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2013年2月5日火曜日

雪かき用スコップ

前回(1/14)の大雪に懲りて、予報されている明日の降雪に備えるため、雪かき用スコップを求めてホームセンターに行った。当然ながら、スコップ商品棚に雪かき用のものは売り切れていてなかった。しょうがない・・・土掘り用の先端の尖ったものを購入した。

明日の日付に変わる頃から雪空になるそうだ・・・朝になったら、雪かきでもしようか。そんな必要がないことを期待する。何しろ、前回は積もった雪を、自然に溶けるに任せたのだから。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金演洙

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/30)に、人物シリーズ65回目としてパンソリの名人、金演洙(キム・ヨンス、김연수:1907年 ~1974年)を紹介した。

まず、パンソリの成立の解説から始まった。
・昔、文字を読めない庶民のために読み聞かせて生活する人々の中から、登場人物を真似たり、旋律を加えたりして、パンソリの形態を持つ歌が生まれたといわれる。
・朝鮮時代末には、庶民やさらに両班(ヤンバン、양반)階級だけでなく、王までもが楽しむ音楽ジャンルとして広まった。身分の高い人前で演ずる際、歌詞に漢文や故事成語などを織り交ぜるようになった。しかし、パンソリの歌い手である「クァンデ(広大、광대:大道芸人)」たちにとって、その意味の理解は難しかったため、勝手な解釈で故事成語を入れたりして支離滅裂な歌詞となる事態が発生した。
・こうした状況のなか、金演洙はパンソリ歌詞の整理に努めた。

(本ブログ関連:"パンソリ")

▼金演洙による「春香歌(춘향가)」の中から、「千字文後解*(チョンジャディプリ、천자 뒤풀이)」を聴く。では、千字文を剥きになって諳んじる房子の心底はいかばかりか。
(*)千字文後解:「後解」について「全羅北道 韓国伝統ソリ文化」参照

次のように金演洙のプロフィールが紹介された。
・1907年 全羅南道高興に生まれる。
・14歳まで書堂(서당:寺子屋)で漢文を学び、高興普通学校、ソウル中東中学校に通った後帰郷。
・29歳のとき、歌の勉強を始める。遅いスタートだが、劉聖俊(ユ・ソンジュン、유성준)名唱について「水宮歌(スグンガ、수궁가)」を習得する。その後、朝鮮声楽研究会に入り、多くの名唱から現在残るパンソリ全5曲を学ぶ。
才能あるものの歌い手として声質が向かず、声量も弱いという弱点を克服し、さらに間違った解釈のパンソリ歌詞の漢文を正す作業など行った。

▼ 金演洙による「水宫歌(スグンガ、수궁가)」の中から「杲杲天邊(コゴチョンビョン、고고천변)」を聴く。語り口調なので・・・。

・1967年 東亜放送で、1日3、4時間ずつ何日にも渡り<パンソリ全5曲>を録音し、それを一日10分ずつ140回余りに分けて放送して大きな反響を受けた。当時はまだ、パンソリが大衆的な音楽だった。音源は後にまとめて発売され、貴重な資料となる。その後、<パンソリ5曲>の歌詞内容をまとめた資料集を発刊し、後輩たちの指導も熱心に行った。
・1974年 没する。

▼金演洙による「興夫歌(フンボガ、흥보가)」の中から「花草藏(ファチョジャン、화초장)」を聴く。途切れることなく、跳ねるような早いテンポの語り口・・・。

2013年2月4日月曜日

立春2013

先日の強風は、春一番になり損ねたようだ。立春以降に吹く、「初めての南寄り(東南東から西南西)の強風」しか春一番に当てはまらないのだから。

二十四節気の第一番目に当たる立春の今日は、春の始まりである。

今日は静かな日だ。風音もしなければ、空にこもる街の騒音も不思議なほどにかすかだ。ときたま地元飛行場の着陸コースをゆるゆるとたどるプロペラ機のエンジン音が聞こえるくらい。

春の陽射しにぬるむご近所の駐車場で、薄茶色の猫が車のタイヤに向かって尻尾をゆらゆらと振っていた。そばを通り過ぎるとき、何事かと車の下側を覗くと、身をくねらせて白い腹を少し見せるように横たわっている猫がいた。春のきざしに誘われて、生き物たちは正直に活動を始めたようだ。

(本ブログ関連:"立春")

ところで、今週の水曜日に雪が降るって・・・今度は、まじめに雪掻きしなくちゃ。

2013年2月3日日曜日

恵方巻きって何?

