イ・ソンヒが、全羅南道麗水市で開かれている麗水世界博覧会の特設舞台で催された「万博ポップフェスティバル」(6/27、19:00~)で、観客とともに「Jへ(J에게)」を歌う映像がYoutubeに登録されている。映像右上に「麗水万博TV」と表示されている。(登録者Expo2012YeosuKoreaに感謝)
コンサートステージ下からの彼女の映像は珍しい。野外会場のため夜風に髪をなびかせ、楽しみながら歌う姿に臨場感があって良い。そして何より素晴らしいのは、彼女の持つ清潔で健康的な、そしていつまでも若々しい映像を 見ることができるからだ。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒ 27日麗水万博特別公演に出演")
2012年6月30日土曜日
2012年6月29日金曜日
お稲荷さんと油揚げ
SBSが放送した「僕のガールフレンドは九尾狐」のOST「狐の嫁入り(여우비)」をイ・ソンヒが歌ったこともあって、狐にからめていろいろと気にかけている。
(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)
最近、地元の笠森稲荷神社にある赤い鳥居が続く光景を、携帯の待ち受け画面にしたりしている。
以前聞いた郷土史の解説で、この神社、皮膚病に効能があるとのこと、江戸期に遠く川崎の宿場町から女たちが訪れたという。
ところで、韓国語教室の宿題に、愛知県の豊川稲荷について記されていたので調べてみると、こちらは神社ではなく、曹洞宗の寺院である。インターネットの豊川稲荷略縁起は次のように記している。
・一般的に「稲荷」と呼ばれる場合は「狐を祀った神社」を想像される方が多数であると思われますが、当寺でお祀りしておりますのは鎮守・
(とよかわだきにしんてん)です。
が稲穂を荷(にな)い、白い狐に跨(またが)っておられることからいつしか「豐川稲荷」が通称として広まり、現在に至っております。
そういえば、日曜登山で知られる高尾山にある真言宗智山派の髙尾山薬王院の、髙尾山薬王院飯縄権現(いづなごんげん)も白狐の上に姿を見せている。こちらも神道とは別で仏教である。
(本ブログ関連:”お稲荷さん”)
さて、宿題の豊川稲荷の話題には、油揚げが名産というので、狐との関係を調べてみると、古いインドの信仰につながるそうだ。それはそれで良いが、中身は知らぬ方がよかったかもしれない・・・。
(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)
最近、地元の笠森稲荷神社にある赤い鳥居が続く光景を、携帯の待ち受け画面にしたりしている。
以前聞いた郷土史の解説で、この神社、皮膚病に効能があるとのこと、江戸期に遠く川崎の宿場町から女たちが訪れたという。
ところで、韓国語教室の宿題に、愛知県の豊川稲荷について記されていたので調べてみると、こちらは神社ではなく、曹洞宗の寺院である。インターネットの豊川稲荷略縁起は次のように記している。
・一般的に「稲荷」と呼ばれる場合は「狐を祀った神社」を想像される方が多数であると思われますが、当寺でお祀りしておりますのは鎮守・
そういえば、日曜登山で知られる高尾山にある真言宗智山派の髙尾山薬王院の、髙尾山薬王院飯縄権現(いづなごんげん)も白狐の上に姿を見せている。こちらも神道とは別で仏教である。
(本ブログ関連:”お稲荷さん”)
さて、宿題の豊川稲荷の話題には、油揚げが名産というので、狐との関係を調べてみると、古いインドの信仰につながるそうだ。それはそれで良いが、中身は知らぬ方がよかったかもしれない・・・。
2012年6月28日木曜日
チャン・ユンジョンの日本進出
朝鮮日報の記事「チャン・ユンジョン、10月日本進出」(6/26。STARNEWS/朝鮮日報日本語版)によれば、韓国のトロットを引き継ぐチャン・ユンジョン(장윤정)の日本進出を次のように報じている。
・「トロット(韓国演歌)界のクイーン」チャン・ユンジョンが、日本の大手レコード会社クラウンレコードと契約を結び、10月から日本進出する。
・チャン・ユンジョンは2007年に東京、名古屋、京都など日本6都市を回り、コンサートを行ったことがあるが、新曲をリリースし、正式に日本の音楽界に進出するのは今回が初めて。
・現在、チャン・ユンジョンは新曲(?)「招魂」のミュージックビデオが地上波放送不可判定を受けるなど波紋を呼んだが、各種音楽配信サイトのトロット部門で1位を獲得し、人気を博している。
解説されている「招魂(초혼)」(2010年6月)は、イ・ソンヒの「因縁(인연)」(2005年)に連なる東洋回帰のうねりに位置づけられる。またYoutubeに登録されている同曲に、古来シャーマン的儀式の巫俗(무속)をイメージした映像があって興味深い。(参考:スポーツ京鄕、6/25)
(本ブログ関連:"巫俗")
(Youtubeに登録のMrLamilazに感謝)
(付記)
TBS NEWSiの記事「中国の有人宇宙船『神舟9号』帰還」(6/2913:27)に、「中国初の女性宇宙飛行士(劉洋)ら(3人)を乗せた宇宙船「神舟9号」が14日間の任務を終え、無事帰還」したと次のように報じた。
・中国としては初めてとなる宇宙実験室「天宮1号」とのドッキング実験に成功。
・「(宇宙実験室)天宮は宇宙にある家で、暖かくて居心地が良かったです。・・・」(女性宇宙飛行士劉洋さん)
・「トロット(韓国演歌)界のクイーン」チャン・ユンジョンが、日本の大手レコード会社クラウンレコードと契約を結び、10月から日本進出する。
・チャン・ユンジョンは2007年に東京、名古屋、京都など日本6都市を回り、コンサートを行ったことがあるが、新曲をリリースし、正式に日本の音楽界に進出するのは今回が初めて。
・現在、チャン・ユンジョンは新曲(?)「招魂」のミュージックビデオが地上波放送不可判定を受けるなど波紋を呼んだが、各種音楽配信サイトのトロット部門で1位を獲得し、人気を博している。
解説されている「招魂(초혼)」(2010年6月)は、イ・ソンヒの「因縁(인연)」(2005年)に連なる東洋回帰のうねりに位置づけられる。またYoutubeに登録されている同曲に、古来シャーマン的儀式の巫俗(무속)をイメージした映像があって興味深い。(参考:スポーツ京鄕、6/25)
(本ブログ関連:"巫俗")
(Youtubeに登録のMrLamilazに感謝)
(付記)
TBS NEWSiの記事「中国の有人宇宙船『神舟9号』帰還」(6/2913:27)に、「中国初の女性宇宙飛行士(劉洋)ら(3人)を乗せた宇宙船「神舟9号」が14日間の任務を終え、無事帰還」したと次のように報じた。
・中国としては初めてとなる宇宙実験室「天宮1号」とのドッキング実験に成功。
・「(宇宙実験室)天宮は宇宙にある家で、暖かくて居心地が良かったです。・・・」(女性宇宙飛行士劉洋さん)
2012年6月27日水曜日
「小金井の新田開発」(5)
昨日(6/26)、透き通るような陽射しの午前中、地元公民館主催の市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)の第5回最終講義を聴きに行く。最後まで講義室は聴講者で満員の盛況だった。
(これまで、鷹場、街道、玉川上水、新田創設という切り口で、江戸との一体化について解説された)
今回も、東京学芸大学の大石学教授から、江戸時代に武蔵野新田に植樹された、松、栗、竹、そして桜の記録資料について、いつものように丁寧な解説と興味深いお話を聴かせていただいた。
【松】
・元禄7年(1694年)の文書に、玉川上水の両岸に植えて、橋の建材に使用したという記録がある。江戸の早い段階から植林が始まっている。その後、新田の囲いとして植えたてられることになる。
【栗】
(栗林を今も散見できる)
・将軍家へ栗を献上するため、栗林を仕立てる経緯が、「大岡越前守忠相日記」の元文2年(1737年)以降に克明に記されている。
・栗林は、小金井を中心に作られた。(下小金井新田、関野新田、梶野新田、井口新田、野崎新田、大沢新田、境新田、関前新田、上保谷新田、田無新田)
・栗林の下草を刈り取り、畑の肥料などに使われたが、管理は厳重に行なわれた。
・払い下げの栗老木を売った代金について、周辺村々と争いも生じたりした。
・献上を通じて、将軍家との一体化の意識が生まれる。栗林については行政(幕府)が支援し、地域は自分(農民)たちで管理するという関係が成立する。
(本ブログ関連:"小金井雑記"、"小金井雑記"、"春の兆し")
【竹】
・栗林とセットで育成された。これも同様に、「大岡越前守忠相日記」の元文3年(1738年)以降に記されている。
【桜】
(「小金井桜」として名をなしている)
・桜の植樹について、その時期を知る一次資料が見つかっていない。寛永年間(1624年~1644年)、寛文10年(1670年)、享保年間(1716年~1736年)、元文年間(1736年~1741年)、寛延年間(1748年~1751年)などの諸説がある。しかも、桜の苗木産地(和州吉野、常州桜川など)といわれている所にも記録がない。
・植え付けの理由に次の3説がある。
① 地域振興のため:飢饉など経験から政策のひとつとして。
② 上水の浄化のため:桜は水毒を消すという。
③ 玉川上水の堤が崩れぬため
・桜木の払い下げについて幕府最古の資料が明和年(1772年)にある。
小金井桜
・文政2年(1829年)の資料に、すでに「小金井桜」の名が見える。
・当初知られなかった小金井桜も、江戸後半には遠くても江戸からの花見客で賑わうようになり、泊りがけ(小金井橋ほとりの柏屋)で見物に来るようになったりもした。当時のガイドブック「小金井道しるへ」なども発行される。
・天保15年(1844年)、将軍になる前の徳川家定も観楼に来た。
(本ブログ関連:"小金井公園のさくら"、"春のぬくもりにさそわれて")
以上、江戸時代を通じて、小金井地域の村々は(首都)江戸との関係のなかで、首都圏として成長・発展した・・・という、終わりの言葉をいただいた。
(付記)
郷土の歴史を知りたいことから、ついつい身近に目が行くが、今回のような大きな切り口(鷹場、街道、玉川上水、新田創設、そして桜)を通じて時代の流れを俯瞰する意義も知った。
(本ブログ関連:"「小金井の新田開発」")
(これまで、鷹場、街道、玉川上水、新田創設という切り口で、江戸との一体化について解説された)
今回も、東京学芸大学の大石学教授から、江戸時代に武蔵野新田に植樹された、松、栗、竹、そして桜の記録資料について、いつものように丁寧な解説と興味深いお話を聴かせていただいた。
【松】
・元禄7年(1694年)の文書に、玉川上水の両岸に植えて、橋の建材に使用したという記録がある。江戸の早い段階から植林が始まっている。その後、新田の囲いとして植えたてられることになる。
【栗】
(栗林を今も散見できる)
・将軍家へ栗を献上するため、栗林を仕立てる経緯が、「大岡越前守忠相日記」の元文2年(1737年)以降に克明に記されている。
・栗林は、小金井を中心に作られた。(下小金井新田、関野新田、梶野新田、井口新田、野崎新田、大沢新田、境新田、関前新田、上保谷新田、田無新田)
・栗林の下草を刈り取り、畑の肥料などに使われたが、管理は厳重に行なわれた。
・払い下げの栗老木を売った代金について、周辺村々と争いも生じたりした。
・献上を通じて、将軍家との一体化の意識が生まれる。栗林については行政(幕府)が支援し、地域は自分(農民)たちで管理するという関係が成立する。
(本ブログ関連:"小金井雑記"、"小金井雑記"、"春の兆し")
【竹】
・栗林とセットで育成された。これも同様に、「大岡越前守忠相日記」の元文3年(1738年)以降に記されている。
【桜】
(「小金井桜」として名をなしている)
・桜の植樹について、その時期を知る一次資料が見つかっていない。寛永年間(1624年~1644年)、寛文10年(1670年)、享保年間(1716年~1736年)、元文年間(1736年~1741年)、寛延年間(1748年~1751年)などの諸説がある。しかも、桜の苗木産地(和州吉野、常州桜川など)といわれている所にも記録がない。
・植え付けの理由に次の3説がある。
① 地域振興のため:飢饉など経験から政策のひとつとして。
② 上水の浄化のため:桜は水毒を消すという。
③ 玉川上水の堤が崩れぬため
・桜木の払い下げについて幕府最古の資料が明和年(1772年)にある。
小金井桜
・文政2年(1829年)の資料に、すでに「小金井桜」の名が見える。
・当初知られなかった小金井桜も、江戸後半には遠くても江戸からの花見客で賑わうようになり、泊りがけ(小金井橋ほとりの柏屋)で見物に来るようになったりもした。当時のガイドブック「小金井道しるへ」なども発行される。
・天保15年(1844年)、将軍になる前の徳川家定も観楼に来た。
(本ブログ関連:"小金井公園のさくら"、"春のぬくもりにさそわれて")
以上、江戸時代を通じて、小金井地域の村々は(首都)江戸との関係のなかで、首都圏として成長・発展した・・・という、終わりの言葉をいただいた。
(付記)
郷土の歴史を知りたいことから、ついつい身近に目が行くが、今回のような大きな切り口(鷹場、街道、玉川上水、新田創設、そして桜)を通じて時代の流れを俯瞰する意義も知った。
(本ブログ関連:"「小金井の新田開発」")
(資料)「関東甲信地方 3か月予報」(7月~9月)
6月25日、気象庁から関東甲信地方の予想される向こう3か月(7月~9月)の天候見通しが次のように発表された。
・7月 前半は、平年と同様に曇りや雨の日が多いでしょう。後半は、平年と同様に晴れの日が多い見込みです。
・8月 平年と同様に晴れの日が多いでしょう。
・9月 天気は数日の周期で変わり、平年と同様に曇りや雨の日が多いでしょう。
・7月 前半は、平年と同様に曇りや雨の日が多いでしょう。後半は、平年と同様に晴れの日が多い見込みです。
・8月 平年と同様に晴れの日が多いでしょう。
・9月 天気は数日の周期で変わり、平年と同様に曇りや雨の日が多いでしょう。
<上記の解説資料より>
海面水温の予想に不確定性はあるものの、大気全体が暖められているという傾向は採用する。このことから、関東甲信地方は、3か月平均気温はやや高温傾向とした。東日本への太平洋高気圧の張り出しは概ね平年程度と予想されるため、3か月降水量は平年並とした。
2012年6月26日火曜日
イ・ソンヒ、蔚山市民と楽しむコンサート
連合ニュースの記事「現代自動車、’蔚山市民と楽しむコンサート’開く」(6/24)は、イ・ソンヒが同コンサートに次のように参加すると報じた。(チャン・ヨンウン記者)
・今月30日と7月7日(午後7時30分から3時間ほど)に、蔚山の文殊ワールドカップ競技場の湖畔広場で開かれる、「美しい夜・愛、幸せな仲間コンサート」に、人気歌手イ・ソンヒさんをはじめとしてチャ・ウリム、パク・ミギョン、パク・サンミン、キム・チャンフンなど実力派歌手たちも大挙出演する。
・今月30日と7月7日(午後7時30分から3時間ほど)に、蔚山の文殊ワールドカップ競技場の湖畔広場で開かれる、「美しい夜・愛、幸せな仲間コンサート」に、人気歌手イ・ソンヒさんをはじめとしてチャ・ウリム、パク・ミギョン、パク・サンミン、キム・チャンフンなど実力派歌手たちも大挙出演する。
2012年6月25日月曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 金石出
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/20)に、人物シリーズ33回目として巫俗音楽の名人、金石出(キム・ソクチュル、김석출(1922年2月28日~2005年7月26日)を紹介した。
まず、巫俗(무속)音楽の復習から始まった。(本ブログ関連:"巫俗")
・「巫俗」は古代から伝わる、天地の間に存在するあらゆる物に神が宿ると信じる韓国固有の信仰。
・体調や家によくないことが相次ぐ場合、巫俗をつかさどるシャーマンの「ムーダン(巫堂、무당)」を訪ね、「クッ(굿)」といわれるお祓いを受ける。クッは、原因を突き止められない奇怪な現象が起こったりする時などに行うというイメージがある。
・一方、村や町の平安のために行う地域に土着した巫俗信仰もあり、自然条件の厳しい島や、海岸地域により強く残っているようで、例えば、江原道や慶尚道の東海岸地域では、村単位で2、3年に一度、「東海岸別神クッ」という大漁豊作や村の安泰を祈るためのクッを行う。金石出は、こういったクッを行う際に演奏される音楽の名人である。
(参考)「新羅写真芸術バン」の"東海岸別神クッ"より、感謝。
▼金石出ほかによる、「海岸別神クッ」の中から「セジョングッ세존굿」を聴く。以前にも聞いている。歌中心なので演奏の場面も見たいものだ。(東海岸別神クッで、チャング(장구)を叩いていたのが金石出で、歌を担当したのは彼の妻キム・ユソン(김유선)とのこと)
クッについて、次のよう解説された。
・一般的に、クッを行うムーダンは、神が身体に降りる修行を積むというイメージを持たれるが、この東海岸別神クッはじめ、地方のクッをつかさどるムーダンは特定の家に代々引き継がれた世襲制という特徴がある。幼い頃から見聞きしたクッを、大人になり職業とするので、その芸術的完成度は国楽の他分野に見劣ることがない。巫俗の儀式では、主に女性がクッをつかさどり、男性は楽器演奏を担当するのが一般的だ。
(参考)KBS WORLD韓国語放送ホームページより
・巫俗人(=ムーダン)には二つの種類がある。
・ ソウル、京畿道を中心にその北側地方では、神が下りてムーダンになる降神巫があり、
・南部地方と同海岸地方では、神が降りるということとは関係なしに、家業でムーダンになる世襲巫がある。
次のように金石出のプロフィールが紹介された
・1922年 慶尚北道迎日の(世襲巫の)巫家に生まれる。
・1985年 「海岸別神クッ」が重要無形文化財第82-1号と指定され、その技能保有者となる。
・2005年 没す。
巫俗に対する評価の変遷について解説された。
・現在では芸能保有者として待遇されるようになったが、以前はひどく蔑まれ、差別を受ける身分だった。特に1960年から70年代にかけて、巫俗は風紀を乱す抹消すべき迷信との扱い(学校内の"迷信打破教育"、シャーマン追放などの迷信打破運動)を受けた。それに耐え切れず、巫俗界を離れる人々が続出し、その存続が危ぶまれる時期もあった。しかし困難を乗り越えた人々がいたからこそ、今日、その貴重な伝統がこうして存続することができた。
▼金石出ほかによる、「東海岸別神クッ」の中から、「ムングッサムル(문굿사물)」を聴く。楽隊が村の家を一軒一軒を歩き回りながら、各家の門の神のために演奏された曲だそうで、テピョンソ(태평소)の激しいくダイナミックな響きが素晴らしい。まるでモダンジャズのよう・・・。
(参考)Youtubeに金石出がテピョンソを奏する映像がある。(登録者vibahogunに感謝)
金石出の音楽性について、ユニークナエピソードが次のように語られた。
2010年9月 オーストラリアのドラマーSimon Barkerが金石出の演奏に惚れ込み、教えを請うため、十数回も韓国訪問した過程がドキュメンタリー映画「センキュー・マスターキム(Intangible Asset Number 82)」(監督Emma Franz)として公開された。
(参考)オーストラリア日報(2/23)、感謝。
▼金石出のクウム(구음)とチャングによる「サルプリ(살풀이)」を聴く。落ち着いた雰囲気で。
まず、巫俗(무속)音楽の復習から始まった。(本ブログ関連:"巫俗")
・「巫俗」は古代から伝わる、天地の間に存在するあらゆる物に神が宿ると信じる韓国固有の信仰。
・体調や家によくないことが相次ぐ場合、巫俗をつかさどるシャーマンの「ムーダン(巫堂、무당)」を訪ね、「クッ(굿)」といわれるお祓いを受ける。クッは、原因を突き止められない奇怪な現象が起こったりする時などに行うというイメージがある。
・一方、村や町の平安のために行う地域に土着した巫俗信仰もあり、自然条件の厳しい島や、海岸地域により強く残っているようで、例えば、江原道や慶尚道の東海岸地域では、村単位で2、3年に一度、「東海岸別神クッ」という大漁豊作や村の安泰を祈るためのクッを行う。金石出は、こういったクッを行う際に演奏される音楽の名人である。
(参考)「新羅写真芸術バン」の"東海岸別神クッ"より、感謝。
▼金石出ほかによる、「海岸別神クッ」の中から「セジョングッ세존굿」を聴く。以前にも聞いている。歌中心なので演奏の場面も見たいものだ。(東海岸別神クッで、チャング(장구)を叩いていたのが金石出で、歌を担当したのは彼の妻キム・ユソン(김유선)とのこと)
クッについて、次のよう解説された。
・一般的に、クッを行うムーダンは、神が身体に降りる修行を積むというイメージを持たれるが、この東海岸別神クッはじめ、地方のクッをつかさどるムーダンは特定の家に代々引き継がれた世襲制という特徴がある。幼い頃から見聞きしたクッを、大人になり職業とするので、その芸術的完成度は国楽の他分野に見劣ることがない。巫俗の儀式では、主に女性がクッをつかさどり、男性は楽器演奏を担当するのが一般的だ。
(参考)KBS WORLD韓国語放送ホームページより
・巫俗人(=ムーダン)には二つの種類がある。
・ ソウル、京畿道を中心にその北側地方では、神が下りてムーダンになる降神巫があり、
・南部地方と同海岸地方では、神が降りるということとは関係なしに、家業でムーダンになる世襲巫がある。
次のように金石出のプロフィールが紹介された
・1922年 慶尚北道迎日の(世襲巫の)巫家に生まれる。
・1985年 「海岸別神クッ」が重要無形文化財第82-1号と指定され、その技能保有者となる。
・2005年 没す。
巫俗に対する評価の変遷について解説された。
