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2014年12月18日木曜日

(資料)2014年を輝かせた歌手 - イ・ソンヒ曲3位

本日(18日)、韓国ギャラップ(Gallup)による、年末恒例の今年を輝かせた人物調査で、歌手編について結果が発表された。今年はイ・ソンヒのデビュー30周年にあたり、期待通り、今年を輝かせた歌手の中で次の通り上位にランクされた。

(本ブログ関連:”ギャラップ”)

メディアの過去を含めた大衆音楽レビューに、90年代以降から含めるケースが多い中、それ以前の真の実力ある歌手が上位にランクするのは、昨年のチョー・ヨンピルに続くものであり、中高年層を大いに安堵させることだろう。

イ・ソンヒは、今年の歌謡曲目で、デビュー30周年を記念してリリースした15集のタイトル曲「その中であなたに出会って」が3位にランクされた。また、歌手ランクとして、40代、50代でそれぞれ1位となり、世代を通じても4位であった。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒのデビュー30周年”、”チョー・ヨンピル”)

今年の歌謡曲目(%、3曲まで自由回答)

歌手 曲目
1位 IU あなたの意味(7.7)
2 ソユ × チョンギゴ Some(4.6)
3 イ・ソンヒ その中であなたに出会って(4.5)
4 ソテジ & IU 昭格洞(4.5)
5 Ailee 触れないで(4.3)

今年を輝かせた歌手-年代別(%、上位5位、3人まで自由回答)

10代 20代 30代 40代 50代
1位 EXO(31.0) IU(20.1) IU(17.9) イ・ソンヒ(14.8) イ・ソン(13.5)
2位 Girl's Day(20.7) SISTAR(18.1) 少女時代(14.4) チョー・ヨンピル(12.5) チョー・ヨンピル(12.7)
3位 BEAST(16.9) 少女時代(17.9) SISTAR(13.3) イ・スンチョル(11.7) チャン・ユンジョン(12.0)
4位 IU(15.6) EXO(17.3) Girl's Day(8.9) 少女時代(11.1) イ・スンチョル(10.4)
5位 少女時代(12.3) Girl's Day(12.6) 이승철(8.5) SISTAR(9.8) テジナ(9.6)

2008年~2014年を輝かせた歌手(%、3人まで自由回答)

2008年2009年2010年2011年2012年2013年2014年
1位

2位

3位

4位

5位
WonderGirls
(22.2)
BIGBANG
(21.2)
チャン・ユンジョン
(9.9)
少女時代
(7.8)
イ・ヒョリ
(6.5)
少女時代
(29.8)
BIGBANG
(21.1)
2PM
(12.5)
WonderGirls
(10.4)
チャン・ユンジョン
(9.6)
少女時代
(31.5)
2PM
(12.5)
チャン・ユンジョン
(11.6)
テジナ
(8.4)
KARA
(7.7)
少女時代
(26.1)
BIGBANG
(8.2)
チャン・ユンジョン
(6.9)
キム・ボムス
(6.3)
IU
(6.0)
サイ
(24.4)
少女時代
(19.8)
BIGBANG
(9.5)
IU
(6.9)
チャン・ユンジョン
(6.6)
チョー・ヨンピル
(17.6)
サイ
(11.7)
チャン・ユンジョン
(8.8)
EXO
(8.4)
少女時代
(8.3)
IU
(12.9)
少女時代
(12.4)
SISTAR
(10.8)
EXO
(9.4)
イ・ソンヒ
(8.4)

【調査概要】
 - 調査期間: (1次)2014年10月2〜29日、(2次)10月29日〜11月25日
 - 標本抽出: ステップ2層別化集落地域無作為抽出
                   標本ポイント内の性/年齢別割当抽出
                  (参考) 韓国ギャラップオムニバス調査標本設計報告書
 - 応答方式: 面接調査員のインタビュー 
 - 調査対象: 全 ​​国(済州除く)のみ、13〜59歳男女 2,774人
 - 標本誤差: ±1.9%ポイント(95%の信頼水準)
 - 依 頼 先:  韓国ギャラップ独自


(Youtubeに登録の1theK (원더케이) に感謝)

2014年12月17日水曜日

(資料)過去10年間の歌謡界のトレンド

年末になると、各分野での今年の総決算が行なわれる。歌謡界も同様であるが、過去を含めて大衆音楽状況のトレンドを回顧する記事が目に付く。

(韓国大衆歌謡の表側(K-POP)と内側(多様性)について、正直関心が乏しいけれど、「資料」として加える)

ペクンナム・ドットコムの記事「過去10年間の歌謡界のトレンドよく見ると、少女時代・ワンダーガールズ・サイ・Leessangの人気↑・・・ジャンルの多様化目立つ」(11/4、キム・ミンジョン記者)は、次のようにまとめている。(年別表記の改行を容赦)

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・過去10年間、国内歌謡界はどんな変化を経たのだろうか。デジタルコンテンツ市場へ変貌して、国内レコード市場もデジタル音源コンテンツに重点を置いて事業を多角化したし、主な音源サイトであるメロン、エムネット、バグスミュージックなども音源有料化事業を本格推進した。結果、利用者に、合法的な音楽リスニングを誘導したし、国内音楽市場はIT技術とインターネット環境の発展を背景に急速に成長した。韓流熱風を率いたK-POP音源サイトの年間チャートを通じて、過去10年間歌謡界のトレンドを調べてみた。

・最近、国内代表音源サイトのメロンは、最近の2005年から2013年までの、年間チャート1位曲リストを公開した。バラードからロック、アイドル音楽、ヒップホップまで、年を重ねるごと多様なジャンルの音楽が大衆に支持された。
- 2005年は、ユン・ドヒョンとSG WANNA BEなど多様なジャンル(ロック、バラード)の実力派歌手がチャート上位圏を占領して、音楽ファンたちの多くの支持を受けた。
- 2006年には、ペク・ジヨンがパラード・クィーンで登板し、SG WANNA BEは男性代表のR&Bグループに位置した。特に、SG WANNA BEは2年連続年間チャート1位(2005年「罪と罰」、2006年「Partner for life」)を獲得するくらい大衆に大きな支持を受けた。
- 2007年は、ガールグループのライバル、ワンダーガールズと少女時代が登場してガールグループ全盛時代の火ぶたを切った。
- 2008年には、ビッグバンが途方もない爆発力を発揮した。その年に沸かせた10曲を年間チャートに上げたのだ。また、ワンダーガールズは「So Hot」と「Nobody」で歌謡界を占領した。
- 2009年には、少女時代が「Gee」で国中のおじさんたちの心をとらえたし、
- 2010年には、Miss Aが年間チャート1位を占めて新鋭に浮び上がった。 女子高生のIUは国民の妹という愛称を得て注目された。
- 2012年は、多様な個性と音楽性で武装した新人アーティストが大挙登場したし、全国的にサイ熱風が起きた。
- 2013年には、Primary、Leessangなどヒップホップが大勢に浮び上がって、ジャンルの偏り現象を緩和して市場を豊かにした。
- 2014年の歌謡界は、調和、コラボ、多様性が主なキーワードとして挙げられ、コラボブームが起きたし、ソテジ、キム・ドンリュル、godなど90年代の代表歌手が大挙カムバックして思い出を刺激し始めた。

・メロン・マーケティングチームのハン・ヒウォンチーム長は「過去10年間、デジタル音源が早く成長して、これに伴い、消費者の音楽消費パターンも次第に多様化している」と語り、「少女時代とワンダーガールズなどガールグループが大衆の大きな支持を受けたし、PrimaryとLeessangなどを筆頭としたヒップホップとエレクトロニック、バラードなど多様なジャンルの音楽がチャート上位圏を掌握して、ジャンルの多様化が加速化された時間だった」と、過去10年間の大衆音楽トレンドを明らかにした。さらに、「今年は新鋭歌手とベテラン ミュージシャンがチャートのトップを巡り、熱い競争を行った。コラボも目立った。ジャンルの偏重なしに、多様なアーティストが等しく注目されているという例証だ」と付け加えた。
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2014年12月16日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 海女

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/10)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第84回として、海に関する話題として済州島の「海女(해녀)」にまつわる話を紹介した。

始めに、済州島の「海女」の仕事について次のように紹介された。
・「海女」は、特別な装備もなく海中に潜ってサザエやアワビ、ワカメなど採取する女性を指す。日本の「海女(あま)」と同じ。「海女」(以下韓国の海女を指す)は済州島に多く、強い生命力で厳しい環境のなか営んできた済州島の女性を象徴する。
・海女は、酸素ボンベなど使わず、一度潜ると1分から長くは2分間息を我慢する。浮かび上がるとき、「テワク(테왁)」(浮き輪(玉?))を抱えて大きく息を吐き出す。この音を「スムビ(숨비)ソリ(소리:音)」といい、口笛にもイルカの鳴き声に似て聞こえる。気持ちがすっきりするという。海女は必要なものだけを満たし、海と共に生きる。

▼ 海女の歌「スムビソリ」を聴く。どこかモダンで人魚の泳ぐ青い海の香りがする・・・今様である。

次に、現在の海女の姿は、日本と韓国の独特な存在として次のように説明された。
・済州島で知る、特殊な装備を付けずに海に潜る海女は、日本と韓国にしかいない。日本語で「海女」だが、韓国でも同じ漢字で「海女」と言う。

▼ 歌「海女の歌(해녀노래)」を聴く。しりとりのように掛け合う・・・結束を高める労働の歌の感じがしていいな。

最後に、済州島の海女の伝統について次のように解説された。
・済州島の海女の始まりは、正確にいつからか知られてない。朝鮮中期までは男性も海に入ってアワビやワカメを採取したが、女性が多い地域なため、次第に女性の仕事になった。女性に経済力があるのは大きな強みだったようで、済州島の女性は、社会的地位が他地域に比べて高いが、仕事が大変なので、海女になる若者はほとんどいない。現在、海女の多くは60代以上だ。済州島の環境や文化、暮らしを守ってきた海女の姿がいつまで見られるだろうか。

▼ 海女が身の安全と豊かな暮らしを祈る「クッ(굿)」(=シャーマン儀式<巫俗(무속))を行うときの済州島民謡「ソウジェソリ(서우제소리)」を聴く・・・今様にすっかり洗練されている。

2014年12月15日月曜日

イ・ソンヒ 「30TH ANNIVERSARY LEE SUNHEE LIVE」アルバム発売

イ・ソンヒの公式ホームページのスケジュールに、アルバムが今月19日に発売と記されている。

(本ブログ関連:”30周年記念コンサート”)

アルバム「30TH ANNIVERSARY LEE SUNHEE LIVE」(CD2枚組、LOENエンターテインメント)の詳細は、韓国KYOBO(教保文庫)の商品情報で見ることができる。(抜粋)

世宗文化会館でのコンサート実況のようだ。全21曲が収められていて、当日の感動を思い出させてくれることだろう。
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今回の歌手イ・ソンヒの(30周年記念)コンサートは、(国内ツアー)全回全席のチケットが売り切れるという神話を記録した。・・・

国内女性歌手としては、空前絶後の独歩的記録を立て、国内最高のディーバ(歌姫)として存在感をもう一度確認させた歌手イ・ソンヒは、全国ツアー公演が終わった今も継続的なアンコール・コンサートを求める観客に対する恩返しとして、彼女のデビュー30周年記念コンサート<歌うイ・ソンヒ>の世宗文化会館コンサートの感動をそのまま入れたコンサート・ライブアルバムをリリースする。

45人編成のオーケストラと国立国楽管弦楽団首席奏者、そして国内最上のミュージシャンと共演した、イ・ソンヒの世宗文化会館コンサート・ライブ実況アルバムは、彼女のデビュー曲であり、1984年の最高人気歌謡であった「Jへ」から、今年2014年最高のヒット曲である15集タイトル曲「その中であなたに出会って」を始めとして、過去30年間の粘り強い愛を受け入れてきた彼女のヒット曲「分かりたいです」、「愛が散るこの場所」、「いつもあなたを」、「ひとしきり笑いで」、「ライラックが散るとき」、「思い出のページをめくれば」、「因縁」、「ああ、昔よ!」、「美しい江山」など、彼女の最高ヒット曲が全て入ったアルバムで、2枚CDに合計21曲が収められている。

たゆまぬ自己管理により、全盛期より一層成熟して節制された声で歌う歌手イ・ソンヒは、30年を過ぎた今も相変らず澄んだ清らかな声でオーケストラの旋律に合わせて聞かせるバラードのヒット曲と、彼女だけのパワフルな歌唱力が引き立つバンド・サウンドのロック曲まで、21曲全曲があたかも世宗文化会館コンサート会場に座っているような生き生きしたライブの感動を感じることができる。だから、今回のアルバムは、イ・ソンヒの30周年の音楽人生がそっくり含まれているベストアルバムになるだろう.
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今、コリアプラザに予約・・・しましたよ。

2014年12月14日日曜日

のんびり日曜日、でも投票へ

日曜日をボンヤリ過ごしてしまった。自分に課したことも忘れて、”一日一善、飯二膳”なんてとぼけたことは言ってられません・・・やるべきことは、きちんとしなくちゃ。

で、今日、何をしたかといえば、まず第47回衆院選の投票に行き、投票率向上に寄与したけれど、読売新聞の推計(12/14、23時55分)によれば、「(投票率は)52%前後となり、戦後最低だった前回2012年の59.32%より約7ポイント下落した」そうだ。

次に、隣町の図書館に昨日から置きっぱなしのものを取りに行ったこと。その足で、公園に寄って、ベンチで健康茶を飲みながら新聞に目を通した・・・そのとき、後ろでガザガザと音がしたのに姿が見えない。何のことはない、積もった枯葉の上で雀が飛び跳ねていたのだ。冬の日向の暖かい話だ。

都心で初雪(みぞれ)だったそうだ。NHK NewsWEB(12/14、18時20分)によれば、「東京の都心の初雪は、平年より20日、去年より6日それぞれ早く、過去10年では2番目に早くなっています」とのこと。当地では、その気配を感じなかった・・・外に出て確認したわけではないけれど。

(追記)
深夜、日を越えて(12/15)、テレビは選挙速報を続けている。結果は明朝に知ることにする。

2014年12月13日土曜日

チョ・スミの「汽車は8時に出るのね」

ソプラノ歌手チョ・スミ(조수미)が歌う「汽車は8時に出るのね(기차는 8시에 떠나네)」は、ギリシャの感傷的な曲「汽車は八時に出る」(作曲:Mikis Theodorakis、作詞:Manos Eleftheriou)を元にしている。
この歌の韓国語歌詞は、申京淑(신경숙)が作詞している。原曲の時代背景とは違って、男女の情愛を強調した歌として捉えられているようだ。

(本ブログ関連:”汽車は八時に出る”、”申京淑”)

カテリーニへの汽車は、8時に去り行くのね
11月は、私に永遠に、記憶に残るでしょう
記憶に残るでしょう
カテリーニへの汽車は、永遠に私に残るでしょう

ともに交わした時間は、潮のように遠ざかって
今、夜になっても、あなたは来られない
あなたは来られない
秘密を抱いたあなたは、永遠に来られないでしょう

汽車は遠く去り、あなた 駅に一人残ったのね
胸にこの痛みを残したまま、留まっているのね
残したまま留まっているのね
胸にこの痛みを残したまま、留まっているのね


(Youtubeに登録のsonga5に感謝)

(追記)
今晩、留学帰りの教室メンバーをまじえて、忘年会を新大久保の韓国料理屋でおこなった。いつものように幹事さんおかげで、みなと一緒に美味しくいただいた。これからも真面目にこつこつ続けよう。

