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2017年11月27日月曜日

方向音痴

子どものころ、自転車に乗って知らない場所へよく遠出した。闇雲に走るのだ。電信柱の住所表示が今ほどない時代、完全に道に迷うことになる。

そこから始まる。大平原や砂漠を旅するように太陽を眺めながら、現在地を推測しつつ元に戻るのだ。来た道をそのままたどるのではない。いかに、見知らぬ道を通り抜け、帰還するかを内心ヒヤヒヤしながら楽しんだ。

あるとき、中年になって、都心の地下鉄駅から地上に出て脳内コンパスが全く効かないことに気付いた。愕然とした。いったん、方向音痴を自覚してしまうと、以来見当がつかなくなる。常習化するのだ。自信をなくした。あっけないほどに方向音痴に身をやつした。

(本ブログ関連:”方向音痴”)

冒険心をなくし、都内地図も目にしなくなった。今は、方向音痴を認め、通りがかりの人に素直に聞いてしまう。意固地に気張ることも、信念を押し通すこともなく、考えてみれば、街の環境もすっかり変わっているわけで、自分の方向感覚がいつまで通用するものでもないと・・・そう考えたりする。(たまに通る道で、すっかり更地になった空き地を見て、さて以前何があったか思い返しても浮かんでこないことがある。ましてや街の様変わりはなおさらだ)

2017年11月26日日曜日

(資料)朝鮮の地震(明治38~昭和9)

国立国会図書館のデジタル資料に、近代朝鮮半島の地震観測資料がある。「朝鮮気象三十年報」(朝鮮総督府観測所編、昭和11年(1936年))に掲載の、「十三章 地震」(隼田公地 執筆)に、明治38年(1905年)~ 昭和9年(1934年)の30年間の、各行政地域別地震発生回数が表示されている。

行政地域ごとの測候所・簡易観測所で観測した地震回数が記されている。地域別に最大観測回数の観測地とその回数を転記するにとどめる。
・当時、観測の地震震度は、微震~弱震程度
・測候所は十数か所、簡易観測所は150数箇所

行政区域  観測地     回数
----------------------------
平安北道  龍岩浦       6
平安南道  平壌        16
黄海道     馬山          4
京畿道     仁川        31
忠清北道  報恩        12
忠清南道  扶余        12
全羅北道  全州        15
全羅南道  木浦          8
咸鏡北道  清津          1
咸鏡南道  元山          7
江原道     横城          5
慶尚北道  大邸         15
慶尚南道  釜山・昌寧  6
----------------------------

上記は、参考資料であって、観測設備や機器の精度など、現在と比べるべき点があるかもしれないが、大邸は昔ながらの地震観測地であるようだし、他地域にも特異な偏りが見られるようだ。

2017年11月25日土曜日

公園のススキ原

朝、起きるのがつらい季節になった。勢いで起床しても、しばらくストーブで暖まる。着替えも遅れ、外出までに時間がかかる。窓越しに陽射しのぬくもりを感じる昼ごろ、ようやく出かけた。

昨日、「外語祭」の帰りに寄り道した公園に隣接する小公園を散歩する。太陽の高度は低くまぶしい。やがて、遠くの木立の奥に落ちると、一挙に冷えびえすることを知っている。長居はできないけれど、しばらくベンチで温もる。そして、うつらうつら心地よい時を過ごす。

目の前の河原に群生するススキは、逆光の中で穂を真っ白にして揺れていた。冬を知って身支度をしているようだ。そんな様を見ていると、おじさんはなぜか身近に感じる。

堤を(滑るように)よろよろと降りて、秋空に浮かぶススキの姿をカメラにおさめた。

2017年11月24日金曜日

外語祭 2017

平日の金曜日、人出を案じつつ、「外語祭」(11/22~26)に出かけた。ここ数年、学生たちの演じる <語劇> の観劇を楽しんだが、今年は大学祭の雰囲気だけ味わうことにした。(日頃お世話になる者の勤めとしてお邪魔したしだい)

(本ブログ関連:”外語祭”)

キャンパス中央にある円形広場は、思いのほか多くのひとびとであふれていた。平日もあって、(受験生や家族連れというよりは)他大学の若者たちが中心か。もちろん、年配者もそれなりに隙間を埋めていたが。(他方、講義棟の展示は少々寂しい気がした・・・)

