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2013年8月8日木曜日

(資料)Mnet アーティスト・レビュー「イ・ソンヒ」

Mnetのアーティスト・レビューは、イ・ソンヒについて次のような紹介をしている。内容からこの記事の作成時期は、2011年に彼女のニューヨークのカーネギーホール公演(2月3日)直前のようだ。
(来年2014年は、イ・ソンヒのデビュー30周年にあたるのでいろいろと追記されるだろう)

(本ブログ関連:”資料:이선희 Reviewal (仕掛かり中)”

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イ・ソンヒは、1984年歌謡界にデビュー、以後立て続けに急成長して人気を享受し、90年代初めまで最も人気ある女性歌手であった。
80年代後半まで、彼女は全盛期には、どんな男性歌手よりも女学生ファンを多く引き連れたし、特に可愛いらしいイメージとボーイッシュなイメージを同時に持つ、彼女の容貌と服装は女性たちの熱狂的な支持を勝ち取った。彼女はまた、小柄に似合わない最高の歌唱力を持つという評価を得る。

1984年
イ・ソンヒは1984年の「江辺歌謡祭」で、イム・ソンギュンと共に「4幕5場」チームで出場、「Jへ」で大賞を受ける。この歌は、歌謡祭以後にも全国的なヒットを記録、イ・ソンヒというスターを誕生させる。男性歌手の人気が事実上歌謡界を牛耳っている頃に、ズボン姿でショートカットのイ・ソンヒは新鮮な風を巻き起こした。 

1985年-1986年
彼女は、1985年「4幕5場」チームが事実上瓦解して単独でデビューする。デビューアルバムは、「Jへ」、「ああ!昔よ」、「葛藤」が収録、大成功を記録する。イ・ソンヒの人気はまさに爆発的だった。 各種歌謡祭とランキング歌番組をさらったし、その人気は2集につながった。
1985年2集には、「秋の風」、「ケンチャナ」などが収録、ヒットし彼女は最高の女歌手の地位を占める。
1986年には、3集が持続的な愛(支持)を受けた。「ヨン」、「分かりたいです」が引き続きヒットし、再び主な賞と順位を占めた。 

1988年、1989年、1990年
イ・ソンヒの音楽に変化が起き始めたのは4集アルバムからだった。「愛が散るこの場所」・「私はいつもあなたを」(1988)、「私の街」・「五月の陽射し」(1989)、「なぜ私だけ」・「思い出のページをめくれば」(1990)に続く4、5、6集は、全て大衆的に良い反応を得たが、以前と同じ程ではなかった。
だが、作曲家ソン・シヒョンに出会い、歌詞とメロディでずっと叙情性を追求し、一層成熟した音楽への意欲を見せる。当時のヒット曲である「愛が散るこの場所」、「ひとしきり笑いで」、「私の街」、「思い出のページをめくれば」などは、そういったスタイルを反映する。
その上、シン・ジュンヒョンの原曲である「美しい山河」は、原曲とはまた違ったすがすがしく軽快な味をプレゼント、国民歌謡と認められていまだに彼女の各種行事でこの曲を熱唱するのを見ることができる。

1990年代-2001年
イ・ソンヒの人気は、90年代に入ってくると、その程度がかなり弱くなる。8集から10集まで、ほとんど2年に一度の割合でアルバム発表しながら、活発なライブ活動も続けるが、ただ一曲のヒット曲がないのは残念な部分である。
イ・ソンヒ個人的には、結婚と離婚が続きながら、難しい時期を送った。だが、着実にライブとミュージカルなどの領域で活動してきた彼女は、2001年には自身の歌手生活を振り返って新しい作業を兼ねた12集「My Life + Best」を発表し、このアルバムにはパク・チニョン、キム・ジョンソのような後輩ミュージシャンが参加した。

2011年
2011年2月3日に世界的な歌手だけが立つことのできるというニューヨークのカーネギーホールの中でも最も大きいメイン公演会場である「アイザック・スターン オーディトリウム」で韓国の大衆歌手では3番目に単独公演を持った。2800席余に達する座席が皆売り切れという大記録を立てて、韓国人で最多観客動員でニューヨークの韓人史のある一線を引くことになった。
国内では2011年5月21日と22日、ソウル世宗文化会館での公演を始め全国巡回公演に出る。
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2013年8月7日水曜日

立秋 2013

土砂降りもあったけど、暑い日が続く。あまりの暑さのためか、夏休みのはずなのに、日中近所の子供たちの遊び声を聞くことができない・・・家族旅行に出かけたのか、あるいはお稽古ごとなのか。