2014年12月12日金曜日

明太子

今朝のラジオで、今日は「明太子の日」といっていた。えっ、そうだったの・・・で、誰が決めたの?何て思ったりした。日本記念日協会のホームページに、「記念日/協会認定記念日」として、12月12日に「明太子の日」があり、次のように紹介している。
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韓国伝来の辛子明太子が初めて日本に到来した発祥の地の山口県下関。その下関市で明太子専門業として、辛子明太子を全国に普及させてきた前田海産株式会社が制定。日付は日本で初めて「明太子」という名称が新聞(関門日日新聞)に登場した1914年(大正3年)12月12日に由来する。(「明太子開発史」成山堂刊に記載)
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明太子」と漢字で書くと、それが一体「めんたいこ」なのか「みんたいこ」なのか判別しにくいけれど、一般に「めんたいこ」のようだ。なぜ気になるのかって・・・子どものころ、私は「みんたいこ」と呼んでいた。東京に来てから、いつのまにか「めんたいこ」と呼ぶようになったが、そう言った後、一息止まってしまう。いつまでも馴染めないようだ。

昔は、明太子は焼いて食べた。今はそんなことをしない。生で食べるのが普通になった。食感が全然違う。熱い白飯の上では、生の方が食べやすいし、香りがあり塩加減もよい。美味さにつられて食った後、プリン体の量が頭をかすめる。

幼いころ、スパゲッティはナポリタンやミートソースといった、まとわり付く味がよかった。歳をとると好みが和風になる。最近、スパゲッティを明太子味にしている。ピリッとしたものがよい。さらに刻み海苔をまぶして風味を楽しんでいる。いずれ、蕎麦屋(或いは、うどん屋)にカレー南蛮があるように、皿に盛った明太子スパゲッティ(或いは、うどん)が品書きに並ぶかもしれない。

2014年12月11日木曜日

イ・ソンヒの「冬哀傷」

昨日ほどでないが、今日も寒い。日増しに最低気温が下がる。一方で、南米沖に「エルニーニョ現象」が発生したという・・・暖冬になる傾向があるそうだが、寒いのが苦手な私にはありがたいけれど、自然のバランスが崩れるのは心配。暖冬といっても、東日本にも降雪の心配がある。

冬には冬らしくありたい。厳しい寒さを受けとめてこそ、青い月明かりの夜の静謐さに気付くもの。冬の澄んだ空気に響き渡る、イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(5集所収、1989年)を聴いてみる。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷”)


星明かりに澄み映える  私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら  飛び去る  空を  見る

懐かしさ雪のように積もり  丘を転がり超えて
青い月明かり  降り注ぐ  私の空っぽの  庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて  消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は  私の胸に浮かんでいるのか

消すことが  できないのか
冬になるとよみがえる姿

青く冷たい  私の愛
凍ってしまった悲しい後姿

(*以下繰り返し)

凍ってしまった悲しい後姿



上掲Youtube映像は、「牛浦沼우포늪)」(慶尚南道昌寧郡の洛東江が流れる近くにある、いくつかの湿地群の総称)の明け方の映像だそうだ。
(Youtubeに登録のksj25374110に感謝)

2014年12月10日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 山に関する歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/3)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第83回として、山に関する歌にまつわる話を紹介した。

始めに、数ある名山のなかの雪岳山(설악산、1,708m)について次のように紹介された。
・国土の7割が山であり、済州島の漢拏山(한라산、1,950m)、南部(小白山脈南端)地域の智異山(지리산、1,915m)、中東部江原道の雪岳山がある。山に関する歌も多く、山の景色から打令(타령)に至るまで多様だ。

(本ブログ関連:”韓国の山”)

・美しい雪岳山は、漢拏山と智異山に次ぐ韓国で3番目の高山だ。雪の山の意を持ち、秋から降る雪が積もり翌年夏にやっと融けるので、雪岳山と名付けられた。別名、雪山と呼ばれる。また、白い雄大な岩(花崗岩)が多いことから名付けられた説もある。雪岳山は、冬の景色が特に美しい。

▼ ヘグム演奏による雪に覆われた雪岳山の「日が暮れる頃から明け方まで(그 저녁 무렵부터 새벽이 오기까지)」を聴く。映画音楽のよう叙情的で美しい・・・今様である。


(Youtubeに登録のDoohan Leeに感謝)

次に、背景に山を取り入れた「風水(풍수)」について次のように説明された。
・美しい景色を誇る高い山がたくさんある一方、田舎や都会にも多くの山や野原がある。風水では、山を背に前方に水が流れるのが最高の場所で、地勢や水勢が人々の暮らしにも影響するという。国土に山や水がない所を探す方が難しいことから、今住む場所が最も良い所かも知れない。首都ソウルも山で覆われている。

▼ ソウルの景色と王様の長寿、国の平和を祈った短歌鎭国名山(진국명산)」を聴く。指差しながら歌うのだろうか。

最後に、韓国固有の寺に山神を祀(まつ)った楼閣「山神閣산신각)」について次のように解説された。
・昔の人々は山の神を大事にした。山寺には山神のため山神閣を作り神をもてなし、特別な日に、山神のための祭祀を行った。山に関する詩や歌もたくさんあるが、曲調の中には山の打令というジャンルもあるほどだ。

▼ 有名な山々を挙げながら歌う、西道(黄海道、平安道)立唱「前山打令앞산타령)」を聴く。土の香りがする。

2014年12月9日火曜日

イ・ソンヒ編、「HIDDEN SINGER」3シーズン合わせて視聴率1位

イ・ソンヒが出演した、(中央日報系)JTBC番組「HIDDEN SINGER」の統一キングオブキング戦が先週6日(土)に実施され、歌まね能力者のトップが決まったと、ザ・ファクトの記事「『イ・ソンヒパワー』通じた!『HIDDEN SINGER(히든싱어)』 最高の瞬間」(12/8、チェ・ソンミン記者)は次のように報じている。(一部改行表示を容赦)

(本ブログ関連:”HIDDEN SINGER”)

この番組全(1~3)シーズンを通じて、イ・ソンヒ編の視聴率が高かったようだが、統一キングオブキング戦についても触れている。各歌手の編ではシーズン3のイ・ソンヒ編が最高視聴率(8.4%)だったけれど、キングオブキング戦視聴率についてはシーズン2で8.8%だったそうだ。

本来、統一キングオブキング戦の視聴率について記すのだろうが、視聴率・・・シーズンごとに①歌手編視聴率、②キングオブキング戦視聴率、および③統一キングオブキング戦視聴率をきちんと整理しなければならないだろうが・・・記事タイトルにイ・ソンヒとあるので、そのまま掲載させていただきます。
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イ・ソンヒ編、「HIDDEN SINGER」(3シーズン)合わせて視聴率1位!

・「HIDDEN SINGER」のイ・ソンヒ編視聴率が歴代最高視聴率に選ばれ、注目を集めている。

・6日、放送されたJTBC「HIDDEN SINGER3」の統一キングオブキング戦で、シーズン1からシーズン3まで(のキングが)出演して、激しい歌まね対決を繰り広げた。この日のキングオブキング戦では、Fly to the Skyのファニの歌まね能力者パク・ミンギュ氏がキングオブキングに登板して、3000万ウォンの賞金と4000万ウォン相当の車を受賞した。

・7日、視聴率調査機関TNMSは、「HIDDEN SINGER3」の統一キングオブキング戦視聴率は、5.5%と明らかにした。

・一方、「HIDDEN SINGER」は、昨年3月16日初放送を皮切りに、
- シーズン1最終回の「キングオブキング戦」の視聴率が、5.2%を記録した。
- また、シーズン2では、「キングオブキング戦」の視聴率が、8.8%と最も高かった。
- シーズン3では、「イ・ソンヒ編」が最も高かったが、シーズン3のキングオブキング戦視聴率6.4%よりも高かった。
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2014年12月8日月曜日

(資料)韓国の「高齢化」

将来予測ほどむつかしいものはない。けれど、人口動態予測はかなり精度が高い。特別な人口政策を打たないかぎり、予測された人口推移は変えられない。高齢化と少子化とが日本以上に進む韓国の動向は、ある意味参考になる。
子どもを産みやすく育てやすい環境を作るのは、現在の人間にしかできない、他人に任せることのできない課題だ。

(本ブログ関連:”少子化”、”高齢化”)

以前の記事だが、聯合ニュースの「韓国の高齢化進行速度 OECDで最速、日本2位」(9/9、関連:韓国版)は、各種指標を使って高齢化の状況を次のように伝えている。(年代を見やすく改行、抜粋を容赦)
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1970年以降、韓国の高齢化のスピードは経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で最も速いことが(9月)9日、産業研究院(KIET、산업연구원)の分析で分かった。

OECDの34加盟国の人口構造を比較、分析したところ、韓国は65歳以上の高齢者人口が総人口に占める割合である高齢化率が2013年基準で12.2%と、OECD加盟国で30番目だった。

1970年の高齢化率を1とすると、2013年(OECD平均: 1.6倍)に
・韓国: 4.0倍、OECDの中で増加幅が最も大きい。
・日本: 3.6倍で2番目で、
・フィンランド: 2.1倍、
・ポルトガル、イタリア: 2.0倍、
・チェコ、カナダ、スペイン: 1.9倍が続いた。

また、人口を年齢順に並べた時にちょうど真ん中の人の年齢を指す中位年齢をみると、
・韓国: 2010年に37.9歳で、1970年の19.0歳から18.9歳上昇した。これは高齢化率上位10カ国のうち最も大きい上げ幅だ。
・日本: 15.8歳上がり44.7歳。

韓国の幼少年人口(0~14歳)の割合は、昨年14.7%で、OECD平均(17.4%)を下回り26番目だった。

生産年齢人口(15~64歳)の割合は
・韓国: 73.1%と、OECD加盟国の中で最も高い。
・OECD平均: 66.6%
1950年代の朝鮮戦争と、1970年代のベトナム戦争の後に生まれた、ベビーブーム世代がこの生産年齢人口にあたっているためだ。

産業研究院は「韓国の出生率がOECD主要国のうち最も速いペースで低下する中、2012年から生産年齢人口が減り始めている上、最初のベビーブーム世代が引退時期を迎えた。これらは未来を不安にさせる要因となっている」と指摘した。
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また、KBSニュースの記事「出産率このままなら 2100年 国民の半分が老人」(7/28)にあるように、老人が占めること、つまり生産可能人口が急速減少すること*を、次のように紹介している。生産力と社会保障の問題でもある。(年代を見やすく改行、抜粋を容赦)
(*) 韓国保険社会研究院(KIHASA,한국보건사회연구원)のメディア記事番号「5878」に掲載。
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現在1.2人水準に過ぎない合計出産率を引き上げることができなければ、2100年頃には、65才以上の老人が国民全体の半分に達するという見通しが出ました。

(韓国)保健社会研究院が出した「超少子化と今後の人口動向」報告書を見ると、合計出産率が1.2人にずっと留まる場合、わが国の総人口は、2100年に2千222万人まで急減すると推定されました。

老人比率(65才以上)見通し
2010年: 11%程度
2050年: 39.4%
2100年: 48.2%

生産可能人口(15歳から64歳まで)の急速減少
2050年: 2421万人
2100年: 948万人

老人人口割合(「生産可能人口(15歳から64歳まで)」100人当り)の予想
2010年: 15.2人
2050年: 75.4人
2100年: 108.9人 ・・・・ ??

イ・サムシク(韓国)保健社会研究院専任研究委員は、「現在の出産率が維持されれば、労働力不足、内需市場萎縮、社会保障負担急増などが現れて、結局低成長やマイナス成長が避けられない」と警告しました。
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2014年12月7日日曜日

大雪2014

雪が降ったわけでない。二十四節気で今日は「大雪(たいせつ)」。名の通りならば、雪が激しく降るころというが、まだその気配はない。ただし、冬の寒さは本格的で、先週から家の中でも足元が冷えるようになった。なにしろ、ひと気のない二階部屋まで冷えるのだから驚く。

同じ二十四節気でも「小雪(しょうせつ)」は、名の通りどこか可憐で愛らしい。うっすらと積もった雪景色に、あらためてその美しさに気づく。それに、和風で隙のない美人な役者もいるし・・・。

(本ブログ関連:”小雪”)

今年、去年と年の始め、降る<大雪>に閉口した。なにしろ二階屋根に積もった塊りがドスンと落ちて、一階の雨どいを吹き飛ばしたのだ。三度目を繰り返すまいと先日、屋根に雪止めを付けてもらったが、次の大雪があればどうなることか気がかり。

(本ブログ関連:本当の”大雪”)

今年の二十四節気も「冬至」(12/22)を残すのみとなった。ああ、後ろから迫る時間に押し出されるよ・・・本当に。

ともあれ、イ・ソンヒが、アダモ(Salvatore Adamo)の「雪が降る(Tombe la neige)」(1963年)をカバーして、同名曲「雪が降る(눈이 내리네)」(1988年)を歌う珍しいYoutube映像を見よう。(音質はソースによる)

(Youtubeに登録のjunghee .Pに感謝)

2014年12月6日土曜日

イ・ソンヒ30周年記念コンサートポスター

今年4月、イ・ソンヒ30周年記念コンサート「歌うイ・ソンヒ」会場で、彼女のサイン入り15集CD「SERENDIPITY」を購入したときにもらった公演ポスターを大事にしまってある。

このポスター、イ・ソンヒらしさが表現されていて、共感を得やすいのだろうけれど、あまりにも”普通さ”が滲み出ている。最近の他の写真に、もっとおしゃれな女性らしさを強調したものがあるが、よく考えれば、この方がいいのかもしれないと納得する。

彼女が何より素晴らしいのは、この体躯で、この雰囲気でといったところから途方もない歌唱力を今なお発揮していると、ポスターが気づかせる面があるのかもしれない。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒに似ている?”)

ところで昨晩、このポスターを我が部屋に飾って、久し振りに訪れた息子に、それとなく感づかせようとしたのだが・・・しばらく部屋で雑談したけれど、何~んにもいわずに帰っていった。そういうものなのか、はたまた気づかなかったのか。

2014年12月5日金曜日

火星

火星探査のためのNASA宇宙船「オリオン」の試験飛行がいよいよ始まった。午前7時(日本時間午後9時)にケープカナベラル空軍基地から無人試験機が飛び立った。今回は地球周回だけだそうだ。

(本ブログ関連:”火星着陸”)

ケープカナベラル、なつかしい名前だ。いつもは、隣接するケネディ宇宙センターの名を聞いていたが、両施設の使い分けはどうなっているのだろう・・・、Wikipediaによれば、ロケットが有人か無人かの違いのようだが。

火星について、探査機「キュオリシティ」による地表写真を見てきたけれど、学生時代に受けた月着陸のような衝撃はない。それが、2030年代に人類(アメリカ人)の着陸が実現するという。これから、16年以上先のこと・・・恐らく20年後位いのことだろう。

(本ブログ関連:”キュオリシティ”)

「はやぶさ2」が戻ってくるのが2020年末。これから、楽しみがいっぱいある。

(本ブログ関連:”木星や火星の春”、”はやぶさ”)

2014年12月4日木曜日

NHK紅白歌合戦の出場歌手

年末の恒例行事、NHK「紅白歌合戦」の番組名に、今更ながら「巨人軍」のような古さを感じるが、このところテレビの前に坐ることもなく、歌手名をどれくらい知っているか、大衆としての感度をはかってみた・・・ちょっと気になる。

ということで、次の出場歌手一覧で、知っている歌手に「○」印を、名前だけ知っている歌手に「△」印を勝手ながら付けさせていただいた。去年よりも意外と知っているのに安心した・・・選出の基準が変わったのかな?

