観光地で、次々来る外国人客を目ざとく峻別して、彼らのお国言葉に合わせて客寄せする商人の対応力に感心する。語学教室でも、前へ進むタイプの受講者は進歩が早くうらやましい。語学のセンスがいいということだろう。
司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズの「オランダ紀行」(朝日文庫)に、こんな話がある。フランスとスペインをまたがる民族「バスク」の人々はバスク語にこだわり、民族独立につなげているようだ。今は沈静したようだがケルト語もしかりと。それに比べてオランダ人は、オランダ語の「言語にことさらに自己証明(アイデンティティ)をもとめることをしない」。そして、「この小さな面積(九州ほど)の国土で大きな効用を果たしてきた民族は、言語を衣類のように考えているらしい。ふだん着もしくは肌着がオランダ語なら、外出着が英語だというふうにである」と、オランダ人の言語に対するおうようさを記している。
なにしろ、オランダの国土は人工で、当然ながら拡張した所に先祖の歴史はない。土地に対する愛着といった、郷土愛も他国と趣が違うのかもしれない。(ところで、私にとって興味あるオランダのことといえば、画家ブリューゲルであり、「痴愚神礼讃」のエラスムスであり、「中世の秋」のホイジンガだ)
こんなとき、思い出すのは、「イディッシュ語」は文字を別にすれば、ドイツ語の影響が大きいようだ。日常生活の言葉として、外向きに「イディッシュ語」があり、精神の言葉として宗教的な場面で「ヘブライ語」が使われていたということなのだろう。ユダヤ人に言語達者が多いのは、そんな言葉の着せ替えの習慣からなのでしょうか。
(追記)
雑誌の書評にあった、神聖ローマ皇帝「フリードリッヒ二世」の人物について、評者たちの見聞が面白い。出生地のイタリア語、父方がドイツ系ということでドイツ語、古典としてのギリシャ語、公用語のラテン語、十字軍の公用語だったフランス語、それだけでなく、イスラムの使者とアラビア語でチェスをしながら交渉したという。このイスラムとの交渉により、彼はエルサレムをイスラム側と分割する権利を得た結果、「無血十字軍」と呼ばれ、イスラムとキリスト教の共存をやってのけた・・・そうだ。(「文芸春秋」の鼎談書評、2014年3月号)
2018年8月12日日曜日
2018年8月11日土曜日
山の日 2018
今日は祝日「山の日」。本格的な山とはしばらく縁遠い。鉱物採集で山に入るのは、登山といえない。以前、ブログに記したように、鉱石(資源となる鉱物)の運搬上、鉱山(跡)が深山にあるケースは多くない。また、ズリ(跡)で鉱物採集するとき、地面に向かってハンマーを打ち下ろし、石を砕き続けるわけで、山景に親しむ余裕はない。
(本ブログ関連:”山の日”)
集団で鉱物採集地の山を登りくだりしたとき、いずれも後塵を拝したことがあった。それも、若者に同道してもらってのこと。以来、横付けという、車道から近い鉱山跡で採集するようになった・・・安直なことで。
山といえば、懐かしい想いのする「あざみの歌」(作詞横井弘、作曲八洲秀章)がある。戦後間もなく発表され、その後、倍賞千恵子も歌った憂いに満ちたこの曲を、あまり聴かれることはないようだ。私にとっては、彼女のイメージと重なって思い出深い、なにしろ寅さんの妹さくら役でもあるからだ。
「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)によれば、作詞者横井弘(1926年10月12日~2015年6月19)は、まだ18歳の1945年5月に召集を受け、同年8月に終戦を迎える。あっという間の4ヶ月だったようだ。母子で暮らした四谷の家は焼け、人づてに長野県下諏訪の町に至ったという。復員した彼が八ヶ岳の八島ヶ原湿原で作ったのが「あざみの歌」だったとか。また、作曲者八洲秀章は、すでに旋律を作曲していて、それに合った詩を探していたという。
(本ブログ関連:”「唱歌・童謡ものがたり」”)
結果、Wikipediaによれば、「あざみの歌」は、作曲者八洲秀章の歌唱で、1949年(昭和24年)8月8日から1週間、NHKのラジオ歌謡で放送された。1951年には、歌手伊藤久男の歌でレコード化されている。
上記「唱歌・童謡ものがたり」に、作詞者横井弘とのインタビューが載っており、「でも、やはりこの歌が一番思い出深いなあ。自分の一生を決定づけた歌ですからね。華麗でも高貴でもないが、素朴に、ひたむきに咲いているアザミの姿に理想の女性像を重ねてみたんです。別に特定の人物はいませんが、この思いは今も全く同じです」とのこと。
(Youtubeに登録のtengokuemakiに感謝)
(本ブログ関連:”山の日”)
集団で鉱物採集地の山を登りくだりしたとき、いずれも後塵を拝したことがあった。それも、若者に同道してもらってのこと。以来、横付けという、車道から近い鉱山跡で採集するようになった・・・安直なことで。
山といえば、懐かしい想いのする「あざみの歌」(作詞横井弘、作曲八洲秀章)がある。戦後間もなく発表され、その後、倍賞千恵子も歌った憂いに満ちたこの曲を、あまり聴かれることはないようだ。私にとっては、彼女のイメージと重なって思い出深い、なにしろ寅さんの妹さくら役でもあるからだ。
「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)によれば、作詞者横井弘(1926年10月12日~2015年6月19)は、まだ18歳の1945年5月に召集を受け、同年8月に終戦を迎える。あっという間の4ヶ月だったようだ。母子で暮らした四谷の家は焼け、人づてに長野県下諏訪の町に至ったという。復員した彼が八ヶ岳の八島ヶ原湿原で作ったのが「あざみの歌」だったとか。また、作曲者八洲秀章は、すでに旋律を作曲していて、それに合った詩を探していたという。
(本ブログ関連:”「唱歌・童謡ものがたり」”)
結果、Wikipediaによれば、「あざみの歌」は、作曲者八洲秀章の歌唱で、1949年(昭和24年)8月8日から1週間、NHKのラジオ歌謡で放送された。1951年には、歌手伊藤久男の歌でレコード化されている。
上記「唱歌・童謡ものがたり」に、作詞者横井弘とのインタビューが載っており、「でも、やはりこの歌が一番思い出深いなあ。自分の一生を決定づけた歌ですからね。華麗でも高貴でもないが、素朴に、ひたむきに咲いているアザミの姿に理想の女性像を重ねてみたんです。別に特定の人物はいませんが、この思いは今も全く同じです」とのこと。
(Youtubeに登録のtengokuemakiに感謝)
2018年8月10日金曜日
ひまわり
例年この時期、小学校前の畑を埋めつくすように小ぶりな「ひまわり」が栽培され、ひとびとが歩を休めては眺めたり、写真に撮る人もいる。ところが、今年の畑は裸地のまま置かれ、ひまわりを見ることができないのは、少々惜しい気がする。
(本ブログ関連:”ひまわり”)
近所を巡って、ある畑地にひまわりを見つけた。むかしから知る背の高いひまわりで、それも20本近く群生したこじんまりしたものだ。これでは物足りない、フラストレーションがたまりそう。
ネットをさがすと、今年の暑さのせいで、ひまわりがの花が早く萎れているという。そんな中、ひまわりフェスティバルが近隣市で開催されているようで、機会を見つけて出かけてみようかと思う。
・当初予定の日程で開催された、50万輪規模の武蔵村山市の「ひまわりガーデン武蔵村山」は、8/6に閉園してしまったそうだ。出遅れてしまい、残念。
・西武線清瀬駅近くの農園で、8/18~28の間、10万本のひまわりを楽しむことができるという。10万本がどんなスケールか想像もつかないが。(「清瀬ひまわりフェスティバル2018」arukikata)
(本ブログ関連:”ひまわり”)
近所を巡って、ある畑地にひまわりを見つけた。むかしから知る背の高いひまわりで、それも20本近く群生したこじんまりしたものだ。これでは物足りない、フラストレーションがたまりそう。
ネットをさがすと、今年の暑さのせいで、ひまわりがの花が早く萎れているという。そんな中、ひまわりフェスティバルが近隣市で開催されているようで、機会を見つけて出かけてみようかと思う。
