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2013年1月5日土曜日

(資料)「山海経」中の九尾狐のこと

イ・ソンヒのヒット曲「狐の嫁入り(여우비)」から、「お天気雨(狐の嫁入り)」のことや「九尾狐」に関心を持って調べてきた。そこで、九尾狐(クミホ:구미호)について、中国最古の地理書といわれる「山海経」(高馬三良訳、平凡社ライブラリー)から次の通り抜き出す。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、”九尾狐”)

「南山経」
・(青丘之山に)獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。

「大荒東経」
・青丘の国あり、九尾の狐がいる。

「東山経」
・鳧麗(ふれい)の山といい。頂上には金・玉多く麓には箴石(はりいし)が多い。その状は狐の如くで九つの尾、九つの首、虎の爪、名は龍[姪]蛭(りょう[てつ]しつ)*。その声は嬰児のよう。これは人を食う。
* 龍: 「龍」の文字の下に「虫」を置く。
※ この獣に、「虎」の体の一部が加わっていることが興味深い。

「海外東経」
・青丘国はその北にあり。その狐は四つの足で九つの尾


なお同書には、狐の姿であるものの九尾でない獣について、次の記述がある。

「東山経」
・獣がいる。その状は狐の如くで魚の翼(ひれ)、名は朱擩(しゅじゅ)*。なくときはわが名よぶ。
・姑逢山といい、草木なく金・玉が多い。獣がいる、その状は狐の如くで翼あり、その声は鴻(はくちょう)、鴈(かり)のよう。その名は撇撇(へいへい)**。これが現れると天下大いに旱(ひでり)する。
* 擩: 偏「 扌」→「犭」に置き換える。
** 撇: 偏「 扌」→「犭」に置き換える。

2013年1月4日金曜日

足尾鉱山 小滝坑文象沢

昨晩、鉱物採集でいつもお世話になっているXa氏から連絡があって、足尾鉱山の小滝坑周辺で採集することが急遽決まった。お楽しみなことだが、始発電車を待つ早朝の駅ホームの寒さに震えた。歳とともに身が凍みる。

Xa氏の車に同乗して、渡良瀬川沿いの国道122号線を北上すると、粉雪が風に舞い始めた。幸い陽射しもあって、降り積もることはなかったが、ガードレール下の名残り雪を見て若干心配になる。

わたらせ渓谷鐵道の原向(はらむかい)駅を過ぎると、銀山平方面に左折する案内板が見える。そこから庚申川に沿って左折して山路を進む。
小滝坑の坑口手前にある「文象橋」から、右岸急斜面にある、残雪であいまいな両足幅の細道を探るようにして登る。途中、Xa氏が用意されたロープを頼りにしたりと、この時期難関な山道だ。ころげ落ちないかヒヤヒヤの連発だった。
やがてゆるりと斜面を下ると、ズリから流れた廃石がごろごろと積もった沢底に着く。いよいよ採集開始だ。

寒い。根雪をかすめる沢風が吹き付けて、とにかく寒い。厚手のジャンパーの上に、雨カッパで身を包んだ。

沢下方向を見ると、堰堤(えんてい)があることに気付く。これら景観について、「広報あしお」の記事「足尾の産業遺跡(40) 小滝文象沢三坑の検証」(平成17年3月号)に詳細に語られている。

採集結果であるが、いただきもの中心に次の通り。

・黄銅鉱、班銅鉱、方鉛鉱、黄鉄鉱、白鉄鉱、蛍石など

帰り道を心配したが、登り道の対岸側で、こちらは道幅もある緩やかな坂道で、安心して下ることができた。

2013年1月3日木曜日

李仙姫の名前から(2)

イ・ソンヒの名「ソンヒ(선희)」と同じ名付けについて、次のような統計がある。(이루미작명SYS)

・「選好度: ソンヒ(선희)は、58番目(0.2%)でしばしば使われ、最も多い姓は金である。」
・「性別感: ソンヒ(선희)は、93.57%が女性の名前だ。」
・「出生情報: ソンヒ(선희)は、1985年度に最も多く出生し、ソウル特別市出生の場合が多かった。」

1984年の「江辺歌謡祭」でデビューした翌年、テレビを通じて賑わした彼女の名「ソンヒ(선희)」が多く名づけられたことに因縁があるように思える。彼女の健全なおもむきと名の持つ印象が、当時の都市部生活者に親和性があったのだろう。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒという名前")

さて、話しを彼女の名の一文字「仙」の由来から、神仙伝説へイメージを膨らませてみよう。
最近の彼女のヒット曲に、「因縁(인연)」に代表する東洋的な雰囲気を漂わせる傾向があるが、「狐の嫁入り(여우비)」もそのひとつである。ドラマに登場する九尾狐は「山海経」まで遡るという。

・「紀元前2世紀から紀元3世紀頃にかけて中国で著された地理書『山海経』には実在とは思えぬ動植物の項が並んでいるが、その一書「南山経」で、青丘之山に「有獸焉 其狀如狐而九尾 其音如嬰兒 能食人 食者不蠱」*とあるのが九尾の狐に関する最初の記述であるとされる。」(Wikipedia「九尾狐」)

(*)「獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。」(高馬三良訳「山海経」)

(本ブログ関連:"Wikipedia「九尾狐」")

この「山海経」は、桃源郷(「桃花源の詩」)の散文を記した陶淵明もマニアだったらしく、「読山海経十三首」の詩を作っている。なるほど、彼が興味深く眺め見たこの書の挿絵には、九尾狐だけでなく不可思議なさまざまな生き物が登場する。

