「成人の日」の今日、天気予報の解説によれば、「爆弾低気圧」*のため当地も大雪だ。雪は、その微細な結晶のため吸音効果があって、休日の昼過ぎ、辺りは不思議なほどに静かである。外を覗くと、思った以上の降雪で、玄関のポストや鉄扉の上にこんもりと積もっているのが分かる。
(*)Wikipediaによれば、「爆弾低気圧("bomb" cyclone)とは、急速に発達し、熱帯低気圧(台風)並みの暴風雨をもたらす温帯低気圧を指す俗語」とのこと。
ようやく子どもたちの出番になったのか、通りから遊び声が聞こえてきた。雪の中を走ったり、雪投げしたり、雪だるまを作ったりすることだろう。「キャー」とか「ワーイ」と、楽しげな叫び声が始まった・・・そうでなくちゃね。
イ・ソンヒが、アダモ(Salvatore Adamo)の「雪が降る(Tombe la neige)」(1963年)をカバーして、同名曲「雪が降る(눈이 내리네)」(1988年)を歌っているので、Youtubeで聴いてみよう。
(本ブログ関連:"雪が降る")
(Youtubeに登録のsonga5に感謝)
2013年1月14日月曜日
2013年1月13日日曜日
公園の賑わい
厳しい寒さが続くが、昼間の暖かい陽射しに誘われて、日曜日の「小金井公園」に思いのほか多数の家族連れで賑わっていた。「成人の日」(15日火曜日)の祝日を、月曜日(14日)に前倒しすることで、土~月の3連休になったこともあるのだろう。
「子ども広場」や「わんぱく広場」は、走りまわる子どもと、それを見守る親たちで溢れていた。驚いたことに園内にある「江戸東京たてもの園」から、この3連休に小学生以下が入園無料となっていることもあり、一層にぎやかな声が聞こえてきた。
とはいえ、たてもの園前の広場に並んだベンチで日向ぼっこするには少々寒い。まだまだ冬の入り口だ。
ところで、公園からJR武蔵小金井駅に進む小金井街道の街路樹の枝に、ネコヤナギの花穂に似た小さな膨らみがいくつも付いていたが、何という木なのだろうか。・・・どうやら(市長のブログによれば)、「コブシ・ワダズ・メモリー」というモクレン科の木らしい。
「子ども広場」や「わんぱく広場」は、走りまわる子どもと、それを見守る親たちで溢れていた。驚いたことに園内にある「江戸東京たてもの園」から、この3連休に小学生以下が入園無料となっていることもあり、一層にぎやかな声が聞こえてきた。
とはいえ、たてもの園前の広場に並んだベンチで日向ぼっこするには少々寒い。まだまだ冬の入り口だ。
ところで、公園からJR武蔵小金井駅に進む小金井街道の街路樹の枝に、ネコヤナギの花穂に似た小さな膨らみがいくつも付いていたが、何という木なのだろうか。・・・どうやら(市長のブログによれば)、「コブシ・ワダズ・メモリー」というモクレン科の木らしい。
2013年1月12日土曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
冬の青い月明かりに照らされた後姿は、ピンと張りつめた影を引きずる。夜の冷気は、熱い想いを凍らせて、再び触ることのできない、繊細なガラス細工のように結晶と化してしまう。そんな少女の心を、イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(アルバム5集、1989年)は歌う。
おじさんはこの冬、ただ冷え冷えしているだけだが、この歌の美しさに魅かれ、Youtubeで何度も聴いてしまう。
(本ブログ関連:"冬哀傷")
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)
おじさんはこの冬、ただ冷え冷えしているだけだが、この歌の美しさに魅かれ、Youtubeで何度も聴いてしまう。
(本ブログ関連:"冬哀傷")
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2013年1月11日金曜日
冬の夜
夜、家が凍えるようだ。芯から冷える気配がして、洗面所に行けば、昼間に暖気を取り入れようと開けた窓がそのままになっていた、どおりで寒いわけだ。
今、部屋のストーブでコーヒーを沸かしている。湯気が立ち、香りが部屋に漂えば、暖かさも増すというもの。
子どもの頃、三世代が暮らしていた社宅は棟がつながっていて、隣家に若夫婦が住んでいた。何かのきっかけで、お隣りに上がらせてもらったことがある。そのとき、えもいわれぬ心地よい香りがした。コーヒー豆を挽いたばかりだったのだろうか。当時、しばらく縁のなかった舶来の香りだったのだ。幼稚園前の子どもながらに、新婚家庭って、こんないい匂いがするもかと感心したものだ。
今夜は、Youtubeの「冬の夜」(明治45年3月:尋常小学唱歌)を聴いて、暖かい光りと会話を懐かしんでみよう。
(Youtubeに登録のKAZEKOZOU69に感謝)
今、部屋のストーブでコーヒーを沸かしている。湯気が立ち、香りが部屋に漂えば、暖かさも増すというもの。
子どもの頃、三世代が暮らしていた社宅は棟がつながっていて、隣家に若夫婦が住んでいた。何かのきっかけで、お隣りに上がらせてもらったことがある。そのとき、えもいわれぬ心地よい香りがした。コーヒー豆を挽いたばかりだったのだろうか。当時、しばらく縁のなかった舶来の香りだったのだ。幼稚園前の子どもながらに、新婚家庭って、こんないい匂いがするもかと感心したものだ。
今夜は、Youtubeの「冬の夜」(明治45年3月:尋常小学唱歌)を聴いて、暖かい光りと会話を懐かしんでみよう。
(Youtubeに登録のKAZEKOZOU69に感謝)
2013年1月10日木曜日
鉄道・絶景の旅
吉祥寺の家電量販店に行き、語学練習用のCDプレーヤーを探す。ついでに、テレビ売り場に寄って見ると、今わたしの目の前にデンと座っているやたら図体が大きく見える32型の液晶テレビが、店頭では小さく見えたのだから驚き。えっ、こんなに小さかったっけ・・・と思い、帰宅してもう一度見直せばやっぱりでっかいのだ。
さて今晩見た、BS朝日の番組「鉄道・絶景の旅」は、「新春!富士山をめぐる旅」(#77)で、富士山を背景に巡るローカル鉄道の旅だ。ここ地元から臨む富士の雄姿はもちろんだが、番組に登場するその姿は近場にあって迫力十分である。やはり、富士山は、そばに寄ってこそ真の絶景を拝めるだろう。
番組のナレーターである峠恵子は歌手でもあり、番組のオープニング/エンディングのテーマ曲や挿入歌を歌っている。お名前が、起伏に富んだ日本の山並みを越える鉄道にぴったりなのもうれしくなる。
鉄道は、旅の象徴であり、人の心を異空間に誘う。そんな気分にさせてくれているところに、彼女の声は不思議に溶け込んでくる。Youtubeに登録された、彼女が歌う「主人公」(作詩/作曲 さだまさし)を聴いてみよう。彼女のソフトな声質は、さだまさしの緩やかに流れるような歌詞と旋律にうまく織り合って、なかなかいい雰囲気だ。
そうそう、番組中に紹介された、<あかり亭>の「肉天うどん」(500円)が目に残った。「歯ごたえのある手打ちうどんと大きな天ぷらが絶品」とのこと。食ってみたい。まさにB級料理の真骨頂である、どんぶりを覆わんばかりの天ぷらを・・・ああ、あの迫力に負けてしまったよ。
さて今晩見た、BS朝日の番組「鉄道・絶景の旅」は、「新春!富士山をめぐる旅」(#77)で、富士山を背景に巡るローカル鉄道の旅だ。ここ地元から臨む富士の雄姿はもちろんだが、番組に登場するその姿は近場にあって迫力十分である。やはり、富士山は、そばに寄ってこそ真の絶景を拝めるだろう。
番組のナレーターである峠恵子は歌手でもあり、番組のオープニング/エンディングのテーマ曲や挿入歌を歌っている。お名前が、起伏に富んだ日本の山並みを越える鉄道にぴったりなのもうれしくなる。