・現在では芸能保有者として待遇されるようになったが、以前はひどく蔑まれ、差別を受ける身分だった。特に1960年から70年代にかけて、巫俗は風紀を乱す抹消すべき迷信との扱い(学校内の"迷信打破教育"、シャーマン追放などの迷信打破運動)を受けた。それに耐え切れず、巫俗界を離れる人々が続出し、その存続が危ぶまれる時期もあった。しかし困難を乗り越えた人々がいたからこそ、今日、その貴重な伝統がこうして存続することができた。
▼金石出ほかによる、「東海岸別神クッ」の中から、「ムングッサムル(문굿사물)」を聴く。楽隊が村の家を一軒一軒を歩き回りながら、各家の門の神のために演奏された曲だそうで、テピョンソ(태평소)の激しいくダイナミックな響きが素晴らしい。まるでモダンジャズのよう・・・。
(参考)Youtubeに金石出がテピョンソを奏する映像がある。(登録者vibahogunに感謝)
金石出の音楽性について、ユニークナエピソードが次のように語られた。
2010年9月 オーストラリアのドラマーSimon Barkerが金石出の演奏に惚れ込み、教えを請うため、十数回も韓国訪問した過程がドキュメンタリー映画「センキュー・マスターキム(Intangible Asset Number 82)」(監督Emma Franz)として公開された。
(参考)オーストラリア日報(2/23)、感謝。
▼金石出のクウム(구음)とチャングによる「サルプリ(살풀이)」を聴く。落ち着いた雰囲気で。
2012年6月24日日曜日
今月までの我慢
今年2月に風邪をこじらせて、随分と長引かせてしまい大変な目に会った。今月に入って、体調も落ち着いてきた。時間がかかったが、ようやく山中に鉱物採集をしに行く自信がついてきたようだ。来月から再開したいと思っている。もちろん、いつもの通りベテランの後をついて行くことに変わりないけれど。
今年は、鉱物の会の仲間と静岡県河津鉱山(蓮台寺)の鉱物採集(5/26)だけでなく、栃木の鉱物仲間との、日光市小百(こびゃく)の大井沢鉱山(4/8)の採集にも脱力感があって欠席したし、今日も、塩谷郡藤原町横川の越路鉱山の採集を、完全回復を期して念のため休ませていただいた。せっかくのチャンスだったのに・・・断念したことを、いずれ惜しむことになるだろう。
来月からは、なまっている体を整えて遠出したいと思う。
(追記)
今日は旧暦5月5日、旧暦「端午の節句」である。そういえば、子どものころにショウブの葉を湯船に入れて健康であるようにと親が邪気払いをしてくれた記憶がある。
今年は、鉱物の会の仲間と静岡県河津鉱山(蓮台寺)の鉱物採集(5/26)だけでなく、栃木の鉱物仲間との、日光市小百(こびゃく)の大井沢鉱山(4/8)の採集にも脱力感があって欠席したし、今日も、塩谷郡藤原町横川の越路鉱山の採集を、完全回復を期して念のため休ませていただいた。せっかくのチャンスだったのに・・・断念したことを、いずれ惜しむことになるだろう。
来月からは、なまっている体を整えて遠出したいと思う。
(追記)
今日は旧暦5月5日、旧暦「端午の節句」である。そういえば、子どものころにショウブの葉を湯船に入れて健康であるようにと親が邪気払いをしてくれた記憶がある。
2012年6月23日土曜日
イ・ソンヒの「神がまた許すなら」
イ・ソンヒの11集アルバム「Dream of Ruby」(1998年)に所収の.「神がまた許すなら(신이 다시 허락한다면)」 (作詞・作曲チョン・ヨンア)は、まるで晶洞の奥深く秘す如く輝く結晶のような曲だ。それは美しく、ようやく巡りあえた永遠の輝きである。
11集は珠玉のアルバムで、貴重さゆえにか入手がむつかしい。ところで、このアルバムのリリース前のインタビューで、"イ・ソンヒと社会活動"が触れられていた。
---- 現在、Youtube非表示 ---
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)
11集は珠玉のアルバムで、貴重さゆえにか入手がむつかしい。ところで、このアルバムのリリース前のインタビューで、"イ・ソンヒと社会活動"が触れられていた。
---- 現在、Youtube非表示 ---
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)
2012年6月22日金曜日
カラオケ
隣り駅の駅前にあるカラオケ店で遅くまで歌った。帰りの電車は、東京行き最終でぎりぎりに間に合った。
金曜日深夜にもかかわらず、客は混みあうほどではなかった。都下のカラオケ店は、驚くほどリーズナブルだ。またの楽しみを期待できる。
カラオケは、気持ちをすっきりさせる。イ・ソンヒの歌を歌えば、さらに楽しく健康にしてくれる。
というわけで、帰宅は夜中の零時を超えたが、昨日の22日(金)のブログとして作成した。
金曜日深夜にもかかわらず、客は混みあうほどではなかった。都下のカラオケ店は、驚くほどリーズナブルだ。またの楽しみを期待できる。
カラオケは、気持ちをすっきりさせる。イ・ソンヒの歌を歌えば、さらに楽しく健康にしてくれる。
というわけで、帰宅は夜中の零時を超えたが、昨日の22日(金)のブログとして作成した。
2012年6月21日木曜日
イ・ソンヒ 30周年記念DVD
イ・ソンヒの公式ホームページの、コミュニティー>告知事項(2012-06-16)には、彼女のデビュー30周年記念コンサートDVD制作について検討されている旨記述がある。
DVD制作オーナーについて訂正されたり検討が進められている。パッケージが出来あがったら必ず入手したい。
ちなみに、30周年は、デビュー1984年+30年=2014年 となる。(間違えるところでした)
ところで今年のコンサートの公演情報も待ち遠しい。それに、アルバムもリリースするという話がある。これはコンサート以前に発表されるだろうから、2重の楽しみだ。
DVD制作オーナーについて訂正されたり検討が進められている。パッケージが出来あがったら必ず入手したい。
ちなみに、30周年は、デビュー1984年+30年=2014年 となる。(間違えるところでした)
ところで今年のコンサートの公演情報も待ち遠しい。それに、アルバムもリリースするという話がある。これはコンサート以前に発表されるだろうから、2重の楽しみだ。
2012年6月20日水曜日
(資料)イ・ヨンウ大衆音楽評論家「江辺歌謡祭とイ・ソンヒ」
ブログ「タンサン(딴산)」に連載されている、イ・ヨンウ(이용우)大衆音楽評論家のシリーズにある「(77)爆発的歌唱力で姉さん部隊を号令したイ・ソンヒ - 五月の陽射し」(2006年12月4日)は、イ・ソンヒがトップ歌手として確立するまでを、アルバム6集までの経過と合わせて説明している。
イ・ソンヒの出発を知る貴重な資料として、次のように掲載させていただく。感謝
「爆発的歌唱力で80年代の"姉さん部隊"号令」
韓国ポップの事件・事故60年
(70)江辺歌謡祭とイ・ソンヒ
・ここらで1980年代半ばの大学生歌謡祭を見て回る必要があるようだ。MBC大学歌謡祭の話は何回も扱ったことがあるので、今度はMBC江辺歌謡祭*に集中してみよう。1979年江辺祭りという名前で始まった江辺歌謡祭は初年度ホンサムトリオの<祈り>(大賞受賞曲)をヒットさせたがしばらく大学歌謡祭の威勢に押されて相対的に水準が落ちる行事と見なされる傾向があった。こういう通念の底辺には江辺歌謡祭が出場資格で大学歌謡祭より柔軟なためという学閥主義的見解も厳存したが、これは「悲しいが真実」だった。
(*補注:"(資料)江辺歌謡祭の曲")
・だが、1980年代半ばに達して江辺歌謡祭は大学歌謡祭の牙城を威嚇するほどになった。その出発点は1983年ソン・ヒョンヒの<名前がない鳥>(大賞)を上げられるだろうが、真の大当たりは1984年5回大会の時に炸裂した。まさに混成デュエット4幕5場が歌った<Jへ>(大賞)だ。4幕5場の女性リード・ボーカルが1980年代中後半歌謡界を号令したイ・ソンヒという事実は当時に青年期を送った彼らには蛇足である。
(1集、2集)
・<Jへ>は、1984年下半期最大のヒット曲に浮び上がったし、勢いを駆ってイ・ソンヒは翌年初め地球レコードを通じてソロ・デビューした。イ・ソンヒの(1集)デビュー作はタイトル曲<ああ! 昔よ>が途方もないヒットを記録し、<葛藤>もやはり人気を得ながら歌謡界の新しいディーバ(歌姫)が誕生したことを知らせた。2集もやはりタイトル曲<秋の風>をチャート上位圏に上げて連続ヒットを打ったし、こういう勢いは1980年代が終るまで続いた。
(3集)
・1980年代下半期は、イ・ソンヒの全盛時代であった。1986年発売された3集から1990年6集まで4枚のアルバムは軽重を問い詰めにくい程ヒットした。3集ではヤン・インジャ(양인자)、キム・ヒガプ(김희갑)のコンビが作詞・作曲を引き受けたバラード<分かりたいです>が途方もないヒットを記録したし、軽快な雰囲気の<ヨン>もそれに劣らない人気を享受した。「当代のメジャー中のメジャー」であった地球レコードの時期、ベテランのソング・ライターと演奏者の後押しを受けたイ・ソンヒは、3集を最後に地球レコードと決別して以後、ヘグァン企画所属で、ソウルレコードでレコードを発売し始めた。
(4集から6集)
・4集からイ・ソンヒはもう少し若いソング・ライターと演奏者を招へいして音楽的にも自分色を洗練していった。4集は<私はいつもあなたを>、<愛が散るこの場所>をチャート頂上に上げただけでなく、新鋭作曲家ソン・シヒョン(송시현)を人気作曲家の位置に引き上げた。作曲家群にキム・ポムニョン(김범룡)、キム・チャンワン(김창완)、イ・チェソン(이재성)などを加えた5集は<私の街>、 <五月の陽射し>、<ひとしきり笑いで>の ヒットで結実を結んだし、6集は<なぜ私だけ>と<思い出のページをめくれば>でロングランを継続した。
・小さい体躯で信じ難いほど爆発的な歌唱力を誇るイ・ソンヒのボーカルは、一気にそして長らく大衆の感性を吸引した。清らかで純粋ながら、しっかりしているイメージまで兼ね備えたイ・ソンヒは数多くの男性、女性の追っかけ(部隊)をファン層で確保した。
・イ・ソンヒは、1980年代中後半少女ファンたちの独歩的な偶像だったが人気に安住しないで彼らと共に成長していった。
イ・ソンヒの出発を知る貴重な資料として、次のように掲載させていただく。感謝
「爆発的歌唱力で80年代の"姉さん部隊"号令」
韓国ポップの事件・事故60年
(70)江辺歌謡祭とイ・ソンヒ
・ここらで1980年代半ばの大学生歌謡祭を見て回る必要があるようだ。MBC大学歌謡祭の話は何回も扱ったことがあるので、今度はMBC江辺歌謡祭*に集中してみよう。1979年江辺祭りという名前で始まった江辺歌謡祭は初年度ホンサムトリオの<祈り>(大賞受賞曲)をヒットさせたがしばらく大学歌謡祭の威勢に押されて相対的に水準が落ちる行事と見なされる傾向があった。こういう通念の底辺には江辺歌謡祭が出場資格で大学歌謡祭より柔軟なためという学閥主義的見解も厳存したが、これは「悲しいが真実」だった。
(*補注:"(資料)江辺歌謡祭の曲")
・だが、1980年代半ばに達して江辺歌謡祭は大学歌謡祭の牙城を威嚇するほどになった。その出発点は1983年ソン・ヒョンヒの<名前がない鳥>(大賞)を上げられるだろうが、真の大当たりは1984年5回大会の時に炸裂した。まさに混成デュエット4幕5場が歌った<Jへ>(大賞)だ。4幕5場の女性リード・ボーカルが1980年代中後半歌謡界を号令したイ・ソンヒという事実は当時に青年期を送った彼らには蛇足である。
(1集、2集)
・<Jへ>は、1984年下半期最大のヒット曲に浮び上がったし、勢いを駆ってイ・ソンヒは翌年初め地球レコードを通じてソロ・デビューした。イ・ソンヒの(1集)デビュー作はタイトル曲<ああ! 昔よ>が途方もないヒットを記録し、<葛藤>もやはり人気を得ながら歌謡界の新しいディーバ(歌姫)が誕生したことを知らせた。2集もやはりタイトル曲<秋の風>をチャート上位圏に上げて連続ヒットを打ったし、こういう勢いは1980年代が終るまで続いた。
(3集)
・1980年代下半期は、イ・ソンヒの全盛時代であった。1986年発売された3集から1990年6集まで4枚のアルバムは軽重を問い詰めにくい程ヒットした。3集ではヤン・インジャ(양인자)、キム・ヒガプ(김희갑)のコンビが作詞・作曲を引き受けたバラード<分かりたいです>が途方もないヒットを記録したし、軽快な雰囲気の<ヨン>もそれに劣らない人気を享受した。「当代のメジャー中のメジャー」であった地球レコードの時期、ベテランのソング・ライターと演奏者の後押しを受けたイ・ソンヒは、3集を最後に地球レコードと決別して以後、ヘグァン企画所属で、ソウルレコードでレコードを発売し始めた。
(4集から6集)
・4集からイ・ソンヒはもう少し若いソング・ライターと演奏者を招へいして音楽的にも自分色を洗練していった。4集は<私はいつもあなたを>、<愛が散るこの場所>をチャート頂上に上げただけでなく、新鋭作曲家ソン・シヒョン(송시현)を人気作曲家の位置に引き上げた。作曲家群にキム・ポムニョン(김범룡)、キム・チャンワン(김창완)、イ・チェソン(이재성)などを加えた5集は<私の街>、 <五月の陽射し>、<ひとしきり笑いで>の ヒットで結実を結んだし、6集は<なぜ私だけ>と<思い出のページをめくれば>でロングランを継続した。
・小さい体躯で信じ難いほど爆発的な歌唱力を誇るイ・ソンヒのボーカルは、一気にそして長らく大衆の感性を吸引した。清らかで純粋ながら、しっかりしているイメージまで兼ね備えたイ・ソンヒは数多くの男性、女性の追っかけ(部隊)をファン層で確保した。
・イ・ソンヒは、1980年代中後半少女ファンたちの独歩的な偶像だったが人気に安住しないで彼らと共に成長していった。
2012年6月19日火曜日
台風4号
夕方17:00過ぎ、台風4号は和歌山県南部(潮岬方面)に上陸した模様。当初、日本海に抜けると予想されたが、東側にずれて列島縦断に変わった。いずれ関東地方も、今以上に強烈な風雨に晒されることになる。
台風襲来を心配しているところに、韓国語教室から今晩の授業が休講とのメールが届いた。せっかく暗記したスキットの記憶が蒸発してしまいそうだ・・・さて、今晩どうしよう。
夜22:00過ぎ、塊となって次々と吹き寄せる風の勢いをかって、雨が殴りつけるように屋根を叩く。2階にいると、それがよりおどろおどろしく強調されて感じる。うんざり?して、1階に降りてブログを作り直す。
それに、台風5号が出番を待っているという。今年は台風当たり年になるのかな・・・?。
台風襲来を心配しているところに、韓国語教室から今晩の授業が休講とのメールが届いた。せっかく暗記したスキットの記憶が蒸発してしまいそうだ・・・さて、今晩どうしよう。
夜22:00過ぎ、塊となって次々と吹き寄せる風の勢いをかって、雨が殴りつけるように屋根を叩く。2階にいると、それがよりおどろおどろしく強調されて感じる。うんざり?して、1階に降りてブログを作り直す。
それに、台風5号が出番を待っているという。今年は台風当たり年になるのかな・・・?。
KBS WORLD「国楽の世界へ」 共鳴
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/13)に、人物シリーズ32回目として創作打楽器バンド、「共鳴(コンミョン、공명)」を紹介した。
まず、竹を素材にして作られた楽器「共鳴」の紹介から始まった。
・韓国を代表する管楽器のテグム(大笒)、ソグム(小笒)、タンソ(短簫)は全て竹から作られていて、コムンゴ(「玄琴」)の弦を弾いて音を出す撥(ばち)のスルテ(匙)も竹で作られている。
・楽器コンミョン(共鳴)は、今から15年前に竹で作られたものであり、竹を30cm~1mほどの長さに切り、それを叩きながらメロディーとリズムを奏する。
・また、この楽器を作ったグループ名もコンミョン(共鳴)という。
▼グループ・コンミョンによる「共鳴遊戯(コンミョンユヒ、공명유희)」を聴く。むむむ、どこかで似たようなものが・・・。
▼グループ・コンミョンによる「遊ぼう(ノルジャ、놀자)」を聴く。大地の風や臭いが・・・こちらを聞いてホッとした。
▼グループ・コンミョンによる「通じて(トンヘヤ、통해야)」を聴く。楽しいのですが、どうも新しいものは・・・。
(ジャンルや演奏場面を超えての音楽実験は、興味深いので成就していただければと・・・ただし根ざすべき出発点だけは知りたい・・・)
まず、竹を素材にして作られた楽器「共鳴」の紹介から始まった。
・韓国を代表する管楽器のテグム(大笒)、ソグム(小笒)、タンソ(短簫)は全て竹から作られていて、コムンゴ(「玄琴」)の弦を弾いて音を出す撥(ばち)のスルテ(匙)も竹で作られている。
・楽器コンミョン(共鳴)は、今から15年前に竹で作られたものであり、竹を30cm~1mほどの長さに切り、それを叩きながらメロディーとリズムを奏する。
・また、この楽器を作ったグループ名もコンミョン(共鳴)という。
▼グループ・コンミョンによる「共鳴遊戯(コンミョンユヒ、공명유희)」を聴く。むむむ、どこかで似たようなものが・・・。
▼グループ・コンミョンによる「遊ぼう(ノルジャ、놀자)」を聴く。大地の風や臭いが・・・こちらを聞いてホッとした。
▼グループ・コンミョンによる「通じて(トンヘヤ、통해야)」を聴く。楽しいのですが、どうも新しいものは・・・。
(ジャンルや演奏場面を超えての音楽実験は、興味深いので成就していただければと・・・ただし根ざすべき出発点だけは知りたい・・・)
2012年6月18日月曜日
イ・ソンヒ 27日麗水万博特別公演に出演
中央日報の記事「麗水万博の特別公演 少女時代らスター総出演」(6/17)によれば、イ・ソンヒは全羅南道麗水市で開かれている麗水世界博覧会で、K-POPスターが多数出演するコンサート「万博ポップフェスティバル」に、イ・スンギと共に出演すると報じた。
・日時: 2012年6月27日(水曜日)、19時~
・場所: 万博特設舞台
(左掲ポスターは、イ・ソンヒ公式ホームページに掲載されているものです)
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| 公式ホームページより |
・日時: 2012年6月27日(水曜日)、19時~
・場所: 万博特設舞台
(左掲ポスターは、イ・ソンヒ公式ホームページに掲載されているものです)
2012年6月17日日曜日
神舟9号
6月16日午後7時37分(日本時間)、中国甘粛省の酒泉衛星発射センターから打ち上げられた宇宙船「神舟9号」について、各紙に興味ある記事が載っている。
日本経済新聞「中国初の有人宇宙船、18日にもドッキング」(2012/6/17 19:18)
・打ち上げ後の3人の健康状態は良好で、宇宙での最初の食事はチャーハンやザーサイと肉のいため物だったという。神舟9号には中華料理など約70種類の食料が積まれている。
・・・ふるさとの食べ物に勝るものはない。
今回初の女性飛行士、劉洋が乗務する。人民日報に(軍歴に近い)略歴があるが、人物をうかがえる記事がないかと探したら次のようなものがあった。
日刊SPA!「【33歳人妻】中国初『女性宇宙飛行士』の正体」(2012/6/17、取材/ドラゴンガジェット編集部)
・河南省の貧しい共働き労働者夫婦の家庭で一人っ子として育った彼女・・・小学校から高校までの成績は常にトップクラス・・・学費のかからない空軍飛行学校を選択。これが、彼女が中国初の宇宙飛行士となる、最初のきっかけ・・・。
・こうした庶民的な生い立ちから、文字通り宇宙へと羽ばたいた彼女には、中国版ツイッター「微博」上でも称賛の声が相次いでいる。
・同時に彼女は、同僚パイロットの夫を持つ妻でもあり、女性の社会進出が進む中国で、キャリアウーマンの鏡として称えられている。
「帰還したら出産を考えたい」
記者会見でこうも語った彼女が無事帰還することを、13億の人民が待ち望んでいる。
・・・人物紹介のタイトルに「人妻」と書くかねえ?
ところで、宇宙船「神舟」のネーミングについて次のような解説があった。
SankeiPhoto「中国の有人宇宙船打ち上げ 初の女性飛行士が搭乗」(2012/6/17)
・中国にとって宇宙開発プロジェクトには国威発揚という政治的意味もある。打ち上げた宇宙船の名前(神舟)はすべてで、「何でもできる神様の舟」の意味があるほか、「神の国である麗しい中華」を意味する「神州」とも同じ発音だ。
・・・そういえば、神仙の字が浮かぶ。
日本経済新聞「中国初の有人宇宙船、18日にもドッキング」(2012/6/17 19:18)
・打ち上げ後の3人の健康状態は良好で、宇宙での最初の食事はチャーハンやザーサイと肉のいため物だったという。神舟9号には中華料理など約70種類の食料が積まれている。
・・・ふるさとの食べ物に勝るものはない。
今回初の女性飛行士、劉洋が乗務する。人民日報に(軍歴に近い)略歴があるが、人物をうかがえる記事がないかと探したら次のようなものがあった。
日刊SPA!「【33歳人妻】中国初『女性宇宙飛行士』の正体」(2012/6/17、取材/ドラゴンガジェット編集部)
・河南省の貧しい共働き労働者夫婦の家庭で一人っ子として育った彼女・・・小学校から高校までの成績は常にトップクラス・・・学費のかからない空軍飛行学校を選択。これが、彼女が中国初の宇宙飛行士となる、最初のきっかけ・・・。
・こうした庶民的な生い立ちから、文字通り宇宙へと羽ばたいた彼女には、中国版ツイッター「微博」上でも称賛の声が相次いでいる。
・同時に彼女は、同僚パイロットの夫を持つ妻でもあり、女性の社会進出が進む中国で、キャリアウーマンの鏡として称えられている。
「帰還したら出産を考えたい」
記者会見でこうも語った彼女が無事帰還することを、13億の人民が待ち望んでいる。
・・・人物紹介のタイトルに「人妻」と書くかねえ?
