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2017年12月3日日曜日

そろそろ「第九」の季節

年末、この時期になると、各地の交響楽団と合唱団によるベートーベンの交響曲「第九番」(合唱付)が演奏される。なぜ12月なのか、日本での盛況ぶりについて、いろいろ話題があるが、大勢でやれる恒例の(文化)行事になっているのだから、楽しめればいいのではないだろうか。(日本は年末行事が好きだし、ヨーロッパはニューイヤー行事が好きなようだ)

学生時代にオケラにいて、「第九」演奏で、ある金管パートを経験したことがある。発表場所も上野駅前にある演奏会場、といえば大層に聞こえるだろうけど・・・本当は・・・そうだったに違いない。

練習の際、分厚いスコア片手に、各パートの特徴部分を蛍光ペンで色付けしたりした。ところで、実際の演奏譜面はどうだったかといえば、ヴァイオリンの場合、冊子といっていいほどの厚さをしていたのに比べて、われらの金管パートは、(A3よりもちょっと大きい)用紙一枚の見開きに全4楽章があり、しかも第2楽章と第4楽章しかないのだ。(ベートーベンの時代、金管楽器は、リズム楽器的な扱いが多かった。歴史的なわれらの金管は、合唱と親和していたので・・・第4楽章が華だったのかな)

(本ブログ関連:”ベートーベン”)

まあ、そんなわけで、勲章は大きいけれど、内実は正直なところ、第3楽章の待ち時間がとても辛かった記憶がある。(ワグナーの時代になると、金管が俄然輝きをます・・・こちらはとても手に負えない)


(Youtubeに登録のRay Nittoloに感謝)

2017年12月2日土曜日

三隣亡

どういうわけか存ぜぬが、今日は「三隣亡(さんりんぼう)」で、ネットによれば、 < この日に建築をすれば火事を起こし、近所隣をほろぼすといって忌む日 > だそうだ。手元の日めくりカレンダーには「三りんぼう」と書いてある。

ご近所に新築現場があるが、誰も気にしない。(Wikipediaによれば)起源も不明、歴史も古くない、「三隣宝」から「三隣亡」へ、吉日から凶日に転じた俗信という。縁起でもないとはいえ、どうもピンとこない。家作りはそうそうないのだから。

年末になると、「火の用心」の掛け声が聞こえてくる。思いつきだが、今晩からこれを始めると、実感が増す気がする。夜分、寒い中を廻ってくださるボランティアのみなさんに、そんなこと正面から言えるわけはないけれど。

(本ブログ関連:”火の用心”)

この「三りんぼう」の発音、どこかのんびりした響きがして、凶日のイメージが湧かない。ひらがな書きすると、ますます気が緩む。

2017年12月1日金曜日

今日から12月

ついにやって来ました、12月が。年末も残り31日間しかありません。一年(365日)で見れば、11/12が過ぎてしまい、あと1/12しかないのです。いつものように、食ったリンゴで例えるなら、もう味わえるほどもないのです。

書店に、カレンダーどころか、「家計簿」までもどっさり並んでいます。気分は来年です。とはいえ、町に変わった様子は見られませんが、気ばかり焦ります。師走です。

実は、今日のブログ、テレビを見ていてうっかり今日中に書くのを失念してしまいました。タイムスタンプはアリバイ作りですが・・・日付が回った後から、つじつま合わせしています。

リンゴの例え話をしたので、イ・ソンヒの13集所収の「リンゴの木の下で(사과나무 아래서)」(2005年、作詞・作曲イ・ソンヒ、編曲チェ・テワン)を聴いてみましょう。

思い出に別離が刻まれては辛いでしょう。花咲くリンゴの木の下で、そんなこともあったねと笑えればいいのですが、そのときは5月、まだだいぶ先のこと。春になればと想えば、しばらく寒い冬も耐え忍べるかもしれません。

(本ブログ関連:”リンゴの木の下で”)


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2017年11月30日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-9th

先週、大学祭のための休講をまたいでの授業、久し振りの感がするのは不思議。何のことはない、日ごろこつこつと積み重ねを怠っていた証かも知れない・・・、かすかに雨粒を感じながら出かけた。

