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2025年9月8日月曜日

「暑さ寒さも彼岸まで」、 皆既月食、9月の満月「ハーベスト・ムーン」

このところ早朝・深夜に秋の気配を感じ、このまま涼しさが増していくのを、寒さが苦手なわたしは少々案じている。寒いのより暑いのがまし(勝し)というスタンスだからだ。それでも、昼間の熱気にはたじろぐ。

耳の聴き具合のため半年ほど通院したが、きょうで解放された。精いっぱい回復を強調したが、お医者さんが言うには、自然の調整が働いたからとのこと。一言でいえば、歳相応に納得・了解せよに通じる。

夕方、テレビのニュースを見ていたら、気象コーナーで「暑さ寒さも彼岸まで」の慣用句について気象予報士の方が解説された。今月20日(土)が「彼岸の入り」*なので、気温がどのように変化するか。確かに、彼岸の入りの前後して以降、30℃を切っている(次表:Accuweather:Monthly)。むかしからの言い伝えには根拠があるようだ。
(*)春分・秋分の前後各3日(計7日間)を彼岸会といい、最初の日を「彼岸の入り」最後の日を「彼岸明け」という。


公園廻り
病院の帰り、おとつい(9/6)の探鳥会で観察した「ラクウショウ」の樹名板をしっかり見ずにいたので、それに、根元の地面に呼吸根の有無を再確認しに寄った。樹名板の記載は次の通りで、呼吸根は隈なく見まわしたがやはり見つからなかった。
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落羽松、別名ヌマスギ、落葉針葉高木。湿地にはえ、地上に呼吸根をだします。
スギ科  アメリカ合衆国南東部
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 皆既月食。満月
ところで、きょうの日付に変わった未明、月に地球の影が重なる「皆既月食」が見られるというので起きて頑張ったが、結局寝落ちした。しかも「満月」**なのだから。カメラに収められたら最高だったのに・・・。
(**)収穫時期にあたる9月の満月を、米農事暦で「ハーベスト・ムーン」と呼ぶという。

(本ブログ関連:”満月”)

2023年9月20日水曜日

彼岸入 2023

きょうは「彼岸入」。「彼岸」は雑節で、「春分」と「秋分」のそれぞれ前後3日を、「彼岸の入り」、「彼岸の明け」とする。すなわち、年に2度の彼岸に、あの世に思いをはせる日本独特の行事だそうだ(いまは仏教的なしきたりに組み込まれているが)。

春分(今年3/21)と秋分(今年9/23)の、日昇・日没が真東・真西に位置する、太陽信仰に通じるのだろう。そこまで大きな共感はともかく、個々に先祖との一体を確認する・・・わたしたちには、キリスト教にはない「先祖」といった概念がある。

昼どき、公園併設の「自然観察園」に群生する「ヒガンバナ」を見に行く。観察園入口に、アメリカンスクールの低学年(或いは保育園)児童の集団がいた。楽し気な子どもたちの遊び声は、洋の東西問わぬようだ。彼らはヒガンバナ群生地と反対方向へ連なって進んだ。

ヒガンバナ
自然観察園のヒガンバナは、きょう現在、全盛ではない。群生地の南側は木立に囲まれて日陰になっていて、その下に真っ赤な花が敷き詰められている。一方、北側は空が抜けて日射しがまぶしい。不思議なことに、日なたに植わったヒガンバナはまだ蕾(つぼみ)の状態なのだ。写真は、ヒガンバナがいっぱい映るようアングルを工夫したもの。

(本ブログ関連:”ヒガンバナ”)


ツリフネソウ
ヒガンバナの群生地に至る途中の湿地に、紅紫色の面白い形をした「ツリフネソウ」が咲いている。ポケット図鑑「日本の山野草」(岩瀬徹監修、安藤博写真)に、「和名は花の形が吊り下げた帆掛け船によく似ているから」とのこと。訪花昆虫にしっかり花粉を付けてもらうための仕組みがある。


