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2009年11月8日日曜日

奥多摩むかし道

今日、旧青梅街道「奥多摩むかし道」のウォーキングに行く。同行のямадзаки氏と、<JR奥多摩駅>に10:00に集合して、<奥多摩湖>まで歩いた。思いの他きつい山道を踏破して、奥多摩湖のバス停に到着したのが何と16:30。JRの「ウォーキングマップ」パンフレットによれば「歩行時間」が3時間50分のところを、昼食と休憩時間を含めて6時間30分かけたことになる。正直行程を甘く見ていたことを反省。(休憩のとり過ぎ・・・スニーカーでは足が痛い。反省!)
驚いたのは、山道にあれほど時間をかけたにもかかわらず、帰りのバスは15分程度で<JR奥多摩駅>に着いてしまったのだ。

コース山道の紅葉は十分とはいえなかったが、この散策は、日頃の運動不足の解消とリフレッシュによかったと思う。帰りに<JR奥多摩駅>の2階の蕎麦屋で食った、熱い「たぬき蕎麦」が疲れを癒してくれた。
次回は何としても同行者に、<JR奥多摩駅>のそばにあるマンガンの<奥多摩鉱山>を紹介したいものだ。

2009年11月7日土曜日

イ・ソンヒの音楽環境

イ・ソンヒは、忠清南道の保寧(ボリョン)の山間に育った。ブログ「美しさ(아름다움)」の彼女の紹介文に、仏教関係者である父親に触れて次のような一行がある。
「仏教音楽梵唄(ぼんばい:범패)の伝授者の父をもっていたイ・ソンヒは、幼い時から高いキー(key)で歌手の素質を見せた。」と書かれている。

(「梵唄」は仏教用語で、仏徳をたたえる歌、経文に節をつけて唱えることで、「声明(しょうみょう)」を日本では、「梵唄」・「梵匿(ぼんのく)」・「魚山(ぎょざん)」ともいう・・・とのこと。)

幼い頃に葛藤があったなかで、イ・ソンヒが父親の修行をどのように見て、影響を受けたかは不明だが、梵唄が音楽環境としての役割を果たしたのではないだろうか。彼女の高音の美しさに、押し出すような芯の強さを感じていたが、それがわかるような気がする。

(本ブログ関連:7/258/27

(付記)
上記「美しさ」のブログで、1980年5月の光州のできごとを慰霊したとして「5月の陽ざし(5월의 햇살)」(歌詞:1989年のアルバム5集「私の街(나의 거리)」所収)について触れている。なお、この曲はブログ「鈍才の瞑想ノート(둔재의 명상노트)」で聞くことができる。

2009年11月6日金曜日

結晶世界の夢

子ども時代は夢を見るものだ。机の上で手のひらの石を眺めていた。スタンドの明かりをつけると、握りこぶし大の石(母岩)に群がった、数ミリ立方体の黄鉄鉱の結晶が突然反射した。光を受けた結晶面は黄金色に輝き、影の側は結晶を深く母岩にはりつけていた。

眩しく反射する黄鉄鉱の結晶群は誘う。虫眼鏡をとりだして、まるでルーペを使うように目に近づける。冷たい凸レンズの向こうの黄鉄鉱の結晶は、さらに巨大化して輝きをます。ゆっくりと、結晶世界を回転させる。ゆっくりと。あらゆる方向へ光のおもむくままに廻していくのだ。

そのとき、レシプロエンジンの音が聞こえてくる。そうだ、この結晶世界の上空を泳いでいることに気付く。機体を揺するようなレシプロエンジンの排気音は途切れることなく重く響く。石の表面を縫うように滑空しては、谷をまたぎ、尾根を越え、地平線を目指していく。すると、またその先に新しい結晶の世界がひろがる。

結晶世界に降下して低空をかすめるとき、手の揺れる分だけエンジン音が轟く。ゆっくりと反転上昇して高度を上げると、結晶世界はようやく落ち着きを取り戻した。光と影の無機質の結晶世界をいつまでも飛翔しつづけた。