猛暑と暦の秋が混在する。今日は二十四節気の大きな節目の夏至と冬至の中間点である「立秋」だ。いよいよ、秋が始まった。暦は一歩先行する。

(本ブログ関連:”立秋”)

ウェザーニュースの天気予報によれば、「今日は太陽ギラギラ。厳しい暑さの立秋となります。9月前半まで暑さが続くので、夏バテしないようご注意ください。」と、そして今後一週間については、「晴れて厳しい暑さが続きます。熱中症対策は万全に。特に土曜日は猛暑になるところもあります。」とのこと、暑さはしばらく居座り続けるようだ。

それでは体操教室で一汗かいてきましょうか。

2013年8月6日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 草取り

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/31)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第17回として、「草取り(김매기)」について紹介された。

まず夏の草取りについて次の紹介から始まった。
・雑草という名の植物はない。育つ環境で花と呼ばれたり、雑草と見られる。夏、農業で最も大切なのは、雑草を除去すること(김매기)だ。炎天に、時に降る天の恵み、こうした夏は穀物にとって、この上ない良い季節と言えるが、雑草にとっても成長に適した気候だ。
農民は、鋭い草で腕をひっかけぬよう長袖を着て、暑い一日肌を隠し、腰をかがめて働く。こうした苦しい草取りの作業を3回ほど繰り返して、ようやく秋の収穫を迎えることができる。辛い作業も、共に声を合わせると、疲れが和らぎ力も沸いてくる。

▼京畿道高陽地方の「山打令(산타령)」を聴く。どこかカラッとして、賑やかで、明るい。(次の解説も参考に)

次に高陽地方の「山打令」に、中国にある山の名が歌われることを次のように解説された。
・京畿道、高陽地方の「山打令」の歌詞に、同地方に実在する山である、コク、チョンバル、コボンの名が登場するが、これらにまぎれて中国河南省洛陽市に在る北邙(북망)山の名が出る。
昔、洛陽は高貴の人が多く住み、死後に葬られる所が北邙山だったことから、北邙山は死後行くところの意を表すようになった。草取り歌に。北邙山がなぜ組入れられたか定かでないが、楽しみながら、また労働の苦しさを和らげるために歌った。

▼忠清道地方の「キンバンア(긴 방아)打令」、「バンア(방아)打令」を聴く。呼応しながらシンプルな旋律の繰り返しは労働の歌らしい・・・若い声(合唱)がいいな。

草取りの効用と済州島の草取り歌について次のように説明された。
・歌いながらする草取りは、雑草を取り除く他に、草が根から抜かれた場所の土がほぐれ、空気の通りを良くし、また水分を十分保つ役割もする。草取りに使う手持ち鍬(호미)の言葉を使って、「手持ち鍬の先に百の稲が生る」とあるほど、草取り作業は重要とされた。
済州島では雑草(검질)を抜きながら歌う「サデソリ(사데소리)」がある。済州島は水田よりも、畑仕事が多く、主に女性が畑で歌った。

▼済州島地方の「雑草取り(검질사데)」を聴く。力強く、たくましさがみなぎっている・・・畑地で次々と女性たちが歌い廻したのだろう。

・・・そうですね、岸さんの言うように、労働の歌を聴くとき、どこかで感謝の気持ちを持つということ、本当にそう思いました。

2013年8月5日月曜日

イ・ソンヒの「秋の風」

昼の日向、街がまるで台風一過のように透明感のある澄んだ空気になっていることに驚く。思わず昨日の天気がどうだったか振り返ったりした。焦点深度の深いというように、遠く通り道の並木の葉の細部にいたるまで、くっきりと浮かんで見えた。

陽射しも強く、本格的な夏だというのに、二十四節気ではこれから立秋を迎えようとしている。季節の変わり目に気づかなくとも、やがて吹く風の気配で知ることになるのだろう。

イ・ソンヒの2集所収の「秋の風(갈바람)」(1985年)は、どうやら迎える風ではない。心を奪い、愛しさだけを残して去る秋の風のようだ。乙女心と秋の風というわけには、いかない・・・のだろう。

(本ブログ関連:”秋の風”)


(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

2013年8月4日日曜日

イ・ウンミ コンサート

イ・ウンミ(이은미、1966年生まれ)のコンサートが、東京の葛飾区青砥にある「かつしかシンフォニーヒルズ」の「モーツァルトホール」(1318席)で開かれた。一昨日の大阪でのコンサートに続くものだ。

今回、幸運にも石仲間の配慮で、コンサートチケットを紹介いただき、久し振りに都内を横断して、かつ久し振りにコンサートに出かけることができた。感謝。

京成本線の青砥駅を出て道案内の掲示板に従って歩んだつもりが、どうやら道を間違えたようだ。道中で青年に尋ねたところ、私の方向音痴に見かねたのだろう、何とコンサートホール近くまで同行してもらったのだ。感謝。