(資料)【多摩森林科学園】:  https://www.youtube.com/watch?v=UE8pIigFVU4

花を見た帰り道、観察園から外に伸びた樹々が作った日陰に、先ほどの子どもたちが座って、賑やかに昼食をとっているのとすれ違った。きょうも暑いのによく頑張ったねと思いながら通り過ぎた。

2019年9月12日木曜日

暑さ寒さも彼岸まで

まだまだ暑さが残る。ここ一週間、「東京都心の最高気温」は次表の通りで、30℃以上の「真夏日」と、35℃以上の「猛暑日」が交わっていたが、はたして今日になって 30℃を切った。それでも、25℃以上の「夏日」であることに違いはない。

月/日  最高気温℃
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9/6(金)   32.9
9/7(土)   33.5
9/8(日)   33.3
9/9(月)   36.2
9/10(火) 35.6
9/11(水) 32.3
9/12(木) 28.7
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東京の気温は、明日以降、急に降下して最低気温が(20±2)℃、最高気温でも(27±1)℃くらいになるようだ。まさに「暑さ寒さも彼岸まで」で、Wikipediaによれば、「概ね『秋分』*までは、夏の季節現象では猛暑日・真夏日・熱帯夜になることもある」と残暑の可能性を示している。
(*)秋分の日: 今年は 9月23日

気象協会のtenki.jpの記事「しばらく残暑、台風に注意 一か月予報」**(9/12、18:44 徳田留美)は、暑さ寒さも彼岸までの通り、次のように記している。(抜粋)
(**)記事: https://tenki.jp/forecaster/r_tokuda/2019/09/12/5926.html
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9/14~20: 関東と東海は湿った空気の影響で、平年と同様に曇りや雨の日が多いですが、湿気が多く、蒸し暑いでしょう
9/21~27: 関東と東海は、引き続き湿った空気の影響で、平年と同様に曇りや雨の日が多いでしょう。気温は平年並みで、涼しい日が増えそうです
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ところで、9/8~9に襲来した「台風15号」の災害が凄まじい。台風一過の先日(9/9)訪れた公園とは別の公園に今日行って見た。大変なことになっていた。公園内の自然再生のゾーンとの境目にある塀(鉄網)が、倒壊した巨木によってペしゃんこに押しつぶされていた。あちこちに、落下した大きな枝が散在していた。(それらは「立入禁止」のポリエチレン・テープで囲われていた)
なにより、千葉県の停電に驚いた。修復の難しさから、電気に依存する社会(水道、都市ガスも同様)の脆弱さをあらためて感じた。こんなことでは、電気がなければ実用しないキャッシュレスの将来なんて信用してよいのか不安だ。(大停電では、現金があっても何の役にも立たないようだが・・・3日も経てば店頭から食料品は消える)

2018年9月20日木曜日

彼岸の入り 2018秋

暦の「雑節」に、昼と夜の長さが(ほぼ)同じになる「春分」(今年3/21)と「秋分」(今年9/23)があって、それぞれを中心(「中日」)にして、前・後に3日間の幅を設けて「彼岸」と呼ぶ。例えば、今月9/23の「秋分の日」の3日前に当る今日(9/20)を「彼岸の入り」、「秋分の日」の3日後の9/26を「彼岸明け」という。

(本ブログ関連:”彼岸”)

彼岸の行事は、本来仏教に由来するといわれるが、Wikipediaによれば「祖先供養の行事へと趣旨が変わって定着した・・・日本独自のものでインドや中国の仏教にはない」という。ついでにいえば、祖先供養という考え方はキリスト教にもイスラム教にないといわれる。祖先供養が在るか無いかについて、農業など土着文化との関わりについて知りたい。

ところで、先日ブログに記した「ヒガンバナ(彼岸花、曼珠沙華)」の花が、なぜ仏教的な名前を付けられたのか知りたい。蓮の花ならば極楽浄土のイメージにつながるが、ヒガンバナを描いた仏画があるのだろうか。