鉄道は、旅の象徴であり、人の心を異空間に誘う。そんな気分にさせてくれているところに、彼女の声は不思議に溶け込んでくる。Youtubeに登録された、彼女が歌う「主人公」(作詩/作曲 さだまさし)を聴いてみよう。彼女のソフトな声質は、さだまさしの緩やかに流れるような歌詞と旋律にうまく織り合って、なかなかいい雰囲気だ。
そうそう、番組中に紹介された、<あかり亭>の「肉天うどん」(500円)が目に残った。「歯ごたえのある手打ちうどんと大きな天ぷらが絶品」とのこと。食ってみたい。まさにB級料理の真骨頂である、どんぶりを覆わんばかりの天ぷらを・・・ああ、あの迫力に負けてしまったよ。
2013年1月9日水曜日
全国のど自慢
プロ歌手を目指すオーディション番組だけでなく、一般参加によるのど自慢番組にも素晴らしい歌唱力の持ち主が現れることがある。東亜日報の記事「[映像] 全国のど自慢、イ・ソンヒ憑依のレジェンド誕生」(1/7)は、フィリピン出身の主婦がKBS「全国のど自慢」の番組で、イ・ソンヒの「美しい江山(아름다운 강산)」を驚異的なパワーで歌い上げたと、次のように記している。(抜粋)
・一般人を対象にした歌のコンテスト番組「全国のど自慢」で、また1人のレジェンドが誕生した。
・6日放送された「全国のど自慢」の巨済(コジェ)市編に出演した、フィリピン出身の主婦フロレンティーナ(29)さんがその主人公。一ヵ月前、第二子を出産して舞台に上がると、はにかむように挨拶を終えた彼女は、イ・ソンヒの「美しい江山」の伴奏が流れ出るとすぐに、180度変身した。序盤部を落ち着いて歌い注目を引き始めると、ハイライトの部分で訴求力の深くて高音域の歌唱力を爆発させた。あたかも、イ・ソンヒが憑依したような声で観客を圧倒させた。結局、彼女は最優秀賞の栄誉に授かり、100万ウォンの賞金を獲得した。
ところで、Youtubeに、当日の様子が登録されているので見てみよう。もしかしたら、今まで聞いてきたイ・ソンヒ以外の歌い手の中で一番パワフルかもしれない。それに、会場の楽しみ方もいいな。かように庶民性を引き出すこの番組はただものではない。
(Youtubeに登録のTheAwesomePickに感謝)
Mnetのオーディション番組「Superstar K3」にも、9ヶ月のプレママの若いお母さんが登場したことがある。将来のアジュンマたちに栄誉あれといいたい。
(本ブログ関連:"ミス・ハヴィシャム")
・一般人を対象にした歌のコンテスト番組「全国のど自慢」で、また1人のレジェンドが誕生した。
・6日放送された「全国のど自慢」の巨済(コジェ)市編に出演した、フィリピン出身の主婦フロレンティーナ(29)さんがその主人公。一ヵ月前、第二子を出産して舞台に上がると、はにかむように挨拶を終えた彼女は、イ・ソンヒの「美しい江山」の伴奏が流れ出るとすぐに、180度変身した。序盤部を落ち着いて歌い注目を引き始めると、ハイライトの部分で訴求力の深くて高音域の歌唱力を爆発させた。あたかも、イ・ソンヒが憑依したような声で観客を圧倒させた。結局、彼女は最優秀賞の栄誉に授かり、100万ウォンの賞金を獲得した。
ところで、Youtubeに、当日の様子が登録されているので見てみよう。もしかしたら、今まで聞いてきたイ・ソンヒ以外の歌い手の中で一番パワフルかもしれない。それに、会場の楽しみ方もいいな。かように庶民性を引き出すこの番組はただものではない。
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Mnetのオーディション番組「Superstar K3」にも、9ヶ月のプレママの若いお母さんが登場したことがある。将来のアジュンマたちに栄誉あれといいたい。
(本ブログ関連:"ミス・ハヴィシャム")
2013年1月8日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 金静子
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/2)に、人物シリーズ61回目として、弦楽器カヤグム(伽耶琴、가야금)の第一人者、金静子(キム・チョンジャ、김정자、1942年4月16日~)を紹介した。新年最初の放送である。
まず、カヤグムにまつわる逸話の紹介から始まった。
・カヤグムの故郷、伽耶が滅亡した際、同国の楽師ウルグ(于勒、우륵)はカヤグムを抱えて新羅に亡命し、新羅の若い音楽家たちにカヤグム音楽を伝承した。ある日、ウルグは、弟子たちが思いを込めて編曲したものを聞き、初め腹を立てたが、聴き終えて「楽しげだが無節制ではなく、悲しみもあるが悲痛ではない。正しい音楽だと言えるだろう。お前たちはこの音楽を王様の前で演奏するがいい」といった。
▼金静子の演奏による「霊山会相(ヨンサンフェサン、영산회상)」の中から「相霊山/上霊山(サンリョンサン(상령산)」を聴く。弦の音と音の空隙に不思議な余韻があって、それ自体ひとつの響きのよう。まさに東洋的な余白の美といえる。
・カヤグムは、朝鮮時代後期から多様な形に改良され、現代ではいくつもの種類がある。正しい音楽と書く「チョンアク(正楽、정악」)は、身分の高いソンビたちの風流として伽耶時代から伝えられて、今でも当時のメロディーを維持しながら演奏され、そこに昔の人々の音楽に対する思想もしっかりと込められている。
次のように金静子の進んだ道が紹介された。
・1942年 生まれる。
・1960年 ソウル大学に入学して初めてカヤグムを始める。当時、まだ近代化の波の真っ只中にあり、伝統文化は古びたもの、切り捨てなくてはならないものと見なされていた。
国楽科を設立して、国楽を後世に残すため努力した師匠イ・ヘグの姿に心を打たれ、カヤグムに対する関心と愛情をわかせた。
▼金静子の演奏による「男唱歌曲(남창가곡)」の中から「初数大葉(초수대엽)」を聴く。これもまた穏やかで粛然とした音色だ。むしろ余白に音を聴くようなものか・・・。
・大学でカヤグム専攻当時、ソンビたちが雑念を抑えるために演奏したという理想的で冷静な正楽を、生涯をかけて演奏すると心にきめた。
・長年、ソウル大学国楽科で学生たちの指導し、今も演奏活動を行っている。正楽を正しく次の世代に伝えていくため、色々な大学で教授として学生の指導にあたっている。
自身と同じような研究者による「正農楽会(정농악회)」(1977年)を発起した経験もある。正農楽会は人間の心を鎮める正しい音楽で畑を耕そうという意味が込められた名前で、正しい音楽で正しい人々を育てようという趣旨があるという。
▼金静子の演奏による「ウットドゥリ(웃도드리)」を聴く。優雅な調べだ。正楽の成立について知りたい・・・古楽というよりは、間の取り方に新しいものを感じる。
まず、カヤグムにまつわる逸話の紹介から始まった。
・カヤグムの故郷、伽耶が滅亡した際、同国の楽師ウルグ(于勒、우륵)はカヤグムを抱えて新羅に亡命し、新羅の若い音楽家たちにカヤグム音楽を伝承した。ある日、ウルグは、弟子たちが思いを込めて編曲したものを聞き、初め腹を立てたが、聴き終えて「楽しげだが無節制ではなく、悲しみもあるが悲痛ではない。正しい音楽だと言えるだろう。お前たちはこの音楽を王様の前で演奏するがいい」といった。
▼金静子の演奏による「霊山会相(ヨンサンフェサン、영산회상)」の中から「相霊山/上霊山(サンリョンサン(상령산)」を聴く。弦の音と音の空隙に不思議な余韻があって、それ自体ひとつの響きのよう。まさに東洋的な余白の美といえる。