2015年紅白歌合戦 出場歌手
紅組
白組
絢香

E-girls 五木ひろし
いきものがかり EXILE
石川さゆり 関ジャニ
AKB48 クリス・ハート

SKE48 郷ひろみ

NMB48 ゴールデンボンバー

HKT48
三代目J Soul Brothers
神田沙也加 SMAP
きゃりーぱみゅぱみゅ SEKAI NO OWARI 
香西かおり
SEXY ZONE
伍代夏子 TOKIO
坂本冬美
AAA
椎名林檎 T.M Revolution
天童よしみ 徳永英明
中島みゆき 長渕剛
西野カナ 氷川きよし
Perfume V6
藤あや子
福田こうへい
松田聖子 福山雅治
水樹奈々 細川たかし
水森かおり ポルノグラフィティ
May J. 美輪明宏

miwa 森進一
ももいろクローバーZ

薬師丸ひろ子

和田アキ子




2014年12月3日水曜日

はやぶさ2

4年前、7年間の旅を終えた小惑星探査機「はやぶさ」が帰還したときの感動を忘れられない。小惑星「イトカワ」から持ち帰った微粒子を収めたカプセルを切り離した後、自ら夜空に燃えつきた情景に思わず感情移入したものだ。

(本ブログ関連:”はやぶさ”)

その後、「はやぶさ」が採集した鉱物の研究成果や、後継の「はやぶさ2」について、メディアに取り上げられることがあったが忘れがちで、今回のH2Aロケット(26号機)で「はやぶさ2」が打上げられる機会に、再び関心が呼び覚まされるという、素人ながらの盛り上り方をしている。素人はその気になるのは早いのだ。

打上げ日が気象具合のため、当初の日程から繰り下がった。今日ということだが、その時間に健康体操教室にいる・・・教室を休んで打上げの実況を見るべきか少し考えたけれど・・・健康体操を選んだ。素人は自分の方を優先するのだ。

帰宅してネットを探すと、Youtubeでリフトオフ光景(午後1時22分)も見られるし、新聞社の速報も次のように読める。
毎日新聞の記事「はやぶさ2: 打ち上げ成功 予定軌道に投入」(12/3、15:13、大場あい記者)は無事、「はやぶさ2」が切り離され、小惑星への軌道に入ったと次のように報じている。
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・三菱重工業と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3日午後3時9分過ぎ、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センターから打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ2」をH2Aロケット26号機から分離し、予定された軌道への投入に成功したと発表した。

・当初は、11月30日に打ち上げが予定されていたが、射場付近の天候不順が予想されたため2度延期していた。H2Aの打ち上げ成功は2007年の7号機から20回連続で、成功率は約96%。

・H2Aロケットは1段目のエンジンを切り離した後、2段目のエンジンを2回に分けて噴射し、地球を一周してミクロネシア上空ではやぶさ2を切り離した。

・はやぶさ2は、世界で初めて小惑星の微粒子を持ち帰った「はやぶさ」の後継機。水や有機物を含む小惑星「1999JU3」を目指し、生命の起源や太陽系誕生の謎解明につながる成果が期待されている。
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ところで、「はやぶさ2」の帰還は2020年という。東京オリンピックの年ではないか! この機会に何もかも成功することを楽しみに・・・6年先か。

2014年12月2日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 告祀

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/26)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第82回として、家族の加護を祈る儀式「告祀(고사)」にまつわる話を紹介した。

始めに、陰暦10月(「上月(상달)」)に行なわれた祭祀「告祀」について次のように紹介された。
・昔、陰暦10月を「上月」と呼び、家族の平和を祈る祭祀「告祀」を行った。居住敷地を守る神、家や台所、家族を守る神などに挨拶する儀式だ
・上月は収穫の時期に、刈り取った穀物を神に捧げ、心を込めて告祀の祭祀を行った。家族の平和を祈る儀式では、祭壇に餅(「告祀餅(고사떡)」)を供え、近所で分け合った。きょうの餅はカボチャが入って美味いとか、味が薄いなどといって話もした。告祀は、巫女(巫堂、무당)が行なうクッ(儀式、굿)と違い、主に女性が中心に日取りを決め、門に金の縄を引き、人が往来できぬようにした後、黄土を振りかけて厄払いした。そして、心を込めて財物を捧げ、それぞれの神に祈った。

▼ 「祈願(기원)」の歌と演奏を聴く。平和、豊作、愛を歌う・・・古皮に新酒、不思議な雰囲気を醸し出す今様である。

次に、儒教で基本となる道徳指針の「三綱五倫(삼강오륜)」について次のように説明された。
・「三綱五倫」の基準に従って生きると、国中が安らかになり、国民も平和になると、毎年豊作になるという。告祀は家族の平和のための祭祀だが、まず宇宙と自然、人類の調和を祈った。自分や家族が大切でも、世を一人で生きられぬからだ。本格的に告祀を行うとき、経を唱える専門の人を招くこともあった。昔は目が不自由な人がその役割を担った。農作や特別な技術を身に付けられぬ不自由な人が、自分の能力で生きられるための意味があった。

(参考)三綱五倫
  君爲臣綱/父爲子綱/夫爲婦綱
  父子有親/君臣有義/夫婦有別/長幼有序/朋友有信

▼ 「盲人德談経(맹인덕담경)」 の歌を聴く。読経に似て繰り返し淡々と進む、何処となく明るい。

最後に、今に告祀が引き継がれていることについて次のように解説された。
・10月の上月に告祀を行うが、それ以外に重要なときにも告祀を行った。海近くの地域で新船を買ったとき、あるいは節句に告祀を行った。今でも、新しいビジネスを始めたり、店舗をオープンするとき、映画の撮影を始めるときなどに告祀が引き継がれている。食べ物を並べる膳に豚の頭を供えてお辞儀をする。

▼ 厄払いの歌「エクメギ(액맥이)」の歌を聴く。土の香りをして軽快に歌い続ける今様である。

2014年12月1日月曜日

イ・ソンヒについて「人生のメンター」

女性歌手グループに「ジュエリー」があったそうだが、その中でメインボーカルを担ったキム・イェウォン(예원)が、bntnewsの記事(12/1)中、イ・ソンヒについて「人生のメンター(指導者)」と次のようにリスペクトしている。
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・あやかりたい、メンターはいるが、人生のメンターはイ・ソンヒ先輩。イ・ソンヒ先輩が有名でいらっしゃる時、活動する時の姿を見られなかったけれど、今まで倦(う)まず弛(たゆ)まず音楽をなさって、今でも見るとキャリアウーマンみたいな感じを受ける。(テレビ番組の)ヒーリングキャンプに出て来られた姿を見たが、(イ・ソンヒの愛弟子である)イ・スンギ先輩がとても羨ましかった。
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(本ブログ関連:”ヒーリングキャンプ”、”イ・スンギ”)

2014年11月30日日曜日

イ・ソンヒ、今年の人物部門検索順位で第6位(Daum)

師走が迫ってくると、恒例のまとめが始まる。今年のいろいろな出来事や人物への関心や人気について思い返すことだ。
イ・ソンヒが、サイト「タウム(Daum)」(タウムカカオ*)で今年検索された人物中6位だったと、ヘッドライン済州の記事「2014年 今年の人物・・・検索語総合1位は?」(11/29)は次のように報じている。
10位のハ・ジウォンと合わせて喜ばしいかぎりである。

(*)タウムカカオ: 韓国2位のポータルサイト「タウム」(タウムコミュニケーション)と韓国1位のモバイルメッセンジャーアプリ「カカオトーク」(カカオ)の合併社
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・タウムカカオが28日、2014年の一年を整理して今年1月から11月まで検索回数が最も多かった「今年の検索語」を部門別に公開した。

・人物部門ではJTBCニュースルームのアンカーであるソン・ソッキが1位を占めた。2位は秋信守、3位EXO、4位チョン・ジヒョン(モデル)、5位少女時代の順だ。

6位はイ・ソンヒ、7位IU、8位Hyeri、9位Ailee、10位ハ・ジウォンがそれぞれの名前を連ねた。

・「今年の検索語」は、事件、新規、最多、人物、放送、映画などに分かれて、検索回数が多い順にまとめて発表している。
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2014年11月29日土曜日

イ・ソンヒの「I Have To Say Goodbye」

イ・ソンヒの曲には、未熟さゆえの別れを、独り追想するものが多い。ある意味、ドラマ性とは離れた面もあるけれど回想は美しくなり、まさに女学生年代に受け入れられた。音楽界に登場して、以来17年近く時代を共有したファンたちもいろいろな人生を経験するわけで、彼女の歌にも多面な変化がある。

その17年目にリリースされた、12集(My Life+ Best)に所収の「I Have To Say Goodbye」(2001年、作詞:イ・タギョン、作曲:チョン・シロ、編曲:ユ・ヨンソク、パク・ヨンス)は、心ならずの別離であるが、歌詞がいつもと違う。
もう、さよならを言わなくちゃいけないという詞に、刹那的出会いを連想させる、どこかさばさばしたものを感じる。そこに、おじさんは思わず腰を抜かす。
新しく異質なるものを求める、女性特有のメンタリティーなのだろうか。イ・ソンヒのこの歌に驚くばかり。


あなたを愛したんじゃないわ、ただ酔ったのかしら
すれ違いはいやだったの、初めは本当にそうだった
電話を待ったりもしたわ、こっそり隠したときめき
あなたのその眼差しの中で、道に迷ってたわ
*
だけど、私には久しく一緒だった
人がいるって、知ってるじゃないの
私が全てである、彼をどうするの
しばらく(あなたと)一緒だった、時間を忘れて

now I have to say goodbye

互いを消さねばならなくて
うろたえさせないで
私の久しい彼を捨てられない

あなたを忘れたいの

(*以下繰り返し)

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2014年11月28日金曜日

養老渓谷、金谷

昨日からの天候に恵まれて、千葉県夷隅郡大多喜町粟又にある「養老渓谷」巡りのバスツアーに参加した。養老渓谷に訪れたのは初めてである。

「養老」という言葉から、滝の水が酒に変わったという孝行伝説に出てくる「養老の瀧」(岐阜県養老郡養老町)との区別をこの機会に整理した。千葉の養老渓谷は、紅葉時期の景観が素晴らしく、渓流にある滝を「粟又(あわまた)の滝(高滝)」という。

粟又の滝は、養老川の上流にあって、川床を緩やかに斜めに削ってできた滝だ。滝の下から、岩肌を落下する水流を眺めるのもよいが、滝の上で滑り落ちる水の勢いを眺めるのもよい。左の写真は、滝上部に脇道があって、そこから渓流の下りを撮ったものだ。

足元は、ドロ状で滑りやすい。川床が泥岩からなっているからだろうか。おかげで、靴はドロだらけになってしまった。年長者には、この岩場での転倒を心配をしてしまう。

紅葉はピークを過ぎただろか・・・とはいえ、葉を染めた木々が、まだ渓谷を彩っていたし、渓流の音と光と相まって景観を楽しめる。

ツアーの楽しみにもう一つある。フェリー港、金谷でカキ、ホタテ、サザエ焼きを時間いっぱい賞味したのだ。いやあ実に美味かった。てきぱきと食べる人あれば、慌てて後追いする人もいる。楽しくて面白い一日だった。

(付記)
バスの振動は心地よい。会社帰りに、バス路線をわざわざ選んだほどだ。今回も乗車中、ほとんど居眠りしていた。

2014年11月27日木曜日

小春日和

今日は朝からぬくもりがして、寒さが苦手な身には、気持ちまで緩むような一日だった。この時期、暖かく穏やかな小春日和はまことにありがたい。

【Wikipedia情報によれば】
英米では、よく知られているように、小春日和を「インディアン・サマー(Indian summer)」という。ネイティブ・アメリカンの生活行動やインド洋の気象に関連するそうだ。
ドイツでは「アルトバイバーゾンマー(Alt-weiber-sommer)」といって、「老婆の夏」といわれるが、実際は蜘蛛糸に関連する。秋に蜘蛛が糸を流して飛ぶ様から、老人の白髪に例えたよう。「爺さんの夏(Großvatersommer)」というのもあるそうだが・・・で、何で夏(sommer)なの?

図書館のスタディールームは、午後の陽射しにカーテンを閉めざるえないほどだった。いつもなら、午後3時を過ぎるとひんやりしてくるのに、今日は午後4時頃まで部屋はぬくぬくしていた。それでも、その後、急に冷え始めた。やはり冬だ。

この小春日和、明日はくだり坂のようで、来週は厳しい冬に戻るという。

2014年11月26日水曜日

イ・ソンヒの「そうよ過ちは私にあります」

イ・ソンヒらしさって、力強く突き抜けるような高音を響かせることなのだと思い返す。最近、彼女の初期作品に耳を傾けることが多い。元気と無垢が背中合わせになっている、そんな感じがいいのかもしれない。
2集収録の「そうよ過ちは私にあります(그래요 잘못은 내게 있어요)」(作詞チュ・セホ、作曲チョン・ギョンチョン、1985年)も、背伸びしたい年頃に、さぞや受け入れられたことだろう。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒのファン”)

熱い涙で、胸濡らしながら
一人で、とても悩みました
*
そんなに愛した私を
忘れてもかまわないんですか
胸いっぱいになる、そんな悲しみを
一人で、受けとめてます

これ以上のこと、もっとあったのに
私たちが別れるなんて、信じられません

そうよ、過ちは私にあります
いつも、私だけのせいだから

(*以下繰り返し)

(Youtubeに登録のkang yeol jungに感謝)

2014年11月25日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 大木匠(棟梁)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/19)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第81回として、木造の家を建てる棟梁、「大木匠(대목장)」にまつわる話を紹介した。

始めに、パンソリ「興甫歌(흥보가)」の物語りから「大木匠」について、次のように紹介された。
・ある日、興甫(フンボ、흥보)は怪我したツバメの足を治した。ツバメは恩に報いるため瓢箪(ヒョウタン)の種を運んできた。その種からなった瓢箪を割ったところ、最初の瓢箪から金と米が、二番目の瓢箪から絹が出てきた。三番目の瓢箪から、職人が出てきてテキパキと、立派な瓦葺きの家を完成した。

(本ブログ関連:"興夫歌"、"興甫歌")

・昔は、宮殿や大きな瓦葺きの家の建築には、「大木匠」と呼ぶ棟梁が全てを総括した。家を建てる職人を大きな木の意の大木といい、家具などの生活用品を作る職人を小さい木の意の小木と言った。大木に匠を付けて大木匠と呼び、建築の設計、施行、監督に至る責任者で、官職につくほど重要な職だった。

▼ パンソリ「興甫歌」から「興甫、家を建てる場面(흥보 집짓는 대목)」を聴く。パンソリ・・・である。

次に、棟梁である大木匠の文化的な位置づけについて次のように説明された。
・木造の家を建てる大木匠の役割は大変重要だ。大木匠の手を経た建物に、仏国寺(불국사)や昌德宮(창덕궁)などがある。大木匠は、建築文化を率いてきた芸術家とも言える。ここ100年近く、コンクリート造りの西洋建物に慣れてきた中で、大木匠の役割は次第に忘れられてきたが、最近、伝統文化に目覚め、韓国固有の家屋、韓屋(한옥)に関心が集まっている。文化遺産の保存ととにもに大木匠の役割も注目されて、ユネスコ人類無形遺産に登録された。

▼ 京畿道坡州地域の歌「敷地を固める音(집 터 다지는 소리)」を聴く。労働の歌らしく、反復と軽快さが伝わる。

最後に、木造建築の作業と大木匠になる修行について次のように解説された。
・建築作業に敷地を整える重要な作業がある。木や石を使って土地を整える作業を、互いに呼吸を合わせ、歌を歌いながらした。伝統的木造建築は、木組みに釘を使わず、木を精巧に削って互いにかみ合わすのが特徴。木の特徴を把握し、建物の用途や自然環境など考慮して、適切な木材を使う。外見の美しさも重要だ。
・大木匠は数十年の経験を重ねて、人並み優れた者だけがなることができる。大木匠が最も活躍したのは、景福宮(경복궁)を再建(朝鮮末期1867年)したときだ。ソウル鐘路にある宮殿に、全国から人を集めて再建に取り組んだ。

