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2016年10月15日土曜日

市民祭りと沖縄の同窓会

天気も良く、足を伸ばして地元公園へ散策に出かけた。大変な人出だった。そうか、今日・明日、地元の「なかよし市民まつり」が開催されるのだ。野外施設前の広場を囲むようにテントが多数並び、人々であふれていた。

テントでは、市の公共機関やNPOなどの広報以外に、それぞれの団体が屋台ふうに食べ物を売っていた。官製の郷土意識の醸成といった感がないでもないが、土・日の連休、家族連れには楽しいイベントとなっている。広場中央の特設舞台で、近隣市から出演したアマチュアのスイスホルン・グループがのどかに奏でていた。秋晴れの空、ちょっとした高原気分だ。

帰路、図書館の読書室に寄る。なんと、隣りの会議室からにぎやかな物音がした。そういえば、入館したとき、沖縄の学校の同窓会があると掲示されていた。民謡、踊り、演奏など次々続く。迫力満点な響きが読書室に入ってくる。不思議なことに、それが気にならないというか、心地よいのだ。すっかり聞き耳を立てていた。

気付いたこと。わたしたちが同窓会をしたとして、民謡、踊り、演奏を通じて、こんなに楽しく郷土愛を表現することができるだろうか。受け継ぐ郷土文化、土地に根付いた先祖とのつながり。そんな経験もなく、知らぬまま歳をとってしまったようだ。

2016年10月14日金曜日

講演「あなたはイディッシュ語を知っていますか?」

8月に年寄りの冷や水というか下手の横好きというか、好奇心にかられてチャレンジした気持ちがまだ残っていたようで、イディッシュ語紹介の講演を聴講しに出かけた。今回は、エルサレム・ヘブライ大学講師のミリアム・トリン博士がイディッシュ語で話し、それを東京大学研究員の鴨志田聡子博士が通訳するという。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

場所は、高田の馬場にある大学の会議室で、30名ほどが聴講した。もっぱら学生主体だったが、プロの他言語の翻訳家とか研究者もいるわけで、素人はだまって話しを伺うばかり。幸いなことに、配布されたレジメが、日本語の丁寧な箇条書きになっていて、置いてけぼりされることはなかった。

1.イディッシュ語の歴史 ・・・ 民族の移動と成立
10世紀末、ドイツのライン高地に起源する、ユダヤ人が話すイディッシュ語は、東欧への民族移動を経て、第二次大戦の結果(それまでは1,100万人が使っていた)話者を大幅に失い、現在のイスラエルでは現代ヘブライ語の隅で少数にとどまっている。 → アシュケナージ

2.イディッシュ語の語彙 ・・・ 各種言語との混成
ドイツ語、ヘブライ語・アラム語だけでなく、イタリア語、フランス語を、また民族移動の過程でスラブ語(ポーランド語など)を取り込んで語彙を豊かにした。

3.イディッシュ文学 ・・・ 最盛期の3作家(スフォリムアレイヘムペレッツ)紹介と、現代詩人(スツケヴェル)の作品紹介
19世紀半ばに登場した作家は、大衆に対して、①指導的・教化的に見る、②大衆目線で接する、③政治と伝統回帰という3様があった。
また、現代詩人がイスラエル成立を謳った、歴史の重層と多様さを持つ語義を駆使した詩作を紹介された。

久し振りに若い学生たちに混じって聴講するという、ちょっとした懐かしい経験をさせていただいた。

2016年10月13日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 豊作祈願

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<豊作祈願>に関連する3曲を紹介した。

始めに、生活の中で多様な使われ方をした<鞴(ふいご)>、すなわち「風具풍구)」について次の様に紹介された。
・「風具」という<鞴>がある。扇風機の羽のようなものと、その横や後ろにある取っ手を回して風を起こす。地域によって役割や名称・形も多様だ。鍛冶屋で鉄を熱したり溶かすために使ったり、かまどに空気を入れる役割をした。床暖房のオンドルで火を焚くときも、「風具」を使う。また、大きなものは穀物を収穫した後、殻だけの<しいな>や細かいほこりを飛ばすときによく使う。「風具」の風で穀物を少しずつ流すと、しっかりした穀類は庭(下側)に落ち、枯草や<しいな>は遠く飛ばされる。

