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2015年6月17日水曜日

作家申京淑の噂

日本でも取り上げられることの多い韓国の女流作家申京淑(신경숙、1963年1月12日~)の作品について、ある問題が提起された。文学とは永遠に縁のない、この素人にとっても、耳を疑うできごと、衝撃だ。

(本ブログ関連:”申京淑”)

NEWSIS/朝鮮日報日本語版の、以下の記事、「申京淑の『伝説』は三島由紀夫『憂国』を盗作」(2015/06/17 11:31)には驚かされた。三島由紀夫の作品を・・・よりによって。
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「申京淑『伝説』は三島由紀夫『憂国』を盗作」 - 韓国人作家が疑惑提起

 韓国を代表する小説家、申京淑(シン・ギョンスク)氏(52)が作家の三島由紀夫(1925-70年)の作品を盗作したとする主張が提起された。

 小説家で詩人でもあるイ・ウンジュン(이응준、1970年~)氏(45)は16日、インターネット新聞のハフィントンポスト韓国で、申氏の短編小説『伝説』(1996年)の一部が三島由紀夫の短編小説『憂国』(韓国で83年に発刊)を盗用していると主張した。イ氏が盗用の疑いを提起した部分は以下の箇所だ。

▼ (三島由紀夫『憂国』韓国語版)
  「二人とも実に健康な若い肉体の所有者だったため、彼らの夜は激しかった。夜だけでなく、訓練を終えてほこりだらけの軍服を脱ぐ間さえもどかしく、帰宅するなり妻をその場に押し倒すことが一度や二度ではなかった。麗子もよく応えた。最初の夜を過ごしてから1カ月たつかたたないうちに、すでに麗子は喜びを知る体になり、中尉もそんな麗子の変化を喜んだ」

▼ (申京淑『伝説』)
  「二人とも健康な肉体の持ち主だった。彼らの夜は激しかった。男は外から帰ってきて、ほこりがついた顔を洗いながらも、もどかしく急いで女を押し倒すのが常だった。最初の夜を過ごしてから2カ月余り、女はすでに喜びを知る体になった。女の清逸な美しさの中に官能はかぐわしく、豊かに染み込んだ。その成熟さは歌を歌う女の声にも豊潤に染みわたり、今や女が歌を歌っているのではなく歌が女に吸われてくるようだった。女の変化を一番喜んだのは、もちろん男だった」

 イ(・ウンジュン)氏は「三島由紀夫『憂国』の盗作は、小説家が特定分野の専門知識を小説の中で説明したり、表現したりするために小説以外の文献の内容を地の文や登場人物の対話中で活用するといった、いわゆる『小説化作業』の結果では決してない」と指摘。プロの作家としては到底認められない、明らかな「作品の窃盗行為」だとした。

 続けて、申氏の小説はさまざまな言語に翻訳されて、海外で一定の成果を収めているとしながら、「もし盗作がニューヨークやパリ、英国に伝わったらどうなるか。日本の文筆家や大衆がこの事実を知ったらどうなるか。これは隠そうとしても隠されるものではなく、隠せば隠すほど悪臭を放つ韓国文学の恥だ」と強調した。
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ちなみに、中央日報の記事、「申京淑、三島由紀夫作品 盗作した」(6/17)は、もう一歩踏み込んでいて、彼女のこの行為は(問題提起者によれば)、2000年秋からのことであるとか、韓国文壇の「沈黙のカルテル」、巨大出版社の社長と編集部の操縦、とまで書かれている。

この情報の発端となった、ハフィントンポスト韓国版の、小説家で詩人でもあるイ・ウンジュンの長々とした内容「偶像の闇、文学の堕落 | 申京淑の三島由紀夫盗作」(6/16)は、申京淑の人間・夫婦関係も含めて、もっと厳しい韓国風の表現がある。・・・韓国文人たちの「沈黙の共犯」と。

(資料)上記ハフィントンポスト韓国版掲載
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▼ (三島由紀夫『憂国』韓国語版)
두 사람 다 실로 건강한 젊은 육체의 소유자였던 탓으로 그들의 밤은 격렬했다. 밤뿐만 아니라 훈련을 마치고 흙먼지투성이의 군복을 벗는 동안마저 안타까와하면서 집에 오자마자 아내를 그 자리에 쓰러뜨리는 일이 한두 번이 아니었다. 레이코도 잘 응했다. 첫날밤을 지낸 지 한 달이 넘었을까 말까 할 때 벌써 레이코는 기쁨을 아는 몸이 되었고, 중위도 그런 레이코의 변화를 기뻐하였다.
─  三島由紀夫、 キム・フラン訳, 「우국(憂國)」, 『金閣寺, 憂國, 宴会は終わって(宴のあと)』, 主友 世界文学20, 株式会社主友, P.233. (1983年1月25日 初版印刷, 1983年1月30日 初版発行)