(余談)
黄鉄鉱の英名Pyriteは、打撃で火を発する意を持つ。YouTubeの「Winterplay & Ibadi - Come Together」はそんな感じかな。
(YouTubeに登録のWinterplayboxに感謝)

2009年11月5日木曜日

メールストロムの施渦(せんか)

先日の、八丈島沖・漁船転覆事故から、奇跡の生還をされた方々を見て、生き抜いた意志の強さに驚くばかりだ。転覆漁船の暗闇のなかで、長時間の恐怖に耐え抜いた体験は察するにあまりある。そしてニュースで見た、ご家族との特にちいさな娘さんたちの出迎えを受けられたときの光景は忘れられない。(参考:「毎日jp」の生還記事)

ところで、昔、父の書棚に子ども達に見せてくれたことのない絵本があった。ときどき、だまってのぞいたが、結局行方を知らない絵本である。A4版ぐらいのサイズの薄い本だった。紙質のよくない頁は、のっぺりと黒地に塗られており、白のシンプルな線で物語が描かれていたような気がする。頁一面の暗黒の巨大な渦のなかに船が引き込まれていく不気味なページがあった。圧倒的な黒色の迫力を今も思い出される。

勝手な解釈だが、あの絵本はエドガー・アラン・ポーの「メールストロムの施渦(A Descent into the Maelstrom)」(1841)ではなかったろうかと思い、「青空文庫」にある「メールストロムの施渦」(佐々木直次郎訳)を読みなおしてみた。主人公は、巨大な渦に飲み込まれながら、渦の内側の光景を次のように描写している。

「自分のまわりを眺めたときのあの、畏懼(いく)と、恐怖と、嘆美との感じを、私は決して忘れることはありますまい。船は円周の広々とした、深さも巨大な、漏斗(じょうご)の内側の表面に、まるで魔法にでもかかったように、なかほどにかかっているように見え、その漏斗のまったくなめらかな面は、眼が眩(くら)むほどぐるぐるまわっていなかったなら、そしてまた、満月の光を反射して閃くもの凄(すご)い輝きを発していなかったら、黒檀(こくたん)とも見まがうほどでした。そして月の光は、さっきお話ししました雲のあいだの円い切れ目から、黒い水の壁に沿うて漲(みなぎ)りあふれる金色(こんじき)の輝きとなって流れ出し、ずっと下の深淵のいちばん深い奥底までも射(さ)しているのです。」

主人公が助かった方法が妥当か、恐怖からの生還に髪が白髪になることがあるかはこの際除外して、以上の描写を読んで、あらためて、あの絵本は「メールストロムの施渦」を題材にしたものだと信じている。

2009年11月4日水曜日

地球は青かった

YouTubeで偶然、「Stand By Me|Playing For Change|Song Around the World」を見た。
Playing for Changeは、音楽を通して世界に平和を呼び起し、結び付け、そして届けるためにつくられたマルチメディア・ムーブメントとのこと。どうやら、世界のストリート・ミュージシャンが歌う「Stand By Me※」を、しっかりと機材を準備して録音作成したようだ。
ベン・E・キングの「Stand By Me」(1961)は、ビルボードやキャッシュボックスなどの洋楽ランキング情報をラジオで聞いては翌日、教室で知ったふりして話していたあのなつかしい時代の曲である。それが、子ども世代にも思い出深いものになった映画「スタンド・バイ・ミー」(1986)で復活したのだから。

一人の歌手が歌うのを聴くのもよいが、世界の街角の歌い手たちが一つの曲を歌いつなぐのを視聴すると、不思議な一体感を覚える。むかし、宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリン(Ю.Гагарин)が「地球は青かった※※」(1961)と語った感覚を、今ではインターネットで世界中の誰もが共有できるようになったような気がする。
※※ 佐々木正明氏の「Cool Cool Japan」によれば、正確には「・・・地球に帰還して、タス通信の記者のインタビューに答えた記事に・・・『・・・地球の色は、優しく光る淡い水色・・・』」に見えたとのこと。