▼ 風具を回しながら歌った西道地域(半島北部)民謡「風具打令(풍구타령)」を聴く。作業に合わせたように力強く明るい。

次に、宮廷の宴で豊作祈願に奏でた「慶豊年(경풍년)」について次のように紹介された。
・朝鮮時代、主業の農業に携わる者を、支配階級の両班の次位に付けた。次に物を作る人、商人の順だ。民の多くが農作に従い、一方、国政を担う王やその臣下は、常に豊作を祈った。雨が降り過ぎたり少なかったり、豊作や凶作、全ては天の志しとした。その責は、王の徳次第と考えられた。宮廷で宴を開くときも、豊作祈願の音楽を奏でた。それが、「慶豊年」という曲だ。豊作を祝う意で、もともと定型詩「時調(시조)を歌う歌曲を、楽器で伴奏するよう編曲したものだ。

▼ 主旋律の横笛テグムに、バイオリン、ビオラ、チェロ伴奏で「慶豊年」を聴く。豊作を感謝するよう心やすまる。今様に。

最後に、具滋夏(구자하)が作ったという、京畿地域の民謡、「豊作歌(풍년가)」について次のように紹介された。
・一年の間手間をかけた田が黄金色に輝くのを見ると、農夫も感動したことだろう。稲刈り、脱穀、乾燥という多様な過程がある。農夫はみなと一緒に豊作の歌を歌いながら一日を終えたことだろう。ソウル近郊の京畿地域民謡、「豊作歌」は、具滋夏という名の歌い手が作ったと言われる。分かりやすい歌詞、単純な拍子と軽快なリズムのせいで、老若男女誰もが歌える。最近は豊作で収量が増えると、値段の暴落を心配するため、豊作が必ずしも良いとばかりでもないが、凶作より豊作の方が良いのは、いうまでもない。

▼ 豊作を喜ぶ京畿地域民謡、「豊作歌」の歌を聴く。まるで喜びを共有するような楽しさが湧き立つ。

・「豊作の歌」は、豊作のイキイキとした雰囲気を表現する。初期のものは、現在とだいぶ違う感じという。歌詞から、人々が季節ごと楽しむ風習も垣間見られ、暮らしぶりを知ることができる。

2016年10月12日水曜日

イソップ「狐と葡萄」

国会図書館には、古い書籍をデジタル化して公開している。その中には児童書まであって、明治の子ども向け道徳書もある。例えば、古代ギリシャのイソップの寓話集「イソップお伽噺」(三立社、1911年、明44年9月、訳述者 巌谷季雄=小波)を見ることができる。

(本風ブログ関連:”国会図書館”)

児童文学者の巌谷小波は、この書の序文(明治44年8月)で、まず訓戒(おしえ)を説き、その後に物語りするという、今までにないやり方をした、新訳というより新編が妥当だろうと述べている。

このブログは常々、「狐」を話題にしている。そこで、狐にまつわるイソップ童話で、最も代表的なキツネとブドウの話しを選んだわけだが、訓話から始まる展開が気になるけれど、いかにも明治らしい香りを知るのも悪くない。フリガナを( )内に記した。

(本ブログ関連:””)

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「一三三  正(ただ)しき望(のぞ)み  (狐と葡萄)」(p.355)

   諸君(みなさん)! 自分(じぶん)の力量(ちから)では、迚(とて)も達(たっ)し得(え)られぬ様(やう)な、大(おほ)きな望(のぞ)みを抱(いだ)いて、夫(そ)れが仕遂(しと)げられぬ時(とき)は、直(すぐ)に自棄(やけ)を起(おこ)す位(くらゐ)なら、初(はじ)めからそんな野心(やしん)を抱(いだ)くより、正(ただ)しい希望(きばう)を持(もっ)て、だん~[だん]進んで行(ゆ)く方(ほう)が、いくら幸福(かうふく)か知(し)れません。

   或時(あるとき)一匹(ぴき)の狐(きつね)が、腹(はら)の空(ス)いたのを我慢(がまん)して、路(みち)を歩(ある)いて居(ゐ)る中やがて廣(ひろ)い~葡萄畑(ぶだうばたけ)に、さも旨(うま)さうな葡萄(ぶだう)の實(み)が、鈴(すず)なりになって居(ゐ)るのを見(み)て、もう食(た)べたくて仕様(しやう)がありませんから、幾度(いくど)も飛(と)び付(つ)いて取(と)らうとしましたが、高(たか)い棚(たな)の上(うへ)にあるので、どうしても思(おも)ふ様(やう)に取(と)れません。
   それで幾度(いくど)も跳(は)ねて居(ゐ)る中(うち)に、體(からだ)は段々(だんだん)疲(つか)れるのに、葡萄(ぶだう)は一粒(ひとつぶ)も食(た)べられませんから、狐(きつね)はとう~自棄(やけ)を起(おこ)し、
   「何(なん)だ! こんな青(あお)い葡萄(ぶだう)が食(た)べられるもんか。食(く)ったら酸(すっ)ぱくて仕様(しやう)がないだらう。」
と、毒(どく)づいて、其(その)まゝ行(い)ってしまひました。
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2016年10月11日火曜日