ところで、宇宙船「神舟」のネーミングについて次のような解説があった。
SankeiPhoto「中国の有人宇宙船打ち上げ 初の女性飛行士が搭乗」(2012/6/17)
・中国にとって宇宙開発プロジェクトには国威発揚という政治的意味もある。打ち上げた宇宙船の名前(神舟)はすべてで、「何でもできる神様の舟」の意味があるほか、「神の国である麗しい中華」を意味する「神州」とも同じ発音だ。
・・・そういえば、神仙の字が浮かぶ。
2012年6月16日土曜日
イ・ソンヒの「白雨」
梅雨に入って1週間、今日も一日中雨が降った。これが7月半ば過ぎまで続くとなれば鬱陶しい気がする。
梅雨のしとしと雨ではないが、イ・ソンヒの11集アルバム「Dream of Ruby」(1998年)には、「白雨(백우)」(イ・ジェギョン作詞、パク・セジュン作曲)がある。ただし、夕立のからりとした白雨とはちょっと違って・・・。
事実と願望、期待と幻想が(まるで空間失調のように)メビウスの輪を巡る、女性特有の心境が歌われている・・・そんな気がする曲だ。もちろん、彼女の情感を込めてしっとりと歌いかけると同時に、訴えるようなファルセットがいつまでも耳に残る。
(Youtubeに登録のKnightmareSMに、いつもながら感謝、感謝)
梅雨のしとしと雨ではないが、イ・ソンヒの11集アルバム「Dream of Ruby」(1998年)には、「白雨(백우)」(イ・ジェギョン作詞、パク・セジュン作曲)がある。ただし、夕立のからりとした白雨とはちょっと違って・・・。
事実と願望、期待と幻想が(まるで空間失調のように)メビウスの輪を巡る、女性特有の心境が歌われている・・・そんな気がする曲だ。もちろん、彼女の情感を込めてしっとりと歌いかけると同時に、訴えるようなファルセットがいつまでも耳に残る。
(Youtubeに登録のKnightmareSMに、いつもながら感謝、感謝)
2012年6月15日金曜日
Oh mein Papa
もうじき「父の日」だからっていうわけじゃないが、「オーマイパパ(Oh mein Papa)」の歌でも聴いて、子どもから優しい思いを受けることでも空想でもしてみよう。でも、この歌は若い女性が父親を物語るもので、あいにく娘はいないしねえ・・・息子じゃ、この歌のようなわけにはいかないし。
リリー・パーマー(Lilli Palmer、1914年~1986年)主演のドイツ映画「花火(Feuerwerk)」(1954年)の中で歌われている「Oh mein Papa」がYoutubeに登録されている。こよなく娘を愛した父への想いが伝わる歌だけれど・・・映像は、ウェットじゃなくて、まるで花火のように軽快で明るい。
そうそう、近所に園芸植物つまり鉢植えの花を直売している農園があって、巨大な温室にいろいろな花々が並んでいる。すこし覗いてみたりしたが・・・。
「父の日」は、やっぱりとってつけたようで。
(Youtubeに要録のfritz51213に感謝)
リリー・パーマー(Lilli Palmer、1914年~1986年)主演のドイツ映画「花火(Feuerwerk)」(1954年)の中で歌われている「Oh mein Papa」がYoutubeに登録されている。こよなく娘を愛した父への想いが伝わる歌だけれど・・・映像は、ウェットじゃなくて、まるで花火のように軽快で明るい。
そうそう、近所に園芸植物つまり鉢植えの花を直売している農園があって、巨大な温室にいろいろな花々が並んでいる。すこし覗いてみたりしたが・・・。
「父の日」は、やっぱりとってつけたようで。
(Youtubeに要録のfritz51213に感謝)
2012年6月14日木曜日
飛行機好き
小学校の校庭の空をいつも、双胴の輸送機が飛んでいた。見上げると、ブンブンと響かせながら白い空に停止しているように見えた。どうやら遠い川の向こうにある、米軍基地から飛んでいたようだ。
中学生になると、ひとなみに飛行機が好きになり、マニア向けの雑誌があると知って、近所の小さな本屋に探しに行った。
「ひこうファンってありますか?」と歳とった主人にたずねた。
「えっ、ひこう?」、いぶかしそうに、主人はまさか「非行」でもあるまいといった顔をしながら聞き返した。
店頭に置かれた雑誌「航空ファン」を見つけて、しばらく愛読者になった。
飛行機雲がぐんぐんと青い空を突き進んでいくのを見るのも好きだった。雲の筋は恐怖の存在ではなくて、上空を突き抜けて宇宙へ向かって行くような未来を感じた。夕陽をうけて、雲の先がきらりと反射する光景を見るとなおさら心が浮き立ったものだ。
飛行機ファンの記憶から、「ワルキューレの騎行」の旋律を背に飛翔する軍用機の姿が消えない。中学生のころプラモデル作りにはまって、しっかり彩色した後、それを手に持って口ずさんだのものだ。手首をひねらせては、あらゆる角度で飛行する様子を想像した。
子を持つ身になったとき、決して軍用機の話はしなかったけれど、飛行機好きになるように、イベントでパイパーチェロキーに一緒に乗ったりした。しかし、それ以来、息子は飛行機が嫌いになってしまったようだ。
ああ、今も好みの飛行機が浮かんでくる。でも、軍用機なので、3機の名は記さないでおこう。
(Youtubeに登録のyoisachiに感謝)
中学生になると、ひとなみに飛行機が好きになり、マニア向けの雑誌があると知って、近所の小さな本屋に探しに行った。
「ひこうファンってありますか?」と歳とった主人にたずねた。
「えっ、ひこう?」、いぶかしそうに、主人はまさか「非行」でもあるまいといった顔をしながら聞き返した。
店頭に置かれた雑誌「航空ファン」を見つけて、しばらく愛読者になった。
飛行機雲がぐんぐんと青い空を突き進んでいくのを見るのも好きだった。雲の筋は恐怖の存在ではなくて、上空を突き抜けて宇宙へ向かって行くような未来を感じた。夕陽をうけて、雲の先がきらりと反射する光景を見るとなおさら心が浮き立ったものだ。
飛行機ファンの記憶から、「ワルキューレの騎行」の旋律を背に飛翔する軍用機の姿が消えない。中学生のころプラモデル作りにはまって、しっかり彩色した後、それを手に持って口ずさんだのものだ。手首をひねらせては、あらゆる角度で飛行する様子を想像した。
子を持つ身になったとき、決して軍用機の話はしなかったけれど、飛行機好きになるように、イベントでパイパーチェロキーに一緒に乗ったりした。しかし、それ以来、息子は飛行機が嫌いになってしまったようだ。
ああ、今も好みの飛行機が浮かんでくる。でも、軍用機なので、3機の名は記さないでおこう。
(Youtubeに登録のyoisachiに感謝)
2012年6月13日水曜日
イ・ソンヒの「灰色の都市」
イ・ソンヒのアルバム10集「First Love」(1996年)所収の「灰色の都市(회색 도시)」(作詞・作曲イ・ソンヒ)は象徴的だ。タイトルから、時代や世相をにおわすというよりは直接的であるが。それは、灰色の都市に降る雨だ。雨は、窓を叩き肌を打つ、とても感覚的な存在だ。街を虚ろにさまようとき、雨に気づくのは感触だけなのかもしかない。灰色の都市に同化させてしまう雨は、決して癒さない。
それにしてもYoutubeで見る、1996年の「ビッグショー」の彼女の舞台は思い切ったものだな。都市の危うさ、退廃を象徴させているのだろうか。
(Youtubeに登録の526apolloに感謝)
それにしてもYoutubeで見る、1996年の「ビッグショー」の彼女の舞台は思い切ったものだな。都市の危うさ、退廃を象徴させているのだろうか。
(Youtubeに登録の526apolloに感謝)
2012年6月12日火曜日
「小金井の新田開発」(4)
朝から小雨がぱらつく午前中、地元公民館主催の市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)の第4回目に行く。前回にも増して更に早く到着するも、部屋には聴講者が次々入室してすぐに満員になった。
今回は、享保改革の将軍吉宗の懐刀であった、大岡越前守忠相(ただすけ)の新田開発とのかかわりについて次の通り説明があった。
・幕府3大奉行(町奉行、寺社奉行、勘定奉行【現在の財務+農水+国交省】)の内、町奉行、寺社奉行を歴任しつつ、地方(じかた)御用【農政を担当】を勤めた。
・新田開発に当たっては、実践的、機動力のある配下を擁して、勘定奉行と対立することもあった。
・官僚化した勘定奉行との対立関係が庶民にうけて、大岡政談などの伝説につながったという。
・しかしながら、新田開発や検地(幕府のコントロール)を通じて農業の経済化(江戸を支える食料などの物流、私的土地所有など)を実現し、結果として官僚機構の勘定奉行の実質的強化を推し進めたことになる。
また、古文書「武蔵国多麻郡下小金井村見取検地帳(享保十八年丑四月)」(一部)のコピーをもとに、下小金井村の生産規模や関係者などの記述を解読して、歴史を知ることは、まず一次資料から・・・ということを気付かせていただいた。
(本ブログ関連:"「小金井の新田開発」")
(追記)
なぜか最近、火曜日に小雨が多い。今晩も、韓国語教室には雨傘をさして通う。
それにしても今日一日中冷えるなあ。厚手の長袖シャツを引っ張り出して着ているのだから。
今回は、享保改革の将軍吉宗の懐刀であった、大岡越前守忠相(ただすけ)の新田開発とのかかわりについて次の通り説明があった。
・幕府3大奉行(町奉行、寺社奉行、勘定奉行【現在の財務+農水+国交省】)の内、町奉行、寺社奉行を歴任しつつ、地方(じかた)御用【農政を担当】を勤めた。
・新田開発に当たっては、実践的、機動力のある配下を擁して、勘定奉行と対立することもあった。
・官僚化した勘定奉行との対立関係が庶民にうけて、大岡政談などの伝説につながったという。
・しかしながら、新田開発や検地(幕府のコントロール)を通じて農業の経済化(江戸を支える食料などの物流、私的土地所有など)を実現し、結果として官僚機構の勘定奉行の実質的強化を推し進めたことになる。
また、古文書「武蔵国多麻郡下小金井村見取検地帳(享保十八年丑四月)」(一部)のコピーをもとに、下小金井村の生産規模や関係者などの記述を解読して、歴史を知ることは、まず一次資料から・・・ということを気付かせていただいた。
(本ブログ関連:"「小金井の新田開発」")
(追記)
なぜか最近、火曜日に小雨が多い。今晩も、韓国語教室には雨傘をさして通う。
それにしても今日一日中冷えるなあ。厚手の長袖シャツを引っ張り出して着ているのだから。
2012年6月11日月曜日
雨
のんびりした生活を望むなら、雨に霞む風景を背に書を読む晴耕雨読は人生の理想だろう。でもねえ、雨は舞台装置ではない。湿気を呼んでくるのだ。おかげで除湿機がフル稼働している。
昼の雨は健康だ。雨中を走る人影を描けば、絵画はますますダイナミックになる。雨には活力がある。それに比べると夜の雨は、その雨音が次第に精神に迫り振るわせる、そんな映画があった。
見える雨と見えない雨、もしかすると雨は、ひとの二面性を暴き出す薬かもしれない。
ところで、ビートルズファン層の厚さについて、ビートルズにはロックミュージックだけでなく、実はバラードがあるからだと、音楽評論家(もしかしたら近田春夫だったかな)が語っていた記憶がある。その二重性をファンは異質なものとは受けとめていない。
ハードロックバンドのユーライア・ヒープ(Uriah Heep - Rain)に、この時期にふさわしい「Rain」(1972年)の美しいバラードがある。出だしに一瞬、チョクウ(적우)を思い起させる。
日本語タイトルは「雨に寄せる抒情」だ。何とロマンチックなことだろう。ガラス窓越に雨にぬれた通りを眺めながら想い出語りする・・・まるでCFの映像のようだ。
そういえば、イ・ソンヒは高校時代にハードロックに明け暮れたそうだ。本当はロックを歌いたい、だからステージではその思いを発揮するという。
(Youtubeに登録のAlanNisiyamamotoに感謝)
昼の雨は健康だ。雨中を走る人影を描けば、絵画はますますダイナミックになる。雨には活力がある。それに比べると夜の雨は、その雨音が次第に精神に迫り振るわせる、そんな映画があった。
見える雨と見えない雨、もしかすると雨は、ひとの二面性を暴き出す薬かもしれない。
ところで、ビートルズファン層の厚さについて、ビートルズにはロックミュージックだけでなく、実はバラードがあるからだと、音楽評論家(もしかしたら近田春夫だったかな)が語っていた記憶がある。その二重性をファンは異質なものとは受けとめていない。
ハードロックバンドのユーライア・ヒープ(Uriah Heep - Rain)に、この時期にふさわしい「Rain」(1972年)の美しいバラードがある。出だしに一瞬、チョクウ(적우)を思い起させる。
日本語タイトルは「雨に寄せる抒情」だ。何とロマンチックなことだろう。ガラス窓越に雨にぬれた通りを眺めながら想い出語りする・・・まるでCFの映像のようだ。
そういえば、イ・ソンヒは高校時代にハードロックに明け暮れたそうだ。本当はロックを歌いたい、だからステージではその思いを発揮するという。
(Youtubeに登録のAlanNisiyamamotoに感謝)
2012年6月10日日曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 金徳洙
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/6)に、人物シリーズ31回目として現代音楽のサムルノリ(사물놀이)の生みの親、金徳洙(キム・ドクス、김덕수)を紹介した。
まずサムルノリの紹介から始まった。
・サムルノリのサムル(사물)は4つの物(楽器)を指し、ノリ(놀이)は遊びの意を持つ。
・4つの打楽器、鼓:プク(북)、杖鼓:チャング(장구)、鉦:チン(징)、小金:クェンガリ(꽹과리)を用いて、国楽の「農楽(농악)」を元にした<現代風パーカッション>を奏する。
・各楽器は、農業と密接な天気を象徴する。音が大きく激しい印象のクェンガリは「雷」、抱擁力のある音色のチンは「風」、空に鳴り響く力強いプクは「雲」、そしてチャングは「雨」を象徴している。
・34年前の1978年に初めて登場した、まだ新しい音楽ジャンルである。
(本ブログ関連:"サムルノリ")
▼金徳洙のサムルノリによる「嶺南農楽加楽(ヨンナム農楽カラク、영남농악가락)」を聴く。PCのスピーカーでは。打楽器演奏は、聴覚だけでなく、視覚、皮膚感覚が必要な気がする。生で聴きたいものだ・・・。
農楽とサムルノリの演奏の違いについて解説があった。
・農楽は、プンムルペ(風物牌*、풍물패)という大規模な楽隊が村々を巡り演奏する形式で、サムルノリは4種類の楽器以外にも太平簫(テピョンソ、태평소)や小鼓(ソゴ、소고)」などの楽器が加わることもあった。
(*補注)牌は、仲間、組、輩(やから)、連中、ともがらの意。
次のように金徳洙のプロフィールが紹介された。
・1952年9月23日 大田(대전)に生まれる。
・1978年2月28日 ソウル鍾路区苑西洞(원서동)の「空間愛(공간사랑)」の小さな舞台で、金徳洙、キム・ヨンベ(김용배)、イ・グァンス(이광수)、チェ・ジョンシル(최종실)によりグループを旗揚げする。
▼金徳洙サムルノリ他によるパンソリ「水宮歌(수궁가)」中の「うさぎの話(토끼이야기)」を現代風にアレンジした曲を聴く。むむむ、コラボはどうも苦手で・・・。
▼金徳洙他による「ピウム(비움)」を聴く。なんだかなあ、モスクワ郊外の夜が更けゆくようで。これも融合という新しい発展にaufhebenするのかな・・・。
(付記)
Chosun Onlineの記事「国楽研究家の李輔亨氏が受賞=小泉文夫音楽賞」(6/9)は、日本の音楽賞に。韓国の国楽研究家が表彰されたと次のように報じている。
・第16回方一栄(パン・イルヨン、방일영)国楽賞受賞者である、国楽研究家の李輔亨(イ・ボヒョン、이보형)氏が、民俗音楽研究に尽くした人物に授与される、小泉文夫音楽賞を受賞した。この賞は日本の音楽学者、小泉文夫(1927-83)をたたえ、1989年に設定された。
(参考)
第23回(2011年度)小泉文夫音楽賞受賞者、李輔亨(韓国古音盤研究会会長)
まずサムルノリの紹介から始まった。
・サムルノリのサムル(사물)は4つの物(楽器)を指し、ノリ(놀이)は遊びの意を持つ。
・4つの打楽器、鼓:プク(북)、杖鼓:チャング(장구)、鉦:チン(징)、小金:クェンガリ(꽹과리)を用いて、国楽の「農楽(농악)」を元にした<現代風パーカッション>を奏する。
・各楽器は、農業と密接な天気を象徴する。音が大きく激しい印象のクェンガリは「雷」、抱擁力のある音色のチンは「風」、空に鳴り響く力強いプクは「雲」、そしてチャングは「雨」を象徴している。
・34年前の1978年に初めて登場した、まだ新しい音楽ジャンルである。
(本ブログ関連:"サムルノリ")
▼金徳洙のサムルノリによる「嶺南農楽加楽(ヨンナム農楽カラク、영남농악가락)」を聴く。PCのスピーカーでは。打楽器演奏は、聴覚だけでなく、視覚、皮膚感覚が必要な気がする。生で聴きたいものだ・・・。
農楽とサムルノリの演奏の違いについて解説があった。
・農楽は、プンムルペ(風物牌*、풍물패)という大規模な楽隊が村々を巡り演奏する形式で、サムルノリは4種類の楽器以外にも太平簫(テピョンソ、태평소)や小鼓(ソゴ、소고)」などの楽器が加わることもあった。
(*補注)牌は、仲間、組、輩(やから)、連中、ともがらの意。
次のように金徳洙のプロフィールが紹介された。
・1952年9月23日 大田(대전)に生まれる。
・1978年2月28日 ソウル鍾路区苑西洞(원서동)の「空間愛(공간사랑)」の小さな舞台で、金徳洙、キム・ヨンベ(김용배)、イ・グァンス(이광수)、チェ・ジョンシル(최종실)によりグループを旗揚げする。
▼金徳洙サムルノリ他によるパンソリ「水宮歌(수궁가)」中の「うさぎの話(토끼이야기)」を現代風にアレンジした曲を聴く。むむむ、コラボはどうも苦手で・・・。
▼金徳洙他による「ピウム(비움)」を聴く。なんだかなあ、モスクワ郊外の夜が更けゆくようで。これも融合という新しい発展にaufhebenするのかな・・・。
(付記)
Chosun Onlineの記事「国楽研究家の李輔亨氏が受賞=小泉文夫音楽賞」(6/9)は、日本の音楽賞に。韓国の国楽研究家が表彰されたと次のように報じている。
・第16回方一栄(パン・イルヨン、방일영)国楽賞受賞者である、国楽研究家の李輔亨(イ・ボヒョン、이보형)氏が、民俗音楽研究に尽くした人物に授与される、小泉文夫音楽賞を受賞した。この賞は日本の音楽学者、小泉文夫(1927-83)をたたえ、1989年に設定された。
(参考)
第23回(2011年度)小泉文夫音楽賞受賞者、李輔亨(韓国古音盤研究会会長)
・韓国における民間の音楽、とりわけパンソリ、民謡、プンムル**、巫俗音楽について長年にわたり綿密な現地調査を行い、韓国伝統音楽研究を飛躍的に発展させた業績に対して。
2012年6月9日土曜日
梅雨入り
昨日真夏日だったというのに、今朝から雨が降り続く。梅雨入りしたのだ。
関東甲信の入梅について新聞各紙は、去年の5月27日と比べて13日遅いとしているが、平年は6月8日ごろなので、ほぼ平年並みということになる。季節は忘れずにちゃんと巡ってくる。
梅雨といえば、この時期を歌った名曲というか歌い継がれているものがあるのだろうか。思いつかないし、Youtubeにもそれらしいものがヒットしない。梅雨は恵みの雨であり、農耕民であった心情からあくまでも実利的なため、詩情を浮かべる対象ではないのかもしれない・・・と思ったりする。
(資料)気象庁:「昭和26年(1951年)以降の梅雨入りと梅雨明け(確定値):関東甲信」(抜粋)
梅雨入り 梅雨明け
2005年 6月10日ごろ 7月18日ごろ
2006年 6月09日ごろ 7月30日ごろ
2007年 6月22日ごろ 8月01日ごろ
2008年 5月29日ごろ 7月19日ごろ
2009年 6月03日ごろ 7月14日ごろ
2010年 6月13日ごろ 7月17日ごろ
2011年 5月27日ごろ 7月09日ごろ
関東甲信の入梅について新聞各紙は、去年の5月27日と比べて13日遅いとしているが、平年は6月8日ごろなので、ほぼ平年並みということになる。季節は忘れずにちゃんと巡ってくる。
梅雨といえば、この時期を歌った名曲というか歌い継がれているものがあるのだろうか。思いつかないし、Youtubeにもそれらしいものがヒットしない。梅雨は恵みの雨であり、農耕民であった心情からあくまでも実利的なため、詩情を浮かべる対象ではないのかもしれない・・・と思ったりする。
(資料)気象庁:「昭和26年(1951年)以降の梅雨入りと梅雨明け(確定値):関東甲信」(抜粋)
梅雨入り 梅雨明け
2005年 6月10日ごろ 7月18日ごろ
2006年 6月09日ごろ 7月30日ごろ
2007年 6月22日ごろ 8月01日ごろ
2008年 5月29日ごろ 7月19日ごろ
2009年 6月03日ごろ 7月14日ごろ
2010年 6月13日ごろ 7月17日ごろ
2011年 5月27日ごろ 7月09日ごろ
2012年6月8日金曜日
イ・ソンヒの「見知らぬ海辺で」
イ・ソンヒの11集アルバム「Dream of Ruby」(1998年)所収の「見知らぬ海辺で(낯선 바닷가에서)」(歌詞、作詞イ・ジェギョン、作曲バク・セジュン)を聞いていると、波が寄せては返すように言葉を重ねていく歌い方に、ファルセットとやがてハスキーな息遣いに、本当に彼女なのかなと次第に自信がなくなってくる。・・・時代を先取りしたのかな。
(Youtubeに登録のKnightmareに感謝)
このドラマチックな曲を、リナ・パーク(박정현)が歌ったら、どうなるのだろう何て勝手な想像をしたりもする。
イ・ソンヒが海辺の公衆電話ボックスのそばで歌う、Mnetのミュージックビデオがある。Ko-Wikipediaによれば、ミュージックビデオ撮影中に負傷する事態があったようだが、このときだったのだろうか。
Mnetのミュージックビデオは生憎、利用券を持っていないので、さわりしか見られないのが残念だが・・・今は見られない。
(本ブログ関連:"ブランコ")
(Youtubeに登録のKnightmareに感謝)
このドラマチックな曲を、リナ・パーク(박정현)が歌ったら、どうなるのだろう何て勝手な想像をしたりもする。
イ・ソンヒが海辺の公衆電話ボックスのそばで歌う、Mnetのミュージックビデオがある。Ko-Wikipediaによれば、ミュージックビデオ撮影中に負傷する事態があったようだが、このときだったのだろうか。
Mnetのミュージックビデオは生憎、利用券を持っていないので、さわりしか見られないのが残念だが・・・今は見られない。
(本ブログ関連:"ブランコ")
2012年6月7日木曜日
SFの巨匠レイ・ブラッドベリ
AFPBBニュースは、「SFの巨匠レイ・ブラッドベリ氏が死去、91歳」(6/7)と次のように伝えた。
・SF小説の古典「華氏451度」などで知られる米SF作家レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)氏が5日、米ロサンゼルスで死去した。91歳だった。
・バラク・オバマ(Barack Obama)大統領も「彼の物語を作る才能は、われわれの文化の形を変え、わたしたちの世界を広げた」という追悼コメントを発表した。「それだけでなくレイは、想像力というものは理解を深め、変化をもたらし、わたしたちの最も貴重な価値観を表現する手段になり得ることも知っていた」と述べ、ブラッドベリ氏の死去を悼んだ。
星新一や小松左京といったSFの大家も初期の作品に、レイ・ブラッドベリの影響があった。彼は、だれもが一度は洗礼を受け、そして永遠の拠りどころとなる存在だったのだろう。読者にだってそうだった。
レイ・ブラッドベリのSF(ファンタジー)の世界を見て、サイエンス・フィクションはメタリックな未来を語ることだけではなく、そこに変わらぬ懐かしさを、いつの世にも、どんな場面でも、ひとは持つのだということを知った気がする。
「火星年代記」と「10月はたそがれの国」はいつまでも忘れられない。
・SF小説の古典「華氏451度」などで知られる米SF作家レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)氏が5日、米ロサンゼルスで死去した。91歳だった。
・バラク・オバマ(Barack Obama)大統領も「彼の物語を作る才能は、われわれの文化の形を変え、わたしたちの世界を広げた」という追悼コメントを発表した。「それだけでなくレイは、想像力というものは理解を深め、変化をもたらし、わたしたちの最も貴重な価値観を表現する手段になり得ることも知っていた」と述べ、ブラッドベリ氏の死去を悼んだ。
星新一や小松左京といったSFの大家も初期の作品に、レイ・ブラッドベリの影響があった。彼は、だれもが一度は洗礼を受け、そして永遠の拠りどころとなる存在だったのだろう。読者にだってそうだった。
レイ・ブラッドベリのSF(ファンタジー)の世界を見て、サイエンス・フィクションはメタリックな未来を語ることだけではなく、そこに変わらぬ懐かしさを、いつの世にも、どんな場面でも、ひとは持つのだということを知った気がする。
「火星年代記」と「10月はたそがれの国」はいつまでも忘れられない。
ユン・スーイル
月曜日(6/4)のKBS WORLDの番組「玄海灘に立つ虹」で、「誕生日コーナー」を担当する可憐な花のジンシルちゃんが、今週紹介するのはユン・スーイル(윤수일、1955年~)である。
放送された「愛だけはしたくない(사랑만은 않겠어요)」 (1997年、作詞・作曲 安治行(안치핸))を聞いて、おやどこかで聞いたな・・・そうだ思い出した、桂銀淑がアルバム「韓国歌謡ベスト10」(1999年)でカバーしていた「二度と恋などしたくない」(訳詩 三佳令二)だ。桂銀淑の印象が強くて、いかにも韓国歌謡らしいという記憶がある。
ジンシルちゃんはユン・スーイルを「元祖イケメン歌手」と紹介していたが、同番組の月曜日担当のアジュンマ・コンビである、<マルコメのお母さん>と<ソウルのアリスさん>のお二人の感想を聞いてみたい気もする。
ユン・スーイルは、今年でデビュー35周年とのこと。代表曲を次のように紹介された。
・韓国の応援歌「団地(アパート)(아파트)」
・80年代のミスコリア大会で最も多く流された「美しい(아름다워 )」
また、maniaDBのプロフィールによると、受賞歴は次の通り。
1978年
・TBC東洋放送新人賞受賞
・KBS韓国放送公社人気新人賞受賞
・MBC文化放送の10代歌手賞と人気歌謡大賞を受賞
1979年〜1986年
・KBS韓国放送公社、TBC東洋放送(1979〜1980)、MBC文化放送7大と10代歌手賞
1989年
・日刊スポーツゴールデンディスク賞を受賞
その他多数
(Youtubeに登録のchadbabo、BuSanYoung、zeeezeeecに感謝)
(本ブログ関連:"マルコメのお母さん")
放送された「愛だけはしたくない(사랑만은 않겠어요)」 (1997年、作詞・作曲 安治行(안치핸))を聞いて、おやどこかで聞いたな・・・そうだ思い出した、桂銀淑がアルバム「韓国歌謡ベスト10」(1999年)でカバーしていた「二度と恋などしたくない」(訳詩 三佳令二)だ。桂銀淑の印象が強くて、いかにも韓国歌謡らしいという記憶がある。
ジンシルちゃんはユン・スーイルを「元祖イケメン歌手」と紹介していたが、同番組の月曜日担当のアジュンマ・コンビである、<マルコメのお母さん>と<ソウルのアリスさん>のお二人の感想を聞いてみたい気もする。
ユン・スーイルは、今年でデビュー35周年とのこと。代表曲を次のように紹介された。
・韓国の応援歌「団地(アパート)(아파트)」
・80年代のミスコリア大会で最も多く流された「美しい(아름다워 )」
また、maniaDBのプロフィールによると、受賞歴は次の通り。
1978年
・TBC東洋放送新人賞受賞
・KBS韓国放送公社人気新人賞受賞
・MBC文化放送の10代歌手賞と人気歌謡大賞を受賞
1979年〜1986年
・KBS韓国放送公社、TBC東洋放送(1979〜1980)、MBC文化放送7大と10代歌手賞
1989年
・日刊スポーツゴールデンディスク賞を受賞
その他多数
(Youtubeに登録のchadbabo、BuSanYoung、zeeezeeecに感謝)
(本ブログ関連:"マルコメのお母さん")
2012年6月6日水曜日
105年後に見ればいいか
天気予報が、今朝方は「雨」と報じていたので、午前7時過ぎから見られる、金星が太陽を横切る様子の観察を諦めた。それで、一度も空を見上げなかったわけだ・・・まあいいか。
次のチャンスは、2117年12月11日(土)、105年先の話だ・・・まあいいか。
ところで、関東甲信の入梅はいつだろう。例年6月8日頃で、去年は5月27日と早かった。晴れも望めず、このままズルズルと梅雨にずり込むのだろうか、憂鬱だ・・・まあいいか。
次のチャンスは、2117年12月11日(土)、105年先の話だ・・・まあいいか。
ところで、関東甲信の入梅はいつだろう。例年6月8日頃で、去年は5月27日と早かった。晴れも望めず、このままズルズルと梅雨にずり込むのだろうか、憂鬱だ・・・まあいいか。
2012年6月5日火曜日
イ・ソンヒの「恋人のなみだ」
2012年6月4日月曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 金光叔
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/30)に、人物シリーズ30回目として西道(서도)民謡の伝承者、金光叔(キム・グァンスク、김광숙)を紹介した。