▼ (申京淑『伝説』)
두 사람 다 건강한 육체의 주인들이었다. 그들의 밤은 격렬하였다. 남자는 바깥에서 돌아와 흙먼지 묻은 얼굴을 씻다가도 뭔가를 안타까워하며 서둘러 여자를 쓰러뜨리는 일이 매번이었다. 첫날밤을 가진 뒤 두 달 남짓, 여자는 벌써 기쁨을 아는 몸이 되었다. 여자의 청일한 아름다움 속으로 관능은 향기롭고 풍요롭게 배어들었다. 그 무르익음은 노래를 부르는 여자의 목소리 속으로도 기름지게 스며들어 이젠 여자가 노래를 부르는 게 아니라 노래가 여자에게 빨려오는 듯했다. 여자의 변화를 가장 기뻐한 건 물론 남자였다.
─  申京淑, 「伝説(전설)」, 『昔、家を出るとき(오래전 집을 떠날 때)』, 創作と批評社, P.240-241. (初出1994年⇒1996年9月25日 初版発行, 後に 2005年8月1日 同じ出版社として名(創作と批評社)を圧縮して改名した「創批(창비)」で 『ジャガイモを食べる人々(감자 먹는 사람들)』と小説集題名だけ変えて再出版された)
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2015年6月16日火曜日

ノ・サヨンの「出会い」

イ・ソンヒの世界にだけ遊ぶ身に、若い世代の曲は全く縁遠い。だから、教室で、コヨーテの「出会い」を聞いてきたという話しにも、ノ・サヨン(노사연)の「出会い(만남)」(1989年)しか浮かばない。

(本ブログ関連:”ノ・サヨン”)

愛とは決して偶然でないという確信は強くて切ない。誰もがそんな記憶を持っているからこそ、思い出の曲として歌われつづけているのだろう。韓国で、70~80年代に輝かしい学生時代を過ごした世代も、今や中高年世代として若者たちに押されている。俗に7080世代と呼ばれ、我が歌が懐メロになるのに抗しているようにも見えるけれど。

(本ブログ関連:”(資料)韓国ギャラップ調査「愛唱曲 2004-2014比較」”、”7080世代の好きな曲”)

美しい歌「出会い」を、SMAPの草彅剛が韓国語の語りと照れを入れて歌った珍しい映像がある。ノ・サヨンの歌と並べてみた。そういえば、彼は現在、초난강をすっかり卒業したようだ。


(Youtubeに登録のpops8090、KBKに感謝)

イ・ソンヒの「少女の祈り」

イ・ソンヒのコンサートに必須な曲の一つに、初めてのアルバムに収録した「少女の祈り(소녀의 기도)」(1985年)がある。デビュー時のアピールである、高音で元気良く溌剌とした、パワフルな歌い方とは若干違って、いかにも少女らしい雰囲気する曲だ。

(本ブログ関連:”少女の祈り”)

イ・ソンヒの声の特質に、高音部で一瞬反り返ったようなところがあるが、そこに幼い少女のような響きがして、デビューすぐに女子学生たちに受け入れられ要素の一つではなかったかと推測する。この「少女の祈り」は、まさに特徴的である。甘くて、清くて、可愛らしいこの曲に、おじさんの心も洗われそう。

(Youtubeに登録のrosamin2に感謝)

2015年6月15日月曜日

ヤドランカ「誰かがサズを弾いていた」

2011年4~5月、NHKの音楽番組「みんなのうた」で放送された、ヤドランカが歌う「誰かがサズを弾いていた」(作詞:友利歩未、作曲:ヤドランカ)に、想像を搔きたてられる。遠く異境をさすらうというに、彼女の声質にどこか安らぐ。

(本ブログ関連:”誰かがサズを弾いていた”)

夜の砂漠、星の明かりはいかばかりと空想に酔う。異国の美酒は、緑眼の胡姫たちを紛れ込ませる。いや、酔いを深めたのは、隊商の駱駝の背で美しく輝く石たちだった。

     絹の道行く キャラバン
     駱駝の背には 宝物
     ルビー、サファイヤ、トルコ石
     時に素敵な 歌までも
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     (同曲の歌詞より)

映像には、懐かしいイラスト作家の宇野亜喜良が命を吹き込んだ、碧眼の美女を登場させ、この歌に幻想の香りをつける。砂漠の夜、空は青色を深くして、輝く星は金色に、まるでラピスラズリを散らしたよう。ああ、やがて夜がしらむ。


誰かがサズを弾いていた 投稿者 CIMBAL_CINTA

2015年6月14日日曜日

砂金と玉

先日、KBS WORLD放送「国楽の世界へ」(6/3)で、「春香伝」にまつわる話しがあり、次のように紹介された。「地方官の息子李夢龍は、妓生の娘春香との待ち合わせの間、本(詩傳、大学、周易・・・)を読んでも落ち着かず、使用人とおしゃべりを始めた。それが(パンソリ)『春香歌』の中で歌われる『千字注解』の場面」である。(参考:「春香伝」(許南麒訳))

(常々思うに、パンソリは漢語が張り巡らされていて、いってみれば、カタカナにあふれたファッション誌のごとく、漢文素養が無いよりは在った方が良いということになりそう。パンソリは、大衆自身の手によるというより、ストーリーを借りて、趣味人が衒学風に味付けした手遊びに見えることがある)

上記にある、「千字文」(小川環樹、木田章義注解)を見ると、砂金と玉に触れているところがある。この書は漢詩で、異なる千文字の漢字から作られていて、江戸の寺小屋の教材にも使われた(子ども向け)漢字学習書だ。
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金生麗水/玉出「・昆」崗     「・昆」=「山」偏+昆
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(砂金は(今の浙江省にある川)麗水より採れ/玉は「・昆」崗 (崑崙山)の峰より採れる)

