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2012年5月28日月曜日

雨降って風吹いて

午前中にカラりと乾いた空も、午後には鈍色の雲が広がり、やがて雨が降りだした。天気予報で、午後の空模様は変わりやすく、ところどころ雷雨と伝えていたが、そのようになってきた。
昼過ぎの外出先で、雨雲にぽっかりと穴が開き、そこから太陽の光が差し込んできた。まるでお天気雨のようなちょっとした不思議な光景だったけれど、すぐに元の雨空に戻った。

西から雨雲が切れ切れに流れて来て、変わりやすい天気のため、晴れのタイミングを掴みきれない。今晩もそうだが明日も怪しい。おかげで、明晩の韓国語教室も傘が手離なせないようだ。火曜日は、3回連続の雨道ということになる。

ところで、むかしTBSの番組「筑紫哲也 NEWS23」で、新井英一が夕闇の中、焚き火を前に「清河への道」をギターを抱えながら歌っているのを聴いた。重量感のある独特のザラつくような声質は、胸にドスンと響いた。歌詞がまるで絵巻のように次々と展開し聞き入った。忘れられない歌だった。
「清河への道」のCDは当初、日本語だったが、その後ハングル(「청하의 길」)版も出て、共に入手した。何度聴いたことだろう。

Youtubeには、なんと吉幾三が歌っている映像が登録されている。

(Youyubeに登録のTheNekogami22、qw2455に感謝)

2012年5月27日日曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 風の岬

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/23)に、人物シリーズ29回目として国楽演奏グループ、風の岬(パラムコッ、바람곶を紹介した。

まず、韓国神話から、シャーマンの祖先といわれる捨姫公主(パリコンジュ、바리공주)の話題から始まった。
・娘だけ授かる王は、七番目も娘だったため、娘捨姫公主と名づけ海に捨てる。海亀に助けられて竜宮に育った娘捨姫公主は、やがて病の両親と対面し、命駆けで薬を手に入れ救う。その功績で、あの世を司る神となる。
・風の岬グループは、この娘捨姫公主の神話に着目し、音楽で表現しようと結成された。

▼風の岬による「捨姫シナウイ(바리시나위)」を聴く。現代的な色調はするけれど、十分に伝統的な響きを残していて、楽器を借りただけのものではないように感じる。素晴らしい。

(「シナウイ」について本ブログ関連:"韓国の風景")

風の岬グループについて、次のような紹介があった。
・風と岬が合わさったグループ名には、岬が陸地と海が出会うように、天と地と海が出会う場所から吹いてくる音の風の意味がある。風のように留まることなく、音楽を通じて新しい世界を切り開くことも込められている。
・韓国の神話や説話を、伝統あるメロディーと長短を基盤として、現代的な音楽感性で再創造することを活動の目的としている。

次のように風の岬グループプロフィールが紹介された。
・2004年 映画音楽やミュージカル作曲家で、韓国芸術総合学校伝統芸術院教授ウォン・イル(원일)により結成。
・メンバーは、パク・スナ박순아(カヤグム)、パク・ウジェ박우재(コムンゴ)、イ・アラム이아람(テグム)、パク・ジェロク이아람(インド弦楽器シタール)、そしてウォン・イル(作曲、ピリ、打楽器)の5名である。

▼風の岬グループによる「羅針盤」を聴く。羅針盤は、船だけでなく人生も文化も様々なものを含めたものだろう・・・国楽の新しい方向を示すようだ。

▼風の岬グループによる「ピンビン(빙빙)」を聴く。ちょっと南欧の風味から琴の音にも似て、風がぐるぐると廻ってあらゆるものをミックスするようだ。でも、統合化に向いてしまうのだけは・・・。

(追記)
昨日の、蓮台寺鉱物採集の成果についてメールをいただいた。なんと、採集者のひとりがテルル石(TeO2)と自然テルル(Te)を採集したのだ。「2~3ミリの綺麗なテルル石の板状結晶でまわりに自然テルルが確認できました。大当たりです。」とのこと。
ああ、羨ましい・・・行けたらなあ。

2012年5月26日土曜日

運がつく?