さらに、Wikipediaによれば、ヒガンバナは中国起源で、稲作と同時に持ち込まれたとか、日本国内に咲くヒガンバナの遺伝子はずべて同一とか面白い話題がある。ヒガンバナの歴史ルートをたどると、何かが見えてくるかもしれない。

2018年3月24日土曜日

春の「彼岸の明け」

一年を寒暖に二分する「春分の日」と「秋分の日」を中心に、それぞれ、前後3日、計7日間の「彼岸」があり、始点の「彼岸の入り」に対して終点を「彼岸の明け」という。仏事につながる期間だが、各家の私的な行ないといった方がよい。

(本ブログ関連:”彼岸明け”)

むしろ世間は、桜の満開がもっぱらの話題。tenki.jpのサイト記事「東京 桜満開 過去3位の早さ」(3/24)は、東京の気象台による桜の満開発表について次のように報じている。(抜粋)
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東京管区気象台は、24日午前10時過ぎ、(靖国神社の標本木の)桜(ソメイヨシノ)の満開を発表しました。平年より10日早く昨年より9日早い満開です。東京の満開は1953年の統計開始以来、2002年の3月21日、2013年の3月22日に次ぐ3位の早さです今年は3月17日に開花後、7日で満開を迎えました
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驚きは、開花宣言後、7日*で満開を迎えたことだ。地元の公園の桜は、昨日の散歩で見た限り芽吹き程度と感じたが、明日もう一度訪れて確認してみよう。というのも、今日、近所の並木道で見た桜が、思いのほか花開いていたからだ。

(*)開花から満開までの期間: ネットで確認したところ、平均1週間(7日)程度とのこと。驚くことでもなかった。ちなみに、Wikipediaを見ると、東京の開花平年日3/25、満開平年日4/2とのことで、その間、9日間になるが。

桜の高く覆う並木道は脇道のため、余り人目に付かない。道の真ん中に立って、仰ぐようにして写真を撮ったものの、空模様が今一のため地味にしか写っていなかった。春爛漫の桜をめでるには、青空との対比が欲しい。もう一度機会を得たい。

2018年3月18日日曜日

春の「彼岸の入り」

二十四節気>にもとづく「春分の日」と「秋分の日」それぞれ中心にして、<雑節>の「彼岸」(期間7日間)があり、その初日を「彼岸の入り」、終日を「彼岸明け」と呼ぶ。今日は、春の「彼岸の入り」で、仏事につながる時期でもある。

(本ブログ関連:”彼岸”)

そういえば、スーパーの入り口に、仏壇の供えものが陳列されていた。線香、ぼた餅の他に目に付いたのは「落雁」だ。幼いころ亡くなった祖父母の祭壇に、白い落雁が飾られていた。昔の葬式は、自宅の座敷で行なわれた。葬儀が終わった後、子どもたちに落雁が分けられたのだが、私ひとりむしゃむしゃ食っていた気がする。

茶道に経験がないので、茶席で供されるという落雁がどんなものか知らない。そんな高級菓子と違って、彼岸に使われる落雁もいろいろあって、上品なものから飾りを目的にした極彩色されたものまである。

落雁の食感を覚えている。少し固めだが、すぐに口の中で崩れ、独特なぱさつき、紛粒感がある。噛むほどに和菓子の甘さが広がる。むかし食べた落雁は、子どもの口に大き過ぎたようだ。今ならどうだろうか、食べてみたいような気がする。

2017年9月20日水曜日

秋の彼岸入り 2017

手元のデジタル温度計が(室内ゆえ)25.8℃を示しているのに、なぜか冷える。夏の気配も今週までのよう、本格的な秋が始まる。

10月になれば再開することも多い。この夏しっかり復習・予習すると口にしたのを、今になって慌てる。学生時代の定期試験準備と似たようなもの。(さすがに社会人のときは、そんなズボラではなかったが)このたび、逃げ腰が治っていない。

きょうは、秋の「彼岸の入り」。3日過ぎ、4日目の23日土曜日には「秋分の日」。時間が前から来なくて、後ろから押すようになったのは幾年か。秋が人生にかぶさるようになってきたなんて・・・そんな感がしてしようがない。