この「千字文」(小川環樹、木田章義注解)に、北魏の李暹の注があって、次にような話しが載っている。(抜粋)
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・麗水は川の名で、砂金を産出し、他のものより勝るので「金生麗水」という。
・南楚の荊山の崑崗谷から美玉が産出する。楚の卞和(べんわ)は、巧みに玉を見分けることができた。あるとき、谷で玉の原石(玉璞)を見つけ、楚の文王に献上したが、文王は見分けられず怒り、卞和の左足を切らせた。文王が亡くなって武王となり、卞和は再び原石を献上したが、再び疑心にかかり右足を切られた。卞和は、二つの玉が見分けられないことを知り血涙した。
・武王が崩じ、成王となり、卞和は今度も原石を献上した。成王は、これを磨かせると美しい玉となった。値の付けられぬ、まさに城に金を満たせるほど価値のあることから、王は「連城の玉」と名づけた。
・成王は、北方の趙の国王の娘と結婚したく、納得しない趙王に卞和の美玉を与えて認めさせた。両国はこの玉を賞めたたえて、「連城の珍」と名づけた。
・西方の秦国の昭王は、趙王の美玉を知り、十五の城を割いてこれと交換した。
(以下略)
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石好きの欲には底知れぬものがある。特に、権力者の場合、石の持つ永遠性に魅力を感じているのかもしれない。市井においては、他から影響を受けてない堅牢な独自性や自律性に惹かれたのかもしれない。

(本ブログ関連:””)

暑い8月、ひんやりした沢の水にひたって、砂金採りに行く計画をしている。私の場合、もっと即物的で、単なる物欲でしかないけれど。

2015年6月13日土曜日

イ・ソンヒの書「夢よ、愛よ、出会いよ」

写真:gmarketに掲載の写真
1991年(11月1日)、イ・ソンヒが(ケイステップインターナショナルより)出した自伝「夢よ、愛よ、出会いよ(꿈이여 사랑이여 만남이여)」は、どうやら、本ブログの左に置いた、「ブログ本文&資料」の「・資料:이선희 Profile (自伝~1991年、27歳まで)」*に該当するようだ。(同書が入手できれば一挙に判明することだが)

(*) 「スポーツ韓国」紙面(1991年3月8日~4月5日)に、12回に渡って掲載された自伝と、書籍として自伝が出版された年が一致する。

(本ブログ関連:”夢よ愛よ出会いよ”)

時期的な根拠以外に、ブログ「PETERLOG」の「イ·ソンヒと高音이선희와 고음)」に紹介された、次の記述からも推測できる。(感謝)
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・1991年に出した自叙伝「夢よ、愛よ、出会いよ」でも明らかにしたように、彼女は、「ダイナミックでパワーあふれる歌手」という・・・。
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上記ブログでは、イ・ソンヒの音楽性の変化について、彼女の初期からの「高音」の発声や「パンパラパンパ」した威勢のよさが影をひそめるタイミングを示し、考察している。

2015年6月12日金曜日

(雑談)アリ+ハチの話し

アリ(蟻)について、身近に観察したことを記したり、思いつくまま雑誌や書籍など孫引きして楽しんでいる。今回も受け売りだが、おもしろい記事があった。

(本ブログ関連:”アリ”、”ハチ”)

<アリの行列>
以前、アリの行列が渋滞しないのは、互いの距離が開いているからという話しを受け売りした。今回は、雑誌「Newton」(2015)の7月号に、科学ニュースの短報、「アリの渋滞回避方法」(ドイツ、へーニッケ博士ら)が載っているので記す。
① アリの行列は、数が増えても混雑せず渋滞しないのは、列を増やしたり速さをコントロール(最大1.5倍)するからだそうだ。
② また、行列がすれ違うとき、巣に帰ろうとするアリは左によけるとのこと。
何だか、②については、左側通行の正当性・根拠を与えられたような気がして・・・。

<ドローン>
ところで、最近賑わしている、あの空を飛び回る「ドローン(drone)」であるが、ハチの発するブーンという音を指すともいわれる。
「働かないアリに意義がある」(長谷川英祐著)によると、アリと同じ、(真社会性社会性昆虫である、ハチも女王蜂と働きバチ(メス)で構成されていて、オスは1回の交尾のため存在して、その後死ぬ。そのため「厄介者」と呼ばれるそうだ。さらに、ミツバチのオスについて、次のような悲しい話まである。
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・新しく生まれた女王が充分な回数の交尾を済ますと、働きバチはまだ巣にいるオスにエサを与えなくなり、激しく攻撃して巣から追い出してしまいます。追い出されたオスたちは、むなしく死んでいくしかありません。
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ネット英語辞書「英辞郎」で、<drone>を見ると。
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1.《昆虫》〔ミツバチの〕雄バチ◆特に女王蜂との生殖専門の
2.怠け者、ぐうたら者、ごくつぶし、横着者
-- 以下略 --
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<イ・ソンヒは、アリよりキリギリス>
ところで、イ・ソンヒは、大学受験の高3の夏に「アリとキリギリス」のどちらを選んだか。
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・遊んでばかりいた子どもも高3になれば、慌てて入試勉強に没頭するのが常なのに、なぜか私だけは万事泰平だった。
・そのとき、私の心は、イソップ寓話に出てくる「アリ(蟻)」よりも「キリギリス」の側に傾いていたようだ。だから、友達が夏の間、アリのよう熱心に教科書と格闘したときに、私はキリギリスのように歌いながら暑い夏を涼しくおくった。
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2015年6月11日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 並唱

