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2026年9月1日火曜日

二百十日(台風、地震)、防災の日

立春から数えて210日目のきょうは、雑節の「二百十日」。野分(のわき)などの災害が起こりやすいころ・・・で、野分とは? と気になる。
子どものころ、二百十日と台風シーズンとが重なっていたわけで。それを、野分から説明されると戸惑うわけで。

野分について、三省堂のWORD-WISE WEB(ネット解説)に、この時期に吹く強い風として、次のように紹介している。

■ 三省堂WORD-WISE WEB(三省堂編修所)
「のわき 【野分】 | 季節のことば」
    ー https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/kisetsu03
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「二百十日」でも書きましたが、『大辞林 第三版』には「〔野の草を吹き分ける風、の意〕
・(立春から数えて)二百十日、二百二十日前後に吹く暴風。台風。あるいはその余波の風。
・また、秋から初冬にかけて吹く強い風。のわけ。のわきのかぜ。
[季語]秋。《吹飛ばす石は浅間の野分かな / 芭蕉 》」*とあります。
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(*)「吹飛ばす石は浅間の野分かな」は、芭蕉の「更科紀行」に所収。
    山梨県立大学
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/sarashina/sarasina.htm#ku11


防災の日
ところで、9月1日は「防災の日」で、あらゆる災害(台風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波など)の認識と備えを充実する日だ。

災害例として、大正12年⁅1923年]9月1日に発生した「関東大震災」の当日は、暦上、立春から数えて209日目であった(微妙にずれる)。とはいえ、当時「台風が能登半島付近を通過した影響で関東地方には強い南風が吹き荒れていましたこの風が火災の大規模な延焼を引き起こす一因となったことは歴史的にもよく知られています。」とのこと(Gemini)。

二百十日のころになると、台風であれ地震であれ災害を強く意識される。

2026年4月20日月曜日

(地震)三陸沖、津波警報、後発地震注意情報の発表

PCを見ていたら急にゆらゆらと横揺れしだした(一瞬、眩暈かと錯覚した)。北向きの姿勢でいたところ、前後(南北)に揺れを感じた。気象庁の地震情報では、広い範囲に揺れがあり、武蔵野台地の当地も、<震度2>が記録された。いそいで、テレビをつけて状況を確認した。
2011年3月11日の「東日本大震災」(M 9.0)を思い出さざる得ないが・・・生成AI Gemini によると「2011年に、最も大きくプレートが滑った場所(宮城県沖付近)よりも北側に位置して」いるとのこと。

津波警報・津波注意報の発表
岩手県青森県北海道に「津波警報」が出た。テレビのアナウンサーが、津波の状況を報道するの聞いていると、危機感が増してくる。(津波は繰り返し襲ってくる!・・・解除されるまで注意が必要)

震度5以上の観測
震度5以上(5+:5強、5-:5弱)が観測された地区は次の通り。
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● 青森県        5+ 階上(はしかみ)町
                     5- 八戸市、七戸町、東北町、おいらせ町、五戸町、青森南部町
● 岩手県        5- 宮古市、普代村、盛岡市、二戸市、八幡平市、矢巾町、花巻市
● 宮城県        5- 登米市、涌谷町
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■ 気象庁 地震情報
「震源・震度情報」(2026年04月20日16時58分発表)
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・地震の発生日時:  04月20日16時53分頃
・震央地名:          三陸沖
・緯度/経度:         北緯39.8度/東経143.2度 ← 岩手県下閉伊郡岩泉町小本の真東 約106km 
・深さ:                10km
・マグニチュード:  M7.4  → 7.5に修正
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気象庁から、今後一週間程度、想定震源域(北海道・三陸沖)にM7の地震(巨大地震)が発生する注意が発表された。(対象地域は、北海道~東北地方、および関東地方の海岸線:津波3m以上、または震度6弱以上が想定される地域など)
    ー https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jishin/nceq/info_guide.html