▼ 景福宮再建当時、広く歌われた「景福宮打令(타령)」を聴く。「再建時に集まった芸人の歌」とのこと、沸き立つ賑やかさだ。

2014年11月24日月曜日

金鶏鉱山鉱物採集

先月9日に転んで右膝を強打して以来、久し振りに石仲間と一緒に、長野県茅野市金沢にある金鶏鉱山へ鉱物採集に出かけた。膝の治り具合に正直自信がなかったが、何と無事にやりとげた。

早朝、JRのK駅前でS氏と待ち合わせして、H氏の車に同乗、待ち合わせ場所でY氏と合流。そのまま、金鶏鉱山に進む。諏訪南ICからの道のりは、関連書籍に掲載の通り、驚くほど整備され分かりやすい。道筋の紅葉の美しさに感嘆するが、枯葉がやっかいなことに後で気付くことになる。

(本ブログ関連:”(資料)金鶏鉱山”)

水が少量流れている沢の向かい斜面が採集場所で、枯葉に覆われていて滑りやすく、採集に少々手間取る。斜面上部と下部の転石の種類が異なる。膝の調子を考慮して、斜面上部で採集は1回に留めた。快調なら何度も往復できたのに残念。

あたり一面、緑色したクロム白雲母だらけ・・・最初、孔雀石かと驚いた。

採集の結果は次の通り。(頂き物を含む)
・苦土電気石(針状)、クロム白雲母、水晶(晶洞、日本式双晶)、クロム鉄鉱(粉)、緑泥石、石英

けれど、セリウム・フローレンス(石)様との出会いは叶わなかった・・・幹事役のY氏には舞い降りたのに。

(本ブログ関連:”セリウム・フローレンス様”)

この機会に次の頂きものがあった。
Y氏から: 北海道
・カンラン石(オリビン/クロム透輝石/石榴石、東邦オリビン採石所)、ペクトライト(日高町)、日高ヒスイ(日高町)
H氏から: 群馬県
・閃亜鉛鉱(白沢鉱山)、硫砒鉄鉱(白沢鉱山)、黄鉄鉱(根羽沢鉱山)

2014年11月23日日曜日

(資料)金鶏鉱山

明日出かける鉱物採集地「金鶏鉱山について、「金鶏山」と打ってネットで調べると、Wikipediaに奥州藤原氏にゆかりの平泉にある山が出てくる。私にとって懐かしい、東北修学旅行の経路(中尊寺~毛越寺)近くにあった山である・・・未だに、毛越寺の庭園の陽射しが焼きついている。何十年前のことか。

今回は、長野県茅野市金沢にある金鶏鉱山の方だ。同鉱山は、「鉱物ウォーキングガイド 全国版」(松原聡著、丸善)に次のように紹介されている。
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金鶏鉱山は、武田信玄によって開発されたと言われている。三波川変成帯に属する滑石-白雲母-緑泥石-石英片岩中に金を含む鉱床で、初期は鉱床の風化部に残された金鉱を水で選り分けて採掘していたらしい。その中心部が信玄つるし堀跡と呼ばれる場所と考えられている。
その後も江戸時代から、明治、大正、昭和時代に至るまで、小規模な採掘は断続的に行なわれていた。
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もし、かなうなら、「セリウム・フローレンス石」に、あるいは水晶の双晶に巡り会いたい。

(本ブログ関連:”セリウム・フローレンス石”)

天気は、まあまあのよう、幸運を祈るばかり。

2014年11月22日土曜日

小雪2014

今日は、二十四節気の「小雪(しょうせつ)」。雪降りと違って、どちらかといえば冬の中休みのような、暖かく穏やかな一日だった。このまま連休が続けばいいのだが。(明後日の振り替え祝日の月曜日、久し振りに採集にでかけたいので)

(本ブログ関連:小雪”2011”、”2012”)

ところで、「小雪」の文字に最初に浮かぶのは、どうしても女優の小雪さんだろう。映画「三丁目の夕陽」シリーズは1作目しか見てないが、どうやら作家と結ばれたようだ・・・何だか薄幸なイメージがしていたけれど幸せになれただろうか・・・役の上では。

女優としての彼女は、むしろ化粧品のTVコマーシャルが印象深い・・・映画もTVドラマも不精で見ないため、CMでしか見る機会がなくて。彼女の容貌は、いわゆる情念を深く秘した般若顔の伝統的な日本美人だ。
般若顔的美人顔は他に、栗山千明さんなんかもあげられるのではないかな。
海外では、シンガポールのコン・リー(鞏俐)、韓国のチョン・リョウォン(정려원)・・・

・・・ぉおっと、「般若顔 美人」でGoogle検索したら、次々と小雪さんの名前が出てくるではないか。けれど、般若顔についてあまり好意的でないようだ。だが若者よ!まだ気づいてないのかな・・・歳をとれば理解できることなんだよ。


(追記)地震情報
夜遅く、テレビから地震のアラーム音が流れてきた。慌ててストーブを消して固唾をのむと、やがて、わが家も揺れ始めたが幸いすぐにおさまった。読売新聞の速報「長野県北部でM6・8地震、長野市で震度6弱」(11/22、22時22分」によれば、震源は長野県に珍しく規模の大きいものだった。
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22日午後10時8分頃、長野県北部を震源とする強い地震があり、長野市、同県小谷村、小川村で震度6弱を記録した。
地震の規模を示すマグニチュード(M)は6・8、震源の深さは約10キロ。
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2014年11月21日金曜日

小川未明の童話「石をのせた車」

小川未明の童話「石をのせた車」は、生きることの刹那を知る、まるでスケッチのような短文だ。主人公は、時間が重荷になった大人ではない、時間を抱いて生きていく少年である。しかし、時代は残酷だ、乞食という言葉が通用したころの童話である。

あらすじ:
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あるところに病身で身寄りのない、歳の頃十五の少年がいた。生きるすべを失いかけていたとき、通りがかりの老婆に温泉で養生するように勧められる。しかし、その費用を工面する当てもなった。仕方なく、少年は意を決し底辺に身を置くことにした。人に銭を恵んでもらうことだ。

あるとき、四つ筋に立って、行きかうひとに小さな手伝いをして小銭をためた。もちろん十分ではない。その晩、物乞いたちが集まる処に身を寄せて過ごすことにした。新入りの少年は、正直に、四つ筋でのいきさつと小銭について話した。脅され危うく小銭を取り上げられそうになったのを救ってくれた男に、翌朝、四つ筋を横取りされてしまう。

途方にくれた少年は、坂道を上がるのに難儀していた「石をのせた馬車」を押してやる。その時、きらりと輝く小石が落ちた。坂の上まで登った御者は礼もいわず立ち去った。少年は落ちた石を拾い町に出た。ある店で石を見せたところ、星のかけらのような美しい紫色のその石を主人は買ってくれた。もっと欲しいとまでいわれた。

物語の最後を原作のまま載せる:
「少年は、その店から出て、往来に立ちましたときに、また、今夜も、あの坂の下に待っていて、もし、あの車がきたときに、後を押してやろうかなどと考えましたが、なんでも、いい機会というものは、二度あるものでない。お開帳の日だって、つぎの日には、あんなことがあったと考ると、旅費のできたのを幸いに、はやく目的地をさしてゆこうと決心したのであります。」
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2014年11月20日木曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

何度も触れたことだが、イ・ソンヒの代表曲のひとつである、しっとりとした曲調が美しい3集収録の「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)は、作品の成立にさまざまな逸話がある。ファンも一緒になって作ったといってもいいかもしれない。

「李氏朝鮮で最も有名な妓生」である黄真伊(ファン・ジニ:황진이)の伝承に引き込まれるようにして、この歌は元々、彼女の次の漢詩がベースになって生まれたとまことしやかな噂となった。

蕭寥月夜思何事
寢宵轉輾夢似樣
問君有時錄忘言
此世緣分果信良
悠悠憶君疑未盡
日日念我幾許量
忙中要顧煩或喜
喧喧如雀情如常

実際に、作曲家と作詞家の関係、この歌を最初に発表したのは、あるいは、漢詩はいかにして登場したかなど興味深い話題を、次の「本ブログ関連」のリンク先で紹介した。現在は、古典をしのびつつも、逸話にぶれることなく、ファンに長く支持される名曲となった。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「分かりたいです」、そして漢詩”)


月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか

深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか

私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです

一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか

雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか

私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください

(Youtubeに登録のhyunmi kimに感謝)

2014年11月19日水曜日

セリウム・フローレンス様

まだお目にかかったことがないのに、突然このような文をしたためましたことご容赦願います。

水晶の狭間に隠れていらっしゃる妖精、セリウム・フローレンス様に、一度お目にかかりたくお願い申しあげます。

写真で拝見しただけですが、ピンク色に頬を輝かせ、薄紫色の衣から香気が漂うお姿にお会いしたく存じます。

ルーペの奥に、あなた様の清雅なお姿とお目にかかることがかないましたなら、望外の幸せでございます。

ぜひとも、妖精の羽を休めて、私のそばに舞い降りられますよう切に願っております。

2014年11月18日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 清声濁声

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/12)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第80回として、国楽(伝統音楽)の音域を指す「清声濁声(청성탁성)」にまつわる話を紹介した。

始めに、国楽の音域、弦楽器「玄琴コムンゴ거문고)」と打弦の「匙(スルテ、술대)」について次のように紹介された。
・国楽の五つの音域で、中心となる音域を「中声(중성)」と言う。中声から1オクターブ高い音域を「清声(청성)」、1オクターブ低い音域を「濁声(탁성)」と言う。
・代表的な弦楽器「玄琴」は時々、打楽器ではと言われることもある。竹棒の「匙」で弦を叩いて演奏するためだ。弦を弾ませてきれいな音を出すのでなく、力いっぱい叩いて音を出すのが特徴。匙が弦を叩いて、筒の本体にぶつかる音も玄琴の音色を構成する。さらに、左手で弦をこすりつけて出すのもまた玄琴の音だ。バイオリンやハーフのような音色に慣れた人には、聞き慣れぬ音色かもしれないが、文化によってこのような違いもある。

▼ 玄琴散調から、国楽の拍子「チュンチュンモリ(중중모리)」を聴く。躍動感あって喜怒哀楽の部分に聞かれるとのこと。

次に、管楽器「大笒テグム대금)」の特徴であるリード部分の響きについて、次のよう解説された。
・「大笒」演奏の姿はフルートと似るが、その音色は全く違う。大笒の構造に、息を入れる吹き口の少し下方にもう一つ穴があって、<吹き口>と、音の高さを変えるためにおさえる<音孔>の間に位置し、これを「清孔(청공)」という。この清孔に、葦(あし)の茎内にある「ソクチョン(속청)」という白い薄膜(=リード)を張り付けて塞ぐ。息を吹くたびソクチョンに振動が伝わり、不思議な音がする。風になびく旗音に似た小さい音だ。フルートの音色に慣れた人には、練習不足で未熟な音に聞こえるかもしれないが、大笒演奏は、このソクチョンの見事な振動にかかっている。

▼ 振動の響きを重視した大笒演奏「清声曲(청성곡)」を聴く。この楽器は、音色も深く素晴らしいし演奏スタイルも格好いい。

最後に、白磁「月壺(달항아리)」の<破調>に似た造形から「奚琴ヘグム해금)」について、次のように説明された。
・月壺は、模様のない白磁の丸壺で、月のイメージから呼ばれた。しかし、完全な丸でなく、片方は丸く反対側はへこんだ形がほとんどだ。大きな月壺を作るとき、上下別々に作って貼り付けたため、窯の中で模様がつぶれたり、壺の形がへこんだ。丸い形を作れなかったのではない。優れた陶磁器は既によく知られていた。わざわざへこんだ形にしたのだ。
・中国の二胡に似た、二弦の擦弦楽器、「奚琴」にもそんな響きがあるようだ。

▼ 京畿民謡「臼引き打令(방아타령)」を奚琴演奏で聴く。中国風の響きがする。

2014年11月17日月曜日

イ・ソンヒの海外公演はあるか

イ・ソンヒは、昨日・一昨日の水原コンサートを終え、今年の全国ツアーを成功裡に終わらせた。にもかかわらず、ファンの要望は止まないようだ。スターニュースの記事「『27回、全回売り切れ』 イ・ソンヒ、海外・国内コンサート アンコールの要望殺到」(11/17、キル・ヘソン記者)によれば、アメリカ、オーストラリアの海外公演まで期待が高まっていると次のように報じている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ、2014年全国コンサート・ツアー仕上げへ(チケット全回売り切れ)”)

それなら、イ・ソンヒの日本公演はどうでしょうか・・・。コンサートが、2、3年に一回のペースなので、私としては旅の楽しみも含めて、ソウルでのコンサートの方がよいのだが。

(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒの日本語曲「空がくれたもの」、「見せたいけしき」”)
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・「女性歌王」イ・ソンヒが、延々8ヶ月をかけた全国コンサート・ツアーを成功裡に終わらせた中、国内はもちろん海外までアンコール公演の要望が殺到している。

・イ・ソンヒは、去る15日と16日の二日間、各1回ずつ京畿水原市、水原室内体育館で歌手デビュー30周年、および今年3月正規(アルバム)15集「セレンディピティ(SERENDIPITY)」発売を記念した、全国ツアーの最後の公演を持った。

・イ・ソンヒは先行のコンサートと同様、水原公演も二日合計6400席全てを完売させる底力を見せ、3時間の(コンサートの)間、ファンたちと泣いて笑って深くかかわった。特に、16日の公演にはトップスターでありフックエンターテインメントに共に所属する後輩のイ・ソジンとイ・スンギが直接現場を訪れ、イ・ソンヒはより一層の力を得た。

・水原公演を最後に、今年4月に始めた全国ツアーを全回売り切れのなか終わらせたイ・ソンヒに、現在、追加コンサートの要望も押し寄せている。

・フックエンターテインメント関係者は、17日のスターニュースに「全国ツアーを有する間にも、国内で公演した都市はもちろん、しなかった都市で年末コンサートなどアンコール公演を持つという提案を多数受けた」とし、「韓国を越えて、アメリカとオーストラリアなど海外でも単独コンサートをして欲しいという要望が殺到し、今も同じ」と伝えた。

・この関係者は、「3時間に渡ったイ・ソンヒの単独コンサートの最後はデビュー曲『Jへ』を観客と一緒に歌うもので、このように彼女の誠意のあるボーカルを感じることができて、老若男女の観客と息の合った公演なので、ありがたいことにアンコールの要望が多いようだ」と明らかにした。

・だが、イ・ソンヒが直ちにアンコール公演の要望に応じることは難しい見通しだ。

・この関係者は、「現在のイ・ソンヒは、最善を尽くして全国ツアーを終わらせた状態で、休息が必要な状況」としながら、「一定期間の休息後、自身に大きな愛を送ってくれたファンにより良い姿でごあいさつする予定」と伝えた。

・一方イ・ソンヒは、4月18~20日ソウル世宗文化会館/5月10~11日大邱エックスコ/5月24~25日蔚山室内体育館/6月7~8日光州コンベンションセンター/6月14~15日城南アートセンター/6月28~29日釜山KBSホール/7月12~13日富川室内体育館/8月30~31日全州ソリ文化の殿堂/9月13~14日安養室内体育館/10月4~5日大田正心華ホール/10月17~18日昌原城山アートホール/今月1~2日一山高揚アラムヌリ、および16~17日水原室内体育館など、全国13都市で合計27回にかけて全国ツアー公演を行った。

・イ・ソンヒは、13都市27回の公演を全て完売させ、合計7万余のファンと出会う大記録をたてた。

・「30年の女性歌王」 イ・ソンヒの底力を正しく知らせた全国ツアーであった。
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2014年11月16日日曜日

