韓国経済の記事「『ユ・ヒヨルのスケッチブック』 イ・ソンヒ ヒット曲熱唱に観客ら催眠状態」(5/7)に、5/6放送されたKBS2の番組「ユ・ヒヨルのスケッチブック」で、イ・ソンヒが歌った曲が紹介されている。
Youtubeに登録の2曲目は、高校時代に通った音楽室で偶然にも手にした、彼女のデビュー曲である「Jへ(J에게)」(作詞・作曲家イ・セゴン)。
(ところでギター伴奏[パク・ジュオン(박주원)]は、もっと息を合わせて欲しいなあ・・・。と同時に、イ・ソンヒのおおきさを感じる。すばらしい方だ。)
(Youtubeに登録のrosamin2に感謝)
(本ブログ関連:”Jへ” ← 表示後、画面右下の”前の投稿”で継続参照します)
(付記)
昨日から今日昼まで、Bloggerの本文投稿欄に、小さな花マーク(データ取り込み中?)が回転して入力不可であった(Chromeでも同様)。Bloggerヘルプフォーラムに、アメリカの休暇開けには治るだろうとのアンサーがあった。なるほど、アメリカ頼りを実感した。
2011年5月10日火曜日
孫のマイルストーン
昨日、孫がオマルの練習を始めたという知らせがあった。赤ん坊は、寝返りをうち、這い這いして、つかまり立ちをし、そして歩くという大きな変化がある。乳児が言葉を真似し、社会性を持ちはじめると友だちと遊んだりする。そのなかで、越えなければならない課題がある。おしめからの卒業だろう。つまり、オマルを使いこなすことだ。
まだ、おしめをしている孫は、最近部屋の隅にある隙間に入り込むことがあるようだ。動画で知らせてもらったことだが、どうやらそこで、ウンチをしているらしい。母親にきかれると、手を振って違うという。本人なりに、空間に仕切りを設けているのだろう。保育園に行って、習慣的に身につけた価値観なのだろか。
今回届いた、オマルの練習をしている動画の中で、「ウンチ~」という掛け声と座るという動作がチグハグなところが可愛い。これから、一歩一歩練習だ。これは大切な通過点(マイルストーン)だ。
(追記)
昨日記述したかったが、Bloggerの記述が不調で、今日登録する。
まだ、おしめをしている孫は、最近部屋の隅にある隙間に入り込むことがあるようだ。動画で知らせてもらったことだが、どうやらそこで、ウンチをしているらしい。母親にきかれると、手を振って違うという。本人なりに、空間に仕切りを設けているのだろう。保育園に行って、習慣的に身につけた価値観なのだろか。
今回届いた、オマルの練習をしている動画の中で、「ウンチ~」という掛け声と座るという動作がチグハグなところが可愛い。これから、一歩一歩練習だ。これは大切な通過点(マイルストーン)だ。
(追記)
昨日記述したかったが、Bloggerの記述が不調で、今日登録する。
2011年5月9日月曜日
ユ・ヒヨルのスケッチブック:因縁
2011年5月8日日曜日
5月の陽ざし
今日は、夏を思わせる強い陽ざしだった。小金井公園は家族連れで賑わい、緑の芝のあちこちに微笑ましい子どもたちのにぎやかな声があふれていた。自転車でのんびりと一時間かけて公園を一周する。
母の日の吉祥寺の街も大変な混みようだ。梅佳代の写真集「男子」(2007年)を、先日ブログで触れたが、記憶だけでは心もとなくて、ジュンク堂書店で購入した。帰り道、喫茶店であらためて眺める。写真の男の子たちの姿は、なぜか息子の幼い頃を思い出させる。同様に、手元にある荒木経惟の写真集「さっちん」(1964年)の子どもたちに、わたしの子ども時代を思い合わせている。
そういえば、今日の小金井公園にいたのは親の手助けが必要な幼い子どもたちだった。写真集の子どもたちは小学3、4年生くらいで、遊びながら親から離れていくところなのだろう。離陸の振り子を大きく振って、白目を剥いて、道端に転げて、あほをしでかす真っ最中なのだ。
母の日の吉祥寺の街も大変な混みようだ。梅佳代の写真集「男子」(2007年)を、先日ブログで触れたが、記憶だけでは心もとなくて、ジュンク堂書店で購入した。帰り道、喫茶店であらためて眺める。写真の男の子たちの姿は、なぜか息子の幼い頃を思い出させる。同様に、手元にある荒木経惟の写真集「さっちん」(1964年)の子どもたちに、わたしの子ども時代を思い合わせている。
そういえば、今日の小金井公園にいたのは親の手助けが必要な幼い子どもたちだった。写真集の子どもたちは小学3、4年生くらいで、遊びながら親から離れていくところなのだろう。離陸の振り子を大きく振って、白目を剥いて、道端に転げて、あほをしでかす真っ最中なのだ。
イ・ソンヒ全国ツアーコンサート 城南