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/3)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、弾き語りしながら歌う「並唱〔併唱〕(병창)」に関する3曲を紹介した。

始めに、撥弦楽器の伽耶琴(カヤグム、가야금)を演奏しながら歌う「伽耶琴並唱」について次のように紹介された。
・楽器を演奏しながら歌う「並唱」に、伽耶琴演奏して歌う伽耶琴並唱がある。並唱は、朝鮮後期に生まれた奏法で、パンソリ中よく知られた部分や短歌、民謡を歌う。パンソリで喉を痛め仕方なく歌うものと軽視されたが、日本統治の頃から、レベルの高い並唱がはじまり、人気のジャンルとなった。朴貴姫が重要無形文化財に指定されるに至り、今では伽耶琴と歌、両方できるジャンルとされる。パンソリと比べ歌のリズムは単純だが、歌と融合した伴奏に魅力がある。

▼ 伽耶琴並唱の「春香歌(춘향가)」から、「千字注解(천자뒷풀이)」を聴く。知ってるか? 知ってますとも・・・長々暗誦する。

・「春香伝(춘향전)」の李夢龍(이몽룡)は、春香との待ち合わせで、時間まで居ても立っても居られない。本を読んでも落ち着かす、仕方なく使いの房子(방자、地方官の役職)とおしゃべりをはじめた。それが「春香歌」の「千字注解」の場面だ。

次に、弦楽器の玄琴(コムンゴ、거문고)を演奏しながら歌う「玄琴並唱」について次のように紹介された。
・玄琴の並唱、玄琴並唱は伽耶琴並唱と比べ、曲の数も演奏する者も多くない。申快童が初めて玄琴並唱を歌い、今では弟子の金泳宰(김영재)だけが後を継いでいる。

▼ 玄琴並唱の、全国の景勝地を遊覧して風流を楽しむ、「八道遊覽歌(팔도유람가)」を聴く。浮き世を離れて・・・のんびりと。

最後に、「ピアノ並唱」というジャンルについて次のように紹介された。
・伽耶琴並唱と玄琴並唱以外に、最近はピアノの並唱もある。はじまりは、チェ・ジュンという体が不自由(自閉症のひとつで、人と目を合わせたり話すのが苦手で、口の筋肉や体が硬くなる症状)な青年である。偶然接したパンソリをきっかけに、もともと指が硬くなるのを防ぐためにピアノを習っていたので、歌とピアノを組み合わせて、音楽を通じて自分だけの世界を乗り越えた。

▼ チェ・ジュンのピアノ並唱、パンソリ「興甫歌(フンボカ、흥보가)」から「花草欌(화초장)」を聴く。花模様、今様に多彩。

・「興甫歌(朴多令)」は、兄ノルボ(놀보)と弟フンボ(흥보)の物語り。

2015年6月10日水曜日

イ・ソンヒの「ライラックが散るとき」

もうライラックは散ってしまっただろうか。遠くに見るこの花は、薄紫色に木を包む。近寄ると、花弁が思いのほか肉厚なのに驚く。藤棚の花のように、そよとした風情はないが、どちらかといえば、洋風であり、博物学図鑑に画かれているような重さがある。

だから、イ・ソンヒが、10集所収の「ライラックが散るとき(라일락이 질때、歌詞)」で、この花にどんなイメージを重ねたのか知りたい。ライラック(Lilac)という語感か、あるいは薄紫色した色感か。いかであれ、彼女がシンガーソングライターとして、初めて世に出した情感深い名曲だ。コンサートにはかかせない。

(本ブログ関連:”ライラックが散るとき”)


(Youtubeに登録の태양 sunに感謝)

(ところで)
韓国のおじさんに、(金管ながら木管扱いの)管楽器サキソフォン演奏が流行ったことがあったそうだ。今でもそうなのか、これまた知りたいところだ。
この「ライラックが散るとき」は、演奏でいうところの<歌う>、あるいは効かせどころが随所にある。韓国のおじさんアマチュア・ソロ奏者たちが、(イ・ソンヒの作品の中でとりわけ)この曲を次々チャレンジしているのを、Youtube検索で知ることができる。サキソフォンを持っているなら、吹かせたくなる気分、分からないわけではない。

2015年6月9日火曜日

イ・チョク「嘘、嘘、嘘」

おじさんとしては、男性歌手に関心はないが、イ・ソンヒとの関わりから、愛弟子イ・スンギの話題がニュースに大きく載ると目を通している。今回も、Googleニュースに「イ・スンギのニューアルバム、予約ランキング1位に!」(Kstyle、6/9)との記事があった。6集フルアルバム「そして…(그리고...)」のことだそうだ。それに、現在、Gyaoで放映中の、「君たちは包囲された(너희들은 포위됐다)」(第1回)も見ている。