得体の知れないものなんて食えるかよと、長年意地を張って拒絶していた「恵方巻き」を、ついに信念を破って、近所のDVDレンタル店に寄ったついでに、階下のスーパーで買ってしまった。(以前、お相伴して食ったことはあるが、自分のために買ったのは初めてである)
何のことはない、太巻き寿司じゃないかといえばそれまでだが、一体この風習を知らない。子どものころに住んだ九州でも、この東京でも覚えがない。

商業主義に乗ってしまい、「バレンタインチョコ」と同じだといえば、いかにも高見からいっているようだが、じゃあ「蒲焼き」はどうなんだといわれると・・・源内さん御免なさいだ。わたしが陥落したように、この「恵方巻き」もいつか習慣となって、風習になるのだろうか。

「恵方巻き」は、太いのにあっさり食えてしまったよ、物足りない・・・と食欲がそそる自分に忸怩たる思いする。本当に信念がない。

さて、借りてきたDVDの方はシビアな内容だ。題名「裏切りのサーカス」というより、ジョン・ル・カレの「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ(Tinker Tailor Soldier Spy)」といった方がわかりやすい。
決してアクション映画とはいいがたい地味なストーリーだが、時系列を錯綜させながら、サーカス(英国秘密情報局上層部)のコントロール(上級者)に潜む裏切り者(モール)をあぶりだしていく。

世界が固定していた時代にリアリティがあったものを、その時代を知らない若者がどのように受けとめるのだろうか知りたいところだ。
どうやら、わたしたちの正義や進歩は、世界が二分されていたとき作られたものがあって、その仕切りがなくなると、一体あれってどうなんだと立ち尽くすしかない。その時代、その現場に立ったものは、その時しか意味を見い出せない。

ラストに、主人公がサーカスに再び迎え入れられるとき流れるフリオ・イグレシアス(Julio Iglesias)が歌う「ラ・メール(La Mer)」をYoutubeで聴こう。



(Youtubeに登録のmwGhost45に感謝)

2013年2月2日土曜日

ふれあいスポーツ教室

小金井公園にある総合体育館で、東京都と小金井市によるオリンピックムーブメント共同推進事業として、「スポーツ祭東京2013開催記念  ふれあいスポーツ教室」が開催された。

イベントの中でも、ロンドン・パラリンピック陸上競技(男子100m・200m)出場の「古畑篤朗選手の車椅子陸上教室」に参加した。小体育館といえど2階観覧席のある、バスケットボール2面分の広い会場だ。子どもから大人まで多数が集まった。

地元健康体操教室で、いつもお世話になっている指導者の方の司会で始まった。登場した古畑選手は、最初ちょっとシャイな感じがしたが、競技用車椅子の紹介や競技活動について説明と質疑が始まると俄然、快活な若者になった。

競技用車体について質問したりしたが・・・質疑の中で驚いたのは、車体フレームと半年ごとに取り替えるというタイヤの費用だろう・・・全て自費というのにまたビックリした。大変なことだ。公的支援の必要性を感じた。
その後、参加の子どもたちが喜んだのは、トラック競技用車体やバスケットボール競技用車体への試乗だろう。体育館内をところ狭しと走り回ったことはいうまでもない。

最後に、古畑選手から、次回パラリンピックへの参加の意欲ある発言があり、応援の拍手を以って閉会となった。

正直、身近でなかったパラリンピックとの距離が、今回大いに近まったことはいうまでもない。今年、「スポーツ祭東京2013」の名で国体が東京で開催される。東京スタジアム(調布市)の陸上競技場での古畑選手の活躍を期待し応援したい。

2013年2月1日金曜日

イ・ソンヒの「小さな恋歌(ソナタ)」

イ・ソンヒが韓国伝統音楽の国楽に新しい境地を求めて、成果を収めたのがアルバム8集「小船(조각배)」(1992年)である。東洋的な風情を漂わす弦の音に始まり、笛の音に終わる「小さな恋歌(ソナタ)(작은 연가)」(作詞:ファン・チョンウォン、作曲:キム・ヨンドン)を収録している。

風そよぐ森の中でも、草花の咲く野の道でも、陽射し傾く川岸辺でも、小さな想いをこめた恋の歌が聞こえてくるよう・・・Youtubeで聴いてみよう。



(Youtubeに登録のmaonsanに感謝)