観客の中心は、圧倒的に50歳前後とそれ以上の世代の女性(アジュンマ)たちが多数占めていて、若い女の娘やおじさんたちの姿は少数だった。特に男性は女性に付いてきた・・・といった具合の連中ばかり。
(左の写真は、コンサート終了後の混み合うロビー)

コンサートが盛り上がると、会場は一斉にstandup、jumpといった賑わい振りだが、おじさんたちは、座席に沈潜するしかない。

さて、「素足の歌姫」イ・ウンミについては、彼女の代表曲「恋人がいます(애인 있어요)」(2006年)と、ミニアルバム「音の上を歩く(소리 위를 걷다)」を購入した以外、Youtubeで彼女のステージの様子を見るだけで余り存じていない。そんなわけで、彼女の生の声が聴けるこのチャンスを幸運にと出かけた。

彼女の「恋人がいます」は、2008年1月~2009年8月まで、(韓国の)カラオケで一番歌われた。また、韓国のネットで、彼女のステージマナーを賞賛する言葉を目にする。今日、まさにそれを実感した。
そして、パワーに圧倒された。

(本ブログ関連:”カラオケで最もよく歌われた曲:2009”)

コンサートの曲順は思い出しながら次の通りである。(不明、誤記については容赦)

・「世界で一番大きいピグミー(세상에서 가장 큰 피그미)」から始まった。
・「ある恋しさ(어떤 그리움)」(1994年)
・「別れるところです(헤어지는 중입니다)」(2009年)
・Misiaのカバー
・「私をだました(날 속였다)」
・「いいひと」
・キム・ボムスのカバー(「ハル(하루)」)
・「恋人がいます(애인 있어요)」
・「」
・「Nocturn」
・小田和正のカバー(「言葉にできない」)
・(ロックンロール曲)
・ナミ(나미)の「悲しい縁(슬픈 인연)」(原曲:橋幸夫「絆」)カバー  ・・・(本ブログ関連:”絆そして縁”)
・「君は美しい」
・「恋人がいます」(日本語バージョン)
・「」

(曲目は記憶を覚まして追加予定)


最後に、イ・ソンヒとイ・ウンミのそれぞれのファンが、いかにファンであるかを述べ合っている掲示板がある。

(参考:”イソンヒについてフリートーク(別)”)

2013年8月3日土曜日

夏の歌

夏だというのに、湿気で一日鬱陶しい。すっきりした気分になれないものだろうか。

以前、本ブログに朝鮮日報の記事「韓国のテレビ局、失われた夏」(2011/8/3)で、夏にヒットした曲が紹介されていることを記した。

(本ブログ関連:”夏の歌”)
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・夏は本来、KーPOP界やテレビ局にとっては見過ごせない重要なシーズンだった。『夏』(飛び石、1978年)、『旅に出よう』(チョー・ヨンピル、85年)、『夏の中で』(デュース、94年)、『浜辺の女』(クール、97年)などは、その年の夏に大ヒットし、今でも愛されている国民的ポップス・ナンバーだ。
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そのなかで、チョー・ヨンピルの「旅に出よう(여행을 떠나요)」(1985年)は、2011年にイ・ソンヒの世宗文化会館でのコンサートで、イ・スンギが若さ溢れる熱気でカバーしたのを思い出す。

さあ夏だ、山彦が聞こえる渓谷に流れる冷たい水を、そよぐ涼しい風を楽しもう。バックパックを背負って都会を抜け出そう。
・・・おじさんには、高尾山がせいぜいだけど。

(Youtubeに登録のsoya iに感謝)

2013年8月2日金曜日

(雑談)電子書籍端末

電子辞書は便利だ。紙製本の辞書と比べて、薄くて軽く携帯によい。スバリ知りたい言葉を検索する辞書本来の目的に合致している。

いわれることだが、辞書をパラパラとめくると、面白い言葉に出会う楽しみがある・・・元々語彙力が豊富で、表現力のある方に効用があることで、せいぜい言葉の意味を探し、身に付けることで精一杯のものには、少々重荷な効用だ。

目的を絞った電子辞書は重宝する。ところで、同じ文字情報を提供するものに電子書籍端末がある。読書ツールで、視認性がよければ問題ないが、次のような課題があるのではないだろうか。
① 日ごろ読書している人ならば有効だろうが、元々月一冊も読まない人にはどうだろう。
② 書斎や書棚が好きな人には、本に囲まれる楽しさを味わえなくなる。

