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2025年9月9日火曜日

プラモデル:「Revell」と「MONOGRAM」の関係

子どものころ、プラモデル以前のこと、模型飛行機を作りたく親に頼んでデパートで求めた模型セットは、胴体各位置の断面図を基に木から削り出すものだった。風防は、セルロイド?樹脂を温めて木型に押し当て作るといった・・・完全な手作り。当然、子どもには歯が立つはずもなく断念した。

そこに登場したのがプラモデルだった。木製模型にすっかり自信をなくした子どもにとって、願ったり叶ったりだった。とはいえ、当時の私には彩色することなどこれっぽっちも思い浮かべることはなかった。ただ、付録のチューブ入り接着剤で、貼り合わせることしかできなかった。マルサンのマッチ箱シリーズから始まった。

(本ブログ関連:”プラモデル”)

やがて体験を重ね、外国製のプラモデルブランドを知った。アメリカのレベル社、モノグラム社。英国のエアフィックス社等々。レベル社の箱絵*は最高の描画で、それを見ただけで購入した。当時の価格で480円だったと思う(子どもには高額だった)。
(*)レベル:各社の箱ケースの中で、一番頑丈だった。箱絵を描いた画家を知りたい。

(他社製品を含めて)思いつくまま並べると、飛行機(戦闘機・爆撃機)、ジープ、水陸両用艇、架橋戦車(Revell製の最高の思い出だ)、レーダー搭載高射砲・・・。

レベル製は縮尺に見合ったものだったが、モノグラム製はリベット(ネジ)の再現にこだわっているように感じた。模型の塗装、ジオラマ作りには考えも及ばなかった。ましてエアブラシなんか知らなかった。結局、作ったものは中途半端に終わり、いつの間にか行方不明になった。

ところで、プラモデルメーカーのレベル社とモノグラム社の関係について大きな経緯があったのを、次のYoutubeを見て知った。製品パッケージの表に、両社のロゴが並んで印刷されていたのだ。

■ Youtube(登録: POOH'S MODELING WORKS)
「最近手に入れたもの2025年9月」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=GPqApxtgHJE

レベルとモノグラム両者の関係が歴史的にどうだったのか知りたく、GoogleのAI Gemini にたずねてみた。

■ Gemini
Q.プラモデルに「Revell」と「MONOGRAM」のマークが合体したものがありますが、両社がどういう関係のときだったのでしょうか? 例えば、両社合併したことがありますか?
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A. はい、Revell(レベル)とMonogram(モノグラム)は、合併した歴史があります。

・具体的には、両社は1986年に合併し、「Revell-Monogram」となりました。当時、ビデオゲームやケーブルテレビの普及により、プラモデル業界の収益性が低下していたことが背景にあります。

・合併後、Revellの工場は閉鎖され、資産はMonogramの工場に移管されました。しかし、Revellのブランド名は世界的に認知度が高かったため、多くの製品で「Revell」がメインブランドとして使用されました。

・その後、2007年に両社は模型メーカーのHobbicoによって買収されました。さらに、2018年のHobbicoの破産を経て、現在ドイツの投資会社であるQuantum Capital Partners(QCP)がRevellを買収し、「Revell GmbH」として事業を行っています

このように、両社は一時的に合併し、Revell-Monogramとして活動していた時期があり、現在でもその当時の金型を使った製品が流通していることがあります。
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やっぱり、Revellの名は消すことができない。(アメリカからドイツに移ったようだが)

2026年8月4日火曜日

60年代 Revell プラモデルのボックスアート・イラストレーター

マルサンのプラモデルを覚えているものにとって、当時、アメリカのレベル(Revell)のプラモデルは憧れの対象だった。西荻窪駅の北口、線路沿いにあった模型店のショーウィンドウに積まれたレベル、モノグラム、エアフィックス、等々の外国製プラモデルは、小遣いを貯めて貯めてやっと手に入れることができるものだった。

