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2018年5月20日日曜日

緑陰・・・草上の昼食とはならず

初夏の今日、鋭い陽射しに比べて思いのほか肌寒い。夕方(5時頃)になって反転したが、朝から北風が吹いていたのだ。こんなときは、体を動かすのに都合よく、運動を兼ねて「調布飛行場」まで往復した。

(本ブログ関連:”調布飛行場”)

同空港は、伊豆諸島との航空路線を持つ「新中央航空(NCA)」のベースでもあり、空港ターミナルに伊豆諸島の名産品の自販機がある(参照「調布経済新聞」)。その中から、神津島産のビン入り「岩のり  風味」を買ってみた。帰宅して、熱々の飯の上に広げると、藻類の(調理による)きれいな緑色に輝いた・・・少々甘味だが。

ところで、飛行場との往復の途中にある公園の緑は、ますます濃さを増し、その緑陰は、日なたとの差を際立たせている。写真の日陰から、印象派絵画の「草上の昼食」を思い出した。

公園の緑陰
昔、日なたを地色の明彩で表現した。それを印象派の画家は、カメラ技術の進歩と競うように、白色にして論争となったようだ。

左の写真の日陰で、昼食を開いたら、エドゥアール・マネの「草上の昼食」(1863年、オルセー美術館)になるだろう。それほど緑陰が深く、日なたはスポットライトのごとく白く明るい。

ところで、現在開催中の「プーシキン美術館展」のポスターに、クロード・モネが、マネの絵の向こうを張って後に描いた、同様な人物配置の「草上の昼食」(1866年、プーシキン美術館)の絵がある。

とはいえ、マネであれモネであれ、横たわる昼食の宴スタイルは、<古代のレリーフ>まで遡ることができるという。以前、「ラファエロ展」で見た、ラファエロの下絵を元に作られた版画「パリスの審判」(1513-1515年、ライモンディ)にも見て取れる。

2018年5月19日土曜日

今夜も猫がやかましい

近所でめずらしく赤ん坊が泣く声がすると思った。でも随分とかまびすしい。重なり合うようにして止まないのだ。どこかでドアがばたんと開き、女性のしかりつける声がした。すると何ごともなかったかのように静まった。

ここ数日暑くて、昼間は猫も出てこない。夕方の帰り道に出くわすことがあるくらい。昨日もそうだった。目の前をゆたり歩く茶色縞の猫の後ろを追うかたちになった。始め気付かなかったのか、それともいつものごとく、睥睨無視する野良猫の気迫を示したのか、歩を緩めることなく先を進んだのだ。

わたしとて自宅近くになれば、足音を立てたくなるもの。気配を感じた猫は、ふっと振り返るや、民家の塀の隙間にゆるりと身を隠した。瞬間、一瞥して、決して恐怖で逃げ込んだのではないと睨みつけた。

そのとき、遠くの角に、うずくまるように白い猫がたたずんでいるのが見えた。そうか、今わたしが後をたどった猫は雄猫で、あそこで横たわっているのは雌猫だったと気付いた。すると、雄猫を待ちかまえていると思われる雌猫の姿が、妙になまめかしく見えてきた。

だから、今夜の猫の騒ぎも、彼らに違いないと納得した。

2018年5月18日金曜日

ハワイのキラウエア火山

穏やかな火山といわれた、ハワイ島のキラウエア火山が「爆発的噴火」を起こしたと、日本経済新聞の記事「ハワイ・キラウエア山が爆発的噴火 噴煙9千メートル」(5/18)は次のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”火山”)

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・【パホア=共同】米ハワイ州当局によると、ハワイ島のキラウエア火山が17日朝、爆発的噴火を起こした。米メディアによると高さ約9千メートルの噴煙が上がっている。当局は有毒ガスの噴出や巨大な噴石が広域に飛散する恐れがあるとして警戒を呼び掛けた。けが人の情報はない。
・キラウエア火山は世界最大級の活火山。今月3日に噴火を始めて2週間が過ぎたが、今後も噴火を繰り返す可能性も指摘されている。・・・
・火山近くの町、パホアなどから住民ら約2千人が避難生活を続けている。・・・
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Googleマップから
ところで、地球上を包むように複数の「プレート」面があり、その中に太平洋の東で生成して、西に向かう「太平洋プレート」がある。