2013年1月31日木曜日

イ・ソンヒとイ・スンギの関係

MLBPARKの掲示板に、「イ・ソンヒとイ・スンギの関係は非常に独特のケースでしょう。」(2011年6月1日)の投稿があり、署名は何と「坂本龍馬」なのだ・・・なぜ?
次のように、イ・ソンヒの人となりも含めて語られていて関心深い。感謝。

(本ブログ関連:"イ・スンギ")
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これ(イ・ソンヒとイ・スンギの関係)が、囲碁のような徒弟制度で伝わるケースではよくあることだけど・・・

芸能界ではほとんど見られない事例でしょう。

イ・ソンヒとイ・スンギが初めて出会ったのが2002年の冬頃なんですが・・・

これは、もう放送であまりに何度も語られて良く知られた話でしょう。 

その年の秋に、イ・ソンヒが大学路(テハンノ)に小劇場を買いとったが、当時上渓(高等学校の)バンド ・サークルにいたイ・スンギが、その地域のバンド サークル連合コンサートを企画して、公演会場がイ・ソンヒ所有の小劇場であって、そこで初めて会ったそうですね。

そして当時は、イ・ソンヒとイ・スンギの所属会社である「フックエンターテインメント」が今のような演芸企画会社ではなかったために・・・(当時も、あることはあったが、これは芸能人企画会社というよりは一種の公演企画会社の性格でした。イ・ソンヒが本人の公演を直接企画しながら必要になって作った会社でしたよ。芸能人を育てようと作った会社でなく)・・・他の企画会社のように合宿所のような所もなかったし・・・それからデビューする前の約1年ほどを、イ・ソンヒが(彼を)直接自宅に連れていきました。

歌手としてトレーニングするだけでなく、ご飯も炊いてあげ、学校に行かせながらママの役割までしたんですね。

これは「遊びにおいで」でも話したが、詳しい話は、イ・クムヒの「朝の広場」で、数回出てきたことがあります。イ・スンギの非公式な放送デビューが、2004年度に「朝の広場」で、イ・ソンヒの自宅が最初に紹介される回でした。その後にも、イ・ソンヒの家が出てくる時、イ・スンギが共に出てきたことがあったし・・・

そして・・・イ・スンギが発表したアルバムの中で、イ・ソンヒが米国に行っている時に出した2枚のリメーク ・アルバムと3集を除いた残りの1、2、4集の企画者はイ・ソンヒです。1集は、サイが一緒にプロデュースしたが、2、4集は、イ・ソンヒが企画とプロデュースの責任を負いましたよ。

また、イ・スンギの3度のコンサートの中で、イ・ソンヒが米国に行っている時のコンサートを除いて、2度のコンサート公演の演出者がイ・ソンヒです。そのおかげで、イ・スンギのコンサートの構成は、イ・ソンヒのコンサートとほとんど完ぺきに全く同じです。歌手が全然違うけれども、同じ人が企画したというのがとても分かるほどで・・・

コンサートの話をもっとするなら・・・2004年以後、イ・ソンヒのコンサートには固定ゲストが常にいます。みなご存じのように正にイ・スンギですよ。歌手としてイ・スンギのデビューは、「僕の彼女だから」でなく、厳密にいえば、イ・ソンヒの2004年の「20周年コンサート」でした。まだアルバムが出る前、イ・ソンヒのコンサートにゲストでプロ舞台に初めて立ちましたよ。そして、本当に特別な事情がない限り・・・ イ・ソンヒがコンサートをすれば、その場所がどこでも、その時間がいつでも、イ・スンギはゲストに出てきます。

20周年(コンサート)の時も同じで、2006年の「因縁」(コンサート)の時も同じであり、今年(2009年コンサート)も同じです。 (さらに、その忙しいスケジュール下で、10分の舞台のために米国(カーネギーホール)にもついて行きましたよ。) イ・スンギが言うには、(イ・ソンヒ)先生のコンサートに自分が出るのは、ゲストに出るのではないといいます。

ただし、2009年の全国ツアーの場合、当時の日程が「華麗なる遺産」のドラマ撮影と重なったため、イ・スンギがゲストとしてたくさん参加できなかったが、ドラマ撮影が終わった後は全て参加したし、いつも話が先生のコンサートには自分が常に出なければならないのに、今年は出られないので惜しいという話でした。