(本ブログ関連:"陶淵明-3")

イ・ソンヒの名前から、神仙の世界へ話しがとんでしまったが、彼女の東洋回帰に合わせてイメージ遊びさせてもらった。

(本ブログ関連:"李仙姫の名前から(1)")

2013年1月2日水曜日

李仙姫の名前から(1)

イ・ソンヒ(李仙姫)の誕生にまつわる話題に、彼女の名「仙姫」に「仙」の字が織り込まれたことについて、次のように伝えられている。

(本ブログ関連:”李仙姫の名前”)

・「イ・ソンヒは、(陰暦の)1964年11月11日に、(本籍地)忠清南道保寧郡(現在は市)珠山面篁栗里に誕生した。父(イ・ジョンギュ:이종규)、母(チェ・ビョンムン:최병문)の初めての子として誕生した。父母のそれぞれの夢に、男の子が示唆されていた。父の夢にあらわれた、山の神を意味する虎のために、彼女の名前(李仙姫)に神仙の「仙」の字が入ることになった。」(「老木樹のチャン・ウクチョ(장욱조)が生命樹になって」)

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの生誕")

最初の子として誕生した彼女だが、男子の誕生が期待されていたことを当然知ったのではないだろうか。デビュー以来、彼女がどことなくボーイッシュなズボン姿を続けた意味がそこにあったかもしれない・・・考え過ぎだろうか。
イ・ソンヒの父親が彼女の誕生前に見た夢に神仙の気配があったこと、一家が仏教と大きく関わっていたことなど合わせて、背景に東洋的世界を視るのもよいかもしれない。

関心の一つは、イ・ソンヒがSBSのロマンチック・コメディ「僕のガールフレンドは九尾狐」で歌ったメインテーマ曲「狐の嫁入り(여우비)」に登場する九尾狐だ。

(Youtubeに登録のps3hlproductionsに感謝)

・「天気の良い清い空で急に雨が降る時、韓国では『여우비-狐の雨』が降ると言います。」、「韓国ではもう一つ、『여우비』以外に『호랑이 장가간다-虎が妻をめとる(虎が結婚する日)』と言う表現もあります。(略) 韓国でも日本でも日照り雨は、動物の結婚と言う面白い言葉で表現するらしいですね。」(韓国文化院のコーナー「韓国語ひとこと」)

伝承「狐の嫁入り(여우비)」には<狐>だけでなく<虎>も象徴も含まれているようで、この歌から彼女への関心が一層大きく広がるのは不思議な気がする。

(本ブログ関連:"狐の嫁入り")

2013年1月1日火曜日

初詣2013

ようやく陽が温もってきた午後、初詣に出かける。地元裏通りの路に面した、見落としそうな小さな神社である。それでも、境内には我が町のひとびとが次々と並んで参拝した。学問の神を祭っているが、今のところ学校世代が身内にいないため家内安全を祈った。
そのあと、道路を挟んで斜(はす)向かいにある稲荷神社にもうかがい、いくつも重なる赤い鳥居をくぐり抜けて祈ってきた。
初詣に祈った神々が、遠く福岡の大宰府と大阪の高槻にあるなんて、考えて見れば不思議な気がする。祈りは今日中にきっと届いていることだろう。

2013年にこんにちは

2013年、正月飾りを見ると、めでたくもあり、めでたくもなしか。でも、このときくらいめでたい気分にひたりたいものだ。人生のスタートはとっくに忘れたが、新年はそれをちょっぴり思い返させてくれる?・・・そんな風でもないけど、心機一転真っすぐ先を見てみよう・・・ああ、若くないから余りよく見えんな。

そんな風なら、イ・ソンヒが実は高校生のときに貰い受けたあのデビュー曲「Jへ(J에게)」(作詞・作曲イ・セゴン、1984年江辺歌謡際大賞)を気付け薬かわりに聴いて、ほとばしる若さを懐かしんでみよう。

(本ブログ関連:"Jへ" ← 表示後、画面右下の”前の投稿”クリックして次々参照します)



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2012年12月31日月曜日

2012年にさようなら

今年も今日でおしまい。明日には、数え年なら直ぐに歳が足されるわけで、だから気付く・・・。
部屋の片付けが面倒で・・・片付けのハウツー本を買ってしまう。人付き合いが億劫になり・・・年賀状の作成枚数を減らしてしまう。そして、技術の流れに乗らないでいる・・・スマホもタブレットも、Twitterもfacebookも使えない、いや使わない。
そんなわけで、時間に対して「恩知らず」なことをつづけている。

ああ2012年、簡単に時間を取りこぼしてしまった、この「恩知らず」さを反省して、われらが歌姫、中島みゆきの歌を聴こう。それにしても「まだずっと好きだけど、ごめん」って、いさぎよいな。彼女は自分の影を歌わない。相手をじっと見つめる。視線がとても強いのだ。

(本ブログ関連:"ディーヴァ"、"時代"、"イ・ソンヒ「水仙」")



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2012年12月30日日曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 朴東鎭

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/26)に、人物シリーズ60回目として、パンソリの歌い手(名唱)、朴東鎭(パク・ドンジン、박동진:1916年7月12日~2003年7月8日)を紹介した。

パンソリ판소리)について、次の説明から始まった。
・10年ほど前には、小学生から大人まで、全国民がパンソリのワンフレーズくらいは覚えて歌えるというほど、パンソリに親しんでいた時期があった。