いろいろなプレートがぶつかる場所、例えば日本列島では、そのため地震や火山が発生する。

一方、プレートの真ん中は安定した所だが、特異にマントルが上昇する場所「ホットスポット」がある。ハワイ諸島がそれだ。プレート上に間歇的に島を作り、そのたび役割の終わった島は西へ移動して、次第に波に洗われ、小さくなって海没する。(ハワイ-天皇海山群

今回は新しい島のハワイ島、キラウエア火山が爆発した。新しい分、爆発の規模は大きくなる。

ハワイに行ったことはないけれど、火山神話につながる「ペレーの毛」は有名だ。火山ガラスがあれば生成できるわけで、先日、テレビで見たカムチャツカ半島の「トルバチク火山」では、草のように積もっているのが一瞬見えた。

2018年5月17日木曜日

春期イディッシュ語 2018-6th

「イディッシュ語」教室に通う地下鉄は、最初から席にありつけて、座り心地が良いためつい転寝してしまう。それが今日は、何と帰路も眠ってしまったのだ。CPUのスペックが耐え切れず、シャットダウンしたのかもしれない。

昔もむかし、同一製品の(大型)コンピュータに複数モデルがあって、当然ながら性能と価格に違いがあった。どうやって差をつけたのか、実は伝説がある。な~に、簡単なこと、まず最高スペックのCPUを作り、それに速度を落とすためのサブルーチンを組込んだというのだ。
だったら、私のCPUもまんざら悪くないのかもしれない。けれど、空転するサブルーチンが一体どこにあるのか、それが何なのかが問題だ。

「イディッシュ語」教室は、今日からテキストが、新しいユニットに進んだ。

(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”、”イディッシュ語”)

① ニューヨーク旅行の思い出写真を見せてもらう対話
   ①-1. 対話から、被写体(4名)を示し、その人物名とファッションや特徴をあげる。
    ・写真から、民俗(宗教的)スタイルまで考察する。
       - 装束の名称、人体の特徴(髭、髪の色、目の色など)
    ・ユダヤ教の宗派は、信仰の度合いによって、衣装・スタイルに違いがある。
       - 超正統派でも、集団名の呼び方にNYとイスラエルで差があるという。
              חרדים(ハルディム:Israel)、חסיד(ホシドゥ:NY)
       - ネットから実際の様子(写真)が例示された。
  ①-2. 写真を閲覧する人物(3人)役になってロールプレイ・・・そして役回りの交代。
       ※ テキスト(活字体)を、筆記体にして読んだところ、自分の字の汚さに目が泳ぐ。
② 宿題(体の名称を図解して単語を付すこと)

他言語の若き研究者から、イディッシュ語研究で著名な「ウリエル・ヴァインライヒ(Uriel Weinreich、1926年~1967年)」の紹介資料が配られた。先生から「言語接触」の研究者であるとの説明があった・・・研究者の奥深さをただただ感心するばかり。
昨年、ヴァインライヒの教科書を使ったとき、そんなこと、な~んにも気付かずにいた。

イ・ソンヒ コンサート「Climax」(広報映像)

イ・ソンヒが、6/29~7/1の間開催する、コンサート「Climax」の広報映像がYoutubeに登録されている。

(本ブログ関連:”コンサート「Climax」”)


(Youtubeに登録のJongrip Yeoに感謝)

2018年5月16日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ドドゥリ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/9)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、宮中音楽の「步虛子보허자)」から分離して、編曲を繰り返した「ドドゥリ(도드리)」の話を紹介した。