衣替え

テレビの街頭インタビューで、テーマからしてそうだったのだが、女性の回答がほとんどで、未だ「衣替え」していないという。一方、気象予報士は、これからもう夏日を思わせることはない、雨の心配もないので、と衣替えを進めていた。

暑いのは得意でない、寒いのはもっと苦手である。だから、気温は20℃から30℃までが調度よいといってきた。最近までそんな按配だったのだが、この数日に20℃±になると、ぐっと冷えが勝り、全てががらり変化した。今日なんて、私はベスト(昔風にいえばチョッキ)を着て外出したものだ。

秋冷えに負けまいと服を替えるわけで、そうなれば半袖の夏服に未練はない。無意識に夏服のハンガーを横に押し込み、あるいは箪笥の奥にしまい込む。この心変わりは一体何なのだろう ・・・ 一瞬だけそう思ったりする。心を引きずることのない別れがあるんだとね。

ここで、夏服にきちんと「さよなら」を告げておこう。オフコースの歌を借りて。(いけない、不謹慎なブログになってしまったかも)


(Youtubeに登録のhigh_note Music Loungeに感謝)

2016年10月10日月曜日

イ・ソンヒがすすめるデュエットしたい若手歌手

まるで呼吸するように歌うことができれば、どんなに素晴らしいだろう。歌の源を掛け合いの「歌垣」に求めてみるのもよい。美しい自然な呼びかけが通じれば最高だ。歌は言葉であり、魂を運ぶ息でもあるからだ。

イ・ソンヒは、ソウル経済の記事、「イ・ソンヒ 『セムギム、イ・スヒョン とても好きで・・・声が独特な友を好む』」(10/9、イ・ジュハン記者)で、今好む若手歌手を次のように挙げた。
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イ・ソンヒ 「まだデュエットしたい後輩はないが、セムギム、イ・スヒョンが良い」

・歌手イ・ソンヒが、セムギムと楽童ミュージシャンのイ・スヒョンが好きだと明らかにした。

・去る8日放送された、KBS 2TVの(芸能情報番組)「芸能街中継」で公開された広告撮影現場のインタビューで、イ・ソンヒはデュエットをしたい後輩がいるのかという質問に、「声が独特な友がいたら良いが、まだそれ相応の友はいないようだ」と話した。

・イ・ソンヒは、しかし「セムギム、楽童ミュージシャンのイ・スヒョンをとても好きだ」と付け加えた。

・イ・ソンヒは、続けて、ロングラン(人気を長く保った)ことについて、「緊張しないで生きるといったような願いはしなかった」といい、「最近の友人たちは、人生は楽しむことだと思えて、そうか、音楽ももっといろいろな感じ方があるようだと思う」と話した。

(広告撮影現場) 「歳月が顔向けできない最高の童顔(若々しさ)」

(Youtubeに登録のAcaciaに感謝)
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まずもって、男性歌手(セムギム샘김)でなく、女性歌手のイ・スヒョン(이수현)のYoutube映像を探した。イ・スヒョンは、兄妹デュット「楽童ミュージシャン」にいて、その声は自然に飾らず、穏やかな風のように吹く。ここでは、ホン・ソボム(홍서범)のオリジナル曲、「私はあなたに愛を望んでいませんでした(나는 당신께 사랑을 원하지 않았어요)」を歌っている。心地よい実力!

(イ・スヒョンのカバー 「私はあなたに愛を望んでいませんでした」)

(Youtubeに登録のKBSKpopに感謝)

(訂正) 体育の日 2016

(訂正) 昨日の日曜日に、祝日「体育の日」(月曜日)と思い違いして以下のよう書いてしまいましたが、今日に置き換えます。
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今日は、ハッピーマンデーの祝日、「体育の日」だ。近頃体を使うことといえば、健康体操教室に通うくらい。それ以外は近所の散歩程度で、それも天気次第といったところ。

(本ブログ関連:”体育の日”)

小さな子どもは、母の手をふりほどいてでも歩こうとする。昼休みの小学校のグランドは、まるでブリューゲルの「子どもの遊戯」絵そのままだし、もっと大きくなれば一人遊びのスポーツも加わるだろう。総じて湧き出るエネルギーを遊びに発散すれば成長につながるという、なんと素晴らしいことだろう。