まず、民謡「アリラン」の紹介から始まった。
・ソウルを中心とした地域で歌われてきた京畿アリランの他に、珍島アリラン、密陽アリラン、江原道アリランなど、各地域にメロディーの異なるアリランが伝えられている。
・平安道地方の民謡に、アリランの仲間のキンアリ、チャジンアリという歌が残っている。なお隣接の黄海道地方の民謡と合わせて、西道民謡と呼んでいる。
▼金光叔による「キンアリ、チャジンアリ」を聴く。今まで聞いてきたものとは違って、独特な発声で洗練した歌い方という印象がする。
西道民謡の特徴を次のように紹介した。
・西道民謡は、深い「恨(한)」のこもった歌声に、心持ち鼻にかかった独特な発声法が特徴。
・この地域の大同江の水を飲んで育った人でなければ歌えないと比喩されるほど。
▼金光叔による「開城難逢歌(개성난봉가)」を聴く。小中学校で合唱曲として音楽の時間に教えているそうだ・・・どんな感じで歌っているのだろうか、難しいだろうな。
次のように金光叔のプロフィールが紹介された。(参考:ソウル新聞)
・1952年 ソウルにて黄海道出身の両親の間に生まれる。
・西道民謡を伝えた吳福女(오복녀)の弟子となる。
▼金光叔による「詩唱 關山戎馬(시창 관산융마)」を聴く。大陸的で、大平原に風を受けたような気がする。
(本ブログ関連:"西道民謡")
まず、民謡「アリラン」の紹介から始まった。
・ソウルを中心とした地域で歌われてきた京畿アリランの他に、珍島アリラン、密陽アリラン、江原道アリランなど、各地域にメロディーの異なるアリランが伝えられている。
・平安道地方の民謡に、アリランの仲間のキンアリ、チャジンアリという歌が残っている。なお隣接の黄海道地方の民謡と合わせて、西道民謡と呼んでいる。
▼金光叔による「キンアリ、チャジンアリ」を聴く。今まで聞いてきたものとは違って、独特な発声で洗練した歌い方という印象がする。
西道民謡の特徴を次のように紹介した。
・西道民謡は、深い「恨(한)」のこもった歌声に、心持ち鼻にかかった独特な発声法が特徴。
・この地域の大同江の水を飲んで育った人でなければ歌えないと比喩されるほど。
▼金光叔による「開城難逢歌(개성난봉가)」を聴く。小中学校で合唱曲として音楽の時間に教えているそうだ・・・どんな感じで歌っているのだろうか、難しいだろうな。
次のように金光叔のプロフィールが紹介された。(参考:ソウル新聞)
・1952年 ソウルにて黄海道出身の両親の間に生まれる。
・西道民謡を伝えた吳福女(오복녀)の弟子となる。
▼金光叔による「詩唱 關山戎馬(시창 관산융마)」を聴く。大陸的で、大平原に風を受けたような気がする。
(本ブログ関連:"西道民謡")
2012年6月3日日曜日
音楽評論家カンホンの大衆音楽散歩 バラード
国際新聞の記事「音楽評論家カンホンの大衆音楽散歩"35" 冬の特別な音楽の贈り物バラード」(2011-12-06)に、韓国のバラードが歴史的にどのように展開したかを次のように語っている。感謝。
記事タイトルの冬とは違ってこれから夏であるが、「バラード」そのものに着目したいので。
・「バラード(ballad)。 踊るという意味を持つラテン語のballarからきた言葉。中世時代から欧州にかけて知られている、物語(narrative)と劇的台詞(せりふ)および叙情詩の要素の混合した民謡(folk song)の一種。元々はイタリアのバラータのように舞曲(dance-song)の意味だったが、14世紀から物語体の独唱(narative solo song)を一般的に称するようになる... 」
・グローブ音楽辞典のバラードの項はこのように始まって、延々十ページにかけて説明を繰り返す。バラードという言葉が、"踊る"という語源を持っていることが全く興味深い。世界大衆音楽の主流を形成しているバラードという言葉は、西洋の音楽史全体で生成され、発展して形を変えてきた音楽言語である。
・このような永遠の成功の根元を持っているバラードは、20世紀に入り、諸媒体の発展と一緒に、しっかりした影響力を構築した白人大衆音楽の本流となるのは恐らく当然のことだ。さらに、米国の(放送局)NBCとCBSが1926年とその翌年にそれぞれ開局と同時に、そしてそのほぼ同じ時期に無声映画に終止符を打ちつつ登場したミュージカル映画の中のロマンチックなメロディーが大衆の感情を引き付けながら、この、3和音を基本としたAABA形式の32小節の歌*は完璧な全盛時代を開いた。ビング・クロスビー、ペリー・コモ、フランク・シナトラに続くスターたちのパレードは、1950年代に過激な青年の音楽であるロックン・ロールが瞬く間に世界を征服した瞬間にも既成世代の支持に力づけられて没落しないねばっこさを発揮する。
(*補注) 映画「オズの魔法使」(1939年)の「虹の彼方に(Over The Rainbow)」のスロー・バラード
・そして6.25(朝鮮戦争)以降、この地(韓国)にも、米国の大衆音楽が洪水のようにあふれて入ってきたし、既存のトロット(演歌)音楽のバラードが中枢をなすスタンダード・ポップ系の曲が挑戦状を差し出したのは当然のことだ。しかし、初期には**「私一人だけの愛(나 하나의 사랑)」や「青い糸 赤い糸(청실 홍실)」の類の歌でわかるように、3拍子のワルツのリズムに基づいた歌が強勢を見せた。そうするうちに、ロックンロールが上陸する1960、70年代以降から、4拍子のスローテンポがこの場を置き換えた。1980年代に至っては、韓国で最も影響力のある主流の文法になった。1980年代の初頭に雌雄を競って全国を席巻したチョー·ヨンピルの「窓の外の女(창밖의 여자)」***とイ・ヨンの「忘れられた季節(잊혀진 계절)」の大成功が代表的な例になるだろう。
(**補注) ソン・ミンド(송민도)に代表される
(***補注) 本ブログ関連:"1980年代の韓国バラード"
・これらにより火引いたバラードの行進は、1980年代半ばから後半、イ・ムンセとピョン・ジンソプをはじめとする一群のバラード走者たちが、ビッグバン(宇宙の爆発的膨張)に近い爆発力を誇示しながら韓国大衆音楽界を完璧に掌握するが、チョ・ハムン、キム・ヒョンシク、イ・スンチョルなどのバンド出身のボーカリストたちがスポットライトを受けることになった原動力も、まさにこの音楽言語をベースに基づくことだ。 このジャンルの文法が大衆的に定着したことは、同時に、伝統的なトロット様式が支配してきた韓国大衆音楽が西欧大衆音楽の様式に移行するために、最後の句読点を付ける歴史的転換点でもあった。
・よく冬をバラードの季節ともいい、それは不況時に更に強さを見せるともいう。しかし、不思議なことに、ユン・ジョンシン(윤종신)の新譜を除けば、今回の冬(2011年12月)は鮮やかなバラードの新作はあまり見当たらない。まだ本格的に寒くないからか? でなければ、歌で慰められるには昨今の現実が、あまりにもパサパサしているためであろうか? 小さくて素朴な愛の幻想が何も救えないと言っても冬の曲を私は待つ。
(本ブログ関連:"カンホン")
記事タイトルの冬とは違ってこれから夏であるが、「バラード」そのものに着目したいので。
・「バラード(ballad)。 踊るという意味を持つラテン語のballarからきた言葉。中世時代から欧州にかけて知られている、物語(narrative)と劇的台詞(せりふ)および叙情詩の要素の混合した民謡(folk song)の一種。元々はイタリアのバラータのように舞曲(dance-song)の意味だったが、14世紀から物語体の独唱(narative solo song)を一般的に称するようになる... 」
・グローブ音楽辞典のバラードの項はこのように始まって、延々十ページにかけて説明を繰り返す。バラードという言葉が、"踊る"という語源を持っていることが全く興味深い。世界大衆音楽の主流を形成しているバラードという言葉は、西洋の音楽史全体で生成され、発展して形を変えてきた音楽言語である。
・このような永遠の成功の根元を持っているバラードは、20世紀に入り、諸媒体の発展と一緒に、しっかりした影響力を構築した白人大衆音楽の本流となるのは恐らく当然のことだ。さらに、米国の(放送局)NBCとCBSが1926年とその翌年にそれぞれ開局と同時に、そしてそのほぼ同じ時期に無声映画に終止符を打ちつつ登場したミュージカル映画の中のロマンチックなメロディーが大衆の感情を引き付けながら、この、3和音を基本としたAABA形式の32小節の歌*は完璧な全盛時代を開いた。ビング・クロスビー、ペリー・コモ、フランク・シナトラに続くスターたちのパレードは、1950年代に過激な青年の音楽であるロックン・ロールが瞬く間に世界を征服した瞬間にも既成世代の支持に力づけられて没落しないねばっこさを発揮する。
(*補注) 映画「オズの魔法使」(1939年)の「虹の彼方に(Over The Rainbow)」のスロー・バラード
・そして6.25(朝鮮戦争)以降、この地(韓国)にも、米国の大衆音楽が洪水のようにあふれて入ってきたし、既存のトロット(演歌)音楽のバラードが中枢をなすスタンダード・ポップ系の曲が挑戦状を差し出したのは当然のことだ。しかし、初期には**「私一人だけの愛(나 하나의 사랑)」や「青い糸 赤い糸(청실 홍실)」の類の歌でわかるように、3拍子のワルツのリズムに基づいた歌が強勢を見せた。そうするうちに、ロックンロールが上陸する1960、70年代以降から、4拍子のスローテンポがこの場を置き換えた。1980年代に至っては、韓国で最も影響力のある主流の文法になった。1980年代の初頭に雌雄を競って全国を席巻したチョー·ヨンピルの「窓の外の女(창밖의 여자)」***とイ・ヨンの「忘れられた季節(잊혀진 계절)」の大成功が代表的な例になるだろう。
(**補注) ソン・ミンド(송민도)に代表される
(***補注) 本ブログ関連:"1980年代の韓国バラード"
・これらにより火引いたバラードの行進は、1980年代半ばから後半、イ・ムンセとピョン・ジンソプをはじめとする一群のバラード走者たちが、ビッグバン(宇宙の爆発的膨張)に近い爆発力を誇示しながら韓国大衆音楽界を完璧に掌握するが、チョ・ハムン、キム・ヒョンシク、イ・スンチョルなどのバンド出身のボーカリストたちがスポットライトを受けることになった原動力も、まさにこの音楽言語をベースに基づくことだ。 このジャンルの文法が大衆的に定着したことは、同時に、伝統的なトロット様式が支配してきた韓国大衆音楽が西欧大衆音楽の様式に移行するために、最後の句読点を付ける歴史的転換点でもあった。
・よく冬をバラードの季節ともいい、それは不況時に更に強さを見せるともいう。しかし、不思議なことに、ユン・ジョンシン(윤종신)の新譜を除けば、今回の冬(2011年12月)は鮮やかなバラードの新作はあまり見当たらない。まだ本格的に寒くないからか? でなければ、歌で慰められるには昨今の現実が、あまりにもパサパサしているためであろうか? 小さくて素朴な愛の幻想が何も救えないと言っても冬の曲を私は待つ。
(本ブログ関連:"カンホン")
2012年6月2日土曜日
イ・スンギのコンサートに登場せず・・・
昨日、日本武道館に(きっと)若き女性を多数集めて、イ・スンギのコンサート*が催された。そういえば韓国語教室のアジュンマ受講者に、熱烈なファンの方がいたが、どうされたのだろうか。
(*情報:「朝鮮日報エンタメコリア」より)
ところで、師匠のイ・ソンヒが、サプライズで今回の舞台に登場しないかと期待していたが、そのようなことはなかったようだ。事前に噂も耳にしていなかったので、ビックリというわけにはいかなかった次第。もしかしたらと思っていただけにちょっと残念。
(本ブログ関連:"イ・スンギ")
(追記)
昨日記したように、BS日本で今晩放送された「小さな村の物語イタリア」のオープン・エンドに使われているテーマ曲「L'Appuntamento」(オルネラ・ヴァノーニの歌声と思うが)を聴いた。イタリアのマルザメーミの町の家族が紹介された。港町に、親と子、そして孫が揃うとき、父親は静かに人生を語り受け入れることができる。シチリアの太陽は眩しい。
(*情報:「朝鮮日報エンタメコリア」より)
ところで、師匠のイ・ソンヒが、サプライズで今回の舞台に登場しないかと期待していたが、そのようなことはなかったようだ。事前に噂も耳にしていなかったので、ビックリというわけにはいかなかった次第。もしかしたらと思っていただけにちょっと残念。
(本ブログ関連:"イ・スンギ")
(追記)
昨日記したように、BS日本で今晩放送された「小さな村の物語イタリア」のオープン・エンドに使われているテーマ曲「L'Appuntamento」(オルネラ・ヴァノーニの歌声と思うが)を聴いた。イタリアのマルザメーミの町の家族が紹介された。港町に、親と子、そして孫が揃うとき、父親は静かに人生を語り受け入れることができる。シチリアの太陽は眩しい。
2012年6月1日金曜日
「L' Appuntamento(逢引き)」
夕方のテレビ番組で、日本に居るイタリア人が選ぶ、日本(東京?)の(自家製)ピザ店トップ3の紹介があった。1、2位の店は、都心にあるようなのでわざわざ行くことはないだろうが、3位の店は近場の吉祥寺にあるというので一度は行ってみようかな。
さて、1位の紹介のとき、番組のバックに流れた音楽は、先日ヘイリー・ウェステンラを紹介してくれたイタリアン・ポップ好きの石仲間が毎日聞いているという、「L' Appuntamento(逢引き)」だった。
陽だまりに時間が止まったままの町角を感じさせる。そっと昔語りする言葉は、もう取り返せないからこそ穏やかで、静かに人生が過ぎ行くのを待つばかりである。
この「L'Appuntamento」は、南米ブラジルのE.Carlos & R.Carlosが作詞・作曲した原曲を、イタリアのオルネラ・ヴァノーニ(Ornella Vanoni)がイタリア語で歌いヒットしたそうだ。
(MinTs813のYoutubeのコメントに感謝)
彼女を紹介するWikipediaによれば、この曲は、「2004年の映画『オーシャンズ12』に使用され、また日本ではBS日本の番組『小さな村の物語イタリア』のオープン・エンドテーマとして親しまれている。」そうだ。BSの番組(土曜21:00~21:54)は未見なので、のぞいてみようかな。
(番組と歌詞について「Amo l’italiano!イタリア語ってなんてオモロイんだ!」に感謝)
さて、1位の紹介のとき、番組のバックに流れた音楽は、先日ヘイリー・ウェステンラを紹介してくれたイタリアン・ポップ好きの石仲間が毎日聞いているという、「L' Appuntamento(逢引き)」だった。
陽だまりに時間が止まったままの町角を感じさせる。そっと昔語りする言葉は、もう取り返せないからこそ穏やかで、静かに人生が過ぎ行くのを待つばかりである。
この「L'Appuntamento」は、南米ブラジルのE.Carlos & R.Carlosが作詞・作曲した原曲を、イタリアのオルネラ・ヴァノーニ(Ornella Vanoni)がイタリア語で歌いヒットしたそうだ。
(MinTs813のYoutubeのコメントに感謝)
彼女を紹介するWikipediaによれば、この曲は、「2004年の映画『オーシャンズ12』に使用され、また日本ではBS日本の番組『小さな村の物語イタリア』のオープン・エンドテーマとして親しまれている。」そうだ。BSの番組(土曜21:00~21:54)は未見なので、のぞいてみようかな。
(番組と歌詞について「Amo l’italiano!イタリア語ってなんてオモロイんだ!」に感謝)
2012年5月31日木曜日
イ・ソンヒのカバー「離別」、「一度くらい」
イ・ソンヒが昨年の「五月の陽射し」コンサート(世宗文化会館大劇場)の2日目(2011年5月22日)に、「離別(이별)」、「一度くらい(한번쯤)」をカバーしたものがYoutubeに登録されている。「離別」はパティ・キム(패티김)の、「一度くらい」はソン・チャンシク(송창식)のオリジナル曲である。
(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)
「離別」は、ささやき聴かせるようにしっとりと歌い上げている。それは、パティ・キムに対するオマージュともいえる。そして、「一度くらい」は、オリジナルに比べてスローテンポに詩情を漂わせながら歌い始めた。やがて、イ・ソンヒらしいパワフルで軽快に展開していく。
カバーの中に彼女らしい色合いをこめながらも、オリジナルに対するアーティストとしての自信と責任が感じられる。それは、彼女が今あることの理由を示すようでもある。
(本ブログ関連:"パティ・キムの「Jへ」"、"パティ・キムの引退"、"イ・ソンヒの「一度くらい」"、"イ・ソンヒの「2011コンサート」")
(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)
「離別」は、ささやき聴かせるようにしっとりと歌い上げている。それは、パティ・キムに対するオマージュともいえる。そして、「一度くらい」は、オリジナルに比べてスローテンポに詩情を漂わせながら歌い始めた。やがて、イ・ソンヒらしいパワフルで軽快に展開していく。
カバーの中に彼女らしい色合いをこめながらも、オリジナルに対するアーティストとしての自信と責任が感じられる。それは、彼女が今あることの理由を示すようでもある。
(本ブログ関連:"パティ・キムの「Jへ」"、"パティ・キムの引退"、"イ・ソンヒの「一度くらい」"、"イ・ソンヒの「2011コンサート」")
2012年5月30日水曜日
(資料)「Jへ」を歌う歌手
2012年5月29日火曜日
「小金井の新田開発」(3)
幸い天気に恵まれた午前中、地元公民館主催の市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)の第3回目に行く。混みあいを気にして、早めに到着するも、直ぐに聴講者で座席が埋まった。大盛況だ。
シリーズに通底する、武蔵野と首都江戸の密接なつながりについて、「街道」(生産と流通)、「水道」(生活用水)を見てきたが、今回は幕府「鷹場」を通じて次のように証左された。
① 江戸周辺に「鷹狩」のため鷹場が設けられた。中断後、享保改革の8代将軍吉宗が復活させる。
・鷹狩の際に、地元農民に負担がかかった。
② 江戸周辺の行政区に「筋」>「領」の階層があり、鷹場のため領に様々な役割が充てられた。
・行政区の筋の外縁に、御三家(尾張、紀州、水戸)の鷹場が設けられた。
③ 農村は、鷹場のもとに編成されて一体化の意識を育み、江戸(城)と心理的に結びついたようだ。
・行政区の領は、幕府を支える役割を果たし、幕府と一体化する。
④ 幕府は、鷹場を設定して地域主体の開発を制限し、幕府主体の開発に乗り出す。
・例:上下小金井新田など。
参考
① 新田開発の拡張により、農村間で秣(まぐさ)場の争いに発展する事件が発生した。
② 鷹場の目的の一つに、農民も巻き込んだ軍事的な要害の意をも持っていたのではないか。
どうやら、小金井新田庶民の生活の姿は、最終回の第5回に聞くことになるだろうだ。
(追記)
韓国語教室から帰りの夜道、小雨が降ってきて、あばたのように顔にあたる。遠雷に一瞬夜空がくしゃみをする。
シリーズに通底する、武蔵野と首都江戸の密接なつながりについて、「街道」(生産と流通)、「水道」(生活用水)を見てきたが、今回は幕府「鷹場」を通じて次のように証左された。
① 江戸周辺に「鷹狩」のため鷹場が設けられた。中断後、享保改革の8代将軍吉宗が復活させる。
・鷹狩の際に、地元農民に負担がかかった。
② 江戸周辺の行政区に「筋」>「領」の階層があり、鷹場のため領に様々な役割が充てられた。
・行政区の筋の外縁に、御三家(尾張、紀州、水戸)の鷹場が設けられた。
③ 農村は、鷹場のもとに編成されて一体化の意識を育み、江戸(城)と心理的に結びついたようだ。
・行政区の領は、幕府を支える役割を果たし、幕府と一体化する。
④ 幕府は、鷹場を設定して地域主体の開発を制限し、幕府主体の開発に乗り出す。
・例:上下小金井新田など。
参考
① 新田開発の拡張により、農村間で秣(まぐさ)場の争いに発展する事件が発生した。
② 鷹場の目的の一つに、農民も巻き込んだ軍事的な要害の意をも持っていたのではないか。
どうやら、小金井新田庶民の生活の姿は、最終回の第5回に聞くことになるだろうだ。
(追記)
韓国語教室から帰りの夜道、小雨が降ってきて、あばたのように顔にあたる。遠雷に一瞬夜空がくしゃみをする。
真夜中の震度3
今日の日付に変わった真夜中、01時36分頃突然揺れが始まった。泳ぐような激しい揺れが続く。それがいつまで続くのか分からない不安、さらに強まるかもしれないという不安が相まって、より不安が増す。今日は大丈夫だろうか。
体感震度3強といった感じだ。気象庁の地震情報は次の通り。
--------------------------
平成24年05月29日01時46分 気象庁発表
29日01時36分頃地震がありました。
震源地は千葉県北西部 ( 北緯35.8度、東経140.1度)で震源の深さは約80km、地震の規模(マグニチュード)は5.2と推定されます。
--------------------------
当地は、発表では震度3であったが、都内23区や横浜市で何と震度4の地区もあった。震源がだんだん近づいてきているようで不安だ。
そういえば、SignalNowExpressの事前情報が、震源(千葉県北西部)が近すぎるのか、マグニチュードを5以上に設定していても表示されない。
体感震度3強といった感じだ。気象庁の地震情報は次の通り。
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平成24年05月29日01時46分 気象庁発表
29日01時36分頃地震がありました。
震源地は千葉県北西部 ( 北緯35.8度、東経140.1度)で震源の深さは約80km、地震の規模(マグニチュード)は5.2と推定されます。
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当地は、発表では震度3であったが、都内23区や横浜市で何と震度4の地区もあった。震源がだんだん近づいてきているようで不安だ。
そういえば、SignalNowExpressの事前情報が、震源(千葉県北西部)が近すぎるのか、マグニチュードを5以上に設定していても表示されない。
2012年5月28日月曜日
雨降って風吹いて
午前中にカラりと乾いた空も、午後には鈍色の雲が広がり、やがて雨が降りだした。天気予報で、午後の空模様は変わりやすく、ところどころ雷雨と伝えていたが、そのようになってきた。
昼過ぎの外出先で、雨雲にぽっかりと穴が開き、そこから太陽の光が差し込んできた。まるでお天気雨のようなちょっとした不思議な光景だったけれど、すぐに元の雨空に戻った。
西から雨雲が切れ切れに流れて来て、変わりやすい天気のため、晴れのタイミングを掴みきれない。今晩もそうだが明日も怪しい。おかげで、明晩の韓国語教室も傘が手離なせないようだ。火曜日は、3回連続の雨道ということになる。
ところで、むかしTBSの番組「筑紫哲也 NEWS23」で、新井英一が夕闇の中、焚き火を前に「清河への道」をギターを抱えながら歌っているのを聴いた。重量感のある独特のザラつくような声質は、胸にドスンと響いた。歌詞がまるで絵巻のように次々と展開し聞き入った。忘れられない歌だった。
「清河への道」のCDは当初、日本語だったが、その後ハングル(「청하의 길」)版も出て、共に入手した。何度聴いたことだろう。
Youtubeには、なんと吉幾三が歌っている映像が登録されている。
(Youyubeに登録のTheNekogami22、qw2455に感謝)
昼過ぎの外出先で、雨雲にぽっかりと穴が開き、そこから太陽の光が差し込んできた。まるでお天気雨のようなちょっとした不思議な光景だったけれど、すぐに元の雨空に戻った。
西から雨雲が切れ切れに流れて来て、変わりやすい天気のため、晴れのタイミングを掴みきれない。今晩もそうだが明日も怪しい。おかげで、明晩の韓国語教室も傘が手離なせないようだ。火曜日は、3回連続の雨道ということになる。
ところで、むかしTBSの番組「筑紫哲也 NEWS23」で、新井英一が夕闇の中、焚き火を前に「清河への道」をギターを抱えながら歌っているのを聴いた。重量感のある独特のザラつくような声質は、胸にドスンと響いた。歌詞がまるで絵巻のように次々と展開し聞き入った。忘れられない歌だった。
「清河への道」のCDは当初、日本語だったが、その後ハングル(「청하의 길」)版も出て、共に入手した。何度聴いたことだろう。
Youtubeには、なんと吉幾三が歌っている映像が登録されている。
(Youyubeに登録のTheNekogami22、qw2455に感謝)
2012年5月27日日曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 風の岬
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/23)に、人物シリーズ29回目として国楽演奏グループ、風の岬(パラムコッ、바람곶)を紹介した。
まず、韓国神話から、シャーマンの祖先といわれる捨姫公主(パリコンジュ、바리공주)の話題から始まった。
・娘だけ授かる王は、七番目も娘だったため、娘捨姫公主と名づけ海に捨てる。海亀に助けられて竜宮に育った娘捨姫公主は、やがて病の両親と対面し、命駆けで薬を手に入れ救う。その功績で、あの世を司る神となる。
・風の岬グループは、この娘捨姫公主の神話に着目し、音楽で表現しようと結成された。
▼風の岬による「捨姫シナウイ(바리시나위)」を聴く。現代的な色調はするけれど、十分に伝統的な響きを残していて、楽器を借りただけのものではないように感じる。素晴らしい。
(「シナウイ」について本ブログ関連:"韓国の風景")
風の岬グループについて、次のような紹介があった。
・風と岬が合わさったグループ名には、岬が陸地と海が出会うように、天と地と海が出会う場所から吹いてくる音の風の意味がある。風のように留まることなく、音楽を通じて新しい世界を切り開くことも込められている。
・韓国の神話や説話を、伝統あるメロディーと長短を基盤として、現代的な音楽感性で再創造することを活動の目的としている。
次のように風の岬グループのプロフィールが紹介された。
・2004年 映画音楽やミュージカル作曲家で、韓国芸術総合学校伝統芸術院教授ウォン・イル(원일)により結成。
・メンバーは、パク・スナ박순아(カヤグム)、パク・ウジェ박우재(コムンゴ)、イ・アラム이아람(テグム)、パク・ジェロク이아람(インド弦楽器シタール)、そしてウォン・イル(作曲、ピリ、打楽器)の5名である。
▼風の岬グループによる「羅針盤」を聴く。羅針盤は、船だけでなく人生も文化も様々なものを含めたものだろう・・・国楽の新しい方向を示すようだ。
▼風の岬グループによる「ピンビン(빙빙)」を聴く。ちょっと南欧の風味から琴の音にも似て、風がぐるぐると廻ってあらゆるものをミックスするようだ。でも、統合化に向いてしまうのだけは・・・。
(追記)
昨日の、蓮台寺鉱物採集の成果についてメールをいただいた。なんと、採集者のひとりがテルル石(TeO2)と自然テルル(Te)を採集したのだ。「2~3ミリの綺麗なテルル石の板状結晶でまわりに自然テルルが確認できました。大当たりです。」とのこと。
ああ、羨ましい・・・行けたらなあ。
まず、韓国神話から、シャーマンの祖先といわれる捨姫公主(パリコンジュ、바리공주)の話題から始まった。
・娘だけ授かる王は、七番目も娘だったため、娘捨姫公主と名づけ海に捨てる。海亀に助けられて竜宮に育った娘捨姫公主は、やがて病の両親と対面し、命駆けで薬を手に入れ救う。その功績で、あの世を司る神となる。
・風の岬グループは、この娘捨姫公主の神話に着目し、音楽で表現しようと結成された。
▼風の岬による「捨姫シナウイ(바리시나위)」を聴く。現代的な色調はするけれど、十分に伝統的な響きを残していて、楽器を借りただけのものではないように感じる。素晴らしい。
(「シナウイ」について本ブログ関連:"韓国の風景")
風の岬グループについて、次のような紹介があった。
・風と岬が合わさったグループ名には、岬が陸地と海が出会うように、天と地と海が出会う場所から吹いてくる音の風の意味がある。風のように留まることなく、音楽を通じて新しい世界を切り開くことも込められている。
・韓国の神話や説話を、伝統あるメロディーと長短を基盤として、現代的な音楽感性で再創造することを活動の目的としている。
次のように風の岬グループのプロフィールが紹介された。
・2004年 映画音楽やミュージカル作曲家で、韓国芸術総合学校伝統芸術院教授ウォン・イル(원일)により結成。
・メンバーは、パク・スナ박순아(カヤグム)、パク・ウジェ박우재(コムンゴ)、イ・アラム이아람(テグム)、パク・ジェロク이아람(インド弦楽器シタール)、そしてウォン・イル(作曲、ピリ、打楽器)の5名である。
▼風の岬グループによる「羅針盤」を聴く。羅針盤は、船だけでなく人生も文化も様々なものを含めたものだろう・・・国楽の新しい方向を示すようだ。
▼風の岬グループによる「ピンビン(빙빙)」を聴く。ちょっと南欧の風味から琴の音にも似て、風がぐるぐると廻ってあらゆるものをミックスするようだ。でも、統合化に向いてしまうのだけは・・・。
(追記)
昨日の、蓮台寺鉱物採集の成果についてメールをいただいた。なんと、採集者のひとりがテルル石(TeO2)と自然テルル(Te)を採集したのだ。「2~3ミリの綺麗なテルル石の板状結晶でまわりに自然テルルが確認できました。大当たりです。」とのこと。
ああ、羨ましい・・・行けたらなあ。
2012年5月26日土曜日
運がつく?