2026年3月11日水曜日

東日本大震災から15年

15年前のきょう、2011年(平成23年)3月11日に、「東日本大震災」*が発生して多くの方々が亡くなられた。あわせて、原子炉の緊急事態について考えるきっかけにもなった。
(*)死者・行方不明者は、2万2,332名(Wikipedia)

防災という面で、きょうの日に特別な名があるかといえば、すでに1923年(大正12年)9月1日に発生した「関東大震災」**に対する「防災の日」がある。
(**)死者・行方不明者は、推定10万5,000名(Wikipedia)

(本ブログ関連:”東日本大震災”、”関東大震災”)

東北地域を襲った東日本大震災については、東京に置いても、建物・地面が激しく揺れるといった身近な経験があるだけに印象が強い。何度も記してきたことだが、震源が遠くなればなるほど、そして時代が離れれば離れるほど緊迫感が薄れ、記憶も明確でなくなる。
だから、経験のない世代には、遠い過去のことになってしまうだろう。致し方ない。

津波の、防災・避難を意識したものであるが、次の言葉がある。

■ 言い伝え:明治三陸地震(明治29年:1896年6月15日)の津波の頃からと言われる
津波てんでんこ」(Wikiprdia
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津波てんでんこ(つなみてんでんこ)は、三陸地方で昔から「津波起きたら、てんでんこだ」と伝えられてきた標語である。

てんでんとは、「てんでに」てんでんばらばらに」という意味で、津波てんでんことは、薄情なようではあっても、「てんでんばらばらに急いで早く逃げよという、津波から逃れるための教えである。
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■ 宮古島地方気象台
「防災一口メモ」(2023年1月)
    ー https://www.jma-net.go.jp/miyako/
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津波避難の3原則を実行しよう
「東日本大震災」では、甚大な被害を及ぼしたなか、岩手県釜石市内の子どもたちは「津波避難の三原則」、第一「想定にとらわれるな」第二「最善をつくせ」第三「率先避難者たれ」を忠実に実行した結果、多くの子どもたちが津波から身を守ることができました。

● 想定を信じるな!
予想以上の災害が起こる可能性があります。「ここまで津波がこない」という想定にとらわれず、逃げること。
● 最善を尽くせ!
ここまで来れば大丈夫ではなく、そのときにできる最善の対応行動をとること。
● 率先避難者たれ!
いざというときには、まず自分が率先して避難すること。
率先して逃げる姿を見て、他の人も避難するようになり、結果的に多くの人を救うことに繋がる。
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2026年2月27日金曜日

春よ来い(童謡)

冬の寒さから、ようやく抜け出したというのに、ストーブやエアコンの温もりから離れられないでいる。でも温風が流れると、それが悪女の深情けのようで疎ましく思ったりする。季節の変わり目に、いつも感じることだ。寒さを惜しむ気にはならず、さっさと春の暖かさに乗り換えようとする。なんの未練もないのだ。

でも子どもたちには、冬の雪遊びは楽しかったし、これから春の陽気も待ち遠しい。眩しそうに走り回る様子がうらやましい。Youtubeに子どもたちの数々の動画がなかったら、そんなことに気づくことはなかったかもしれない。早く、春よ来い。

(本ブログ関連:”春よ来い”)

そんな春を待つ、みいちゃんの気持ちに近づいてみよう。

春よ来い」(作詞 相馬御風、作曲 弘田龍太郎)
    ー 1923年に雑誌『金の鳥』(1923年3月1日、金の鳥社)に発表(Wikipedia)
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春よ来い 早く来い
あるきはじめた みいちゃんが
赤い鼻緒(はなお)の じょじょはいて            ← じょじょ:「草履」の幼児語
おんもへ出たいと 待っている                        ← おんも:「家の外」の幼児語

春よ来い 早く来い
おうちのまえの 桃の木の
蕾(つぼみ)もみんな ふくらんで
はよ咲きたいと 待っている
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この歌について、「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)にある紹介の書き出しに、「95.1.17(阪神大震災)。忌まわしい日付だ。」とある。「災害ボランティア元年」といわれる、そのときのある出来事の紹介が続く・・・避難所で、カセットテープの童謡が流れれたなかに、この歌があった。「『懐かしい歌やな』。一人が身を乗り出し、何人かが口ずさみ、やがて全員の合唱になった。」という。