・カヤグムは、朝鮮時代後期から多様な形に改良され、現代ではいくつもの種類がある。正しい音楽と書く「チョンアク(正楽、정악」)は、身分の高いソンビたちの風流として伽耶時代から伝えられて、今でも当時のメロディーを維持しながら演奏され、そこに昔の人々の音楽に対する思想もしっかりと込められている。
次のように金静子の進んだ道が紹介された。
・1942年 生まれる。
・1960年 ソウル大学に入学して初めてカヤグムを始める。当時、まだ近代化の波の真っ只中にあり、伝統文化は古びたもの、切り捨てなくてはならないものと見なされていた。
国楽科を設立して、国楽を後世に残すため努力した師匠イ・ヘグの姿に心を打たれ、カヤグムに対する関心と愛情をわかせた。
▼金静子の演奏による「男唱歌曲(남창가곡)」の中から「初数大葉(초수대엽)」を聴く。これもまた穏やかで粛然とした音色だ。むしろ余白に音を聴くようなものか・・・。
・大学でカヤグム専攻当時、ソンビたちが雑念を抑えるために演奏したという理想的で冷静な正楽を、生涯をかけて演奏すると心にきめた。
・長年、ソウル大学国楽科で学生たちの指導し、今も演奏活動を行っている。正楽を正しく次の世代に伝えていくため、色々な大学で教授として学生の指導にあたっている。
自身と同じような研究者による「正農楽会(정농악회)」(1977年)を発起した経験もある。正農楽会は人間の心を鎮める正しい音楽で畑を耕そうという意味が込められた名前で、正しい音楽で正しい人々を育てようという趣旨があるという。
▼金静子の演奏による「ウットドゥリ(웃도드리)」を聴く。優雅な調べだ。正楽の成立について知りたい・・・古楽というよりは、間の取り方に新しいものを感じる。
2013年1月7日月曜日
イ・ソンヒの「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」
イ・ソンヒの「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」は、何度聴いても楽しくなる。想いも、言葉も熱いのに、それを重く感じさせないのは、イ・ソンヒが持つ清潔さと微笑みのマジックのせいだろう。そして、映画「家門シリーズ」で歌われるシ-ンもよぎったりして、親しみやすさがますます増す。またこの曲で、新しい年を本格スタートしよう。
彼女のデビュー20周年記念コンサートの映像は秀逸で、まるで会場に居合わせたような感動を覚える。
(本ブログ関連:"私はいつもあなたを")
(Youtubeに登録のpops8090に感謝)
彼女のデビュー20周年記念コンサートの映像は秀逸で、まるで会場に居合わせたような感動を覚える。
(本ブログ関連:"私はいつもあなたを")
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2013年1月6日日曜日
鉱物の集い2013
四谷で開かれた鉱物の集いに出席する。今年もこの会が繁栄することを祝う新年会であるが、恒例の鉱物バザーとオークションは参加者の最大関心事といってよいかもしれない。
バザーでは、参加者94名を5つのグループに分け、抽選グループの順にメンバーが別室に置かれた有志提供の鉱物標本を手にするわけだ。抽選の結果、順番は何と最後の5番目だった。あらかじめ目星をつけていたものは全く見当たらなかった。ああ、欲しいものは他のメンバーの手に渡ってしまった・・・とはいえ、次の通り標本を選りすぐった。
・[方鉛鉱・硫酸鉛鉱・緑鉛鉱+黄銅鉱・班銅鉱+水晶](新潟県魚沼市白板鉱山)
・[輝安鉱](埼玉県秩父六助沢)
・[ビンドハイム鉱](埼玉県秩父大黒坑)
・[赤鉄鉱(鏡鉄鉱)](岩手県湯田町和賀仙人鉱山)
・[(転炉スラグ)](栃木県足尾鉱山)
オークションは、有志提供標本中でも良質のものを入札するが、残念ながら2点とも外れてしまった。ああ、各地の水晶標本セットは惜しかったな。
その他、上記イベントと関係なく、次の鉱物提供がされたのでいただいた。
・[菱沸石+灰十字沸石](埼玉県吉見町)、[ブーランジェ鉱](埼玉県秩父大黒坑)
先日(1/4)採集に行った足尾鉱山文象沢の景観を記した「広報あしお」の記事「足尾の産業遺跡(40) 小滝文象沢三坑の検証」(平成17年3月号)のコピーを知人に渡した。今年もみなで採集に行きましょう。
バザーでは、参加者94名を5つのグループに分け、抽選グループの順にメンバーが別室に置かれた有志提供の鉱物標本を手にするわけだ。抽選の結果、順番は何と最後の5番目だった。あらかじめ目星をつけていたものは全く見当たらなかった。ああ、欲しいものは他のメンバーの手に渡ってしまった・・・とはいえ、次の通り標本を選りすぐった。
・[方鉛鉱・硫酸鉛鉱・緑鉛鉱+黄銅鉱・班銅鉱+水晶](新潟県魚沼市白板鉱山)
・[輝安鉱](埼玉県秩父六助沢)
・[ビンドハイム鉱](埼玉県秩父大黒坑)
・[赤鉄鉱(鏡鉄鉱)](岩手県湯田町和賀仙人鉱山)
・[(転炉スラグ)](栃木県足尾鉱山)
オークションは、有志提供標本中でも良質のものを入札するが、残念ながら2点とも外れてしまった。ああ、各地の水晶標本セットは惜しかったな。
その他、上記イベントと関係なく、次の鉱物提供がされたのでいただいた。
・[菱沸石+灰十字沸石](埼玉県吉見町)、[ブーランジェ鉱](埼玉県秩父大黒坑)
先日(1/4)採集に行った足尾鉱山文象沢の景観を記した「広報あしお」の記事「足尾の産業遺跡(40) 小滝文象沢三坑の検証」(平成17年3月号)のコピーを知人に渡した。今年もみなで採集に行きましょう。
2013年1月5日土曜日
(資料)「山海経」中の九尾狐のこと
イ・ソンヒのヒット曲「狐の嫁入り(여우비)」から、「お天気雨(狐の嫁入り)」のことや「九尾狐」に関心を持って調べてきた。そこで、九尾狐(クミホ:구미호)について、中国最古の地理書といわれる「山海経」(高馬三良訳、平凡社ライブラリー)から次の通り抜き出す。
(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、”九尾狐”)
「南山経」
・(青丘之山に)獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。
「大荒東経」
・青丘の国あり、九尾の狐がいる。
「東山経」
・鳧麗(ふれい)の山といい。頂上には金・玉多く麓には箴石(はりいし)が多い。その状は狐の如くで九つの尾、九つの首、虎の爪、名は龍[姪]蛭(りょう[てつ]しつ)*。その声は嬰児のよう。これは人を食う。
* 龍: 「龍」の文字の下に「虫」を置く。
※ この獣に、「虎」の体の一部が加わっていることが興味深い。
「海外東経」
・青丘国はその北にあり。その狐は四つの足で九つの尾。
なお同書には、狐の姿であるものの九尾でない獣について、次の記述がある。
「東山経」
・獣がいる。その状は狐の如くで魚の翼(ひれ)、名は朱擩(しゅじゅ)*。なくときはわが名よぶ。
・姑逢山といい、草木なく金・玉が多い。獣がいる、その状は狐の如くで翼あり、その声は鴻(はくちょう)、鴈(かり)のよう。その名は撇撇(へいへい)**。これが現れると天下大いに旱(ひでり)する。
* 擩: 偏「 扌」→「犭」に置き換える。
** 撇: 偏「 扌」→「犭」に置き換える。
(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、”九尾狐”)
「南山経」
・(青丘之山に)獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。
「大荒東経」
・青丘の国あり、九尾の狐がいる。
「東山経」