公園の秋

日向と日影の差に驚き、あるいは雲間に隠れた太陽を探して、暖かい陽のありがたさを思い知る。休日の昼過ぎ、近所の公園を久しぶり散策した。

(本ブログ関連:”公園1”、”公園2”、”公園3”)

木々は、すっかり葉を染め、また樹下に落ち葉を敷き詰めている。二十四節気の暦の上では冬に入っているものの、秋の景色がたっぷり残っていた。

健康体操教室で教えていただいた通り、公園は映画のような秋景色で迎えてくれた。公園の中央に北側へ通り抜ける路があって、見上げるように高いユリノキが一部片側に並んでいる。

何だかフランス映画に出てきそうな洒落た光景だ。といっても、フランスに行ったこともないけれど・・・多分そんな秋があるんじゃないかなと妄想する。左写真のユリノキの木立の隙間から、児連れ家族が三々五々遊んでいる、いこいの広場を見ることができる。左側から、キャッキャッという子どもたちの遊び声が聞こえてくるようだ。

ユリノキは、見上げるような高い木立だ。初夏にチューリップに似た大きな花を咲かせる(ボソッという感じで落ちてくるが)。秋には、葉を染めて周りを落葉で埋める。陽が傾いて、幹の長い影が伸びてくる。ところで、木立の周りに厚く積もった落ち葉を盛り集めているものがあった。焼き芋でも作るのかな・・・落ち葉が香りすることも忘れてはいけない。

陽が傾くのが速い。3時頃には、寒さが辺りをつつみ始めた。そそくさと帰り仕度する。これで秋の景色を見に行こうという思いを果たした。

2014年11月15日土曜日

イ・ソンヒと住民登録番号

韓国は国民一人ひとりに、「6桁(生年月日)-1桁(年代別性別)4桁(出生地コード)1桁(出生登録順)1桁(チェックデジット:誤検出用)」の数字で構成する、「住民登録番号」が付されている。重要な個人情報である。

(本ブログ関連:”住民登録番号”)

イ・ソンヒの初期アルバムに、何と彼女の住民登録番号が掲載されているという話題が、写真入りで以前からブログ*などであった。クッキーニュースの記事「【親切なクック(ぶすり)記者】 『イ・ソンヒのアルバムに住民番号が?』 杜撰だった個人情報管理、ネチズン『驚愕』」(11/13、ミン・スミ記者)は、その話題からセキュリティの重要性について次のように報じている。

    (*) ブログ:「킬크로그(killklog)」(本ブログ関連
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・好きな歌手のCDを買って聞くというのは、愛情がなければ難しいことです。ファンでもそうです。オンライン音源で音楽を聞く時代の今はもっとだと思います。国民歌手イ・ソンヒ(50)*のCDには、素晴らしい彼女の声以外にも特別なのが入っていますね。

    (*) 年齢:数え歳、満年齢なら現在49歳。

・最近、インターネット・コミュニティーに出まわっている写真*があります。1985年発売されたイ・ソンヒの1集と2集、全曲が含まれているアルバムを撮った写真です。イ・ソンヒのあどけない姿が印象的ですね。「Jへ」、「あ、昔よ」が含まれています。名曲でしょう。ジャケット写真の後ろを見ると驚くようなものが記されています。彼女の出生年月日、住民登録番号、本籍、現住所です。イ・ソンヒを紹介するために書いたようだが関心が高まっています。重要な個人情報であるためです。驚きと共に心配が押し寄せますね。特に住民登録番号は犯罪に悪用されることができます。

    (*) 写真:クッキーニュースの記事にも掲載されている。
    (本ブログ関連:イ・ソンヒの”本籍”)・・・ただし、番地は不記載

・イ・ソンヒのファンたちの間では、「アルバム中に記されている住民登録番号が本物だ、違う」を巡り舌戦が広がっています。しかし問題は、過去、個人情報に対する認識と管理がこのように粗末だったという点です。

・ネチズンも驚愕を禁じえなかったです。「何とまあ(そんな事があり得るかと驚きあきれる)」、「1、2枚売れたのではなかったのに」、「インターネットもない時で、重要だと考えていないよう」、「時代の違いでしょう。だが恐ろしいですね」 「住民登録番号持って何かをすることができる時代ではなかったんですよ」、「そもそも住民登録番号が何がすごくて、いろいろな重要行為の要求条件にするのか。それ自体が問題ですね」などの反応を見せました。

・一時、インターネットでは、ある小学校卒業アルバムが話題でした。卒業写真の下に名前と住民登録番号が一緒に描かれていたからです。ネチズンたち驚きましたよ。記事をモザイクにしあげた作成者は、「校長先生が、住所は変わっても住民登録番号は変わらないと、かように作られた」という説明を付け加えました。問題が深刻に見えます。

・去る6日、「カード3社の情報漏洩事件」の被害者が、地方自治体を相手に出した訴訟に敗訴したという報道がありました。被害者は、「住民登録番号を変更してほしい」と要請したが、裁判所は「個別的な住民登録番号の変更を認める場合、住民登録番号の個人識別機能が弱まって社会的混乱を招くようになる」と拒絶しました。

・続く情報流出事件と事実上一度もない後続対策に国民の懸念が増しています。イ・ソンヒのアルバムの写真を見て、ネチズンの肝を冷やしたのは無駄ではないですね。
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2014年11月14日金曜日

枯葉

本来シャンソンなのだが、耳に馴染んだのはナット・キング・コール(Nat King Cole)の英語版「枯葉(Autumn Leaves)」だった。イブ・モンタンの「枯葉(Les Feuilles mortes)」もラジオから流れていたが、この歌でしかイブ・モンタンを知らぬため、子どもの耳では距離感がつかめなかった。それに比して、アメリカンポップに慣れていたので、ナット・キング・コールの歌にはすぐに馴染んだ。都会的で、洒落た雰囲気に惹かれたのだろう。

(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”、”枯葉”)

ナット・キング・コールの「枯葉(Autumn Leaves)」は、映画「枯葉(Autumn Leaves)」(1956年)の導入歌になっている。ただし日本未公開とのこと。内容は、Wikipediaに紹介されている。次のYoutubeは、Full movieだが、最初だけ聴くことにしよう。


(Youtubeに登録のdelacroix pepallに感謝)

2014年11月13日木曜日

アイドルからレジェンドへ 2014

2014年、イ・ソンヒは、デビュー30周年を記念して15番目のアルバムをリリースし、ソウルのコンサートを起点に全13ヶ所のツアーを展開した。昨年から続く歌謡界のベテラン歌手の復帰という話題もあり、彼女が音楽潮流の中でどのように語られるか関心あった。また、K-POPアイドルの脱アイドル化もいわれており、アイドルたちの超克がどうなっているのかも知りたいところだ。

ジョイ・ニュースの記事「【創刊10年】アイドル時代10年…新たな編成は2014K-POP / 10年ぶりにK-POPルネッサンス迎える転換点」(11/10、チョン・ピョングン記者)は、2004年のKポップが、多様な音楽の春秋戦国時代だったのに比して、2014年の今年について、「(3~4年程度の準備期間を経てデビューさせる)アイドルは、もはやK-POPの主人公ではない」と報じた。
合わせて、韓国アイドル界の歴史を知ることができるが、ここではイ・ソンヒについて触れている部分を抜き出す。

(本ブログ関連:”レジェンド”)
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・2014年はちょっと違う。アイドルは、もはやK-POPの主人公ではない。一つのジャンルになった。代わりに、「レジェンドの帰還」と一緒に多様な音楽が共存して愛された。2004年、あの時のように2014年はK-POPの新しい転換期だ。

・2014年は、大型歌手のカムバックが特に多かった。フライ·トゥ·ザ·スカイ、godが、再び一つになったし、イ・ソンヒ、ソテジ、キム・ドンリュル、MC The Max、パク・ヒョシン、イ・ソラ、Bobby Kim、イム・チャンジョンなど、歌謡界のルネサンスを導いた多くの歌手が長い間の空白を破ってカムバックした。「クラスは永遠だ」という話のように、彼らの音楽はファンたちを失望させなかった。彼らがひしめいた2014年は、いつの時より豊かだった。
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2014年11月12日水曜日

久し振りの健康体操

先月(10月)9日の夜道、転んで右膝を思いっきり痛打して以来、治りに一ヶ月ほどかかった。まだ、しゃがむと痛みが残っていて、それに足を急に捻ることもできないが、リハビリのために足を動かすことにした。

静養のため休んでいた健康体操教室に久し振りに行った。元来、体力維持のためだったが、ありがたいことにリハビリにも通じる無理ない運動なので、回復にもつながりそうだ。一ヶ月近い休みをとったためか、体操の最初、間違えたりしたが、それでも汗をかきながら遣り通した。

ああそれなのに、教室の帰り道、餃子店が目に入ってきたのだ。運動直後の食事は好ましくないと聴いたことがある。でも致し方ないこと・・・久し振りなんだから。

今度から節制するつもりだ。そして、鉱物採集で、しゃがんでハンマーを降りおろせるようにしなくては。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 改良楽器

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第79回として、改良された昔の楽器、「改良楽器(개량악기)」にまつわる話を紹介した。

始めに、伽耶琴カヤグム가야금)、玄琴コムンゴ거문고)、牙筝(アジェン、아쟁)などについて次のよう紹介された。
・時代変化と共に音楽や楽器は変わり、国楽も例外でない。昔の姿を保ちつつ改良が始まったのは、朝鮮後期からと記録される。数多くの楽器中、撥弦楽器の「伽耶琴」から改良が始まった。
・伽耶琴は十二弦、「玄琴」は六弦から成る。当たり前とされたが、最近は変わってきて、伽耶琴は十二弦よりも二十五弦が多く、玄琴も十弦まで増えた。「笛」も元々3種類だったが、今は数えきれないほど増えた。国楽を専攻者でも、その種類を把握しきれないほど改良楽器が多い。中でも、伽耶琴に似た擦弦楽器の「牙筝」は、弦の数、形も大きく変わっている。

▼ 淑明伽耶琴演奏団演奏「キサス・キサス・キサス」(1947年、キューバ)を聴く。懐かしい、蓄音機で聴くよう、今様である。

次に、伽耶琴の由来と曲調「伽椰琴散調(가야금산조)」と、楽器の改良の様々について次のように説明された。
・伽耶琴は、伽耶国の嘉実(가실)王と于勒(우륵)が作ったと記録されている。千年以上楽器の形状は変わらず継承されたが、朝鮮後期に改良され始めた。伽耶琴本体はコンパクトになり、弦の間隔も狭まった。音楽のテンポも速まり、それに合わせて改良されたのだろう。弦も細くなり、音色にも大きな変化が出た。この頃、登場した音楽の形式が「散調」だ。ゆっくり始まり次第に速くなるテンポ、リズムやメロディーの変化が激しいのが散調の特徴だ。
・さらに、金属弦から成る伽耶琴や、弦数を変えた多様な伽耶琴も登場した。最近は、二十五弦の伽耶琴が最も一般的だ。
・玄琴は大きく変わっていない。十本弦の玄琴もあるが、未だ広く演奏されていない。しかし、玄琴だけで演奏するグループ「コムンゴファクトリー」が活動を始め、玄琴の音色を色々な形で演奏を試みている。

▼ コムンゴファクトリー演奏「自由な鳥に(자유로운 새에게)」を聴く。青空に浮かぶか夕陽に漂うか羽音するよう、今様である。

・コムンゴファクトリーは、玄琴の大きさを普通の半分にしたり、チェロのように弓で演奏したりする。さらには、電子玄琴で違う音色を作ったりする。そのほか、「琵琶」やハープに似た「箜篌(くご)」などで演奏する方法も開発している。日本の笙とよく似た楽器「笙簧(センファン、생황)」のも、他の改良楽器と演奏をすることもある。

最後に、主に個人が楽器改良に対して、北朝鮮の改良楽器について次のように解説された。
・1960年代から国策で改良されたようだ。例えば、西洋にバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスのように、二弦の擦弦楽器の奚琴(ヘグム、해금)を4種類の楽器に改良して演奏を試みている。また、笛には、フルートやオーボエのようにキーを付けて、オクターブの切り替えなどしたようだ。

▼ 金剛山歌劇団演奏「フェヤンニルリリ(회양닐리리)」を聴く。なるほど異国西域の乾いた雰囲気のよう。今様である。

・日本で活動する歌劇団の演奏。聞き慣れた音色のようで、どこか異国的な雰囲気もする(とのこと)。

2014年11月11日火曜日

乙女の祈り、少女の祈り

子どものころ、初めて買ったクラシックのレコードは、演奏家も知らぬピアノ小品集だった。その「JOEL ROSEN PIANO ENCORES」のレコードについて、以前、本ブログでも記したが、レコードジャケットに次のような解説があった。

(本ブログ関連:”レコード盤”)

日本のコロンビアレコードが、このアルバムにバダルチェフスカの「乙女の祈り(A Maiden's Prayer)」(1856年)を加えて欲しいと希望したところ、彼(Joel Rosen)は承知しなかった。困った顔をして次のように断ったという。
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・日本ではたしかに有名な曲かもしれないが、この曲には芸術音楽としての価値が全然ない。この曲を録音するということは、真のピアノ愛好家の耳を穢すだけのことである。私は弾く気がしない・・・
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Wikipediaに、「乙女の祈り」の評価を知る朝日新聞記事(「『乙女の祈り』を探して」、2007年10月23日)が引用されている。このピアノ曲は、日本では知られていたが(現在はどうだろうか)、世界的にも、作曲者の故国ポーランドでも、ポピュラーでないという理由を、ソース記事は次のように報じている。(抜粋)
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・ピアノを習いたてのころ、だれもがあこがれる曲といえば「乙女の祈り」だろう。どこかはかなげな響きが胸にしみる。
・なぜポーランドで忘れられたのか。「その原因は、当時の評論家の偏見にあったと思う」とドロタ*。19世紀の音楽事典は「乙女」の作者をこう酷評していた。「浅薄な素人くささを超えられなかった」。音楽に高い精神性や芸術性を求めるあまり、音楽教育を受けていない少女の、独白のような小品を見下したのだろうか。
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(*)ドロタ:来日中のポ-ランド女性で、「乙女の祈り」について調査した。

イ・ソンヒに、「少女の祈り(소녀의 기도)」(1985年、作詞ソン・スウク、作曲ソン・ジュホ)があって、風に舞い散る落ち葉の季節にひとり寂しさにふけりながら、春の訪れを待つ少女を歌っている。イ・ソンヒの清らかに澄んだ少女のような声が耳に残る。ところで韓国では、上記ピアノ曲「乙女の祈り」に、この題名と同じ「소녀의 기도」が使われているようだ。

2014年11月10日月曜日

イ・ソンヒに似ている?