午後、小金井公園を散歩する。公園広場北側の遊歩道は、ハクウンボクヒマラヤスギが両側から天を覆うように葉を繁り、緑の回廊を成していた。江戸東京たてもの園に近づくと、マテバシイが鬱蒼とする光景に出会う。まるで泰西名画を見る思いがする

木立の陰にある野外の木製テーブルで、穏やかな緑の光を受けて、のんびり読書をしていた。そのとき突然、脇に立つ高木のケヤキの上から、鳥のフンがテーブルに開いた本の10cmほど離れたところに落ちた。見上げると、葉や枝に隠れるようにカラスがいた。先ほど多数のカラスの鳴き声がしていたが、まさか静かなこの場所にいるとは。おかげで、読書気分が萎えてしまった。

少し座席位置を横にずらして再び読み始めたとき、わたしの真後ろで、カラス同士がけたたましい鳴き声で争いを始めたのだ。これには参った。そんなわけで、緑陰に読書を楽しむといった風流気分も失い、散歩に切りかえた。

カラスのフンとは、運が悪かった・・・迷惑なできごとだった。

(追記)
本来なら、今日は静岡県の河津鉱山(蓮台寺)に鉱物採集の予定だった。体調が完全とはいえず、せっかくのお誘いを受けながら、同行を断念せざる得なかった・・・とても残念だ。
採集結果はどうだったのだろうか、知りたいところだ。テルルは、もしかして運が良ければ、欽一石はどうだったろうか。

2012年5月25日金曜日

「ライラックが散るとき」余聞 (続)

イ・ソンヒが、シンガーソングライターとして本格的にアルバム作りに参加した作品に、「ライラックが散るとき」(アルバム10集、1996年)があることを本ブログに以前紹介した。

春-夏の花のライラックを、ショーウィンドウの中の飾り花(園芸用か)として見ることはあるが、公園などで咲いているのを目にしたことは残念ながらない。もしかすると、何処か気付かない場所で、小さな薄紫の花びらを密集させて見せているのかもしれない。

イ・ソンヒが歌うライラックの花は、どのような姿をしているのだろう。Ko-wikipediaの写真は、花弁の塊りのようではなく、解説に「約6mまで育って、枝は多く分かれて広く伸び、花が枝にびっしりとなる」とある。

ライラックは、「リラ」とも呼ばれ、倍賞千恵子の歌「リラの花散る町」(昭和40年、1965年)にも使われている。色滲む夕暮の町に、想いをリラの花に象徴して描いている。ライラックというより、リラの方が心に響きやすいのかもしれない。

(Youtubeに登録のcae2elに感謝)

(本ブログ関連:"「ライラックが散るとき」余聞")

2012年5月24日木曜日

イ・ソンヒのカバー「熱愛」

ユン・シネ(윤시내、1953年~)の、鼻音をきかせた時代を感じさせる歌であるが、彼女の代表曲の「熱愛(열애)」をイ・ソンヒがカバーしたものがYoutubeにある。
イ・ソンヒを含めて、80年代以降バラード曲がヒットした背景に、ユン・シネのこの曲があったという記事を、本ブログで以前次のように記した。(「Weekly共感」の記事「<第20号>韓国人の人生を変えたもの⑧ -大衆歌謡」(2005.7.1)、ハン・キホン記者)

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・1979年にユン・シネは、歌謡祭スタイルの曲「熱愛(열애)」で大ヒットを記録した。この曲の核心は、彼女の’血走る歌唱力’とストリングを主に使うポップス・オーケストラのアレンジによる広大なスケールであり、1980年代初頭の主流の成人歌謡に最も大きな影響を及ぼした・・・。
・1980年代初期の大ヒット曲は、全て「熱愛」を土台にしたものであった・・・。
・チョー・ヨンピルはストリング中心のオーケストラ演奏の代わりに、ピアノとシンセサイザーを使って1970年代末のスタイルを維持しながらも1980年代の新しいサウンドの道を切り開いておいた。
・以後、イ・ソンヒなどの成功でバラードは若者たちが最も好む歌謡ジャンルになった・・・。
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(Youtubeに登録のchadbabo、sunnyfan100に感謝)

(本部ログ関連:"1980年代の韓国バラード”)

2012年5月23日水曜日

「小金井の新田開発」(2)

昨日は、小雨が一日中降り続き肌寒かった。それが、今日は打って変わって、日中カラリと晴れ渡り、まるで夏の陽射しだ。ところが、夕方に近づくとにわかに曇りはじめ、風が吹いてきたのだ。落ち着きのない空模様である。

ところで雨のきのう、地元公民館主催の市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)の第2回目が開かれた。一週休みを空けてのこと、おまけに小雨ながら、開始5分前に講義室に入ってみると満員状態。窮屈な座席に滑り込んだ。