ということで、こんな使い方もあるのではと考えてみた。
① じっくり活字を追って読み込むよりも、漫画や写真などを楽しむ人には良いかもしれない。
② 読書を消費的に楽しむ、つまり流行を追う人に合っているかもしれない。

で、こんな電子書籍端末を想像する。週刊誌や文庫本などのサイズでできた、折り曲げ可能な一枚の透明な端末があって、街中で新刊本が自動的にダウンロードされる。試し読み可能で、欲しければ求めればよい・・・そんな時代がやがて来るだろう。
週刊誌やマンガなどは、この端末に合っているのではないだろうか。

一方、書籍を熟読、あるいは積ん読が好きな人、書籍に囲まれたい人は、紙の書籍を書店で購入すればよい。電子書籍と印刷書籍は棲み分けされることになるだろう。(個人経営の書店にとって厳しさは変わらないだろうけれど)

2013年8月1日木曜日

登山

高齢者の人口比が増大しているのは、日本だけではない。韓国の高齢化率は現在加速化して、2050年以降は日本を超えるといわれる。高齢者は寿命が延びて、その分元気だ。時間があれば、行動範囲も広がる。その結果、国内にとどまらず、外国まで足を伸ばすことになる。アウトドア志向なら、その傾向は一層強まるのかもしれない。

ソウルの街をバスの車窓から覗くと、アウトドア用品の洒落たショップが随所に見られた。テレビの情報では、「東大門登山用品通り」があるそうだ。まずは形から入るという、スポーツファッションに関心が強いのかもしれない。御茶ノ水界隈のスポーツ用品店の賑わいと比べてどうだろう。

ソウルの背後に迫る山並みを見ると、行ってみようかなという軽い気分になりそうだ。その北漢山の峰々は標高799m~836mというから、高尾山の599mと近いようだ。

ところで、イ・ソンヒの若さと体力管理の秘訣は登山という。申京淑の短編にソウルの民家に接した山歩きがあったし、冬に岩肌を見せる北漢山に孤高を感じるという詩人の朗読を聞いたことがある。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの童顔の秘訣”、”詩と音楽の集い”)

花崗岩の多い韓国では樹木種が限定されているのだろうか。ハイキングコースではあったが、延世大学から奉元寺につづく山は松の木ばかりだった。韓国人の韓国語先生から聞いた話では、圧倒的に松が多いという。

花崗岩地質は山の高さにも影響するのだろうか。韓国の山は2,000mを越えるものはないが、日本は3,000mを越える山が(百名山中に)21山ある。

(本ブログ関連:”韓国の山”、”韓国の地質”、”(資料)韓国の鉱物資源”)

ちなみに、山登りは苦手である。ただし、鉱物採集のためなら多少はいとわない・・・鉱山跡で採集することは、鉱山の物流を考えれば元々高山ではないけれど。

2013年7月31日水曜日

7月最後の「7月の朝に」

早いもので今日までに、今年の7/12を消化したことになる。一年をリンゴの実にたとえると、7/12食ったわけだが少々イメージしにくい。むしろ、あと5ヶ月しか残っていないといった方が分かりやすいかもしれない。実は、しみじみそんな話をしたばかり・・・で。

月日のたつ早さに驚く。とはいえ、これから盛夏が待ち構えているし、その後ろにいる秋や冬の訪れを思うと気が重い。一年は当分、終わりそうもない。

7月に因んだものはないかとYoutubeを探せば、ユーライア・ヒープ(Uriah Heep)の「7月の朝(July Morning)」(1971年)がある。

ロックバンドは苦手だが、ヒットは定石通りバラードなんですね。それにしても、随分と長い前奏(一般的な曲なら30数秒なんだけれど)で、しかも途中でロック風からバラード風に変わるし・・・愛を探すこの曲を聴いてみましょうか。

石の下に隠された愛の宝を求めて、つまりやることはすべてやったけれど、燃えるような愛に巡り会うことはなかった・・・。

おじさんにはハードロックの響きは耳が痛い。有能な編曲者がソフトにアレンジしたものがあれば、そちらを聴いてみたい気がする。
バラード部分はウエットに富んでいて、いいんじゃないかな。

(本ブログ関連:"雨")

2013年7月30日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 煙草

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/24)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第16回として、「煙草(담배)」について紹介された。

まず煙草の効用の紹介から始まった。
・朝鮮王朝22代目の王、正祖(정조)の詩文「弘齋全書」には、「暑さに対しては、これを和らげてくれる・・・。また寒さも和らげてくれる・・・。食事の後・・・寝付けないとき・・・詩を書いたり文章を書くとき、会話をするとき、正座をして心静めるときなど、どのようなときもとても有益」という煙草の効用について記載がある。