(これは個人的な考えですが・・・イ・スンギが一般的な芸能人と比較すると、まだ軍隊に行く時期がしばらくあったけれど、すでに軍隊の話をしていて具体的に三十になる前に転役(予備役)する。と、話すのが・・・イ・ソンヒの30周年コンサートの日程と関連があるでしょう。イ・スンギは、イ・ソンヒの30周年となる2014年に司会でなければなりませんね。今回のコンサートでも、スンギが出てきて、とりわけ27周年(2011年)《一昨年(2009年)のツアーが終わった25周年だから当然だが、27周年になぜ!!! 》を強調しましたよ。)

では、イ・スンギのコンサートにイ・ソンヒはどうするのか・・・

これが事実とはちょっと驚くべきです。前にこのような前例は見たことがないけれど・・・ 前に話したように、イ・ソンヒが「イ・スンギコン(サート)」を企画・演出する総監督じゃないですか? ところで、その総監督が公演のゲストとして(舞台に)立ちます。昨年、イ・スンギのコンサートにイ・ソンヒがゲストで登場するという話があったが、事実私も信じませんでしたね。イ・ソンヒのコンサートに、イ・スンギがゲストで立つのは、いくらイ・スンギがトップスターになるとしても当然の道理だが・・・師匠であり、公演総監督であるイ・ソンヒが「イ・スンギコン(サート)」にゲストで出てきて歌を歌うわけがあるか・・・

ところで、その公演の少し前にあった、イ・スンギのサムスン広告ファンミーティング行事に、イ・ソンヒが登場したんですよ。嘘だと思ったが本物でしたよ。本当に何でもない(いくらサムスンでも)ただでさえ単純な広告行事に、イ・ソンヒがゲストで出てきて歌を歌いました。あのイ・ソンヒがね!!!

ああしたところまで出るほどなら、まさか総監督でもコンサートに出るという話が流言であるはずがないね・・・と思ったが、なるほど出てくるだけです。

そしてドラマ・・・「僕のガールフレンドは九尾狐」は、イ・ソンヒが直接音楽監督として作品に参加したので、あえて話す必要がなくて・・・

興味深いことは、「華麗なる遺産」撮影の当時、そこのスタッフたちと出演者が、イ・ソンヒとたびたび会ったということです。当時、イ・ソンヒは25周年全国ツアー準備で真っ最中、忙しかったがそれでも時間があるときは、おやつを包んで撮影現場を訪れたと言いますね。一番おもしろい話は、イ・ソンヒがイ・スンギの小遣いを渡したとの話なのに・・・何か実現したかは分かりません。この時はもうお金はイ・スンギがもっと多く稼げる時なのに・・・

最後に、芸能を話そうとするなら・・・ 本来、イ・ソンヒは芸能にそんなにしばしば出演する人物ではありません。本人自らそんなことを間違っているという事実をよく知っていて・・・実際、本当にできないので(本当におもしろい話も、本当にヒヤリとする途方もない才能を持つ方でしょう、この旦那が。) 芸能は交渉が進んでも上手く行かないのに・・・

イ・ソンヒが熱心に芸能(番組など)に出演した時がぴったり1回あります。2004~2005年までの期間に、その他の活動期間全体に出たほど多く芸能に出演しましたね。そして、そのそばには常に新人のイ・スンギがいました。

帰国後、「膝打ち導師」に出演したことも多分・・・当時、イ・スンギとMBCがとげとげしい関係にならねばならなかった状況が大きく作用したと思います。そして、そのイ・ソンヒの側では「1泊2日」に出演した以後、イ・スンギが満2年ぶりに初めてMBC画面に登場する側でした。

そのまま・・・次の、彼に関連した話があって、イ・ソンヒの長い間のファンで・・・また、イ・スンギをデビュー前から見て、今はその熱烈なファンになってしまった立場で二人の関係に対してあれこれ知ることを話してみました。

イ・ソンヒが放送でも、「スンギのためにならば、見えることでも見えないことでも何でも全部話すことができる。」と話して・・・イ・スンギが毎度「一生の恩人、最も尊敬する師匠」と話すけれど・・・この二人の関係は本当に見れば見るほど・・・分かれば分かるほど美しくてほほえましい関係です。
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2013年1月30日水曜日

歌姫

若いときは何もかも待ち遠しくて、頬をそよぐように時間が後ろに流れていった。しかし今は、時間に背を押されて、足をもつれさせながら歩いているよ。夢の中の自分が、さらに蝶になる夢を見ることもないし、緊張にぷつりと切れて癒しを求めることもない。そんな危なっかしい若者の特権が懐かしいですね。