始めに、宮中の音楽で、韓国固有の「郷楽」と、中国伝来の「雅楽」と「唐楽」について次のように紹介された。
・宮中音楽は、みな同じに聞こえるかもしれないが、次の区分がある。韓国固有の「郷楽」と、中国伝来の「雅楽」と「唐楽」だ。雅楽は、孔子などに祭祀を捧げるとき、唐楽は、宮中の宴で演奏した。雅楽と唐楽は、伝来以降1000年の歴史があり、半島の情緒を多く反映しており、音楽の発展にも貢献した。伝来当時、歌と演奏の曲だった「步虛子」だが、今は器楽曲で知られる。最近、歌詞を復元する試みもある。

▼ 「步虛子」の演奏を聴く。きらびやかさと一線を画した感じがする・・・拍数の効果か。

次に、宮中音楽「步虛子」の始まりの歌詞と、分離した音楽「ドドゥリ(도드리)」について次のように紹介された。
・「步虛子」は、空中を歩く意があり、神仙思想も推測される。歌詞は漢文で、< 天の門が開いて太陽が昇ると、海が先に赤くなり、赤い砂浜に良い気運が漂う。天の美しさを仰いで天の音楽を演奏すると、金色の鳳凰、銀色のガチョウが並ぶ > と始まる。宮中の酒宴で、国の平和を祈って歌った。曲の前半は拍子を変えながら演奏し、後半は同じ拍子を繰り返して演奏する。この繰り返し部分の拍子を、戻って入るの意の「ドドゥリ」という。また、ここだけを切り取った音楽を、同じく「ドドゥリ」という。

▼ 「ボホザ」の繰り返し部分を変形した「ドドゥリ」を、琴に似たカヤグムの演奏で聴く。素朴に響き渡る。

最後に、「ドドゥリ」の繰り返し部分から編曲された「千年万歳(천년만세)」について次のように紹介された。
・「ドドゥリ」の繰り返し部分を編曲した演奏は、当時、人気があり、多様な拍子が発生した。本来の「ドドゥリ」よりオクターブを高く演奏したものを<上>のドドゥリの意の「ウッドドゥリ」と呼び、元の「ドドゥリ」を<下>の意の「ミッドドゥリ」と呼んだ。ウッドドゥリから、寿命が千年も万年も続く祈願の曲「千年万歳」ができた。歴史ドラマの宴会場面にも登場する、軽快な曲だ。伝統音楽には、「ドドゥリ」の名の曲が多い。編曲が繰り返されたのを知って、音楽の楽しみが、より豊かになるだろう・・・とのこと。

▼ 「千年万歳(천년만세)」の演奏を聴く。おもわず拍子をとりたくなる軽やかさ。

2018年5月15日火曜日

イ・ソンヒの「五月の陽射し」

日ごと明るさが増す。特に雨上がりや、強風の翌日は、木々の葉が細部に輝き、今風にいえば、まるで高精細画像であり、スーパーリアリズムだ。もっといえば、映画「ブレードランナー」で、ヘビのうろこに記されたコード番号を見つけるような、どこまでも細部に行きつく世界を感じる。

5月の陽射しは明るく、空気はすがすがしい。公園を横切る小川の辺に寄れば、せせらぎは耳に心地よくひびき、川面はきらきらと輝く。そんなまぶしい季節を、イ・ソンヒはまた違った観点から歌ったようだ。5集に収録の「五月の陽射し(오월의 햇살)」(1989年、作詞:ユン・ハンギ、イ・ソンヒ、作曲:ユン・ハンギ)を聴いてみよう。

(本ブログ関連:”五月の陽射し”)

どこかで呼ぶ声に  振り返りみれば
見えるのは寂しい通りを  吹く風だけど
風に乱れる  髪をなであげながら
歩んだ足取り止めて  また振り返るよ
*
暗い夜一緒だった若い声が  虚空に散らばって
朝が来るまで歌おうとした  友よどこへ行ったのか
留まっていた束の間  残されたきみのその声
五月の陽射しあふれる日  私たちの心暖まらん

(*以下繰り返し)

留まっていた束の間  残されたきみのその声
五月の陽射しあふれる日  私たちの心暖まらん


(Youtubeに登録の모모선희に感謝)