▼「煙草打令(담바귀타령)」を聴く。とても洗練(今様化)された歌い方・・・紫煙がゆらり漂うよう。

・次に煙草の伝来と普及について次のように解説された。
煙草は、朝鮮時代中頃(1600年前後)に日本から伝来して、当初は「南草」もしくは「南靈草」と呼ばれた。後に日本語の「タバコ」が変化して、「タムバゴ」や、「タムバグィ」と呼ばれるようになった。
煙草は薬と考えられ、例えば寄生虫で腹を壊したとき、歯が痛むときなどに喫煙すると苦痛が和らいだという。また虫に刺されたとき、煙草を吸った後の唾液を塗ったり、傷口を止血した。膿みができたときも煙草が利用された。特に老廃物除去の効用が長く信じられた。
このような理由から、煙草は老若男女問わず、幅広く愛用して親しまれた。
学問を教える師匠と弟子が、ともに向かい合って煙草を吸ったり、朝廷で煙草をくわえながら議論したため、王殿は煙草の煙でいっぱいだったという記録まで残っている。

▼童謡「唐辛子を食べてぐるぐる、煙草を吸ってぐるぐる」を聴く。童謡ですけど・・・煙草を吸ったの? それとも煙草の葉を食ったの?・・・解釈は諸説あるような?

最後に禁煙について次のように説明した。
・喫煙の習慣を憂慮する声も上がった。特に光海君(광해군)は煙草の煙を嫌い、その後目上の人前で喫煙を避ける習慣が広まった。許薰(허훈)は、子供の禁煙の詩「禁南草(금남초)」を作った。詩中、煙草のせいで、肺の中が真っ黒になり、顔は浅黒くなり、態度も傲慢となり、元気もなくなると、その害について淡々と綴り、煙草は百害無益と指摘した。現在でも当てはまる言葉だろう。

▼京畿民謡「沙鉢歌(사발가)」を聴く。・・・いろいろな歌詞があるようで、まさに煙草の煙りです。

旧いメディアは大丈夫かな?

その昔(あるいは今も?)、大きな会場のスクリーンに、リモコン操作でコマ送りできるスライド映写機が使われた。そのスライド写真は今も保管され参照できるのだろうか。

家族の思い出を楽しむツールに、家庭用8mm映像フィルム、VHSやβビデオカメラの録画テープなどがある。さらに、DVDやブルーレイ・ディスクはどうだろう。わずか一世代中に技術革新はすさまじく、次々新商品になって登場して、人々はそのたび付き合わされてきた。

後の世代は、残された様々な機器を操作できるのだろうか。陳腐化したメディアをどう扱えばよいだろうか。東京新聞の記事「開かずの電子資料 OS更新 図書館泣かせ」(7/28、中村陽子)は、PCのOSバージョンアップによる問題を次のように報じている。(抜粋)
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・融資の審査などに使う「第11次 業種別審査事典」CD-ROM版、江戸期に編さんされた名所案内「江戸名所図会」のデジタル解説書…。東京都立中央図書館で、CD-ROMの一枚をパソコンのドライブに入れると、目次までは表示されるが、その先はエラーメッセージが表示され、再生できない。

・電子情報の長期保存について研究している小林敏夫氏(神奈川大非常勤講師)は「超長期に情報を保存し、必要な時に再生できる仕組みを作らなければ、やがて大量にデータが消える。その中には人類にとって貴重な情報も含まれるだろう」と指摘する。情報を処理する技術は、この数十年で飛躍的に発達してきたが、保存にはあまり目が向けられてこなかった。「社会活動のほとんどが電子技術に依存する時代。デジタルデータの長期保管の問題は、図書館だけでなく、研究機関や企業も一緒に取り組むべき課題だ」と話している。
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これって、後先き考えない技術進歩の呪縛に気付く・・・工学は時代を超えられない。

ところでわが家は、VHSテープをいつか見るためと、プレーヤーとブラウン管テレビを残しているが、利用した記憶はない。一方、Windows3.1対応の、北方ルネッサンスの画家を紹介したCD「ファン・エイク」(新潮美術ROMシリーズ、1997年)は、Windows7でも以前同様に動作してくれる。運がいいのかな。

2013年7月29日月曜日

江辺歌謡祭

イ・ソンヒが歌謡界にデビューするきっかけとなった、MBCの第5回「江辺歌謡祭(강변가요제)」(1984年)に於いて、仁川大学の男女デュエット「4幕5場」として、「Jへ(J에게)」を歌い大賞を受賞したのが、29年前の今日だった。