中島みゆきの「歌姫」はむしろ、働き盛りの海外へ単身赴任中の男たちに聞かせる歌かも知れませんがYoutubeで聴いてみよう。

(本ブログ関連:"中島みゆき")



(Youtubeに登録のzxcrazybluexzに感謝)

2013年1月29日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 李世焕

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/23)に、人物シリーズ64回目として弦楽器コムンゴ*(玄琴、거문고)の演奏者、李世焕(イ・セファン、이세환、1952年6月4日~)を紹介した。

(*)コムンゴは(日本の琴に似た)伽耶琴と同サイズだが、「伽耶琴の弦が12本で、直接、指で演奏するのに対し、コムンゴの弦は6本。それにスルテと呼ばれる、細くて短いばちを使って演奏するため、伽耶琴よりも荒々しい音を出す」。

(本ブログ関連:"コムンゴ")

まず、コムンゴ演奏の復活の解説から始まった。
・コムンゴ演奏の紹介曲「チュルガン(出鋼、출강)」は、力強くて何処か叙情的な音色があるが、チュルガンに、製錬所で純粋な金属を取り出す作業の意がある。1964年、北側の曲が始まりで、1995年に韓国に初めて伝えられた。当時、韓国国楽人たちは、北側でコムンゴ演奏はなくなったと考えられていたため、コムンゴの創作音楽は大きな話題となった。

▼李世焕と琴律楽会による「チュルガン(출강)」を聴く。描写的な要素が強いのだろう・・・大味な感じがする。

・北側では1965年、伝統楽器の改良政策が進められたが、コムンゴは改良が難しく除外された。当時の韓国でもコムンゴの音色は国楽の現代化の波から取り残されつつあった。李世焕が「チュルガン」を発表したことで、仰々しい楽器というイメージをコムンゴから払拭し、躍動的で叙情的な音楽も演奏できるという認識を与えることになる。

▼李世焕他による「霊山会相(ヨンサンフェサン、영산회상)」中の「下絃還入(ハヒョンドドゥリ、하현도드리)」を聴く。風流なんでしょうか・・・でも少し賑やかな。

次のように李世焕のプロフィールが紹介された。
・1960年代 国楽士養成所に入学。コムンゴ正音楽を学ぶ。
・その後、国立国楽院の正楽団で、コムンゴ演奏者として活動。アジェンとチョルヒョングムの演奏にも長けた。さらに、宮中音楽やソンビたちの音楽である正楽だけでなく、サンジョやシナウィ、舞踊音楽など、民俗音楽にも才能を発揮した。国楽家中で、正楽と民俗音楽の両分野に渡り活動する演奏家は稀。
・1980年代 李世焕を後援するする日本コムンゴ会が結成される。

▼李世焕他による申快童流(シン・クェドン流、신쾌동류)の「玄琴散調(サンジョ、산조)」を聴く。・・・ゆるりと聞き入る。

2013年1月28日月曜日

イ・ソンヒのOST「去らないで」

昨晩の冷え込みのせいで早朝小雪になったけれど、起きて外を見れば降り止んでいて、家の前の路に積もることなく、軒下に雪解け水がポトポトと垂れていた。
昼の日向には、雪降りのおもかげはなくなったが、ただただ寒かった。

今回の大統領選の結果を予見するような女性大統領の登場をドラマにした、SBSの「大物(대물)」(初回2010年10月6日)でイ・ソンヒが歌う「去らないで(떠나지 마)」を聴いてみよう。作曲家のイメージを尊重して、「(事前に)1、2度聞くだけにしました。あまり聞くと、その歌が私の考えで変わってしまうからです。録音スタジオでは、作曲家の要求をうけて4回程度歌いました。」(イ・ソンヒとのロングインタビュー)という。

(本ブログ関連;"去らないで")



(Youtubeを登録の526apolloに感謝)

2013年1月27日日曜日

節電タップ

待機電力の無駄を省くなら、元から絶てばよいということで・・・スイッチ(ランプ)付きの6個口の延長タップを買ってきた・・・というのも以前から、同じ製品に、手元に置いたパソコン、プリンター、シュレッダーなどのプラグやA/Cアダプターを差し込んで利用しているからだ。

ところが少々困ったことに気付いた。以前から利用の延長タップにつないだA/Cアダプターは、細身にできていて、並べて差し込めるのだが、今回の延長タップに取り付けようとしたA/Cアダプターが、旧来サイズなのか大きくて、並べて差し込むことができないのだ・・・あれれ!。