▼朴東鎭による「フンボカ흥보가興甫歌)」の中から「草花の柄の入ったタンス()をもらってくる題目(화초장 대목)」を聴く。意地悪な兄ノルブは、舌切り雀の婆さんのよう・・・。叫ぶように歌う、このトーンで歌いつづくのか。

次のように朴東鎭のプロフィールが紹介された。
・1916年 忠清南道公州に生まれる。
・16歳の時にパンソリを始め、全国を回りながら、何人もの師匠について歌を勉強した。
・1960年代にはパンソリをはじめ伝統文化全般が衰退期にあった。伝統音楽にとって近代化は厳しい時代で、人々の関心を再びパンソリに集めるため彼は大きな役割を果たした。

▼朴東鎭による「赤壁歌(적벽가)」の中から「赤壁江に火を放つ題目(적벽강에 불 지르는 대목)」を聴く。搾り出すよう声を震わせ歌う。

パンソリ一曲は、普通3,4時間、長いもので7時間に及ぶ。現代伝わる5つのパンソリ全ての一曲完唱を目指し、遂にこれを成し遂げた。現在では、パンソリを一曲歌いきることが、パンソリ界で名唱と呼ばれるための通過儀礼のようになっている。また、忘れ去られていた昔の歌を発掘したり、新しい歌への挑戦へも積極的だった。

▼朴東鎭による「裵裨將(ペビジャン)伝(배비장전)」の中から、「方子(パンジャ)と爱郎(エラン)が裵裨將を驚かす題目(방자와 애랑이 짜고 배비장 놀래키는 대목)」を聴く。済州島に赴任した文官裵裨將の軽率さを風刺する・・・だそうだ。

・2003年 87歳で没する。金冠文化勲章が追叙される。

(資料)K-Gallup「2012年今年を輝かせた10代歌手と歌謡 」

韓国ギャラップによる「2012年 今年を輝かせた10代歌手と歌謡」調査結果(11/30PDF)が報告された。ここでは、上位5位までの歌手を次の通り記す。

・韓国ギャラップは、2005年から毎年末、その年を輝かせた各分野の「今年の人物」を調査して発表しました。今回*の結果は、去る4月、9月、11月の調査結果を合算したもので、名実共2012年を代表する歌手と歌謡を確認することができます。
(*)分野としては歌手以外に、コメディアン/お笑い芸人、映画俳優、タレント、スポーツ選手など。

【調査の概要】
- 調査対象: 全国(済州島を除く)、満13〜59歳の男女、4,157人
- 調査方法: 個別面接調査(調査員が直接対面インタビュー)
- 調査期間: 2012年5月2~16日、9月12~26日、11月15~30日
- 標本抽出: 2段層化クラスター抽出法
- 標本誤差: ±1.5%ポイント(95%信頼水準)
- 依頼機関: 韓国ギャラップ独自の調査

今年を輝かせた歌手-最近6年の推移(3人まで自由回答、%:支持率)
順位 2007 2008 2009 2010 2011 2012
1 Wondergirls
 28.2%
Wondergirls
 22.2%
少女時代
 29.8%
少女時代
 31.5%
少女時代
 26.1%
PSY
 24.4%
2 BigBang
 16.8%
BigBang
 21.2%
BigBang
 21.1%
2PM
 12.5%
BigBang
 8.2%
少女時代
 19.8%
3 チャン・ユンジョン
 11.0%
チャン・ユンジョン
 9.9%
2PM
 12.5%
チャン・ユンジョン
 11.6%
チャン・ユンジョン
 6.9%
BigBang
 9.5%
4 少女時代
 9.9%
少女時代
 7.8%
Wondergirls
 10.4%
テ・ジナ
 8.4%
キム・ボムス
 6.3%
IU
 6.9%
5 SGワナビ
 9.8%
イ・ヒョリ
 6.5%
チャン・ユンジョン
 9.6%
KARA
 7.7%
IU
 6.0%
チャン・ユンジョン
 6.6%

(本ブログ関連:"2009年歌手好感度"、"2010年、今年の10代歌手と歌謡曲"、"昨年(2011)のトップ5の歌手(グループ)"、"2009-韓国人が好きな歌手")


上記5位までの順位(支持率も!)の推移に着目すると、アイドルグループとソロ歌手の勢力が徐々に変化しているように見えるが・・・。

(本ブログ関連:"韓国アイドルグループ歌手の今後の動向")

2012年12月29日土曜日

(資料)397世代:LG経済研究院

今年、韓国の「2012出版界のキーワード50」(「企画会議」、発行:韓国出版マーケティング研究所)の一つに「397世代」が選ばれたそうだ。いわゆる「397世代」とは、現在30歳代で、'90年代に大学入学して20代を過ごした70年代生まれ。810万人ほどでの同世代が、30代後半から40代前半の年齢に進入しつつあるといわれることから、マスコミの世代分析で余り触れられないが、40代の今後の特性を垣間見ることができるかもしれない。

397世代を定義したと言われる、LG経済研究院のレポート「文化と消費を主導する大韓民国30代の価値観とライフスタイル」 (2012年6月12日pdf)には、次のようなサマリーが記載されている。

・最近、社会重鎮勢力に浮上している「386世代」の後に続いて、「397世代」が私たちの社会の変化を主導する世代として注目されていている。397世代という(のは)、現在30代でありながら、90年代の学籍番号を持ち、70年代に出生した世代を指し示す。消費市場で、30代は最も大きい顧客で市場を主導していて、映画、大衆音楽界などでも90年代入学年度の思い出と郷愁が新しい文化的コードに浮び上がっている。映画「建築学概論(건축학개론)」の興行もこのような文化的流れを反映している。

