記、関連リンクの)「カッコウ」が初夏を知らせる。ちなみに、「初鰹」に相当する英国の食べ物について、生成AIの Gemini に問うたところ新ジャガの「ジャージー・ロイヤル(Jersey Royal)」が適切とのこと。

ところで、素堂のプロフィールについて、Wikipediaは少々曖昧。ネットで Gemini などに問うたところ次のような回答を得た。すなわち上掲句に対する世俗的な反響とは裏腹に「超然とした高潔な印象を与える」人物だったようだ。以下抜粋。
-----------------------------------------------
・若くして隠居(家業の酒造業の家督を弟にゆずる)。
・特定の職業を持たない、風雅な隠士(定収入のない文化人 / 教養人)。
・「趣味人」のスタンスを貫き、特定の流派を立てることもなく、地位や名声にも無頓着。
・儒学、漢詩、さらには和歌、書道、茶道、能楽まで嗜むマルチな文化人。
・芭蕉の漢詩的リテラシーに影響をもたらした面もあるようだ。
・「都会の隠者」に徹した。
-----------------------------------------------

■ 山梨県立大学  芭蕉関係人名集
「山口素堂」
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/whoswho/sodoh.htm

まさに、元禄の時代、理想的な都会の<自由人> だったようだ。

2026年5月12日火曜日

武蔵野の月の山端や時鳥(大淀三千風)

昔の江戸市中といえば、都区部の一部を指していたし、新宿はその端の宿場町だった。まして武蔵野となると、更に外側だった。(検索AI Labs)
-----------------------------------------------
・江戸市中は、東京23区中心部(千代田・中央・港・文京・台東・墨田・江東の一部・新宿・豊島の全域、および 渋谷区、品川区、目黒区、北区、板橋区の一部)の範囲。
・江戸に最も近い初宿(江戸四宿)は、品川宿(東海道)、内藤新宿(甲州街道)、板橋宿(中山道)、千住宿(日光・奥州街道)。
・新宿は、日本橋中央区)から数えて最初の宿場であり、武蔵野を抜ける甲州街道と成木街道(青梅街道)の分岐点。
---------------------------------------------

「四季の俳句」(関森勝夫、桜風社)の <夏> の項に、俳諧師 大淀三千風(おおよど みちかぜ、寛永16年[1639年] ~ 宝永4年[1707年])の次の句がある。同書によれば、三千風の「(日本)行脚文集」の句で、日本橋よりの眺望と語られているそうだ。関森氏は、「武蔵野の平地の先の、低い山の重なりが目に浮かんだ。/ ほととぎす(時鳥)の声よりも、その飛ぶ姿に焦点のあることが理解される」と評している。

---------------------------------------------
武蔵野の月の山端や時鳥    (大淀三千風)
---------------------------------------------

(本ブログ関連:”ホトトギス”)

江戸市中の日本橋から、武蔵野の光景が眺望できたというのは驚きだ。現在の感覚からいえば、都下武蔵野は、新宿、ないし中野辺りを出ないと武蔵野らしさを感じないものだ・・・それも、中央線が高架になってから気づいたことだが。

月の山端とは、今以上に月の明かりを感じる夜、遠く秩父山地から奥多摩にかけての稜線を感じ取れたからだろう。そのとき、飛ぶホトトギスの姿までとは、江戸のひとの眼力に感心するばかりだ。

ちなみに、三千風は全国行脚に七年間巡遊したという。

2026年5月24日日曜日

浮雲の 身にしありせば 時鳥 しば鳴く頃は いづこに待たむ(良寛)

きょうの日付にかわった深夜、胸騒ぎのような雨音がした。気になってテレビを点けてチャンネルを巡っているうちに寝てしまった。そこから6時間寝て、さらに二度寝、三度寝してしまった。えらく遅い起床となった。

目覚めて外を見れば、鈍色の重たい曇り空、すっかり外出する気をなくし、どうやら無為な一日となりそうと思った通りの結果になった。

今回は第五巻、「第五  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、江戸後期の越後の歌人良寛(宝暦8年[1758年] - 天保2年[1831年] )の次の歌が載っている。「時鳥(ホトトギス)」について、初夏の<時を告げる鳥>と同時に、古今集の歌にあるように「懐旧の情や郷愁をしきりに誘う声との意味合いも色濃く付随」しているという解説があった。