その中でも、レベル社は一頭群を抜いていた。なにより、厚手の紙箱ケースの蓋側に描かれた飛行機の絵(ボックスアート)の美しさは今も忘れられない。挿絵画家 小松崎茂の古風さとは違う、高荷義之のリアルさに細密な色彩が加わったような、レベル製品の箱絵が購入の決め手だったのかもしれない。その絵の作者(イラストレーター)をいまも探しているのだが・・・。

(本ブログ関連:”Revell ”、”プラモデル”)

Youtube に、レベル社の歴史を教えてくれるものがあった。続々発表されているようだが、登録時期を見るとどうやら数か月前のことのようだ。(一部に6年前登録のヒストリー紹介がある・・・)

■ Youtubeの画僧検索
検索: The Revell Factory    Vintage Industories
    ー https://www.youtube.com/results?search_query=The+Revell+Factory++++Vintage+Industories

ちなみに、生成AIのChatGPT に、イラストレーターについて問い合わせたところ、次のような回答があった。

■ ChatGPT 
Q.1960年代、米国プラモデルメーカーのレベル社の飛行機の箱絵を描いていた画家を教えてください。雲間を飛翔する戦闘機の金属光沢を見事に表現していました。
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A.おそらく、お探しの画家は ジャック・レインウッド(Jack Leynnwood, 1921–1999) です。
1960年代のアメリカ・レベル(Revell)社を代表するボックスアート・イラストレーターで、多くの模型ファンが「レベル黄金時代」の顔として記憶しています。1959年頃からレベルの仕事を本格的に手掛け、1960年代だけで数百点ものボックスアートを制作しました。

ご質問にある、「雲間を飛翔する戦闘機の金属光沢を見事に表現していた」という特徴は、まさにレインウッドの持ち味です。彼の作品には次のような特徴があります。
・機体表面のアルミニウムやジュラルミンの反射を、青空や雲の映り込みまで含めてリアルに描く。
・雲を背景に斜め前方から機体を捉え、スピード感を強調する大胆な構図
光源を意識したハイライトによって、戦闘機の曲面リベットラインを立体的に表現。
・写実性を保ちながら、実際以上に迫力ある「飛んでいる」印象を与える演出。

特に以下の作品は傑作として知られています。
・P-51B Mustang "Shangri-La" / F4U-1 Corsair / P-40E Warhawk /  F-89 Scorpion
・B-17F "MemphisBelle" / C-130 Hercules
これらは現在でも模型ボックスアートの名作として高く評価されています。

なお、当時のレベルにはレインウッド以外にも、
ジョン・スティール(John Steel)
リチャード・キシャディ(Richard Kishady)
スコット・エイドソン(Scott Eidson)

といった優れた画家がいましたが、1960年代の「金属機の輝き」と「雲を背景にしたダイナミックな飛行シーン」といえば、やはりジャック・レインウッドが最も象徴的な存在です。

もしその頃プラモデル少年だった世代でしたら、レインウッドの絵を見ただけで「作りたい!」と思った方も多いでしょう。彼のボックスアートは単なる商品イラストではなく、航空イラストレーションとしても第一級の完成度を持っており、現在でも原画を探してコレクションする愛好家が少なくありません
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そこで、挙げられたイラストレーターを、Googleの画像検索で覗いて見たが、う~ん、 ジャック・レインウッド(スピード感)も。リチャード・キシャディ(重厚感)も、どこか記憶につながるものを感じるのだが・・・。あのころの、プラモデルのランナーが収まった箱を見たいし、手触りの感触を再確認したい思いもある。
・B-25 ミッチェル、B-58 ハスラー
・架橋戦車ビーバー、水陸両用兵員輸送車?