(本ブログ関連:”彼岸”)

2017年3月17日金曜日

彼岸の入り 2017

今日は春の「彼岸の入り」。おかげさまの暖かさで、都心の最高気温は午後3時前に15.2℃になった。日なたを散歩すると、額にうっすら汗がにじむ。3月下旬並み、順調に春が近づいている。20日の「春分の日」を含む連休も、この陽気が続くようだ。

先月の今日、2月17日、都心の今年の最高気温20.6℃を記録している。ここまで暖かいものをとはいわないが、そろそろ最高気温15℃以上が欲しい。それに、最低気温を10℃以上でどうだろうか。深夜、早朝の冷え込みからそろそろ卒業したい。

ところで、「春分の日」(3/20)を中心にはさんで、その前後3日、合計一週間を「彼岸」と呼ぶ。今日は、その入り口の「彼岸の入り」だ。彼岸の言葉から、<秋>の彼岸の方が馴染みやすいかもしれないが、ブログに記したのは、なんと<春>の彼岸の入りの方が多いのだ・・・。

(本ブログ関連:”彼岸の入り”)

(付記)
今年は、イディッシュ語についても関心を深めたい・・・と思って講座に申込んだところ、参加希望者数の関係で、開講できるかどうか未確定だった。今日、通知があって、どうやら実施の運びになった。ホッと一息。

2016年3月17日木曜日

彼岸の入り2016

今日は、「彼岸」(3/20、「春分の日」)の3日前、「彼岸の入り」だ。寒さを感じさせない穏やかな一日で、近隣地の気温は何と、20.3℃(4月下旬並み、平年差+6.6℃、前日差+7.1℃)だった。通りで、過ごしやすく、ストーブもいらずに済んだ。

小学校の生垣に咲く、紫や白色の「沈丁花」の花は、日当たりによって違いはあるが、甘い香りを漂わせる。また、ある民家の通りに面した塀ぎわに立つ、「白木蓮」は、白く膨らんだ垂直の花を全身に、これ見よがしに青い空に飾り立てる。毎春、季節を楽しませてくれる花たちだ。

(本ブログ関連:”沈丁花”、”白木蓮”)

2015年3月18日水曜日

彼岸2015

今日から彼岸の入り。春分の日(3/21)の前後に3日を置いて、一週間を「彼岸」とする。春と秋の2回あるが、地元に檀家となる寺もなく、街全体同じ空気があるわけではない。

いまとなっては、彼岸の行事は田舎のような共同性というか、同じリズムの生活空間の中でしか実感できないのかもしれない。

ところで、彼岸は仏教の言葉としてだけでなく、以前は強い転換場所の意にも使われていたが・・・今、流行らないのかもしれない。パラダイムシフトも一頃ほど使われていないし。

気温10℃を寒暖の境界に考えていたが、このところの暖かさに、境界を20℃に上げたい気がする。彼岸の境地とはほど遠い、楽な方に流れてしまう。欲にきりがない。

・・・結論が、すべて「~ない」になっている。煩悩のまま。

2014年9月26日金曜日

彼岸明け

「秋分の日」(9/23)を中日として前後3日ずつ挟んで、今日は後半3日目の「彼岸明け」だ。

(本ブログ関連:”彼岸”)

彼岸だからといって、急にこの期間、仏教的な心の経験をしたわけでない。精神は日常のまま、いつも通り生活した。何にも変わりなかった、というわけだ。

地上に、宗教が色濃く反映する世界もあれば、「宗教」とはいささか無縁な世界もある。
私は、生活を緩やかに囲む自然に感応する、太陽が昇れば陽光に神々しさを感じるといった意味で、神道的な世界にいるのだろう。自然の変化とともに過ごすのに、経典や教典などまとまった導きの書を見たことはない。すべては、日々習俗として身に着けてきたものだ。

