▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼

2025年2月12日水曜日

2月の 満月(スノー・ムーン)

きょう(旧暦1月15日)の月は、満月(正午月齢13.6、満月時刻22時55分ころ)で、まんまるお月さまの姿になる。月のひかる形の変化を「月の満ち欠け」というが、その代表的な姿を「月相」と呼び、主なものに「新月」、「上弦」、「満月」、「下弦」がある。

(本ブログ関連:”満月”)

今晩、満月の時刻(23時)の空は<晴れ>だが、夕方から次第に湿度が増して 80%近くになるそうだ。同時刻の気温は10℃を切るものの、絶対的な寒さとはいえない・・・で、どうする? 満月の写真を撮りに外出するつもりかと・・・う~ん、考えてしまう。

月の明かりに照らされた庭が真白く見えると、古い詩に詠われることがある。雪におおわれたような幻想が重なるのかもしれない。まさに、ネイティブ・アメリカンが、2月の満月を「スノー・ムーン」と呼んだに相応しい。

ところで、2月は日数が短いため、満月の機会を逃すことがあるという。正直、そんなことを意識したことがなかったというか、気付かなかった・・・うかつなことに。

■ NEWSWEEK(日本)
「2025年2月12日は獅子座の満月『スノームーン』...観察方法や特徴を紹介」(2025年2月11日)より抜粋
    ー https://www.newsweekjapan.jp/stories/lifestyle/2025/02/536764.php
-------------------------------------------------------
2月は1年のうち唯一、暦の上で月の周期よりも短い月であるため、年によっては「満月」が発生しないことがある。この現象は「ブラックムーン」と呼ばれ、19年に一度しか起こらない。次回は2037年に発生する予定だ。
-------------------------------------------------------

(追記)
日本海側各県で、降り積もった雪が屋根から落下して、人身事故につながるケースがある。テレビで報じられるたび、気になることがある。当地の方々にとって常識かも知れないが、積雪が崩落する際の衝撃の度合いだ。雪の重みと人身の障害の程度を具体的に説明していただくと、その危険性が分かりやすいのだが。
自動車事故は地域差がなくイメージしやすい。けれど、雪については降雪の少ない地域の住民にとってイメージしにくい面がある。

2025年2月11日火曜日

「不思議の国のアリス」の始まりに登場する「デイジー」の白い花

「春」(気象庁区分で3月~5月)になれば、「不思議の国のアリス」の始まりにアリスが、「デイジー」(和名は「ヒナギク」)の白い花が群生する原で、「何てこった、何てこった、遅れっちまう!」と叫びながら走って行く白ウサギと出会う場面が浮かんでくる。

(本ブログ関連:”アリス、デイジー”)

デイジーは、「露地で栽培した場合は、3月から5月に咲き、花径は2cmくらいの小輪多花性種から、10cm近い大輪種まである。」(Wikipedia)という。実際、不思議な国の物語の後半に登場するウサギは、「三月ウサギ」(野ウサギ)と呼ばれている。

そこで、昨年の3月末に園芸店で「イングリッシュ・デイジー」を購入して、南向きの窓際で育ててみた。確かに、5月まで次つぎ花が咲くのだが、茎が細く萎れていく。水やりしても、もどかしい思いしかできないでいた。越夏は難しいとのこと。一年草の宿命か、それでよいのか・・・と。(草花鑑賞のスタイルというか心構えがいまだに身についていない)

利用したことのなかった Perplexity AI, Inc.の生成AI「Perplexity」を使って、デイジーの品種名を確認したので次に記す。

■ Perplexity AI, Inc.の生成AI「Perplexity」によるQ&A
Q.ディズニーのアニメ「不思議の国のアリス」の始まりに、アリスが「デイジー」の白い花の咲いている場所で遊んでいますが、園芸店で同じデイジーの花を求めたいのですが、何という品種名の花になるのでしょうか?
---------------------------------------------------------
A.ディズニーのアニメ「不思議の国のアリス」の冒頭で描かれている白い「デイジー」の花は、具体的な品種名は明示されていませんが、一般的に「ヒナギク(Bellis perennis)」と考えられます。この植物はヨーロッパ地中海沿岸原産で、白い花弁と黄色い中心部が特徴的なデイジーの代表的な種類です1。

園芸店で探す際には、「ヒナギク」または「English Daisy(イングリッシュデイジー)」という名前で問い合わせると良いでしょう。また、デイジーには「ポンポネット」などの小輪品種もあり、見た目が似たものを選ぶことも可能です15。
---------------------------------------------------------
・ヒナギク(雛菊)とデイジー(daisy)はキク科多年草の同じ花で、和名と英名の関係。
・イングリッシュデイジー(デージー)は欧州原産のディジーの原種で、小振りの花。


2025年2月10日月曜日

映画「NOPE/ノープ」

ケーブルテレビで、映画「NOPE/ノープ」(2022年)を見た。昼間のテレビ画面だったせいか、ストーリーの途中、暗闇の場面が長々と続き、部屋の明かりがディスプレイに反射して見にくく閉口した。暗転の映像では、おどろどろしいサウンドだけが聞こえ、まるで「お化け屋敷」の見世物小屋の中のように響き渡る。監督の他作品を未見でいうに口はばかれるが、SF・怪奇映画が大好きで育った他の映画監督と似た雰囲気は見受けられない。

むかし見たこの映画の予告編から、宇宙人襲来をテーマにしたものと思いきや、アメリカのローカルに棲む空中を漂う巨大な怪奇物が人間を捕食する筋立てのようなものだった。

劇場公開にあたって、どんな観客を想定していたのだろうか。世界史的に初の写真動画で、馬にまたがる男が黒人だったことにこだわったからだろうか(舞台は牧場)。途中、UFO研究に執念を燃やした白人男が、訳もなく死んでしまう(餌食となる)展開も分からない。黒人主人公の妹の狂言回しにはもっと疲れた。

この映画よく見れば、怪奇物を白いクジラと類推すると、アメリカ人の大好きな作家メルヴィルの「白鯨」(初版:The Whale/普及版:Moby-Dick; or The White Whale)が透けて見える気がする。

(追記)
・怪奇物は、テーマパークのアジア人オーナーと、白人観客をもろとも吸い上げ、そのあと血飛沫を落下させた。
・映画公開時のアメリカで、アジア人女性がコロナ禍の原因として、街角で暴行を受ける映像がネット上に流れた。暴行する男たちがどんな連中だったか、画面で明瞭だった。
(*)厚生労働省 「2021年 海外情勢報告」(一部修正)
    ー 「13. 米国における新型コロナウイルス感染症の状況」
    ー https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kaigai/22/
---------------------------------------------------------
米国における新型コロナウイルス感染症の累計感染者数は、2022年3月現在で約 8,000 万人、累計死者数は約 100 万人となっており、ともに世界最大である。
--------------------------------------------------------

2025年2月9日日曜日

雑談:テレビの機能

むかし、ブラウン管テレビを見ていた者にとって、今のデジタルテレビに思うこと。テレビ番組の内容ではなく、受像機としての機能についてだ。(今は、テレビを見るよりPCでネット情報を見ている方が断然多いのだが・・・)
そういえば、むかしの家電は調子が悪くなると、叩いて元に戻すなんてことがあった。今の家電は繊細で、叩いて直す気になれない。

・放送局を切り替えたいとき、むかしはチャンネルは「回す」といったが、今は何という?