・本稿では、2010~2011年の統計庁で実施した社会調査を基づいて、消費と文化の主役になっている30代が持っている価値観について、また2011年に実施されたLG経済研究院のライフスタイル調査を通じて30代のライフスタイルを照らし出してみる。

・2010~2011年の統計庁社会調査分析を通じて導き出してみた、今日我が国30代の価値観を現わすキーワードは次の通り。
① 開放的な家族観(Flexible)
② 仕事と人生の均衡重視(Balance)
③ 社会共同の責任と人権に対する関心(Social)
④ 悲観的現実主義(Gloomy)
⑤ 社会全般に対する不安感(Anxiety) など

・2011年LG経済研究院ライフスタイル調査結果分析を通じて抽出した30代ライフスタイルのキーワードは次の通り。
① 格式よりは安らかさ(Comfy)
② 食道楽(Gourmet)
③ 家族との余暇(Family Leisure)
④ 所有よりは実用的居住(Dwelling)
⑤ 二重的消費パターン(Duality) など

・まず、ファッションでは格式よりは安らかで幼く見える服を好んで、食べることにお金と時間を使うに当たり、どの年齢層より寛大だった。また、家族との余暇を大切にして、家については所有の概念よりは実用的な居住の概念を持っていると見られる。消費では、二重性を現わした。計画消費指向が高い世代であり、衝動購買指向も高かった。デザインよりは機能を優先的に考慮するが、有名デザイナーの作品が反映された製品ならば購入すると答えた比率も20代の次に高かった。

・30代は、以前の世代とは違った価値観とライフスタイルの特徴を見せた。そして20代の価値観とライフスタイルに最も共感する世代だ。社会発展の中心軸であり消費市場の核心集団に浮上した30代の価値観とライフ スタイルに現れた特徴的な指向が、私たちの社会と企業にどんな影響で現れるのか関心を傾けなければならないだろう。

(本ブログ関連:"(資料)世代別投票分析:朝鮮日報"、"(資料)世代別投票分析:中央日報"、"(資料)397世代"、"(資料)486世代"、"(資料)40代の変化"、"(資料)40代の変化-2"、"(資料)ソウル市長選挙に見る世代別背景")

2012年12月28日金曜日

(資料)韓国の50代

朝鮮日報(日本語版)の記事「大統領選:韓国の50代とは」(12/27参考図)は、50~60代で一括されがちの50代だけを取り出して、その世代の特性を次のように報じている。(甘恵琳(カム・ヘリム)記者)
ところで40代についての分析が、各紙相変わらず登場してこないのはなぜだろう。

韓国の50代(1952~1962年生まれ)は778万人だ。全人口(5093万人)の15.2%を占めている。50代の人口は2002年の455万人から、ここ10年で実に70%も増えた。全有権者に占める割合も02年の12.9%から12年には19.2%と毎年増加した。【朝鮮戦争】終戦直後のベビーブーム世代(1954~1963年生まれ)とほぼ重なっている(統計庁・行政安全部)。

平均5.2人(2010年、ソウル大の調査)の兄弟と共に育った50代は、経済開発が本格化した時代に青少年期を送った。小・中・高校時代はすし詰め状態の教室で苦労し、春窮期こそなかったものの、コメが足りず、混・粉食奨励運動を経験した

この世代は1971~1981年にかけて大学に入学し、暗黒の維新時代(故・朴正煕〈パク・チョンヒ〉元大統領による独裁政権時代)に大学生活を送った「維新世代」だ1970年代後半から1980年代にかけて社会進出を果たし、1988年のソウル五輪を見守り平均1.9人の子どもを出産した。統計庁によると、同世代は半数以上(64.2%)が経済的困難から望む段階の学校教育を受けることができなかったが、せめて子どもには正規教育以外にも学習の場を与えようと「学校外教育」を韓国中に広めた世代でもある。これら世代の90%以上が、大学の授業料と結婚のための資金を子どもに援助すべきだと回答している。通貨危機以降、青年失業が増え、50代家庭の子どもたちは大学に通う期間が4年を超えたり、卒業しても就職できないといったケースが増えている。50代は、子どもが失業している間、経済的支援をしなければならない負担までを抱くようになった。

産業化世代の末っ子であると同時に「初の職場が一生の職場」といった公式がもろくも崩れ去るのを目の当たりにした。これら世代が、企業で課長や次長などの中間管理職に昇進した1990年代後半には、通貨危機が勃発した。解雇やリストラといった単語に初めて接するようになったほか、部長や役員クラスだった先輩世代が1人また1人と名誉退職に追い込まれるのを見守った職場に残る代わりにアルバイトに変えられる痛みを経験した。定年に満たずに50代半ばで退職するのが一般的となり、「サオジョン사오정」(「45歳定年」を縮めた言葉)、「オリュクド【오륙도】」(「56歳まで職場に通うのは泥棒」を縮めた言葉)などの新造語が生じるきっかけを提供した