広場を囲む回廊に、学生たちが専攻する言語と密接な民族料理店が開かれていた。いわゆる大学祭の屋台だが、ここは外語大らしい品揃えになっている。ビルマ料理の屋台で、菓子「サヌイマキン」(少し弾力のある < ココナッツミルクと小麦粉で作る優しい味のしっとりケーキ >)とミルクティー「ラペイエ 」(ものすごく甘い < 濃厚なミャンマー風ミルクティー >)をいただく。今年も甘い菓子を楽しんだことになる。

帰り道、紅葉に彩られた公園に寄る。人影はまばらで、辺りは静まりかえっていた。まさに黄、紅、茶、緑の色づくし。春の生気あふれる華やかさと比べて、やがて冬を迎える束の間の紅葉に染まった公園には、落ちついたたたずまいがあった。

2017年11月23日木曜日

勤労感謝の日 2017

今日は国民の祝日「勤労感謝の日」、勤労を尊ぶ日だ。昔、子どものころ、食事が済んで茶碗に飯粒が残っていたりすると祖母にたしなめられた。「お百姓さんが一生懸命働いて作ってくださったものを、最後まで大切に食べなさい」と。食事を通して、勤労との結びつきを知り、子どもながらにもそれを感謝する(単に商品ではない)意義を理解できたと思う。

(本ブログ関連:”勤労感謝の日”)

この祝日に、収穫祭でもある、宮中の「新嘗祭(にいなめさい)」がある。国民行事の名から離れてしまったためか、戦後生まれの者には、あまり身近に感じることはなかった。親世代が口にした、昔の行事といった記憶でしかなかった。(もし近くに水田があって、米の収穫を目にし、神社へ奉納する祭事があれば、違ったろうけれど)

歳をとると、伝統のいわれが気になるものだ。新嘗祭に、新米を食べることを知れば、その継承の必要性もわかる。<勤労感謝の日> と <新嘗祭> がようやく結びつき、実感するようになった。

今年も、電車内に、新米ブランドの広告が賑やかに飾られた。次々と新しいブランド米が出てくると、何がいいのか、どうやって食べればいいか気になる。美味い食べ方を知りたいものだ。

(付記)
木曜日に定例の「イディッシュ語」教室は、大学祭の期間中でもあり、休講となった。この余裕を、何に振り向けているというのか・・・。

2017年11月22日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 步虛子

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「步虛子(보허자)」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、中国伝来の「唐楽(당악)」曲、「步虛子」と「洛陽春(낙양춘)」について次のよう紹介された。
・韓国伝統文化も、他文化との交流を通じて発展してきた。伝統音楽も同様、古来の「太平簫(태평소)」は中央アジアの、「奚琴(해금)は遊牧民の楽器だ。「仮面劇(탈춤)」に「獅子舞(사자춤)」があるが、韓国に獅子はなく、他地域の影響が推測される。現在ある宮廷楽には、統一新羅~高麗時代に中国伝来の唐楽曲の、「步虛子」と「洛陽春」がある。一千年以上経たものの、他の宮廷楽と少し違う。「步虛子」は、元々、漢詩歌詞があったが、吹奏楽だけが伝わる。

▼ <空中を歩く> 意の「步虛子」の演奏を聴く。そう思って聞けば浮遊感あふれるよう。

次に、歌詞を(復元という名で)盛り込んだ「步虛子」について次のよう紹介された。
・現「步虛子」は、道教との関連を推測して、国家太平を祈る歌詞が盛り込まれる。<天の美を仰ぎ、天の楽を奏でると、金色の鳳凰、銀色の鵞鳥が並ぶ>と平和な様を表わし、<王の長寿、民の平安、天の楽があまねく広がるよう、この杯を捧げる> という。ゆたりとしたテンポ、平和なリズムだ。

▼ フュージョングループ演奏によるモダンに編曲された「步虛子」を聴く。こちらは近距離で露に聞くよう。

最後に、中国宋代の政治家で文人「欧陽脩」(1007年~1072年)作「洛陽春」について次のように紹介された。
・もう一つの曲、中国宋代の政治家で文人「欧陽脩」作と知られる「洛陽春」は、<夕日の春> の意を持つ、(1960年代に付した)歌詞も幻想的だ。<まだ日は昇らないのに、鶯の鳴き声が響き> で始まる、幻想的な様を表わす。<渡り鳥にむかって、夫の便りはないかと尋ねる> 歌詞。愛する人を待つ想いを表わす歌だ。