・デジタル化したことで便利になったこと。
    ー「字幕」の表示
        ・聞き取れない固有名詞(地名、人名、野草・野鳥の名前など)の理解・確認できる
        (例)NHK番組「さわやか 自然百景」、「小さな旅」、および歴史ドラマ
    ー「番組表」の表示
        ・もしかして今見ている以上に関心がある番組を、見落としていないか確認できる
    ー「番組内容」の表示
        ・最近思い出せないことが多い出演者の名前(含む:役の名前)を確認できる
        ・たまたま巡りあった番組だが、理解を深めるため概要をあらかじめ確認できる

・こんなテレビが欲しい(もしかして、既にテレビに機能が付いているかもしれないが)。
    ー「目覚まし時計」:時計の代わりになるタイマーの設定が欲しい
    ー「終了タイマー」:テレビをつけたまま寝てしまうのでタイマーの設定が欲しい。
    ー 画面を真っ黒にして、音声だけでよいこともある。そんな選択ボタンが欲しい。

長い人生を経験してきただけに思うのは、家電とかメディア機器・媒体といったものの寿命が気になる。
    ー 動画保存: 8mmフィルム ⇒ VHSテープ ⇒ SDカード ⇒ ネットストレージ

2025年2月8日土曜日

(資料)事八日(ことようか)と目籠(めかご)

ネット上で検索・収集した情報による:

きょうは「事八日(ことようか)」(「事始め」または「事納め」)、農事を基準として、事(こと)の始まりと、納めを著す日とのこと。基本的には、物忌(ものいみ:災禍を防ぐ)のための行事が行なわれる。
Wikipediaによると、(事八日は)2月8日と12月8日の年2回またはいずれかに行われる、2月8日と12月8日のどちらかを「事始め」、他方を「事納め」と呼ぶことがある。また、「目籠(めかご)」を高く掲げたり、「農作業をしてはならない、山に入ってはいけないなどの物忌がある」。
実際のところ今の日常生活で、事八日を意識したり経験することはないのだが・・・。

Googleの生成AI「Gemini」によれば、江戸時代後期の風俗習慣について書かれた随筆「嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)」に「事八日」についての記載があるとのこと。また、Wikipediaを見ると、風俗習慣の例として「目籠(めかご)」の挿絵が掲げられていて、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵の「温故年中行事(初編 5版)」*(小林永濯 画、初編、出版年月日:明17~28)で確認できる。
(*)国立国会図書館デジタルコレクション:「温故年中行事」の図版に「目籠」を「事納(事納め)」としているが。
    ー https://dl.ndl.go.jp/pid/767862/1/20


「コトバンク」に掲載の「目籠(メゴ)」の【こと八日】項に、目籠の目的について、次のように説明されている。
    ー https://kotobank.jp/word/%E7%9B%AE%E7%B1%A0-643466
---------------------------------------------------------
・・・(事八日)の日は,神送迎のために物忌すべき日と考えられていたようで,物忌の厳重なるがゆえに一つ目小僧,ミカワリ婆さん,笹神,疫病神等の到来を恐れる伝承を生み,関東から東北地方にかけては妖怪から身を守る(それを防ぐ)ために,夕方早く屋内に引きこもるべきだといったり,庭先や門口に目籠(めかご)を出したり,ヒイラギやトウガラシ,ニンニク,髪の毛などを戸口にさしたり燃やしたりすることが行われている。八日吹きといって,この両日には天候が荒れるとする伝承も,神去来と関連あるものであろう。…
---------------------------------------------------------


(付記)
「事八日」から、「事」について「農事」という言葉を思い浮かべてしまう。子どものころ、(昼の時間帯だったそうだが)居間の真空管ラジオから流れてくる、農村の農事情報を何とはなしに聞いていた。番組の始まりに流れるゆったりとしたテーマ曲(作曲 古関裕而)や、情報提供者の肩書を「農事通信員」(正式には「農事放送通信員」)と呼んでいたことを懐かしく思い出す。実は同番組が、現在も放送されていると番組サイトで知って驚いた。

① NHKラジオ
    ー https://www.nhk.jp/p/hirunoikoi/rs/P1LK3137Z2/
・ちなみに、最新(2/7放送)の放送
    ー https://www.nhk.or.jp/radio/player/ondemand.html?p=P1LK3137Z2_01_4151318&cid=jp-P1LK3137Z2

② JAcom
「『昼のいこい』への思い【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第127回」(2020年12月3日)
    ー https://www.jacom.or.jp/column/2020/12/201203-48079.php
・番組「昼のいこい」について、歴史と経験が語られてぃる。
・同放送が「農村有線放送電話」という、かつて置き電話で流されていた話題もある。

2025年2月6日木曜日

クリスチーナ・ビフローヴァ(Кристина Вихрова)

クリスチーナ・ビフローヴァ(Кристина Вихрова)について

いまから15年前(2010年6月11日)に、本ブログに記したロシアの「クリスチーナ・ビフローヴァ」は、Youtubeで初めて知った歌手であって、その余りの美しさ(声と姿)に何度視聴したことか。
彼女が、ステージで歌う民謡の ①「ステンカ・ラージンの夢」と、結婚式を盛り立てる掛け声でもある ②「ゴーリカ!」の歌がいまも耳に残っている。もう一度、Youtubeで聴いてみたい。

(本ブログ関連:”クリスチーナ・ビフローヴァ(Кристина Вихрова)”)


 ①  Ой, то не вечер (Oh, yes not this Evening)
"Oy, to ne vecher". Russian folk song(Youtube:登録 Cugopob)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=1KoNUYLBnX8
・邦題は、コサック民謡「ステンカ・ラージンの夢(Ой, то не вечер:ああ、まだ夕べじゃない)」である。   
    ー https://en.wikipedia.org/wiki/Oy,_to_ne_vecher  ← 元歌の7詩節を掲載
    ー https://ru.wikipedia.org/wiki/Ой,_то_не_вечер
・現在のウクライナ東南に隣接するロシアのロストフ州(旧 ドン軍管理州)で、かつて帝政ロシアに抵抗したコサックの指揮者であった「スチェパン・ラージン」が最後に不吉な夢(まさに正夢)を見る歌。
・主人公の「ステンカ」は、「スチェパン」の愛称。
・中学時代に教室で配られた<歌詞帳>に必ず載っていた(歌声運動と連動した)「ステンカ・ラージンの歌」が一般に知られていて、まるで未来を歌うような力強さを強調していた。一方、「ステンカ・ラージンの夢」は、露ほど知ることがなかった。

(本ブログ関連:”Ой, то не вечер”)

歌詞翻訳
(資料-1)Lyrics Translate 
「Ukrainian Folk – Ой, да не вечер / ロシア語」
・この歌の英語翻訳が記されている。
    ー https://lyricstranslate.com/ja/ой-да-не-вечер.html

(資料-2)言語で歌う海外曲
「ОЙ, ТО НЕ ВЕЧЕР (ああ、宵にもなっていないのに)」
・本歌の「歌詞」と「ガイド」を丁寧に記されている。
    ー https://ezokashi.opal.ne.jp/r_oitonjevjecher.html


 ②  Горько!(Kiss!)
Concert in the sanarorium "Ural" /2003/(Youtube: 登録 Composer Vladimir Sidorov)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=dLI1aNKV5K4
(注) Youtube解説蘭にあるように「ゴーリカ!」の映像は【3:44】より始まる
・”Kiss!” (3:44). Music and lyrics by Vladimir Sidorov. Sings Kristina Vikhrova.