今回は、いろいろ豊富な授業だった。
・文法編:(名詞の<複数>の続き)複数形の作り方、① 接尾辞に、ער, -ס, -וח- を付ける、② 名詞の母音の変更、③ 接尾辞に、ן, -ען- をつける、④ ヘブライ語男性名詞に ים- を付ける。
         例 (Book)    複数     単数
         ----------------------------
         Yiddish      בוך   ביכער
         Hebrew    ספֿר  ספֿרים
                       [sforim] [seyfer]
         ----------------------------
その他の話題
・書籍:「Unchosen」超正統派コミュニティーからの離脱について(社会学者の調査を元にした本)
・DVD:  映画「א געשעפט」、前回、音声が聞こえなかったが、前半一部を鑑賞できた。
・余談: Tevaサンダル

前回の教室で、仲間に紹介された、イディッシュ語作家「アイザック・バシェヴィス・シンガー」の小説「悔悟者」(大崎ふみ子訳、吉夏社、2003年)を読んだので、感想方々持参した。俗(肉欲)なるものから聖なるものへの転換だが、実はそれが二重らせんしていて、作者は物語の背景にシニカルな独特な視点を持って描いているようだ。(主人公が作家に語りかけるといった体裁は、どこかで見たようで、随分と直截的だ)

(本ブログ関連:”アイザック・バシェヴィス・シンガー”)

(気分しか記憶にないけれど)大審問官との論争や、状況に屈する転向論のような苦さを、心に準備ないままこの物語から感じ取るには遠いかもしれない。「本来あるべきユダヤ人」をイメージできる知識も情報もないのだから。でも、主人公のヨセフ・シャピロが、悔悟者にいたるふらつきぶりが人間らしくて面白い。どうやら彼は、非ユダヤ的ではなくなったようだ。身の置き場をやっと見つけたといった方が、分かりやすいかもしれない。
(他の教室仲間も、この小説を読まれるとのこと)

ユダヤ人も、そのコミュニティーの中で、あるいはその出入りにおいて、それなりに大変でやっかいな問題を抱えながら生活しているようだ。人に共通なこと、ユダヤ人ならではのことで・・・。

2017年11月29日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 高麗の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/22)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、高麗時代の歌「双花店(쌍화점)」ほか関連する曲を紹介した。
(ネットの日本語放送未聴のため英語版ほかを参考にした)

始めに、高麗時代の歌「双花店」について次のように紹介された。
・「双花店」は、餃子店を意味する。「双花」は、最近の餃子ではなく、肉と野菜の具が小麦粉生地の中に詰め込まれたもの。発酵したワインで作られた味のないパンのようなもの。この歌に、イスラム教徒の商人が触れられたわけは、昔、高麗の首都(開京)に中央アジアのイスラム教徒商人たちが居住するコミュニティがあった。

▼ 高麗時代の「双花店」(推定の歌)を聴く。女性が行くところ男たちが手首をつかむという、大らかな時代か。

次に、高麗時代の <別れを惜しむ歌>「去りしや(가시리)」について次のように紹介された。
・高麗時代の俗謡は、朝鮮時代になって儒教精神のため排され、残るものが少ない。この「去りしや」も、「双花店」の歌と同様に推定された歌である。これらは、<「楽章歌詞(악장가사)」(高麗時代から朝鮮朝初期までの歌謡・楽章など集めた歌集)にある>。

▼ 高麗時代の歌「去りしや」を聴く。幻想的な雰囲気にして聞かせる、今様に。

最後に、高麗時代の「青山別曲(청산별곡)」について次のように紹介された。
・高麗時代に歌われた「青山別曲」は、朝鮮前期の成宗代に編纂された「時用鄕樂譜(시용향악보)」に記録された。それぞれの(階層などの)立場からさまざまに歌われた。

▼ <緑の山々で余暇と幸福の生活を送るための歌>「青山別曲」を聴く。今様に。

2017年11月28日火曜日

3人兄弟と魔物

シベリアの少数民族の民話集「シベリア民話集」(斉藤君子編 訳、岩波文庫)に、魔物に取り付かれた3人の兄弟の話がある。民話というか物語に、神話の祖形ともいえる共通な部分がある。3人の兄弟、長男と次男の非業の死と三男の活躍。その場面に <火> が登場すること、そして <生と死> が背中合わせのことなど。

(本ブログ関連:”シベリア”、”シャーマニズム”)

