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2009年10月16日金曜日

金秀男写真展

韓国文化院で開かれている、「金秀男(김수남)写真展」に行く。金秀男(1949~2006)は、延世大学で地質学を専攻した後、東亜日報などでマスコミ記者として活躍した。その後、写真家として韓国の巫女(ムーダン)による祭祀(クッ)を記録した。その活動範囲は、日本、東南アジア、インドまで及んだ。
会場には、彼の故郷済州島からソウルに至るクッの状景写真が展示された。特に、亡くなった遠洋漁船員の服を着せた藁人形を背負い、磯辺で死者の名を呼ぶシンバン(ムーダンの済州島での呼称)の姿に万感に迫るものがある。また、慶尚北道のある漁村における、水死した未婚男性を慰霊するため死後結婚させるクッで、祭壇の新郎新婦の藁人形をじっと静止したように見つめる家族の写真からそれでも癒し難い悲しみが伝わってくる。
写真展のガイドブックにある慶応大学教授の野村伸一氏の寄稿文の中に、「霊を招き、霊と交わり、抱擁する、あるいは依頼者みずからが踊る。こうした現場を金秀男は『宝石』と表現した。」という記述がある。金秀男が地質学を専攻したことを思った。例えば鉱物採集時に、石榴石(ガーネット)が自然のまま12面体や24面体の美しい等軸晶系の結晶形で産出されるのを見ることができる。それは人の手の加わらない「宝石」である。彼は、庶民の長い営みのなかから想いが結晶した祭祀(クッ)を「宝石」として見たのかもしれない。

今日は、韓国文化院のハンマダンホールで、金秀男の三周忌を含めて、済州島から招かれたシンバンによる、クッの公演があった。クッの最後には、金秀男を旅立たせるために、シンバンとともに会場にこられた人々が壇上で踊り舞った。
宗教者が生者と死者を教理で分かつならば、シャーマン(ムーダン)は、人の心の奥底にある生と死を分化できない生き残った者たちの自然な悲しみを担い、媒介者として死者との分かれを時間をかけて導くのだろうか。

(追記)昔の新聞記事であるが、ネアンデタール人が埋葬を行ったであろう証拠として、幼児の遺骨の周りに数種類の花粉の化石が残っていたとうい記述を読んだとき熱い思いをしたことがある。死者への深い悲しみと、安らかであれという願いはヒト属として原初的なことだろう。

2009年10月15日木曜日

孫の成長

息子夫婦に休みが取れたので、約一ヶ月ぶりに孫に会いに行く。先日(10/4)、雑司ヶ谷の法明寺でいただいた鬼子母神のお守りと土鈴を渡す。
孫は、健康診断で優良と診断された。太ももは丸々として抱っこするのに苦心するほどの成長振りだ。そして元気そのものの孫は、上下に歯がはえて何にでも噛みつく。はいはいできるまでもう少し。楽しみである。

女高卒業班(クラス)

イ・ソンヒの「少女の祈り(소녀의 기도)」をキーワードにして、インターネットで言葉つながりを遊んでみた。

まず、Daum映画の「少女の祈祷・祈り(소녀의 기도):1976」に行きつく。この映画は、「女高卒業班シリーズ第2篇」のようで、主演は、当時ハイティーン映画につづけて出演して、爆発的な人気を得たイム・イェジン(임예진)だそうだ。
ポスターの彼女は実に愛らしく古風で、どこか吉永小百合に似ている。映画「女高卒業班」では、担任の先生を愛する純真と多情多感な女子高生を演じたようだ。なお彼女は多数の映画出演で高収を得たという。現在は、TVドラマを通じて、成人の演技者に変貌することにも成功したとのこと。

ところで、「女高卒業班」といえばチャン・ユンジョン(장윤정)が歌う「女高卒業班(여고 졸업반)」があるが、キム・インスン(김인순)の1975年曲のカバーのようだ。LPレコードの針音がするような、何とも長閑なよい歌だ。 (なお、キム・インスンは、1981年に不慮の交通事故で亡くなった。:[weiv〕vol.11/no.17より)

(YouTube登録のrosamin2、naragoyo、BuSanYoungDoBridge、およびブログ「韓国俳優DATABASE」、[weiv〕に感謝)