2018年5月14日月曜日

通学路が明るくなった

夏の陽射しになってきた。それに天気もいいせいか、「韓国語教室」へ通う時間が随分明るい。冬の時期には、気合を入れて出かけたもんだが、今は昼下がりの延長とでもいうか、出かけるのに早すぎるのではないかと思うほど。実際、早めに家を出たのだが。

ちょいとマクドナルドに寄って、時間をつぶす。コーヒーでも飲みながら短編集のページをめくる。眩しい光が、座席まで差し込んでくる。それにしても、アンソロジーというか、編者の思わくが透けて見えて気になる・・・。

店を出て、額に手をかざしながら西陽をさえぎる。それが妙に気持ちいいのだ。

若者がひとり、教室に先にいて予習していた。邪魔にならぬよう、そっとドアを閉めてロビーで時間をつぶす。そんなうちに、光がとどかなくなったのか、読みさしの本の活字が霞んできた。

2018年5月13日日曜日

母の日 2018

昨日、近所の花屋の店頭には、赤いカーネーションの花が並んでいた。今日の「母の日」のためだ。目の前を、小さな女の子の手を引いた母子が、一直線に店先に向かった。そんな光景が微笑ましくうれしい。幼い子どもにとって、常に傍にあって、悲しいときに応えてくれる、そして、自分に確信を与えてくれるのが母親だ。

(本ブログ関連:”母親”)

歌や小説について、思い浮かぶものを以前まとめた。何度目かもしれないが、同じものをまた並べてみよう。
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・イ・ソンヒ : 「走れハニー」、「母をたずねて三千里」、イ・ソンヒのエピソードイ・ソンヒの生誕
・アソール : 「Mama」 ⇒ Youtube(<もっと見る>に英語訳歌詞あり)
エセーニン : 「母への手紙」 ⇒ Youtube(<もっと見る>に英語訳歌詞あり)
申京淑 : 「母をお願い」
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この中でも、エセーニンの詩はたまりません。ロシアの激動の時代を違った生き方をした彼の唯一の慰めは、遠い故郷だったのでしょうか。

もっと日常をリアルにみれば、逞しいおっ母さんこそ真骨頂だろう。それを体現しているのが、韓国の「アジュンマ」たちだ。こんな言葉がある。
・世の中には男性と女性そしてアジュンマがいる。
・この世にアジュンマの子どもでない人はいない!

2018年5月12日土曜日

イ・ソンヒ コンサート「Climax」チケットオープン日程

イ・ソンヒが、6月29日(金)~7月1日(日)の3日間開催するコンサート「Climax」(ソウルのオリンピック公園オリンピックホール)のチケットオープン日程が、Melonチケットから次のように案内されている。(Melonチケットは、本コンサートの予約問い合わせ先になっている)
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2018年5月15日(火)、18:00
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公演情報
- 公演名:2018 イ・ソンヒ コンサート <Climax>
- 公演日時:2018年6月29日(金)~ 7月1日(日)
               (金)午後8時/(土)午後5時/(日)午後5時
- 公演場所:オリンピック公園 オリンピックホール
- 観覧等級:8歳以上観覧可
- 観覧時間:120分
- チケット価格:VIP席154,000ウォン/ R席132,000ウォン/ S席99,000ウォン

あなたの人生、最高の瞬間となる舞台が来る!
2018 イ・ソンヒ コンサート "Climax"
あなたの人生、最高の瞬間となる舞台!
2018 イ・ソンヒ コンサート "Climax"
歌で伝える
ねぎらいと感動! 身震いと歓喜!
大韓民国の代表歌手 イ・ソンヒの音楽人生
その輝かしいクライマックスとなる舞台に みなさまを招待いたします

 企画事務所情報
主催/主管:(株)フックエンターテインメント

2018年5月11日金曜日

一粒

日めくりカレンダーに、今日は「一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)」とある。一体何のことか、この歳になるまで気にもとめなかったし、実は知らなかった。語感から、何となく縁起のいいように感じる。

