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2012年6月22日金曜日

カラオケ

隣り駅の駅前にあるカラオケ店で遅くまで歌った。帰りの電車は、東京行き最終でぎりぎりに間に合った。
金曜日深夜にもかかわらず、客は混みあうほどではなかった。都下のカラオケ店は、驚くほどリーズナブルだ。またの楽しみを期待できる。

カラオケは、気持ちをすっきりさせる。イ・ソンヒの歌を歌えば、さらに楽しく健康にしてくれる。

というわけで、帰宅は夜中の零時を超えたが、昨日の22日(金)のブログとして作成した。

2012年6月21日木曜日

イ・ソンヒ 30周年記念DVD

イ・ソンヒの公式ホームページの、コミュニティー>告知事項(2012-06-16)には、彼女のデビュー30周年記念コンサートDVD制作について検討されている旨記述がある。

DVD制作オーナーについて訂正されたり検討が進められている。パッケージが出来あがったら必ず入手したい。

ちなみに、30周年は、デビュー1984年+30年=2014年 となる。(間違えるところでした)

ところで今年のコンサートの公演情報も待ち遠しい。それに、アルバムもリリースするという話がある。これはコンサート以前に発表されるだろうから、2重の楽しみだ。

2012年6月20日水曜日

(資料)イ・ヨンウ大衆音楽評論家「江辺歌謡祭とイ・ソンヒ」

ブログ「タンサン(딴산)」に連載されている、イ・ヨンウ(이용우)大衆音楽評論家のシリーズにある「(77)爆発的歌唱力で姉さん部隊を号令したイ・ソンヒ - 五月の陽射し」(2006年12月4日)は、イ・ソンヒがトップ歌手として確立するまでを、アルバム6集までの経過と合わせて説明している。
イ・ソンヒの出発を知る貴重な資料として、次のように掲載させていただく。感謝

「爆発的歌唱力で80年代の"姉さん部隊"号令」
韓国ポップの事件・事故60年

(70)江辺歌謡祭とイ・ソンヒ

・ここらで1980年代半ばの大学生歌謡祭を見て回る必要があるようだ。MBC大学歌謡祭の話は何回も扱ったことがあるので、今度はMBC江辺歌謡祭*に集中してみよう。1979年江辺祭りという名前で始まった江辺歌謡祭は初年度ホンサムトリオの<祈り>(大賞受賞曲)をヒットさせたがしばらく大学歌謡祭の威勢に押されて相対的に水準が落ちる行事と見なされる傾向があった。こういう通念の底辺には江辺歌謡祭が出場資格で大学歌謡祭より柔軟なためという学閥主義的見解も厳存したが、これは「悲しいが真実」だった。

(*補注:"(資料)江辺歌謡祭の曲")

・だが、1980年代半ばに達して江辺歌謡祭は大学歌謡祭の牙城を威嚇するほどになった。その出発点は1983年ソン・ヒョンヒの<名前がない鳥>(大賞)を上げられるだろうが、真の大当たりは1984年5回大会の時に炸裂した。まさに混成デュエット4幕5場が歌った<Jへ>(大賞)だ。4幕5場の女性リード・ボーカルが1980年代中後半歌謡界を号令したイ・ソンヒという事実は当時に青年期を送った彼らには蛇足である。

(1集、2集)
・<Jへ>は、1984年下半期最大のヒット曲に浮び上がったし、勢いを駆ってイ・ソンヒは翌年初め地球レコードを通じてソロ・デビューした。イ・ソンヒの(1集)デビュー作はタイトル曲<ああ! 昔よ>が途方もないヒットを記録し、<葛藤>もやはり人気を得ながら歌謡界の新しいディーバ(歌姫)が誕生したことを知らせた。2集もやはりタイトル曲<秋の風>をチャート上位圏に上げて連続ヒットを打ったし、こういう勢いは1980年代が終るまで続いた。

