イ・ソンヒのアルバム5集(1989年)に所収の「冬哀傷(겨울 애상)」(歌詞)の作詞者で、重い病床にあるキム・ヨイル(김요일)を訪ねて、10年振りの詩集などについてインタビューしている記事が、クッキーニュース(쿠키뉴스)(3/9)に掲載されている。(チョン・チョルフン(정철훈)選任記者)
その中で、「冬哀傷」について次のように触れている。
・二十才の時の友人作曲家ソン・シヒョン(송시현)*を通じて、歌手イ・ソンヒに「冬哀傷」を献詩した彼は、ソウル教育大音楽教育科出身である。
*「冬哀傷」の作曲者と同名。
(Youtubeに登録のにdove2727感謝)
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
ところで、「故郷の歌(고향의 노래)」(作詞:김재호、作曲:이수인)という歌があるようだが、冬の庭、雁が飛んでいくといった似た始まりであるものの、こちらはどうやら冬寒い故郷を懐かしみつつ、心に暖かい思いが宿ってるようだ。
2011年3月9日水曜日
2011年3月8日火曜日
孫娘の四日目
明日(3/9)、孫娘は退院する。誕生した当日(3/5)、翌々日(3/7)といった具合に隔日会いに行ったが、そうなると明日は退院の当日でもあるので、今日面会した。
孫娘を2度も抱っこさせてもらう。支える腕の中に小さく愛らしくおさまった。腕に体温を感じさせる孫娘の口元に、耳を近づけると、すやすや寝息が聞こえてきた。小さな命に愛おしさが増す。
明日からお兄ちゃんと一緒だね。兄妹仲良く元気に遊んで欲しい。
孫娘を2度も抱っこさせてもらう。支える腕の中に小さく愛らしくおさまった。腕に体温を感じさせる孫娘の口元に、耳を近づけると、すやすや寝息が聞こえてきた。小さな命に愛おしさが増す。
明日からお兄ちゃんと一緒だね。兄妹仲良く元気に遊んで欲しい。
2011年3月7日月曜日
孫娘の三日目
朝方の雪は、昼までに小雨になったが、寒さの厳しい一日だった。今日休暇の息子が、誕生して三日目の娘(=孫娘)の沐浴練習をするというのだ。それに少し遅らせて昼過ぎ病院に行く。
部屋(病室)にはまだ、沐浴から誰も戻っていなかった。看護師さんに教えていただき、練習中の親子の様子を見ることができた。看護師さんの指導のもと、つたない手先で父親が娘に湯浴みしているのを、母親が後ろから心配そうに見ていた。孫娘は、湯の中で泣き続けていたが、新生児用ベッドに移されるや、表情が落ち着いた。
初めての風呂に、孫娘はぐっとべっぴんになった。切れ長の目すじ、高めの鼻、さらりとした髪の毛、どれを見ても美人につながると、わたしは思っている。孫は絶対に可愛い。
あさって退院なので、明日会うことにした。
部屋(病室)にはまだ、沐浴から誰も戻っていなかった。看護師さんに教えていただき、練習中の親子の様子を見ることができた。看護師さんの指導のもと、つたない手先で父親が娘に湯浴みしているのを、母親が後ろから心配そうに見ていた。孫娘は、湯の中で泣き続けていたが、新生児用ベッドに移されるや、表情が落ち着いた。
初めての風呂に、孫娘はぐっとべっぴんになった。切れ長の目すじ、高めの鼻、さらりとした髪の毛、どれを見ても美人につながると、わたしは思っている。孫は絶対に可愛い。
あさって退院なので、明日会うことにした。
2011年3月6日日曜日
孫娘の二日目
昨晩誕生した孫娘は、二日目の今日も元気で、その姿が写真と動画で送られてきた。わずか一日で、しっかりした顔立ちになっている。
白い産着を纏(まと)った孫娘は、とてもべっぴんである。わたしには、切れ長の目をしたこの子が美人になることがわかっている。かわいく愛らしい口元から舌を出したりして、すでに食欲も旺盛のようだ。
これから、孫(お兄ちゃん)と一緒に、すくすく育ってくれることが楽しみだ。
白い産着を纏(まと)った孫娘は、とてもべっぴんである。わたしには、切れ長の目をしたこの子が美人になることがわかっている。かわいく愛らしい口元から舌を出したりして、すでに食欲も旺盛のようだ。
これから、孫(お兄ちゃん)と一緒に、すくすく育ってくれることが楽しみだ。
童謡「島の赤んぼう」
イ・ソンヒが歌う童謡で、タイトルに「赤んぼう」の言葉があるものに、「島の赤んぼう(섬집아기)」(歌詞と楽譜)がある。
(本ブログ関連:2010年の10/12)
母さんが島陰にカキ採りに行けば、赤ちゃんはひとりでお留守番だけど、海が歌ってくれる子守唄に、とろろり寝付きます。
静かで、のどかな島の景色が浮かんでくる。海という母性的なものに育まれて、波音をゆりかごにした、島育ちのひとびとの懐かしい心象風景なのだろう。でもねえ、Youtubeで二人の子どもたちがヴィオラとギターで奏でるこの曲を聴くと、赤ちゃんの気持ちが、やはりひしひしと伝わってくるよ。
(Youtubeに登録のdanielsjp5kに感謝)
(本ブログ関連:2010年の10/12)
母さんが島陰にカキ採りに行けば、赤ちゃんはひとりでお留守番だけど、海が歌ってくれる子守唄に、とろろり寝付きます。
