今は八月、夏休みの盛りである。熱暑に浮かれて、若者は顰蹙をかう。しょうがない、若さとは、おごりのようなもの。
与謝野晶子の歌集「乱れ髪」の最初に、「その子二十(はたち)櫛に流るる黒髪のおごりの春の美しきかな」は、意識せずとも若さは見せつけるものだ。(初期歌集について、与謝野晶子は後に、藤村や花袋の影響を述懐しているが)
若さは世界を征服する。そんな季節の夏が来た。誰だって浮かれてしくじる季節。そして、夏が終わればしんみりと感傷に更ける、でもそれは後にしよう。今は、期待にあふれる時間を、自ら勝ち取った自由と勘違いするのもよい。それが若さの特権だから。
コニー・フランシスの「ヴァケイション」(1962年)は、ラジオから彼女の歌声で流れたが、弘田三枝子のバージョンも忘れられない。世界は私たちのもの。それが「ヴァケイション」。休みを、「ヴァケイション」、つまり「V・A・C・A・T・I・O・N」と何度も繰り返したものだ。
(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)
(Youtubeに登録の海幸恵太に感謝)
2017年8月12日土曜日
2017年8月11日金曜日
山の日 2017
今日は、祝日「山の日」。昨年制定されたもので、ブログを見直すとちゃんと記してある。それに、「リオデジャネイロ・オリンピック」の体操競技で、内村選手が金メダルを獲得したことも記していた・・・「山の日」に馴染薄いのは分かるが、オリンピックまで虚ろになっているのにがっくりとする。
山との縁が薄くなった。おととしだったか鉱物採集で、氷が張り付いた岩場で何度か転んだ。同行の仲間は、しっかり登ったにもかかわらず。以来、山に(鉱物採集に)未練があるものの自信なくて遠のいている。
山への関心といえば、書籍「山怪」に紹介された山中の不思議な体験のかずかずを読むことで満足している。怪異と出会う人と、そうでない人がいるように、地域によっても同様だそうだ。古い歴史と伝統を持つ場所と、新たに開拓された地区かによって、土地柄というか精神的な共有の仕方が異なるのかもしれない。
そういう意味では戦後の展開だが、黒部山中の山小屋を舞台にした「定本 黒部の山賊 -アルプスの怪-」(伊藤正一、山と渓谷社)は、前半、タイトルの通り「山賊」といわれる山のつわも(戦前からアルプスを根城にするような人たち)について語る。著者の語り口に、どこか満州の馬賊を髣髴させるような、戦前のひとにありがちな武勇談口調を感じてしまう。後半の山岳遭難事件は、無謀さ、過信を戒める記述もあり、今様の警句になっている。
山は甘く見ちゃいけない・・・ということだが、今のわたしは高尾山すら遠く眺めるだけ。(とはいえ、昔、高尾山から陣馬山への縦走路に、行方不明者の安否を気遣いたずねる家族の張り紙を見た記憶がある)
山との縁が薄くなった。おととしだったか鉱物採集で、氷が張り付いた岩場で何度か転んだ。同行の仲間は、しっかり登ったにもかかわらず。以来、山に(鉱物採集に)未練があるものの自信なくて遠のいている。
山への関心といえば、書籍「山怪」に紹介された山中の不思議な体験のかずかずを読むことで満足している。怪異と出会う人と、そうでない人がいるように、地域によっても同様だそうだ。古い歴史と伝統を持つ場所と、新たに開拓された地区かによって、土地柄というか精神的な共有の仕方が異なるのかもしれない。
そういう意味では戦後の展開だが、黒部山中の山小屋を舞台にした「定本 黒部の山賊 -アルプスの怪-」(伊藤正一、山と渓谷社)は、前半、タイトルの通り「山賊」といわれる山のつわも(戦前からアルプスを根城にするような人たち)について語る。著者の語り口に、どこか満州の馬賊を髣髴させるような、戦前のひとにありがちな武勇談口調を感じてしまう。後半の山岳遭難事件は、無謀さ、過信を戒める記述もあり、今様の警句になっている。
山は甘く見ちゃいけない・・・ということだが、今のわたしは高尾山すら遠く眺めるだけ。(とはいえ、昔、高尾山から陣馬山への縦走路に、行方不明者の安否を気遣いたずねる家族の張り紙を見た記憶がある)
2017年8月10日木曜日
エセーニン詩集
Amazonに発注した「エセーニン詩集」(内村剛介訳、弥生書房)が届いた。図書館で何度か借りた本だ。結局、手元に置きたくなって求めたわけだ。エセーニンの詩は、内村剛介訳の「母への手紙」ではじめて知った。無頼漢がふと見せた悔恨と思慕が共感を呼ぶ。
さらに、シベリア抑留経験をして、ロシア(当時ソ連)の精神世界を深く抉って見せてくれた内村剛介訳だったからこそ読むことができた、読みたいと思った。
(本ブログ関連:”エセーニン / 内村剛介”)
エセーニンの詩「母への手紙」に出てくる、息子を待ち続ける母の、心配なばかり風音にも子の帰還を想い、通りに出て立ち尽くす心情を痛いばかりに感じる。なぜなら、エセーニンの酒場での強面も、実は、母はその心底をすっかり知っているのではないか。強がりと甘えまでも混じる。
------------------------------------------------
お前さん、ぼくを案ずるばっかりに ひどくふさぎこんでるというではないか、
- 心配ごとを押しかくしてさ。
時代ばなれの古めかしいシューバをひっかけ、
しょっちゅう道端まで出て来るというではないか。
------------------------------------------------
さらに、シベリア抑留経験をして、ロシア(当時ソ連)の精神世界を深く抉って見せてくれた内村剛介訳だったからこそ読むことができた、読みたいと思った。
(本ブログ関連:”エセーニン / 内村剛介”)
エセーニンの詩「母への手紙」に出てくる、息子を待ち続ける母の、心配なばかり風音にも子の帰還を想い、通りに出て立ち尽くす心情を痛いばかりに感じる。なぜなら、エセーニンの酒場での強面も、実は、母はその心底をすっかり知っているのではないか。強がりと甘えまでも混じる。
------------------------------------------------
お前さん、ぼくを案ずるばっかりに ひどくふさぎこんでるというではないか、
- 心配ごとを押しかくしてさ。
時代ばなれの古めかしいシューバをひっかけ、
しょっちゅう道端まで出て来るというではないか。
------------------------------------------------
2017年8月9日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」八道遊覽歌
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/2)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、旅の歌「八道遊覽歌(팔도유람가)」など関連する曲を紹介した。
