WWⅡの結果、多くの命が失われた。その被害は甚大だった。戦後復興のなか、新たな問題が帰還した兵士と彼の家庭を守った妻との間に発生した。
妻たちは、WWⅡを戦場と違う立場で担っていた。それは軍需工場で働き、市電の運転手として働き、帰宅しては子どもたちを育て、買い出しに出かけた。完全に自立した存在に変わっていたのだ。
そこへ、大戦で疲弊した男たちが帰還したのだから、何か問題が起こらないはずはなかった。
そこで、次の2点で、WWⅡ以後(戦勝国側・米国)の状況を Gemiini に問うてみた。
① ある意味無気力・無関心状態に、最悪PTSDに陥った帰還兵士と、彼らを銃後で工場労働者として、家庭の日常を支えた妻たちに間に決定的な齟齬が生じ、離婚率が急上昇したといわれるが、どうだったか?
➁ 戦後、映画やテレビのホームドラマで、戦争の影を覆い隠してしまうほどの戦後復興の隆盛を幻想したが、実際は、① の葛藤をどのように解決しようとしたか? その結果はどうだったか?
現在の世相の動きを考えるとき、歴史の追い風が奈辺にあったか知りたいところ。
■ Gemini ①
Q.WWⅡ後、モスクワでの離婚率が50%だったと聞いたことがあります。たとえば、東京、ロンドン、パリ、ニューヨークで、どうだったんでしょうか? 戦勝国・敗戦国で、爆撃があった国・なかった国で、といった違いがあるかもしれませんが。結果として、(今のような理念・性差別としてでなく)女性が実質的に社会進出するきっかけになったと思うのですが。
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A.戦後の離婚ピークと女性の自立(4都市・国の比較)
(国家をあげての)総力戦は(結果として)前線の兵士の心をも徹底的に破壊し、その壊れた心が家庭に持ち込まれたとき、経済的・精神的に自立しつつあった銃後の女性たちとの間で、もはや修復不可能な決定的な破綻(離婚)を迎えることになったと言えます。
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■ Gemini ➁
Q.子どものころ見た、アメリカのホームドラマ(たとえば「パパは何でも知っている」)に、戦争の影を微塵に感じることはなかったのですが・・・戦勝国の夫は家庭を仕切り・妻が守るといった構図がずっと続いているんだと思っていましたが。
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A.まさにその違和感、素晴らしい着眼点です。
私たちが子どものころ(昭和30年代=1950年代)にテレビで夢中になって見た『パパは何でも知っている』や『陽気なルーシー』・『うちのママは世界一』といったアメリカのホームドラマには、おっしゃる通り、戦争の暗い影や夫婦の確執などは微塵も描かれていませんでした。
白い郊外の一戸建て、最新の電気冷蔵庫や大型テレビ、美しいドレスを着てパパを笑顔で迎えるママ、そして頼りがいのある「何でも知っている」パパ。
実は、この「完璧で幸福な1950年代のアメリカ家庭」のイメージこそが、先ほどお話しした「戦直後の激しい家庭崩壊(1946年の離婚ピーク)」に対する、アメリカ社会全体の強烈なバックラッシュ(揺り戻し)であり、国を挙げた「壮大な軌道修正のプロパガンダ」だったのです。
歴史の裏舞台では、どのようなカラクリがあったのでしょうか。
1. ドラマが隠した「冷戦下の国家戦略」
1950年代に入ると、アメリカはソ連との「冷戦」に突入します。資本主義がいかに共産主義より優れているかを世界に示すため、アメリカ政府や大企業は「豊かで幸福な中産階級の家庭」をシンボルとして国内外にアピールする必要がありました。
テレビドラマは、その理想を国民に刷り込む最高のメディアでした。
戦後の混乱やPTSD、跳ね上がった離婚率といった不都合な現実はすべて画面から排除され、「パパが働き、ママが家庭を守るのが、もっとも正しく幸福なアメリカの姿である」という規範が徹底的に作り上げられたのです。
2. 女性を家庭に押し戻す「強硬な仕掛け」
戦時中、軍需工場などで大活躍し、経済的自立を覚えた女性たち(ロージー・ザ・リベッター)に対し、戦後のアメリカ社会は歓迎のステップを踏みませんでした。
● 職を追われる女性たち: 戦後、復員した男性に仕事を返すため、女性たちは次々と工場やオフィスから解雇されました。
●「家庭にいることこそが至高」というプロパガンダ: 雑誌やテレビ、心理学者までもが総出で「家事や育児に専念することこそが、女性の本当の幸福であり、愛国である」と説きました。
その結果、多くの女性が「自立の地殻変動」を経験したにもかかわらず、社会的な圧力によって再び家庭へと押し戻されることになりました。テレビで見た笑顔のママたちは、いわばその「成功例」として毎週放映されていたわけです。
3. 画面の裏に潜んでいた「病理」
では、ドラマのような完璧な家庭が本当に実現して、みんな幸せになったのかというと、現実はそう甘くありませんでした。
1950年代のアメリカでは、ドラマの裏側で以下のような深刻な歪みが進行していました。
● 抗不安薬(安定剤)の爆発的流行: 「幸福なはず」の主婦たちの間で、原因不明の虚しさや不安、うつ症状が蔓延しました。当時はミリタウン( Miltown )などの精神安定剤が「主婦の小さなお手伝いさん」と呼ばれ、チョコレートのようによく売れました。
● 1960年代の「不満の爆発」へ: この、無理やり型にはめられた女性たちの息苦しさを言語化し、世界に衝撃を与えたのが、1963年にベティ・フリーダン*が書いた『女らしさの神話( The Feminine Mystique )』(邦題「新しい女性の創造」)という本です。彼女はこれを「名前のない病気」と呼びました。
(*)Wikipedia:彼女の活動は、現在の極端な運動にまで進むことはなかったようだ。
歴史の「二重底」
私たちが子ども時代にテレビを通じて憧れた「豊かなアメリカの家庭」は、戦後の凄まじい離婚ブームと社会の混乱(一階部分)を力(ちから)ワザで覆い隠すために、1950年代の冷戦期に突貫工事で作られた「美しい二階部分(フィクション)」だったと言えます。
戦勝国の夫が家庭を仕切る構図がずっと続いていたように見えたのは、アメリカという国が「そう見せることに必死だったから」であり、その無理な蓋(ふた)は、のちの1960年代後半から70年代にかけて、ウーマンリブ(女性解放運動)やヒッピー文化、そしてさらなる離婚率の爆発という形で、一気に吹き飛ぶことになります。
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