・鳧麗(ふれい)の山といい。頂上には金・玉多く麓には箴石(はりいし)が多い。その状は狐の如くで九つの尾、九つの首、虎の爪、名は龍[姪]蛭(りょう[てつ]しつ)*。その声は嬰児のよう。これは人を食う。
* 龍: 「龍」の文字の下に「虫」を置く。
※ この獣に、「虎」の体の一部が加わっていることが興味深い。
「海外東経」
・青丘国はその北にあり。その狐は四つの足で九つの尾。
なお同書には、狐の姿であるものの九尾でない獣について、次の記述がある。
「東山経」
・獣がいる。その状は狐の如くで魚の翼(ひれ)、名は朱擩(しゅじゅ)*。なくときはわが名よぶ。
・姑逢山といい、草木なく金・玉が多い。獣がいる、その状は狐の如くで翼あり、その声は鴻(はくちょう)、鴈(かり)のよう。その名は撇撇(へいへい)**。これが現れると天下大いに旱(ひでり)する。
* 擩: 偏「 扌」→「犭」に置き換える。
** 撇: 偏「 扌」→「犭」に置き換える。
2013年1月4日金曜日
足尾鉱山 小滝坑文象沢
昨晩、鉱物採集でいつもお世話になっているXa氏から連絡があって、足尾鉱山の小滝坑周辺で採集することが急遽決まった。お楽しみなことだが、始発電車を待つ早朝の駅ホームの寒さに震えた。歳とともに身が凍みる。
Xa氏の車に同乗して、渡良瀬川沿いの国道122号線を北上すると、粉雪が風に舞い始めた。幸い陽射しもあって、降り積もることはなかったが、ガードレール下の名残り雪を見て若干心配になる。
わたらせ渓谷鐵道の原向(はらむかい)駅を過ぎると、銀山平方面に左折する案内板が見える。そこから庚申川に沿って左折して山路を進む。
小滝坑の坑口手前にある「文象橋」から、右岸急斜面にある、残雪であいまいな両足幅の細道を探るようにして登る。途中、Xa氏が用意されたロープを頼りにしたりと、この時期難関な山道だ。ころげ落ちないかヒヤヒヤの連発だった。
やがてゆるりと斜面を下ると、ズリから流れた廃石がごろごろと積もった沢底に着く。いよいよ採集開始だ。
寒い。根雪をかすめる沢風が吹き付けて、とにかく寒い。厚手のジャンパーの上に、雨カッパで身を包んだ。
沢下方向を見ると、堰堤(えんてい)があることに気付く。これら景観について、「広報あしお」の記事「足尾の産業遺跡(40) 小滝文象沢三坑の検証」(平成17年3月号)に詳細に語られている。
採集結果であるが、いただきもの中心に次の通り。
・黄銅鉱、班銅鉱、方鉛鉱、黄鉄鉱、白鉄鉱、蛍石など
帰り道を心配したが、登り道の対岸側で、こちらは道幅もある緩やかな坂道で、安心して下ることができた。
Xa氏の車に同乗して、渡良瀬川沿いの国道122号線を北上すると、粉雪が風に舞い始めた。幸い陽射しもあって、降り積もることはなかったが、ガードレール下の名残り雪を見て若干心配になる。
わたらせ渓谷鐵道の原向(はらむかい)駅を過ぎると、銀山平方面に左折する案内板が見える。そこから庚申川に沿って左折して山路を進む。
小滝坑の坑口手前にある「文象橋」から、右岸急斜面にある、残雪であいまいな両足幅の細道を探るようにして登る。途中、Xa氏が用意されたロープを頼りにしたりと、この時期難関な山道だ。ころげ落ちないかヒヤヒヤの連発だった。
やがてゆるりと斜面を下ると、ズリから流れた廃石がごろごろと積もった沢底に着く。いよいよ採集開始だ。
寒い。根雪をかすめる沢風が吹き付けて、とにかく寒い。厚手のジャンパーの上に、雨カッパで身を包んだ。
沢下方向を見ると、堰堤(えんてい)があることに気付く。これら景観について、「広報あしお」の記事「足尾の産業遺跡(40) 小滝文象沢三坑の検証」(平成17年3月号)に詳細に語られている。
採集結果であるが、いただきもの中心に次の通り。
・黄銅鉱、班銅鉱、方鉛鉱、黄鉄鉱、白鉄鉱、蛍石など
帰り道を心配したが、登り道の対岸側で、こちらは道幅もある緩やかな坂道で、安心して下ることができた。
2013年1月3日木曜日
李仙姫の名前から(2)
イ・ソンヒの名「ソンヒ(선희)」と同じ名付けについて、次のような統計がある。(이루미작명SYS)
・「選好度: ソンヒ(선희)は、58番目(0.2%)でしばしば使われ、最も多い姓は金である。」
・「性別感: ソンヒ(선희)は、93.57%が女性の名前だ。」
・「出生情報: ソンヒ(선희)は、1985年度に最も多く出生し、ソウル特別市出生の場合が多かった。」
1984年の「江辺歌謡祭」でデビューした翌年、テレビを通じて賑わした彼女の名「ソンヒ(선희)」が多く名づけられたことに因縁があるように思える。彼女の健全なおもむきと名の持つ印象が、当時の都市部生活者に親和性があったのだろう。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒという名前")
さて、話しを彼女の名の一文字「仙」の由来から、神仙伝説へイメージを膨らませてみよう。
最近の彼女のヒット曲に、「因縁(인연)」に代表する東洋的な雰囲気を漂わせる傾向があるが、「狐の嫁入り(여우비)」もそのひとつである。ドラマに登場する九尾狐は「山海経」まで遡るという。
・「紀元前2世紀から紀元3世紀頃にかけて中国で著された地理書『山海経』には実在とは思えぬ動植物の項が並んでいるが、その一書「南山経」で、青丘之山に「有獸焉 其狀如狐而九尾 其音如嬰兒 能食人 食者不蠱」*とあるのが九尾の狐に関する最初の記述であるとされる。」(Wikipedia「九尾狐」)
(*)「獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。」(高馬三良訳「山海経」)
(本ブログ関連:"Wikipedia「九尾狐」")
この「山海経」は、桃源郷(「桃花源の詩」)の散文を記した陶淵明もマニアだったらしく、「読山海経十三首」の詩を作っている。なるほど、彼が興味深く眺め見たこの書の挿絵には、九尾狐だけでなく不可思議なさまざまな生き物が登場する。
(本ブログ関連:"陶淵明-3")
イ・ソンヒの名前から、神仙の世界へ話しがとんでしまったが、彼女の東洋回帰に合わせてイメージ遊びさせてもらった。
(本ブログ関連:"李仙姫の名前から(1)")
・「選好度: ソンヒ(선희)は、58番目(0.2%)でしばしば使われ、最も多い姓は金である。」
・「性別感: ソンヒ(선희)は、93.57%が女性の名前だ。」
・「出生情報: ソンヒ(선희)は、1985年度に最も多く出生し、ソウル特別市出生の場合が多かった。」
1984年の「江辺歌謡祭」でデビューした翌年、テレビを通じて賑わした彼女の名「ソンヒ(선희)」が多く名づけられたことに因縁があるように思える。彼女の健全なおもむきと名の持つ印象が、当時の都市部生活者に親和性があったのだろう。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒという名前")
さて、話しを彼女の名の一文字「仙」の由来から、神仙伝説へイメージを膨らませてみよう。
最近の彼女のヒット曲に、「因縁(인연)」に代表する東洋的な雰囲気を漂わせる傾向があるが、「狐の嫁入り(여우비)」もそのひとつである。ドラマに登場する九尾狐は「山海経」まで遡るという。
・「紀元前2世紀から紀元3世紀頃にかけて中国で著された地理書『山海経』には実在とは思えぬ動植物の項が並んでいるが、その一書「南山経」で、青丘之山に「有獸焉 其狀如狐而九尾 其音如嬰兒 能食人 食者不蠱」*とあるのが九尾の狐に関する最初の記述であるとされる。」(Wikipedia「九尾狐」)
(*)「獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。」(高馬三良訳「山海経」)
(本ブログ関連:"Wikipedia「九尾狐」")