さて今回は、次のような内容で講義があった。

1.江戸と武蔵野を含む郊外とのつながりを、街道および水道の成立について

 1-1.街道
  ① 多摩地域には、甲州街道(五街道のひとつ)と、青梅街道が通る。
  ② 青梅街道の輸送で着目されたのが、「石灰」である。初め江戸城造営に使われたようだ。
       → 青梅辺りで石灰を製したが、奥多摩地域の石灰岩を利用したのだろう?
  ③ やがて他地域との競合および川舟利用などで、青梅街道の「石灰」輸送が減少する。

  むかし、若き歴史学者の、近世の「石灰」生産流通について研究した遺稿が、友人の手で纏められたという話を聞いたことがあるが、上記のような内容もあるのだろうか。

1-2.水道
  ① 大田道灌時代の飲料は、井の頭池、赤坂溜池、および山の手沿いの井戸などが利用された。
  ② 神田上水(井の頭→練馬→水道橋→堀)は、約20年をかけて開発。
  ③ 多摩川上水(羽村【多摩川から取水】→四谷)は、何と驚異の半年で完成(技術についても不明な点が多い)。
      また、吉宗までの100年間に、33箇所で分水が開設され、上水、灌漑など利用の他に水車が稼動する。
     水車という分業化が進み、産業の幅の広がり、技術の高度化がみられる。
       → 水車が、産業をさらに進めて、産業革命に繋がっていたならなあ・・・。

2.江戸の規模(人口)と、それを支える郊外の特に武蔵野新田の歴史について

 2-1.江戸
  ① 吉宗の享保期に町民50万人、および武家を50万人(推定)として100万人とする通説がある。
  ② 大岡越前守忠相によって、(現代に通じる)都市政策が実施された。

 2-2.武蔵野新田
  ① 江戸初期の「古村」は、北条、武田武士の末裔による土豪の手で成立した。
      村の名前に、高井戸、小金井、貫井などのように水につながる「井」(=井戸)の文字が見える。
  ② 江戸前期の「古新田」は、土豪の開発による他に、代地や移住などの理由で拡大した。
  ③ 享保改革(吉宗)期の「新新田」は、武蔵野新田で82か村になる。

いよいよ次回から、当地の歴史に直接関連することになるのか、楽しみである。


(追記)
昨日は雨が止まず、晩まで降りつづいた。おかげで先週同様に、韓国語教室の往復に傘が必要だった。

2012年5月22日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 呉貞淑

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/16)に、人物シリーズ28回目としてパンソリ名唱の呉貞淑(オ・ジョンスク、오정숙、1935年~2008年)を紹介した。

はじめに、5月15日の「先生の日(스승의 날、교사의 날)」を例にとり、国楽の師弟の関係について次の言葉を紹介した。
・師匠と膝を向かい合わせて座って直接学ぶという、昔からの師弟関係を表す、「膝の弟子(무릎제자)」という言葉がある。
・ちなみに呉貞淑の師匠は、金演洙(キム・ヨンス、김연수)。

▼呉貞淑による、興甫歌(フンボカ、흥보가)の中から「燕路程記(ジェビノジョンギ、제비노정기)」を聴く。この番組で、いろいろな歌い手で聴いたが・・・あるツバメが中国大陸から興甫の村に飛んでくる行程を歌ったものだそうだ・・・今回は、随分と抑揚のある歌声だ。

次のように呉貞淑プロフィールが紹介された。
・1935年 慶尚南道の晋州生まれる。
・10代で金演洙の唱劇団に入団。
・20代で唱劇団での活動を休止し、パンソリにまい進する。
・1974年 師匠の金演洙の死後、活動を止め伝授教育に専念する。
・2008年 没する。

▼呉貞淑による、水宮歌(スグンガ、수궁가)の中から「水宮風流(スグンプンリュ、수궁풍류)」を聴く。ここのウサギは賢いのだろう。イソップの「ウサギとカメ」では・・・。この歌、子供にも聞かせているのだろうか・・・まるでアニメの声優のよう。

▼呉貞淑による、パンソリ春香歌(춘향가)の中から「勅使となったイ・モンリョンがその身分を隠してウォルメと会う題目」を聴く。ラジオドラマのよう・・・ドラマチックで。