・当初予定の日程で開催された、50万輪規模の武蔵村山市の「ひまわりガーデン武蔵村山」は、8/6に閉園してしまったそうだ。出遅れてしまい、残念。
・西武線清瀬駅近くの農園で、8/18~28の間、10万本のひまわりを楽しむことができるという。10万本がどんなスケールか想像もつかないが。(「清瀬ひまわりフェスティバル2018」arukikata)
2018年8月9日木曜日
イ・ソンヒが初めて登場したときのステージ
1984年の夏(7/29の日曜日)、MBC主催の第5回「江辺歌謡祭(강변가요제)」に、仁川専門大学一年のイ・ソンヒは、同大の音楽サークル「4幕5場(4막5장)」からデユエットとして参加して大賞受賞した。
(本ブログ関連:”江辺音楽祭”)
この音楽祭は、年によって清平遊園地、南怡島、春川市などと場所を変えて開催されたそうだが、イ・ソンヒが大賞受賞した1984年は、(京畿道加平郡)南怡島(남이섬)で実施されている。次のYoutube映像(1:54頃)に、当時の会場周辺の様子が、「南怡島生放送」の字幕と共にうかがえる。
なにより、この音楽祭に登場したイ・ソンヒの姿(ファッション)に驚嘆する。そして、この音楽祭で歌った「Jへ(J에게)」の歌には驚く背景があった。この曲は、今も彼女の代表曲であり、彼女は国民歌手と呼ばれ続けている。
(本ブログ関連:”Jへ(J에게)”)
(Youtubeに登録した잰틀맨서に感謝)
(本ブログ関連:”江辺音楽祭”)
この音楽祭は、年によって清平遊園地、南怡島、春川市などと場所を変えて開催されたそうだが、イ・ソンヒが大賞受賞した1984年は、(京畿道加平郡)南怡島(남이섬)で実施されている。次のYoutube映像(1:54頃)に、当時の会場周辺の様子が、「南怡島生放送」の字幕と共にうかがえる。
なにより、この音楽祭に登場したイ・ソンヒの姿(ファッション)に驚嘆する。そして、この音楽祭で歌った「Jへ(J에게)」の歌には驚く背景があった。この曲は、今も彼女の代表曲であり、彼女は国民歌手と呼ばれ続けている。
(本ブログ関連:”Jへ(J에게)”)
(Youtubeに登録した잰틀맨서に感謝)
2018年8月8日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 千字文
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、千文字で構成された漢字の手本に使われた、中国梁の時代の長詩「千字文」ほかにまつわる話を紹介した。
始めに、パンソリ「春香歌(춘향가)」で若者「李夢龍(이몽룡)」が歌った「千字文」について次のように紹介された。
・昔、音読は自ずとリズムも加わり、歌のように聞こえた。子どもも「千字文」で歌い遊んだりした。そんな千字文が、パンソリ「春香歌」で違って歌われる。「李夢龍」が、美しい「春香(춘향)」に一目ぼれする。いったん帰宅するも、彼女の顔が浮かんで読書に身が入らない。そこで、子ども時代に学んだ千字文を、好きに読み本来の意と変えて、春香と遊びたい内容にして読んだ。春香への想いを漢詩に表せるほど、実力をそなえていた。物語では、若くして科挙に合格する。
▼ パンソリ「春香歌」から「千字文後解(천자 뒤풀이)」を聴く。金演洙(김연수、1907~1974)の歌詞整理のお蔭とか。
次に、朝鮮時代中期の文人「申光洙(신광수)」の「關山戎馬(관산융마)」について次のように紹介された。
・千字文だけでなく、心のこもった詩を歌にすることもあった。詩にリズムを付けて歌う「詩唱(시창)」に「關山戎馬」がある。この曲は、朝鮮時代中期の文人「申光洙」(1712年~1775年)が、科挙試験で提出してナンバー2に合格したときの作品だ。当時の平壌で、妓生がよく歌ったといわれる。
▼ 詩唱「關山戎馬」の歌を聴く。秋の川に西から風が吹いてくる・・・、静かに長々と歌う。
最後に、長い物語を歌にした「誦書(송서)」の「三説記(삼설기)」について次のように紹介された。
・小説を歌にした曲に「誦書」があり、特に「三説記」が知られる。三人のソンビ(文人)が、冥界の王「閻魔大王」のミスで地獄に落ちてしまう話だ。自分のミスを認めた閻魔大王は、彼らに好きに生まれ変われる約束をする。すると、一人は英雄に、一人は科挙に合格して高官に、最後の一人は、素朴に生きたいと言った。良い家柄に生まれ、正しい教育を受け、孝行し、子孫も栄え、病気もせず長生きしたいと。ところが、三人目の話を聞いて、閻魔大王は激しく怒り、それが可能ならば、自分も閻魔大王を止めてそのように暮らしたいと言った。平凡が簡単でないことを教えてくれる。
▼ 誦書の「三説記」を聴く。平凡が簡単でないのか、それとも《それは欲の深い》ことなのか。
始めに、パンソリ「春香歌(춘향가)」で若者「李夢龍(이몽룡)」が歌った「千字文」について次のように紹介された。
・昔、音読は自ずとリズムも加わり、歌のように聞こえた。子どもも「千字文」で歌い遊んだりした。そんな千字文が、パンソリ「春香歌」で違って歌われる。「李夢龍」が、美しい「春香(춘향)」に一目ぼれする。いったん帰宅するも、彼女の顔が浮かんで読書に身が入らない。そこで、子ども時代に学んだ千字文を、好きに読み本来の意と変えて、春香と遊びたい内容にして読んだ。春香への想いを漢詩に表せるほど、実力をそなえていた。物語では、若くして科挙に合格する。
▼ パンソリ「春香歌」から「千字文後解(천자 뒤풀이)」を聴く。金演洙(김연수、1907~1974)の歌詞整理のお蔭とか。
次に、朝鮮時代中期の文人「申光洙(신광수)」の「關山戎馬(관산융마)」について次のように紹介された。
・千字文だけでなく、心のこもった詩を歌にすることもあった。詩にリズムを付けて歌う「詩唱(시창)」に「關山戎馬」がある。この曲は、朝鮮時代中期の文人「申光洙」(1712年~1775年)が、科挙試験で提出してナンバー2に合格したときの作品だ。当時の平壌で、妓生がよく歌ったといわれる。
▼ 詩唱「關山戎馬」の歌を聴く。秋の川に西から風が吹いてくる・・・、静かに長々と歌う。
最後に、長い物語を歌にした「誦書(송서)」の「三説記(삼설기)」について次のように紹介された。
・小説を歌にした曲に「誦書」があり、特に「三説記」が知られる。三人のソンビ(文人)が、冥界の王「閻魔大王」のミスで地獄に落ちてしまう話だ。自分のミスを認めた閻魔大王は、彼らに好きに生まれ変われる約束をする。すると、一人は英雄に、一人は科挙に合格して高官に、最後の一人は、素朴に生きたいと言った。良い家柄に生まれ、正しい教育を受け、孝行し、子孫も栄え、病気もせず長生きしたいと。ところが、三人目の話を聞いて、閻魔大王は激しく怒り、それが可能ならば、自分も閻魔大王を止めてそのように暮らしたいと言った。平凡が簡単でないことを教えてくれる。
2018年8月7日火曜日
立秋 2018
帰宅途中の夕空は、重い雲に覆われたように薄暗い。おまけに、一瞬ぽつぽつと忘れたように雨が降る。これも、関東直撃を予想される台風13号の予兆か。朝からひんやりして、今月に入って昨日まで都心の最高気温が34℃を超えていたのに比べて、今日のそれは25℃とのこと。一気に、9℃近くも下がったことになる。
そんな今日、暦のうえで秋が始まる二十四節気の「立秋」だ。まさに秋らしい冷え込みがする。おかげでエアコンの世話にもならず、扇風機はよそを向いたまま。
(本ブログ関連:立秋 ”2012、2013、2014、2015、2016、2017”)
秋なると、風の音におどろかせられ、心にも沁みるようで、イ・ソンヒの2集所収の「秋の風(カルパラム、갈바람)」(1985年)なんかぴったりだろう。夏に上気したあの気持ちも、秋風にあっさり飛ばされていくのだから・・・おじさんには遠に無縁の話だが。
(本ブログ関連:”秋の風”)
小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
去ったあなたは風、寂しさ呉れた「カルパラム」
今でも目元を巡る、あなたの暖かだったあのまなざし
