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検索キーワード「小原庄助さん」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
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2025年3月31日月曜日

きょうで3月が終わり、ことしも1/4が過ぎた、朝寝の小原庄助さんのこと

一年をカレンダーで区切り、季節で区切り、二十四節気で区切り、年中行事で区切る。一日だって、時計の短針、長針だけなく、細長い秒針で区切る。実にせわしい(今はデジタル表示が中心だが)。

それだけじゃない、一年を1/4、1/3、1/2(半分)といった具合にまとめて区切り、時の流れに嘆息する。無常と言って諦念する。いまさら悟りに及ばないのだが。とはいえ、のんびりと時間の経過に気付くのも悪くはない。

最近、寒い夜に電熱敷布の温度を上げて就寝すると眠りが深く、目覚めが驚く遅い時間だったりする。そんなとき、「会津磐梯山」に登場する、小原庄助さんの気分になる。
ー ただし、そのせいで自然観察会や探鳥会を、何度となく欠席することになった。これは大きな困りごとだ。

(本ブログ関連:”小原庄助さん”)

この小原庄助さんは、戦前のお座敷文化に合わせてレコード化された民謡の元歌(「会津盆唄」)に後付けされたといわれている・・・が、それ以前にも小原庄助さんが登場する俗謡があったという。そんな話題が、次のNHK福島のサイトにある。

■ NHK福島 WEB特集
「民謡・会津磐梯山『小原庄助さん』の謎」
    ー https://www.nhk.or.jp/fukushima/lreport/article/002/36/

朝寝して困ることがまだある。
① それは朝食後に服用するはずの薬の扱いだ。昼食時にずらせば、一日の服用回数が減ってしまう。小さな困りごとだが。
② 寝床で寝ぼけながら、きょうの予定に何かあったのではと思う。それがはっきりしないで、あわてるのも困りごとだ。

2026年3月9日月曜日

小原庄助

きょうの最高気温は 12.9℃ で、きのうと比べて0.7℃ アップしたに過ぎないのに、なぜか暖かい。風が大きく変わったからだろう、最大瞬間風速が、《南南東》の風 6.3m/s 、16:46(きのう《北北東》の風 10.6m/s、13:26)。

春の温みが増すごとに、なぜか <朝寝> が大好きになる。朝の明かりに目覚めどきと起床する必要がないし・・・することといったら <朝湯> ぐらいか。

<朝酒> は、いくらなんでもつらい・・・福島県の民謡「会津磐梯山」に登場する、小原庄助さんにはなれそうもない。つぶすほどの身上もないし。

(本ブログ関連:”小原庄助”)

「日本民謡集」(町田嘉章ほか編、岩波文庫)に掲載の歌詞に、誰れもが知る囃子がある。
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小原庄助さん  なんで身上つぶした
朝寝朝酒  朝湯が大好きで
それで身上つぶした
ァ もっともだ  もっともだ
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(「もっともだ」に、なぜか 志村けんの「もっともだァー」の顔芸が浮かんでくる)

■ Youtube(登録: sakura shounan)
「会津磐梯山」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=AWHNCQHm9IE

2017年12月28日木曜日

朝寝朝湯が大好きで

民謡「会津磐梯山」について、Wikipediaと「日本民謡集」(町田嘉章ほか編、岩波文庫)ともに、< 昭和十年ころ、小唄勝太郎がビクターからレコードを出して全国的に広まった > とある。昔はよく耳にしたが、今はテレビの紀行番組くらいでしか聞けない。

エイヤー 会津磐梯山は  宝の コラ 山よ」で始まる中で、囃子の「小原庄助さん  なんで身上(しんしょ)つぶした  朝寝朝酒  朝湯が大好きで  それで身上つぶした もっともだ  もっともだ」に登場する、小原庄助については、Wikipediaだけが採りあげて、しかも不明と記述している。(朝日新聞の「キーワード」には、それらしき人物モデルが存在して、墓まであるという解説があったようだが)

小原庄助は、朝寝朝酒、朝湯のせいで財産をなくすほど・・・財があったのか。昔は、そんなことできる者は限られていただろうけど、今は、その気になれば誰もできる。でも、誰彼やれば、社会生活は成り立たないし・・・。

朝酒はやらないが、朝寝、とりわけ朝湯は好きだ。今朝だって、窓から明かりが差し込んでくる湯船に漬かると、辺り一面湯気に霞んで、まさに温泉気分 実に愉快。若いころは、仕事終わりの風呂は夜遅くだったことを考えると、これくらいどうということもない。そういう歳になったのだから。ただし、湯疲れに用心、昼ごろになって、うつらうつらするやも知れず。

(昭和47年-1972年放送とのこと)

(Youtubeに登録のrakutennomuraに感謝)

2019年9月7日土曜日

夏仕舞い

民謡「会津磐梯山」に登場する小原庄助さんの「朝寝 朝酒 朝湯が大好きで・・・」を真似たところ、パソコンデスクの前でしばらく寝込んでしまい夢心地していた。だらだらと日中を過ごす・・・。