午後、小金井公園を散歩する。公園広場北側の遊歩道は、ハクウンボクとヒマラヤスギが両側から天を覆うように葉を繁り、緑の回廊を成していた。江戸東京たてもの園に近づくと、マテバシイが鬱蒼とする光景に出会う。まるで泰西名画を見る思いがする。
木立の陰にある野外の木製テーブルで、穏やかな緑の光を受けて、のんびり読書をしていた。そのとき突然、脇に立つ高木のケヤキの上から、鳥のフンがテーブルに開いた本の10cmほど離れたところに落ちた。見上げると、葉や枝に隠れるようにカラスがいた。先ほど多数のカラスの鳴き声がしていたが、まさか静かなこの場所にいるとは。おかげで、読書気分が萎えてしまった。
少し座席位置を横にずらして再び読み始めたとき、わたしの真後ろで、カラス同士がけたたましい鳴き声で争いを始めたのだ。これには参った。そんなわけで、緑陰に読書を楽しむといった風流気分も失い、散歩に切りかえた。
カラスのフンとは、運が悪かった・・・迷惑なできごとだった。
(追記)
本来なら、今日は静岡県の河津鉱山(蓮台寺)に鉱物採集の予定だった。体調が完全とはいえず、せっかくのお誘いを受けながら、同行を断念せざる得なかった・・・とても残念だ。
採集結果はどうだったのだろうか、知りたいところだ。テルルは、もしかして運が良ければ、欽一石はどうだったろうか。
木立の陰にある野外の木製テーブルで、穏やかな緑の光を受けて、のんびり読書をしていた。そのとき突然、脇に立つ高木のケヤキの上から、鳥のフンがテーブルに開いた本の10cmほど離れたところに落ちた。見上げると、葉や枝に隠れるようにカラスがいた。先ほど多数のカラスの鳴き声がしていたが、まさか静かなこの場所にいるとは。おかげで、読書気分が萎えてしまった。
少し座席位置を横にずらして再び読み始めたとき、わたしの真後ろで、カラス同士がけたたましい鳴き声で争いを始めたのだ。これには参った。そんなわけで、緑陰に読書を楽しむといった風流気分も失い、散歩に切りかえた。
カラスのフンとは、運が悪かった・・・迷惑なできごとだった。
(追記)
本来なら、今日は静岡県の河津鉱山(蓮台寺)に鉱物採集の予定だった。体調が完全とはいえず、せっかくのお誘いを受けながら、同行を断念せざる得なかった・・・とても残念だ。
採集結果はどうだったのだろうか、知りたいところだ。テルルは、もしかして運が良ければ、欽一石はどうだったろうか。
2012年5月25日金曜日
「ライラックが散るとき」余聞 (続)
イ・ソンヒが、シンガーソングライターとして本格的にアルバム作りに参加した作品に、「ライラックが散るとき」(アルバム10集、1996年)があることを本ブログに以前紹介した。
春-夏の花のライラックを、ショーウィンドウの中の飾り花(園芸用か)として見ることはあるが、公園などで咲いているのを目にしたことは残念ながらない。もしかすると、何処か気付かない場所で、小さな薄紫の花びらを密集させて見せているのかもしれない。
イ・ソンヒが歌うライラックの花は、どのような姿をしているのだろう。Ko-wikipediaの写真は、花弁の塊りのようではなく、解説に「約6mまで育って、枝は多く分かれて広く伸び、花が枝にびっしりとなる」とある。
ライラックは、「リラ」とも呼ばれ、倍賞千恵子の歌「リラの花散る町」(昭和40年、1965年)にも使われている。色滲む夕暮の町に、想いをリラの花に象徴して描いている。ライラックというより、リラの方が心に響きやすいのかもしれない。
(Youtubeに登録のcae2elに感謝)
(本ブログ関連:"「ライラックが散るとき」余聞")
春-夏の花のライラックを、ショーウィンドウの中の飾り花(園芸用か)として見ることはあるが、公園などで咲いているのを目にしたことは残念ながらない。もしかすると、何処か気付かない場所で、小さな薄紫の花びらを密集させて見せているのかもしれない。
イ・ソンヒが歌うライラックの花は、どのような姿をしているのだろう。Ko-wikipediaの写真は、花弁の塊りのようではなく、解説に「約6mまで育って、枝は多く分かれて広く伸び、花が枝にびっしりとなる」とある。
ライラックは、「リラ」とも呼ばれ、倍賞千恵子の歌「リラの花散る町」(昭和40年、1965年)にも使われている。色滲む夕暮の町に、想いをリラの花に象徴して描いている。ライラックというより、リラの方が心に響きやすいのかもしれない。
(Youtubeに登録のcae2elに感謝)
(本ブログ関連:"「ライラックが散るとき」余聞")
2012年5月24日木曜日
イ・ソンヒのカバー「熱愛」
ユン・シネ(윤시내、1953年~)の、鼻音をきかせた時代を感じさせる歌であるが、彼女の代表曲の「熱愛(열애)」をイ・ソンヒがカバーしたものがYoutubeにある。
イ・ソンヒを含めて、80年代以降バラード曲がヒットした背景に、ユン・シネのこの曲があったという記事を、本ブログで以前次のように記した。(「Weekly共感」の記事「<第20号>韓国人の人生を変えたもの⑧ -大衆歌謡」(2005.7.1)、ハン・キホン記者)
-------------------
・1979年にユン・シネは、歌謡祭スタイルの曲「熱愛(열애)」で大ヒットを記録した。この曲の核心は、彼女の’血走る歌唱力’とストリングを主に使うポップス・オーケストラのアレンジによる広大なスケールであり、1980年代初頭の主流の成人歌謡に最も大きな影響を及ぼした・・・。
・1980年代初期の大ヒット曲は、全て「熱愛」を土台にしたものであった・・・。
・チョー・ヨンピルはストリング中心のオーケストラ演奏の代わりに、ピアノとシンセサイザーを使って1970年代末のスタイルを維持しながらも1980年代の新しいサウンドの道を切り開いておいた。
・以後、イ・ソンヒなどの成功でバラードは若者たちが最も好む歌謡ジャンルになった・・・。
-------------------
(Youtubeに登録のchadbabo、sunnyfan100に感謝)
(本部ログ関連:"1980年代の韓国バラード”)
イ・ソンヒを含めて、80年代以降バラード曲がヒットした背景に、ユン・シネのこの曲があったという記事を、本ブログで以前次のように記した。(「Weekly共感」の記事「<第20号>韓国人の人生を変えたもの⑧ -大衆歌謡」(2005.7.1)、ハン・キホン記者)
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・1979年にユン・シネは、歌謡祭スタイルの曲「熱愛(열애)」で大ヒットを記録した。この曲の核心は、彼女の’血走る歌唱力’とストリングを主に使うポップス・オーケストラのアレンジによる広大なスケールであり、1980年代初頭の主流の成人歌謡に最も大きな影響を及ぼした・・・。
・1980年代初期の大ヒット曲は、全て「熱愛」を土台にしたものであった・・・。
・チョー・ヨンピルはストリング中心のオーケストラ演奏の代わりに、ピアノとシンセサイザーを使って1970年代末のスタイルを維持しながらも1980年代の新しいサウンドの道を切り開いておいた。
・以後、イ・ソンヒなどの成功でバラードは若者たちが最も好む歌謡ジャンルになった・・・。
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(Youtubeに登録のchadbabo、sunnyfan100に感謝)
(本部ログ関連:"1980年代の韓国バラード”)
2012年5月23日水曜日
「小金井の新田開発」(2)
昨日は、小雨が一日中降り続き肌寒かった。それが、今日は打って変わって、日中カラリと晴れ渡り、まるで夏の陽射しだ。ところが、夕方に近づくとにわかに曇りはじめ、風が吹いてきたのだ。落ち着きのない空模様である。
ところで雨のきのう、地元公民館主催の市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)の第2回目が開かれた。一週休みを空けてのこと、おまけに小雨ながら、開始5分前に講義室に入ってみると満員状態。窮屈な座席に滑り込んだ。
さて今回は、次のような内容で講義があった。
1.江戸と武蔵野を含む郊外とのつながりを、街道および水道の成立について
1-1.街道
① 多摩地域には、甲州街道(五街道のひとつ)と、青梅街道が通る。
② 青梅街道の輸送で着目されたのが、「石灰」である。初め江戸城造営に使われたようだ。
→ 青梅辺りで石灰を製したが、奥多摩地域の石灰岩を利用したのだろう?
③ やがて他地域との競合および川舟利用などで、青梅街道の「石灰」輸送が減少する。
むかし、若き歴史学者の、近世の「石灰」生産流通について研究した遺稿が、友人の手で纏められたという話を聞いたことがあるが、上記のような内容もあるのだろうか。
1-2.水道
① 大田道灌時代の飲料は、井の頭池、赤坂溜池、および山の手沿いの井戸などが利用された。
② 神田上水(井の頭→練馬→水道橋→堀)は、約20年をかけて開発。
③ 多摩川上水(羽村【多摩川から取水】→四谷)は、何と驚異の半年で完成(技術についても不明な点が多い)。
また、吉宗までの100年間に、33箇所で分水が開設され、上水、灌漑など利用の他に水車が稼動する。
水車という分業化が進み、産業の幅の広がり、技術の高度化がみられる。
→ 水車が、産業をさらに進めて、産業革命に繋がっていたならなあ・・・。
2.江戸の規模(人口)と、それを支える郊外の特に武蔵野新田の歴史について
2-1.江戸
① 吉宗の享保期に町民50万人、および武家を50万人(推定)として100万人とする通説がある。
② 大岡越前守忠相によって、(現代に通じる)都市政策が実施された。
2-2.武蔵野新田
① 江戸初期の「古村」は、北条、武田武士の末裔による土豪の手で成立した。
村の名前に、高井戸、小金井、貫井などのように水につながる「井」(=井戸)の文字が見える。
② 江戸前期の「古新田」は、土豪の開発による他に、代地や移住などの理由で拡大した。
③ 享保改革(吉宗)期の「新新田」は、武蔵野新田で82か村になる。
いよいよ次回から、当地の歴史に直接関連することになるのか、楽しみである。
(追記)
昨日は雨が止まず、晩まで降りつづいた。おかげで先週同様に、韓国語教室の往復に傘が必要だった。
ところで雨のきのう、地元公民館主催の市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)の第2回目が開かれた。一週休みを空けてのこと、おまけに小雨ながら、開始5分前に講義室に入ってみると満員状態。窮屈な座席に滑り込んだ。
さて今回は、次のような内容で講義があった。
1.江戸と武蔵野を含む郊外とのつながりを、街道および水道の成立について
1-1.街道
① 多摩地域には、甲州街道(五街道のひとつ)と、青梅街道が通る。
② 青梅街道の輸送で着目されたのが、「石灰」である。初め江戸城造営に使われたようだ。
→ 青梅辺りで石灰を製したが、奥多摩地域の石灰岩を利用したのだろう?
③ やがて他地域との競合および川舟利用などで、青梅街道の「石灰」輸送が減少する。
むかし、若き歴史学者の、近世の「石灰」生産流通について研究した遺稿が、友人の手で纏められたという話を聞いたことがあるが、上記のような内容もあるのだろうか。
1-2.水道
① 大田道灌時代の飲料は、井の頭池、赤坂溜池、および山の手沿いの井戸などが利用された。
② 神田上水(井の頭→練馬→水道橋→堀)は、約20年をかけて開発。
③ 多摩川上水(羽村【多摩川から取水】→四谷)は、何と驚異の半年で完成(技術についても不明な点が多い)。
また、吉宗までの100年間に、33箇所で分水が開設され、上水、灌漑など利用の他に水車が稼動する。
水車という分業化が進み、産業の幅の広がり、技術の高度化がみられる。
→ 水車が、産業をさらに進めて、産業革命に繋がっていたならなあ・・・。
2.江戸の規模(人口)と、それを支える郊外の特に武蔵野新田の歴史について
2-1.江戸
① 吉宗の享保期に町民50万人、および武家を50万人(推定)として100万人とする通説がある。
② 大岡越前守忠相によって、(現代に通じる)都市政策が実施された。
2-2.武蔵野新田
① 江戸初期の「古村」は、北条、武田武士の末裔による土豪の手で成立した。
村の名前に、高井戸、小金井、貫井などのように水につながる「井」(=井戸)の文字が見える。
② 江戸前期の「古新田」は、土豪の開発による他に、代地や移住などの理由で拡大した。
③ 享保改革(吉宗)期の「新新田」は、武蔵野新田で82か村になる。
いよいよ次回から、当地の歴史に直接関連することになるのか、楽しみである。
(追記)
昨日は雨が止まず、晩まで降りつづいた。おかげで先週同様に、韓国語教室の往復に傘が必要だった。
2012年5月22日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 呉貞淑
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/16)に、人物シリーズ28回目としてパンソリ名唱の呉貞淑(オ・ジョンスク、오정숙、1935年~2008年)を紹介した。
はじめに、5月15日の「先生の日(스승의 날、교사의 날)」を例にとり、国楽の師弟の関係について次の言葉を紹介した。
・師匠と膝を向かい合わせて座って直接学ぶという、昔からの師弟関係を表す、「膝の弟子(무릎제자)」という言葉がある。
・ちなみに呉貞淑の師匠は、金演洙(キム・ヨンス、김연수)。
▼呉貞淑による、興甫歌(フンボカ、흥보가)の中から「燕路程記(ジェビノジョンギ、제비노정기)」を聴く。この番組で、いろいろな歌い手で聴いたが・・・あるツバメが中国大陸から興甫の村に飛んでくる行程を歌ったものだそうだ・・・今回は、随分と抑揚のある歌声だ。
次のように呉貞淑のプロフィールが紹介された。
・1935年 慶尚南道の晋州生まれる。
・10代で金演洙の唱劇団に入団。
・20代で唱劇団での活動を休止し、パンソリにまい進する。
・1974年 師匠の金演洙の死後、活動を止め伝授教育に専念する。
・2008年 没する。
▼呉貞淑による、水宮歌(スグンガ、수궁가)の中から「水宮風流(スグンプンリュ、수궁풍류)」を聴く。ここのウサギは賢いのだろう。イソップの「ウサギとカメ」では・・・。この歌、子供にも聞かせているのだろうか・・・まるでアニメの声優のよう。
▼呉貞淑による、パンソリ春香歌(춘향가)の中から「勅使となったイ・モンリョンがその身分を隠してウォルメと会う題目」を聴く。ラジオドラマのよう・・・ドラマチックで。
はじめに、5月15日の「先生の日(스승의 날、교사의 날)」を例にとり、国楽の師弟の関係について次の言葉を紹介した。
・師匠と膝を向かい合わせて座って直接学ぶという、昔からの師弟関係を表す、「膝の弟子(무릎제자)」という言葉がある。
・ちなみに呉貞淑の師匠は、金演洙(キム・ヨンス、김연수)。
▼呉貞淑による、興甫歌(フンボカ、흥보가)の中から「燕路程記(ジェビノジョンギ、제비노정기)」を聴く。この番組で、いろいろな歌い手で聴いたが・・・あるツバメが中国大陸から興甫の村に飛んでくる行程を歌ったものだそうだ・・・今回は、随分と抑揚のある歌声だ。
次のように呉貞淑のプロフィールが紹介された。
・1935年 慶尚南道の晋州生まれる。
・10代で金演洙の唱劇団に入団。
・20代で唱劇団での活動を休止し、パンソリにまい進する。
・1974年 師匠の金演洙の死後、活動を止め伝授教育に専念する。
・2008年 没する。
▼呉貞淑による、水宮歌(スグンガ、수궁가)の中から「水宮風流(スグンプンリュ、수궁풍류)」を聴く。ここのウサギは賢いのだろう。イソップの「ウサギとカメ」では・・・。この歌、子供にも聞かせているのだろうか・・・まるでアニメの声優のよう。
▼呉貞淑による、パンソリ春香歌(춘향가)の中から「勅使となったイ・モンリョンがその身分を隠してウォルメと会う題目」を聴く。ラジオドラマのよう・・・ドラマチックで。
2012年5月21日月曜日
金環日食
朝寝坊もせず、早朝しっかりと目を覚まして、2階のベランダから東の空を見上げた。薄曇りながら「雲の隙間からは日食が見える時間もありそうです」という昨日の天気予報の通り、金環日食を堪能する幸運に巡り合った。
直接見るにはさすがに眩しい。日食ガラスを通して、食の様子を観察した。太陽の右上2:00の方向から、左下8:00の方向に月が移動(日食)した。食はあっけないほど順調?に進んだ。
時刻07:34頃、食最大の金環の姿は素晴らしかった。日食ガラスの光量が少ない中で、朱色の輪を輝かせていた。私の目の中で、それを確認できているという歓びはとても大きかった。自然に、片手でガッツポーズをした。もう片方の手で日食ガラスを 持っているので、両手でできないけれど・・・。
ご近所の家々から、自然現象を観察する親子の楽しい会話が聞こえてきましたよ。こどもの驚嘆、母親の感嘆、どれも微笑ましいです。子どもには忘れられない良い機会だっただろう。家庭で、学校でその意味を、自然の理解を定着させてあげて欲しい。
小さなデッキ・チェアに腰掛けても、見上げていると疲れてくる。ではと、部屋に戻ろうと後ろを振り向けば、お隣さんも2階のベランダで眺めていました。皆同じ気持ちだったのでしょうね。
それにしても、金環日食の時に、辺りの陽が陰り、うっすらと冷えてきたのには驚きました。これも良い経験ですね。次回は、何年先のことやら。
(追記)
今日は、旧暦4月1日である。
直接見るにはさすがに眩しい。日食ガラスを通して、食の様子を観察した。太陽の右上2:00の方向から、左下8:00の方向に月が移動(日食)した。食はあっけないほど順調?に進んだ。
時刻07:34頃、食最大の金環の姿は素晴らしかった。日食ガラスの光量が少ない中で、朱色の輪を輝かせていた。私の目の中で、それを確認できているという歓びはとても大きかった。自然に、片手でガッツポーズをした。もう片方の手で日食ガラスを 持っているので、両手でできないけれど・・・。
ご近所の家々から、自然現象を観察する親子の楽しい会話が聞こえてきましたよ。こどもの驚嘆、母親の感嘆、どれも微笑ましいです。子どもには忘れられない良い機会だっただろう。家庭で、学校でその意味を、自然の理解を定着させてあげて欲しい。
小さなデッキ・チェアに腰掛けても、見上げていると疲れてくる。ではと、部屋に戻ろうと後ろを振り向けば、お隣さんも2階のベランダで眺めていました。皆同じ気持ちだったのでしょうね。
それにしても、金環日食の時に、辺りの陽が陰り、うっすらと冷えてきたのには驚きました。これも良い経験ですね。次回は、何年先のことやら。
(追記)
今日は、旧暦4月1日である。
2012年5月20日日曜日
お楽しみはこれからだ
さて、明日の「金環食」どうなることやら。
「お楽しみはこれからだ」とはトーキー映画初の台詞だそうだが、のりがよくって、植草甚一の本のタイトルのようだ。またとない機会だが気楽に迎えたい・・・まさか、寝坊することはないだろうけど。
天気予報のweathernewsは、気を持たせてくれる。立川方面の天気予報を「遂に日食を迎えます。雲は多いですが、雲の隙間からは日食が見える時間もありそうです。日食グラスを用意して、東の空を眺めてみて下さい。」と、あきらめないよう声をかけてくれる。
月食のときもそうだった。街のあちこちで空を見上げていたものだ。今回は、7時34分12秒、早朝だが、登校前の子ども、出勤途中のおとな、暇なおじさん・・・などが日食メガネガラスをかざすことになるだろうな。
お楽しみはこれからだ。
「お楽しみはこれからだ」とはトーキー映画初の台詞だそうだが、のりがよくって、植草甚一の本のタイトルのようだ。またとない機会だが気楽に迎えたい・・・まさか、寝坊することはないだろうけど。
天気予報のweathernewsは、気を持たせてくれる。立川方面の天気予報を「遂に日食を迎えます。雲は多いですが、雲の隙間からは日食が見える時間もありそうです。日食グラスを用意して、東の空を眺めてみて下さい。」と、あきらめないよう声をかけてくれる。
月食のときもそうだった。街のあちこちで空を見上げていたものだ。今回は、7時34分12秒、早朝だが、登校前の子ども、出勤途中のおとな、暇なおじさん・・・などが日食
お楽しみはこれからだ。
2012年5月19日土曜日
プレカラオケ
近々、語学仲間でカラオケをすることになっている。というわけで、プレカラオケに行ってきた。咳き込みながら、練習した自分を誉めてあげたい?