2012年5月21日月曜日

金環日食

朝寝坊もせず、早朝しっかりと目を覚まして、2階のベランダから東の空を見上げた。薄曇りながら「雲の隙間からは日食が見える時間もありそうです」という昨日の天気予報の通り、金環日食を堪能する幸運に巡り合った。

直接見るにはさすがに眩しい。日食ガラスを通して、食の様子を観察した。太陽の右上2:00の方向から、左下8:00の方向に月が移動(日食)した。食はあっけないほど順調?に進んだ。
時刻07:34頃、食最大の金環の姿は素晴らしかった。日食ガラスの光量が少ない中で、朱色の輪を輝かせていた。私の目の中で、それを確認できているという歓びはとても大きかった。自然に、片手でガッツポーズをした。もう片方の手で日食ガラスを 持っているので、両手でできないけれど・・・。

ご近所の家々から、自然現象を観察する親子の楽しい会話が聞こえてきましたよ。こどもの驚嘆、母親の感嘆、どれも微笑ましいです。子どもには忘れられない良い機会だっただろう。家庭で、学校でその意味を、自然の理解を定着させてあげて欲しい。

小さなデッキ・チェアに腰掛けても、見上げていると疲れてくる。ではと、部屋に戻ろうと後ろを振り向けば、お隣さんも2階のベランダで眺めていました。皆同じ気持ちだったのでしょうね。

それにしても、金環日食の時に、辺りの陽が陰り、うっすらと冷えてきたのには驚きました。これも良い経験ですね。次回は、何年先のことやら。

(追記)
今日は、旧暦4月1日である。

2012年5月20日日曜日

お楽しみはこれからだ

さて、明日の「金環食」どうなることやら。
「お楽しみはこれからだ」とはトーキー映画初の台詞だそうだが、のりがよくって、植草甚一の本のタイトルのようだ。またとない機会だが気楽に迎えたい・・・まさか、寝坊することはないだろうけど。

天気予報のweathernewsは、気を持たせてくれる。立川方面の天気予報を「遂に日食を迎えます。雲は多いですが、雲の隙間からは日食が見える時間もありそうです。日食グラスを用意して、東の空を眺めてみて下さい。」と、あきらめないよう声をかけてくれる。

月食のときもそうだった。街のあちこちで空を見上げていたものだ。今回は、7時34分12秒、早朝だが、登校前の子ども、出勤途中のおとな、暇なおじさん・・・などが日食メガネガラスをかざすことになるだろうな。

お楽しみはこれからだ。

2012年5月19日土曜日

プレカラオケ

近々、語学仲間でカラオケをすることになっている。というわけで、プレカラオケに行ってきた。咳き込みながら、練習した自分を誉めてあげたい?

我をかえりみず、イ・ソンヒの次の曲目をカラオケリストに加えさえていただいた。
・「Jへ」(J에게
・「私はいつもあなたを」(나 항상 그대를)
・「冬哀傷」(겨울애상)
・「分かりたいです」(알고 싶어요)

その他、おじさん曲目である、「黄色いシャツの男」(노란셔츠의 사나이)、「愛の迷路」(사랑의 미로)、「釜山港へ帰れ」(돌아와요 부산항에)も、・・・相当に古いなあ。

2012年5月18日金曜日

しずく

今日の日付に変わってすぐの午前1時39分(日本時間)に種子島宇宙センターから打ち上げられたH-IIAロケット21号機は、搭載の人工衛星の第一期水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W1)と、韓国多目的実用衛星3号機(KOMPSAT-3、アリラン3号)の分離に成功したとのこと。

「しずく」の名は、水に関わる観測から由来しているのだろう。Jaxa資料に次のように紹介している。
・地球環境変動観測ミッションGCOM(Global Change Observation Mission) は、宇宙から地球の環境変動を長期間に渡って、グローバルに観測することを目的としたプロジェクトです。
・マイクロ波放射計を搭載するGCOM-Wは、降水量、水蒸気量、海洋上の風速や水温、土壌の水分量、積雪の深さなどを観測します。また、多波長光学放射計を搭載する気候変動観測衛星(GCOM-C)は、雲、エアロゾル、海色(海洋生物)、植生、雪氷などを観測します。
・GCOMは、大気、海洋、陸、雪氷といった地球全体を長期間(10~15年)観測することによって、水循環や気候変動の監視とそのメカニズムを解明することが期待されています。
・「しずく」(GCOM-W1)は、GCOM-Wシリーズの第一期の衛星です。