「一粒万倍日」をWikipediaに見ると、「一粒の籾(もみ)が万倍にも実る稲穂になるという意味」とあり、何ごとか始めるによい日のようだ。ただし。当日が「凶」の場合、効用が半減する。実は今日は「仏滅」である。(ちなみに、「一粒万倍日」は2日続くようで、明日は「大安」である)
また、この「一粒万倍日」は、「報恩経」が出典という解説がある。(みんなの福島News「今日の四字熟語  一粒万倍日」、八重樫一氏)

「一粒」といえば、「グリコキャラメル」のパッケージに、両手を広げたランナーが、まさにゴールインする様に見える絵柄を思い出す。ランナーの両脇に「ひとつぶ300メートル」、「おいしくてつよくなる」と書いてある。

誰もが昔、きっと経験しただろう、グリコのキャラメルを一粒口にして全力で走り切ったことを。子どもは、それだけで満足した。キャラメルを口にした理由付けになったからだ。また一粒くわえて、続けて走ったかどうか。

この赤地に白いランナーのパッケージを、最近あまり見かけない。私が菓子売り場に寄らないだけかもしれない。

2018年5月10日木曜日

春期イディッシュ語 2018-5th

5月初のゴールデンウィーク連休中は、「イディッシュ語教室」も休講した。その間、自分なりにやったことといえば僅か。イディッシュ語教材の音声を、PCフリーソフトの(MP3プレイヤー)「聞々ハヤえもん」で聴いて、大声で発声したことくらい。速度調整できるおかげで、もつれた舌が音声とシンクロし始めるとうれしくなった・・・それくらいなのだ。

休みで揮発した記憶力と緩んだ気持ちを立て直したく、今日も「イディッシュ語教室」に通った。(地下鉄で通うため、地上に出れば雨上がりで、雷雨を知らず教室にたどりついた)

(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”、”イディッシュ語”)

授業にいつも工夫いただき、みなで楽しく学習することができた。感謝。

① 今回も「イディッシュの歌」を、歌詞を解釈しながら歌った。
  ①-1.「Yome Yome(יאמע יאמע)」:フォークソング「ベニーちゃん、ベニーちゃん」の欲しいもの。
      ・前回授業で解釈したものを再確認した。
  ①-2.「Sleep, my Child(son)(שלאָף מיין קינד)」:ショーレム・アレイヘム作詞の子守歌「眠れわが子よ」。
      ・前回授業で紹介(前触れ)されたものを解釈した。
      ・ニューヨークに単身滞在中の S.アレイヘムが、遠くの妻を通じてわが子を想う。
      ・アメリカはいいところだよ・・・と。
② 現代のイディッシュたちは、その出身に応じてローマ字やキリル文字転写も活用しているようだ。
③ 受講者が日頃使用している、オンラインのイディッシュ語辞書やツールについて互いに紹介した。

先生から、大学での「イディッシュ語」の授業で、学生たちが共同で課題に取り組んでいると紹介があった。若い好奇心がうらやましく、彼らの成果を知りたいと思った。

2018年5月9日水曜日

「窓」 windowとפֿענצטער

イデッシュ語のテキスト「Colloquial Yiddish」に、高い位置にある <窓> を通じて、屋外から家の中に椅子を入れようとする小話「二人のヘルムのユダヤ人と椅子」がある。窓といえば、英語で「window」だが、テキスト(=イデシッシュ後)では「פֿענצטער(fentster)」と表現される。この二つの言葉、はたしてどのような起源を持つのだろうか。

(本ブログ関連:”ヘルム”)