(本ブログ関連:"(資料)イム・ソンギュン")

この「Jへ」を作詞・作曲したイ・セゴン(李世建、이세건)とイ・ソンヒの出会いは、彼女が高校2年生のときに通っていた音楽教室でのことで、ある意味、この曲を救い運命を変えたのは、他ならぬイ・ソンヒ自身だったといえる。

(本ブログ関連:"「Jへ」との出会い"、"チャン・ウクチョ音楽室")

さらに、この曲タイトルにあるイニシャルの「J」は、作者イ・セゴンが友人のドイツ留学先に送る手紙の書き出しの宛名書きからヒントを得たという話がある。

(本ブログ関連:"イニシャルJ")

ステージ上での彼女の髪型やスカートをはいていた理由など、この歌謡祭にまつわる話題にはこと欠かない・・・。

(本ブログ関連:”江辺歌謡祭”)



(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

2013年7月28日日曜日

夏の熱気に誘われて

コーラス・グループ「サーカス」の女性ボーカルの叶正子さんは印象的でした。現在、娘さんがメンバーに加わって新しい構成になっているそうで・・・先日、ラジオでうかがったばかりですが。

サーカスの曲といえば、夏に相応しいかな、「MR.サマータイム」(1978年)が忘れられません。お洒落で、情熱的で、そして危うい歌詞に惹かれないわけにはいきませんでした。でも、叶さんのセンスというか、イメージの良さが曲の美しさを際だたせてくれていたのを覚えています。

ところで、「MR.サマータイム」の原曲は、Wikipediaによれば、フランスのシンガーソングライター、ミッシェル・フュガン(Michel Fugain、1942年12月グルノーブル生まれ)作曲の「Une Belle Histoire」だそうです。こちらは、物語にしては早回しでしょうか、たとえ神の導きによる贈り物だったにしても。もう少し叙情が欲しいものです。南と北に分かれる二人には、若過ぎたのでしょうね。

で、どちらを聴こうかな・・・やっぱり、サーカス版を聴くことにしましょう。



(Youtubeに登録のAyakoFuji2に感謝)

2013年7月27日土曜日

この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。

ブラジルの肩に当たる、大西洋に面した北東部州の海岸に「レンソイス・マラニャンセス国立公園(Parque Nacional dos Lençóis Maranhenses)」がある。砂漠と見間違えるほどの広大さであるだけでなく、何よりも特徴的なことに、真っ白な砂つぶからできていて「純白の砂漠」と形容されること、雨期に点在する大きな池に、そのときだけ産卵のため魚が出現することを、TBSのテレビ番組「奇跡の絶景ミステリー 地球46億年!大自然の神秘はこう創られた」が紹介した。

15万5000haの公園に広がる砂丘の白砂は、100%石英砂でできている。石英の砂が集まると、雪と同じで原理で、白く見える・・・と解説していたが、幾重にも繰り返される白砂の砂丘世界は想像を超える。室内でテレビ画面から知る、白い世界はどうだったのだろうか・・・太陽光まぶしさ、砂漠の風、気温、白砂の反射光と熱気、そして白い世界の香り・・・直接経験してみたいものだ。

ブラジル北部の地質は火成岩の花崗岩(石英を成分のひとつとする)でできていて、それが地上に押し上げられ、やがて川に削られ、海へ流される。遠浅の海岸に流されついたとき、石英だけが分離され、風の力で逆に内陸へと運び打ち上げられることで、巨大な石英粒の海岸を形成したという。

真白の世界、それはファンタジーのような夢の舞台だ。手にする砂が、白く輝き指の間をサラサラと流れ落ちる・・・まるで、銀河の乳白色の世界を確かめる、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のようだ。
二人の少年、ジョバンニとカムパネルラが、「銀河鉄道」の停車駅「銀河ステーション」で降りて見た光景を思い出す。

ちなみに、石英の中で透明な結晶をしたものを水晶という。
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カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌(てのひら)にひろげ、指できしきしさせながら、夢(ゆめ)のように云っているのでした。
「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」
「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。

河原の礫(こいし)は、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉トパースや、またくしゃくしゃの皺曲(しゅうきょく)をあらわしたのや、また稜(かど)から霧(きり)のような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚(なぎさ)に行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光(りんこう)をあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。
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2013年7月26日金曜日

津波が湾内の泥を押し流すこと

異性を知らずこの世を去った若者を惜しんで、せめてあの世で男女の縁を結ばせようとする儀式が日本や近隣の国々にある。空想の婚姻でも、残された者にとっては、命の永続性を願うことに通じる。