(3集)
・1980年代下半期は、イ・ソンヒの全盛時代であった。1986年発売された3集から1990年6集まで4枚のアルバムは軽重を問い詰めにくい程ヒットした。3集ではヤン・インジャ(양인자)、キム・ヒガプ(김희갑)のコンビが作詞・作曲を引き受けたバラード<分かりたいです>が途方もないヒットを記録したし、軽快な雰囲気の<ヨン>もそれに劣らない人気を享受した。「当代のメジャー中のメジャー」であった地球レコードの時期、ベテランのソング・ライターと演奏者の後押しを受けたイ・ソンヒは、3集を最後に地球レコードと決別して以後、ヘグァン企画所属で、ソウルレコードでレコードを発売し始めた。

(4集から6集)
・4集からイ・ソンヒはもう少し若いソング・ライターと演奏者を招へいして音楽的にも自分色を洗練していった。4集は<私はいつもあなたを>、<愛が散るこの場所>をチャート頂上に上げただけでなく、新鋭作曲家ソン・シヒョン(송시현)を人気作曲家の位置に引き上げた。作曲家群にキム・ポムニョン(김범룡)、キム・チャンワン(김창완)、イ・チェソン(이재성)などを加えた5集は<私の街>、 <五月の陽射し>、<ひとしきり笑いで>の ヒットで結実を結んだし、6集は<なぜ私だけ>と<思い出のページをめくれば>でロングランを継続した。

・小さいで信じ難いほど爆発的な歌唱力を誇るイ・ソンヒのボーカルは、一気にそして長らく大衆の感性を吸引した。清らかで純粋ながら、しっかりしているイメージまで兼ね備えたイ・ソンヒは数多くの男性、女性の追っかけ(部隊)をファン層で確保した。

・イ・ソンヒは、1980年代中後半少女ファンたちの独歩的な偶像だったが人気に安住しないで彼らと共に成長していった。

2012年6月19日火曜日

台風4号

夕方17:00過ぎ、台風4号は和歌山県南部(潮岬方面)に上陸した模様。当初、日本海に抜けると予想されたが、東側にずれて列島縦断に変わった。いずれ関東地方も、今以上に強烈な風雨に晒されることになる。
台風襲来を心配しているところに、韓国語教室から今晩の授業が休講とのメールが届いた。せっかく暗記したスキットの記憶が蒸発してしまいそうだ・・・さて、今晩どうしよう。

夜22:00過ぎ、塊となって次々と吹き寄せる風の勢いをかって、雨が殴りつけるように屋根を叩く。2階にいると、それがよりおどろおどろしく強調されて感じる。うんざり?して、1階に降りてブログを作り直す。

それに、台風5号が出番を待っているという。今年は台風当たり年になるのかな・・・?。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 共鳴

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/13)に、人物シリーズ32回目として創作打楽器バンド、「共鳴(コンミョン、공명)」を紹介した。

まず、竹を素材にして作られた楽器「共鳴」の紹介から始まった。
・韓国を代表する管楽器のテグム(大笒)、ソグム(小笒)タンソ(短簫)は全て竹から作られていて、コムンゴ(「玄琴」)の弦を弾いて音を出す撥(ばち)のスルテ(匙)も竹で作られている。
・楽器コンミョン(共鳴)は、今から15年前に竹で作られたものであり、竹を30cm~1mほどの長さに切り、それを叩きながらメロディーとリズムを奏する。
・また、この楽器を作ったグループ名もコンミョン(共鳴)という。

▼グループ・コンミョンによる「共鳴戯(コンミョンユヒ、공명유희)」を聴く。むむむ、どこかで似たようなものが・・・。

▼グループ・コンミョンによる「遊ぼう(ノルジャ、놀자)」を聴く。大地の風や臭いが・・・こちらを聞いてホッとした。

▼グループ・コンミョンによる「通じて(トンヘヤ、통해야)」を聴く。楽しいのですが、どうも新しいものは・・・。

(ジャンルや演奏場面を超えての音楽実験は、興味深いので成就していただければと・・・ただし根ざすべき出発点だけは知りたい・・・)

2012年6月18日月曜日

イ・ソンヒ 27日麗水万博特別公演に出演


公式ホームページより
中央日報の記事「麗水万博の特別公演 少女時代らスター総出演」(6/17)によれば、イ・ソンヒは全羅南道麗水市で開かれている麗水世界博覧会で、K-POPスターが多数出演するコンサート「万博ポップフェスティバル」に、イ・スンギと共に出演すると報じた。

