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検索キーワード「コニー・フランシス」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
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2025年9月2日火曜日

コニー・フランシス/伊東ゆかり「大人になりたい」

60年代はじめ、アメリカンポップの代表のひとり、コニー・フランシス(1937年 ~ 2025年)の甘えたような歌声は忘れられない。「ボーイハント」なんかは最高だった。その彼女が、今年の7月に亡くなっている。残念なことだ。

(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)

当時の日本では、もっぱら日本語歌詞をつけてカバーされていた。コニー・フランシスの歌の記憶は、日本の女性歌手たちを通じてになる。

歌手の「三人娘」といえば、美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの3人が代表たが、その後の世代に、伊東ゆかり中尾ミエ園まり(1944年4月12日 ~ 2024年7月26日)がいた・・・「スパーク三人娘」と呼ばれた(ただし、そのグループ名についてあまり意識しなかった)。
伊東ゆかりは物静かで一歩引いた感じ、中尾ミエは明るく元気、園まりはおっとりした風情といったキャラクターを感じた。中尾ミエは、現在夕方のテレビ番組で活躍されている・・・疲れ知らずに感心する。

(本ブログ関連:”伊東ゆかり”)

その中の伊東ゆかりが <日本語> で歌ってくれた、コニー・フランシスの「大人になりたい(Too many rules)」の歌詞が今も耳に残る。
・「夜遅く帰ると ママから お目玉」: 歌の出だしから、光景がアメリカそのものだった。
・「Too many rules」: 英語が入れば尚更。けれど、あの頃 ”rules”  が聞き取れなかった。
・「早く 大人になりたい」: 「早く」が在ってこそ、この歌なのだ

今、聴きなおすと、テンポがゆっくりなのに気付く。あのころ随分と軽快に感じたのだが。

■ Youtube(登録:伊東ゆかり - トピック )
「大人になりたい」(1962年)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=zX6x6L6_AUo     ←  Youtubeで確認を

■  Youtube(登録:NachoFarias80 )
「Connie Francis - Too many rules」(1961年)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=6mhRjZ_rKoU

2017年8月13日日曜日

コニー・フランシス「日曜はだめよ」

ギリシャからちと離れているが、イタリア系ならばよし、地中海の雰囲気をかもすに難くないコニー・フランシスが歌う「日曜はだめよ」を聞いてみよう。この曲、彼女のオリジナルでないし、ゆえに(彼女の版が)ヒットしたというわけでもないだろうけど、どこか突き抜けて明るい、ちょっと甘えた雰囲気もある彼女の歌声がよく似合う。日曜日だけはキスの休息日よというわけだ。なおさら、男たちは振りまわされる。

(本ブログ関連:”日曜はだめよ”、”コニー・フランシス”)

曲の始めに、原曲ギリシャ語歌詞を口ずさみ、英語に変わる・・・次のYoutubeの登録者のコメントを「もっと見る」で開くと歌詞紹介がある。さてギリシャ語で何ていっているのだろう。アメリカ訛りだけど、しっかり聞き取れるそうだ。*

(* 参考: コニー・フランシスのファンと崇拝者のベージより)


(Youtubeに登録のCrinale819に感謝)

2012年2月20日月曜日

コニー・フランシス「大人になりたい」

コニー・フランシス(Connie Francis)の「大人になりたい(Too Many Rules)」(1962年)は、こどもにとって面倒な家族のしきたりがあった旧きよき時代の歌だ。
とっくに就寝時間を過ぎて夜遅く10時と2分に帰宅すれば、家族に説教を受けるし。長電話だってできない、携帯電話のない時代だもんなあ。

家族がまとまるだけの納得と窮屈さもあった時代だが過ぎてみれば、歌だけが耳に残っている。
大人になれないより、大人になりたいと願うのはよいことだ。

(Youtubeに登録のbarrygioportmorien1に感謝)

(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)

2017年8月14日月曜日

コニー・フランシス「ボーイハント」

コニー・フランシスのヒット曲といえば、何といっても「ボーイ・ハント(Where the Boys Are)」(1961年)でしょう。始めから終わりまで、彼女の甘いささやき?にひたることのできる、忘れられない思い出の曲です。初めて曲名を聞いたとき、そりゃあ驚きましたよ、「ボーイハント」する肉食系乙女心って、どう解釈すればよいか悩んだものです。
(曲名の「ボーイハント」は邦題)