韓国の多目的実用衛星3号機(KOMPSAT-3、아리랑 3호)は、韓国航空宇宙研究院(KARI)の紹介によれば次のように目的を紹介している。
・(地理情報解析に必要な高解像度画像の提供や各種の環境観測などを行う)多目的実用衛星3号で、(韓)国の高解像度映像情報の需要を継続的に満たし、国土管理に必要な地理情報システム(GIS)の構築と、環境、農業、海洋関連分野に活用するための高精度ビデオを提供するものと期待される。
・多目的実用衛星3号は、1号と2号の衛星と比較して、強化された映像解像度と衛星本体の高速姿勢制御起動能力を備えた衛星である。

(Youtube登録のasahicomに感謝)

(追記)
久し振りに強い立揺れの地震を体感した。感覚的に震度3くらいに感じたが、当地は震度2のようだ。
気象庁発表(平成24年05月18日17時30分:第2報)は次の通り。
・18日17時19分頃地震がありました。震源地は茨城県南部 ( 北緯36.2度、東経139.9度)で震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は4.8と推定されます。

2012年5月17日木曜日

イ・ソンヒのカバー「みなさん」

イ・ソンヒは守備範囲の広い歌手である。カバー曲についても、その歌唱力で、オリジナル歌手をうならせ、賞賛の照明を当てられる。
例えば、シム・スボンは、自分の曲「愛しか私はわからない(사랑 밖에 난 몰라)」を歌ったイ・ソンヒに対して、「後輩歌手たちが歌った中で、イ・ソンヒの歌が最も印象に残る」と評価している。その言葉の意を示すように、イ・ソンヒが2004年のコンサートで歌ったYoutube映像を、現在見られないのが残念である。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの本歌取り")

以前、本ブログにも記したが、ユン・ボクヒ(윤복희)の歌「みなさん(여러분)」を、イ・ソンヒが歌っている映像がYoutubeに登録されているので見てみよう。すぐに、彼女の高音と伸びのある歌唱力に圧倒されるだろう。そして、その奥行きの深さと豊かさに気付く。自曲以外でもパワーをいかんなく発揮する彼女の才能の豊かさに驚き、見つづけるばかりだ。

(本ブログ関連:"「みなさん」")



(Youtubeに登録のyokosuka30、daegu2001に感謝)

2012年5月16日水曜日

(資料)ガールズグループ

KBS WORLDの番組「玄海灘に立つ虹」の月曜日は、「マルコメのお母さん(キム・ミョンスン)」と「ソウルのアリスさん(キム・アソン)」のお二人が担当していて、アジュンマの目を通して軽快な語り口で韓国の世情近況を紹介する「イッチャナヨ・ドットコリア-アジュンマの井戸端会議」のコーナーがある。

マルコメのお母さんが生活リアリストなら、ソウルのアリスさんは夢見るロマンチストといったところだろうか。芸能情報がお得意のソウルのアリスさんが突然に、「第201話 ガールズグループ、70年以上の歴史が!」(5/7)を語りだしたのだ・・・。

仁川市のブピョンアートセンターで、展示会「韓国大衆音楽 ガールズグループの歴史:チョゴリ・シスターから少女時代まで-Tell Me Your Wish」(5月4日~6月17日まで)が開催され話題になっているとのこと。

ガールズグループの歴史を上記番組ホームページに次のように記している。

・1930年代: チョゴリ・シスター(저고리시스터、1939年)
・1950年代: キム・シスターズ(김시스터즈、1953年)・・・・アルバムまで出した初の公式的なガールズグループ
・1960年代: イ・シスターズ(이시스터즈、1964年)、パール・シスターズ(펄씨스터즈、1969年)
・1970年代: バニーガールズ(바니걸스、1971年)、ヒ姉妹(희자매、1978年)
・1990年代: S.E.S(1997年)、Fin.K.L(ピンクル핑클、1998年
(80年にかけて浮かび上がっては消えた韓国のガールズグループは何と500余り)
                     
なお、SBSニュースの記事「"チョゴリ・シスター"が元祖? 80年ガール(ズ)グループの歴史」(5/5)に、韓国のガールズグループの歴史が、同様に語られている。(クォン・ラン記者)