結局、ラジオサーバーや小型スピーカーなどの大きめのA/Cアダプターは、別途延長タップにつぎ足した普通の延長タップに差し込んだ。エコやエコノミーを考えてしたことだが、意味があったのかよく分からんままだ。

結論。A/Cアダプターよ、もっと小さくなれ。

2013年1月26日土曜日

イ・ソンヒの「神がまた許すなら」 ふたたび

結晶の中を走る光が、内側から結晶面に反射してきらめく様に似て、イ・ソンヒの声はますます純化する。なんという透明感だろう。彼女の独特な声質がこの曲「神がまた許すなら(신이 다시 허락한다면)」 (作詞・作曲チョン・ヨンア)を一層引き立たせる。

魔法でとくことのできない心を、元に取り戻したいと神に願う・・・この曲については、以前触れたことがあるが、美しい響きをふたたびYoutubeで聴いてみたい。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「神がまた許すなら」")


---- 現在、Youtube 「この動画は存在しません」表示 ---
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝・・・どうして非売品を?)

2013年1月25日金曜日

今宵の月は

今日は思いのほか風が強い。遠目に常緑樹の木立が微動すらしないように見えても、その足元の枯れススキは大きく揺れている。おまけに昼間(13℃)に比べると、夕方になって気温が急に下がった。体感はもっと厳しい。

日没後の東の空に、千切れ雲を肘置きのようにして、煌々と月が輝いていた。青緑に色づいた天空を背景に、その白い姿を一層引き立たせていた。今まで見たことのない光景だ。

天気予報によれば、最低気温は0℃を切るかも・・・とのこと。

(資料)韓国50代アジュンマ

「アジュンマ(아줌마)」について数々いわれるが、中央日報の【噴水台】は、タイトル「韓国のアジュンマ、女性でも男性でもない…」(1/23)で、(結構どぎつい表現で)とんでもないような、そうでもあるような解説をしている。 (抜粋)
ところで同記事はアジュンマを、今回の大統領選挙で底力を発揮した50代世代に属しているとしているが・・・。
まずは、公理「この世にアジュンマの子どもでない人はいない!」を前提に読んでみよう。

(本ブログ関連:"アジュンマ")

・化粧をしても年齢はごまかすことはできない。目尻のしわが過ぎた歳月を物語る。大型スーパーのレジで一つひとつバーコードを通す50代の主婦社員。売り場のあちこちで熱心に販促をする50代の「アジュンマ(おばさん)」社員。商品を並べ、清掃し、フードコートで調理する50代のオモニ(母さん)社員。韓国の大型スーパーは50代のおばさんが流す汗で成り立っている。

・グーグルに「ajumma」を入力して検索すれば、約55万6000件のコンテンツが表示される。世界のネットユーザーが使用する「都市辞典(Urban Dictionary)」は「アジュンマは韓国の中年女性を意味する言葉としてよく知られているが、実際、韓国に暮らす人々にとってアジュンマは男性でも女性でもない“第3の性”と認識されている」と紹介している。韓国に暮らす外国人のインターネットサイト「カルビチム(galbijim)」には、「我が強く、荒く、赤紫色のズボンを履き、パーマ頭をし、地下鉄で鋭いひじ鉄砲を使う、ある程度の年を取った女性がアジュンマの典型的なイメージ」と説明されている。

・50代の女性の雇用率(人口に対する就業者数)が初めて20代の雇用率を上回ったという。統計庁が発表した「2012年雇用動向」によると、昨年、50代女性の雇用率は58.13%で、20代の雇用率(58.08%)を超えた。ベビーブーマー世代(朝鮮戦争直後に誕生した世代)の夫が職場から押し出され、子どもも就職難で仕事を見つけられない中、生計のために就職戦線に飛び込んだ50代のおばさんがそれだけ増えたということだ。足がむくみ、肩が痛くても家族のために熾烈に生きるこの地の50代のおばさんたち。彼女たちの献身のおかげで、私たちの家庭と社会が何とか成り立っているのではないだろうか。

(付記)
アジュンマは姿を変え、日本では、その心情を通底する"おばさん"と呼ばれる。列に並んで電車に乗るとき、エスカレーターで上がるとき、後ろからバッグ?でグイグイ押すようになったら、"おばさん"に脱皮した証だろう。
ところで、イ・ソンヒのデビュー30周年記念行事への取り組みがファンクラブで進行されているが、そのとき(正確には再来年元旦に)彼女は満年齢で50代になるわけで、アジュンマの仲間入りすることになるのだろうか・・・そんなぁ。