・現在の50代は、月平均283万ウォン(約22万3000円)を出費しているが、大学の授業料を除いた子どもの養育費で60万ウォン(約4万7000円)、両親への支援に28万ウォン(約2万2000円)を使っている。これらの世代は年平均で4779万ウォン(約377万円)を稼ぎ、自宅を合わせて2億9633万ウォン(約2340万円)の資産を持っている(ソウル大の調査)。50代の3人に2人(68.5%)が親が今も生存しており、親への経済的支援も行っている親と子どもに対する支援に責任を負っているため、老後の準備や自分の啓発にはほとんど投資できない。50代の5人に1人(20%)は家計が苦しく、老後の準備ができないと回答した。1年間に公演や展示会、スポーツ観戦などを1度でも行った経験のある50代は、半数(47.8%)にも満たなかった(統計庁)。

(本ブログ関連:"(資料)世代別投票分析:朝鮮日報"、"(資料)世代別投票分析:中央日報"、"(資料)397世代"、"(資料)486世代"、"(資料)40代の変化"、"(資料)40代の変化-2"、"(資料)ソウル市長選挙に見る世代別背景")

2012年12月27日木曜日

キム・ヒジンの「永遠の私の愛」

キム・ヒジンは、Youtubeで巡り合ったフォークソング歌手で、清潔さと健康さをもって、ほんのりと柔らかく包むように歌う。アルバムを新大久保やソウルのCDショップで探したが見つからない。彼女のホームページで、インターネットを通じて求めることができるようだが・・・。時代は、CDの形がますます難しくなったようだ。

キム・ヒジンの第2集アルバムに「永遠の私の愛(영원한 나의사랑)」がある。まるで、夏の陽を受けて草いきれする草原に咲く花が、幸せに満ちながらも、一瞬の風に心を揺らすよう。それが若さというものでしょう・・・若いってのは、本当にいいものです。
彼女のホームページのヘッダーで、「済州島へ行きます」と合わせて聴くことができる。

(本ブログ関連;"キム・ヒジン")



(Youtubeに登録のrhythm7777777に感謝)

2012年12月26日水曜日

北風

軒下を通り抜ける風は、ときどき雨戸を揺らす。暖まった部屋からふすまを開けて廊下に出ると、足もとからヒンヤリして、家が冷えきっていることに気付く。12月だってのに、この先思いやられる。

今年の東京地方の「木枯らし1号」は、栃木県の小来川鉱山・久良沢鉱山に仲間たちと鉱物採集に行った11月18日(日)だった。久良沢鉱山のズリ跡で石を叩いていると、そばを何かが舞う気配がした。「あっ、雪だ」という声が聞こえた。自分なりの初雪だった。どうりで、ここ地元の「木枯らし1号」の実感がなかったはずだ。

※ これを記している丁度今、家の前を「火の用心」の拍子木を打ちながら通り過ぎる音がした。あらためて冬の夜を思い知らせる。

ところで、子供向けの歌「たきび」(作詞:巽聖歌、作曲:渡辺茂、1941年)は、北風が「ぴゅうぴゅう」吹いていると思っていたが、「ぴいぷう」だった。ちなみに「北風小僧の寒太郎」(作詞:井出隆夫、作編曲:福田和禾子、1974年)では、「ヒューン ヒューン/ヒュルルーン ルンルンルン」と吹く。

さて、今夜吹く北風の風音はないけれど、寒さはますます深まっている。

2012年12月25日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 国楽家族グループ「イラン」

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/19)に、人物シリーズ59回目として、国楽家親子であるムン・ジェスク(母)と二人の娘イ・スルギ、イ・ハニによる、国楽家族グループ「イラン」を紹介した。

・韓国のキリスト教伝来が1950年とはどういうことかと、韓国-Wikipediaを見ると、「1950~1953年韓国戦争(朝鮮戦争)以前に韓国クリスチャンの3分の2が北に住んでいたが、ほとんどが南に避難して来た。」との説明があるが、それ以前について触れていない。現代の韓国に焦点をあて、朝鮮戦争を基点にしているのだろうか。
・1500年前の新羅時代出土品に伝来を想像するのは、近代も古代も混沌とするようできつい。
・最後に1800年代末、朝鮮時代後期に伝わったとされたが、信頼性は別にしてWikipediaの「韓国のキリスト教」に記されたように、その歴史はもっと深いのではないだろうか。

・(母)ムン・ジェスク: カヤグムサンジョならびにビョンチャンの芸能保有者、民間風流音楽などの普及につとめ、梨花女子大学の教授として後輩たちの指導に当たっている。
・(娘)イ・スルギ(1981年生まれ): 国立国楽高等学校とソウル大学を卒業し、KBS国楽管弦楽団の団員として活動。
・(娘)イ・ハニ(1983年生まれ): 国立国楽高等学校とソウル大学でカヤグムを専攻。

国楽を土台としたキリスト教音楽というのは及びもつかない。とはいえ今様な音楽を楽しく聴かせていただいた。

ノロウィルス

いつも診てもらっている親しい医院に今月初行ったところ、普段この時間帯なら長話しができるよという土曜日の午後、幼児連れの親子が次々来院した。子どもたちは、熱が出てぐったりしたり、待合室で嘔吐したりとかで、いつもと違った雰囲気なわけで長話しどころではなかった。

ノロウィルスが2006年に次ぐ勢いで蔓延しているという。朝日新聞の記事「ノロウイルス、強い感染力で拡大 「変異」タイプが6割」(12/24、武田耕太、森本未紀)は、次のように報じている。(抜粋)