▼ コムンゴとフルート二重奏に編曲した「洛陽春」の演奏を聴く。掌に聴くような小品、印象深い。今様に。

2017年11月21日火曜日

イ・ソンヒのトロット・メドレー

イ・ソンヒがカバーする歌の範囲は果てがなく、どのような歌も、あたかも持ち歌のごとく聴かせる。それも、原曲へ敬意を込めてそこなわず。だから、誰もが受け入れ、納得する。次のYoutube映像にあるように、舞台でトロットのメドレーを披露したときの、会場の雰囲気からそれが容易にわかる。

(本ブログ関連:”トロットメドレー”)

しかも、彼女が最初に歌う、「愛しか私はわからない」の原曲歌手のシム・スボンは、かつて、「後輩歌手たちが歌った(自分の)『愛しか私はわからない』の中で、イ・ソンヒの歌が最も印象に残る」と語ったほど。

イ・ソンヒの歌唱力から、果たして彼女のジャンルは何かと聞かれるたび、どう答えていいのか戸惑うことがある。そこで、イ・ソンヒについてする説明は、「国民歌手」といわれている、ということから始める。

曲目:
・シム・スボン(심수봉)の「愛しか私はわからない(사랑 밖에 난 몰라)」(1987年、6集)
・ナフナ(나훈아)の「ムシロ(무시로)」(1989年)
・チュ・ヒョンミ(주현미)の「片想い(짝사랑)」(1989年)


(Youtubeに登録の526apolloに感謝)・・・何度も使用させていただきます。

2017年11月20日月曜日

忘れもの

日付が過ぎたことに気付いた。あわてて時間を巻き戻し、11/20として登録する。言い訳ついでに、忘れものについて記す。

忘れもの。小さなことは、そこらじゅう掃いて捨てるほどある。間近に物を見るため、眼鏡を頭に置いたのを忘れ、後で探すなんて珍しくない。逆に、忘れぬ工夫のため、目につく場所に物を置いたり、壁に吊したりするようになった。ドラマで記憶を失う病に侵されたヒロインが、ポストイットにメモして壁に貼るシーンがあるけれど・・・おじさんだと様にならない。ただ、だらしないたたずまいになるしかない。

「見える化」という、仕事のプロセスの要所要所で、成果を分かりやすく図表化する方法がある。これは、 明確な最終目標があればこそだ。一方、日常の忘れもの防止では、目に付くよう、生活の場に置きっぱなし(あるいは吊るしっぱなし)するでしかなく、めざとさが返って収拾のつかないものになる。

そうした対処方法は、老化の特徴といわれる。以前テレビで見た老人は、ベッドに横になりながら、孫の手のようなもので、四方の壁に吊るしたものを手探りして手元に運んだ。究極のものぐさ姿に感心したが、ちょっと心配だ。

中島みゆきの「忘れな草をもう一度」(1982年)を聞きながら、明日の片づけを考えている。おじさんも、そんなかどうだかの 忘れものの <荒野> にいる。
彼女のアルバム「Singles」(1987年)で初めて聴いた・・・残念ながら、Youtubeで彼女のオリジナルを聴くことはできない。(Youtubeに、素晴らしいカバーものがある)

2017年11月19日日曜日

岐阜基地航空祭、 空を飛ぶのを見てきました

昨日から1泊2日のバスツアーで、「2017 岐阜基地航空祭」に行ってきました。何を見たいかって、それは次の三つです。会場(基地)の広さに押されて、下記①のみの見学を実施して、後はギブアップしましたが、幸い、飛行は空を見上げればどこからでも見られるわけで、バス駐車場広場に戻って観察した次第です。(追記: 中日新聞記事(11/20)「主催者によると前年の二倍を超える十三万人が来場」)

(本ブログ関連:”飛行機”)

① 先進技術実証機「X-2
・今年の全国航空祭で、唯一、岐阜だけに実物展示されたそうだ。雑誌やYoutubeで見た赤と白の軽快な姿が目の前にあった。早めに会場に到着したので、30~40分待ちの行列だったが、その後は1時間半待ちといわれた。(現在の姿は、エンジンサイズに見合ったものとのことで、最終的なスタイルは、雑誌などでいろいろ予想されている)