でも、そうじゃありません。見たわけじゃありませんが、同名映画「Where the Boys Are」の通り、普通の女の子たちが普通に恋に恋して、結果、夏の海で恋に落ちる、そんな展開でしょうか。次のYoutubeは、映画のストーリーを手際よくピックアップしているようです。

(映画「Where the Boys Are」のフル視聴できるようです:     ← ②の制御解除は可能)

あまた若者のいるかぎり、誰かが私を待っている・・・そこにはきっと本当の愛がある、なんて夏になると想いが高揚して、海へ海へと冒険に出かけるのです、女の子たちも。

「ボーイハント」は、私がアメリカンポップスにどっぷり漬かることになった最初の曲だったかもしれません。そして、以前に触れましたが、高校時代になって友人に一緒について来て欲しいと頼まれて、レコード屋で探したのがコニー・フランシスのアルバムでした。お前もそうだったのかと思ったものです。


(Youtubeに登録のSuperCanopusに感謝)

2011年3月1日火曜日

コニー・フランシス「可愛いベイビー」

コニー・フランシス(Connie Francis)の「可愛いベイビー(Pretty Little Baby)」は、アメリカン・ポップ全盛の時代にラジオから流れる彼女の声を聴いて、テレビで日本人歌手が歌うのを見ていた、そんな時代の曲だ。彼女の声質は、どこか舌足らずな甘い響きがした。あの「ボーイ・ハント(Where The Boys Are)」の切なくまとわるようなトーンにすっかりはまったものだ。子どものくせに。
それに比べれば、「可愛いベイビー」の歌は、中尾ミエの明るい歌声も手伝って、健康的な溌剌としたものを感じた。最初のうち、赤ちゃんソングかと思っていたぐらいですけどね。ところで、ベイビーとベビーの違いについて、「ベイビー」はガールフレンドに、「ベビー」はまさに赤ん坊に使い分けられていたような気がする。今はどうなんでしょうか。

この際、本ブログの1/18に記した「ヘイ・ポーラ」の甘い甘いデュエット曲をまた楽しもう。

(Youtubeに登録のJAJAUMAconnection2に感謝)

(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)


★★★★★ 孫が、散歩に初めてはいた長靴を、電信柱に見せている?写真が届いた ★★★★★

2019年8月23日金曜日

処暑 2019、コニー・フランシス「ヴァケイション」

夏の終わりを気付かせるマイルストーン、二十四節気の「処暑」。昼間と朝夕の気温差も、このごろ当り前に受け入れるようになった。今日の午後には、外出途中、ヒンヤリした小雨がぱらついて傘の世話になったばかり。テレビのキャスターは子どもたちに、そろそろ夏休みも残りわずかといいながら、宿題はどうかと問いかける。
でも余韻はまだある。夏のゆるい気分にピッタリな「サルスベリ(百日紅)」が、民家の塀越しに気ままに花を咲かせている。

(本ブログ関連:”処暑”)

そういえば、若いころ、夏の休みにはきっといいことがあるに違いないと・・・そんなことを考えていた。コニー・フランシス(Connie Francis、1938年~)の歌「ヴァケイション(Vacation)」(日本語版)をYoutubeで聞きながら懐かしんでみよう。彼女を最初に知ったのはラジオから。甘えた歌声にいろいろ想像したものだ。

(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)


(Youtubeに登録のtengokuemakiに感謝)

2017年8月12日土曜日

コニー・フランシス「ヴァケイション」

今は八月、夏休みの盛りである。熱暑に浮かれて、若者は顰蹙をかう。しょうがない、若さとは、おごりのようなもの。

与謝野晶子の歌集「乱れ髪」の最初に、「その子二十(はたち)櫛に流るる黒髪のおごりの春の美しきかな」は、意識せずとも若さは見せつけるものだ。(初期歌集について、与謝野晶子は後に、藤村や花袋の影響を述懐しているが)

若さは世界を征服する。そんな季節の夏が来た。誰だって浮かれてしくじる季節。そして、夏が終わればしんみりと感傷に更ける、でもそれは後にしよう。今は、期待にあふれる時間を、自ら勝ち取った自由と勘違いするのもよい。それが若さの特権だから。

コニー・フランシスの「ヴァケイション」(1962年)は、ラジオから彼女の歌声で流れたが、弘田三枝子のバージョンも忘れられない。世界は私たちのもの。それが「ヴァケイション」。休みを、「ヴァケイション」、つまり「V・A・C・A・T・I・O・N」と何度も繰り返したものだ。