みんな生きている。熱帯雨林の熱気に蒸せるジャングルの中でも、針葉樹林の凍てつくタイガの中でも、みんな生きている、そして生きてきた。自然を知り、調和して生きていく方法を学んだのが、ある意味宗教的だと思うが。

密閉した人間の中に宗教を見いだそうとすれば、何かを見誤まるかもしれない。

2014年9月20日土曜日

彼岸の入り

今日は「彼岸の入り」だ。Wikipediaによれば、雑節の一つである秋の「彼岸」は、「秋分(=「秋分の日」の今月23日)」を中日とし、前後各3日ずつを合わせた計7日間ということで、今日がその前半部の初日となる。

(本ブログ関連:”彼岸”)

そんな仏教的な時節ながら、いかな境地に達する気配もない。深まる秋の寒さを心配して、昨晩なんかそろそろストーブでも出そうかと思案するのが精一杯。凡俗をきわめるには自信がある。

お話しかわって、今晩のNHKスペシャル「巨大災害(MEGA DISASTER)-地球大変動の衝撃」の第3集「巨大地震-見えてきた脅威のメカニズム」は、ちょっと刺激的で見入った。箇条書きにすれば、こんなことだろうか。
・プレートは、発生して移動する間に次第に厚さを増す。その重みで相手プレートの下に滑り込む。太平洋プレートの場合、海山の巨大な出っ張りを巻き込みながら滑り込む。
・滑り込むプレートに伴った出っ張りに抗して、上側の地中から大量の水が発生する。それがプレート境界面に流れ出て、プレートの滑り込みを容易にさせる。結果、地震が発生する。
・プレートの滑り込む進入角度が浅いと、摩擦面が多くなり、地震が巨大化する。その例として、チリの地震、日本の東海・南海沖地震につながるプレート面があげられる。
・これらのメカニズムの解明に大きく寄与した技術が、「地震波トモグラフィー」である。地震波を元に、3次元的に地球内部の構造をコンピュータを使って解析する技術だ。

明晩の第4集では、「火山大噴火」がテーマだそうだ。何だかタモリはうれしそう。

(本ブログ関連:”タモリの「三浦半島断層群を行く」”)

2013年9月26日木曜日

彼岸明け

「秋分の日」(9/23)を挟んで前後3日間の「彼岸」が今日明けた。そして、まさに<秋>の深まりを感じる。今晩の帰り道、風に驚いた。本当に秋なんだ。

今朝、テレビの天気予報で、雨雲レーダーに風向きの矢印を重ねたCGを見たが、太平洋沖を大きく東に方向を変えた台風20号の影響で、北風が吹き込むという解説があった。
今晩、上空にうなる音が聞こえたとき、ああ、これじゃあ<冬>だと一瞬思った。風は結構冷たかった・・・。

ところで、遠く離れた相手と通じるには今でも電話だろう。耳元の小さなスピーカーから流れる肉声はどんなにかすれていても実感する。イ・ソンヒの12集所収の「世界中が眠りに落ちた後から(온 세상 잠든 후부터)」(2001年)は、<雪の夜>の電話に最後の言葉を残すよう。


(Youtubeに登録のCool Kidに感謝)

2013年9月20日金曜日

彼岸の入り

来週月曜日(9/23)、祝日でもある「秋分の日」を中心に、その前後3日間ずつを合わせて計7日間を「彼岸会(ひがんえ)」と呼び、今日はその第1日である。仏教用語につながる言葉だが、実際は太陽の動きと関連した古い伝承のよう・・・いかに。

太陽の日照変化は、生存と生産にかかわる重要な現象だけに、世界の民族は春分、秋分の日にさまざまな行事をおこない平安を祈る。気候がいよいよ冬に方向を切り換える秋分の日の、今日はその入り口なのだ。

秋になると、イ・ソンヒの2集所収の「秋の風(갈바람)」(1985年)の聴かなければならないだろう・・・何度聴いてもすばらしい、秋の風にこころも奪われるよ。

(本ブログ関連:”秋の風”)


(Youtubeに登録のpops8090に感謝)