② 「ブルーインパルス
T4練習機による編隊曲技飛行(同基地4年振りの飛行とのこと)。以前、2014年の入間航空祭で見て以来だ。今回は小雨もあり、編隊をくずさずの飛行に徹したようだ。ただし、編隊を組み直すため、分散して低空の旋回もあり、排気方向が地上(丁度バス駐車場)の観客方向になった瞬間、エンジン音の轟きは凄かった。(爆音で楽しむだ)

③  室屋義秀パイロット
・「2017年度 エアレース世界選手権」チャンピオンの室屋義秀パイロットによる曲技飛行。次のYoutube映像は、高い位置からの撮影のようで、(Lexus標示の)エクストラ300が地面すれすれを飛び、垂直飛行でキリモミしながら降下するのがわかる。小型機の能力いっぱい使いこなす、考えられない才能と、ありえない強靭さで、飛行の安定性を示してくれる。(見ながら、心の中で「もういいよ!」と何度叫んだことか)


(Youtubeに登録のk163k163に感謝)

また、F-14の低空の飛行があり、まさに腹に響く怒涛の爆音を響かせ旋回した。以前映画の音響で、大音響セットなるものを経験したが、ジェットエンジンが発する生の音を超えるのは不可能だろう。

屋外の保存展示に、F-1(三菱重工製)があった。何度見ても、F-4ファントムとヨーロッパ(英仏共同開発のジャギュア攻撃機)のキメラのようで・・・今回、フランス人がしきりになぜていた。
別の屋外展示場に、懐かしいT-33があった。昔、アルミ蒸着のT-33プラモデルを作った・・・今に思えば、もっと丁寧に仕事すべきだったと、それにF-86Fがあったが、やっぱり朝鮮戦争の臭いがする。

2017年11月18日土曜日

トワ・エ・モア「空よ」

子どものころ、夢で、何度空を飛んだことだろう。羽ばたきしながら上昇し、滑空してしばらく身を任せるのだが、決まって失速する。あわてて、はばたきを繰り返す。でも、結局、力尽きて地面に軟着する。幸い激突することはなかったが。

「ワルキューレの騎行」よろしく雲の中を突き抜けたり、宙返り(ループ)したり急旋回することもない。夢の中の飛翔は、飛ぶことの難しさを確認させたわけで、実りない夢だったかもしれないが、そのたび、あっ飛んでる、今度こそはと期待した。

せめて実際に、飛行機の飛ぶ姿を見たい。専門家の雄姿だから安心だ。

フォークの系譜と思う、デュエットの「トワ・エ・モワ」が歌った「空よ」(1970年)は、もっと心象的な空の歌なわけで、願いをかける空であり、すべてを見通す空、未来への空であり、過去を知る空。そんな、空も我がものにしてしまう、若いロマンチックな歌だ。


(Youtubeに登録のfuyatakeya1301に感謝)

2017年11月17日金曜日

韓国慶尚道の地震(続)

一昨日(11/15)の韓国慶尚道の地震について、韓国内で最近続く現象に関心持たれている。地震の原因を、韓国の記事(11/15、朝鮮日報/朝鮮日報日本語版、Chosun Online)は、九州-慶州-浦項の「地震ドミノ現象」といった表現をしている。

そこで、地震の規模や頻度について、国立研究開発法人「防災科学技術研究所」の「Hi-net地震観測システム」による自動処理マップで、日韓の状況を照らし合わせれば一目瞭然。次図は、ここ一ヶ月間(2017.10.18-2017.11.17)の地震状況を示したもので、日本は地震が日常化し、むしろ韓国の慶尚道の地震の唯一さが際立っている。

Hi-net地震観測システム自動処理Map

断層の所在により地震被害の受け方(直下型、津波、山崩ほか)が異なるので、むしろ韓国の国レベルの断層地図を知りたい。(2016年9月14日:中央日報日本語版、2016年9月23日:Chosun Biz

(追記)
・中央日報日本語版:「韓経:<韓国地震>地質基礎研究不足…続く余震に不安()、()」(2017年11月17日、韓国経済新聞社の記事)
・Daum掲載:「地震リスクこんなに大きいのに・・・断層帯上に原発の集中したわけ」(2017年11月16日、SBS記事)
SBSニュース(断層帯上の原発)