・日時: 2012年6月27日(水曜日)、19時~

・場所: 万博特設舞台

(左掲ポスターは、イ・ソンヒ公式ホームページに掲載されているものです)

2012年6月17日日曜日

神舟9号

6月16日午後7時37分(日本時間)、中国甘粛省の酒泉衛星発射センターから打ち上げられた宇宙船「神舟9号」について、各紙に興味ある記事が載っている。

日本経済新聞「中国初の有人宇宙船、18日にもドッキング」(2012/6/17 19:18
・打ち上げ後の3人の健康状態は良好で、宇宙での最初の食事はチャーハンやザーサイと肉のいため物だったという。神舟9号には中華料理など約70種類の食料が積まれている。

・・・ふるさとの食べ物に勝るものはない。


今回初の女性飛行士、劉洋が乗務する。人民日報に(軍歴に近い)略歴があるが、人物をうかがえる記事がないかと探したら次のようなものがあった。

日刊SPA!「【33歳人妻】中国初『女性宇宙飛行士』の正体」(2012/6/17、取材/ドラゴンガジェット編集部)
・河南省の貧しい共働き労働者夫婦の家庭で一人っ子として育った彼女・・・小学校から高校までの成績は常にトップクラス・・・学費のかからない空軍飛行学校を選択。これが、彼女が中国初の宇宙飛行士となる、最初のきっかけ・・・。
・こうした庶民的な生い立ちから、文字通り宇宙へと羽ばたいた彼女には、中国版ツイッター「微博」上でも称賛の声が相次いでいる。
・同時に彼女は、同僚パイロットの夫を持つ妻でもあり、女性の社会進出が進む中国で、キャリアウーマンの鏡として称えられている。
「帰還したら出産を考えたい」
記者会見でこうも語った彼女が無事帰還することを、13億の人民が待ち望んでいる。

・・・人物紹介のタイトルに「人妻」と書くかねえ?


ところで、宇宙船「神舟」のネーミングについて次のような解説があった。

SankeiPhoto「中国の有人宇宙船打ち上げ 初の女性飛行士が搭乗」(2012/6/17
・中国にとって宇宙開発プロジェクトには国威発揚という政治的意味もある。打ち上げた宇宙船の名前(神舟)はすべてで、「何でもできる神様の舟」の意味があるほか、「神の国である麗しい中華」を意味する「神州」とも同じ発音だ。

・・・そういえば、神仙の字が浮かぶ。

2012年6月16日土曜日

イ・ソンヒの「白雨」

梅雨に入って1週間、今日も一日中雨が降った。これが7月半ば過ぎまで続くとなれば鬱陶しい気がする。
梅雨のしとしと雨ではないが、イ・ソンヒの11集アルバム「Dream of Ruby」(1998年)には、「白雨(백우)」(イ・ジェギョン作詞、パク・セジュン作曲)がある。ただし、夕立のからりとした白雨とはちょっと違って・・・。

事実と願望、期待と幻想が(まるで空間失調のように)メビウスの輪を巡る、女性特有の心境が歌われている・・・そんな気がする曲だ。もちろん、彼女の情感を込めてしっとりと歌いかけると同時に、訴えるような



(Youtubeに登録のKnightmareSMに、いつもながら感謝、感謝)

2012年6月15日金曜日

Oh mein Papa

もうじき「父の日」だからっていうわけじゃないが、「オーマイパパ(Oh mein Papa)」の歌でも聴いて、子どもから優しい思いを受けることでも空想でもしてみよう。でも、この歌は若い女性が父親を物語るもので、あいにく娘はいないしねえ・・・息子じゃ、この歌のようなわけにはいかないし。

リリー・パーマー(Lilli Palmer、1914年~1986年)主演のドイツ映画「花火(Feuerwerk)」(1954年)の中で歌われている「Oh mein Papa」がYoutubeに登録されている。こよなく娘を愛した父への想いが伝わる歌だけれど・・・映像は、ウェットじゃなくて、まるで花火のように軽快で明るい。