(参考)”Горько!” :「苦いぞ」の表現は、「結婚式で新郎新婦にキスをうながす掛け声」

歌詞翻訳
(資料-1)英語翻訳
Горько! (You May Now Kiss the Bride) 
    ー https://genius.com/Genius-english-translations-kristina-vikhrova-you-may-now-kiss-the-bride-english-translation-lyrics

(資料-2)ロシア語のローマ字転写
    ー https://genius.com/Genius-romanizations-kristina-vikhrova-you-may-now-kiss-the-bride-romanized-lyrics

2025年2月5日水曜日

端唄「玉川」のように「またくる春を 待ぞへ」

昨日(2/4)のブログに、童謡「春よ来い」を取り上げた。そういえば、似た曲名の「春よ、来い」(作詞作曲 松任谷由実)がある。歌詞に、前者は幼児語を採用しているのに対して、後者は文語・口語が混合している。ともに、おもしろい試みだ。

松任谷由実の「春よ、来い」は、男性との再会、待ち続ける歌だ。文語・口語混合の使い分けとして、文語は座りのよい遠く経過した事々を表現し、口語は自分の心情を示しているように見える。
「君に預けし 我が心は / 今でも返事を待っています」

わたしたちは、四季のサイクルの中にいて、時間が繰り返される幸運に生きている。春が再び来ることを知っている。

同じく春に、再会を期待して待つ、江戸の「端唄」がある(「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)より)。

端唄「玉川」
--------------------------------------------------------
玉川の                                           玉川=玉川上水
水にさらせし  雪の肌                     さらせし = 晒せし
積る口説の  その内に                        口説 = くぜつ、男女のつまらぬ諍(いさか)いか?
とけし島だの  もつれがみ(髪)         とけし島だ = 島田髷(しまだまげ)の髪形がほつれ
おもひださずに  わすれずに               おもひださずに= 忘れぬから⇒思い出すことはない
またくる春を  待(まつ)ぞへ            また来る春を = また春が来るように出会う
--------------------------------------------------------

■ Youtube(登録:朝川玲伎)
「端唄 『玉川』 朝川玲伎」
https://www.youtube.com/watch?v=S6Qw1unbJgY


端唄「玉川」の解釈をGoogleの生成AI「Gemini」にたずねた結果を次に記す。(実はChatGPTにも問うてみたが、少々俯瞰的だった)

■ Googleの生成AI「Gemini」
Q.端唄「玉川」の歌詞について、解釈内容を教えてください。「玉川の水に晒せし 雪の肌 積もる口説のその内に とけし島田のもつれ髪 思い出さずに忘れずに また来る春を 待つぞえ」
--------------------------------------------------------
A.端唄「玉川」の歌詞の解釈内容ですね、承知いたしました。
この歌詞は、女性の切ない恋心を、玉川という川の流れになぞらえて表現しています。

歌詞の解釈
・「玉川の水に晒せし 雪の肌」: 玉川の清らかな水に晒した白い肌、つまり、恋する女性の美しい姿を表現しています。
・「積もる口説のその内に とけし島田のもつれ髪」: 積もるほどの恋の言葉を交わすうちに、島田髷(女性の髪型)が乱れるほど、二人の関係が深まったことを示しています。
・「思い出さずに忘れずに また来る春を 待つぞえ」: 恋しい人を忘れずに、思い出を胸に抱きながら、また会える春を待ちたいという、切ない心情を表しています。

ポイント
・「玉川」: 美しい川の代名詞として、清らかで美しい女性の姿を象徴しています。
・「雪の肌」: 女性の白い肌を、雪にたとえて美しく表現しています。
・「島田髷」: 女性の髪型の一つで、恋の乱れを表すシンボル*として使われています。
・「また来る春」: 恋しい人とまた会える時を待ち望む気持ちを表しています。
(*)シンボル: なぜか「символом」(ウクライナ語)と表記していた・・・不思議?

全体的な解釈
この歌詞は、美しい女性が、恋しい人との思い出を胸に、再会を待ち望む切ない心情を歌っています。玉川という清らかな川の流れに、女性の美しさや恋心を重ね合わせ、繊細な表現で恋の情景を描いています。

端唄「玉川」は、日本舞踊でもよく踊られる曲で、歌詞に込められた感情が、踊り手の表現を通してより深く伝わります。ぜひ、日本舞踊の видео もご覧になってみてください。
--------------------------------------------------------

2025年2月4日火曜日

春の七草 2025 (旧暦 1月7日)、童謡「春よ来い」

春に育つ野草や野菜に「七草」と呼ばれるものがあり、年初の「節句」に、それらを粥に入れ「七草粥」として食す伝統がある。節句は、月日が同じ奇数がならぶ日であるが、最初の場合だけ1月7日であり「人日(じんじつ)」の日と呼ぶ・・・本来、旧暦の1月7日(新暦の今年 2月4日)にあたる。
スーパーに行き、<春の七草> のセットを買って、七草粥をチャレンジしてみたかったが、冷え込みを口実にサボってしまった(何だか毎年同じ言い訳している)。

(本ブログ関連:”七草”、”節句”)

新暦の2月は、気象庁の季節区分で「冬(12月~2月)」の最終月であり、まだ寒気が残る。本格的な「春(3月~5月)」まではあと一歩だ。

春の歌に、「あるきはじめた みいちゃん」と「おうちのまえの 桃の木」が待つ「春よ来い」(作詞:相馬御風、作曲:弘田龍太郎)の童謡がある。「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)によれば、童謡に幼児語が使われている特徴があると紹介されている。寒い冬を終えて「みいちゃん」や「桃の木」が春の始まりを期待しているのが感じられる。

(本ブログ関連:”春よ来い”)

上記の現代文庫に、作詞者の御風は、詩創作の半ば忽然と郷里の新潟県糸魚川へ帰郷し、子どもたちとの無心の交わりで知られる「良寛」の研究に没頭したという。また、Wikipediaによれば、次のように、帰郷先の糸魚川で「ヒスイ」発見につながる示唆をしたという。
----------------------------------------------------------
地元に伝わる「奴奈川(ぬなかわ)姫」伝説を元に、糸魚川でヒスイ(翡翠)が産出するとの推測を示したことが、1935年(昭和10年)に同地でのヒスイの(再)発見につながった。
----------------------------------------------------------