そこで、ずっと視野を広げて、他の男性歌手を聴くのに、良いヒントをいただいた。教室で先生が、シンガーソングライターのイ・チョク(이적)の日本コンサートに、先週行かれた話しをされた。みなキョトンとしたので、返って驚かれたようだ。(最初聞いたとき、女性歌手チョクウ(적우)のことかと思った・・・)

(本ブログ関連:”シンガーソングライター”)

まずは、彼がKBSミュージックバンクで1位となったという、ソロアルバム5集「孤独の意味」のタイトル曲「嘘、嘘、嘘(거짓말 거짓말 거짓말)」(2013年)を聴いてみよう。美しい曲調ながら、独特で柔らかく力強い多様な声質が加わって、歌詞に思いをはせ、その世界に深まる。

恋の離別と思って聞くのも良いし、捨てられた子の悲しみと思って聞くこともできる。次第に、心に響き、沁み渡る。(ブログ「gooddaddy」に感謝)


(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)

2015年6月8日月曜日

梅雨入り 2015

今日、<東海>と<関東甲信>が梅雨入りした。平年通りで、昨年と比べて3日遅い。沖縄奄美のほかは、だいたい6月初旬に収まるようだ。

(本ブログ関連:”今年の梅雨入り”、”梅雨”)

とはいえ、今日は一日晴れていたような? むしろ、今晩遅くから明日昼ごろまで雨降りとのこと。それでも梅雨入りだ。


平成27年の梅雨入り(気象庁、更新日:平成27年6月8日)

地方        平成27年        平年差      昨年差       平年               昨年
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沖縄         5月20日ごろ   11日遅い  15日遅い   5月09日ごろ    5月05日ごろ
奄美         5月19日ごろ   08日遅い  14日遅い   5月11日ごろ    5月05日ごろ
九州南部  6月02日ごろ   02日遅い   同じ          5月31日ごろ    6月02日ごろ
九州北部  6月02日ごろ   03日早い   同じ          6月05日ごろ    6月02日ごろ
四国         6月03日ごろ   02日早い  01日遅い   6月05日ごろ    6月02日ごろ
中国         6月03日ごろ   04日早い  01日遅い   6月07日ごろ    6月02日ごろ
近畿         6月03日ごろ   04日早い   同じ          6月07日ごろ   6月03日ごろ
東海         6月08日ごろ    同じ        04日遅い    6月08日ごろ   6月04日ごろ
関東甲信  6月08日ごろ    同じ         03日遅い   6月08日ごろ    6月05日ごろ
北陸         6月12日ごろ                                                         6月05日ごろ
東北南部  6月12日ごろ                                                         6月05日ごろ
東北北部  6月14日ごろ                                                         6月06日ごろ
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(資料)イ・ソンヒが李鍾賛夫妻とKBS TV「名士の家庭」に出演したこと

イ・ソンヒと政治の関わりは、ネット記事で語られることがある。また、彼女の名声を重ねて(したたかに)思い出語りされることもある。彼女の胸中しかあずかり知れぬことなのに。それでも、或る一瞬、ある一言から、当時の彼女について、わずかに推し量るヒントが得られそうな気もする。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒと政治”、”イ・ソンヒと政治(続)”、”「Jへ」と「DJへ」”)
(本ブログ関連:”ソウル市会議員”)

興味深い回顧録がある。東亜日報掲載の「”安企部で働いて欲しい”・・・押しよせる人事請託 - [憧憬 李鍾賛 回顧録]<40> 金大中政府、安全企画部長就任」(5/30)である。要職にあった人物だけに、それとなく書かれた一言に関心が及ぶ。(抜粋)

李鍾賛(이종찬)は、「1998年2月に発足した金大中*政権では、国家安全企画部(安企部)の部長**に任命され、翌99年1月に安企部から改編された国家情報院の初代院長となった(~1999年3月)。」(Wikipediaより)
イ・ソンヒは、複雑な政情の中に揺れる、この人物と似た道すじをたどったように見える。

(*)   金大中大統領の就任期間、1998年2月25日~2003年2月24日
(**) 安全企画部長に就任、1998年3月5日

ちなみに、「自由と真理への無言の献身」という国家情報院の院訓を作成したようだ。一方、以前の安全企画部の部訓は「情報は国力である」だった。

さて、本題、東亜日報掲載の回顧録に、イ・ソンヒに触れた次のようなくだりがある。
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ところで、李鍾賛夫婦は、金大中が大統領に就任した年(1998年)の3月2日、大統領秘書室長夫妻から昼食に招待された。

その二日後(1998年3月4日)、李鍾賛は、KBS TV「名士の家庭(명사들의 가정)」番組に出演した。妻はもちろん、歌手イ・ソンヒも一緒に出演した。
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2015年6月7日日曜日

伊守山鉱山、(真米鉱山)

昨晩、福島県まで鉱物採集の遠出が決まった。

早朝、東の空、たなびく雲の下が真っ赤に染まっていた。不思議なことに、その赤色が、雲の上に漏れていない。駅ホームの穏やかな気温に、返って真冬の厳しさを思い出す。これからは、歳と相談して採集の季節も考えねばならないだろう。