この「山海経」は、桃源郷(「桃花源の詩」)の散文を記した陶淵明もマニアだったらしく、「読山海経十三首」の詩を作っている。なるほど、彼が興味深く眺め見たこの書の挿絵には、九尾狐だけでなく不可思議なさまざまな生き物が登場する。
(本ブログ関連:"陶淵明-3")
イ・ソンヒの名前から、神仙の世界へ話しがとんでしまったが、彼女の東洋回帰に合わせてイメージ遊びさせてもらった。
(本ブログ関連:"李仙姫の名前から(1)")
2013年1月2日水曜日
李仙姫の名前から(1)
イ・ソンヒ(李仙姫)の誕生にまつわる話題に、彼女の名「仙姫」に「仙」の字が織り込まれたことについて、次のように伝えられている。
(本ブログ関連:”李仙姫の名前”)
・「イ・ソンヒは、(陰暦の)1964年11月11日に、(本籍地)忠清南道保寧郡(現在は市)珠山面篁栗里に誕生した。父(イ・ジョンギュ:이종규)、母(チェ・ビョンムン:최병문)の初めての子として誕生した。父母のそれぞれの夢に、男の子が示唆されていた。父の夢にあらわれた、山の神を意味する虎のために、彼女の名前(李仙姫)に神仙の「仙」の字が入ることになった。」(「老木樹のチャン・ウクチョ(장욱조)が生命樹になって」)
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの生誕")
最初の子として誕生した彼女だが、男子の誕生が期待されていたことを当然知ったのではないだろうか。デビュー以来、彼女がどことなくボーイッシュなズボン姿を続けた意味がそこにあったかもしれない・・・考え過ぎだろうか。
イ・ソンヒの父親が彼女の誕生前に見た夢に神仙の気配があったこと、一家が仏教と大きく関わっていたことなど合わせて、背景に東洋的世界を視るのもよいかもしれない。
関心の一つは、イ・ソンヒがSBSのロマンチック・コメディ「僕のガールフレンドは九尾狐」で歌ったメインテーマ曲「狐の嫁入り(여우비)」に登場する九尾狐だ。
(Youtubeに登録のps3hlproductionsに感謝)
・「天気の良い清い空で急に雨が降る時、韓国では『여우비-狐の雨』が降ると言います。」、「韓国ではもう一つ、『여우비』以外に『호랑이 장가간다-虎が妻をめとる(虎が結婚する日)』と言う表現もあります。(略) 韓国でも日本でも日照り雨は、動物の結婚と言う面白い言葉で表現するらしいですね。」(韓国文化院のコーナー「韓国語ひとこと」)
伝承「狐の嫁入り(여우비)」には<狐>だけでなく<虎>も象徴も含まれているようで、この歌から彼女への関心が一層大きく広がるのは不思議な気がする。
(本ブログ関連:"狐の嫁入り")
(本ブログ関連:”李仙姫の名前”)
・「イ・ソンヒは、(陰暦の)1964年11月11日に、(本籍地)忠清南道保寧郡(現在は市)珠山面篁栗里に誕生した。父(イ・ジョンギュ:이종규)、母(チェ・ビョンムン:최병문)の初めての子として誕生した。父母のそれぞれの夢に、男の子が示唆されていた。父の夢にあらわれた、山の神を意味する虎のために、彼女の名前(李仙姫)に神仙の「仙」の字が入ることになった。」(「老木樹のチャン・ウクチョ(장욱조)が生命樹になって」)
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの生誕")
最初の子として誕生した彼女だが、男子の誕生が期待されていたことを当然知ったのではないだろうか。デビュー以来、彼女がどことなくボーイッシュなズボン姿を続けた意味がそこにあったかもしれない・・・考え過ぎだろうか。
イ・ソンヒの父親が彼女の誕生前に見た夢に神仙の気配があったこと、一家が仏教と大きく関わっていたことなど合わせて、背景に東洋的世界を視るのもよいかもしれない。
関心の一つは、イ・ソンヒがSBSのロマンチック・コメディ「僕のガールフレンドは九尾狐」で歌ったメインテーマ曲「狐の嫁入り(여우비)」に登場する九尾狐だ。
(Youtubeに登録のps3hlproductionsに感謝)
・「天気の良い清い空で急に雨が降る時、韓国では『여우비-狐の雨』が降ると言います。」、「韓国ではもう一つ、『여우비』以外に『호랑이 장가간다-虎が妻をめとる(虎が結婚する日)』と言う表現もあります。(略) 韓国でも日本でも日照り雨は、動物の結婚と言う面白い言葉で表現するらしいですね。」(韓国文化院のコーナー「韓国語ひとこと」)
伝承「狐の嫁入り(여우비)」には<狐>だけでなく<虎>も象徴も含まれているようで、この歌から彼女への関心が一層大きく広がるのは不思議な気がする。
(本ブログ関連:"狐の嫁入り")
2013年1月1日火曜日
初詣2013
ようやく陽が温もってきた午後、初詣に出かける。地元裏通りの路に面した、見落としそうな小さな神社である。それでも、境内には我が町のひとびとが次々と並んで参拝した。学問の神を祭っているが、今のところ学校世代が身内にいないため家内安全を祈った。
そのあと、道路を挟んで斜(はす)向かいにある稲荷神社にもうかがい、いくつも重なる赤い鳥居をくぐり抜けて祈ってきた。
初詣に祈った神々が、遠く福岡の大宰府と大阪の高槻にあるなんて、考えて見れば不思議な気がする。祈りは今日中にきっと届いていることだろう。
そのあと、道路を挟んで斜(はす)向かいにある稲荷神社にもうかがい、いくつも重なる赤い鳥居をくぐり抜けて祈ってきた。
初詣に祈った神々が、遠く福岡の大宰府と大阪の高槻にあるなんて、考えて見れば不思議な気がする。祈りは今日中にきっと届いていることだろう。
2013年にこんにちは
2013年、正月飾りを見ると、めでたくもあり、めでたくもなしか。でも、このときくらいめでたい気分にひたりたいものだ。人生のスタートはとっくに忘れたが、新年はそれをちょっぴり思い返させてくれる?・・・そんな風でもないけど、心機一転真っすぐ先を見てみよう・・・ああ、若くないから余りよく見えんな。
そんな風なら、イ・ソンヒが実は高校生のときに貰い受けたあのデビュー曲「Jへ(J에게)」(作詞・作曲イ・セゴン、1984年江辺歌謡際大賞)を気付け薬かわりに聴いて、ほとばしる若さを懐かしんでみよう。
(本ブログ関連:"Jへ" ← 表示後、画面右下の”前の投稿”クリックして次々参照します)
(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)
そんな風なら、イ・ソンヒが実は高校生のときに貰い受けたあのデビュー曲「Jへ(J에게)」(作詞・作曲イ・セゴン、1984年江辺歌謡際大賞)を気付け薬かわりに聴いて、ほとばしる若さを懐かしんでみよう。
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2012年12月31日月曜日
2012年にさようなら
今年も今日でおしまい。明日には、数え年なら直ぐに歳が足されるわけで、だから気付く・・・。
部屋の片付けが面倒で・・・片付けのハウツー本を買ってしまう。人付き合いが億劫になり・・・年賀状の作成枚数を減らしてしまう。そして、技術の流れに乗らないでいる・・・スマホもタブレットも、Twitterもfacebookも使えない、いや使わない。
そんなわけで、時間に対して「恩知らず」なことをつづけている。
ああ2012年、簡単に時間を取りこぼしてしまった、この「恩知らず」さを反省して、われらが歌姫、中島みゆきの歌を聴こう。それにしても「まだずっと好きだけど、ごめん」って、いさぎよいな。彼女は自分の影を歌わない。相手をじっと見つめる。視線がとても強いのだ。
(本ブログ関連:"ディーヴァ"、"時代"、"イ・ソンヒ「水仙」")
(Youtubeに登録のmiyukiofficialに感謝)