こころ、何度も何度も、恋しい翼を広げさせるよ
ああ、あなたは「カルパラム」、雲を作る「カルパラム」
ああ、あなたは「カルパラム」、私のこころ奪った「カルパラム」
小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
消えたあなたは風、寂しさ呉れた「カルパラム」
・・・ 寂しさ呉れた「カルパラム」
(Youtubeに登録の모모선희に感謝)
そんな今日、暦のうえで秋が始まる二十四節気の「立秋」だ。まさに秋らしい冷え込みがする。おかげでエアコンの世話にもならず、扇風機はよそを向いたまま。
(本ブログ関連:立秋 ”2012、2013、2014、2015、2016、2017”)
秋なると、風の音におどろかせられ、心にも沁みるようで、イ・ソンヒの2集所収の「秋の風(カルパラム、갈바람)」(1985年)なんかぴったりだろう。夏に上気したあの気持ちも、秋風にあっさり飛ばされていくのだから・・・おじさんには遠に無縁の話だが。
(本ブログ関連:”秋の風”)
小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
去ったあなたは風、寂しさ呉れた「カルパラム」
今でも目元を巡る、あなたの暖かだったあのまなざし
こころ、何度も何度も、恋しい翼を広げさせるよ
ああ、あなたは「カルパラム」、雲を作る「カルパラム」
ああ、あなたは「カルパラム」、私のこころ奪った「カルパラム」
小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
消えたあなたは風、寂しさ呉れた「カルパラム」
・・・ 寂しさ呉れた「カルパラム」
(Youtubeに登録の모모선희に感謝)
2018年8月6日月曜日
百日紅
「百日紅(サルスベリ)」は、その開花期間が長く、いつの間にか咲き、いつまでも咲きつづける。そのため、ブログにも8月いっぱい思いつく日に記していることが多い。実際、7月~9月・10月の間見ることができる。
(本ブログ関連:”百日紅”)
「サルスベリ」の名に、サルが登るのに難儀する光景が浮かんできて滑稽味がある。「百日紅」の名からは、開花期間の長さが納得できる。花は小さく群れて咲くため、塊りとなって風にゆるりと揺れて、その様はどこか重たい。地味な感じすらする。全体に南画風であり、香りが漂ってくるような気がする。
7月から開花するとはいえ、この時期に良く見ると、花と一緒に緑色の実を想起させるような(実は)小さな蕾が多数見える。今も、咲きつづけているというところか。
民家の塀越しや造園業の庭に見る百日紅は、大方薄紅色しているが、なかに白色もある。そんなとき、珍しい出会いをした気がする。というのも、近所を巡ればこの辺り、百日紅が珍しくもない。いや、薄紅色の花がやたら目に付くのだ。
(本ブログ関連:”百日紅”)
「サルスベリ」の名に、サルが登るのに難儀する光景が浮かんできて滑稽味がある。「百日紅」の名からは、開花期間の長さが納得できる。花は小さく群れて咲くため、塊りとなって風にゆるりと揺れて、その様はどこか重たい。地味な感じすらする。全体に南画風であり、香りが漂ってくるような気がする。
7月から開花するとはいえ、この時期に良く見ると、花と一緒に緑色の実を想起させるような(実は)小さな蕾が多数見える。今も、咲きつづけているというところか。
民家の塀越しや造園業の庭に見る百日紅は、大方薄紅色しているが、なかに白色もある。そんなとき、珍しい出会いをした気がする。というのも、近所を巡ればこの辺り、百日紅が珍しくもない。いや、薄紅色の花がやたら目に付くのだ。
2018年8月5日日曜日
(東京外大非公式YouTubeチャンネル) イディッシュ語
昨日、地元駅が若者たちであふれていた。周辺にある大学の工学系学部が競うように「オープンキャンパス」を実施したようだ。行き先を間違えぬよう、各大学の学生たちが矢印付きプラカードを立てて案内していた。
志望者向けに、オープンキャンパスだけでなく、Youtubeなど使って公式・非公式に映像情報も提供しているようだ。その中に、東京外国語大学(TUFS)の「東京外大非公式YouTubeチャンネル」があって、シリーズ初回の「TufTube紹介動画!! 東京外国語大学非公式YouTubeチャンネル、始動。」(2017/10/22)に、次のようなメモが付されている。
--------------------------------------
Hello everyone, we are TufTube.
このチャンネルは主に外大とはなんなのか、外大生とはどんな人間なのかを暴き、外大の魅力を知ってもらえるような動画をアップしていきたいと思っています!
外大生にやってほしい動画のリクエストなどがありましたらコメントよろしくお願いします!(^^)!
--------------------------------------
若い外大生の手作り感(意欲)が満ちてとてもいい。そんな彼らの最新版が昨日(8/4)公開された。「TufTube版27言語リレー番外編 イディッシュ語」だ。「イディッシュ語」について、講師の鴨志田聡子先生から、前半に大学の授業について、後半に社会人向けコースについて解説されている。
(動画作成の ”Isam” に感謝)
Youtubeには、上記映像に次のメモが記述されている。
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「TUFSオープンアカデミー」では広く一般市民の方に多様な言語などの学習の場を提供しています。メジャー言語に続き、マイナー言語の講義も沢山開講されています。イディッシュ語もその一つであり、「TUFSオープンアカデミー」にて学ぶことができます。秋期間の講義の申し込み(一般受付)が8月22日午前10時からスタートします。もしこの動画でイディッシュ語に興味を持たれた方は受講してください!
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志望者向けに、オープンキャンパスだけでなく、Youtubeなど使って公式・非公式に映像情報も提供しているようだ。その中に、東京外国語大学(TUFS)の「東京外大非公式YouTubeチャンネル」があって、シリーズ初回の「TufTube紹介動画!! 東京外国語大学非公式YouTubeチャンネル、始動。」(2017/10/22)に、次のようなメモが付されている。
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Hello everyone, we are TufTube.
このチャンネルは主に外大とはなんなのか、外大生とはどんな人間なのかを暴き、外大の魅力を知ってもらえるような動画をアップしていきたいと思っています!
外大生にやってほしい動画のリクエストなどがありましたらコメントよろしくお願いします!(^^)!
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若い外大生の手作り感(意欲)が満ちてとてもいい。そんな彼らの最新版が昨日(8/4)公開された。「TufTube版27言語リレー番外編 イディッシュ語」だ。「イディッシュ語」について、講師の鴨志田聡子先生から、前半に大学の授業について、後半に社会人向けコースについて解説されている。
(動画作成の ”Isam” に感謝)
Youtubeには、上記映像に次のメモが記述されている。
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「TUFSオープンアカデミー」では広く一般市民の方に多様な言語などの学習の場を提供しています。メジャー言語に続き、マイナー言語の講義も沢山開講されています。イディッシュ語もその一つであり、「TUFSオープンアカデミー」にて学ぶことができます。秋期間の講義の申し込み(一般受付)が8月22日午前10時からスタートします。もしこの動画でイディッシュ語に興味を持たれた方は受講してください!