2017年11月16日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-8th

家を出て、ふと気になることがある。足元のズボンを確認して安心する話だが。昔、ある作家が、確か妹に女優がいて、彼が長い外套を掛けて外出したとき気付いた。なんと、ズボンを履いたつもりが、ステテコ姿のままだったというのだ。今まで、私にそんな経験はないけれど、ときどきこの話を思い出してあわてる。

いったん知ってしまうと気になるもの。学生時代、指導中の教授が雑談で言った。人間って、視覚に自分の鼻の存在を気にし始めると、止められないと。これも聞いて以来、寄り目して自分の鼻を見ないようにしている。

イデシッシュ語の授業で、名詞の性の見分け方について、理屈があればいいか、それともエイッとばかり覚える方がいいか話題になった。ひとそれぞれ、覚え方まで「性分」がありそうで・・・どちらがいいか、こればかりは偏れないしかたまらない。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

授業は着々と進んでいる。
・文法編: ① 名詞の性(男性、女性、中性)とその見分け方、② 名詞の格(主格、[所有格(属格)]、予格、対格)、 ③ 複合名詞(性は最後尾の名詞に従う)
・練習編: 動詞(現在)の不規則人称変化

ところで、(超正統派による)イディッシュ語で作られた映画「א געשעפט」(A Gesheft:The deal、2005年)を紹介されたが音声が出ず、次回持ち越しになった。

(1時間30分もあるので初めだけでも・・・犯罪の臭いがするが、何だか市民劇風で・・・)
(改)Youtubeが削除のため、代わって次の予告編をエンベッドする)

(Youtubeに登録のRabbi Pollack⇒Yiddisherに感謝)

韓国慶尚道の地震

昨日(11/15)、韓国慶尚道で地震が発生した。同地域は、昨年の7月5日に蔚山沖、9月12日に慶州市でマグニチュード5クラスの地震があり、連続して起きている。慶州市付近の南北および沿海に九つの断層があり、慶尚道海岸線には原子炉が密集している。

(本ブログ関連:”韓国の地震”、”韓国の地質”)

NEWSIS/朝鮮日報日本語版の記事「韓国気象庁『浦項の地震により韓国全域で揺れを検知』」(11/15)は、次のように報じている。(抜粋)

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・15日午後2時29分ごろ、慶尚北道浦項市北区マグニチュード5.4の地震が発生した。韓国気象庁は「今回の地震により、韓国全域で揺れを検知した」と発表した。

・イ・ミソン地震火山センター長は15日午後、ソウル市銅雀区の気象庁本館で緊急ブリーフィングを開き、「きょう発生した地震で、慶尚北道では最大震度6*を感じ、江原道・慶尚南道・大邱・釜山・蔚山・忠清北道などでは震度4、全羅北道では震度3を検知した」と発表した。

(*: 韓国の地震の震度=「メルカリ震度階級」)

・イ・センター長は、余震の有無などについて「頻度が減ってはきたが、昨年発生した慶州地震の余震がまだ続いている。今回も数カ月は続くものとみられる」・・・と語った。

・なお、昨年9月12日に慶尚北道慶州で発生したマグニチュード5.8の地震による余震は、現在までに合計640回観測されている。内訳は▲マグニチュード1.5-3.0未満618回 ▲3.0-4.0未満21回 ▲4.0-5.0未満1回。
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2017年11月15日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 男寺党の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「男寺党(ナムサダン)の歌(남사당의 노래)」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、旅芸人の「男寺党」と詩人「盧天命노천명)」(1911年〜1957年)について次のように紹介された。
・昔、国中を彷徨いながら色々な芸を演じて生計を営むさまざまな集団があった。彼らが村を訪れると、祭りの雰囲気になった。その中に男だけの集団「男寺党牌(남사당패)」もあった。六つほどの芸を披露し、広い庭で農楽を演奏したり*、皿回しに似た遊びを披露した。綱渡りはヒヤリとすることから、氷の意の「オルム(어름)」と呼んだ。また、木製の胴に紐をつけた「操り人形(꼭두각시)」もあリ、その動く様が、人の首筋をつかむように見えることから、首筋の意の「ドルミ(덜미)」と呼ばれた。
・旅芸人を歌った「男寺党の歌」は、詩人「盧天命」の詩を歌にしたもので、<銀の指輪をはめてあげたい娘がいたが、次の日にはまた去らねばならない>という内容。彼らは、世の中で最も低い身分で、村を彷徨うのが仕事だった。だが、芸を始めると、自然と興が沸いたことだろう。