イ・ソンヒのファンサイト《Sunnylovecarrot》の公開情報(써니사랑 공지사항)によれば、イ・ソンヒの8月の「2011デビュー27周年イ・ソンヒ全国ツアーコンサート」が次の通り催される。感謝。
・コンサート名: 「2011デビュー27周年 イ・ソンヒ 全国ツアーコンサート in城南(성남)」
・日時: 8月26日(金)19:00~、8月27日(土)19:00~
・会場: 京畿道広州市 城南アートセンターオペラハウス
(追記)上記スケジュールについて、最終確認できていません。
・コンサート名: 「2011デビュー27周年 イ・ソンヒ 全国ツアーコンサート in城南(성남)」
・日時: 8月26日(金)19:00~、8月27日(土)19:00~
・会場: 京畿道広州市 城南アートセンターオペラハウス
(追記)上記スケジュールについて、最終確認できていません。
イ・ソンヒ全国ツアーコンサート 水原
イ・ソンヒのファンサイト《Sunnylovecarrot》の公開情報(써니사랑 공지사항)によれば、イ・ソンヒの7月の「2011デビュー27周年イ・ソンヒ全国ツアーコンサート」が次の通り催される。感謝。
・コンサート名: 「2011デビュー27周年 イ・ソンヒ 全国ツアーコンサート in水原(수원)」
・日時: 7月2日(土)19:00~、7月3日(日)19:00~
・会場: 京畿道水原市 文化の殿堂 幸せ大劇場
・コンサート名: 「2011デビュー27周年 イ・ソンヒ 全国ツアーコンサート in水原(수원)」
・日時: 7月2日(土)19:00~、7月3日(日)19:00~
・会場: 京畿道水原市 文化の殿堂 幸せ大劇場
2011年5月7日土曜日
画像でたどる 小金井歴史散策
昨日が立夏というのにひんやりした今日、小雨降るなか地元公民館主催の「画像でたどる 小金井歴史散策」を聴講する。
以前、2008年、2009年に同公民館で催された「小金井の今昔を知ろう」に出席したが、現地を見学して廻った後に座学をするもので、午前・午後の時間を使ったヘビーなものだった。今回の「画像でたどる 小金井歴史散策」は、午前の時間に、公民館会場で講師がプロジェクターを使って、画像による密度の濃い郷土の歴史が紹介される。
講師は、小金井市文化財センター学芸員の多田哲氏で、子ども時代の思い出も入れて解説された。若い研究者でセンスがよくて、投影した画像は新旧対比を旨として、図版(地図)、風景写真、TV動画などをまじえ、例えば地図上の河川や水路に色付けしたりして、市民にも分かりやすく移動・拡大の工夫をされた。
第1回の今日のテーマは、「野川とハケ周辺」である。小金井市の野川を中心に、それに接した湧水がある崖地ハケの歴史が紹介された。内容が豊富だったのでまとめられないが、素人がホーッと思った話題を列記する。
・小金井の地名の由来にはいろいろな説がある。
【説1】 ある名家のハケからの湧水を金泉草露と呼んだ。それが、黄金の水、黄金井となり小金井という説。
【説2】 野川の水路が曲尺(かねじゃく)のように曲がっていたことで、金(かね)、金井となり小金井という説。
・小金井(野川)は、旧石器、縄文時代の遺跡が多いが、(不思議なことに)弥生時代のものがない。その後平安時代末から人々が住み着いたようだ。
・明治期、ハケ沿いはリゾート地であり、富豪の別荘が建てられた。記念公園や施設に残っている。
・野川は、洪水防止で治水した今のような直進の川ではなかった。以前は蛇行し、支流や洲もあった。
・野川には、ハケおよび南側(府中)の地からの湧水、多摩川上水からの分水(ハケの斜面で水車にも利用)も合わせて流れ込んだ。
・武蔵野は乏水地帯だったが、ここ(野川)だけは例外的に水に富み水田がひろがった。
・ハケ下(下野)の野川周辺は水田が多くあるため、ハケ上(上の原)の開拓地(麦畑)と比べて富んでいて、「ハケ下はいいね」といわれていた。
・養蚕、製糸も盛んに行なわれた。農家子女のための私立女学校も一時期あった。
・質屋坂は大國魂神社へ、薬師通りは武蔵国分寺へつながる。人通りの多いそれらの道が交わるところに、高札(こうさつ)が立てられた。
次回(第2回)は、5/21(土)に開催されるが、イ・ソンヒさんのコンサートを優先する。
(二歳二ヶ月になったばかりの孫が、なぜかランドセルをせがんだという知らせがあった)
★★★★★ 孫が、あどけない顔をして、売り場のランドセルを背負っている写真が届いた ★★★★★
(日田のミネラルウォーターを、孫がゴクゴクと、孫娘がミルクにしてグビグビ飲んでいるという知らせがあった)