ちなみに。この歌が発表された同年(1923年:大正12年)の 9月1日に、「関東大震災」が発生した。

■ Youtube(登録: ゆめあるチャンネル)
「春よ来い(春の童謡)」演奏・歌:山口あい
    ー https://www.youtube.com/watch?v=6hE633-pw3g

2025年1月24日金曜日

真白き富士の根(つづき)

きのう(1/23)のブログに、鎌倉の七里ヶ浜沖で亡くなった中学生たちの魂を鎮める「真白き富士の根」の歌について記した。そこで、きょうは、<鎌倉> について思いつくまま述べてみたい。

(本ブログ関連:”鎌倉”、”真白き富士の根”)

鎌倉
大学生時代に、車を借りて鎌倉県立近代美術館へ何度か通ったことがある。とはいえ、鎌倉の名に寄せて尋ねたわけで、展示テーマに特別なこだわりがあったわけではない。だから、美術館について忘れかけていた。
あらためて同館のホームページを見て、建物写真が記憶と少し違うのに気づいた。Wikipediaを参照すると、「1951年に鎌倉市雪ノ下に開館し、のちに鎌倉館となったが2016年(平成28年)3月31日に鎌倉館は閉館。以後は葉山館(2003年開館、葉山町)と鎌倉別館(1984年開館、鎌倉市)からなる」とある。時代がどんどん変化しているのを知らされる。現在、本館は海沿いの葉山にあるということなのだろうか(どうして?)。

由比ガ浜
中学生の頃、学校の図書館で日本史の記録として「人骨」*に触れた書籍を見つけて読んだことがある。中学生らしく骨への興味本位に過ぎなかったが。その中に、由比ガ浜に鎌倉時代の人骨が出たという話があった。浜辺に行けば鎧や甲冑や刀までも、もしかしたら見つかるかもしれないと空想した。
(*)和楽: 「人骨も見つかる、かつての最恐スポット「由比ヶ浜」の歴史」(2020.03.06)
https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/80264/
(資料)歴史MAP「鎌倉の古戦場MAP」
http://www.kamakura-burabura.com/rekisisansakukosennjyou.htm

大学生のころ、深夜をかけて東京から鎌倉まで歩く学内のイベントに参加したことがある。終着地の由比ガ浜の海岸に到着したとき、すでに朝陽がのぼり始め、岸辺をうっすら赤く照らしていた。木箱に箱詰めされた <蜂葡萄酒> の瓶を一本引き抜き、まるまる飲み干した。疲れた体に沁み込んで、少しも酔いを感じなかった。イベント終了後、特別なことは何もなく、めいめい勝手に国鉄鎌倉駅までふらつくことなく歩を進めた。

明月院
執権を退いた北条時頼が諸国遊行したときの逸話に「鉢の木」がある。それに似た言い伝え*を先祖に持つ縁者が、時頼の墓**がある「明月院」に参拝した。むしろ <あじさい寺> としてブームになったことに関心があり、一度訪れてみたかったのだ。寺院が本来そうあるべきかもしれないほど、規模もあじさいの花の数も慎ましやかだった。
(*)讃岐の風土記 by 出来屋: 
http://dekiya.blog57.fc2.com/blog-entry-184.html
(**)鎌倉手帳(寺社散策): 
https://www.yoritomo-japan.com/kamakura138/meigetuin-tokiyori-haka.htm#google_vignette

極楽寺
高校時代に、鎌倉散歩の行事があり、めいめい自由に寺院巡りをした。江ノ電に乗り、寺の名前が気に入った小さな「極楽寺」を訪れてみた。ここには誰も来るはずがないと思ったのだが、境内の奥に他クラスの男子学生が一人いるのに気づいた。無口なあいつがここに来るなんてと驚いた・・・そういえば、俺も一人だけだと。