始めに、景勝地を旅したい思いがこもった短歌(단가)「八道遊覽歌」について次のように紹介された。
・7月29日から8月4日まで、韓国は夏休みのピークだ。全国どこもレジャーを楽しむ人々で混み合い、逆に静かな場所では寂しい気もする。夏は湿気が多く暑苦しい季節かも知れないが、夏休みに、旅先や食べものを想像するだけでも幸せになる。今のように旅が自由でなかった昔も、想像はできたろう。短歌の「八道遊覽歌」曲に、そんな思いが込められている。有名な歌い手や楽隊を連れて、景勝地を遊覧したい気持ちが伺える。
▼ 演奏と歌による「八道遊覽歌」を聴く。花見遊覧と違って、行列も楽しみに八道山川に遊行するよう。
次に、朝鮮時代の文人、鄭澈(정철、1536年~1594年)の「関東別曲(관동별곡)」について次のように紹介された。
・普通の人々に、「八道遊覽歌」のような豪華な旅も、簡単ないでたちの旅も、みなできるものでなかった。稀に旅する機会があれば、人々は様々に記録した。経験したことを詩や日記、随筆、または絵に残した。代表的なものに「関東別曲」がある。朝鮮時代の文人であり政治家でもあった鄭澈の作品で、1580年に江原道の観察使に任じられた際、関東八景(江原道を中心とした八つの景勝地)を見て作った。同地域の妓生は、この歌をよく歌ったそうだが、今は歌われなくなった。
▼ 「八道遊覽歌」をテーマにした新曲、「新関東別曲(신관동별곡)」を聴く。現代曲風に少し高尚に。
最後に、済州島がひどい凶作のとき民衆を救った金萬德(김만덕)の願いについて次のように紹介された。
・昔、人々が最も行きたい景勝地は、金鋼山だった。朝鮮時代、王正祖(정조)のころ、南の島、済州島が大凶作になったとき、国の送った穀物が海に流され、手を付けることができなかった。そのとき、自分の財産で民衆を救った妓生(商人)、金萬德がいた。王はその功を称え、願い事を尋ねたところ、彼女は金剛山へ行ってみたいと答えた。当時、済州島の女性は陸地に出られぬ定めがあったが、王は彼女の願いを許諾した。昔の絵に、金鋼山を旅し、その景色を描いたものが多数ある。旅に行けない人々は、絵を見て満足をしたことだろう。
▼ 「金鋼山打令(금강산타령)」を聴く。奇岩絶景を見たい思いに比して、歌はゆたりと流れる。
始めに、景勝地を旅したい思いがこもった短歌(단가)「八道遊覽歌」について次のように紹介された。
・7月29日から8月4日まで、韓国は夏休みのピークだ。全国どこもレジャーを楽しむ人々で混み合い、逆に静かな場所では寂しい気もする。夏は湿気が多く暑苦しい季節かも知れないが、夏休みに、旅先や食べものを想像するだけでも幸せになる。今のように旅が自由でなかった昔も、想像はできたろう。短歌の「八道遊覽歌」曲に、そんな思いが込められている。有名な歌い手や楽隊を連れて、景勝地を遊覧したい気持ちが伺える。
▼ 演奏と歌による「八道遊覽歌」を聴く。花見遊覧と違って、行列も楽しみに八道山川に遊行するよう。
次に、朝鮮時代の文人、鄭澈(정철、1536年~1594年)の「関東別曲(관동별곡)」について次のように紹介された。
・普通の人々に、「八道遊覽歌」のような豪華な旅も、簡単ないでたちの旅も、みなできるものでなかった。稀に旅する機会があれば、人々は様々に記録した。経験したことを詩や日記、随筆、または絵に残した。代表的なものに「関東別曲」がある。朝鮮時代の文人であり政治家でもあった鄭澈の作品で、1580年に江原道の観察使に任じられた際、関東八景(江原道を中心とした八つの景勝地)を見て作った。同地域の妓生は、この歌をよく歌ったそうだが、今は歌われなくなった。
▼ 「八道遊覽歌」をテーマにした新曲、「新関東別曲(신관동별곡)」を聴く。現代曲風に少し高尚に。
最後に、済州島がひどい凶作のとき民衆を救った金萬德(김만덕)の願いについて次のように紹介された。
・昔、人々が最も行きたい景勝地は、金鋼山だった。朝鮮時代、王正祖(정조)のころ、南の島、済州島が大凶作になったとき、国の送った穀物が海に流され、手を付けることができなかった。そのとき、自分の財産で民衆を救った妓生(商人)、金萬德がいた。王はその功を称え、願い事を尋ねたところ、彼女は金剛山へ行ってみたいと答えた。当時、済州島の女性は陸地に出られぬ定めがあったが、王は彼女の願いを許諾した。昔の絵に、金鋼山を旅し、その景色を描いたものが多数ある。旅に行けない人々は、絵を見て満足をしたことだろう。
▼ 「金鋼山打令(금강산타령)」を聴く。奇岩絶景を見たい思いに比して、歌はゆたりと流れる。
2017年8月8日火曜日
パーシー・フェイス「夏の日の恋」
暑い、熱い。台風5号は日本海に抜けて、当地への余波はほとんどない。空は晴れわたり、まぶしい日光が射してジリジリと焼きつける。そんな中、隣町へ買物に出かける。
気分だけでも暑さをしのぎたい。涼しくなる音楽はないだろうか・・・。
昔、「ムード音楽」という音楽演奏のスタイルが登場した。小洒落て「イージーリスニング」(音楽)と呼んだりした。軽快でポップな旋律を楽しむムード音楽は、パーシー・フェイスやマントヴァーニなどのオーケストラ演奏による、今までにないジャンルであり、音楽の楽しみの幅を広げてくれた。
弦楽器の高音を強調した「ムード音楽」の代表、パーシー・フェイスの透明感あふれるオーケストラ演奏、「夏の日の恋」(Theme from ”a Summer Place”、1959年)は、新鮮な響きがした。映画「避暑地の出来事」(A Summer Place)の主題歌を演奏曲にしたものという。美しい音楽を聴いてみよう。
(当時、この映画に関心を持つほどに進化してなかったし、女性に人気のあった若手俳優のトロイ・ドナヒューが、いまいちシャキッとしない、ヤンキー(Yankee:アメリカ人の意)の迫力に欠けた青年に見えたりした・・・子どもにとって!)
(Youtubeに登録のA. althamareaに感謝)
気分だけでも暑さをしのぎたい。涼しくなる音楽はないだろうか・・・。
昔、「ムード音楽」という音楽演奏のスタイルが登場した。小洒落て「イージーリスニング」(音楽)と呼んだりした。軽快でポップな旋律を楽しむムード音楽は、パーシー・フェイスやマントヴァーニなどのオーケストラ演奏による、今までにないジャンルであり、音楽の楽しみの幅を広げてくれた。
弦楽器の高音を強調した「ムード音楽」の代表、パーシー・フェイスの透明感あふれるオーケストラ演奏、「夏の日の恋」(Theme from ”a Summer Place”、1959年)は、新鮮な響きがした。映画「避暑地の出来事」(A Summer Place)の主題歌を演奏曲にしたものという。美しい音楽を聴いてみよう。
(当時、この映画に関心を持つほどに進化してなかったし、女性に人気のあった若手俳優のトロイ・ドナヒューが、いまいちシャキッとしない、ヤンキー(Yankee:アメリカ人の意)の迫力に欠けた青年に見えたりした・・・子どもにとって!)