▼ 「男寺党の歌」を聴く。詩情あふれる旋律、運命と哀切、どこまで届く、今様に。

次に、パンソリ「興甫歌(흥보가)」に男寺党牌が登場することについて次のように紹介された。
・善人の弟興甫(흥보)と、悪人の兄ノルボが登場するパンソリ「興甫歌」で、兄ノルボがヒョウタンを割ると、中から男寺党牌が出て来てノルボを冷やかす、ユーモアに表現する場面がある。

▼ パンソリ「興甫歌」から、「ノルボの最初のヒョウタンから男寺党牌が出てくる場面(놀보 첫번째 박에서 남사당패 나오는 대목)」を聴く。ヒョウタンから次々出てくるそうだ。

最後に、京畿道安城地域の男寺党牌にいた女性ボス「バウドギ(바우덕이)」について次のように紹介された。
・男寺党牌は男だけの集団だが、朝鮮時代末、ソウル近郊の京畿道安城地域の男寺党牌は、なぜか「バウドギ」という名の女性がボス役をした。彼女がなぜ男寺党牌に入ったのか、生涯につい不明だが、綱渡りに才があり、宮中で綱渡りをすると、感動した王族が高い官職を与えたという。

▼ 「男寺党の空」から「男寺党の歌」を聴く。随分と荘厳に聞こえる。

(*)これら芸を行う場所を指して「パン(판)」、地面に転がって芸をするのを「サルパン(살판)」(生きる場の意)といい、うまくできれば生きる場、できなければ死ぬ場としてそう呼んだ・・・とのこと。

2017年11月14日火曜日

イ・ソンヒの「心のようにあなたのそばに」

心は不思議なもので、自分に在ってないようなもの。「心」と表記したときと比べて、「こころ」にはまた違った在りようがある。「こころ」はじんわりと想いをたくわえてくれる、そして「心」は伝える姿を装う。

ひとが願いごとをシャーマンに依頼するとき、儀式が執り行なわれる。言葉にからまった穢れやくもりを除き、清め、純粋な言霊に磨き上げるからだ。そうでなければ、自然は応えられない。「心」を伝えられない。

イ・ソンヒの5集に収録の「心のようにあなたのそばに(마음처럼 그대곁에)」(1989年、作詞キム・ミンジョン、作曲ソン・シヒョン)の「心」は、鳥に託して空を飛ぶ「言霊」のようなもの。若ければ、シャーマンの力を借りる必要もないほど美しい。(若者に辛いおじさんも、これだけはそう思う)

(本ブログ関連:”心のようにあなたのそばに”)


あなた、離れているけど、心は自由なのよ
思ったら、どこでも行ける、心はすでにあなたのそばに
*
あなた、会いたいけれど、私は鎖に縛られ
一歩二歩、近づいていくけど、まだあなたは見えない
心のようにあなたのそばにいたい
心のようにあなたのそばに生きたい
私は、まだ遠いのに、心のようにあなたのそばに

(*以下繰り返し)

(心のようにあなたのそばに)いたい
心のようにあなたのそばに生きたい
私は、まだ遠いのに、心のようにあなたのそばに


(Youtubeに登録のcarcass1178に感謝)

2017年11月13日月曜日

国際標準地「チバニアン」

鉱物好きなのに何だかんだで活動が止まったまま。深くも広くもない理解。地質(年代)、鉱床、まして組成についてもいい加減なまま、ただ標本をながめるだけの過ごし方・・・でもいいじゃないか。

そんなぐうたら気分に、こんな話題が飛び込んできた。今の地質の時代に近いとされる、77万年前~12万6千年前までの地質年代層序(地層:新生代>第四紀>更新世>中期)を「チバニアン」(「千葉の時代」の意)と呼ぶようになるらしい。その年代を示す「国際標準地」として、千葉県養老川沿いにある(地磁気反転を示す)地層が採用されたという。(最終的に「チバニアン」が採用されるかどうかを、関係者は慎重に見ているようだが・・・)

NHKのネット記事「『チバニアン』 国際学会が『国際標準地』に登録の答申」(11/13)によれば、最新の地質年代の名称が、日本の地名にもとづくものになると次のように報じている。(抜粋)