やがて歳が重なれば、動くのが億劫になる。動かなければ筋力も衰え体型もだらしなくなる。といって、元気なつもりで運動すれば怪我をする。まさに今の自身なわけで、見かけを維持したところで、内臓は歳相応といわれているのだといい訳する。

それでも、体育の日になると気がそそられて、ちょいと出かけてみようなんて思う。近所をぐるり散歩もわるくない。(以下略)
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2016年10月9日日曜日

(訂正) 日にちを読み間違えた

(訂正) 本来の日曜日を、祝日月曜日の「体育の日」と間違えましたので訂正します。

「体育の日」の月曜祝日と間違えて、その日らしいことを書いてしまった。その内容は、本来の10/10に書き送った。ブログを始めて以来、日にちを読み間違えたのは初めてのこと。自分に対して、なんとも格好悪い思いをする。

ただし、10/10と読み間違えて記したもののうち、次は10/9の日曜日のことなので、そのままここに置く。
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・・・ 帰宅路で気付いた。夕暮れ雲は重いし、吹く風は思った以上に冷え冷えする。ああ、もう秋なんだと実感する。

2016年10月8日土曜日

イ・ソンヒの「狐の嫁入り」

昨日とりあげた「狐」の話題を継続する。イ・ソンヒには、今年(2016年)9月のコンサートで歌ったヒット曲 「狐の嫁入り(여우비)」(2010年)がある。これは、人間の若者と、現代によみがえった九尾狐の少女との恋を描いたファンタジー・ドラマ「僕の彼女は九尾狐」のテーマ曲だ。

イ・ソンヒ独特の清潔感は、少女(九尾狐)のひたむきな思いを巧みに表現する。人と異界の交流は、さまざまな行き違いを生むものの、少女の純粋さに視聴者は引き込まれたはずだ。

このドラマでは、イ・ソンヒの愛弟子イ・スンギ(歌手)が今様の多少刹那的若者を、現代によみがえった九尾狐ながら無垢の少女を俳優のシン・ミナが演じた。私の数少ない、完全視聴したレンタルDVDドラマでもある。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)


(Youtubeに登録のLove Koreaに感謝)

2016年10月7日金曜日

(資料) 岡本綺堂「妖怪漫談」 狐

秋の涼しさが本格化するこの時期に、「怪談」というのもなんだか変だが、岡本綺堂の掌文「妖怪漫談」(青空文庫)は、妖怪と(空想を含む)獣、魚、鳥など動物との関係を種類分けしている。中国(支那)で<狐>をどう見ていたか、わずかだが知ることができる。

(本ブログ関連: ”葛の葉)”、”仙人”、”岡本綺堂”)

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・「我国古来の怪談はことごとく支那から輸入されたもので」、「六朝、唐、五代、宋、金、元、明の輸入品であるといって好かろう。」

・支那では「神仙怪異の事」というが、「<仙人>の話はあまり我国に行われていない。」、「支那で最も多いのは、<幽鬼>、<寃鬼(えんき)>即ち人間の幽霊であるが、我国でも人間の幽霊話が最も多いようである。」、「・・・<幽鬼>は種々の意味でこの世に迷って出るのであるが、<寃鬼>は何かの恨があって出るに決まっている。」

・「幽霊に次いで最も多いのは<狐>の怪である支那では狐というものを人間と獣類との中間に位する動物と認めているらしい。従って、狐は人間に化けるどころか、修煉に因っては<仙人>ともなり、あるいは天狐などというものにもなり得ることになっている。我国では<葛の葉狐>などが珍しそうに伝えられているが、あんな話は支那には無数というほどに沢山あって、勿論支那から輸入されたものである。」

・「<狐狸>と一口にいうものの、支那では<狸>の化けたということは比較的少い。決して絶無というわけではなく、老狸の怪談も多少伝えられてはいるが、狐とは比較にならないほどに少い。」

・「支那では人間が生きながら他の動物に変ずるという怪談が頗る多い。殊に<虎>に変ずる例が多い。」
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2016年10月6日木曜日

イ・ソンヒファンの必修曲

連日、PCが怪しい。今日も、だましだまし使っている。とはいえブログ更新できるのは、ちゃんと動いているわけで・・・。この動き、本当に正常なのか分からない。
実は気になることがある。セキュリティ・ソフトが自動更新されて、突然一部操作手順が変わった。それ以来、トラブっていない。

気分転換!