街を歩けば、人混みに「他人の空似」を感じたことがある・・・それも昔のこと。今は、他人に関心が乏しくて、思いも及ばない。とはいえ人には、この世に、自身とソックリな人が3人いるという。どこかで巡り会っているかもしれない。

ネットに、知名の人物を二人あげて、ソックリかどうか投票するサイト「soKKuri」があって、田嶋陽子とイ・ソンヒがソックリかどうか○×投票している。何と、35%ほど同意があった。私は、「似てない~」の×ボタンを押したのだが。

イ・ソンヒの場合、メガネ姿が特徴なので、メガネをかけた人を見ると似通ったものを感じるのだろう。韓国のテレビコメディ番組「Manny」でシングルマザー役のチェ・ジョンユンもメガネ姿で、イ・ソンヒと似ているかなと思ったりした。仕事と子育てで主婦ぜんとしている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒに似ている”、”イ・ソンヒに似た議員”)

イ・ソンヒは、自身の詩に 「私はイ・ソンヒに似ているんですって?」があるが・・・この場合、本当の私は何かと自省することなのだろうけれど。

ところで、イ・ソンヒは、優れた才能の歌手でありながらも、容貌は童顔を残し、健全さと清潔さを合わせ持つ主婦的でもある。地下鉄に乗れば隣り合わせするような日常さがある。ファンにとって、そんな距離感がよくて、隔ての少ない存在といえるのだろう。

そういえば、日本でもイ・ソンヒに似ている人って、街なかに案外いるもんですよ。

2014年11月9日日曜日

DNS ルックアップでエラー

実は、昨日(11/8)の夜、帰宅してPCを立ち上げ、ウェブ上のいろいろなページにアクセスした後、本ブログを開けようとしたところ、灰色の四角の中に次のようなメッセージが表示された。

    「DNSルックアップでエラーが発生したため、このウェブページにアクセスできません」

上記表示は、トラブルを示しているわけで、ここから先へ進められない。つまり、自分のブログを見ることができない事態に陥ったのだ。慌てた・・・。スキルのない私には、事態が皆目見当がつかないのだ。どうしよう、どうしよう。

結局、このメッセージをそのママ使ってGoogle検索した。次に、Chrome環境で対処方法を説明しているウェブページを参照・試行して、「YAHOO知恵袋」のお世話になった。ここでクリア!したのだ。

「YAHOO知恵袋」の回答にある「ベストアンサー以外の回答」の中でも、「ID非公開さん (2014/4/214:48:07)」の説明通り実施したところ、本ブログ表示が復活できた。(感謝)

    主な対処ポイント
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    ◆DNSプリフェッチOFF

    ◆Google Public DNSの設定
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対処内容の意味について、繰り返しになるが、スキル不足のためサッパリ分からないけれど。書かれた通りに、チェックやDNSサーバーのアドレス設定をした・・・結果よければ全てよしではないか。

2014年11月8日土曜日

イ・ソンヒ、2014年全国コンサート・ツアー仕上げへ(チケット全回売り切れ)

今年のイ・ソンヒの全国ツアーは、今月末の水原コンサートを以って幕を閉じようとしている。スターニュース「”女性歌王”イ・ソンヒ、30周年ツアー 27回全回売り切れ 8ヶ月の大長征目前」(11/6、キル・ヘソン記者)は、これまでのコンサートを振り返って次のように報じている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ全国ツアーコンサート 水原”、”コンサート”)
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・「30年歌手」のイ・ソンヒが、もう一度「女性歌王」らしい面目を見せて、8ヶ月に及ぶ全国コンサート・ツアーの仕上げを目前にひかえた。

・イ・ソンヒは、来る15日と16日の二日間、毎日1回ずつ京畿水原市の水原室内体育館で、今年の全国ツアー最後の公演を持つ。今回の水原コンサートは、イ・ソンヒが歌手デビュー30周年および今年3月の正規15集「セレンディピティ(SERENDIPITY)」発売を記念して、4月ソウル世宗文化会館を始め突入した全国ツアーの最終公演だ。

・先立って、イ・ソンヒは、4月18~20日ソウル世宗文化会館/5月10~11日大邱エックスコ/5月24~25日蔚山室内体育館/6月7~8日光州コンベンションセンター/6月14~15日城南アートセンター/6月28~29日釜山KBSホール/7月12~13日富川室内体育館/8月30~31日全州ソリ文化の殿堂/9月13~14日安養室内体育館/10月4~5日大田正心華ホール/10月17~18日昌原城山アートホール/今月1~2日一山高揚アラムヌリなど全国12都市から合計25回にかけて全国ツアー公演を行った。

・6日現在、イ・ソンヒの所属会社「フックエンターテインメント」およびチケット販売業者によれば、該当の公演は全回売り切れて、もうすぐの水原公演も二日間合計の6400席全席チケットがすでに販売完了した。

・これでイ・ソンヒは、13都市27回公演で、デビュー30周年および15集発売記念の全国ツアーを全回ソールドアウトさせて、合計7万余のファンと会う大記録をたてることになった

・イ・ソンヒの底力をもう一度知るところだ。

・興行の成功だけでなく、イ・ソンヒは自身の名前に合うようにコンサート自体も「名品(プレミアム)公演」を作り出したという評価まで引き出している。

・イ・ソンヒは、有名作詞家キム・イナが歌詞を書いて、ヒット作曲家パク・クンテがメロディを作り音源チャート1位も記録した、15集タイトル曲「その中であなたに出会って」などの新曲から、去る30年間誕生させた多数のヒット曲など合計24曲ほどを毎回公演ごとに、2時間40分余りにかけてファンたちにプレゼントした。特に、彼女が、バラードのヒット曲である「因縁」と「その中であなたに出会って」を歌う時は、感性にぬれて涙を流す観客も多かった。ここに、40人組のオーケストラと12人組バンドも共に公演の質を一層高めた。

・観客の間では、イ・ソンヒの今回の全国ツアーに対して、「1部はオーケストラの旋律に合わせて楽しんで、2部はヒット曲について歌い、3部はロック・ステージで体に沿って動く」という話があるほど、多彩だったし楽しめるものも多かった。

・30年の音楽人生のイ・ソンヒなので、スター級の先後輩歌手の自発的なゲスト参加もまた続いた。

・イ・ソンヒの音楽弟子というほどのトップ歌手イ・スンギを始め、イム・チャンジョン、チョ・ソンモ、ペク・ジヨン、ホガク、ソ・ヨンウン、アリ、ウルラルラセション、パダ、シン・ヨンジェ、Gavy NJ、エディキム、ホン・テカン、ユ・スンホ、モーゼ バンなど後輩らと、チュ・ヒョンミおよび五本の指出身のイム・ヒョンスンなど同僚級歌手は、イ・ソンヒの今年全国ツアーにゲストで出て、コンサートをより一層輝かせた。

・国内最高の女性ボーカリストの1人に選ばれる、イ・ソンヒの今回の全国ツアーが量的および質的すべての面で、いわゆる「ベスト」だったとの評価を受けるもう一つの理由だ。

・一方、去る1984年満二十才のいきいきした大学生時代、「Jへ」で、「第5回MBC江辺歌謡祭」で大賞を獲得、症候群(シンドローム)を起こしたイ・ソンヒは、翌年の1985年、「あ、昔よ」をタイトル曲にした正規第1集を発表して直ちにトップ歌手の隊列に合流した。

・イ・ソンヒは、以後、去る30年間ずば抜けた歌唱力の中で、「秋の風」、「分かりたいです」、「ヨン(Young)」、「愛が散るこの場所」、「いつもあなたを」、「ひとしきり笑いで」、「私の街」、「思い出のページをめくれば」、「因縁」など数多くのヒット曲を誕生させた。
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2014年11月7日金曜日

立冬2014

今日は二十四節気の「立冬」、冬の始まりだ。一方、気象庁の「」は、カレンダー上で定義していて、12月に始まり2月に終わる。この間、一ヶ月ほど間があるが、温暖化の進む今、カレンダーに合わせた方が案外実感に近いかもしれない。

(本ブログ関連:”立冬”)

立冬とはいえ、天気は穏やかで、窓越しに部屋を暖めている。こんな具合ならいいのだが。

でも油断してはいけない、寒さは後ろからやって来る。冬の陽は、春の陽の若芽、夏の陽に照る緑、秋の夕陽に映える黄金の穂といった、生命と直接関わるようにも思えない。冬の寒さは、生命を強靭にする、四季の一局面かもしれないけれど。

近頃、童謡「たきび(たき火)」のような冬の風物はない。枯葉で焼き芋作りの思い出も無理だろう。家々は頑丈で、ガラス窓は小さく、隙間風の心配はない。冬は、街並みから排除されている。
それでも変わらないのは、子どもたちの遊ぶ声だ。何でも遊びにしてしまう彼らの声はありがたい。

2014年11月6日木曜日

(訂正) 砂糖をいっぱい入れた熱いレモン湯

一昨日、本ブログの「マーマレードとザボン」の中で、「中学時代、国語の教科書に、エベレストを初登攀したニュージーランドの養蜂家出身のエドモンド・ヒラリー(Sir Edmund Percival Hillary)について次のように書かれた文章があった。山中、彼は体を暖めるため、熱い紅茶にマーマレードを溶かし入れて飲んだという(記憶に違いがあるかもしれないが)。」と記述したが、記憶の不確かさが気になり、図書館で確認した。

ヒラリー著「わがエヴェレスト」(松方三郎・島田巽訳、「世界ノンフィクション全集3」、1956年)を見ると、ヒラリーが口にしたのに次のようなものが書かれていた。上記「マーマーレード」について、記述を「砂糖をいっぱい入れた熱いレモン湯」と訂正する

エベレスト頂上へ登攀途上、高さ8,500メートルに張ったテント中、テンジンが作ってくれた(用意してくれた)のに次のものがあった。
   ・鶏肉とヌードルのスープ
   ・ビスケットとサーディン
   ・ナツメヤシの実
   ・砂糖をいっぱい入れた熱いレモン湯
   ・アンズの缶詰

後述に、「しかし、いちばん活動を与えてくれるのは、砂糖を山のように入れた熱いレモン湯だった」とある。ひと寝入りして、いよいよ頂上へと向かう。登頂の結果について、以降、わたしたちは、ヒラリーとテンジンとの固い友情を知ることになる。

上記の書籍が、中学時代の教科書に採用されたものとして、年代的に妥当と思う。図書館で見た本が年代を示すように古色蒼然としていたのに驚いた。紙質の悪い頃だったのだろうか。

中学時代、この全集で最初に読んだのは、「1914年7月」(エミール・ルードウィッヒ、「世界ノンフィクション全集13」)だった。いずれ・・・。

2014年11月5日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 天然痘(媽媽)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/29)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第78回として、天然痘を指す「媽媽(마마、マーマ)」にまつわる話を紹介した。

(参考) 韓国民間信仰の伝統的シャーマニズム「巫俗(무속)」で行なわれる祭儀を「クッ(굿)」という。地に根ざした姿をYoutube映像で知ることができる。

始めに、おそろしい感染症と民間信仰の儀式の関わりについて次のように紹介された。
・恐ろしいものを指して、「虎患媽媽(호환마마)よりも怖い」という。恐ろしい人や飲酒運転などのスローガンやタイトルとしても使われる。虎患媽媽の「虎患」は「虎に襲われる災い」を指す。韓国は山が多く、山奥の虎が村に下りてくることも少なくなかった。
・「媽媽」は「天然痘」を指す。昔は、世界的に最も脅威を与えた病のひとつだ。薬もない当時、世界中の死者の1割がこの病で亡くなった。神にお告げを行う「クッ」の儀式で、必ず天然痘を退ける順番があった。また、天然痘を客の意の「ソンニム(손님)」とも呼び、この儀式を「ソンニム・クッ(손님굿)」とも呼んだ。

▼ 東海岸地域の「東海岸別神(동해안 별신)クッ」の中から「ソンニム・クッ」の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。

次に、天然痘に敬称を付ける習わしについて次のように説明された。
・「憎い者にほど良きことをしてあげる」ということわざがある。災いを追い払う方法もこれに似て、災いをむちゃに退けるのでなく、心を込めてもてなすという。王や王妃につける最高の敬称「媽媽」を、最も恐ろしい天然痘にこの敬称を付けた。また、お客様を「ソンニム」とも言い、心を込めてもてなすが、召し上がった後は留まらずに去ってくださいの意があった。
・済州島でも面白い呼び方で「神夫人拝送(マヌラ・ペソン、마누라배송)」とした。現代韓国語で、マヌラは自分の妻を指し、家内とか女房の意だ。媽媽と表現したように、王族や官吏を指す言葉としてマヌラと言った。拝送は見送るの意で、早く去って欲しいことを指す。大切な客でも、早く帰って欲しい相手であった。

▼ 黄海道のクッ「マングデタク(만구대탁)クッ」の中から「ビョルサン・コリ(별상거리)」(ビョルサン:天然痘の神)の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。

最後に、天然痘の予防接収と撲滅の歴史について次のように紹介された。
・朝鮮後期、天然痘予防の「種痘」という予防接種が伝わり、一部地域で実施されたが広く伝わらなかった。薬もない天然痘にかかると、迷信以外に頼るものがなかった。WHO(世界保健機関)は、1967年から天然痘の撲滅を推進して、ソマリアで発生した患者を最後に、1977年には天然痘の根絶を宣言した。

▼ 珍島地域のクッ「珍島シッキム(진도씻김)クッ」の中から「ソンニム・クッ」の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。

2014年11月4日火曜日

マーマレードとザボン

ジャムにいろいろあれど、私の好みは「マーマレード」だ。とりわけ、鼻腔にツンと来るものがよい。近頃見当たらないが、一体どこへ消えたのだろう。このツンとくる香り、実は塗料の「ニス(ワニス)」に通じる気がする・・・なかなか説明しづらい。

中学時代、国語の教科書に、エベレストを初登攀したニュージーランドの養蜂家出身のエドモンド・ヒラリー(Sir Edmund Percival Hillary)について次のように書かれた文章があった。山中、彼は体を暖めるため、熱い紅茶にマーマレードを溶かし入れて飲んだという(記憶に違いがあるかもしれないが)。そこだけ妙に心に残って、以来真似している。

(追記)
上記「マーマーレード」の記述を「砂糖をいっぱい入れた熱いレモン湯」に訂正する (11/6)
図書館で、ヒラリー著「わがエヴェレスト」(松方三郎・島田巽訳、「世界ノンフィクション全集3」、1956年)を確認したところ、次のように書かれていた。エベレスト頂上へ登攀途上、高さ8,500メートルに張ったテント中、テンジンが作ってくれた(用意してくれた)ものに次のものがあった。
   ・鶏肉とヌードルのスープ
   ・ビスケットとサーディン
   ・ナツメヤシの実
   ・砂糖をいっぱい入れた熱いレモン湯
   ・アンズの缶詰
後述に、「しかし、いちばん活動を与えてくれるのは、砂糖を山のように入れた熱いレモン湯だった」とある。ひと寝入りして、いよいよ頂上へと向かう。登頂の結果について、以降、わたしたちは、ヒラリーとテンジンとの固い友情を知ることになる。


柑橘系の香りが好きなのかもしれない。「ザボン(ブンタン:文旦)」を砂糖水で煮漬け、砂糖をまぶして乾燥させた菓子「ザボン漬」がある。普段、砂糖をまぶしているような菓子を手にしないのに、こればかりは違う。砂糖が落ちないように、ゆっくり口にするのがおかしい。そして、甘いだけでなく、このときも同様に口中に柑橘類特有のツンとくる香りが広がる。

ザボン漬は子どもの頃よく食べた。長崎や熊本などの物産展やアンテナショップで見つけたとき、懐かしさも手伝って購入するくらい。家に帰ると、必ず他の品に一緒にくっついてきている。この菓子、皮肉だけで作るものもあれば、輪切りにしたものもある。どちらもいいが、できれば肉厚でネットリした重量感のものが最高。それなら、前者の方かな。

(追記)
Youtubeにマーマレードの作り方を探していたら、なんと「夏みかんピールの作り方」(登録者marronrecipe、感謝)があった。材料に「オレンジや文旦でも」とのこと・・・なるほど、ザボンの代わりに、夏みかんを使って、ザボン風の菓子ができるということのようだ。(映像では丁寧に作られていたけれそ)真似してみようかな。それにしても砂糖の量の凄いこと。

2014年11月3日月曜日

入間航空祭

西武池袋線の「稲荷山公園駅」そばにある入間基地に行ってきた。本日開催の「入間航空祭」で演じられるブルーインパルスのアクロバット飛行を見るためだ。飛行場といっても、地元の都営「調布飛行場」と違い、自衛隊基地のため、このような機会がなければ中に入ることはできない。幸い、航空祭は穏やかな天気に恵まれた、絶好のタイミングだった。
それに、右膝打撲の本格的リハビリテーションも兼ねて、いざ行かん・・・。