2018年10月10日水曜日

レベル社のプラモデル

プラモデル作りの記憶はずっと昔のこと。タミヤがこんなに隆盛となる以前、社宅の腕白仲間から、親がアメリカ出張帰りに買ってきたというヘリコプターのプラモデルを見せてもらった。細部の細かさに驚いた、とういかアメリカの凄さを経験したといったほうがいいかもしれない。何しろNHKテレビ番組で「ハイウェイ・パトロール」が放送されていた時代だ。

その頃から飛行機模型に関心があったが、当時といえば、粗く切りだした木製の素材ぐらいしかなく、購入したもののヤスリなどで削りだすには相当根気がいった。結果は無残なもので、飛行機の断面図に合わせて器用に調整するなんてことは子どもに無理だった。

テレビで、三遊亭小金馬がマルサンのプラモデルを紹介した。子どもの小遣いで買えるものといったらマッチ箱シリーズの、今でいえば駄菓子の付録のようなものだが、子どもの目には精巧で手にする喜びを大いに感じたものだ。

(本ブログ関連:”プラモデル”)

小遣いをためては、胸をドキドキさせながら模型屋に向かった。そこは、子どもたちが飛行機や模型の知識をためるところであり、試すところでもあった。右手で飛行機雑誌を読み、左手で模型作りに励むといった具合だ。

そんなとき、アメリカ製のプラモデル(模型部品)が入った箱を見て驚いた。飛行機の姿が何と美しく描かれているのだろう。機体の光沢が何と流麗なことだろう。箱に耳を当てればエンジン音が聞こえてくるようだった。レベル(Revell)社の箱絵の作者が誰だったのか、関心が及ばなかったが、何度も箱絵を見ては買い求めた。捨ててしまった箱の、絵の部分だけでも切り取っておけばと今も悔やむ。

当時、480円だったかと思う。今の価値にすれば、5~6倍になるかもしれない。考えてみれば、(子どもには)相当な値段だったわけだが、欲しい一心で小遣いをためた。

2011年9月23日金曜日

Skysweeper(スカイスウィーパー)

子どものころにプラモデルといえば、国産よりアメリカ製のものにあこがれていた。その中でも、箱に描かれた絵が素晴らしいレベル(Revell)社のものは、製品もよくできていて欲しくてたまらなかった。二番手でいえば、モノグラム(Monogram)社のものだろう。こちらは、細部を強調して、見た目には面白かったが・・・。

西荻窪にあった模型店だった思うが、高価で珍しいものがガラスケースの中にあった。当時としてもマニアックなものだったが、「Skysweeper」(高射砲)のプラモデル(*)だ。レベル社でも、モノグラム社でもない、どこのメーカーだったのかとインターネットで調べたところ、どうやらRenwal社だ。プラモデルに付属の解説資料の写真を見て、Renwal社製であったことを確信した。
(*)「Vintage Plamo Chronicle」に感謝

Skysweeperは、空から飛んでくるものを打ち落とすために、レーダーが装備されていて、子どもながらに凄いなと感心した。Skysweeperの名の通り、本体に、箒(ほうき)で空を掃除する魔女マスコットが描かれている。Youtubeで実物を見ると、思いのほか小型だったことに驚く。

さて、空でなくて宇宙から落ちてくるやっかいなしろものを掃除してくれる、Spacesweeperと名づけてよいものはないのだろうか。魔女が出てきて、落下中の上層大気調査衛星「UARS」をさっさと掃き清めて欲しいものだ。

Yomiurionlineの記事「破片落下の衛星、24日3時半に中部上空を通過」(9月23日21時15分)によれば、UARS落下範囲に日本も含まれる可能性があると次のように報じている。
・文部科学省によると、米航空宇宙局(NASA)の情報を基に宇宙航空研究開発機構が衛星の軌道を計算したところ、24日午前2時に北方領土付近、同3時半に愛知、岐阜、福井県など中部地方付近、同5時に沖縄本島の南側の上空を通過すると見込まれているという。

(Youtubeに登録のjaglavaksoldierに感謝)


★★★★★ 孫娘が、父親の胸の上に乗ってニコニコ顔で、マイクを持って歌っている?写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、店内のアンパンマンのカートに乗って、真剣な眼差しで運転している写真が届いた ★★★★★

2025年9月3日水曜日

はい、乾燥しています

むかし、子どものころにラジオで聴いた落語の落ちに、「はい、乾燥しています」というのがあった。歳をとると老人は枯れて水気がなくなり、軽過ぎてついには湯船で浮かんでしまう。

この「乾燥してます」という言葉を覚えているが、落語家が誰だったか覚えていない・・・柳亭痴楽さんだったかどうか?