イ・ソンヒのどんな曲を聞くべきか考えてみた。現在のところ世界共通なら、次の3曲が必須だろう。
  「Jへ(J에게)」
  「因縁(인연、縁、絆)」
  「その中であなたと出会って(그 중에 그대를 만나)」
韓国的感性なら、更に次の2曲が加わることになるかもしれない。
  「あ!昔よ(아! 옛날이여)」
  「美しい江山(아름다운 강산)」

ところで、イ・ソンヒのコンサートで歌われた曲目は、そもそも必須なものばかりだろう。もちろんその中には、コンサート時期に合わせてリリースされたアルバム曲もあるけれど。

(本ブログ関連:”・資料:이선희 Concert”)

今年9月4日の、イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」で歌われた曲目を並べると次のようになる。特に、「*」印の曲は、彼女の音楽史のマイルストーンだ。
Youtubeで、彼女の名前「이선희」と、ハングル曲名を並べて検索すると聞くことができる。

(例) ” 이선희  인연 ”

*「因縁(인연、縁、絆)」
-「炎のように蝶のように(불꽃처럼 나비처럼)」(同名映画主題曲)
*「少女の祈り(소녀의 기도)」
*「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」
-「今になって(이제야)」
*「冬哀傷(겨울애상)」
*「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」(「僕の彼女は九尾狐(내 여자친구는 9미호)」テーマ曲)
-「街の眺め(거리구경)」
*「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」
*「その中であなたと出会って(그 중에 그대를 만나)」
*「分かりたいです(알고싶어요)」
*「ケンチャナ(괜찮아)」
*「ひとしきり笑いに(한바탕 웃음으로)」
*「炎のように(불꽃처럼)」
*「葛藤(갈등)」
*「美しい江山(아름다운 강산)」
*「Jへ(J에게)」

2016年10月5日水曜日

(PCトラブル) インターネット接続が怪しくなった

PCトラブルのため? インターネット接続が怪しくなった・・・接続が確立できたり・できなかったりする。

ここ数日の内に、ブログの登録が突然できなくなるかもしれない。

(本ブログ関連:”(雑談) キャッシュが溜まって、溜まって”)

KBS WORLD「国楽の世界へ」 神仙、仙女

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/28)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<神仙(신선)>、<仙女(선녀)>に関連する3曲を紹介した。

(本ブログ関連:”神仙”)

始めに、「神仙」の「神人」と「真人」、その体現者「崔致遠(최치원)」と「玉寶高(옥보고)」について次のように紹介された。
・東洋では、人に生まれながら不老不死の神通力がある「神仙」の存在を信じた。荘子は、神仙を、神と人の「神人」と、真(まこと)と人の「真人」に区分した。神人は、初めから神仙となる素質を持って生まれた人であり、真人は、修行を通じて神仙となった人だ。神仙は、水中にいても死ぬことなく、燃える火中でも熱さを感じない。統一新羅時代の学者「崔致遠」や、弦楽器コムンゴの名人「玉寶高」などが神仙になったと伝わる。神仙は、細かなことに干渉せず、自然の中で囲碁や楽器演奏など風流を楽しんだ。

▼ 朝鮮時代のソンビが楽しんだ伴奏曲を管楽器(タンソセンファン)用にした「水龍吟(수룡음)」を聴く。青秋に相応しく響く。

次に、神仙の絵に登場する「仙童(선동)」、定型詩「時調(시조)」の「辞説頭学(사설지름)時調」にある「鶴に乗って、笛を吹いて(학타고 저불고)」について次のように紹介された。
・ソンビの作品に、神仙を描いた絵があり、楽器を演奏する姿も少なくない。ソンビの楽器といわれるコムンゴもあり、(横笛)ゾッテやセンファンを奏する神仙が多く見られる。また、神仙を世話する子どもの「仙童」がよく登場する。子供らしい顔に髪を両側に結び、桃を持つことが多い。定型詩「時調」に、「辞説頭学時調」があり、「鶴に乗って、笛を吹いて」は、そんな神仙の生活を表現した曲だ。神仙中、最高の女神「西王母」が開く宴に、誰が参加するか尋ねる歌詞に、神仙を世話する仙童が仙女の名を挙げる。そんな宴に行ってみたい、ソンビの思いがこもった歌のようだ。