① ケト族の「月と太陽」の話。
3人兄弟の、上の二人はシャーマンで、下の一人は普通の人。ある夕方、家に魔物(ムィラク)が入ってきて、長男、次男に死を告げ、順に棺桶に入れてしまう。三男は戦い挑んで、逆に魔物を棺桶に閉じ込めてしまい、天に逃げのびる。若者は、そこで若い女性と出会って妻にする。七年後、兄たちの死を悼む彼は、地上に戻ることになる。
その機会を待ったように、魔物は、閉じ込められた棺桶から飛び出し、いどみ掛った。三男はやっとのことで魔物を棺桶に再び閉じ込め、天へ登りながら、妻からもらった「櫛」で森を、「火打石」で崖を作って魔物をかわし逃げた。
やっと妻の手を握った瞬間、魔物にもう片方の腕を掴まれてしまう。両方から引っ張られた彼は半身に裂けてしまう。以来、妻は昼の間、人びとを照らしながら夫をあやし、夜にになって妻が眠るとき、夫は半身で大地を照らすことになった。

② エベン族の「三人の息子」の話。
ある朝、祖父と三人の息子が住む家のまわりにヘラジカの足跡があった。長男は祖父の制止も聞かずあとを追った。そしてヘラジカを見つけて仕留めたが、日が沈み夜営することになる。夜の闇の中から老婆が現れて肉を求めた。そして寝袋と銃まで貸し求めた。明け方、老婆は熊や狼を呼び寄せ、長男を襲わせる。その翌日、同じくヘラジカの足跡を追って出かけた次男も老婆の手にかかる。
一番下の息子は、三たびヘラジカの足跡を追うことになるが、用心深く、老婆のたくらみを見破り反撃する。熊と狼の腹から、兄たち骨と肉を引き出す。彼は、老婆をいたぶって、兄たちが蘇るわざを聞き出して、「命の湖」まで連れて行かせる。老婆は焼け焦げる湖など使って欺こうとするが、ついに「命の湖」にたどりついた三男は、そこの水を持ち、老婆の背にまたがって、兄たちの元に戻り、蘇らせることに成功する。
三人は老婆を穴に投げ込み、虫けらになるまで燃やした。這い出そうとする虫けらを集めて三日三晩、灰になるまで燃やし続けた。みなが安心して暮らせるようになったのはそれからのことという。

民話、もっと大きくいえば神話やシャーマンの物語につながるストーリー。小屋の中、焚き火(たきび)のまわりで、ひとびとがじっと耳を澄ます時、語り継がれたものだろう。民族にとって、人間にとって、そこには教訓があるのかもしれない。死を厭わぬこと、その中で知恵を付けること。そして、帰還して繁栄に結び付けること。神話には基本のかたちがあるようだ。

2017年11月27日月曜日

方向音痴

子どものころ、自転車に乗って知らない場所へよく遠出した。闇雲に走るのだ。電信柱の住所表示が今ほどない時代、完全に道に迷うことになる。

そこから始まる。大平原や砂漠を旅するように太陽を眺めながら、現在地を推測しつつ元に戻るのだ。来た道をそのままたどるのではない。いかに、見知らぬ道を通り抜け、帰還するかを内心ヒヤヒヤしながら楽しんだ。

あるとき、中年になって、都心の地下鉄駅から地上に出て脳内コンパスが全く効かないことに気付いた。愕然とした。いったん、方向音痴を自覚してしまうと、以来見当がつかなくなる。常習化するのだ。自信をなくした。あっけないほどに方向音痴に身をやつした。

(本ブログ関連:”方向音痴”)

冒険心をなくし、都内地図も目にしなくなった。今は、方向音痴を認め、通りがかりの人に素直に聞いてしまう。意固地に気張ることも、信念を押し通すこともなく、考えてみれば、街の環境もすっかり変わっているわけで、自分の方向感覚がいつまで通用するものでもないと・・・そう考えたりする。(たまに通る道で、すっかり更地になった空き地を見て、さて以前何があったか思い返しても浮かんでこないことがある。ましてや街の様変わりはなおさらだ)

2017年11月26日日曜日

(資料)朝鮮の地震(明治38~昭和9)

国立国会図書館のデジタル資料に、近代朝鮮半島の地震観測資料がある。「朝鮮気象三十年報」(朝鮮総督府観測所編、昭和11年(1936年))に掲載の、「十三章 地震」(隼田公地 執筆)に、明治38年(1905年)~ 昭和9年(1934年)の30年間の、各行政地域別地震発生回数が表示されている。