・ノロウイルスは今季、この10年間で最も流行した2006年に次ぐ勢いで拡大している。国立感染症研究所によると、患者数は10月中旬以降、8週連続で増え続けており、専門家は「今後も増えかねない」と警戒を呼びかける。
・感染は例年12月にピークを迎え、ノロなどによる感染性胃腸炎が原因で、毎年1500~2千人が亡くなっている。 ・・・患者の8割は10歳未満だが、免疫力の弱い高齢者は重症化しがちだ。
抗ウイルス薬やワクチンはなく予防の大原則は、手洗いの徹底で手についたウイルスを広げないことだ。主に嘔吐(おうと)物で広まるため・・・塩素系の消毒剤で素早く掃除する必要がある。アルコール消毒剤などは効果が薄いようだ。健康な人でも、二枚貝などは十分加熱して食べることが大切。


ということで、テレビなどでも繰り返し言われている通り、できるだけ人混みを避け、帰宅したら丁寧に手を洗い、生ものは十分加熱して食べるよう気をつけることにしよう。

考えて見れば、来週の今日は来年元旦なわけで・・・。

2012年12月24日月曜日

イ・ソンヒの「暗闇は晴れて」

イ・ソンヒの「暗闇は晴れて(어둠은 걷히고)」は、アルバム3集(1986年)所収の初期のものであるが、といってそうだからというわけではないが、思いっきり歌謡風バラードである。悲しみに震える冷たい雨が両頬をぬらしても、いずれ闇は晴れて陽が昇るだろう・・・。
この曲のめずらしいステージ映像がYoutubeに登録されたので聴いてみよう。

そういえば、ここ数日の夜風は身にしみる。厚着しても、見透かすように頬を狙って吹きつけてくる。頬を削ぎ落とさんばかりだ。こんなに寒気の鋭さを感じたのは初めてのこと。子どものころには、とんと経験したこともない。



(Youtubeに登録のsoya iに感謝)

2012年12月23日日曜日

(資料)世代別投票分析:中央日報

中央日報(日本語版)の記事「<韓国大統領選>専門家が見る世代投票の原因」(12/22日)は、今回の投票について、世代別の傾向分析を次のように報じている。
朝鮮日報の記事同様、ここでも40歳代の傾向について、明確に語られていないのが気になる。

・ 専門家は、今回の韓国大統領選挙では「世代投票」現象が目立ったと話している。世代別に感じる期待感または剥奪感が投票に決定的な影響を与えたということだ。

・ イム・ソンハク・ソウル市立大教授(国際関係学)は「20・30歳代は基本的に大学授業料、就職、マイホーム問題などで社会への不満が強い。これが多数の若者が文在寅(ジェイン)民主統合党候補を選択しようとした理由」とし「北方限界線(NLL)論争と国家情報院女子職員事件、虚偽の流布などに失望して投票しなかったり、朴槿恵候補側から離脱した若者層がかなりあった」と分析した。また「50歳代は産業化と民主化ともに中間的な寄与をしたが、いかなる評価も受けられず疎外感を感じている“狭間の世代”。この世代が野党から旧態依然の世代として無視されるような印象を受け、50歳代の中道層も朴候補にかなり動いた」と述べた。

・ ノ・ドンイル慶煕大教授(法学)は「20・30歳代は改革的な性向が強く、現政権に対する不満も多い」とし「50歳代は文在寅候補側が『若者が投票場に出てきてこそ当選する』という形で20・30歳代中心のフレームを形成し、疎外感を感じたはず」と指摘した。

・ パク・ミョンホ東国大教授(政治学)は「現在の50歳代は、かつて40歳代の時、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領に投票した世代しかしその後の10年間、小中高生の子どもの学費、不動産費用、物価など多くの問題を経験し、盧武鉉政権に対するトラウマがどの世代よりも強い」と分析した。また「文候補は『投票率が上がり、候補一本化をすれば勝つ』という形のイベントだけを盲信し、中道層と20・30歳代にも失望感を与えたとみられる」と述べた。

・ シン・ユル明知大教授(政治外交学)は「50歳代の非常に高い投票率(89.9%)は単に安保・経済政策などの問題で達成された数値ではない」とし「職場を引退したり、または引退圧力を受けているところに、家庭でも待遇を受けられないなど疎外感を感じている50歳代以上の世代が、民主党のSNS選挙運動、若者中心の選挙運動にまたも疎外感を感じ、刺激されたとみられる」と述べた。続いて「若い層は反対に、こうした心情的な傷が50歳代以上に比べると少なく、これによって投票率が相対的に低かった」と話した。

・ “李正姫(イ・ジョンヒ)変数”と安保危機感が50歳代以上を結集させる原因になったという分析も出てきた。ユン・ジョンビン明知大教授(政治外交学)は「中壮年層は安保争点に対する懸念と理念的抵抗感がかなり強い世代」とし「統合進歩党への従北批判、李正姫候補がテレビ討論で見せた攻撃的な態度、NLL論争などが安保フレームと直結し、50歳代以上を団結させた」と分析した。


(本ブログ関連:"(資料)397世代"、"(資料)486世代"、"(資料)40代の変化"、"(資料)40代の変化-2"、"(資料)ソウル市長選挙に見る世代別背景")

(資料)世代別投票分析:朝鮮日報

朝鮮日報(日本語版)は、韓国大統領選挙の世代別投票動向について、次(①、②)のように、地上波3社の出口調査をもとに投票動向の分析を報じている。
50-60歳代と20-30歳代に世代を大きく分けているが、その中間に属する40歳代の分析がみられないのはなぜだろう・・・分析する大学教授、報じる記者たちは同じ世代なのだろうか。