静かで、のどかな島の景色が浮かんでくる。海という母性的なものに育まれて、波音をゆりかごにした、島育ちのひとびとの懐かしい心象風景なのだろう。でもねえ、Youtubeで二人の子どもたちがヴィオラとギターで奏でるこの曲を聴くと、赤ちゃんの気持ちが、やはりひしひしと伝わってくるよ。
(Youtubeに登録のdanielsjp5kに感謝)
2011年3月5日土曜日
赤ちゃん誕生
夕方、息子家族に待望の第二子が誕生した。昨日までお嫁さんには、その兆しがなかったけれど、今日幸いに出産を迎えた。赤ちゃん誕生との連絡を受けて、いそいで西武線高野台にある病院に駆けつけた。
産科のナースセンター受付けで看護師さんから、「可愛い赤ちゃんですよ」と教えられた通り、産後の控え室にそれはそれは愛らしい女の子が眠っていた。お嫁さん、つまり母親は気が張っているのだろうか、元気にそして穏やかに振舞ってくれた。本当にお疲れ様でした。
毎日、赤ちゃんに会いたいと口にしたとき、息子からたしなめられた。母体に負担になることに気遣いが足りないというのだ。ごめん、ごめん。お嫁さんにはごめんなさい。
赤ちゃん、親子、そして若夫婦の姿を写真やムービーに収めた。ときに、真っ赤にして泣く赤ちゃんの様子に見入った。帰り際、足の裏と頬をちょっと触らせてもらった。何と清潔で柔らかなことだろう。また、後日会いに来るよ。
銀(しろがね)も 金(くがね)も玉も 何せむに 勝れる宝 子にしかめやも (山上憶良)
産科のナースセンター受付けで看護師さんから、「可愛い赤ちゃんですよ」と教えられた通り、産後の控え室にそれはそれは愛らしい女の子が眠っていた。お嫁さん、つまり母親は気が張っているのだろうか、元気にそして穏やかに振舞ってくれた。本当にお疲れ様でした。
毎日、赤ちゃんに会いたいと口にしたとき、息子からたしなめられた。母体に負担になることに気遣いが足りないというのだ。ごめん、ごめん。お嫁さんにはごめんなさい。
赤ちゃん、親子、そして若夫婦の姿を写真やムービーに収めた。ときに、真っ赤にして泣く赤ちゃんの様子に見入った。帰り際、足の裏と頬をちょっと触らせてもらった。何と清潔で柔らかなことだろう。また、後日会いに来るよ。
銀(しろがね)も 金(くがね)も玉も 何せむに 勝れる宝 子にしかめやも (山上憶良)
イ・ソンヒのカーネギーホール舞台の音響・映像・照明
2/3にカーネギーホールで開かれた、イ・ソンヒのコンサート舞台の音響・映像・照明を担当した企業が、当日の模様をニュースレターに次のように記している。
イ・ソンヒのカーネギーホールコンサート:
・2月3日、ニューヨーク韓人放送局KRBラジオコリアが主催した、イ・ソンヒのカーネギーホール公演にGenesis Technologyが演出(プロダクション)を引き受け、成功裏に公演を終えました。
・KRB創立14周年記念特別コンサートとして開かれたこの日の舞台は、特に俳優のイ・ソジンと青春スターのイ・スンギがスペシャル・ゲストとして登場し、多数のファンの熱い声援を得しました。韓国の大衆歌手がカーネギーホールの舞台に立ったのは、チョー・ヨンピルとパティ・キム、イン・スニに次いで4番目にイ・ソンヒがなりました。
・黄金のテラコッタ様式(装飾が施されている)のかすかにややもすると澱みやすいカーネギーホールにもかかわらず、雰囲気のある照明と力あるサウンドで、観客たちはイ・ソンヒの公演に熱狂して手を振って、わざわざニューヨークを訪れた国民歌手の熱唱にどっぷり漬かりました。
・今回の公演で、イ・ソンヒは「少女の祈り」、「私はいつもあなたを」、「美しい江山」、「ああ! 昔よ」、「ひとしきり笑いで」、「因縁」など、ファンに愛される歌を熱唱しました。
・Genesis Technologyは、Sound EngineerのMichael Yoo、Monitor EngineerのBrian Cassell、Lighting EngineerのDavid Garman、そしてVideo DirectorのJune Suhが参加しました。
・「美しい江山」を最後の曲に準備したイ・ソンヒは、アンコールを叫ぶ観客の拍手喝采に再び舞台に出て、自分のデビュー曲であり、今も変わらず愛される「Jへ」など二曲を熱唱することで、マンハッタンの真ん中で開かれた二時間余のコンサートを素敵に終えました。
率直な感想をいえば、Youtubeで視聴できたイ・ソンヒのカーネギーホールコンサートの音響は意外だった。上記の「かすかにややもすると澱みやすいカーネギーホール」という表現が当たっていたからだ。本ブログで、2/9に「カーネギーホールの音響」に素人ながら記述したことを思い返してしまった。
イ・ソンヒのカーネギーホールコンサート:
・2月3日、ニューヨーク韓人放送局KRBラジオコリアが主催した、イ・ソンヒのカーネギーホール公演にGenesis Technologyが演出(プロダクション)を引き受け、成功裏に公演を終えました。
・KRB創立14周年記念特別コンサートとして開かれたこの日の舞台は、特に俳優のイ・ソジンと青春スターのイ・スンギがスペシャル・ゲストとして登場し、多数のファンの熱い声援を得しました。韓国の大衆歌手がカーネギーホールの舞台に立ったのは、チョー・ヨンピルとパティ・キム、イン・スニに次いで4番目にイ・ソンヒがなりました。