以前、2008年、2009年に同公民館で催された「小金井の今昔を知ろう」に出席したが、現地を見学して廻った後に座学をするもので、午前・午後の時間を使ったヘビーなものだった。今回の「画像でたどる 小金井歴史散策」は、午前の時間に、公民館会場で講師がプロジェクターを使って、画像による密度の濃い郷土の歴史が紹介される。
講師は、小金井市文化財センター学芸員の多田哲氏で、子ども時代の思い出も入れて解説された。若い研究者でセンスがよくて、投影した画像は新旧対比を旨として、図版(地図)、風景写真、TV動画などをまじえ、例えば地図上の河川や水路に色付けしたりして、市民にも分かりやすく移動・拡大の工夫をされた。
第1回の今日のテーマは、「野川とハケ周辺」である。小金井市の野川を中心に、それに接した湧水がある崖地ハケの歴史が紹介された。内容が豊富だったのでまとめられないが、素人がホーッと思った話題を列記する。
・小金井の地名の由来にはいろいろな説がある。
【説1】 ある名家のハケからの湧水を金泉草露と呼んだ。それが、黄金の水、黄金井となり小金井という説。
【説2】 野川の水路が曲尺(かねじゃく)のように曲がっていたことで、金(かね)、金井となり小金井という説。
・小金井(野川)は、旧石器、縄文時代の遺跡が多いが、(不思議なことに)弥生時代のものがない。その後平安時代末から人々が住み着いたようだ。
・明治期、ハケ沿いはリゾート地であり、富豪の別荘が建てられた。記念公園や施設に残っている。
・野川は、洪水防止で治水した今のような直進の川ではなかった。以前は蛇行し、支流や洲もあった。
・野川には、ハケおよび南側(府中)の地からの湧水、多摩川上水からの分水(ハケの斜面で水車にも利用)も合わせて流れ込んだ。
・武蔵野は乏水地帯だったが、ここ(野川)だけは例外的に水に富み水田がひろがった。
・ハケ下(下野)の野川周辺は水田が多くあるため、ハケ上(上の原)の開拓地(麦畑)と比べて富んでいて、「ハケ下はいいね」といわれていた。
・養蚕、製糸も盛んに行なわれた。農家子女のための私立女学校も一時期あった。
・質屋坂は大國魂神社へ、薬師通りは武蔵国分寺へつながる。人通りの多いそれらの道が交わるところに、高札(こうさつ)が立てられた。
次回(第2回)は、5/21(土)に開催されるが、イ・ソンヒさんのコンサートを優先する。
(二歳二ヶ月になったばかりの孫が、なぜかランドセルをせがんだという知らせがあった)
★★★★★ 孫が、あどけない顔をして、売り場のランドセルを背負っている写真が届いた ★★★★★
(日田のミネラルウォーターを、孫がゴクゴクと、孫娘がミルクにしてグビグビ飲んでいるという知らせがあった)
2011年5月6日金曜日
立夏 2011
今日は、立春から数えて7番目の節気、立夏にあたる。このままストレートに盛夏には行かず、途中に梅雨が入るため、立夏を実感するには至らない。それに、今はまだ春の気分から抜け切れていないし。
ところで、端正な新妻聖子が夏到来を丁寧に歌う「夏は来ぬ」(作詞:佐佐木信綱、作曲:小山作之助、1896年)の歌詞に、「五月雨(さみだれ)」の言葉がある。五月雨は旧暦5月、新暦6月頃に降る雨で、梅雨に重なる。本格的に夏の来ることを実感するのは、やはり6月を過ぎて梅雨明けてからになる。
わたしたちの身の回りに立夏に関連する行事をよく知らないし、隣国の「東国歳時記」にも立夏に関わる記事がない。名前だけなのが残念な気もする。
(Youtubeに登録のnobu102891に感謝)
ところで、端正な新妻聖子が夏到来を丁寧に歌う「夏は来ぬ」(作詞:佐佐木信綱、作曲:小山作之助、1896年)の歌詞に、「五月雨(さみだれ)」の言葉がある。五月雨は旧暦5月、新暦6月頃に降る雨で、梅雨に重なる。本格的に夏の来ることを実感するのは、やはり6月を過ぎて梅雨明けてからになる。
わたしたちの身の回りに立夏に関連する行事をよく知らないし、隣国の「東国歳時記」にも立夏に関わる記事がない。名前だけなのが残念な気もする。
(Youtubeに登録のnobu102891に感謝)
イ・ソンヒ全国ツアーコンサート 大田
イ・ソンヒのファンサイト《Sunnylovecarrot》の公開情報(써니사랑 공지사항)によれば、イ・ソンヒの7月の「2011デビュー27周年イ・ソンヒ全国ツアーコンサート」が次の通り催される。感謝。
・コンサート名: 「2011デビュー27周年 イ・ソンヒ 全国ツアーコンサート in大田(대전)」
・日時: 7月16日(土)19:00~、7月17日(日)16:00~
・会場: 忠清南道大田広域市、忠南大学校 チョンシムファ文化会館 チョンシムファ ホール
・コンサート名: 「2011デビュー27周年 イ・ソンヒ 全国ツアーコンサート in大田(대전)」
・日時: 7月16日(土)19:00~、7月17日(日)16:00~