「大統領選:選挙結果を左右した50、60代の不安感」12/21
崔賢黙(チェ・ヒョンムク)記者、李竜洙(イ・ヨンス)記者

#1
・今回の韓国大統領選で朴槿恵(パク・クンヘ)氏が当選した最大要因として、専門家は50、60代が進歩・左派陣営に感じた不安感を挙げた。自分たちの世代がつくり上げた時代が全否定されるような状況に怒りを感じた人が多かったようだ地上波3社の出口調査*によれば、50代の投票率は89.9%、60代以上は78.8%で、20-40代に比べはるかに高かった50代の投票者の62.5%が朴氏に投票し、今回の選挙の勝敗を左右した。50代以上の有権者は今回の選挙でちょうど40%を占めていた

(*)地上波3社の出口調査グラフ。

■50、60代の高い投票率
・専門家は今回の選挙で「50、60代の不安」が勝敗を分けたと分析した。地上波3社の出口調査によると、50代の時間帯別投票率は午前6時から午後4時までの10時間、20-40代を一貫して上回った

・慶熙大の林成浩(イム・ソンホ)教授は「50、60代も現実に不満はあるが、それよりも不安感が大きい世代だ。経済と北朝鮮問題などでどちらかと言えば不安を感じない方に投票したと言える」と述べた。

・50、60代は文在寅(ムン・ジェイン)候補陣営の親盧武鉉(ノ・ムヒョン)勢力に不安を感じたとの意見もある。檀国大のカ・サンジュン教授は「親盧勢力が政権を握っていた2003年のヨルリン・ウリ党の結党過程で国政が混乱したことを記憶している50、60代は『準備できた大統領』を掲げる朴氏に投票した」と指摘した。

・盧元大統領が西海(黄海)で北朝鮮との海上での軍事境界線である北方限界線(NLL)を放棄するとの発言を行ったとの疑惑が浮上し、50、60代の安全保障に対する不安感を刺激したとの指摘もあった。韓神大の尹平重(ユン・ピョンジュン)教授は「北朝鮮問題、特にNLL放棄発言論争が事実か否かに関係なく重要な議題になった。50、60代は北朝鮮による挑発の歴史に鮮明な記憶を持つ世代であり、安全保障に対する感じ方が20、30代とは異なる」と分析した。

#2
■李正姫氏への怒り
・統合進歩党から出馬した李正姫(イ・ジョンヒ)氏が候補者による第1回テレビ討論で「大活躍」したことが、保守層の50、60代を結集させたとの分析も多い。明知大の尹鍾彬(ユン・ジョンビン)教授は「1回目のテレビ討論で李氏が朴氏を責め立てる様子を見た高齢者の中には、『あれを見てから眠れなかった』と話す人が多かった」と語った。

・「朴正熙(パク・チョンヒ)対盧武鉉」という構図も50、60代の有権者を刺激した。ソウル大の韓圭燮(ハン・ギュソプ)教授は「50、60代は文在寅氏や李正姫氏が朴正熙元大統領を攻撃したことで、当時の朴元大統領には反対でも、産業化を成し遂げた自分たちの世代を全て旧態勢力と決め付けられたことに反感が大きかった」と分析した。慶熙大の権泳俊(クォン・ヨンジュン)教授は「50、60代は朴正熙元大統領に対する郷愁が残る最後の世代だ」と指摘した。

■国家情報院攻撃、民主党に逆風
・選挙戦終盤で民主党は国家情報院の女性職員による違法選挙運動疑惑を指摘した。これが結果的に50、60代の不安感を増幅させた。前出の尹平重教授は「民主党が確実な根拠もなく女性職員を監禁し、国家情報院や警察など国家機関を攻撃したことは、(民主党に対する)強い逆風を呼んだ」との見方を示した。

高齢化が急速に進む中、今後の選挙では50、60代の有権者の心をつかめない政党は負けるとの指摘が多く聞かれる。慶熙大の尹聖理(ユン・ソンイ)教授は「先月の米大統領選では、共和党は増加する有色人種を掌握できない限り勝てないとの分析が支配的になった。韓国の進歩政党も若い層にだけ頼っていては政権獲得が難しいのではないか」と話した。

・高麗大の李来栄(イ・ネヨン)教授は「民主党も年間医療費上限制など50、60代を狙った公約に神経を使ったが、50、60代は長い人生を歩んできただけに簡単には信じない」と指摘した


「大統領選:20-30代が文在寅氏を支持したワケ」12/21
チョン・ヒョンソク記者

「不安、不満、不信の『3不』が大きな背景」
「理念的な傾向は強くない」

#1
・大統領選当日の今月19日にテレビ局3社が行った出口調査の結果、20代の有権者の65.8%30代の66.5%が野党・民主統合党(民主党)の文在寅(ムン・ジェイン)候補に投票したことが分かった。50代の62.5%60歳以上の有権者の72.3%が、当選した与党セヌリ党の朴槿恵(パク・クンヘ)候補を支持したのとは正反対の結果だ。20-30代の人たちが文候補を支持した理由について、専門家たちは「現実に対し大きな不満を持ち、変化を望んだためだ」との見方を示す一方、政治理念的な進歩派、左派と見るのは困難だ、と主張した。