我をかえりみず、イ・ソンヒの次の曲目をカラオケリストに加えさえていただいた。
・「Jへ」(J에게)
・「私はいつもあなたを」(나 항상 그대를)
・「冬哀傷」(겨울애상)
・「分かりたいです」(알고 싶어요)
その他、おじさん曲目である、「黄色いシャツの男」(노란셔츠의 사나이)、「愛の迷路」(사랑의 미로)、「釜山港へ帰れ」(돌아와요 부산항에)も、・・・相当に古いなあ。
我をかえりみず、イ・ソンヒの次の曲目をカラオケリストに加えさえていただいた。
・「Jへ」(J에게)
・「私はいつもあなたを」(나 항상 그대를)
・「冬哀傷」(겨울애상)
・「分かりたいです」(알고 싶어요)
その他、おじさん曲目である、「黄色いシャツの男」(노란셔츠의 사나이)、「愛の迷路」(사랑의 미로)、「釜山港へ帰れ」(돌아와요 부산항에)も、・・・相当に古いなあ。
2012年5月18日金曜日
しずく
今日の日付に変わってすぐの午前1時39分(日本時間)に種子島宇宙センターから打ち上げられたH-IIAロケット21号機は、搭載の人工衛星の第一期水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W1)と、韓国多目的実用衛星3号機(KOMPSAT-3、アリラン3号)の分離に成功したとのこと。
「しずく」の名は、水に関わる観測から由来しているのだろう。Jaxa資料に次のように紹介している。
・地球環境変動観測ミッションGCOM(Global Change Observation Mission) は、宇宙から地球の環境変動を長期間に渡って、グローバルに観測することを目的としたプロジェクトです。
・マイクロ波放射計を搭載するGCOM-Wは、降水量、水蒸気量、海洋上の風速や水温、土壌の水分量、積雪の深さなどを観測します。また、多波長光学放射計を搭載する気候変動観測衛星(GCOM-C)は、雲、エアロゾル、海色(海洋生物)、植生、雪氷などを観測します。
・GCOMは、大気、海洋、陸、雪氷といった地球全体を長期間(10~15年)観測することによって、水循環や気候変動の監視とそのメカニズムを解明することが期待されています。
・「しずく」(GCOM-W1)は、GCOM-Wシリーズの第一期の衛星です。
韓国の多目的実用衛星3号機(KOMPSAT-3、아리랑 3호)は、韓国航空宇宙研究院(KARI)の紹介によれば次のように目的を紹介している。
・(地理情報解析に必要な高解像度画像の提供や各種の環境観測などを行う)多目的実用衛星3号で、(韓)国の高解像度映像情報の需要を継続的に満たし、国土管理に必要な地理情報システム(GIS)の構築と、環境、農業、海洋関連分野に活用するための高精度ビデオを提供するものと期待される。
・多目的実用衛星3号は、1号と2号の衛星と比較して、強化された映像解像度と衛星本体の高速姿勢制御起動能力を備えた衛星である。
(Youtube登録のasahicomに感謝)
(追記)
久し振りに強い立揺れの地震を体感した。感覚的に震度3くらいに感じたが、当地は震度2のようだ。
気象庁発表(平成24年05月18日17時30分:第2報)は次の通り。
・18日17時19分頃地震がありました。震源地は茨城県南部 ( 北緯36.2度、東経139.9度)で震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は4.8と推定されます。
「しずく」の名は、水に関わる観測から由来しているのだろう。Jaxa資料に次のように紹介している。
・地球環境変動観測ミッションGCOM(Global Change Observation Mission) は、宇宙から地球の環境変動を長期間に渡って、グローバルに観測することを目的としたプロジェクトです。
・マイクロ波放射計を搭載するGCOM-Wは、降水量、水蒸気量、海洋上の風速や水温、土壌の水分量、積雪の深さなどを観測します。また、多波長光学放射計を搭載する気候変動観測衛星(GCOM-C)は、雲、エアロゾル、海色(海洋生物)、植生、雪氷などを観測します。
・GCOMは、大気、海洋、陸、雪氷といった地球全体を長期間(10~15年)観測することによって、水循環や気候変動の監視とそのメカニズムを解明することが期待されています。
・「しずく」(GCOM-W1)は、GCOM-Wシリーズの第一期の衛星です。
韓国の多目的実用衛星3号機(KOMPSAT-3、아리랑 3호)は、韓国航空宇宙研究院(KARI)の紹介によれば次のように目的を紹介している。
・(地理情報解析に必要な高解像度画像の提供や各種の環境観測などを行う)多目的実用衛星3号で、(韓)国の高解像度映像情報の需要を継続的に満たし、国土管理に必要な地理情報システム(GIS)の構築と、環境、農業、海洋関連分野に活用するための高精度ビデオを提供するものと期待される。
・多目的実用衛星3号は、1号と2号の衛星と比較して、強化された映像解像度と衛星本体の高速姿勢制御起動能力を備えた衛星である。
(Youtube登録のasahicomに感謝)
(追記)
久し振りに強い立揺れの地震を体感した。感覚的に震度3くらいに感じたが、当地は震度2のようだ。
気象庁発表(平成24年05月18日17時30分:第2報)は次の通り。
・18日17時19分頃地震がありました。震源地は茨城県南部 ( 北緯36.2度、東経139.9度)で震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は4.8と推定されます。
2012年5月17日木曜日
イ・ソンヒのカバー「みなさん」
イ・ソンヒは守備範囲の広い歌手である。カバー曲についても、その歌唱力で、オリジナル歌手をうならせ、賞賛の照明を当てられる。
例えば、シム・スボンは、自分の曲「愛しか私はわからない(사랑 밖에 난 몰라)」を歌ったイ・ソンヒに対して、「後輩歌手たちが歌った中で、イ・ソンヒの歌が最も印象に残る」と評価している。その言葉の意を示すように、イ・ソンヒが2004年のコンサートで歌ったYoutube映像を、現在見られないのが残念である。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの本歌取り")
以前、本ブログにも記したが、ユン・ボクヒ(윤복희)の歌「みなさん(여러분)」を、イ・ソンヒが歌っている映像がYoutubeに登録されているので見てみよう。すぐに、彼女の高音と伸びのある歌唱力に圧倒されるだろう。そして、その奥行きの深さと豊かさに気付く。自曲以外でもパワーをいかんなく発揮する彼女の才能の豊かさに驚き、見つづけるばかりだ。
(本ブログ関連:"「みなさん」")
(Youtubeに登録のyokosuka30、daegu2001に感謝)
例えば、シム・スボンは、自分の曲「愛しか私はわからない(사랑 밖에 난 몰라)」を歌ったイ・ソンヒに対して、「後輩歌手たちが歌った中で、イ・ソンヒの歌が最も印象に残る」と評価している。その言葉の意を示すように、イ・ソンヒが2004年のコンサートで歌ったYoutube映像を、現在見られないのが残念である。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの本歌取り")
以前、本ブログにも記したが、ユン・ボクヒ(윤복희)の歌「みなさん(여러분)」を、イ・ソンヒが歌っている映像がYoutubeに登録されているので見てみよう。すぐに、彼女の高音と伸びのある歌唱力に圧倒されるだろう。そして、その奥行きの深さと豊かさに気付く。自曲以外でもパワーをいかんなく発揮する彼女の才能の豊かさに驚き、見つづけるばかりだ。
(本ブログ関連:"「みなさん」")
(Youtubeに登録のyokosuka30、daegu2001に感謝)
2012年5月16日水曜日
(資料)ガールズグループ
KBS WORLDの番組「玄海灘に立つ虹」の月曜日は、「マルコメのお母さん(キム・ミョンスン)」と「ソウルのアリスさん(キム・アソン)」のお二人が担当していて、アジュンマの目を通して軽快な語り口で韓国の世情近況を紹介する「イッチャナヨ・ドットコリア-アジュンマの井戸端会議」のコーナーがある。
マルコメのお母さんが生活リアリストなら、ソウルのアリスさんは夢見るロマンチストといったところだろうか。芸能情報がお得意のソウルのアリスさんが突然に、「第201話 ガールズグループ、70年以上の歴史が!」(5/7)を語りだしたのだ・・・。
仁川市のブピョンアートセンターで、展示会「韓国大衆音楽 ガールズグループの歴史:チョゴリ・シスターから少女時代まで-Tell Me Your Wish」(5月4日~6月17日まで)が開催され話題になっているとのこと。
ガールズグループの歴史を上記番組ホームページに次のように記している。
・1930年代: チョゴリ・シスター(저고리시스터、1939年)
・1950年代: キム・シスターズ(김시스터즈、1953年)・・・・アルバムまで出した初の公式的なガールズグループ
・1960年代: イ・シスターズ(이시스터즈、1964年)、パール・シスターズ(펄씨스터즈、1969年)
・1970年代: バニーガールズ(바니걸스、1971年)、ヒ姉妹(희자매、1978年)
・1990年代: S.E.S(1997年)、Fin.K.L(ピンクル핑클、1998年)
(80年にかけて浮かび上がっては消えた韓国のガールズグループは何と500余り)
なお、SBSニュースの記事「"チョゴリ・シスター"が元祖? 80年ガール(ズ)グループの歴史」(5/5)に、韓国のガールズグループの歴史が、同様に語られている。(クォン・ラン記者)
マルコメのお母さんが生活リアリストなら、ソウルのアリスさんは夢見るロマンチストといったところだろうか。芸能情報がお得意のソウルのアリスさんが突然に、「第201話 ガールズグループ、70年以上の歴史が!」(5/7)を語りだしたのだ・・・。
仁川市のブピョンアートセンターで、展示会「韓国大衆音楽 ガールズグループの歴史:チョゴリ・シスターから少女時代まで-Tell Me Your Wish」(5月4日~6月17日まで)が開催され話題になっているとのこと。
ガールズグループの歴史を上記番組ホームページに次のように記している。
・1930年代: チョゴリ・シスター(저고리시스터、1939年)
・1950年代: キム・シスターズ(김시스터즈、1953年)・・・・アルバムまで出した初の公式的なガールズグループ
・1960年代: イ・シスターズ(이시스터즈、1964年)、パール・シスターズ(펄씨스터즈、1969年)
・1970年代: バニーガールズ(바니걸스、1971年)、ヒ姉妹(희자매、1978年)
・1990年代: S.E.S(1997年)、Fin.K.L(ピンクル핑클、1998年)
(80年にかけて浮かび上がっては消えた韓国のガールズグループは何と500余り)
なお、SBSニュースの記事「"チョゴリ・シスター"が元祖? 80年ガール(ズ)グループの歴史」(5/5)に、韓国のガールズグループの歴史が、同様に語られている。(クォン・ラン記者)
2012年5月15日火曜日
ヘイリー・ウェステンラ
先日、ファミリーレストランで机上鉱物採集をしたとき、(イタリアンポップ好きな)石仲間から推奨されたのが、ヘイリー・ウェステンラ(Hayley Westenra)だ。そういえば、テレビドラマで歌われた賛美歌の伸びやかな声質はとても印象深い。イ・ソンヒと同じく透明感のある高音の、彼女の名をあげてくれたのだろう。
ヘイリー・ウェステンラが歌う、カッチーニ(Caccini)の「アベマリア(Ave Maria)」をYoutubeで聴いてみた。澄んだ高音ながら、まろやかでほっとするような温もりと安堵がある。心に滲みてとても馴染みやすい。
疲れた心を真に癒してくれるのは、決して全的なものでなく、そのそばで優しく慈愛の眼差しで見つめ続けてくれる母に他ならない。
(Youtubeに登録のAquaredeに感謝)
ヘイリー・ウェステンラが歌う、カッチーニ(Caccini)の「アベマリア(Ave Maria)」をYoutubeで聴いてみた。澄んだ高音ながら、まろやかでほっとするような温もりと安堵がある。心に滲みてとても馴染みやすい。
疲れた心を真に癒してくれるのは、決して全的なものでなく、そのそばで優しく慈愛の眼差しで見つめ続けてくれる母に他ならない。
(Youtubeに登録のAquaredeに感謝)
2012年5月14日月曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 キム・ヒョヨン
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/9)に、人物シリーズ27回目として数少ない管楽器の笙簧(センファン、생황)演奏家の一人である、キム・ヒョヨン(金孝英:音訳、김효영)を紹介した。
まず、笙簧の復習から始まった。
・大陸に由来する楽器で、日本の笙と似た構造をしている。
- 長さの異なる17本の竹管中に取り付けられた薄い鉄板に息が触れると、板がかすかに揺れ動き、絶妙な透き通るような金属音を奏で、鳳凰や竜の鳴き声に例えられたりもした。
- 底には、ひょうたんの実を乾かして作った共鳴箱があって、やかんの口のような吹き口で、息を吹き入れたり吸ったりして音を出す。
・伝統楽器の中では唯一、複数の音を同時に出すことのできる和音楽器である。
▼キム・ヒョヨンによる、水中の竜の鳴声の意味を持つ伝統宮廷音楽「水龍吟(수룡음)」を現代風にアレンジした「新(신)水龍吟」を聴く。旋律が浮き出てくるようで親和的なのは、現代化の結果なのだろうか。
(Youtubeで笙簧と短簫(단소)の伝統宮廷音楽「水龍吟」を聴いてみる。登録のHyangAkに感謝。)
▼キム・ヒョヨンによるイタリアの舞曲「タランテラ」を聴く。ムムム、昨日チャイコフスキー交響曲6番「悲愴」の3楽章で聞いたばかりで・・・笙簧が奏でるべきことなのかなあ。まさに風琴だね。笙簧に限らず、現代化と伝統楽器の関係がよくわからない・・・。
次のようにキム・ヒョヨンのプロフィールが紹介された。
・管楽器ピリ(觱篥:피리)を専攻していたが、笙簧の可能性に懸け、今はピリから笙簧にメインを移している。
・音楽集団「サイ」を結成して活動している。
▼「サイ」の楽曲から「5月純粋な愛(5월 순순한 사랑)」を聴く。現代曲だよね・・・5月の風に揺れて踊ろうか。心地よいワルツ。
まず、笙簧の復習から始まった。
・大陸に由来する楽器で、日本の笙と似た構造をしている。
- 長さの異なる17本の竹管中に取り付けられた薄い鉄板に息が触れると、板がかすかに揺れ動き、絶妙な透き通るような金属音を奏で、鳳凰や竜の鳴き声に例えられたりもした。
- 底には、ひょうたんの実を乾かして作った共鳴箱があって、やかんの口のような吹き口で、息を吹き入れたり吸ったりして音を出す。
・伝統楽器の中では唯一、複数の音を同時に出すことのできる和音楽器である。
▼キム・ヒョヨンによる、水中の竜の鳴声の意味を持つ伝統宮廷音楽「水龍吟(수룡음)」を現代風にアレンジした「新(신)水龍吟」を聴く。旋律が浮き出てくるようで親和的なのは、現代化の結果なのだろうか。
(Youtubeで笙簧と短簫(단소)の伝統宮廷音楽「水龍吟」を聴いてみる。登録のHyangAkに感謝。)
▼キム・ヒョヨンによるイタリアの舞曲「タランテラ」を聴く。ムムム、昨日チャイコフスキー交響曲6番「悲愴」の3楽章で聞いたばかりで・・・笙簧が奏でるべきことなのかなあ。まさに風琴だね。笙簧に限らず、現代化と伝統楽器の関係がよくわからない・・・。
次のようにキム・ヒョヨンのプロフィールが紹介された。
・管楽器ピリ(觱篥:피리)を専攻していたが、笙簧の可能性に懸け、今はピリから笙簧にメインを移している。
・音楽集団「サイ」を結成して活動している。
▼「サイ」の楽曲から「5月純粋な愛(5월 순순한 사랑)」を聴く。現代曲だよね・・・5月の風に揺れて踊ろうか。心地よいワルツ。
2012年5月13日日曜日
日本フィル杉並公会堂シリーズ
杉並公会堂で、アレクサンドル・ラザレフ(Александр Лазарев)指揮、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏によるコンサートに、韓国語学習の仲間から提供されたチケットで、何十年振りの鑑賞に行く。
曲目は、グラズノフのバレエ音楽「ライモンダ」よりと、チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」である。
コンサートの始めに、指揮者ラザレフがロシア語通訳を通じて、作曲家と曲目について柔和で気さくな雰囲気で、次のように語ってくれた*。それに、演奏後の挨拶でも楽しく会場を盛り上げた。
・グラズノフは、チャイコフスキーのバレエ音楽の後継者の一人といえると紹介した。
・「ライモンダ」からの美しい選曲に対して、チャイコフスキーの「悲愴」は、「静寂」の音楽であり、静寂に始まり静寂に終わる、静寂の中の音楽であり、静寂に耳をかたむけて欲しいと強調した。1楽章と4楽章を中心に聴くように語った。そして、ワーグナーとの関連性や、「悲愴」の構造上、シューベルトの「未完成」に似ていると紹介した**。更に彼の死因にまで言及した。
(*: プレトーク、Youtube登録のJapanphilMovieに感謝)
(**: 「Artes*Web連載」参照、感謝。)
バレエ音楽「ライモンダ」は、第3幕の曲目が話題になるようなので、事前にYoutubeで耳に入れたが、そうではなく各幕から選曲されたようだ。でも、美しい音色に溢れていたことに違いはない。
交響曲6番「悲愴」は、事前にYoutubeでも耳にしたが、素直に聴くことができた。何しろ何十年振りに目の前でオーケストラを聴いたわけで、「静寂」の音楽という紹介があったものの、本物の演奏の迫力に驚愕した。ヘッドフォンを通してPCでYoutubeを聴くのとはわけが違う。それにファゴットとクラリネットのソロの音がよく聞けて大満足。
・・・オーケストラのコンサートにはまりそうだ。
ところで、演奏を聴きながら、指揮者の腕の動きを真似て、膝上のスコアの上に置いた両手人差し指を振った。スコアは開きはしなかった・・・お守りのように携帯しただけだ。
曲目は、グラズノフのバレエ音楽「ライモンダ」よりと、チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」である。
コンサートの始めに、指揮者ラザレフがロシア語通訳を通じて、作曲家と曲目について柔和で気さくな雰囲気で、次のように語ってくれた*。それに、演奏後の挨拶でも楽しく会場を盛り上げた。
・グラズノフは、チャイコフスキーのバレエ音楽の後継者の一人といえると紹介した。
・「ライモンダ」からの美しい選曲に対して、チャイコフスキーの「悲愴」は、「静寂」の音楽であり、静寂に始まり静寂に終わる、静寂の中の音楽であり、静寂に耳をかたむけて欲しいと強調した。1楽章と4楽章を中心に聴くように語った。そして、ワーグナーとの関連性や、「悲愴」の構造上、シューベルトの「未完成」に似ていると紹介した**。更に彼の死因にまで言及した。
(*: プレトーク、Youtube登録のJapanphilMovieに感謝)
(**: 「Artes*Web連載」参照、感謝。)
バレエ音楽「ライモンダ」は、第3幕の曲目が話題になるようなので、事前にYoutubeで耳に入れたが、そうではなく各幕から選曲されたようだ。でも、美しい音色に溢れていたことに違いはない。
交響曲6番「悲愴」は、事前にYoutubeでも耳にしたが、素直に聴くことができた。何しろ何十年振りに目の前でオーケストラを聴いたわけで、「静寂」の音楽という紹介があったものの、本物の演奏の迫力に驚愕した。ヘッドフォンを通してPCでYoutubeを聴くのとはわけが違う。それにファゴットとクラリネットのソロの音がよく聞けて大満足。
・・・オーケストラのコンサートにはまりそうだ。
ところで、演奏を聴きながら、指揮者の腕の動きを真似て、膝上のスコアの上に置いた両手人差し指を振った。スコアは開きはしなかった・・・お守りのように携帯しただけだ。
2012年5月12日土曜日
スコア片手に聴く
日が暮れるとぐっと冷えてきた。風も冷たい。季節を間違えたようだ。家の中で音楽を聴いている分には関係ないけれど。
チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」を、スコア片手にYoutubeで聴いている。カラヤン指揮(ウィーンフィル演奏)とチョン・ミョンフン指揮(ソウルフィル演奏)のものだ。
Youtubeには、何とコンサートのフル演奏が登録されていて、そのうえPC上で演奏の一部を何度も聴き直しが容易なのでありがたい。
合わせて、スコアを見ながら聴けば、作曲家の壮大な構築力に感心するし、指揮者の繊細な解釈に驚く。おかげで、演奏のポイントをスコア上にマーキングすれば、視聴するたびにだんだんと指揮者気分になる。
ところで、学生時代にオケラにいたものにとっては、作曲家や指揮者とその演奏について容易に口を開くことはできません。批評や評価なんてとんでもない。とても畏れ多いことだ。
それは、イ・ソンヒを含めてにリードする全てアーティストに対して当然のことでしょう。
(Youtubeに登録のkamngaty、SuperTheseusに感謝)
チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」を、スコア片手にYoutubeで聴いている。カラヤン指揮(ウィーンフィル演奏)とチョン・ミョンフン指揮(ソウルフィル演奏)のものだ。
Youtubeには、何とコンサートのフル演奏が登録されていて、そのうえPC上で演奏の一部を何度も聴き直しが容易なのでありがたい。
合わせて、スコアを見ながら聴けば、作曲家の壮大な構築力に感心するし、指揮者の繊細な解釈に驚く。おかげで、演奏のポイントをスコア上にマーキングすれば、視聴するたびにだんだんと指揮者気分になる。
ところで、学生時代にオケラにいたものにとっては、作曲家や指揮者とその演奏について容易に口を開くことはできません。批評や評価なんてとんでもない。とても畏れ多いことだ。
それは、イ・ソンヒを含めてにリードする全てアーティストに対して当然のことでしょう。
(Youtubeに登録のkamngaty、SuperTheseusに感謝)
2012年5月11日金曜日
机上鉱山道具採集
机上採集でお世話になっている石仲間のйосиба氏から、栃木県の西沢鉱山跡で(一昨年前頃に)見つけた、坩堝(るつぼ)のミニチュアのような、直径40mm・高さ30mmの円柱で、上部に8mm程度深く半球状の窪みが彫られた、ズッシリと重い道具をいただいた。説明では、採集鉱物の金属純度分析に使われたものではないか・・・とのこと。
高温にして金属を溶かし込む容器なのだろうか。底には、白色に変色した物質が様々な厚みをもって付着している。そう、高温炉の中で、溶けた金属を入れて真っ赤に輝いている容器が想像される。
高温にして金属を溶かし込む容器なのだろうか。底には、白色に変色した物質が様々な厚みをもって付着している。そう、高温炉の中で、溶けた金属を入れて真っ赤に輝いている容器が想像される。
2012年5月10日木曜日
イ・ソンヒの「雨降る街に立って」
怪しい空模様から、夕方には強い陽射しが差し込んだ。そして静かに夕闇がせまってくるころに、PC上でチャイム音が突然鳴って、SignalNowExpress(M5≦を設定)が茨城県沖に震源とする地震速報を2度表示した。おまけに、遠方の暗い空から雷鳴が聞こえてくるし・・・。
イ・ソンヒの歌「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(アルバム9集所収、1994年)は、雨のなか暗くなるまで、確信のないままに待ち続ける姿を描いている。とはいえ(女性の心理は複雑?で)、合わせ鏡の中にいるような、そんな錯覚を覚える歌でもある。
単調な雨音にかえって静けさが強調されて、歌がしっとりと聞こえてくる名曲だが、イ・ソンヒの代表曲として採り上げられているのを見た記憶があまりない・・・。いや、わざわざ示すまでもないのだろうけれど。
(Youtubeに登録のkoreanballadsに感謝)
イ・ソンヒの歌「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(アルバム9集所収、1994年)は、雨のなか暗くなるまで、確信のないままに待ち続ける姿を描いている。とはいえ(女性の心理は複雑?で)、合わせ鏡の中にいるような、そんな錯覚を覚える歌でもある。
単調な雨音にかえって静けさが強調されて、歌がしっとりと聞こえてくる名曲だが、イ・ソンヒの代表曲として採り上げられているのを見た記憶があまりない・・・。いや、わざわざ示すまでもないのだろうけれど。