・会場: 忠清南道大田広域市、忠南大学校 チョンシムファ文化会館 チョンシムファ ホール
イ・ソンヒ 全国ツアーコンサート 全州
イ・ソンヒのファンサイト《Sunnylovecarrot》の公開情報(써니사랑 공지사항)によれば、いよいよ6月から、イ・ソンヒの「2011デビュー27周年イ・ソンヒ全国ツアーコンサート」が次の通り開始される。感謝。
・コンサート名: 「2011デビュー27周年 イ・ソンヒ 全国ツアーコンサート in全州(전주)」
・日時: 6月25日(土)19:00~、6月26日(日)15:00~
・会場: 全羅北道全州市、全北大学校 三星文化会館 大公演会場
・コンサート名: 「2011デビュー27周年 イ・ソンヒ 全国ツアーコンサート in全州(전주)」
・日時: 6月25日(土)19:00~、6月26日(日)15:00~
・会場: 全羅北道全州市、全北大学校 三星文化会館 大公演会場
ユ・ヒヨルのスケッチブック
イ・ソンヒのファンサイト《Sunnylovecarrot》によれば、KBS2のライブ ミュージック・トークショーに次の通り出演することが紹介された。感謝。
・放送局: KBS2
・番組名: 「ユ・ヒヨル(유희열)のスケッチブック」
・放送日時: 5月7日(土)、深夜12時5分~
・放送局: KBS2
・番組名: 「ユ・ヒヨル(유희열)のスケッチブック」
・放送日時: 5月7日(土)、深夜12時5分~
2011年5月5日木曜日
孫たちのこどもの日
孫が誕生(3/7)した一昨年のこどもの日に、「GeeGee_baka」を自覚した。孫が一歳になった昨年のこどもの日に、孫を抱えながら小金井公園の広場を走った。孫が二歳になって、孫娘が誕生(3/5)した今年のこどもの日、孫たちに招かれて十分遊んで帰宅して、お礼のメールを作成中に寝てしまった。
孫は、ますます男の子らしくなって家の中を、近所の公園を遊び廻って疲れを知らない。孫娘は、前回会ったときと比べて体重が増した分、わたしに笑顔をくれる。
わたしの体力は、孫たちの活発さに反比例しているようだが、その分幸せさが増してきた。孫たちは宝物である。
わたしの誕生日祝いも兼ねてのこどもの日の祝いだった。最高の誕生日プレゼントをもらった。色紙に、孫が手形を思いっきり押し、寝ている孫娘の足形をこっそり押し、若夫婦から寄せ書きをしてもらったのだ。これほど心が温まるものはない。これもわたしの宝物である。
孫は、ますます男の子らしくなって家の中を、近所の公園を遊び廻って疲れを知らない。孫娘は、前回会ったときと比べて体重が増した分、わたしに笑顔をくれる。
わたしの体力は、孫たちの活発さに反比例しているようだが、その分幸せさが増してきた。孫たちは宝物である。
わたしの誕生日祝いも兼ねてのこどもの日の祝いだった。最高の誕生日プレゼントをもらった。色紙に、孫が手形を思いっきり押し、寝ている孫娘の足形をこっそり押し、若夫婦から寄せ書きをしてもらったのだ。これほど心が温まるものはない。これもわたしの宝物である。
2011年5月4日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 コムンゴ
今日のKBS WORLD「国楽の世界へ」は、弦楽器コムンゴ(거문고)を紹介した。同放送内容は、KBS WORLDのホームページに掲載されている。(案内役の岸さんは、中学に入って以来10年ほど津軽三味線を習ったそうだ)
[楽器]
・コムンゴは、見たところ伽耶琴と同様のサイズだが、「伽耶琴の弦が12本で、直接、指で演奏するのに対し、コムンゴの弦は6本。それにスルテ(술대)と呼ばれる、細くて短いばちを使って演奏するため、伽耶琴よりも荒々しい音を出す」という。
▼「壽延長之曲(수연장지곡)」からイ・オギュの演奏を聴く。ここでは、一音一音、弦の響きを確かめながら「弾く」。
[歴史]
・1500年ほど前、高句麗で作られた楽器で、コムンゴ(거문고)の名は、この弦楽器(고)と、飛んで来て踊った黒い鶴(검은 학)との言葉に由来するという。すなわち、「검은(학)+고」のようだ。
・「コムンゴは漢字では、黒を表す玄武の『玄』という漢字に、『琴』と書いて『玄琴(げんきん)』、韓国語読みだと현금とも表記され」るという。
・「朝鮮時代末期にさしかかると、一般庶民の間でも演奏されるように」なったという。
▼コムンゴを伴奏にして歌うコムンゴ竝唱(병창)方式で、庶民の音楽である、パンソリ「赤壁歌(적벽가)」の中からシン・クェドンによる「セタリョン(鳥打令)」を聴く。物語に富んだ感情の起伏を表現する響きを与える。
[奏法]