2009年11月3日火曜日

7集

頼んでいたイ・ソンヒのアルバム7集 「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면) 」(1991年:(歌詞))が届いた。以前、彼女のアルバム5集、6集を手にしたときと同様、歌詞カードがまるで新品である。不思議だ。

#2「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」アルバムタイトルで、心のなかだけ愛してくださいと・・・印象に残る曲だ。(作曲김진룡)
#5「この雨が止めば(이 비 그치면)」透明感があり、しっとりとしていてよい。
#6「あなたが去ったあとに(그대가 떠나신 후에)」ラテンリズムのちょっと歌謡調。
#7「恋文(연서)」このアルバムではこの曲がよい。心に空けた部屋で想う・・・編曲も美しい。(作曲김진룡)
#9「あなたは知っている(넌 알고있니)」イ・ソンヒらしい歌い方。(作曲김진룡)
#10最後に#2の演奏曲が奏でられる。

(付記)
DVD「ポンポン ポロロ」が入荷したとの電話を受ける。これから吉祥寺に出かけよう。
⇒ のんびり自転車で出向く。今日は風もあり、日陰を通るとぐっと寒くなる。無事、「ポンポン ポロロ」を入手。Yカメラ店の広いおもちゃ売り場にペンギンの縫いぐるみを探すが見つからない。

2009年11月2日月曜日

ペンギン

先日、「葛西臨海水族園」に半歳の孫が連れられて、水槽の回遊魚やペンギンを見て大層喜んだそうだ。特にペンギンがお気に入りだったとのこと。
水槽前でいきいきとした孫の動画をメールで見て、何か楽しませたいと思い、ペンギンにちなんで韓国の3Dアニメ「ポンポン ポロロ」のDVDを吉祥寺のYカメラ店に電話確認した。同店に入荷次第連絡の約束をもらう。
以前本ブログ(8/18)で触れたが、主人公ペンギン「ポロロ」の仲間のキツネ「エディ」の縫いぐるみを孫にプレゼントしたことがある。今回、主人公「ポロロ」の縫いぐるをインターネットで探したが見つからない。

ところで子供向けのペンギンキャラクターに、スイス(現在イギリス)のクレイアニメ「ピングー(Pingu)」というものがあるようだ。YouTube登録の「Pingu Goes Fishing」を見た。いたずらと仲良し(おともだち)という幼児へのおはなしとして上質な内容だ。
(YouTubeに登録のalientouristに感謝)

2009年11月1日日曜日

イ・ソンヒのドレス

イ・ソンヒには、真紅のドレス姿でステージに歌い男性ダンサーと舞う、「장미(Rose)」(13集アルバム「四春期」所収)の映像がある。(本ブログ関連:6/30
昨日YouTubeに、イ・ソンヒが「愛してもかまわないでしょうか(사랑해도 될까요 )」を歌う映像が登録された。バリトン歌手(장철호)に歌い招かれるように、白いドレスでステージに登場する彼女の姿はちょっと別人に見える。<歌手イ・ソンヒ>が、<女性歌手イ・ソンヒ>になってしまったとでもいうのでしょうか。それでもエンディングで、一目惚れしてときめきのままに愛を告白されてしまったように、とまどいながら眩しそうに見返す仕草は<歌手イ・ソンヒ>そのままです。5年前の「イ・ソンヒ 20周年記念コンサート」の一幕である。

残念ながら、関連YouTube動画が削除されたため、オリジナルの「愛してもかまわないでしょうか(사랑해도 될까요)」(유리상자(ガラス箱):男性二人組デュエット)にリンクする。映像の初めに登場する、カチンコ「SCENE」欄のロゴは、イ・ソンヒが所属する「フックエンターテインメント」のものだ。ちなみに、彼等が所属しているのは、「トライベクター(트라이 펙타)」である。
(本ブログ関連:4/22
(YouTubeに登録のgiangsonに感謝)