いつもの待ち合わせ駅前から、H氏の車に同乗させていただき、一路北上する。

<真米鉱山>
目指す「真米(まごめ)鉱山」のある福島県南会津町の空気は澄み、陽射しは鋭い。森の木々は葉を艶やかに反射して、包むように広がる。来てよかった。
ここでは、蛍石や硫化鉱物(方鉛鉱、閃亜鉛鉱など)が採れるという。期待が膨らむ。

<鱒沢>沿いに車を走らせるも、10年振りとのこと、目指すズリがなかなか見つからないようだ。車を降りて、数ヶ所確認したが、結局沢の入り口まで戻る。(帰宅して、ネット情報で確認したところ、もう少し上流を探した方がよかったかもしれない)
ということで、真米鉱山とはすれ違いに終わった。

<伊守山鉱山>
採集場所を、急遽変更。栃木県塩谷郡塩谷町「伊守(いもり)山鉱山」へ移す。道路沿い、まさに横付けである。鉱山とは思えぬ小さな丘、あるいは小山だ。斜面を一周しながら登る。けっこう急傾斜である。(本来は金山とのこと)
見上げると、坑道が何箇所か見える。小山の一番上の方にある坑道に入れるようだ。(私は臆病なので遠慮した)

ここでの採集物である「重晶石」(BaSO4)は、薄いガラス板状の小さな四角の結晶で、薄紅色の母岩に斜めに張り付いている。今回の採集はこれだけであるが、満足だった。
ちなみに、重晶石でできた「砂漠のバラ」も有名である。

2015年6月6日土曜日

芒種2015

生活がそうでないから、直感できぬものに農事がある。二十四節気の「芒種」、種撒きの時期というが、近所で農作業を見ることはない。少し遠出して見る畑は、家庭農園だったり、農家でも葉物野菜が主でイネとは関係ないようだ。

(本ブログ関連:”芒種”)

電子辞書「漢字源」によれば、「芒」は、尖ったの意があり、草葉や穀物の尖った先や、刀剣の切っ先、光線の先端(光芒)を示す。また、「暗い」、「隠す」の意もある。「芒種」の場合、ノギ()に隠れる種を指して、いずれ実となるのを示しているのだろう。

さらに、「ぼんやりくらいさま」の用例、「人之生也、固若之(是)芒乎(人の生まるるや、もとより是くのごとく芒きかな)」がある。荘子「斉物論 第二」にあるようで、元をたどると、痴愚論のような滑稽すら感じる。荘子の大意のなかで、問題提起なのだろうけれど。

市井の者が語る言葉ではないようだ。凡人にとって、つまり農奴を所有する大地主が司祭の言葉に涙するように、ある意味カタルシスかもしれない。どこまで通じるか確かでない。正しい言葉に違いないが、受容する側が生半可なのだから。相済まないこと。

ああ、それより今日はひんやりしている。

2015年6月5日金曜日

イ・ソンヒの「雨降る街に立って」

梅雨入り間近に迫った今日、午後から降り始めた雨は、夕方になって一時、雨脚を強めた。随分と粗な雨だ。これでは、イ・ソンヒの9集所収の「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(1994年、作詞・作曲イ・スンジン)のように、雨の街に待ち続けるわけにはいかないだろう。

(本ブログ関連:”雨降る街に立って”)

ずぶ濡れになっても断ち切れぬ、そんな女性の心情を歌う中島みゆきに比べれば、イ・ソンヒの歌は、どこか抒情的で(世界に触れることがないという意味で)少女的である。濡れねずみの心を、イ・ソンヒに表現して欲しいとは思わないけれど。でも、この歌は本当に美しい。

「雨降る街に立って」

雨降る街に立って、あなたを待っているのね
行き交うたくさんの人たちの中で、私は立ち続けるのね
降る雨の中で、たたずんであなたを待っているけれど
どこにも見つからないあなたは、雨に濡れた私の心が分かるの

雨降る街に立って、あなたを思っているけれど
みすぼらしい私の姿は、私にも、どうしょうもできないの
消えていく、あなたの悲しい後ろ姿のように一人でここに

雨降る街に立って、あなたを待っているのね
暗い夜は更けていくのに、あなたは見えないのね


(Youtubeに登録のkang yeol jungに感謝)

2015年6月4日木曜日

大華鉱山「灰重石」

それでも、石好きの端くれにいる。ところで、イ・ソンヒのコンサートで韓国を訪れたことはあるけれど、鉱山、地質博物館どころか、鉱物標本がありそうなソウル市内の自然史博物館すら行ったことがない。それも・・・なんだなあと反省している。

以前、ある物産フェアに、韓国の宝石・鉱物装飾商のブースがあった。ちょっと覗いて、鉱物採集に興味があるなどと(日本語で)話しているうちに、私が参加している石仲間の会の名前をあげたところ、様子が変わってしまった。そう・・・会の名前に、韓国では馴染めない単語が混じっていたのだ。

ソウルの大型書店で、韓国産のきれいなカラー版の鉱物図鑑を求めたが、洋書(=外国産鉱物)ならあるといわた。(Smithsonian Handbooksの鉱物図鑑を韓国語版にしたものはあったが)

(本ブログ関連:”鉱物図鑑”)