・黄金のテラコッタ様式(装飾が施されている)のかすかにややもすると澱みやすいカーネギーホールにもかかわらず、雰囲気のある照明と力あるサウンドで、観客たちはイ・ソンヒの公演に熱狂して手を振って、わざわざニューヨークを訪れた国民歌手の熱唱にどっぷり漬かりました。
・今回の公演で、イ・ソンヒは「少女の祈り」、「私はいつもあなたを」、「美しい江山」、「ああ! 昔よ」、「ひとしきり笑いで」、「因縁」など、ファンに愛される歌を熱唱しました。
・Genesis Technologyは、Sound EngineerのMichael Yoo、Monitor EngineerのBrian Cassell、Lighting EngineerのDavid Garman、そしてVideo DirectorのJune Suhが参加しました。
・「美しい江山」を最後の曲に準備したイ・ソンヒは、アンコールを叫ぶ観客の拍手喝采に再び舞台に出て、自分のデビュー曲であり、今も変わらず愛される「Jへ」など二曲を熱唱することで、マンハッタンの真ん中で開かれた二時間余のコンサートを素敵に終えました。
率直な感想をいえば、Youtubeで視聴できたイ・ソンヒのカーネギーホールコンサートの音響は意外だった。上記の「かすかにややもすると澱みやすいカーネギーホール」という表現が当たっていたからだ。本ブログで、2/9に「カーネギーホールの音響」に素人ながら記述したことを思い返してしまった。
2011年3月4日金曜日
ビー・マイ・ベイビー
ザ・ロネッツ(The Ronettes)の「ビー・マイ・ベイビー(Be My baby)」の「ベイビー」はボーイフレンドのようだが、途中繰り返される「ビー・マイ・ベイビー」のフレーズが印象に残っている。当時ポップスの女性歌手に典型的なとても甘えた歌い方で・・・それが心地よかったりして。そう、弘田三枝子もこんな感じだったなあ。
ところでYoutubeで見る、1965年当時のザ・ロネッツの歌い方は、今では考えられないほどに何と穏やかなこと。残念なことに、ラジオでしか聴いていなかったわけで、彼女たちの姿を十分イメージしていなかった。
(Youtubeに登録のianabroadに感謝)
ところでYoutubeで見る、1965年当時のザ・ロネッツの歌い方は、今では考えられないほどに何と穏やかなこと。残念なことに、ラジオでしか聴いていなかったわけで、彼女たちの姿を十分イメージしていなかった。
(Youtubeに登録のianabroadに感謝)
2011年3月3日木曜日
雛祭り
孫の呼称について、女の子の孫は孫娘という言葉があるが、男の子の孫の場合はどうだろうか。孫息子というものがあるようだが、普段耳にすることはない。これから、誕生する女の子の孫は「孫娘」、二歳になろうとしている男の子の孫は「孫」と呼ぶことにする。
さて、雛(ひな)祭りの今日、孫娘の出産間近なお嫁さんの実家にお邪魔した。すでに、雛人形が準備されていて、赤い毛氈のひな壇に飾られている雛人形を間近に見ると、孫娘がますます実感できるようになった。もちろん、走り回る孫から十分ガードされていることはいうまでもない。
色鮮やかに盛られたちらし寿司、ハマグリの吸い物などをいただき、みなで元気な孫娘を想い語り合った。
ところで、いつもはもう一人の息子と有楽町で映画を見る前の腹ごしらえのため、ナイルレストランでカレーを食べる以外に銀座に用はないが、今日、GAPフラグシップ銀座がオープンしたとのことで、行って見た。GAPの日本最大の旗艦店だそうで、4フロアのうちの4階がキッズ&ベビー売り場になっていて、孫と孫娘の服を探した。幸い可愛いものを求めて、電車で帰宅中、孫が遊んでいる動画メールが届いたのをきっかけ(口実)に、お嫁さんの実家にお邪魔した次第である。
(Youtubeに登録のdoushiyokaに感謝)
★★★★★ 孫が、休暇の父親と一緒に公園で、空高くに凧揚げしている動画が届いた ★★★★★
さて、雛(ひな)祭りの今日、孫娘の出産間近なお嫁さんの実家にお邪魔した。すでに、雛人形が準備されていて、赤い毛氈のひな壇に飾られている雛人形を間近に見ると、孫娘がますます実感できるようになった。もちろん、走り回る孫から十分ガードされていることはいうまでもない。
色鮮やかに盛られたちらし寿司、ハマグリの吸い物などをいただき、みなで元気な孫娘を想い語り合った。
ところで、いつもはもう一人の息子と有楽町で映画を見る前の腹ごしらえのため、ナイルレストランでカレーを食べる以外に銀座に用はないが、今日、GAPフラグシップ銀座がオープンしたとのことで、行って見た。GAPの日本最大の旗艦店だそうで、4フロアのうちの4階がキッズ&ベビー売り場になっていて、孫と孫娘の服を探した。幸い可愛いものを求めて、電車で帰宅中、孫が遊んでいる動画メールが届いたのをきっかけ(口実)に、お嫁さんの実家にお邪魔した次第である。
(Youtubeに登録のdoushiyokaに感謝)
★★★★★ 孫が、休暇の父親と一緒に公園で、空高くに凧揚げしている動画が届いた ★★★★★
2011年3月2日水曜日
韓国オーディションの歴史