(本ブログ関連:”コニー・フランシス”)


(Youtubeに登録の海幸恵太に感謝)

2010年10月15日金曜日

我が心のオルガン

Youtubeで「我が心のオルガン」を「내 마음의 풍금」で検索すると、最近のミュージカル版しか見つからない。著作権もあってのことだろう、チョン・ドヨン(전도연)が演じた映画版がヒットしないのだ。英語タイトルの「HARMONIUM IN MY MEMORY」でようやく探すことができた。

ところで、生徒と先生をつなぐLPレコードに、コニー・フランシスのジャケット「Connie Francis  my greatest songs」が登場する。「我が心のオルガン」のOSTのCDには、コニー・フランシスの歌「DON'T BREAK THE HEART THAT LOVES YOU 」が最後に収録されているようだ。

(本ブログ関連:”チョン・ドヨン”、”コニー・フランシス”)

2024年10月30日水曜日

優等生歌手: パット・ブーン、アンディ・ウィリアムズ

以前、触れたことだが、ビートルズの来日(1966年)に、私より3,4歳下の若者たちが熱狂しているのを遠目に眺めながら、何ともいえぬ違和感を感じた。流行が、時代にバッサリ区切られてしまうのを目の当たりにしたからだ。エルヴィス・プレスリーに馴染んできただけに、さあこれからはビートルズの時代だ!なんて、気安く鞍替えできるわけがなかった。


ぼくらは、今でいう「オールディーズ」と呼ばれる範疇に漬かっていた。プレスリーやコニー・フランシスを聞きまくっていたわけで、しかも「演歌」と「アメリカン・ポップ」が同時に耳に入った世代だ。

(本ブログ関連:”エルヴィス・プレスリー”、”コニー・フランシス”)

歌手の中で、プレスリーの不良っぽさの対極に、安心して聞くことができる歌手がいた。ラジオから流れる、優等生的な歌手の代表は、パット・ブーン(Pat Boone)だろう。そして茶の間のテレビのブラウン管に登場したのが、アンディ・ウィリアムズ(Andy Williams)のショー番組だった。

パット・ブーン(1934年6月1日~)
彼の代表曲に、「砂に書いたラブレター(Love Letters in the Sand)」(1957年6月:原曲は 1931年に出版)と、「四月の恋(April Love)」(1957年10月)がある。オールディーズ世代にとって、彼の甘いメロディーは、ともに懐かしく胸に響く。パット・ブーンの端正なイメージは、これらの曲と重なり合いできあがった。
・「砂に書いたラブレター」は、波に消されてもう読むことはできない。それでも若者はロマンチックなもので、思い出が消えることはないようだ。
・「四月の恋」は、ときめく初恋のようなもの、大切なもの。けれど、雨に濡れて指の間から零(こぼ)れ落ちる切ないもの、そんな風に聞こえる。

■ Youtube
砂に書いたラブレター[日本語訳・英詞付き」 パット・ブーン」(登録:MrMoonligtt)
https://www.youtube.com/watch?v=WekYMFZQSgQ


アンディ・ウィリアムズ(1927年12月3日 ~ 2012年9月25日)
毎週日曜日、テレビ音楽番組「アンディ・ウィリアムス・ショー」(日本では、NHK*より放送、1966年~1969年)に、セーター姿(実際はスーツ姿がメインだったようだが)の彼がホスト役で登場するのを楽しみにしていた。
(*)NHKでの放送: https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009041275_00000

正直なところ、この番組を通じて彼を知ったわけだが。落ち着いた上品さがあって、数々の米国音楽・芸能界の代表的なアーティストをブラウン管を通じて紹介してもらったことになる。

■ Youtube
「Andy Williams - Moon River (Year 1961)」(登録:burtmurdoch)
https://www.youtube.com/watch?v=LK4pmJQ6zgM

2017年8月15日火曜日

コニー・フランシス「Together」

コニー・フランシスの「Together」(1961年)は、ムーディーな旋律で、彼女の独特な明るさとは別の、随分と大人っぽさを醸し出している。日本で好まれた、可憐さや甘えた雰囲気はそこにない。さらに曲のラストに、しっとりとモノローグしてもりあげる。

二人で笑いながら歩いた雨道(あめみち)、永遠に続くと思った愛・・・でも、去ったあなたは私のメモリーにいる、一緒にいる。あなたが、たとえどこにいようとも、私たちはいつも一緒なの。う~ん、この歌詞どこかで聴いたような。