(本ブログ関連:”折々のうた”、”ホトトギス”)
----------------------------------------------
浮雲の身にしありせば時鳥(ほととぎす)しば鳴く頃はいづこに待たむ(良寛)
----------------------------------------------
この歌は、「(弟子となった)貞心尼が良寛の庵を辞して帰る際(あるいはしばらく会えなくなる際)に詠まれた、お別れの歌に対する、良寛からの返歌」とのこと(Gemini)。再会を願ってのことか・・・。
・ 浮雲の身:世捨て人
・しば鳴く: しきりに鳴く
・ いづこに待たむ:何処で待ちわびることになるのだろうか

良寛については、子どもたちと遊ぶやさしい僧の逸話を聞かされて、子どもこころに親しみを感じた。優れた書家であったと知られるが、鑑賞眼のなさゆえ言葉に困るのだが。平凡な心理からいえば、弟子貞心尼との心の交流だろうか(蓮の)。中世フランスの神学者・修道士ピエール・アベラールと、妻から修道女に出家したエロイーズとの関係を重ね合わせて想像・空想したりする(往復書簡)。

2026年4月13日月曜日

鶯の啼くや小さき口あいて(蕪村)

きのう、ベテランの方から配信いただいた写真の中に「ウグイス(鶯)」の姿があった。とてもポピュラーな鳥だが、写真のように眼前で見たことがない・・・樹間の奥で鳴く「ホーホケキョ」の声を耳にするだけだ。

ウグイスについて、「野鳥歳時記」(山谷春潮、冨山房百貨文庫:子息による改訂版)に次のように記されている。① 「杜鵑(ホトトギス)」とともに一番俳人たちに親しまれた鳥。➁ 「駒鳥(コマドリ)」、「大瑠璃(オオルリ)」とともに三鳴鳥と呼ばれている。③ 鶯といえばきまりきったものとなりやすい俳句法から、新しい眼のつけどころを発見することは大切。・・・と記されている。

たしかに、鳴き声からいろいろ詩的にイメージを膨らますことは自由で、それを亡き人への思いと重ねるといった解釈もあるそうだが、そこまでに行きつく想像をしたことはないが。なにしろ、しろうと野鳥趣味者にとっては、その姿をぜひまなこに収めたいだけなのだから。

(本ブログ関連:”俳句”)

折々のうた
今度は第三巻、「第三  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、与謝野蕪村(享保元年(1716年)~ 天明3年(1784年))の <鶯> の句がある。大岡信氏は、「古来だれもが見知っているはずの情景である。しかし、古来だれも鶯という鳥を『啼くや小さき口あいて』とは詠まなかった。」とし、「聞くもの」から「見つめるもの」へと、「伝統を新しくした」と解説。なるほど、文人にとって大転換だったのだろう。

(本ブログ関連:”折々のうた”、”蕪村”)

------------------------------------------------
鶯の啼(な)くや小さき口あいて   (蕪村)
------------------------------------------------

もしかして、画人としての視点もあったのだろうか。野鳥趣味のしろうとには及びもせぬ世界観なのだろうけれど。
ともあれ、きのう配信いただいた写真と上掲句はぴったり合う。

(本ブログ関連:”ウグイス”)

2025年2月3日月曜日

立春 2025

きょうは二十四節気の「立春」で、冬が極まり、はじめて春のきざしが始まるころ。なにより、歳時記の本の最初に戻るわけで、気分は一新して春にかたむく。とはいえ今朝のテレビの天気予報では、明日から当地も寒気が強まり、最低気温が -3℃ ~ 0℃ の日が続く*という。寒さ極まる今季最強の「寒波襲来」とのこと。
(*)最低気温: 当地についてテレビやネット情報に基づく。ただし当地の雪情報はない。

(本ブログ関連:”立春”)