(本ブログ関連:”調布飛行場”)

T-4、C-1、YS-11FC
駅から大変な人混み様、流れに任せてたどり着いた滑走路前の(整備場前の)広場は、既に場所取りされていた。しかも、滑走路近くに至っては、左の写真のように、イベントの迫力を楽しもうと人垣ができ、更に集中した。
(写真: 左手に駐機するのはブルーインパルスのT-4、右手奥は輸送機C-1と点検機YS-11FC、手前で太鼓演奏が轟いた)

圧巻は、何といっても4+2のブルーインパルスの隊形だ。轟音とともに、ときに編隊で、ときに数機でひとびとの視線を青空に釘付けする。そのたび、地上に歓声と拍手が起こった。

歳とともに、パイロットひとりひとりの存在を重く感じるようになった。彼らの妙技に感嘆すると同時に、彼らを待つ家族も考えずにおられない。実は、会場に入るとき、基地内を横切る西武線の踏み切りで、客を誘導する若い隊員が手を挙げたとき、結婚指輪がキラッと輝いた。彼も家族を背負っているのだと思った。

ブルーインパルスの飛行を間近に見て、子どもの頃の夢が十分満たされた。パイロットになれなかったが、夢は忘れていない。大人になって、宮崎駿のアニメ「紅の豚」や「風立ちぬ」を一人秘かに見に行ったりした。

(追記)
そういえば、ニコラス・ケイジが、映画「ザ・ロック(The Rock)」のラストで、サンフランシスコ湾に浮かぶ監獄島アルカトラズを消滅させるため飛び立った空軍機に、間一髪で回避させる場面を思い出した。映画のように低空飛行ではないけれど、迫力十分だった。

2014年11月2日日曜日

イ・ソンヒの「リンゴの木の下で」

この時期、リンゴの話になる。それも輪切りして食ってしまった大きさを思い返して、一年を無為に徒食したと慨嘆する、ついついそんな例えにリンゴの実は都合がよい。

リンゴは花が咲き、実が実のり、その香りするときがよいけれど、物語のリンゴ畑には、アンビバレンツな要素が欠かせない。それに、どこか異国の風がするのはなぜだろう。Wikipediaによれば、「日本で栽培されているものは、明治時代以降に導入されたもの」との記述がある。

イ・ソンヒの13集「四春期」に所収の「リンゴの木の下で(사과나무 아래서)」(2005年)は、洒落た旋律に想いを深く重ねたよう。リンゴ畑には、本当は何もないのだが・・・。

(本ブログ関連:”リンゴの木の下で”)

ところで、最近は見かけなくなった印度リンゴが好きだったなあ。

(Youtubeに登録のRuby Kangに感謝)

2014年11月1日土曜日

11月のある日

いよよ残り2ヶ月。といえば日々忙しく振舞う言い草のよう。けれど、そうじゃない。いつのまにか、気付けば11月になっていた。一年を一個のリンゴに例えると、縦割りした実をとっくに、5/6も食ってしまったわけ。今は1/6しかない。

小さな頃、親父がリンゴを剥いて切ってくれたとき、何度も呼び寄せようと実を小さくしてくれた・・・何度も何度も戻っては頂だいをいって、口に入れてもらった記憶がある。小さなリンゴも悪くはない。

ところで、それぞれ年末の計画を教室で語り合ったけど、私には計画も予定もないとしか答えようがない。残りが少ないのに、まだある、まだあると考えていた。何もかも含めてそんなものだ。

今日、11月に入ったばかり。右膝が回復したら、薄紫の妖精(結晶)、セリウム・フローレンスに会いたい。そういえば、今月末、魚の干物巡りなんてことを計画していたのを思い出した。

今月にちなんだ、ギター曲「11月のある日(Un día de noviembre)」(1968年、レオ・ブローウェル(Leo Brouwer、1939年~))を聴いてみよう。キューバの作家とはいえ、ジュリアードで師事したような方だから、この曲に、11月にどんな思いを込めているのだろう。ハバナとニューヨークでは趣も感傷も誘い方が異なるだろうけれど(映画のサウンドトラックだったという噂もあるようだが)。さあ、年の瀬に浮かび流れていこうか・・・。


(Youtubeに登録のCecilio Pereraに感謝)

2014年10月31日金曜日

ハロウィン

毎年、この時期、「日本でハロウィンは・・・」とブツブツいっても始まらない。でも、一つだけ、いいたいことがある。あれって、まだ子どもたちに受け入られてないでしょ、だって彼らは、何とかウォッチに夢中だもん。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

ファッション・娯楽イベント・食品・メディア業界 ⇒ 若い女性(⇒若い母親⇒子ども) ⇒ 周りの男性

流行の注入口が、バレンタインデーのように、日本オリジナルになってしまってないだろうか。バター風味がして、オレンジ色ばかりがが目立つ。

でもねえ、若い人たちへ、ブツブツいえるかどうか。高度成長時代、全員が謳歌したときは、もっと凄まじかった。この時期、遊びの名目(イベント)が足りないからと、若者たちが遊ぶ機会を作ったとしても、それをとやかくいうものじゃない。

おじさんは、そういって納得する。でもねえ、ケルトだ、キリスト教との習合だとか・・・いってもねえ。

2014年10月30日木曜日

紅葉(もみじ)

道で転んで、右膝小僧をすりむいたのが、ちょうど3週間前の夜。今も歩くに少々かばい気味。急なねじりや、しゃがんでハンマーを振り下ろす、山中の鉱物採集に出向くには、ちょっと時間が要りそう。どっぷり秋が深まったというに、身動きできないのは残念。

秋といえば、小学生の頃好きでよく口ずさんだ歌に「秋の夕日に 照る山紅葉(もみじ)」で始まる、「紅葉(もみじ)」(作詞 高野辰之(1876年~1947年)、作曲 岡野貞一(1878年~1941年))がある。紅葉の織り成す華やかさというよりは、夕暮れに薄まる山裾が処どころ陽を受けて、そこだけ彩る静かな情景を想像したりした。当時、子どもの耳に日常入ってくる音楽と比べて、上品さがよかった。


(Youtubeに登録のf3113663eeeに感謝)

2014年10月29日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 煙草

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/22)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第77回として、「煙草(담배:tobaco)」にまつわる話を紹介した。

始めに、朝鮮王朝22代国王正祖(정조/이산、1752年~1800年)と煙草のまつわる話しを次のように紹介された。
・正祖の代、文化が大きく花開き、煙草が伝わったのもこの頃。正祖は愛煙家と知られ、国の高官選抜試験に煙草について出題したほどだ。
・学問に優れ、ハングル創生の世宗(세종、1397年~1450年)の如く学問好きの王と知られた。国政に情熱を注ぎ、疲れも人並み以上だったろう。そんな彼の唯一慰めが煙草だった。読書以外に趣味はなく、若い時から学問にだけ没頭し、疲れをに眠れぬ夜も多かった。王位に就いて以来、病がひどく薬も効かぬとき、(日本伝来の)南靈草(남령초=煙草)だけが症状を和らげた記録がある、彼は煙を吸うと胸がすっきりしてよく眠れたと話した。

▼ (童謡)民謡「辛い唐辛子食べてめーめm、煙草の煙吸ってめーめm(고추 먹고 맴맴 담배 먹고 맴맴)」を聴く。(「めーめm」:子どもたちがぐるぐるまわり遊びをしながら唱える掛け声)

次に、正祖が愛した煙草の起源と伝来について、次にように説明された。
・正祖は、煙草好きだが、健康への影響は考えなかったか。煙草に、肺を痛める可能性があると、伝来時に知られていた。煙草を止めなかったのは、公務のストレスのためと推測される。
・1616年、朝鮮に煙草が伝わった。その数年後の1622年、身分や老若男女を問わず煙草が広まった。アメリカのインディアンに始まったとされる煙草は、1550年代後半、ヨーロッパで栽培されるようになり、その約50年後、既にアジア、朝鮮まで伝わる。南米のジャガイモがヨーロッパに伝わるのに200年近くかかったのに比べて、煙草は速く世界に広まった。

▼ 煙草の打令(타령)の歌「煙草打令(담바귀타령)」を聴く。たたみ掛けるように、次へ次へと移る。

最後に、煙草の商品化、風俗化にまつわる話しを次のように紹介された。
・当時、煙草は食糧にも深刻な影響を与えた。農家が米よりも煙草栽培を優先したからだ。米を作るべき田が煙草栽培の畑に変わったのだ。
・また、煙草は人の関係にも影響した。正祖の臣下、蔡濟恭(채제공)は、煙草に関わる出来事で、官職を辞そうとしたことがある。あるとき、道端で、乱れた服装で煙草を吸う若者の一団に注意したところ、反発した若者を結局捕えたが、彼らの友人たちが押し寄せ徹夜して座り込んだため、結局、煙草のせいで恥をかいたという逸話がある。

▼ 「煙草の害悪(담배의 해악)」を聴く。・・・

2014年10月28日火曜日

イ・ソンヒの参加はなかった: MCモン6集

ニュースを見て、正直MCモンの音楽分野に関心が薄いせいもあって、そうだったのか・・・という感じだ。MKスポーツの記事「MCモン6集『Miss Me or Diss Me』(私を恋しいか、それとも、ののしるか)、イ・ソンヒの参加はなかった」(10/28、イ・チヨン インターン記者)は、MCモンの最新アルバムにイ・ソンヒが参加しなかったと次のように報じている。

関心の薄さについて断っておくと、MCモンだからではなく、今回のアルバムがどんなものかも知らないが、ヒップ・ホップの世界に寄っていく気力はないのです。おじさんとしては、既に「選択と集中」の時代に突入しているのですから・・・相済みません。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ、MCモンとコラボか”)
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・MCモンのカムバックが目前に迫ってきた。MCモンは、11月3日、5年ぶりに正規アルバムを発表する。2009年に発表した正規5集以後、5年ぶりのカムバックである。MCモンの6集アルバムは、全13曲の収録曲で構成されており、9曲目(トラックリスト)の「0904」を除く12曲が、同僚歌手のフィーチャリングで飾られた歌だ。

・今月初めに、MCモン、イ・ソンヒ、ケリー、ペク・チョン、ホ・ガク、ヒョリン、エイーリーなど国内有名なミュージシャンがフューチャリングした音源を出すと予告した。しかし、公開されたトラックリストによれば、イ・ソンヒは、今回のアルバムに参加していなかった。

(以下略)
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2014年10月27日月曜日

Chromeの管理(ブックマーク、タブなど)文字が”囗”になること

実は困ったことがあった。Chromeのバージョンが「38.0.2125.104 m」に上がって以来、Chromeの管理(ブックマーク、タブなど)文字のうち、ハングルだけが ”囗” 表示になってしまった。(漢字、かな、アルファベットは表示)
この現象をChromeのヘルプにある「問題報告」に通知したが・・・いつか改善されるだろうと。

ユーザーに解消策がないものか気になりネットに探してみると、次のYAHOO「知恵袋」で名案を見つけた。感謝。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12137179822

質問者の回答者に対するお礼コメントに述べられた通り実行(Chrome再起動も!)すると、ハングルが無事表示された。(「その他の返信」にある、書体は”Meiryo UI”に変更するのが見やすくていいですね)

2014年10月26日日曜日

和菓子「御栗林」

近所の駅のそばに小さな和菓子屋があって、地元伝統の(幕府献上品であった)栗の実を使った、新しい和菓子を知らせる幟(のぼり)を店頭に立てている。外出の折、寄ってみた。

(本ブログ関連:”栗林”)

栗の実を丸々使った洋菓子や和菓子は他にもいろいろある。この和菓子がどんな工夫をしているのか関心があったからだ。柔らかにした栗の実の周りを、ぼそぼそ乾いた餡でくるみ、全体を固めの皮で包み仕上げている。総じて甘みは抑えられている。年配者には、栗の実の食感の乏しさと、(ビニールパックしているが)乾燥気味なのが少々気になる。

観光地の土産品と似たものにならぬよう、地元の歴史を備えた栗の実を使っているゆえ、まだまだ工夫を加えてしっかりした銘菓になって欲しい。

2014年10月25日土曜日

遠近法(消失点)

遠近法の絵画に、全てが集中して消える先に一体何があるのだろうか。絵画を見るままに見るといった、共通な視座があるのだろうか。もしかしたら、そのように見慣れているだけではないだろうか。時代とともに、絵画は、制作する者、所有する者、見る者それぞれにとって、入り混じったものがあるのではないだろうか。

(本ブログ関連:”遠近法”)

今の時代、映像を見慣れているので、遠近法は不思議でない。しかし、日本画に遠近法が登場したのは随分と後のことだ。なぜなのだろう・・・結局、日本画は、「日本画」という言葉とは違った存在だったのかもしれない。「西洋画」に対置して東洋画とか日本画といった配置をするのは、何かを歪めているかもしれない。

西洋画の遠近法について妄想したい。残念ながら、日本画の空間認識について何も知らないので・・・。

現実の世界を大きな升目を持つ網目を通して覗き、それと同じ升目のある画布に升目ごと転写すると、リアルな世界が再構成される。升目は一律でなく遠景が空気の厚い層に薄まり、全体像は遠近法の世界に収斂する。絵画工房の画工が気づかぬはずはない。

北方ルネッサンス絵画は、空間を緻密に埋める。隙間があってはならないのだ。間隙が存在したりすると、見える世界が崩壊するとでも思っているのだろうか、一部の隙があってはならないのだ。究極、視座をおろそかにできなくなる。
ファン・アイク(1395年頃~1441年)の「アルノルフィーニ夫妻像」は、遠近法の奥に壁に掛けられた鏡があり、そこに画家本人が描かれている。この絵画は、ファン・アイクの視覚を通したものでもあることになる。まるで、市民社会という視覚でもあるようだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年~1519年)の初期作品「受胎告知」は、聖母マリアの右手の動きとは別に、精緻に描いた作品と評価される。この絵は、遠景に尖った峰を持つ白い山腹に視線が収斂する。けれど、その消失点を意識されることはないようだ。一点に集中する視座は、特に宗教画には好ましいのかもしれない。

遠近法を合理的な視点でとらえる道具に、ピンホール・カメラを原理にした、カメラ・オブスキュラがある。誰もが一度、ピンホールでできる上下さかさまの映像を見た経験があるだろう。まるで、手に取るように現実世界がすくい取れるような錯覚をする。

フェルメール(1632年~1675年)の絵画が特にアメリカで好まれるという。フェルメールの視座は、ファン・アイクのような自意識を感じられない。見たものを印画紙に落とした、対象化した世界のように見える。カメラ・オブスキュラの世界なのだ。多分、タイム・トリップして彼の時代を覗く即物的な感触が好まれるのだろう。

そして、シネマトグラフの動く映像に市民が驚嘆した時代、印象派の画家たちは格闘していた。当時、カメラ技術の進歩で、今は忘れ去られた写真家たちが絵画と対峙する世界を写し取っていた。画家が、視座を画家個人のものに取り戻そうとした時代、遠近法はどうやら重要ではなくなったようだ。

絵画は、遠近法の奥にある消失点の先に、結局何も見出しえなかったようだ。シネマトグラフがそれを越えたのだから、絵画は画家の自我に直結するしかなくなったのだろう。現代絵画は空間さえ再構成しようとした。

2014年10月24日金曜日

ノート(筆記帳)サイズ、A4それともB5

仕事で文書作成にパソコンだけを使い、手書きの習慣からすっかり疎遠になって以来、あるとき驚いた。久し振りにノート帳に手書きすると、文字が恐ろしく汚いのだ。もともと綺麗な文字だったわけではないが、それにしても余りにまずい。

指先のコントロールがきかなくなったのか、すっきりした線が引けなくなっているのだ。もしかしたら歳のせいかと思い、文字を小さくすれば力も要らず小奇麗にまとまると思いきや、それも満足なものでなかった。どうやら、手書きの基本動作を忘れてしまったようだ。手書きの習慣の必要性を痛感した。