落語は、子どものころ、ラジオから耳に入ったもので、すこし大きくなってテレビでの視聴では何故か興が乗らなかった。大人になって、新宿末廣、上野鈴本を訪れたことがあるが、観光気分でしかなかった。

子ども時代、当時の三遊亭小金馬(三遊亭金翁、1929年[昭和4年] ~ 2022年[令和4年])さんが、テレビでマルサン*提供のプラモデルの番組司会をやられていた。だから、懐かしく上野鈴本でお顔を見に行ったとき、「わたしは、まだ死にませんから」という洒落をいわれた。観客の多くは、プラモデル草創期に子どもだった世代だ。
(*)マルサンの「マッチ箱シリーズ」こそ、プラモデルの初経験だった。

あした、8月の夏休みが明けて、今年後期の体操教室が始まる。年配者向けの軽い運動だ。

2024年9月13日金曜日

C-119 輸送機

輸送機といえば、民間の場合、旅客機を改造したものがほとんどだろう。専用機として開発されたといわれる「ボーイング 777F」や「エアバス A350F」などあるそうだが、素人目には、ボーイング 777やエアバス A350旅客機の窓がないくらいのものにしか見えない。

自衛隊機で多く見るのは、何といってもターボプロップの四発プロペラ機「ロッキード C-130(ハーキュリーズ)」だろう。その後の国産の双発ジェット機「川重 C-1」、その後継の「C-2」がある。サイズがどんどん大きくなる。

ところで、小学生のころ、九州に住んでいたとき、小学校の校庭の上空を双発・双胴のレシプロ機「フェアチャイルド C-119」が飛んでいた。というか、ゆったりと浮かんでいたといった方がよいかもしれない。たいてい一機だけ。レシプロエンジンのブォーンといった音は、辺り一帯に充満した。

(本ブログ関連:”C-119”)

遠賀川の河口、芦屋海岸に米軍基地(現:空自の「芦屋基地」)があり、C-119輸送機のベースになっていたようだ。子どものころなので、遠賀川は遠くにあって、子どもだけで遊びに行く距離じゃなかった。まして、芦屋基地に行くあてもない。
芦屋という地名を身近に感じていたので、今お騒がせの兵庫県にある芦屋と、なぜかイメージが重なったりした。おかしなものだが。

C-119輸送機が何処へ飛んで行くのか気にしたことはまったくなかった。何度見返しても一向に飛び去る気配がない、そんな機影が不思議だった。だいぶ上空を飛んでいたのだろうけど。

ところで、プラモデル好きだったが、C-119を作った記憶はない。実機をしょっちゅう見ていたのに、やっぱり地味な機体だったせいかもしれない。プラモデル人気はあまりないようで、ネット検索しても国産メーカー大手の「タミヤ」も製造販売していないようだ(イタリアのイタレリ社製を扱っているようだが)。


(付)
① Youtube:「米軍史上最高の軍用輸送機トップ7」(登録:ミリタリーテレビ)
https://www.youtube.com/watch?v=Nj8vdIev3xc&t=21s

② Youtube:「フェアチャイルド C-119 ”Flying Boxcar”の歴史」(登録:Hagerstown Aviation Museum)
https://www.youtube.com/watch?v=xw_gkzEZKu0

2026年8月28日金曜日

8月の満月(スタージョン・ムーン)

夕方(5時ころ)、町に出た。空に雲がたなびき重なりあう。その影が、いつもの灰色と違って、青味がして不思議な透明感があった・・・なんのことはない、わたしにとって理想的な雲の姿は、レベルのプラモデルキットの箱絵のイメージなのだ。そこにどこまで近づくかで空の造形を判断したりする。

(本ブログ関連:”プラモデル”)