2013年1月24日木曜日

イ・ソンヒの主題歌「青い教室」

イ・ソンヒが主題歌や挿入歌を歌うものとして、思いつくまま列記すると、TVアニメについては、「走れハニー」、「母をたずねて三万里」、「小公女セーラ」などがある。またTVドラマは、最近の「僕のガールフレンドは九尾狐」や「(レディプレジデント)大物」の他にも、「おそれない愛(두려움 없는 사랑)」(未確認)や「ギブス家族」がある。映画には「家門シリーズ」、「炎のように蝶のように」がある。なお代表曲「因縁」は、未見であるが映画「王の男」の中では使われてないとのこと。等々。

ところで、MBC青少年ドラマ「青い教室(푸른 교실)」(1987~88年)の主題歌をイ・ソンヒが歌うオープニング映像がYoutubeに登録されているので聴いてみよう。若さ溢れて、息切れせんばかりに歌っているのが可愛い。

ああ、そういえば1972年から始まったNHKテレビの「中学生日記」は、去年の2012年3月16日に終了したんだな・・・こんなに続いていたことも、終わったことも知らなかったが。センセーショナルなテーマだけを扱わず、地味ながらじっくりと取り組んでいたような気がする。



(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)

2013年1月23日水曜日

(資料)インフルエンザ2013

今冬、「ノロウィルスが2006年に次ぐ勢いで蔓延しているという」ということで、気を付けていたが・・・といって、マスク未着用のまま何とかやり過ごしていたところに、今度はインフルエンザの流行という。産経ニュースの記事「インフルエンザ急増、12月の10倍 ノロ患者は減少」(1/22) によれば、インフルエンザの流行がこれからピークを迎えると、次のように報じている。(抜粋)

・インフルエンザは昨年12月中旬と比べ、10倍以上に急増し、流行が本格化する一方、昨年末に猛威をふるったノロウイルスなど感染性胃腸炎の1医療機関当たりの患者数が減少している。インフルエンザは例年1~2月ごろ流行のピークを迎えることから、国立感染症研究所(感染研)などが注意を呼びかけている。
・感染研によると、全国約5千の医療機関から報告された今年1月7~13日のインフルエンザの患者数は、1医療機関当たり12.07人。全国的な流行開始の指標である1.00人を今シーズン初めて上回った昨年12月中旬から約10倍に増えた。
・感染研感染症情報センターの安井良則・主任研究官によると、予防のポイントは、マスク着用や手洗いのほか
 (1) 室内では適度な温度・湿度を保つ
 (2) 栄養バランスのとれた食事と睡眠
 (3) 人混みや繁華街への外出を控える-など。


(追記)
厚生労働省プレスリリース「インフルエンザの発生状況について」(1/18、抜粋)、

・定点医療機関からの報告をもとに、定点以外を含む全国の医療機関をこの1 週間に受診した患者数を推計すると約80 万人となり、(10%以上の年齢層は)
    0~4 歳: 約8 万人(10.0%)
    5~9 歳: 約8 万人(10.0%)
    20 代: 約12 万人(15.0%)
    30 代: 約12 万人(15.0%)、
    40 代: 約11 万人(13.8%)、
であり、20 代以上の成人層が65.0%と多くを占めている。
・2012 年第36 週以降これまでの国内のインフルエンザウイルスの検出状況をみると、AH3 亜型(A 香港型)の割合が最も多く検出されている。

2013年1月22日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 孫範柱

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/16)に、人物シリーズ63回目として日本の笙とよく似た楽器センファン(笙簧、생황)の演奏者、孫範柱(ソン・ボムジュ、손범주、1962年7月6日~)を紹介した。

まず、センファンの復習と解説から始まった。
・センファンは、丸い共鳴箱に17本の長さの違う竹の管を挿した独特な形をしている。
① 共鳴箱は、瓢箪の実を乾かして使ったが、自然素材のため割れやすく、音程の維持が難しいため、最近は丈夫な木や金属で作られている。② 共鳴箱に挿した竹の管は、音程を出すために長さが異なり、見た目には山に木々が突き出たような形をしている。③ 共鳴箱の中央にやかんの口のような吹き口があり、息を吹き入れたり、吸ったりして音を出す。伝統楽器中で唯一、複数音を同時に出す和音楽器である。