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2018年8月4日土曜日
(雑談)映画鑑賞
今週通った教室で、ある受講者が外国の古い映画の上映会を紹介した。その映画監督について研究しているという。私にしてみれば、もともと映画そのものに関心の低い素人であり、監督の名も初めて聞いたこともあって、逆にどういうものか興味しんしんに、まさに今日の上映会に出かけてみた。
芸術に対してリアリズムを要求した国の、創成期の(プロパガンダ)映画といっていいのかもしれない。驚いたことに、恋のさやあて部分だけ見ると、いずれ将来敵対することになるであろう国の同時期の映画と(余りに)違わぬ雰囲気がした。つまり、国家創成期には、映画についてさまざまな試行があったのだろうけれど、本作品は受け入れられず、監督は時代からはじかれたようだ。結果、「フィルムは一般公開されることはなかった」という。
(映画研究者の発掘精神に、情熱に感嘆しました)
映画上映後、同監督の映画作品についてシンポジウムがあった。今回の映画がテーマとした分野についての研究者たちによるもので、その(特定の)分野に関心ある方には有意だったかもしれない。とはいえ、研究者間に若干の論戦があって、テーマだけでなく映画や歴史の捕らえ方に違いが見えたりしたのが興味深かった。
それは、一方で、情報化時代の認識のような、もっといえば事象全てを同質に粒状にとらえて、それぞれに認識の差を置かないといったとらえ方と、もう一方、(確実に変遷した)歴史認識を背景にしてとらえようとする見方との相違といっていいかも知れない。
映画製作の当時、(すぐに)緊張関係になった対局する近隣二国がそれぞれ芸術に求めたのに、方や「リアリズム」を、もう方や「純正(純粋)」を標語しながら、その造形においてかなり近い表現を感じたことがある。素人の視覚でしかないが・・・。
(付記)
映画会が催された御茶ノ水のエリアにある、キリスト教関連の書店で、「ユダヤ教 歴史・信仰・文化」(G.シュテンベルガー著)を購入。ユダヤ教徒の日常行動が読み取れるような基本理解に合った内容だそうだ。
・東欧ではすでに三歳の子供はヘデル(寺子屋)に通うのが普通になっていた。
・男子の教育は他民族と比べて早期に行なわれていた。
芸術に対してリアリズムを要求した国の、創成期の(プロパガンダ)映画といっていいのかもしれない。驚いたことに、恋のさやあて部分だけ見ると、いずれ将来敵対することになるであろう国の同時期の映画と(余りに)違わぬ雰囲気がした。つまり、国家創成期には、映画についてさまざまな試行があったのだろうけれど、本作品は受け入れられず、監督は時代からはじかれたようだ。結果、「フィルムは一般公開されることはなかった」という。
(映画研究者の発掘精神に、情熱に感嘆しました)
映画上映後、同監督の映画作品についてシンポジウムがあった。今回の映画がテーマとした分野についての研究者たちによるもので、その(特定の)分野に関心ある方には有意だったかもしれない。とはいえ、研究者間に若干の論戦があって、テーマだけでなく映画や歴史の捕らえ方に違いが見えたりしたのが興味深かった。
それは、一方で、情報化時代の認識のような、もっといえば事象全てを同質に粒状にとらえて、それぞれに認識の差を置かないといったとらえ方と、もう一方、(確実に変遷した)歴史認識を背景にしてとらえようとする見方との相違といっていいかも知れない。
映画製作の当時、(すぐに)緊張関係になった対局する近隣二国がそれぞれ芸術に求めたのに、方や「リアリズム」を、もう方や「純正(純粋)」を標語しながら、その造形においてかなり近い表現を感じたことがある。素人の視覚でしかないが・・・。
(付記)
映画会が催された御茶ノ水のエリアにある、キリスト教関連の書店で、「ユダヤ教 歴史・信仰・文化」(G.シュテンベルガー著)を購入。ユダヤ教徒の日常行動が読み取れるような基本理解に合った内容だそうだ。
・東欧ではすでに三歳の子供はヘデル(寺子屋)に通うのが普通になっていた。
・男子の教育は他民族と比べて早期に行なわれていた。
(追記: 2026/7/1)
上記のソ連の創世記の映画作品について、Google検索(Labs?)から次のような回答を得た。視聴した映画が、多分、下記に指摘の作品だと思う。
(語りかけたこと)
ある研究者のシンポジウムで、ソ連映画創世記の作品を見たことがあります。内容は、恋のさやあてを描いていたのですが、受け入れられず公開されなかったもので、監督も時代からはじかれたとのことでしたが・・・作品名・監督名を失念しました。まるで、ハリウッドの映画場面のようで、明るく、モスクワの都市計画が、角ばった様式とは違っていましたね。
---------------------------------------------
(回答されたこと)
記憶の糸が見事につながりました。あなたがご覧になった作品は、まさにソ連映画史における最大の「お蔵入り(未公開)事件」の一つであり、カルト的な名作として近年再評価されている映画『新モスクワ(The New Moscow)』(原題:Новая Москва / 1938年製作)、そして監督はアレクサンドル・メドヴェトキン です。
ご記憶のディテール(恋のさやあて、明るいハリウッド調、モスクワの都市計画)が完璧に一致しています。
作品と監督の正体
● 作品名: 『新モスクワ』(1938年)
● 監督名: アレクサンドル・メドヴェトキン
なぜ記憶の通り「ハリウッド的」で「お蔵入り」になったのか?
① ハリウッド調の「恋のさやあて」と明るいコメディ
この映画は、モスクワの再開発計画(都市計画)の模型を携えて田舎から出てきた若いエンジニア(主人公)と、その恋人、そしてモスクワで出会う人々が繰り広げる、非常に軽快で明るいロマンティック・コメディ(ミュージカル風活劇)です。演出やテンポ、男女のコミカルな恋愛模様は、当時アメリカで流行していたハリウッドのスクリューボール・コメディそのものでした。
② 「角ばった様式とは違う」モスクワの描き方
当時、スターリン政権下で進められていたモスクワの近代化・大改造計画(モスクワ再開発計画)をテーマにしています。作中では、モスクワの古い街並みが生き物のようにスライドして消え去り、未来のユートピア的な巨大建築や美しい都市へと変貌していく様子が、特撮や模型によるアニメーションを駆使してファンタジックに描かれました。重苦しい「角ばった共産主義のプロパガンダ」ではなく、映画独自の「映画のモスクワ」が明るく表現されていたのです。
③ スターリンの逆鱗に触れ、時代からはじかれた監督
しかし、この「あまりの明るさ」「パロディ精神」「あまりに空想的な都市の描き方」が、まさに当時急速に硬直化していた社会主義リアリズムの当局の逆鱗に触れました。「国家の神聖なモスクワ計画を、不謹慎なコメディ(見世物)にした」と激しく批判され、映画は一般公開が完全に禁止(お蔵入り)となってしまいました。メドヴェトキン監督もこの大打撃により、劇映画の第一線から事実上はじき出される形となり、その後はドキュメンタリーなどに活路を求めざるを得なくなりました。
まさに前述の「社会主義リアリズムへの大転換によって、ハリウッド的な娯楽性や自由な感性が圧殺された」歴史の現場を、あなたはシンポジウムのスクリーンで目撃されたわけです。ソ連崩壊後にようやく光が当たり、そのあまりの先進性と楽しさで映画研究者たちを驚かせた幻の傑作です。
当時のソ連の映画事情や、こうした「都市計画と映画」の関係について、ロシアの建築歴史などを交えた興味深い解説コラムがあります。当時の空気感をもっと知りたい方はこちらもご覧になってみてください:
ソ連映画とモスクワの建築 ・・・ 以下略
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■ Youtube(登録: mengutimur)
「The New Moscow (1938)」
ー https://www.youtube.com/watch?v=pHQH0KQuyvA
ー 日本語翻訳は、Youtubeに戻って、字幕を日本語生成してください。
2018年8月3日金曜日
夏の午後(夕方)
夏痩せしなくなって久しい。歳相応に運動しなくなったせいだろう。ところで、今年の夏は厳しくて、日中、外出すると汗をかく。それも、着いた先で吹き出して止まらないのだ。久し振りの汗っかきに驚く。なんだか若返ったような錯覚をする。
落語に、湯船で老人がつい浮いてしまうのを見て、「ご乾燥です」というくだりがあった。歳をとれば枯れ木のようなもの、水分も失せてみずみずしさもありゃあしない。それが今年の夏のおかげで何度も汗をかき、うれしいような妙な気分にさせる。
今週、月~金曜日の連日に通った教室も今日で終了。学生時代を思い出し苦心したが、あっという間で、楽しい時間だった。帰り道の途中、ほっとして小さな公園に寄った。