マネートゥデイ(머니투데이)の記事「大学歌謡祭、全国のど自慢.."オーディションは私たちが援助”」(3/2:キム・ゴンウ〔김건우〕記者)に、<韓国オーディションの歴史は>の副題で、「大学歌謡祭」から現在のオーディション番組にいたる<オーディション>の変遷について、次のように記している。
<緒言>
・(現在のオーディション番組の流行について、本来的な)全国のファンたちが作った「草の根民主主義」の性格のオーディションが変質しているという憂慮も少なくない。・・・過度に商業的で、スターを活用するための放送局の「企画」の性格が濃いとの指摘も出ている。
<年譜>
・国内オーディションの出発は、1977年に始まったMBC「大学歌謡祭」に遡る。
・「大学歌謡祭」と対抗する新人歌手たちの登竜門で、1979年に始まったMBC「江辺歌謡祭」(2001年第22回を最後に廃止)がある。(←1984年にイ・ソンヒが登場する)
・1989年に始まった、シンガーソングライターらの登竜門である「ユ・ジェハ音楽競演大会」がある。
・(1980年以来)歴史を誇るオーディションの中で最も安定した愛を受けるプログラムに(KBS)「全国のど自慢」がある。
・2000年代に入って大きな変化を迎えた。20代から10代に大衆文化の主役が変わり、大学(主導)の文化から10代のファン層に重心が変わった。
・SBS「英才育成プロジェクト99%」は、現在のアイドル文化の始まりを知らせるプログラムである。
・2002年に現在のオーディション番組に最も近い形で放送されたMBC「楽童クラブ」がある。
・2005年にMnetで「バトル神話」というプログラムを企画した。
・2006年にSBSがパク・ジニョンと手を組んで「スーパースターサバイバル」を進行。
・2007年にはMBC「ショーサバイバル」が製作された。
・2009年にMnetの「スーパースターK」、2010年に「スーパースターK2」が登場。
・現在、地上波のMBCも(この流れに)飛び込み、「偉大なる誕生」を進めており、SBS、KBSなども先を争っている。
オーディションといっても、アマチュア歌手が未来への扉をたたくという、新人登竜門のファンと共にある時代から、<企画>といったプロ世界のプロジェクトの一環として存在する時代に変遷しているのだろうか。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒとファン”)
(本ブログ関連:”江辺歌謡祭”←表示後、画面最下段の「前の投稿」もクリックを!)
(追記)
イ・ソンヒの改修中「公式ホームページ」の表紙に、「臨時掲示板ショートカット」ボタンが追加されている。このボタン、どうやら3/1に設けられたようだ。
「公式ホームページ」の正式公開を期待するファンたちのコメントが登録されている。考えて見れば、会員制なので・・・従来と比べてどれくらい一般への公開部分があるだろうか。せめて、以前と同程度一般公開を望む。
<緒言>
・(現在のオーディション番組の流行について、本来的な)全国のファンたちが作った「草の根民主主義」の性格のオーディションが変質しているという憂慮も少なくない。・・・過度に商業的で、スターを活用するための放送局の「企画」の性格が濃いとの指摘も出ている。
<年譜>
・国内オーディションの出発は、1977年に始まったMBC「大学歌謡祭」に遡る。
・「大学歌謡祭」と対抗する新人歌手たちの登竜門で、1979年に始まったMBC「江辺歌謡祭」(2001年第22回を最後に廃止)がある。(←1984年にイ・ソンヒが登場する)
・1989年に始まった、シンガーソングライターらの登竜門である「ユ・ジェハ音楽競演大会」がある。
・(1980年以来)歴史を誇るオーディションの中で最も安定した愛を受けるプログラムに(KBS)「全国のど自慢」がある。
・2000年代に入って大きな変化を迎えた。20代から10代に大衆文化の主役が変わり、大学(主導)の文化から10代のファン層に重心が変わった。
・SBS「英才育成プロジェクト99%」は、現在のアイドル文化の始まりを知らせるプログラムである。
・2002年に現在のオーディション番組に最も近い形で放送されたMBC「楽童クラブ」がある。
・2005年にMnetで「バトル神話」というプログラムを企画した。
・2006年にSBSがパク・ジニョンと手を組んで「スーパースターサバイバル」を進行。
・2007年にはMBC「ショーサバイバル」が製作された。
・2009年にMnetの「スーパースターK」、2010年に「スーパースターK2」が登場。
・現在、地上波のMBCも(この流れに)飛び込み、「偉大なる誕生」を進めており、SBS、KBSなども先を争っている。
オーディションといっても、アマチュア歌手が未来への扉をたたくという、新人登竜門のファンと共にある時代から、<企画>といったプロ世界のプロジェクトの一環として存在する時代に変遷しているのだろうか。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒとファン”)
(本ブログ関連:”江辺歌謡祭”←表示後、画面最下段の「前の投稿」もクリックを!)