(参考)
YouTubeに登録のspodocskparkに感謝。
きれいな画質で素晴らしい。(音質および映像・音声同期がちょっと残念だが)
残念ながらYouTubeは「利用規約に違反しているため、この動画は削除されました。」と表示され見ることができなくなった。[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Dear J" Part 1/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Pray of Girl" Part 2/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Where the love falls"Part 3/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Autumn Wind" (West Wind) Part 4/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "I Want to Know" 알고 싶어요 Part 5/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "I Always For You" 나 항상 그대를 Part 6/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "추억의 책장을 넘기면" Part 7/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Can I Love You" 사랑해도 될까요 Part 8/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "My Street" 나의 거리 私の街 Part 9/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "I'm Alright" 괜찮아 Part 10/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Conflict" 갈등 葛藤 Part 11/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "아, 옛날이여" Part 12/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Beautiful Country"아름다운 강산 Part 13/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Shooting with Smile 한바탕 웃음으로 Part 14/15
[LIVE][Legend of K-POP] Lee Sun Hee 李仙姫 - "Dear J" Part 15/15

2009年10月31日土曜日

孫のハロウィン

半月振りに孫に会いに行く。毎回ながら初めは、お前は誰なんだいとじっと見つめられる。そのうちに、わたしの胡坐の上で足をピョンピョンと跳ねて遊んでくれるのだが・・・。しばらくすると、ほら!わたしの顔をみて笑ってくれる。これだから、可愛いったらありゃしない。
今日はハロウィンである。ハロウィンを知ったのは、高校時代にSFファンタジーのレイ・ブラッドベリの作品を読んだときだ。彼の短編集には、どこか叙情的な、詩的なものがあって、いわゆるSFハードコアが苦手な分、親しみやすかった。あの小松左京や、星新一の初期SF作品に、レイ・ブラッドベリの臭いを感じたことがある。
ところで、お嫁さん姉妹が、それぞれの旦那さんから、ディズニーシーMIRACOSTAの宿泊プレゼントがあったとのことで、そのお土産にディズニー・ハロウィン2009のクッキーをいただいた。最上階のテラスから夜の水上ショーの鑑賞を楽しんだり、朝食をしている様子をビデオで見せてもらった。孫も孫の従兄弟も、母親達のはしゃぎぶりとは対照的に、何となくあっけにとられているところが可笑しい。
いただいたハロウィンのクッキーは、もったいなくて、孫にありがとうをいいながら、一日に食べる枚数を制限しよう。

2009年10月30日金曜日

「ハン」

韓国文化院で開かれた講演会「『ハン』とは何か」(講師:公共哲学共働研究所長 金泰昌〔キム・テチャン〕氏)に行く。(講演会は2回あり、今回は1回目である)
タイトルの通り一般向けに、「ハン」の概念を歴史とからめて紐解いてくれた。「ハン」には「恒」と「恨」があることが説明された。
・「恒」は、「一、多、中、大、凡(およそ)」の意を持ち、「韓(はん)」につながる。(ちなみに「漢」は、一、大の意のみ)
・「恨」は、「忄(心)」に「(とどまる)」の文字で、内向きに我慢するの意である。
「ハン」といえば「恨」の文字を浮かべてしまいがちだが、今回の講演では「恒」の意義を中心に紹介された。次回講演では「恨」についても説明していただければと思った。
講演の終わりに、日本では「恨」の文字の方がポピュラーであると思うが、その理由について興味深い解説をしてくれた。それは、韓国の民衆神学が生まれた当時の軍事政権に反対する人たちに連動して、日本の一部インテリが「恨」の文字を強調したためではないかということだった。また神保町にある某書店の国語辞典に、いまだにその残渣があるような指摘をされた。