部屋の片付けが面倒で・・・片付けのハウツー本を買ってしまう。人付き合いが億劫になり・・・年賀状の作成枚数を減らしてしまう。そして、技術の流れに乗らないでいる・・・スマホもタブレットも、Twitterもfacebookも使えない、いや使わない。
そんなわけで、時間に対して「恩知らず」なことをつづけている。
ああ2012年、簡単に時間を取りこぼしてしまった、この「恩知らず」さを反省して、われらが歌姫、中島みゆきの歌を聴こう。それにしても「まだずっと好きだけど、ごめん」って、いさぎよいな。彼女は自分の影を歌わない。相手をじっと見つめる。視線がとても強いのだ。
(本ブログ関連:"ディーヴァ"、"時代"、"イ・ソンヒ「水仙」")
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2012年12月30日日曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 朴東鎭
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/26)に、人物シリーズ60回目として、パンソリの歌い手(名唱)、朴東鎭(パク・ドンジン、박동진:1916年7月12日~2003年7月8日)を紹介した。
パンソリ(판소리)について、次の説明から始まった。
・10年ほど前には、小学生から大人まで、全国民がパンソリのワンフレーズくらいは覚えて歌えるというほど、パンソリに親しんでいた時期があった。
▼朴東鎭による「フンボカ(흥보가:興甫歌)」の中から「草花の柄の入ったタンス(花草欌)をもらってくる題目(화초장 대목)」を聴く。意地悪な兄ノルブは、舌切り雀の婆さんのよう・・・。叫ぶように歌う、このトーンで歌いつづくのか。
次のように朴東鎭のプロフィールが紹介された。
・1916年 忠清南道公州に生まれる。
・16歳の時にパンソリを始め、全国を回りながら、何人もの師匠について歌を勉強した。
・1960年代にはパンソリをはじめ伝統文化全般が衰退期にあった。伝統音楽にとって近代化は厳しい時代で、人々の関心を再びパンソリに集めるため彼は大きな役割を果たした。
▼朴東鎭による「赤壁歌(적벽가)」の中から「赤壁江に火を放つ題目(적벽강에 불 지르는 대목)」を聴く。搾り出すよう声を震わせ歌う。
パンソリ一曲は、普通3,4時間、長いもので7時間に及ぶ。現代伝わる5つのパンソリ全ての一曲完唱を目指し、遂にこれを成し遂げた。現在では、パンソリを一曲歌いきることが、パンソリ界で名唱と呼ばれるための通過儀礼のようになっている。また、忘れ去られていた昔の歌を発掘したり、新しい歌への挑戦へも積極的だった。
▼朴東鎭による「裵裨將(ペビジャン)伝(배비장전)」の中から、「方子(パンジャ)と爱郎(エラン)が裵裨將を驚かす題目(방자와 애랑이 짜고 배비장 놀래키는 대목)」を聴く。済州島に赴任した文官裵裨將の軽率さを風刺する・・・だそうだ。
・2003年 87歳で没する。金冠文化勲章が追叙される。
パンソリ(판소리)について、次の説明から始まった。
・10年ほど前には、小学生から大人まで、全国民がパンソリのワンフレーズくらいは覚えて歌えるというほど、パンソリに親しんでいた時期があった。
▼朴東鎭による「フンボカ(흥보가:興甫歌)」の中から「草花の柄の入ったタンス(花草欌)をもらってくる題目(화초장 대목)」を聴く。意地悪な兄ノルブは、舌切り雀の婆さんのよう・・・。叫ぶように歌う、このトーンで歌いつづくのか。
次のように朴東鎭のプロフィールが紹介された。
・1916年 忠清南道公州に生まれる。
・16歳の時にパンソリを始め、全国を回りながら、何人もの師匠について歌を勉強した。
・1960年代にはパンソリをはじめ伝統文化全般が衰退期にあった。伝統音楽にとって近代化は厳しい時代で、人々の関心を再びパンソリに集めるため彼は大きな役割を果たした。
▼朴東鎭による「赤壁歌(적벽가)」の中から「赤壁江に火を放つ題目(적벽강에 불 지르는 대목)」を聴く。搾り出すよう声を震わせ歌う。
パンソリ一曲は、普通3,4時間、長いもので7時間に及ぶ。現代伝わる5つのパンソリ全ての一曲完唱を目指し、遂にこれを成し遂げた。現在では、パンソリを一曲歌いきることが、パンソリ界で名唱と呼ばれるための通過儀礼のようになっている。また、忘れ去られていた昔の歌を発掘したり、新しい歌への挑戦へも積極的だった。
▼朴東鎭による「裵裨將(ペビジャン)伝(배비장전)」の中から、「方子(パンジャ)と爱郎(エラン)が裵裨將を驚かす題目(방자와 애랑이 짜고 배비장 놀래키는 대목)」を聴く。済州島に赴任した文官裵裨將の軽率さを風刺する・・・だそうだ。
・2003年 87歳で没する。金冠文化勲章が追叙される。
(資料)K-Gallup「2012年今年を輝かせた10代歌手と歌謡 」
韓国ギャラップによる「2012年 今年を輝かせた10代歌手と歌謡」調査結果(11/30、PDF)が報告された。ここでは、上位5位までの歌手を次の通り記す。
・韓国ギャラップは、2005年から毎年末、その年を輝かせた各分野の「今年の人物」を調査して発表しました。今回*の結果は、去る4月、9月、11月の調査結果を合算したもので、名実共2012年を代表する歌手と歌謡を確認することができます。
(*)分野としては歌手以外に、コメディアン/お笑い芸人、映画俳優、タレント、スポーツ選手など。
【調査の概要】
- 調査対象: 全国(済州島を除く)、満13〜59歳の男女、4,157人
- 調査方法: 個別面接調査(調査員が直接対面インタビュー)
- 調査期間: 2012年5月2~16日、9月12~26日、11月15~30日
- 標本抽出: 2段層化クラスター抽出法
- 標本誤差: ±1.5%ポイント(95%信頼水準)
- 依頼機関: 韓国ギャラップ独自の調査
今年を輝かせた歌手-最近6年の推移(3人まで自由回答、%:支持率)
(本ブログ関連:"2009年歌手好感度"、"2010年、今年の10代歌手と歌謡曲"、"昨年(2011)のトップ5の歌手(グループ)"、"2009-韓国人が好きな歌手")
上記5位までの順位(支持率も!)の推移に着目すると、アイドルグループとソロ歌手の勢力が徐々に変化しているように見えるが・・・。
(本ブログ関連:"韓国アイドルグループ歌手の今後の動向")
・韓国ギャラップは、2005年から毎年末、その年を輝かせた各分野の「今年の人物」を調査して発表しました。今回*の結果は、去る4月、9月、11月の調査結果を合算したもので、名実共2012年を代表する歌手と歌謡を確認することができます。
(*)分野としては歌手以外に、コメディアン/お笑い芸人、映画俳優、タレント、スポーツ選手など。
【調査の概要】
- 調査対象: 全国(済州島を除く)、満13〜59歳の男女、4,157人
- 調査方法: 個別面接調査(調査員が直接対面インタビュー)
- 調査期間: 2012年5月2~16日、9月12~26日、11月15~30日
- 標本抽出: 2段層化クラスター抽出法
- 標本誤差: ±1.5%ポイント(95%信頼水準)
- 依頼機関: 韓国ギャラップ独自の調査
今年を輝かせた歌手-最近6年の推移(3人まで自由回答、%:支持率)
| 順位 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 |
| 1 | Wondergirls 28.2% |
Wondergirls 22.2% |
少女時代 29.8% |
少女時代 31.5% |
少女時代 26.1% |