七十二候
立春の期間の「七十二候」には、春に向けた言葉がならぶ。
----------------------------------------------------------
・初候: 東風**解凍(とうふう こおりを とく) 暖かい春風が厚い氷を解かし始める。
・次候: 黄鶯***睍睆(うぐいす なく) 春を告げる鶯(うぐいす)の美しいさえずりが始まる。
・末候: 魚上氷(うお こおりに あがる) 暖かくなって割れた氷の間から魚がはね上がる。
----------------------------------------------------------
(**)東風(こち): 春に吹く風。思い浮かぶのは教科書に載っていた、菅原道真公の歌「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春な忘れそ」だろう。

(***)「ウグイス」: 別名「春告げ鳥」といわれ、早春に「ケキョ」と鳴き、春が進むと「ホーホケキョ」と鳴く(Wikipedia)そうだが、ネットで調べると多彩のようだ。
暮らしの歳時記「日本の七十二候を楽しむ」(白井明大、東邦出版)の立春の項の扉絵に、梅の木にウグイスが集まり、小林一茶の縁起の良い句「外からは梅がとび込福茶哉」が併載されている。
ウグイスは写真で見ると少々地味な外見のため、見た目のかわいらしい「メジロ」と混同されるようだ・・・思わず納得する。梅の花との取り合わせに、メジロの方が絵になりやすい気がする。
なお「夏告げ鳥」として、「カッコウ」や「ホトトギス」がある。

2026年5月27日水曜日

夏は来ぬ、卯の花

そろそろ5月も終わり、6月となれば気象庁の季節区分の「夏」(6月~8月)になる。晩春の5月とはいえ、今月に入ってきょう(5/27)までに 25℃(夏日)以上 だった日が 18日間(67%)あった。実質、すでに初夏の気分である。

■ 気象庁
「予報用語」(気温に関する用語:夏の暑さについて気温(℃)を基準に分類)
    ー https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/kion.html
----------------------------------------------
    ・夏日:    日最高気温が25℃以上の日
    ・真夏日: 日最高気温が30℃以上の日
    ・猛暑日: 日最高気温が35℃以上の日
    ・酷暑日: 日最高気温が40℃以上の日        ←  今年(2026年)から追加
-----------------------------------------------

そんなわけで、もう唱歌の「夏は来ぬ」(作詞:佐佐木信綱、作曲:小山作之助、明治29年⁅1896年])を歌ってもおかしくない。この歌の初出を、明治33年⁅1900年]とする情報もあるが、「近年の文献探訪やレファレンス記録による検証によって、それより4年早い1896年の『新編教育唱歌集』にすでに収録されていたことが確認されています。」(Gemini)とのこと。

(本ブログ関連:”夏は来ぬ”)

歌の出だしにある「卯の花」とは何かを気にせず歌っていたが、落葉広葉樹の低木、白い花が咲く「ウツギ(空木:枝が中空)」の別名だった。次のYoutubeで、優しく細やかな解説を聞くことができる・・・「白く細かい花がうつむいて、枝に流れるように付いているので <雪見草> ともいう」そうだ。

■ Youtube(登録: きのまま里山植物部)
「【自然vlog#64】ウツギ〜初夏に降る雪〜」(2021/05/21)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=7qJwITj00uk

歌詞「夏は来ぬ」
----------------------------------------------
卯の花の 匂う垣根に                                              ← 花期は5~7月(旧暦四月の卯月に咲く)
時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて                            ← 夏を知らせるホトトギス
忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ
 
五月雨(さみだれ)の 注ぐ山田に
賤の女(しずのめ)が 裳裾(もすそ)濡らして          ← 現:賤の女 ⇒ 早乙女(さおとめ)
玉苗(たまなえ)植うる 夏は来ぬ
 
橘(たちばな)の 薫(かお)る軒端(のきば)の       ← 花期は5〜6月枝先に白い花が咲く
窓近く 蛍飛びかい
怠(おこた)り諌(いさ)むる 夏は来ぬ                  ← 蛍の光/窓の雪 → 勉学に励めよ
 
楝(あふち)散る 川辺の宿の                                 ← 花期は初夏の5~6月頃(センダンの別名)
門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して                     ← くいな:水辺の鳥、夏の季語
夕月涼しき 夏は来ぬ
 
五月闇(さつき・やみ) 蛍飛び交い
水鶏(くいな)鳴き 卯の花咲きて
早苗(さなえ)植え渡す 夏は来ぬ
----------------------------------------------

■ Youtube(登録: KAZEKOZOU69)
「夏は来ぬ」(2014/06/04)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=XQm1qk53suc