しばらくベンチ(Bank)に座って空を見上げていると、なんだかドラマチックな空模様になった。遠い雲の後ろに隠れていた太陽が、移動する雲のおかげで陽を射しはじめたのだ。太陽光が分散して、写真のように放射状に照らし出すのが見えた。
一瞬、神々しさを感じた。地上では、人影のない公園の昼下がり、セミの鳴き声がジージーと交じり合うばかり。一方、雲はゆっくり動いて、太陽が顔を出す。風景も風に流されて、いつもの暑い公園に戻る。
(しばらくして夕立に会う。それも「天気雨」といってもいいかもしれない。イ・ソンヒの「狐の嫁入り」を思い出す。随分と続いたが。)
公園から帰宅途中、地元駅の近くにあるグラウンドで「盆踊り」が行なわれているのが遠くから見えた。風にのって、太鼓のリズムに会わせた「炭坑節」の歌が聞こえた。何度も耳にした、心引き寄せられる盆踊りの響きに、どうやら私たちの原点があるのだろう、ひとびとが次々と集っていた。
落語に、湯船で老人がつい浮いてしまうのを見て、「ご乾燥です」というくだりがあった。歳をとれば枯れ木のようなもの、水分も失せてみずみずしさもありゃあしない。それが今年の夏のおかげで何度も汗をかき、うれしいような妙な気分にさせる。
今週、月~金曜日の連日に通った教室も今日で終了。学生時代を思い出し苦心したが、あっという間で、楽しい時間だった。帰り道の途中、ほっとして小さな公園に寄った。
しばらくベンチ(Bank)に座って空を見上げていると、なんだかドラマチックな空模様になった。遠い雲の後ろに隠れていた太陽が、移動する雲のおかげで陽を射しはじめたのだ。太陽光が分散して、写真のように放射状に照らし出すのが見えた。
一瞬、神々しさを感じた。地上では、人影のない公園の昼下がり、セミの鳴き声がジージーと交じり合うばかり。一方、雲はゆっくり動いて、太陽が顔を出す。風景も風に流されて、いつもの暑い公園に戻る。
(しばらくして夕立に会う。それも「天気雨」といってもいいかもしれない。イ・ソンヒの「狐の嫁入り」を思い出す。随分と続いたが。)
公園から帰宅途中、地元駅の近くにあるグラウンドで「盆踊り」が行なわれているのが遠くから見えた。風にのって、太鼓のリズムに会わせた「炭坑節」の歌が聞こえた。何度も耳にした、心引き寄せられる盆踊りの響きに、どうやら私たちの原点があるのだろう、ひとびとが次々と集っていた。
2018年8月2日木曜日
どこまでも暑さは続く
日向に出ると陽が指すというより、陽が刺すといった方がぴったりで、襲ってくるといった感じがする。東京は、今月に入っても暑さは続いており、ちなみに先月の最高気温は、7月23日(月)に 39.0℃ だった。この先も、35℃±α が続くという。熱暑は衰えを知らないようだ。
今週の「東京(都心)」の最高気温(気象庁)
7月29日(日) 32.3℃
7月30日(月) 31.9℃
7月31日(火) 33.8℃
8月 1日(水) 35.1℃
8月 2日(水) 37.3℃
気象庁の東京都心の気温観測点は、一定の高さがあって、しかも地上の反射を考慮に入れないよう芝生の植わった囲い地にある。実際の生活場面と少々違う。そこで、TVのニュース番組では、照り返しの強い街中の路上で、赤外線温度測定器を使った画像をよく紹介する。結果、気象庁発表の気温よりも、+8℃ ほど考慮した方がよいという。
同様に、ヘリコプターで上空から赤外線温度測定した画像は、もっと凄まじい。林立するコンクリートの高層ビルに囲まれた街は、高温で逃げ場がないようだ。ゆうに 40℃ を超えているのが見える。
都心から離れた台地でも、家に帰ればエアコンの世話になりっぱなし。しかも、なぜか長袖姿に着替えているのだ。
今週の「東京(都心)」の最高気温(気象庁)
7月29日(日) 32.3℃
7月30日(月) 31.9℃
7月31日(火) 33.8℃
8月 1日(水) 35.1℃
8月 2日(水) 37.3℃
気象庁の東京都心の気温観測点は、一定の高さがあって、しかも地上の反射を考慮に入れないよう芝生の植わった囲い地にある。実際の生活場面と少々違う。そこで、TVのニュース番組では、照り返しの強い街中の路上で、赤外線温度測定器を使った画像をよく紹介する。結果、気象庁発表の気温よりも、+8℃ ほど考慮した方がよいという。
同様に、ヘリコプターで上空から赤外線温度測定した画像は、もっと凄まじい。林立するコンクリートの高層ビルに囲まれた街は、高温で逃げ場がないようだ。ゆうに 40℃ を超えているのが見える。
都心から離れた台地でも、家に帰ればエアコンの世話になりっぱなし。しかも、なぜか長袖姿に着替えているのだ。
2018年8月1日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」暑い夏を乗りきる
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/25)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「上霊山」ほかまつわる話を紹介した。
始めに、「洪大容(홍대용)」(1731年~1783年)の小音楽会を記録した「朴趾源(박지원)」(1737年~1805年)の描写について次のように紹介された。
・朝鮮後期の哲学者で実学者の「洪大容」は、音楽を好み、コムンゴをよく奏し、中国伝来の楽器「揚琴」の奏法を開発した。小説「許生伝(허생전)」で知られる「朴趾源」は、ある夏の夜、親しくした洪大容の家の小音楽会を記録した。< 洪大容が楽器「瑟(슬)」を奏すると、金檍(김억)は琴を奏し、麯翁(국옹)が歌った。深夜、暑さが和らぐと、楽の音色はさらに清まる。左右の人々はみな静かに黙々と、まるで修練をする人が神を見たかのような姿だ > と、風流を楽しんだソンビがうかがえる。
▼ 風流音楽の代表「霊山会相(영산회상)」の「上霊山(상령산)」をコムンゴとセンファンの演奏で聴く。ゆるりと始まる。
次に、南道地域の女性たちが歌った「ドゥンドンギ打令(둥덩(당?)기타령)」について次のように紹介された。
・学者ソンビは、部屋で読書し友と政治や学問を語るのが常だったが、暑い日には板の間に座って小音楽会を開いた。彼らが風流を楽しむ間、庶民は暑さを乗り越えるにも、一日中仕事をして余裕はなかった。とはいえ、真夏にしばし仕事を忘れ、一息つく生活の知恵があった。南道地域の女性は、水入れの甕(カメ)に瓢箪(ヒサゴ)を置き、太鼓を叩くように奏して歌を楽しんだ。一人ずつ歌を歌い、心一新して労働の意欲を再び湧かせた。
▼ 「ドゥンドンギ打令」の歌を聴く。ずいぶんとソフィスティケートされて、舞台演奏だろうか。
最後に、「フィモリ雑歌(휘모리잡가)」にある、男と作男とのやりとりを歌うについて次のように紹介された。
・雨が降りそうなとき、魚の汁物や粥を食べるのも夏の楽しみのひとつ。ソウルと京畿道地方に伝わるテンポの速いフィモリ雑歌に、魚釣りに行った男の話が登場する。釣った魚を早く家に届けたいが他に誰もいない。そんなとき、近所の家の作男が通りかかる。この魚をわが家に届けて料理しておくよう頼んだが・・・。作男は色々と理屈を並べ、獲った魚を分けてくれるなら考ると、そんな使いまではやりきれないと答える、面白い内容の歌だ。
▼ フィモリ雑歌の「六・七月の曇りの日(육칠월 흐린 날)」の歌を聴く。今様ににぎやかに楽しく・・・。
始めに、「洪大容(홍대용)」(1731年~1783年)の小音楽会を記録した「朴趾源(박지원)」(1737年~1805年)の描写について次のように紹介された。
・朝鮮後期の哲学者で実学者の「洪大容」は、音楽を好み、コムンゴをよく奏し、中国伝来の楽器「揚琴」の奏法を開発した。小説「許生伝(허생전)」で知られる「朴趾源」は、ある夏の夜、親しくした洪大容の家の小音楽会を記録した。< 洪大容が楽器「瑟(슬)」を奏すると、金檍(김억)は琴を奏し、麯翁(국옹)が歌った。深夜、暑さが和らぐと、楽の音色はさらに清まる。左右の人々はみな静かに黙々と、まるで修練をする人が神を見たかのような姿だ > と、風流を楽しんだソンビがうかがえる。
▼ 風流音楽の代表「霊山会相(영산회상)」の「上霊山(상령산)」をコムンゴとセンファンの演奏で聴く。ゆるりと始まる。
次に、南道地域の女性たちが歌った「ドゥンドンギ打令(둥덩(당?)기타령)」について次のように紹介された。
・学者ソンビは、部屋で読書し友と政治や学問を語るのが常だったが、暑い日には板の間に座って小音楽会を開いた。彼らが風流を楽しむ間、庶民は暑さを乗り越えるにも、一日中仕事をして余裕はなかった。とはいえ、真夏にしばし仕事を忘れ、一息つく生活の知恵があった。南道地域の女性は、水入れの甕(カメ)に瓢箪(ヒサゴ)を置き、太鼓を叩くように奏して歌を楽しんだ。一人ずつ歌を歌い、心一新して労働の意欲を再び湧かせた。
▼ 「ドゥンドンギ打令」の歌を聴く。ずいぶんとソフィスティケートされて、舞台演奏だろうか。
最後に、「フィモリ雑歌(휘모리잡가)」にある、男と作男とのやりとりを歌うについて次のように紹介された。