・「演奏するときは、この弦を指の代わりに《右手》に持ったスルテ(술대)という竹棒でたたいたり、すくったりして音を出すのが特徴」。「また《左手》では弦を(胴体の上に置く16個の木の板)フレット(fret)である“クェ(괘)”の上で押したり揺さぶったりしていろいろな表現」をするという。
▼若手のコムンゴ・ファクトリーによる、コムンゴ&タンゴ演奏を聴く。ムムム・・・。
(参考)「全羅北道 韓国伝統ソリ文化」というサイトがある。
[楽器]
・コムンゴは、見たところ伽耶琴と同様のサイズだが、「伽耶琴の弦が12本で、直接、指で演奏するのに対し、コムンゴの弦は6本。それにスルテ(술대)と呼ばれる、細くて短いばちを使って演奏するため、伽耶琴よりも荒々しい音を出す」という。
▼「壽延長之曲(수연장지곡)」からイ・オギュの演奏を聴く。ここでは、一音一音、弦の響きを確かめながら「弾く」。
[歴史]
・1500年ほど前、高句麗で作られた楽器で、コムンゴ(거문고)の名は、この弦楽器(고)と、飛んで来て踊った黒い鶴(검은 학)との言葉に由来するという。すなわち、「검은(학)+고」のようだ。
・「コムンゴは漢字では、黒を表す玄武の『玄』という漢字に、『琴』と書いて『玄琴(げんきん)』、韓国語読みだと현금とも表記され」るという。
・「朝鮮時代末期にさしかかると、一般庶民の間でも演奏されるように」なったという。
▼コムンゴを伴奏にして歌うコムンゴ竝唱(병창)方式で、庶民の音楽である、パンソリ「赤壁歌(적벽가)」の中からシン・クェドンによる「セタリョン(鳥打令)」を聴く。物語に富んだ感情の起伏を表現する響きを与える。
[奏法]
・「演奏するときは、この弦を指の代わりに《右手》に持ったスルテ(술대)という竹棒でたたいたり、すくったりして音を出すのが特徴」。「また《左手》では弦を(胴体の上に置く16個の木の板)フレット(fret)である“クェ(괘)”の上で押したり揺さぶったりしていろいろな表現」をするという。
▼若手のコムンゴ・ファクトリーによる、コムンゴ&タンゴ演奏を聴く。ムムム・・・。
(参考)「全羅北道 韓国伝統ソリ文化」というサイトがある。
ふるさとのはなしをしよう
自然にシンクロしてしまう北原謙二の歌「ふるさとのはなしをしよう」(歌詞:伊野上のぼる、作曲 キダ・タロー、1965年)には、《ふるさと》の原風景がある。夕陽に染まる漁港、縁日のざわめきする下町、遠く桃の実が彩る丘。そこは、住んだことのない、ぼくらのこころの《ふるさと》でもある。
60年代の高度経済成長時期に、都会の人々は《ふるさと》の、光り、彩り、ざわめき、匂いを喪失した。その渇きに正面から応えてくれたのが、映画の寅さんシリーズだったのだろう。そう、寅さんは自己矛盾した存在だったし、日本の最大公約数だった。
未来に伝えるべき《ふるさと》の復興を祈るばかりだ。
(Youtubeに登録のo94tm2に感謝)
60年代の高度経済成長時期に、都会の人々は《ふるさと》の、光り、彩り、ざわめき、匂いを喪失した。その渇きに正面から応えてくれたのが、映画の寅さんシリーズだったのだろう。そう、寅さんは自己矛盾した存在だったし、日本の最大公約数だった。
未来に伝えるべき《ふるさと》の復興を祈るばかりだ。
(Youtubeに登録のo94tm2に感謝)
2011年5月3日火曜日
イ・ソンヒの「一度くらい」
イ・ソンヒが先日のMBCの番組「遊びにおいで」のことと思うが、ソン・チャンシク(宋昌植、송창식)の「一度くらい(한번쯤)」(歌詞)を歌う映像がYoutubeに登録された。
視聴して、2004年のコンサートでイ・ソンヒが歌った、シム・スボンの「愛しか私はわからない(사랑밖엔 난 몰라)」を思い出した。原曲への尊敬を忘れず自家の物にしている。それゆえに、シム・スボンからも高く評価されたのだ。
この「一度くらい」では、視点を変えて歌っているのだろうし、曲調も合わせている。そこで終わらず、原曲の持つ軽快さへ力強く回帰している。
(Youtubeに登録のedgerole、yokosuka30、rosamin2、JunJunTeamに感謝)
(追記)
「ノ・ドリャン(너돌양)の世界展望台」の「『遊びにおいで』 イ・ソンヒ誠実な熱情 引き立つイ・スンギ導いた素晴らしいメンター」(5/3)に、イ・ソンヒの音楽活動における誠実さ謙虚さについて、および愛弟子イ・スンギへの指導者(メンター)としての存在について、女性らしい穏やかな言葉で賞賛が綴られている。
(孫と従兄弟が、公園で遊んだ後、一緒に入った風呂の湯が泥水?のようになったと知らせがあった)
★★★★★ 孫が、コマ落としの映像のように、従兄弟と一緒に駆けっこしている動画が届いた ★★★★★