ノート(筆記帳)の場合、書道と違い、コンスタントに簡潔な文字を書き記した方が後で見やすい。指先を力まず、流れるように書ければベストだ。0.5mm、4B芯のシャープペンシルと、ノック式の消しゴムを使っている。どちらも力をコントロールしやすいからだ。

学生時代、授業内容を漏らさず記そうと、大判のA4サイズを使った。書き足し、補足、付記に便利だからだ。しかし、そんな余力もなく、何もかも書くことを止めてエッセンスだけ残せばよいという風に考えを改めると、ノートサイズは小型のB5サイズで十分と気付いた。

適時、適当な場所で見直すのに便利なノートサイズはB5だろう。一般書もB5サイズが多い。日本人の体形にあっているのかもしれない。もしA4サイズのノートを使うと、持ち運びにA4が入るバッグが必要になり、ついつい何でも入れてしまい重くなる。ノートを基準に、動作につながる物のサイズを考えるとよいのかもしれない。

最近は、A6のメモ帳を重宝している。思いつくものを何でも記入している。つまり、どんどん身軽になってきている。

2014年10月23日木曜日

イ・ソンヒがファッションコレクションを待つ写真

イ・ソンヒについて、実はよく語れないことがある。彼女の髪型とか服装のファッションなど、女性ならご存知だろうが、そのスタイル名についてだ。もともと、短髪にメガネとズボンスタイルという飾り気のないのがトレードマークのため、過去の新聞記事などで、彼女のファッションを詳しく触れているものをあまり見たことがない。

(日本の)女性ファンが、イ・ソンヒのファッションについて解説していただけると、Google画像検索で適度に検証できるのだが。

WOW韓国経済TVの記事「イ・ソンヒ 『私も、チ・ジュンヒのコレクションを見に来ました』」(10/23、キム・チユン記者、bntニュース配信)は、イ・ソンヒの写真を掲載して、次のように書いているが・・・上記のような分けでファッション関連についてよく分からない。(抜粋)
・「2015 S/Sソウル・ファッションウィーク」が22日午後、ソウル東大門区東大門デザインプラザで開かれた。チ・ジュンヒの「Miss Gee Collection」のコレクションで、歌手イ・ソンヒがショーを待っている。
(以下略)

今年の「Miss Gee Collection」について紹介しているブログ(Style N)を覗いてみたら、おじさんには全然無縁の世界のようで・・・。

これからも、イ・ソンヒについては、ファッション以外について記してみよう。それで十分だと思う。

2014年10月22日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 節気と贈り物

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第76回として、昔の「節気と贈り物」にまつわる話を紹介した。

まず、朝鮮後期の書家、秋史・金正喜김정희、1786年~1856年)と茶の関わりについて、つぎのように紹介された。
・節気は、1年を24等分して約15日毎に分けた季節。四季のある地域では、ここに春、夏、秋、冬など季節の名を付けた。季節に、人々はどんな風習を楽しみ、プレゼントをし合っただろうか。

(参考)日本の「二十四節気

・「秋史体(추사체)」の書体を生み出した、書家、金正喜(号は秋史)は、島流しの済州島で寂しく生活する中、茶をよく飲んだ。金正喜に茶を送ったのは、草衣禅師(초의선사、1786年~1866年)だ。全羅南道海南(해남)の大興寺(대흥사)に住み、茶文化を花咲かせた。金正喜が草衣禅師に送った手紙に、「茶の収穫の時期はまだですか。首を長くして待っています。茶を収穫したら壺にしっかりと包んで送ってください」といった内容がある。送って欲しい茶に細かく注文できるほど、親しい間柄を表している。

(本ブログ関連:”KBS WORLD「国楽の世界へ」 済州島”)

▼ ヘグム演奏「世の中で美しいもの(세상에서 아름다운 것들)」を聴く。情感あふれる穏やかで心地よい今様の音色だ。

次に、金正喜が草衣禅師に茶を願った手紙と一緒に扇子を贈った話しを、次のように紹介された。
・金正喜は、貴重な茶をねだる手紙と一緒に、贈り物として、彼の書体の入った扇子を送った。当時、扇子の価値は今と違ったはず。庶民にとっては、うちわであり、虫よけの道具でもある必要なものだ。上流階級のヤンバンにとっては、地位を表す手段であり、人前で表情を隠す道具でもある。また、自分を守る武器としても活用した。扇子を送るのは、今年もよろしくという意があるという。

▼ 演奏「贈り物(선물)」を聴く。これも映画音楽のような、情緒深い今様の旋律だ。

最後に、年間を通して、節気のいろいろな風習(行事)について、次のように解説された。
・冬至(12/21)は、一年で昼が最も短い日だ。この日から昼が長くなる。一年を締めくくり、新年を迎えるこの時期に、新しいカレンダーをプレゼントした。カレンダーには色々な節気が記される。
・釈迦の誕生を祝う「初八日(초파일)」に、家族の名を刻んだ提灯をつるす。また、日本の中元に当たる「百中(백중)」には、使いの物に新しい服を作ってやる。新穀を神に供える「上月(상달)」には、祭祀を捧げた餅を分け合う。餅にも色々な種類があった。

▼ 各月の節気を歌った雑歌「タルコリ(달거리)」を聴く。 月巡る中、大衆の交わりを歌う・・・民謡と違って。

2014年10月21日火曜日

イ・ソンヒの「冬哀傷」

まだ秋が終わらないというに、ストーブは入れるし、厚着して、去年よりも早く冬に向けて身支度している。年々早まる(歳とともにそう感じるのだろうけれど)、冬の気配を恨み、暖かい春を待ち望んでいる。

ここ数年、雪の積もり方がおかしい。雪融けに、2階の屋根から塊りがドスンと落ちるついでに雨樋(あまどい)を2度も破砕している。また、玄関先を雪掻きしたばかりなのに、すぐに屋根から雪が落ちてうず高く積もる。そこで、雪国のものと思っていた雪止めの必要性を感じ、業者さんに取り付けてもらうことにした。温暖化といわれながら、雪の量が極端過ぎる。

気分一新、美しく澄んで輝き、やがて消える雪の結晶のような儚(はかな)い恋歌、イ・ソンヒの5集に所収の名曲「冬哀傷(겨울 애상)」(作詞:キム・ヨイル作曲:ソン・シヒョン、1989年)を聞いてみよう。この歌にハッとしてわれに返り、冬へのわだかまりも溶けるというもの。

(本ブログ関連:”冬哀傷”)

(Youtubeに登録のRuby Kangに感謝)

2014年10月20日月曜日

ブルーライト(再)

ノーベル物理学賞で話題の青色LEDだが、ちょっと前に、PCの液晶画面の青色成分(ブルーライト)が問題になっていた。PCを見続けると、目の奥に青色光が強く差し込むので、それを低減するためにいくつかの策が語られた。ひとつにブルーライト対応メガネ、もうひとつにディスプレイの青色成分の調整、最後に年齢に応じた対応だ。

(本ブログ関連:”PCのブルーライト”)

① 情報誌の付録についていた、ブルーライト対応メガネを装着する。PC画面全体に薄く赤味がさす。
② PCのデスクトップの色補正して、青色成分の明るさを抑える。PC画面全体から青味が減るような。
③ 年齢的には青色の感度が衰えているので、対応の必要なしとの情報を知る・・・ああ、そうですか。

年齢は別にして、対応メガネを装着し、ディスプレイの青色成分を減衰すると、両目の奥に四方から飛び込むようなインパクトが和らぎ、PC画面が穏やかになる・・・ちょっとモヤッとした感じで目に優しそう。そうすることで、眼精疲労に効果があるのか、正直よく分からないが、やらないよりはやった方がよいだろう。目に差すような青色光のエネルギーが弱まる気がする。長時間ディスプレイを見続ける場合、こんな対策もありだろう。

ところで、今年のクリスマスは以前に増して、街の何処かしこ青いLED照明に包まれることだろう。今まで以上に。

Youtubeの「ブルークリスマス」は、別の意味でブルーな若者たちのクリスマス。プレスリーの歌で聞いてみよう。

(本ブログ関連:”ブルークリスマス”)

(Youtubeに登録のElvisPresleyVEVO に感謝)

2014年10月19日日曜日

遠近法

子どもの頃、児童画といわれる、遠近法とは全く異なる表現が嫌だった。それは、子どもの時代に見られる独特なもので、(大人が忘れた)子どもらしい表現と絶賛されるものだ。でも、当時は見えるように描いてこそ絵ではないのかと思ったものだ。
(今の私には、児童画の伸びやかな表現が可愛らしくてたまらない・・・歳をとって気づいたが)

児童画は、運動会などを表現するとき、運動場を絵の中心に配置して、絵の上側に頭を上向きにした子どもたちを描くのに対して、絵の下側には頭を下向きにした子どもたちを描く。まるで、地球上の人々を宇宙遠くから眺めるようだ。

これは、視座が運動場の中心にあって、全て見るために頭(眼球)を回転させることからくるのだろう。つまり、視座が絵の中心に配置しながら、視線は固定しない。もし、遠くから俯瞰するように、つまり視座を鳥の目のように上空に置けば、登場人物たちの頭は、すべて上向きになるのだが。そこで、遠近法でない集団画の場合、地面を斜めにして、視座と登場人物とが等距離になるようする。一定の範囲内に、登場人物を集団に分けて配置すると、均等に描写することができる。

例えば、日本画で、屏風絵「洛中洛外図」は、集団を区分するのに雲のようなものを挟み込んでいる。また、好みの絵が多い、北方ルネッサンス絵画の場合、遠近法の表現はあるものの、説明的な要素が多いものがある。ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」に見られる宗教的な説諭、ピーター・ブリューゲルの「ネーデルラントの諺」に見られる世俗の風刺のように、解釈を一義にして見る目を動かすことになる。

(本ブログ関連:”ブリューゲル”、”北方ルネッサンス”)

これらの作品は、今でいう絵画というよりは、絵に語られる物語なのではないだろうか。作品を、見る側の立場も含めて理解しなければならないような気がする。作品には3つの立場があるように思う。作品の制作者という立場(所有者と見る者を意識する)、作品の所有者(見せる側)、見る者(見る側)。それぞれが別個であるとは限らない。また、今風の絵画鑑賞という見る側が大衆化してきた時代変遷は興味深い。・・・もしかしたら、遠近法の絵画技法は、世俗化と連動しているのかもしれないなんて考えてしまう。

絵画は最初から「絵画」ではなかったと思う。私は、仏像や仏画が美術や芸術作品として語られるのに、今も違和感を感じる。

2014年10月18日土曜日

超小型電気自動車に乗って

私の自動車免許証はゴールド(優良運転者免許証)だ。無事故、無違反の賜物である。というより、免許証はあれど、ずっと運転していないからだ。じゃあ、何のため免許証を持ち続けているのかといえば、これほど便利な身分証明証はない。そんなわけで、ずっと更新している。

鉱物採集に行くのに、いつもH氏の車に同乗させてもらっている。助手席に坐っているだけで、何のナヴィゲーターの役も務まっていない・・・何度も通った採集地への道、行きと同じ帰り道ですらよく覚えていない。やっぱり車の運転には不向きかもしれない。最初はそういって謙遜していたが、最近は確信している。

とはいえ、自動車に関心ないわけではない。安全な超小型電気自動車が身近になったら近所まわりに乗ってみたい・・・果たして何年先か。心配なのは運転の感を取り戻せるかということだ。近所の自動車教習所に通わなければならないだろう。

電気自動車について十数年ほど昔のこと。バスに乗っていたら、ある自動車メーカーの前のバス停から技術者らしき数人が乗ってきた。奥の座席で、ぼそぼそ話しているのが聞こえた。これからは電気の時代か・・・とため息をついていた。
電気自動車といわれても、素人には模型自動車に載せるマブチモーターのイメージしかない。技術者には大変な時代なんだなと思った。これから彼らが、どんな車を提供してくれるのか楽しみだ。

で、何のために超小型電気自動車に乗りたいのかって・・・、それは川べりに行って、自動車の中で、イ・ソンヒさんの歌を大声でカラオケしてみたいのダ。一人カラオケボックスとして。

2014年10月17日金曜日

膝小僧をすりむいて(続々)

先週の今日、転んでしまった右膝の痛みはゆるり治まってきているようだ・・・が。当初2日間つづけて貼った湿布にかぶれてしまい、痒みと痛さに悩まされている。ふくらはぎが、ちょっと突っ張った感じがして強張りがある。

どの程度リハビリすればよいか分からない。素人判断なので、むしろ運動不足かもしれない。まだまだ靴下を履くのも脱ぐのも難儀する(難しい)程度の回復状況なのだ。

ところで先日Y氏から、長野県茅野市にある金鶏鉱山の美味しい話をいただいた。クロム白雲母、苦土電気石、テルル蒼鉛鉱、セリウム・フローレンス石という・・・来月かな、よけいに夢(欲)が膨らむ。

セリウム・フローレンス石、何と美しい名だ。そして、薄紫色した可憐な結晶よ。一度、私と出会ってくれないだろうか・・・。もしよかったら、日本式双晶にもお会いしたい。正夢にならんことを。

(資料)世宗文化会館の歴史(続)

世宗文化会館の歴史について資料を探している。韓国Wikipediaの「世宗文化会館(세종문화회관)」の沿革の項に、同館着工時、何を念頭に置いたか、およびソウルの公演会場の変遷について、次のように記している。(抜粋)

(本ブログ関連:”(資料)世宗文化会館の歴史”、”世宗文化会館”)

ソウルの公演会場の変遷: 「京城府民館」 ⇒ 【「雩南会館 → 市民会館」 ⇒ 「世宗文化会館」】
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日帝強占期(日本統治時代)には、現在のソウル市議会の建物として使用されている「京城府民館」が総合芸術施設として機能した。光復(独立)後、1961年11月(10月?)に竣工・オープンした「市民会館」がその後に続いたが、1972年に火災で焼失した。これソウル特別市で大規模な総合公演場を建設する計画を用意して、1974年 1月に着工した。

1978年4月14日に竣工(工事終了)と同時に開館され、南北統一時、会議場の使用を念頭に置いて建てた、3,800席以上の大劇場と、532議席の小劇場など、当時最大規模の施設を備えて話題になった。しかし、1980年代に「芸術の殿堂」など他の総合公演場が開館すると、立地が弱くなり始め、ソウル特別市側の安易な運営体系に問題点があるという指摘も絶えず続いた。

(以下略)
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2014年10月16日木曜日

イ・ソンヒの「あなたに会う」

音楽を聞いて心が和むのは、そのとき、穏やかな春の陽に温もる風に包まれたような安堵があるからだろうけれど、それが何処から来るのかは、人生観や経験によるだろう。ときに、記憶のざらつきを埋め合わせてくれる心地よい風が吹く。

イ・ソンヒの15集に所収の「あなたに会う(너를 만나다)」(作曲イ・ソンヒ、作詞エピトンプロジェクト、編曲ミス・ケイ)は、そんな幸運な、そしてどこか懐かしい巡り会わせをさせてくれる。

Daumの”music daum”は、彼女の曲目紹介のなかで、この「あなたに会う」について、次のように解説している。
「無声白黒映画を見るような、クラシックで優雅な雰囲気の曲。ヒップホップ・ジャンルで主に使用されるサンプリングしたような表現技法は、あたかも80~90年代のLP盤で音楽を聞く感じを与える。 また、繊細ながらも多様な感性を表現するために、息一つまでも注意深くレコーディングして、イ・ソンヒ声の魅力を倍に感じることができる曲の一つだ」

昔、ラジオにそうしたように、耳をそばだてて聴きたい。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの15集”)


(Youtubeに登録のCoffee Letter Storyに感謝)