行政地域ごとの測候所・簡易観測所で観測した地震回数が記されている。地域別に最大観測回数の観測地とその回数を転記するにとどめる。
・当時、観測の地震震度は、微震~弱震程度
・測候所は十数か所、簡易観測所は150数箇所

行政区域  観測地     回数
----------------------------
平安北道  龍岩浦       6
平安南道  平壌        16
黄海道     馬山          4
京畿道     仁川        31
忠清北道  報恩        12
忠清南道  扶余        12
全羅北道  全州        15
全羅南道  木浦          8
咸鏡北道  清津          1
咸鏡南道  元山          7
江原道     横城          5
慶尚北道  大邸         15
慶尚南道  釜山・昌寧  6
----------------------------

上記は、参考資料であって、観測設備や機器の精度など、現在と比べるべき点があるかもしれないが、大邸は昔ながらの地震観測地であるようだし、他地域にも特異な偏りが見られるようだ。

2017年11月25日土曜日

公園のススキ原

朝、起きるのがつらい季節になった。勢いで起床しても、しばらくストーブで暖まる。着替えも遅れ、外出までに時間がかかる。窓越しに陽射しのぬくもりを感じる昼ごろ、ようやく出かけた。

昨日、「外語祭」の帰りに寄り道した公園に隣接する小公園を散歩する。太陽の高度は低くまぶしい。やがて、遠くの木立の奥に落ちると、一挙に冷えびえすることを知っている。長居はできないけれど、しばらくベンチで温もる。そして、うつらうつら心地よい時を過ごす。

目の前の河原に群生するススキは、逆光の中で穂を真っ白にして揺れていた。冬を知って身支度をしているようだ。そんな様を見ていると、おじさんはなぜか身近に感じる。

堤を(滑るように)よろよろと降りて、秋空に浮かぶススキの姿をカメラにおさめた。

2017年11月24日金曜日

外語祭 2017

平日の金曜日、人出を案じつつ、「外語祭」(11/22~26)に出かけた。ここ数年、学生たちの演じる <語劇> の観劇を楽しんだが、今年は大学祭の雰囲気だけ味わうことにした。(日頃お世話になる者の勤めとしてお邪魔したしだい)

(本ブログ関連:”外語祭”)

キャンパス中央にある円形広場は、思いのほか多くのひとびとであふれていた。平日もあって、(受験生や家族連れというよりは)他大学の若者たちが中心か。もちろん、年配者もそれなりに隙間を埋めていたが。(他方、講義棟の展示は少々寂しい気がした・・・)

広場を囲む回廊に、学生たちが専攻する言語と密接な民族料理店が開かれていた。いわゆる大学祭の屋台だが、ここは外語大らしい品揃えになっている。ビルマ料理の屋台で、菓子「サヌイマキン」(少し弾力のある < ココナッツミルクと小麦粉で作る優しい味のしっとりケーキ >)とミルクティー「ラペイエ 」(ものすごく甘い < 濃厚なミャンマー風ミルクティー >)をいただく。今年も甘い菓子を楽しんだことになる。

帰り道、紅葉に彩られた公園に寄る。人影はまばらで、辺りは静まりかえっていた。まさに黄、紅、茶、緑の色づくし。春の生気あふれる華やかさと比べて、やがて冬を迎える束の間の紅葉に染まった公園には、落ちついたたたずまいがあった。

2017年11月23日木曜日

勤労感謝の日 2017

今日は国民の祝日「勤労感謝の日」、勤労を尊ぶ日だ。昔、子どものころ、食事が済んで茶碗に飯粒が残っていたりすると祖母にたしなめられた。「お百姓さんが一生懸命働いて作ってくださったものを、最後まで大切に食べなさい」と。食事を通して、勤労との結びつきを知り、子どもながらにもそれを感謝する(単に商品ではない)意義を理解できたと思う。

(本ブログ関連:”勤労感謝の日”)

この祝日に、収穫祭でもある、宮中の「新嘗祭(にいなめさい)」がある。国民行事の名から離れてしまったためか、戦後生まれの者には、あまり身近に感じることはなかった。親世代が口にした、昔の行事といった記憶でしかなかった。(もし近くに水田があって、米の収穫を目にし、神社へ奉納する祭事があれば、違ったろうけれど)