そこで、英語の「窓(window)」の語源について、ネットに探したところ、windowは「風(wind)」と関連があるらしいこと。面白いことにもう一つ、ラテン語の「穴(fenestra)」が借用されていたという。ドイツ語学者植田康成氏は、ブログ「窓研究所」に次のように説明されている。(抜粋)
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・英語のwindowという語について考える。この語は古代北欧語 vindaugaに由来し、本来の意味は「風の目」である。
・かつて、「窓」を表す語として、windowの他に、住まいに穿たれた「穴」を意味するfenestreという語が併存していた時代があった。1066年のノルマン人侵攻後、大量のフランス語が英語圏に流入した結果、ラテン語 fenestraを由来とするフランス語が1600年頃まで借用されていたのである。つまり語源にもとづく「まど」の類型 (本コラムVol.0を参照) から言えば、それぞれ異なるタイプの二つの語が共存していた。いつしかfenestreの方は消失し、現在ではwindowのみが残った。
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イディッシュ語の単語について、どのような言語が由来しているか、Wikipediaの「イディッシュ語」に次のように概要している。(抜粋)
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イディッシュ語はドイツ語の一方言とされ、崩れた高地ドイツ語にヘブライ語やスラブ語の単語を交えた言語である。高地ドイツ語は標準ドイツ語の母体であるため、イディッシュの単語も
・八割以上が標準ドイツ語と共通しており、
・残りはヘブライ語アラム語ロマンス諸語、そしてスラブ諸語からの借用語である。
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英語の「窓」は、①「風の目」の意を持つ「vindauga」が「window」となり、②「穴」を意を持つ「fenestre」は無くなったようだ。
イディッシュ語の「窓」は、(素人解釈であるが ラテン語 fenestra 由来?の)「穴」の意に通じる「פֿענצטער(fentster)」になったようだ。すなわち、ドイツ語の「窓」である(ラテン語 fenestra 由来か?)「Fenster」と共通であるようだ。
ちなみに、ヘブライ語では「窓」を「חלון(halon)」というようだ。

窓を、「風の目」と「穴」と見るかで、住居のイメージまで変わってくる気がする。

じゃあ、ヘブライ語の「窓」の「חלון(halon)」は、どんな意味(語源)を持つのだろう?

KBS WORLD「国楽の世界へ」 貧困

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/2)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、昔の民がいかに貧困の苦境を切り抜けようとしたかの話を紹介した。

始めに、パンソリ「興甫歌」で興甫(フンボ、흥보)の苦境と、「還穀(환곡)」制度について次のように紹介された。
・パンソリ「興甫歌」は、善人の弟興甫と、意地悪な兄ノルボの話だ。二人は両班の家柄で、食べ物に困ることはなかったが、兄は興甫家族を追い出す。労働経験のない興甫は、家族をどう養ったら良いか分からず途方に暮れた。手元にある高価な服を売って、生活をしのいだが、それもなくなると、子どもたちに与える食べ物もなくなる。妻の泣く姿を見た興甫の心はいばかりか。朝鮮時代、農民へ春に穀物を貸し付け、秋に回収する制度があった。家族のため、ボロ着で役所へ向かう興甫を想像すると心が痛む。

▼ 「興甫歌」から、興甫が「穀物をもらいに行く場面(환자 얻으러 가는 대목)」を聴く。苦渋が滲む・・・。

次に、「興甫歌」で、貧困の興甫が鞭打ち刑の身代わりを引き受けることについて次のように紹介された。
・興甫は、両班のプライドがある反面、役人に嫌われてはならない、穀物を入手できないと大変と卑屈になる。当時、処罰に鞭打ち刑があって、病気になったり、命を失うことがあった。権力者や金持は、金を払って、代わりの者に刑罰を受けさせることができた。困窮した興甫は、刑罰を受ける約束をした。ともかく、家族を養えると、安堵したかしれない。昔、子どもの食事の音を一番幸せな音と思った。すやすや眠る子を見ると、何でもしたくなる誰もが同じ親心だったろう。

▼ 「美しい世界のための祈り(아름다운 세상을 위한 비나리)」の歌を聴く。美しく穏やかに、今様に。

最後に、「高麗葬(고려장)」(姥捨て山に相当)の風習と、老母と息子の逸話について次のように紹介された。
・「高麗葬」は、高麗時代に、貧しさのため口減らしに、老いた親を山に捨てた風習だ。「高麗葬」について、本当にそんなことがあったか確かでない。いくつかの逸話の中に、或る貧しい息子が、老母を捨てるため山へ向かった。それに気づいた母は、息子が道に迷うのを心配して、木の枝を折って帰り道が分かるようにした。息子はそんな母を、結局捨てることができなかった。「高麗葬」とは別に、母の愛だけは逸話でない・・・とのこと。

