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2018年6月13日水曜日

Jポップの日本語研究

先日、書店に行ったら、AI関連書の特設コーナーがあった。AIについては、素人ゆえさっぱり分からない。それに、私が生きている限りに、アンドロイドの「ターミネーター」に殺戮される時代が来ることはないだろうから、まあいいやといった感じでいる。

AIについて恐れるなかれと、元高級財務官僚が刺激的な書籍の中で発言している。AIが動く限り、前提にプログラミングがあり、それは言語の(つまり人間の)延長でしかない。AIに特別なワザや神域があるでもないだろうから納得する。それにしても、天才は秀才と違うんですね。感心するばかり。

さて、上記の特設コーナーに、J-POPを言語分析して、作詞の自動化を狙った日本語研究の書籍「Jポップの日本語研究 創作型人工知能のために」(伊藤雅光、朝倉書店)があった。出版社からして理化学系の出版社であり、芸能関連書じゃないことがわかる。内容は、実際のJ-POP歌詞を分析して、語彙の傾向や差異をまとめたものだ。難しいAI技術書ではないので、楽しめそう。

(本ブログ関連:”J-POP”)

地元図書館(本館)が蔵書していることを知り、本日、さっそく借りることにした。日本のポップスがなぜ洋楽離れして、「日本語回帰」しているのかから始まり、「中島みゆき」と「松任谷由実(ユーミン)」の作詞分析(語彙の豊富さ、語りの構造など)へと進む。(ちなみに、図書館でこの書を「J-POP」で検索したら見つからない・・・館員さんから「Jポップ」表記と教えてもらった)

(本ブログ関連:”中島みゆき”)

昔、中島みゆき派と松任谷(荒井)由実(ユーミン)派といったファン層の大きな隔たり、深い谷底があったことを思い出す。これについては、あまり喋らない方が身のためのような気がする。(同書の著者がどっちよりかなどと推測するのも面白い)

2018年3月16日金曜日

パーマ大佐のMV「J-POPの歌詞あるあるの歌」

声質はどう見ても、否どう聞いても「さだまさし」である歌上手の芸人さん、パーマ大佐のMV「J-POPの歌詞あるあるの歌」と、Youtubeで偶然巡り会った。聞くほどに、やがて笑いがこみ上がる。

(本ブログ関連:”Jポップ”)

いわゆる「J-POP」って、<日記>じゃないのとか、<応援歌>それも自分のための、何て思ったりするのだけど。今回のMVは、それに増して、言葉というか考え方をとらえて面白くおかしい。パーマ大佐の芸風である飄々とした歌いに乗せられてしまう。MVもぴったりなできばえで、物語になっていて見入ってしまうし。

J-POPのコード進行については、<王道>があるなんて話題があって、Youtubeに例示されているけど、そこまでいくとどうなのかなあって気がする。そんなこといったら、「演歌」はどうなることでしょう。ものごとは、常に軽妙洒脱でありたいものです。


(Youtubeに登録のパーマ大佐に感謝)

⇒ 「J-POPの歌詞あるあるの歌」の Part.2 フルver.

ところで、音楽産業規模が日本と全然違う韓国の、いわゆる「K-POP」については、輸出商品のような気がしています。その意味で、国内需要の歌謡歌手は機会作りも大変だろうかと・・・。

2010年7月14日水曜日

Jポップな日本語

書店でチラリと見て、いずれ手にしようと思っていた「Jポップな日本語」(井上ノリミツ、主婦の友社)を購入した。立ち読みして思わず吹き出しそうになるので、自宅で遠慮なく読むことにした。
同書は、Jポップに典型的な語彙、フレーズなどを網羅して、それぞれに「悪魔の辞典」のような諧謔的な解説を加えている。
同書でも触れているが、Wikipediaによれば、「J-POPという言葉はラジオ放送局J-WAVEから1988年末に誕生した造語」だそうだ。

この本のPART5 には、「年齢がバレる!? 『Jポップな古語』」も用意されている。記載の80年代の「古語」に抵抗がなく、親和的なひとは必読だろう。当時の語法がしっかりと沈着していることを知らされるわけだから。
タレントがテレビの座談で、デビュー時の映像が映されると身の置き場がないように照れることがあるが、当時※を共有した視聴者も、そんな感覚を持つべきなわけで・・・。その頃、どんな世代で、どこに住み、Jポップとどのように接していたのか・・・。
(※)日本の得意絶頂期(日経平均チャート:「全データ」で参照)の言葉だったわけで・・・。

ただし残念なことに、この本が紹介する一言一句には、根拠となる歌(歌詞)が付されていない。同書の素材は「Jポップな日本語」であって、「Jポップの日本語」ではないようだ。つまり、あくまでも「Jポップ風な日本語」の解説書である。

(本ブログ関連:1/247/3

2019年4月26日金曜日

ハナミズキ

サクラの花を失って、ぽっかりと空いた心に、「ハナミズキ」の花がもぐりこんでくる。そのさまは、底意の知れぬ妖しげな感じではなくて妙に明るいのだ。多分、ふりそそぐ春の明かりが一段と透明さを増しているからだろう。でも、白い花、薄紅の花を咲かすハナミズキに、詩情をなぜか感じることがないのは不思議。多分、その咲きっぷりが余りに健康的だからだ。