■ Youtube(登録: 四日市 童謡愛好会)
「童謡 『春よこい』(みみちゃんレコード童謡集)」
https://www.youtube.com/watch?v=L1b8NJbLeWI

(雑談)Youtubeショ-トの中から: おさなごの愛らしさ

何度も見たくなる、何度も見てしまう Youtubeショ-トがある。
記憶の彼方に忘れてしまうかもしれない、誰れもが経験する幼児のあどけなさや感性が、ほのぼの見えてくるとても貴重な一瞬がここにある。コメント欄も必読・・・幸せな共感があふれている。

● あんなに幼くてもツンデレというのでしょうか・・・きっと、ママそっくりなんでしょうね
「赤ちゃん語でパパは叱られました」(登録:感動エブリデイ)
    ー https://www.youtube.com/shorts/VZt_6tZsh-M

● それは美しい夕焼けを背景に幼い娘たちとダンスをする・・・本当に映画の一場面ですね
「夕焼けの中で娘とダンスを踊りました」(登録:感動エブリデイ)
    ー https://www.youtube.com/shorts/lCZ3f_o_kK4

● おばあちゃんの電話のマネをする幼児・・・おばあちゃんっ子なんでしようね
「ばあばの真似して話したい」(登録:ママリ)
    ー https://www.youtube.com/shorts/GE6wgXa0V-U

● おばあちゃんよりおじいちゃんに走り寄る孫って・・・おじいちゃんもニンマリ
①「Toddler carefully rushes down the stairs, and around grandma to get to grandpa!」(登録:BVIRAL)
    ー https://www.youtube.com/shorts/ViHDpIkpisI
②「Adorable Toddler Runs Past Grandma to Hug Grandpa Instead」(登録:Reader's Digest)
    ー https://www.youtube.com/shorts/Cc1zjihejBY

2025年2月3日月曜日

立春 2025

きょうは二十四節気の「立春」で、冬が極まり、はじめて春のきざしが始まるころ。なにより、歳時記の本の最初に戻るわけで、気分は一新して春にかたむく。とはいえ今朝のテレビの天気予報では、明日から当地も寒気が強まり、最低気温が -3℃ ~ 0℃ の日が続く*という。寒さ極まる今季最強の「寒波襲来」とのこと。
(*)最低気温: 当地についてテレビやネット情報に基づく。ただし当地の雪情報はない。

(本ブログ関連:”立春”)

七十二候
立春の期間の「七十二候」には、春に向けた言葉がならぶ。
----------------------------------------------------------
・初候: 東風**解凍(とうふう こおりを とく) 暖かい春風が厚い氷を解かし始める。
・次候: 黄鶯***睍睆(うぐいす なく) 春を告げる鶯(うぐいす)の美しいさえずりが始まる。
・末候: 魚上氷(うお こおりに あがる) 暖かくなって割れた氷の間から魚がはね上がる。
----------------------------------------------------------
(**)東風(こち): 春に吹く風。思い浮かぶのは教科書に載っていた、菅原道真公の歌「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春な忘れそ」だろう。

(***)「ウグイス」: 別名「春告げ鳥」といわれ、早春に「ケキョ」と鳴き、春が進むと「ホーホケキョ」と鳴く(Wikipedia)そうだが、ネットで調べると多彩のようだ。
暮らしの歳時記「日本の七十二候を楽しむ」(白井明大、東邦出版)の立春の項の扉絵に、梅の木にウグイスが集まり、小林一茶の縁起の良い句「外からは梅がとび込福茶哉」が併載されている。
ウグイスは写真で見ると少々地味な外見のため、見た目のかわいらしい「メジロ」と混同されるようだ・・・思わず納得する。梅の花との取り合わせに、メジロの方が絵になりやすい気がする。
なお「夏告げ鳥」として、「カッコウ」や「ホトトギス」がある。

2025年2月2日日曜日

市民向け古代史発掘調査の講演会、節分2025

日曜日の空は、きょうの日付に変わった深夜から午前中にかけて小雨がぱらついた。昼過ぎの市民講座に出かけたとき(午後1時過ぎ)、曇天の空に一瞬霧雨を感じたが、帰り道はすっかり乾いていた。

講演会は、地元の考古学的発掘調査の状況を市民向けに報告するもので、教育委員会が昨年3月に発刊した「文化財パンフレット」の小冊子をもとに紹介された。講師は、市教育委員会の学芸員の髙木翼郎(たかぎよくろう)氏がされた。
ー あいにくの天気にもかかわらず、聴講者100名を予定していたところ何と150名の参加となったそうだ。

当地は、多摩川の河岸段丘の古い台地である、野川の流れる国分寺崖線上部の「武蔵野面」にある。それでも、台地の窪地を辿(たど)り「仙川」が流れて(さらに北側の他市には「石神井川」があり、後の江戸時代に市中に向けた「玉川上水」も加わるが)いて、古代人(旧石器時代【37,000年前】~縄文時代、および古墳時代以降)の住居跡がある。
ー なぜか、弥生時代にひとびとの姿が消えるそうだ。(勝手な推測だが・・・水稲生産の都合上、水利のよくない武蔵野面から、南側に広がる水田に適した?「立川面」の方へ移動したのではないだろうか?と、素人は瞬間的に勝手に想い付くのであるが・・・)

上記の遺跡紹介の中で、古墳時代の「横穴墓」(七世紀中期)の発見や、中世の古道と現在の街道と差異がある(遺跡とかかわる古道は重要)こと、あるいは仙川の水源について新たな見解などが紹介された。

(追記)
きょうは「節分」。「立春」の前日と決まっているので、今年は2月2日(2月3日ではなく)となる。上記の講演会の帰り道、スーパーに寄って結局「恵方巻」を買ってしまった。

(本ブログ関連:”節分”)

映画館で販売している上映中の映画の解説冊子を何と呼ぶか?

映画を見終わった後、視聴した映画の解説冊子が欲しくなる。映画の帰り道、電車の中で余韻を楽しみたく、映画館の売店で購入してしまう。最近、大型で豪華なものがあるが、小冊子として目立たず邪魔にならないサイズの場合、たいてい購入する。
少し前の映画「ゴジラ -1.0」や「フライ・ミー・トウー・ザ・ムーン」くらいかな。若いころは、新宿の「アートシアター」(ATG)で鑑賞のたび入手していた(シナリオが載っているのがよい)。

(本ブログ関連:”ゴジラ”、”フライ・ミー・トウー・ザ・ムーン”)

そこで、気になるのが、小冊子を何と呼ぶかだ。Googleの生成AIのGeminiに、日本と英語の場合、どんな表現をしているのか、次のように聞いてみた。
ー 回答に、日本では「パンフレット」が一般的といわれたが、少々軽すぎる気がする。「プログラム」では事前紹介的な気がするしで・・・。
ー 私は、売店のケースに置かれている冊子を指さして「これをください」と言っている。