2016年11月9日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 菊

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/2)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<菊>に関連した3曲を紹介した。

始めに、「四君子(사군자)」のひとつの「菊」について朝鮮後期の文人李鼎輔(이정보、1693年~1766年)が作った「菊[花]よ(국화야)」の曲について次のように紹介された。
・学識と徳を備えた人を「君子」と言う。君子は、学者(ソンビ)にとって理想の姿だが、世に君子と呼ばれる人はいても、清い香りする人は多くない。そのため、梅、蘭、菊、竹を指して、「四君子」と言う。四君子の、①梅は、雪が溶ける前の春、最も先に花を咲かせる。②蘭は、深い山の中でほのかな香りを漂わせる。③竹は、四季を通して青く、まっすぐ伸びる。最後の、④菊は、霜が降りるまで咲くため、見習うべき対象とされる。
・昔の詩歌に、四君子をテーマにしたものが多い。「平時調(평시조)」という定型詩で、霜にもめげずに耐える菊の様子を歌った「菊よ」という曲がある。朝鮮後期の文人李鼎輔が作ったといわれる。彼は、普段は厳しく強直で、言うべきことは言う性格のため、何度も官職から罷免された。正しいことには、自分の意志を曲げなかった。混乱した世に染まらず、自分の意志を貫く、菊のようなソンビだった。

▼ 平時調で「菊よ」の曲を聴く。孤高に晩秋に咲く菊の花を、穏やかに歌いあげる。

次に、現代の作曲家黄秉冀(황병기、1936年5月31日~)が、徐廷柱(서정주、雅号「未堂」、1915年~2000年)の詩を基に作曲した「菊の傍らで(국화 옆에서)」について次のように紹介された。
・黄秉冀の曲「菊の傍らで」は、詩人徐廷柱が1947年に発表した詩「菊の傍らで」を基にした曲だ。<一輪の菊を咲かせるため、ホトトギスは春から鳴いていた/雷が黒雲の中で泣いていたのも、菊を咲かせるためだった/・・・>といい、菊を<姉のような花>と表現している。

▼ 徐廷柱詩、黄秉冀作曲、「菊の傍で」を歌と弦楽器のコムンゴとカヤグム演奏で聴く。現代感覚する、独白のよう歌う。

最後に、南部地域の南道の(長い民謡調の唱)雑歌興打令흥타령)」について次のように紹介された。
・昔のソンビは、秋に菊が咲くと、親しい人々を招いて夜に風流を楽しんだ。四方を塞いだ部屋に明かりを灯し、その前に菊鉢を置いた。すると、壁に花模様の影ができ、水墨画のように影が映ったはず。明かりの位置により影も動いた。南部地域の道雑歌「興打令」は<窓の外に菊を植えて、菊の下に酒を醸しておく>という歌で、<酒が発酵し、菊が咲くと、友が来て、月も明るい。コムンゴなど、夜通しで楽しもう>という内容で、恋しい気持を主題にしている。美しい季節の秋、一輪の菊など見つめながら友が恋しくなる頃でもある。

▼ 南道雑歌「興打令」を聴く。大衆歌謡を思い出させる、情感たっぷりに聞かせてくれる。

2023年5月27日土曜日

野鳥観察(51)

朝が早い。日の出は、5月1日に4:50 だったが、きょうは 4:29 となり、当然それ以前から薄明かりする。歳をとると、つられて起床モードになるのだが・・・これに失敗すると二度寝してしまう恐れがある。

きょうは野鳥観察(探鳥会)と、心にしっかり命じて起床。カメラ、メモ帳、ポケット図鑑は昨晩準備している。ただし、つど思案するのが服装だ。きょうは思った以上に涼し気で、半袖をやめて長袖にした。探鳥会の集合場所で、気温に合わせた服装が話題になったりした。

(本ブログ関連:”野鳥観察”)

集合時刻に見る公園の原っぱ(広場)は、野草が繁り、朝陽に照らされて輝いている。野鳥観察に巡る雑木林も、若葉はすっかり緑を濃く重なり合って枝を隠している。林の草道でマスクを外すと、朝の草いきれを感じる。