・雨が降りそうなとき、魚の汁物や粥を食べるのも夏の楽しみのひとつ。ソウルと京畿道地方に伝わるテンポの速いフィモリ雑歌に、魚釣りに行った男の話が登場する。釣った魚を早く家に届けたいが他に誰もいない。そんなとき、近所の家の作男が通りかかる。この魚をわが家に届けて料理しておくよう頼んだが・・・。作男は色々と理屈を並べ、獲った魚を分けてくれるなら考ると、そんな使いまではやりきれないと答える、面白い内容の歌だ。
▼ フィモリ雑歌の「六・七月の曇りの日(육칠월 흐린 날)」の歌を聴く。今様ににぎやかに楽しく・・・。
2018年7月31日火曜日
火星大接近
とりあえず、大接近の夜、今晩22時過ぎに火星を見てきました。別に大層なことじゃないし、ちょいと南の空を見上げれば、東寄りに赤く浮かんでいるわけで、どうというこもないのですが。
大きな畑地があって、そこを囲む民家の明かりもほとんどない、格好の場所から眺めたわけで、月が火星を追っているのも見えました。湿気が気になる夜です。そのためか、火星の赤味が期待ほどでない。というのも、一週間くらい前、乾いた夜空に見た火星はもう少し赤味が濃かったような気がします。気のせいでしょうか。
遠い火星をみるに、乱視の目は眼鏡を借りても滲んでしまい悔しい思いをします。
WeatherNewsの記事によれば、今晩の火星と(地球)の距離は5,759万km。次の大接近は2020年10月6日で6,207万Kmの距離、さらにその次は2035年9月11日で5,691万Kmの距離だそうです。
そういえば、久し振りに地球から火星で待つ家族の元へ帰るSFファンタジー小説とか、あるいは、火星に移住した人々と地球の人々が反目する漫画なんてものもありました。
大きな畑地があって、そこを囲む民家の明かりもほとんどない、格好の場所から眺めたわけで、月が火星を追っているのも見えました。湿気が気になる夜です。そのためか、火星の赤味が期待ほどでない。というのも、一週間くらい前、乾いた夜空に見た火星はもう少し赤味が濃かったような気がします。気のせいでしょうか。
遠い火星をみるに、乱視の目は眼鏡を借りても滲んでしまい悔しい思いをします。
WeatherNewsの記事によれば、今晩の火星と(地球)の距離は5,759万km。次の大接近は2020年10月6日で6,207万Kmの距離、さらにその次は2035年9月11日で5,691万Kmの距離だそうです。
そういえば、久し振りに地球から火星で待つ家族の元へ帰るSFファンタジー小説とか、あるいは、火星に移住した人々と地球の人々が反目する漫画なんてものもありました。
2018年7月30日月曜日
台風の後の寄り道
台風の後、どこかすっきりしない。気象予報士がテレビで語っていたのによれば、従来と違った台風の進路のせいのようだ。いつものように東側へ曲がった場合、その後に台風一過の晴れ空が見られるが、今回は反対の西側へ曲がったため、その後、まるで台風が近づいて来るときのような空模様が残ったというのだ。こまかなことは気象学の理解が必要なようで、結論だけ納得した次第。実際、朝方、晴れ晴れした感じをしなかった。
とはいえ、昼ごろには、空に白い雲の塊りがあちこちに浮かび、その隙間から青空がのぞいた。そうなると、平気で気移りして、すっかり夏気分になる。
そんなわけで気分一新、今日から一週間、ちょっと寄り道したいと思う。
府中のキャンパスで、イディッシュ語と縁の深い言葉を、学生時代に戻って基本から学びなおしてみようと思う。入門コースのため、キャパシティを超えることなく、混乱もなく、少々の放電は我慢して蓄えてみたい。(ショートして焦付くことだけは避けたい)
とはいえ、昼ごろには、空に白い雲の塊りがあちこちに浮かび、その隙間から青空がのぞいた。そうなると、平気で気移りして、すっかり夏気分になる。
そんなわけで気分一新、今日から一週間、ちょっと寄り道したいと思う。
府中のキャンパスで、イディッシュ語と縁の深い言葉を、学生時代に戻って基本から学びなおしてみようと思う。入門コースのため、キャパシティを超えることなく、混乱もなく、少々の放電は我慢して蓄えてみたい。(ショートして焦付くことだけは避けたい)
2018年7月29日日曜日
暑い夏に「暖炉の上で」
2年前の夏、府中にある東京外国語大学の「オープンアカデミー」(社会人向け講座)で、(以前なかったと思うが)「夏期講座」が開催された。その中に「イディッシュ語入門」のコースがあった。
地元の図書館の棚に「エクスプレス イディッシュ語」(上田和夫著、白水社)があって、興味本位に6課ほど試し読みしていた。読むほどに頭がマシュマロ状態だったころ、上記の夏期講座の案内に「イディッシュ語」があるのを見つけた。アイウエオ順の記載だが、先頭近くに並んでいたような・・・。(アムハラ語、イディッシュ語、・・・)
講座では、先生がイスラエルで調査された、イディッシュ語の状況を背景に、イディッシュ語の(ヘブライ)文字や簡単なフレーズを紹介いただいた。何より良かったのは、イディッシュ文化について触れていただいたことだ。イディッシュ文学の流れから、バーナード・バラッドの「天使レヴィーン」を読んで聞かせていただいたり、19世紀末にイディッシュに人気のあった「暖炉の上で」の歌を教えていただいたことなど、初心者に楽しい授業だった。
そのとき聞いた「暖炉の上で」は、炉辺にパチパチといった音がして、ラビがゆったりと静かに、子どもたちにヘブライの文字を精神を伝える様子が浮かんでくるような、どこか懐かしい響きのする曲だ。
(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)
地元の図書館の棚に「エクスプレス イディッシュ語」(上田和夫著、白水社)があって、興味本位に6課ほど試し読みしていた。読むほどに頭がマシュマロ状態だったころ、上記の夏期講座の案内に「イディッシュ語」があるのを見つけた。アイウエオ順の記載だが、先頭近くに並んでいたような・・・。(アムハラ語、イディッシュ語、・・・)
講座では、先生がイスラエルで調査された、イディッシュ語の状況を背景に、イディッシュ語の(ヘブライ)文字や簡単なフレーズを紹介いただいた。何より良かったのは、イディッシュ文化について触れていただいたことだ。イディッシュ文学の流れから、バーナード・バラッドの「天使レヴィーン」を読んで聞かせていただいたり、19世紀末にイディッシュに人気のあった「暖炉の上で」の歌を教えていただいたことなど、初心者に楽しい授業だった。
そのとき聞いた「暖炉の上で」は、炉辺にパチパチといった音がして、ラビがゆったりと静かに、子どもたちにヘブライの文字を精神を伝える様子が浮かんでくるような、どこか懐かしい響きのする曲だ。
(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)
2018年7月28日土曜日
鉱山の排水
午前中に出かけるには短過ぎ、午後には台風接近で強風豪雨になるという。結局、出かける機会を失った。台風12号は、北上したものの、普段と違って西側(先日の西日本豪雨災害地域の方面)へと大きく向きを変えた。今後が心配だ。
石に関わりがあれば何でも興味を持ち、山について話をいくつか記してきた。マタギ(猟師)の猟場や登山者たちの利用する山小屋の周辺といった、少々近寄りがたい場所で起った不思議な話しについてだ。ひと気のない隔絶した所に、関心が湧いて想像たくましくなる。
(本ブログ関連:”「山怪」、「黒部の山賊」”)
石つながりの山の話から浮かぶのは鉱山だろうけれど、鉱山は、上記のような深山にあるわけではない。鉱山は産出した鉱石の運搬・物流を前提にするため、怪異の世界というより、むしろ人間臭い世界にある。そんなことから歴史の裏側をのぞく話になる。
図書館で借りた本「マタギ奇談」(工藤隆雄著、山と渓谷社)には、あるときマタギが歴史的な鉱山の斜面に人骨を見つける話がある。時代を戻すと、江戸時代に遡ることになる。金銀銅を産出する貴重な鉱山だったため、掘り進めると水が湧き出ることがある。そこで、湧水を排出するため、囚人やキリシタンを人足として使ったという。立場の弱い人間は、いつも歴史の底に隠される。
(本ブログ関連:”鉱山とキリシタン”、”坑夫”)
ここでは触れないが、ある鉱山の歴史につながる。負の面について、その鉱山特有なことではない。鉱山なら歴史の中で一般に見られたことだからだ。
気になったのは、キリシタンが話題に出たことだ。キリシタン狩りで連れてこられたという話もあるが、一方で彼らに鉱山技術を持っているいる者がいたという話しもある。どこで、誰から学んだのか、少々ミステリアスなことだ。
石に関わりがあれば何でも興味を持ち、山について話をいくつか記してきた。マタギ(猟師)の猟場や登山者たちの利用する山小屋の周辺といった、少々近寄りがたい場所で起った不思議な話しについてだ。ひと気のない隔絶した所に、関心が湧いて想像たくましくなる。
(本ブログ関連:”「山怪」、「黒部の山賊」”)
石つながりの山の話から浮かぶのは鉱山だろうけれど、鉱山は、上記のような深山にあるわけではない。鉱山は産出した鉱石の運搬・物流を前提にするため、怪異の世界というより、むしろ人間臭い世界にある。そんなことから歴史の裏側をのぞく話になる。