歳をとると、伝統のいわれが気になるものだ。新嘗祭に、新米を食べることを知れば、その継承の必要性もわかる。<勤労感謝の日> と <新嘗祭> がようやく結びつき、実感するようになった。

今年も、電車内に、新米ブランドの広告が賑やかに飾られた。次々と新しいブランド米が出てくると、何がいいのか、どうやって食べればいいか気になる。美味い食べ方を知りたいものだ。

(付記)
木曜日に定例の「イディッシュ語」教室は、大学祭の期間中でもあり、休講となった。この余裕を、何に振り向けているというのか・・・。

2017年11月22日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 步虛子

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「步虛子(보허자)」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、中国伝来の「唐楽(당악)」曲、「步虛子」と「洛陽春(낙양춘)」について次のよう紹介された。
・韓国伝統文化も、他文化との交流を通じて発展してきた。伝統音楽も同様、古来の「太平簫(태평소)」は中央アジアの、「奚琴(해금)は遊牧民の楽器だ。「仮面劇(탈춤)」に「獅子舞(사자춤)」があるが、韓国に獅子はなく、他地域の影響が推測される。現在ある宮廷楽には、統一新羅~高麗時代に中国伝来の唐楽曲の、「步虛子」と「洛陽春」がある。一千年以上経たものの、他の宮廷楽と少し違う。「步虛子」は、元々、漢詩歌詞があったが、吹奏楽だけが伝わる。

▼ <空中を歩く> 意の「步虛子」の演奏を聴く。そう思って聞けば浮遊感あふれるよう。

次に、歌詞を(復元という名で)盛り込んだ「步虛子」について次のよう紹介された。
・現「步虛子」は、道教との関連を推測して、国家太平を祈る歌詞が盛り込まれる。<天の美を仰ぎ、天の楽を奏でると、金色の鳳凰、銀色の鵞鳥が並ぶ>と平和な様を表わし、<王の長寿、民の平安、天の楽があまねく広がるよう、この杯を捧げる> という。ゆたりとしたテンポ、平和なリズムだ。

▼ フュージョングループ演奏によるモダンに編曲された「步虛子」を聴く。こちらは近距離で露に聞くよう。

最後に、中国宋代の政治家で文人「欧陽脩」(1007年~1072年)作「洛陽春」について次のように紹介された。
・もう一つの曲、中国宋代の政治家で文人「欧陽脩」作と知られる「洛陽春」は、<夕日の春> の意を持つ、(1960年代に付した)歌詞も幻想的だ。<まだ日は昇らないのに、鶯の鳴き声が響き> で始まる、幻想的な様を表わす。<渡り鳥にむかって、夫の便りはないかと尋ねる> 歌詞。愛する人を待つ想いを表わす歌だ。

▼ コムンゴとフルート二重奏に編曲した「洛陽春」の演奏を聴く。掌に聴くような小品、印象深い。今様に。

2017年11月21日火曜日

イ・ソンヒのトロット・メドレー

イ・ソンヒがカバーする歌の範囲は果てがなく、どのような歌も、あたかも持ち歌のごとく聴かせる。それも、原曲へ敬意を込めてそこなわず。だから、誰もが受け入れ、納得する。次のYoutube映像にあるように、舞台でトロットのメドレーを披露したときの、会場の雰囲気からそれが容易にわかる。

(本ブログ関連:”トロットメドレー”)

しかも、彼女が最初に歌う、「愛しか私はわからない」の原曲歌手のシム・スボンは、かつて、「後輩歌手たちが歌った(自分の)『愛しか私はわからない』の中で、イ・ソンヒの歌が最も印象に残る」と語ったほど。

イ・ソンヒの歌唱力から、果たして彼女のジャンルは何かと聞かれるたび、どう答えていいのか戸惑うことがある。そこで、イ・ソンヒについてする説明は、「国民歌手」といわれている、ということから始める。

曲目:
・シム・スボン(심수봉)の「愛しか私はわからない(사랑 밖에 난 몰라)」(1987年、6集)
・ナフナ(나훈아)の「ムシロ(무시로)」(1989年)
・チュ・ヒョンミ(주현미)の「片想い(짝사랑)」(1989年)