2009年10月29日木曜日

イ・ソンヒ ソウル市議会広報大使

「蘆原新聞(노원신문)」の記事「ソウル市議会、広報大使委嘱! 」(10/29)によれば、イ・ソンヒがソウル市議会から、<地方議会>初の広報大使に委嘱されたと、次のように報じている。
・ソウル特別市議会(議長キム・キソン)は、来る10月30日に、「国民歌手イ・ソンヒ」、「放送人イム・ソンフン(임성훈)」、そして「タレント イ・フン(이훈)」をソウル市議会広報大使に委嘱する。
・イ・ソンヒは、第3代ソウル市議員として活動した議会活動経験と共に、珠玉のような曲を熱唱してファンたちと深い共感をかわしながら、学生家庭助け合いチャリティーコンサートなど社会的に苦しい隣人のための活動を数多くしている歌手として知られている。
・今回委嘱される広報大使は、ソウル市議会の議院活動を市民により親密にスムーズに知らせる広報コンパニオン活動することになり、議会の映像物、ポスターなどのモデルにも参加する予定。

(追記)ソウル市議会「報道資料(보도자료)」:「ソウル市議会、地方議会最初に広報大使委嘱! 」(10/30

資料1.市議会「議会沿革」より: イ・ソンヒが活動した当時の市議会議員一覧(民主自由党〔民自党〕に所属)
資料2.市議会「議員情報(表示)」より: イ・ソンヒの履歴一覧が公報されている。
資料3.「市議会経歴」(上記資料2記載)より: イ・ソンヒの議員情報
ソウル特別市議会議員('91.7.1~'95.6.30)として、次の委員会に所属した。
・社会福祉委員会委員('91.7.1~'93.7.7 )
・保健社会委員会委員('93.7.8~'95.6.30)
・予算決算特別委員会委員('94.1.1~'94.12.31)

(本ブログ関連:8/31

(追記)
「アジアニュース通信(아시아뉴스통신)」の10/30の記事「国民歌手イ・ソンヒ、何見ているだろうか?」に、「ソウル市議会広報大使委嘱式」が開かれた中で、委嘱行事直後本会議場へ席を移して、市議会活動に対する概括的な説明を聞いている、イ・ソンヒの写真が掲載されている。

2009年10月28日水曜日

鉱物学博物館

東京MXテレビの夕方番組「5時に夢中」で、パリの鉱物学博物館(Musée de Minéralogie)が紹介された。情報ソースは、在仏日本人向けの「パリの新聞:OVNI(オブニー)」(毎月2回発行)の記事だそうだ。同館は、国立高等鉱業学校(Ecole des Mines)の付属博物館のようだ。展示スタイルは、複数の標本室が、標本室中央を貫く通路で連なっている。いかにも古典的な博物館である。そこには、まるで鉱物図鑑に載っているような色・形がきれいな標本が展示されている。

同番組は他局との差異を強調して、ニッチ情報中心に構成しているだけに、このような話題もあるのだろうと思ったが、日頃ユニークなコメンテーターたちでも言葉をつなぐのに迷っていた。鉱物学博物館の情報はニッチ過ぎるかもしれないが、よい情報だった。

ところで、同館を訪問している様子を映したYouTube動画にある、鉱物標本の名前あてを楽しんでみたが、次の通り?の連発。
【隕鉄>翠銅鉱>??>孔雀石>?天青石>?中沸石>??>ダイヤモンド・母岩>水晶>(蛍光鉱物・・・)>水晶(日本式双晶)>ダイヤモンド(Cullinan鉱山)>?水入り瑪瑙】
(YouTubeに登録のairesparisに感謝)

紅葉

先日、鉱物採集に向かったとき、清里高原をのぼるにつれて木々の紅葉の変化に驚き、目的地川上村では山肌が一斉に橙色に染まっているのを見てその美しさに感嘆した。

日本の紅葉は北から南へと南進すると同時に、山頂から麓へと広がる。紅葉のイメージといえば、色づいた山々の光景が浮かんでくるわけだ。ところでカナダのような大平地の場合、紅葉はいかにといえば、大地をおおう森林を北から横一列にまるで波が押し寄せくるようにして秋の色に染めるという。