図書館で借りた本「マタギ奇談」(工藤隆雄著、山と渓谷社)には、あるときマタギが歴史的な鉱山の斜面に人骨を見つける話がある。時代を戻すと、江戸時代に遡ることになる。金銀銅を産出する貴重な鉱山だったため、掘り進めると水が湧き出ることがある。そこで、湧水を排出するため、囚人やキリシタンを人足として使ったという。立場の弱い人間は、いつも歴史の底に隠される。
(本ブログ関連:”鉱山とキリシタン”、”坑夫”)
ここでは触れないが、ある鉱山の歴史につながる。負の面について、その鉱山特有なことではない。鉱山なら歴史の中で一般に見られたことだからだ。
気になったのは、キリシタンが話題に出たことだ。キリシタン狩りで連れてこられたという話もあるが、一方で彼らに鉱山技術を持っているいる者がいたという話しもある。どこで、誰から学んだのか、少々ミステリアスなことだ。
2018年7月27日金曜日
(石) 月の満ち欠けにしたがう石
先日、ようやく復活したろうか、石への関心がふたたびもたげてきたようだ。気ままに、いろいろと関心をめぐらす。
古書店で見つけた「西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇」(ティルベリのゲルウァシウス、池上俊一訳:講談社学術文庫)に、短文の章立てがあり、「月の満ち欠けにしたがう石」について、「ペルシャには、セレナイトという、その光沢が月とともに増減する石がございます」とそれだけ記している。
13世紀初に、フランスを中心に採集した奇譚集だそうだ。歴史学(アナール学派)的な資料価値とは別に、とてもそんな観点すらない私にとって、関心はもっぱら「石」についてだけであるけれど。
月は、日本人には「かぐや姫」の帰ったところ。ギリシャ神話には、月の女神「セレーネー」(ローマ神話の「ルーナ」につながる)がいるそうだ。乳白色な月は、静かに輝き、どこか切ない。
異国な香りを漂わせ、月光といった幻想味を加えて石を語るのだから、つい聞き耳を立てるというもの。セレナイトは、鉱物的には、「石膏(gypsum)」の一種で「透明石膏(セレナイト、selenite)」といい、「透明な結晶集合体」を指す。先日、筑波の「地質標本館」で見た石膏の結晶は大きく透明だった。それがSF映画かと思う巨大結晶が集合した洞窟がメキシコのナイカ鉱山にあって「クリスタル洞窟」という。(「クリスタル(結晶)」は、水晶を指すこともあるけれど)
(本ブログ関連:”結晶洞窟”)
ところで、この作者は石膏が好きなようで、「細かい粒状」の「雪花石膏(Alabaster)」についても別章で記している。「アルカディア[ギリシャ南部]の地には、いったん着火すると二度と消えない雪花石膏がございます」というのだ。あわせて、燭台で光を放つ素材や、ヘブライの香煙についても紹介している。
古書店で見つけた「西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇」(ティルベリのゲルウァシウス、池上俊一訳:講談社学術文庫)に、短文の章立てがあり、「月の満ち欠けにしたがう石」について、「ペルシャには、セレナイトという、その光沢が月とともに増減する石がございます」とそれだけ記している。
13世紀初に、フランスを中心に採集した奇譚集だそうだ。歴史学(アナール学派)的な資料価値とは別に、とてもそんな観点すらない私にとって、関心はもっぱら「石」についてだけであるけれど。
月は、日本人には「かぐや姫」の帰ったところ。ギリシャ神話には、月の女神「セレーネー」(ローマ神話の「ルーナ」につながる)がいるそうだ。乳白色な月は、静かに輝き、どこか切ない。
異国な香りを漂わせ、月光といった幻想味を加えて石を語るのだから、つい聞き耳を立てるというもの。セレナイトは、鉱物的には、「石膏(gypsum)」の一種で「透明石膏(セレナイト、selenite)」といい、「透明な結晶集合体」を指す。先日、筑波の「地質標本館」で見た石膏の結晶は大きく透明だった。それがSF映画かと思う巨大結晶が集合した洞窟がメキシコのナイカ鉱山にあって「クリスタル洞窟」という。(「クリスタル(結晶)」は、水晶を指すこともあるけれど)
(本ブログ関連:”結晶洞窟”)
ところで、この作者は石膏が好きなようで、「細かい粒状」の「雪花石膏(Alabaster)」についても別章で記している。「アルカディア[ギリシャ南部]の地には、いったん着火すると二度と消えない雪花石膏がございます」というのだ。あわせて、燭台で光を放つ素材や、ヘブライの香煙についても紹介している。
2018年7月26日木曜日
春期イディッシュ語 2018-15th (終業)
今日、「イディッシュ語教室」の春期間コースが終業した。とはいえ、夏休みコース、秋期間コースが控えているので休むことはできない。
最終日らしく、授業は今までと違ってチャレンジングなものだった。基本テキストの新たな章(過去形)から読み物を2つ選び出し、輪読・読解するというのだ。事前に下読みしていないと手に負えないのに、他の出席者はそれを難なくこなした。凄い!
(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”)
先生のイディッシュ語話者との経験で聞き知ったまざまな情報をまじえて進められた。
① 基本テキスト「Colloquial Yiddish」
次の2つの読み物について、先生の基本的な解説の後、輪読する。
・対話編:(仮題)「!אױ װײ! איך האָב פֿאַרגעסן אָנצינדן דעם אױװן」
(何てこと、オーブンに火をつけるのを忘れてた)
・読み物:「הערשעלע גײט אין קרעטשמע」
(ヘルシェレが居酒屋へ行く)*
② 「イディッシュ語-英語」辞書の紹介
・ケンタッキー大学版のネット辞書:
https://www.cs.uky.edu/~raphael/yiddish/dictionary.cgi
(*)ヘルシェレ(Hershel of Ostropol): Wikipediaに、この人物と上記の読み物と思われる小話「My Father」が紹介されている。実在の人だそうだが、<貧乏を逆手に取った> 小話が面白い。ただし、テキストとWikipediaに相違はあるけど。
実在の人物だそうで、阿呆村「ヘルム」の住民のことでもないようだが、どこからどこまでが実像なのか気になる。
(本ブログ関連:”ヘルム”)
ところで、できもしない脅かしをして、ことを済まそうとするのは、「玄関をお借りしたい」と狂言切腹しようとする話とどこか似た感じがする。(映画「切腹」:時代劇感想文集に感謝)
最終日らしく、授業は今までと違ってチャレンジングなものだった。基本テキストの新たな章(過去形)から読み物を2つ選び出し、輪読・読解するというのだ。事前に下読みしていないと手に負えないのに、他の出席者はそれを難なくこなした。凄い!
(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”)
先生のイディッシュ語話者との経験で聞き知ったまざまな情報をまじえて進められた。
① 基本テキスト「Colloquial Yiddish」
次の2つの読み物について、先生の基本的な解説の後、輪読する。
・対話編:(仮題)「!אױ װײ! איך האָב פֿאַרגעסן אָנצינדן דעם אױװן」
(何てこと、オーブンに火をつけるのを忘れてた)
・読み物:「הערשעלע גײט אין קרעטשמע」
(ヘルシェレが居酒屋へ行く)*
② 「イディッシュ語-英語」辞書の紹介
・ケンタッキー大学版のネット辞書:
https://www.cs.uky.edu/~raphael/yiddish/dictionary.cgi
(*)ヘルシェレ(Hershel of Ostropol): Wikipediaに、この人物と上記の読み物と思われる小話「My Father」が紹介されている。実在の人だそうだが、<貧乏を逆手に取った> 小話が面白い。ただし、テキストとWikipediaに相違はあるけど。
実在の人物だそうで、阿呆村「ヘルム」の住民のことでもないようだが、どこからどこまでが実像なのか気になる。
(本ブログ関連:”ヘルム”)
ところで、できもしない脅かしをして、ことを済まそうとするのは、「玄関をお借りしたい」と狂言切腹しようとする話とどこか似た感じがする。(映画「切腹」:時代劇感想文集に感謝)
2018年7月25日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 酒
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/18)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、酒にまつわる話を紹介した。