江の島
数度訪れたことがあるが、正直記憶に残らない。土産物店が並ぶ、世俗化した観光地といったところだろうか。
貝塚の発見者である、E・モースは東大教授職を受けるとき、江の島に島臨海実験所を設けた。むかし、科学雑誌「NEWTON」に実験所跡を調べた記事があって・・・観光路とは違う場所に存在していた。モースが当時作成した島の全形(地図)が、その後「埋め立て、関東大震災、隆起」などで、現在と大幅に変化しているのに驚く・・・まるっきり違っている。

(資料)生物科学ニュース(← Wikipedia「江ノ島臨海実験所」より)
「モースの江ノ島臨海実験所跡」(廣崎芳次(野生水族繁殖センター、2002年4月号Z版)
https://www.zoology.or.jp/html/09_news/archive/data/2002_4Z.pdf


まだまだ記憶をたどって、追記してみたい。


切通(きりどうし)
鎌倉の街を囲む山道の一部を縦走(というほどでもないが)したことがある。一種の防衛壁であり、街に入るために <霧通し> が設けられていた。記憶が朧なため、Wikipediaを参照したところ「鎌倉七口」として写真が並んでいる。イメージとして「朝夷奈切通」が近いのだが、地図上の場所が遠い・・・気もする。

2024年3月11日月曜日

東日本大震災から13年目、映画「ゴジラ -1.0」 アカデミー賞受賞

■ 東日本大震災から13年目

13年前のきょう、東北地方太平洋岸を「東北地方太平洋沖大地震」(東日本大震災)が襲った。震災当日、関東のこの地も大きく揺れ、わが家の大谷石塀が崩れた。そして翌日、津波災害のあまりの巨大さを(テレビ画面を通して)目の当たりにすることになった。死者数は、戦後最大の2万2200人以上に達した。
今年の元旦の「能登半島地震」もそうだった。被災状況を翌日、更に翌日へと重ねて実情を知り驚く。逃げ場のない現地、交通隘路の困難の中、現地に向かう救助活動のむつかしさを知った。被害は甚大だった。

(本ブログ関連:”東北地方太平洋沖地震東日本大震災)”、”能登半島地震”)

自然災害は繰り返し続いてきたし、これからも起こるだろうけれど、直面したらどのよう行動をするか心もとないのが正直なところ。(愚かなことだが、考えたくない面もある)
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■ 映画「ゴジラ -1.0」 アカデミー賞受賞

昨年の師走(12月中旬)、久し振りに映画館へ足を運んだ。「ゴジラ -1.0」を見るためだ。子どものころに震えた、あの恐怖感がよみがえった気がした。それほど引き込まれたのだ。
ゴジラの破壊力は、全景にあるのではなく足元だ。むかしの第1作「ゴジラ」(1954年)で見た、尾が街並みをなぎ倒す凄まじさは、夢に現れたほどだ。今回それが再現された。
というわけでスクリーンに興奮して、ゴジラ映画ひいきになった。見たもの誰もが共感し絶賛した。

(本ブログ関連:”ゴジラ”)

日本アカデミー賞で「最優秀作品賞」を受賞、さらには技術スタッフに大いに栄誉が贈られた。もっともっと期待した面もあるのだが納得。
そして、米国アカデミー賞で「視覚効果賞」にノミネートされ、受賞をおおいに期待した。結果、望んだ通りになった。同時に、「長編アニメーション賞」で、宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」が受賞したことも合わせて、まさに爽快、快挙だった。