しかし既婚者が亡くなったとき、あの世の世界に、以前と異なる男女の関係が突然現れたら厄介なことだろう。あの世は不可侵なのだから。

以前、NHKテレビで東北の大震災のドキュメント中に、柳田国男の「遠野物語」にある、次の伝承に通じるできごとが紹介された。
事実に人のこころの難しさを感じたが、あの世とこの世をさ迷う、現(うつつ)の幻視かもしれない。震災は、深く沈殿していた「わだかまり」を呼び覚ましつつも、津波という大きな不幸とともに流し去る機会を与えてくれたのかもしれない。

「遠野物語 九十九」(改行、読点任意設定)
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土淵村の助役北川清という人の家は、字火石(ひいし)にあり。代々の山臥(やまぶし)にて祖父は正福院といい、学者にて著作多く、村のために尽したる人なり。
清の弟に福二という人は、海岸の田の浜へ婿(むこ)に行きたるが、先年の大海嘯(おおつなみ)に遭いて妻と子とを失い、生き残りたる二人の子とともに元(もと)の屋敷の地に小屋を掛けて一年ばかりありき。

夏の初めの月夜に便所に起き出でしが、遠く離れたるところにありて行く道も浪(なみ)の打つ渚(なぎさ)なり。霧の布(し)きたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の近よるを見れば、女は正(まさ)しく亡くなりしわが妻なり。思わずその跡をつけて、遥々(はるばる)と船越(ふなこし)村の方へ行く崎の洞(ほこら)あるところまで追い行き、名を呼びたるに、振り返りてにこと笑いたり。男はとみればこれも同じ里の者にて海嘯の難に死せし者なり。自分が婿に入りし以前に互いに深く心を通わせたりと聞きし男なり。

今はこの人と夫婦になりてありというに、子供は可愛(かわい)くはないのかといえば、女は少しく顔の色を変えて泣きたり。死したる人と物いうとは思われずして、悲しく情なくなりたれば足元(あしもと)を見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退(の)きて、小浦(おうら)へ行く道の山陰(やまかげ)を廻(めぐ)り見えずなりたり。追いかけて見たりしが、ふと死したる者なりしと心づき、夜明けまで道中(みちなか)に立ちて考え、朝になりて帰りたり。その後久しく煩(わずら)いたりといえり。
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2013年7月25日木曜日

イ・ソンヒの「あなたに会いたいときは」(再)

イ・ソンヒの8集に所収の「あなたに会いたいときは(너를 만나고 싶을땐)」(作詞ファン・チョンウォン、作曲キム・ヨンドン、1992年)は、無垢な恋が時間も位相も迷路にあるようでかわいらしい。
それも、8集のほぼ全体を作曲した、作曲家キム・ヨンドンの曲調の多様さから聴いてしまうのだろう。

この涼やかな曲を聴いていると、わたしも爽やかな風にあたり、夏の夕べのしるしをうけたい気がする。

(本部ログ関連:"あなたに会いたいときは")



(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

2013年7月24日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 三伏

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/17)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第15回として、(日本の夏の「土用の丑の日」のような)夏の最も暑い時期を意味する「三伏(삼복)」について紹介された。

まず、三伏の起源について次のように始まった。
・一番日の長い夏至を過ぎると、本格的な夏が来る。韓国では、特に陰暦の6~7月頃の最も暑い時期を「三伏」といい、「初伏」、「中伏」、「末伏」の三つの日を合わせた言葉だ。また「伏」の字には、人も犬のように地面に這いつくばるの意がある。
陰陽五行で、「夏の火」に対し「秋の鉄」が三度屈服する説もあり、ことわざに、「三伏の期間には唇についたご飯粒も重い」がある。三伏の日は、仕事を休み、山川で涼み、精のつく料理を食べて一日を過ごす。

▼パンソリ「水宮歌(수궁가)」の中から、宴会での「鳥やけものたちの上座争い(날짐승 상좌다툼하는데)」の題目を聴く。パンソリ「兎鼈歌」・・・知恵あるウサギの肝か?