(Youtubeに登録のA. althamareaに感謝)
2017年8月7日月曜日
立秋2017
夏本番の今日、二十四節気の「立秋」となった。重い鈍色の雲が空を侵食してきたようだ、台風の接近を感じる。もし、風の音に驚くとすれば、その台風5号の暴風音かもしれないが、それは明日のことらしい。秋の気配はまだない。
(本ブログ関連:”立秋”)
図書館の読書室に、廊下から若い母親の電話する声が聞こえてきた。どうやら、小さな子どもが、母親の声を聞きたくなったのだろう、何か相談しているらしい。そんな中で、母親が子どもに言ったことばに思わず笑ってしまった。
「うんうん、でも走ったらダメよ。走ったら忘れてしまうから・・・」
なんだか、うれしくなった。すぐ忘れてしまう、そんな子どもの可愛らしい光景が浮かぶ気がする。
今年の台風5号は迷走する。子どもは寄り道して真っ直ぐ走れない。
夕方に、叩きつけるような雨が降り始めたが・・・。
(本ブログ関連:”立秋”)
図書館の読書室に、廊下から若い母親の電話する声が聞こえてきた。どうやら、小さな子どもが、母親の声を聞きたくなったのだろう、何か相談しているらしい。そんな中で、母親が子どもに言ったことばに思わず笑ってしまった。
「うんうん、でも走ったらダメよ。走ったら忘れてしまうから・・・」
なんだか、うれしくなった。すぐ忘れてしまう、そんな子どもの可愛らしい光景が浮かぶ気がする。
今年の台風5号は迷走する。子どもは寄り道して真っ直ぐ走れない。
夕方に、叩きつけるような雨が降り始めたが・・・。
2017年8月6日日曜日
イ・ソンヒ公演:オークバレーサマーフェスティバル
中央日報の記事「オークバレーサマーフェスティバルでイ・ソンヒ公演」(8/5、クォン・スンミョン記者)は、オークバレーサマーフェスティバルでのイ・ソンヒの公演模様を次のように伝えた。(抜粋)
(本ブログ関連:”オークバレーサマーフェスティバル”)
-------------------------------------------------
・江原(道)原州(市)のオークバレーは、歌手イ・ソンヒさんが、5日午後、オークバレーサマーフェスティバルで公演を繰り広げたと話した。
・この日、イ・ソンヒの無料公演を見るため、3000人余りが殺到した。
-------------------------------------------------
(本ブログ関連:”オークバレーサマーフェスティバル”)
-------------------------------------------------
・江原(道)原州(市)のオークバレーは、歌手イ・ソンヒさんが、5日午後、オークバレーサマーフェスティバルで公演を繰り広げたと話した。
・この日、イ・ソンヒの無料公演を見るため、3000人余りが殺到した。
-------------------------------------------------
「菜食主義者」の翻訳
英国の芥川賞にあたるブッカー賞があるが、その国際部門賞を受賞した韓国の女流作家韓江(ハンガン)の作品「菜食主義者」に、翻訳上のミスがあるという。レコードチャイナの記事「韓国の小説が世界的権威ある賞に輝いたのは、“誤訳だらけ”の英訳版のおかげ?=韓国ネット『ハングルの優秀性に英語が追い付けないのかも』」(8/2)は、韓国紙の記事から次のように報じている。(抜粋)
(本ブログ関連:”菜食主義者”)
ㅏ-----------------------------------------------------
・2017年8月1日、韓国・聯合ニュースによると、韓国の女性作家の韓江(ハン・ガン)氏の小説『菜食主義者』の英訳版『ベジタリアン』を読んだ海外の読者らが「面食らっている」という。同作は昨年、世界的に権威ある文学賞の一つである英国のマン・ブッカー賞国際部門に選ばれ、英語に翻訳したデボラ・スミス氏も韓氏と共同受賞していた。しかしその後、英訳版の誤訳が数々指摘されており、このほど翰林(ハルリム)大のキム・ボン教授(英語英文学)がスミス氏の誤訳について改めて批判したのだ。
(略: ①主語の混乱、②原文で英語使用を無視し、他英語に置き換えなど)
・さらに決定的なのは、英訳版で省略された部分が多数あることだ。キム教授が「翻訳者が作為的に削除した」と指摘した部分は、第1部で3カ所、2部に11カ所、終盤の3部では33カ所に上る。そのためか、英語圏読者のネットレビューでは、作品の中・後半への不満が集中的に上がっているそうだ。
-----------------------------------------------------ㅓ
ちなみに、Amazon掲載の英語版(The Vegetarian )ペーパーバック版に、「なか見!検索」があり、各紙(誌)の書評が麗々しく並んでいる。
以前、この作品の翻訳者デボラ・スミスとのインタビューが、中央日報に掲載されている。「<インタビュー> 翻訳者デボラ・スミス『韓国文学、驚くほど幅広く躍動的』」(2016年3月29日)に、翻訳者の韓国語経験を知る部分がある。(抜粋)
ㅏ-----------------------------------------------------
・翻訳者にも関心が集まっている。デボラ・スミス氏(28)がその主人公だ。彼女は2009年にケンブリッジ大を卒業した後、翻訳者になるために韓国語の勉強を決心する前までは韓国とは関係がなかった。韓国人の知り合いもおらず、韓国料理を食べたことすらなかった。韓国の小説もやはり読んだことはなかった。
Q:2010年にロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)修士課程韓国語科に進学して2年で作品を翻訳した。
「読解を通じて韓国語を習ったので正確に早く話せない。若者の間で使われている言葉や俗語は聞き取れない。初めて翻訳する時は辞典をよく引いた」
Q:韓江の『菜食主義者』を翻訳したが。
「(2012年)SOAS博士課程中に出版社から『読んでみて教えてほしい』と言われその本を受け取った。少し翻訳して送ったが『出版しない』と言ってきた。私が読んでも面白くない翻訳だった。翌年、ロンドン図書展を控えて出版関係者に会ったが『出版するのに何かいい本はないか』と聞かれた。その時思い浮かんだのが『菜食主義者』だった。1年前のものを手直しして送ったところ、出版社がすぐ翌日『素晴らしい』と言って出版に意欲を示した」
Q:韓国語と英語は非常に異なる言語だが。
「韓国語は相対的に曖昧な言語だ。英語は正確に記述しなければならない。翻訳しながら同時に説明を追加しなければならないのではと感じる時がある。だがやり過ぎはよくない。曖昧性は作家のスタイルでもあった」
(本ブログ関連:”菜食主義者”)
ㅏ-----------------------------------------------------
・2017年8月1日、韓国・聯合ニュースによると、韓国の女性作家の韓江(ハン・ガン)氏の小説『菜食主義者』の英訳版『ベジタリアン』を読んだ海外の読者らが「面食らっている」という。同作は昨年、世界的に権威ある文学賞の一つである英国のマン・ブッカー賞国際部門に選ばれ、英語に翻訳したデボラ・スミス氏も韓氏と共同受賞していた。しかしその後、英訳版の誤訳が数々指摘されており、このほど翰林(ハルリム)大のキム・ボン教授(英語英文学)がスミス氏の誤訳について改めて批判したのだ。
(略: ①主語の混乱、②原文で英語使用を無視し、他英語に置き換えなど)
・さらに決定的なのは、英訳版で省略された部分が多数あることだ。キム教授が「翻訳者が作為的に削除した」と指摘した部分は、第1部で3カ所、2部に11カ所、終盤の3部では33カ所に上る。そのためか、英語圏読者のネットレビューでは、作品の中・後半への不満が集中的に上がっているそうだ。
-----------------------------------------------------ㅓ
ちなみに、Amazon掲載の英語版(The Vegetarian )ペーパーバック版に、「なか見!検索」があり、各紙(誌)の書評が麗々しく並んでいる。
以前、この作品の翻訳者デボラ・スミスとのインタビューが、中央日報に掲載されている。「<インタビュー> 翻訳者デボラ・スミス『韓国文学、驚くほど幅広く躍動的』」(2016年3月29日)に、翻訳者の韓国語経験を知る部分がある。(抜粋)