ところで、山崎貴監督のこれまでの作品(原作)について、これまであからさまな立ち位置にいたメディアや「評論家」たちは、受賞をどう説明をするのだろうか。

◎ 日本アカデミー賞
第47回 「日本アカデミー賞」(令和6年、2024年3月8日、東京)
映画ナタリー記事:
「第47回日本アカデミー賞(2024年)受賞結果まとめ」(2024年3月8日 20:00 31、映画ナタリー編集部)
- https://natalie.mu/eiga/news/564145
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最優秀作品賞                      『ゴジラ-1.0』(山崎貴)
最優秀アニメーション作品賞 『君たちはどう生きるか』(宮崎駿)
最優秀監督賞                      ヴィム・ヴェンダース - 『PERFECT DAYS』 他
最優秀脚本賞                      山崎貴 - 『ゴジラ-1.0』
最優秀主演男優賞                役所広司 - 『PERFECT DAYS』
最優秀主演女優賞                安藤サクラ - 『怪物』
最優秀助演男優賞                磯村勇斗 - 『月』
最優秀助演女優賞                安藤サクラ - 『ゴジラ -1.0』
<技術>
最優秀撮影                         柴崎幸三 -『ゴジラ-1.0』
最優秀照明賞                      上田なりゆき -『ゴジラ-1.0』
最優秀音楽賞                      上原ひろみ - 『BLUE GIANT』
最優秀美術賞                      上條安里 - 『ゴジラ-1.0』
最優秀録音賞                      竹内久史 - 『ゴジラ-1.0』
最優秀編集賞                      宮島竜治 - 『ゴジラ-1.0』

◎ 米国アカデミー賞
第96回「米アカデミー賞」(2024年3月10日(日本時間11日朝)、ロサンゼルス)
朝日新聞デジタル記事:
①「「ゴジラ-1.0」がアカデミー賞視覚効果賞 日本映画で初」(五十嵐大介 2024年3月11日 9時50分)
- https://www.asahi.com/articles/ASS393C5ZS36UHBI03Y.html?ref=tw_asahi_kokusai
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第96回米アカデミー賞の授賞式が10日(日本時間11日朝)、ロサンゼルスで開かれ、山崎貴監督の「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」が視覚効果賞*を受賞した。同賞の受賞は日本映画として初めてとなる。
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(*)米アカデミー賞の視覚効果賞受賞で、アジア初(米国以外でも)の受賞となった。

②「視覚効果賞の山崎貴監督「我々にもチャンスがある証」」(五十嵐大介・平岡春人 2024年3月11日 10時18分)
- https://www.asahi.com/articles/ASS385DJTS38UCVL02C.html?iref=pc_extlink
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「ゴジラ-1.0」は、第2次世界大戦直後の東京を舞台に、ゴジラと元特攻隊員らのたたかいを描いた作品。視覚効果賞はスタッフが受賞するケースがほとんどで、監督の受賞は「2001年宇宙の旅」のスタンリー・キューブリック以来、2人目の快挙となった
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2019年11月2日土曜日

吉祥寺

JR「吉祥寺駅」の北側に、中央線に平行して東西に走る「五日市街道」の筋がある。昼過ぎのんびり歩いてると、街道に面して寺院の標札をつぎつぎ目にする。

この地は古くからの寺町といわれるが、江戸時代の「明暦の大火」(明暦3年、1657年)の結果、江戸本郷の門前町が移り住んできたもので、さらに「関東大震災」(大正12年、1923年)後に、都心からひとびとが流入して発展したといわれる。

大手書店や古本屋を目当てにたびたび訪れる。しかし、それも最近きつくなってきた。

そういえば、駅南口の「井の頭通り(水道道路)」の南側に広がる「井の頭恩賜公園」にいたっては、最近全く足を伸ばしていない。行動範囲が狭まるばかり。


(追記)
吉祥寺の町にある武蔵野大学で開かれた市民向け連続公開講座「大乗経典の魅力を語る」の第5回「『華厳経』はどのような作品か」(堀伸一郎氏、国際仏教学大学院大学 国際仏教学研究所 副所長)に出かけた。

前半は、堀氏の研究課題であるサンスクリット語による「華厳経」の文献学的な解釈で・・・内容理解に至らなかったが、後半は、華厳経典中の「入法界品」について、少年スダナ(善財)が54人のひとや神・菩薩などを訪ねて法を求めるといった、次のようなトピックを語っていただきしろうとながら興味持てた。
・スダナが会った54人中、2人は同じ場所だったので、53ヶ所での展開となる。このことから、「東海道五十三次」の53につながるのではと語られた。
・スダナが訪ねた地に、「補陀落(サンスクリット語のポータラカ)」があった。補陀落の名前に「補陀落渡海」信仰が浮かんでくる。若いときにずいぶん興味・関心を持った。