▼ 辞説頭学時調の「鶴に乗って、笛を吹いて」を聴く。悠悠と空を浮かぶよう、何だか楽しいタイトルだ。

最後に、時調に登場する「仙女」、ソンビ「仙君(선군)」と仙女「淑英(숙영)」の愛を描いたパンソリ「淑英娘子伝(숙영낭자전)」について次のように紹介された。
・時調は、一定の文字数と並べ方をする定型詩だ。変形した形ができると、元の形式を「平時調(평시조)」と呼ぶ。先の辞説頭学時調から、辞説時調は、平時調より文字数が多いものを指し、頭学時調は、歌の前半を高く歌うという意だ。仙女は、昔話に神仙より頻繁に登場する。神仙は年寄りが多いが、仙女は若くて美しい女性として登場する。また、朝鮮時代、ソンビの「仙君」と、仙女「淑英」の愛を描いたパンソリ「淑英娘子伝」があった。この作品は、長い間歌われなかったが、朴松熙(박송희、1927年~)が復元(再創作)したという。「淑英娘子伝」は、男女の愛を描いた説話を基盤にしたもの。

▼ 「仙君と仙女が出会う場面(선군과 선녀 만나는 대목)」の歌を聴く。

2016年10月4日火曜日

(雑談) キャッシュが溜まって、溜まって

「キャッシュ」がたまって大変だ。といって、現金のキャッシュではない。Google chrome(ブラウザ)に、インターネット一時ファイル(キャッシュ)が溜まり過ぎて、インターネットと接続できなくなってしまったのだ。

(カレンダー)フリーソフトをアンインストールしたり、プロセスを停止・復元したり、ルーターを確認したけれど。結局、お掃除ツールで<インターネット一時ファイル>を削除して問題解決。ことの無きを得たわけだが、キャッシュが現金のキャッシュだったら、どんなによかったろうに・・・。

(参考) キャッシュサイズを 1GBに設定。(”Tipsfound”に感謝)
            [  ~\Application\chrome.exe " --disk-cache-size=1073741824 ]

私の頭にも、いろいろなキャッシュが溜まっていて、外界との風通しが悪くなっている。これを、昨日のノーベル賞で話題になった「オートファジー」でリサイクルできたら、記憶の整理がつくかもしれない。

それでも、PCの様子がちょっと変で気掛かりだ。

2016年10月3日月曜日

「ノーベル医学生理学賞」単独受賞、大隅良典・東京工業大栄誉教授

帰宅してテレビを見ると、大隅良典・東京工業大栄誉教授が<ノーベル医学生理学賞>を受賞されたというめでたいニュースが流れていた。解説者は、今回の受賞が単独受賞であり、通常同時受賞が最大3人であることを考えれば、いかに突出した業績であるか力説していた。

(本ブログ関連:”ノーベル賞”)

大隅氏のゆったりした語りくち、ニュース番組の解説図で、何となく一歩理解できたような気がしてくるから不思議。「オートファジー(autophagy、自食作用)」という、細胞内の器官をリサイクルするメカニズムを初めて知った。素人にとって、細胞内はまだまだドラマチックでダイナミックな動きをしていると思う。

ノーベル賞は、子どものころに偉人伝で知ったわけで、この言葉に対して、一も二もなく崇高さと尊敬の念を素直に感じたものだ。今回の医学生理賞受賞は、昨年の大村智・北里大学特別栄誉教授に続き、何だかうれしくなるのも事実だ。

”オートファジー”の<メカニズム>、およびその<遺伝子>、医療への応用などについて、科学雑誌「Newton」が直ぐに分かりやすく図解してくれるだろうから、それを楽しみに待つことにしよう。

(NHK Eテレ「サイエンス ZERO」 2015年9月13日放送)

(Youtubeに登録のJP_11に感謝)

今年も残り 4分の1

毎度ながら、一年の大きな時間経過を確認するのに、リンゴの実の食べ具合に例えてしまう。10月に入ったので、つまり9月まで消化したので、今年の4分の3を食ってしまったことになる。リンゴの芯を中心にして縦に4等分に切ると、残すところ4分の1しかない。それが、どれだけちっぽけなことか。

どうりで、パソコン横の小型<日めくりカレンダー>が軽くなってゆらゆら揺れている。壁掛けの大型<月別カレンダー>も心もとない。何だかみんな薄っぺらくなってしまった。

今日から、今年後半の教室が始まる。夜は「雨」という、午前の天気予報と違って、夕方の予報では「曇り」に変わっていた。通い方を考えていただけに、少し安心というところか。

8月、9月を自学自習に没頭しようと妄想したが、やっぱりも妄想のままに終わった。センスがないのだから、コツコツやっていくしかないのに。逆に考えよう、コツコツやれるのも、続ける楽しみでないかとね。