ㅏ-----------------------------------------------------
・翻訳者にも関心が集まっている。デボラ・スミス氏(28)がその主人公だ。彼女は2009年にケンブリッジ大を卒業した後、翻訳者になるために韓国語の勉強を決心する前までは韓国とは関係がなかった。韓国人の知り合いもおらず、韓国料理を食べたことすらなかった。韓国の小説もやはり読んだことはなかった。
Q:2010年にロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)修士課程韓国語科に進学して2年で作品を翻訳した。
「読解を通じて韓国語を習ったので正確に早く話せない。若者の間で使われている言葉や俗語は聞き取れない。初めて翻訳する時は辞典をよく引いた」
Q:韓江の『菜食主義者』を翻訳したが。
「(2012年)SOAS博士課程中に出版社から『読んでみて教えてほしい』と言われその本を受け取った。少し翻訳して送ったが『出版しない』と言ってきた。私が読んでも面白くない翻訳だった。翌年、ロンドン図書展を控えて出版関係者に会ったが『出版するのに何かいい本はないか』と聞かれた。その時思い浮かんだのが『菜食主義者』だった。1年前のものを手直しして送ったところ、出版社がすぐ翌日『素晴らしい』と言って出版に意欲を示した」
Q:韓国語と英語は非常に異なる言語だが。
「韓国語は相対的に曖昧な言語だ。英語は正確に記述しなければならない。翻訳しながら同時に説明を追加しなければならないのではと感じる時がある。だがやり過ぎはよくない。曖昧性は作家のスタイルでもあった」
-----------------------------------------------------ㅓ
韓国では、韓国文学を世界普及させるため、該当国の言語に翻訳するのを韓国人(韓国系現地人)に担わせているようだ。そのため、英国人自身の手で翻訳された意義をこのインタビュー記事で取り上げたかったのかもしれない。インタビュアーが、どこか戸惑いを感じながら、翻訳の力量を確認しているように思えるのは気のせいだろうか。
「曖昧性は作家のスタイルでもあった」というより、翻訳者が曖昧だったのかもしれない。
「曖昧性は作家のスタイルでもあった」というより、翻訳者が曖昧だったのかもしれない。
2017年8月5日土曜日
罫線、表組
一般に、企業に採用されるアプリケーションは、オフィス・ツールから経営管理システムにいたるまで、ほぼ海外製品である。オフィス・ツールにいたっては、MicrosoftのOfficeが必須とされ、当り前のように受け入れられている。(もちろん日本のソフト開発会社も十分健闘している)
企業内のシステム管理部門は、時代の変化・技術の進展に即応するため、システムの更新業務が重要な任務になる。そんなとき、頭から足元まで一貫して対応できる製品が求められる。世界シェアが最大な製品は特によく、信頼性を置く基準になる。経営に根拠立てするのに都合がいいからだ。(アメリカの先進的な企業の場合、開発した製品に技術的な関心があっても、その企業が売られる可能性があり、後のメンテナンスが心配である)
企業内のシステム管理部門は、管理業務に極めて保守的である。同様に、日本語化した製品を導入する際も、日本語らしい見た目を要求する。
海外製品を日本語に変換することをローカライズという。横のものを横にするだけだが、根底に日本的な要素の追加が求められる。代表的なものに罫線があり、アンダーラインとして使うだけでなく、表組み表示が求められる。ローカライズ作業の過程で、海外製品の不適切さを見つけることも多々あるが、罫線化は重要な作業のひとつになっている。
日本人は、罫線が好きだ。一方、アメリカの文書は、タイプライターの文書を見れば分かるが、罫線の伝統がない。現在でも専門分野の英文マニュアルに罫線は少ない。横棒(ハイフン)を連打して罫線もどきにする場合もある。(タイプライターの場合、文字が一律同サイズで、字間が均一なため平板な印象を与える)
一般に、システム開発プロジェクトの報告書に、罫線が容易なExcelが使われる。Wordが使われることはほぼなかった。元々、Excelは、システム開発業務に密着しやすいため、Excel+Word=Excelと、一括でき便利だ。(文書管理システム構築にあたり、始めにExcelで文字数まで含めた雛形を作って、文書フォームを要求したりする)
何で日本人は、罫線が好きなんだろう?
Google検索で、「日本 好き 罫線」で探してみると、いろいろな意見に出会う。どれもこれも、そんな気がする。でも、何でなんだろう。
参考:
・マイナビニュース:「「罫線が大好きな日本人に米国人開発者が驚愕」 - グレープシティ 八巻氏」(2009_11_4)
・スマダン:「時間を奪う『Excel方眼紙』問題を公開討論へ! 生産性の低下に本当につながるのか」(2017_8_4)
追記:
昨日の忘れものを無事回収できた。ちゃんと預かってくれたお店に感謝。
企業内のシステム管理部門は、時代の変化・技術の進展に即応するため、システムの更新業務が重要な任務になる。そんなとき、頭から足元まで一貫して対応できる製品が求められる。世界シェアが最大な製品は特によく、信頼性を置く基準になる。経営に根拠立てするのに都合がいいからだ。(アメリカの先進的な企業の場合、開発した製品に技術的な関心があっても、その企業が売られる可能性があり、後のメンテナンスが心配である)
企業内のシステム管理部門は、管理業務に極めて保守的である。同様に、日本語化した製品を導入する際も、日本語らしい見た目を要求する。
海外製品を日本語に変換することをローカライズという。横のものを横にするだけだが、根底に日本的な要素の追加が求められる。代表的なものに罫線があり、アンダーラインとして使うだけでなく、表組み表示が求められる。ローカライズ作業の過程で、海外製品の不適切さを見つけることも多々あるが、罫線化は重要な作業のひとつになっている。
日本人は、罫線が好きだ。一方、アメリカの文書は、タイプライターの文書を見れば分かるが、罫線の伝統がない。現在でも専門分野の英文マニュアルに罫線は少ない。横棒(ハイフン)を連打して罫線もどきにする場合もある。(タイプライターの場合、文字が一律同サイズで、字間が均一なため平板な印象を与える)
一般に、システム開発プロジェクトの報告書に、罫線が容易なExcelが使われる。Wordが使われることはほぼなかった。元々、Excelは、システム開発業務に密着しやすいため、Excel+Word=Excelと、一括でき便利だ。(文書管理システム構築にあたり、始めにExcelで文字数まで含めた雛形を作って、文書フォームを要求したりする)
何で日本人は、罫線が好きなんだろう?
Google検索で、「日本 好き 罫線」で探してみると、いろいろな意見に出会う。どれもこれも、そんな気がする。でも、何でなんだろう。
参考:
・マイナビニュース:「「罫線が大好きな日本人に米国人開発者が驚愕」 - グレープシティ 八巻氏」(2009_11_4)
・スマダン:「時間を奪う『Excel方眼紙』問題を公開討論へ! 生産性の低下に本当につながるのか」(2017_8_4)
追記:
昨日の忘れものを無事回収できた。ちゃんと預かってくれたお店に感謝。
2017年8月4日金曜日
忘れもの
久し振りに出かけた先に忘れものをした。帰りの電車、ショルダーバッグがないのに気付く。もしかしたら気のせいかも、家に帰れば玄関上がりに転がっているに違いないと思い直したが、やはりなかった。
わたしのPCデスクの廻りにもない。そこで、忘れものをしたと確信する。(子どものころを除いて)忘れものは初めてといっていいくらい記憶にない。忘れもの、落しものをしないのが自慢だったのに。なんてことよ・・・気が滅入る。
結局、思い当たる店に電話したところ、預かっているという返事をいただいた。感謝して、明日うかがう約束をした。貴重品というほどもの物が入っていたわけでない。でも、そんなこと、言い訳にも、納得にもならない・・・情けない気がする。
というわけで、今日一日落ち込んでいる。
わたしのPCデスクの廻りにもない。そこで、忘れものをしたと確信する。(子どものころを除いて)忘れものは初めてといっていいくらい記憶にない。忘れもの、落しものをしないのが自慢だったのに。なんてことよ・・・気が滅入る。