(本ブログ関連:”補陀落渡海”)

2019年10月11日金曜日

(資料)台風19号

朝から晩まで、テレビのニュースショーは、明日・明後日に襲来する「台風19号」の進路、および災害規模と危険性を報じている。先月(9/9)、千葉県を襲った「台風15号」の被害(民家の屋根や送電網などを破壊)を知るほどに身近に感じる。屋根の補修用の青いシートや、給水車に水をもらう行列の光景が浮かんでくる。

そこで、私もさっそく強風で飛ぶものがないように庭を片付けたり、浴槽に水を貯めたりした。スーパーへ行けば、近くに大学があるため(下宿や寮の)学生たちが即席麺や食パンを買いだめしたのか、棚から消えていたのに驚く。またテレビニュースでは、窓ガラスの飛散防止のため大判のマスキングテープに似た「養生テープ」が売り切れ続出という・・・オイルショックのときの「トイレットペーパー」の買い込み騒動を思い出す。今回は事情が全く違うが。

台風19号が、正直どれほどの被害を及ぼすか見当がつかない。千葉県を襲った台風15号の深刻さを、実は時間が経つにつれて後で知ったぐらいだからだ(「阪神・淡路大震災」や「熊本地震 (2016年)」の時もそうだった)。

NHK NEWS WEBの記事「気象庁『1200人以上犠牲の狩野川台風に匹敵 特別警報も』」(10/11、20時04分)は、昭和33年(1958年)の台風第22号「狩野川台風(かのがわたいふう)を例に、気象庁の警戒呼びかけを次のように伝えている。(抜粋)
(*)記事:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191011/k10012122671000.html
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台風19号について、気象庁は午前11時から記者会見を開き、静岡や関東で1200人以上が犠牲となった狩野川台風に匹敵する記録的な大雨となり、大雨の特別警報を発表する可能性もあるとして、厳重な警戒を呼びかけました。

梶原靖司予報課長は「今回、類似台風として狩野川台風を持ち出したのは、予想される現象や災害の程度が著しいことや、大きさや進路・勢力・北上スピードなどが似ていることから説明に用いようと判断した。一方で、類似台風を持ち出して呼びかけることは非常にリスクがあるとも考えている。災害の起こる場所や広がりについては事例ごとに大きく異なる」と述べ、狩野川台風で被害がなかった場所が安全というわけではないと強調しました
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ところで、狩野川台風の時期、子ども時代の私は地方にいたので、狩野川台風の被害を感覚的に理解できないでいる。Wikipediaによると、狩野川台風は「27日0時頃に神奈川県東部に上陸したが、勢力はさらに衰えて960ミリバールであった」とのこと。これって、千葉県に上陸した台風15号のときと同じ(960ヘクトパスカル)。はたして今回の19号の場合、どれくらいの規模になるのだろうか。

2019年3月11日月曜日

東日本大震災から8年

過去の天災を文字や映像で理解しても、恐怖感はなかなか伝わらない。日本人なら誰もが知っている、寺田寅彦の言葉「天災は忘れた頃にやってくる」は、震災の恐ろしさを再確認させる。経験の乏しい天災は、実感を湧かせるよう繰り返し「伝承」となるまで伝えていくしかない。

8年前の「東日本大震災」(2011年3月11日)で我が家は大きく揺れて、それなりの被害を経験した。今日、テレビで放送された大震災の回想番組を見ながら、いろいろな思いがよみがえった。呼び戻されることをためらい恐れてはいけないだろう。

(本ブログ関連:東日本大震災 2011年3月11日12日13日

ところで、「阪神・淡路大震災」(1995年1月17日)を、その日の朝方のニュースで知ったとき、初め規模の大きさを知らず、後の詳報で次第に分かった。関東の当地は、かすかな揺れも感じなかったせいか、(残念ながら大いに反省すべきことだが)実感に乏しかったのだ。(その後の「東日本大震災」では、メディア技術の発達により、多くのできごとを瞬時に知ることができた)