PSY 24.4% |
| 2 | BigBang 16.8% |
BigBang 21.2% |
BigBang 21.1% |
2PM 12.5% |
BigBang 8.2% |
少女時代 19.8% |
| 3 | チャン・ユンジョン 11.0% |
チャン・ユンジョン 9.9% |
2PM 12.5% |
チャン・ユンジョン 11.6% |
チャン・ユンジョン 6.9% |
BigBang 9.5% |
| 4 | 少女時代 9.9% |
少女時代 7.8% |
Wondergirls 10.4% |
テ・ジナ 8.4% |
キム・ボムス 6.3% |
IU 6.9% |
| 5 | SGワナビ 9.8% |
イ・ヒョリ 6.5% |
チャン・ユンジョン 9.6% |
KARA 7.7% |
IU 6.0% |
チャン・ユンジョン 6.6% |
(本ブログ関連:"2009年歌手好感度"、"2010年、今年の10代歌手と歌謡曲"、"昨年(2011)のトップ5の歌手(グループ)"、"2009-韓国人が好きな歌手")
上記5位までの順位(支持率も!)の推移に着目すると、アイドルグループとソロ歌手の勢力が徐々に変化しているように見えるが・・・。
(本ブログ関連:"韓国アイドルグループ歌手の今後の動向")
2012年12月29日土曜日
(資料)397世代:LG経済研究院
今年、韓国の「2012出版界のキーワード50」(「企画会議」、発行:韓国出版マーケティング研究所)の一つに「397世代」が選ばれたそうだ。いわゆる「397世代」とは、現在30歳代で、'90年代に大学入学して20代を過ごした70年代生まれ。810万人ほどでの同世代が、30代後半から40代前半の年齢に進入しつつあるといわれることから、マスコミの世代分析で余り触れられないが、40代の今後の特性を垣間見ることができるかもしれない。
397世代を定義したと言われる、LG経済研究院のレポート「文化と消費を主導する大韓民国30代の価値観とライフスタイル」 (2012年6月12日、pdf)には、次のようなサマリーが記載されている。
・最近、社会重鎮勢力に浮上している「386世代」の後に続いて、「397世代」が私たちの社会の変化を主導する世代として注目されていている。397世代という(のは)、現在30代でありながら、90年代の学籍番号を持ち、70年代に出生した世代を指し示す。消費市場で、30代は最も大きい顧客で市場を主導していて、映画、大衆音楽界などでも90年代入学年度の思い出と郷愁が新しい文化的コードに浮び上がっている。映画「建築学概論(건축학개론)」の興行もこのような文化的流れを反映している。
・本稿では、2010~2011年の統計庁で実施した社会調査を基づいて、消費と文化の主役になっている30代が持っている価値観について、また2011年に実施されたLG経済研究院のライフスタイル調査を通じて30代のライフスタイルを照らし出してみる。
・2010~2011年の統計庁社会調査分析を通じて導き出してみた、今日我が国30代の価値観を現わすキーワードは次の通り。
① 開放的な家族観(Flexible)
② 仕事と人生の均衡重視(Balance)
③ 社会共同の責任と人権に対する関心(Social)
④ 悲観的現実主義(Gloomy)
⑤ 社会全般に対する不安感(Anxiety) など
・2011年LG経済研究院ライフスタイル調査結果分析を通じて抽出した30代ライフスタイルのキーワードは次の通り。
① 格式よりは安らかさ(Comfy)
② 食道楽(Gourmet)
③ 家族との余暇(Family Leisure)
④ 所有よりは実用的居住(Dwelling)
⑤ 二重的消費パターン(Duality) など
・まず、ファッションでは格式よりは安らかで幼く見える服を好んで、食べることにお金と時間を使うに当たり、どの年齢層より寛大だった。また、家族との余暇を大切にして、家については所有の概念よりは実用的な居住の概念を持っていると見られる。消費では、二重性を現わした。計画消費指向が高い世代であり、衝動購買指向も高かった。デザインよりは機能を優先的に考慮するが、有名デザイナーの作品が反映された製品ならば購入すると答えた比率も20代の次に高かった。
・30代は、以前の世代とは違った価値観とライフスタイルの特徴を見せた。そして20代の価値観とライフスタイルに最も共感する世代だ。社会発展の中心軸であり消費市場の核心集団に浮上した30代の価値観とライフ スタイルに現れた特徴的な指向が、私たちの社会と企業にどんな影響で現れるのか関心を傾けなければならないだろう。
(本ブログ関連:"(資料)世代別投票分析:朝鮮日報"、"(資料)世代別投票分析:中央日報"、"(資料)397世代"、"(資料)486世代"、"(資料)40代の変化"、"(資料)40代の変化-2"、"(資料)ソウル市長選挙に見る世代別背景")
397世代を定義したと言われる、LG経済研究院のレポート「文化と消費を主導する大韓民国30代の価値観とライフスタイル」 (2012年6月12日、pdf)には、次のようなサマリーが記載されている。
・最近、社会重鎮勢力に浮上している「386世代」の後に続いて、「397世代」が私たちの社会の変化を主導する世代として注目されていている。397世代という(のは)、現在30代でありながら、90年代の学籍番号を持ち、70年代に出生した世代を指し示す。消費市場で、30代は最も大きい顧客で市場を主導していて、映画、大衆音楽界などでも90年代入学年度の思い出と郷愁が新しい文化的コードに浮び上がっている。映画「建築学概論(건축학개론)」の興行もこのような文化的流れを反映している。
・本稿では、2010~2011年の統計庁で実施した社会調査を基づいて、消費と文化の主役になっている30代が持っている価値観について、また2011年に実施されたLG経済研究院のライフスタイル調査を通じて30代のライフスタイルを照らし出してみる。
・2010~2011年の統計庁社会調査分析を通じて導き出してみた、今日我が国30代の価値観を現わすキーワードは次の通り。
① 開放的な家族観(Flexible)
② 仕事と人生の均衡重視(Balance)
③ 社会共同の責任と人権に対する関心(Social)
④ 悲観的現実主義(Gloomy)
⑤ 社会全般に対する不安感(Anxiety) など
・2011年LG経済研究院ライフスタイル調査結果分析を通じて抽出した30代ライフスタイルのキーワードは次の通り。
① 格式よりは安らかさ(Comfy)
② 食道楽(Gourmet)
③ 家族との余暇(Family Leisure)
④ 所有よりは実用的居住(Dwelling)
⑤ 二重的消費パターン(Duality) など
・まず、ファッションでは格式よりは安らかで幼く見える服を好んで、食べることにお金と時間を使うに当たり、どの年齢層より寛大だった。また、家族との余暇を大切にして、家については所有の概念よりは実用的な居住の概念を持っていると見られる。消費では、二重性を現わした。計画消費指向が高い世代であり、衝動購買指向も高かった。デザインよりは機能を優先的に考慮するが、有名デザイナーの作品が反映された製品ならば購入すると答えた比率も20代の次に高かった。
・30代は、以前の世代とは違った価値観とライフスタイルの特徴を見せた。そして20代の価値観とライフスタイルに最も共感する世代だ。社会発展の中心軸であり消費市場の核心集団に浮上した30代の価値観とライフ スタイルに現れた特徴的な指向が、私たちの社会と企業にどんな影響で現れるのか関心を傾けなければならないだろう。