結局、野鳥観察は鳴き声を頼りにすることが多かった。今回もベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視・カメラで確認したものを整理して次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
・ツバメ: 目の前を一瞬飛んだように見えた(ベテランの方は確認している)
・ヒヨドリ: 樹上の緑の中から鳴き声が聞こえる
・シジュウカラ: 樹上で鳴く。観察の後半に3羽飛ぶのを見る(ベテランの方から教わる)
・キジバト: 鳴き声
・ホトトギス: 鮮明な鳴き声(ベテランの方から教わる)
--------------------------
・カルガモ: 2羽が小川の上空を下流へ飛び、しばらくして舞い戻ってきた
--------------------------
・小川の岸辺に立つ木に「クワ」の新しい? 木札が付けられていた


帰り道
崖線の「みはらし坂」を上っていたとき、「ウグイス」の鳴き声がまるで耳元で聞くように鋭く響いた。

カルガモの親子
探鳥会で、もう一つ話題になったのが、<体育館そばの池>と、<飛行場そばの池>にカルガモの親子連れが見られるということだった。帰途、ファストフードで朝食をとった後、体育館そばの池へと向かった。すでに探鳥会のメンバーや近所の住人が、愛らしいヒナたちを見に集まっていた。

カルガモの成鳥(メス)が2羽、ヒナの中ぐらいが2羽、小さいヒナが3羽いた。ヒナたちは、水が流れる幅広の斜面にはえた草(こけ)を一生懸命摂っていた。成鳥のメスは、1羽はヒナたちのそばに身を置き、もう1羽は離れた場所にいた(こちらは育児放棄したのではという見方があった)。


2024年5月31日金曜日

きょうで5月が終わり、あしたから夏

昔のラジオ番組「君の名は」には有名なナレーションがあって、「忘却とは忘れ去ることなり」と人生の局面(運命を納得すること)を語った。そんな大げさなものではないが、近ごろ「時」の経過を忘却する。ブログに書いたことすらも忘れる・・・納得してないのに。

(本ブログ関連:”君の名は”)

だから、PCの横に「日付」と「曜日」を大きく強調したデジタル時計を置いているのだが、それすら見落としていることが多々ある。

きょうは5月31日、気象庁の季節区分*で「春」が終わる。あしたから「夏」になる。
(*)気象庁:「時に関する用語 - 季節を表わす用語」
    ー https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/toki.html#A95
    ・春:3~5月
    ・夏:6~8月 
    ・秋:9~11月
    ・冬:12~2月

それに比べて「初夏」といった表現は、二十四節気**をもとに、Wikipedia***やネット情報によれば「立夏」~「芒種」の前日(すなわち「小満」)までとなる・・・ゆるい感じで。
(**)国立国会図書館「二十四節気(にじゅうしせっき)| 日本の暦」
    ー https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter3/s7.html
(***)Wikipediaによる
    ・初春:「立春」~「啓蟄」の前日(すなわち「雨水」いっぱい)まで
    ・初夏:「立夏」~「芒種」の前日(すなわち「小満」いっぱい)まで
    ・初秋:「立秋」~「白露」の前日(すなわち「処暑」いっぱい)まで
    ・初冬:「立冬」~「大雪」の前日(すなわち「小雪」いっぱい)まで

すでに初夏(立夏5/5~芒種の前日6/4)である。このところ太陽が強く照り付ける日があるものの、雨天が続いている。

初夏の鳥(カッコウ、ホトトギス、ツツドリなど「カッコウ科」)の情報を、野鳥観察(探鳥会)の幹事さんから求める案内をいただいている。昨年の6/4の未明、「カッコゥ、カッコゥ、カッコゥ」の鳴き声を聞いたが、今年はどうだろう。

(本ブログ関連:”カッコウ”)

2015年4月30日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 鳥に関わる曲

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/22)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、鳥に関連する3曲を紹介した。