(Youtubeに登録の526apolloに感謝)・・・何度も使用させていただきます。

2017年11月20日月曜日

忘れもの

日付が過ぎたことに気付いた。あわてて時間を巻き戻し、11/20として登録する。言い訳ついでに、忘れものについて記す。

忘れもの。小さなことは、そこらじゅう掃いて捨てるほどある。間近に物を見るため、眼鏡を頭に置いたのを忘れ、後で探すなんて珍しくない。逆に、忘れぬ工夫のため、目につく場所に物を置いたり、壁に吊したりするようになった。ドラマで記憶を失う病に侵されたヒロインが、ポストイットにメモして壁に貼るシーンがあるけれど・・・おじさんだと様にならない。ただ、だらしないたたずまいになるしかない。

「見える化」という、仕事のプロセスの要所要所で、成果を分かりやすく図表化する方法がある。これは、 明確な最終目標があればこそだ。一方、日常の忘れもの防止では、目に付くよう、生活の場に置きっぱなし(あるいは吊るしっぱなし)するでしかなく、めざとさが返って収拾のつかないものになる。

そうした対処方法は、老化の特徴といわれる。以前テレビで見た老人は、ベッドに横になりながら、孫の手のようなもので、四方の壁に吊るしたものを手探りして手元に運んだ。究極のものぐさ姿に感心したが、ちょっと心配だ。

中島みゆきの「忘れな草をもう一度」(1982年)を聞きながら、明日の片づけを考えている。おじさんも、そんなかどうだかの 忘れものの <荒野> にいる。
彼女のアルバム「Singles」(1987年)で初めて聴いた・・・残念ながら、Youtubeで彼女のオリジナルを聴くことはできない。(Youtubeに、素晴らしいカバーものがある)

2017年11月19日日曜日

岐阜基地航空祭、 空を飛ぶのを見てきました

昨日から1泊2日のバスツアーで、「2017 岐阜基地航空祭」に行ってきました。何を見たいかって、それは次の三つです。会場(基地)の広さに押されて、下記①のみの見学を実施して、後はギブアップしましたが、幸い、飛行は空を見上げればどこからでも見られるわけで、バス駐車場広場に戻って観察した次第です。(追記: 中日新聞記事(11/20)「主催者によると前年の二倍を超える十三万人が来場」)

(本ブログ関連:”飛行機”)

① 先進技術実証機「X-2
・今年の全国航空祭で、唯一、岐阜だけに実物展示されたそうだ。雑誌やYoutubeで見た赤と白の軽快な姿が目の前にあった。早めに会場に到着したので、30~40分待ちの行列だったが、その後は1時間半待ちといわれた。(現在の姿は、エンジンサイズに見合ったものとのことで、最終的なスタイルは、雑誌などでいろいろ予想されている)

② 「ブルーインパルス
T4練習機による編隊曲技飛行(同基地4年振りの飛行とのこと)。以前、2014年の入間航空祭で見て以来だ。今回は小雨もあり、編隊をくずさずの飛行に徹したようだ。ただし、編隊を組み直すため、分散して低空の旋回もあり、排気方向が地上(丁度バス駐車場)の観客方向になった瞬間、エンジン音の轟きは凄かった。(爆音で楽しむだ)

③  室屋義秀パイロット
・「2017年度 エアレース世界選手権」チャンピオンの室屋義秀パイロットによる曲技飛行。次のYoutube映像は、高い位置からの撮影のようで、(Lexus標示の)エクストラ300が地面すれすれを飛び、垂直飛行でキリモミしながら降下するのがわかる。小型機の能力いっぱい使いこなす、考えられない才能と、ありえない強靭さで、飛行の安定性を示してくれる。(見ながら、心の中で「もういいよ!」と何度叫んだことか)


(Youtubeに登録のk163k163に感謝)

また、F-14の低空の飛行があり、まさに腹に響く怒涛の爆音を響かせ旋回した。以前映画の音響で、大音響セットなるものを経験したが、ジェットエンジンが発する生の音を超えるのは不可能だろう。

屋外の保存展示に、F-1(三菱重工製)があった。何度見ても、F-4ファントムとヨーロッパ(英仏共同開発のジャギュア攻撃機)のキメラのようで・・・今回、フランス人がしきりになぜていた。
別の屋外展示場に、懐かしいT-33があった。昔、アルミ蒸着のT-33プラモデルを作った・・・今に思えば、もっと丁寧に仕事すべきだったと、それにF-86Fがあったが、やっぱり朝鮮戦争の臭いがする。