次に、三伏の食習慣(ケジャンクク)について次のように説明された。
・三伏の日に、屋外で食事をすることを、「ポクタリム(복달임)」、または「ポンノリ(복놀이)」といい、スイカやマクワウリの果物、小豆粥を炊いたもの、参鶏湯やケジャンクク(개장국、犬肉の煮込み)を食べた。
朝鮮時代後期の風俗を綴った、1840年前後の「東国歳時記」(洪錫謨著、東洋文庫版より)の旧暦6月の「三伏」の項の「狗醤」に、「狗(イヌ)肉を煮てそれに葱(ネギ)を和し、再びよく煮る。名づけて狗醤(クチャング)という。これに鶏肉や竹筍(タケノコ)をいれれば、更に味がよくなる。狗醤に胡椒をふりかけ、白飯を入れたのを時食として食べる。このようにして発汗すれば、暑気を退け、虚弱を補強するのに効き目がある。だから市中でも、これが多く売られる。」と記している。

(本ブログ関連:"東国歳時記")

・陰陽五行では、犬は東西南北の「西の動物」で、「鉄の気運」を持っており、「夏の火」の気運によって、体中の鉄の気運が溶け出すところ、犬を食べることで、「鉄の気運」を補うと説明する。

▼西道地方の民謡で、「狗打令(개타령)」を聴く。やっぱりイヌの鳴き声、夜も過ぎて朝にもなれば鶏のコケコッコー、何があったのやら・・・。

最後に三伏の日の行事について次のように解説された。
・昔は、休暇や旅行をすることはなく、谷や川辺で冷たい水につかったり、髪を洗ったりすることを行事のひとつと考えられた。ソウルでは、三清洞の井戸の水を飲んだり、川で行水をしたりしたという。この日に、薬水といわれる泉の水で髪を洗うと、病気が去り、できものも良くなると信じられた。そのため、この風習を「水に当たる」ともいう。
人に酷な夏の暑さも、田の稲には、初伏、中伏、末伏の度に一歳年を取るといわれ、ありがたがられた。農夫は、三伏の日に、お餅やチヂミを持って田に行き、豊作を祈願した。また農家では三伏の日の雨を「農事雨」と言い、豊作をもたらすとして歓迎した。暑い日の、かすかに吹く風、暑さを追い払うかのようなにわか雨(소나기)に、ありがたく感じる。

▼「風の花園(바람의 화원)」を聴く。・・・題名の通り今様である。

岸さんのことば、「微かな風、僅かな雨といった、小さな自然の恵みにも感謝の心を持つことが、実は夏を楽しむ方法のひとつかも知れませんね」。

2013年7月23日火曜日

ブログ(Blogger)をクロームで表示する(続)

ブラウザを「クローム(Chrome)」に変更したところ、見かけ上、問題なく早い感じで本ブログが表示されるようになった。しかも、「メインページ」を7件に落としたけれど、14件に戻しても問題ないようだ。

クロームの場合、IEと違って、テキスト部分をまず優先してザ~ッと表示し、その後、埋め込んだYoutube映像などを(ページをスクロールするごとに)パラパラと次々表示していくように見える・・・詳しいことはサッパリわからないけれど。

使い勝手からいいんじゃないかな・・・すぐに埋め込みのYoutubeを起動することもないのだから。時間差を利用した、効率的なページ内展開だと思いますよ。

今日から、ブラウザは「クローム」!に完全に切り替えることにした。

(本ブログ関連:"ブログ(Blogger)をクロームで表示する")


(後日追記)
二十四節気の「大暑」の名の通り、暑い一日だった。おまけに、夕方に土砂降りで、いっとき建物の中で時間を過ごすはめになった・・・蒸し暑さは返って増すばかり。


2013年7月22日月曜日

ブログ(Blogger)をクロームで表示する

どうしたらよいのか。本ブログ(Blogger)の表示がとても遅いのだ。

主にブラウザとして、「IE」を利用してきたが、本ブログ立ち上げ時の「メインページ」がとても重いのだ。設定の「最大件数で表示」を、31件→14件→7件に減らしていったが、効果が見られない。

ちなみに表示時間を次のwebwaitで測定した。
http://webwait.com/

(上記の7件表示で設定で)、ブラウザを「クローム(Chrome)」に変更したところ、今度はIEと比べて早く表示するようになった。

それでも、平均 15.09 sec になった。(23.04 sec のときもある・・・)

やっぱり、「Google Blogger」は、クロームがいいのだろうか・・・なぜ?

2013年7月21日日曜日

イ・ソンヒの企業イベント参加

今月中旬に行なわれた、イ・ソンヒのしばらく振りのステージを、Youtubeで見ることができる。といっても、企業イベントに参加したときのもののようだ。相変わらず健やかな笑顔と、すっきりとした歌声で聴衆の心をとらえていた。

歌手生活として必要な選択だったろうけれど、いろいろな意味で考えさせられる。

(追記)
そういえば地元小学校の夏休みは、7月20日(土)~8月31日(土)で、昨日の土曜日から始まっていた。ご近所のかわいい小学生が昼頃に、「こんにちは!」と可愛い挨拶を受けたのはそういうことだったのかと・・・楽しい!夏休みが始まった。