始めに、春を知らせる「ツバメ(燕、제비)」と陰暦3月3日の「桃の節句(삼짇날)」の関わりについて次のように紹介された。
・3月3日は「ひな祭り」だが、陰暦3月3日の上巳は「桃の節句」という。陰暦9月9日に旅立ち、南で過ごしたツバメが戻る日でもある。韓国では、3の数を重視した。ハングルも、天地人の三才が調和を成したもの。じゃんけんも3回勝負する。
・ツバメは、3のつく日に行き来した。パンソリ、「興甫歌(興夫歌、흥보가)」にもツバメが登場する。真面目なフンボに、財産を運んでくる。その日が陰暦3月3日だった。近頃、農村でもツバメを見かけなくなった。今年はどのくらいのツバメが戻ってきたのだろう。

▼ 京畿地域の雑歌、「十二の雑歌」から「ツバメの歌(제비가)」を聴く。雁、ウグイス、ホトトギス、オウム、ツル、クジャク、数々の鳥が登場する。

・この「ツバメの歌」には、数々の鳥が登場するだけでなく、歌詞も面白い。パンソリ「春香歌(춘향가)」や、「沈清歌(심청가)」、「興甫歌」から様々な歌詞を組み合わせて、色々な内容があるが、結局、別れを切なく思う気持ちを表している。暖かい春、楽しそうに戯れる鳥、そして愛する人との別れの寂しさを表している。桃の節句は、本格的に春がはじまる日だ。

次に、桃の節句の食べ物、花煎(화전)と花麺(화면)を次のように紹介された。
・山野に行き、ヂヂミや麺料理(クッス)を食べて花見を楽しんだ。ヂヂミに、花のヂヂミがある。ヂヂミの粉を練り、焼くときツツジの花弁を載せる。これが花のヂヂミ、花煎だ。また、花麺は、ツツジを入れて粉を練り、蜂蜜入り五味子(オミジャ)の汁と一緒に食べる。美しい桃色が春らしさを足してくれる。

サムルノリと歌で、「鳥打令(새타령)」を聴く。今様にアレンジして、楽しげである。

最後に、桃の節句の時期の酒と、「鳥打令」の鳳凰について次のように紹介された。
・桃の節句に酒も欠かせない。ツツジで醸した「杜鵑酒(두견주)」という。他に、春の酒に焼酎と薬酒を混ぜた「過夏酒(과하주)」、梨と生姜が入った「梨薑酒(이강주)」などある。酒とつまみで春を楽しむ中、歌も出たはず。
・この季節、食糧が底をつき苦しい生活した民もいた。「鳥打令」に鳳凰が登場する。豊作の鳥として、君子の出現を知らせるともいわれた。貧しい民に、食糧問題を解決する王が最高の王であった。「鳥打令」にも鳳凰が豊作の鳥として出てくる。

▼ 鳳凰を象徴する楽器笙簧(생황)の演奏で、「ワルツナンバーワン」を聴く。人形劇、空高くゆたりと浮かぶよう、今様である。

・笙簧、鳳凰の鳴き声に最も似た楽器といわれるが、想像の生き物で、鳴き声を聞いた人はいない・・・。

2019年10月24日木曜日

霜降 2019、霜と晩秋

きょうは二十四節気の「霜降(そうこう)」。<霜の降り始めるころ> に当るが、今月(10月)に入って昨日までの東京都心の最低気温は、昨日の 12.4℃ だった。まだ霜を見るころではないようだ。

(本ブログ関連:”霜降”)

そこで「霜降」を「歳時記」*に探すとなかなか見当たらない。漢文好みの俳句にそもそも無いのかといえば、ネットを参照すると、「晩秋」の範疇にあてはまるとある。霜降りが秋の後半というのは、なんとなく納得できる気がする。
(*)文庫「俳諧歳時記 秋」(新潮社編)や電子辞書にある「ホトトギス俳句季題便覧」

ところで、気象庁の用語に「晩秋」はない(「小春日和」の解説に「晩秋から初冬にかけての暖かく穏やかな晴天。」とあるが)、 そこでWikipediaで「晩秋」を見ると、「秋の終わり頃。11月から12月初め頃に該当する。二十四節気に基づく節切りでは、寒露から立冬の前日までの期間をいう。旧暦9月の異名。」とある・・・、晩秋は、秋の終わりと冬のはじめが重なるころ・・・そんな風だろう。

ちなみに、気象庁の天気予報などで用いる用語に秋は「9月から11月までの期間」、したがって晩秋は11月下旬ころ・・・その時期なら十分寒いので、都心で霜に出会うかもしれない。