Q-1.映画館で販売している上映中の映画の解説冊子を、日本では何と言いますか?
----------------------------------------------------------
A-1.映画館で販売している上映中の映画の解説冊子は、日本では一般的に「パンフレット」と呼ばれています。

パンフレットには、映画のあらすじ、キャスト・スタッフの紹介、作品解説、撮影の裏側エピソードなどが掲載されており、映画鑑賞の記念品として購入する人が多いです。

映画館によっては、「プログラム」や「映画ガイド」と呼ぶ場合もありますが、「パンフレット」が最も一般的な名称です。
----------------------------------------------------------


Q-2.映画館で販売している上映中の映画の解説冊子を、英語で何と言いますか?
----------------------------------------------------------
A-2.はい、映画館で販売している上映中の映画の解説冊子は、英語で一般的に以下のように呼ばれます。
・Program
・Movie Guide
・Cinema Guide
・Showcase Magazine (映画館によってはこの名前の場合もあります)

これらの冊子には、映画のあらすじ、キャスト・スタッフの紹介、評論などが掲載されています。映画館によっては、"souvenir program" や "collector's program" として販売されている場合もあります。

映画館の売店やチケットカウンターで、「program」や「movie guide」などと尋ねてみてください。
----------------------------------------------------------

(参考)
美術展の場合、美術館内の売店(ミュージアム・ショップ)で展示作品(複数)の解説本が売られている。この場合、歴史と格式があり、公式カタログとして「図録」という。
- カタログという表現が美術展にはあるが、映画は一本建てなのでカタログとは言わないのだろう。

Q-3.美術館で販売している展示中の作品の解説本を、日本と英語で何と言いますか?
----------------------------------------------------------
A-3.美術館で販売している展示中の作品の解説本は、日本と英語でそれぞれ以下のように呼ばれます。

日本語:
・図録:  美術展の公式カタログとして、展示作品の写真や解説が掲載されています。
・作品集:  特定の作家やテーマに焦点を当て、作品の写真や解説をまとめた本です。
・展覧会カタログ:  展示会の内容を紹介する冊子で、図録よりも簡易的なものが多いです。

英語:
・Exhibition Catalogue:  美術展の公式カタログとして、図録に相当します。
・Art Book:  作品集や画集など、美術に関する書籍全般を指します。
・Gallery Guide:  展示されている作品や美術館の情報を紹介する小冊子です。

美術館の規模や展示内容によって、販売されている解説本の種類は異なります。一般的には、受付やミュージアムショップで購入できます。
----------------------------------------------------------

2025年2月1日土曜日

野鳥観察(78)

野鳥観察(探鳥会)の朝、明るさは次第に増してきているものの(明後日は二十四節気の「立春」というに)寒さは厳しい。家を出てすぐ気づいた・・・手袋をしっかりはめていても、指先がじんじんするのだ。

(本ブログ関連:”野鳥観察”)

公園内を横断して集合場所に近づく路に、鳥の影をあまり見かけないので少し心配したけれど、結果は以下の写真のようにちょっとだけ満足のいくものだった・・・カメラに小鳥たちを捉えることが何とかできたのだ。

前回の観察会(1/25)を本ブログに記したとき、公式に100回目としたが「200回目」が正しいと、集合場所で知らされた。(急いでブログを訂正した)

会長から次のような話をうかがった。
・木の根: まっすぐ地中に深く伸びる根を「直根」という。(横に伸びるものを「側根」という)
・寒椿: 「サザンカ」の仲間に、高く成長するものと低く広がるものがある。(寒椿は低め)
・目撃: あるとき小川に「ダイサギ」がいるのを見て女子高生が「鳥がいる!」と叫んだ。

今回も、ベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視とカメラで確認・整理したものから、次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
・アオゲラの巣穴: ベテランの方が撮影したカメラ映像で確認できた(本当に目が不確か)
・メジロ: 花盛りのツバキに、多数が群れて素早く飛廻った
・エナガ: 2羽が一本の木の中でダンスをするように飛び舞った
・ツグミ: 1羽が木の頂き近くにいるのを見てカメラを向けたが見失う
・ヒヨドリ: 1羽が木の頂き近くにいるのを見てカメラを向けたが、ピンボケ
・キセキレイ: 小川の水門近くに1羽が小走りしていた、何となく黄色に見えた
・オオタカ: キジバト1羽に狙い定めて執拗に追い続けるのを見た。衝撃の場面だった
・カワラヒワ: 黄色の筋をカメラの映像で確認した-(下記写真)
・シジュウカラ: 背が黒青色なのをカメラの映像で確認した-(下記写真)
・モズ: カメラの映像で確認した-(下記写真) 
----------------
・カルガモ: きょうは意外に少ない(下記写真)
・アオサギ: いつものように1羽孤高を保つ(下記写真)
・トモエガモ: カルガモの群れに1羽の雌が混じる(下記写真)
・コサギ: 1羽が川筋を飛ぶのを見る
・クイナ: そこに居たという過去形の言葉だけが残る(前回、集合前に見たのはクイナか)

カワラヒワ(写真左)、シジュウカラ(写真中央)、モズ(写真右)
・アトリ科の中で小柄な「カワラヒワ」は小鳥の可愛らしさが感じられる。翼の黄色帯がわたしには唯一の目印。
・写真で見ると「シジュウカラ」であることを確信できるが、これも、せわしく飛ぶ姿から見極めるに眼力が足りない。
・樹上からあたかも遠望するがごとき、「モズ」の雄姿は凛として清々しい。



アオサギ(写真左・写真中央左)、カルガモ・トモエガモ(写真中央右)、トモエガモ(写真右)
水鳥は、小鳥の空を切るような動きが少ない分、余裕を持って観察できる。
・岸辺にとどまった「アオサギ」が、写真左⇒写真中央左の順に、飛び立つ一瞬をとらえることができた。
・「カルガモ」と一緒に「トモエガモ」(雌)が混じっていた。このところ、ここに居場所を求めたのかずっと見かける。
・トモエガモの特徴な、頬に白斑が見られる。

2025年1月31日金曜日

今年も早い、1月が終わってしまう

最近ちょっとした買い物に躊躇することがある。若いときには考えられないことだが、後何年使う気かと・・・、ケチなつもりじゃないけれど。

だいぶ以前のこと。JR武蔵小杉駅に近い場所で開催の市民講座に通っていたとき、駅と講座会場の途中にステーキハウスがあった。店の前を通りながら、きょうこそは講座帰りに寄ってみようと心に決めていた。けれど帰り道、店の近くになると胃袋が聞いてくる・・・本当に大丈夫かと。結局、近くの海鮮料理屋に方向チェンジしてしまうことになる。

心がけは高いのに、現実が近づいてくると萎えてしまうのだ。

この歳になると、1か月が貴重だ。何もしないでも時は過ぎていく。迎える「時」に期待をしても、何もしなければそのまま過ぎていくし、何をしても「時」はやっぱり過ぎていくのだが、その足跡がまるっきり違う。