(孫娘には、同じ零歳の、昨年誕生した二人目の従兄弟がいる)
★★★★★ 孫娘が、従兄弟と一緒に顔を見合わせながら、仲良く並んで寝ている写真が届いた ★★★★★
視聴して、2004年のコンサートでイ・ソンヒが歌った、シム・スボンの「愛しか私はわからない(사랑밖엔 난 몰라)」を思い出した。原曲への尊敬を忘れず自家の物にしている。それゆえに、シム・スボンからも高く評価されたのだ。
この「一度くらい」では、視点を変えて歌っているのだろうし、曲調も合わせている。そこで終わらず、原曲の持つ軽快さへ力強く回帰している。
(Youtubeに登録のedgerole、yokosuka30、rosamin2、JunJunTeamに感謝)
(追記)
「ノ・ドリャン(너돌양)の世界展望台」の「『遊びにおいで』 イ・ソンヒ誠実な熱情 引き立つイ・スンギ導いた素晴らしいメンター」(5/3)に、イ・ソンヒの音楽活動における誠実さ謙虚さについて、および愛弟子イ・スンギへの指導者(メンター)としての存在について、女性らしい穏やかな言葉で賞賛が綴られている。
(孫と従兄弟が、公園で遊んだ後、一緒に入った風呂の湯が泥水?のようになったと知らせがあった)
★★★★★ 孫が、コマ落としの映像のように、従兄弟と一緒に駆けっこしている動画が届いた ★★★★★
(孫娘には、同じ零歳の、昨年誕生した二人目の従兄弟がいる)
★★★★★ 孫娘が、従兄弟と一緒に顔を見合わせながら、仲良く並んで寝ている写真が届いた ★★★★★
2011年5月2日月曜日
八十八夜
今日は八十八夜。旧暦3月30日、夏も間近である。月齢28.5、今宵の空に月はない。
新茶の時期である。この時期を歌う「茶摘み」が小学唱歌にある。「あかねだすきに菅(すげ)の笠」は、お茶屋のポスターや観光写真にしか見られない光景だが、しっかり心にある。菅の笠というよりは、《手ぬぐい》をかぶった(姉さんかぶり?の)姿が多く見受けられるが。
そういえば、静岡県の「ちゃっきり節」の囃子にある「雨ずらよ」を聞くと、静岡出身の昔の同僚の訛りを思い出す。ところで、Youtubeに登録のこの歌の最後にある「お山みれみれ あのかさぐもを/ねえね 来てねや 今朝は来てねや すげの笠」は、「日本民謡集」(岩波文庫)にはないけど、ここでも「すげの笠」。労働となれば日光に直接顔をさらさないのが正解なわけですよね。
(Youtubeに登録のheise96、sound2castに感謝)
★★★★★ 孫が、父親とTの字に寝て、父親の幼い時にそっくりな寝顔をしている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、ますます女の子らしくなり、やさしい瞳に吸い込まれそうになる動画が届いた ★★★★★
新茶の時期である。この時期を歌う「茶摘み」が小学唱歌にある。「あかねだすきに菅(すげ)の笠」は、お茶屋のポスターや観光写真にしか見られない光景だが、しっかり心にある。菅の笠というよりは、《手ぬぐい》をかぶった(姉さんかぶり?の)姿が多く見受けられるが。
そういえば、静岡県の「ちゃっきり節」の囃子にある「雨ずらよ」を聞くと、静岡出身の昔の同僚の訛りを思い出す。ところで、Youtubeに登録のこの歌の最後にある「お山みれみれ あのかさぐもを/ねえね 来てねや 今朝は来てねや すげの笠」は、「日本民謡集」(岩波文庫)にはないけど、ここでも「すげの笠」。労働となれば日光に直接顔をさらさないのが正解なわけですよね。
(Youtubeに登録のheise96、sound2castに感謝)
★★★★★ 孫が、父親とTの字に寝て、父親の幼い時にそっくりな寝顔をしている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、ますます女の子らしくなり、やさしい瞳に吸い込まれそうになる動画が届いた ★★★★★
2011年5月1日日曜日
桂歌丸 芸歴六十周年記念興行
ゴールデンウィーク初めの今日、昔の仕事仲間と新大久保で昼飯(わたしは純豆腐チゲ)を食って界隈を素見(ひやか)し、その足で新宿「末廣亭」の五月上席昼の部「桂歌丸 芸歴六十周年記念興行」に行く。場内は満席で立ち見になった。落語観賞は、上野広小路亭で四代目三遊亭金馬、三代目三遊亭圓歌以来数年振りである。
失礼ながら漫才Wモアモアが演じる途中入場し、昼の部主任桂歌丸の落語「井戸の茶碗」まであっというまに時が過ぎた。その間に、先輩後輩からの落語家らしい粋な言葉が添えられて、桂歌丸から芸歴六十周年の口上があった。現在、落語芸術協会会長である彼は、1951年(昭和26年)に五代目古今亭今輔に入門して以来、今年で芸能生活60周年になる。今日は、芸能生活60周年記念興行の初日であもる。