そうそう、近所に園芸植物つまり鉢植えの花を直売している農園があって、巨大な温室にいろいろな花々が並んでいる。すこし覗いてみたりしたが・・・。

「父の日」は、やっぱりとってつけたようで。

(Youtubeに要録のfritz51213に感謝)

2012年6月14日木曜日

飛行機好き

小学校の校庭の空をいつも、双胴の輸送機が飛んでいた。見上げると、ブンブンと響かせながら白い空に停止しているように見えた。どうやら遠い川の向こうにある、米軍基地から飛んでいたようだ。

中学生になると、ひとなみに飛行機が好きになり、マニア向けの雑誌があると知って、近所の小さな本屋に探しに行った。
「ひこうファンってありますか?」と歳とった主人にたずねた。
「えっ、ひこう?」、いぶかしそうに、主人はまさか「非行」でもあるまいといった顔をしながら聞き返した。
店頭に置かれた雑誌「航空ファン」を見つけて、しばらく愛読者になった。

飛行機雲がぐんぐんと青い空を突き進んでいくのを見るのも好きだった。雲の筋は恐怖の存在ではなくて、上空を突き抜けて宇宙へ向かって行くような未来を感じた。夕陽をうけて、雲の先がきらりと反射する光景を見るとなおさら心が浮き立ったものだ。

飛行機ファンの記憶から、「ワルキューレの騎行」の旋律を背に飛翔する軍用機の姿が消えない。中学生のころプラモデル作りにはまって、しっかり彩色した後、それを手に持って口ずさんだのものだ。手首をひねらせては、あらゆる角度で飛行する様子を想像した。

子を持つ身になったとき、決して軍用機の話はしなかったけれど、飛行機好きになるように、イベントでパイパーチェロキーに一緒に乗ったりした。しかし、それ以来、息子は飛行機が嫌いになってしまったようだ。

ああ、今も好みの飛行機が浮かんでくる。でも、軍用機なので、3機の名は記さないでおこう。

(Youtubeに登録のyoisachiに感謝)

2012年6月13日水曜日

イ・ソンヒの「灰色の都市」

イ・ソンヒのアルバム10集「First Love」(1996年)所収の「灰色の都市(회색 도시)」(作詞・作曲イ・ソンヒ)は象徴的だ。タイトルから、時代や世相をにおわすというよりは直接的であるが。それは、灰色の都市に降る雨だ。雨は、窓を叩き肌を打つ、とても感覚的な存在だ。街を虚ろにさまようとき、雨に気づくのは感触だけなのかもしかない。灰色の都市に同化させてしまう雨は、決して癒さない。

それにしてもYoutubeで見る、1996年の「ビッグショー」の彼女の舞台は思い切ったものだな。都市の危うさ、退廃を象徴させているのだろうか。



(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

2012年6月12日火曜日

「小金井の新田開発」(4)

朝から小雨がぱらつく午前中、地元公民館主催の市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)の第4回目に行く。前回にも増して更に早く到着するも、部屋には聴講者が次々入室してすぐに満員になった。

今回は、享保改革の将軍吉宗の懐刀であった、大岡越前守忠相(ただすけ)の新田開発とのかかわりについて次の通り説明があった。

・幕府3大奉行(町奉行、寺社奉行、勘定奉行【現在の財務+農水+国交省】)の内、町奉行、寺社奉行を歴任しつつ、地方(じかた)御用【農政を担当】を勤めた。

・新田開発に当たっては、実践的、機動力のある配下を擁して、勘定奉行と対立することもあった。

・官僚化した勘定奉行との対立関係が庶民にうけて、大岡政談などの伝説につながったという。

・しかしながら、新田開発や検地(幕府のコントロール)を通じて農業の経済化(江戸を支える食料などの物流、私的土地所有など)を実現し、結果として官僚機構の勘定奉行の実質的強化を推し進めたことになる。