ブックフェアでも、韓国の出版社の人に同様の質問をしてみたが無いらしい。韓国の鉱物マニアは、一体どんな図鑑を持っているのだろうか。(もちろんアマチュア向けの図鑑だが)

あるとき、鉱物フェアで、韓国産鉱物標本の「灰重石」(CaWO4)が販売されていたので、早速購入した。産地は、忠清北道(충청북도)の中原郡(중원군)仰城面(앙성면)(現忠州市충주시)大華鉱山(태화광산)で、「楽しい鉱物図鑑」(掘秀道著)に記載されていて、代表的な産地のようだ。

(本ブログ関連:”灰重石”)

灰重石標本を、手元にあるチープな紫外蛍光ランプで照らしてみたが、蛍光作用しない・・・残念。

ちなみに、大華鉱山以外の韓国の鉱山(蔚山、月岳、山内、日光)と、日本の鉱山(喜和田)で産出された灰重石中のイットリウム(Y)含量を分析して、鉱床の違いを考察した資料がネットにある。(「韓国及び日本の6鉱山産の灰重石中のY含量」)

(付記)
<重石>の名の通り、タングステン仲間の「鉄マンガン重石」((Fe,Mn)WO4)は、何度も訪れた茨城県錫高野で手に入れた。山道に転がっていたが、今はズリでもあまり見つからない。(掘り返す気力のある人は別だが)

2015年6月3日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 花に関する音楽

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/27)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、美しい季節、春の花に関する3曲を紹介した。

始めに、イパブの木(이팝 나무)の花と米粒の例えから、亡くなった子供たちの伝説について次のように紹介された。
・5月に咲く花に、イパブの木のがある。日本でヒトツバタゴと呼ばれ、4月から6月に咲く、白い花びらと細長い形が特徴。飯(팝)の米粒に似ることから名付けられた。大きな木を覆うほど大変華やかだ。
・昔、白い米粒を「イバブ」と発音し、「イパブ」に変わった。食べ物が十分でない当時、花が米粒にも見えた。全羅北道鎮安の馬耳山付近、馬嶺小学校があり、樹齢の長いヒトツバタゴの小さな森がある。もとは、栄養不足で亡くなった子供たちの墓場であった。あの世で満腹になれるようにと、ヒトツバタゴを植えたのだ。木や花に色々な逸話が伝わるが、この伝説は悲しい。

▼ 山に咲く花「山有花(산유화)」の曲を聴く。こちらは山の花、海にオギヨディオラがあったことを思い出す。今様だ。

・詩人金素月(김소월)の詩「山有花」は、大変有名な詩で知られるが、特定の花でなく、山に咲く花を指す。
・ヒトツバタゴの花が満開になると、その年は豊作になるという。田仕事の合間、花が目に入っただろう。豊作への念願だった。

次に、桐の木(오동 나무)で、娘のため作る箪笥、またその花の香りについて次のように紹介された。
・この季節、桐の花が咲く。乾燥させると、軽く、虫にも強いので、家具に適している。箪笥や楽器、宝石箱にも使われる。昔、娘が生まれると、桐を植え、嫁入りの年頃になえうと、箪笥を作った。
・また、学者のソンビは、桐に鳳凰が訪れるとして、大事にしていた。桐は葉が出る前に紫の花を咲かせ、香りも見事だ。

▼ 打弦のコムンゴ演奏「音を夢見る木(소리를 꿈꾸는 나무)」を聴く。現代風思念的な間合いが響く。

最後に、花にはそれぞれ象徴があるという、次のように紹介された。
・昔の人々は花にも意味をつけた。花に、それぞれ地位と品格があり、花に関する歌もあるが、歌詞が興味深い。牡丹の花は花の中の王で、ひまわりは太陽を見つめる忠臣。蓮の花は君子で、華やかなアンズの花は小さい者を指す。アンズの花がどうして小さい者を指すか理由は知られない。どう評価されようとも、それぞれ役割がある。

▼ 女唱歌曲(여창가곡)編数大葉(편수대엽)、「牡丹の花は(모란은)」を聴く。ゆたりとして、花の空間が現れるよう。

・編数大葉には、菊や梅の花にいたるまで、その花の特徴を興味深く表現している。

2015年6月2日火曜日

イ・ソンヒの清雅さについて

イ・ソンヒについて語るとき、ネット記事に「清雅(청아)」という表現を目にすることがある。また、彼女の初期の歌で、3集所収の「清らかな恋(청아한 사랑)」(1986年)のようにタイトルにも使われている。昔風スタイルのイントロは、どこかで聞いたような懐かしさもある。いってみれば、見守る恋の歌である。

日本語の「清雅」は、「きよらかでみやびなこと」(広辞苑)。どちらかといえば日常あまり使わない、みやびな雰囲気する雅語だ。

イ・ソンヒについて一言でいえばということになって、「清雅(청아)」と表現したところ、この言葉は韓国でも余り使わないという。電子辞書に用例として、「清雅な笛の音」(Prime)という表現があった。

彼女のデビュー当時のイメージに、健全さがある。くしくも時代の風潮に適合した。結果として、歌謡界の<女性>を前に出す雰囲気にそぐわぬ女子学生たちに、すぐに受け入れられた。