(追記)
イ・ソンヒの改修中「公式ホームページ」の表紙に、「臨時掲示板ショートカット」ボタンが追加されている。このボタン、どうやら3/1に設けられたようだ。
「公式ホームページ」の正式公開を期待するファンたちのコメントが登録されている。考えて見れば、会員制なので・・・従来と比べてどれくらい一般への公開部分があるだろうか。せめて、以前と同程度一般公開を望む。
2011年3月1日火曜日
コニー・フランシス「可愛いベイビー」
コニー・フランシス(Connie Francis)の「可愛いベイビー(Pretty Little Baby)」は、アメリカン・ポップ全盛の時代にラジオから流れる彼女の声を聴いて、テレビで日本人歌手が歌うのを見ていた、そんな時代の曲だ。彼女の声質は、どこか舌足らずな甘い響きがした。あの「ボーイ・ハント(Where The Boys Are)」の切なくまとわるようなトーンにすっかりはまったものだ。子どものくせに。
それに比べれば、「可愛いベイビー」の歌は、中尾ミエの明るい歌声も手伝って、健康的な溌剌としたものを感じた。最初のうち、赤ちゃんソングかと思っていたぐらいですけどね。ところで、ベイビーとベビーの違いについて、「ベイビー」はガールフレンドに、「ベビー」はまさに赤ん坊に使い分けられていたような気がする。今はどうなんでしょうか。
この際、本ブログの1/18に記した「ヘイ・ポーラ」の甘い甘いデュエット曲をまた楽しもう。
(Youtubeに登録のJAJAUMAconnection2に感謝)
(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)
★★★★★ 孫が、散歩に初めてはいた長靴を、電信柱に見せている?写真が届いた ★★★★★
それに比べれば、「可愛いベイビー」の歌は、中尾ミエの明るい歌声も手伝って、健康的な溌剌としたものを感じた。最初のうち、赤ちゃんソングかと思っていたぐらいですけどね。ところで、ベイビーとベビーの違いについて、「ベイビー」はガールフレンドに、「ベビー」はまさに赤ん坊に使い分けられていたような気がする。今はどうなんでしょうか。
この際、本ブログの1/18に記した「ヘイ・ポーラ」の甘い甘いデュエット曲をまた楽しもう。
(Youtubeに登録のJAJAUMAconnection2に感謝)
(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)
★★★★★ 孫が、散歩に初めてはいた長靴を、電信柱に見せている?写真が届いた ★★★★★
2011年2月28日月曜日
11集
イ・ソンヒの11集「Dream of Ruby」CDアルバムを探しているが、なかなか手にすることができないでいる。Youtubeに、同アルバムが登録されている。(登録者のKnightmareSMに感謝)
1. 내가 바라는건
2. 너에게 가면
3. 낯선 바닷가에서 (Saxophone Version)
4. 후회는 이제 너의 몫입니다
5. 신이 다시 허락한다면
6. Morning Coffee
7. 나의 이별
8. 백우 (白雨) ← 장미につながるような・・・
9. 그때 쯤엔
10. 공존
11. 아름다운 슬픔
12. 그대가 나를 사랑하신다면 ← 7集代表曲のジャズ風アレンジ
ところで、イ・ソンヒの近況は如何だろうか。彼女の公式ホームページは未だに改修中なので、世宗文化会館で5月20~21日予定のコンサート情報がよくわからないでいる。
世宗文化会館の公演/展示案内日程に掲載の、彼女のコンサート詳細情報には、チケット発売時期などが未記入で、早く知りたいところだ。
それから、同会館の英語版公演スケジュールでは、サーチ機能が効きませんよ。
(出産を控えて、今日からお嫁さんは実家に滞在とのメールが息子から来た)
★★★★★ これから生まれる孫娘の可愛い名前の候補が届いた ★★★★★
1. 내가 바라는건
2. 너에게 가면
3. 낯선 바닷가에서 (Saxophone Version)
4. 후회는 이제 너의 몫입니다
5. 신이 다시 허락한다면
6. Morning Coffee
7. 나의 이별
8. 백우 (白雨) ← 장미につながるような・・・
9. 그때 쯤엔
10. 공존
11. 아름다운 슬픔
12. 그대가 나를 사랑하신다면 ← 7集代表曲のジャズ風アレンジ
ところで、イ・ソンヒの近況は如何だろうか。彼女の公式ホームページは未だに改修中なので、世宗文化会館で5月20~21日予定のコンサート情報がよくわからないでいる。
世宗文化会館の公演/展示案内日程に掲載の、彼女のコンサート詳細情報には、チケット発売時期などが未記入で、早く知りたいところだ。
それから、同会館の英語版公演スケジュールでは、サーチ機能が効きませんよ。
(出産を控えて、今日からお嫁さんは実家に滞在とのメールが息子から来た)
★★★★★ これから生まれる孫娘の可愛い名前の候補が届いた ★★★★★
2011年2月27日日曜日
犬吠崎の<琥珀>
今月の鉱物採集は、寒い山中に分け入るのを遠慮して、話題の「千葉石(ちばせき)」を、発見場所の千葉県南房総市荒川近辺に探せないものかということになったのだが、関係者にうかがうと同地は非公開とのこと。(当然といえば、まさに当然であるが)
そこで、同県の太平洋岸に<琥珀(こはく)>を探すことになった。
いつもの通り、хаякава氏の車に同乗させてもらい、採集地の犬吠崎におもむく。同地は利根川河口の南側、千葉県銚子市の東突端にあり、太平洋の波音も緩く、暖かい陽を受けて海浜を巡った。成果は次の通り。
① 酉明(とりあけ)浦の長崎海岸で採集
・方解石(結晶群)、?(晶洞内:濃緑微砂粒状結晶)、?(安山岩内:あられ石?)、砂鉄(砂浜に局在← Why?)
② 犬吠崎灯台の遊歩道下の海岸で採集
・方解石、ぶどう石?