(本ブログ関連:”ハナミズキ”)

ハナミズキは、北アメリカ原産だそうで、昔に日本からワシントンD.C.へ「ソメイヨシノ」の桜を贈った(1912年)返礼として、1915年に日本に苗木が贈られたという。とはいえ、街路樹としてこんなに多く見るようになったのは、そんなに遠くない。本格的に普及しだしたのはいつ頃のことだろう。ネットで調べてみたがようとしなかったが・・・。

サイト「学芸の森」(真山茂樹教授:京学芸大学教育学部生物学教室)*によれば、個人的な経験として1970年代ころにお住まいの町に、街路樹として植えられたという。
(*)学芸の森のハナミズキ:
       https://www.u-gakugei.ac.jp/~planttgu/dokodemo/pc/061.htm

流行歌J-POPにも「ハナミズキ」(2004年)の歌がある。この2004年に至って、ハナミズキが街路樹として日本全体に認知されたといえるだろう。


(追記)
東京都建設局の「街路樹のデータ  街路樹の主な樹種と本数(東京都)」は、「東京都内の街路樹本数944,166本【平成27年4月1日現在】」**に、<都内全体の街路樹本数>の順位を次のように記している。
(**)街路樹本数:http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jigyo/park/ryokuka/hyoushi/hyoushi5/index.html
  1位 ハナミズキ    62,629本
  2位 イチョウ       61,832本
  3位 サクラ類       44,704本
また、同調査の「東京の街路樹本数の推移」グラフを見ると、1970年を境に本数が増加しているのがわかる。(さらに、2005年以降急激に伸びており・・・この時期から、ハナミズキを積極的に植えたのだろうか)
【平成27年4月1日】

2015年8月8日土曜日

(資料) 「外華内貧」のK-POP

特有の音楽事務所のタレント養成システムとオーディション番組での選抜、歌って踊るタレントグループ歌手と歌を主体にした歌手など、韓国音楽界には様々な対比がある。その実態について、朝鮮日報日本語版の記事、「【コラム】「外華内貧」のK-POP」(8/8、権承俊(クォン・スンジュン)記者)は、歌手が本来の歌に専念する場所が少ないことについて、下記のように伝えている。

(資料)過去10年間の歌謡界のトレンド  2014年12月17日
(資料)氾濫するガールズグループの市場  2013年3月15日
(資料)アイドル過剰時代  2013年2月20日
(資料)韓国アイドルグループ歌手の今後の動向  2012年11月21日
(資料)大衆は"100%本物の音楽"を望む  2012年12月12日
(資料)韓国オーディションの歴史  2011年3月2日

パティ・キム、イ・ミジャなどにつながる、歌を歌い聞かせる本来の意味での歌手をイ・ソンヒに見るものにとって、今様の次々と、しかもグループで送り出すスタイルに馴染めない。歳のせいかもしれないけどね。それにしても、タレント養成システムは投資がかかり、次々生産しなければならないだろう。大変なことだ。

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・韓国のポップス界では最近、「イ・スマンとヤン・ヒョンソク(共に韓国大手芸能プロダクションのトップ)の上にキム・テホがいる」という話がよく出る。キム・テホ・プロデューサーが演出するバラエティー番組『無限挑戦(무한도전)』(MBC)が2年に1回、歌手にオファーを出して開催する「無限挑戦歌謡祭」出演すると、音楽配信チャートやポータルサイトの検索ワードランキングでたちまち上位になるからだ。今回は、バンドhyukohとシンガーソングライターZion.Tがキム・プロデューサーの「お眼鏡」にかなった。音楽配信チャートで50位圏外だった2組の歌は、放送後に1-5位を独占した。「K-POP界で最も権威があるのは『無限挑戦』」と言われるわけだ

・hyukohとZion.Tは、ディープな音楽ファンの間では高い評価を得ていたが、一般の人々には無名のミュージシャンだった。彼らを一気にK-POP界で最も注目されるスターに引き上げたのが音楽番組ではなく、バラエティー番組だったというのが少々引っ掛かる。

地上波の音楽番組が一般大衆に対し良い音楽を広く紹介するという本来の趣旨を失って久しい1時間の番組放送中、アイドルが歌い踊り笑顔を振りまくのが最近の音楽番組の全てだ。地上波3局とも同じアイドルたちが出てくるので、ほかの曲が聞きたい視聴者は見るチャンネルがない。その「すき」を突いてきたのがキム・プロデューサーのような、目の付け所が鋭い演出家たちだ。今回も『無限挑戦』では、パク・ジニョン(J・Y・Park)、G-DRADON、IU(アイユー)といったスターたちと共に、hyukohとZion.Tにオファーを出した。G-DRAGONを見ようと思って『無限挑戦』にチャンネルを合わせた視聴者が、hyukohの曲を聞いて興味を持ったのだ。大手芸能事務所に所属するアイドルではないミュージシャンたちが、音楽番組でなく『無限挑戦』に出るのは、今やK-POP界でおなじみの光景になった結局、音楽番組には彼らの居場所がないのだ