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・千葉県市原市にあるおよそ77万年前の地層を地球の歴史の一時代を代表する「国際標準地」に登録し、その時代を千葉時代=「チバニアン」と名付けることを目指す茨城大学などのグループは、審査を行っている国際学会(「国際地質科学連合」)の作業部会から投票の結果、市原市の地層が、イタリアの候補地を破り次の審査を行う委員会に「国際標準地」として答申することになったという連絡があったことを明らかにしました。

茨城大学国立極地研究所などのグループは千葉県市原市の養老川沿いにあるおよそ77万年前の地層に地球の磁場が逆転した痕跡があるのを見つけ、地球の歴史の一時代を代表する「国際標準地」に登録するよう ことし6月、国際地質科学連合に申請しました

・認められれば、地球の歴史のうちおよそ77万年前からおよそ12万6000年前までの時代がラテン語で千葉時代を意味する「チバニアン」と名付けられることになりますが、候補地は、このほかにイタリアの2か所があり、国際地質科学連合の作業部会が16人の委員で議論してきました。
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そういえば、同じく千葉県から2011年に、新鉱物の「千葉石」が公表され(日本地質学界の「県の石」に選定され)たことがあったね。
それに、もっと大きくいえば、新元素の原子番号113に、「ジャポニウム」が採用されて何となく嬉しくなったことがある。科学の世界で、日本に関係する命名は気持ちいいものだ。まるで、子どもみたいなところがあるが・・・。

2017年11月12日日曜日

(雑談)木に巻きつく明かり

夕方になると、駅前の木々がクリスマスのためだろう、青色と白色のライトに飾られて点滅する。その青色が、ペルシャンブルーというかラピスラズリを思わせる濃さだ。当り前に思ってきた青とは違った、欧米人好みする色調という感がする。

少し前まで、夜間の木々を飾った照明は、白色光が中心だった。それが、LEDの青色発明後、欧米好みを真似てか、青色が加わった。アジア人と欧米人の色感に違いがあるってことは通説だけれど。でも、あの奥行きある、底にじんわり輝きを持った群青の明かりは気になる。

夜間、木々に照明ライトを巻きつけると、彼らに昼夜の区別を与えないことになる示唆があった筈、今はだれも口にしない。駅前の木々は、固い路面に雨水を直接下水溝に流され、自動車の排ガスにさらされ、そのうえ自然光の加減まで奪われて・・・、本来、木の健康な証である、光合成作用のすべての要件を人の勝手にされている。なのに、ぼくらは駅の改札を出て、目の前にそびえる木立の緑をながめるやほっとする。

それでも、あの深い青色が気になる。夕闇に溶け込みそうでそうでない、秘かに、そして静かに輝く青色が気になる。高校時代に誰も口にしなかった、なのに卒業後集まった男たち誰もが問わず語りしたあの女性を思い出す。(青色LEDよ、いつまでもきれいに輝いてください)

(付記)
・中島みゆきの「歌姫」の歌詞に、「男はみんな嘘がうまいね・・・、女はみんな嘘が好きだね・・・」とある。
・TBSラジオ「蔦信彦 人生百景『志の人たち』」に出演した、映画シナリオライター高田宏治が知人の言葉として、(昔の生き方だが)「男は悔しがり、女は寂しがる」の旨を紹介した。

2017年11月11日土曜日

知りたいことばかり

イディッシュ語は、ドイツ語の響きがして、Youtubeにドイツ語とイディッシュ語話者が並んで話しているのがあるくらい。もちろん、両言語の会話内容を分かるわけないが、よく似てるなと感じる次第。素人にとって分かりやすく納得できるなら、東京方言と鹿児島弁の違いなのだろうか(いやもっとか)、知りたいところだ。

イディッシュ語は、ドイツ語圏から出立して、東欧への広がりに伴いポーランド語やロシア語の影響を受けたそうだ。ますます容易でないし、ヘブライ語(つまりユダヤ文化)の語彙もあって手も足も出ない。もちろん、それを気にするなんて、いうも恥ずかしいレベルだが。

言語ができあがる過程について興味ある一方で、イディッシュ文化と密接な<音楽>についても、その歴史を知りたいところだ。東欧系のイディッシュ音楽のジャンルに「クレズマー(クレツマー)」音楽があって、その起源に、「バルカン半島北部を含む東欧とドイツ」(Wikipedia)とある。民族音楽は、その民族の遺伝子のようなもので、表現の基底にあるもので、ことばや集団の文化と密接な関係があるだろう。