2012年5月15日火曜日

ヘイリー・ウェステンラ

先日、ファミリーレストランで机上鉱物採集をしたとき、(イタリアンポップ好きな)石仲間から推奨されたのが、ヘイリー・ウェステンラ(Hayley Westenra)だ。そういえば、テレビドラマで歌われた賛美歌の伸びやかな声質はとても印象深い。イ・ソンヒと同じく透明感のある高音の、彼女の名をあげてくれたのだろう。

ヘイリー・ウェステンラが歌う、カッチーニ(Caccini)の「アベマリア(Ave Maria)」をYoutubeで聴いてみた。澄んだ高音ながら、まろやかでほっとするような温もりと安堵がある。心に滲みてとても馴染みやすい。
疲れた心を真に癒してくれるのは、決して全的なものでなく、そのそばで優しく慈愛の眼差しで見つめ続けてくれる母に他ならない。

(Youtubeに登録のAquaredeに感謝)

2012年5月14日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 キム・ヒョヨン

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/9)に、人物シリーズ27回目として数少ない管楽器の笙簧(センファン、생황)演奏家の一人である、キム・ヒョヨン(金孝英:音訳、김효영)を紹介した。

まず、笙簧復習から始まった。
・大陸に由来する楽器で、日本の笙と似た構造をしている。
- 長さの異なる17本の竹管中に取り付けられた薄い鉄板に息が触れると、板がかすかに揺れ動き、絶妙な透き通るような金属音を奏で、鳳凰や竜の鳴き声に例えられたりもした。
- 底には、ひょうたんの実を乾かして作った共鳴箱があって、やかんの口のような吹き口で、息を吹き入れたり吸ったりして音を出す。
・伝統楽器の中では唯一、複数の音を同時に出すことのできる和音楽器である。

▼キム・ヒョヨンによる、水中の竜の鳴声の意味を持つ伝統宮廷音楽「水龍吟(수룡음)」を現代風にアレンジした「新(신)水龍吟」を聴く。旋律が浮き出てくるようで親和的なのは、現代化の結果なのだろうか。
Youtubeで笙簧と短簫(단소)の伝統宮廷音楽「水龍吟」を聴いてみる。登録のHyangAkに感謝。)

▼キム・ヒョヨンによるイタリアの舞曲「タランテラ」を聴く。ムムム、昨日チャイコフスキー交響曲6番「悲愴」の3楽章で聞いたばかりで・・・笙簧が奏でるべきことなのかなあ。まさに風琴だね。笙簧に限らず、現代化と伝統楽器の関係がよくわからない・・・。

次のようにキム・ヒョヨンのプロフィールが紹介された。
・管楽器ピリ(觱篥:피리)を専攻していたが、笙簧の可能性に懸け、今はピリから笙簧にメインを移している。
・音楽集団「サイ」を結成して活動している。

▼「サイ」の楽曲から「5月純粋な愛(5월 순순한 사랑)」を聴く。現代曲だよね・・・5月の風に揺れて踊ろうか。心地よいワルツ。

2012年5月13日日曜日

日本フィル杉並公会堂シリーズ

杉並公会堂で、アレクサンドル・ラザレフ(Александр Лазарев)指揮、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏によるコンサートに、韓国語学習の仲間から提供されたチケットで、何十年振りの鑑賞に行く。

曲目は、グラズノフのバレエ音楽「ライモンダ」よりと、チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」である。

コンサートの始めに、指揮者ラザレフがロシア語通訳を通じて、作曲家と曲目について柔和で気さくな雰囲気で、次のように語ってくれた*。それに、演奏後の挨拶でも楽しく会場を盛り上げた。
・グラズノフは、チャイコフスキーのバレエ音楽の後継者の一人といえると紹介した。
・「ライモンダ」からの美しい選曲に対して、チャイコフスキーの「悲愴」は、「静寂」の音楽であり、静寂に始まり静寂に終わる、静寂の中の音楽であり、静寂に耳をかたむけて欲しいと強調した。1楽章と4楽章を中心に聴くように語った。そして、ワーグナーとの関連性や、「悲愴」の構造上、シューベルトの「未完成」に似ていると紹介した**。更に彼の死因にまで言及した。
(*: プレトーク、Youtube登録のJapanphilMovieに感謝)
(**: 「Artes*Web連載」参照、感謝。)

バレエ音楽「ライモンダ」は、第3幕の曲目が話題になるようなので、事前にYoutubeで耳に入れたが、そうではなく各幕から選曲されたようだ。でも、美しい音色に溢れていたことに違いはない。