全山橙色の川上村の景色を見て、朱色のアクセントも欲しいという感想があった。他方、京都の紅葉はモミジが朱に染まり、かえって朱が強調され過ぎるという話を聞いたこともある。紅葉の美しさゆえに、みなわがままになる。

2009年10月27日火曜日

冬哀傷

イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」」(歌詞)がYouTubeに登録されているが、「(概要)」に「winter lament '1989' / concert clip '2002' 」と記されている。「冬哀傷」は1989年の第5集に所収されており、この映像は2002年のコンサートということなのだろう。登録者は、その歳月を伝えたかったのかもしれない。
コンサートステージでは、第5集のものと比べて透明感をまして、全体に語りかけるようにゆったりと歌われる。そして、囁くように余韻をもたせて終わるとき、聴衆はその静かなエンディングに引き込まれて、おもわず歓声をあげる。
「冬哀傷」は美しい曲だ。冬の月明かりの景観に織り込むように、凍りついた心に残る情感を歌う。
(YouTubeに登録のdove2727に感謝)

(追記)ブログ「jaghelln2002のブログ」にイ・ソンヒが「冬哀傷」を歌うかなり以前の映像がある。

2009年10月26日月曜日

菊花煎

KBS WORLD Radioの「玄界灘に立つ虹」では、秋の話題で、<菊>について語られてきた。例えば、菊の花が日本へ輸出されていることや、菊茶(菊花茶)の飲み方について。それに、イ・ソンヒの歌「一輪の菊」まで聴かせてくれた。
そこで、次のようなメッセージを送ってみた。今日は、陰暦の9月9日「重九節」にあたる。「東国歳時記」(洪錫謨 著)の「九月九日」の項に、黄色の菊の花とモチ米で作る「菊花煎(국화전)」のことや、その時期の「登山」について「菊花煎」を山で食べたりする伝統が書かれている。現在、秋のソウル南山や北岳のハイキングに合わせて、このような伝統が引き継がれているのかを聞いた。
回答は、現在そのような習俗はなく、「菊花煎」は飾り餅(煎餅orチジミ(パジョン)のような?)の位置づけになっているようだ。家庭ではあまり見かけないらしい。
山に登って慰霊に合わせ「菊花煎」を食するという古俗が、記録に残っているだけのようだ・・・。

(追記)「オーマイニュース」の記事「菊の花いっぱい菊花煎」(10/22)がある。古に親しむためだろう、子ども達が菊の花を混ぜて「菊花煎」をつくるという。「菊花煎」について、菊の花がたくさん入っただけ苦い味だった・・・なんて、かわいいおはなしを聞かせてくれる。

2009年10月25日日曜日

甲武信鉱山

鉱物の会の鉱物採集会に参加する。採集地は、長野県南佐久郡川上村の甲武信鉱山である。現地は小雨を予想したものの曇天とはいえ、幸い雨に濡れることはなかった。山々はすっかり橙色に染まって紅葉していた。
同村の自然休暇村まえの道を南に2班に分かれて登る。第一の班は<石榴石・ベスブ石の露頭>までの急峻の山道を、第二の班は<自然金・ホセ鉱が採れる貯鉱所跡>までの距離も高低も少ない山道を登る。
以前の採集会では前者を選択して、2度転倒しつつ苦しいおもいで登った。今回は後者を選択したところ、せばまって流れの激しい沢に架けた丸太の上を渡らねばならないのだ。ヒヤヒヤもの。しかも帰りもこの丸太橋を利用せねばならないのだから。(なお、この丸太橋は会員の手になるものだ。感謝。)

成果は、自然金やホセ鉱は望むべくもなかったが次の通り。
・灰鉄柘榴石(灰礬石榴石)、方解石、硫砒鉄鉱、いただきもの(灰重石、水晶)など。
・第一の班に参加のxаякава氏から、ベスブ石、ヘスチング閃石などをいただく。

(付記)今回の採集会に、新企画出版局の「ミネラ」誌が取材参加した。

K-POPフリーク(10月)