ところで、夜遅くなって気付いたのは、きょうの月が満月(月齢 15.4、13時)ということ。毎月、ブログに満月を触れているので慌ててPCに向かった次第。家を出て観察に行くのは、ちときついが。

(本ブログ関連:”8月の満月”)

今月の満月に、特別な和名は見当たらないけれど、アメリカではインディアンの伝統にしたがって、五大湖の東にある湖で、この時期に捕れるチョウザメ(sturgeon)の名から「スタージョン・ムーン」と呼ぶそうだ。あまりに地域に偏り過ぎて、ちょっと馴染めないのだが・・・。

夏休みも終わりと思っていたら、夕方出かけたとき、小学校から子どもたちが次々帰宅しているのに出会った。ランドセル姿じゃない、今どきのずり下がったようなリュックスタイルで、どうやら集団で何処かに見学に行ったらしい。何人か親が迎えに来ていたが、陽の陰るこの時間に下校させる(できる)とは、なんと日本の安全なことか。

2017年11月19日日曜日

岐阜基地航空祭、 空を飛ぶのを見てきました

昨日から1泊2日のバスツアーで、「2017 岐阜基地航空祭」に行ってきました。何を見たいかって、それは次の三つです。会場(基地)の広さに押されて、下記①のみの見学を実施して、後はギブアップしましたが、幸い、飛行は空を見上げればどこからでも見られるわけで、バス駐車場広場に戻って観察した次第です。(追記: 中日新聞記事(11/20)「主催者によると前年の二倍を超える十三万人が来場」)

(本ブログ関連:”飛行機”)

① 先進技術実証機「X-2
・今年の全国航空祭で、唯一、岐阜だけに実物展示されたそうだ。雑誌やYoutubeで見た赤と白の軽快な姿が目の前にあった。早めに会場に到着したので、30~40分待ちの行列だったが、その後は1時間半待ちといわれた。(現在の姿は、エンジンサイズに見合ったものとのことで、最終的なスタイルは、雑誌などでいろいろ予想されている)

② 「ブルーインパルス
T4練習機による編隊曲技飛行(同基地4年振りの飛行とのこと)。以前、2014年の入間航空祭で見て以来だ。今回は小雨もあり、編隊をくずさずの飛行に徹したようだ。ただし、編隊を組み直すため、分散して低空の旋回もあり、排気方向が地上(丁度バス駐車場)の観客方向になった瞬間、エンジン音の轟きは凄かった。(爆音で楽しむだ)

③  室屋義秀パイロット
・「2017年度 エアレース世界選手権」チャンピオンの室屋義秀パイロットによる曲技飛行。次のYoutube映像は、高い位置からの撮影のようで、(Lexus標示の)エクストラ300が地面すれすれを飛び、垂直飛行でキリモミしながら降下するのがわかる。小型機の能力いっぱい使いこなす、考えられない才能と、ありえない強靭さで、飛行の安定性を示してくれる。(見ながら、心の中で「もういいよ!」と何度叫んだことか)


(Youtubeに登録のk163k163に感謝)

また、F-14の低空の飛行があり、まさに腹に響く怒涛の爆音を響かせ旋回した。以前映画の音響で、大音響セットなるものを経験したが、ジェットエンジンが発する生の音を超えるのは不可能だろう。

屋外の保存展示に、F-1(三菱重工製)があった。何度見ても、F-4ファントムとヨーロッパ(英仏共同開発のジャギュア攻撃機)のキメラのようで・・・今回、フランス人がしきりになぜていた。
別の屋外展示場に、懐かしいT-33があった。昔、アルミ蒸着のT-33プラモデルを作った・・・今に思えば、もっと丁寧に仕事すべきだったと、それにF-86Fがあったが、やっぱり朝鮮戦争の臭いがする。

2022年7月27日水曜日

カルガモのヒナ、夏の雲と百日紅

コロナウィルス変異株(オミクロン株)の亜種BA5が蔓延している・・・子どもたちへの感染が問題視されているのだが、マスコミの報道に対して大衆の反応はいまいちだ。わたしにしても、以前あれほど恐れて外出を極力控えていたのに、近ごろは散歩・外食に躊躇ない。