「3不世代」の爆発
・20-30代は一般的に「3不世代」と呼ばれる。「3不」とは「不安」「不満」「不信」を指す。現在の20-30代は、青少年期にアジア通貨危機を直接・間接的に経験した。激しい受験戦争を経験した後も、スペック(学校の単位や語学の成績などを指す)をめぐる競争に苦しみ、大学卒業後には就職難に直面した。就職できても、多くは非正規雇用者(パートタイマー、契約社員など)だったり、給料が安かったりし「(月給)88万ウォン(約6万9000円)世代」と呼ばれている。そして結婚しても、出産や育児、住宅の確保などで苦労を強いられる。このような社会的・経済的な背景の下、社会に対する大きな不満や不信感を抱き、将来について不安に感じているというわけだ。今回の大統領選を前に、20-30代の間で盛り上がった「安哲秀(アン・チョルス)現象」も、既成政治家が自分たちの直面する問題を解決できないということに対する不満の表れだとの見方が多い。檀国大のカ・サンジュン教授は「386世代(1990年代に30歳代で80年代に大学に通った60年代生まれの世代)は政治的に大きく揺れ動いたが、大学を卒業しさえすれば良い会社に就職できるほど、経済的に安定していたしかし現在の20-30代は、政治不信や経済的なはく奪感が大きい」と指摘した。

#2
■「理念的な傾向が強い世代ではない」
・慶煕大の尹聖理(ユン・ソンイ)教授は「20-30代が文候補を支援したという理由で、彼らを「進歩派」に分類するのは、学生運動世代の錯視現象だ。今回の大統領選で、20-30代は進歩、保守といった価値観よりも、現実的な理由から投票行動に及んだと見るのが妥当だ」との見方を示した。

・高麗大の李来栄(イ・ネヨン)教授は「今回の大統領選では、大学の学費の半額化や兵役期間の短縮、非正規雇用者の問題など、20-30代の有権者に直接・間接的な影響を与える公約が多く打ち出された。20-30代にとって、文候補に投票したのは合理的な選択だったといえる」と指摘した。

5年前の大統領選では、20-30代の有権者は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の経済政策や雇用政策の失敗に対する批判から、ハンナラ党(現・セヌリ党)の李明博(イ・ミョンバク)候補を選んだ。大統領選当日に韓国ギャラップが行った出口調査の結果、李候補に対する20代の支持率は40.3%、30代では39.7%に達し、大統合民主新党(現・民主統合党)の鄭東泳(チョン・ドンヨン)候補(20代18.8%、30代27.7%)を上回った。

・カ・サンジュン教授は「当時、李明博候補は747公約(年7%の経済成長により、一人当たりの国民所得を10年以内に4万ドル〈約340万円〉に引き上げ、世界第7位の経済大国を目指す)などを打ち出し、若い世代に「経済的に今よりも良くなる」という希望を抱かせたが、結果は思わしくなかった」と指摘した。一方、ソウル大の韓圭燮(ハン・ギュソプ)教授は「20-30代の有権者が朴槿恵候補を支持しなかった理由は、朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の娘ということよりも、テレビ討論などで上手な答弁ができず、危機を解決する能力が不十分だと思われたためだ」との見方を示した。

■「李正姫候補は20-30代にとっても逆効果」
・尹聖理教授は「統合進歩党の李正姫(イ・ジョンヒ)候補が出馬したため、文候補の票がいくらか割れた側面もある。文候補が当選すれば、北朝鮮と無条件に全面的な対話を再開し、一方的な対北支援を行うという認識が、20-30代の間でも定着していた。これが李正姫候補のイメージと重なったため、いくらか票が割れる要因となった」との見方を示した。

・民主党の関係者は「現在の20代はもとより、今後有権者となる世代も、1980-90年代のように、むやみに野党を支持する世代ではないということを認識し、選挙戦略を練る必要がある」と指摘した。

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2012年12月22日土曜日

やわらかバナナオ・レ

セブン11のドリンク冷蔵庫のガラス戸越に、こちらをちらりと見るものがある、プライベトー・ブランドのペットボトル入り「やわらかバナナオ・レ」(500ml、果汁1%)だ。それはバナナ味巡礼中の幸運な出会いだった。

バナナの香りと甘味がして、あっさりした飲み心地だが、甘さはしばらく残る。なにしろ、だいぶ容量があるので、この冬の寒い時期よりは、もう少し暖かい季節に飲むべきかな思ったりする。
・・・ああ、まだ甘~い余韻が残っている。

でも、ドリンク冷蔵庫に隠れるようにして私を呼んだことは忘れないよ。

バナナ味の巡礼はまだ続く。

(本ブログ関連:"バナナ味")")

2012年12月21日金曜日

冬至2012

このブログを始めて4年目の冬至、過去3年は共に12/22であったが、今年は12/21が当たる。

冬至に、夜時間が最も長く、従って昼時間が最も短い、その逆もしかり。そのため、日の出が最も遅く、日の入りが最も早くなると勘違いしがちだが、国立天文台の「よくある質問」は分かりやすく解説してくれている。「日の出が最も遅い日は冬至の半月ほど後、日の入が最も早い日は冬至の半月ほど前になります。」とのこと。これから黎明はまだ薄暗く、残照は次第に増すことが分かる。
2010年6月21日"夏至"の項に記載

ところで、子ども時代に他所で小豆ぜんざいにカボチャを入れたものを冬至の縁起ものとして食べたことがある。この風習はいつ頃からなのだろうか。Wikipediaやインターネット情報によるが、カボチャの伝来は南蛮貿易のようで、冬至に食するようになったのは、江戸期あるいは明治期という。カボチャについては、古来からの風習ではないのだろう。

古い慣わしや入れ物(建築物)に付随した行事に、古式の伝統と勘違いすることがある。クリスマス行事を間違えることはないが、初詣になると怪しくなる。

(本ブログ関連:"冬至")