(本ブログ関連:"(資料)世代別投票分析:朝鮮日報"、"(資料)世代別投票分析:中央日報"、"(資料)397世代"、"(資料)486世代"、"(資料)40代の変化"、"(資料)40代の変化-2"、"(資料)ソウル市長選挙に見る世代別背景")
2012年12月28日金曜日
(資料)韓国の50代
朝鮮日報(日本語版)の記事「大統領選:韓国の50代とは」(12/27、参考図)は、50~60代で一括されがちの50代だけを取り出して、その世代の特性を次のように報じている。(甘恵琳(カム・ヘリム)記者)
ところで40代についての分析が、各紙相変わらず登場してこないのはなぜだろう。
・韓国の50代(1952~1962年生まれ)は778万人だ。全人口(5093万人)の15.2%を占めている。50代の人口は2002年の455万人から、ここ10年で実に70%も増えた。全有権者に占める割合も02年の12.9%から12年には19.2%と毎年増加した。【朝鮮戦争】終戦直後のベビーブーム世代(1954~1963年生まれ)とほぼ重なっている(統計庁・行政安全部)。
・平均5.2人(2010年、ソウル大の調査)の兄弟と共に育った50代は、経済開発が本格化した時代に青少年期を送った。小・中・高校時代はすし詰め状態の教室で苦労し、春窮期こそなかったものの、コメが足りず、混・粉食奨励運動を経験した。
・この世代は1971~1981年にかけて大学に入学し、暗黒の維新時代(故・朴正煕〈パク・チョンヒ〉元大統領による独裁政権時代)に大学生活を送った「維新世代」だ。1970年代後半から1980年代にかけて社会進出を果たし、1988年のソウル五輪を見守り、平均1.9人の子どもを出産した。統計庁によると、同世代は半数以上(64.2%)が経済的困難から望む段階の学校教育を受けることができなかったが、せめて子どもには正規教育以外にも学習の場を与えようと「学校外教育」を韓国中に広めた世代でもある。これら世代の90%以上が、大学の授業料と結婚のための資金を子どもに援助すべきだと回答している。通貨危機以降、青年失業が増え、50代家庭の子どもたちは大学に通う期間が4年を超えたり、卒業しても就職できないといったケースが増えている。50代は、子どもが失業している間、経済的支援をしなければならない負担までを抱くようになった。
・産業化世代の末っ子であると同時に「初の職場が一生の職場」といった公式がもろくも崩れ去るのを目の当たりにした。これら世代が、企業で課長や次長などの中間管理職に昇進した1990年代後半には、通貨危機が勃発した。解雇やリストラといった単語に初めて接するようになったほか、部長や役員クラスだった先輩世代が1人また1人と名誉退職に追い込まれるのを見守った。職場に残る代わりにアルバイトに変えられる痛みを経験した。定年に満たずに50代半ばで退職するのが一般的となり、「サオジョン【사오정】」(「45歳定年」を縮めた言葉)、「オリュクド【오륙도】」(「56歳まで職場に通うのは泥棒」を縮めた言葉)などの新造語が生じるきっかけを提供した。
・現在の50代は、月平均283万ウォン(約22万3000円)を出費しているが、大学の授業料を除いた子どもの養育費で60万ウォン(約4万7000円)、両親への支援に28万ウォン(約2万2000円)を使っている。これらの世代は年平均で4779万ウォン(約377万円)を稼ぎ、自宅を合わせて2億9633万ウォン(約2340万円)の資産を持っている(ソウル大の調査)。50代の3人に2人(68.5%)が親が今も生存しており、親への経済的支援も行っている。親と子どもに対する支援に責任を負っているため、老後の準備や自分の啓発にはほとんど投資できない。50代の5人に1人(20%)は家計が苦しく、老後の準備ができないと回答した。1年間に公演や展示会、スポーツ観戦などを1度でも行った経験のある50代は、半数(47.8%)にも満たなかった(統計庁)。
(本ブログ関連:"(資料)世代別投票分析:朝鮮日報"、"(資料)世代別投票分析:中央日報"、"(資料)397世代"、"(資料)486世代"、"(資料)40代の変化"、"(資料)40代の変化-2"、"(資料)ソウル市長選挙に見る世代別背景")
ところで40代についての分析が、各紙相変わらず登場してこないのはなぜだろう。
・韓国の50代(1952~1962年生まれ)は778万人だ。全人口(5093万人)の15.2%を占めている。50代の人口は2002年の455万人から、ここ10年で実に70%も増えた。全有権者に占める割合も02年の12.9%から12年には19.2%と毎年増加した。【朝鮮戦争】終戦直後のベビーブーム世代(1954~1963年生まれ)とほぼ重なっている(統計庁・行政安全部)。
・平均5.2人(2010年、ソウル大の調査)の兄弟と共に育った50代は、経済開発が本格化した時代に青少年期を送った。小・中・高校時代はすし詰め状態の教室で苦労し、春窮期こそなかったものの、コメが足りず、混・粉食奨励運動を経験した。
・この世代は1971~1981年にかけて大学に入学し、暗黒の維新時代(故・朴正煕〈パク・チョンヒ〉元大統領による独裁政権時代)に大学生活を送った「維新世代」だ。1970年代後半から1980年代にかけて社会進出を果たし、1988年のソウル五輪を見守り、平均1.9人の子どもを出産した。統計庁によると、同世代は半数以上(64.2%)が経済的困難から望む段階の学校教育を受けることができなかったが、せめて子どもには正規教育以外にも学習の場を与えようと「学校外教育」を韓国中に広めた世代でもある。これら世代の90%以上が、大学の授業料と結婚のための資金を子どもに援助すべきだと回答している。通貨危機以降、青年失業が増え、50代家庭の子どもたちは大学に通う期間が4年を超えたり、卒業しても就職できないといったケースが増えている。50代は、子どもが失業している間、経済的支援をしなければならない負担までを抱くようになった。
・産業化世代の末っ子であると同時に「初の職場が一生の職場」といった公式がもろくも崩れ去るのを目の当たりにした。これら世代が、企業で課長や次長などの中間管理職に昇進した1990年代後半には、通貨危機が勃発した。解雇やリストラといった単語に初めて接するようになったほか、部長や役員クラスだった先輩世代が1人また1人と名誉退職に追い込まれるのを見守った。職場に残る代わりにアルバイトに変えられる痛みを経験した。定年に満たずに50代半ばで退職するのが一般的となり、「サオジョン【사오정】」(「45歳定年」を縮めた言葉)、「オリュクド【오륙도】」(「56歳まで職場に通うのは泥棒」を縮めた言葉)などの新造語が生じるきっかけを提供した。
・現在の50代は、月平均283万ウォン(約22万3000円)を出費しているが、大学の授業料を除いた子どもの養育費で60万ウォン(約4万7000円)、両親への支援に28万ウォン(約2万2000円)を使っている。これらの世代は年平均で4779万ウォン(約377万円)を稼ぎ、自宅を合わせて2億9633万ウォン(約2340万円)の資産を持っている(ソウル大の調査)。50代の3人に2人(68.5%)が親が今も生存しており、親への経済的支援も行っている。親と子どもに対する支援に責任を負っているため、老後の準備や自分の啓発にはほとんど投資できない。50代の5人に1人(20%)は家計が苦しく、老後の準備ができないと回答した。1年間に公演や展示会、スポーツ観戦などを1度でも行った経験のある50代は、半数(47.8%)にも満たなかった(統計庁)。
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