KBS WORLD Radioのユンナ(ちゃん)の「K-POPフリーク」は毎回楽しく聴かせてもらっている。今回も紹介曲目だけをYouTubeとリンクする。(今後も同様)
★オ・ジウン(오지은):「Journey To The Sky」(日本のDaishi Danceとのfeat.)
★韓国でカバーされた日本の音楽:
・POSITION(포지션):「I LOVE YOU」(尾崎豊:「アイラブユー」、韓国での最初の大ヒット)
・パクキョシン(박효신):「눈의꽃」(中島美香:「雪の華」)
・CAN(캔):「2回目の冬の物語(두번째 겨울이야기:歌詞)」(サザンオールスターズ:「太陽は罪な奴」)
⇒(参考)CAN(캔):「冬の物語(겨울이야기)」
★ユンナのうた
・ユンナ(윤하):「기다리다(待ってる)」
★ラブメッセンジャー
・T-ara:「Lies(거짓말)」(歌詞:어떻게(どうしよう) ← えっ、ある?)
★CLAZZIQUAI PROJECT 「Love mode
(YouTubeに登録のsapphiresmile、mypuppyiz、lwhyuk、amplify82、realdocu、bobo2に感謝)

2009年10月24日土曜日

イ・ソンヒ大田コンサートCM

イ・ソンヒの本年最終ツアーコンサートが、11月1日(日)に大田で開催されるが、そのコンサートCMがNAVERの「イ・ソンヒ カフェ(이선희 - 카페)」に登録されている。 なお今回は、2回のステージ(午後2時、6時)がある。
(本ブログ関連:7/29

(追記)
本日、釜山で、イ・ソンヒのツアーコンサートが催されている。

2009年10月23日金曜日

韓国ポータルサイト

「朝鮮日報」の記事「韓国人がニュース取得するところ」(10/22)に、韓国広告主協会が先月、世界的なリサーチ会社ミルウォード・ブラウン(Millward Brown Media Research )に依頼し、全国の1万世帯(代表1人、1万人成人)を対象に行ったアンケート調査結果(2009 Media Research:有料)が載っている。そのなかで、インターネット関連については次の通り。
★ブラウザオープン時のホームページ
・ネイバー(64.3%) > ダウム(25.7%) > ヤフー(6.0%) > ネイト(2.9%)
・96.9%がポータルサイトをスタートページに設定している。
★オンラインニュースのソース
・ネイバー(56.1%) > ダウム(19.9%) > ヤフー(5.4%) > ネイト(2.6%) > チョソン・ドットコム(0.8%)

2009年10月22日木曜日

映画「家門の危機」

韓国文化院で開かれた「韓国映画・ドラマ上映会」に行った。「家門シリーズ」第2作の「家門の危機」を見る。(ちなみに、第1作は「家門の栄光」、第3作は「家門の復活」であるが未見)
物語は、ソウルに進出したヤクザ(白虎組)の跡継ぎである未婚の長男(シン・ヒョンジュン)が、むかしの恋人の面影がある女性と出会い恋に落ちる。彼女は何と暴対担当の検事(キム・ウォニ)だったのだ。そこに、女性検事の先輩の男性検事が登場して、彼らの仲を嫉妬するという狂言回しをするところがみそだ。
イ・ソンヒの「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」を、第1作「家門の栄光」では、主人公のヤクザの娘が想いをつのらせてピアノで弾き語りする。第2作「家門の危機」でも、何と狂言回しの男性検事がこの曲をピアノで弾き語りするものの空しく徒労に終わる。この男性検事(コン・ヒョンジン)は、お笑いコンビ「次長課長」の河本準一にどこか似ていて、憎めないのが可笑しい。
コメディ映画らしく笑いが随所にある。ヤクザの長となって家門を守る母親の還暦祝いに、怪しげなそっくりさんの歌手が出演する。その名も、ナフナに非ず<ノフナ>である。観客のアジュンマたちにとってはどうでもよかったようだが。
(YouTubeに登録のlsh1004732に感謝)