2017年11月18日土曜日

トワ・エ・モア「空よ」

子どものころ、夢で、何度空を飛んだことだろう。羽ばたきしながら上昇し、滑空してしばらく身を任せるのだが、決まって失速する。あわてて、はばたきを繰り返す。でも、結局、力尽きて地面に軟着する。幸い激突することはなかったが。

「ワルキューレの騎行」よろしく雲の中を突き抜けたり、宙返り(ループ)したり急旋回することもない。夢の中の飛翔は、飛ぶことの難しさを確認させたわけで、実りない夢だったかもしれないが、そのたび、あっ飛んでる、今度こそはと期待した。

せめて実際に、飛行機の飛ぶ姿を見たい。専門家の雄姿だから安心だ。

フォークの系譜と思う、デュエットの「トワ・エ・モワ」が歌った「空よ」(1970年)は、もっと心象的な空の歌なわけで、願いをかける空であり、すべてを見通す空、未来への空であり、過去を知る空。そんな、空も我がものにしてしまう、若いロマンチックな歌だ。


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2017年11月17日金曜日

韓国慶尚道の地震(続)

一昨日(11/15)の韓国慶尚道の地震について、韓国内で最近続く現象に関心持たれている。地震の原因を、韓国の記事(11/15、朝鮮日報/朝鮮日報日本語版、Chosun Online)は、九州-慶州-浦項の「地震ドミノ現象」といった表現をしている。

そこで、地震の規模や頻度について、国立研究開発法人「防災科学技術研究所」の「Hi-net地震観測システム」による自動処理マップで、日韓の状況を照らし合わせれば一目瞭然。次図は、ここ一ヶ月間(2017.10.18-2017.11.17)の地震状況を示したもので、日本は地震が日常化し、むしろ韓国の慶尚道の地震の唯一さが際立っている。

Hi-net地震観測システム自動処理Map

断層の所在により地震被害の受け方(直下型、津波、山崩ほか)が異なるので、むしろ韓国の国レベルの断層地図を知りたい。(2016年9月14日:中央日報日本語版、2016年9月23日:Chosun Biz

(追記)
・中央日報日本語版:「韓経:<韓国地震>地質基礎研究不足…続く余震に不安()、()」(2017年11月17日、韓国経済新聞社の記事)
・Daum掲載:「地震リスクこんなに大きいのに・・・断層帯上に原発の集中したわけ」(2017年11月16日、SBS記事)
SBSニュース(断層帯上の原発)

2017年11月16日木曜日

秋期イディッシュ語 2017-8th

家を出て、ふと気になることがある。足元のズボンを確認して安心する話だが。昔、ある作家が、確か妹に女優がいて、彼が長い外套を掛けて外出したとき気付いた。なんと、ズボンを履いたつもりが、ステテコ姿のままだったというのだ。今まで、私にそんな経験はないけれど、ときどきこの話を思い出してあわてる。

いったん知ってしまうと気になるもの。学生時代、指導中の教授が雑談で言った。人間って、視覚に自分の鼻の存在を気にし始めると、止められないと。これも聞いて以来、寄り目して自分の鼻を見ないようにしている。

イデシッシュ語の授業で、名詞の性の見分け方について、理屈があればいいか、それともエイッとばかり覚える方がいいか話題になった。ひとそれぞれ、覚え方まで「性分」がありそうで・・・どちらがいいか、こればかりは偏れないしかたまらない。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”秋期イディッシュ語”)

授業は着々と進んでいる。
・文法編: ① 名詞の性(男性、女性、中性)とその見分け方、② 名詞の格(主格、[所有格(属格)]、予格、対格)、 ③ 複合名詞(性は最後尾の名詞に従う)
・練習編: 動詞(現在)の不規則人称変化

ところで、(超正統派による)イディッシュ語で作られた映画「א געשעפט」(A Gesheft:The deal、2005年)を紹介されたが音声が出ず、次回持ち越しになった。

(1時間30分もあるので初めだけでも・・・犯罪の臭いがするが、何だか市民劇風で・・・)
(改)Youtubeが削除のため、代わって次の予告編をエンベッドする)

(Youtubeに登録のRabbi Pollack⇒Yiddisherに感謝)