交響曲6番「悲愴」は、事前にYoutubeでも耳にしたが、素直に聴くことができた。何しろ何十年振りに目の前でオーケストラを聴いたわけで、「静寂」の音楽という紹介があったものの、本物の演奏の迫力に驚愕した。ヘッドフォンを通してPCでYoutubeを聴くのとはわけが違う。それにファゴットとクラリネットのソロの音がよく聞けて大満足。
・・・オーケストラのコンサートにはまりそうだ。

ところで、演奏を聴きながら、指揮者の腕の動きを真似て、膝上のスコアの上に置いた両手人差し指を振った。スコアは開きはしなかった・・・お守りのように携帯しただけだ。

2012年5月12日土曜日

スコア片手に聴く

日が暮れるとぐっと冷えてきた。風も冷たい。季節を間違えたようだ。家の中で音楽を聴いている分には関係ないけれど。

チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」を、スコア片手にYoutubeで聴いている。カラヤン指揮(ウィーンフィル演奏)とチョン・ミョンフン指揮(ソウルフィル演奏)のものだ。
Youtubeには、何とコンサートのフル演奏が登録されていて、そのうえPC上で演奏の一部を何度も聴き直しが容易なのでありがたい。

合わせて、スコアを見ながら聴けば、作曲家の壮大な構築力に感心するし、指揮者の繊細な解釈に驚く。おかげで、演奏のポイントをスコア上にマーキングすれば、視聴するたびにだんだんと指揮者気分になる。

ところで、学生時代にオケラにいたものにとっては、作曲家や指揮者とその演奏について容易に口を開くことはできません。批評や評価なんてとんでもない。とても畏れ多いことだ。
それは、イ・ソンヒを含めてにリードする全てアーティストに対して当然のことでしょう。

(Youtubeに登録のkamngaty、SuperTheseusに感謝)

2012年5月11日金曜日

机上鉱山道具採集

机上採集でお世話になっている石仲間のйосиба氏から、栃木県の西沢鉱山跡で(一昨年前頃に)見つけた、坩堝(るつぼ)のミニチュアのような、直径40mm・高さ30mmの円柱で、上部に8mm程度深く半球状の窪みが彫られた、ズッシリと重い道具をいただいた。説明では、採集鉱物の金属純度分析に使われたものではないか・・・とのこと。

高温にして金属を溶かし込む容器なのだろうか。底には、白色に変色した物質が様々な厚みをもって付着している。そう、高温炉の中で、溶けた金属を入れて真っ赤に輝いている容器が想像される。

2012年5月10日木曜日

イ・ソンヒの「雨降る街に立って」

怪しい空模様から、夕方には強い陽射しが差し込んだ。そして静かに夕闇がせまってくるころに、PC上でチャイム音が突然鳴って、SignalNowExpress(M5≦を設定)が茨城県沖に震源とする地震速報を2度表示した。おまけに、遠方の暗い空から雷鳴が聞こえてくるし・・・。

イ・ソンヒの歌「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(アルバム9集所収、1994年)は、雨のなか暗くなるまで、確信のないままに待ち続ける姿を描いている。とはいえ(女性の心理は複雑?で)、合わせ鏡の中にいるような、そんな錯覚を覚える歌でもある。
単調な雨音にかえって静けさが強調されて、歌がしっとりと聞こえてくる名曲だが、イ・ソンヒの代表曲として採り上げられているのを見た記憶があまりない・・・。いや、わざわざ示すまでもないのだろうけれど。
(Youtubeに登録のkoreanballadsに感謝)

2012年5月9日水曜日

Cha Cha Cha d'Amour

五月の連休をはさんで「健康体操コース」に行く。重い体に息が切れ、ようやくの病み上がりには、体操のリズムに追いつくのが大変なんだ。完治95%といったところで、後の5%をクリヤできないでいるのが残念。

参加者全員の呼吸を合わせるために音楽CD使っている。どうやら、講師の方が選曲した自作CDのようで、いろいろな曲が流れてくる。そのなかでも、「Cha Cha Cha d'Amour」(Dean Martin、1962年)が聞こえてくると、頭の中で、この旋律が駆け巡り、講師の方のテンポをとる掛け声が次第に遠のいてしまう。・・・いけない、いけないと我に返る。

ディーン・マーチンとは違うが、Youtubeに登録のThe Lucky Duckiesのものを聴いてみよう。
(Youtubeに登録のaffortunatusに感謝)