きょうも、体操教室の横にある小池を観察したり、別の公園に樹木を眺めたりした。ついでに、人混みのなか、買物や食事までした。暑さで緊張がゆるんでいる。

野鳥観察会の野鳥撮影のベテランの方が、ほぼ連日配信されているメール(7/25付け)に、上記小池にいるカルガモの母とヒナ3羽の写真が掲載されていた。2日遅れになるが、きょうわたしも観察に出かけた。幸運にも彼らと出会うことができた。母子同時の写真を撮ることができなかったが、たしかに親子一緒にいた。もちろん、母カルガモはわたしを警戒するように見えたし、ヒナたちはトント気にする気配はなかったけれど。他にも、成長したカルガモたちが多数いた。

(本ブログ関連:”カルガモ”)


このあと、小川の流れる公園へ出かける。夏の青い空と白い雲の対比が美しい。高層雲が巻き毛のように高く浮かんでいる。それを見上げる「サルスベリ(百日紅)」が、薄紅の花を咲かせ身を飾っていた。


飛翔につながる繊細な雲の姿を見ると、中学生のころ、(当時)米国の会社だった「レベル(Revell)」製のプラモデルパッケージ(箱)を思い出す。現在の「タミヤ(田宮)」製のように精密なものが国産になかった時代、高価だが外国の「レベル」、「エアフィックス」、「モノグラム」などの製品にあこがれた。
「レベル」のパッケージ(紙製)は少し硬めだった。上ぶたに描かれた、飛行機だけでなく雲海など含めた絵(デザイン)は一級品だった。飛行機体の金属光沢・反射、雲の色彩変化などの巧みな表現に引き込まれた。当時の画家を今も探している。

(本ブログ関連:”レベル(Revell)”)

2012年6月14日木曜日

飛行機好き

小学校の校庭の空をいつも、双胴の輸送機が飛んでいた。見上げると、ブンブンと響かせながら白い空に停止しているように見えた。どうやら遠い川の向こうにある、米軍基地から飛んでいたようだ。

中学生になると、ひとなみに飛行機が好きになり、マニア向けの雑誌があると知って、近所の小さな本屋に探しに行った。
「ひこうファンってありますか?」と歳とった主人にたずねた。
「えっ、ひこう?」、いぶかしそうに、主人はまさか「非行」でもあるまいといった顔をしながら聞き返した。
店頭に置かれた雑誌「航空ファン」を見つけて、しばらく愛読者になった。

飛行機雲がぐんぐんと青い空を突き進んでいくのを見るのも好きだった。雲の筋は恐怖の存在ではなくて、上空を突き抜けて宇宙へ向かって行くような未来を感じた。夕陽をうけて、雲の先がきらりと反射する光景を見るとなおさら心が浮き立ったものだ。

飛行機ファンの記憶から、「ワルキューレの騎行」の旋律を背に飛翔する軍用機の姿が消えない。中学生のころプラモデル作りにはまって、しっかり彩色した後、それを手に持って口ずさんだのものだ。手首をひねらせては、あらゆる角度で飛行する様子を想像した。

子を持つ身になったとき、決して軍用機の話はしなかったけれど、飛行機好きになるように、イベントでパイパーチェロキーに一緒に乗ったりした。しかし、それ以来、息子は飛行機が嫌いになってしまったようだ。

ああ、今も好みの飛行機が浮かんでくる。でも、軍用機なので、3機の名は記さないでおこう。

(Youtubeに登録のyoisachiに感謝)

2023年11月18日土曜日

夕日に染まった雲、ムクドリの群れ

きょうは、きのうに比べて最低気温(4.6℃、07:04)は 4.1℃低く、最高気温(17.0℃、11:21)は 3.2℃高い。昼過ぎ、街のラーメン屋を出た帰り道、いつもの公園に寄った。広い空間に吹く風はやはり冷える。