2009年10月14日水曜日

イ・ソンヒ釜山コンサートCM

10/24(土)に釜山KBSホール(収容3000人規模とのこと)で開かれる、イ・ソンヒのコンサートCMがNAVERの「イ・ソンヒ カフェ(이선희 - 카페)」に登録されている。
(本ブログ関連:8/28

2009年10月13日火曜日

J20

このブログ左の「MileStone 이선희 팬 へようこそ」に記したイ・ソンヒの「Jへ」に、「Jへ 」を歌う彼女のYouTube最新映像をリンクさせていただいた。
気になるのは、この舞台映像がKBS WORLD の説明にあるように「2004年に行われた『 "Jへ" 20周年記念コンサート』」で、「世宗文化会館開館以来、最多有料観客動員という大記録を樹立し、・・・」と記されたライブコンサート('04/8/26~28)ではないだろうか。
YouTubeの登録タイトルに「Lee Sun Hee-J(2002)」とあるが「(2004)」なのでは・・・。
舞台上の謙虚で美しいイ・ソンヒの姿がよい。彼女の清潔さは変わらない。
これまで登録されてこなかった映像だと思う。感謝。
(YouTubeに登録のdove2727に感謝)

2009年10月12日月曜日

チョン・ドヨン

「中央日報」の記事「女優チョン・ドヨン、フランス勲章を受ける」(10/10)によれば、「チョン・ドヨンが10日、釜山(プサン)映画祭で開かれる「フランスの夜」行事で、フランス経済産業雇用省の通商担当国務相から勲章を受ける予定という。」とのこと。
以前のブログで、彼女の映画「わが心のオルガン」と「シークレット・サンシャイン(密陽)」について綴ったことがある。
「わが心のオルガン」との出会いは、何よりも思い出深い。この映画でチョン・ドヨンが演じる無邪気さと淡い思慕が同居する役柄が、彼女のイメージに重なって抜けきらない。また彼女には「シークレット・サンシャイン(密陽)」でもそうだが、皮膚が透けて見えるような華奢さとは別に、女性が情の世界で持ち続けてきたであろうものを感じる(演じた)。

(追記)YouTube:レッドカーペットのチョン・ドヨン(YouTubeに登録のspodocskpark1に感謝)

2009年10月11日日曜日

アカラカチ

最近、YouTubeにイ・ソンヒのライブが続けて載っている。今までYouTubeになかった曲で、10集アルバムにある「アカラカチ(아카라카치)」が登録された。暗闇の中に苦悩する若者が、いつか光が来ることを信じて歌うように、最後に力強く<アカラカチ、アカラカチョ>がリフレインされる。
(YouTubeに登録のJzongwに感謝)

言葉にこだわるのは歳のせいだろうが、「アカラカチ」とは何かとインターネットで調べた。(登録者に感謝)
KBS WORLD Radio
・延世大学VS高麗大学のスポーツ対決紹介で、次のような説明がある。「(延世大学の)チームカラーは青、チームシンボルはワシのマーク、・・・ 『アカラカ アカラカ』とさけびながら応援するのが、延世大学の応援の特徴です。『アカラカ』とはヨーロッパの貴族が勝ち戦のあと、喜びをかみしめながら声を合わせて合唱した言葉だそうです。」
SEOUL navi
・延世大学VS高麗大学のスポーツ線で延世大学の学生が応援するときの掛け声紹介がある。「アカラカチン(アラチン) アカラカチョ(アラチョ)アカラカ チンチン チョチョチョ(アラチンチンチョチョチョ)ラルラルラ シスボンバ ヨンセソンス ラプラ ヘイ ヨンセ ヤ 」とのこと。
・「これらの応援の掛け声は、ローマ時代のある将軍が開戦するときに叫んだ勝利の掛け声だといわれています(ほんまかいな)。また、これ以外の説として、・・・延世大学のシンボルであるトクスリ(鷲)の鳴く声ともいわれています(またまたほんまかいな)。」<( )内も原文のママ>
ブログ知識マン
「Q.延世大のアカラカは何ですか?」、「A.延世大学校で祭り期間に開く応援戦について、延世大学校の学校スローガンがアカラカチ アカラカチョ~で、開始されるところに由来しました」