ところで、きのうの体操教室で、参加者を小グループ分けて、めいめいが子ども時代の思い出を数分で語ることになった。わたしは、東京に生まれてすぐ、父の転勤にともない九州の八幡に行き、そこで育ったという話をした。北九州の気質を、車引きの「無法松の一生」を例えに話した。いわゆる、社会主義リアリズム以前のアウトロー的な侠気に近い、そんなものが微かに感じられたわけで・・・。

(本ブログ関連:”坑夫”)

■ Youtube(登録: 古典方画集PD)
「無法松の一生  稲垣浩監督 阪東妻三郎、月形龍之介、永田靖、園井恵子  1943年製作」
https://www.youtube.com/watch?v=o-a9EGPrgQM
ー 吉岡夫人役の園井恵子さんは、1945年8月6日に広島に投下された原爆に遭い、同月21日に原爆症(放射線障害)のため32歳で亡くなられた(Wikipedia)。
ー Youtube のコメント欄には、貴重な経験、感想、情報が多数記されている。

2025年1月30日木曜日

知らない人を知っているかのように思わせること

Yahooニュースに掲載された、NEWSWEEK(日本版)の記事に、空港で自分とそっくりな(後ろ姿=髪形や衣服など)の人を見かけたという内容がある。いわゆる「ドッペルゲンガー(自己像幻視)」現象を想わせるものだが、洒落た冗談のような話題で、添付の動画に思わず笑ってしまう。

■ NEWSWEEK(日本版)
「空港で『もう一人の自分』が目の前を歩いている? ドッペルゲンガーを見つけた女性の『衝撃映像』にネット騒然」(ブライアン・ディロン、2025年1月29日(水)20時50分)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2025/01/534822.php

偶然の機会というか産物といった事象なので、全く意図したものではないからこそ、週刊誌の面白ネタになったのだろう。

でも、意図したそっくりさんの場合はどうだろうか。
大学生のころ、街中で若くて綺麗な女性が手を振りながら近づいてきたことがある。思わず笑顔を返したが、全く知らない人だった。でも、どこかで会ったことがあるのではないかと、大いに期待を寄せたのだが。・・・その女性は、そのまま私の横を通り抜けていった。
何てこった、勘違いした自分が恥ずかしかった。でも、疑念がわいた。次の経験があったからだ。

小学生のとき、同じクラスに良家の坊ちゃんのような奴がいた。彼はある意味ませて(早熟して)いて、人の心を手玉にとるようなところがあった。そんな彼が、友達仲間と一緒に町を歩いていたとき、こんなことをいったのだ。
「向こうから来る人に挨拶をしたら、必ず応えてくれる・・・」といって実行した。
家庭的な母親然とした人が娘を連れて歩いて来たすれ違いざま、彼はニコリと挨拶をしたのだ。当然、年配の女性は挨拶を返してくれた。そのときの彼が一瞬見せた得意顔を忘れられない。少し気味が悪かったのだ。
知らない人を知っているかのように思わせるのは、とても気分がよくない。

ところで、自分とそっくりな人と私は出会ったことはない。

2025年1月29日水曜日

週の始まりは何曜日か

素朴な疑問だが、週の始まりは何曜日だろうか。日本の壁掛けカレンダーは、ほぼ日曜日から始まっている。一方、百均ショップで買った、ここ数年使い続けているポケット手帳は、月曜日から始まっている。

ポケット手帳に、その日に出かけた場所・イベントや、買い物・食事をした店名などを記入している。最初のころ、日にちを間違えることがあったが、面倒だと思いながら使い続けたのは、曜日をしっかり確認する意識付けのためであった。ついでにいうと、店でレシートを必ずもらうようにしている・・・そこには、時刻が記されているので行動した順序がわかるからだ。

ところで、週の始まりをどう認識(区別)するかについて、Googleの生成AI「Gemini」に確認したところ、次のような回答を得た。

(本ブログ関連:”週の始まりは何曜日か”)

Q.日本のカレンダーや日付のある手帳などは一般に、日曜日から始まりますが、欧米の場合は月曜日から始まるのが多いのでしょうか? それとも日本と同様に日曜日から始まるのが多いのでしょうか?
----------------------------------------------------------
A.日本のカレンダーや日付のある手帳は、一般的に日曜日から始まります。これは、日本の暦が伝統的に日曜日を週の始まりとしてきたことによります。

一方、欧米では、月曜日から始まるカレンダーや手帳が一般的です。これは、国際規格ISO 8601で月曜日が週の始まりと定められていることや、多くの国で月曜日が週の最初の営業日となることが理由として挙げられます。

ただし、欧米でも日曜日から始まるカレンダーや手帳も存在します。特に、キリスト教圏では、日曜日を安息日として週の始まりとする習慣が残っているため、そのようなカレンダーも一定の需要があります。

したがって、欧米のカレンダーや手帳が月曜日始まりであるとは一概には言えませんが、月曜日始まりが主流であると言えるでしょう。
----------------------------------------------------------

どうやら、国によって宗教的な理解から「安息日」の扱いが異なるようで、週の始まりが日曜日であったり、月曜日であったりするようだ。

■ 京都産業大学
「一週間はいつ始まるか?」(平塚徹  京都産業大学 外国語学部)
https://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~hiratuka/essays/week.html

2025年1月27日月曜日

椿(ツバキ)

冬になって公園で見かける樹の花に、花弁が散る「サザンカ」がある。花一輪ごと落ちる「椿(ツバキ)」とあまり出会わなかったが、先日(1/25)公園の外周を回ったとき、民有地側の柵越しに咲いたツバキの花が丸ごと路面側に落ちていた。久し振りの光景だ。

(本ブログ関連:”ツバキ”)

「椿」の言葉でいえば、テレビで知った「五瓣の椿」(山本周五郎 原作)のドラマの壮絶な主人公が浮かんでくる。ポピュラーなイメージから演歌「アンコ椿」(都はるみ)の方が順当かもしれないが(伊豆大島の「椿油」しかり)。名前つながりで洒落ていえば、映画「椿三十郎」(三船敏郎主演)だろう、主人公は無敵だ。椿には、かくのごとくいろいろな色合いがあるようだ。

椿の花について、柳田国男の「雪国の春」の項「樹の花」に、次のように記されている。(福井県)若狭について紀行した文末に「八百比丘尼」と <椿> の結びつきを触れるとは・・・海辺に咲く椿の花が、海中の竜宮と陸地を結ぶ。実際のところ椿の分布には、下記に転載するように、人手による考え方があるようだが。そして、その広がりの役割を果たしたのに、永遠(一応八百年を区切りにする)の若さを持った「八百比丘尼」につながる(椿の花を携えた)旅人があったという。

(本ブログ関連;”八百比丘尼”)

■ 青空文庫
「雪国の春」(柳田国男、1956年(昭和31年))
https://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/54403_54217.html
同文の【椿の旅】の項より抜粋
----------------------------------------------------------
 全体に椿という木の分布順序については、まだ若干の学者の考え残しがあるように思う。太平洋岸でも気仙、唐桑以北の数か所、日本海の方でも津軽の深浦、それから青森湾内の小湊その他の岬の蔭に、おおよそ鳥が実をついばんで一息に飛ぶ距離の、五倍か七倍かの間隔をもって、いずれも一団の林をなして成長繁茂するのを、果して自然界のでたらめと見ることができるであろうかどうか。