公園を東西に横切る小川の土手道から、川面近くに伸びた枝に「カワセミ」の丸々した橙色の腹が見えた。いそいでショルダーバッグから小型カメラを取り出して、写そうとカワセミの姿を見直したとき、彼のとまっていた枝が上下に揺れていた。そして青色の影がそこから飛び去って行くのが見えた。

なんと、私と同様(年齢)の散歩者が、岸辺伝いにカワセミに近づいていたのだ。せっかくのチャンスを撮り逃してしまった。釣りでいう逃がした魚は大きい。

公園の帰り道、すっかり夕方になっていた。

夕雲
空に薄紅色に染まった雲が浮かんでいた。最近、夕方の雲の変化にドラマチックなものを感じる。子どものころ作った飛行機プラモデルの、特に米Revell社製の箱カバーに描かれた雲のイラストにあこがれていた・・・いまだに画家の名前を探している。イラスト集があればぜひとも求めたい。


ムクドリの群れ
先日(11/11)触れたムクドリの群れとまた出会った。実は、きのう(11/17)見たムクドリの大群はもっとすさまじかった・・・波がうねるようにして群れが飛んでいた。きょうは少しおとなしくして、電線に静かに連なっていた。


2018年3月13日火曜日

(雑談) Uコン

昔の小学校の校庭は呑気だったのか、あるいは学校と交渉があってのことか知らないが、飛行機マニアが「Uコン」機を飛ばしていた。航路の円周の中心に操縦者が位置して、プロペラ機の片翼とワイヤーでつなぎ飛行をコントロールする(有線の操縦)。燃料が切れるまで、遠心力を利用して飛ばし続けた。

(本ブログ関連:”飛行機”) ←  リンク先画面下右側の<次の投稿>をクリックすると更に続きます。

Uコンについてブログに記す際、Wikipediaを確認したところ、正式な操縦手段を「コントロール・ライン」と呼ぶようだ。子どもたちにとって、Uコンマニアが大人っぽく見えたけど、考えてみれば中高生ぐらいだったのかもしれない。昔は、無線のハムと同じくらい、Uコンもジャンルを確立していた気がする。

ところで、操縦者が中心にいて、円を描いて飛ぶ模型飛行は恐ろしく早い。ワイヤーの長さを半径にした円周だから、飛行規模はそれほど大きくない。その分、エンジンの爆音と速度を近くに感じて、おっかなびっくり離れて観察した。Uコン機と操縦者が一体化しているのが分かった。

飛行機が着陸すると、子どもたちは機体のそばに集まった。自分も操縦したい、Uコン機を作りたい、いろいろな思いをしながら、Uコンマニアに混じっていつまでも眺めていた。其処には、甘い揮発性の燃料の香りがした。香りに包まれると、自分もその仲間になったような錯覚すらした。それが楽しかった、嬉しかった。

最近の模型飛行の中心である無線操縦の「ラジコン(RC)」機体と違って、Uコン機は極めてシンプルな仕上がりだった。プラモデル機の延長にあるような精緻なフォルムでない、まさに質実剛健な構造で、板きれを頑丈に組み合わせたようなものだった。見た目に格好良くは無かった。Youtubeなど参照すると、今でも、一体感のある無骨なままのようだ。

2023年11月22日水曜日

小雪 2023

きょうは二十四節気の「小雪(しょうせつ)」、そろそろ(雨が)雪となって降り始めるころ。ただし、このごろ*は暖冬のせいか寒気が深まらず、小春日和といった貴重さもない。
(*)気象庁の季節区分では、9、10、11月は秋。

(本ブログ関連:”小雪”)

最近、なぜか冬の雲の姿に興味を持っている。特に夕方の西陽に照らされた雲は美しい。薄紅色に染まった雲、雲間から漏れいずる光の照射、雲の縁を研ぎ澄ますような光輝といった具合。

小雪を三つに分けた最初の候(初候)を「虹蔵不見(にじ かくれて みえず)」といい、虹を見かけなくなるという。その理由を空気が乾燥しているとか、太陽高度のせいといった解説がネットにある。日ごろ無頓着なため、いわれるまで気づかづにいた。

彩雲
小雪の初候に、虹が見られにくくなることから逆に、虹色に輝く「彩雲」を思い出す。

気象庁の「雲・大気現象・大気光象について」に、彩雲について次のよう解説がある。
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq13.html
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雲が七色に見える「彩雲」の仕組みは何ですか?