人工に対する防災は人工しかないが、最後は、経験した震災を「物語」のようにして子どもたちに地道に伝え、周辺に広げて共有するのが最も良い方法かもしれない。

2017年9月1日金曜日

イディッシュ語カセットテープ届きました

先日予約した、「イディッシュ語カセットテープ」が届いたと地元書店から連絡があった。携帯カセットプレイヤーを準備して出かけたのはいうまでもない。プレイヤーを手にするのは何年振りだろう。困ったことに乾電池が入ったままの状態。当然ながら化学変化していた。乾電池をこさぎ出し、新しいものに入れ替えたところ大丈夫だった。アナログ機器の凄さ、しっかり作動してくれたのだ。

書店で受け取ったカセットテープを、何処で聞こうかと思案する。図書館の学習室では、再生・停止ボタンの動作音がカチャ・カチャとうるさいだろうし・・・ということで、近所の公園にあるテラスで、風に涼みながら試し聞きした。(ヤブ蚊多く3ヶ所刺される)

男性の音声で、テキストの最初からしっかり対応して吹き込まれている。第1章以降の会話編は、速さが<ゆっくり>、<普通>の2種類が収められている。(贅沢いえば、会話を別々の声だと楽しいけれど)

音声を小出しに、リピートを繰り返しできるといいのだが。カセット音源をMP3プレーヤーで聞けるよう、変換できたらいいのだが。そんなデバイスもあるようだ・・・でも、昔はカセットに入魂集中して聞いたものだ。そう考えると、じっくり聞くことから始めようかと思う。

(付記)
今日は、「防災の日」、1923年(大正12年)9月1日に発生した「関東大震災」の日でもある。あまりにも有名な「天災は忘れた頃にやってくる」の言葉をあらためてかみしめる。

2016年11月22日火曜日

小雪2016 そして地震

二十四節気「小雪」の早朝、寝ぼけながら小さな横揺れに気付いた。小きざみの振動が止まらないのだ。つけっ放しにしていたテレビから「緊急地震速報」報知音が聞こえた。いつもの地震と様子が違う気がした。脳裏を「東日本大震災」(2011.3.11)の記憶が走った。次に何が来るか不安になる。幸い、長々感じた振動は強さを増すことなく終わった。

(本ブログ関連:”小雪”、”地震”)

明晩、東京に初雪が予想され、時候はまさに「小雪」である。二十四節気は旧暦に即しているが、カレンダーとピッタリの二十四節気に合点がいく。こうでなくっちゃ。

なんて思っていたら、早朝のテレビが一斉に、太平洋側の東北・関東各県に対して津波警報・注意報を流した。ただごとでない。気をもんだけれど、幸い大事に至らずに終わった(ようだ)。

気象庁は「地震情報」を次のように報じた。最大震度<5弱>で、マグニチュード<7.3>という。まだ余震が続いているようだ。当地の震度は<3>だったが、横になっていたせいか体感で<2+>位いだったし、余震は感じない。

気象庁発表
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22日05時59分頃地震がありました。
震源地は、福島県沖(北緯37.3度、東経141.6度、いわきの東北東60km付近)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は7.3と推定されます。
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気象庁によれば、今回の地震は、東日本大震災地震の余震に当たるようだ。

2016年4月10日日曜日

NHKスペシャル「巨大災害」

4/6の日付に変わる深夜、NHKスペシャル「巨大災害 MEGA DISASTER Ⅱ- 日本に迫る脅威 ▽ 地震列島 見えてきた新たなリスク」が再放送され視聴した。寝るのを忘れるほど、驚く内容だった。

(Youtubeに同番組の内容が登録されている)

最近の観測にGPSが使われ、隆起、水平移動が詳細に記録されている。現在、次のような現象が観測されている。

① 3.11「東日本大震災」以降、GPS観測により、日本を含めて、日本海沿岸のロシア・沿海地方、韓国・朝鮮半島、中国・東北地域の地盤がに移動している(Max.5cm)。今まで動いてない地域であり、進行中とのこと。