結局、思い当たる店に電話したところ、預かっているという返事をいただいた。感謝して、明日うかがう約束をした。貴重品というほどもの物が入っていたわけでない。でも、そんなこと、言い訳にも、納得にもならない・・・情けない気がする。
というわけで、今日一日落ち込んでいる。
2017年8月3日木曜日
始めの17歩 イディッシュ語(今年前期の終了)
17日目、ついに<春期講座>(すなわち今年前期の)「イディッシュ語講座」最終日にいたった。かろうじてついて行ったが、来<秋期講座>(すなわち今年後期)まで2ヶ月間、何もしなければ全て揮発することうけあい・・・恐ろしい。わずかでも知ったことを雲散しないよう工夫しよう。
(本ブログ関連:”始めの ~歩 イディッシュ語”、”イディッシュ語”)
昨年夏に<夏期講座>「イディッシュ語入門」を受講して、基本会話とヘブライ文字(活字体、筆記体)を体験し、イディッシュ文学の説明もうかがった。もう少し知りたいと、今回の<春期講座>を参加したわけだ。(どちらも新設講座という、幸運な巡り合わせだった)
(本ブログ関連:”始めの ~歩 イディッシュ語”、”イディッシュ語”)
昨年夏に<夏期講座>「イディッシュ語入門」を受講して、基本会話とヘブライ文字(活字体、筆記体)を体験し、イディッシュ文学の説明もうかがった。もう少し知りたいと、今回の<春期講座>を参加したわけだ。(どちらも新設講座という、幸運な巡り合わせだった)
<秋期講座>も継続したい。新しい仲間、今年<夏期講座>から継続の方も加われば幸いだ。若い人は、さっさと追い越していくだろうし・・・。いつも、先を行く若者を後ろから見ているので、おじさんは自然と「前向き」である。
今日の講義:
・先生推奨の入門書「レッスン25」(שבת:シャベス)の導入文を輪読。(最終日ということで、テーマを深堀して「レッスン25」へジャンプ)
ユダヤ教の一週間(日曜日に始まり、土曜日の休日[安息日:シャベス]に終わる)の中で、各曜日が順に、自身がいかに重要かを主張する。結局、神の声で、土曜日(安息日)が聖なる日として決済される話しだ。
ユダヤ教の一週間(日曜日に始まり、土曜日の休日[安息日:シャベス]に終わる)の中で、各曜日が順に、自身がいかに重要かを主張する。結局、神の声で、土曜日(安息日)が聖なる日として決済される話しだ。
予習で理解できなかったところも、先生の解説があって氷解すること多数。驚いたのは、ユダヤ教の、① 日曜日は平日であり、普通通り仕事をする。② 土曜日は「安息日」であるが、宗教的規律があって、電気を使う製品・装置の使用不可であり、交通手段も止まる。一切合切停止するようだ。海辺でのヴァカンスも楽しむことは許されないようだ・・・。← 先生から、「安息日に海辺で休むのは禁止されていません」とのご指摘いただきました!(聞き間違いしましたことご容赦)
一体、いつ息抜きするのかと問えば、安息日とは別に、祝日が用意されていて、その日に思いっきり休暇を楽しむそうだ・・・わたしたちと違う、戒律と慣れにとまどう。
(イディッシュ語で歌を聞かせてよ・・・という<演奏>です)
(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)
(イディッシュ語で歌を聞かせてよ・・・という<演奏>です)
(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)
2017年8月2日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」蓮花台舞の伴奏音楽
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/26)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「蓮花台舞(연화대무)」の伴奏音楽など関連する曲を紹介した。
始めに、伝「高麗史」に知られる「蓮花台舞」の舞踊について次のように紹介された。
・昔、宮庭舞踊を「呈才(정재)」と言い、王の前だけで踊る、華麗な衣装と優雅な身振りが特徴。中でも、蓮から女性が現れて踊る「蓮花台舞」は規模が大きい。舞台上の大きな蓮の蕾から鶴が出て、蕾の間を行き来して踊る。鶴が口ばしで蕾をつつくと、花が満開して、中から女性が出て踊る。単純だが、いかに表現するか重要な場面だ。史書「高麗史」*によると、「蓮花台舞」は、現在のイランの北方由来という。遠くから伝わり、受け継がれてきたという。
(*「高麗史」:李氏朝鮮時代に焚書または消失)
▼ 「蓮花台舞の伴奏音楽」を聴く。緩やかに響く音に、碧眼の胡姫を想うわけにはいかないよう。
次に、人柱で海に身を投じた、パンソリ「沈清歌」の「沈清」が蕾から現れる場面について次のように紹介された。
・パンソリにも「蓮花台舞」と同様な場面がある。パンソリ「沈清歌」の主人公「沈清」が竜宮から生き返って、宮廷に現れる場面だ。沈清は、めしいの父の目を治すため、人柱となって海に身を投じる。竜王は、そんな沈清を地上に戻すため、花の蕾に包んで海上に浮かばせた。蕾を見つけた人々は、それを皇帝に捧げた。その頃、皇帝は、皇后を亡くし悲しみに耽り、花を眺めて癒していた。人々が蕾を見ているなか、蕾から美しい沈清が現れた。その後、皇帝は沈清を皇后として迎え入れる。
▼「沈清歌」から「沈清が還生して入宮する場面(심청이 환생해서 입궁하는 대목)」を聴く。粛々と聞こえてしまう。
最後に、蓮の花を鑑賞できる庭園と、蓮の食用などについて次のように紹介された。
・昔の建物に、「蓮」の花を意味する漢字が使われるものが多い。そんな文字の付く建物には、蓮の花を観賞できる池がほぼあった。泥水を吸い上げ、美しい花を咲かす蓮は、洋の東西、古くから大事にされてきた。仏教では仏の悟りや極楽を象徴し、清潔で豊かなイメージを与えた。また、茶にして飲んだり、葉を米と一緒に炊き込んだり、根を副菜にするなど、多用な花だ。韓国はちょうど今頃が、蓮の花が咲く時期である。
▼ 「蓮の花が咲く(연꽃 피어오르리)」を聴く。仏教に賛美歌があれば、そんな親しみやすい、今様の歌だ。
始めに、伝「高麗史」に知られる「蓮花台舞」の舞踊について次のように紹介された。
・昔、宮庭舞踊を「呈才(정재)」と言い、王の前だけで踊る、華麗な衣装と優雅な身振りが特徴。中でも、蓮から女性が現れて踊る「蓮花台舞」は規模が大きい。舞台上の大きな蓮の蕾から鶴が出て、蕾の間を行き来して踊る。鶴が口ばしで蕾をつつくと、花が満開して、中から女性が出て踊る。単純だが、いかに表現するか重要な場面だ。史書「高麗史」*によると、「蓮花台舞」は、現在のイランの北方由来という。遠くから伝わり、受け継がれてきたという。
(*「高麗史」:李氏朝鮮時代に焚書または消失)
▼ 「蓮花台舞の伴奏音楽」を聴く。緩やかに響く音に、碧眼の胡姫を想うわけにはいかないよう。
次に、人柱で海に身を投じた、パンソリ「沈清歌」の「沈清」が蕾から現れる場面について次のように紹介された。
・パンソリにも「蓮花台舞」と同様な場面がある。パンソリ「沈清歌」の主人公「沈清」が竜宮から生き返って、宮廷に現れる場面だ。沈清は、めしいの父の目を治すため、人柱となって海に身を投じる。竜王は、そんな沈清を地上に戻すため、花の蕾に包んで海上に浮かばせた。蕾を見つけた人々は、それを皇帝に捧げた。その頃、皇帝は、皇后を亡くし悲しみに耽り、花を眺めて癒していた。人々が蕾を見ているなか、蕾から美しい沈清が現れた。その後、皇帝は沈清を皇后として迎え入れる。
▼「沈清歌」から「沈清が還生して入宮する場面(심청이 환생해서 입궁하는 대목)」を聴く。粛々と聞こえてしまう。
最後に、蓮の花を鑑賞できる庭園と、蓮の食用などについて次のように紹介された。
・昔の建物に、「蓮」の花を意味する漢字が使われるものが多い。そんな文字の付く建物には、蓮の花を観賞できる池がほぼあった。泥水を吸い上げ、美しい花を咲かす蓮は、洋の東西、古くから大事にされてきた。仏教では仏の悟りや極楽を象徴し、清潔で豊かなイメージを与えた。また、茶にして飲んだり、葉を米と一緒に炊き込んだり、根を副菜にするなど、多用な花だ。韓国はちょうど今頃が、蓮の花が咲く時期である。
▼ 「蓮の花が咲く(연꽃 피어오르리)」を聴く。仏教に賛美歌があれば、そんな親しみやすい、今様の歌だ。