▼ 「高麗葬」の逸話を歌にした「花見(꽃구경)」を聴く。花が咲く中を・・・チャン・サイクの味わい深い歌。

2018年5月8日火曜日

梅雨入り(奄美 沖縄)

昨日今日と雨が続く。そろそろ「梅雨入り」(入梅)を考えてしまう。いささか厚手の防寒着して外出すれば、道を行き交うひとびとも寒さ対策している。ひとりサイクリストだけが、ぴちぴちした薄手の服に半袖姿で走っていた・・・我慢、我慢といったところか。

(本ブログ関連:”梅雨入り”)

昨日から、奄美地方、沖縄地方の順に梅雨入りした。平年、梅雨入りは南から北へ順に進むが、今回は奄美地方が先に梅雨入りしたようだ。(地図

今年の梅雨入りについて、気象庁の「平成30年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」は、次のように表示している。

地方 平成30年      平年差   昨年差 平年                 昨年
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沖縄 5月8日ごろ   1日早い 5日早い 5月9日ごろ    5月13日ごろ
奄美 5月7日ごろ   4日早い 6日早い 5月11日ごろ 5月13日ごろ

関東甲信                                        6月8日ごろ 6月7日ごろ
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明日も雨模様とのこと、東京(関東甲信)もすぐに梅雨入りしてしまうのではないかと思ってしまう。つられて、また歳をとってしまったようだ。

2018年5月7日月曜日

大雨

都心と比べて、当地(および周辺)は夕方、早めに大雨に襲われた。ちょうど「韓国語教室」へ通う時間帯の 18:00過ぎ、一気に横殴りの雨に変わった。気象庁の時刻別情報では、このとき 10.0mmの降雨量に達した。他方、都心の最大降雨量は遅れて 19:00に、 8.0mmだった。

傘も無力なほどに、服やカバンはずぶ濡れになった。教室の席に着く頃には、雨足が次第に衰え、授業が終わって外に出てみれば、辺りにパラパラ降りでしかない。先ほどの雨は一体なんだったのか。

帰り駅のホームから、駅の端の線路を横切るネコの姿が見えた。ゆっくりと体を延ばすように歩を進める。なぜか線路の間にじっと静止して、周囲をうかがう。そして、何もなかったようにホーム下にある空隙に身を滑り込ませた。

ホームの端を照らす明かりの色はブルーだ。この色には、不思議な力を持つといわれる。

2018年5月6日日曜日

イ・ソンヒ コンサート「Climax」(6/29~7/1)

コマーシャル表現だが、イ・ソンヒ待望のコンサート「Climax」が、6月29日(金)から7月1日(日)の3日間、ソウルのオリンピック公園オリンピックホールで開催される。

OicBonインスタグラムより(感謝)
イ・ソンヒ コンサート「Climax」(オリンピック公園オリンピックホール)
・6.29(金) 午後8時
・6.30(土) 午後5時
・7.01(日) 午後5時

이선희 콘서트 (올림픽공원 올림픽홀)
・6.29(금) 오후8시
・6.30(토) 오후5시
・7.01(일) 오후5시

イ・ソンヒがチュ・ヒョンミと日本旅行していた

ネットニュースで、イ・ソンヒとチュ・ヒョンミ(주현미)が、最近、日本旅行したことを知った・・・。テレビCMじゃないが、「それさぁ、早くいってよぉ~」といいたくなる。

(本ブログ関連:”チュ・ヒョンミ”)

トップスターニュースの記事「『人生ドキュメンタリ ー マイウェイ』、チュ・ヒョンミ 親しいイ・ソンヒと最近 日本旅行に行ってきた」(4/19)は、番組中に語られた言葉だが、次のようにわずかに報じている。(抜粋)
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・4/19放送のTV朝鮮の番組「人生ドキュメンタリ ー マイウェイ」で、歌手チュ・ヒョンミは、イ・ソンヒと最近、日本旅行に行ってきたと語った。
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記事中に語られた「最近」とは、一体いつ頃を指すのか。最近といっても大分以前のことか、それとも4月初に大きなイベントを抱えていたため、その後チュ・ヒョンミと短期旅行したのではないか・・・いろいろ想定される。きっと美味しい食事を楽しんだことだろうか。