で、肝心の<琥珀>は?・・・残念ながら一見の機会もなかった。ただし、採集地で、こんなにものんびりと景色を楽しみながらコンビニのおにぎりを食べたのは久し振りだ。
そこで、同県の太平洋岸に<琥珀(こはく)>を探すことになった。
いつもの通り、хаякава氏の車に同乗させてもらい、採集地の犬吠崎におもむく。同地は利根川河口の南側、千葉県銚子市の東突端にあり、太平洋の波音も緩く、暖かい陽を受けて海浜を巡った。成果は次の通り。
① 酉明(とりあけ)浦の長崎海岸で採集
・方解石(結晶群)、?(晶洞内:濃緑微砂粒状結晶)、?(安山岩内:あられ石?)、砂鉄(砂浜に局在← Why?)
② 犬吠崎灯台の遊歩道下の海岸で採集
・方解石、ぶどう石?
で、肝心の<琥珀>は?・・・残念ながら一見の機会もなかった。ただし、採集地で、こんなにものんびりと景色を楽しみながらコンビニのおにぎりを食べたのは久し振りだ。
2011年2月26日土曜日
イ・ソンヒとファン
1984年の「江辺歌謡祭」に登場した、イ・ソンヒは仁川専門大学在学中の学生であり、大賞を受賞することで世に知られた。アマチュアからデビューした歌手である。同歌謡祭での彼女の舞台姿は、あくまでも個人的な事情で揃えた衣装でありファッションである。彼女は、プロの手を借りずに、このとき歌謡界に船出した。
翌1985年以降アルバムをリリースして、「国民歌手」を冠せられるまでになる。彼女のヒットは、ファンと共にあった。ファンの目に見えたのは、最初から完成した歌手ではなく、そこに新しく登場した小柄な、しかし力強い歌唱力を持った少女だった。ファンは彼女を見守った。
そして、今も彼女の清潔感と、少女のような容貌は変わらない。
イ・ソンヒの登場と呼応した、ファンの彼女への支持は息が長い。ファンは、自分の人生と照らし合わせながら、彼女を見つづけることができるのだから。初期の彼女のファンは、女性ファンが主といわれていたが、現在、ファンの男女比率に大差はないようだ。まさに「国民歌手」といわれるゆえんである。
ファンは、コンサート会場に集う人であり、居間でテレビに映る彼女の歌を視聴している人であり、仕事場のラジオから流れる曲を聴いている人であり、バスの中で携帯デジタル音楽プレイヤーで聴いている人である。
イ・ソンヒは、誰からも愛されリスペクトされる、時代と合わせ鏡のような存在であり、ファンにとっても共に人生を喜ぶことのできる美しい存在である。彼女の活動を長く支えているのは、ファンの存在である。
彼女と共にいる向こうのファンには及びもつかない。
翌1985年以降アルバムをリリースして、「国民歌手」を冠せられるまでになる。彼女のヒットは、ファンと共にあった。ファンの目に見えたのは、最初から完成した歌手ではなく、そこに新しく登場した小柄な、しかし力強い歌唱力を持った少女だった。ファンは彼女を見守った。
そして、今も彼女の清潔感と、少女のような容貌は変わらない。
イ・ソンヒの登場と呼応した、ファンの彼女への支持は息が長い。ファンは、自分の人生と照らし合わせながら、彼女を見つづけることができるのだから。初期の彼女のファンは、女性ファンが主といわれていたが、現在、ファンの男女比率に大差はないようだ。まさに「国民歌手」といわれるゆえんである。
ファンは、コンサート会場に集う人であり、居間でテレビに映る彼女の歌を視聴している人であり、仕事場のラジオから流れる曲を聴いている人であり、バスの中で携帯デジタル音楽プレイヤーで聴いている人である。
イ・ソンヒは、誰からも愛されリスペクトされる、時代と合わせ鏡のような存在であり、ファンにとっても共に人生を喜ぶことのできる美しい存在である。彼女の活動を長く支えているのは、ファンの存在である。
彼女と共にいる向こうのファンには及びもつかない。
2011年2月25日金曜日
春一番 2011
そんなに風が強かったかな、今日東京に「春一番」が吹いた(去年も2/25)。昼間の暖かさとの境界だろうか、夕方の冷え込みはまだ強くないが、これから北風が吹き付けるそうだ。〔追記〕確かに夜来寒風強く吹く。
この春一番って、一体何を示しているのだろう。季節の境でも、大きな気候の変化でも、めでたいことでもないようだ。春に最初に吹く強い風といった程度だろうか。Wikipediaによれば、この風と海難事故との関わりがあるともいうが。しかし、新聞初出は最近の1963年(昭和38年)のようだ。
もしかしたら、マスコミが歳時記に付け加えた言葉だろうか。
ところで、各紙によれば、今朝6時53分(米東部時間24日午後4時53分)、スペースシャトルの「ディスカバリー」(STS-133ミッション)が打ち上げられ、今回が最終飛行となる。この後、4月19日の「エンデバー」(STS-134)、6月28日の「アトランティス」(STS-135)の打ち上げで、スペースシャトルによるミッションは全て終了するとのこと。もうじきスペースシャトルの見納めになる。
ISSと地上間の人の移動は、ロシアのソユーズが後継するという。
(Youtubeに登録のtbsnewsiに感謝)
(本ブログ関連:”春一番”)
★★★★★ 孫が、等身大のドラえもん人形の中で、しずかちゃんが大層気に入っている動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、母方の祖母の花粉症対策ゴーグルを付けて、得意そうに立っている写真が届いた ★★★★★