2017年8月1日火曜日
イ・ソンヒ「見知らぬ海辺で」
夏だ夏だ、8月だ。名実ともに夏、8月と組み合わせると一層夏らしくなる。とはいえ、教室で夏の計画はと問われれば、「短期留学」だとか「海外旅行」だとかいう羨ましい話しが出る。わたしといえば、勉強しますと応えるしかない。予定がないのは楽ちんだが、たずねられると少々困ってしまう。
一体いつだろう、海に行ったのは。ずっと以前、静岡県の伊東市の大室山(単成火山)に寄って、城ヶ崎海岸で黒光りした溶岩流の跡を楽しんだくらい。浜辺まで行って、海水に足をつけたのは遠い昔のこと。それは、同じく河津町の浜で沸石を採っていたとき、満ち潮になって、自動的に足首までつかってしまったのだ。
イ・ソンヒの11集所収の「見知らぬ海辺で(낯선 바닷가에서)」(1998年、作詞イ・ジェギョン、作曲バク・セジュン)は、感傷的だが海を感じさせる。さんさんと日がふりそそぐ夏といった感じではないが聴いてみよう。次のMV映像は前にも触れたが、もしかしたらいわくつきのものかもしれない。
(本ブログ関連:”見知らぬ海辺で”)
あなたを全て忘れるため、ここまで来たのよ
空が、青い海と出会う場所に
一つずつ思い出を取り出して、もう二度と私の心に込められぬよう
そう、あなたを私も捨てたくて、私のこころから去ってよ (ha~)
たとえ、こんなに、あなたを押しやってみても、戻ってくる
白い波のように、もう一度探しに来て
あなたもまた心に、まだ私がいるのなら、私に帰ってきて
昔のように、私を愛してよ
_______
一人残った時間は、恐ろしい沈黙になってしまって
たとえ私がいやだといっても、別れのときだったの (ha~)
この世の全ては、あなたから始まって、あなたがいない
私の現実という、深い悪夢だけよ
帰ってきて、私のそばに、私の手を握って
私の息が尽きるその日まで、あなたを待っているわ (ha~)
(Youtubeに登録のWSSIM2016に感謝)
一体いつだろう、海に行ったのは。ずっと以前、静岡県の伊東市の大室山(単成火山)に寄って、城ヶ崎海岸で黒光りした溶岩流の跡を楽しんだくらい。浜辺まで行って、海水に足をつけたのは遠い昔のこと。それは、同じく河津町の浜で沸石を採っていたとき、満ち潮になって、自動的に足首までつかってしまったのだ。
イ・ソンヒの11集所収の「見知らぬ海辺で(낯선 바닷가에서)」(1998年、作詞イ・ジェギョン、作曲バク・セジュン)は、感傷的だが海を感じさせる。さんさんと日がふりそそぐ夏といった感じではないが聴いてみよう。次のMV映像は前にも触れたが、もしかしたらいわくつきのものかもしれない。
(本ブログ関連:”見知らぬ海辺で”)
あなたを全て忘れるため、ここまで来たのよ
空が、青い海と出会う場所に
一つずつ思い出を取り出して、もう二度と私の心に込められぬよう
そう、あなたを私も捨てたくて、私のこころから去ってよ (ha~)
たとえ、こんなに、あなたを押しやってみても、戻ってくる
白い波のように、もう一度探しに来て
あなたもまた心に、まだ私がいるのなら、私に帰ってきて
昔のように、私を愛してよ
_______
一人残った時間は、恐ろしい沈黙になってしまって
たとえ私がいやだといっても、別れのときだったの (ha~)
この世の全ては、あなたから始まって、あなたがいない
私の現実という、深い悪夢だけよ
帰ってきて、私のそばに、私の手を握って
私の息が尽きるその日まで、あなたを待っているわ (ha~)
(Youtubeに登録のWSSIM2016に感謝)
2017年7月31日月曜日
こんにちは
イディッシュ語で「こんにちは」は、「Shalom Aleichem(その返しは、Aleichem Shalom)」で、「あなたに平和を」を意味するそうだ。これを筆名にした作家が「ショーレム・アレイヘム」だ。
韓国語の「こんにちは」は、「アンニョン・ハセヨ」で、「安寧(アンニョン)していらっしゃいますか(ハセヨ)」を意味し、<平和>に通じる<安寧>が使われている。
日本語の場合、「こんにちは」は、「こんにち(今日)は~」と後を略し、様子の具合を相手に任せる。新しい明治言葉のような響きがするが、「江戸期気の置けない仲間同士のあいさつだった」(「あいさつ言葉の変化」倉持益子、「明海日本語」第 18 号 増刊 (2013.11))そうだ。昔の日本は、平和も安寧も気にするまでもない、それが当り前だったのだろう。
(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)
韓国語の「こんにちは」は、「アンニョン・ハセヨ」で、「安寧(アンニョン)していらっしゃいますか(ハセヨ)」を意味し、<平和>に通じる<安寧>が使われている。
日本語の場合、「こんにちは」は、「こんにち(今日)は~」と後を略し、様子の具合を相手に任せる。新しい明治言葉のような響きがするが、「江戸期気の置けない仲間同士のあいさつだった」(「あいさつ言葉の変化」倉持益子、「明海日本語」第 18 号 増刊 (2013.11))そうだ。昔の日本は、平和も安寧も気にするまでもない、それが当り前だったのだろう。
(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)
2017年7月30日日曜日
イ・ソンヒ 「オークバレー サマーフェスティバル」8/5
ニュース1の記事「オークバレー サマーフェスティバル... 8月19日まで」(7/25、パク・テスン記者)によれば、イ・ソンヒがオークバレーリゾートで開催される「オークバレー サマーフェスティバル」(7/28~8/19)の、8/5の舞台に登場すると報じている。
(参考)オークバレーリゾート(namu.wiki「スキー場」)
------------------------------------------
・江原道原州市地正面月松里にあるスキー場で、江原道と京畿道の境界近くに位置する。
(参考)オークバレーリゾート(namu.wiki「スキー場」)
------------------------------------------
・江原道原州市地正面月松里にあるスキー場で、江原道と京畿道の境界近くに位置する。
------------------------------------------
(追記:7/31付け)
中央日報の記事「歌手イ・ソンヒ、8月5日 原州のオークバレーで公演」(7/31)に詳細が触れられている。
-------------------------------------------
・イ・ソンヒさんは、江原道を訪れたのは異例で、江原道最初のイ・ソンヒ無料公演という点で、さらに格別だ。
-------------------------------------------
(追記:7/31付け)
中央日報の記事「歌手イ・ソンヒ、8月5日 原州のオークバレーで公演」(7/31)に詳細が触れられている。
-------------------------------------------
・イ・ソンヒさんは、江原道を訪れたのは異例で、江原道最初のイ・ソンヒ無料公演という点で、さらに格別だ。
-------------------------------------------
2017年7月29日土曜日
イ・ソンヒ 「私はいつもあなたを」
イ・ソンヒが、4集所収の「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年、キム・ミンジョン作詞、ソン・シヒョン作曲)を、MBCの深夜音楽番組「音楽旅行ラララ(음악여행 라라라)」で歌った様子をYoutubeで視聴してみよう。
(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”)
放送は、彼女のコンサート「招待」(2009年4月1日~5日)の前月末(3月25日)に流されたものだが、それ以前に録画されている。コンサート直前のこと、彼女の高精細(HD)のアップ映像が貴重だったが、放送の歌の仕上がりが微妙だった。今も少々気にかかっている。でも、彼女の歌には不思議な安堵感がある。ぞれはいつも然変わりない。
いつもあなたを、慕っているのに
思うようにはいけない
今日も、セピア色した写真の中に
あなたの姿しのぶわ
*
いつもあなたに、会いたいのに
あなたは何処へ立ったの
優しいその姿、涙で染めるわ