 しかも他の一方には若狭の八百比丘尼のごとく、玉椿*の枝を手に持って、諸国を巡歴したという旅人はあったのである。愛する土地の美女と約束をして、またの年には椿の実を携えて再び訪ねてきたら、これを見て悦ぶべき恋人はもう死んでいたので、それを地に投じて歎き慕うていると、芽を吐き成長して神の樹となったという類の言い伝えも、土地によっては残っているのである。それからまたこの木の茂る所は、たいていは神の杜である。無論椿存在の奇異が、神を祀った原因であったとも言いうるが、とにかくに人とこの植物との関係は昨今でなく、また鳥などよりも親しみが深かったのである。

 植物には榎(えのき)や柳のごとく、庭木でないまでも里の木であって、山野に行けばかえってしだいに少なくなるものが稀れでない。これらを存在せしめるだけでも人間の意思であった。奥羽に向かってはその上に積極的に、若干の努力が加わっているかと思う。人が考えて移し試みなかったならば、椿などはとうてい雪国には入りえなかったろう。この細長い日本という島は、常にチューブのごとくまた心太(ところてん)の箱のごとく、ある力があって常に南方の文物を、北に向かって押し出していたのである。椿が稲や田芋と同じ程度に、人間生活との交渉の深いものでなかったということは、天然信仰の一向に研究せられぬこの国においては、まだまだ断言しうる者はないはずである。あるいはこれもまた隠れたる一つの史蹟記念物であって、単なる天然の記念物ではなかったかもしれぬのである。むやみに専門家の独断を信じないことにしよう。
----------------------------------------------------------
(*)玉椿: ツバキの美称

八百比丘尼については、あらためて記したい。

2025年1月25日土曜日

野鳥観察(77)【探鳥会の公式200回目のフィールドワーク】

今年第2回目の野鳥観察(「早朝探鳥会」)の朝、初回(1/4)を欠席しただけに、何としても参加せねばと夜明け前から出かける準備に怠りない。「自然観察会」の小会とはいえ、この探鳥会は、きょうで公式200回目を迎える*。・・・私としては、途中参加して(欠席などもあって)77回目にあたる。
(*)訂正(2/1): 1/25に100回目と記したが聞き間違えていた。200回目が正しい。

(本ブログ関連:”野鳥観察”)

曇り空のもと門を出たとき、路地が真っ黒に濡れているのを見た。一部に水溜まりさえあって少々戸惑う。未明に雨が降ったのを全く気付いていなかったからだ。雨音には敏感なはずなのに。

集合場所にいつものように参加者が集合したし、フィールドの途中に追い着いた方々もいた。探鳥会は無事、200回目を成就した。
ー 集合場所の手前にある橋から、小川にカルガモ(2羽)と、浅瀬を歩く水鳥(逆光でよくわからない)が見えたが・・・果たして何(クイナ、ソイサギ、バン)?。

今回も、ベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視とカメラで確認・整理したものから、次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
・ヒヨ(ヒヨドリ): フィールド入口の木立に、鳴き声が響く
・アオゲラ: 指差された先に姿を見る(うれしくて内心祭り状態・・・写真は下記の通り)
・ムクドリ: 一羽、遠くの幹を這うように舞い上がるのが見えた。不思議な光景がした
・シジュウカラ: 「ジュクジュク」という鳴き声がする。彼らは多様多彩の発声をする
・メジロ: 一株のツバキに10数羽が群がりせわしく出入りした(写真に彼らは見つからず)
・モズ: 尾羽をふりふりする後ろ姿をみた。特徴的なくちばしが見えないと判別に苦心する
・カワセミ: 子ども会員に教えてもらった先に見る(写真は下記の通り)
・シジュウカラ: こちらも、一本の木に群らがり出たり入ったりして、なかなかせわしい
-----------------
・カルガモ:(下記写真の通り)
・トモエガモ: (下記写真の通り)口ばしの基部に白い斑紋がある、雌鳥(雄鳥は不在)
・アオサギ: (下記写真の通り)
・ダイサギ: (下記写真の通り)珍しくじっと動かないでいた
-----------------
・サクラ: サクラの苗園に、2~3輪の花を咲かせたものが2株ほどあった
・ソシンロウバイ: ソシンロウバイの苗園は、今を盛りに黄色に染まっていた
    ー ロウバイの改良(園芸品種)に「素心ロウバイ」、「満月ロウバイ」がある(会長)

(参考)公園外周路の「ツバキ」、園内の「カンツバキ」が花を散らせていた
    ー サザンカ: 10月頃~12月頃までが最盛期(花弁が1枚ごと散る)
    ー カンツバキ: 11月頃~3月頃まで(花弁がバラバラに散る)
    ― ツバキ: 12月頃~4月頃まで(花が丸ごと落ちる)

アオゲラ(写真左)、カワセミ(写真右)
せっかくのチャンスだっただけに、ぼけぼけの写真になったのは残念だけれど、心眼をこらして眺めたい・・・敢えて載せる。
・木立の奥に、「アオゲラ」 の姿を教えてもらった。手前の枝に焦点が当たってうまく撮れてないが、とにかく目視できたのは間違いない・・・「コゲラ」には何度かお目にかかっているが、アオゲラは久し振り。
(追記)後日(1/30)、ベテランの方が撮影したアオゲラの写真を送られてきた・・・それはないでしょ、すご過ぎる。
・小学生の会員が指差した先の水門の鉄柵に「カワセミ」がとまっていた。瑠璃色の背をみせているのが、ぼんやりだが分かる。こちらも手前の枯れ草に焦点が当たってしまった。



カルガモ(写真左)、トモエガモ(写真中央左)、アオサギ(写真中央右)、ダイサギ(写真右)
・とにかくたくさんの「カルガモ」が小川に浮かんでいた。水中に頭を突っ込みエサを探すものもいる。
・カルガモの一団に、「トモエガモ」の雌が混じっていた。彼女にとって安住の地が見つかったのだろう。(この小川では、カルガモと「マガモ」の交雑と思われる「マルガモ」の雄の姿を見かける)
・いつものように孤高を保って立つ「アオサギ」が悠然としたたたずまいを見せてくれる。
・いつもは少しせわしい「ダイサギ」が、きょうは珍しくじっとしていた。

2025年1月24日金曜日

真白き富士の根(つづき)

きのう(1/23)のブログに、鎌倉の七里ヶ浜沖で亡くなった中学生たちの魂を鎮める「真白き富士の根」の歌について記した。そこで、きょうは、<鎌倉> について思いつくまま述べてみたい。

(本ブログ関連:”鎌倉”、”真白き富士の根”)