曲調を別にすれば、イ・ソンヒの「Jへ」(1964年)を思い出す。こちらは、風の景色だが。


(Youtubeに登録のNANCYFLORESSANTOSに感謝)

2009年12月3日木曜日

人工衛星と音楽

1961年、宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリン(Ю.Гагарин)が初めて地球を周回したとき、子どもたちはおおいに興奮した。そして大人たちよりも先に宇宙へ飛び出した。子どもたちはすでに、雲の上、天かける夢を持っていた。
このできごとの前の1957年、世界初の人工衛星「スプートニク1号(Спутник-1)」が飛んでいる。大人たちのショックとは関係なく、スプートニクは子どもたちに宇宙空間を手に届くほど身近にした。

60年代当時、ようやく近づいた宇宙にちなんで名付けられたバンドや曲がある。印象に残ったバンドの出身国が、ノルウェーとイギリスで、アメリカでないのが面白い。

・【スプートニクス(The Spotnicks)】の「霧のカレリア(karelia)」(1965): 初の人工衛星スプートニク
グループの奇抜な名前に対する関心よりも、エレキバンドの音色にすっかり馴染んだ。

・【トルネード(The Tornados)】の「テルスター(Telstar)」(1962): 通信衛星テルスター
この曲の出だしにあるロケット噴射音はもっと強烈だったはずだが・・・。当時、とてもモダンで軽快な電子音に引き寄せられた。忘れられない曲だ。テルスター人工衛星が民間のAT&T製で、衛星通信が目的などと、国家の威信とは違う平和な新鮮なイメージがした。
(YouTubeに登録のlenau55、babosfilm、SuperMogera、crossking24に感謝)

後に、レイ・ブラッドベリの「火星年代記」のなかで、その星に生まれた子どもにとっては、火星が静かな日常であり、懐かしい故郷になることを想像できるようになった。

(追記)
この際、宇宙とつながりはないが、この頃のもう一つの思い出の曲、コニー・フランシス(Connie Francis)の「ボーイ・ハント(Where The Boys Are)」(1961)を書かずにはおれない。ふんわりと暖かい甘くしっとりとした彼女の声は今も耳に残る。それからずっと後のことだが、彼女のLPが欲しいという友人と一緒に荻窪のレコード店について行ったことがある。彼はぽつりと「ファンだったんだよ」と言った。
(YouTubeに登録のpigzagに感謝)

2025年7月6日日曜日

暑い一日、ネコだって

久しぶりに暑い(熱い!)一日だった・・・尋常じゃない、昼は最高気温が 36.5℃(14:55)で「猛暑日」となり、夜は(22:00現在)28.3℃ の「熱帯夜」だった。冷蔵庫の冷えたお茶を飲もうと何度往復したことか。

(参考)気象庁の用語: 夏日、真夏日、猛暑日、熱帯夜など
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            夏日   :日最高気温が25℃以上の日。
            真夏日:日最高気温が30℃以上の日。
            猛暑日:日最高気温が35℃以上の日。
            熱帯夜:夜間の最低気温が25℃以上のこと。(気象庁の統計種目にはない)
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猫じゃないが、やけたトタン屋根の上に身を置くわけにいかない・・・逃げ足の速い猫なら日陰に潜り込んで涼むしかない。私は、一日中クーラーのきいた部屋に身を沈めた。

陽気で軽快なオールディーズの代表曲に、コニー・フランシスの「ヴァケイション (Vacation)」(1962年)*がある。日本語歌詞では、若者にとっての四季ごとのヴァケイションをみずみずしく歌っている。それを弘田三枝子(1947年〈昭和22年〉~2020年〈令和2年〉)**が歌うとパンチがあった・・・もしかしたら、原曲よりも。
(*)原曲のヴァケイションの舞台は8月だけであるが・・・。
(**)彼女には、ブレンダ・リーに通じる抜群のふくよかな歌唱力があった。

特に、出だしの夏の部分は、この歌を決定的に印象付けたといってよい。
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    V-A-C-A-TION   楽しい
    ギラギラと輝く  太陽背に受けて
    青い海  泳ぎましょ
    待ちどおしいのは  夏休み!
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■ Youtube(登録:tengokuemaki)
「田三枝子 ヴァケイション」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=N0Pm2URyAOg