この春一番って、一体何を示しているのだろう。季節の境でも、大きな気候の変化でも、めでたいことでもないようだ。春に最初に吹く強い風といった程度だろうか。Wikipediaによれば、この風と海難事故との関わりがあるともいうが。しかし、新聞初出は最近の1963年(昭和38年)のようだ。
もしかしたら、マスコミが歳時記に付け加えた言葉だろうか。
ところで、各紙によれば、今朝6時53分(米東部時間24日午後4時53分)、スペースシャトルの「ディスカバリー」(STS-133ミッション)が打ち上げられ、今回が最終飛行となる。この後、4月19日の「エンデバー」(STS-134)、6月28日の「アトランティス」(STS-135)の打ち上げで、スペースシャトルによるミッションは全て終了するとのこと。もうじきスペースシャトルの見納めになる。
ISSと地上間の人の移動は、ロシアのソユーズが後継するという。
(Youtubeに登録のtbsnewsiに感謝)
(本ブログ関連:”春一番”)
★★★★★ 孫が、等身大のドラえもん人形の中で、しずかちゃんが大層気に入っている動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、母方の祖母の花粉症対策ゴーグルを付けて、得意そうに立っている写真が届いた ★★★★★
2011年2月24日木曜日
クミホ(漫画版)
昨年、イ・ソンヒがテーマ曲を歌った、SBSで放送されたドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐(내 여자친구는 구미호)」が、TBS地上波で3月(毎週月曜~金曜、10:05~11:00)から放送される。
久し振りに、新大久保のコリアタウンに行く。昼の街は、相変わらず人の波が絶えず、平日のこの時間帯は、中年女性が主体である。いまだに彼女ら世代の勢力衰えず。
CD・書籍店のコリアプラザで、上記番組の画面(カラー写真)をそのままに漫画風にコマ割りしたコミック本の「僕のガールフレンドは9尾狐(내 여자친구는 9미호)」(出版所:美味しい本(맛있는책))を購入した。全3巻のうち1巻目であるが、ここには5話が収められている。
なお同店にはキム・ヒジン(김희진)のCD在庫はないとのこと。インターネットで検索してもらったが、スタッフに余り知られていないようだ。
(Youtubeに登録のPieKilledJason、rhy11111に感謝)
(本ブログ関連:2010年の9/15、2011年の1/21、”狐の嫁入り”、”キム・ヒジン”)
久し振りに、新大久保のコリアタウンに行く。昼の街は、相変わらず人の波が絶えず、平日のこの時間帯は、中年女性が主体である。いまだに彼女ら世代の勢力衰えず。
CD・書籍店のコリアプラザで、上記番組の画面(カラー写真)をそのままに漫画風にコマ割りしたコミック本の「僕のガールフレンドは9尾狐(내 여자친구는 9미호)」(出版所:美味しい本(맛있는책))を購入した。全3巻のうち1巻目であるが、ここには5話が収められている。
なお同店にはキム・ヒジン(김희진)のCD在庫はないとのこと。インターネットで検索してもらったが、スタッフに余り知られていないようだ。
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2011年2月23日水曜日
イ・ソンヒの歌唱力
イ・ソンヒの歌唱力については、彼女に固有の「爆発的な歌唱力」というフレーズがよく使われる。たしかに、彼女のデビュー初期の歌い方から、若くて強烈なパワーを感じる。
エンハWiki(엔하위키)に掲載の「イ・ソンヒ(이선희)」には、「1.野球選手(投手)、2.韓国の女性歌手」の二人があげられていて、その2項に彼女の逸話が次のように紹介されている。
・圧倒的な声量の持ち主。歌を歌うのを見ると、クライマックスの部分(声を最も大きく出すことになる部分)で、通常、マイクが40~50cm程度口から離れているのを見ることができる。そのようにしなければ機械が故障するとのこと。
光州の全南大学校の運動場で歌を歌うのに、建物二つを突き抜けて図書館まで歌が聞こえたという逸話もある。
2002年、ワールドカップ終了後、光化門一帯の国民大祭の時に、世宗路十字路の教保文庫があるところで公演見物していた人々は、人の顔も見えず、他の人の声も聞こえないのに、唯一イ・ソンヒ歌声だけ聞こえた....という逸話も。
エンハWikiには、彼女のその他の逸話が記されている。(インターネット上に散在するものがほとんどだが、個々にソースは明記されていません!)
(本ブログ関連:”歌唱力”←表示後、画面最下段の「前の投稿」もクリックを!)
エンハWiki(엔하위키)に掲載の「イ・ソンヒ(이선희)」には、「1.野球選手(投手)、2.韓国の女性歌手」の二人があげられていて、その2項に彼女の逸話が次のように紹介されている。
・圧倒的な声量の持ち主。歌を歌うのを見ると、クライマックスの部分(声を最も大きく出すことになる部分)で、通常、マイクが40~50cm程度口から離れているのを見ることができる。そのようにしなければ機械が故障するとのこと。
光州の全南大学校の運動場で歌を歌うのに、建物二つを突き抜けて図書館まで歌が聞こえたという逸話もある。
2002年、ワールドカップ終了後、光化門一帯の国民大祭の時に、世宗路十字路の教保文庫があるところで公演見物していた人々は、人の顔も見えず、他の人の声も聞こえないのに、唯一イ・ソンヒ歌声だけ聞こえた....という逸話も。
エンハWikiには、彼女のその他の逸話が記されている。(インターネット上に散在するものがほとんどだが、個々にソースは明記されていません!)