口上のとき他の落語家と比べて色白く小柄に見えたが、落語「井戸の茶碗」では軽快によく通る声で生き生きと演じられた。
失礼ながら漫才Wモアモアが演じる途中入場し、昼の部主任桂歌丸の落語「井戸の茶碗」まであっというまに時が過ぎた。その間に、先輩後輩からの落語家らしい粋な言葉が添えられて、桂歌丸から芸歴六十周年の口上があった。現在、落語芸術協会会長である彼は、1951年(昭和26年)に五代目古今亭今輔に入門して以来、今年で芸能生活60周年になる。今日は、芸能生活60周年記念興行の初日であもる。
口上のとき他の落語家と比べて色白く小柄に見えたが、落語「井戸の茶碗」では軽快によく通る声で生き生きと演じられた。
2011年4月30日土曜日
世界フィギュアスケート選手権2011
モスクワのメガスポーツ・アリーナ(11,000観客)で開催されたフィギュアスケートの世界チャンピオンシップ(ISU)は、2度目の世界女王に安藤美姫が、男子銀メダルを小塚崇彦が獲得した。男女上位3位までの結果は次の通り。
安藤は優勝確定前のインタビューで、震災下の日本への思いを語ったし、表彰台の彼女の姿に、テレビ女性解説者は「自信と威厳に満ちた」と評した。
Ladies Final Results
Pl Name Nation Points SP FS
1 Miki ANDO JPN 195.79 2 1
2 Yuna KIM KOR 194.50 1 2
3 Carolina KOSTNER ITA 184.68 6 3
Men Final Results
Pl Name Nation Points SP FS
1 Patrick CHAN CAN 280.98 1 1
2 Takahiko KOZUKA JPN 258.41 6 2
3 Artur GACHINSKI RUS 241.86 4 3
(追記)
エキシビションの安藤美姫
・エキシビション 安藤は優勝確定前のインタビューで、震災下の日本への思いを語ったし、表彰台の彼女の姿に、テレビ女性解説者は「自信と威厳に満ちた」と評した。
Ladies Final Results
Pl Name Nation Points SP FS
1 Miki ANDO JPN 195.79 2 1
2 Yuna KIM KOR 194.50 1 2
3 Carolina KOSTNER ITA 184.68 6 3
Men Final Results
Pl Name Nation Points SP FS
1 Patrick CHAN CAN 280.98 1 1
2 Takahiko KOZUKA JPN 258.41 6 2
3 Artur GACHINSKI RUS 241.86 4 3
(追記)
エキシビションの安藤美姫
・エキシビション
(Youtubeに登録のExxx1le、yasik555に感謝)
(本ブログ関連:”スケート”)
10歳若く見える
イ・ソンヒの変わらぬ容貌は、ネバーランドに住む少女のようでいて、女性たちの特に同世代アジュンマの羨望のまとである。だから、その秘密を知りたいと、雑誌やテレビのインタビューで何度も質問が繰り返されてきた。
韓国経済の記事「イ・ソンヒ、チョン・インファ 『10年は若く見える』・・・芸能界代表の童顔美貌は?」(4/26)は、イ・ソンヒの若々しさが最近テレビ番組で話題になったことから、次のように芸能界の同様な他スターを写真と一緒に紹介している。
・歌手: イ・ソンヒ(이선희、48)
・俳優: チョン・インファ(전인화、46)
・CEOに変身したタレント: イ・ウィジョン(이의정、36)
・演技者: イ・ヨウォン(이요원、32)
(数字: 数え年の年齢)
イ・ソンヒさん以外の方々を存じません。記者の主観が多分に入っているようですが、皆さん童顔美貌の系列です。
男の目から見ると、正直、若く見られたいことの意味がよく分からないのです。八百比丘尼のように美しさと同時に時間の漂泊者になることを望んでいるわけではないでしょうから・・・極端かな。
昔、NHKドラマ「女人幻想」(1972年)を見た。八百比丘尼の影のある女性との幻想的な愛の物語で、主演の佐藤友美のしっとりとした美しい役柄に見入った覚えがある。
韓国経済の記事「イ・ソンヒ、チョン・インファ 『10年は若く見える』・・・芸能界代表の童顔美貌は?」(4/26)は、イ・ソンヒの若々しさが最近テレビ番組で話題になったことから、次のように芸能界の同様な他スターを写真と一緒に紹介している。
・歌手: イ・ソンヒ(이선희、48)
・俳優: チョン・インファ(전인화、46)