彩雲は、上空の比較的薄い雲がその縁に沿うように赤、黄、緑などの色に分かれて見える現象です。この現象は、太陽の光が雲の粒を回り込んで進む(これを回折といいます)ことにより発生します。この際に波長が長い赤い光は波長の短い青い光より大きな角度で雲の粒を回り込むため、光の色によって進行方向が変わり、色が分かれて見えるようになります。また、雲の粒の大きさにより光の回り込み方が異なることから、雲の粒の大きさで雲の色が違って見えます一般に雲の縁で雲の粒が最も小さく、中心に向かって雲の粒が大きくなりますので、雲の縁から中心に向かって色が変わって見えるわけです。
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(付記)
ちなみに、わたしの好きな海軍艦上偵察機に「彩雲」がある。高速性能のため細い胴と、3座搭乗による長い風防(キャノピー)があって、全体にスラリとした美しい設計である。中学生のころ、いろいろとプラモデル作りを楽しんだが、この機体と出合うことはなかった。

2019年2月13日水曜日

JAXA「新型ドーリー種子島へ行く」

物資を補給する途中に、深い谷や荒れる海原がある場合、どうやってつなぐのだろうか。知ってみれば当り前のことだが、まず小さいものでつなぎ、順に大きく(太く)していけばよい。現場で、つなぐ手段を工夫することから始まる。

昔、人手で吊り橋を架ける場合、弓矢に細い紐を結び付けて向こう側へ飛ばし、紐を順に太くしてツルなどに置き換えたようだ。また、浪の高い外洋を航行する船舶同士が、物資補給にパイプをつなぐ場合も同様で、まず細いロープを(砲状のものを使って)相手船に飛ばし、太いパイプに替える方式になる。

巨大なものを運ぶ場合はどうだろう。分割してトラックなどに載せて移送することになる。例えば、鉄道車体をトラックに搭載して、深夜の国道を走る光景がニュースなどで紹介される。巨大なだけに派手で見ごたえがある。一度も出合ったことがないのが残念だが。
大型ロケット基地で使われる、移動発射台運搬台車はどうやってそこに運んだのだろうなんて考えたりもする。Newsweekの記事「日本の次世代ロケット『H3』の打ち上げを支える新型車両が公開された」*(2018年12月10日)に、JAXAの移動発射台運搬台車の紹介がある。
(*) https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/12/h3-1.php
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・三菱重工と宇宙航空研究開発機構(JAXA)、日本車輌製造は2018年12月5日、日本車輌製造の衣浦製作所(愛知県半田市)において、次期大型基幹ロケット「H3」を運ぶための運搬台車を報道公開した。
・台車はこのあと、一度分解して種子島宇宙センターへ輸送。再度組み立て、2019年5月ごろに実際の射場を使った走行試験を実施。2020年度に予定されているH3ロケットの初打ち上げに備える。
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JAXA種子島種子島宇宙センターへ、移動発射台運搬台車(通称「ドーリー」)が運ばれる光景がYoutube映像にある。本来、「親亀の背に子亀を乗せて」というわけだが、なにしろ子亀も大きい。分解してトラック~船舶~トラックで運ぶそうだ。
メカニックに徹した移動発射台運搬台車「ドーリー」のプラモデルはあるのだろうか。

(Youtubeに登録のJAXAに感謝、下記はYoutubeに掲載のJaxaコメント)
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H3ロケットは、H-IIA/Bロケット同様、種子島宇宙センターの大型ロケット組立棟(Vehicle Assembly Building:VAB)で組立・整備が行われます。ロケットをVABで組み立てる際、その台座として使用する移動発射台(Movable Launcher:ML)を、JAXAでは、H3ロケット専用に新しく開発しています。
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