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2011年2月22日火曜日
孫の「自分で」
今日、休暇の息子宅を訪問した。もうじきお産で気ぜわしいお嫁さんに申しわけなく、休んでもらいつつ、その間に孫と息子と三人で、少し離れたところにある大きな公園に遊んだ。冬の陽射しと元気な孫のおかげで、寒さに打ち勝つ楽しい時間を過ごした。
何ごとも他人(ひと)の手助けがあれば楽なもんだと、怠け者のわたしは人生の最初から知っていたが、孫は違う。
「自分で」やるのだと孫が自己主張したのを聞いたのは、前回(2/4)会ったときだろうか。今回は、この「自分で」の連呼を大いに楽しませてもらった。
公園に出かける際、ズボンをはくとき、靴をはくとき、そして階段を降りるとき、誰の手も拒絶して「自分で」と訴えるのだ。おかげで階段を一段ずつゆっくり確かめるように降りるのだが、一段降りては「おっ」と感激して、また一段降りる様子に笑ってしまう。
孫は、誰に教えられるわけでもなく、確実に「自分で」成長している。人間って本当に素晴らしい。
公園から戻ったところで、結局ご馳走していただいた出産間近のお嫁さんに感謝。
何ごとも他人(ひと)の手助けがあれば楽なもんだと、怠け者のわたしは人生の最初から知っていたが、孫は違う。
「自分で」やるのだと孫が自己主張したのを聞いたのは、前回(2/4)会ったときだろうか。今回は、この「自分で」の連呼を大いに楽しませてもらった。
公園に出かける際、ズボンをはくとき、靴をはくとき、そして階段を降りるとき、誰の手も拒絶して「自分で」と訴えるのだ。おかげで階段を一段ずつゆっくり確かめるように降りるのだが、一段降りては「おっ」と感激して、また一段降りる様子に笑ってしまう。
孫は、誰に教えられるわけでもなく、確実に「自分で」成長している。人間って本当に素晴らしい。
公園から戻ったところで、結局ご馳走していただいた出産間近のお嫁さんに感謝。
2011年2月21日月曜日
瑠璃色の地球
STS-131ミッションの飛行11日目(Flight Day 11)、NASAプログラムによるクルーの目覚まし(wakeup call)に、松田聖子の「瑠璃色の地球(Earth in the Color of Lapis Lazuli)」(歌詞)が、国際宇宙ステーション(ISS)内に流れた。山崎宇宙飛行士は、(日本時間)2010年4月15日午後1時21分に、この曲を聞いて起床したのだろう。美しい地球、瑠璃色の地球を眼下に見ながら。
Youtubeに登録の記者クラブ会見の解説に、「瑠璃色の地球も花も宇宙の子」の句を、クラブのゲストブックに書いたと記載されている。
母なるイメージには、海があり、地球がある。この宇宙に浮かぶ地球を、母と認識する時代になった。孫たちの時代には、それが太陽系まで拡張されているかもしれない。
ところで、瑠璃のラピスラズリ(Lapis Lazuli)は、深い紺青色の美しい岩石である。宝石だけでなく、顔料としても使われた高価で貴重なものだった。よく「フェルメールの青」が例にあげられる。
(Youtubeに登録jnpcに感謝)
(本ブログ関連:”山崎宇宙飛行士”)
Youtubeに登録の記者クラブ会見の解説に、「瑠璃色の地球も花も
母なるイメージには、海があり、地球がある。この宇宙に浮かぶ地球を、母と認識する時代になった。孫たちの時代には、それが太陽系まで拡張されているかもしれない。
ところで、瑠璃のラピスラズリ(Lapis Lazuli)は、深い紺青色の美しい岩石である。宝石だけでなく、顔料としても使われた高価で貴重なものだった。よく「フェルメールの青」が例にあげられる。
(Youtubeに登録jnpcに感謝)
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2011年2月20日日曜日
どこかで春が
どこかで生まれているだろう春を探しに、寒さをおして山路にいこうとするほど張り切りがない。先日、近在の小金井公園で梅を観たきりかな。日々母親と散歩を楽しむ孫とくらべて、なんと不精なことか。
せめて童謡を聞きながら、春がきたことを感じたい、Youtubeの「どこかで春が」(作詞:百田宗治、作曲:草川信)はどうだろう。「どこかで春がうまれてる」という、なげかけるように間接的に春の兆しを語る歌詞もそうだが、やさしく穏やかな曲調もよい。ゆったりとした温もりの中に、水音、鳥の鳴き声、芽吹き、そんな春の気配を子どもの心に感じさせてくれる。
山の中に春が訪れるのは三月頃のこと。ここ武蔵野にはもうすぐに春が生まれる。
(Youtubeに登録のdoushiyokaに感謝)
(本ブログ関連:2009年の3/18、”春”)
★★★★★ 孫が、電気屋でもらった風船(後で割れる)を、うれしそうに見上げている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、四月から通う保育園の前で、誰もいないグラウンドを覗いている写真が届いた ★★★★★
せめて童謡を聞きながら、春がきたことを感じたい、Youtubeの「どこかで春が」(作詞:百田宗治、作曲:草川信)はどうだろう。「どこかで春がうまれてる」という、なげかけるように間接的に春の兆しを語る歌詞もそうだが、やさしく穏やかな曲調もよい。ゆったりとした温もりの中に、水音、鳥の鳴き声、芽吹き、そんな春の気配を子どもの心に感じさせてくれる。
山の中に春が訪れるのは三月頃のこと。ここ武蔵野にはもうすぐに春が生まれる。
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★★★★★ 孫が、電気屋でもらった風船(後で割れる)を、うれしそうに見上げている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、四月から通う保育園の前で、誰もいないグラウンドを覗いている写真が届いた ★★★★★
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