昔の江戸市中といえば、都区部の一部を指していたし、新宿はその端の宿場町だった。まして武蔵野となると、更に外側だった。(検索AI Labs)
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・江戸市中は、東京23区中心部(千代田・中央・港・文京・台東・墨田・江東の一部・新宿・豊島の全域、および 渋谷区、品川区、目黒区、北区、板橋区の一部)の範囲。
・江戸市中は、東京23区中心部(千代田・中央・港・文京・台東・墨田・江東の一部・新宿・豊島の全域、および 渋谷区、品川区、目黒区、北区、板橋区の一部)の範囲。
・江戸に最も近い初宿(江戸四宿)は、品川宿(東海道)、内藤新宿(甲州街道)、板橋宿(中山道)、千住宿(日光・奥州街道)。
・新宿は、日本橋(中央区)から数えて最初の宿場であり、武蔵野を抜ける甲州街道と成木街道(青梅街道)の分岐点。
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「四季の俳句」(関森勝夫、桜風社)の <夏> の項に、俳諧師 大淀三千風(寛永16年[1639年] ~ 宝永4年[1707年])の次の句がある。同書によれば、三千風の「(日本)行脚文集」の句で、日本橋よりの眺望と語られているそうだ。関森氏は、「武蔵野の平地の先の、低い山の重なりが目に浮かんだ。/ ほととぎす(時鳥)の声よりも、その飛ぶ姿に焦点のあることが理解される」と評している。
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武蔵野の月の山端や時鳥 (大淀三千風)
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(本ブログ関連:”ホトトギス”)
江戸市中の日本橋から、武蔵野の光景が眺望できたというのは驚きだ。現在の感覚からいえば、都下武蔵野は、新宿、ないし中野辺りを出ないと武蔵野らしさを感じないものだ・・・それも、中央線が高架になってから気づいたことだが。
月の山端とは、今以上に月の明かりを感じる夜、遠く秩父山地から奥多摩にかけての稜線を感じ取れたからだろう。そのとき、飛ぶホトトギスの姿までとは、江戸のひとの眼力に感心するばかりだ。
ちなみに、三千風は全国行脚に七年間巡遊したという。