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2012年5月9日水曜日
Cha Cha Cha d'Amour
五月の連休をはさんで「健康体操コース」に行く。重い体に息が切れ、ようやくの病み上がりには、体操のリズムに追いつくのが大変なんだ。完治95%といったところで、後の5%をクリヤできないでいるのが残念。
参加者全員の呼吸を合わせるために音楽CD使っている。どうやら、講師の方が選曲した自作CDのようで、いろいろな曲が流れてくる。そのなかでも、「Cha Cha Cha d'Amour」(Dean Martin、1962年)が聞こえてくると、頭の中で、この旋律が駆け巡り、講師の方のテンポをとる掛け声が次第に遠のいてしまう。・・・いけない、いけないと我に返る。
ディーン・マーチンとは違うが、Youtubeに登録のThe Lucky Duckiesのものを聴いてみよう。
(Youtubeに登録のaffortunatusに感謝)
参加者全員の呼吸を合わせるために音楽CD使っている。どうやら、講師の方が選曲した自作CDのようで、いろいろな曲が流れてくる。そのなかでも、「Cha Cha Cha d'Amour」(Dean Martin、1962年)が聞こえてくると、頭の中で、この旋律が駆け巡り、講師の方のテンポをとる掛け声が次第に遠のいてしまう。・・・いけない、いけないと我に返る。
ディーン・マーチンとは違うが、Youtubeに登録のThe Lucky Duckiesのものを聴いてみよう。
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2012年5月8日火曜日
小金井の新田開発(1)
江戸の西側、武蔵野に位置する地元の歴史を学ぶ市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)が始まった。大変な反響で、定員40名を大幅に超える80名に拡大した。そのうえ30名近くをお断りしたそうだ。
講師は、東京学芸大学の大石学教授で、テレビドラマなどの時代考証も担当されているという。ドラマの時代考証という関心ある話題をまじえて、第1回の今日は、主として江戸が当時「首都」であったという論説を紹介された。
また、江戸を視る目を、明治維新の主導側からでなく、江戸期の安定・平和が維持された点に向けるべきとして話を進められた。そのうえで、江戸と多摩を対立するものでなく、統合して考えるべきと熱く語られた。
ところで、江戸期に来訪した外国人の記録文言紹介の中で、朝鮮通信使に随行した申維翰(しんゆはん)の「海游録」の紹介があった。申維翰について楽しいアイデアまで披露されて・・・。
興味深い初めて知った江戸末期の話題があった。
・江戸近郊各地の水車を利用して爆薬製造が命じられたが、不慣れなために爆発事故が続出したという。
・江戸防衛のため軍事演習場(駒場、板橋など)の拡張計画に対して、百姓一揆(住民運動)にあい中止したという。
次回から、いよいよ新田開発の歴史について解説される。新田開発に関わった庶民の生活についても触れていただけたらと期待している。
講師は、東京学芸大学の大石学教授で、テレビドラマなどの時代考証も担当されているという。ドラマの時代考証という関心ある話題をまじえて、第1回の今日は、主として江戸が当時「首都」であったという論説を紹介された。
また、江戸を視る目を、明治維新の主導側からでなく、江戸期の安定・平和が維持された点に向けるべきとして話を進められた。そのうえで、江戸と多摩を対立するものでなく、統合して考えるべきと熱く語られた。
ところで、江戸期に来訪した外国人の記録文言紹介の中で、朝鮮通信使に随行した申維翰(しんゆはん)の「海游録」の紹介があった。申維翰について楽しいアイデアまで披露されて・・・。
興味深い初めて知った江戸末期の話題があった。
・江戸近郊各地の水車を利用して爆薬製造が命じられたが、不慣れなために爆発事故が続出したという。
・江戸防衛のため軍事演習場(駒場、板橋など)の拡張計画に対して、百姓一揆(住民運動)にあい中止したという。
次回から、いよいよ新田開発の歴史について解説される。新田開発に関わった庶民の生活についても触れていただけたらと期待している。
2012年5月7日月曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 元長賢
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/2)に、人物シリーズ26回目として大笒(テグム대금)の名人、元長賢(ウォン・ジャンヒョン:원장현、1950年~) を紹介した。
まず、大笒の復習から始まった。
・長さ1メートルほどの竹で作られた横笛で、片一方の端を左肩に当て、水平に持って吹く。
・「萬波息笛(まんぱそくてき、만파식적)」の伝説から、大笒の原型と推測されている。
▼元長賢他の演奏による「瀟灑園(소쇄원)」を聴く。シンセサイザーとの合奏・・・この庭園の風景と重なれば、一層のイメージも湧くだろう。
(Youtubeで視聴できる。登録者のslhy114に感謝)
この「瀟灑園」について、次の解説があった。
・全羅南道潭陽にある、人手を一切加えず自然本来の姿を残した、朝鮮時代からの伝統的庭園。
次のように元長賢のプロフィールが紹介された。
・1950年 全羅南道潭陽に生まれる。
・コムンゴ(거문고、「玄琴」表記あり)やテピョンソ(太平簫(태평소))の演奏家でもある。
・家族で国楽一家をなしている。
▼元長賢の演奏による「元長賢流大笒散調(대금산조)」を聴く。思いのほか高音中心に緊張感を持たせ、やがてゆっくりと引いていく。
▼元長賢と一家の演奏による「舞散調(춤산조)」を聴く。舞の姿と合わせて聴きたい。
ところで、元長賢の曲目はいつ頃成立したものだろう。
まず、大笒の復習から始まった。
・長さ1メートルほどの竹で作られた横笛で、片一方の端を左肩に当て、水平に持って吹く。
・「萬波息笛(まんぱそくてき、만파식적)」の伝説から、大笒の原型と推測されている。
▼元長賢他の演奏による「瀟灑園(소쇄원)」を聴く。シンセサイザーとの合奏・・・この庭園の風景と重なれば、一層のイメージも湧くだろう。
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この「瀟灑園」について、次の解説があった。
・全羅南道潭陽にある、人手を一切加えず自然本来の姿を残した、朝鮮時代からの伝統的庭園。
次のように元長賢のプロフィールが紹介された。
・1950年 全羅南道潭陽に生まれる。
・コムンゴ(거문고、「玄琴」表記あり)やテピョンソ(太平簫(태평소))の演奏家でもある。
・家族で国楽一家をなしている。
▼元長賢の演奏による「元長賢流大笒散調(대금산조)」を聴く。思いのほか高音中心に緊張感を持たせ、やがてゆっくりと引いていく。
▼元長賢と一家の演奏による「舞散調(춤산조)」を聴く。舞の姿と合わせて聴きたい。
ところで、元長賢の曲目はいつ頃成立したものだろう。
2012年5月6日日曜日
イ・ソンヒの「あなたが私を愛されるなら」
イ・ソンヒのアルバム7集収録曲に、追想のたびに揺れ動く心を歌う「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」(歌詞、1991年)がある。初期の高音を押し出すようなパワフルな歌唱から、しっとりと余韻のあるものに脱却したとされる曲目のひとつにあげられている。
(いつもながらYoutube に集中的に登録しているKnightmareSMに感謝)
(本ブログ関連:"あなたが私を愛されるなら")
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2012年5月5日土曜日
立夏2012
今日は祝日「子どもの日」であり、連日の雨模様から夏のような強い陽射しの晴天になった。まさに二十四節気の「立夏」でもある。
「小金井公園」内にある「江戸東京たてもの園」の「友の会」会員継続手続きに行く。緑まぶしい公園広場も、たてもの園の様々な施設(それに重機展示)も、子連れの家族で賑わっていた。しばらく散歩すると、久し振りの日光に顔が焼けたような気がする。いきなりの夏かと錯覚する。
イ・ソンヒがあふれる元気で歌った、アルバム1集(1985年)に所収の歌「光の子どもたち(빛의 자손들 )」(作詞:キム・ジビョン、作曲:ソン・ジュホ)を聞いてみよう。ある意味で、時代を背景にした健全な歌謡といったところだろうけれど、彼女の初期のティピカルで、はち切れんばかりのエネルギーが感じられる。
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「小金井公園」内にある「江戸東京たてもの園」の「友の会」会員継続手続きに行く。緑まぶしい公園広場も、たてもの園の様々な施設(それに重機展示)も、子連れの家族で賑わっていた。しばらく散歩すると、久し振りの日光に顔が焼けたような気がする。いきなりの夏かと錯覚する。
イ・ソンヒがあふれる元気で歌った、アルバム1集(1985年)に所収の歌「光の子どもたち(빛의 자손들 )」(作詞:キム・ジビョン、作曲:ソン・ジュホ)を聞いてみよう。ある意味で、時代を背景にした健全な歌謡といったところだろうけれど、彼女の初期のティピカルで、はち切れんばかりのエネルギーが感じられる。
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2012年5月4日金曜日
2012年5月3日木曜日
遅咲きの花粉症?
先日、花見の名所で知られる公園で、うっすらと緑色に変わったさくらの木々の下にあるベンチに座ってしばらくたたずんだ。のんびりと暖かい陽射しを受けて、のたりのたりと時間の経過を楽しんだわけだ。
さてそれではと切り上げようと席を立ったとき、急に顔中がもやもやした。そのとき以来、猛烈に目がかゆくなってしまった。どうやら花粉症になってしまったようだ。理由はよくわからないが、目元まで枝先が垂れていたさくらの木から何かが落ちてきたのではと推測する。
さくらの木は、民家では嫌われるという。それは、咲き散る花の見かけの美しさとは違って、その後に虫がわきポトポト落ちてくるからだ。薬剤散布して駆除することになる。
ふと考えた。全くの思いつきだが、春風にゆったり揺れるこの木々の枝々には、害虫駆除のため薬剤が散布されていたのではと・・・。 思い過ごしだろうが、見えない何かのせいではと、今頃になって突然の花粉症に戸惑っている。
さてそれではと切り上げようと席を立ったとき、急に顔中がもやもやした。そのとき以来、猛烈に目がかゆくなってしまった。どうやら花粉症になってしまったようだ。理由はよくわからないが、目元まで枝先が垂れていたさくらの木から何かが落ちてきたのではと推測する。
さくらの木は、民家では嫌われるという。それは、咲き散る花の見かけの美しさとは違って、その後に虫がわきポトポト落ちてくるからだ。薬剤散布して駆除することになる。
ふと考えた。全くの思いつきだが、春風にゆったり揺れるこの木々の枝々には、害虫駆除のため薬剤が散布されていたのではと・・・。 思い過ごしだろうが、見えない何かのせいではと、今頃になって突然の花粉症に戸惑っている。
2012年5月2日水曜日
イ・ソンヒ、「特に女学生ファンが多かった」
イ・ソンヒのデビュー当時のファン層についていくつかの認識があって、彼女自身については、スターNEWSの記事「イ・ソンヒ、"特に女学生ファンが多かった"と告白」(2011/4/26)で、次のように語っている。
・歌手イ・ソンヒが特に女子学生のファンが多かったと明らかにした。
・去る(昨年4月)25日放送されたMBC「遊びにおいで」には、イ・ソンヒ、チョンヨプ、イ・スンギが出演して語りあげた。
・この日の放送で、イ・ソンヒは男性ファンより女学生が多いがどう思うのかというMCの質問に、「初めてデビューした時びっくりした。他の先輩歌手が、女学生ファンたちが集まっていれば人気男性歌手のファンと錯覚するほどだった」と話した。
・続いて「チョ・ヨンピル兄さんや、チョン・ヨンノク兄さんが(ファンの前に)出てくる?」と、「みな不思議に思った」と明らかにして、女学生たちの永遠の姉さんであることを認められた。
・一方この日放送では、イ・ソンヒが若干の施術を受けて童顔(若々しさ)を維持するといいながら、「童顔の秘訣」の驚きの告白して目を引いた。
考えるに彼女のファンの世代は、現在の40代前半を構成していて、いろいろな面で変化を起していて、今後の大きな潮流を担っていくのだろう。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒ ファン”) ← 画面右下の「前の投稿」も
・歌手イ・ソンヒが特に女子学生のファンが多かったと明らかにした。
・去る(昨年4月)25日放送されたMBC「遊びにおいで」には、イ・ソンヒ、チョンヨプ、イ・スンギが出演して語りあげた。
・この日の放送で、イ・ソンヒは男性ファンより女学生が多いがどう思うのかというMCの質問に、「初めてデビューした時びっくりした。他の先輩歌手が、女学生ファンたちが集まっていれば人気男性歌手のファンと錯覚するほどだった」と話した。
・続いて「チョ・ヨンピル兄さんや、チョン・ヨンノク兄さんが(ファンの前に)出てくる?」と、「みな不思議に思った」と明らかにして、女学生たちの永遠の姉さんであることを認められた。
・一方この日放送では、イ・ソンヒが若干の施術を受けて童顔(若々しさ)を維持するといいながら、「童顔の秘訣」の驚きの告白して目を引いた。
考えるに彼女のファンの世代は、現在の40代前半を構成していて、いろいろな面で変化を起していて、今後の大きな潮流を担っていくのだろう。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒ ファン”) ← 画面右下の「前の投稿」も
2012年5月1日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 李熙琓
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/25)に、素朴な京畿民謡の歌い手、李熙琓(イ・ヒワン:이희완、1938年~) を紹介した。(漢字名はインターネット上不明のため、KBS WORLD中国語より借用)
「民謡」については、本番組(民謡1、民謡2)で何度か紹介されていて、復習から始まった。
・地域ごとに特色や節回しなど独特の民謡を学び歌い継ぐ専門の歌手が多い。
・京畿民謡は、(一般的に)叙情的で、比較的ゆったりとした曲調が特徴。
▼李熙琓の歌による京畿民謡「ノレカラッ(노랫가락)」(歌詞)を聴く。観念の景色だろうか、朗々というよりは力のこもった思い入れ強い感じがする。
(歌詞:ブログ「流れ星(하늘이내린별)」に感謝)
これも復習だが、ノレ(唄、노래)、ソリ(音、소리)の言葉を、階層によって使い分け(ノレ>ソリ)ていたと説明された。
・庶民の歌(ソリ)は、雑歌とも呼ばれた。
・上記「ノレカラッ」の「カラッ(가락)」はメロディー(曲調)の意で、支配層の歌(ノレ)を庶民が借りて歌った歌といえる。
次のように李熙琓のプロフィールが紹介された。
・1938年 京畿道の華城に生まれる。
・朝鮮戦争のため視力を失ったことをきっかけに、独学で民謡の道へ進む。
▼李熙琓の歌による京畿民謡「靑春歌(청춘가)」(歌詞)を聴く。懐旧と諦念が繰り返して・・・しぶい!。
(歌詞:ブログ「MusicBox」に感謝)
李熙琓の歌声は、荒々しくも、粋な男性の歌を引き継いでいることが感じられる・・・とのこと。こうでなくては。
▼李熙琓の歌による京畿民謡「倡夫打令(창부타령)」(歌詞)を聴く。巫歌を源流に持つそうだが・・・力湧く。
(歌詞:「サウルのつるぎ」のブログに感謝。李熙琓のプロフィールも参考に。)
「民謡」については、本番組(民謡1、民謡2)で何度か紹介されていて、復習から始まった。
・地域ごとに特色や節回しなど独特の民謡を学び歌い継ぐ専門の歌手が多い。
・京畿民謡は、(一般的に)叙情的で、比較的ゆったりとした曲調が特徴。
▼李熙琓の歌による京畿民謡「ノレカラッ(노랫가락)」(歌詞)を聴く。観念の景色だろうか、朗々というよりは力のこもった思い入れ強い感じがする。
(歌詞:ブログ「流れ星(하늘이내린별)」に感謝)
これも復習だが、ノレ(唄、노래)、ソリ(音、소리)の言葉を、階層によって使い分け(ノレ>ソリ)ていたと説明された。
・庶民の歌(ソリ)は、雑歌とも呼ばれた。
・上記「ノレカラッ」の「カラッ(가락)」はメロディー(曲調)の意で、支配層の歌(ノレ)を庶民が借りて歌った歌といえる。
次のように李熙琓のプロフィールが紹介された。
・1938年 京畿道の華城に生まれる。
・朝鮮戦争のため視力を失ったことをきっかけに、独学で民謡の道へ進む。
▼李熙琓の歌による京畿民謡「靑春歌(청춘가)」(歌詞)を聴く。懐旧と諦念が繰り返して・・・しぶい!。
(歌詞:ブログ「MusicBox」に感謝)
李熙琓の歌声は、荒々しくも、粋な男性の歌を引き継いでいることが感じられる・・・とのこと。こうでなくては。
▼李熙琓の歌による京畿民謡「倡夫打令(창부타령)」(歌詞)を聴く。巫歌を源流に持つそうだが・・・力湧く。
(歌詞:「サウルのつるぎ」のブログに感謝。李熙琓のプロフィールも参考に。)
2012年4月30日月曜日
バトルシップ
映画は何~ンにも考えずに楽しめるのが良い。そんな中でもSF物は大好きというわけで、休日の今日、息子と一緒に映画「バトルシップ(BATTLESHIP)」を立川に観に行った。同街での映画鑑賞は「劔岳」(2009年)以来である。
ハワイ沖で、アメリカを中心に環太平洋諸国他の海軍が合同演習を行なっているところに、突如宇宙人による襲来に直面する。この人類的な危機を、如何にして戦うかというSFアクションである。ストーリーの展開に追いつくのが大変で、ハラハラさせるが、結末は安心してよい・・・だろう。
宇宙に友好を求めて、安易に電波を発射してしまったことが全ての始まりだった。
すぐさま反応して、襲来した宇宙人部隊は、先遣の少数精鋭の通信部隊なのか。しかし偵察や擬似平和交渉もしないで、いきなり戦い始めるとはコロンブスよりも・・・無茶すぎる。それに、地球に何を求めに来たのだろう。
昔のSF映画「未知との遭遇」や「ET」などは、宇宙人との友好を漠然とイメージしたが、最近のSF映画は襲来物ばかり。高層ビルの屋上で無定見にウェルカムをするより、リアリティが多少なりとも感じられる・・・時代が変わったのかな。
ところで、その昔に、紙上に升目を書いて海戦ゲーム(Battleship (game))をして遊んだことがある。見えない敵艦船の存在を推定し攻撃するゲームだ。結構面白かった思い出がある。
ハワイ沖で、アメリカを中心に環太平洋諸国他の海軍が合同演習を行なっているところに、突如宇宙人による襲来に直面する。この人類的な危機を、如何にして戦うかというSFアクションである。ストーリーの展開に追いつくのが大変で、ハラハラさせるが、結末は安心してよい・・・だろう。
宇宙に友好を求めて、安易に電波を発射してしまったことが全ての始まりだった。
すぐさま反応して、襲来した宇宙人部隊は、先遣の少数精鋭の通信部隊なのか。しかし偵察や擬似平和交渉もしないで、いきなり戦い始めるとはコロンブスよりも・・・無茶すぎる。それに、地球に何を求めに来たのだろう。
昔のSF映画「未知との遭遇」や「ET」などは、宇宙人との友好を漠然とイメージしたが、最近のSF映画は襲来物ばかり。高層ビルの屋上で無定見にウェルカムをするより、リアリティが多少なりとも感じられる・・・時代が変わったのかな。
ところで、その昔に、紙上に升目を書いて海戦ゲーム(Battleship (game))をして遊んだことがある。見えない敵艦船の存在を推定し攻撃するゲームだ。結構面白かった思い出がある。
2012年4月29日日曜日
イ・ソンヒの「愛が散るこの場所」
イ・ソンヒが歌い続ける曲に「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이 자리)」がある。1988年にリリースしたアルバム4集「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」(歌詞)におさめられていて、タイトル曲と同様に彼女の代表曲である。
戻ることのできない昔に、想いを自由に往来させてしまう少女特有のセンチメンタルな歌なんだけど・・・。
大衆音楽評論家のカンホンが、東亜日報の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(2011/10/10)で、次のように作品上の位置付けしている。(本ブログ:2011/10/10紹介)
-----------------
・作詞作曲の名コンビであるヤン・インジャ - キム・ヒガプによって誕生した、(1986年のアルバム3集)「分かりたいです」という無駄のない簡潔な楽譜の行間で、幼い淑女が少女漫画のように抱いていた切ない感情をこのように切実に訴えるボーカルは、その前後(の時代)に見つけるのは難しいだろう。このパターンは、洗練された音楽のドラマツルギー(Dramaturgie、劇的構成法)を持つ「愛が散るこの場所」と「私はいつもあなたを」などの名曲を作曲したソン・シヒョンをともなって、絶頂の花を咲かせる。
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(本ブログ関連:"愛が散るこの場所")
(Youtubeに登録のpops8090に感謝)
戻ることのできない昔に、想いを自由に往来させてしまう少女特有のセンチメンタルな歌なんだけど・・・。
大衆音楽評論家のカンホンが、東亜日報の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(2011/10/10)で、次のように作品上の位置付けしている。(本ブログ:2011/10/10紹介)
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・作詞作曲の名コンビであるヤン・インジャ - キム・ヒガプによって誕生した、(1986年のアルバム3集)「分かりたいです」という無駄のない簡潔な楽譜の行間で、幼い淑女が少女漫画のように抱いていた切ない感情をこのように切実に訴えるボーカルは、その前後(の時代)に見つけるのは難しいだろう。このパターンは、洗練された音楽のドラマツルギー(Dramaturgie、劇的構成法)を持つ「愛が散るこの場所」と「私はいつもあなたを」などの名曲を作曲したソン・シヒョンをともなって、絶頂の花を咲かせる。
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(本ブログ関連:"愛が散るこの場所")
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2012年4月28日土曜日
ミュージアムトーク「小麦と武蔵野のくらし」
江戸東京たてもの園で開催中の「小麦と武蔵野のくらし - 人が集まればうどん -」展(4/21~7/8)に、学芸員によるミュージアムトークを聴きに行く。
展示室の個々の展示品について、親しみやすく解説(ミュージアムトーク)していただいた。民族植物学という分野を専攻されているそうだ。初めて聞いた学問分野だが、農耕民族の日本人にとって馴染みやすそうな気がする。
(インターネットで学術誌(概要)を見ると・・・研究者はやっぱりすごいなと感心するばかり。)
さて先日(4/21)のブログで、展示解説書によって触れたので、今回は追記だけにする。
・多摩川上水からの分流水は、飲料水などに使われたもので農耕用ではない。
→ ご近所にも、南北に続く幅2m程度の極端に狭い路地があって、これがどうやら水路跡のようだ。
・嫁入りで婿の家に入る際に、2本の麦藁をタイマツとして地面に押したて、その間を通り抜けるという民俗行事が清瀬市にあった。余談として、もし嫁が狐なら尻尾を出すだろうという言い伝えがあったそうだ。
→ 狐?ということで、「僕の彼女は九尾狐<クミホ>」を思い出した。
・麦藁は盆の迎え火にも使われ、人の人生と密接に関わっているとのこと。
・江戸時代からの貯穀という(大量の穀物の貯蔵)制度があって、特にその共同性を評価されていた。
→ 指摘されたように、最近の自然の驚異を目の当たりにすると十分に納得できる。
・昔、米は貴重品で、米>>>(うどん)>>麦・雑穀、の順のようたった。(聞いたイメージで!)