また、古文書「武蔵国多麻郡下小金井村見取検地帳(享保十八年丑四月)」(一部)のコピーをもとに、下小金井村の生産規模や関係者などの記述を解読して、歴史を知ることは、まず一次資料から・・・ということを気付かせていただいた。

(本ブログ関連:"「小金井の新田開発」")

(追記)
なぜか最近、火曜日に小雨が多い。今晩も、韓国語教室には雨傘をさして通う。
それにしても今日一日中冷えるなあ。厚手の長袖シャツを引っ張り出して着ているのだから。

2012年6月11日月曜日

のんびりした生活を望むなら、雨に霞む風景を背に書を読む晴耕雨読は人生の理想だろう。でもねえ、雨は舞台装置ではない。湿気を呼んでくるのだ。おかげで除湿機がフル稼働している。

昼の雨は健康だ。雨中を走る人影を描けば、絵画はますますダイナミックになる。雨には活力がある。それに比べると夜の雨は、その雨音が次第に精神に迫り振るわせる、そんな映画があった。
見える雨と見えない雨、もしかすると雨は、ひとの二面性を暴き出す薬かもしれない。

ところで、ビートルズファン層の厚さについて、ビートルズにはロックミュージックだけでなく、実はバラードがあるからだと、音楽評論家(もしかしたら近田春夫だったかな)が語っていた記憶がある。その二重性をファンは異質なものとは受けとめていない。

ハードロックバンドのユーライア・ヒープ(Uriah Heep - Rain)に、この時期にふさわしい「Rain」(1972年)の美しいバラードがある。出だしに一瞬、チョクウ(적우)を思い起させる。
日本語タイトルは「雨に寄せる抒情」だ。何とロマンチックなことだろう。ガラス窓越に雨にぬれた通りを眺めながら想い出語りする・・・まるでCFの映像のようだ。

そういえば、イ・ソンヒは高校時代にハードロックに明け暮れたそうだ。本当はロックを歌いたい、だからステージではその思いを発揮するという。

(Youtubeに登録のAlanNisiyamamotoに感謝)

2012年6月10日日曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金徳洙

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/6)に、人物シリーズ31回目として現代音楽のサムルノリ사물놀이)の生みの親、金徳洙(キム・ドクス、김덕수を紹介した。

まずサムルノリの紹介から始まった。
・サムルノリのサムル(사물)は4つの物(楽器)を指し、ノリ(놀이)は遊びの意を持つ。
・4つの打楽器、鼓:プク(북)、杖鼓:チャング장구)、鉦:チン)、小金:クェンガリ꽹과리)を用いて、国楽の「農楽(농악)」を元にした<現代風パーカッション>を奏する。
・各楽器は、農業と密接な天気を象徴する。音が大きく激しい印象のクェンガリは「雷」、抱擁力のある音色のチンは「風」、空に鳴り響く力強いプクは「雲」、そしてチャングは「雨」を象徴している。
・34年前の1978年に初めて登場した、まだ新しい音楽ジャンルである。

(本ブログ関連:"サムルノリ")

▼金徳洙のサムルノリによる「嶺南農楽加楽(ヨンナム農楽カラク、영남농악가락)」を聴く。PCのスピーカーでは。打楽器演奏は、聴覚だけでなく、視覚、皮膚感覚が必要な気がする。生で聴きたいものだ・・・。

農楽とサムルノリの演奏の違いについて解説があった。
・農楽は、プンムルペ(風物牌*、풍물패)という大規模な楽隊が村々を巡り演奏する形式で、サムルノリは4種類の楽器以外にも太平簫(テピョンソ、태평소)や小鼓(ソゴ、소고)」などの楽器が加わることもあった。

(*補注)牌は、間、

次のように金徳洙のプロフィールが紹介された。
・1952年9月23日 大田(대전)に生まれる。
・1978年2月28日 ソウル鍾路区西洞(원서동)の「空間愛(공간사랑)」の小さな舞台で、金徳洙、キム・ヨンベ(김용배)、イ・グァンス(이광수)、チェ・ジョンシル(최종실)によりグループを旗揚げする。