あなた、私に戻ってよ
戻ってきて、私のところへ
すべて、あなただけなのよ(Oh~Oh~Oh)
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(*以下繰り返し)
(戻ってきて・・・)
あなた、戻ってきてよ
すべて、あなただけなのよ
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)
(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”)
放送は、彼女のコンサート「招待」(2009年4月1日~5日)の前月末(3月25日)に流されたものだが、それ以前に録画されている。コンサート直前のこと、彼女の高精細(HD)のアップ映像が貴重だったが、放送の歌の仕上がりが微妙だった。今も少々気にかかっている。でも、彼女の歌には不思議な安堵感がある。ぞれはいつも然変わりない。
いつもあなたを、慕っているのに
思うようにはいけない
今日も、セピア色した写真の中に
あなたの姿しのぶわ
*
いつもあなたに、会いたいのに
あなたは何処へ立ったの
優しいその姿、涙で染めるわ
あなた、私に戻ってよ
戻ってきて、私のところへ
すべて、あなただけなのよ(Oh~Oh~Oh)
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(*以下繰り返し)
(戻ってきて・・・)
あなた、戻ってきてよ
すべて、あなただけなのよ
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)
2017年7月28日金曜日
鉱物好きの心理
対象が「鉱物」というだけかもしれないが、鉱物好きの心理にどんな側面があるか、思いつくまま列挙する。鉱物好きのそれぞれにとって、以下の好奇心が多かれ少なかれ織り交ざっているだろう。とはいえ、鉱物マニアの集いでは、「理科(科学)的好奇心」だけを語らざる得ない。他の好奇心については、口外せずひそかに心にしまっておくようだ。
理科(科学)的好奇心:
・いわゆる鉱物マニアが賛同する、まさに好奇心の本流であり、基層を成す心理だろう。(アマチュアの世界)
・博物学の出発点であり、科学との接点を大事にする科学信仰がある。(科学者を頂点にしたピラミッドの世界)
・他の自然物(化石、昆虫など)採集マニアと太い共通点がある。(古典分類学の世界)
貴族所有的好奇心:
・ヴィクトリア/欧州貴族風な博物学を母胎とした、世界自然を把握(征服支配)する手段としての収集と陳列。
・財力と知恵が合一したサロン的世界に酔いしれることができる、うらやましい世界。
・知的孤高を貴種とする高踏的な社会。意識せずとも、世間から自然に遠ざかる。
美意識的好奇心:
・鉱物好きの原点に、結晶の美しさがあって、「水晶に始まって、水晶に終わる」とか。
・石から雲や水が湧き出るのを見るような超自然で幻想的(文学的)世界へ誘う好奇心。
・石の姿形(形態)に、自然との抽象的相似を感じとる凝縮された、水石的古来の美意識。
産業的好奇心
・鉱物と宝飾が混在した世界で、とくに女性の宝石好きとつながる。男は黙って見守る。
・鉱物を社会に産業として応用する。実は、好奇心を経済的に支えてきた土台骨。鉱物マニアは黙って見守る。
神秘的好奇心:
・石に霊的力(Power)を感じとる、鉱物好きにとって近寄りがたい、外来種グループ。
理科(科学)的好奇心:
・いわゆる鉱物マニアが賛同する、まさに好奇心の本流であり、基層を成す心理だろう。(アマチュアの世界)
・博物学の出発点であり、科学との接点を大事にする科学信仰がある。(科学者を頂点にしたピラミッドの世界)
・他の自然物(化石、昆虫など)採集マニアと太い共通点がある。(古典分類学の世界)
貴族所有的好奇心:
・ヴィクトリア/欧州貴族風な博物学を母胎とした、世界自然を把握(征服支配)する手段としての収集と陳列。
・財力と知恵が合一したサロン的世界に酔いしれることができる、うらやましい世界。
・知的孤高を貴種とする高踏的な社会。意識せずとも、世間から自然に遠ざかる。
美意識的好奇心:
・鉱物好きの原点に、結晶の美しさがあって、「水晶に始まって、水晶に終わる」とか。
・石から雲や水が湧き出るのを見るような超自然で幻想的(文学的)世界へ誘う好奇心。
・石の姿形(形態)に、自然との抽象的相似を感じとる凝縮された、水石的古来の美意識。
産業的好奇心
・鉱物と宝飾が混在した世界で、とくに女性の宝石好きとつながる。男は黙って見守る。
・鉱物を社会に産業として応用する。実は、好奇心を経済的に支えてきた土台骨。鉱物マニアは黙って見守る。
・石に霊的力(Power)を感じとる、鉱物好きにとって近寄りがたい、外来種グループ。
(本ブログ関連:”鉱物マニア”)
(付記)
鉱物採集マニアについて
・国内産の鉱物標本を最重視する。(完全な結晶、大きな標本は自慢になる)
・自分の手で採集した「標本」にこそ価値を置く。(仲間との標本交換もあるが)
・標本に「鉱物名・鉱山名」など記載した「ラベル」が必須。(日付は特に重視しない)
・具体的な「採集地点(位置)」については、仲間内でも秘匿するケースがある(多い)。
・鉱物鑑定(鉱物名を判別)能力により、身分はヒエラルキー化される。
・採集の際、身の丈に合った量を心掛ける・・・むやみに産地を掘り返し大量獲得しない。
・結局、健康でないと採集活動は続けられない・・・しみじみと。
2017年7月27日木曜日
始めの16歩 イディッシュ語
16日目。残すところあと一日となったが、これまで進歩したのだろうか、成長したのだろうか。いいえ、いいえ、全然! と自信をもっていえる。それに比べて、(他言語)留学の経験あるクラス仲間の進歩は素晴らしい。唯々感心するばかり。
(本ブログ関連:”始めの ~歩 イディッシュ語”、”イディッシュ語”)
そういえばこんな話しを思い出す。中学時代、バスケットボール部に入部すれば背が伸びて女の子にもてると錯覚する男子学生が多かった。でも、それは逆で、バスケット競技がうまくて背が高いから女の子にもてたのだ・・・ニキビ面の少年たちにそれが理解できるには少々時間がかかった。
とはいえ、何とかすれば何とかなるの信念で、あきらめず、ラストに向かって頑張ろう。
・先生がネットで見つけた、古いイディッシュ語の初級教科書「דער אָנהײבער」(The Beginner)から、① 教室のお絵かき風景、② 母と娘のドレスの買物、③ 少年と犬の親密な関係
・先生推奨の入門書(復習編):「レッスン2」(דער לערער און די תּלמידים אין קלאַס)の文法事項の確認:① 形容詞の語尾、② 対格の形容詞、③ 否定形などの作り方。および入門書テキス掲載の「Question」と「Exercise」の解答練習。
・(今回は教室移動したため、環境が整わずネット教材YiddishPOPの学習はできなかった)
(パッといきましょう、明るく元気に! めでたいじゃありませんか!)
(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)
(本ブログ関連:”始めの ~歩 イディッシュ語”、”イディッシュ語”)
そういえばこんな話しを思い出す。中学時代、バスケットボール部に入部すれば背が伸びて女の子にもてると錯覚する男子学生が多かった。でも、それは逆で、バスケット競技がうまくて背が高いから女の子にもてたのだ・・・ニキビ面の少年たちにそれが理解できるには少々時間がかかった。
とはいえ、何とかすれば何とかなるの信念で、あきらめず、ラストに向かって頑張ろう。
・先生がネットで見つけた、古いイディッシュ語の初級教科書「דער אָנהײבער」(The Beginner)から、① 教室のお絵かき風景、② 母と娘のドレスの買物、③ 少年と犬の親密な関係
・先生推奨の入門書(復習編):「レッスン2」(דער לערער און די תּלמידים אין קלאַס)の文法事項の確認:① 形容詞の語尾、② 対格の形容詞、③ 否定形などの作り方。および入門書テキス掲載の「Question」と「Exercise」の解答練習。
・(今回は教室移動したため、環境が整わずネット教材YiddishPOPの学習はできなかった)
(パッといきましょう、明るく元気に! めでたいじゃありませんか!)