2016年10月2日日曜日

イ・ソンヒのカバー「愛しか私はわからない」

イ・ソンヒは、2004年に世宗文化会館で開いたデビュー20周年コンサートステージで、シム・スボン(심수봉、1950年~)が歌った(作詞・作曲)の「愛しか私はわからない(사랑밖엔 난 몰라)」(1987年)を、独特な味わいでカバーした。イ・ソンヒのカバーは、シム・スボンをして、「後輩歌手たちが歌った(自分の)『愛しか私はわからない』の中で、イ・ソンヒの歌が最も印象に残る」と言わしめたほどの完成度だった。

(本ブログ関連:”愛しか私はわからない”、”シム・スボン”)


あなたが 私のそばに 立ったとき
その眼差しが とても良くて
昨日は 泣いたけれど
今日は あなたのせいで
明日は 幸せになるわ

顔ばせでも みせかけでもない
やさしい 愛だけが必要でした

過ぎ去った 歳月すべて 忘れるように
あなたのいない 今は 何も出来なくて
愛しか 私は分からない
        _ _ _

なんとなく捨てられた 私のために
泣いてくれた ただひとり
とても 大きな肩に
もたれたい夢を あなたは 壊さないで

この日を いつも待ちました
つらい歳月と同じだけ抱いてください

懐かしい 風のように 消えそうで
愛して 別れたら また
会いたくて あなたがとても 良くて


(Youtubeに登録の모모 선희5119に感謝)

2016年10月1日土曜日

(参考) Hi-net自動処理震源マップ

私たちには、地震や津波の自然災害(天災)に対する警戒や対処について、次の言葉が知られている。
・「天災は忘れた頃にやってくる」(明治・大正期の物理学者 寺田の言葉)
・「津波んでんこ」(東北の古い表現ながら、'90に新しい標語として確立)

寺田彦の言葉は、今では当り前過ぎて、ニュースなどでわざわざ話題に採りあげられることは少ない。日常感覚に完全に刷り込まれているからだ。だからこそ、防災や避難に目を向け、「津波てんでんこ」の言葉は真に迫ってくる。

最近、気になることがある。日本海側に地震発生が発生していることだ。防災科学技術研究所の「Hi-net自動処理震源マップ」で、8/31~9/30の間の震源図を見ると、そんな傾向を感じる。

(参考) Hi-net自動処理震源マップ(最新30日間: 8/31-9/30)

国立研究開発法人 防災科学技術研究所<地震津波火山ネットワークセンター>の「高感度地震観測管理室」が作成。
「気象庁一元化震源要素(2日前以前)および,Hi-net地震観測システムによる 自動処理結果(前日・当日)の震源要素を使用して作成しています」とのこと。

この1ヶ月間(8/31-9/30)については、琉球諸島を北上し、九州地方熊本県を通り、中国地方鳥取県・兵庫県、北陸地方の新潟県(佐渡)、そして北海道へ抜ける、日本海側に(震源の浅い)地震が発生している。

日本海側の地震に対応するように、韓国の慶州でも地震が発生した。素人判断では、主として太平洋側のプレート境界を意識するが、日本海東縁変動帯の歪みも活発化しているのだろうか・・・以前と比べる知恵もないけれど気になるところだ。

(追記)
朝鮮日報は、慶州地震の活断層について、「南北方向だけでなく東西方向にも活断層が存在する」というインタビュー記事、「慶州地震:東大名誉教授 『今後の本震が起きる可能性も』」(9/28、ソン・ホチョル記者)を掲載している。(抜粋)

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 日本を代表する地震専門家の笠原順三・東京大学名誉教授(74)は「今後3-4カ月くらいに慶州地震の震源地の東方で今回の地震よりも強い地震が来る可能性がある」と警告した。半月前に慶尚北道慶州市で発生したマグニチュード(M)5.8の地震は、さらに強い本震の前震だという見方だ。

 笠原氏は26日、ソウル・太平路の朝鮮日報本社で行われたインタビューで、「この1カ月間の韓半島(朝鮮半島)における地震を集中的に研究したところ、韓国はもはや地震安全国ではないという結論に至った」として、上のように発言した。そして、「韓国は今後また大きな地震が来た時に備えて対策を講じるべきだ」と述べた。この見解は韓国気象庁の発表とは正反対だ。気象庁は22日、「今後の本震(慶州で発生したM5.8の地震)よりも大規模な地震が起こる確率は低い」と発表している。
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 第一の根拠は、韓半島には南北方向だけでなく東西方向にも活断層が存在するということだ。・・・。韓国の専門家たちは、慶州付近で南北に走る梁山断層を今回の地震の原因と見ている。だが、笠原氏は「この地域における震源の過去1カ月間(8月24日-9月23日)の分布を見ると、南北ではなく東西に長く走っている。この付近で最近、相次いで大小の地震が発生しており、強い本震もこの線上で発生する可能性がある」と語った。