(追記)NATE動画(동영상)には、イ・ソンヒの「アカラカチ」が複数登録されている。

2009年10月9日金曜日

カラオケ

中学時代の仲間と八重洲のカラオケ(B・E)に行く。週末のため、利用は3時間だけで延長は断られた。なるほど帰り際の1階受付ロビーは、順番待ちのサラリーマンやウーマンたちで大混雑していた。
さて、わたしのカラオケは、次の通りおじさんのための歌である。
・イ・ソンヒ:「J에게」、「나항상 그대를」、(カラオケリストに「사랑아...」がない?)
・パティ・キム:「이별」
・チョー・ヨンピル:「돌아와요 부산항에」
・チェ・ジンヒ:「사랑의 미로」
・ハン・ミョンスク:「노란 샤쓰의 사나이」
・ラナエロスポ:「사랑해」
・ケイ・ウンスク:「私には貴方だけ(나에겐 당신밖에)」、および「昭和最後の秋のこと」
等等。

2009年10月8日木曜日

台風18号

今回の台風18号は、この地に久し振りに強風を吹かせた。
この台風について、「choson.com」の記事「釜山、台風の影響 強風に1人負傷…大被害はなくて」(10/8 9:48現在)で、次のように報じている。
「釜山は、第18号台風『멜로르(Melor)』の間接の影響で強風が吹いて、1人がケガするなど事故があったが幸い大きい人命被害は発生しなかった。」

日本の気象庁は「台風の番号と名前」を次のように解説している。
番号は気象庁が毎年付け、名前は台風委員会(日本ほか14カ国等が加盟)の命名則(アジア名)により一覧表(120の名前)から順次付けられるとのこと。
今回の名前は、マレーシア設定のジャスミンを意味する「Melor:メーロー」が一覧表の順に当たったようだ。(番号については、上記の記事内容からも、韓国は日本と同じ番号付けなのだろう)

2009年10月7日水曜日

MISO(美笑)

東京新宿文化センターで催された、韓国劇場版ドラマミュージカル「MISO(美笑:미소)」を見ることができた。(韓国文化院に感謝)
「韓国伝統芸術を現代化・大衆化・世界化にアレンジした」とのことで、素直に美しく楽しい舞台だった。やはり歌と踊りは魅了される。鑑賞しているうちに、なぜかいにしえの東洋の古都で舞う緑眼の胡姫たちの姿を想像した。舞台終了後、出口に向かう人波の中で、日本語を話す西洋の男性に日本人女性が「日本の花祭りのように華やかでした」と語っているのが聞こえた。彼もきっと心の中で、自分の故郷のなにかを探し出しているに違いない。
(東京新宿文化センター行き帰りは幸い小雨だったが、24:00前の現在わが家をたたく大粒の雨音がする)

(追記)「jo!ns」の「外国人バイヤーが最も好む韓国文化は?」(10/21
「◇公演の中に韓国がある=米国と英国にブロードウェイ、ウェストエンドがあるなら、韓国には貞洞(チョンドン)がある。 訪韓外国人がよく観覧する公演は、韓国伝統文化を素材にした「NANTA」や「JUMP」、「MISO」などのミュージカルだ。 すでに世界的に広く知られている「NANTA」は、韓国伝統サムルノリ(打楽器演奏)のリズムを素材にした舞台で、外国人に大人気だ。 シネコア専用劇場の「JUMP」も伝統武芸のテコンドーなど韓国文化に関心がある外国人の興味を引く。 貞洞劇場の「MISO」は韓国舞踊・パンソリ(伝統歌唱)など伝統文化で構成され、外国人が楽しめる公演だ。」

イ・ソンヒと山寺音楽会

韓国の寺院は歴史的事情から山深くにあって、9月-10月の清々しい時期に山寺音楽会が行われているようだ。イ・ソンヒの音楽活動の場に、この山寺音楽会があるのはいうまでもない。
彼女の出自を別にすれば、特別に仏教との関係を強調しているか定かでないが、例えばNATE Q&Aに「仏教を信じるアーティストリスト」に、イ・ミジャなどとともに名前があげられている。