・CEOに変身したタレント: イ・ウィジョン(이의정、36)
・演技者: イ・ヨウォン(이요원、32)
(数字: 数え年の年齢)
イ・ソンヒさん以外の方々を存じません。記者の主観が多分に入っているようですが、皆さん童顔美貌の系列です。
男の目から見ると、正直、若く見られたいことの意味がよく分からないのです。八百比丘尼のように美しさと同時に時間の漂泊者になることを望んでいるわけではないでしょうから・・・極端かな。
昔、NHKドラマ「女人幻想」(1972年)を見た。八百比丘尼の影のある女性との幻想的な愛の物語で、主演の佐藤友美のしっとりとした美しい役柄に見入った覚えがある。
2011年4月29日金曜日
ちいさな男の子は阿呆である
ちいさな男の子は大方阿呆である。そうであるし、そうでなければならない。人のしないことをするのが男の子である。本人はそんなつもりじゃないけれど。
あっはっはと笑いながら、さて次に何やろうかとたくらむ。こころの中が、いつも青空なんだ。そんな今が、なつかしい思い出を作っている最中だなんて、これっぽっち思っちゃいない。目をきらきらと輝かせ、学校の帰り道に腹ばいになって、路肩のカマキリを見たり、一列になって後ろ向きに歩いてみたり、やることがいっぱいあるのだ。
わたしの昔もそうだったよ。チャンバラで誰がうまく切られるかと熱中したり、小学校の木造の階段を上手に平行に転げ落ちることを競ったりしたものだ。ちいさな男の子は阿呆なことにいつでも向上心が湧いてくる。
書店で梅佳代の写真集「男子」(2007年)を見て、毎日が楽しくてわくわくしていた頃の懐かしさを覚えた。ちいさな男の子なら経験する、平気で転げ廻った地面やアスファルトの感触を。そうそう、ちいさな隙間も好きだったな、自分たちだけの秘密の通路にしていたこともよみがえってきた。
さて、この写真集には作家の次のような言葉があるようだ。適確で温かい。
男子は
ばかで
無敵で
かっこいいです。(うめ)
ところで、阿呆な男の子から卒業していた頃、創刊されて間もない雑誌「太陽」(1964年7月:創刊一周年記念号)に、第1回太陽賞を受賞した写真家荒木経惟の「さっちん」を見た。当時としてはグラフィカルで洒落た大きなサイズの雑誌に、いつでもどこでも走って転んで遊び廻る子どもたちの世界がそのままに載せられていた。写真には、ぼくらの原風景がおさまっていた。モノクロ写真は、どろだらけの子どもにぴったりに思える。色彩がなくても、みな元気な時代だった。
新潮社版の最後に、作家が次のように語っている。
「これは三河島の戦前からあった古い団地アパートなんだけど、(略) 荒川線を途中で降りて、ぶらぶら歩いて撮りだしたの。そこで出会ったのが「さっちん」(当時小学4年生)。」
あっはっはと笑いながら、さて次に何やろうかとたくらむ。こころの中が、いつも青空なんだ。そんな今が、なつかしい思い出を作っている最中だなんて、これっぽっち思っちゃいない。目をきらきらと輝かせ、学校の帰り道に腹ばいになって、路肩のカマキリを見たり、一列になって後ろ向きに歩いてみたり、やることがいっぱいあるのだ。
わたしの昔もそうだったよ。チャンバラで誰がうまく切られるかと熱中したり、小学校の木造の階段を上手に平行に転げ落ちることを競ったりしたものだ。ちいさな男の子は阿呆なことにいつでも向上心が湧いてくる。
書店で梅佳代の写真集「男子」(2007年)を見て、毎日が楽しくてわくわくしていた頃の懐かしさを覚えた。ちいさな男の子なら経験する、平気で転げ廻った地面やアスファルトの感触を。そうそう、ちいさな隙間も好きだったな、自分たちだけの秘密の通路にしていたこともよみがえってきた。
さて、この写真集には作家の次のような言葉があるようだ。適確で温かい。
男子は
ばかで
無敵で
かっこいいです。(うめ)
ところで、阿呆な男の子から卒業していた頃、創刊されて間もない雑誌「太陽」(1964年7月:創刊一周年記念号)に、第1回太陽賞を受賞した写真家荒木経惟の「さっちん」を見た。当時としてはグラフィカルで洒落た大きなサイズの雑誌に、いつでもどこでも走って転んで遊び廻る子どもたちの世界がそのままに載せられていた。写真には、ぼくらの原風景がおさまっていた。モノクロ写真は、どろだらけの子どもにぴったりに思える。色彩がなくても、みな元気な時代だった。
新潮社版の最後に、作家が次のように語っている。
「これは三河島の戦前からあった古い団地アパートなんだけど、(略) 荒川線を途中で降りて、ぶらぶら歩いて撮りだしたの。そこで出会ったのが「さっちん」(当時小学4年生)。」
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