ちなみに、チュ・ヒョンミとイ・ソンヒは、同世代の歌謡歌手であり親交がある。よく知られていることだが、チュ・ヒョンミは中国人の父を持つ中国系韓国人であり、薬剤師の資格を持つ初めての歌手である。「江辺歌謡祭」は、イ・ソンヒ、チュ・ヒョンミにとって共通のカタパルトだった。

2018年5月5日土曜日

こどもの日 2018

祝日「こどもの日」は、子どもたちがすくすく成長するのを、感謝し願う日だ。この歳になると、公園や広場で遊ぶ幼い子どもたちの姿に癒される。それぞれ名前を持っ存在であるが、この世界で最も大切な存在・・・という見方ができるようになる。社会性を前提にする女性ならば、とっくに了承済みのことと笑われるかもしれないが。

(本ブログ関連:”こどもの日”)

Wikipediaで知ったことだが、「国民の祝日に関する法律」(昭和二十三年法律第百七十八号)の、「こどもの日」について、「母に感謝する」の記載がある。
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第二条 「国民の祝日」を次のように定める。
「こどもの日 五月五日 こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」
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「母に感謝する」という言葉について、あまり注目されていない気がするけれど、幼い子どもにとっては、母親は感謝以前の存在、無くてはならない存在である。町でよく見かける光景だが、ママチャリの自転車上で、母親と子どもの会話が素晴らしい。ひとつに、次々と質問を投げかけて言葉を増やしているように見えること。もうひとつに、会話が対等な関係に聞こえることだ。子どもを一人の人格として接しているように見える。せっかちな父親に案外難しいことかもしれない。

また、休日(祝日)の公園で、よちよち歩きの幼子の手を握って歩く父子の前を、ちょっと意地悪に母親が先へ進むとき、父親の手を振りほどいて母親にすがろうと小走りする子どものなんと可愛らしいこと。これこそ「母に感謝する」ことに他ならない。母親も、その気配にニンマリしていることだろう。

この時代に、「こどもの日」を過ごせることは、本当にありがたいことだ。

(本ブログ関連:”ラファエロ《 大公の聖母 》”、”賽の河原地蔵和讃”)

2018年5月4日金曜日

みどりの日 2018

いつまでつづく連休。祝日「みどりの日」の今日、ファミレスの2階で昼食をとっていると、四つ角をウォーキング中の一団が連なっているのが見えた。そういえば、昨日、今日、近くの公園を起点にした「ウオーキングフェスタ」が開催されている。老若男女(どちらかといえば、おじさん・おばさん主体)が、健康づくりにウオーキングを楽しんでいるようだ。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

ノルマにしている、図書館での読書を果たした後、「ウオーキングフェスタ」会場の公園に行けば、どうやら事が一段落したようで、帰りを急ぐひとびととすれ違う。この催しに参加する気力もなく、しばらく西陽を浴びながらベンチに座って読書を続けた。

「イディッシュ語」教室のクラスメイトから貸してもらった「中欧」(沼野充義監修、新潮社)は、ポーランドを含む中欧四カ国の多彩な内容を、百科事典風に各専門家が分担執筆している。

ポーランドの風土や歴史を通じて、イディッシュの世界に関心がある。書中に、「一三世紀頃から、ポーランドには西から南から、次々とユダヤ人が流入し、最盛期には世界のユダヤ人の八○%がこの国に住み、ポーランド*はユダヤ人にとって『約束の地』**と呼ばれたほどであった」とある。この地は、イディッシュ語の母胎でもあった。
(*)ポーランドは歴史の中で領有地が大きく伸縮している。
(**)本来「約束の地」は、ヘブライ語聖書に記されたもの。それほど確かに思えた所だったのかもしれない。