韓国仏教について、東国大学教授の金浩星氏による「韓国から見た日本仏教史」(山形大学「歴史・地理・人類学論集」第8号,13-22,2007年)という、ある書評をベースにされたものがある。韓国仏教のある事情を次のように説明されている。
独立前の「朝鮮仏教のほとんどのお坊さんたちは日本仏教の影響を受けて結婚してしまった。1945年独立の後、極少数の比丘(結婚しない独身の僧侶)たちが寺院から結婚していた僧侶(韓国語では「帯妻」といい、日本では「妻帯」という。)たちを追い出したこと。1954年8月24日、禅学院(ソウル)で「全国比丘僧代表者大会」から始まって、1970年5月9日、太古宗が成立されて終わった。比丘僧の宗団がいまの曹渓宗である。」

全羅北道の高敞郡にある曹渓宗禅雲寺(ソヌンサ)で、「禅雲寺の四季」を主題にした山寺音楽会が開催されて、イ・ソンヒが出演している。(「mediabuddha.net 」(9/10)、本ブログ:9/5)

(本ブログ関連:4/14、9/5)

韓国歌謡コンテスト

今日のNHK「テレビでハングル講座」で、先月開かれた「日韓交流おまつり」のイベント「韓国歌謡コンテスト」に、同番組出演の<ますだおかだ増田>さんが出場したことが紹介された。
ご本人照れていたが、よそのブログで彼の歌のうまさが書かれていた通り、なるほど上手でした。
歌われた曲は、中島美嘉の「雪の華」の韓国バージョン(パク・ヒョシン:박효신「눈의 꽃」)で、KBSドラマ挿入歌とのこと。なんと昨年、「淡路島」という曲で歌手デビューしたそうです。
(YouTubeに登録のlwhyukに感謝)

2009年10月5日月曜日

韓国の金鉱床

産業技術総合研究所 地質調査総合センター発行の「地質ニュース」に掲載された、韓国の鉱床情報を、本ブログの7/1にリンクしたが、同じく同誌2006年1月号に石原舜三氏の報告「北朝鮮は黄金の国? コリア半島の金鉱床とその基盤的背景」があるのでリンクさせていただく。
・韓国の主要な金鉱床は,先カンブリア紀の京畿帯に産出するが,その生成年代は中生代である.
・過去の産金量第1位は(白亜紀金鉱床の京畿道にある)ムクック(無極)-ケムワン(金旺)鉱山のAu 19.7トン。
・ムクック(無極)鉱山の稼行期間は34~42, 54~70, 81~97年、同じくケムワン(金旺)鉱山は82~94年で共に終業しているようだ。

韓国の山

以前、鉱物採集の帰り、車内の雑談で韓国の山の高さが話題になったとき、考えずに、雪岳山じゃないですかねといってしまったが、間違って喋ったので整理する。
⇒朝鮮半島でみれば火山の白頭山(백두산:2,744m)が最高峰で、中国吉林省と北朝鮮両江道の国境にある。
⇒韓国の全域でみれば済州島にある火山の漢拏山(한라산:1,950m)が最高峰だ。
⇒韓国本土(半島部)でみれば全羅南道、全羅北道、慶尚南道にまたがる花崗岩質の智異山(지리산:天王峯1,915m)が最高峰だ。また2,000mを越える山はない。(ちなみに日本は3,000mを越える山が21山ある)
⇒韓国北東部江原道にある雪岳山(설악산:1,708m)は、花崗岩質の山で、漢拏山、智異山につづく第三の峰だ。

(参考)
「数値地質図 P-4 韓国南部・日本西部及び周辺海域の地球科学図集」の「地質・海底地形の陰影図(脇田浩二ほか)」に、(地図範囲に限定されるかもしれないが)、次のように説明している。
「日本と韓国の地質は,大変異なっている.韓国では,先カンブリア紀花崗岩片麻岩古生代中生代深成岩類に貫入されており,古生代から新生代堆積岩類火山岩類によって覆われている.一方,日本列島では,非変成もしくは変成している後期古生代から中生代の付加複合体に中生代から新生代火成岩類堆積岩類が伴っている.ただし,飛騨帯や南部北上帯,黒瀬川帯などでは,韓国と類似した古期岩類が分布している.」

Jへ:オーケストラ演奏

「ハンギョレジャーナル(한겨레저널)」の「コミュニティ≫7080カフェ」(9/24)で、イ・ソンヒの「Jへ」のオーケストラバージョンを、透明なゆったりした広がりの中で聞くことができる。連続して他の曲のオーケストラ演奏も楽しめる。(注記として「私たちの歌 オーケストラ演奏集」の記載がある)