このままじゃ体が鈍ると公園散歩に出かけることにした。まだ西日がさす時刻、公園口から出てくる帰りの客とすれ違う。園内の樹上で「ミンミンゼミ」が、「ミ~ン、ミィ・ミィ・ミィ・ミィ~」と激しく鳴き続けていた。ちなみに、ミンミンゼミの地上での生活は、「7月下旬~9月上旬」とのこと。
(訂正)ミンミンゼミ: 「ツクツクボウシ」と間違えて記していたので訂正します。

ところで、セミが、地上に出て一週間の命しかないというのは誤りらしい・・・「10日以上の生存を確認」されたという。山陽新聞の記事「セミ成虫の寿命1週間は俗説! 笠岡高植松さんが生物系三学会最優秀賞」*(6/19)は、岡山県の高校生の観察研究を次のように報じている。(抜粋)
(*)記事: https://www.sanyonews.jp/article/909869
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植松さんは2016年の7月中旬から9月中旬にかけて、笠岡市内の住宅地や雑木林など4カ所でほぼ毎日、この調査を繰り返し、アブラゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミなど計863匹にマーキング。15匹を再捕獲し、4匹を再再捕獲した

植松さんは「なかなか再捕獲できず、調査の効率は非常に悪かった」と笑うが、調査の結果、アブラゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミの3種で10日以上の生存を確認最長生存確認記録はアブラゼミが32日間、ツクツクボウシが26日間、クマゼミが15日間だった。
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公園をぐるりと巡れば、太陽は西の果てに没したにもかかわらず、空はまだ明るい。でも確実に、日没の時間が早くなった。南の空に鈍色の雲が浮かび、南南東の風に乗って寄せて来る。

帰宅するころには、すっかり薄暗くなっていた。どこからか、ゴトゴトと物音がする。どうやら近隣の街で行われている「花火大会」のようだ。ネット情報によれば、鉄橋を渡る車窓から見える光景がよいという。来年は、行ってみようかと思う。

2024年4月26日金曜日

朝湯が大好きで

今日(4月26日)は、「良(4)い 風呂(26)の日」(日本入浴協会)だそうだ。そこで民謡「会津磐梯山」のお囃子「~朝湯が大好きで」にあやかり、「小原庄助(おはら しょうすけ)」さんのようにひと風呂、私も楽しみたいものだ。

(本ブログ関連:”民謡「会津磐梯山」”)

元歌「玄如節」を、「会津磐梯山」と命名して広く知られたこの民謡は、1934年(昭和9年)に、小唄勝太郎(1904年:明治37年 ~ 1974年:昭和49年)が歌い、ビクターレコードより発売された。特に「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで、それで身上潰した」というお囃子を追加したのは、彼女自身のアイデアによるものだったという(Wikipedia)。

とりわけ朝陽が射しこんで、湯けむりに包まれた湯船に浸かるのは、まさに至福のとき。気兼ねせず過ごす醍醐味が味わえる。そんなわけで、お囃子の通りに真似てみるが、朝寝と朝湯はできても、朝酒は今のところチョイとしんどいのが現状。

小唄勝太郎が歌う「会津磐梯山」が、Youtube(ビクターのSPレコード映像)にある <解説蘭> に、原曲(「カンショ踊り」*)を端唄風にアレンジしたとの記載がある。感謝。

(登録者の MrKan390に感謝)

(*)かんしょ踊
北会津村誌」(福島大学サイトに掲載)より
ー http://is2.sss.fukushima-u.ac.jp/fks-db/txt/10049.005/html/00482.html
ー http://is2.sss.fukushima-u.ac.jp/fks-db/txt/10049.005/html/00483.html
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 3、かんしょ踊 会津磐梯山という名で普及されている会津盆踊歌が、いつのまに、このような形で有名にな ったかをふりかえっておく必要があるように思う。

 もともとは甚句という名で呼ばれていた。高田甚句などが代表的で、正調会津磐梯山などの名で、高田の盆踊歌や、もっと古くからの個性をもつ本郷甚句などを大切に取扱うべきものかとさえ思っている。或は北会津村辺 の古老に、その古い流れをもっている人があるのではなかろうか。あれば、この際せめて録音なりとっておきた いと思ったが、今回はそこまで手が廻らなかったのは残念である。

 これを村々の人は、高田のかんしよ踊などと呼んでいたのを記憶している人は、まだある。気違い踊りという 意味で、明治初年に越後五ヵ浜より若松へ来ていた油締めの若い衆が、阿弥陀寺境内で踊って、熱狂的歓迎を受 けてから、この名が出来たなどという人もある。しかし言葉の内容、節廻しから、元歌は玄如節にあったのでは ないかと思われる。しかも、会津でも甚句の形で、各地独特の音調があったように覚えている。決して近年に発達したものとは思われない。

 大正十年頃大西玉子がキングレコードに吹きこみ、文部省の検定済になり、後に小唄勝太郎がビクターレコー ドに吹きこんで当ってから、全国的に普及した。そして、それが何時か会津磐梯山という名になり、小原庄助さ んのような合いのての囃子言葉までついて、その庄助が実在の人だとか、そうでないとかの論議まで生むに至っ ている。普及し、有名になったことは有難いが、甚句かんしょ踊歌には、もっと民謡としての個性に富んだ、 哀調もかみしめられる、郷土的な味の深い調子のものであったように思う。
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