彼女の、健全さは時代におもねたわけではなかったが、放って置かれなかった。一時期、時代の波に右に左に揺れた。今は、国民歌手として存在を自ら認めているようだ。

彼女の清雅さのベースには、健全さ、健康さがある。デビュー当時、ボーイッシュなと表現されたが、今は少女のような童顔と形容される。これは、彼女とともに時代を経た、現在のアジュンマたち(かつての女高生たち)が求める理想の姿かもしれない。

2015年6月1日月曜日

(まとめ)2014年のイ・ソンヒについて

歌うひと、イ・ソンヒの2014年の音楽分野について<まとめ>るなら、こんなのはどうだろうか。

▼ 陰暦の1964年11月11日(陽暦12月14日)、忠清南道保寧郡珠山面篁栗里に、歌手イ・ソンヒは最初の子として生まれた。両親は、虎や唐辛子畑で草取りする夢を見て、男の子を期待したようだ。

▼ とりわけ、祖父は優しく大切にしてくれただけでなく、音楽への関心を植えつけてくれたようだ。
音楽的才能を開かせたのは、父親が「梵唄」の指導者だった影響があるように思われる。

▼ 小柄な体ながら、爆発的な発声力を持って、1984年にMBC「江辺音楽祭」に「Jへ(J에게)」で登場した、めがね姿にパーマをした少女は、その実力をためて、昨年デビュー30周年を迎えた。

▼ 80年代の歌手といわれながら、様々な試行を経て、音楽性豊かなアーティストであると同時に、今なお、後進の発見や育成に余念がない。

▼ 昨年の2014年、ある意味久し振りのカムバックといわれたが、その実力は、韓国ギャラップの調査で、次の通りわかる。
・「韓国人が最も好きな歌手(2004年~2014年)」で2位 (1位:チョー・ヨンピル)
・「2014年を輝かせた曲」で3位 (1位:IU 「あなたの意味」)
   ⇒ イ・ソンヒ「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」(2014年)
・「愛唱曲 2004年~2014年」で7位 (1位:オ・スングン「私の歳がどうだから」)
   ⇒ イ・ソンヒ「因縁(인연)」(2005年)

▼ 2014年リリースした「その中であなたに出会って」は、NABugs!、Soribada、NAVER MUSICなどの音楽配信サイトで、1位を獲得した。

▼ 2014年の30周年コンサート、「歌う人 イ・ソンヒ」は、最初のソウル世宗文化会館に始まり、全13都市、27回公演の全国ツアーを全席完売している。

▼ その結果もあって、彼女の所属する「フックエンターテインメント」事務所の業績も大幅に上昇して、昨年の売上高は、159億3,500万ウォンで、前年比61.8%増加した。営業利益は、46億8,000万ウォンで218.1%増えた。

▼ 現在、「歌王」と呼ばれる男性トップ歌手がチョー・ヨンピルであるのに対して、女性のトップ歌手は、国民歌手としてあげられる、イ・ソンヒである。

2009年、2011年、そして2014年のソウル世宗文化会館での彼女のコンサートを見ることができたのは、私の幸運であり自慢である。

2015年5月31日日曜日

イ・ソンヒと友人たち

イ・ソンヒが、関わりある友人と共に登場する「イ・ソンヒと友人たち(이선희와 친구들)」(2004年8月21日)は、自身の曲だけでなく、途中、トロットもはさんで歌い聞かせる、まさに歌謡ショーである。(別コーナーでは、愛弟子イ・スンギとのデュエットもあった)

番組の5日後、「Jへ 20年 イ・ソンヒ コンサート」が世宗文化会館で開かれる(2004年8月26日~28日)ことになる。このような形で、イ・ソンヒがテレビ登場するのは、コンサートに向けて高揚させる意味もあるのだろう。スタジオの観客は最高で幸運なプレゼント受けたことになる。(もっとも収録はずっと前だったろうけれど)

イ・ソンヒ曲から
・5集所収「私の街(나의 거리)」(1989年)
・4集所収「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이자리)」(1988年)
・2集所収「秋の風(갈바람)」(1985年)
・5集所収「ひとしきり笑いで(한바탕 웃음으로)」(1989年)

トロット曲からカバー
・シム・スボン 「憎い(미워요)」     ⇒ (本ブログ関連:”シム・スボン”)
・チュ・ヒョンミ 「片思い(짝사랑)   ⇒ (本ブログ関連:”チュ・ヒョンミ”)」

イ・ソンヒ曲から
・12集所収「この歌をかりて(이 노래를 빌려서)」(2001年)
・4集所収「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年)


가요쇼 - 이선희와 친구들 ('04. 8. 21) from Forever Sunny on Vimeo.


(追記)真夏日、夏日
5月の締めに暑い日が続いた。本日(5/31)も何と真夏日となった。読売新聞の記事「東京・千代田区32.2度…5月の観測史上最高」(5/31 19時22分)は、東京の真夏日と夏日の日数について、次のように報じている。(抜粋)
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・31日は本州を中心に晴天が広がり、東京都千代田区では午後2時45分頃、5月として観測史上最高となる32.2度を記録した。
・5月に同区で30度以上の真夏日となったのはこれで3日目で、1876年の観測開始以来、2004年と並んで最多。5月の夏日も22日目となり、これまでの記録の18日を大きく更新した。
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