問題は、バラエティーはあくまでもバラエティーということだ。人気バラエティー番組『日曜日、日曜日の夜に』(MBC)の「覆面歌王(복면가왕)」コーナーに出てくる歌手は奇妙な覆面をかぶり、「化学兵器室クレオパトラ」のような変なニックネームで呼ばれている。繊細な感情表現が必要なバラードを歌っても、覆面をかぶっているため全く感情移入できない。「自分の正体を気付かれてはならない」という番組ルールのため、歌手は本来の歌い方を変に崩して歌う。バラエティー番組では結局、面白おかしく笑えるかどうかが優先されるので、こうしたことは全て甘んじて受け入れるしかないケーブルテレビチャンネルMnet『スーパースターK』のようなスター発掘番組も同じだ。歌の実力よりもさまざまな事情を抱えた人の方が注目される優勝しても一発屋に終わり、次のシリーズに入るとすぐに忘れ去られる愚直なまでに良い音楽を作り、直球で勝負するミュージシャンは貧しくて孤独なだけだ

・こうしたいびつな構造の責任は全員にある。<音楽番組プロデューサー>は、変化や革新を拒み、<バラエティー番組プロデューサー>は、視聴率を口実にミュージシャンを連れてきてショーをさせる。<ミュージシャン>は、一般の人々に知ってもらいたいという切実な思いからこれを受け入れ、<一般の人々(大衆)>、はただ面白がるだけだ。これ正常だと思う人はほとんどいないはずだが、変えようと思って立ち上がる人もいない。「K-POPだ」、「韓流だ」とこれまで以上に華やかさをアピールするK-POP(韓国大衆音楽)界が直面している「外華内貧(外見は華やかだが中身がないこと)」の現実だ
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2026年7月3日金曜日

演歌「人生万歳」

テレビから演歌番組がなくなって久しい・・・ いやいや、そうではない。夜明けのチャンネルを巡れば見つけることができる・・・ 自然に目が覚めてしまう早起き世代には苦ではないはず。

あるとき、早朝のテレビから元気が出る歌声が聞こえてきた。人生を応援する演歌だ、ネアカといっていいほど、やたら明るい。昔の水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」や、三波春夫の「万国博覧会音頭」に通じるといってよいかもしれない。今度は、ポンポコリンに浜圭介をミックスしたようで、かつテンポよく・・・。

中村美律子の「人生万歳」(作詞:久仁京介、作曲:徳久広司、編曲:南郷達也、2026/05/27)は40周年記念曲で、演歌がもう一度家庭に戻るとしたら、この線かなと思ったりする。大阪出身の彼女の曲目を見ると、<人生>をタイトルに織り込んだものが相当ある。まさに人生を謳歌する、日本列島を明るく元気にする応援歌だ。J-POPの基本も<応援歌>だし。

そう、「万歳  人生万歳  元気で  行きましょう」。


■ Youtube(登録: KING RECORDS)  ← 新曲のため下記 Youtube のアドレスで!
「中村美律子「人生万歳」Music Video」(2026/05/27)

2017年4月21日金曜日

イ・ソンヒの「思い出のページをめくれば」

イ・ソンヒのデビュー曲である「Jへ」を初めて聞いたのは、ミン・へギョンだったか、ケイ・ウンスクだったか、K-POPのずっと以前のこと。当時、(日本で聞く)韓国歌謡にはなぜかアルコールの匂いがしていたとき、異質といっていい自然な旋律、曲調だった。というのも、韓国歌手のカバー曲はオリジナルを尊重し、自分の色を強調することが少なかった(最近まではそうだったと思う)。後に、彼女の透明感あふれる声を聞き、驚きが増したのはいうまでもない。

イ・ソンヒの凄さは、高音、透明な声質だけでなく、選曲があたかも彼女に生まれるべくして生まれたように、6集所収の「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기면)」(1990年、作詞・作曲ソン・シヒョン)を聞けば、いかに調和しているか分かる。

(本ブログ関連:”思い出のページをめくれば”)

イ・ソンヒ礼賛は、彼女の歌を聞くたび深まり、尽きることはありません。


ゆらぐる、思い出のページをめくれば
ああ、遂に果たせなかった悔しさと侘しい贖罪が

*むかしのことのように、ぼんやりとかすむ窓枠の塵(ちり)のように
ああ、胸に積もるよ、今は遠ざかったあなたの微笑みのように

雨風がなくても春は来て夏は行く
ああ、あなたよ・・・涙がなくても、花は咲き葉はやがて散る

ああ、あ~、わたしに残った懐かしい歳月を浮かべて、眠りにつくよ、夢を見るよ

(* 以下繰り返し)

眠りにつくよ、夢を・・・見るよ・・・


(Youtubeに登録の김현진に感謝)