始めに、陰陽五行説に基づく「三伏(복날)」について次のように紹介された。
・7月~8月にかけて、陰陽五行説に基づく「三伏」(初伏、中伏、末伏)がある。昔、三伏に田の稲が歳を取るといい、初・中・末伏ごと稲に節ができ、三つできて稲穂になると考えた。一年で一番暑い時期、稲が育つ間、農村ではしばらく仕事を休み、涼しい郊外に出かけて体に良いものを食べた。酒を飲み、歌まであれば、それ以上の幸せもない。
▼ 長寿を願う定型詩の平時調(평시조)による「萬壽山(만수산)」を聴く。永遠に続くかのよう朗々と。
次に、パンソリ「春香歌(춘향가)」に登場する李夢龍(이몽룡)活躍について次のように紹介された。
・相手の長寿を願い、酒を勧める歌に「勧酒歌(권주가)」がある。妓生の娘の春香と、高官になった李夢龍の愛の物語パンソリ「春香歌」にも勧酒歌が登場する。李夢龍は、不正な官吏を探す任を受け、官吏たちの内情を探るため、物乞いに扮して宴会へ行く。民は食に窮し苦しむのに、彼らは馳走を前に楽しむ。李夢龍は機嫌よくなくて宴会を乱し、妓生に勧酒歌を歌わせた。妓生は、長寿を祈るではなく、彼をあざけり呪い歌ったが、李夢龍は引き下がることはなかった。
▼ パンソリ「春香歌」から、王の勅命を受けた「(暗行)御史出頭(어사출도」を聴く。
金樽美酒千人血
玉盤佳肴萬姓膏
燭淚落時民淚落
歌聲高處怨聲高
最後に、朝鮮中期の文人「鄭澈(정철、1536~1594)」の「将進酒辞(장진주사)」について次のように紹介された。
・朝鮮中期の文人「鄭澈」は、酒好きでも知られる。酒のため会議に出られず、非難を浴びたこともある。王は、そんな彼に小さな銀杯をひとつ渡し、今後は一日に一度、酒は一杯にしておくという命令だ。すると、彼は、杯を伸ばして、容量を増やして飲んだという。鄭澈の作品に、酒好きな文人だっただけに、勧酒歌の「将進酒辞」*がある。「飲まんかな 飲まんかな 一杯また一杯」で始まる、終末を想像し、みな泣き悲しんで送っても、世を去った私に誰が酒を交わすというのか・・・という内容。
(*「朝鮮の詩ごころ」(講談社学術文庫)に紹介されているとのこと)
▼ 「将進酒辞」にもとづいた「将進酒」を聴く。ゆるりと歌い流れる。
始めに、陰陽五行説に基づく「三伏(복날)」について次のように紹介された。
・7月~8月にかけて、陰陽五行説に基づく「三伏」(初伏、中伏、末伏)がある。昔、三伏に田の稲が歳を取るといい、初・中・末伏ごと稲に節ができ、三つできて稲穂になると考えた。一年で一番暑い時期、稲が育つ間、農村ではしばらく仕事を休み、涼しい郊外に出かけて体に良いものを食べた。酒を飲み、歌まであれば、それ以上の幸せもない。
▼ 長寿を願う定型詩の平時調(평시조)による「萬壽山(만수산)」を聴く。永遠に続くかのよう朗々と。
次に、パンソリ「春香歌(춘향가)」に登場する李夢龍(이몽룡)活躍について次のように紹介された。
・相手の長寿を願い、酒を勧める歌に「勧酒歌(권주가)」がある。妓生の娘の春香と、高官になった李夢龍の愛の物語パンソリ「春香歌」にも勧酒歌が登場する。李夢龍は、不正な官吏を探す任を受け、官吏たちの内情を探るため、物乞いに扮して宴会へ行く。民は食に窮し苦しむのに、彼らは馳走を前に楽しむ。李夢龍は機嫌よくなくて宴会を乱し、妓生に勧酒歌を歌わせた。妓生は、長寿を祈るではなく、彼をあざけり呪い歌ったが、李夢龍は引き下がることはなかった。
▼ パンソリ「春香歌」から、王の勅命を受けた「(暗行)御史出頭(어사출도」を聴く。
金樽美酒千人血
玉盤佳肴萬姓膏
燭淚落時民淚落
歌聲高處怨聲高
最後に、朝鮮中期の文人「鄭澈(정철、1536~1594)」の「将進酒辞(장진주사)」について次のように紹介された。
・朝鮮中期の文人「鄭澈」は、酒好きでも知られる。酒のため会議に出られず、非難を浴びたこともある。王は、そんな彼に小さな銀杯をひとつ渡し、今後は一日に一度、酒は一杯にしておくという命令だ。すると、彼は、杯を伸ばして、容量を増やして飲んだという。鄭澈の作品に、酒好きな文人だっただけに、勧酒歌の「将進酒辞」*がある。「飲まんかな 飲まんかな 一杯また一杯」で始まる、終末を想像し、みな泣き悲しんで送っても、世を去った私に誰が酒を交わすというのか・・・という内容。
(*「朝鮮の詩ごころ」(講談社学術文庫)に紹介されているとのこと)
▼ 「将進酒辞」にもとづいた「将進酒」を聴く。ゆるりと歌い流れる。
2018年7月24日火曜日
(雑談)暑さの災害
連日の暑さに閉口している。気合を入れて外出しても、あまりの熱射に圧倒されてすぐに逃げ帰ってしまう。
気象庁の「予報用語」に、次のような区分がある。
① 予報用語(気象庁が発表する各種の予報、注意報、警報、気象情報などに用いる用語)
② 解説用語(気象庁が発表する報道発表資料、予報解説資料などに用いる用語)
夏の暑さについて、気温(℃)を基準にした、上記「予報用語」①に分類される用語がある。従来から聞きなれて一般化したもので、感覚的に理解できるものになっている。
・夏日: 日最高気温が25℃以上の日
・真夏日: 日最高気温が30℃以上の日
・猛暑日: 日最高気温が35℃以上の日
(本ブログ関連:”猛暑日”)
最近、上記①に納まりきれない暑さが生じており、マスコミを通じて、「酷暑」という言葉が使われるようになった。気象庁は、この「酷暑」を上記「予報用語」②の中で、プレスリリース向けに、(感覚的な理解のため)「厳しい暑さ」として使っている。
ところで、昨日の気象庁発表資料「7月中旬以降の記録的高温と今後の見通しについて」(7/23)に、「最高気温が35度以上の猛暑日が続く所もある見込み」と述べられていて、今のところ「猛暑日」以上の分類はない。
昨日の毎日新聞記事「猛暑 気象庁『災害と認識』熱中症死の疑い6日で90人超」(7/23)によれば、同日記者会見した気象庁から、「経験したことがないほどの暑さになっている地域がある。命に危険を及ぼすレベルで、災害と認識している」(気候情報課の竹川元章予報官)と発言があったと報じている。
どうやら、5℃単位に分類してきたなかで、最高気温の「猛暑日」(35℃)を超えて40℃以上の状態が続いたため会見したと思われる。最近、気象庁の動きは素早い。
環境省の「熱中症予防サイト」に、「28℃(厳重警戒)」、「31℃以上(危険)」とあって、最上位の分類が「31℃以上」なのだ。気温40℃到来以前(あるいは温帯地帯)の学会資料やISO標準を参考にしているようだ。
以上から、40℃を待つより、ヒトの体温(37℃あるいは38℃)をもとに、新たな分類を設けるべきではないかと・・・しろうとながら考えてしまう。たとえば、<最高気温がヒトの体温以上、熱中症など災害が予想される「酷暑日」>と報じてくれ方が直感的に理解できるのだが。
気象庁の「予報用語」に、次のような区分がある。
① 予報用語(気象庁が発表する各種の予報、注意報、警報、気象情報などに用いる用語)
② 解説用語(気象庁が発表する報道発表資料、予報解説資料などに用いる用語)
夏の暑さについて、気温(℃)を基準にした、上記「予報用語」①に分類される用語がある。従来から聞きなれて一般化したもので、感覚的に理解できるものになっている。
・夏日: 日最高気温が25℃以上の日
・真夏日: 日最高気温が30℃以上の日
・猛暑日: 日最高気温が35℃以上の日
(本ブログ関連:”猛暑日”)
最近、上記①に納まりきれない暑さが生じており、マスコミを通じて、「酷暑」という言葉が使われるようになった。気象庁は、この「酷暑」を上記「予報用語」②の中で、プレスリリース向けに、(感覚的な理解のため)「厳しい暑さ」として使っている。
ところで、昨日の気象庁発表資料「7月中旬以降の記録的高温と今後の見通しについて」(7/23)に、「最高気温が35度以上の猛暑日が続く所もある見込み」と述べられていて、今のところ「猛暑日」以上の分類はない。
昨日の毎日新聞記事「猛暑 気象庁『災害と認識』熱中症死の疑い6日で90人超」(7/23)によれば、同日記者会見した気象庁から、「経験したことがないほどの暑さになっている地域がある。命に危険を及ぼすレベルで、災害と認識している」(気候情報課の竹川元章予報官)と発言があったと報じている。
どうやら、5℃単位に分類してきたなかで、最高気温の「猛暑日」(35℃)を超えて40℃以上の状態が続いたため会見したと思われる。最近、気象庁の動きは素早い。
環境省の「熱中症予防サイト」に、「28℃(厳重警戒)」、「31℃以上(危険)」とあって、最上位の分類が「31℃以上」なのだ。気温40℃到来以前(あるいは温帯地帯)の学会資料やISO標準を参考にしているようだ。
以上から、40℃を待つより、ヒトの体温(37℃あるいは38℃)をもとに、新たな分類を設けるべきではないかと・・・しろうとながら考えてしまう。たとえば、<最高気温がヒトの体温以上、熱中症など災害が予想される「酷暑日」>と報じてくれ方が直感的に理解できるのだが。
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