鎌倉
大学生時代に、車を借りて鎌倉県立近代美術館へ何度か通ったことがある。とはいえ、鎌倉の名に寄せて尋ねたわけで、展示テーマに特別なこだわりがあったわけではない。だから、美術館について忘れかけていた。
あらためて同館のホームページを見て、建物写真が記憶と少し違うのに気づいた。Wikipediaを参照すると、「1951年に鎌倉市雪ノ下に開館し、のちに鎌倉館となったが2016年(平成28年)3月31日に鎌倉館は閉館。以後は葉山館(2003年開館、葉山町)と鎌倉別館(1984年開館、鎌倉市)からなる」とある。時代がどんどん変化しているのを知らされる。現在、本館は海沿いの葉山にあるということなのだろうか(どうして?)。

由比ガ浜
中学生の頃、学校の図書館で日本史の記録として「人骨」*に触れた書籍を見つけて読んだことがある。中学生らしく骨への興味本位に過ぎなかったが。その中に、由比ガ浜に鎌倉時代の人骨が出たという話があった。浜辺に行けば鎧や甲冑や刀までも、もしかしたら見つかるかもしれないと空想した。
(*)和楽: 「人骨も見つかる、かつての最恐スポット「由比ヶ浜」の歴史」(2020.03.06)
https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/80264/
(資料)歴史MAP「鎌倉の古戦場MAP」
http://www.kamakura-burabura.com/rekisisansakukosennjyou.htm

大学生のころ、深夜をかけて東京から鎌倉まで歩く学内のイベントに参加したことがある。終着地の由比ガ浜の海岸に到着したとき、すでに朝陽がのぼり始め、岸辺をうっすら赤く照らしていた。木箱に箱詰めされた <蜂葡萄酒> の瓶を一本引き抜き、まるまる飲み干した。疲れた体に沁み込んで、少しも酔いを感じなかった。イベント終了後、特別なことは何もなく、めいめい勝手に国鉄鎌倉駅までふらつくことなく歩を進めた。

明月院
執権を退いた北条時頼が諸国遊行したときの逸話に「鉢の木」がある。それに似た言い伝え*を先祖に持つ縁者が、時頼の墓**がある「明月院」に参拝した。むしろ <あじさい寺> としてブームになったことに関心があり、一度訪れてみたかったのだ。寺院が本来そうあるべきかもしれないほど、規模もあじさいの花の数も慎ましやかだった。
(*)讃岐の風土記 by 出来屋: 
http://dekiya.blog57.fc2.com/blog-entry-184.html
(**)鎌倉手帳(寺社散策): 
https://www.yoritomo-japan.com/kamakura138/meigetuin-tokiyori-haka.htm#google_vignette

極楽寺
高校時代に、鎌倉散歩の行事があり、めいめい自由に寺院巡りをした。江ノ電に乗り、寺の名前が気に入った小さな「極楽寺」を訪れてみた。ここには誰も来るはずがないと思ったのだが、境内の奥に他クラスの男子学生が一人いるのに気づいた。無口なあいつがここに来るなんてと驚いた・・・そういえば、俺も一人だけだと。

江の島
数度訪れたことがあるが、正直記憶に残らない。土産物店が並ぶ、世俗化した観光地といったところだろうか。
大森貝塚の発見者である、E・モースは東大教授職を受けるとき、江の島に島臨海実験所を設けた。むかし、科学雑誌「NEWTON」に実験所跡を調べた記事があって・・・観光路とは違う場所に存在していた。モースが当時作成した島の全形(地図)が、その後「埋め立て、関東大震災、隆起」などで、現在と大幅に変化しているのに驚く・・・まるっきり違っている。

(資料)生物科学ニュース(← Wikipedia「江ノ島臨海実験所」より)
「モースの江ノ島臨海実験所跡」(廣崎芳次(野生水族繁殖センター、2002年4月号Z版)
https://www.zoology.or.jp/html/09_news/archive/data/2002_4Z.pdf


まだまだ記憶をたどって、追記してみたい。


切通(きりどうし)
鎌倉の街を囲む山道の一部を縦走(というほどでもないが)したことがある。一種の防衛壁であり、街に入るために <霧通し> が設けられていた。記憶が朧なため、Wikipediaを参照したところ「鎌倉七口」として写真が並んでいる。イメージとして「朝夷奈切通」が近いのだが、地図上の場所が遠い・・・気もする。

2025年1月23日木曜日

真白き富士の根

115年前のきょう、「真白き富士の根」の歌に語り継がれる悲しい出来事が起こった。

「真白き富士の根」の歌について「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫: 以下同書を参照して記述)は、「このテーマとなった事件が起きたのは、一九一〇年(明治四十三年)一月二十三日。逗子開成中学の生徒ら十二人の乗ったボートが、江の島と逗子の中間の七里ヶ浜の沖で転覆し、全員が死亡するという悲惨な事故だった」と記している。

事故後に同中学校の校庭で大法要が行なわれ、姉妹校の鎌倉女学校の生徒たちにより、女学校(数学)教師の三角錫子作詞によるこの歌が歌われたという。(この歌のWikipediaにある「歌詞について」の記述内容には、さすがに別論かつ出来過ぎた感がする・・・そもそもWikipediaの書き出しに、歌のジャンルを「歌謡曲」とするなどから、全体に臭いが漂う)

彼女は、平塚らいてうの女性運動に共鳴した運動家でもあったという・・・抽象論ではなく、家事の実践的改善にもかかわった。

ところで、同歌の作曲者について、著名な音楽評論家による混乱があったようで、原曲の讃美歌の曲名「Garden(天の園)」をあててしまったようだ。後に、正式にジェレミー・インガルス(Jeremiah Ingalls)と判明する・・・そのいきさつについて、上掲書やWikipediaなどに触れられている。


「真白き富士の根」歌詞全文(← Wikipediaより)
----------------------------------------------------------
真白き富士の嶺、緑の江の島
仰ぎ見るも、今は涙
歸らぬ十二の雄々しきみたまに
捧げまつる、胸と心

ボートは沈みぬ、千尋(ちひろ)の海原(うなばら)
風も浪も小(ち)さき腕(かいな)に
力も尽き果て、呼ぶ名は父母
恨みは深し、七里ヶ浜辺

み雪は咽(むせ)びぬ、風さえ騒ぎて
月も星も、影を潜(ひそ)め
みたまよ何処(いずこ)に迷いておわすか
歸れ早く、母の胸に

みそらにかがやく、朝日のみ光り
暗(やみ)に沈む、親の心
黄金(こがね)も宝も、何にし集めん
神よ早く、我も召せよ。

雲間に昇りし、昨日の月影
今は見えぬ、人の姿
悲しさあまりて、寝られぬ枕に
響く波の、音も高し

帰らぬ浪路に、友呼ぶ千鳥に
我も恋し、失(う)せし人よ
尽きせぬ恨みに、泣くねは共々(ともども)
今日も明日も、かくてとわに
----------------------------------------------------------

■ Youtube(登録: 水沼壽通)
「真白き富士の根」
https://www.youtube.com/watch?v=Ldt-eYK6oUw


■ Youtube(登録: Adam Miller)← 讃美歌より
「The Garden Hymn (Southern Harmony #90)」
https://www.youtube.com/watch?v=Qel-_Ykp7Xs