展示解説書を見ながらもう一度展示品を見てみようかな。
そうそう、展示室外の廊下に置かれたディスプレイで、麦打ちの記録映像が上映されていた。貴重な映像だけに、是非とも映像所有部門にてYoutubeなどに登録・公開していただければと願う。
(付記)
小金井公園に向かう道に、ハナミズキの並木道がある。白い花が春の暖かい陽射しをうけて華やいで見えた。途中に法政大学工学部小金井キャンパスがあって、通りから見える施設の2階にスエヒロののぼりが立っている。部外者でも食事できる。
展示室の個々の展示品について、親しみやすく解説(ミュージアムトーク)していただいた。民族植物学という分野を専攻されているそうだ。初めて聞いた学問分野だが、農耕民族の日本人にとって馴染みやすそうな気がする。
(インターネットで学術誌(概要)を見ると・・・研究者はやっぱりすごいなと感心するばかり。)
さて先日(4/21)のブログで、展示解説書によって触れたので、今回は追記だけにする。
・多摩川上水からの分流水は、飲料水などに使われたもので農耕用ではない。
→ ご近所にも、南北に続く幅2m程度の極端に狭い路地があって、これがどうやら水路跡のようだ。
・嫁入りで婿の家に入る際に、2本の麦藁をタイマツとして地面に押したて、その間を通り抜けるという民俗行事が清瀬市にあった。余談として、もし嫁が狐なら尻尾を出すだろうという言い伝えがあったそうだ。
→ 狐?ということで、「僕の彼女は九尾狐<クミホ>」を思い出した。
・麦藁は盆の迎え火にも使われ、人の人生と密接に関わっているとのこと。
・江戸時代からの貯穀という(大量の穀物の貯蔵)制度があって、特にその共同性を評価されていた。
→ 指摘されたように、最近の自然の驚異を目の当たりにすると十分に納得できる。
・昔、米は貴重品で、米>>>(うどん)>>麦・雑穀、の順のようたった。(聞いたイメージで!)
展示解説書を見ながらもう一度展示品を見てみようかな。
そうそう、展示室外の廊下に置かれたディスプレイで、麦打ちの記録映像が上映されていた。貴重な映像だけに、是非とも映像所有部門にてYoutubeなどに登録・公開していただければと願う。
(付記)
小金井公園に向かう道に、ハナミズキの並木道がある。白い花が春の暖かい陽射しをうけて華やいで見えた。途中に法政大学工学部小金井キャンパスがあって、通りから見える施設の2階にスエヒロののぼりが立っている。部外者でも食事できる。
2012年4月27日金曜日
金環日食を楽しもう
来月5/21に起こる金環日食の楽しみ方や仕組みについて、子ども向けに紹介している映像「日食を楽しもう」(制作:国立天文台科学文化形成ユニット、協力:2012年金環日食日本委員会)がYoutubeにあるので見よう。13分はちょっと長いけど、内容は次の通りだよ。
金環日食の観察では目に気をつけよう。おじさんも安全のために、日食めがね(遮光プレート)を準備したよ!
・日食のスケールを実感しよう ・・・ 太陽と月と地球の大きさと距離
・日食の見え方 ・・・ 金環日食、部分日食、東京は朝の東の空
・日食めがねの使い方 ・・・ 陽射しを直接見ない、日食めがねを使おう、(昔、すすガラスを使ったけどダメ!だよ)
・いろいろな楽しみ方 ・・・ ピンホール、木陰・木漏れ日の形
・もっとくわしく知りたい方へ ・・・ 太陽と月と地球の軌道と位置関係、金環日食・皆既日食の違い、ベイリービーズ
・大人の方へ ・・・ 子どもへの安全配慮の確認項目
(Youtubeに登録のashubunitに感謝)
(追記)
天気予報の通りにはならず、夕方もずっと小雨降り続くなか、旧来の韓国語学習グループとの会食に行く。割と行きつけの場所に、こんな店があるとはつゆ知らなかった。
金環日食の観察では目に気をつけよう。おじさんも安全のために、日食めがね(遮光プレート)を準備したよ!
・日食のスケールを実感しよう ・・・ 太陽と月と地球の大きさと距離
・日食の見え方 ・・・ 金環日食、部分日食、東京は朝の東の空
・日食めがねの使い方 ・・・ 陽射しを直接見ない、日食めがねを使おう、(昔、すすガラスを使ったけどダメ!だよ)
・いろいろな楽しみ方 ・・・ ピンホール、木陰・木漏れ日の形
・もっとくわしく知りたい方へ ・・・ 太陽と月と地球の軌道と位置関係、金環日食・皆既日食の違い、ベイリービーズ
・大人の方へ ・・・ 子どもへの安全配慮の確認項目
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(追記)
天気予報の通りにはならず、夕方もずっと小雨降り続くなか、旧来の韓国語学習グループとの会食に行く。割と行きつけの場所に、こんな店があるとはつゆ知らなかった。
2012年4月26日木曜日
スプライト
雲から地上に放電する雷(かみなり)とは反対に、宇宙に向かって放電する発光を「スプライト」というそうだ。今日の日付に変わった深夜に再放送されたNHKのドキュメント番組「宇宙の渚(The Cosmic Shore)」で初めて知った。
この発光を妖精に例えて「スプライト(Sprite)」と名づけられたという解説を聞いてまず思い出したのは、炭酸飲料水のサイダーと同系統といったところの、緑色イメージのビンに入った(最近は自動販売機の缶入りで飲んだりするが)例の「Sprite」だろう。製造会社のホームページに、命名の由来があって次のように記している。
・ブランド名の語源は、英語のSpirit(元気の意)とSprite(妖精)に由来し、炭酸が威勢よくはじける様子、さわやかな透明感などを表現しています。
ふむふむ、はじける!ね・・・なるほど、上空の「スプライト」の発光も、NHKの超高感度カメラで写された映像で見ると、はじかれたように光が飛び散っていた。
それに、妖精のティンカー・ベルは、光の粉をまき散らしながら空中を駆け巡っていたし。特にディズニーのアニメ「ピーター・パン」に登場するティンカー・ベルは、お茶目で焼もちやきで、それにキュートで・・・。
この「スプライト」は、上空を突き抜けてどこへ行くのだろうかといえば、うっすらと光って地球を覆っている宇宙との電気のバリヤに到達するそうだ。そこに「大気光」が観測されるという。
ISSの窓(キューポラ)からこの科学観測に関わった古川聡宇宙飛行士は、コロンビア号のラモーン宇宙飛行士の遺志を引き継いだ。感動的な話がこの番組に通底する。
そして、この科学現象を観測した科学者たちの、「スプライト」の光を見つける毎に、まるで子どものように歓喜して「Sprite!」と叫ぶ様子が楽しかった。その場に居合わせたような気がした。
この発光を妖精に例えて「スプライト(Sprite)」と名づけられたという解説を聞いてまず思い出したのは、炭酸飲料水のサイダーと同系統といったところの、緑色イメージのビンに入った(最近は自動販売機の缶入りで飲んだりするが)例の「Sprite」だろう。製造会社のホームページに、命名の由来があって次のように記している。
・ブランド名の語源は、英語のSpirit(元気の意)とSprite(妖精)に由来し、炭酸が威勢よくはじける様子、さわやかな透明感などを表現しています。
ふむふむ、はじける!ね・・・なるほど、上空の「スプライト」の発光も、NHKの超高感度カメラで写された映像で見ると、はじかれたように光が飛び散っていた。
それに、妖精のティンカー・ベルは、光の粉をまき散らしながら空中を駆け巡っていたし。特にディズニーのアニメ「ピーター・パン」に登場するティンカー・ベルは、お茶目で焼もちやきで、それにキュートで・・・。
この「スプライト」は、上空を突き抜けてどこへ行くのだろうかといえば、うっすらと光って地球を覆っている宇宙との電気のバリヤに到達するそうだ。そこに「大気光」が観測されるという。
ISSの窓(キューポラ)からこの科学観測に関わった古川聡宇宙飛行士は、コロンビア号のラモーン宇宙飛行士の遺志を引き継いだ。感動的な話がこの番組に通底する。
そして、この科学現象を観測した科学者たちの、「スプライト」の光を見つける毎に、まるで子どものように歓喜して「Sprite!」と叫ぶ様子が楽しかった。その場に居合わせたような気がした。
(追記)
・Business Insider (Oct. 14. 2021, 07:00 PM TECH INSIDER)
「ISSの宇宙飛行士が珍しい発光現象『スプライト』を撮影」・・・ Red Sprite紹介あり
https://www.businessinsider.jp/post-244039
2012年4月25日水曜日
今朝地震があった
今朝地震があった。ふと目覚めると、微妙な揺れが続く。来るなと思ったと同時に揺れが大きくなった。体感は震度3くらいを感じて、すぐにテレビで確認したが、地元震度は2程度のようだった。
気象庁の地震情報は次の通り。
・平成24年04月25日05時26分 気象庁発表:25日05時22分頃地震がありました。
・震源地は千葉県東方沖( 北緯35.7度、東経140.9度)で震源の深さは約60km、地震の規模(マグニチュード)は5.5と推定されます。
不思議なことに、大きな揺れの後も、小さな揺れがしばらく続いたことだ。早朝の朦朧とした意識の中でのことなので、地震の現象を正しく把握していたかどうかは怪しいけれど・・・。
ただ、ここ数日、震源が次第に、福島沖>茨城沖>千葉沖へと南下してきているような気がする。考え過ぎかもしれないが、荒唐無稽とするほど確信はない。素人の見当違いであって欲しい。
気象庁の地震情報は次の通り。
・平成24年04月25日05時26分 気象庁発表:25日05時22分頃地震がありました。
・震源地は千葉県東方沖( 北緯35.7度、東経140.9度)で震源の深さは約60km、地震の規模(マグニチュード)は5.5と推定されます。
不思議なことに、大きな揺れの後も、小さな揺れがしばらく続いたことだ。早朝の朦朧とした意識の中でのことなので、地震の現象を正しく把握していたかどうかは怪しいけれど・・・。
ただ、ここ数日、震源が次第に、福島沖>茨城沖>千葉沖へと南下してきているような気がする。考え過ぎかもしれないが、荒唐無稽とするほど確信はない。素人の見当違いであって欲しい。
2012年4月24日火曜日
イ・ソンヒの「バラ」
イ・ソンヒには、伝統的なバラードやロックを主に、東洋回帰的な「因縁(인연)」の旋律の他に、ラテンにもつながるものがあって、その代表曲に「バラ(장미)」(作詞・作曲イ・ソンヒ、2005年)がある。うちに秘めた真紅の情熱がほとばしる曲だ。運命の棘に傷ついたとしても、しかし悔いのない凛とした姿が浮かんでくる。
大衆音楽評論家のカンホンが記した、東亜日報の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(2011/10/10)に次のような一節がある。
----------------
イ・ソンヒという名前は、栄光と絶望が交差する韓国女性ミュージシャンの歴史の巨大な注釈点のようだ。1994年9集の興行惨敗は、彼女の音楽履歴で最も危機だったにもかかわらず、彼女は決して挫折しないで、「因縁」と「バラ」という傑作を作ったシンガーソングライターとして、そして、成熟した女性に衣替えした2005年の傑作「四春期」(13集)のアルバムを、私たちの手に抱かせてくれた。
----------------
(本ブログ関連:"14集「愛よ...」を聴く"、"イ・ソンヒのドレス"、"デビュー22周年記念ライブコンサート(2006年)")
(Youtubeに登録の526apolloに感謝)
(付記)
中央日報の記事「[作家シン・ギョンスク e-メールインタビュー] 私の代表作、まだ出てない」(4/24)によると、出版10ヶ月ぶりの2009年9月に100万部の国内販売した申京淑(シン·ギョンスク)の小説「母をよろしく」が、(今月)23日に、200万部を突破した・・・とのこと。
(本ブログ関連:"申京淑")
大衆音楽評論家のカンホンが記した、東亜日報の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(2011/10/10)に次のような一節がある。
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イ・ソンヒという名前は、栄光と絶望が交差する韓国女性ミュージシャンの歴史の巨大な注釈点のようだ。1994年9集の興行惨敗は、彼女の音楽履歴で最も危機だったにもかかわらず、彼女は決して挫折しないで、「因縁」と「バラ」という傑作を作ったシンガーソングライターとして、そして、成熟した女性に衣替えした2005年の傑作「四春期」(13集)のアルバムを、私たちの手に抱かせてくれた。
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(本ブログ関連:"14集「愛よ...」を聴く"、"イ・ソンヒのドレス"、"デビュー22周年記念ライブコンサート(2006年)")
(Youtubeに登録の526apolloに感謝)
(付記)
中央日報の記事「[作家シン・ギョンスク e-メールインタビュー] 私の代表作、まだ出てない」(4/24)によると、出版10ヶ月ぶりの2009年9月に100万部の国内販売した申京淑(シン·ギョンスク)の小説「母をよろしく」が、(今月)23日に、200万部を突破した・・・とのこと。
(本ブログ関連:"申京淑")
2012年4月23日月曜日
思い出の場所へ
以前、某ハウスメーカーのCM映像が印象的で、そこに流れる歌を誰が歌っているのだろうかと調べたところ、村上ゆきだった。穏やかでカジュアルな雰囲気がした。また、ラジオ番組で聞いた彼女の語りは心地よかった。ゆったりして優しく、構えを感じさせない落ち着いた声が自然に耳に入ってくるのを感じた。
彼女の雰囲気とどこか共通した歌手に大貫妙子がいて、この二人が作詞と作曲を分担したものがあるという。某鉄道会社の車両のCMソングで、「私を連れて帰ろう」(作詞:大貫妙子、作曲:村上ゆき)という曲だ。
そう、そっと後押しされて、自然と心優しくなっていくような気がしませんか。
(Youtubeに登録のsayaema、YoonSiYoon1987に感謝)
(本ブログ関連:"楽園へのあゆみ"、"大貫妙子")
彼女の雰囲気とどこか共通した歌手に大貫妙子がいて、この二人が作詞と作曲を分担したものがあるという。某鉄道会社の車両のCMソングで、「私を連れて帰ろう」(作詞:大貫妙子、作曲:村上ゆき)という曲だ。
そう、そっと後押しされて、自然と心優しくなっていくような気がしませんか。
(Youtubeに登録のsayaema、YoonSiYoon1987に感謝)
(本ブログ関連:"楽園へのあゆみ"、"大貫妙子")
2012年4月22日日曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 尹允錫
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/18)に、牙筝(아쟁:アジェン)という楽器で自らの名前の入った散調(산조:サンジョ)を作り出した尹允錫(ユン・ユンソク:윤윤석、1939年~2006年)を紹介した。
まず、牙筝の復習・解説から始まった。
・韓国の弦楽器は、奏法により、指で弦を弾いて音を出す伽耶琴(カヤグム:가야금)やコムンゴ(거문고、「玄琴」)などと、弦を弓で擦って音を出す奚琴(해금:ヘグム)など2種類あるが、牙筝は後者の擦弦楽器である。
・牙筝はとても大きく、また国楽の楽器の中で最も低い音を出す。
▼尹允錫の演奏による「牙筝シナウイ(아쟁시나위)」を聴く。低音の独特の深い響きにひかれる。やがて高音まで演奏を展開する・・・。独奏楽器として成立したのはいつ頃のことだろうか。
(「シナウイ」について本ブログ関連:"韓国の風景")
次のように尹允錫のプロフィールが紹介された。
・1939年 全羅北道益山の礪山に生まれる。
・1960年代 牙筝散調を学び始める。
・1980年代 自らの名を付した牙筝散調を発表。
および楽器牙筝の改良につとめる。
・2005年 没する。
▼尹允錫の演奏による「鉄牙筝散調」を聴く。牙筝の絹糸弦を鉄弦に変えて手で弾くと、確かに別の楽器の音色がする。では・・・打弦では、どんな風に聞こえるのだろうか。
▼尹允錫の演奏による「尹允錫流牙筝散調」を聴く。尹允錫「流」の意味するところを理解できる余裕もないのが残念だ。
まず、牙筝の復習・解説から始まった。
・韓国の弦楽器は、奏法により、指で弦を弾いて音を出す伽耶琴(カヤグム:가야금)やコムンゴ(거문고、「玄琴」)などと、弦を弓で擦って音を出す奚琴(해금:ヘグム)など2種類あるが、牙筝は後者の擦弦楽器である。
・牙筝はとても大きく、また国楽の楽器の中で最も低い音を出す。
▼尹允錫の演奏による「牙筝シナウイ(아쟁시나위)」を聴く。低音の独特の深い響きにひかれる。やがて高音まで演奏を展開する・・・。独奏楽器として成立したのはいつ頃のことだろうか。
(「シナウイ」について本ブログ関連:"韓国の風景")
次のように尹允錫のプロフィールが紹介された。
・1939年 全羅北道益山の礪山に生まれる。
・1960年代 牙筝散調を学び始める。
・1980年代 自らの名を付した牙筝散調を発表。
および楽器牙筝の改良につとめる。
・2005年 没する。
▼尹允錫の演奏による「鉄牙筝散調」を聴く。牙筝の絹糸弦を鉄弦に変えて手で弾くと、確かに別の楽器の音色がする。では・・・打弦では、どんな風に聞こえるのだろうか。
▼尹允錫の演奏による「尹允錫流牙筝散調」を聴く。尹允錫「流」の意味するところを理解できる余裕もないのが残念だ。
2012年4月21日土曜日
(資料)小麦と武蔵野のくらし
小金井公園にある「江戸たてもの園」で、開園20周年記念特別展として「小麦と武蔵野のくらし」展が今日から始まった。水利の乏しい武蔵野台地で、新田開発した人々の糧でもあった小麦が、どのように栽培され、食されたかが紹介される。昭和期以降の展示が中心で、写真や農機具を通して人々の生活がうかがえる。
以前、地元公民館主催の郷土の歴史散歩シリーズに参加して、江戸期以来の人々の暮らし振りを聞いたことがある。昔の人々が、決して豊かとはいえない、(現在と比べれば)むしろ粗食と思える食事をしていたことを知った。
「小麦と武蔵野のくらし」展では、日常の食事について、次のように記している。
・水が乏しかった武蔵野台地の中央部では、乾燥した畑で栽培ができる麦と雑穀、そしてサツマイモが作物の中心であった。天候にあまり左右されずに収穫できるこれらの作物と、陸稲、根菜類が合わせて栽培された。 人々は季節に応じて、耕地を空かすことなく輪作を行った。
・収穫された小麦で作った手打ちうどんは、ご馳走として、家々の年中行事や冠婚葬祭の席にかかせないものでした。皆で一緒にうどんを打ち、食べることで家族や地域のつながりを深めていったのです。
→(実は、うどんを常食していた時代があったと誤解したことがある・・・ハレの食べ物だったのだ。)
・麦飯
石臼で大麦をこまかく砕いたひき割り麦や、押し麦にウルチの陸稲をまぜたメシと味噌汁、漬物、煮物が日常食であった。
・北多摩の作物と食べ方
武蔵野台地では、かつて大麦・小麦・雑穀・陸稲・サツマイモを主食とした。大麦をほぼ毎食食べ、陸稲のウルチマイを混ぜて炊飯した。大正時代までは雑穀のウルチアワをメシにして食べることもあった。
陸稲のモチゴメはモチにし、雑穀のモチ性のものと混ぜてついた。家によっては正月にモチを一石くらいつき、切ってから水をはった樽に保存し、初夏頃までチャガシにしたり、麦作で忙しい時の昼飯にした。小麦はうどん、まんじゅうにし、寒い夜などは汁にいれてスイトンにして食べた。自家用の醤油のもろみにもした。
・昭和20年代頃は朝・昼・晩に大麦に陸稲のウルチマイをまぜたメシ、10時と15時にはサツマイモや正月についてモチを水に漬けて保存した水モチなどをチャガシとして食した。
→(昭和20年代とは戦後の食料事情の悪い頃のことか? 農村と都市部では大差があったと聞くが・・・)
(本ブログ関連:"小金井雑記"、"小金井雑記"、"小金井雑記"、"小金井の今昔")
以前、地元公民館主催の郷土の歴史散歩シリーズに参加して、江戸期以来の人々の暮らし振りを聞いたことがある。昔の人々が、決して豊かとはいえない、(現在と比べれば)むしろ粗食と思える食事をしていたことを知った。
「小麦と武蔵野のくらし」展では、日常の食事について、次のように記している。
・水が乏しかった武蔵野台地の中央部では、乾燥した畑で栽培ができる麦と雑穀、そしてサツマイモが作物の中心であった。天候にあまり左右されずに収穫できるこれらの作物と、陸稲、根菜類が合わせて栽培された。 人々は季節に応じて、耕地を空かすことなく輪作を行った。
・収穫された小麦で作った手打ちうどんは、ご馳走として、家々の年中行事や冠婚葬祭の席にかかせないものでした。皆で一緒にうどんを打ち、食べることで家族や地域のつながりを深めていったのです。
→(実は、うどんを常食していた時代があったと誤解したことがある・・・ハレの食べ物だったのだ。)
・麦飯
石臼で大麦をこまかく砕いたひき割り麦や、押し麦にウルチの陸稲をまぜたメシと味噌汁、漬物、煮物が日常食であった。
・北多摩の作物と食べ方
武蔵野台地では、かつて大麦・小麦・雑穀・陸稲・サツマイモを主食とした。大麦をほぼ毎食食べ、陸稲のウルチマイを混ぜて炊飯した。大正時代までは雑穀のウルチアワをメシにして食べることもあった。
陸稲のモチゴメはモチにし、雑穀のモチ性のものと混ぜてついた。家によっては正月にモチを一石くらいつき、切ってから水をはった樽に保存し、初夏頃までチャガシにしたり、麦作で忙しい時の昼飯にした。小麦はうどん、まんじゅうにし、寒い夜などは汁にいれてスイトンにして食べた。自家用の醤油のもろみにもした。
・昭和20年代頃は朝・昼・晩に大麦に陸稲のウルチマイをまぜたメシ、10時と15時にはサツマイモや正月についてモチを水に漬けて保存した水モチなどをチャガシとして食した。
→(昭和20年代とは戦後の食料事情の悪い頃のことか? 農村と都市部では大差があったと聞くが・・・)
(本ブログ関連:"小金井雑記"、"小金井雑記"、"小金井雑記"、"小金井の今昔")
2012年4月20日金曜日
穀雨2012
天気予報サービス会社の今日の予報は、「曇り」で「折りたたみ傘があると安心」という。また雨かとうんざりする。しかし、二十四節気の「穀雨」だといわれると、恵みの雨と納得してしまう。
さて、この雨、どんな風景に合っているのだろうか。春雨にけむる畑に農夫が一人いる墨絵のような世界を空想するのは勝手というものだろう。穀雨を観念に閉じ込めては申しわけない。農作業の中での実感を知りたい。
「穀雨の終わりごろ(立夏(5/5)直前)に八十八夜(5/1)がある。」(Wikipedia)とのこと。カレンダーで季節を知るより、日毎の寒暖、天候の様変わる実感に信を置くようになった。ようやく自然の存在である自分に気付いたということでしょうね。
さて、この雨、どんな風景に合っているのだろうか。春雨にけむる畑に農夫が一人いる墨絵のような世界を空想するのは勝手というものだろう。穀雨を観念に閉じ込めては申しわけない。農作業の中での実感を知りたい。
「穀雨の終わりごろ(立夏(5/5)直前)に八十八夜(5/1)がある。」(Wikipedia)とのこと。カレンダーで季節を知るより、日毎の寒暖、天候の様変わる実感に信を置くようになった。ようやく自然の存在である自分に気付いたということでしょうね。
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