(追記:2010年4月30日)
残念ながら上記で聴取できないようになっようだ。同じ音源と思われるものを、ブログ「山に登ろう(산을 오르자)」で紹介の「Jへ(J에게)」で聴くことができる。

2009年10月4日日曜日

秋夕

「jo!ns」の「Special Reports(第134号)」(10/2)に、50人の女性が50歳をむかえて思うことが載っている。記事の最後に、「秋夕」について彼女たちの次のようなコメントがある。
・秋夕の意味も以前と少し変わった。前は秋夕に親戚達が集まるのも嫌いで、たくさんの祭事の食べ物を作ることが嫌だったが、今は家族が交わり騒がしく話を交わして人情を感じるのが良い。
・もしかしたら、両親や舅姑と共にする秋夕が、今回が最後かも知れないと思うと、そのような考えがさらに切実になる。
・以前より感謝して懐かしかった。中秋のお盆の十五夜月のように満杯になった感じ。
・秋夕の豊かさを本当に感じることになった。

家族を中心に子育てを一段落した女性は強い。50歳にして以上のような余裕が出ているのだから。これからを生きていく強さ(ある意味でしたたかさ)を感じる。日本も・・・同じだろう。

(付記)
今日、家族と一緒に、初めて巣鴨の「とげぬき地蔵」(高岩寺)に行く。寺までの通りや境内の人混みの多さに驚く。街行くひとたちは、おおかた上記アジュンマ世代より上の、歴戦のつわものたちだ。次に、「巣鴨地蔵通商店街」を抜けて、都電荒川線の庚申塚(こうしんづか)駅で都電に乗り、鬼子母神前駅に行く。法明寺の鬼子母神をお参りする。孫のためにお守りと土鈴をいただく。
最後に池袋まで歩き、ジュンク堂書店で「韓国の巫 シャーマニズム」(趙興胤著)を購入した。

(追記)今朝、孫宅に届けた月見団子を、孫がうれしそうに触っている写真が送られてきた。今夜も月がきれいに見えますとお嫁さんがメールにしたためていたので、外に出て仰ぐと、雲ひとつない空に月のひかりが冴え渡っていた。

2009年10月3日土曜日

十五夜

「Infoseek」の「天気 今日の豆知識」(9/24)に、十五夜について次のように語っている。
・十五夜は、一般的に旧暦8月15日(今年は10月3日)を指す。この日の月は「中秋の名月」と呼ばれて、お月見を楽しむならわしがある。
・お月見は日本だけでなく、中国や韓国などにも風習がある。中国では「中秋節(チョンチョウジェイ)」、韓国では「秋夕(チュソク)」と呼ばれる。特に韓国の「秋夕」は、多くの人々が帰省する休暇シーズンだ。
・お供え物として、中国は「月餅(げっぺい)」や「柚子(ゆず)」を、韓国は「松餅(ソンピョン)」と呼ばれるもちを家族で食べる。

今年の「秋夕」は土曜日と重なってしまい、休暇日数が足らないため月曜日を休暇にする会社もあると、KBS WORLD Radioが伝えていた。(韓国文化院の「豆知識」に「韓国最大の祝祭日『秋夕:추석(チュソク)』で、陰暦8月15日の前後1日ずつがお休みとなり、3連休となります。」(07/09/25)と解説がある。)
ところで、中国の「月餅」は大好物で、ちょっと高価なものは大きくていろいろな実が入って美味しい。韓国の「松餅」は残念ながら食べたことがない。どのようなものか味見してみたい。また昨日のTVで、東京と大阪の月見団子の違いを知った。(大阪の月見団子は、楕円の団子に帯状に餡をくるむ)

あいにくの曇り空、今晩の月はいかばかりか。
⇒ 夜10時半過ぎ、南の空を眺めれば、流れる雲の合間から満月がのぞく。やや赤みを帯びた月は思いのほか明るい。月が再び雲に隠れるとき、周りに虹を発して雲を薄く染めた。今夜の満月は、高揚しているかのように元気がよい。