 ▼金徳洙サムルノリ他によるパンソリ「水宮歌(수궁가)」中の「うさぎの話(토끼이야기)」を現代風にアレンジした曲を聴く。むむむ、コラボはどうも苦手で・・・。

▼金徳洙他による「ピウム(비움)」を聴く。なんだかなあ、モスクワ郊外の夜が更けゆくようで。これも融合という新しい発展にaufhebenするのかな・・・。


(付記)
Chosun Onlineの記事「国楽研究家の李輔亨氏が受賞=小泉文夫音楽賞」(6/9)は、日本の音楽賞に。韓国の国楽研究家が表彰されたと次のように報じている。
・第16回方一栄(パン・イルヨン、방일영)国楽賞受賞者である、国楽研究家の李輔亨(イ・ボヒョン、이보형)氏が、民俗音楽研究に尽くした人物に授与される、小泉文夫音楽賞を受賞した。この賞は日本の音楽学者、小泉文夫(1927-83)をたたえ、1989年に設定された。

(参考)
第23回(2011年度)小泉文夫音楽賞受賞者、李輔亨(韓国古音盤研究会会長)
・韓国における民間の音楽、とりわけパンソリ、民謡、プンムル**、巫俗音楽について長年にわたり綿密な現地調査を行い、韓国伝統音楽研究を飛躍的に発展させた業績に対して。

(**補注)風物(풍물)=農楽(농악)

(参考)Konest「農楽(ノンアッ)・風物(プンムル)」

(参考)月刊「朝鮮」(2010年2月号、一部公開)

2012年6月9日土曜日

梅雨入り

昨日真夏日だったというのに、今朝から雨が降り続く。梅雨入りしたのだ。
関東甲信の入梅について新聞各紙は、去年の5月27日と比べて13日遅いとしているが、平年は6月8日ごろなので、ほぼ平年並みということになる。季節は忘れずにちゃんと巡ってくる。

梅雨といえば、この時期を歌った名曲というか歌い継がれているものがあるのだろうか。思いつかないし、Youtubeにもそれらしいものがヒットしない。梅雨は恵みの雨であり、農耕民であった心情からあくまでも実利的なため、詩情を浮かべる対象ではないのかもしれない・・・と思ったりする。

資料)気象庁:「昭和26年(1951年)以降の梅雨入りと梅雨明け(確定値):関東甲信」(抜粋)
           梅雨入り        梅雨明け
2005年 6月10日ごろ   7月18日ごろ
2006年 6月09日ごろ   7月30日ごろ
2007年 6月22日ごろ   8月01日ごろ
2008年 5月29日ごろ   7月19日ごろ
2009年 6月03日ごろ   7月14日ごろ
2010年 6月13日ごろ   7月17日ごろ
2011年 5月27日ごろ   7月09日ごろ

2012年6月8日金曜日

イ・ソンヒの「見知らぬ海辺で」

イ・ソンヒの11集アルバム「Dream of Ruby」(1998年)所収の「見知らぬ海辺で(낯선 바닷가에서)」(歌詞、作詞イ・ジェギョン、作曲バク・セジュン)を聞いていると、波が寄せては返すように言葉を重ねていく歌い方に、とやがてハスキーな息遣いに、本当に彼女なのかなと次第に自信がなくなってくる。・・・時代を先取りしたのかな。
(Youtubeに登録のKnightmareに感謝)

このドラマチックな曲を、リナ・パーク(박정현)が歌ったら、どうなるのだろう何て勝手な想像をしたりもする。

イ・ソンヒが海辺の公衆電話ボックスのそばで歌う、Mnetのミュージックビデオがある。Ko-Wikipediaによれば、ミュージックビデオ撮影中に負傷する事態があったようだが、このときだったのだろうか。
Mnetのミュージックビデオは生憎、利用券を持っていないので、さわりしか見られないのが残念だが・・・今は見られない。

(本ブログ関連:"ブランコ")