韓国慶尚道の地震

昨日(11/15)、韓国慶尚道で地震が発生した。同地域は、昨年の7月5日に蔚山沖、9月12日に慶州市でマグニチュード5クラスの地震があり、連続して起きている。慶州市付近の南北および沿海に九つの断層があり、慶尚道海岸線には原子炉が密集している。

(本ブログ関連:”韓国の地震”、”韓国の地質”)

NEWSIS/朝鮮日報日本語版の記事「韓国気象庁『浦項の地震により韓国全域で揺れを検知』」(11/15)は、次のように報じている。(抜粋)

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・15日午後2時29分ごろ、慶尚北道浦項市北区マグニチュード5.4の地震が発生した。韓国気象庁は「今回の地震により、韓国全域で揺れを検知した」と発表した。

・イ・ミソン地震火山センター長は15日午後、ソウル市銅雀区の気象庁本館で緊急ブリーフィングを開き、「きょう発生した地震で、慶尚北道では最大震度6*を感じ、江原道・慶尚南道・大邱・釜山・蔚山・忠清北道などでは震度4、全羅北道では震度3を検知した」と発表した。

(*: 韓国の地震の震度=「メルカリ震度階級」)

・イ・センター長は、余震の有無などについて「頻度が減ってはきたが、昨年発生した慶州地震の余震がまだ続いている。今回も数カ月は続くものとみられる」・・・と語った。

・なお、昨年9月12日に慶尚北道慶州で発生したマグニチュード5.8の地震による余震は、現在までに合計640回観測されている。内訳は▲マグニチュード1.5-3.0未満618回 ▲3.0-4.0未満21回 ▲4.0-5.0未満1回。
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2017年11月15日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 男寺党の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「男寺党(ナムサダン)の歌(남사당의 노래)」ほか関連する曲を紹介した。

始めに、旅芸人の「男寺党」と詩人「盧天命노천명)」(1911年〜1957年)について次のように紹介された。
・昔、国中を彷徨いながら色々な芸を演じて生計を営むさまざまな集団があった。彼らが村を訪れると、祭りの雰囲気になった。その中に男だけの集団「男寺党牌(남사당패)」もあった。六つほどの芸を披露し、広い庭で農楽を演奏したり*、皿回しに似た遊びを披露した。綱渡りはヒヤリとすることから、氷の意の「オルム(어름)」と呼んだ。また、木製の胴に紐をつけた「操り人形(꼭두각시)」もあリ、その動く様が、人の首筋をつかむように見えることから、首筋の意の「ドルミ(덜미)」と呼ばれた。
・旅芸人を歌った「男寺党の歌」は、詩人「盧天命」の詩を歌にしたもので、<銀の指輪をはめてあげたい娘がいたが、次の日にはまた去らねばならない>という内容。彼らは、世の中で最も低い身分で、村を彷徨うのが仕事だった。だが、芸を始めると、自然と興が沸いたことだろう。

▼ 「男寺党の歌」を聴く。詩情あふれる旋律、運命と哀切、どこまで届く、今様に。

次に、パンソリ「興甫歌(흥보가)」に男寺党牌が登場することについて次のように紹介された。
・善人の弟興甫(흥보)と、悪人の兄ノルボが登場するパンソリ「興甫歌」で、兄ノルボがヒョウタンを割ると、中から男寺党牌が出て来てノルボを冷やかす、ユーモアに表現する場面がある。

▼ パンソリ「興甫歌」から、「ノルボの最初のヒョウタンから男寺党牌が出てくる場面(놀보 첫번째 박에서 남사당패 나오는 대목)」を聴く。ヒョウタンから次々出てくるそうだ。

最後に、京畿道安城地域の男寺党牌にいた女性ボス「バウドギ(바우덕이)」について次のように紹介された。
・男寺党牌は男だけの集団だが、朝鮮時代末、ソウル近郊の京畿道安城地域の男寺党牌は、なぜか「バウドギ」という名の女性がボス役をした。彼女がなぜ男寺党牌に入ったのか、生涯につい不明だが、綱渡りに才があり、宮中で綱渡りをすると、感動した王族が高い官職を与えたという。

▼ 「男寺党の空」から「男寺党の歌」を聴く。随分と荘厳に聞こえる。

(*)これら芸を行う場所を指して「パン(판)」、地面に転がって芸をするのを「サルパン(살판)」(生きる場の意)といい、うまくできれば生きる場、できなければ死ぬ場としてそう呼んだ・・・とのこと。