 第二の根拠は、9月12日の慶州地震に先立つ7月5日にも蔚山地域でM5の地震が発生していることだ。これまで地震がほとんどなかった蔚山と慶州で2カ月間にM5以上の地震が相次いで発生したことも、強い本震の前兆だと解釈すべきだという。・・・
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 第三の根拠は、5年前に発生した東日本大震災(M9)の影響だ。・・・例えば、韓半島で強い地震が2回(1643年・蔚山M7、1681年・襄陽M7.5)発生した時、日本では1707年に宝永地震(M8.5)が発生したという。

 笠原氏の主張は、日本の東に位置する太平洋プレートの北上を根拠にしている。太平洋プレートは年に平均10センチメートルずつ北西方向にずれ、日本列島と韓半島が載っているユーラシアプレートにぶつかるため、地下に巨大なエネルギーが蓄積されているというのだ。このエネルギーが広範囲で大地震を引き起こすと説明している。

 その上で、「韓半島の地震の特徴は、日本の地震より震源が浅いことだ。同じ規模の地震なら、被害は韓国の方が大きくなる可能性がある」と言った。事実、日本の震源の深さは、通常80-100キロメートルだが、韓国は5-15キロメートルしかない。

 同氏は「地震予測は非常に難しく、特に発生時期は誰にも当てられない」と言いながらも、「発生時期の予想は違っても、『どの地域にどれくらいの強さの地震が発生する可能性が高いか』という分析は可能だ。私の予測が外れればいいのだが、外れなかったとしても、被害を最小限に食い止めるのにこの警告を役立ててほしい」と言った。
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2016年9月30日金曜日

巾着田の曼珠沙華

近くの小学校の垣根に、曼珠沙華が真っ赤な花弁を黄緑の茎だけで支えるように咲いてた。その姿の艶やかさと危うい連想から、小学校の垣根にそぐわないのではと気に掛かる。ちょっと目を離したすきに、そんな曼珠沙華の花が萎れて黒ずみ始めていた。

(本ブログ関連:”曼珠沙華”)

今日、曼珠沙華の群生で知られる、埼玉県日高市の西武秩父線「高麗駅」近くにある、「巾着田」へ行く。どんよりした天気のせいか、心弾む感に乏しい。今期見落としのないよう、今の内にと駆けつけた次第。

(本ブログ関連:”巾着田”)

高麗川が大きく蛇行してできた巾着田を囲むように、「巾着田曼珠沙華公園」がある。その上流エリアの入り口で入場料を払い入園した。辺りに群生する曼珠沙華は、茎を残して既に花弁を枯らしていた。遅過ぎたことを後悔する。

入り口受付で、「一番奥まで行ってください」との言葉にしたがい、曼珠沙華の小道を巡り歩いた。ようやくたどり着いた下流エリアには、多分遅咲きだろう、曼珠沙華がある程度だが咲いていた。写真の光景は、そんなわけでラスト・チャンスかもしれない。

以前、この公園を曼珠沙華の真っ赤な冠が覆っていたのを知っていただけに後悔した。それに、巾着田の中央にある、コスモス畑が台風のせいで見る影もないのが残念だ。もっと早めに来ていたら、どんなに素晴らしかっただろう。

2016年9月29日木曜日

イ・ソンヒの詩 「片思い」

イ・ソンヒの自作詩朗唱集「去る者だけが愛を夢見ることができる(떠나는 자만이 사랑을 꿈꿀 수 있다)」(1990年)に所収の「片思い(짝사랑)」がYoutubeに登録されています。どうです、この可愛らしさは、イ・ソンヒでなければつとまりません。そして、それをカセットテープで聴いていた女高生たちがいたなんて、セピア色したドラマの一場面を髣髴させます。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「去る者だけが愛を夢見ることができる」”)


私に あなたがどんな意味なのか
あなたは お分かりにならないでしょう

けれど あなたが分からないといって
悲しがったり しないつもりです

ただ あなたが居るところに 私の
暖かい 祈りが届くように願うだけです

ひとりおぼつかないときは
もっと多くの勇気を振るうつもりです
もっと多くの愛で 立っているつもりです

初めてかなわぬ困難が
私の心にいっぱいだけれど

その心は全てあなたに向かっています

ひとり 愛が折れそうにさまよいます


(Toutubeに登録の이원호に感謝)