(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)
2017年7月26日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」興甫歌・・・悪者役
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/19)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、パンソリ「興甫歌(흥보가)」などの悪者役に関連する曲を紹介した。
始めに、物語のキーになる悪役、パンソリ「興甫歌」の意地悪な兄「ノルボ」について次のように紹介された。
・映画やドラマは、俳優の演技力とシナリオの良さが重要だが、時に悪者役や面白いキャラクターも必要で、観客はそこに集中する。伝統芸能「パンソリ」にも、そんな存在がいる。善人な弟「興甫」が怪我をしたツバメの脚を治し、ツバメが運んできた「ふくべ(瓢箪)」のおかげで金持ちになる。その話を聞いた意地悪な兄「ノルボ」が、ツバメの脚を怪我させて、治そうとする。「興甫歌」は、ノルボの呆れ果てた話から始まる。金持ちになった興甫を一番先に訪ね、何かもらおうとするノルボの性格がよく分かる。
▼ パンソリ「興甫歌」から、「ノルボの意地悪打令(놀보 심술타령」を聴く。抑揚を豊につけて聞かせる。
次に、パンソリ「沈清歌(심청가)」の「意地悪ばばあ(뺑덕어멈)」について次のように紹介された。
・ノルボの意地悪さは、常人に真似ができぬレベルで、自分の利益に関わらず、他人をいじめるのを楽しむ性格だ。他のパンソリで、「沈清歌」にも、そんな人物が登場する。意地悪で不細工な女を「意地悪ばばあ」というが、「沈清歌」の主人公「沈清」の継母がそう呼ばれる。利益の有無を考えず、とにかく意地悪する「興甫歌」のノルボと少し違い、目の不自由な沈清の父に、金目当てに近寄る彼女は、他人を気にせず、自分の利益だけ考える。どちらが悪者か、順位つけも容易でない。
▼ パンソリ「沈清歌」から、「意地悪ばばあの行い(뺑덕어멈 행실)」を聴く。空恐ろしさが漂うよう。
最後に、部下を考えぬ三国志の武将「曹操」を描いた、パンソリ「赤壁歌(적벽가)」について次のように紹介された。
・中国の三国志の一部を描いたパンソリ「赤壁歌」に登場する一人に、武将の「曹操」がいる。赤壁の戦いで多くの兵士が犠牲になるとき、曹操は自分の命ばかりに気をとられた。生き残った兵士と山を越えるときも同じだった。組織のリーダーがこんなキャラクターでは大変なことになる。兵士たちも曹操に歯向かおうとした。曹操が、そんな兵士たちを一々相手にする場面もある。
▼ パンソリ「赤壁歌」から、「曹操が兵士を点呼する場面(조조 군사 점고 대목)」を聴く。身近に聞く愚痴のようとのこと。
始めに、物語のキーになる悪役、パンソリ「興甫歌」の意地悪な兄「ノルボ」について次のように紹介された。
・映画やドラマは、俳優の演技力とシナリオの良さが重要だが、時に悪者役や面白いキャラクターも必要で、観客はそこに集中する。伝統芸能「パンソリ」にも、そんな存在がいる。善人な弟「興甫」が怪我をしたツバメの脚を治し、ツバメが運んできた「ふくべ(瓢箪)」のおかげで金持ちになる。その話を聞いた意地悪な兄「ノルボ」が、ツバメの脚を怪我させて、治そうとする。「興甫歌」は、ノルボの呆れ果てた話から始まる。金持ちになった興甫を一番先に訪ね、何かもらおうとするノルボの性格がよく分かる。
▼ パンソリ「興甫歌」から、「ノルボの意地悪打令(놀보 심술타령」を聴く。抑揚を豊につけて聞かせる。
次に、パンソリ「沈清歌(심청가)」の「意地悪ばばあ(뺑덕어멈)」について次のように紹介された。
・ノルボの意地悪さは、常人に真似ができぬレベルで、自分の利益に関わらず、他人をいじめるのを楽しむ性格だ。他のパンソリで、「沈清歌」にも、そんな人物が登場する。意地悪で不細工な女を「意地悪ばばあ」というが、「沈清歌」の主人公「沈清」の継母がそう呼ばれる。利益の有無を考えず、とにかく意地悪する「興甫歌」のノルボと少し違い、目の不自由な沈清の父に、金目当てに近寄る彼女は、他人を気にせず、自分の利益だけ考える。どちらが悪者か、順位つけも容易でない。
▼ パンソリ「沈清歌」から、「意地悪ばばあの行い(뺑덕어멈 행실)」を聴く。空恐ろしさが漂うよう。
最後に、部下を考えぬ三国志の武将「曹操」を描いた、パンソリ「赤壁歌(적벽가)」について次のように紹介された。
・中国の三国志の一部を描いたパンソリ「赤壁歌」に登場する一人に、武将の「曹操」がいる。赤壁の戦いで多くの兵士が犠牲になるとき、曹操は自分の命ばかりに気をとられた。生き残った兵士と山を越えるときも同じだった。組織のリーダーがこんなキャラクターでは大変なことになる。兵士たちも曹操に歯向かおうとした。曹操が、そんな兵士たちを一々相手にする場面もある。
▼ パンソリ「赤壁歌」から、「曹操が兵士を点呼する場面(조조 군사 점고 대목)」を聴く。身近に聞く愚痴のようとのこと。
2017年7月25日火曜日
水晶果
冷たい飲み物に多種多様ある。韓国の庶民の味で、好みは「バナナ牛乳」だが、日本の店頭で見かけたことがない。乳製品の性質上、輸入販売できないという・・・そんな理由を聞いたことがある。
缶入り飲み物では、「水晶果*(수정과)」が喉ごしがいい。自販機から取り出して飲むと、冷たくて、シナモンの香りが広がり美味い。この作り方を、Youtubeにいくつも紹介がある。驚いたのは、材料の「シナモン」すなわち「ニッキ」/「桂皮」が、乾燥した皮であり、そのまま使用していることだ。てっきり粉末状にしたものと思っていたからだ。
(* 水晶果: 正式には「水生果」のようだ。鉱物趣味にとっては、「水晶果」の方がいいのだが)
① シナモンの皮を水で煮込むと茶色の液体になる。
② 別途、生姜のスライスを水煮する。
③ これら、①と②を混ぜ合わせ、(無漂白)砂糖を加えれば煮汁ができあがる。
④ 最後に、柔らかな干し柿をカップに置き、上記③の煮汁を足して冷やせば完成。
以前、ソウルの延世大学の近くにある「奉元寺」(太古宗: もしかして、イ・ソンヒの父親と縁があるのではないかと思い)を訪れたとき、< 境内に「玉泉梵音大学と霊山斎保存会」の名を記した建物があり、茶室でボランティアの方に水晶果をいただき、干し柿のサービスを受けた > ことがある。
暑い夏に、甘い香りなのに、きりりと引き締める、冷たく冷やした「水晶果」はかかせない。
缶入り飲み物では、「水晶果*(수정과)」が喉ごしがいい。自販機から取り出して飲むと、冷たくて、シナモンの香りが広がり美味い。この作り方を、Youtubeにいくつも紹介がある。驚いたのは、材料の「シナモン」すなわち「ニッキ」/「桂皮」が、乾燥した皮であり、そのまま使用していることだ。てっきり粉末状にしたものと思っていたからだ。
(* 水晶果: 正式には「水生果」のようだ。鉱物趣味にとっては、「水晶果」の方がいいのだが)
① シナモンの皮を水で煮込むと茶色の液体になる。
② 別途、生姜のスライスを水煮する。
③ これら、①と②を混ぜ合わせ、(無漂白)砂糖を加えれば煮汁ができあがる。
④ 最後に、柔らかな干し柿をカップに置き、上記③の煮汁を足して冷やせば完成。
以前、ソウルの延世大学の近くにある「奉元寺」(太古宗: もしかして、イ・ソンヒの父親と縁があるのではないかと思い)を訪れたとき、< 境内に「玉泉梵音大学と霊山斎保存会」の名を記した建物があり、茶室でボランティアの方に水晶果をいただき、干し柿のサービスを受けた > ことがある。
暑い夏に、甘い香りなのに、きりりと引き締める、冷たく冷やした「水晶果」はかかせない。
登録:
投稿 (Atom)