2012年6月7日木曜日

SFの巨匠レイ・ブラッドベリ

AFPBBニュースは、「SFの巨匠レイ・ブラッドベリ氏が死去、91歳」(6/7)と次のように伝えた。

・SF小説の古典「華氏451度」などで知られる米SF作家レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)氏が5日、米ロサンゼルスで死去した。91歳だった。
・バラク・オバマ(Barack Obama)大統領も「彼の物語を作る才能は、われわれの文化の形を変え、わたしたちの世界を広げた」という追悼コメントを発表した。「それだけでなくレイは、想像力というものは理解を深め、変化をもたらし、わたしたちの最も貴重な価値観を表現する手段になり得ることも知っていた」と述べ、ブラッドベリ氏の死去を悼んだ。

星新一や小松左京といったSFの大家も初期の作品に、レイ・ブラッドベリの影響があった。彼は、だれもが一度は洗礼を受け、そして永遠の拠りどころとなる存在だったのだろう。読者にだってそうだった。

レイ・ブラッドベリのSF(ファンタジー)の世界を見て、サイエンス・フィクションはメタリックな未来を語ることだけではなく、そこに変わらぬ懐かしさを、いつの世にも、どんな場面でも、ひとは持つのだということを知った気がする。
「火星年代記」と「10月はたそがれの国」はいつまでも忘れられない。

ユン・スーイル

月曜日(6/4)のKBS WORLDの番組「玄海灘に立つ虹」で、「誕生日コーナー」を担当する可憐な花のジンシルちゃんが、今週紹介するのはユン・スーイル(윤수일、1955年~)である。

放送された「愛だけはしたくない(사랑만은 않겠어요)」 (1997年、作詞・作曲 安治行(안치핸))を聞いて、おやどこかで聞いたな・・・そうだ思い出した、桂銀淑がアルバム「韓国歌謡ベスト10」(1999年)でカバーしていた「二度と恋などしたくない」(訳詩 三佳令二)だ。桂銀淑の印象が強くて、いかにも韓国歌謡らしいという記憶がある。

ジンシルちゃんはユン・スーイルを「元祖イケメン歌手」と紹介していたが、同番組の月曜日担当のアジュンマ・コンビである、<マルコメのお母さん>と<ソウルのアリスさん>のお二人の感想を聞いてみたい気もする。

ユン・スーイルは、今年でデビュー35周年とのこと。代表曲を次のように紹介された。
・韓国の応援歌「団地(アパート)(아파트)」
・80年代のミスコリア大会で最も多く流された「美しい(아름다워 )」

また、maniaDBのプロフィールによると、受賞歴は次の通り。
1978年
  ・TBC東洋放送新人賞受賞
  ・KBS韓国放送公社人気新人賞受賞
  ・MBC文化放送の10代歌手賞と人気歌謡大賞を受賞
1979年〜1986年
  ・KBS韓国放送公社、TBC東洋放送(1979〜1980)、MBC文化放送7大と10代歌手賞
1989年
  ・日刊スポーツゴールデンディスク賞を受賞
その他多数

(Youtubeに登録のchadbabo、BuSanYoung、zeeezeeecに感謝)

(本ブログ関連:"マルコメのお母さん")

2012年6月6日水曜日

105年後に見ればいいか

天気予報が、今朝方は「雨」と報じていたので、午前7時過ぎから見られる、金星が太陽を横切る様子の観察を諦めた。それで、一度も空を見上げなかったわけだ・・・まあいいか。

次のチャンスは、2117年12月11日(土)、105年先の話だ・・・まあいいか。

ところで、関東甲信の入梅はいつだろう。例年6月8日頃で、去年は5月27日と早かった。晴れも望めず、このままズルズルと梅雨にずり込むのだろうか、憂鬱だ・・・まあいいか。

2012年6月5日火曜日

イ・ソンヒの「恋人のなみだ」

イ・ソンヒのアルバム第2集「秋の風(갈바람)」(1985年)に所収の「恋人のなみだ(연인의 눈물)」(歌詞)(作詞:정은이、作曲:남국인)は、突き出すようなパワフルな高音とたとえられる初期作品のながでも、その繊細さから彼女に暖められてきたのだろう、昨年(2011年2月3日)のニューヨークのカーネギーホール公演にも歌われている。
(Youtubeに登録のdove2727に感謝)

(本ブログ関連:"冷めたカップ")