もちろん、「バルカン半島北部」起源について、何の確認を取ったわけでもないが、ドイツ語圏とかけ離れた、なぜ「バルカン」なのかといった不思議さを感じる。そもそも、バルカン音楽とは何かも知らないのに・・・知りたいことばかり。

2017年11月10日金曜日

枯葉とあそび

先日、隣り駅のロータリーを囲む並木のもと、歩道側の生垣に、枯葉の吹き溜まりができていた。それを見つけた幼児が、母親に見守られながら、枯葉を両手に集め持っては空に解き放す。風に舞い落下する様子がうれしくて、何度も繰り返していた。何気ない一瞬かもしれないが、おじさんには、母子の実に美しい光景に見えてしょうがない。

以前、このブログに、<「枯葉」の聴き比べ > を記して、実際の枯葉の様子を公園で確かめたい旨のべた。今日、ようやく近所の公園に出かけることができた。

ケヤキは、今まさに、茶色の葉をはらはらと落としている最中。イチョウは、路面にびっしりと黄色の絨毯を敷き詰めて、なおかつ木々に黄色の葉をまとっている。不思議なことに、そのときイチョウは小休止のようで、落葉することはなかった。また、ユリノキの木立が並ぶ一画があって、異国の秋を思わせる洒落た風景を見せてくれる。そういえば、去年もこの時期、ここで枯葉を楽しんでいる。

ところで、平日の公園はのんびりして人気が少ないため、保育園や幼稚園の園児、小学生の一団が訪れる。今日も、いくつかの広場に、子供たちの人影と声がした。幼児の声は開放された空間でも、不思議とよく聞こえる。精一杯、草原を走るさまは可愛らしく懐かしい。一方、小学生たちは、付き添いのカメラマンだろうか、クラス写真を撮ってもらっていた。この一瞬も、それぞれの人生につながり、記憶に残ることだろう。子どもたちを見ているだけでなぜか満たされる気分になる。

枯葉のおじさんは、今日じゅうぶん満たされた。

2017年11月9日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-6,7th

今日のイディッシュ語教室は、2時限連続の特別授業(2017秋期カウントを、06、07にする)。偶然というか幸運にも、アメリカから、イディッシュ語を話すことのできる女子留学生が参加してくれた。(留学生は、京都からお土産を持って教室に来られ、おもてなしが逆転してしまう結果に・・・)

留学生は、自身のイディッシュ文化との関わりについて語ってくれた。(その中からひとつ、写真投影もあって)、都心にあると思いきや、緑豊かな郊外に所在する「YBC(Yiddish Book Center)」での蔵書資料作成サポート経験を紹介された。同所は、世界からイディッシュ語書籍の寄贈を受け付けていて、蔵書が充実しているようだ。

目の前で、先生と留学生のイディッシュ語会話を聞いていると、(身の程知らずにも)その気になってくる。もちろん、先生の日本語解説があって了解されたことだが・・・。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

当然ながら、今日も授業(解説、Exercise)が進んだ。
① 定冠詞: דאָס , די , דער ⇒ 結論、名詞と定冠詞を一緒に覚えるのが良い!
② 動詞「好き(like / love)」: .איך האָב (נישט) ליב צו עסן [ I(do not)like to eat.]

最後に、日本で誰もが歌えるものの、イディッシュの歌(原曲1938年)であることが余り知られていない、「ドナドナ」の歌詞と楽譜が先生から配布され、みなで一緒に歌った。ちなみに、留学生から、「ドナドナ」のアメリカでの流行は、ジョーン・バエズが歌ってからによるのが大きいとのこと。それにしても、日本で誰もが知って歌えることに驚かれていた。

(本ブログ関連:”ドナドナ(Dona Dona)”、”素敵なあなた(Bei Mir Bistu Shein)”)

参考までに、ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」の原作「牛乳屋テヴィエ」(西成彦訳、岩波文庫)の「解説」で、日本での「ドナドナ」の普及について、次のように続けられている。
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(ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」公演の成功という)日本でこれまでほどに大衆的な支持を受けたユダヤ文化の遺産は、「ドナドナ」を除けば、たぶん類例がないといっていいほどである。
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かように、「ドナドナ」は、NHKの「みんなのうた」でも放送されたこともあり、日本の誰もが耳にした、あたり前の歌になっている。