(追記)「第42回小金井お月見のつどい」(10/3-4
今日と明日、お月見の祭りが都立小金井公園の「江戸たてもの園前広場」で催され、郷土芸能ほかが演じられる。
今日、運よく「小金井囃子保存会」の「神楽囃子」を初めて見る機会を得た。「天狐(てんこ)の舞」>「獅子(しし)の舞」>「大黒(だいこく)の舞」>「天太(てんた)の舞」の順に演じられた。 以前なら神楽舞の素朴さに物足りなさを感じたろうけれど、今は、その舞にいつくしんだ昔からの人々の思いをたどるようにして見ることができる歳になったようだ。
帰り際に、十五夜のため(15個入り)の月見団子を買って帰る。今夜でも孫宅に届けたいが、明朝に持っていこう。

2009年10月2日金曜日

大学歌謡祭

<Daum知識>に(1984年にイ・ソンヒが大賞を受賞した)「江辺歌謡祭」のその後の質問に対して、次のような回答がされている。
・MBC主催で毎年8月に春川市(춘천시)で開かれる歌謡祭でしたが、『江辺歌謡祭(강변가요제)』は2001年の22回を最後に廃止されました。現在は『大学歌謡祭(대학가요제)』だけがその命脈をつないでおり、2009年の33回MBC『大学歌謡祭』は9月25日に開催されます。

今年の大学歌謡祭の結果について、「Innolife.net」(9/27)が次のように伝えている。
・歌手アレックスとイ・ヒョリの進行で、25日午後10時から放送された2009大学歌謡祭で「梨花大出身の女」チーム(在学生二人)は、個性を失った20代の悩みを表現した「鷄群無鶴(군계무학)」という曲で最高点を得て、大賞と特別賞の2冠王に輝いた。
(YouTubeに登録のにkorea724感謝)

以前どこかのブログで、現在の大学歌謡祭の位置づけ、役割について時代に沿っているかどうかを語られていたが、歌謡祭の実状がどうなのか知りたいところだ。

2009年10月1日木曜日

小金井雑記

高橋林蔵著「ふるさと小金井の八十年」(1985年)には、1905年生まれの著者の思い出に触れて当地の「食生活のことなど」(p.93)が次のように記されている。(概要抜書き)
・この新田の生活は、衣類とともに、食料も自給自足であった。
・主食は家で獲れた大麦であった。どの家も備えてある石臼でくだいた挽割麦に、米二割位混ぜて食べた。小金井は南部は野川辺りに水田があったが、その他の米は陸稲であった。栗、稗も明治の末期まで主食扱いだった。
・副食の魚類は行商人が一週間に一回位売りに来た。鮭、ます、干にしん位だった。
・三時のお茶うけは畑で獲れたさつま藷、里芋、じゃが芋で売り物でない下物を食べた。
・日常の調味料の味噌、醤油は自家製だった。砂糖は客のもてなしに菓子として出した。
・手打うどんは何よりのご馳走で、祝祭日とか人の集まるときは必ずつくった。結婚式では男がうどんつくりを競った。娘はうどんつくりが嫁入り資格の条件であった。
・当時の人達は今の世代と違って、まずしい中にも楽しさをそれぞれの場で享楽していた。それが一家の団らんに結びついた。

今時の食事はダイエットのためにカロリーを抑えようとするが、明治から大正にかけて東京府北多摩郡の小金井村は麦飯中心で想像以上に質素だったようだ。そのような郷土の歴史がこの町にある。

(追記)
小金井公園の「江戸東京たてもの園」で、「特別展 甲武鉄道と多摩」(10/10-12/20)が開かれる。中央線の前身である甲武鉄道について知ることができる。例えば、この辺りでは武蔵境駅が最初にできたこと。

2009年9月30日水曜日

マグニチュード8.0

「asahi.com」の記事「米領サモア、津波死者28人に 日本に到達の恐れも」(9/30)は、「米国地質調査所(USGS)によると、南太平洋のサモア諸島周辺で29日午前6時48分(日本時間30日2時48分)ごろ、マグニチュード(M)8.0の強い地震があった。」と伝えている。

(追記) 同日、マグニチュード7.6の地震がスマトラ沖でも発生
「asahi.com」の記事「崩壊・火災 「生き埋め数千人」情報 スマトラ沖大地震」(10/1)は、「30日午後5時16分(日本時間同7時16分)ごろ、インドネシア・スマトラ島西岸沖で大規模な地震があった。米地質調査所(USGS)によると、震源は同島パダンの西北西約45キロで、マグニチュード(M)は7.6、震源の深さは約80キロ。」と伝えている。