② 活断層が(痕跡も含めて)発見されない地域でも、地震が発生している。長野県、鳥取県*などの地震例がある。地殻の動きに複雑な原因が推測される。
・プレートは、マントルに地殻を乗せた単なる一枚板というわけではない。GPSにより、同一プレート上でも、エリアによって地表の動く方向が異なることが観測されている。
・すなわち、「プレートが複数のブロックに分かれ、その裂け目で大規模な地震が起きるリスクも指摘されている」という。プレート説が登場した時代と比べて、現在は観測精度があがっている。プレートを細分化してとらえる、「ブロック」という考え方があるようだ。

(*)鳥取県の地震・・・内陸地震の危険性が示された。ところで、従来、地震保険の保険料金が安い(=比較的安全?な)ところだったようだが。(損害保険料率算出機構


(参考)
「関東直下の新しいプレート構造の提案」(2005年6月1日、産業技術総合研究所)
日頃、震源を気にしていた、「通常頻繁に発生する茨城県から千葉県北西部を震源とする地震」の解説に、その地下のプレートが、実は相当に入り組んでいるようだ。

地表にGPS観測点(スポット)を立てることはできたのだが・・・地下のプレートの複雑な動きをどうやって観測するのだろうか。

2015年9月1日火曜日

二百十日 2015

今日は雑節の「二百十日」。この言葉、今よりも子ども時代の方が馴染んだ記憶がある。昔、台風襲来のたび、木造家屋は強くなかったのだろう、親父が木の雨戸に釘を打ち付けて固定していた思い出がある。

いまどきの戸建ては、とっくに縁側がなくなって久しいけれど、庭に面して雨戸を使う、大きな背丈サイズのガラス戸を並べるものが少ない。耐震構造のためか、エアコンなどの普及もあってか、できるだけ戸口を小さくする傾向にあるように見える。一見、洋風だが、湿度の高いモンスーン地帯の伝統的な家屋とは、かけ離れた気がする。

私の記憶にある、最大の台風被害は、「伊勢湾台風」(1959年、昭和34年)だ。子どもの頃、転校してきた級友から被災の経験をそれとなく聞いた。けれど、それ以上深入りすることがはばかれた。テレビや新聞記事から知っていたからだ。子どもながらに、興味本位に聞く話ではなかった。

今夕、帰り道に本屋へ寄って外に出ると、路面に小さな点がついていた。始めは微かに雨粒を感じた。次第に、雨脚が強くなった。帰宅してまもなく、屋根を叩く本降りとなった。どうも天候に恵まれない日のようだ。

1923年(大正12年)の今日、関東大震災が起きた。「防災の日」である。

2014年1月17日金曜日

冬の土用

冬にも「土用」がある。Wikipediaの土用の説明に「四立(立夏・立秋・立冬・立春)の直前約18日間ずつ」があって、今日(1/17)の「冬の土用の入り」から「立春」(2/4)の前日2月3日までを指している。夏の土用は暑気払いとして鰻を食うが、冬の土用の場合、一体何を食うのだろうか。

スーパーやコンビニの商品棚には、気早く2月3日の「節分」に撒く豆や恵方巻(こちらはサンプルだが)、2月14日の「バレンタインデー」のチョコレート(手造り用の材料として)が並んでいる。

ちょっと残念なのは、この地に土着の風物が足りないことだ。遠の昔に農作業は消えてしまい、人々の営み中に季節を知ることはできない。流通の商品棚や通信の画面(テレビやインターネット)の中でしか感じられない。

寒暖以外に、自然の息吹を、生活に溶け込んだ伝統の行事や祭事を通じて気付きたいものだ。

(追記)
今日は、「阪神・淡路大震災」(1995年1月17日)から数えて19年目にあたる。関東の住人にとって、果たして、「東日本大震災」(2011年3月11日)を経験しなかったら、関西のひとびとの恐怖を想い描くことがどれくらいできたろうか。6年の間に東西で発生したこれらの震災は、わたしたちの心の中に自然に対してだけでなく、人との絆の意味をあらためて思い知らせた。