▼孫範柱のセンファン他(短箫)による「水龍吟(수룡음)」の演奏を聴く。随分と透明感溢れ、音色が新しい。

・センファンは、中国から伝来の楽器である。
三国時代(新羅、高句麗、百済)から存在していたようで、江原道平昌郡の上院寺(상원사)にある、新羅聖德王時代(725年)に作られた銅鐘の表面に、雲上でセンファンを吹く飛天像が描かれている。
(文献的に、楽器の形と名前の意味は「世宗実録」に記載。編纂1452年~1454年)

・わずかに伝承されたセンファンを、元々(日本の篳篥[ヒチリキ]に似た)ピリ(觱篥、피리)の演奏家だった孫範柱が復興させるために、1990年代初め頃から中国を訪れて演奏方法、楽器を作り方について学び、作曲や演奏をした。

▼孫範柱のセンファン他(シタール、コントラバス)による「飛天像(비천상)」の演奏を聴く。インド音楽風そのもので・・・これって、フュージョンというのかなあ。

次のように孫範柱のプロフィールが紹介された。
・国立国楽高等学校でピリを専攻し、その後、KBS国楽管弦楽団、国立国楽院・正楽演奏団を歴任。韓国センファン研究会を結成。最近は、創作活動する若い演奏家たちにもセンファンが広がっている。

▼孫範柱のセンファン他(鐵玄琴、短箫)による「細靈山(セリョンサン、세령산)」の演奏を聴く。結局、新しい皮袋に入れたなら発酵までに時間がかかるだろう。

2013年1月21日月曜日

イ・ソンヒとイ・スンギの「Jへ」

イ・ソンヒとイ・スンギによる、第15回「High1 ソウル歌謡大賞」(2004年)の舞台でデュエットを披露する映像がYoutubeに登録されていたが、いつの間にかなくなった。ところが昨年の今頃、その映像がより鮮明になって登録されていたのだ。

前半は、イ・スンギのデビューアルバム中のヒット曲「僕の彼女だから(내 여자라니까 )」であり、後半はイ・ソンヒのデビュー曲「Jへ」である。この映像が何より好ましいのは、イ・スンギを発掘して育成した、彼の母親と同じ歳という、イ・ソンヒの暖かい眼差しだだろう・・・さあ、聴いてみよう。

(本ブログ関連:"イ・スンギ")



(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)

2013年1月20日日曜日

大寒2013

「大寒」の今日、朝から冷えて、家に一日籠もりっぱなしだった。

このところ、最高気温は10℃を切っているし、最低気温は0℃前後まで下がり本当に寒く厳しい。おかげで、先週1/14日の大雪が、いまだに道路の隅にしがみ付くように残っている。ひかげ道にいたっては、雪が溶けずに凍ってしまい、歩くのに注意が必要だ。

weathernewsの立川地区の天気予報によれば、「長い飛行機雲が見られると、天気下り坂のサイン」とのこと・・・そういえば昨日、青空に一直線に伸びた見事な飛行機雲を見た。

後2週間も待てば、暦の上で「立春」になる。その日それを聴いた途端、冬に強張った体と気持ちが緩んでいくに違いない。二十四節気の言葉は不思議な力を持っている。

(本ブログ関連:"大寒")

2013年1月19日土曜日

鍵

例によって鉱物仲間に誘われて、ファミリーレストランに昼食に出かけたのだが、事前に服を着替えたときに財布も移すのを何と忘れてしまったのだ。結果、昼食をお世話になっただけでなく、ミニ・ライトペンまでいただいてしまった。
このミニ・ライトペンが凄いのは、レーザーポインター+ブラックライト(蛍光鉱物の反応確認)+LEDランプの3つの光源を装着しているからだ。

ライトペンをいただいた主旨は、蛍光鉱物(蛍石や燐灰ウラン 鉱*など)の蛍光反応を確認するツールとしてだ。蛍光鉱物の標本を奥にしまっているので、まずはポインターのレーザー光線を鏡2台に連続反射させて、光の直進と光力の衰えないのを楽しんでみたよ・・・ありがとうございました。

(*)NHK-BSで、25:00にドキュメンタリー「イエローケーキ」が再放送された。

ところで、夕方、教室の帰り道に鍵屋を見つけ、手持ち鍵の複製を作ってもらった。不思議なことに、人生長く続けていると、いつの間にか鍵がひとつ、ひとつ消えていくのだ。大事なものを守るべきものがいつの間にか少しづつ消失するなんて・・・。

まあ、そんなわけで中島みゆきの「Clavis - 鍵」をYoutubeで聴いてみよう。



(Youtubeに登録のdockonthekobeに感謝)